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2005年02月28日

懐かしいねぇ、スティール・パルスかい?

Steel Pulse 今年のフジ・ロック・フェスティヴァルのラインアップ第一弾が発表されて、スタッフが大忙しで情報集めをしていたんだが、その中にみつけたのがSteel Pulse。えっ、ラインナップのこと全然知らなかったの?関係者でしょ?なんてことを、よく言われるのだが、正直、全然知らない。今初めて知った。というか、誰が出るのか、みんなと一緒に驚き、失望する方が楽しいから、別に聞き出そうともしていない。それに、有名なアーティストにもそれほど興味はないし、毎回「まったく知らない」アーティストへの興味の方が大きい。今回発表された24アクトで最も「なんじゃろ?」と思わせた、そして、興味を持たせてくれたのはYonder Mountain String Band。なんとなく気になっていたんだが、「なるほど」日高氏らしいチョイスだなぁと、このあたりに感心してしまうのだ。

 で、その発表を受けて、スタッフが情報探しを始めだした。「写真はないか?」「オフィシャル・サイトは?」なんて言うので、引っ張り出してきたのがSteel Pulseのこの写真。なんと撮影は82年の5月5日。ブライトンのtop rankでのライヴだ。なんと23年前。うっひゃぁ、そんなに昔かい?自分でびっくりしちまうな。

 この時は、後にレゲエ・フィルハーモニック・オーケストラを結成することになるマイケル・ライリーが在籍していた頃で、ステージ上の演出でKu Klux Klanを小馬鹿にしたり... なんてことをしていたものだ。後に、彼に出会ったとき、「kkkの服着てたの、俺なんだよ」と教えられるのだが、当時、アスワドと双璧をなす、最も過激なUKレゲエの顔が彼らだった。

Steel Pulse アスワドがロンドンのノッティングヒル界隈(ハレスデンだっけ?正確な名前は忘れたけど、その西のエリア)出身で、それに対して、スティール・パルスはバーミンガムのハンズワース出身。ロンドンのブリクストンやリヴァプールのトックステス(だったと思う)あたりは、いわゆる労働者階級というか、低所得者がいっぱい住んでいるエリアで、当然、その中心はジャマイカを中心としたウェスト・インディーズの人たちだ。実は、UB40もそのハンズワース出身で、だからこそ、子供の頃からレゲエやスカのサウンド・システムと普通に接していたらしく、それが彼らのレゲエに結びついていくわけだ。

 レゲエにはまったのは80年、ブライトンに住み始めた頃で、おそらく、ルーツ・レゲエが最もその輝きを持っていた頃じゃないかと思う。しかも、UKレゲエがジャマイカとは違った独自の色を持ち始めていた頃で、多くのバンドがボブ・マーリーの影響を吸収して、その地位を確立していった頃だと思う。当時のアスワドとか... かなりこわかったというか、ヘヴィだったというか... そのあたりは、以前、ここで紹介した映画『バビロン』が最も良く描写していたと思う。

Steel Pulse そのアスワドが、80年代の終わりから徐々に、ある種ソフトに、ポップになっていったのに対して、スティール・パルスは当初のオリジナリティを保ちながら、どんどんディープに自分たちの世界を確立していったように思える。いつか、このあたりのことに関して、スティール・パルスがデビューした当時にエンジニアとして仕事をしていたゴドウィン・ロギーと話をしたときに、「違いはねぇ」と説明を受けたことがある。スティール・パルスが積極的にアメリカに進出して、ライヴを通して、彼ら本来のサウンドやパワーで地位を確立して、体力を付けていったのに対して、アスワドはほとんどツアーをすることなく、自分たちのサーキットのなかでしか動いていなかったからだと言っていたのだが、それもあり得る思う。結局、アルバムやスタジオでマーケットを拡大していったアスワドは、そのマーケットによって押しつぶされていったんじゃないのかなぁ。まぁ、ブリンズリーが離れる直前まで、ライヴでそのゴドウィンがエンジニアをしていて、彼が加わったときの生ダブがめちゃ良かったんだけど。(ちなみに、ボブ・マーリーのパンキー・レゲエ・パーティも彼がやっていて、彼とはじゃがたらのパリ録音で親しくなった。キング・サニー・アデやシェブ・ハレッドあたりをプロデュースしたマルタン・メソニエの仲間でもある)

 ともかく、アスワドが面白くなくなっていったとき、スティール・パルスが久々に来日して、インタヴューをしたんだが、(そのときの原稿、どこに行ったかわからないけど)彼らのヘーヴィでルーツィなライヴに、80年当時やたらと言われていた「レゲエ体験」って言葉を思い出していた。濃厚な空気に身体ごと持っていかれる本物のレゲエだけが持つ「場」をそのライヴで感じたものだ。彼らが今もそうであることを期待しつつ、今年は、きっと彼らの写真を撮影してやろう... なんて思ってます。嬉しいねぇ。

 ちなみに、彼らの曲で最も好きな「MARCUS SAY」がどのアルバムに入っているか知っている人いる?DUBは「True Democracy」に収録されているんだけど、ダブじゃなくて、本チャンの方を探しています。知っている人がいたら教えてくださいませ。なんか、20年ぐらい探しているように思うが...ひょっとして、「アイランド・レゲエ・クラシックス-スティール・パルス」って、国内盤に収録されている「予言」って曲かしら。タイトルが日本語の場合、オリジナルのタイトルに忠実でないことが多いので、想像することしかできないからなぁ... 持っている人がいたら、そのオリジナル・タイトル、教えてくれないかなぁ。



投稿者 hanaoyaji : 01:37 | コメント (0)

2005年02月27日

最後のGSは「楽しい」戦略が面白い

The Captains 昨日、ザ・キャプテンズのライヴを見に新宿のMarzに出かけた。自分が企画制作編集運営する(まぁ、結局、全部自分で基盤を作ったという意味で、今は中核スタッフが共同で作っているオンライン・メディア)Smashing Magで、ライターのnobが2003年の秋からずっと追いかけてきた仙台のバンドで、彼のレポートやmagのフォト・レポートでずっと「なんじゃらほい、このバンドは?」と思っていた。そんな彼らがメジャーのレコード会社と契約したとういうこともあって、見てみようと思ったわけだ。そっか、そうなんだ。こうゆうのもありなんだ... ふ〜ん、なんか好奇心がくすぐられるじゃないか... と、実際、彼らがどんなバンドで、なにをしているのか、確認したかったというのが理由だろう。

ザ・キャプテンズ 加えて、もともとグループ・サウンズというレトロなものも嫌いじゃない。結局は、あとで魅力を再発見することになるんだが、歌謡曲の魅力を凝縮した彼らは「作られたもの」ではあったかもしれないが、「娯楽」として確かに楽しかった。まぁ、まだ中学生とか小学生の自分が口ずさんだりできるほどに明瞭なメロディと歌詞というコンビネーションはポップスというか、歌謡曲というか、歌にとって基本の基本で、そういった意味で言えば、完成されていたと思う。もちろん、それ以上の感動を生むものがなかったから、「こだわる」ことはなかったんだけど。

 それでも、スパイダースの「風が泣いている」とか「バン・バン・バン」は名曲だと思うし、おそらく、今彼らの音を聞いたら、また違った感慨を持つに違いない。みんな、海外のロックやロックンロールにあこがれて、「芸能界」との狭間でやりたいことをしたかったんだと思うし、そのあたりに関して、ゴールデン・カップスのドキュメンタリー映画、『ワン・モア・タイム』に入っていたショーケンのコメントが面白い。

「カップスは好き勝手な服を着てやっているのに、なんで俺たちはあんな服を着せられて... なんて思っていたから」

 当時彼は、テンプターズというバンドのヴォーカルだったんだが、そのあたりにゴールデン・カップスの独自性というか、あくまでブルース・ロックを貴重としたロックをやりたかった彼らの姿勢が想像できる。といっても、結局、彼らも同じようなグループ・サウンズ路線に入っていくことになる。それはそれで面白かったけどね。

ザ・ゴールデンカップス ちなみに、カップスの横浜、ZENでのライヴ、チャンスがあったら聞いてくださいませ。これ、初めて聞いたときは、「あれぇ、あの人たちってグループ・サウンズじゃなかったの?すんげぇ、ごりごりのロックじゃん」と腰を抜かすほどにびっくりしたものだ。

 それはさておき、仙台から出てきたザ・キャプテンズは、そんな発想を見事に逆手にとって、昔懐かしのグループ・サウンズを「絵に」書いてくれているのだ。といっても、彼らの根底にあるのは、普通に若い人たちが聴いている音楽で、確かにしっかりと演奏もしている。(まぁ、リード・ヴォーカルの歌は、どちらかというとヘタウマだと思うし、多分に演劇的な「作り物性」を前面に出しているけどね。それ、実は、面白いんですけど)同時に、ロックの日本的解釈で「ロック」と「歌謡曲」の狭間で生まれた、独特のおもしろさを持つグループ・サウンズに注目して、(それだけの人はいっぱいいるんですが)それを形にしようとしているところがすごいなぁと思う。

 さらに、女の子たちが「ワー!」「キャー」と言って大騒ぎをする雰囲気作りも楽しいし、それをわかっているのかどうか、微妙にクロスしているところで、オーディエンスが楽しいんでいるのが、また面白いのだ。それだけではなく、レトロな「ブロマイド」に注目したり、「歌謡曲的な」あるいは、「グラム・ロック的な」華々しさを演出したり... しかも、そういった端々に「音楽」好きな彼らの趣味がちらちらと顔を覗かせている。単純に、面白いです。

 あと、思ったんだけど、絶対にお客さんを楽しませてやるぞという彼らのエンタテイナーぶりが素晴らしい。GSだとか、ロックだとかインディだとか、そんなことはまるで関係なく、チケットを買って遊びに来たお客さんが「楽しかったね」と語りながら家路につける... 絶対にそれをやってのけるというエンタテイナーとしてのプロ意識には敬服する。

 でも、このライヴで一番面白かったのはメジャー・デビューが決まったということで、昔一緒に仕事をした「今は偉い人」たちがいっぱい顔を見せていたこと。さぁて、こういった偉い人たちはこのフェイクなグループ・サウンズをどう見たんだろう。そっちの方がもっと興味深いと思ってしまうのはなぜなんでしょ。

 *なお、今回借用しているザ・キャプテンズの写真はSmashing Magのスタッフ、Izumi "izumikuma" Kumazawaが撮影したもので、使用許可をいただいて、掲載しております。多謝!



