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2005年05月26日

おまけにゃ負ける

UNCUT イギリスを旅するというか、仕事絡みで、あるいは、「流れ」でイギリスに行くことが、年に数回あるんだが、帰国するときに必ず手を出すというか、買ってしまうものに雑誌がある。たいていは音楽雑誌や映画雑誌なんだが、実を言うと、国内でそういった雑誌を買ったことはない。もちろん、大昔、まだまだ雑誌でしか情報が得られなかった時代にはよく買っていた。好きだったのはレコード・コレクターズやミュージック・マガジン。といっても、後者の一部、反論もできないようなところでぼろくそに書かれてから買わなくなった。だって、そうでしょ。そんなものに金を出す気になれますか?っても、そういった雑誌を買っていたのは広告をチェックするためで、興味をそそられるわずかなものを除いて、原稿を読むことはあまりなかった。なぜ広告かというと、小さな輸入盤屋さんが独自の趣味や指向で興味深いアルバムを扱っていたりして、それを見ているとわくわくしたし、「本当に音楽が好きなんだなぁ」という気持ちを共有することができたからだ。

 でも、それも昔のこと。今ではMac関連や食べ物関連以外、ほとんど雑誌を手に取ることはなくなった。「そば」の特集とか「スシ」の特集とか... そのあたりには弱いし.. 一時は「きょうの料理」なんて雑誌を買いながら、料理に打ち込んでいたこともある。が、結局は、資源ゴミでいっぱいになって、棄てるのがオチ。というので、このところ、「勉強」になるMacの雑誌ぐらいしか買わなくなったのだ。これもこのごろではあまり「勉強」にならなくなってきたから、惰性で買っている感は否めいないけど。

 ところが、イギリスから帰るときには、必ず音楽雑誌と映画雑誌を買ってしまうのだ。それはなぜか... 要するに、おまけに弱いのだ。しかも、そのおまけが面白い。めちゃくちゃ面白い。

 例えば、前回イギリスに渡ったのはイタリアでのBanda Bassotti取材の直後で、その帰りに買った雑誌のひとつがこのUNCUTというもの。ご覧のように、私の大好きなザ・バンドの大特集で「知られざる物語」なんてのが掲載されているんだが、嬉しいのは、ここにCDがおまけで付けられていること。タイトルは、彼らのボックス・セット『Across The Great Divide』をそのままいただいたもので、その下に赤で『Music Inspired By The Band』と書かれている。要するに、ザ・バンドの特集と言うことで、彼らに触発されたアーティストの作品を集めてみましたという内容で、収録曲は16。リストを見ると、Mercury Revの「Opus40」、Drive-By Truckersの「Danko/Manuel」、Little Featの「Rag Mama Rag」、Brinsley Schwarzの「Silver Pistol」、Wilcoの「Theologians」、Will Johnsonの「Just to Know What You've Been Dreaming」、Grandaddyの「Lost On Yer Merry Way」、Ray LaMontagneの「Narrow Escape」、Corey Harissの「Frankie Doris」、The Gourdsの「Dying Of The Pines」、Procol Harumの「The Devil Came From Kansas」、Ben Weaverの「Old Mule」、Marc Carrollの「No Time At All」、Sparklehorseの「Painbirds」、Sufjan Stevensの「For The Widows In Paradise, For The Fatherless In Ypsilant」、そして、The Bandの曲「King Harvest (Has Surely Come)」が収められている。

 正直言って、ここに並べられているアーティストの半分ぐらいは名前も聞いたことがない。それでも、雑誌の値段は4.20ポンドということで、1000円弱。それで、これだけの音楽を楽しめるんだったら、充分に元を取れるし、なによりも、ここに収録された曲を聴きながら、ザ・バンドのどんなところに触発されたのかを確認するのも面白い。実際のところ、これまでもこういった雑誌におまけで収録されている曲で新しい発見をしたことは幾度もあるし、こんなものをきっかけにこういった未知のアーティストのアルバムを買い始めることも少なくはなかった。素晴らしいプロモーションなのだ。

NME cassette しかも、雑誌でチェックしてみると、選曲をしているのはRoy CarrとAllan Jones。後者は知らないんだが、前者はよく知っている。っても、面識はないんだが、25年ほど前、イギリスに住んでいた頃、よく買っていたNMEという音楽新聞のおまけでいろいろなコンピレーションをつくっていた人だ。まぁ、それもおまけのようなもので、数週間分のNMEを買って、そこに掲載されているクーポンを集めて申し込むと、結構面白い独自企画によるコンピレーションがめちゃくちゃ安い値段で購入できるというもので、初期のものは全て集めている。

 その第一弾が『Rough Trade』と題されたカセットで24曲入り。値段は覚えてはいないけど、1ポンドとか2ポンドとか、まぁ、子供のお小遣いのような値段で発売されたはずだ。懐かしくてたまらないんだが、ここに収録されているのはScritty PolittiとかThe beat、Wah! Heatと始まっていくんだが、全てを記すのはかなり面倒なので、割愛させてもらうけど、Robert WyattやIan Duryなど、大好きなアーティストの曲がてんこ盛りで、こういったものを通して新しいアーティストを発見していった。貧乏人丸出しだった当時、こういった企画がどれほど音楽好きを助けてくれたか... そして、ヴァイナル・ジャンキーと呼ばれる「好き者に」自分を育ててくれたか計り知れない。まぁ、そういった戦略にまんまとのせられていったということなんだが、それでも「単純な宣伝力」だけでしか「音楽を知ることがない」状況を打破してくれたのがこういった流れだったように思う。

 おそらく、これが大成功してどんどんシリーズが発展していくんだが、このあとに登場したのが過去の素晴らしい音源を集めたもので、スタックス・ソウルからアイランド・レーベルのレゲエもの、ブルーノートのジャズと、それまで普通には耳にするチャンスのなかったものが発表され、またまた音楽の深みにはまっていくことになるのだ。そのあたりの話は20年近く前に発表した本『ロンドン・ラジカル・ウォーク』のここに書いているので、暇があったら、読んでもらえればと思うのだが、後に、単純に過去の音源を集めるだけではなく、テーマに沿ったオリジナルのレコーディングを集めるものまで登場することになる。それがどれほど素晴らしかったかは別の機会に書いてみようと思うが、イギリスではこういった『雑誌におまけCD』というのがごく普通に行われているのだ。

 話がUNCUTに戻るけど、読み物としてザ・バンドの話が登場し、それを裏付けるように音楽を耳にする。そして、音楽の魅力にまたはまっていくという... 音楽ジャンキーにはたまらないのが、このおまけ付き。それが理由なんだろう、この時他にもいっぱい雑誌を買っている。MOJOという雑誌ではJoy DivisionのIan Curtisが亡くなって25年だというので、その特集を組み、78年から2005年にまで至るポスト・パンクの音源を15曲集めたコンピレーションCDが付けられていた。っても、私ゃ、カウント・オージィやドクター・ジョンの話の方がそそられたけど。それに、もう一冊買ったWORDという(これは音楽雑誌じゃないけど)雑誌ではEverything But The Girl他(全然知らない人ばかりだったけど)10アーティストの曲が入ったCDがついていた。

 CDの他にもDVDのおまけが付いている雑誌もあって、今回はなんか全然面白くないB級映画がついてきたし、雑誌によっては予告編を集めまくっているものもある。っても、日本での公開なんてずっと先だから、これを見ているだけでも楽しい。もちろん、監督や俳優とのインタヴューも収録されていて、なんか得した気分になるのだ。実をいうと、そんなおまけで手に入れたのがジョー・ストラマーが出演していた映画で去年か一昨年だっけの朝霧ジャムで上映された「Straight To Hell」。タダです。これ。信じられます?

