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2005年03月29日

ナチ野郎がナイフ持ってやってきた!

Banda Bassotti しばらく更新できなかったんですが、その理由は日本を離れていたから。今回初めて気が付いたんですが、(方法はあるにしても)常時接続のタイプでないとblogの更新は、結構面倒だなと実感。加えて、旅に出ると、仕事として更新しなければいけないSmashing Magを優先しなければいけないので、こんな感じになってしまいました。すいません。(って、別に、誰かのために更新をしているのではないので、謝ることはないと思うんだが...)

 で、日本を離れていたのは、ここ数年、毎年の行事となっているイタリアでのStreet Beat Festivalの撮影のため。01年にスリーピースと一緒にイタリアに行って出会ったのがGridalo Forteというレーベルの人々で、そのレーベルの中心がBanda Bassotti。おそらく、21世紀になってから最も気に入っているバンドのひとつで、彼らが自分の撮影した写真をいたく気に入ってくれていることから、毎回彼らの招待でイタリアに向かい、ツアーの全行程を撮影することが恒例となっているのだ。

 発端は01年の暮れのスペイン取材で、この時に撮影したものが彼らのツアー・ポスターに採用されて... そのときのことはここに書いているんですが、当時使っていたのは一眼レフの走り的なデジカメ、オリンパスのE10で、画素数は400万ぐらいだったと記憶している。ISOは320ぐらいまでしか上げられないし、連続して撮影しているとほんの数枚でシャッターが落ちなくなるという代物で、それで撮影した写真を、トリミングしてA全のポスターに仕上げた彼らにびっくりしたものだ。本当は、これ、フレームにでも入れて飾りたいんだけど、どこに行ったか.. わからなくなってしまった。

Bombshell Rocks ともかく、彼らは僕の写真をいたく気に入って、年に一度のStreet Beat Festival(その翌年から始まったんだけど)にはオフィシャル写真家として必ず招待してくれるようになったわけだ。まぁ、その代わりに撮影した写真は全て彼らに渡して、自由に使っていいというのを条件にしているので、フェアーなディールだと思う。

 で、今年も行ってきたんだけど、ネット回線が使えるのは彼らの事務所のあるローマで、そのほかは各会場でちらっと使わせてもらえるという感じ。だから、移動中にSmashing Magのスタッフから受け取ったファイルを確認したり、あるいは、自分で新しいファイルを作ったりして、チャンスがあったら、サーバーにアップ、メールをチェックするということしかできなかったわけだ。そのせいで、毎日更新していたSmashing Magに関しては、更新できない日が1日だけできてしまった。まぁ、これにしても、アクセスしている人たちからお金をもらっているわけでもないし... 謝る必要はないんだけど、単純に「誰からも一銭のお金をもらうこともなく、集まってきたフリーのジャーナリスト、写真家(まだまだその卵的な人もいるんだが)たちが自分たちだけの力で作っているメディア」の誇りとしてできるだけいい仕事をしようとしているという意味で、ちょっと悔しいなぁというのが本音ですね。

 今年の出演者はスウェーデンのパンク系、Bombshell Rocksと、アメリカのスカ、The Slackersの組み合わせで、残念ながら日本からのバンドは出てはいない。DJとしてカリビアン・ダンディの2名が加わっているんだけど、そういった意味でいったらちょっと残念だった。これまでDobermanとかBrahmanとか一緒にツアーしていたし、本当はここにケムリとかSoul Flower Unionとかを組み入れたいとずっと思っているんだけど、なかなか実現していない。

The Slackers 毎年、ここでイタリアのバンドやヨーロッパの面白いバンドと出くわすのだが、今回自分にとっての大ヒットとなったのがニューヨークのThe Slackers。スカやロックステディをベースにしていて、けっこうな歴史があるという話は聞いたんだが、彼らがエピタフと契約した頃から状況が良くなったとか。97年頃からツアー頻度がどんどん増えて、アメリカとニューヨークを往復するようになったとメンバーから聞いている。現在では年間120本ぐらいのライヴをこなしているらしく、実際、彼らのライヴを見て、惚れましたなぁ。ルーツ的なスカやロックステディの味もいいし、お客さんを楽しませるという意味ですごくプロだと思う。なんでも昔は黒人のメンバーでヴォーカルがいたらしいんだが、トロンボーンとキーボードの二人のヴォーカルが絶品で、文句なし。しかも、サックスのうまいこと。すげぇバンドだと思う。

 といった、ライヴの楽しみはいっぱいあって、そういったことも書きたいんだが、今回もあった事件のことは、やっぱり伝えておかなければいけないと思う。ボローニャの会場でのことなんだが、ここはTeatro Polivalente Occupatoと呼ばれる会場で、全イタリアに150箇所近くあると言われているCentro Social、コミュニティ・センター。基本的には使われていない廃屋となった建物をスクオッティング(不法占拠)して、クラブからバー、レストラン、ライヴ会場から職業訓練などの使われているもので、当然ながら、その主役になっているのはリベラルな考え方を持つ人たち。現政府や権力にとって見れば、まったくもって嬉しくない、目の上のたんこぶ的な存在で、連中はいかにしてこれをたたきつぶすかということを考えているはず。実際、最大規模となるローマのVillagio Globaleは、そういった危機に直面していて、ここ数ヶ月が勝負だという噂も聞いている。

 同時に、根強いネオ・ナチとか、右翼にとっても彼らは敵であり、特に、反ナチ、反権力を前面に出しいているバンダ・バソッティには、こういった敵が多いわけだ。実際問題、彼らがこういったネオ・ナチに襲われて、当然逆襲してけっこうな騒ぎも体験しているし、でっかい石を車の運転席に投げ込まれたり... ってなこともあったらしく、嫌がらせなんぞには慣れっこになっている。前回も同じようなことがあって、会場を離れようとしてバスに乗っていたら、「窓際には座るな」って言われたり... 要するに、ネオ・ナチがバスを襲撃する可能性があり、窓際が危険だからだというのがその理由だ。

Banda Bassotti で、今回もそれがあった。なんでもライヴが始まった頃だっただろうか、ネオ・ナチが会場に押し寄せていたんだとか。当然ながら、バンドのメンバーや地元のスタッフがそういったバカ野郎たちの襲撃に備えるわけだが、はっきり言って、ネオ・ナチより、なぜかみんな左翼だというスキンヘッドの連中の方が右翼よりもタフみたい。幾度も修羅場をくぐっている彼らの方が強いようで、会場のなかにいた自分たちには実際に何が起こっていたのかよくわからなかった。たいていこういった話は、ライヴが終わってから伝えられるからなんだろうけど、あまり実感しないのね。でも、今回はナイフを持っていた連中が15人も集まっていたとのことで、地元のスタッフもバス移動の際にはバッグなどを窓側にして自分の身体を守るるようにして、会場を後にした。

「あいつら、バカだからな。でもまぁ、右翼が襲いに来るということは、俺たちもけっこう人気あるってことなのかなぁ」

 なんてのんきなことをいっていたのが、イタリアのスカ・シーンでは重要な役割を果たしているルカ。いやぁ、なかなかどうして、そうなんだろうと思う。だからこそ、毎回彼らのライヴにけっこうな人が集まり、日本では体験できないような熱狂が各会場で見られるわけだ。特に、地元のローマなんて、7〜8千人のオーディエンスがライヴの最初から最後まで、ほとんどバンドをカラオケにして彼らと一緒に歌を歌っているって感じかねぇ。この熱狂を一度体験してみたら、彼らの音楽がどれほど「人々の声」となっているか、一度でわかるから。すごいよ、ホント。

 ってなことで、また、続きは時間があったときにでも書きますが、今回も、とんでもない体験の繰り返しばかり。いやぁ、旅は面白い。いろんな人たちとの出会いとか、体験とか、勉強になりますわ。



投稿者 hanasan : 17:42 | コメント (0)

2005年03月15日

戦後60年って、今は戦中、戦前じゃないか?

