よく考えて!「日の丸・君が代」 
         いま、八王子では


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 君が代・日の丸は、当該者以外には「思想・信条の自由」に反すると言いがちですが、それ以上に同僚が権力により分断され精神的にも荒廃してしまいます。のちほど、教育基本法十条の解説もお読み願えればと存じますが、そこには「教育行政の教育内容への介入ができないことが明文化されています」。
                【電子化作業 野副 達司<for_nze01@ybb.ne.jp>】


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       よく考えて!「日の丸・君が代」いま、八王子では(20)

1999年6月1?日・八王子市議会議事録(井上睦子議員一般質問)35〜45頁
 井上睦子市議会議員発言録

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◎副議長【町田真之君】
次は、第40番・井上睦子君。
          〔40番議員登壇〕

◎40番【井上睦子君】
 
それでは、一般質問を行います。
 まず、保育行政の充実についてお伺いをいたします。(質問内容略)
 次に、教育行政についてお伺いをいたします。
 まず、思想、信条の自由と日の丸、君が代の問題についてであります。
 6月11日、政府は日の丸を国旗、君が代を国歌とする法案を国会へ提出をしました。これは2月、県、教委の職務命令のもとで日の丸、君が代の扱いに悩んでいた広島県立高校の校長の自殺をきっかけに性急な法制化への動きと進んでいます。私はこのことに大変な危機感を感じるわけでありますが、法制化のねらいは、野中官房長官の、学習指導要領や校長の職務命令だけで対応させることが果たしていいのかという発言にもあらわれているように、法制化によって教育現場で日の丸、君が代の強制を強めようという意図があることが明らかであります。

 私は、この日の丸、君が代を国旗、国歌とする法制化には反対の立場であります。校長の自殺・あるいは法制化の論議、または埼玉県の所沢高校での入学式、卒業式での校長と生徒との対立等、この間日の丸、君が代をめぐる論議は改めて教育現場で極めて鋭く起こっているということを認識をします。そして、このことからわかることは、まず、日の丸、君が代を国旗、国歌とする法的根拠が現在ではないこと。教育現場への強制によって、教師、生徒、父母たちに良心の苦悩、混乱が生じていることを明らかにいたしました。

 日の丸については多様な思い、見解があります。日の丸、君が代を2600年を超す日本国家、または天皇の治世という明治時代につくり出した歴史に結びつけて、その歴史ゆえに日の丸、君が代を尊重するという立場から広く使用されてきたという立場から容認するあるいは、侵略戦争の記憶、アジアの人々を抑圧した歴史と重ねて否定するという立場がさまざまにあります。また、君が代の「君」を政府統一見解として象徴天皇としたことに対し、国民主権あるいは民主主義の立場からあり得ないとする考え方など、国民間には日の丸、君が代について、あるいは国旗、国歌について、またそれを尊重することについてさまざまな考え方が存在するのは明らかであります。


 こうした中で、思想、信条の自由と日の丸、君が代の問題について、市教育委員会の見解をお伺いをしたいと思います。日の丸、君が代について、どのように評価するのか。国旗、国歌が必要かどうか。法制化が必要かどうかについては、すぐれて憲法に規定された思想、信条、良心の自由にかかわる問題であるというふうに考えますが、教育委員会はどのように考えられますでしょうか、お伺いをいたします。


 2点目に、この思想、信条の自由は憲法でも保障されているように、どこでも、だれにでも保障された権利であると考えますが、どのように考えますか、お伺いをいたします。

 3点目に、日の丸、君が代について自由に考え、みずからの意見を表明する権利が教育の場で保障されているかどうかということについてお伺いをいたします。子ども、保護者、教職員等それぞれが日の丸、君が代について、みずからの意見を表明する場というのが保障をされていますでしょうか、お答えをいただきたいと思います。

