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よく考えて!「日の丸・君が代」 
いま、八王子では
      
君が代・日の丸は、当該者以外には「思想・信条の自由」に反すると言いがちですが、それ以上に同僚が権力により分断され精神的にも荒廃してしまいます。のちほど、教育基本法十条の解説もお読み願えればと存じますが、そこには「教育行政の教育内容への介入ができないことが明文化されています」。
【電子化作業 野副 達司<for_nze01@ybb.ne.jp>】
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よく考えて!「日の丸・君が代」いま、八王子では(6)
パンフ「石川中93年度卒業式日の丸問題 民主主義を守る闘い」
(11) 卒業生の訪問
4月20日、職員会議が終わってボーッとしているところにC君が現れた。卒業してはじめての来校だったので、「どうしたの?」というと、「新聞読んだよ。新聞読んで、先生ならそうするなって思った。その後、先生どうしているかなって思って……。おかあさんも『いって元気づけてあげな』って言うから来た。」と言う。
おしゃべりの中で、こんなことも言ってくれた。「ぼくは先生に政治のこと、社会のこと、いろいろ聞かされたから、いま考えられるようになったんだよ。もしも先生に話してもらわなかったら、○○君たちみたいに女の子のことにしか興味がない人間になってしまったと思う。」と。C君が2年生の時の担任が私だったが、本当の所、私の方がC君に助けられての1年間だったのだ。「男女の自立と共生」がテーマだった3年生後期の家庭科の授業では、C君のクラスは彼を中心に何人か論議に熱中する生徒がいて、いつも授業=討論が盛り上がった「楽しかったよね」と、2人で思い出話にも花を咲かせた。C君の訪問はとってもうれしかった。
数日後、別の卒業生にも「先生のことりっぱだなあって思います」なんて言われてしまい、くすぐったかった。でも理解してくれて、うれしかった。
(12) 都教委から2度目の呼び出し、処分の辞令下る
22日(金)の夕方、校長が「25日(月)に都教委から呼び出しが来ました。辞令を受け取りに行ってください。」と、校長が作成した、またまた書式のなっていない命令書を持って言いに来た。「私はこの日は大事な学年会だから行かれません。だいたい、私には処分の辞令をもらいに行く必要なんか全くありません。必要がある都教委がくるよう、校長から伝えてくださいよ。校長が仲立ちをしているのだから。」と私は断った。翌23日(土)に再び校長は行くよう言いに来た。「どうしても来いと言うのなら、月曜日の学年会の時間を避けたらどうですか。月曜日だったら2時30分までに学校に戻れる時間を設定するよう、都教委に言ってください。」「他の日だったら……」といくつか候補をあげ、そのいずれかで選ぶよう都教委に話してくれるよう要求した。「勤務時間外に行くつもりは全くないことも伝えてくれ」とつけ加えた。
25日(月)朝、2の2の生徒たちには都教委に処分のため呼ばれていること、今日は行かないつもりだが、「命令」がでて、行かざるをえなくなるかもしれないことを話しておいた。
3校時が終わると校長は、2枚目の25日付命令書を手に私のところにやって来て、「どうしても行ってください。都教委からの命令です。」と言う。「行けと言うなら、校長が学年会の時間を保証すべきです。今週中に学年会を開かなければ仕事に支障を来すのです。しかし、今週は放課後がすべて詰まってますから、授業時間内に学年会が保証されなければ、今日私は行けません。例えば水曜日の5校時、2年職員の授業を校長が担当して、学年会を保証する、とかの方策を校長がとるのなら、私は今日、命令に従って行きます。」私は、そう要求した。
校長と教頭とが授業の面倒は見るという方向で、教頭の口から、2年職員に話を持ちかけることになり、私も命令に応じた。
さて、学年会の保証を校長、教頭がのんだので、私は校長と連れだって都教委へ行った。3時50分に来いと言うので、時間までに行ったが、一向に部屋に通されない。私は昼食後すぐに出発したので、お茶も飲まずに来たのだ。同行した畑中市教職員課長に「あと何分待たせるのか聞いてきてほしい」と要求したが、「処分の辞令をもらいに来て、そんなこと言うものではない」と言う。「校長と市教委の責任で私が処分されるんですよ。責任を感じたらどうです」と私が言うと、課長は「あんたが、悪いことをしたんだ。」といきり立った。