寿 12日、日頃はほとんど足を向けることのない、上野に向かった。「戦後60年、沖縄から平和を開くコンサート」を見るためだ。出演バンドは渋さ知らズ、寿、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの面々。4時から始まるとのことだったのだが、到着したのは開始時間を30分ほど過ぎた頃。なにせ、会場がどこかわからないので、みつけるのに時間がかかったのが理由。近くに行くと、すでに演奏している渋さの音が聞こえてきて、「あっちなんだろう」というのはわかるんだが、なかなかたどり着けない。それでもなんとか会場に到着し、チケットを購入して、入ることができたんだが、しばらくするとアナウンスがあり今日はソールドアウトになったとか。嬉しいものだ。こういったことを真正面からアピールしているライヴがソールドアウトになるなんて。

 渋さはいつも通り。彼らが悪かった試しがない。彼らのテンションがどういったあたりにあったかはわからないが、どこかでこの会場の一番上に掲げられている言葉がなにかしらのパワーを彼らに与えていたのではないかと思う。

 が、この日、自分にとって大きな発見だったのは寿というバンドだった。渋さが終わった後、ソウル・フラワーの中川君たちと話をしていて、最初は見逃したのだが、ヴォーカルのナビィの声が「伝わる」のにまず驚かされた。彼女が発する言葉のひとつひとつがストレートに伝わってくる。本当は、この日、ソウル・フラワーを撮影するためというのが主目的だったのだが、最初のバンド、渋さから撮影。(これは、いつもと違って、ちょっと遠慮がちだった。なにせ、許可を得ていなかったから。いつも大丈夫だし、彼らのことはよく知っているので、問題にならないのはわかっていたけど... ちょっと遠慮したのさ)この寿に関しては、許可ももらってはいなかったし、(ソウル・フラワーを通じて、主催者には伝わっていたと思うけど)なにも期待していなかったんだが、あまりの素晴らしさに自分を押さえられなくなってしまったというのが正しい。
寿 特に、「上を向いて歩こう」の替え歌、「前を向いて歩こう」にははまった。「涙がこぼれてもいいじゃないか」と歌われるこれは、オリジナルの作詞家、永六輔氏にきちんと許諾を取った「お墨付き」らしいのだが、これがいい。実は、あまりの素晴らしさに、涙が出た。「幸せは空の上にはない。心にある」といったくだりとか.. 数年前にソウル・フラワーがフジ・ロックに出たとき、この曲を少し歌ったんだが、「そうか、この歌は彼らのヴァージョンをちらっといただいたんだろうか」と思ったほど。実際は、「いやぁ、俺らも替え歌やってんねんけどな」とは中川君の弁。それはそれでいいけど、あの時は、(単純に忙しかったからかなぁ)涙は出なかった。けど、この日、ナビィの歌うこの曲に、涙を出しながら、がむしゃらにシャッターを押し始めていた。

 そのほかにも、真正面から平和を望む声をだし、ストレートな言葉で「歌うべき言葉」を発している彼女の力強さは、いったいどこから出てくるんだろう。それに、そういった歌がなぜ、これほどまでにじんじんと響くのか... その理由はわからないけど、初めての体験で一瞬にして彼らのファンになってしまった。こういった人たちこそ、「ヒット」するべきなんだと思うし、その可能性を感じるのだ。

 ライブの後、中川君に彼女を紹介してもらって、アルバムを買った。このアルバムはスタジオ・ライヴという形で録音されているらしいんだが、残念ながら、あのライヴの迫力をとどめるまでには至ってはいない。なにがどう違うのか... それはよくわからないんだが、歌の良さ、そして、ライヴでの良さが封印されていないというのが正直な感想。でも、彼らへの評価が幾ばくも変わってはいない。今度、チャンスがあったら、絶対に見に行こう。そして、写真を撮ろうと思う。

OZOMATLI それから2日後の14日、夕方、鮫洲で国際運転免許を取得して、芝税務署で確定申告をして、出かけていったのが銀座のアップル・ストア。明後日からオゾマトリのツアーが始まるのだが、今回、iPodの宣伝で彼らの曲が使われていることもあり、ここで、フリー・ライヴが開かれることになっていた。15日には(これから数時間後ですが)成田に向かい、イタリアに飛ぶので、今回のツアーは見られないというので、出かけていったのだが、宣伝ではアコースティック・ライヴとなっていたのに、これ、ほとんど普通のライヴと同じやんけ!というノリで、わずか30分だったけど、おそらく、OZOのことなんぞ全然知らなかったろう人たちまでをも巻き込んでの大パーティ大会へとなってしまった。さすがです。なにせ、連中のテンションが違いすぎる。一気にあのパワーを出せる彼らって、すごいなぁと再認識。今日15日は大阪心斎橋のアップル・ストアで演奏するはずなんだけど、これ、見逃したらそんですよ。もちろん、連中の本チャンのライヴはそれに輪をかけてとんでもないから、全部体験して欲しいけど。

 ということで、これからイタリアに向かいます。Street Beat Festivalの取材なんですが、向こうから更新ができるかどうか... かなり疑問ですが、なんとかやってみようと思っています。



投稿者 hanasan : 04:36 | コメント (0)

2005年03月13日

お疲れさま、George Scott, the blindboy of Alabama

The Blidboys of Alabama とりわけニュースをチェックしているわけではないんだが、Smashing magででスタッフが用意したテキサス取材のリンク先をチェックしていたら、このニュースが目に入ってしまった。昨年のフジ・ロックで、おそらく、最も無名でいながら、最も好評だったアクトのひとつ、The Blindboys of Alabamaのオリジナルメンバーで、1939年のグループ結成時から昨年まで歌っていたGeorge Scottが3月9日に永眠したらしい。なんでも、その前の晩にクラレンス・ファウンテンがジョージと話をしているらしく、そのときはなにごともなく、元気だったらしい。が、その晩、眠りについたまま、目を覚ますことがなかったということだ。

 そのクラレンスの言葉が象徴的なんだが、「誰かに会っているとき、いつが最後になるかわからない。だから、周囲の人たちにはいつも感謝しておかなければ...」というの、しみます。

 なお、彼にとって最後の作品となったのが、葬儀の行われる15日に発表されることになってしまったアルバムで、『ATOM BOMB』なんだが、このタイトルがなにを意味するのか... 気になる。

The Blidboys of Alabama その前の作品というと、Ben Harper and The Innocent Criminalsと録音したこのアルバムで、これは、The Blindboys of Alabamaにとって4回目となるグラミー賞受賞作。その録音の前後にベン・ハーパーの日本ツアーがあって、そのときのライヴは全て撮影しているんだが、それは当サイトのphoto galleryで確認できます。とりあえず、日本ツアー最終日はこちらでみつかります。

 昨年のフジ・ロック、オレンジ・コートで彼らのステージにベン・ハーパーが飛び入り、一緒に歌ったときは、泣けましたな。というか、実際に泣きました。ぼろぼろ涙を流しながら、感動したものです。そのときのステージにGeorge Scottがいたのかどうか、私にはわかりませんが...