投稿者 hanaoyaji : 09:18 | コメント (0)

2005年02月26日

アトミック・カフェから20年

Atmic Cafe 今から20年ほど昔、アトミック・カフェ・フェスティヴァルというのがあって、そのとき、初めて知り合うことになったのがスマッシュの日高氏、当時、ロッキング・オンの社員だった大久保氏、そして、編集者だった藤川Qといった面々だった。このDVDはそのきっかけになったものなんだが、彼らとの関わり合いを生むきっかけとなったのは、80年から2年ほどイギリスに住んでいたことだろうな。このころ、反核だとか、自然食といったオルタナティヴ運動に大きな刺激を受けることになるのだが、それが後の人生に大きな影響を与える。まぁ、単純に言ってしまえば、人生が変わったのね。で、その流れでこういった人たちに出会ってそれが加速されていくわけだ。

 alternativeという言葉は直訳すれば「もうひとつの」とかってことになるんだろうけど、オルタナティヴな運動というのは、「残された唯一の選択肢」といった感覚で受け取っている。反核を含む環境問題はその象徴的なもので、旧来の政治思想なんてまったく意味をなさない。右であろうが、左であろうが、核爆弾が落とされたら、みんな死んでしまうわけだ。だいたい1発で終わるわけがないだろ? さらに加えて、それから数千年にわたって放射能に汚染され、たとえそのときに生き延びてもじわじわと殺されていくことになる。

 それは原発でも同じこと。メルトダウンが起きたら、みんなおだぶつ。それでなくても核廃棄物(毒)を作ること自体がやっちゃぁいかんことなのに、「未来に責任を持って地中奥深く埋める」なんてことを真顔で言っているデレビの政府公報ってなんなのさ。あれに虫酸が走ることなくて見ていられる人、あんなものを放送している人間の無責任さにあきれかえります。「公共性」だとか、「公益」だとか、「報道」だなんぞとのたまう放送局のお偉いサン、あんたらの頭のなかにそんなものがかけらもないのはこれだけでも明らかでしょ。

 ともかく、問題は「生きる」か、「死ぬ」かにつきる。こういった問題の前に出れば、社会主義も、資本主義も、独裁も民主主義も関係あるかい。金持ちも貧乏人も無関係。まぁ、目の前の「ご利益」にしか目を向けられない「低能」な人たちが政治を押さえ、経済を牛耳っていることが今のとんでもなく危険で、精神的に(それは科学的にも)貧しい状態を生み出しているんだが、それに気づいた人たちの動きに触発されて、ヨーロッパででの反核運動、オルタナティヴ運動のことを日本に伝え始めたのが83年ぐらい。しかも、そのなかで音楽や文化の果たしている役割の大きさに驚嘆することになる。デモや集会には必ず音楽があった。CRASSといった究極のパンクからポップ・グループといったエキセントリックな流れだけではなく、ビートからスペシャルズ、マッドネスといった2トーンにジャムやビリー・ブラッグ、エルヴィス・コステロ... 名前を上げればきりがないだろう、そんなミュージシャンが現場に顔を見せ、それを集約したのが当時のグラストンバリー・フェスティヴァルだった。

 そんなものに大きな刺激を受けて、「なぜ日本ではミュージシャンの政治意識があまりに希薄なのか」という疑問に突き当たることになる。なんとかできないか... と思っていたところで、前述の人たちと出会い、それが形になったのがアトミック・カフェ・フェスティヴァルだった。大きく記憶に残っているのは尾崎豊のデビューとなった日比谷野外音楽堂。昨年この時の映像を見たんだが、彼の音楽にはまったく魅力を感じないけど、この時の彼の鬼気迫るパフォーマンスは確かに強烈だった。(まぁ、後にインタヴューをして、彼があまりに凡人であることに安心したり、失望したりするんだけど)それに、後楽園ホールでのものも素晴らしかった。ここにはアスワドも出てくれたし、アイスハウスとか、ロス・ロボスも名前を連ねていたんじゃないだろうか。スマッシュというプロモーターであるはずの彼らが、よくもまぁ、こんなことをやってくれたものだと思う。採算もくそもなく、「気持ち」でミュージシャンを説得して、形にしてくれた彼らへの信頼感はこのころから一度も揺らいだことがない。

 実は、うちを家捜しすれば、このころ、ビリー・ブラッグと一緒にわずか200人ぐらいで銀座から赤坂あたりをデモしたときの映像が残っていると思うのだが、この時は、エコーズというバンドをやっていた(今は作家の先生になってしまった)辻君なんかも顔を出しているはずだ。わずか200人程度。それでも、初めて普通に音楽を好きな人たちがこうやって集まれたことが嬉しかったような、同時に、わずか200人でしかなかったことが悔しかったような記憶が残っている。

 そのときの中心人物のひとり、大久保君がどうやら次の都議会選挙に立候補するようだ。世田谷区らしいだが、自分は区民ではないので、投票することはできない。それに、たいていの選挙ではいかに「自民党」と「公明党」を落とすかだけで投票するんだが、都議会選挙だったら、まだ、「支持できる人間」に投票することの意味があると思う。なんとか彼には当選して欲しいものだ。石原ファシスト政権の牙城にくさびを打つには、こういった人たちが絶対に必要なのだ。



投稿者 hanaoyaji : 11:49 | コメント (0)

2005年02月25日

やっぱ、本当だった....

細野晴臣 その昔、誰からだったかは知らないが、「実はさぁ、細野晴臣のおじいさんがタイタニック号に乗っていたんだって。だから、あれで死んでいたら、はっぴぃえんども、YMOもなかったんだ」なんて話を聞いたことがある。

 「うっそ〜、ホンマかい」と疑心暗鬼で聞きながら、とりあえずは相づちを打っていたんだが、今、ニュースでその話が出た。唯一の日本人乗船客で、横浜の細野正文氏(鉄道院副参事)という方が手記を残していて、横浜マリタイムミュージアム特別展示室でそれが公開されているんだそうな。そっか-、あれは本当だったんだ。一応、名字が同じだし、きっとそうなんだろうなぁなんて思いつつ、その昔、彼が発表したアルバムの数々を思い出してしまった。

 はっぴぃえんどを解散して、(というか、その前後だったと思うが)発表した最初のアルバムが『HOSONO HOUSEというもので、これは、ジェイムス・テーラー辺りをうかがわせる牧歌的な雰囲気を持ったもの。(ちなみに、これ、本人も絡んでのデジタル・リマスターが3/24に発売されるんだと。しかも、紙ジャケで。また、買ってしまうのか?金ないぞ)でも、その次に発表したのが『トロピカルダンディー』で、そこにタイタニックとの絡みを見てしまうんだが、それは邪推かしら。じぃさんから海外の話なんぞを聞いて子供の頃からエキゾチックな世界にあこがれを持っていたのではないか、それがこのシリーズに反映されているのではないかなんて思っちゃうのさ。

細野晴臣 ここからこの次の作品、『泰安洋行』で、そのエキゾチズム趣味に拍車がかかって、ウルトラ無国籍な大傑作を生み出してしまうのだ。「Roocho Gumbo」という曲で、沖縄民謡とニューオリンズのセカンドラインを合体させたあのセンスには、それこそ、脳天が噴火したような驚きを感じたものだ。しかも、うちなーぐちで歌われているこの曲にだけ、歌詞カードが付けられていない。想像するに、かなり強烈にやまとんちゅうを非難しているように聞こえるんだが、これって、私の考えすぎ? さらに、「Black Peanuts」という曲では、ロッキード事件をあざわらい、「そのピーナツ、私にも一粒ちょうだいな」とさりげなく、庶民の気持ちを出してくれている。おしゃれな音楽、エキゾチカ... なんていいながら、どっかで腰が据わっている細野さんは、やっぱ偉大です。頭のなかがどうなっているのか... とんでもないものがいろんなポケットから出てくる「どらえもん系」ミュージシャンといった彼は怒るかしら。でも、そう感じるぐらいに、彼の懐は深く、広く、無限大なのだ。この傑作に関しては、いつだったか、トッド・ラングレンと焼き肉を食ってたときに話題になって、彼も「あのアルバムは傑作だ」と言っていたもんだ。まさにその通り。日本国民のみならず、地球市民には絶対に聞いて欲しい名作なのだ。

