こんなにわかった「正義の戦争」のまやかし

日本政府のうそ

「クルド難民支援等といって出した5億ドルは全額アメリカへ」
 外務省の佐藤行雄北米局長は十九日の参院決算委員会で、日本政府が一九九一年七 月に閣議決定した湾岸平和基金への約五億ドルの追加拠出について、全額(円建てで 六百九十六億五千万円)が米国に支払われたことを明らかにした。
 この五億ドルは、湾岸戦争の際に日本が多国籍軍に支出した九十億ドルが円安で目 減りしたとして、米国が「補てん」求めたのにこたえて支出したもの。当時、政府は 、クルド難民支援やペルシャ湾環境汚染対策など「戦争の新たな状況に対する活動資 金」と位置づけ、あくまで「補てん」ではないと説明したが、今回、その説明に一層 、疑問がでてきたことは否めない。
 森暢子氏(社会)の質問に答えた。
 佐藤氏は九十億ドルの最終的な支払いについても、同基金運営委からの聞取りの結 果、ほぼ判明したと述べた。
 その内訳は、次の通り。
米国一兆七百九十億円
英国三百九十億円
サウジアラビア百九十二億八千万円
エジプト百四十七億二千万円
シリア七十六億三千万円
フランス六十五億円
パキスタン三十億七千万円
セネガル七億一千万円
バングラデシュ六億六千万円
モロッコ六億五千万円
クウェート六億三千万円
ニジェール五億八千万円
(1993.4.20.「朝日新聞」から)

「1兆5千億円の行方は?」
 会計検査院の報告によると、湾岸危機・戦争時に、日本政府が資金面における貢献 策として、湾岸アラブ諸国協力理事会に設けられた湾岸平和基金に対して、約1兆5 千億円の資金を出した。
 基金を運用する運営委員会における拠出金の使用については、日本の会計検査院の 検査権限は同委貝会に及ばないので、外務省から交換公文に基づく日本への通報等の 提示を求めるなどしてその実態を把握することになる。しかし、外務省の説明によれ ば、1992年11月10日現在、同委貝会による支払いば完了しておらず、その財 務に関する報告書の作成・提出はなされていない。
(1993.5.会計検査院「会計検査のあらまし」から) 

湾岸戦争報道のうそ

「イラク軍兵士による病院での乳児虐殺事件」はアメリカ政府の情報操作
 イラクのクウェート侵攻直後、クウェート「難民」と称する少女が、米国下院にお いて主だった国際テレビ局の前で、「私は、クウェートから脱出してきたばかりです 。私は、イラク兵が未熟児保育器から赤ちゃんを取り出し、冷たい床の上で死なせる のを見ました。」と証言。
 しかし、この少女は、ワシントン駐在の駐米クウェート大使の娘であって、もちろ ん湾岸危機の前後クウェートにはいなかったのです。この証言は、米国大手広告代理 店が事前にリハーサルをさせ出演させたもので、まったくのでっち上げであったので す。
(1993.4. NHK「だれが、世界を守るのか」から)

「油まみれの水鳥報道」はアメリカ政府の情報操作
 まさに日本が90億ドルをアメリカとその同盟軍に拠出するべきか否かの議論が始 まった時、「イラクがペルシャ湾へ原油放出をした」として「油まみれ水鳥」の映像 が流されました。こんなひどいことをしているイラクを攻撃するのは当然である、と いう方便のための報道でした。
 しかし、水鳥を襲った原油は、アメリカ軍が誘導爆弾によってゲッティ・オイル・ カンパニーの原油貯蔵施設から流出させたものだったのです。ここは、当初から米中 央軍の攻撃目標になっていたのです。この事実は、米中央軍もテレビ朝日の取材班に 対して認めたのです。
(1991.8.26.テレビ朝日「ザ・スクープ」から)

「兵器の実験場だった湾岸戦争」
く湾岸戦争後の兵士に奇病>
 英BBCテレビが7日報じたところによると、2年前の湾岸戦争に従軍した多国籍 軍兵士に戦後、髪の毛が抜けるなど原因不明の病気が相次いでいるという。
 この奇病は、対イラク攻撃作戦の名称から『砂漠の風症候群』の通称で呼ばれ、こ れまでに米兵だけでも約7千人が発病した。イラク軍による焦土作戦の際の油田の炎 が原因とする見方や、劣化ウランを含んだ砲弾からの放射能が一因との説も出ている 。
(1993.6.9.「毎日新問」から)


 この他にもたくさんあります。詳しくは、市民平和訴訟の口頭弁論の記録集 「未来ヘ」 に載っています。ぜひご覧になって下さい。



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