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2006年01月29日

1000円以下で買えるロックなDVD

Shaun of the Dead これ、今日、smashing Magにアップしたのと同一内容ですが、役に立つのでこちらにも加えます。

いつだっけかマグでtaekoがこのDVDをこんな感じで紹介していた。かなりチープなゾンビーもののコメディでイギリス映画らしいんだが、それ以来、これが気になって... と思っていたら、これが980円の限定版で出るというので、早速予約して買った。初っぱなの音楽がスペシャルズの「ゴースト・タウン」だというのも、まんまじゃん!と、思いつつ、見ていったんだけど、あの記事の通り、音楽好きならめちゃくちゃ笑えるシーンがぽろぽろ登場するイギリス映画で、ゾンビーと対決したときにアナログのレコードを投げる下りとか、確かに納得。なんか監督と趣味が似てるかなぁと思ってみたり。

 と、せっかくだから、これをもう一度ここで紹介して、安く買ってもらおうかぁ、と思ってamazonをチェックしてみたら、すでにこの安いものは売り切れたようで、値段が元に戻っている。シビアですなぁ。限定版ということなんだろうけど、あっという間に売り切れたってことかしら。まぁ、一般の店だったら、まだ手にはいると思うから、探してみればいいかもしれない。

 で、いろいろ見ていくと、なかなかどうして、期間限定であってもなかっても、かなりロックな映画が1000円以下で入手できることがわかった。いい世の中になったものだ。CDなんて1000円で発表されるなんてこと、ほとんどないんだけど、DVDは980円どころか、最近では690円なんてのも出ている。というので、そういったDVDをまとめてみた。まぁ、気になったら、「ちょっと買ってみれば?」と言うこともできる値段だし、映画というのは何度か見ていると、違ったものが見えてきて面白くなることも多々ある。というので、この情報を下にそのあたりをチェックしてみればどうだろう。(ちなみに、amazonの場合、1500円以上を買うと送料がただになるので、1枚だけの購入だったら、あまり得した気分にはなれませんが)

 まず一発目は882円と10%オフになっている『Ray』。説明する必要もないだろうけど、R&Bのキングというか、誰でも知っているだろう、レイ・チャールズの自伝的な映画で、彼を演じたジェイミー・フォックスのあまりなソックリぶりが驚異的だった。そして、次々と出てくるレイ・チャールズの名曲オン・パレード。本物のR&B入門編としてもいいかもしれない。そういった流れで行くと、R&Rの入門編?じゃないかもしれないけど、R&Rが最もヴィヴィッドだった時代の風俗や文化を知るには最適なのが、『アメリカン・グラフィティ』。これはジョージ・ルーカスの古典で980円で手にはいる。こんなクラシックも楽しい。

レッド・ツェッペリン もろのロックものとしては、まず『レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ』が、980円で出ている。熱狂的なファンの間では賛否両論あるんだろうけど、全盛期の彼らをこの値段、980円で見られるんだったら、別にいいんじゃないかなぁと思いますな。同じ値段でローリング・ストーンズの『ブリッジ・トゥ・バビロン・ツアー』も手にはいる。「サティスファクション」に始まって、「ギミー・シェルター」から、「イッツ・オンリー・ロックンロール」「ホンキー・トンク・ウーマン」「スタート・ミー・アップ」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」に「ブラウン・シュガー」等々名曲が22曲。ニューヨーク・ポストが「間違いなく当年最高のロック・ショーだった」と言っているらしいけど、来日を前に、このあたりで予習するのもいいんじゃないかなぁ。そういえば、そういった伝説のバンドやアーティストがてんこ盛りの『ウッドストック』は、かなり前からこの値段で売られている。これは以前もこの価格ででていたもので、再登場だな。これなんてロックが好きだったら、一度は見ておくべき傑作ドキュメンタリー。単純にミュージシャンの演奏だけにしか興味のない人にとっては、当然不満が残るだろうけど、あの時代の息吹を最もいい感じで伝えてくれる傑作映画だと思う。だいたいこの映画を見て、そんな不満を持っているのはアホです。それが映画の意味じゃないんだから。主役はあそこに集まって来た人々なのよ。