MARTIN DENNY あのアルバムが発表された当時は、「エキゾチカ・サウンド」のルーツ、マーティン・デニーなんて全然しらなくて... このアルバムあたりでモチーフというか、「いただいた」というか、そういったルーツにがこの人だったことを、あとで知ることになる。ところが、そのマーティン・デニーを、きちんとチェックして、再び細野の天才ぶりを理解してしまった感じかね。いやぁ、細野はマーティンよりも遙かにぶっ飛んでいる

 ちなみに、このアルバムでカバーされている「Sayonara,The Japanese Farewell Song」というのは、朝鮮戦争時代を背景に、兵隊さん役でマーロン・ブランドが主演し、日本で、おそらく、宝塚を想定しているんだろう、その女優のひとりに恋をしたというラヴ・ロマンス映画、『SAYONARA』に書かれたもの。でも、マーティン・デニーのヴァージョンが有名で、これは後にサンデーもカバーしていいヴァージョンを残している。

 その、マーティンのアルバムのおすすめは、2 in 1のCDとして再発されている『Exotica 1 / Exotica 2』。聞いて損はしません。チャンスを作って聞いてくださいませ。

 で、『泰安洋行』のあとに発表したのが『はらいそ』(なんと、これもデジタル・リマスタリングの紙ジャケで再発なんだと)ということで、この3枚をして、「エキゾチカ三部作」と呼んでいる。ちゅうか、そう呼ぶようになったんですが、この3枚を通して、どんどん想像力をふくらませていった細野氏は横尾忠則氏とインドに行って... イエロー・マジックという宇宙に身を投じていくことになるんだが... たった1分ほどのニュースでこんなことを書いてしまった自分もぶっ飛んでいるのかもしれない。いかん、仕事をしないと...



投稿者 hanaoyaji : 00:08 | コメント (0)

2005年02月24日

良心か詐欺か戦略か!?

i Pod Shuffle ときおり秋葉原に行ったり、あるいは、たまに新宿のヨドバシとかSofmapなんてところに行くんだが、これは「ガジェット・ボーイ」の宿命のようなもので、「なにかいいものはないかなぁ」といろいろとチェックする癖が付いてしまっている。女の子が「ショッピングが趣味よ」と言えるほどに、ものを買うわけではないんだが、仕事に必要なものがどんな値段の動きをしているか... なんてことをチェックしてしまうわけだ。

 でも、気になるのは、新しい製品や、なぜか、(アホですけど)買ったばかりのもの。実際に買った値段より安かったりすると、無性に気分が悪くなったり、高かったりすると、気分が良くなってしまう。まぁ、関西人の性のようなもので、今、ちょっと嬉しいのがiPod Shuffle。だって、簡単に買えたのに、店でチェックすると「入荷の見込みがないので、予約販売になります」とある。ホンマかい?

 実は、これ、amazonで買った。発売開始直後、「日本中の店で品不足している」というので、まぁ、試しに注文してみるかとクリックしてしまったのが2/3で、届いたのが2/7。なんのことはない、わずか4日間で手元に届いてしまったわけだ。すでにiPodの20GB(2世代前)を持っているので、「なんで必要なんだ」といわれたら、「それほど必要とは思っていない」んだけど、USBフラッシュメモリとして考えたら、ちょっとした機会にめちゃくちゃ便利だし、1GBのものを買うことを考えれば、数千円加えるだけで「音楽も聴ける」というのがミソなんだろう。加えて、「体重の増加が気になって... 深夜のジョギングでもしようか」なんて思っていると、ちっぽけなこの機械で音楽を聴きながら走ったり、歩いたりできる。しかも、(まだ発売されていないけど)Apple iPod shuffle Arm Bandってのがあって、これも便利だってぇので、注文してしまった。

Lowell George 実際の使用感としては、実に、いい。最初は好みのバンドのアルバム、しかも、けっこう流れの近いものを入れてみた。The Bandの3枚組、『Across the Great Divide』にThe Allman Brothersの『Brothers and Sisters』、Little featの『Dixie Chiken』と『Salin' Dhoes』にLowell Georgeの『Thanks I'll Eat It Here』といった具合に、かなりの親父ロック。(いいだろ、親父好みで。めちゃいいんだから)さらに、ここにFlying Burito Brothersの最初の2枚のアルバムが2 in oneとなった『Gilded Palace of Sin/Burrito Deluxe』を加えてみた。余裕で容量の半分以下。これを気分に合わせて、アルバムの順番で聞いたり、文字通りシャッフルしてみたり。いや、楽し!シャッフルして曲の良さがわかったり... きちんとアルバムを聴いていなかったことがわかったり... と、それなりの発見がある。

 加えて、20GBのiPodがおかしくなって、修理に出すので、その間、少なくともこれで音楽を楽しめる。はっきり言って、保証期間中だったから良かったけど、そうじゃなかったら真っ青だろうな。というので、近々、Apple Care Protection for iPodを購入するつもり。だって、修理代に金かかるの... いやです。実は、ほぼ同時期にPBG4のヒンジがおれて、クイックガレージに持っていったんだが、Apple Care Protection for PBに入っていて良かったと思いましたな。これ、かなり高いんだけど、今回の修理でなんと液晶画面から、トップまで、要するにPBの片側を全部交換しなければいけないらしく、まともな金を払ったら、Apple Care Protection for PBの値段を遙かに超えることになる。なにせ、仕事でこれを持って世界中を飛び回っているので、壊れる可能性も高いし、なくてはならない必需品。少し金がかかっても、それは必要経費なのだ。

 おっと、話がそれてしまったが、そのiPod Shuffle、どこの店にもない。そんなに人気なのかしら。でも、大きなiPodと違って本体に入っているデータ・ストレージは充分に量産されているものだし、本体そのものの量産はそれほど難しいことではないと思うのね。だから、ひょっとしたら、「作戦」じゃないかとも疑ってしまうのだ。

 と、思っていたら、いつも通り、電撃発表でiPodの値下げが出てきた。買ったばかりの人は悔しいだろうなぁ... アップルはいつもこうなんだけど、今日の発表で、iPod miniが数千円の値下げで、4GBに加えて、6GBヴァージョンが旧iPod miniとほぼ同値段で出た。さらに、iPod photoも格段の値下げとなっている。ある程度市場にものが流れてセールスが一段落すると、こういった動きを見せるのって、やっぱ戦略なんだろうなと思う。ということは、Mac miniも、半年ぐらいしたら、Air Mac Expressカード、Bluetoothカード内蔵のスーパー・ドライヴ・モデルが出てくるはず。そうなったら、けっこう真剣に購入を考えるんだろうなぁ... そのあたり、結局、見事に資本主義のバビロン・ビジネスに振り回されているガジェット・ボーイなんだなぁ、わたいって。と、確認してしまうのだ。情けねぇ。



投稿者 hanaoyaji : 04:52 | コメント (0)

2005年02月23日

つながるなぁ

Buffalo Daughter こうゆうことって、やっぱ、あるんですね。昨日、恵比寿でのミーティングのあと、例によって中目黒のクイーン・シバに出かけて、時間をつぶしていたら、先日、Leyonaと一緒にここに来ていた韓国人のサンが仲間を引き連れてやってきた。そのなかのひとりが「花房さんじゃないですか?」って声をかけるわけです。「そうだけど...」と応えると、「覚えてますか?昔、クラブ・ハウスで一緒だったんですけど... 今、バッファロー・ドーターやってるんですよ」なんて話が出てきた。

 ん? クラブ・ハウス?それって20年ぐらい前の話じゃん。あれは、東京に出てきて、大学時代の仲間が立ち上げた会社のような、編集プロダクションのようなものに合流したんだけど、それが発展して、この名前を名乗っていたように思う。どうも、そこで彼と出会っているというのだ。といっても、ずいぶん昔のことで、(これって、よくあることなんだけど、なかなか人を覚えないというか、すぐに忘れてしまうのね。まぁ、昔から老人のようなのよ、私って)思い出せない。おそらく、当時の写真とか、もう少し時間があれば思い出せるのか知らないけど。といったわけで、「もしわけないなぁ...」と思っていたわけです。

 実は、この時の仲間が今、いろいろなところで活躍している。中心人物だったKくんは会社を作っていろいろやってるし、かつて写真家志望だったSくんは、自分にとってマックの先生のようになり、今は、なぜかウインドウズ・ユーザーでコンピュータ関連の仕事で上海にいる。また、当時、売れないフリーのライターだったNくんはミッシェルガン・エレファントのマネージャーになり、その相棒のKくんとは、昔PILの、入手不能だったアルバムの輸入を一緒にやっている。ちわきまゆみと一緒にバンドをやっていたNさんとか、けっこう有名なライターとなったNくんもいれば、じゃがたらのOTOと一緒にいろいろなプロジェクトを手がけているKくんに、レコード会社に行ってウルフルズをみつけてきたKくん... いやぁ、イニシャルだけだったら、全然わからないと思うけど、仲間にはわかるでしょ?

Buffalo Daughterg ってなことで、人ってつながっているなあ。なんて思ったわけです。しかも、彼がやっているというバンド、Buffalo Daughterって、昨年のライジング・サン・ロック・フェスティヴァルで写真を撮影していたのね。ここで見られるんだけど、当然撮影していたときに、そんなことわかってるわけはないわけで... いやぁ、面白い。

 しかも、彼と一緒に来ていた女の子が、その昔ファンキー・トマトというTV番組をやっていたときに、いつも見ていてくれたらしく、初めて出版した本、「ロンドン・ラジカル・ウォーク」(すでに中古でしか入手不能)も読んでいてくれたんだとか。さらに、バンドをやっているらしく、今度撮影しに行くことになった。いやぁ、つながるね。つながる。



投稿者 hanaoyaji : 15:24 | コメント (0)

2005年02月22日

バカは死ななきゃ...