 ということで、毎日更新はやっぱり無理だと実感。気長に行きます。



投稿者 hanasan : 10:21 | コメント (0)

2005年03月11日

照屋林助、てるりん氏のこと

照屋林助 おそらく、すでにみなさんご存じのことともうが、沖縄の巨人、照屋林助氏が亡くなった。なんでも肺炎だったらしいんだが、詳しくはこちらなどで確認できる。彼がどれほど偉大な人物だったのか、正直言って、自分にはわからない。残念ながら、彼の「芸」に接するチャンスもなかったし、いまだに沖縄には足を踏み入れてはいない。どれほど沖縄が抱えるものが大きいかは、どこかで納得していても、自分が抱えている世界での仕事やプロジェクトで忙しすぎて、そこまで手が回らなかったというのが理由だと思う。

 だから、多くを語ることはできないのだが、あのニュースが入ってから、非戦音楽人会議のMLでは、まず中川君が一報を入れて、藤田正さんが言葉を流してくれた。それがしみた。彼がどれほどの思い入れを持っていたか、そして、照屋林助氏がどれほど重要な人物であったのか、彼の書かれた文章を読めば一目でわかる。同時に、彼が本当にいい仕事をしているなぁと感心してしまうのだ。

 当然ながら、彼の書かれたものをここにコピペすることはできない。それは私たちの声明に賛同していただき、MLに加わっていただくしかないのだが、これから少しずつ照屋林助氏の作品を聞いて、じっくりとそのあたりを学んでいこうと思っている。

 かつてTV神奈川でファンキー・トマトをやっていたとき、照屋林助氏の長男である、林賢さん(りんけん・バンド)と奥さんのとも子さん、あと、じゃがたらのOTOと一緒にいろいろな話をしたことがあり、そのときに、親父さんの話をいろいろと伺った。そのときの話だけでも、照屋林助氏がどれほど「でっかい人」だったかを感じることができた。

「逆に演奏できるんですね。歌も楽器も。だから、それを録音して、逆回転で再生すると、まともに聞こえるんです」

 なんで、そんなことを... というのは簡単だけど、「芸人」として生きてきた彼らはそういった「芸」の達人たちであり、そこに「芸」の歴史を感じるのだ。りんけんさんの奥さんでヴォーカルのとも子さんも、聞いたところによると琉球武術の達人らしく、チェーンの両端に鎌を付けたものを使ってブルース・リーのぬんちゃくばりに操ることができるなんて話も聞いた。この時、沖縄の「芸」の世界に踏み込んでいればなぁ.. と思う。

 加えて、国籍のない子供たち。アメリカによる占領時代の落とし子のこと、あるいは、戦争が始まれば沖縄で米兵による犯罪が増えること。要するに、刑務所にはいることで戦地に赴くことをさけようとする人たちが出てきて、その被害を沖縄の人たちが受けていることなど、いろいろな話を聞いている。もちろん、米軍基地があることだけですでに、「植民地」であることを「感じていても」、それを現実のものとしては「認識」できていない本土の人間の無責任さや、同時に冷淡さを感じざるを得なかった。あえて言うこともないだろうが、米兵による犯罪で新聞やテレビのネタになるのは氷山の一角でしかなく、数え切れないほどの犯罪が起きている。それに対して、私たちに責任がないとは思えない。

 いつか、イタリアでmongol800のメンバーと話したことがある。
「なんでインタヴューしないかっていうと、どうせ沖縄のことをわかっているジャーナリストなんていないじゃないですか」
 音楽関係の人たちを、主に示すんだろうが、沖縄が置かれている現実があり、それをふまえた上で彼らの生活が、そして、音楽が成り立っている。それを抜きにして、語ることはできないはずなのに、本土の人たちがあまりにも無理解だということを彼は言おうとしたんだと思う。

 いろいろとまだまだ勉強しなければいけないことがあるなぁ。もちろん、全てを知ることは不可能で、単純に知らないことを攻めるばかりじゃなにも始まらないとは思う。が、少なくとも、大きく目を開けて、耳の穴をあけて、五感を全開にして沖縄を、日本を、そして、世界を見つめていきたいと思う。



投稿者 hanasan : 10:12 | コメント (0)

2005年03月10日

さて、映画デビューかな?

The Absolute Beginners もうずいぶん昔のことになるが、(今考えたら、20年前だ)映画監督のジュリアン・テンプルとインタヴューしたことがある。ちょうど、彼がロンドンを舞台にミュージカル、『ビギナーズ(原題 : The Absolute Biginner)』を撮影し終わった頃で、当然ながら、話の中心はこの映画のこと。といっても、パンクが好きな人なら当然知っているだろう、『The Great Rock'n'Roll Swindle』を作ったのもこの人。まだ、映画を勉強していた頃にセックス・ピストルズの2回目めのライヴを目撃して、それ以来、彼らを撮りまくって、それをまとめて作ったこの作品で映画界にデビューしたという人物なのだが、もちろん、彼とのインタヴューでこのあたりはさけて通れない。

 というので、この時のインタヴューは宝島に発表し、ここにアップしているので、お暇でしたら、チェックしてくださいませ。結構面白いから。
Julien Temple ちなみに、この写真は彼の事務所で撮影したもの。ちょうど、ソーホーのど真ん中、Old Compton St.とDean St.が交差しているところの角にあるビルの3階ではなかったかと思うが、窓に勝手なネオンを作って通りに面して飾り、その奥で彼が仕事をしていたと覚えている。

 彼が抱えているのは、著名人が住んでいた家の壁に掲げられているもので、正式な名前は忘れた。なんとカール・マルクスは、あの当時、1階でストリップ・ショーをやっていた家の2階に住んで、大英博物館に通いながら、『資本論』を執筆したんだそうだ。もちろん、彼が住んでいた頃に、ストリップ・ショーはなかったと思うが。まぁ、イギリスに行ったら、こういったものをチェックしながら、街を歩くのも面白いですよ。ロック・ミュージシャンでは初めてジミ・ヘンドリックスのものが登場したし(場所は忘れたけど、友人のトランペット奏者、アスワドのバックで有名なタンタンが彼とフラットをシェアーしていたらしい)モーツアルト(だっけ?)に森鴎外もあったように記憶している。

The Great Rock'n'Roll Swindle まぁ、そんな話はともかく、彼とはあのインタヴューの後、ハリウッドで会っている。スマッシュの日高氏と一緒にフランク・ザッパに会いに行ったときに、サンセット・ブルーバードの「なんじゃこれ?」ってスシ・バーでメシを食いながら、いろんな話をしているんだが、この時は「いやぁ、俺の親父は共産党員で...」ってので、そうかぁ... なんて思ったり。友人のピート・ジェナーズ(ピンクフロイドやクラッシュのマネージャーをしていた人物)によるとイギリスではけっこう有名な政治家だったんだとか。それと、なにかの映画かプロモーション・ビデオの撮影かプロモーションかで日本にきたときに帝国ホテルのロビーでも会ったな。なにせ、ストーンズの『Rewind』からABCの作品など、当時の作品は驚異的な出来で、評価も高く、ひょっとして日本人アーティストの作品からみできていたのかもしれない。

 で、その彼と久々に再会したのが3年前のグラストンバリー。ジョー・ストラマーが亡くなることになってしまったあの年の6月、いつも一緒にキャンプしている場所にジョーとジュリアンが一緒に姿を見せた時だった。そのとき、ジョーが「俺の友達でジュリアンっていうんだ」なんて紹介されて... 以前、ジュリアンと何度も会っていたというのに、完全に忘れ去られてしまっていたようで、昔話をしたら、やっと思い出したって感じだったけど。

 で、ジュリアンによると、グラストンバリー・フェスティヴァルのドキュメンタリー映画を撮影しているらしく、自分が彼にインタヴューされてしまったなんてことがあった。その話が面白かったのか、「よっしゃ、おまえはこの映画に出演するからな」なんて言われたものだ。それからまた1年、グラストンバリーの街を訪ねて、フェスティヴァルのプレス関係のチケットの手配をしていたとき、その担当者から「昔のグラストの映像を探しているんだが...」というので、「持ってまっせ」と、応えたのが今回の話のきっかけだ。かつてTV神奈川の番組、ファンキー・トマトをやっていたときにフェスティヴァルを紹介するためにフェスティヴァルを自分で撮影していて、この時の映像、数時間分を彼らに送ることになったのだ。どうやら、それが気に入ったらしく、この映画で使いたいと打診してきた。いやぁ、仕事って積み重ねだよね。まだ、ビデオ・ジャーナリズムなんて存在していなかったときに、そんなことをしていたんだが、そのとき撮影した映像が「歴史的な価値」を持つことになったわけだ。いやぁ、面白い。

 というので、今度、イギリスに行くときにそのオリジナルを彼らに渡して、契約なんぞをすることになるんだろう。ということは、この映画が完成されれば、きちんとクレジットされて、(おそらく、出演もして)その作品を、将来はDVDかなにかで持っていられるんだろうな。嬉しいねえ。っても、どんな作品になるのか、ジュリアン次第だけど。それは気長に待つってことになるんだろう。楽しみだ。



投稿者 hanasan : 00:16 | コメント (0)

2005年03月09日

これもblog効果か?