さらば青春の光 で、ザ・フーのアルバム『四重人格』をベースにして作られたイギリス映画の傑作『さらば青春の光』もここまで値段が下がって980円。キザを絵に描いたようなスティングの若いこと!それに、ロンドンの下町の兄ちゃんを見事に演じているフィル・ダニエルズのコックニー訛りの英語も最高。UKロックなんて言うんだったら、このあたりの「下世話なイギリス」の世界を見て欲しいよな。これをアメリカ映画の『ロック・スター』と比較すると、イギリスとアメリカの「ロック」な違いがでていて面白かったりするのさ。後者はつまらないですけど。しかも、それを作っているのがジョージ・クルーニーだってのが、びっくりですな。この人、そんなに才能なかったか?今年公開のGodd Night, and Good Luckも面白そうなのになぁ。

 直接ロックじゃないかもしれないけど、例えば、アイリッシュ・ミュージックとか、トラッドとかが好きだったら、690円の『マイケル・コリンズ』も買いですな。アイルランド独立の英雄なんだが、これを見ると、アイルランドが「民主主義の国」イギリスの植民地として数世紀にわたって存在してきてこと、そして、言葉を奪われ、音楽も奪われていたこと、それでもなお、アイルランドのアイデンティティが保たれてきたことが、映画の向こうに見えるのよ。まぁ、そんな意味で言えば、オリバー・ストーンの『プラトーン』や『7月4日に生まれて』も、70年代初期のワイルドなロックの意味を垣間見るには面白い素材かもしれません。

セロニアス・モンク かなりクラシックですが、スイング・ジャズに興味があれば、『ベニイ・グッドマン物語』なんて見ると楽しいですよ。古き良き時代のアメリカで育まれたビッグ・バンド、スイング・ジャズを楽しむなんてねぇ... ライオネル・ハンプトンなんて伝説のミュージシャンがでてくるし.... ちなみに、筆者は『グレン・ミラー物語』の方が好きなんですが、これは、今、1000円以下の廉価版がみつからなくて、1800円。チャンスを待ちましょう。

 それに、ジャズ好きだったら、これを買わない手はないでしょう。なにせ『セロニアス・モンク ストレート・ノー・チェイサー』が690円ででちゃってるんですから。制作は真性ジャズ・ファンで、名優、クリント・イーストウッド。シュワちゃんのアホぶりとは逆の知性をいっぱい持ったこの俳優がジャズを見る目は実に真摯なんですが、だからこそ、ドキュメンタリーとして素晴らしい作品に仕上がっている。特にこの映画に出てくる全盛期のモンクの演奏の記録は脱帽です。

 ということで、最近でた1000円以下で買えるロックなDVD一覧。ときおりこんなことも書いてみますね。


投稿者 hanasan : 16:17 | コメント (0)

2006年01月27日

お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる?パカタレ! - パッチギのこと -

朝山実 正月、実家に帰った時、弟と映画「パッチギ」の話でで盛り上がった。彼も、やはりこの映画を見ていて、「泣けたなぁ」と話し始めたんだが、「あそこやろ?」と、「ウン、あそこや、葬式のな」と、ほとんどこれで会話が通じてしまうのがおかしかった。

 いつか友人から「映画の話を書く時にはな、書いたらアカンことがあるやろ」と怒られたことがあって、詳しいストーリーを書いたら、映画を見る楽しみがなくなる。ということもあって、ここであまり詳しくは書きたくないんだが、いつもは優しい在日一世のおじさんが葬式の最中に、主人公に向かって放った言葉で泣いた。

「お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる? 知らんかったら、この先もずーっと知らんやろ、このパカタレ!」

 1968年の時代背景があり、戦争が終わってまだ20年そこそこですでに僕らはなにも知らなかった。

「国会議事堂の大理石、どこから持ってきて、だれが積み上げたか知ってるか?」

 これを具体的に調べるすべを僕は持っていないが、朝鮮半島からさらわれて、日本に連れてこられた韓国朝鮮人が奴隷のように扱われていたことはいろいろな文献で見ている。このシーンで語られたことはその事実を僕らに告げているんだろう。映画は映画、作り事だというのは簡単だ。が、この話が「作り事」には思えないし、このほかに語られていることだってそうだ。が、当然のように、自分はなにも知らなかった。あの68年にまだ13歳だった自分は当然のように、そして、すでに50歳になった自分ですらも、このことをなにも知らなかった。あのおじさんの言った「パカタレ」のひとりが自分なのだ。おそらく、この映画で「この先、ずーっと知らんやろ!」と声をかけられたのは自分であり、ひょっとしてこの言葉こそがこの映画が僕らに突きつけているものなんじゃないだろうか。と、そう思ったら、涙が止まらなかった。