 一方で、こういったことがなぜ日本でできないのか?かつてデジタル・メディア作りの仕事を手伝っているときにわかったのだが、JASRACのせいなのだ。要するに、使用している音源の楽曲著作権(作曲、作詞に関して)使用料を支払わないと不可能なのだ。ここで、常識的にわかるのだが、雑誌の場合、通常のレコード以上の枚数をプレスしなければいけない。20年ほど前のNMEでさえ、週刊で15万部ぐらいだといわれていたから、ここにおまけを付けるとなるとヒット・チャートに登場している作品と同じぐらいの金額を支払う必要性がでてくるのだ。そりゃぁ、無理だろう。加えて、音源を持っているレコード会社がどれぐらいこういったことを理解してくれるかも未知数だ。連中の発想としたら、「なんでタダでレコードを上げなければいけないの?」ってなことになるんだろう。

 それなのに、なぜイギリスでこれが可能なのか... 実は、こういった動きの最初が、まずインディから始まっていたことが第一の理由。柔軟な発想を持つ彼らはこれが有効なプロモーションになることを充分に理解して、結果をつくっていったからだ。そういった動きに、最終的にメジャーもおれていくということになったのだ。

 さらに加えて、JASRACのような組織が、当然、イギリスにもあるのだが、彼らはプロモーション目的による配布に関しては楽曲著作権使用料を免除しているという話を聞いたことがある。だから、こんな大それたことが可能なんだそうな。実際、ぼったくり組織にしか思えないJASRACにこの件に関して何度も問い合わせをした結果、JASRACや国内の音楽出版社と著作権契約をしていない、海外の楽曲に関しては、本来の楽曲著作権を持つ人(や会社)が使用料支払いを免除するという証明があれば、そういったことが可能であるとの話を聞いて、同じようなことをしたことがある。あの時はCD-Rによる雑誌だったのだが、ここでは音楽をきちんと視聴できるようにした作品をつくったものだ。といっても、小規模なものだったから、それほど相手にされなかったのかもしれないが、少なくともこういったプロモーションによって未知の音楽に触れ、実際にある程度の売り上げをつくることができたことはきちんと伝えておきたいと思う。

 さて、そんな面白いことが20年以上にわたってくり広がられているのがイギリス。それに対して、ほとんどそれができないのが日本。その違いがどこにあるのか、じっくりと考えてみたいものだ。加えて、JASRACへの使用料のおかげでどんどんつぶされていっているのがジャズ喫茶やロック喫茶。こと、ジャズに関する限り、ジャズ喫茶なくして、世界で最も大きいといわれるジャズのマーケットはできなかったはずだ。そういった「本当に音楽を愛して、知らしめている人たち」をつぶしていくってのはどういう意味なんだろうかと思う。そんな意味で言えば、ミュージシャンや作曲やといった人たちを守るという建前の下で、実は、確実に音楽を殺しているのがJASRACじゃないだろうかと思えるほどだ。音楽に関わる僕らはこういった問題を避けては通れないはずなんだが、不思議なことに真っ向からこういった問題に戦いを挑んでいったメディアもジャーナリストもほとんど目撃したことがない。なででしょうね?



投稿者 hanasan : 23:54 | コメント (0)

2005年05月24日

わからんことが多すぎる

囚われのイラク イラクでは毎日のように幾人もの人たちが「テロ」の恐怖に直面し、殺されているという現状がある。いうまでもなく、ありもしない大量殺戮兵器をいいわけに、同時に、「証拠もないのに」テロリストを支援しているということを口実に米英軍が、不法な侵略をしたというのが、イラク戦争に関する見解なのだが、「テロ撲滅」どころか、それ以前の方が「遙かにテロは少なかった」という事実は否定できないだろう。というよりは、英米(そして日本やイタリアといった国々)による「侵略行為」が現在の混乱を生み出したと見る方が遙かに正当性を持っている。

 自明の理なのだが、「暴力は確実に暴力の連鎖を生む」わけで、ちょいと斜に構えていってみれば、「イラクに駐留している軍人が殺されようと自業自得でしょ」ということになる。それはファルージャ虐殺のきっかけとなった、警備会社の名を借りた私設軍隊のアメリカ人殺害だって、起こるべくして起きたものだ。当然ながら、殺人を正当化するつもりは毛頭ないが、どんな名目であろうと、現実問題として「軍事力で制圧した侵略者」を警備している人間が「兵士」であると認識されても仕方がないだろう。それに、そういった「私設兵士」を多用することで問題の政治化を避けようとしている英米政府のもくろみを感じざるを得ない。

 いずれにせよ、あまりに「テロ」事件が頻発していることで、よほど大きな事件でもない限り、そんなニュースがテレビでもあまり報道されなくなったし、新聞でもあまり触れられなくなっているように思える。同時に、僕らの感覚も麻痺してるのではないかとも思う。大物政治家や権力者が襲われたりするとニュースになるけど、実際のところは、その影で数多くの一般市民が殺されていること、そうではないにしろ恐怖におののき、人間としての営みを「普通に」送れないという事実を思うと胸が痛む。

 と思っていたら、イラクで日本人が捕まったという話が飛びだしてきたのが5月8日。なんでも元自衛官でかつてフランスの外人部隊にいたとか。でもって、イギリスの警備会社の社員となって、イラクに赴任していたということだが、結局は米軍の警備が仕事だというんだから、米兵の一部だといってもいい。彼のことで再び多くの人たちが騒ぎ出したとき、「日本人」というだけで大騒ぎをするメディアに、そして、我々にまた嫌な気分になったものだ。かつて人質になった安田純平執筆による『囚われのイラク』を読んだり、彼の講演会に出かけて話を聞いたときに、印象に残ったのが『あんたたち日本人は、日本人が犠牲になったから、ここにいるんだろ』と地元の人たちに言われたくだり。確かに、日本人が巻き込まれた事件が報道されるのは、当然なんだが、その裏で無数の人たちがもがき、苦しんでいることを、私達は事実として認識しているんだろうかという疑問がわき起こる。しかも、そのきっかけを作った米英軍の侵略行為を盲目的に支持して受け入れ、地元の人たちよりなにより、主に米政府の要請で自衛隊という軍隊を送り込んでいることが、その混乱に拍車をかけていることも見逃せない。同じだけの予算をもっと有効に使えば、日本や日本人はイラクの人たちにとって救世主にもなるというのに、結局は、『軍隊を送る』という『意図』に執着した日本政府の目指すところが『人道支援』だとはとうてい考えられない。

 まぁ、そういった話には食傷気味だが、わからないのは、ある時期から『とらわれの身となっている、あの日本人警備員(実質的には傭兵)に関するニュースがメディアから消えたこと。いっさい耳にしなくなったんだが、それはなにが理由なんだろうか?