 4点目に、入学式、卒業式で日の丸を掲げること、君が代を歌うことを指導するのは、思想、信条の自由と対立するのではないでしょうか。この間の学校現場でのさまざまな問題がこのことを提起をしているのではないでしょうか。6月11日の政府の見解では、国旗、国歌の教育現場において意義を理解をし、それを尊重する心情と態度を育てる。国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として教育では行われているとしています。つけ加えて、生徒の思想、良心を制約しようというものではないというのが教育における日の丸、君が代の指導に対する政府見解でありますけれども、私はこの政府見解の中で、国旗、国歌の意義を理解をし、それを尊重する心情と態度を育てるということと、児童、生徒の思想、良心を制約するということは相反する内容ではないかというふうに思いますけれども、改めて日の丸、君が代の指導に対する政府見解が明らかになりました。教育委員会はこのことをどのようにとらえているのかお伺いをいたします。

 5点目に、日の丸、君が代を私は教育の現場で強制することについて反対ではありますが、教育として取り扱うということは必要だというふうに考えております。本当に尊重する心情、態度を育てるためには、ただ歌わせる、ただ掲揚させるということではなく、日の丸、君が代の今日における歴史的な意味や経過、そしてさまざまに国民にある考え方を多面的に子どもたちが学習する機会が必優だと考えますけれども、市教育委員会はどのようにお考えでしょうか。

 さらに、最後になりますけれども、現実にはこの日の丸、君が代を教育として扱う、歴史的な反省に立って授業で取り上げているという学校は、八王子市内に存在をするのかということをお伺いをしたいと思います。

 以上で1回目の質問を終わります。

◎副議長【町田真之君】
 福祉部長。(保育園の待機児童の解消等市の応答は、略)

◎副議長【町田真之君】
  学校教育部付参事。

◎学校教育部付参事【和田信行君】
 国旗、国歌と憲法で保障されている思想、信条の自由ということで御質問がありましたが、まず国旗、国歌について、大多数の国民がこの国旗、国歌については支持をしておりまして、また、国際社会が進展されている中、多くの公的な行事の中で国旗が掲揚され、国歌が斉唱されていると。こういった現状の中で、21世紀に生きる子どもたちにこういった国旗、国歌の指導をするということは、学校教育においても必要というふうに考えております。

 また、学校におきましては、学習指導要領というものに沿って行われているわけですけれども、この学習指導要領というのは、教育の一定の水準を確保するために法令に基づいて国が定めた教育課程の基準でありますので、各学校の教育課程の編成及ぴ実施に当たっては、これに従わなければならないというふうに文部省の方も述べているところでありまして、各学校ではこの学習指導要領に基づいて教育課程を編成、実施をしているところであります。「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と、その学習指導要領の中に記されておりまして、こうした中で各学校においては国旗、国歌の指導をしているわけですが、こうした指導は児童生徒の内面まで立ち入って強制しようとする趣旨のものではなく、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくものと理解しております。よって、国旗、国歌を学校教育の中で指導、実施していくことは個人の思想、信条の自由を侵すものではないと考えます。また、卒業式において国旗、国歌について意見表明をすることができるのかという御質問がありましたけれども、児童の権利条約等にも意見表明権というのはありますけれども、学校教育組織として集団として行われるものに対して、意見は言っても、学校で決めた問題すべての行事の中で1人1人の子ども、生徒が意見表明をしてばらぱらな行動をとるということは、学校教育上好ましくはないというふうに判断をいたします。

 また、教育としてこの国旗、国歌の指導をどのようにしているか。歴史的な面での指導をしているかということですが、小学校の1年生から中学校の3年生まで国旗、国歌についての指導は、その発達段階に応じてなされなくてはならないというふうに思います。音楽の授業で君が代、国歌についての指導もしなくてはならないわけですが、残念ながら多くの音楽の授業の中でこの国歌の指導が行われていないという現状がありますが、実際に卒業式を前にした音楽の授業の中でこの君が代の歌詞についてもきちんと指導するということは必要かと思います。法制化の問題も出ていましたけれども、こちらの法制化の方の問題がどういうふうに進展するか、まだ微妙なところがありますけれども、この歌詞についてもやはりきちんとした指導はすることは必要だろうというふうに考えます。