 もっとこの映画のことを知りたいと、原作と言われる書籍「パッチギ」を買ってきて、これも読んだ。といっても、ほとんど映画のまんまで台詞部分もほとんど同じだから、これは、この映画のなかで語られている「言葉」を再確認するようなものだったけど、松山猛氏の「少年Mのイムジン河」は、また未知の世界を伝えてくれた。

松山猛 この本を買ったのは、以前、映画「パッチギ」について書いた時に、このサイトで、松山氏の話を読んで「そうかぁ、彼の体験が映画の原案なんだ」と思ったのが理由だ。わずか1000円の、まるで子供向けに書かれたような、絵本のような内容で、30分もすれば全てを読み終えてしまいそうな簡単な本。でも、中身は濃い。それに、「長いあとがき」がとてつもなく興味深かった。そこに書かれてあったのは、彼と、あの映画の根っこになっている名曲「イムジン河」との出会いのことであったり、あの曲をフォーク・クルセダーズが歌うことになったいきさつや、当時の反応のこと、そして、松山氏が実際に韓国の国境線にあるイムジン河を見たときの話などが盛り込まれている。

 といっても、「イムジン河」という曲がどういったものかを知っている人も少ないんだろうなぁと思う。実際、自分自身、聞き覚えはあっても、詳しい話はとっくの昔に忘れ去っていた。今回、映画「パッチギ」を見て、歌を思い出し、上記の本を買って、さらに、オリジナルのままで再発売されたCD「ハレンチ」まで購入して、初めてその一端を理解できたように思えるのだ。

(ちなみに、このCD、ジャケットがLPサイズの限定版で、それとは知らずに購入してびっくりした。映画のなかでこのオリジナル、あるいは、それを模したLPが登場するんだが、なにやらそれを手にしたような錯覚に陥って、なんだが、嬉しかったなぁ。というか、それも戦略なのかなぁ...)

フォーク・クルセダーズ この歌のオリジナルの作曲はコ ジョンハン、作詞のパク セヨンとされていて... といっても、この歌を60年代に初めて耳にした松山氏は「朝鮮民謡」だと思ったとか。そのオリジナルを日本語に訳して、さらに独自の詞を加えて生まれたのがフォーク・クルセダーズのヴァージョンだった。これは、たまたま解散を記念して自主制作で300枚ほどプレスしたアルバムに収録されていたのだが、この曲よりも脚光を浴びたのが、同じくこのアルバムに収録されていた「帰ってきたヨッパライ」という冗談ソング。これがラジオでヒットして、それが彼らの東芝レコードとの契約に結びついていく。その結果、おそらく、シングルだと思うが、200万枚という爆発的なヒットを記録することになるのだ。実は、それに続くシングルとしてこの「イムジン河」の発売が決定し、実際にプレスされたようだが、いろいろな事情で発売中止、存在したものも全て回収されたという話が伝わっている。当然ながら、発売中止を受けて、以降、これが放送されることはなくなった。そんな状態が数年前まで続いていたのだ。

 なぜこの曲が発売中止になったのか... 諸説あって、真相はまだ明確にはなっていないように思う。松山猛氏の本にもそのことに関しては詳しくは触れていないし、ネットで調べても明確な答えは出てこない。小林たかし氏による報告教えて!gooコミュニティ3asian.comあたりも参考になるし、この曲が再び日の目を見たことについて書かれている、ハンギョレ21も興味深かった。いずれにせよ、「政治」の波に飲み込まれてしまったということなんだろうが、自分が知る限り、このオリジナルが朝鮮民主人民共和国のプロパガンダ的な色彩を帯びたものに対して、フォーク・クルセダーズのヴァージョンは国境や壁のない世界を希求した、どこかで優しいプロテスト・ソングだったんだろうと思う。