Crosby Stills Nash & Young やっぱ、直らない。また、やっちまった。でも、嬉しいのだ。

 なにをやったかというと、同じアルバムを買うこと。子供の頃から大好きだったCrosby Stills Nash & Youngの名作ライヴ・アルバム『4 Way Street』なんだけど、かなり前にCDを買っていた。実をいうと、日本で一番最初に発売されたもので、これはレコード会社が回収を要求したものだった。なんでも、原盤元のレコード会社の許諾をすることなく、勇み足で発表したんだが、出荷後に、それが発覚して、小売店に「回収」を求めたというもの。といっても、たまたまその話を友人のレコード屋さんで耳にして「いやぁ、実は、僕も好きなものだったから、『売れちゃった』といって、回収させなかったんだ。だって、これは、欲しい人が絶対にいる名作だから」ってなことで、それを買ったのが自分だった。

 あれは1989年のことで、CD化されるだけで嬉しかった時代。しかも、ファン心理というのか、「これは、コレクターズ・アイテムになってしまうなぁ」という思惑もあった。というんで、買ってしまったのだが、後悔はしていない。なにせ、高校生の頃、最もロックを感じさせてくれた名盤だ。2枚組で1枚目はアコースティックで、2枚目はエレクトリックという構成。そのエレクトリックの方に収録されている『Southern Man』や『Ohio』が好きで、文字通り、「聞き狂った」と言えるほど気に入っていた。人種差別問題を前面に出した前者、そして、オハイオの大学で4人の学生が州兵に殺された事件をテーマにしたのが後者。鬼気迫るニール・ヤングの声、ギター、それに触発されたかのようにバトルを繰り返す、それぞれのメンツのリード・ギターにとてつもない「叫び」を感じたものだ。もちろん、そんな印象は今も変わらず、いつ聞いても10代だったあの頃と変わらない新鮮さで迫ってくる。

Neil Young そのアルバムが、また、CD化された。しかも、例によって例のごとくなんだが、ボーナス・トラックが入っている。なぜか国内盤にはボーナス・トラックが1曲少なくて...(なんでなんだろね)しかも、アメ盤にしか収録されていない曲がニール・ヤングの(実は、このアルバムで、最も魅力を感じるアーティストでもある)メドレーで、 The Loner / Cinnamon Girl / Down by the Riverときた。いやぁ、この曲名を見て、聞きたくないニール・ヤング・ファンは絶対にいないよなぁ... 69年のソロ・デビュー作、『Neil Young』に入っている曲、2枚目となる、そして、クレイジー・ホースとの『Everybody Knows This Is Nowhere』の巻頭を飾る曲、同じく、そのアルバムに収録されていて、しかも、個人的には最も思い入れのある映画『いちご白書』でフィーチャーされたのが最後を飾る。(ちなみに、このサントラはほとんどニール・ヤングのアルバムに近いですけど...と思って、アルバムの収録曲をチェックしようと思ったら、CDが見あたらない... 困った。記憶では、この曲の他に、『Helpless』が入っていたし、『The Loner』も入っていたように思うんだけど、どうだったっけ? それに、ニール・ヤングの曲じゃないけど、Thunderclap Newmanの『Something In The Air』がめちゃいい。)

 おっと、話題がそれてしまったけど、ニール・ヤングのこのメドレーだけで、『即買い』を判断してしまったんだけど、いいんだなぁ。考えたら、1曲(メドレーだけど)のために数千円を支払った感じだね。アホーです。まあ、大人げないです。でも、いいんだなぁ。と、結局、死ぬまでこれが続くんだろうなと思います。情けない。



投稿者 hanaoyaji : 02:03 | コメント (0)

2005年02月21日

日本人じゃなかったら、ええんか?

Italia 朝日新聞のニュースでこういったものがあった。イラクで拉致されたイタリア人女性ジャーナリスト、ジュリアナ・スグレナさんの解放を求めて20万人がローマでデモ行進をしたというニュースで、おそらく、あの街が虹色の旗で埋まったんだろうと想像できる。

 2年前の3月、仲間のバンド、Banda Bassottiのツアーを取材するため、そして、彼らにツアー・ドキュメントの撮影の依頼を受けて、ローマに飛んで彼らとしばらく一緒に過ごしていたんだが、あの時、最も驚かされたのは町中が「PACE」(イタリア語で平和)と記されたに地色の旗に覆われていたことだった。アメリカとイギリスによるイラク攻撃を受けて、個人がその意志を自分の場で表明するというもので、自分自身もそれを受けて、数枚購入し、今も自分の家の窓にこれを出している。少なくとも、自分はこういった事態に「反対している」ということを明白に主張するのが目的だ。

 あのイタリア取材で覚えたのはPACEという言葉と「CONTORO LA GUERRA」(戦争反対)で、普通の会話になる言葉が全然覚えられなかったのに、これだけはしっかりと記憶に残っているのが面白い。
そのイタリアで、今、、昨年4月の日本のような事態が起きていることになる。

 あの時、日本人の人質が取られたということで、数多くの人たちが「動いた」。当然、自分もそのひとりで、デモをしたわけでもないけど、「個人として」メールで、アラブ系のメディアに対して、「人質になったのはイラク人への人道支援のためにいるのであり、イラク攻撃している勢力とはまったく関係ないどころか、そういった動きに反対しているのだ」ということを伝えまくったことを覚えている。また、一般でもいろいろな動きがあった。まぁ、その結果として解放された人質を暖かく迎えるどころか、「自己責任」という罵声を上げた日本人は世界の恥さらしになり、「国家」の方が「国民」よりも遙かに、比較もできないほどに優先されるというか、「国民の犠牲」は「国益のためには当然だ」という、小泉政権や政治家たちのファシストぶりが明らかになったわけだ。国を作っている民の利益こそが国益なのに対して、「国家」を作っている政治家や権力者の利益が「国益」だとされていることに対して、まったく理解できない「国民」のあほさ加減も明白になった。犠牲にされるのは、あんたたちなんだよ。それがはっきりしたというのにな。

安田純平 それはともかく、あれからも数多くの人たちが人質になり、殺害されていった。それどころか、あのイラクでは数え切れない人々が今も虐殺されているのだ。もちろん、「民主主義と自由」を「教える」そして、「導入しようとした」アメリカやイギリス、だけではなく、「自己責任宣伝」で功を奏した日本などのおかげで、本当の情報がマス・メディアで流されることがなくなり、幅を利かせているのは「大本営」のプロモーションをになう「宣伝屋」のプロパガンダ。ここ数年の大本営発表中継局、NHKなどその際足るもので、自衛隊と小泉政権の宣伝屋以外の何者でもないといったていたらくを見せている。もちろん、はなっからNHKなんぞを「ジャーナリズム」だとは思っていないので、信頼なんかしていないけど。

 あの頃、後に人質にされて解放されることになった安田純平の本を読んでいるのだが、その記述や彼の講演会で最もひっかっかっていたのは、「あんたたち、日本人が人質になったからここにいるんだろ?日本人は心配でも、ここで殺されている俺たちのことは二の次なんじゃないか」ってな言葉をかけられたという下だった。 正確ではないんだが、結局「日本人が心配なんだろ。俺たちのことなんてどうでもいいんだろ?」そうんだろうなぁと、今回もそう思った。イタリア人のジャーナリストがどうなろうと、イラクの人たちが虐殺されようと、「戦争」ではないにしろ、アフリカでは毎日何百人がエイズで死んでいること、その多くが子供たちだということ、そんなことどうでもいいんだろう。自分たちだけの小さな世界で、自分たちだけが幻想の「平和」のなかで生きていりゃ、それでいいんだろうと思うのだ。

 でも、我々ひとりひとりが大きな流れのなかでつながっていることを忘れてはいけないと思う。我々が海外から入ってくる「安い商品」を買うとき、そこには、低賃金で奴隷のように働かされ、人間としての生得権を奪われた人たちがいること、イラク(だけじゃないけど)で人の血が流されているとき、自分たちの税金によって「殺害のための物資」が動かされていること、そんな意味でいえば、我々は殺人の当事者であることを認識すべきなんだろうと、そう思う。

 そして、それを現実のものとして認識するためには、「平和」というものを、「戦争」がない世界を作るには、私という個人と「あなた」という個人がコンタクトし、つながらなければいけないということを感じる。最も有効な平和運動はグローバルな意味での友達を作り、仲間を作り、それぞれの人たちに対する敬意の念を持つこと、尊重し合うこと以外にはないんだろうなと思う。



投稿者 hanaoyaji : 07:20 | コメント (0)

2005年02月20日

キャンドルに火を付けて...