映画日本国憲法読本 もともと、あの事件に関しては疑問ばかりが頭に浮かんでいた。ニュースが入ってきたとき、最初の人質事件の時のような「自己責任」バッシングなんてかけらも起こらなかったのが奇妙だ。なんでだろう。こんな人間こそ、「自己責任の問題」であり、殺されようが、消えてなくなろうが、知ったことじゃない。と、そういわれても仕方がないだろう。が、それが全く聞こえてはこなかった。それどころか、「自衛隊の精鋭だった」という、勇敢な兵士の顔ばかりが脚光を浴びていた。不思議だよな。日本人3名が人質になったときに起こったバッシングは政府が仕掛けたという説があるのだが、このあたりの動きを見ているとどこかに「かなりうさんくさいもの」を感じるのだが、みなさんはどう思ったんだろう。

 しかも、この人物は傭兵部隊にいたということで、「政府公認」で殺人訓練を受けていた軍人であるという点を考えると、一般的な常識を持って語れば、「犯罪人」だ。その昔、チャップリンが殺人狂時代で語っていたように、「ひとりを殺せば殺人だが、百万人を殺せば英雄になれる」という言葉で国家権力による戦争犯罪を糾弾しているのだが、「治安」を名目にさまざまな国に派遣され、そのお題目の下で人を殺す行為をする人間たちを、自分には健全な人間として受け入れられないどころか、犯罪人だとしか思えない。うちの近所には米兵のホテルがあるんだが、ここでアメリカ人を見るたびに、どこかで恐怖を感じる。もちろん、米軍基地のある街と比較すればなんでもないんだろうが、武器を持つものは、その時点で犯罪者であり、「恐怖」そのものであるという認識は変わらないだろう。

 なにがきっかけか、映画日本国憲法読本という本を読んでいて、我々日本が持っている憲法がどれほど素晴らしい「理想を現実にする力」を持っているかを再認識するに至るのだが、この理念に照らし合わせたとき、この人質を「海外で武器を携帯し、それを使用していいた人物」という意味で、犯罪人として引き渡しを求めることの方が遙かに合理的な解釈に思える。それとも、日本をでれば、なにをしても罪に問われないんだろうか?

 と、そんな疑問を感じていたら、この話題がメディアから一斉に消えてしまったことに再び恐怖感を持った。あれほど騒いでいたのに、その痕跡もないような状態が続いている。なんで? どこかで情報操作でもされているんだろうか。それが不思議でならない。まぁ、メディアに対してかけらの信頼感も持っていないし、かつての時代のように「大政翼賛会」時代のメディアが再び幅を利かせていると思えるのが今日この頃。自分の目と耳だけはとぎすましていなければ... と思うのだ。



投稿者 hanasan : 17:45 | コメント (0)

2005年05月18日

いい人ぶるの、やめてくれるかなぁ

友部正人 JR西日本の尼崎での事故のあと、まるでリンチのようにメディアや、どうでもいい普通の善良な市民が「あの日に遊んでいた」社員を叩いていることに、正直言って、頭に来た。本質的な問題に対する追求の必要性は、当然あるし、それが、結局は、企業としての姿勢の問題であるのは明らかだ。要するに、金さえ儲かれば、人間の命なんてどうでもいいのさ。労働者は、消耗される部品であって、問題があれば全部労働者に負わせればいい.. という姿勢がはなっから見えるから。

 でも、企業として、ああいった緊急時にどういった対処をすべきかといいことに関しては、当然、「想定範囲内」として準備されていなければいけないことだろうし、それを怠っていたのは企業の問題だと思う。が、同時に、同じ会社の社員だからといって、なんで現場から離れたところにいる社員までもが、酒を飲んでいたら、叩かれなければいけないのか理解に苦しむ。逆に、そういったことで彼らを叩いている人間の「非人間性」にあきれかえるのだ。そういうことを言っている、あんたたちは、あの日、一日中テレビを見て、「生のドラマ」を楽しんでいたんじゃないの?「何人死にました」「最悪の事故です」というニュースを見ながら、「かわいそうね」「JR西日本は最低ね」「ひどい会社ね」なんて言いながら、自分のことは棚に上げて「楽しんでいた」んじゃないのかな? それにいっさい目を向けることなく、善良な市民のふりをしている人間にとてつもない醜さを感じるのだ。

 それは、高校生の頃に聞いて、頭をぶん殴られた友部正人の歌、「乾杯」(にんじん収録)のまんまなのだ。

 あの歌は、連合赤軍が浅間山荘を占拠して、テレビとしては初めて「生の事件を」実況中継した時のこと。歌のなかで友部が歌うのだ。「メシ屋に入ったのに、注文も取りに来ない...」というくだりがあって、確か、人質に取られていたのが、ヤスコさんという名前だったと思うんだが、「みんな、ヤスコさんにだけはさわりたいらしい」でも、「通りで倒れていた浮浪者にはさわろうともしない」と、そんなフレーズがでてくる。「かわいそうだ」という善良な市民の声がそこらじゅうで聞こえてくるんだが、そういった善良な市民たちは、目の前にある現実にはなんとも思っていない。まだ10代の頃に聞いたこのアルバムが、おそらく、自分にとって、あれ以降の人生に大きな影響を与えることになるんだが、今回もあれと同じことを思い出した。善良な市民は「他人を攻めること」で自分を正当化しようとしているだけ。わずか数分の遅れで文句を言っていたのは誰さ?それをいつも要求していながら、いざ事件が起こったら、「非人間的だ」と善人ぶる「大衆」のいやらしさを思い知らされたという感じかね。

 まぁ、最も醜いのは、「ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる」テレビのコメンテイターかなぁ。まるで、自分こそが世論で善人だという顔をして、弱いものいじめをして喜んでいるという構図に、胸くそ悪くなる。あの時のJR西日本職員の端っこにいる人たちの気持ちを考えたら、かわいそうだなぁと思った。彼らだって、奴隷のような扱いを受けている被害者だろ?そこまで追いつめられている弱者を捕まえて、「おまえは人間じゃない」と言える人間の非人間性になぜ気が付かないんだろうか... と、そんなことを思ったなぁ...