 それに対して、これが「盗作だ」とか騒いでいる人々もいたし、今もいるみたいだが、歌は生き物であって、なにもかもを忠実に「再現」する必要はないと思っている。ウッディ・カスリーがそうやったように、民謡のメロディにのせて、どんどん自分の言葉をのせていった人もいるし、高田渡がやったことだってそうだった。それでなにが悪い? と、思ってしまうんだが、少なくとも素晴らしいメロディを作った人への敬意が表されていれば十分だろうし、著作権の使用料を支払っていればなにも問題はないだろう。今回、この「イムジン河」のことを調べていて思ったのは、そういったビジネスや政治が、本来自由だった「歌」さえをも「檻」に入れてきた現実。僕ら、まだ、「越えられない河」を抱えているというのが悔しくもあり、悲しくもある。そして、再び、この発売中止によって生まれた名曲「悲しくてやりきれない」を思い出すのだ。なんでも、「イムジン河」を逆回転させて作ったのがこの曲だとか。そんなささやかな抵抗が、また、名曲を生み出していく。音楽とは、なんと不思議なものなんだろう。


投稿者 hanasan : 07:57 | コメント (0)

2006年01月25日

さて、どんな「映画」になっているのか? - ビリー・ザ・キッド -

サム・ペキンパー まぁ、これもいい感じに釣られているんだろうなぁと思うけど、先日、マーティン・スコセッシ監督によるディランのドキュメンタリー映画の「No Direction Home」をアマゾンで買って... ちょうどその頃に例のテレビ番組、GIGSでディランの特集をやるというので、再びディランのことが気になって... まぁ、それで初めて、実は、この「No Direction Home」が、今映画として公開されている話を知ったというお粗末。雑誌を読まなくなって、こういった情報が全然わからなくなっているのがおめでたいけど、(それに、こわいんだな、本当は)ともかく、ディランのことをチェックしていたら、アマゾンからの宣伝メールで、今度はディランが出演しているあの映画「ビリー・ザ・キッド」がDVDで出るという話が伝わってきた。アマゾンの場合、発売前に予約すると20%ほどのディスカウントがあるというので、速攻で予約。(実は、それで小林旭の映画シリーズをほとんど買ってしまったのさ、アホです。)しかも、最近はよく本も買っているので、サービス・ポイントがたまって、CDと同じような価格で予約することができた。

(これも、よーやると思うんだが、確か、一月にCDと書籍を合わせて1万円以上買うと500円分のギフト券がもらえるというもの。CDやDVD、本が好きな人には嬉しいものです。っても、消費税が戻ってくるようなものですが)

 といっても、安いから... というだけで買ったのではないんだが、解説を見ると、特別版の2枚組ということで、まぁ、映画のDVD化にはありがちな「再編集」をしたヴァージョンらしい。オリジナルはオリジナルで楽しめるようになっていて、それに加えて、インタヴューなどのエクストラ部分が198分。それが一緒になって発表されるというので予約したわけです。あの映画を見たのはずいぶん昔のことで、あまり覚えてはいないし、「再編集」がどれほどの意味を持っているのかは知らないけど、興味津々ですな。

The Band それを機会にディランのアルバムでサントラとして発表された「ビリー・ザ・キッド」も、もう一度ゆっくりと聞いてみようと思っている。歌ものは4曲しか収録されてはいないんだが、ここに収録されている「天国への扉」が感動ものだったことだけは覚えている。なにせ、名曲中の名曲ですもの。カバーされているのも多いし。「偉大なる復活」や「武道館」にも収録されているけど、スタジオ録音って、これだけじゃないのかなぁ... っても、ディランについては、それほど知らないから、はっきりとしたことは言えないけど。

 ちなみに、「偉大なる復活」(国内盤 / US import)って、確か、今発表されているのはアナログに曲を加えているもので、これも2回買ったなぁ。なにせ、今のものにはディランの「Like A Rolling Stone」なんて名曲が入っているのに、以前のものには入っていなかったから。なんでこんなにいい曲のいいヴァージョンがオクラになっていたんだろうと、これを聴いたときには驚いたものだ。

 といっても、このアルバムが好きなのは、ディランがメインではなくて、ザ・バンド。ここに収められているディランのカバー、「I Shall Be Released」がたまらないんですよ。リチャード・マニュエルの悲しげで、「救い」を求めているような声の響きが泣かせるのね。それを映像で見たのは「フェスティヴァル・エキスプレス」(国内盤 / US import)が最初だったかなぁ。まぁ、「ザ・ラスト・ワルツ」(国内盤 / US import)にも写っているけど、あれはディラン本人を中心に全員で歌っているってやつだから、面白さはあっても、歌の響きがたりないのさ。もちろん、「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」(国内盤 / US import)は、文句なしなんだけど、このライヴ・ヴァージョンには格別の響きがあるってぇのかなぁ。まぁ、ラスト・ワルツから8年の後、リチャード・マニュエルは首をつって自殺してしまうんだけど、どこかで読んだんですが、バンドの解散をもっともつらく受け止めていたのがリチャードで、結局はそれが彼を死に追いやったのではないかって書かれているものもあったように覚えている。