 電話を買い換えてしまった。その理由は、バッテリーが死にそうだから。いくら充電しても、ほんの少しの時間でなくなってしまうし、バッテリーを買い換えればかなりの金額になるし... というのがその理由。加えて、かなり長い間機種交換をしていないので、(おそらく、3世代前)なんとかポイントを使えば、かなり安くなるはずだ。実際、今回も1.5万円ぐらいの値引きになった。それに加えて、いつも使ってるヨドバシのポイント還元分を使って、数千円のキャッシュで新しいものを買うことができた。

 買ったのはmovaじゃなくて、(ずっとドコモ・ユーザーなので、電話番号を変えたくないというだけの理由で同じ会社のものを使っているんですが)今回はfomaにした。大きな理由のひとつは通話料。最低料金が30秒刻みらしく、movaの1分刻みよりも安くつく。ほとんどの場合長時間の通話はしないし、(したくもない、かけてこられるのも好きじゃない)これまで最も頭にきたのは、通話が途中でとぎれること。しかも、出たと思ったら切れる... ひょっとして、このたびに1分間分の料金を僕らは払わせられているのかなぁ... と、めちゃくちゃ頭に来ていたのだ。なんで、誰も怒らないんだろうね?日本人って、ホント、お人好しだ。

 これはfomaだろうとなんだろうと、今じゃ普通なんだろうけど、小さいデジカメが欲しかったのもおおきな理由だな。こうやってblogで日記のように、なんだかんだと書いていると、素材として絵が欲しくなる。そりゃぁ、写真家として撮影はしていても、でっかい一眼レフをいつも持ち歩いてはいませんから。電話だったら、ポケットにも入るし、ちょっとした記録なら、これで充分だろう。だから、画質がきれいで、待ち受け時間が長くて... という機種のものということで、買ったのが、D901iというもの。確か、携帯を買ったのは95年に入院して、どうしても仕事関係の連絡をしなければいけなかったからなんだが、あの時から二つ折りのタイプだった。が、今回は初めてそれとは違うスライド式のものを買った。

 今回のこれは、なんか昔のもののようにでっかくて、電話というよりはカメラってがたいなんだが、まぁ、いいや。はっきり言って、こういったものにはあまり愛着がわかないから。と、しばらくはこれでいろいろとトライしてみようと思っている。

 とはいうものの、取扱説明書のぶっといことにあきれかえる。これじゃ、まるで学習参考書じゃねぇか。どんな「頭の悪い」(逆説的にいえば、お利口さん)人間が編集しているんだろうなと思う。あまりにばかばかしすぎるほどに編集が悪すぎるし... というよりは、「編集」って概念がないんだろうな、こういったものを作っている人たちは。思うに、いろいろな機種が抱えている機能なんてことよりも、「こうやったら、楽しいぞ」っていうことがすぐにでもわかるような取扱説明書で機種を選ぶようにした方が楽なような気がしてならない。今度は、このあたりの仕事でもしてみようかなぁ。まるで漫画のように、あるいは、雑誌の特集のように、いっぱい写真があって、絵があって、「マル秘テクニック」とか「隠れ機能」なんてのが一直線でわかるようなものを作ることができれば、こんなに苦労することはないのに、と、ふたを開けてからというもの、かなり気分が悪かった。結局、ほとんど読むことなく、本体をいじくりながら、いろいろと設定して、使えるようになったというか... まぁ、それでも、わからないことが多すぎるけど。

 で、明日は、散歩でもしながら、これでなにかを撮影でもしてみようかなんて思っております。(それにしても、よくもこんな退屈なことを書くなぁ...)



 

投稿者 hanasan : 00:59 | コメント (0)

2005年03月08日

任侠道

銀幕ロック 学生の頃読んだ姓名判断の本で、自分の名前の画数なんぞをチェックすると、映画で言えばやくざ映画、任侠映画に出てくるキャラクターのような性格を抱えていると指摘されたことがある。まぁ、あんなものを本気で受け取るわけはないんだが、なんとなくそう思ってしまうのが人の性。確かに、義理だとか人情だとかっていったものに執着するきらいがあるとは自分でも思う。一度、兄弟のようなちぎりを結ぶと、絶対に裏切らないというか... その一方で、それが裏切られると、はっきり言って、一生まともな人間として認めない。友人は「おまえは、本当に冷たいなぁ」というのだが、悪いけど、冷たい以上ですから。だってねぇ、人間として認めないから。仕事でつきあわなければいけないときは、「仕事の人間」としてしか見ない。だから、それ以上の期待をいっさいしないというタイプ。「バカは死ななきゃ直らない」ってことで、こういった自分の性格は変わらないと思う。不器用で、実直で、アホで、間抜けなんだろう。

 と、そこまで前ふりをしていうのも気が引けるが、やくざ映画のなかでの高倉健や菅原文太がやっぱ好きなのよ。彼らを(そうじゃなくて、彼らが演じているキャラクターなんだけど)不器用で、実直で、アホで、間抜けと呼んでいいのかどうか、躊躇しながら、やはりそうだと思いますね。それでも、やはり彼らは主人公で、それなりにかっこいいわけです。ところが、脇役は、それほどかっこよくもなくて、なんだか、ただ「無駄死にする」ためだけにそこにいるようにも思えるんですね。そういった脇役たちも、実は、好きなんだな。

 おそらく、このアルバムを買ってしまったのは、こういったやくざ映画好きが転じて... 感じなんだろうな。これが発表されたのは2年前で、おそらく、タランティーノの映画『キル・ビル』にのっかっての企画だろう。あの映画で使われた梶芽衣子の『怨み節』が収録されているし、ジャケットに貼ってるステッカーにも、それが記されていた。タランティーノがこのあたりに注目したのも理解できるし、60年代から70年ぐらいのやくざ映画が抱える刹那的な世界や様式美にひかれたのもわかる。真正面から真剣に考えたら、笑うしかないのに、どこかでその世界から逃れられない自分がいるんだな。なんだろうね。

銀幕ロック 実際、このアルバムを聴いて、めちゃくちゃはまる部分と、あほくさくてたまらない部分が同居していて、それが人間の本質を突いているように思えるのよ。まぁ、理屈じゃなくて、べたな人間の本音を感じるのかな。特に1枚目はいいね。

 で、2枚目になると、ちょっとなぁってのがある。やくざにこだわって欲しかったのに、旭の『銀座旋風児』や『ギターを持った渡り鳥』とか裕次郎の『嵐を呼ぶ男』に、赤木圭一郎の『霧笛が俺を呼んでいる』が収録されているわけだ。そういった曲が大好きだからこそかもしれないが、このコンセプトのなかに彼らを混ぜたらいけません。それは違ったコンセプトの下でコンピレーションを作って欲しかったなぁ。

 だったら、買わなければいいじゃないか... というのも正しいんだけど、ここには菅原文太の『一番星ブルース』が入っていたんですよ。たまたまブラック・ボトム・ブラス・バンドのモンキーと話をしていて、彼が映画『トラック野郎』にはまっているってのが出てきて... いやぁ、実は、俺、あのシリーズの一作目、真剣に映画館に行って見たからねって話になってさ。それに、勝新太郎の『座頭市』とかも聞きたいし、新しい発見もしたいしってところで買ってしまいました。