投稿者 hanasan : 01:00 | コメント (0)

2005年05月14日

20年なんてあっという間さ

Gaz Mayall The Ska Flamesが結成20周年ということで、それを記念して開催されたのが今年のDown Beat Rulerというイヴェントだ。実は、これ、かなり前から毎年開かれていたらしいんだが、全然知らなかった。結局、20周年という節目だということで、いろいろなところからまわりまわって情報が届いて、Smashing Magの取材を決定し、写真の撮影をしたのだが、よくもまぁ、こんなに素晴らしいイヴェントを作り上げたものだと感心した。会場は恵比寿ガーデン・ホールなんだが、ホールのなかではライヴが行われ、セットチェンジの間にDJがお皿を回すという構成で、UFOの矢部君や井出君とか、昔の仲間がいっぱい顔を見せいてた。

 ホワイエというか、ロビーでもDJセットがつくられ、その前でも1バンドだけだが、ライヴもあった。ちなみに、この時演奏していたのがLittle Fats & Swingin' hot shot partyというバンドで、これが素晴らしかった。ジャグ・バンドというか、スキッフル・バンドというか、そういった流れにあると思うんだが、今時(だからかもしれないけど)こんなクラシックな音を出すバンドがいるんだぁ... と、かなり驚いたし、楽しんだ。

 使っている楽器はウッシュボード(洗濯板)やウッショタブ(たらい)。っても、それがいったいなにのことなんか、わからない人の方が多いって思うし、今の常識じゃ、なんで?ってことになる。それが歴史なんだけど、要するに楽器を買う余裕のなかった貧しい人たちがこういったものを楽器として使って楽しんでいたわけです。それが音楽の流れを生み出しているんだけど、このほかにもジャグという瓶を使ったり、スプーンをパーカッションにしたりと.. ってのがあって、そのイギリス的展開がスキッフルなんかなぁなんて思ってるんだけど、それほど詳しくないのでわからない。(知っているひとがいたら、教えて欲しいなぁ)

 で、これを見て、20年来の友人、ギャズ・メイオールは、こんなバンドこそがフジ・ロックに出演すべきだと口にしていたんだが、その通り。苗場食堂あたりでこんなバンドが演奏したら、めちゃくちゃハッピーになるだろうなぁと思った。もちろん、ヘヴンあたりでも面白いと思うし、彼らのことはもっともっと知られてしかるべきだと思う。チャンスがあったら、ぜひ彼らを体験てほしいと思う。

Gaz Mayall で、この日は彼らの他にも、面白いバンドがわんさかいて、ホールじゃなくて、ルームの方ではへっこうヘヴィなサウンド・システムなんかも作られて、ちょっとした「都会のフェスティヴァル」ってノリが生み出されていた。これは、面白い。めちゃくちゃ面白い。本当はオールナイトでこういったものを楽しむことができて、出入りも自由になったら、最高だなぁなんて思っていた。

 加えて、スカフレイムスの結成20周年ということで、昔の仲間との同窓会といった趣もあり、懐かしい人たちにいっぱい会っている。まぁ、昔はへこへこしていた奴が、偉そうにしているのを見ると、人間の貧しさを感じて、嫌な思いをしたり... ってのもあったが、そんなのはひとりだけで、あとはみんな、相変わらずで、それぞれがそれぞれの世界をつくっていることが嬉しくもあった。

 今思えば、ちょうど20年前、85年の10月(だったと思う)にロンドンのクラブ・シーンを取材して、この時はじめてギャズ・メイオールに会っているんだが、これが全ての始まりだったように思える。今の若い人は全然知らないんだろうけど、この時代、日本に「クラブ」なんてなかったから。この言葉を使えば、誰もが思い起こしていたのが銀座のクラブ。笑ってしまうかもしれないけど、ホントだからね。近いものであっても、ディスコで、クラブじゃなかった。ところが、ロンドンでは...というか、イギリスではクラブを起点として、面白い音楽が再発見され、創造されていたことに衝撃を受けたというのが正解だろうな。それも含めて、80年から2年ほどイギリスに住んで体験した、あの国の文化のおもしろさがどこからでているのか... というのを掘り下げていったら、ここに突き当たったといえばいいのかもしれない。

IDJ クラブからジャズを再発見して踊り始めた人たちやDJの話は腐るほど書いた。それでも、いまだにアメリカではこの現象を理解していないらしく、5年ほど前にイエール大学の民俗学の教授とカムデンのジャズ・キャフで会ったときも、そんな話を教えられたし、ドナルド・バードとインタヴューしたときも、アメリカでのジャズに対する無理解にあきれているという話を聞いた。ところが、70年代後半から80年代半ばに、全く新しいアプローチ(実は、それこそが本来の姿だったと思うんだが)をはじめたのがジャズとは縁のなかった子供たち。あの時の衝撃は今も鮮明に覚えている。しかも、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズがジャズ・デフェクターズやIDJ(I DNACE JAZZ)といったダンス・グループと共演し、そこにラスト・ポエッツのジャラールが絡んで繰り広げたセッションは、革命的だったと思う。当然ながら、似たようなことが、おそらくは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴあたりの人たちの周辺で存在したんじゃないかとも想像するが、それがポップスの世界に広がり、大きな流れを生み出したという点でいえば、画期的な出来事だった。

 さらに、サイケデリックの再評価を試みていたのがドクター・アンド・ザ・メディックス周辺の人たちで、昔のブルースからR&B、スカといった音楽に夢中になっていたのがギャズ。そして、ジャズ関連ではポール・マーフィというDJがいたんだが、この話を、後に友人となったBBCのDJ、ジョン・ピールに話したら、「ロンドンのカルトDJみんなに会っているだ...」と驚いていたものだ。

 そんな取材を下に、クラブ・キングの桑原茂一氏やSmashの日高氏と一緒に企画したのがギャズ・メイオールとポール・マーフィというDJに、ダンサーとしてジャズ・ディフェクターズを招いて実現したのが日本で、はじめてのクラブ・セッションだった。面白いのは、どこでどう聞きつけたのか...(もちろん、自分自身もかなりプロモーションを手助けはしているんだが)原宿のラフォーレ地下で開かれたこのイヴェントに深夜を過ぎても長蛇の列ができるという現象ができたなんて事件もあった。

 この日はライヴが終わって、スカ・フレイムスの連中やギャズと一緒に朝まで飲んだんだけど、ギャズとはこのあたりの昔話で大いに盛り上がった。おそらく、彼にとっても、自分との出会いが、彼の人生を大きく変えたんだと思うし、それは僕にとっても同じこと。実際、それまで、日本なんて彼のなかでは全く未知の世界だったと思うし、毎年のように日本に来るようになるなんて思っても見なかっただろう。さらには、彼の弟と自分が兄弟のようにつきあうようになるなんて... 面白いものだと思う。

 さらに加えていえば、自分にとってはじめて手がける(日本でのマネージメントのようなもの)ことになる海外のバンド、ジャズ・ディフェクターズが来日してライヴをやったとき、前座として演奏をしてくれたのがスカ・フレイムス。実に、彼らとのつきあいも18年ぐらいになるのだ。

 と、まぁ、そんなことをいろいろと思い出すことになったのがこの日のイヴェントだったんだが、その20年があっという間に過ぎ去ってしまったというか... 毎日鏡で自分の顔を見ていたら、ほとんど気が付かないんだが、ジョン・ピールと一緒に写っている写真を見て驚いた。髪に白いものは全くなくて、がりがりにやせていて、実に「若者」っぽい。あっという間の20年、でも、とんでもなく長い時間の積み重ねがあるんだなぁと複雑な思いを持つことになる。人生ってのは、不思議なもんだねぇ。



投稿者 hanasan : 09:01 | コメント (0)

2005年05月10日

またかよぉ、どうする?