 ビリー・ザ・キッドの「天国への扉」からリチャード・マニュエルのことまで書いてしまった。なんでだろうね。


投稿者 hanasan : 16:40 | コメント (0)

2006年01月19日

ジョージ・ローウェル... なんだったんだと、オリジナルは。

Little Feat ロンドンの友人で、ジェイソン・メイオールという、自分にとって兄弟のような人間がいる。スカのDJで、ミュージシャン、そして、クラブ・オーガナイザー、ギャズの弟で、実は、ジェイソンもDJをするし、そのセレクションが、またいいのだ。ここ数年はコロムビアのクンビアが中心で、以前はギャズ同様、スカのいいアルバムがシングルをかなり回していた。もちろん、それからさかのぼってR&Bやブルース、ジャンプなどなど、クラシックな音楽が中心となっている。

 でも、実は、ロック好きで、親父、ジョン・メイオールの下で育った、ガキの頃の話を聞くと、けっこうスリリングなのだ。たとえば、ストーンズを、今じゃ考えられないようなちっぽけな小屋で見たときの話。ステージの袖で見ていたらしいんだが、ライヴの内容よりも「初めてコーラを飲んだんだよ、そのとき。大人の飲み物を初めて飲んだというので、すごい興奮したなぁ...」なんて、言われると、もっとほかの話はないのかよと、思っちゃうけど、そんなもんだろう。

 まぁ、プライヴェートな話だから、あまりそんなことは書きたくはないけど、初めて彼がリトル・フィートを見たときの話はうらやましかった。なんでもドゥービー・ブラザーズとのダブルヘッダーだったらしく、先に出てきたのがリトル・フィート。ところが、彼らの演奏があまりによすぎて、演奏が長くなり、アンコールに次ぐアンコールで、彼らが終わった後のドゥービーは全然面白くなかったんだと。実際、客がかなり帰ったなんて話も聞かされた。

 おそらく、その体験からなんだとは思うけど、彼もリトル・フィートの大ファンでほとんどアルバムは持っている。実際、いつかロンドンでそんな話で盛り上がって、どこそこの店でブートレグの名作が出ていた... なんて耳にして、買いに行ったことがある。そこで買った、私が持っている唯一のブートが「chinese bejeezus」という作品で、これはけっこう有名のようです。といっても、それほどクオリティがいいとも思わないし... 結局、好き者のコレクターズものといったレベルを超えているとは思わないんですけど。やっぱ、ライヴだったら、「Waiting for Columbus」に限ります。まぁ、これも複雑で、アナログが完全なものという発想が一番正しいと思うんだが、最初、これがCD化された時、1枚にまとめるというので、数曲がカットされていた。この「Waiting for Columbus」(UKヴァージョン)が、それなんですが、これはこれで不満だったんですね。で、今度は未発表曲を入れて、2枚もののCDとして発表されたのが「Waiting for Columbus」(USヴァージョン) となってます。難しいけど、結局、両方買ってしまいました。だって、この時のライヴの迫力といったら、とんでもないものがありますから。

Chico Hamilton そのジェイソンと前回会ったときに、見せてもらったのがジャズ・ドラマー、チコ・ハミルトン名義のアルバム、The Masterで、彼が持っているのは、どうやらそのオリジナルらしく、「クレジットが面白いだろう。ローウェル・ジョージじゃなくて、ジョージ・ローウェルになってるんだよね。」というので、当然ながら、それはリトル・フィートの、今は亡き伝説的なギタリスト&ヴォーカリストのこと。というので、「ひゃぁ〜、そんなのがあったの?」とびっくり仰天。なんでも、このアナログはプレミアがついていて、めちゃくちゃ高くて、ほとんど入手不能とのこと。それがCDで出たら手に入れようと思っていた矢先、いつもたむろしているバード・ソング・カフェで、マスターが、ごく普通にこのアルバムを聴かせてくれたわけです。「うっそ〜、これ、出てるんだぁ」と、早速購入しました。