 ちなみに、その昔、廃盤復活同盟というのを変態漫画家、根本敬氏が作っていて、めちゃくちゃ面白いコンピレーションをシリーズで出していたんだけど、ひょっとして彼や仲間がこのあたりにも絡んでいるのかなぁ。と、そんな想像もしてみました。梅宮辰夫あたりの、笑ってしまわざるを得ないヘンな歌が入っているあたりに、それを感じるんだけど、実際のところどうなんだろう。

 ところで、話は変わるのだが、(いや、元に戻るのか?)あの姓名判断によると、性格的にはやくざ映画の高倉健あたりが演ずるキャラクターに加えて、連続暴行犯、大久保清にも似ているんだとか記されていた。すごく大胆な姓名判断だと思う。どう考えても、あの両者を並列できる著者の神経が理解できない。だって、そう考えても、接点を感じないのよ。まぁ、犯罪者という部分が接点かもしれないけど。ということは、俺の性格は犯罪者なのか? 勘弁して欲しいなぁ。



投稿者 hanasan : 02:09 | コメント (0)

2005年03月07日

日の丸、君が代に反対したら逮捕か

非国民のすすめ また、こんなニュースがみつかった。なんでも校門の外でビラを配っていたのに、「建造物侵入容疑」で逮捕されたという。なんで?先日ここに記したおおさかエコムーヴ事件と同じようなものだと思うんだが、めちゃくちゃな話がまかり通っている。今回は釈放されたらしいけど、その逮捕の仕方とか見ていると、やっぱり日本は狂っているとしか思えない。あれほど素晴らしい憲法を持っていても、まるでファシスト政権の下に生きているような事態が進行している。これで、憲法が変えられたら、この国に生きる人々の自由は消えてなくなるのは目に見えている。

 しかも、こうやって大きなメディアに報じられるのは氷山の一角に過ぎない。それをまず知っておかなければいけない。要するに、それも戦略なんだろうが、あまりに多くてマスメディアでは相手にされないのだ。一方で、実を言えば、いろいろなネットワークを通じてさまざまな情報が飛び交っている。もちろん、どれが本当でどれがうそかを見抜く力を要するとは言いながら、周辺情報も入ってくるので、それを下に判断すると、日本がとんでもない状態になっているのがわかるのだ。こういった情報はさまざまなMLなどで入手可能なので、どこかでそういったものに加わることをおすすめする。

 とりあえずは、僕やソウルフラワーの中川君たち、音楽関係者が立ち上げた非戦音楽人会議でも、MLを作っているので、ここでそういった情報を得ることもいいだろう。といっても、ここに加わるには声明に賛同しなければいけない。誰も拘束するものではなく、「自分は戦争に荷担しない」と宣言することを条件としている。そういった仲間が自分たちのネットワークを作ろうと言うのがなによりも目指しているところなので、非戦音楽人会議は組織でもなんでもない。だいたいが、組織なんて嫌いな自由人ばかりが集まってきたって、組織なんてできるわけがない。(笑)そんな気持ちでいる人は誰ひとりとしていない。それでなにができるのかとバカにされるんだろうが、そんなことはどうでもいい。少なくとも、「私は戦争に荷担しない」ということを公の場で宣言することが重要なのだ。

 ともかく、目に見えないところでこういった「政治的な意見表明」が犯罪にされている一方で、右翼の暴力は全然取り締まられてはいないように思える。街頭宣伝車が苦痛以外の何ものでもない大音量で騒音以外のなにものでもない軍歌を流しながら、警官の目の前をとっても、注意もされなければ、捕まることもない。軍歌を全て否定するものではないが、音楽として聞くには「音楽」として聞ける音のクオリティや音量がある。連中の耳が壊れているのかもしれないが、できればPA関係のプロを雇って「いい音」で流すべきでしょ。じゃなければ、あれは拷問です。でも、警察は止めない。なぜ?

 新宿南口によく行くのだが(ヨドバシ、ソフマップ系ですな)あの角で、おそらくは、非合法な薬物を売っているんだろうなと思える二人組がずっと商売をしているように見えるんだが、彼らが捕まったという話はテレビのドキュメンタリーで1度見ただけ。しかも、それ以前から、数年にわたって、そして、今もあの光景を見ている。まさか、「にぃちゃん、なに売ってるの?」なんて聞けるわけもないから、想像でしかないけど、おそらく、トルエンとか、その類のもののように想像する、実際、あのドキュメンタリーではそういった説明をしていたし、あたかもスクープのように話していたんだが、あの後も、まだ、普通にあそこにいますよ。警察はこういった犯罪には目をつぶっても、ビラを配っただけで捕まえるんだが、これ、なんで?

 腐ってるよなぁ、日本は。こんな国にしたのは誰や?はっきり言って、これ以上に日本がおかしくなっていったら、憲法が変えられたら、日本を捨てなければいけないのかなぁと、どこかで思っている。もう、うんざりです。いいたいことも言えず、下手なことを口走ると、別件とか、適当ないいわけを付けて「逮捕されるのではないか」と思いながら、生きていかなければならないとしたら、(今でも、そうですやん)こんな国に未練はない。いつでも「日本」なんて看板は捨て去って、どこかの国の山奥にでも行って残りの人生を送ろうかなんぞと考えている。

 ったく、とんでもない世の中だ。



投稿者 hanasan : 13:08 | コメント (0)

2005年03月06日

ラビ、美しい

中山ラビ 先日、みつけてしまった中山ラビの新しいアルバムが届きました。なんでもいろいろな場所でのライヴを収めたもので、スタジオ録音じゃないようなんですが、ちょっとした(いや、かなりの)変化に驚いています。まぁ、ジャケットを見たときに、ありゃ?って思ったんだけど、髪は黄色に染められて、やたらセクシーな出で立ちで... 当然、昔のまんまであるはずはないんですが、どうしても、『私ってこんな』のイメージが離れないんですね、実をいうと。

 もちろん、当時も洪栄龍のワイルドなギターをバックにロックっぽいアプローチもしていたんだけど、(特に『夢のドライヴ』って曲)ワイルドにシャウトするって感じじゃなかったわけです。どこかでフォーキィなものがベースにあって、まさかこうなるとは... というのは初っぱなの印象ですね。実際、このアルバムはロックです。録音のクオリティのせいなのか、ざらつきのあるラフな感覚が前面に出ていて... それは、おそらく、単純にライヴ録音だからというのではないように思えるんですね。

 なんだろう、芯の部分は当時から全然変わっていなくて、ちょっと線の太い説得力を持つラビはそのままでした。ただ、それを支えるものがもっと太くなったような。そんな感じって言えばいいんでしょうかね。シャウトするというのではないかもしれないけど、そうだなあ、ラビそのものの説得力がさらに大きくなったというか... 

 ファン・サイトだという、ラビweb中山ラビ ギャラリーサイトあたりで、いろいろと調べてみると、87年のアルバムがこの復活以前の最後のもので、86年から10年近く歌っていなかったんだとか。それでも、ほんやら洞のオーナーとして、ずっと近くにいたことを知ることになります。アルバムのクレジットを見ても、知り合いの顔がちらちら見えるしね。

 といっても、個人的には全然接点はないし、最後に彼女のライヴを見たのは70年代。イギリスから帰国して以来、海外の音楽ばかりを追いかけていたから、こうなるのは仕方がないんだけど、その20年ぐらいのギャップを経て、ラビを聞くと、どこかで嬉しくなります。あの頃、自分が聞いていた音楽やそこに関わる人たちが、(これは想像でしかないんだが)同じような姿勢で今も歌い続け、そして、自分を引きつけてくれることが嬉しい。もちろん、昔の曲にノスタルジーを感じることは否定しないが、このアルバムで歌うラビにノスタルジーはかけらもないですから。まさしく、「今」とても魅力を感じるロッカーだって感じですね。できれば、彼女のライヴの写真を撮影してみたいなぁなんて思っています。どこかで全盛期の梶芽衣子あたりに近いものを感じるって言ったら、おかしいですかねぇ... (やっぱ、おかしいか?)