鈴木茂 まいったなぁ... また、こんなの出るよ。わたいの大好きな、鈴木茂のデビュー・アルバム『Band Wagon』なんだが、今回は限定盤でDVD付き。まだまだ詳しい情報はわからないけど、そのDVDにはライヴの映像が2曲分入っていて、本人とのインタヴューも収録されているとか... 困った、また悩む。そのライヴの映像って、本当にいいものなの?彼の公式サイト、http://www.suzuki-shigeru.com/をチェックしても、同じ内容しか出てないし... たった2曲の映像とインタヴューのために、また、このアルバムを買うのかぁ?悩む。実に悩む。

 というのは、当然ながら、オリジナルのアナログは持っている。なにせ、めちゃくちゃ好きだったのがはっぴいえんど。生まれて初めて買ったアルバムも、通称『ゆでめん』と呼ばれる彼らのデビュー作『はっぴいえんど』。以来、『風街ろまん』は、あまりに好きで、人にまで買ってあげて... 実は、アナログの時代にすでに3回も買っている。というので、今持っているのは東宝レコード時代のもの。で、アメリカ録音で発表された『HAPPY END』も当然オリジナルを買っているし、そのあと出た『CITY ベストヒッツ』から、『シングルス』(五月雨のドラムスなんか.. アルバムと違うのね..)、あるいは、『ライヴ!!はっぴいえんど』まで、ほとんど全てをオリジナルで持っている。

はっぴぃえんど ただ、一度再結成をしてライヴをした時に発表されたものだけは持っていなくて、それを聞きたくて、めちゃくちゃ値段の張る『はっぴいえんどBOX』まで買ってしまった。まぁ、それで音を聞いて、「つまらん」と思ってしまったんだが... ともかく、はぴいえんどは大好きなのよ。

 加えて、彼らが解散してのそれぞれの最初の作品がめちゃくちゃいい。当然ながら、それも全て買った。細野晴臣の『HOSONO HOUSE』、AB面逢わせても30分にも満たなかった大瀧詠一の『大瀧詠一』、それに、松本隆のデビュー本となる『風のくわるてっと』も初版で買って、鈴木茂の『Band Wagon』も、同じように買っているわけです。

鈴木茂 しかも、CD化されたときにも、少しずつだけど、そろえていって... 結局、全部持っているのだ。まぁ、なかには「雑誌でレヴューするから」とサンプルでもらったものもあるけど、それは少数派でほとんどは実際に金を出している。だのに... また、これだ。以前、鈴木慶一の... というか、ムーンライダースの(でも、はちみつぱいのセカンドとして受け取っていた部分もあるが)『火の玉ボーイ』を、ボーナス・トラックにつられて買ったときも、けっこう「なんだかなぁ..」って内容に、ちょっとへこんだこともあるしなぁ。まぁ、オリジナルのアルバムそのものがいいから、それはそれでいいんだけど、これはCDの2回目だったから、自分で自分のことをアホーと思ってしまった。

 今回も悩むなぁ。DVDということで、まぁ、映像が見られるというのはそそられるんだが、この映像がしょぼかかったら、またへこむしなあ... と、また、アホなことで、頭を悩ましています。



投稿者 hanasan : 01:46 | コメント (0)

2005年05月09日

愛国有罪でしょ?

石原慎太郎 中国の反日デモにでてきた言葉、「愛国無罪」に笑った。如実に「愛国」の本質を突いていて、正直嬉しかったという方がいいかもしれない。「愛国」だったら「なにをやっても許される」っての?だから、みんな人を殺して、戦争やってきたってことだというのを証明しているようで、あの一連の動きを見ていて、「愛国心」なんて言っている連中の裏側がよく見えた。要するに、中国の首脳部と石原都知事の発想が限りなく近いということなんだろうと思う。

 一方で、支配構造なんて、「資本主義」という看板だろうが、「共産主義」という看板だろうが、なんも変わらないことも教えてくれている。中国のどこが「共産主義」や「社会主義」なのか、自分には全然理解できていないし、だいたいが日本と中国の人間に対する支配構造に関して言えば、それほど大きな違いは感じない。「少なくとも日本の方が自由にものが発言できる」といっても、現地に行けば、「捕まったら死刑になる」という表層の下で、ドラッグも自由にやっているし、売春からやくざまでなんでもそろっているのが中国。パンク・バンドだってわんさかいるし、クラブ・シーンと呼べるものがあるのかどうはわからないけど、レイヴ・パーティだってでっかいという話は地元に何度も足を運んでいたり、あるいは、住んでいた人間から聞いている。もちろん、田舎の方に行けば、とんでもなく原始的な噂が幅を利かしていたりというのも聞いているけど、下手をすると、日本の方が自由じゃないかもしれないってことは覚悟していた方がいいんだろうなぁと思う。

 当然ながら、教科書問題は理解できる部分も多々あるし、日本の政府がきわめて右傾化しているというのも事実だ。そうじゃなかったら、ビラを配って留置場にぶち込まれるなんて事態にはならないだろうし、多少過激なことを言っても袋だたきに合うことはないだろう。でも、そういった心配をせざるを得ないところにまで来ているということは、「右傾化」の証明以外の何ものでもない。

 が、一方で、結局、あの国で愛国が生み出したのは、都合のいい人種差別でしかないというのが正直なところ。経済がうまくいかなくなって、貧富の差が拡大し、社会なりに対する不満が鬱積すると、欲求不満のはけ口として「対象になる」のが、どこの国であろうと、たいていの場合がそれだ。そこに、いい「いいわけ」があるものだから、政府は政府でそれを利用して大衆の不満のガス抜きをして、同時に政治圧力として利用しようとするわけだ。そこに「愛国」という都合のいいものが用意されている。それだけのこと。