 また、社会科等の授業の中で戦争中にどういうことが行われたかというようなことについても、事実に基づいて指導するということは必要と考えます。それにしても、その発達段階に応じた指導ということを考えていかないと誤解が生じるかなというふうに思っております。

◎副議長【町田真之君】
  井上睦子君。
          〔40番議員登壇〕

◎40番【井上睦子君】

 それでは、2回目の質問を行います。
 まず、保育行政にっいてでありますけれども(略)、
 次に、教育行政の問題についてお伺いをいたします。
 日の丸、君が代の問題については、先ほども議場からさまざまにやじといいますか、飛んだように、極めて考え方の違う問題であります。先ほど教育委員会の方から御答弁がありましたけれども、学校現場において日の丸、君が代を掲げること、歌うことを指導するのは思想、信条の自由と対立するものではないというふうな御見解でしたが、それ以前に私は3つの問題について質問をいたしました。

 1つは、戻りますけれども、正確に答えていただきたいと思います。教育委員会が答えたのはその点のみでありまして、私は、日の丸、君が代は極めて思想、信条の自由にかかわる問題であるというふうに考えるが、教育委員会はどのように考えるかということです。これは学校現場での云々かんぬんではなくて、今議論している法制化の問題も含めて、どのように1人の人間が思うか、考えるか、評価をするかということは思想、信条の自由にかかわる問題だというふうに思いますが、どのように考えてらっしゃるかお伺いをいたします。

 2点目には、思想、信条の自由はだれにでも、どこでも保障された権利だというふうに考えるが、それはどのように考えるかということです。

 3点目は、卒業式、入学式において子どもたちの意見表明権の権利があるかということでしたが、私が質問をいたしましたのは、教育の場で保障されているかということについてお聞きをいたしました。その点について明解な御答弁をいただきたいと思います。

 先ほど、例えば卒業式、入学式で子どもたちが日の丸、君が代について意見を表明するということは、集団の行為から外れることであるので、それは許されないというような御答弁であったというふうに思いますけれども、それでは、良心にまで踏み込んで強制するものではないということをどのように教育委員会は担保されるのでしょうか。そのような御答弁をされたというふうに思いますし、政府見解も、児童生徒の思想、良心を制約しようというものではないというふうにありますけれども、卒業式、入学式で例えば日の丸、君が代については賛成できない、歌えないという子どもたちがいた場合に、そのことを保障することもまた教育ではないかというふうに思いますけれども、このことを許さない教育というのは、思想、良心の制約につながらないのかお伺いをいたします。

  次に、教育内容と学習指導要領の問題であります。

 先ほども学習指導要領に日の丸、君が代が学校行事などで行われることを明記してあるというふうに  おっしゃっておられました。第1回定例会、高木議員が石川中の問題を取り上げての質問の中で、和田主幹は、学習指導要領は、目標や内容から逸脱しない限りの範囲で工夫は認められているというふうに答弁をしています。これは教育とは子どもたちの状況や地域の実情によって柔軟に対応すること。授業はさまざまに発展すること。それらを予想しての弾力性を持っているという内容であるととらえてよいのか、確認の意味でお伺いをいたします。

 2点目に、卒業式、入学式での日の丸、君が代の問題について、最終的に校長の判断として日の丸を掲げること、君が代を歌うことを怠った場合において、これは学習指導要領の逸脱になるかどうかという点についてお何いをいたします。

 1996年の東淀川高校の日の丸処分での大阪地裁の判決は、本件国旗掲揚条項の文言は、入学式や卒業式などにおいてもその意義を踏まえて国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するよう指導するものとするとなっていて、指導しなければならない等より強い拘束性や強制力を伴うような表現が使用されていないのであるが、中飛ばしますが、大阪府下の公立高校における国旗、国歌の掲揚、斉唱の実態を見てもわかるとおり、指導の内容や程度は各地の実情等に合わせて実施することができる余地を残しているというものであることができるのであって、学習指導要領は大綱的基準であることも明らかであるとの判決を出しています。