 戦争がなくなるのか?どうやって国を守るんだ。
 非戦音楽人会議を立ち上げて、そういったメールが入ってきた。よほどおめでたい「頭脳」をもっているんだろうと思う。理解できないんだろうが、「キャンドルに火を付けようが」「国家予算分の爆弾を落とそうが」戦争は終わらない。それだけのことです。だから、「あたり前」と思われている発想をやめましょうよといっているんですよ。

 平和を守る? どこが平和やねん?税金で、あるいは、それ以外でもいい。自分の金が「武器」に使われているということで、「平和」ではないんです。武器はなにのためにありますか?「国を守るため?」でも、武器はものを壊すことしかできないんです。それがその役割なんです。だから、それを持っていることで、すでに暴力であり、敵を仮想することなんです。仮想するということは敵を作ることなんです。当然でしょ?さらに、ホームレスがいて、貧困があって、震災などで家を失った人がいて... って、そういった人に、同じお金を使わないということで、それはすでに「殺人」であり、反「平和」行為なんです。

 じゃ、どうやって国を守るのか?そんなもの守らなくていいです。国ってなに?騙されてないですか?政治家が「国」というのは、彼らが利権を得るための組織であり、体制でしかないです。だって、私たちの生活を守ってくれてますか?年金の額がどんどん、払えないほどに大きくなって、払えなかったら、「おまえはダメだ」ってか?そのくせ、連中は年金や税金という名の下で吸い取った金でなにを買った?戦車1両10億円。これ、1量の値段です。その金で中越地震の被災者のどれほどの家族が家を建てることができます?1回の自衛隊の演習で使われた金額が32億円。イラクで殺された橋田さんというジャーナリストのレポートで、「サマワでは2lのペットボトルに入っているミネラル・ウォーターが40円で買えるんです。でも、自衛隊は850lの水を作るのに1日の計算でいえば、2000万円を使っているんです」というのがあった。その時点の話だけど、こんな不条理がまかり通るわけでしょ?迫撃砲が落ちました。だから、4週間「最も完全で快適な(地元の家を壊されて、仕事もなく、途方に暮れている人たちに比べれば)陣地で「仕事をしていた」自衛隊員に特別支給された税金はいくら?

 あほらしい。僕らが知らなければいけないのは、そのお金が僕らの支払っている税金がその「正義」や「国益」に使われているってことです。「国益」というのは、お金をどぶに捨てることなんだとしか思えないんだな。そんな金があったら、地元の人たちが仕事を作って、自分たちの足で立って生きるために使えばいい。簡単な話、武器を作るなら、軍隊を送るなら、金送れ。でしょ?だいたい、自衛隊なんて言葉、大うそつきです。あれは軍隊です。ニュースを聞いていて、「Self Force Difence」なんていっているものはありません。日本は軍隊を戦地に送っている。それだけのこと。

 で、憲法に従属するはずの首相が「あれは軍隊です」と、正々堂々と「憲法違反を宣言している」わけです。なぜ、こんな人間が刑務所に入れられることなく、とんでもない額の給与(私たちの税金)を毎月のように受け取り、その税金を支払っている我々が極貧にあえいでいるのか?そんな単純な疑問がなぜ正論として受け取られないのか?単純にいってしまえば、みんなアホーだと思ってしまう今日この頃。まぁ、これは、ぼやきですけど。



投稿者 hanaoyaji : 03:43 | コメント (0)

2005年02月19日

無理して毎日書くことたぁねぇが...

Maceo Parker たまたまなんだけど、ときおり、本当に見てみたい、聴いてみたいと思うようなサンプルがうちに届くことがあって、これはそんな1枚。JBズの要、メイシオ・パーカーのDVDなんだけど、例によって国内盤はべらぼうに高くて、(せっかくサンプルもらったのに、悪いけど)おすすめできません。だって、これを2枚買えば、昨日書いたあのボックス・セットが買えてしまいそうだから。でも、US importは、CDより安いので、こっちがおすすめ。(なんでも、リージョン・フリーらしい、これ)そんな心配をしたくないのだったら、マルチ・リージョン用のDVDプレイヤーを探してくださいませ。ちなみに、秋葉原で5000円も出せば、マルチのDVDプレイヤーを購入できるので、日本で再生できないといわれる輸入盤のDVDを数枚買えば、元は取れます。

 で、このメイシオの作品なんですが、「ファンクってのはこういうもんなんだ」ってのを、正確に伝えてくれているという意味で、これ以外にないだろうと思えるほどに素晴らしい。amazonでのファンの書き込みは「演奏の途中でインタヴューが入る...」とかって文句いってるけど、そんなのほんの少しだし、ただライヴの映像だけを楽しみたいんだったら、買わないでよろしい。でも、ファンクってのがなになのか、そのベストのものを知りたかったら、そして、身体の中に吸収したかったら、これでしょ。というのが私の考え方。充分に素晴らしい作品です。


 さらに加えて、実をいうと、この時、ベースを弾いていたのがジェリー。中目黒のソロモンのレストランに来ていた人だったら知っていると思うけど、昨年のいつぐらいまでだったかは覚えていいないんだけど、毎週火曜日にジャム・セッションが開かれていて、その中心となっていたのがこの人。はっきり言って、こんなにベースがうまい人は見たことがありません。タッチも強力で、時にはベースの弦が2本も切れることがあって... それなのに、そのまま演奏を続けてウルトラ・ファンキーな音を出してたという... まぁ、信じられない人です。しかも、ベースだけでの弾き語りでソウルの名曲を歌うかと思えば、とんでもないソロを見せてくれたり... ジャコ・パストリアスと共演させたら面白いだろうななんて本気で思いましたもの。

 ちなみに彼とのセッションには友人のミュージシャンがけっこう加わっていて、ケムリのホーン・セクションの亮介や、コバケンも一緒にやったし、ワッツラヴ?のホーンをやっている高木君、ブラック・ボトム・ブラス・バンドのモンキーやヤッシーも、元ミュートビートの増井君やスリープウォーカーのマサやん、それに、スリーピースのかおりちゃんや原君、一度、忌野清志郎もここにいたように思う。ともかく、毎週のようにそんなセッションが繰り広げられていたわけだ。

Young Disciples そのジェリーと話をすると、なんでも彼がまだ若かった頃、地元のアマチュア・バンドの流れで知り合ったのが、後にイギリスに渡ってヤング・ディサイプルズのヴォーカルとなるCarleen Anderson。(名作中の名作はRoad To Freedomで、このblogに来る人ならもっていなきゃダメでしょうな)彼女の父親はソウル界の大御所、Bobby Byrdで、ある日、ジェリーが彼女の家にこないかと誘われたんだと。「うわぉ、こんなかわいい娘に!」なんて思ったらしいけど、それを見越した彼女は「はっきり言っとくけど、私は見かけより歳いってるから...」と言われたんだそうな。実際、彼女に会った80年代、すでに彼女には17歳の息子がいたからなぁ... それはいいとして、その家に行って驚いたんだそうな。「おまえ、なかなかいい筋をしてるじゃないか」と言われたのが、そのBobby。ジェリーにとっては神様のようなソウルの伝説的人物で真っ青になったんだとか。その彼に誘われて、彼のバックで演奏を始めていったとか。ところが、彼はあまりライヴをしていなかったんだが、彼を経由して紹介してもらったのがメイシオ・パーカー。ほんでもって、彼に気に入られてバンドのメンバーになり、10年近く一緒に演奏していたのだ。そのときのライヴがこのDVDで、仲間がこういった作品に登場して、しかも、演奏がいいだけではなく、歌も歌っているのがいいのよ。実を言うと、彼の歌があまりに良くて、ショーを乗っ取られるのが嫌で、それほどは歌わせなかったらしいが、ここで彼はマーヴィン・ゲイの曲を歌っております。実を言うと、この歌の世界が中目黒のあのエチオピア・レストランで毎週聞けたのね。いろんな友人に彼のことを紹介したけど、誰も本気にしなかったのさ。一度でも彼の演奏を見れば、一緒に演奏したいと思うはずなのに... もったいないよなぁ。

 ってなことで、そんな素晴らしいミュージシャンがこのDVDで演奏しています。もちろん、メイシオも、Pee WeeもFredもとんでもないです。ファンクってぇのは、小屋が揺れる音楽なのよ。実際、彼らを渋谷のOn Air Eastで見た時なんて、壁が揺れていたもの。それを見事に伝えてくれているのがこの作品。チェックしてくださいませ。



投稿者 hanaoyaji : 02:38 | コメント (0)

2005年02月18日

こわい... けど、嬉し

Godfathers and Son ネット・ショッピングはこわい。だってね、基本的にクレジット・カードで支払うことが多いから、どこかで実際にいくら使っているのか... ってのがわからなくなることがあるのよ。でも、いいものはいい。欲しいものは欲しい。と、清水の舞台から飛び降りる気分で、かなりの覚悟を決めて購入確認ボタンをクリックしまうことになる。そのひとつが、なんと7枚組のDVDボックス・セット、「Martin Scorsese Presents the Blues」。まぁ、1枚平均で言ったらそれほど高いものではないし、逆に安いように思えるんだが、さすがに7枚組となるとすごい。

 レートによって若干違うけど、僕がクリックしたときは15200円弱だった。でも、注文の時の確認ページで見ると配送されてくるのはかなり先のことで、それだったら引き落としも先だから、なんとかなるだろうと思っていたら、やってきてしまった。しかも、同じように、「どこでも在庫がなくなっている」というiPod shuffleも「数週間はこないだろう」と注文していたら、2日続けてamazonから配送があった。「ぎゃぁ〜、どないせいっちゅうねん!」と思ったけど、後の祭り。金はなんとかするけど、しばらく「なにも買わない」「贅沢は敵だ」(というか、できない)状態を続けないといけない羽目になった。