長い時間待たされたので、その時間を有効に使おうと、私は課長に昨年度の講師時数の件を切り出した。先日都教委に呼ばれた折、課長にその話をしておき、調べてほしいと頼んでおいたのに、それから時間はあったにもかかわらず、全く調べてないということだった。市教委も、もみ消すつもりなのだろう。
昨年度の事件はこういうことだ。
「家庭科の講師を探したが講師もいなかったので、オーバーして申し訳ないが21時間持ってほしい(持ち時数の上限は20時間)」と校長、教頭は私をだまそうとした。私を困らせたい一心で練った策だったのだろう。簡単にだませるとも思ったのだろう。しかしそうはいかなかった。私はきちんと証言を得た上で、校長、教頭を追求したが、それでも居直って、「技術・家庭は1つの教科だから、技術の講師が家庭科の授業をすればいい」なんて言葉を吐く始末。そして肝心の手は打たず、3の6は1回目の授業を担当者がいないまま迎えることになった。私はその事実だけを3の6の生徒に伝えた。その日の昼休みには3の6の生徒全員が校長に直談判をし、あわてた校長は、その後市教委とやりとりをしながら、講師申請に走り、翌週から講師が来ることになった次第。職員会議に私は議題として提出しているので、議事録を見れば詳しく記されているはずだ。
昨年度は校内では問題にしたが、対外的には問題にしなかった。私の甘さゆえに。まさか2年続けて管理職が同じ問題でいやがらせ=差別的扱いをするとは、私はつゆ程も思っていなかった。しかし今年度が始まって、各教科の講師配当時数が示され、それを見て驚いた。技術科が6時間に対し、私の家庭科は3時間なのだ。上限の20時間ギリギリは守ったが、いやがらせはやめられないということか。
2年続けてのいやがらせを受けて、私はようやく、昨年のことを問題にしようと決意して、市教委に正そうとしたのだった。
しかし、市教委は完全に校長とグルになっていた。年度途中で、理由もはっきりしないまま、講師申請ができるはずはないのに、校長の職務不履行を不問に付したのだ。「どういう経過で年度途中に配当されたのか教えてほしい。理由が明らかにされないのなら、今後、市教委はどの学校にも、いつでも理由を聞かずに講師を配当してくださいね。」と私が言うと、畑中課長は「調べてもないし、調べる必要もない。そんなこと聞いてくるのが問題だ。あんたに説明する必要はない。」と立腹していた。日の丸に関係ない教育熱心な一教員の訴えだったならば、市教委の対応はこれとはきっと違ったであろう。校長と市教委教職員課の職務不履行をどこかで明らかにしなくては……。
横道にそれてしまったが、課長とやりとりが終わった頃、係員が呼びに来た。4時38分だった。50分も待たされたわけだ。部屋に通された。都教委は、いばりくさった松木人事部長、小田原職員課長、安藤主席管理主事、それに服務担当係員2名。都教委5人の向かいに私の席は指定された。私の両隣は右が市教職員課長、左が校長だった。私以外は全員が起立している。私に「立て」と命令したが応じないでいると、諦めて残りの7人がうやうやしく礼をして辞令伝達式とやらを始めた。こんなに待たせておいて遅れたことへのことわりもない。「常識に欠けていますね。」と私が言うと、何人もが「黙りなさい」と高圧的に言う。人事部長に指示されて、小田原課長が「発令通知書」を読み上げようとするので、「待ってください。その前に、前回質問しておいた事柄に答えてください。生徒がどんなに校長に対し抗議をしたか、不信を抱いているか調べもしないで公正な判断は下せないはずです。生徒の抗議を都教委はどう捉えているのですか。お答えください。説明できないような処分は無効です。説明してくださればきちんと聞きます。」私は筋の通ったことを言うが、「黙りなさい」「黙れ」。そして部長は、私が質問している中を、それをかき消すように大きい声で、小田原課長に「発令通知書」と「処分説明書」を読み上げるよう指示し、課長もそれに従った。そして署名・捺印を私に求めた。「説明してください。説明がされたら、私は署名・捺印に応じます。」私がそう言うと部長は「しないなら構わん。出て行け」と手振りを添えて私を追い払おうとした。「署名・捺印をしなかったら、どうされるおつもりですか。もっと処分を重くするのですか。」ゆったりした表情を作って私は部長の顔を覗き込んだ。すると部長、「そうだ。よく検討する。」と言うではないか。「それを職権の乱用と言います。やってはいけないことですね」と私も投げ返した。「皆さん、およそ教育とはほど遠いこんなことを仕事としないで、教育を創造するための価値ある仕事をしてくださいよ。胸のはれる仕事をしたらどうです。こんなことを仕事として、心のある人間なら恥ずかしいものです。」「怒りをもって、署名・捺印をしていきます。」そう言って、手続きを済ませ、「減給10分の1、1月」の「発令通知書」と「処分説明書」を受け取って退席した。時計は4時55分を指していた。たった17分間のやりとりで見た権力の衣を着た面々。一番権力のある部長の顔が一番鬼に近い顔だった。彼は私人になったときにはどんな顔をしているんだろう、なんて想像してみたが、思い浮かぶわけがなかった。