 いやぁ〜、初っぱなからローウェル・ジョージのギター炸裂ですな。あの、癖のあるスライドなんですが、この気持ちのいいこと。録音は73年らしく、ちょうど名作として知られる「Dixie Chiken」と重なるわけですよ。クレジットを見ると、ドラムスのチコ・ハミルトンの他、リトル・フィートのドラマー、リチャード・ヘイワードを除いて全員顔を見せている。そのラインナップのなかで、Stu Gardner(スチュ・ガードナー)というオルガン弾きが、火花が飛び散るようないい演奏を聴かせてくれているんだけど、この人、何者なんだろうなぁ... ネットでいろいろ調べたら、数枚のアルバムで歌っていたりもするといったことがわかったり、DJシャドウがサンプリングで曲をいただいていたり、Pヴァインで発売された痕跡もあった。彼が絡んだ1枚ではグローバー・ワシントンJrと一緒にやっているようだし.... ジャズ系、ソウル系の人のようではあるけど、この人いいよ。きっと、その筋では知られた人物なんだろうと思う。

 オリジナルが発表された時には名前を隠していたらしいけど、どう考えてもこれはリトル・フィートのアルバムですわよ。まぁ、奇妙なのはスタックスという、がちがちのソウルのレーベルから発表されていること。それでも「ジャズ」に分けられているってのは、結局はチコ・ハミルトンの名前のせいなんだろうなぁ。ただ、ジャズという感じでこれを受け取ったら、くじけるだろうなぁ...(笑)いろいろな資料を調べると基本的にリトル・フィートとチコがジャム・セッションした結果という風に記されていて、どちらかというとロック・ファンにとっての方が、間違いなく嬉しい作品のように思う。特に、昨今のジャム・バンド・ブームなんてぇのを考えると、これってすごい作品だね。ちょっとラテンっぽいタッチを持った6曲目なんて、どこかでサンタナを思わせたりもするし... あの頃の(もうちょっと前かねぇ)サンタナって、ジャズかロックかラテンか...(ホントはそんなことどうでもいいんだけど)って、なかを縦横無尽にぶっ飛びながら、とんでもない演奏を聴かせてくれていたし、それが違うベクトルで渦巻いているのがこのアルバムなのかしらん。いずれにせよ、インプロヴァイゼイションの火花が飛び散るライヴ的な音は、「Waiting for Columbus」あたりでとっぷりとリトル・フィートにはまっているファンには、たまらない魅力だと思うよ。

 もちろん、フィートの魅力のひとつがローウェル・ジョージのヴォーカルにもあるわけで、全部インストというのは、そういった観点からいうと、ちょっと物足りないかもしれいないけど、私、好きですね、これ。というか、完全にはまってしまいました。大切なコレクションになりますな。かくいう私も、リトル・フィート関係のアルバムで、なによりも好きなのはローウェル・ジョージのソロ・アルバム、「Thanks I'll Eat It Here」だったりするのよ。しかも、年齢を重ねれば重ねるほどにこのアルバムの魅力が大きくなっていったというか... 聞いて欲しいですなあ、これは。

矢野顕子 そういえば、ついでに書いておきますけど、そのリトル・フィートが一緒に録音したアルバムで、絶対に忘れてはいけないのが、矢野顕子のデビュー・アルバム「Japanese Girl」ですね。結局、彼女のアルバムをそれから数年間聴き続けていくことになるんだけど、自分にとっては、これを越えるものはなかった。いまだに、このアルバムが、自分にとっての矢野顕子のベストなんですが、その片面をリトル・フィートと録音しているんですな。あまりにも矢野顕子がぶっ飛びすぎていて、演奏についていけなかったというか、期待に応えられなかったフィートの面々は「ギャラはいらない」といったという伝説があります。あがた森魚の「日本少年 - ヂパング・ボーイ - (紙ジャケ限定盤)」へのアンサー・アルバムだったということですが、このアルバムといい、あの頃の日本のミュージシャンって、すごいなぁ。しかも、矢野顕子って二十歳そこそこでしょ、あの頃?信じられません。脱帽でございます。


投稿者 hanasan : 03:03 | コメント (0)