Bob Dylan and the band なんでも、4月8日には早稲田のジェリー・ジェフで、つい前日ここに書いたシバと一緒にライヴをするらしく、時間ができたら見に行ってみようかなぁなんて思っています。このお店にも以前遊びに行ったことがあって、そこに向かうタクシーのなかで友人とザ・バンドとディランのライヴ、『偉大なる復活』のなかに収められているヴァージョンの『I shall be released』のことを話していたら、店に入ったとたんに聞こえてきたのがこれだったという... そんなこともあったし。

 ってなことで、最近昔を振り返りすぎるってか? 振り返るんじゃなくて、どこまでもつながっているものをどんどん再発見しているってのが正解。そして、どんどん自分がオープンになっているというか。元々なにに関してもオープンだとは思うし、とんでもなくアナーキーにいろいろな音楽を聴いてきたけど、そのアナーキーさにまた拍車がかかっているってことでもあると思うけどね。



投稿者 hanasan : 16:43 | コメント (0)

2005年03月05日

再び罠にはまるか!?

Bob Marley 来た、またやって来た。ボブ・マーリーの生誕60周年を記念しての再発売...アイランド時代の全タイトルが初回限定盤、廉価盤(1470円)で一気に再発売される。そのプロモーション盤が、今日、レコード会社から届いたんだけど、けっこう力を入れているのがわかる。なにせ、パッケージがDVDと同じでっかいもので、なかにはDVDではなくて今回の再発もののシリーズからのセレクションが18曲ほど収録されている。当然ながら、このプロモ盤も将来はコレクターズ・アイテム化して高値を付けるんだろうなぁ... なんて思うのは、音楽フリークの習性だろう。もちろん、自分はそんなことをしないし、そりゃぁ、掟破りだと思う。おそらく、神保町あたりの中古レコード店にはもうすぐ出てくるだろうけど...(なんせ、ここに集中する大手の出版社の人たちにこういったものをばらまくのがレコード会社の常だから)

 で、今回、5月11日に再発されるのは以下の通り。
Catch A Fire+2
Burning+3
Natty Dread+1
Live+1
Rastaman Vibration+1
Exodus+2
Kaya+1
Babylon By Bus
Survival+1
Uprising+2
Confrontation+1
Rebel Music
 これに加えて、バニー・ウェイラーの3枚。
Protest
Blackheart Man
Sings The Wailers
 リー・ペリーの
Super Ape
 でもって、3月23日にも昔の音源を集めた3枚組のセットやシングル・コレクション、ダブ・コレクションといったものが発表されるけど、オリジナルの作品に関しては、今も、探せば前回の限定盤(ボーナス・トラック付き国内盤)が1300円台で入手できたりするので、ボーナス・トラックが実際になになのかを確認しないと、このシリーズには手を出せないなぁ。それでも、もし、ボブ・マーリーのアルバムを持っていなくて、関心があるから... と思う人はこういった安い値段で出たときに買うのが正解だと思いますね。

 っても、このボーナス・トラックがなになのかを調べるのに、時間を使うのも参りますわ。それに、デラックス・エディションってボーナス・トラック満載のものも買っているし... 無駄なあがきは、今回ばかりはしない方がいいかなぁと思っております。

 それにしても、再発されるたびにこうやってどきどきしたり、内容をチェックするのって、はっきり言って病気だろうと思います。まぁ、相手がボブ・マーリーとなると。こういったパブロフの犬状態になっちゃうのは仕方がないかもしれませんが。



投稿者 hanasan : 23:19 | コメント (0)

2005年03月04日

公安は特高ですね、やっぱ。

街から反戦の声が消えるとき なにも悪いことをした覚えはない。それでも、「公安」と呼ばれる警察がうちにきたことが何度かある。下手をしたら、しょっ引かれたんだろうと思うと、ぞっとする。このところ、そんな事件が立て続けに起きている。正直、こわい。まるで戦前の日本が帰ってきたようだ。(というより、日本は戦時中なんだと認識した方がいいと思う)

 立川事件なんてその好例で、ピザや出前のチラシを配ってもいいのに、「自衛官・ご家族の皆さんへ 自衛隊のイラク派兵反対!いっしょに考え、反対の声をあげよう!」という趣旨のビラを入れたら、「住居不法侵入」だとして逮捕され、数十日間にわたって拘留されたという事件があった。どう考えても、こりゃぁ、おかしいだろ?その経緯はここに詳しいけど、どうしてこんなことがまかり通るんだ?私の住んでいるこの日本の憲法は、表現の自由を保障しているんじゃないの?

 一応、一審では無罪となったし、それがかなり大きく新聞やテレビのニュースでも取り上げられたから、この事件のことを知っている人も多いと思うけど、この無罪判決を受けて地検は控訴。(マジに、この人たち戦前の特高感覚だよ、これ)日本のどこが民主主義なんだよ。これは、独裁政権の北朝鮮となんもかわらんじゃないの。しかも、この裁判で、被告とされた人たちにかかる経費はひとり200万円だとか。拘留されて、仕事ができるわけもなく、通常だったら、仕事だって首になって、家賃だって払えなくなって... 俺なんかだったら、一直線にホームレスだろう。要するに、この事件が語りかけているのは「だから、浮き上がったことはするなよ」という政治圧力以外の何ものでもないじゃないか。

 と思っていたら、今度はおおさかエコムーヴのメンバー、3人が「詐欺」容疑で逮捕された。なんとその理由がこう説明されている。

「賃貸マンションを5年前に契約した際に、「母、 妹と一緒に住む」という条件で契約したのに、その条件を守らずに○○さんと一緒に暮らしていたことで不法の利益を得た、それが「詐欺」に該当する」

 いっておくけど、これ、冗談じゃないです。びっくりカメラでもないです。なんでも逮捕したときに、「アジトで新聞を売って利益を得ていた」と公安が言っていたらしいんだけど、「アジト」ってなによ?それが自分の家だとして、ミニコミ誌を作ったり、こうやってホームページを運営したりして、ちょっとでもお金を稼ぐことになったら、犯罪なんですか?だったら、俺なんぞいつ逮捕されてもおかしくはないし、俺どころか、みんな捕まるよ。アフィリエイトで副業をしている主婦なんて日本中にごまんといるし、賃貸マンションで同棲している人だっているでしょ?それ、犯罪なんですって。逮捕されるほどの! この国はどうなってるんだ?