(13) 「発令通知書」「処分説明書」
翌朝学活に行くと、「新聞見てきたよ」「先生どうなるの」と生徒が尋ねるので、話をした。「校長の命令に従わなかったこと、信用を失ったことで、1ヵ月の10分の1の減給と、昇給3ヶ月遅れなんだって」と私が言うと、生徒たち、「だれの信用を失ったの?」と聞く。「都民の信用をだって。都民の中心はあなたたち、そしてあなたたちのお母さんやお父さんということでしょ」と答えると、「信用を失ったのは校長だよ。先生の信用は増えたぜ一。」と言い合っていた。校長だって、本当は信用失墜したのは自分だって、わかっているでしょうにね。
(14) 再び授業のこと
2の5の授業は4月30日(土)を校長の説明会にあてていた。28日にも30日朝も私は校長に「来てくださいね、約束ですから」といったが、「行きません」との返事。生徒たちは3週間も待たされたので、私一人が教室に入っていくと冗談じゃないという様子。そして数人が校長を呼びに行った。10分以上経って戻った生徒たち、「すげえ怒鳴るんだぜ、校長。オレたち、甘く見られたのかな。」「先生も一緒に行ってよ」と言う。それでは、ということで私も一緒に行った。生徒の数も多くなり、男子全員が加わっていた。校長室に全員で入り、「来てください」と再度要求したが「行きません」と繰り返す。「生徒全員の要求ですから、『話さない』ということだけでも直接皆に話しに行くべきでしょう。」と私が言うと、校長は「なら、それだけ言いに行く。」と言って、立った。
5組の教室に着くまで、1組から4組の教室の前を通ることになる。どのクラスの生徒たちも、授業そっちのけで、こちらを見ていた。あとで2組のある生徒が「先生、今日もやっつけたでしょ」とうれしそうに声をかけてきた。私は「やっつけるためではないよ、まじめに話を聞きたいからだよ。」と言っておいたが……。
さて、5組の教室に入ると校長は「私は話す気はありません。」とだけ言った。「せっかく来てくださったのだから、なぜ日の丸をあげたのかだけでも話したらどうです?」と私が言うと、校長はまたそれに乗ってしまった。「校長には職務を遂行する義務があります。だから日の丸を揚げたのです。」と言い、すぐに退散しようと入り口の戸に手をかけた。しかし閉かなかった。「だ、誰だ、鍵をかけたのは。」どぎまぎして言い、戸の鍵部分に手を当てた。「だあれも鍵なんかかけねえよ」と何人かの生徒が言うが、校長はいっそう興奮して戸を叩き、「早く開けなさい」と震える声で言った。校長が叩いているうちに戸は開いた。戸がレールから外れていただけだったのに、校長には脅しと映ったのだろう。いつも自分が脅しを使っている人間だから、今度はやられたと思ったに違いない。かわいそうな人……。校長が出ていくと、前列に座っている生徒数人が、「校長先生、ずっと震えっぱなしだったよ。」と言っていた。
校長の振る舞いをあっけにとられて見ていた生徒たちは、校長が退散すると再び現実に戻り、「校長先生にきちんと話させたい」「どうやったら話させることができるの」と私に意見を求めてきた。「もう話に来ないでしょう。力づくというわけにはいかないから、あなたたちが先週言っていたように、質問を書いてもっていって、文書で回答してもらったらどう?」と答えると、そうすることに決まった。質問のある人は紙に書いて提出し、それを紙に並べて貼る。同種の質問は1つだけを採用して貼る、となった。
こんな質問書を校長に出した。
1週間後、文書による回答が届いた。
[ 質 問 内 容 ]
[ 回 答 ]
◇校長先生は自分の意思ではたを上げたのですか。決まりだからあげたのです
か。
*あげるぺきだ思っている。きまりだからあげた。
◇文部省のいうことならなんでも聞くのでか。
*聞くぺきことが校長の仕事です。
◇自分の反対することでも文部省からいわれたらするんですか
*上司の命令にしたがうのが地方公務員としてのきまりです。
◇たとえ生徒全部を敵にまわしたとしても文部省に従うのですか?