2006年01月15日

本田竹曠様、ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

本田竹曠 大学生だった頃に本格的にジャズを聴き始めたんだが、その頃に買ったアルバムに「本田竹曠の魅力」という作品があった。すでに記憶も定かではない大昔のことで、きっかけがなにだったか、全然覚えてはいない。確か、その頃、大学の先輩にいろいろ聴かされたりしたこともあったように覚えているし、すでに、今も好きでたまらないアルバート・アイラーの作品は持っていたように思える。今じゃ全然手に入らない「My Name Is Albert Ayler」という作品で、自分が持っているのはトリオ・レコードがやっていたFreedomというレーベルのもの。フリー・ジャズが好きで... ってもなにも知らないんですけど、インプロヴァイゼイションにとっぷり浸り込んでぼけーっとするのが好きだったんだろう、このほかにもセシル・テイラーやらポール・ブレイ、ファラオ・サンダースなんてのを好んで聴いていたように思う。コルトレーンの話をしても、みんなは名作の「マイ・フェイヴァリット・シングス」とか、「ジャイアント・ステップス」あたりのことを話すんだけど、好きだったのは「トランジション」や「アセンション」といった、よりフリーなスタイルで演奏しているもので、どこかで背伸びをしていたようにも思いますなぁ。久しく聴いていないから、また、こういったものを今聴くとまた違った響きを持っているんだろうと思う。今度、やってみよう。

 それはともかく、そんな時代に日本のジャズ・ミュージシャンのアルバムを聴いてみようと思って買ったのが、なぜか、「本田竹曠の魅力」だった。前述の流れで行けば、山下洋輔トリオあたりがいいはずなんだけど、ライヴは好きだったけど、なぜかアルバムは買わなかった。ちなみに、自分が生まれて初めて体験した生のジャズは彼らで、中村誠一、森山威男の時代だったと思う。その後、坂田明が加入してからも見ています。その印象は... なんじゃぁ、これは!ってな感じで、世の中にはすごい音楽があるなぁと思いましたなぁ。ひょっとして、この時のライヴって、大阪難波の高島屋の上のホールで開催されていた「六番町コンサート」で、100円で見ることができたものじゃなかったかな。ダブルヘッダーで、おそらく、この時ステージを分けたのは三上寛ではなかったかと思うが、あやふやな記憶です。ひょっとして友部正人だったかしら... いや、きっと三上寛だ。

 いかん、また話が脱線してしまった。フリー・ジャズが好きだったのに、「本田竹曠の魅力」を買ったのは、ピアノが好きだったからかな。この頃、オーティス・スパンの「The Blues Is Where It's At」がめちゃくちゃ好きで、このピアノを聴きながら、ジャズ好きの先輩に、「このピアノ、ジャズとどない違うねん?」といっていたんじゃなかったかな。もちろん、オーティスはマディ・ウォータースのバックでピアノを弾いていたブルーズ・マンなんだが、後に、イギリスに渡るとブルーズがジャズのセクションに入っていることが多くて、そういった発想もあながち間違ってはいなかったようにも思える。実際、ジャズのレーベルとして知られるプレスティッジで、オーティスが「The Blues Never Die!」というアルバムを発表しているし... ともかく、こういったブルージィで黒っぽいピアノのジャズ・アルバムを聴きたかったんだろう。それで「本田竹曠の魅力」にたどり着いたんだと思う。

本田竹曠 その後、「ザ・トリオ」や「This is Honda」と買い進めていくことになる。それから数年後に日本はジャズ・フュージョン時代に突入するのだが、それは渡辺貞夫の「カリフォルニア・シャワー」や「オレンジ・エキスプレス」がきっかけだろうな。確かブラバスという資生堂の化粧品の宣伝でこのあたりが使われていたように思うし、このアルバムの後に「モーニング・アイランド」が出て... 全部CM戦略によるアルバムなんですが、これが成功して彼が大スターになるんですな。(ちなみに、このタイトル・トラックは、私の敬愛するリコ・ロゴリゲスにもカバーされてます。「ジャマ・リコ」という2トーンから発表されているものに収録されているんですが、現在は入手不可の様子。一時は「That Man Forward」と一緒に2in1でCD化されたんだけど、残念ですね)

 と、また、話が脱線しそうですが、この頃に、再び本田竹曠にはまります。それが彼に、峰厚介、大出元信、川端民生、村上寛のラインナップで生まれたフュージョン・ユニット、ネイティブサン。グループ名をそのままでデビュー・アルバム、「ネイティブサン」を発表して、2枚目が「サバンナ・ホットライン」。これがすごかった。というか、これもCM戦略で使われていて、大ヒットするんですな。でも、グルーヴがあってスピード感があって... 今聴いてもけっこうな傑作だと思っています。2枚目となる「サバンナ・ホットライン」の方が好きですが、この後は... シーン全体がぺらぺらなスーパー・マーケット音楽に変化していったわけです。って言い方したら毒がありますが、その通りで、要するにフュージョンがどんどんBGM化していって、「聴く」ものじゃなくなったから、自分が離れていったということなんだけど。これは、ネイティヴサンだけじゃなくて、全部そうだったんですね。おそらく、そうじゃないバンドもいたんだろうけど、自分も変わったんだろう、要するに、面白くなくなったわけです。