 これは東京都の人事委員会の見解も同様であるというふうに考えますが、学習指導要領に規定をされていても、校長の判断によって国旗を掲げること、君が代を歌うことをしなくても、学習指導要領を逸脱したと言えないというふうに考えていいかどうか確認をいたします。

 さて、学校で行われるさまざまな教育活動の最終的な目標というのは、学習指導要領では、生きる力をはぐくむことというふうに規定をされています。教育基本法の前文では、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成が目標となっておりますし、教育基本法の目的の条項では、人格の完成を目指して、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を目的とするというふうになっております。このことは、みずから考え、そして生きるカを獲得する。そしてその力をはぐくむ教育は、あらゆる教科、領域を通じて達成されるものだというふうに思います。そのために学習指導要領は弾力性があり、柔軟性があるというふうに私は理解をしております。最終的に私たちが物事を考え、生きる力をつかんでいくということは、思想、信条の自由を獲得するということでもあります。

 第1回定例会で、先ほども申し上げました高木議員の石川中の問題について、家庭科の教師の行動、これは高木議員が再三、偏向教育者というふうに発言をされておりました。私はこのことに異議を唱えまして動議を提出をいたしましたけれども、残念ながら否決をされた経過がありますが、極めて遺憾だったというふうに思っております。高木議員の質問に対して、和田主幹は、中学校の家庭科の範囲を逸脱して問題も多いというふうに発言をしています。それでは何が問題であったのかということを、あれから時間がたっておりますので、どのような調査になっているのか。何が問題であったのか。本当に高木議員の言う偏向教育ということが行われていたのかどうかということを、その事実を明らかにしていただきたいというふうに思います。

 配付をしたプリント、そして授業の発展の中で、みずから考え、判断して生きていくことを考える授業は教育の目標や学習指導要領の目指すところであるというふうに思いますけれども、その点についてお答えをいただきたいというふうに思います。

 2点目ですけれども、日の丸、君が代についての思想、信条の自由の問題についてであります。これは子どもたちにも保障されているというふうに私は考えますが、教育委員会は明確にそのことは明らかにされませんでした。そのことをきちんと考えようということが偏向教育と言えるのかどうか明らかにしていただきたいと思います。

 さて、3月の高木議員の質問の中で、卒業式が異常な光景であった云々というようなところがありまして、議事録を再三読んでみますと、マインドコントロールの総仕上げとかというような表現がされております。高木議員の質問の後の横田議員の一般質間の冒頭の中では、父母の1人として参加をした横田議員は、高木議員の言うような卒業式だとは思えなかったと。極めて感動的な卒業式であったというふうに議事録からは読み取れるわけでありますけれども、このような事実と異なる発言が議場の中で交わされたということは私は問題だというふうに思いますが、教育委員会は、当時の三宅部長もこの卒業式には参加をしておりました。石川中の卒業式が異常な光景と言えるような卒業式であったのかどうか、教育委員会はそこを確認したのかどうかお伺いをいたします。きちんとした正確な事実が明らかにならないで、予断と偏見に満ちたことが伝わっていくということは問題だというふうに私は考えます。

 次に、石川中の家庭科教員について、偏向教育の教師であるとか、地域の人々がさまざまなことを言っているというような内容が挙げられました。このことも事実かどうかということを私は知りたいというふうに思いますけれども、1つの考え方に基づいて1つの学校評価をするあるいは卒業式の状況について、ある一定の子どもの評価をするということは慎まなければいけない行為だったというふうに思います。教育基本法の第10条は、教育への不当な介入を禁止をしています。これは戦前の教育がさまざまな政治的な圧力なり何なりから守れなかった。そして、戦争への道を歩んでしまったという経験の反省からになっておりますけれども、私たちは最大限教育の内容が法律に基づいて、そしてその学校現場を構成する子どもたちや教員の総意に基づいて行われることを支援をしなけれぱならないというふうに思うわけですけれども、こういった会議録を読み返してみても、残念だなというふうな感想を持っております。