*文部省に従います。
◇校長先生は、生徒全員が、反対しているのに、はたを上げて何になるんです
か?
*きまりに従うつもりです
◇全校生徒にきらわれてまで旗を上げる意味はどこにあるんですか?
そんなに、日本という国は旗を上げなければ愛国心がそだたないという情け
ない国なのですか?
*日本の象徴だからです。国を愛する心は必要です。
◇生徒たちがどんなに反対しても意見としてみとめてくれないんですか?
*意見としては聞きます。
◇学校の先生はちゃんと生徒の意見を聞いて答えて下れるんじゃないんですか。
*意見として聞きます。
◇いくら文部省が決めたからって学校は生徒がいなきゃ意味がないのに生徒が出
した意見(反対)に耳も貸さないんですか
*耳はかす。
◇学校の先生みんなで職員会議をして話し合ったのに自分勝手な事をするんでか?
*校長は職員会議のきまりを参考にして校長が決めることです。
◇校長先生自身としての意見はどうなのですか?
*各国に国旗があり、それをあげるのが自然のことです。
◇文部省は日の丸を上げろといってるけど自分は日の丸や君が代のことをどう思
ってるのですか。
*日本の国民として当然あげたり、うたうべきです。
◇日のまるや君が代は戦争の時に使われていたのに、どうして人を殺した戦争に
使った日の丸をあげたり、君が代を歌わなけれぱいないのですか。
*反省し、再び戦争が起こらないように努力する。
日の丸が悪いのではない。
◇校長先生は、ほんとうに心の底から日の丸を上げることは正しいと思っていま
すか?
*思っている。
◇校長先生は文部省で決められていなくても日の丸をあげる気になりましたか?
(個人的に職務法関係なく自分の座がそんなにおしいか)
*海外の体験からあげるのが当然です。
◇校長先生にもちゃんとした考えあるのでしたらにげずに生徒達と話し会
ってみてはどうですか?
*各国に国旗があり、それをあげるのは当然なことである。
日本には日本の旗がありそれをあげること。
◇他のクラスにはすぐきて話していったのにどうして2-5だけはなさないんで
すか?(状況が変わったとはかかないで下さい)
あと、クラスの人が言いにいってもにげたり、なにかしらの理由をつけたりし
て、話しにこないのはやめてちゃんと説明して下さい。
*この問題は家庭科の授業の中で扱うものではないと思う。
◇校長先生はくやしくないですか?