 「反日政府」と、正確な表現をしてくれたら、面白かったんだけど、そうじゃないところがミソで、逆に日本政府がこれで大きな収益を得たようにも思える。日本人の「愛国心」に火を付けることができるし、それはたいていの場合、こういったものへの反動として生まれるからね。このところ、しきりにこういった言葉や「日の丸」「君が代」がでてくるのは支配する側からすれば実に好都合だ。

 でも、いつも言っていることだけど、「愛国」ってのは、「愛民」に置き換えられるべきで、一般的に言われているこれは、いつも「愛政府」にすり替えられている。だからこそ、私ゃ、「愛国有罪」と言ってしまうのさ。それに加えて、人種差別の温床でもある。「自分の国を愛する」んだったら、「あなたの国も愛してよ」となって当然だろうに、日本はアメリカさんしか愛していないような... まぁ、あほくさい。

 それに、曲がりなりにも日本で「愛国」を謳うんだったら、日本国民統合の象徴である天皇の言葉を無視するなよ。と、そう思う。ことあるごとに、天皇が「強制はいけませんよ」と言っているのに、それを無視している人間がいるわけだ。石原都知事もそうなら「つくる会」のおえらいさんもそうだろう。昔はこうゆうのを「不敬罪」とかなんとか言わなかっただろうか。正直言って、天皇制なんてなくなればいいと思っているけど、人間として天皇はつくづくいい人なんだなぁと思う。当然ながら、会って話をしたわけでもあるまいに。単純に彼の発言を耳にして思うことなんだけど、彼はすごく「人間的な」人物だということが想像できる。こんなことを書いたら、右からも左からも叩かれるんだろうけど、今の天皇はいい人だと思うなぁ。天皇家の先祖に韓国の血が混じっていることを明言し、日の丸や君が代を強制したらいけませんよと、彼が「あえて口にする」意味は重い。それをきちんと受け止められない「右翼」に「右翼性」が見えないというのは短絡的か?(そうだぁ、てめぇはバカだという声が聞こえるなぁ)



投稿者 hanasan : 08:51 | コメント (0)

2005年05月07日

この訳詞には、やられたなぁ...

Carley Simon いつだったか、中目黒の運河沿いを花見気分で歩いていたとき、ちらっと目に入った店があった。窓にはカーリー・サイモンの『No Secrets』やニール・ヤングの『Harvest』、それに、The Bandの『Northern Lights-Southern Cross』のアナログのジャケットが飾られている。この時代にこの音楽ねぇ... 嬉しいなぁ... なんて思いながら、その時には足を踏み入れなかったんだが、先日、ひょんなことから入ってしまった。

 店の名前はBird Song Cafe (URLはhttp://birdsongcafe.oops.jp/) で、ここのblogにこの時のことが少し記されている。たまたま、エチオピア・レストラン、クイーン・シバのソロモンと一緒に出かけていったのだが、面白いのは、お店のお客さんが彼の友人で何年ぶりかで顔を合わせたんだとか。世の中、実に狭い。

久保田麻琴と夕焼け楽団 で、こういった好き者の店にはいると、ついついジョン・キューザックの『ハイ・フィデリティ』になってしまって、いろいろなミュージシャンの名前を出したりする。このあたり、本当に、音楽バカだと思う。そういえば、『スクール・オブ・ロック』でも、がきんちょにCDを渡しながら、「このアルバムのこの曲をチェックするんだぞ、この曲!」と勉強するようにすすめるあたり、実に... その「好き者の」気持ちがわかるのね。

 というので、なんだかんだとミュージシャンの名前を出して、なぜかその時、ローエル・ジョージのソロ・アルバム『Thanks I'll Eat It Here』を聴きたくなって...その名前を出したら、がさがさと動き出したのがマスター。で、しばらくしたら流れてきたのがリトル・フィートの曲で... 声は間違いなくローエル・ジョージなんだけど、全然聞いたことがなかったヴァージョン。なんだろうなぁ、と思って尋ねると、「実は、死ぬ直前に録音していたソロでのもの」ということ。詳しい話は聞いてはいないんだが、おそらく、ブートか、それに似たようなものじゃないかと思う。

 いずれにせよ、それがきっかけとなっていろいろと話をしたんだが、盛り上がったのが久保田麻琴のこと。この『The Lucky Old Sun』というアルバムのタイトル・トラックが以前から大好きで、たまたま入った店のマスターがそのアルバムを知っていたこと、加えて、この曲が好きだというのを知って、それがが嬉しくて、けっこういろいろな話をした。この曲、正確には『That Lucky Old Sun』で、Haven Gillespie / Beasley Smithによるもので(調べました)最初はFrankie Laineでヒットしたんだそうな。でも、自分のなかでは、Ray Cherlesのヴァージョンこそがオリジナルのようなもので、他にも、ルイ・アームストロングやフランク・シナトラのヴァージョンが有名らしいが、聞いたことはない。

Paul Williams そういえば、以前、友人で漫画家、イラストレーター、そして映画評論家の三留まゆみから聞いた話で、二人とも大好きなポール・ウイリアムス(大傑作『Old Fashioned Love Song』を聞きなさい)が来日していたとき、彼の父親の訃報が届いて、涙を流しながらこの名曲、「That Lucky Old Sun」を歌ったんだとか... いずれにせよ、名曲中の名曲。といっても、じつは、久保田麻琴がこのアルバムを発表したとき、そんなこと全然知らなかった。ただいい曲だなぁと思っていたんだが、年を重ねてからこれがカバーで、しかも、原曲の詩を訳して歌っているのがわかったという次第。英語が理解できるようになって、両者を比較すると、その訳の妙にいたく感動したというか... しかも、それを歌う久保田麻琴の声もなぁ、いいのよ。

 ただ、けっこう悲しい記憶も残っている。このアルバムが発表されたとき、大学生でありながら、岡山でプロモーターをしていたのさ。で、彼のライヴを企画して、金がないものだから、自分で照明もやって...(なんと、ピン・スポットをあてていたのが私なのさ)倹約したんだけど、あまりにも人気がなくて大赤字を記録。結局は、これが原因で廃業することになっている。そのおかげでプロモーション盤は当然として、おそらく、今ではコレクターズ・アイテムと化している45回転12インチのダイジェスト盤もある。(っても、人気がなければ意味がないとも思うが)そういった意味で、人生を変えてしまった1枚といってもいいだろなぁと思う。

久保田麻琴と夕焼け楽団 で、この『The Lucky Old Sun』は、当時大ヒットしていたイーグルスの影響なんだろう、ほとんどイーグルスみたいな曲が入っているというのが面白い。というか、つまらないというか... あくの強い夕焼け楽団が、かなり『売り』を意識していたんじゃないのかなぁなんて、当時は思ったものだ。でも、これに続く、『Second Line』では、強力にニューオリンズを意識した内容で、本来の彼らが戻ってきたと思えた。これ、名作です。嬉しいことにこれは今も入手可能なので、れこはぜひ聞いてもらいたいと思う。