 それでも、実は、嬉しいのだ。当然ながら、なかなか時間がなくて、全てを見ているわけではないんだけど、一番最初に見てしまったこの作品、マーク・レヴィン監督の『Godfathers and Son』だけでも、昇天しそうなほど気に入ってしまったわけです。この監督はストリート詩人というか、ラッパーというか、そんな黒人を主人公にした映画『スラム』を作った人で、あの映画でも感じたアフロ・アメリカンの文化に対する敬愛の念に溢れた視線が、この『ブルースの旅』をコンセプトにした映画でもにじみ出ているのだ

Godfathers and Son この映画に関する説明はいろいろなサイトでされているから、そのあたりをチェックしてくれればいいんだけど、ここにある『ラップとブルース』がまったく同じものであるという発想や流れが、実感として伝わってくるのが素晴らしいのだ。68年に発表されたというマディ・ウォータースのアルバム『Electric Mud』との出会いで、ブルースにはまったというパブリック・エネミーのチャックDがルーツを探していくというストーリーといえばそうなんだけど、そのシーンのひとつひとつに感動したり、興奮して自分の心臓の鼓動が聞こえたり... と、この1本を見て、それだけで「安い買い物だ」と思ってしまったのだ。

 映画は見てしまわないといけないものだから、あまり内容のことは書きたくないんだけど、最後の方に登場するオリジナルのブルース・マンたちとチャックDやThe Rootsのメンツとのセッションなんて鳥肌ものです。それだけじゃなくて、ちらりと登場したハウリング・ウルフの映像なんて、これまで見たことがなかったからなぁ。と思っていたら、このDVDには、ボーナス・トラックがあって、映画のなかでは全て見せられなかった演奏シーンがきちんと収録されているのだ。おそらく、本邦初公開だろう、ハウリング・ウルフの晩年の演奏である「Evil (Is Going On)」が全て見られるし、そのほかにもOtis RushやKoko Taylerなど、それだけでも30分ぐらいの映像として楽しむことができる。また、まだ見ていないんだけど、監督とのインタヴューとか... このあたりも見なければと思っている。正直、このハウリング・ウルフの映像だけでも、元は取れたと思ってしまった私って、アホかもしれませんが、やっぱ、いいよ、彼は。

 ちなみに、amazonの説明ではリージョン1で日本のDVDプレイヤーでは再生できないと記されているけど、全然問題ないです。さらに加えて、マーケット・プレイスではこのボックス・セットが(新品なのに)さらに3000円ほど安く買えるようです。(気が付かなかった!失敗)もちろん、字幕は付いていないけど、少し英語がわかれば意味はわかると思いますね。(まだ、1本しか見ていないけど)もし、字幕付きの国内盤が欲しければ、「ザ・ブルース ムーヴィー・プロジェクト コンプリートDVD-BOX」として、国内発売されるようです。3/4発売で、予約すると20%オフで、23000円弱。輸入盤と比べると、とんでもなく高いですが..

 ってなことで、次はクリント・イーストウッド監督のを見ようかしら。その結果はまた、書くことになると思いますね。いや、きっと書くはずよ。


投稿者 hanaoyaji : 04:46 | コメント (0)

2005年02月17日

ひさびさに本にちょっと執筆

ライヴ・エイドの軌跡 このところ、ネットの仕事や写真の仕事(全然金にならないんですが)ばかりに時間がとられていて、本来の「ものを書く」という仕事がなかなかできないという状況が続いている。取材をして、ものを書くことのおもしろさは、新しい世界を知ることができたり、勉強ができたり、新しい刺激を受けたりと、そんなところにあるんだが、そのための資金も時間もないといった感じかねぇ。それに、営業に行く時間もないし...

 と、そんな状況が続いていたんだが、昔から仕事をしていた関係の人からたまに原稿執筆の依頼がやってくる。これもそんななかのひとつで、実は、依頼されたとき、単行本の原稿だとは全然思っていなかった。というか、しっかりと雑誌の原稿だと思っていたわけで、自分がかなりおめでたいと思う。(笑)

ライヴ・エイド 書いて欲しかったことは、80年代半ばのイギリスの音楽と政治の状況。それこそがずっとこだわり続けて取材していたことで、実は、ここ数年、毎年春になったらイタリアのローマに飛ぶのも、そんな流れのなかで生まれたことだと言っていいだろう。それに関しては、また書くことになると思うが、ともかく、あの頃のイギリスは限りなくホットだった。サッチャー政権に対抗して労働党政権を作ろうとミュージシャンたちが政治圧力団体を作って動き出していた。その中心人物となったシンガーソングライター、ビリー・ブラッグは84年から取材を続けていた人物で、もうひとりの中心人物はNMEというメディアの当時の編集長で、彼も友人だった。レッド・ウェッジと呼ばれるこれの最初の記者会見に顔を出して、ミュージシャンたちと話をしたこともある。その中のひとりが、ドクター・ロバート。ブロウ・モンキーズというバンドのリーダーで、彼の口にした言葉にはびっくりしたものだ。

「売れなきゃ、誰もなにも聞いてくれないから。今、やっとはっきりと政治的な表明ができて、影響力を与えることができる」
 と、その確信犯的な彼の言葉に、こんな人間が日本にいたらなぁ... と思ったものだ。

 その前に、バンドエイドが起きていたんだが、あの時は、こういった動きに興奮して... というか、すごく嬉しくて、バンドエイドの事務所の取材もやっていた。その倉庫には全英から送られてきた救助物資が山のようにあって、その写真を撮影して事務所で働くスタッフの方々とインタヴューをして... その前後に、グラストンバリーでボブ・ゲルドフを捕まえてコメントをもらったり... そのとき録音したテープは、初めてグラストに出演したポール・ウェラーがステージでコメントするだろうと思って、友人にそのテープを渡して録音してもらおうとしていたら、マネージャーにみつかって(笑)結局、破棄されてしまったという、笑えない事故があった。なにせ、あのテープが残っていたら大スクープで、それだけでメジャーの雑誌に原稿を書けたはずだ。まぁ、メジャーの雑誌に覚えているコメントだけで原稿は書いているんですが。

 と、まぁ、その当時の話をこの本の7ページをもらって書いている。関心のある方は読んでくださいませ。



投稿者 hanaoyaji : 00:10 | コメント (0)

2005年02月16日

Rockers25周年!

Leyona 昨日の夜、行きつけの(ほとんど自分にとっては飲み屋になっている友人のレストラン)中目黒のエチオピア・レストラン、クイーン・シバでLeyonaと会った。といっても、彼女が仲間と一緒に食事に来ていて、そこに少し加わらせてもらったということなんだけど、彼女とはBen Harperがきたとき(そのときのフォト・レポートはこちら)にシアター・ブルックのタイジに紹介されて、結局、昨年の11月に彼女のライヴを撮影している。隣の写真はそのときのもので、そのときのレポートはこちらで確認できる。

 そのとき、一緒だったのが、大好きな映画「Rockers」に関係された方で、今年はあの映画が公開されて25周年になるという話を伺った。それを契機に、世界中でいろいろな動きが出てくるというか、作ろうとしているらしく、あの映画の大ファンとしては実に嬉しいニュースだ。なにせ、この映画に登場しているのはレゲエが最もヴィヴィッドだった時代のスターたち。今は亡きオーガスタス・パブロ、ジェイコブ・ミラー、トミー・マクックから、健在のグレゴリー・アイザックス、デリンジャー、ロビー・シェイクスピアーになんと、ジョー・ヒグス(まだ生きてるよね?)といったプロデューサーまでが登場している。他にも、名前と顔が一致しない人もいると思うんだけど、ジミー・クリフが主演したクラシック、『ハーダー・ゼイ・カム』と並んで名作中の名作映画だと思っている。

Rockers 詳しい話はそれほど聞いてはいないけど、この映画がリマスターされてDVDとして発売されるとか。今でもこの作品のDVDはこちらで入手可能だけど、ワイドスクリーンになって、ボーナス映像もいろいろと考えているんだとか。嬉しいねぇ。めちゃくちゃ嬉しいねぇ。なにせ、あの映画の中にはオーガスタス・パブロのレコーディング・シーンとかも入っているし、どんな未発表映像が飛び出してくるのか興味津々だ。

 それに、以前、ロンドンの友人から「バーニングスピアのシーン、あるじゃない。海岸で彼がホースマウスの隣で歌うシーン。あの時、周りにはいっぱい人がいたのに、みんながシーンとしてあの光景を見ていたんだよ」なんて話を聞いていたものだから、その話をすると、「なんで、そんなこと知ってるの?実際、そうだったの。ものすごい人がいたんだけど、誰ひとりとして物音もたてなかったのよ」と伺った。いやあ、あの映画は奥深い。すでに何度も見ているんだけど、そこまでのディテールに注意してみているわけではないから、あまり多くは語れないかもしれないけど、今度またゆっくりとそんなところを確認しながら見てやろうか... なんて思ってしまった。

 加えて、イギリスのレゲエ映画『Babylon』もなんとかDVDにして欲しいものだと思う。アスワドのリード・ヴォーカル、ブリンズリー・フォードが主演しているもので、確か80年ぐらいに当時住んでいたBrightonでこの映画を見ている。ここにはJah Shakaなんかも登場していて、これも傑作。でも、日本では公開されたこともなく、確か、これはまだDVD化されてはいないと思うし、ビデオにもなってはいないように思う。ほしぃなぁ。というか、今度、ロンドンに行ったら、このあたりをチェックして、日本で出したやろうと思う。と、また、昔の仕事に戻っていくような気配を感じるな。だってねぇ、世の中にはいい作品がいっぱいあるのに、日の目を見ていないものがいっぱいあるのよ。