 このおおさかエコムーヴは環境問題や反戦平和運動に取り組むNGOグループらしく、このサイトに行ってみると、ハリウッド映画のレヴューなんかもしていたりと、ほのぼのとしていい感じなのに、公安にとっちゃ彼らは「アジト」を作って暗躍している過激派なんだと。めちゃくちゃな話だ。

 といって、笑えないのさ。なぜかというと、自分自身が同じような圧力を受けているからなのね。ずいぶん昔だけど、イギリスから日本に帰ってきて、フリーのライターとしていろいろなことを書いていたんだが、そのとき、中心になって書いていたのはイギリスの反核運動のこと。それが以前お伝えしたアトミック・カフェにつながっていったんだけど、フリーになる前、バイト感覚で書き始めた頃に公安がやってきたからね。しかも、職場に!まだ、独り立ちできなかったから、とあるちっぽけな通信社で仕事をしていたんだが、そこに彼らがやってきたわけだ。

「いやぁ、お手間は取らせませんから...」と、最初は丁寧に話しているんだが、途中からやくざになったからね。なんでも、自分がヨーロッパで使っていた名刺を過激派の幹部が持っていたので...なんて説明をされるんだが、そんなものヨーロッパでメモ代わりに人に上げただけで、誰にあげたかも覚えちゃいませんって。しかも、日本じゃ使っていないものが、国内の過激派の手にあったといわれても、そんなこと知りませんよ。なんて(といっても、こっちも、小心者のプチブルだから)丁寧に応えてたんだけど、途中で、いきなり(喫茶店でだよ)テーブルをどんと大きな音を立てて、叩いて、「白状しろ!」と、ぬかしやがった。これ、こわいよ。実際、さすがに警察はやくざと戦えるんだなぁと思ったから。やくざより、こわいもの。

 まぁ、そうはいっても、実際のところが、知らないものは知らないし、過激派なんて類の人が知り合いには全然いないし... というので、話し続けたというか、答え続けたというか.. だって、それ以外できませんから。「なにかわかったら、また来るからな」なんて言われて、帰っていったんだけど。いやぁ、こわかったよ。公安は、ホント、こわいよ。絶対に友達にはしたくないなぁと思いましたから。

 でも、それで終わりじゃなかったんですね。それから1年か2年かして、今度は自宅にきたから。どうやって探しだしたのか、なにが問題なのか、全然わからないけど、それがちょうどアトミック・カフェの頃ですね。反戦とか、反核とか、戦争反対って言ったら、公安が来るという論理なんだと思っています。もちろん、それのどこが悪いんだと思うじゃないですか?暴力に反対して、爆弾に反対して、放射能汚染をさけようとして.. なんて、まともな神経なり、頭脳の持ち主だったら、「声を大にして言う」ことはないかもしれないけど、(だから、時代は悪い方向に動いてるんだが)当然、思いますよね? 経済の発展のためには原子力エネルギーが... ってのが幅を利かせているけど、私、経済なんて発展しなくてもいいと思ってますから。

追及・北海道警「裏金」疑惑 まぁ、それはともかく、最も平和的なことを口にしたら、公安が来る... これ、お願いだから、やめてください。あなた達が追いかけなきゃいけないのは、こんなにおめでたい平和主義者じゃなくて、国民の税金を詐欺同様に懐に入れて私腹を肥やしている政治家や、あんたたちの上司でしょ?警察がどれほど税金を盗んできたか... ここ数年、内部告発されているじゃないですか?交番で夜も寝ないで働いているお巡りさんを見ると、実は、いつも声をかけちゃうのね、僕。「お疲れさまです」とか「ご苦労様です」とか。だってね、彼らはかわいそうよ、こういったアホ幹部の矢面に立たされて、「税金ドロボー」なんて言われるんだから。

 とは、言いながら、現実問題として、仲間と一緒に非戦音楽人会議を立ち上げたし、また、公安にチェックされるんだろうなぁと思う。そして、下手をすると、な〜んも悪いことをしていないのに、逮捕される可能性が出てきたよう思える。困ったなぁ。Smashing Magも続けたいし、Fuji Rockにも行きたいし... まるで漫画だけど、「逮捕するぞ」なんて言われたらどうしよう。ゲロできることがあって、それで逮捕を免れるんだったら、いいんだけど、ゲロすることないからね。困ったもんだ。

 なんて、俺は冗談を言っていられるけど、(少なくとも今は)そんなので捕まってしまった人たちのことを思うと、かわいそうでかわいそうで... 頭に来るのは、もちろんだけど、まともな生活もできないほどの貧困に直面している自分にはカンパすることもできないという悲しさ。だから、こんなことが起きているんだということを人に伝えるしかないのだとつくづく思うのさ。たまらんぞ。



投稿者 hanasan : 23:24 | コメント (0)

2005年03月03日

シバを忘れちゃいませんか?

三橋誠 Smashing Magでは、大阪のkenがこのところ、有山じゅんじにはまっているようで、幾度かレポートを送ってきている。僕も、おそらく、大学生の頃から(ひょっとしたら高校生か?)気に入っているアーティストで、けっこう甲高い感じのヴォーカルに、本格的なアクースティックなブルース・ギタリストとして、あの昔から大好きだった。一番最初は『8/8ロックデイ』のライヴで彼と上田正樹のコンビネーションによるライヴを聞いて、スタジオ録音によるアルバム『ぼちぼちいこか』で、完全に虜になったという感じかね。当時から敬愛してやまなかったブルーズ・マン、ミシシッピ・ジョン・ハートのスタイルや、マンス・・リプスコムといったカントリー・ブルースのスタイルが好きで、彼がぱくっているオリジナルを、自分でもコピーしようとしていた時期がある。まぁ、結局、ギタリストにはなれなかったんですが。

 でも、自分のなかで最も好きな日本人のブルース・アーティストは、どうしても、この人、シバになってしまうのだ。このアルバムは『夜のこちら』というタイトルで、ミュージシャン、シバが、もうひとつの顔、イラストレーター(漫画家)三橋誠の名前を使った最初の作品ではないかと思う。

三橋誠 このアルバム以前にも2枚発表していて、URCからのデビュー・アルバムが『青い空の日』、そして、2枚目がソニーからの発売となる『コスモスによせる』。よくもまぁ、ソニーなんて大手が彼のアルバムを出したと思うんだが、このころ、確か、友部正人も中川イサトもソニーからアルバムを発表している。おそらく、僕の友人がディレクターをしていた時期で、彼が仕掛けたのではないかと想像する。

 その2枚のアルバムは共にアナログで持っていて、あのごついジャケットの感じが(特に1枚目)いい。あればアメリカのどこかのレーベルを意識した作りになっていると聞いていて、ヴィレッジ・ヴァンガードかフォークウェイか、そのあたりじゃなかったかなぁ。その当時から、漫画家としてガロなどに執筆していたのを知っているし、あのジャケットは漫画家三橋誠のLPサイズの作品として、今も宝物となっている。

 が、その2枚のアルバムを遙かに越えて、愛してやまないのが3枚目の『夜のこちら』で、これには、完全にはまった。ちょうど大学生で岡山でプロモーターをしていた頃。一番最初に企画したライヴはウィーピング・ハープ妹尾だったんだが、その次にやったのが絶頂期の憂歌団で、そのサポート・アクトとしてシバにきてもらった。単純にこのアルバムを大傑作だと思ったから。それだけのことだ。当然ながら、シバを好きな人なんて少数派だったんだが、それでも、自分にとって彼のライヴは憂歌団同様に素晴らしかった。

 特に、このアルバムで素晴らしいのは『星の明日』という曲で、ニッカだっけか、サントリーだっけかの当時のCMで使われていた音楽ににたタッチで、これは、コピーして自分でもよく歌っていたものだ。「ロックグラスに映って消える、星の明日を誰が知ろう」という始まりなのだが、全然ブルースではない、この演歌ノリの歌がジ〜ンと心に響いたものだ。しかも、アルバム全体を通して、どこかでつげ義男の弟だったと思うが、漫画家、つげ忠男の、北風がぴゅうぴゅう吹き込んでくる切なさを感じだものだ。

 実は、あの頃、自分が企画したシバのライヴをオープンリールで(こんな言葉、もう死語かもしれないが)録音していて、今はそれをDATに起こしている。今度、それを自分用にCDに焼いてみようと思うんだが、これが、いいのだ。まだ若かった自分の叫び声も入っているし... しかも、その前夜はシバと、奥さんと一緒に深酒をして、かなりの二日酔いで... それでも、アクースティック・ギターと彼の声で生まれるどくどくのブルースが、スコ〜ンと心の奥に響いてしまうのだ。

 嬉しいのは、あの時、シバがテープのケースにちょこっとイラストを描いてくれたこと。それも自分にとっては今も宝物で、それをジャケットにして海賊盤でも出してやろうかなんて思ってもみるが、どうせ買うのは自分ぐらいなんだろうとも思う。それに、少なくともシバにはお金を払わないと申し訳ないし... 今のところ、金もないから、そんなことはしないで、自分だけの宝物としてひとりで楽しんでやろうと思う。

 ちなみに、あれ以来、おそらく、シバとは会っていないんじゃないだろうか。それに、シバも、おそらく、自分のことは忘れてしまっているだろう。いつか、どこかで彼と出会って、あの時のことを思い出してくれたら、ゆっくりと一緒に飲みたいと思うんだが...

