|
1991年湾岸戦争が勃発した際、わが国は多国籍軍に対して90億ドル(実質130億ドル)もの戦費の支出や、自衛隊掃海部隊の派遣という形で実質的な参戦をしました。私たちは政府の行った行為を、戦争放棄をうたった憲法に明らかに違反するものと考え、三権分立の一翼である司法は、立法・行政の行為を監視する立場にあると考え、裁判所に国の違法行為を訴えました。
これが東京・名古屋・大阪・広島・鹿児島の全国5ヶ所において、湾岸戦争への「戦費支出違憲確認」と「自衛隊の掃海艇部隊派遣差し止め」を求めて提訴された「戦争に税金を払わない・市民平和訴訟」です。戦争に私たちの税金を使わないでほしい。私たちは人を殺す戦争に荷担したくない、という思いから提訴した原告は東京地裁だけで1057人、全国では約3000人にものぼります。
この、私たちは人を殺すことも殺されることもせずに平和の中で生きたい、という実に素朴な願いから、国を相手に司法に訴えたわけですが、この種の裁判は実に難しく、訴える資格がない、という原告適格者性の問題で裁判所はまず受け付けない、俎上に乗せることさえ難しいという、一般市民にはなんとも不可解な制度になっていることを知りました。
その問題を弁護士や法律学者の方々が知恵を絞って、なんとか提訴を受け付けてもらえてホッとしたわけですが、ところが裁判が始まる前に、担当した東京地裁の涌井裁判長は「訴状への印紙の額が足りない。一人あたり60億円になるのではないか」と言ってきたのです。裁判所が示唆した方法で計算しますと、驚くべきことに原告全員で3兆4千億円という、司法予算総額の10年分を遙かに上回る額で、例えば、最高額の印紙を東京ドームの屋根に敷き詰めても、張り切れないほどの印紙を貼れというのです。いかに司法の感覚が一般常識からはずれているかを思い知らされました。
要するに、国の一機関である裁判所は、国民が国を相手にして憲法違反を問う訴訟に対し、高額の訴訟費用を要求することで門前払いにしようとしたのであり、訴訟にかかる費用を利用して、市民を裁判所から遠ざけようという典型例だと思います。
この件はマスコミの非難を浴び、印紙代の額は下げてきましたが、それでも甚だ不当なものでした。損害賠償訴訟ならまだしも、このような差し止め訴訟など、違憲や違法行為を裁く、原告が勝訴したところでなんら経済的利益がない訴訟の印紙代の計算は、きわめて不透明で恣意的であり、妥当性を欠いているのが現実です。「市民平和訴訟」は最高裁まで争いましたが、証拠調べもせず、事実認定なし、憲法判断を避けた、三審ともほとんど同じ形式的な「原告敗訴」に終わり、私たちは行政に追随し、違憲立法審査権が反古となっている司法に対して大いに失望感を味わいました。
ー今回の司法改革審議会での論議についてー
私たちは裁判を経験したものとして、司法改革の必要性を痛感しています。法定内で使われる言葉が一般市民には理解しがたい用語であることなど、問題点は数々ありますが、一つは「違憲立法審査制」の問題です。多くの訴訟と同じように、市民平和訴訟でも憲法違反かどうかという判断を避けられてしまいました。この「違憲立法審査制」の有り様を検討課題とすることが司法の独立性を保つ上で絶対に必要です。
もう一点は弁護士費用の敗訴者負担の問題です。敗訴の場合は相手方の弁護士費用を払わなければならない、という制度は一見公正な制度に見えます。しかし実際には逆に、社会的弱者にとって裁判所はますます遠いものとなってしまいます。今でさえ、一般市民にとって『裁判は高いもの』という認識があります。
市民平和訴訟では、原告側に83人の代理人弁護士が付きましたが、この訴訟を自分の問題として捉えた弁護士さんたちのおかげで、なんとか8年、最高裁まで頑張って争うことができました。しかし、仮に敗訴の場合は、大勢ぞろぞろ出てきて法廷では何もせずに眠っていて、次回期日決めの時だけ「差し支えます」と発言して次回期日をずるずると先延ばしし、裁判を長引かせた国側代理人たちの費用を負担しなければならないとしたら、このような裁判に踏み切ることは考えざるを得ません。市民平和訴訟のような政策形成訴訟と言われる種類の訴訟や、消費者訴訟、医療過誤訴訟、公害訴訟など、原告に立証責任が問われ、勝訴が難しい訴訟も同様でしょう。
弱者も司法上の権利を行使できるという制度の確立こそが、弱者擁護の憲法の原理にそうものです。司法によってのみ救済されるべき側の人間の立場に立ってもう一度この制度を見直してください。平等な力関係にある当事者同士というのは現在の日本社会では例外です。国や自治体、企業相手の裁判では、市民個人と決して平等ではありません。
市民が裁判所を利用しやすくするためには、費用はできるだけ低額で、しかもできるだけ定額である必要があると思います。唯でさえ我が国の訴訟制度における印紙額は、諸外国に比べて高額過ぎると批判を浴びています。まして、司法が独立性を保てず、当事者同士の力関係が社会的に平等ではない現状での「弁護士費用の敗訴者負担制度」の導入には、絶対に反対であり、撤回してくださるよう強く要請します。 |