投稿者 hanaoyaji : 11:40 | コメント (0)

2005年02月15日

Cubeよ蘇れ

Macintosh改造道—最強のチューンアップ解説書 もうすでに4年目に入った、愛機、Power Mac G4 Cubeなんですが、最近調子が悪くて困ってたんですね。でも、そんなにお金をかけることもできないし... 実際のところ、サブのマシンとして使っているだけで、それほどたいした役目は果たしていないんだけど、あまりにトラブルが大きくなって、一念発起。今日、ハードディスクを交換しました。

 なんでもBig Driveは認識しないというので、バッファローのHD-120FBを買ってきました。(この日は20%ポイント還元の日で、blogカスタマイズ関係の本を購入)一度、秋葉の秋葉館にいったときに、「7200回転は発熱量が大きくてマザー・ボードがやられてしまう可能性がありますから、自己責任でじゃないとできません」なんて言われて... 「てめぇ、バカか?自分でやることを、おまえに責任取れなんて言うわけがないだろうが、タコ!」と、心で思って、口には出さず... それでも、電話で話をしたときに、「HDの交換ですか?うちでできますよ」なんて言っておきながら、5400回転のHDじゃないとダメだとか、それだったらうちは40GBしかないですとか、店にマシンを持っていってからいいやがる。だったら、最初から説明してくれてりゃいいだろ?不親切だなぁ.. なんてことがあって、いろいろ調べたわけです。Sofmapのおにいちゃんは「いやぁ、Cubeの上の機種は7200回転を使っていたって説があるんですね。だから、どうとは正確には言えないんですよ」とのこと。で、まぁ、なぜか結局、ヨドバシでこれをみつけたので買ってしまったわけです。

 以前、買っておいた「Macintosh改造道—最強のチューンアップ解説書」というムックを参考に、やったんですが、これぐらいだったら、全然楽勝なんだなぁって実感。まあ、ばらしていた外付けHDのケースに買ってきたHDをつないで初期化とか、パーティションをやって... なんて思っていたら、最初はジャンパーの設定を間違って「120GBなのに39GBしか認識しない」とか、OS9だったら、まったく認識されないなんてこともあったんですが、OSXでその作業に成功。それから、Cubeを開けて交換作業。二つに分けたHDをそれぞれOS9用とOSX用にして使おうと画策しています。きれいにした状態で最初から全てを作業し直すので、1から2日かけてじっくりと「自分のマシン」として使えるようにやっていくので、これからどうなるかは全然わからないけど。

 ちなみに、この内蔵HDを裸でしばらく他のマシンとつないで熱をチェックしていたんですけど、発熱量はかなり低いのではないかなぁ。これだったら、7200回転のでも良かったかもしれないなぁなんて思ってみたり。

 ただ、CubeのDVD-ROMにかなりがたがきているようで、CDやDVDが抜けなくなったりすることもしばしば。おそらく、かなり中が汚れているんだろうけど、これを交換するとなるとまた一苦労。それだったら、Mac Miniを買ってしまった方が安くつくのかもしれないけど、あれだって、はっきり言って、独占禁止法違反じゃねぇか?だってさ、BTOでしか、まともなマシンにならないじゃないの?標準設定のメモリでまともな作業ができるわけないし、「部屋から部屋に移動して使える」って言いながら、BTOじゃないとAir MacカードもBlue Toothも使えないんでしょ?というか、買ってからのそういった拡張をしなければいけないことがわかっているんだったら、他の店でも安価でできるようにしなさいよ。あるいは、BTOを一般のお店でも買えるようにしていないところに、マックの嫌らしさがありますね。

 おそらく、しばらくしたら、その全てが入ったモデルが登場してくるのに決まっているから、よほどのことがない限りあれは買いませんけど。



投稿者 hanaoyaji : 02:59 | コメント (0)

2005年02月14日

広島に三代目春駒小林一彦という人物がいる

DIANA KRALLn 出会いはKEMURIのTyphoonツアーの時。広島クアトロの楽屋で初めて顔を合わせただけで、よく考えるとあれ以来全然会っていない。KEMURIのフミオによると、「あの人、ああ見えても、武術家ですから。それで、音楽やってるんです」と言われたんだが、なかなかそうは見えなくて、「人は見かけによらないなぁ」と思いつつ、楽屋のラジカセで「こんなのを作ったんですよ」と聴いたのが『その男、ヨシオ』とタイトルの付けられたCDだった。そのあたりのことは本来のサイトのFAVOURITES の奥深くに書いているので、読んでもらえればと思うが、たまたま非戦音楽人会議のことを伝えようと思って、彼のサイトににアクセスして、BBSにメッセージを載せたら、どうやら彼も僕のことを思いだしていたらしく、レスが返ってきた。しかも、CD入りの郵便物まで届いてしまった。

 その中に入れられていたのは、「ぞっこんイカ・レボリューション」とタイトルの付けられた新しい曲で... それを聴いて思い出したのは、あがた森魚の大昔の曲、「元祖ラジヲ焼」。さて、小林君がこの曲を知っているかどうか... あれを頭に入れて作ったとは思わないし、おそらくは偶然の符合なんだろうけど、面白い。

 でも、なによりも嬉しかったのは、おそらく、簡単な機材で録音したんだろう、彼のライヴを焼いたCDだった。いたく惚れ込んでいた、彼のおじぃさんの歌、「その男、ヨシオ」は当然はいっている。ピカドンから3日後には風呂を作って、身体を洗ったというたくましい人物の歌は、まるでマーヴィン・ゲイそのままだった、あのCDのヴァージョンとは違ってシンプルなんだけど、「生きている歌」の力強さは、そんなことをみじんも感じさせず、頭の中枢になだれ込んでくる。いい歌があり、伝わる声があることがどれほどの力になるかを雄弁に物語っているように思えた。

 それに、まるで演歌のような「夫婦蛸」も素晴らしい。おそらく、彼の中にはソウルもファンクもブルースもレゲエも関係なく、「いい音楽」が、心打つ音楽が、そして、それを聴き取ることのできる人間の優しさがあるんだろう。なにを歌ってもとてつもない説得力を持って迫ってくるのだ。

 そして、「38度線」から「ひかりのうた」とライヴは終幕に向かうのだが、タイトルからも想像できるように歌の背景には「政治」がある。そういえば、むき出しのプロパガンダしか思い起こせない人は、とんでもなくかわいそうだと思うけど、そうじゃなく、どこまでも優しく、人間的な感性を持ち合わせていれば、政治に向き合わざるを得ないという現実が歌になっているということだと思う。

 送ってくれた自家製のCDに収められているのは6曲。そのうち、以前もらったCDに収録されているのは2曲だけで、残りは初めて聞くもの。でも、そのすばらしさに、またまいってしまった。レコード会社から送られてくるサンプル盤なんて、ほとんど聴くことがなくなって... 要するにつまらないものばかりだから、レコード会社が送ってくるのは「ダメなものなんだ」という偏見が作られたんだろうと思うけど。それなのに、録音状態もいいとは言えない、自家製のこのライヴCDを何度聞いただろうか。

 特に、最後の曲「ひかりのうた」はずしんと重たく心に響き、なぜか涙が出た。こんな簡単な説明でいいのかどうかわからないけど、「悲しい世界に住んでいるけど、どんなにつらくても、僕らにはうたがあり、心にひかりのうたをとどけたい」といった感じか? 曲の終わり近く、広島から、長崎から、沖縄から、東京から、ニューヨークから、バグダッドから.. と街の名が続き、この街から、この場所から、この国から、もう一度悲しみの中で笑えるように、ひかりのうたを... と、クライマックスを迎える。こんなに素晴らしいうたを聴いたのは久しぶりじゃないだろうか。

 なんでも地元の広島を中心にラジオのパーソナリティをしたりという生活らしく、ほとんど東京でライヴをやることはないんだそうな。いいねぇ、広島の人たちはこんなに素晴らしい歌を生で聴くチャンスがあるんだから。できれば、今度彼がライヴをやるときには広島に出かけてみようかと思う。彼が歌う姿を写真に撮りたいし、生で聴きたいと、そんな想いが募り始めた。

 おそらく、彼のCDを入手するには彼のサイトにを通じてコンタクトを取るしかないと思うけど、(地元広島では買える店があるようだけど)できれば、買って聴いてみて欲しいと思います。歌がどれほど素晴らしい力を持っているか、きっとわかると思うから。


 

投稿者 hanaoyaji : 05:08 | コメント (0)

2005年02月13日

フランスの高校生たちに乾杯

 たまたま電車で大崎に行くことがあり、そのときに夕刊を買った。気になったのはこの記事。記事によると、バカロレア(大学入学共通資格試験)の科目を減らすことに対して高校生たちが反対して... とあるけど、本当はその程度のことではないはずだ。記事では「総合評価」によって貧困層が不利益になるといった簡単な記述がある程度だけど、もっとなにかがあると見た。

 いずれにせよ、全仏で10万人の高校生がデモに参加して、政府の政策を変更させそうだとのこと。この行動力に対して、敬服するしかないように思える。おそらく、日本でこんなことはあり得ないだろう。といっても、高校生たちの方が、「わかったようなふりをしている」大人たちよりも遙かに行動力があると思うが、そういった動きがでても、おそらく、そのわかったふりをした大人たちにつぶされるのではないかと思える。

 それはかつてラディカルだった大人たちに濃厚で、かつて保守的だった大人たちよりも癖が悪いと思っている。その理由はわからないし、経験上の判断でしかないんだが、かつて友人のジャーナリストが、「かつての革命家は今の反動家である」といっていた言葉にそのまま当てはまる。今、日本の軍事大国化が当然のこととなり、(海外では誰ひとりとしてこうは呼んではいないが)自衛隊が軍隊として機能し始めているというのに、誰ひとりとして「かつての革命家」が動こうとしていないのはなぜ?それとも、私たちが知らないだけ?