 今回、これを書くに当たって、彼の公式サイトをみつけてしまった。シバ 流れ星通信という名前で、実に彼らしい。どうやらコンスタントにアルバムを発表しているようで、実は、ときおりCD屋で作品をみつけては入手していたのだ。そのあたりのリストも確認できる。興味ある人はチェックしてくださいませ。もちろん、それ以前に、『夜のこちら』だけは、ぜひとも聞いていただきたいですが。名作中の名作ですから。



投稿者 hanaoyaji : 14:31 | コメント (0)

2005年03月02日

ラビ、みつけた...

中山ラビ よくできたもので、amazonは、それぞれの顧客の指向をデータ処理しながら、どんどんおすすめ商品を打ち出してくる。それにまんまと引っかかってしまうのだが、どこかでこれが嬉しかったりするのだ。例えば、長い間忘れていたものを思い出したり、その昔好きだったミュージシャンの「今」を発見したり...

 というので、今日たまたま引っかかってしまったのが中山ラビ。その昔、高校生から大学生の頃に何度もライヴを見たアーティストだ。(幾度かCDとして発表されたようですが)デビュー・アルバムはすでに廃盤になっている(ようです)『私ってこんな』という、フォーキィなタッチのアルバムで、発表されたのは72年だったと思う。

 未だにアナログがうちにはあって、これはよく聴いた。今では死語になっていると思うけど、文字通り、レコードがすり切れるほど聞いた。そんなこともあって、かつてBay FMで番組をしていたとき、好き勝手に曲を流していたんだが、あの時使ったのが「13円50銭」という歌。深夜番組をプロデューサーがチェックしていなかったのか、あるいは、相手にされないと思っていたのか、なにも問題にはならなかったのだが、おそらく、一般的には「放送禁止」とされていたはずだ。これは、関東大震災の時、「朝鮮人が蜂起した」という流言飛語のおかげで(おそらく、それだけではないはすだが)数え切れないほどの韓国、朝鮮人(同時に、左翼活動家)が虐殺されたことがある。あの時、韓国語を母国語とする人は「13円50銭」を「ちさんえんこちせん」としか発音できなかったことから、この言葉で日本人かどうかを確認していたという話があるのだ。

森達也 といっても、そのことを知ったのは、初めてあのアルバムを聴いてから何年も過ぎた頃だったんだが、それをきちんと説明しながら、あの曲をラジオで使ったものだ。おそらく、最初からその話をプロデューサーにしていたら、使えなかっただろうなと想像する。特に、あの頃は業界の人たちが神経過敏になり、同時に、放送人、言論人としての自覚を放棄していたような時代だ。(おそらく、それは今も変わらないだろうと想像するが)実際、プロデューサーに昔の過激な曲をたくさん流すので... という話をしたときには、岡林信康の「手紙」という曲を使わせてはもらえなかった。その「放送禁止」という戯言にどれほど多くの人たちが騙され続けたかという点に関してはこの本でも読んでもらえれば理解できるだろう。

 さて、話を元に戻して、ラビなんだけど、2枚目のアルバムが『ひらひら』という作品で、自分にとって記憶に残っているラビはこの2枚の時期。バックには、かつて『乱魔堂』というバンドをやっていたギタリストの洪栄龍が加わっていて、「夢のドライヴ」という曲でのハードなギターがお気に入りだった。今回、たまたま『ひらひら』が再発されていることを知ったんだが、これは、アナログを大切に聞けばいいということでパス。(本当は、らくちんだから、CDを買いたいんだけど破産しそうだから、それは我慢だ)ところが、2001年に発表されていたという『ラビ』という作品をみつけてしまうのだ。

中山ラビ 曲目を見ると、「ひらひら」や「人は少しづつ変る」といった昔のもの入っているし... というので、ついにクリックしてしまった。いつものことかもしれないが、昔愛したアルバムの主が今、どう歌っているのか、それを確認するだけでも、自分にとっては充分だ。今も歌っていてくれたこと、しかも、30年も前の曲を歌い続けているだけでも嬉しかった。だから、このアルバムを買うことにした。さて、彼女は今、どんな声を持っているんだろう、それはアルバムが届いてからじっくりと聞いてみようと思う。



投稿者 hanaoyaji : 16:11 | コメント (0)

2005年03月01日

前座だけでも満腹

The Dirty Dozen Brass Bandse 今日は、The Dirty Dozen Brass Bandのライヴ。最近引きこもり系なので、(仕事のせいです!)久しぶりにライヴでも楽しもうと思って出かけてきました。でも、実を言うと、なんにも期待していなかった前座がめちゃくちゃ良くて... びっくりです。なんでもthe Benevento/Russo Duoと呼ばれているらしいんですが、ステージに立っているのはドラマーとハモンド・オルガン。それぞれ、(楽器のことはよくわからないのでこんな形で言ってしまいますが)奇妙なエフェクターっぽいものが置かれていて、それをいじくったりしながら、ヴォーカルなしで演奏を始めるんだが、これが... なにやら、わからん。まぁ、ジャズっぽいテーマがあって、とんでもないアドリブの応酬が延々と続いていくんだが、全然飽きない。 それどころか、どんどん引き込まれていくのだ。

 曲によっては、突然「ハードコアのロック」になったり、どファンクに聞こえたり... と思ったら、時には、タンジェリン・ドリームなんてものまで想像してしまう音まで聞こえてくる。ひょっとして酔っぱらっていたんだろうかとも思うんだけど、それほどまでに自由な音楽なのだ。

 演奏が終わって、ハモンドの方の人とちょっと話していたんだけど、たまたまこうなってしまったんだそうな。ドラムスの人がある小屋でレギュラーの仕事を取ってきて、二人で好き勝手な演奏を始めたら、それが勝手に化学反応を起こして、今の形になっていったんだとか。だから、こういった音楽を目指してやってきたんではなく、ライヴを繰り返すことでとぎすまされてきた、「できちゃった」音楽なのだ。

「ハードコアのロックを感じたりしたんだよね」

 というと、嬉しそうな表情を見せながら、「そうなんだよね。実際、僕ら聴いている音楽の幅がめちゃくちゃ広くて、いろんな要素がごっちゃになってるって感じなんだ」なんぞと話していました。

 スマッシュのサイトにあるアーティスト紹介によると、メデスキー・マーティン・ウッドの次がこれだという、NYジャム・シーンの期待アクトらしいけど、ジャムだろうが、ジャズだろうが、そんなことは無関係に、聞いたことない音楽で、わくわくしながら見てました。

 今日は、DDBBのギター、ペット、サックスが最後に登場してセッションを繰り広げてくれたんだが、なんでも名古屋ではドラムスが加わったとか。ツイン・ドラムで、あれをやるんかぁ... すげぇ、なんて思ってしまいました。

 なお、連中のオフィシャル・サイトはhttp://www.organanddrums.com/で、もうすぐ新しい(3枚目だとか)アルバムが出るんだそうな。初めてきちんとスタジオに入って2日間でレコーディングしたらしいんだが、基本的にはライヴ的な録音で、オーヴァー・ダブは最小限に押さえているんだとか。この日もレディオ・ヘッドの曲なんかも演奏していたし、このバンド、興味津々です。これまでに聞いたことがない、新しい音楽を体験したかったら、明日の最終日、行ってくださいませ。



投稿者 hanaoyaji : 00:23 | コメント (0)