みんなにさんざん文句を言われてもっとはっきり自分の意見を言うべきです。
*各国には国旗がありそれをあげるのは当然なことです。
(15) 生徒たちの声から
[3月の時点で]
◇私は卒業式の日、校長先生が日の丸をむりやりあげようとしているところをちょうどすぐ近くでみていました。火曜日の日に根津先生から話をきいてはじめて日の丸君がよの意味をしりました。私は、1度も君がよをうたったことはありません。おそわったこともないので歌詞もしりませんでした。私のいた小学校では、いちどもやったことがありませんでした。けれども最後の年の卒業式にやはり先生たちが反対しているのにむりやりあげてしまったそうです。けれども先生方でさげてしまってみんなが登校するときにはもうなかったそうです。私はこの話をお母さんにしました。そうしたらお母さんは、いまでも日の丸や君がよをきいてむかしの戦争のときのことを思い出す人はいっぱいいるのよといっていました。今回根津先生がいっしょうけん命反対しているのを見て私はすごいと思いました。
◇私はいままで、ひのまるをあげたい人はあげて、あげたくない人はあげなければそれでいいと思っていた。でも根津先生に話をきき、あげるべきではないと思った。戦争で、たくさんの人々がひのまるにいやな印象を持っているということが分かった。だから、卒業式にはあげてほしくなかった。それに校長先生のやったことはぜったいにまちがっていると思う。職員会議であげないことにきまったのに、なぜそれを守らないであげたのか。会議であげることになったのなら、あげてもいい。それは根津先生と同じ。私はこのことを知って、卒業式に出た。すると校長先生は、「みんなで決めたことは、自分の思いどおりにならなくても、がまんしなければいけない」とかいろいろ言っていたが、それを、自分が守っていないのだから、人に言うしかくなんかないと思う。私はこの話をききながら、おかしくなってしまった。私は、ひのまると君がよの意味を知ってしまったので、ぜったいに、入学式、卒業式はもちろん、どの日でも、ひのまるや、君がよはやめてほしい!!
[4月末の時点で]
◇ぼくは校長はひどいと思います。文部省が上げることを決めた。それに従うのはしょうがないと思う。しかし生徒の意見も聞かず、かってに旗をあげる。自分の状況が悪いとうそをつくなんて人間としてはずかしいと思う。僕はこのことで校長のむせきにんさをしった。僕は校長の考え方に反たいです。
◇文部省などのことだけ従うのでなく、自分の意見で行動してほしい。もし校長先生自身が旗をあげることに賛成しているのなら、「状況がかわった」とか「文部省の方針だ」とか言いわけをせずに、しっかりと、自分の意見を言ってほしい。石川中学校は、校長先生一人のものではなく、全校生徒、職員のものであることをしっかりと自覚しほしい。
◇校長先生がにげずにちゃんと話をしてくれるのなら、私たちは校長先生をせめずちゃんと話聞きます。
◇「約束を守らない人はさいていだ」と○○先生が言っていた。私もそう思います。校長先生も、約束を守らなかったし、私は、校長先生が、何を言おうと、ひのまるをあげるなんて、かわいそうな人もいるのに、ひどいと思います。いくら、文部省から、言われてもいけない事には、反対することが、大事だと思います。私達の意見少しは聞いてほしいです。
◇自分の意見を大事にするのが、一番だと思う。この学校の、教育目標のひとつに、心を広くもつと書いてあるのに全然校長先生は心を広くもってないと思います。
◇何でねず先生が生徒のかわりになって意見とかを言って反対して下れた(ママ)のに、
“さいばん”なんかを受けるなんてへんです。
(16) 所 感
1.「生徒たち、ありがとう」
今日は(1994年)5月4日。「事件」から46日が過ぎた。生徒たちから私は得がたい、たくさんのプレゼントをもらった。
当日、私に決断をさせたのは生徒の声だった。生徒がいなかったら、私は降ろすことはしなかった、できなかったであろう。降ろす道は生徒が指し示してくれたものだった。生徒に導かれて私は日の丸を降ろしたのに、生徒は更に「先生ありがとう」「がんばったね」とたくさんの生徒が声をかけてくれ、拍手までくれた。握手を求めてくれた生徒もいた。校長室まで抗議に行った生徒の気持ちは、半分はその生徒の正直な気持ちであり、半分は、私への励ましであったと思う。
私は、あまりにストレートに行動する生徒たちに驚き、ドラマを見ているような不思議な感覚に襲われながら、でも、とっても勇気づけられ、嬉しかった。ほんとうは私が生徒たちに「よくがんばったね、ほんとうにありがとう」と声を大にして言わなけれぱいけなかった。