 さて、国旗、国歌に対するさまざまな見解があることは先ほど紹介をいたしました。アメリカの状況というものを私たちは参考にしなければならないというふうに思います。昨日の朝日新聞の夕刊に米谷ふみ子さんが、米国旗を宣誓、それを拒否した話として、日の丸、君が代と教育ということの文章を寄せています。息子の通った学校、米谷さんはアメリカ在住でありますけれども、アメリカで育った子どものことですが、毎日国旗に宣誓をすることが規則とされていた。敗戦後日本にやってきた進駐軍が、旗というものは布きれに過ぎない。あんなものに敬礼するのは偶像を崇拝しているのと同じだと言っていたことに感銘を受けていた私は驚いた。息子には私の意思を伝え、自分の意見で判断して、したかったら宣誓したらいいのよと言っていた。息子はしなかった。小学校3年生の時の先生は、自分の確固とした意見を通すことは、民主主義の標本であるとクラスで褒めてくれた。が、ほかの先生は違っていた。毎年先生が替わるたびに私が校長室に呼ばれて担任の文句を伝達された。そのたびに私は進駐軍の話をした。息子はあんな無意味な行為はしたくなかったんだと言った。だが、ある先生は最後まで頑張った。それで、私はアメリカには多くの宗教があって、そのおきてで国旗に宣誓をしない子どもがいるのを知っていたので、教育委員会に電話をして尋ねると、憲法上個人の信条を守らねばならないから強制はできないという返事で落ち着いた。訴えられると困るということもあるのだろうというふうに、アメリカの経験を語っています。どんな子どもたちにも自分の確固とした意見を通すことというのは民主主義の標本であるといったことの経験を私たちの国も学ぱなけれぱならないというふうに思います。

 日本の文部省は何が教育であるのかを熟慮したことがあるのだろうか。むやみやたらに形式を押しつけようとするよりも、子どもたちにあらゆる意見を聞かせ、それを判断させ、何事にもひるまず自分の意見を自由に発表し、討論し、何が真実であるかを見出せる場をつくるのが教育ではないか。そしてそういうふうに指導できる先生を養成するのが教育で最も大切なことではないかというふうに問題提起をしています。

 石川中での問題が第1回定例会で大変問題になりました。しかし、私は、子どもたちが自由に考え、みずからの考え方を発展をさせていく過程の授業としてあった授業だったというふうに考えております。

その点について市教育委員会の見解をお伺いをして、質問を終わります。

◎副議長【町田真之君】
  福祉部長。
  (保育児の待機児の解消等についての答えなど略)

◎副議長【町田真之君】
  学校教育部付参事。

◎学校教育部付参事【和田信行君】
 思想、信条の自由等の問題が出ていましたけれども、教育委員会としましては、学校教育の場で国旗、国歌についての指導をすることは、個人の思想、信条の自由を侵すというものとは考えていないということは先ほど申し上げたとおりであります。

 また、意見表明権の問題ですが、児童生徒が自分は国旗、国歌は反対だという意見表明をすることそのものをすぺて制止をしているということではないというふうに思います。表明する権利そのものはあるというふうに考えます。ただ、学校教育の場で児童生徒が歌わないとか、歌えないというような話になったときに、国旗とはどういう役割を持っているのか、これからの国際社会においてどういう役割を持っているのか、世界の国々ではどのように自国の国旗、国歌を愛しているのかと、こういった問題について児童生徒にわかりやすく指導するのが教育的な指導だろうというふうに考えます。