 ということで、おそらく、また、Bird Song Cafe、たまには顔を出すようになるレギュラーの店になるかもしれないなぁと思う、今日この頃。実は、昨日の晩も立ち寄ってしまったのよ。



投稿者 hanasan : 12:54 | コメント (0)

2005年05月06日

999円の楽しみ

The Last Waltz 基本的に値段に弱いのは関西人の性か... というか、以前もこんなことを書いたなぁ。敷居値段が2000円だという感じだったと思うんだが、今回はそれをさらに下回る999円。ご承知のように、ネット関連の経費を浮かせるためにアフィリエイトというのをやっていて、このサイトから契約しているサイトに飛んでショッピングをしてくれるとわずかながらのコミッションが入るというシステム。今このサイトではそれをamazonとやっているんだが、そんなこともあって、よくamazonをチェックするわけだ。そうすると、否応なしにバーゲンものに目がいってしまって、値段につられてついクリックしてしまうようになってしまった。なにせ、1500円以上の買い物だったら送料もタダ。渋谷やら新宿に出かけて買うよりも遙かに安くつくのだ。しかも、発売前に予約するとDVDはたいていの場合、20%以上安くなるというので、ついついここで買うようになってしまった。

 で、みつけたのがこの999円シリーズのDVD。なんか、電車やタクシーでビデオ・レンタルに行くよりも買ってしまう方が安くつく。まぁ、プラプラと街を歩いていて、たまたまみつけて買ってしまったというのもあるんだが、その最初の1枚が『ファントム・オブ・パラダイス』だった。これは、大好きなシンガー&ソングライターのポール・ウイリアムスが主演して音楽も担当している作品で、まぁ、懐かしいという感じかなぁ。で、先日買ったのがオリバー・ストーン監督の『サルバドル - 遙かなる日々 - 』と、これだけだと送料がかかるので、なんとなく『霧の中で散歩』を買った。キアヌ・リーブス主演の、まぁ、ちょっとしたロマンスものなんだが、ほのぼのとしていて、30年代から40年だといったアメリカのヒスパニックの人たちの背景なんかが読みとれて面白かった。これで、999円だったら充分だろうと思ってチェックしてみたら、あるのね、面白いのがいっぱい。

Rocky Horror Picture Show 今回チェックしてみて、びっくりしたのはザ・バンドの『ラスト・ワルツ』や『ロッキー・ホラー・ショー』までがこの値段ででていること。これはたまらんぞ。おそらく、期間限定といった感じだとは思うけど、この値段にはなぁ... 実際、驚かされる。特に、こうやってネット・ショッピングが一般的になってきて、以前だったら都市部の輸入盤屋さんでしか購入できなかったものが地方でも簡単に買えるのも嬉しい。

 さらに、面白いのは、探してみると、『カサブランカ』や『アラバマ物語』あるいは、『素晴らしき哉、人生』といった、古典の名作が、なんと500円なんて値段ででているのがみつかった。まぁ、こうなると冗談みたいな感じで、これは両親のために購入しておくってあげた。でも、どれぐらいのクオリティなのかは全然わからない。これを実際に購入した消費者の言葉を見ると、かなり安く作っているようではあるけど、映画を見るという楽しみだけで考えれば充分だろう。

 で、こういった値段をみていて思うのは、「なんでこれがDVDだけなんだ?」ということ。基本的にはすでに映画として公開されて、充分な収益を上げている、あるいは、償却が済んでいるから、これが可能なんだが、音楽の世界でここまで思い切ったものがなかなかでてこない。廉価版の値段も1000円となると、かなりレアで、安くて1500円。DVDもCDも、生産コストは変わらないと思うし、ひょっとするとJASRACに対する著作権使用料がネックとなってこういう結果を生んでいるんじゃないだろうかとも考える。確証はないんだが、映画に音楽が使用される場合にはその使用料の支払い方が違うというような話も聞いた。あるいは、それよりも再販に絡むレコード会社の体質なのか、あるいは、単純に姿勢の問題なのか... そのあたり、知りたいなぁと思う。

 だってねぇ、値段が安ければ、気軽に音楽を聴けるようになる。それが音楽のマーケットをどんどん拡大する方法のひとつだと思うし、今のように3000円もするようなアルバム、何枚も買えませんから。同じ価格で下手をすると素晴らしい映画のDVDを3枚も買えるんでしょ?そりゃぁ、ないだろうって思うじゃないですか。おそらく、近い将来、ビデオ・レンタルもなくなって全てがネット経由で見るようなるはずなんだが、そうすればそうしたで、家にかさばるDVDもおいておく必要性もなくなる。もちろん、ヴィジュアルのおもしろさもあるから、パッケージ商品が消えてなくなるとは思わないけど、この値段がネックとなって、商品どころか、音楽そのものが消えてなくなる日の方がこわいなぁと思う今日この頃。

 さて、また、安くて面白いDVDで物色するか...



投稿者 hanasan : 12:59 | コメント (0)

2005年05月03日

いかん、渡が離れない

バーボン・ストリートブルース 結局、高田渡を送る会には出かけていくことができなかった。悔しかった。仕事のせいなんだが、自宅でコンピュータに向かい合い、原稿を書きながら、こんなことよりももっと大切なことがあるようにも思いつつ、単純に生活のための仕事もでないというジレンマにイライラしていたということか。

 彼の死のニュースを聞いて、アナログでしか持っていなかった『Fishin' On Sunday』のCDと同時にこの本、『バーボン・ストリートブルース』を購入した。それほどの分量がある本でもないので、一気に読んだのだが、ここでまた高田渡に惚れ込んでしまっていた。

 貧しくて仕方がなかった子供の頃の話から、10代の頃に三橋一夫さんと出会っていたこと。実は、自分にとっても、「歌」に向かわせた大きなきっかけのひとつが、彼の書いた『プロテスト・ソング』という本で、確か中学生の頃に読んだ記憶がある。ここで音楽が持つ力に圧倒され、その流れのなかで岡林信康といった人たちの作品に接することになるのだ。といっても、高田渡のアプローチには、すでにあの頃から、(まだ、彼が10代だった頃から)どこかでクールなスタンスがあったようで、直接的な言葉による表現の「嘘っぽさ」を感じていたことなども記されている。といって、他の人たちを非難しているわけでもないんだが。

 彼との年齢差はわずか6歳だというので、この本に登場する人たちにも懇意にしている人がいたり、同時に、同じ現場に自分もいたということで、大きな接点を感じていた。アルバムを通して知ることになった詩人の、山之口貘のことやら金子光晴氏との出会い、そして、永山則夫のこと... 自分も大好きだった『ミミズのうた』のことなども書かれているのだが、気になっていたものが全てここで語られていた。