 スマトラ沖地震と津波の被災者への人道支援として陸海空三軍が大挙して現地に向かったとき、それに反対した政治家はいたか?市民はいたか?とんでもない大金をつぎ込んでいるくせに、あの翌日には日本を離れて、現地の救援活動に入った草の根のグループを支援することもなく、金を出すこともなく、自衛隊(軍隊)宣伝への格好の素材だとメディアをフルに利用するのが目的なのは、ガキにでもわかる。中越地震に関しても、自衛隊が宣伝に使われただけだ。1日の演習で35億円を使っても、個人の被災者にどれほどの金銭的な支援を与えたのか?二重ローンや生命保険の問題で、どれほど多くの個人が自殺に追いやられたか、私は忘れてはいない。「国を守る」という言葉の裏で、「軍備」だけが国を守れるなんて発想しかもてない政治家をやめさせようよ。かつて軍備が「国を守ったことがあったのか?」真剣に考えてみればいい。結局、取るに足らない個人は全て犠牲となり、残されたのは権力の中枢にいた人たちと、そこにへばりついていた少数の金持ちや資本家たち。一般市民は苦汁を飲まされてばかりじゃないか。もう、そんな発想がまったく機能しないことを僕らは肝に銘じるべきだ。使われないために、使われる莫大な金が、戦争になろうが、なるまいが、その時点で僕らをじわじわと殺しているということになぜ気が付かないのか?

 私はそういった化石のような発想に完全に決別して、なにがどうあっても戦争やそれに荷担する行為、あるいは、「行動しない」という行為も否定します。そんな意味を込めて非戦音楽人会議を友人たちと立ち上げました、といっても、最も重要なことは「組織でなにかをする」ということではなく、「個人としてその決意を公の場で表明すること」。その意味が理解できる方にはこの声明に賛同してもらって、戦争拒否する人たちのネットワークを作っていければと思っている。



投稿者 hanaoyaji : 04:32 | コメント (0)

2005年02月12日

Festival Expressに仰天

Festival Express Festival Express... とんでもないことを考えた人がいたものだ。これ、1970年のカナダでの話なんだけど、ロック・フェスティヴァルを企画したのは、まぁ、あの時代だったらありがちだから、驚くほどのことではないんだけど、それを数カ所でやって、その移動に列車を使おうと考えたわけだ。そして、その列車にでっかくプリントされたのがFestival Express 1970。すげぇ。それだけでもすげぇ。

 でも、もっとすげぇのはその列車に乗って移動した人たち。The BandにGrateful Dead、Janis JoplinにThe Flying Burito BrothersからEric AndersonやTom Rushがいた。さらにさらにすごいのは、彼らがフェスティヴァルを終えて次の街に移動する時の話し。なんと車両では終わることのないパーティが続けられていたというのだ。もちろん、ただ飲んで騒いでいたわけではなく、そこには音楽があった。フェスティヴァルでの演奏は、もちろん、収録されていて、それはそれで素晴らしいんだが、この「音楽」の映像が見られるのが、とんでもなく面白いのだ。

 よくもまぁ、こんな映像が残っていたものだ。なんでも20年以上、誰の手に触れられることもなく眠っていたというのだが、それがみつかって音をシンクロさせ、きちんと編集して生まれたのが12日から東京で公開中の映画となるこの作品だ。おそらく、ロックが好きだったら誰でも知っているだろうけど、『Woodstock』や『ワイト島のロック・フェスティヴァル』や『モンタレー・ポップ・フェスティヴァル』と、よく似た時代を映し出す、名作映画と同じ流れにある作品で、今の人々の声がインタヴューで挿入されてはいるものの、これを見ているとあの時代となにも変わらない息づかいを、今も生きるあの人たちから感じることができるのが面白い。

 すでに今は存在しない、この世を去ってしまった人たちのライヴのすばらしさはいうまでもなく、同じ車両で完全にラリったリック・ダンコとジャニスと一緒に、どこかでちょっと冷静なジェリー・ガルシアがセッションをしている様子などが展開。正直、この絵にはぶっ飛んだ。加えて、自殺してしまったリチャード・マニュエルが歌う「I Shall Be Released」の絵には、胸が締め付けられたなぁ。
 まあ、映画のすばらしさは否定しようがないんだけど、DVDがすごいのは、映画のなかでは使われていなかった演奏シーンを、それだけでもゆうに1時間分は別に収録してくれていること。エリック・アンダーソンとか、やっぱ、きゅんとするし、トム・ラッシュもいい歌を歌っているなぁとしみじみ。さらに、なんで?と思ったけど、映画で使われていないジャニスの演奏とか、『霧の中の二人』ってタイトルで、なぜか日本で大ヒットしてグランド・ファンク・レイルロードと一緒に大阪球場で演奏したマッシュ・マッカーンのその曲を演奏するシーンが収録されていたり... いやぁ、魅力はつきない。というので、最近は、これにはまっておりますよ。



投稿者 hanaoyaji : 08:25 | コメント (0)

2005年02月11日

ダイアナ・クラールはマジックです

DIANA KRALLnLive at The Montreal Jazz Festival

 初めてダイアナ・クラールを見たのは98年の4月か5月ぐらいで、ロンドンのロニー・スコッツというジャズ・クラブだった。たまたまチャンスがあって、見に行ったんだけど、それではまりました。まだ全然無名というか、知る人ぞ知るといった感じで、観客もまばら。でも、面白いのは、彼女が話をすると、会場にいた全ての男性が「絶対に彼女は俺に話をしているんだ」といった目をしながら応えていたこと。いやぁ、マジックです。まるで吸い込まれるように彼女にはまってしまうんです。

 今考えれば、あの時、一言でも彼女と話をしていればなぁと、本当にそう思います。だってねぇ、彼女がジャズの歴史を塗り替えてしまうほどの人気を獲得するとは、さすがに誰も思っていなかったはず。でも、そうなってしまったんですよ。それを見事に証明しているのがこの作品です。

 初っぱなから会場の全景というか、あまりに多くの人が集まっている風景が飛び出してくるんですけど、「なに、これ?ひょっとしてピンクフロイドのライヴ?」と思えるほどの客の数。ぶっ飛びます。あれは明らかに1万を超える数です。その観客が見つめるなかにあるステージには典型的なジャズのユニットが控えているわけです。ダイアナのピアノ、ヴォーカル。ピーター・アースキンのドラムス、アンソニー・ウイルソンのギター、ロバート・ハーストのベースとわずか4人。この光景だけでとんでもないと思いましたね。

DIANA KRALLn しかも、単純に美貌なだけではないんです、このダイアナは。ヴォーカルはうまいだけではなく、味がある。エルヴィス・コステロが惚れ込んで妻にしたのも頷けます。しかも、ピアノも、そのフレーズにとんでもない自由さを感じます。それだけではなく、彼女にこそ使うべきだろう言葉に、カリスマというのがあります。98年に見たとき、カメラをもってたらなぁ... と、どれほど思ったことか。なにをしても、それがそのまま「絵」になるんですよ。ちょうど、トム・ウィエツがそうであったように。あるいは、もっととんでもない大物と比較してもいいと思うんですが、ジェームス・ディーンやチェット・ベイカーの若い頃のことを思い出してもらってもかまいません。まずは聞いて欲しいと思いますね。それも、このDVDで。だって、これ、アメリカからの輸入盤なんですが、リージョン・フリーで1600円強。CDを買うよりも遙かに安いし、ジャケットをクリックしてくれたらamazonに飛ぶんですが、この値段だったら送料もかかりません。それでとんでもない「ジャズ」を体験できるんですから。まぁ、最近の作品では、明らかにジャズを離れようとした曲作りをしているように見えますけど、それでもいいんです。ジャズだから好きなんじゃないから。

 正確な作品のタイトルは『Live at The Montreal Jazz Festival』。スイスのモントルーではなく、カナダのモントリオール・ジャズ・フェスティヴァル。いいですよ。
 ちなみに、このずいぶんと前に発表されているパリのライヴも素晴らしいですね。このころはリージョン・フリーのDVDプレイヤーをもっていなかったので、国内盤を買っているんですが、高かった。でも、今はこのアメリカ盤も1600円前後。リージョンは1らしいけど。
 ということで、これからも気ままにチェックした作品の話でも書いていきましょう。



投稿者 hanaoyaji : 22:38 | コメント (0)

ごあいさつ

 本当はvoice outの更新をしなければいけないんだけど、じっくりと「なぜ、こうなったのか」という説明をするには時間がなくなってしまったこともあり、こんなblogを始めてしまいます。
 といっても、未だ、ブログに対する理解もできていない状況で、これからどうやってカスタマイズしていけるのか、それ以前に、なにがどうなのかを理解しなければいけないという状況。でも、まぁ、それも、自分のサイトを始めたときと同じようなもの。まあ、なんとかなるだろう。
 よろしく。

投稿者 hanaoyaji : 04:41 | コメント (0)