 また、学校長の判断でこの国旗、国歌を中止、制止、やめることができるかというような御質問だったと思いますが、公教育の小中学校の学校長の立場で、個人の主義主張はともかく、学校長の立場で、個人の主義主張で国旗、国歌に反対するというような学校長はいないかと思います。個人の主義主張はどうであれ、公教育の学校長の立場というものがあるわけで、それに沿って学校長が判断をしているものと考えます。

 また、石川中学校の件ですが、家庭科教師が家庭科の時間にいろいろと使用したプリント、授業内容に問題があるということで調査を進めてまいりました。現在のところもまだ報告書を都教委に提出するに当たりまして、事前のやりとりをまだ重ねているという状況であります。この具体的なことについては、まだ調査の段階ということで、差し控えたい部分もありますけれども、実際にそのプリントに書かれているものがどうであるのか。また、家庭科の授業がどのように計画されて行われたのかといったようなことについて時間がかかっておりますが、調べているという状況です。

 今回のこの石川中の件につきまして、この教師の指導につきましては、極めて不適切な指導を行ったものと認識しておりまして、東京都教育委員会には厳重な処分がなされるよう強く今後も求めていきたいというふうに考えています。

 それから、石川中学校の卒業式のことですが、問題があったのか、なかったのかということですが、石川中学校の3月に行われました卒業式では、国旗が式場内には掲揚されませんでした。これは全中学校の中で1校だけです。式場の外の校庭のポールに掲げられていただけと。そして、国歌についても、式次の中で国歌斉唱というものに対して、これができませんで、式の始まる前の段階で卒業生が入場する前に流したという、こういった状況でありました。これは他の中学校の卒業式と比ぺましても、普通の形での卒業式ではなかったというふうに認識をしております。

 また、偏向教育というような話がありましたけれども、国旗、国歌について歴史的な認識を指導するということも必要ではありますけれども、これが最初から国旗、国歌を否定するという、反対するという指導ではなくて、今後、現在また未来にわたって国旗、国歌を尊重するという姿勢で指導するということが必要なんだろう。初めから反対ということは、学習指導要領で指導するものというふうに言われているものに対して、公立学校の教員としてあるまじき行為であろうというふうに思います。教育委員会としましては、今後、各学校が国旗、国歌に関する指導が、学習指導要領に基づき適切に行われるように、今後も指導してまいりたいと考えております。(「議長、答弁漏れ」と呼ぶ者あり)

◎副議長【町田真之君】
  答弁漏れですか。どういう関係ですか。
  第40番、井上睦子君。

◎40番【井上睦子君】
 正しく答弁がされていません。私が質問をしたのは、学校長の主義主張によって日の丸、君が代を揚げる、揚げなかったということではなくて、さまざまな事情に照らし合わせて揚げなかった場合、これは学習指導要領の違反となるか、ならないかということの見解を聞いたのです。それについて正しく答弁をしていただきたいと思います。

◎副議長【町田真之君】
  学校教育部付参事。

◎学校教育部付参事【和田信行君】
 3月の卒業式、4月の入学式等でも国旗、国歌の指導については、各学校遺漏のないようにという通知を出しておりましたので、各学校長が職員会議等で卒業式、入学式の国旗、国歌の指導について教員に要請をしていたわけですが、何校かの学校ではできなかった学校もありました。教育委員会としましては、卒業式、入学式の国旗、国歌の指導について学校長とも緊密に連携をとりまして指導してきたところですけれども、最終的に判断するのは学校長でありまして、それについて処分をするというようなことは実際問題としてしておりません。

◎副議長【町田真之君】
 会議時間も大分長くなりましたので、暫時休憩します。
            〔午後3時03公休憩〕
            〔午後3時50分再開〕

出所:八王子市議会議事録(1999年6月)、35〜45頁。
原本は、八王子市議会事務局、
 あるいは、お住まいの自治体議会事務局へ問い合せてください。

 議員の紹介がなくても議会資料室、図書館などでも閲覧可能。
          【電子化作業1999年12月24日野副 達司<for-nze@din.or.jp>】

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