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2005年04月22日
どんどんいなくなってしまうなぁ
なにやら、どんどん人が亡くなっていく。先日も、高田渡のことを書いた。大好きなアーティストが亡くなっていくのは、寄る年波のせいで、おそらく、これからもどんどん増えていくんだろうけど、これほど続くと、毎回毎回亡くなった人のことを書かなければいけないんだろうかと思ってもしまう。それほど多くの、「気になる人たちが」この世とおさらばしている。
数週間前は岡田史子だった。大学の頃、漫画にこっていた友人で、おそらく今は東北に住んでいる、もうやんに教えてもらったように思う。思うに、このもうやんは花登筐(はなと・こばこ)の小説「どてらい奴」に登場する主人公(演じたのは西郷輝彦)で、大阪の商人系のドラマがはやったときに一世を風靡したもの。彼はそこから名前をもらっていたと思うんだが、当時、ガロやCOMあたりにはまっていた学生が多く、その流れで彼から「少女漫画」、この岡田史子の作品を紹介してもらったのを覚えている。
で、彼女の作品、「ガラス玉」を買って、独特の心象風景を描くこれを大切にしていたものだ。おそらく、家捜しすれば、どこかに隠れているはずなんだが、その彼女も亡くなった。
で、今日、下北沢に向かった途中に買った夕刊でみつけたのがペデルセンの訃報。この人、確か、オランダ人じゃなかったかと思うが、名前がやたら長い。Niels-Henning Orsted Pedersenというんだが、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンだっけか? いまだに正確に名前を読むことができない。ともかく、この人が亡くなったという記事を読んだ。
巻頭に、おいているアルバムは、この世で最も好きなジャズ・サックス奏者、アルバート・アイラーの、なかでも大好きなアルバム「My Name Is Albert Ayler」で、ここでベースを演奏しているのがこの人だ。記憶では、確か、この時彼はまだ17歳ではなかったかと思うが、いずれにせよ、北欧系のジャズマンらしい音を聞かせる人で、学生時代に気に入っていたレーベル、Steeple Chaseで数多くの作品を残している。特に気に入っていたのが、アルバート・ヒースのペタペタとしたドラムスとペデルセンとのトリオによるKenny Drewのリーダー作『Dark Beauty』。これはよく聞いた。特に1曲目のベースで入るトラックなんてはまりますもの。それに、盲目のピアニスト、Tete Montoliuのバックでもかなりの作品を残しているし... まぁ、けっしてスターにはなれなかったけど、この人も、この世とおさらばした。
本当は、詳しい情報を探したくてネットのなかを泳いでみたんだが、結局みつからず。それなのに、朝日新聞の夕刊に載っていたというのは... 自分の読み違いか、あるいは、担当者がこの人に思い入れを持っていたかどっちかだろうな。
まぁ、死んで、こうやって誰にかに伝えられるってのは、まだいいけど、俺なんてどうなんだろうね。俺が生きていようが死んでしまおうが、おそらく、誰にも気づかれることなく、放っておかれるのではないか... と、そう思うことがある。今日も、たまたまメシを食う暇もなく、まるで深夜営業のゴミのようなジャンク・フードを喰わせる店でちょこっと食べなければいけなかったんだが、その店で老婆がひとりで食事をしているのを見たとき、なぜだか、無性に悲しくなった。一生懸命生きてきた老人が、たったひとりで深夜のこんな店で食事をしなければいけないって、どうゆうことさ?お年寄りを大切にしようよ。子供とか、旦那とか、孫とか、近所の人とか、誰かがいるだろうに。
と、そう思っているそばから、はたと自分のことを考えてしまった。どこでどう間違ったか、ずっと独り者で、いまだに学生のような生活をしている自分こそ、ひょっとしたら、同じようなものかもしれない。まだまだ若いとは思っているが、今年で半世紀の年齢を迎えることを考えると、ああなることも近いんだろう。ブスでなんの甲斐性も取り柄もなく、性格も悪い、どうしようもない女でも嫁にすればいいんだろうか... と、ちょいと弱気になってしまったが、おそらく、数秒と持たないだろうことは火を見るよりも明らかで、同じく数秒で(正気)笑気に戻った。そんなことだったら、死んでも誰にも知られないでも、いいじゃねぇか。いつものように、俺は、吉永小百合と原節子以外はいらないよと、また開き直ってしまうのだ。
投稿者 hanasan : 2005年04月22日 00:42