 わずか1500円程度で買える本だから、少なくとも彼の音楽が好きな人にはぜひ読んで欲しいと思うのだが、この本が、いわゆる音楽関係の出版社ではなく、山と渓谷社から出版されているのが興味深い。音楽や歌と言った意味で、おそらく、とてつもなく重要なことが書かれているのに、音楽の出版関係の人にはそれが全く理解できていなかったということなんだろうか、あるいは、渡に経済性を全く見なかったということか... そうかもしれない。なにせ、4年ほど前に出版されているのに、今回買ったのは初版で... 全然売れていなかったんだろうと察する。

 でも、歌や言葉のこと、詩のことについて、渡が語る言葉は実に鋭いし、なぜ音楽なんだろう、なぜ言葉なんだろう、なぜ歌うんだろうといった諸々の、最も重要な部分が彼の口からすんなりと語られているのが嬉しかった。同時に、その本で「死ぬまで歌う」と書き、「酒が飲めなくなったときにパタンと死ねたら最高だと思う」というくだりがあって、なんだか全てを見透かしていたようにも感じる。まぁ、そのあと、ホルマリンならぬ、酒漬けにして保存していたら生き返るかもしれないとも書いているのだが、そんなことをしなくても渡は生きている。先日も、同世代の友人と話していたんだが、「渡が死んでから、渡ばっかり聞いてんねん」なんてことになった。死んでしまったことが、きっかけになって昔のアルバムを引っ張り出して聴いているという、自分の冷たさにもあきれるんだが、自分も同じようなもので、彼の作品の素晴らしさをいやというほど思い知らされているというのは以前書いたとおり。しばらくは、渡の歌がこびりついて離れそうにないのだ。



投稿者 hanasan : 07:38 | コメント (0)

2005年05月01日

小説より事実の方がよほどとんでもない

Jason and Gary その昔、自分が高校生だった頃に買っていたアルバムにJohn Mayallの『Moving On』というのがあった。すでに30年以上も昔のことなので、はっきりとは覚えてはいないんだが、けっこうジャズっぽいインプロ満載のアルバムではなかったかと思う。当然ながら、この当時に、自分が音楽関係の仕事をするようになるとは思っても見なかったし、(ミュージシャンにはなりたいという気持ちがなかったわけではないけど)このアルバムの主と結婚式で会うなんて想像もできなかった。

 ところが、それから10数年で彼の息子に出会い、それからまた数年後に彼の結婚式で親父である、John Mayallに会うことになるのだ。しかも、その日のディナー・パーティでとなりに座っていたのがフランク・ザッパの奥さんで、その時交わした会話が「何年か前にロスにある自宅に行きました...」という内容。86年だったかに友人の日高氏と一緒に来日公演の交渉に向かったことがあって、その時、フランク・ザッパ氏に会っている。(その時の話はここに詳細を書いています)なんでも奥さんとの話では、すでにこの時にザッパが自分の死を認識していたらしく、それを頭に入れてあの時のインタヴューを思い起こすと、とてつもなく深い話を彼がしてくれたことを再認識したものだ。

 そんな昔の話はさておき、息子のジェイソンとはまるで兄弟のようにつきあっていて、ロンドンに行くこと必ず彼の家に泊まる。嫁さんとも子供たちとも、けっこう家族のような感じで、前回ロンドンにいたときも、引っ越ししたばかりの家のペンキ塗りとかをやりながら、過ごしていたんだが、彼といると、とんでもない人間に出会うこと出会うこと。というので、今回もそんなことが起きた。

 例えば、頭の写真なんだが、これは彼と彼の友人、Gary Chapmanと映画を見に行ったときのもの。ちなみに、自分は覚えてはいなかったんだが、彼は僕のことを覚えていたらしく、なんと99年のフジ・ロックにスタッフとしてきていたんだとか。で、実をいうと、この映画、彼が監督した作品で、『valiant』というアニメーションなんだが、なかなか楽しかった。第二次世界大戦中に伝書鳩に志願した鳩の子供の物語。家族に見に行くタイプのもので、ハリウッド映画とは比較にならない低予算で仕上がっているんだが、もうひとつ人気が出ていない模様。だって、この時、公開して間もないというのに、映画館には数えるほどの人しかいなかった。なんかかわいそうだったけど、彼は気にしている様子でもなく、淡々としていたなぁ。

 で、その前日か前々日か、ジェイソンの兄貴のギャズに会いに行ったんだが、なんでもパーティにいるというので、そこに出かけていった。そうしたら、黒髪のだみ声の親父がしきりに自分に話しかけていて、「どっかで見たことあるなぁ...」と思っていたら、Alabama3というバンドのメンバーだというのをあとで聞かされた。まぁ、音楽関係の仕事をしているわけだから、こういった人と会うのは、当然といえば当然なんだろう。でも、そのあと、教えてくれたんだが、あの場所にいたひとりが、イギリス最大の(列車?)強盗の息子で... あやふやな記憶をたぐれば、おそらく、この親父の話が映画になっていなかったかなぁなんて思い出した。まぁ、とんでもない人間に会うものだ。

 それに、ジェイソンの新しい事務所の場所が、ほとんど映画の舞台のようなポンコツ車が集められた場所で、「あそこのコンテナで海賊放送やってるから...」なんて、ドアを開けて覗くと、若い黒人の子供たちがラップをやっている。どうやら、完全なおじゃま虫のようだったので、そのままそこをあとにしたんだが、車のラジオを付けると、その連中の声が聞こえてくるという... まぁ、わけわかりません。というか、こういった体験をそのまま凝縮して、ある種のストーリーを整理したら、完全に小説になっちまうなぁなんて思うのだ。

勝新太郎 その昔から、「事実は小説よりも奇なり」なんてことを言うんだが、先日、勝新太郎のこのアルバムを買ったとき、amazonのキャンペーンで「本と一緒に買うと500円のギフト券プレゼント」というのにつられて、『俺 勝新太郎—人生は回るフィルムのように』という本を買った。イタリアに飛んだときに読んだのだが、この人の人生も(多少の脚色があるだろうが)人生そのままが小説よりも遙かに面白い。なんだかんだといっても、生きているそのことの方が... といえば、語弊があるかもしれないが、少なくとも『本』を読んで世界を知ったかのような面をしている人間よりも、世の中に出て精一杯に生きている人間そのものにもっともっと大きなドラマも感じるし、地上に生きているひとりひとりの人間にそんなおもしろさを感じる。実際、fujirockers.orgの仕事で『普通の人たち』とのインタヴューをすることがあったのだが、彼らの人生の面白いこと。多くのことを教えられ、考えさせられる。本当は、『無名の人々』という本を書きたいと昔から思っているのだが、こんなもの売れるわけないから無理だろうなぁ... でもね、自分の隣にいる人、電車でたまたま会う人、交差点で立ち止まったときに隣にいる人、どこにでもいるどんな人にもその人にしか体験できないストーリーを持っているんだろうなと思うんですよ。これって、ヘンかなぁ...



投稿者 hanasan : 10:40 | コメント (0)