事件直後から今度は生徒たち、「ほかの学校に行かされない?」「どんな処分をされるの?」と、私の身を案じてくれた。
新学期が始まっても、生徒は簡単には忘れたりはしなかった。生徒の要求もあって、2年生の授業の1時間ずつを校長の説明、質問にあてたところ、生従たちは、真剣に校長に質問し、抗議し、理路整然と自分たちの気持ちを訴えた。職員会議なんかよりずっと緊迫していた。生徒たちの発言に私は心底「すごい!」と思った。
しかし、やや遅れて(こういう生徒の力をつぶしているのが、いまの社会。とりわけ学校の責任は大きいゾ。私も普段生徒たちに、自分の意見はきちんと言おうと言いながら、その意見を生かす方策まで考えてこれなかった。意見を言ったって何も変わんないじゃん、と生徒たちに思わせてしまってきたのだ)と思い至った。
でも、でも、本当にありがとう、生徒たち。
一方、生徒たちもこの件を通して、生きた勉強をしたのではないかと私は思う。1つは社会の仕組みを、もう1つは自分の頭で考え発言することの意味を。
2.民主主義の破壊が問題
日の丸、君が代問題と言うと思想・信条の問題と捉える人が多い。また、思想・信条の問題に、故意にすり替えてしまう人も多い。この件をめぐっても、ややもすると大人はそうだった。
私は思想信条の問題で行動したわけではなかった。民主主義の問題として捉えてきた。石川中では採決の結果、「日の丸の掲揚はしない」と決めていたのだ。だからその決定を守り、守らせるのは民主主義の問題でしかない。
私は標準服着用という決まりを撤廃したいと常々考え、職員会議に提起をしてきた。しかし、私の提案は通らないで現在に至っている。だから標準服の強制は問題だとは思いながらも、私は生徒たちに守らせている。基本的人権、表現の自由の問題から見ると、標準服の強制はそれに抵触するのではないかと思いながら、である。
日の丸問題も標準服の決まりと同じ線上でしか私は問題にしてはこなかった。採決自体がいい加減になされたなら一一例えば、「どうせ揚げられるのだから」とか「校長の立場もあるだろうから」とか一一民主主義はもう、そこで死んでいるわけだが、石川中の採決は少なくともそんないい加減なものではなかった。「教育的観点から考えて、卒業式に日の丸が必要か否か」で採決が行われたのである。真面目に行われた採決は価値あるもの、だから構成員は守り、守らせていく義務を負っていると私は考える。
思想・信条の問題にすり替えてしまうことは、個人的問題としてしまうことである。個人的問題にしてしまうと、そこには、集団の決定が及ばなくなってしまう。民主主義と思想・信条の自由は相反するものではないにもかかわらず、乱用されている向きがある。
校長と職員会議の決定とを、これに当てはめてみるとよく分かる。民主主義を守ることは言うまでもなく職員会議の決定に従うことである。だから日の丸を揚げないということである。校長個人の考えは、職員会議の決定と異なるが、校長の日の丸観を変えると強要するものではない。個人的には思想・信条の自由の問題として保証される。校長の自宅に目の丸を100本揚げるとか、校長が衣装として身につけるとか、それらの行為は認められているのだ。
重ねて言うが、この件は思想・信条の問題ではなくて、民主主義の問題なのである。日の丸・君が代問題を思想・信条の自由としてしか語れえなくなる日が迫っているからこそ、である。
出所:根津公子、石川中'93年度卒業式日の丸問題 民主主義を守る闘い、
-----------------「民主主義を守る闘い」----ここまで----------------
** たくさんの記録は、教頭が録音していたテープをおこして、このように**
** たしかな記録として残されました。小生には、信じがたい校長のことば**
** の数々。「学校において、日常子どもに接し、その教育活動に従事する**
** 専門職に属する(教員免許状制度)から、教育は一般行政とは異なり、**
** 教師の主体的な活動がなければ十分な教育効果をあげることはできない**
** のであり、その意味において、教師の自主的な創意と工夫が尊重されな**
** ければならないとともに、不当な外部勢力の支配から独立であることを**
** 要するのである。」(東京地裁判1974年7月16日判例時報751-50) **
** 教員の職務について述べた、これは第一次教科書裁判の高津判決の一節**
** です。わずか11条の教育基本法の由来、そして文部省が本当に必要な機**
** 関かもあらためて、文部省設置法の歴史とともに心に刻んでおきたいも**
** のです。 **
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