 それからこういったタイプの音楽を聴くことはほとんどなくなって、本田竹曠の名前も忘れていた頃に、テレビの番組で彼が半身不随になったという話を聞くことになります。確か、その番組では、そんな状況のなかで彼は片手で演奏を始めて... といった話だったと思うんですが、自分にはなにもできなくても、どこかでエールを送っていたように思います。当然ながら、そういった苦しみやつらさは他人には想像できないものだろうし、それでも彼に「音楽」があること、「音楽人」としての彼の生き方に学ばなければいけないと思っていました。

本田竹広&His Friends といっても、今の日常のなかで彼の音楽を生で聴くことはなかったんですが、一昨日、新聞で彼が亡くなったことを知った。ファンでもない人間がそのことについて書く立場にはないんだろうけど、少なくとも一時期、彼の音楽を聴いた人間として、ニュースという形でSmashign Magにそのことを書き残した。というか、彼のことを知っておいてもらいたいと思ったし、なにがきっかけであれ、彼の作品に触れてほしいと思ったからだ。

 そこで、ここ数年の彼の音楽をチェックしてみた時、みつけたのが「ふるさと-On My Mind-」という作品だった。童謡をテーマにして作られているアルバムらしく、そのアルバム評を見ると、どうやら素晴らしい内容のアルバムを録音しているようで、聞いてみなければいけないなぁと思った。ストレートアヘッドなジャズからフュージョン、その後、彼がどうしていたのか... また、調べようと思うけど、身体の問題を乗り越えるようにして彼がたどり着いたところを、やはり聴かなければいけないと思っている。

 なんでも、このあと、実に、昨年7月に録音され、12月に発表された「本田竹広 紀尾井ホール ピアノリサイタル」というアルバムが発表されているんだが、これが、おそらく、最後の作品なんだろうと思う。まだまだできたこともあるだろうし、やりたかっただろう。ただ、今は彼の冥福を祈るのみです。

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本田竹広 - >オフィシャル・サイト

本田竹広 - >This is Honda 私設応援サイト


投稿者 hanasan : 04:12 | コメント (0)

2006年01月14日

ちょっと得する話... 灯台もと暗しです - 格安リージョン・フリー DVDプレヤー

Bob Dylan 先日、Newport Folk FestivalのDVD(US import / 国内盤)のことについて、ちらりと書いているんだが、自分が入手したのはUS importのリージョン1。というので、国内向けのDVDプレイヤーでは当然再生できなかった。でも、まぁ、全然安いのね。国内盤と比べて。だからというので、秋葉原でリージョン・フリーのDVDプレイヤーを買ってきて、こういったDVDを楽しんでいるんだけど、たいていの場合、英語の字幕もついていたり、時には、日本語の字幕が付けられてものもあって、問題なく楽しんでいる。(もちろん、若干でも英語が理解できるからこういった楽しみ方ができるんだろうけど)というので、当然のように、マーティン・スコセッシ監督が作ったディランのドキュメンタリー、「No Direcion Home」も買って、見ました。いやぁ、これ、めちゃくちゃ面白かった。まぁ、それについては、また、じっくりと書くことになりますが。

 今日の話題は、そうじゃなくて、ハードウェア。秋葉原で買った自分の、マルチ・リージョンのDVDプレイヤーは、けっこうおしゃれなデザインのもので、2万円ちょっとのフロント・ローディング方式のもの。韓国製で、実は、日本のメーカーが名前を隠して生産しているという説明を受けた。要するに、日本のメーカーの場合、ソニーでもパナソニックでも、CDやDVDといったソフト関係の会社と絡んでいたり、その一部を持っていたりするというので、「著作権保護」の観点からそういったものは作れないらしく... というよりは作らないのね。一方で、そういったソフトの会社が絡んでいないと、(そういった会社からの圧力から逃れるために)名前を隠してマルチー・リージョンのDVDプレイヤーを作ってしまったりするんだそうな。その信憑性はともかく、確かに理解できる話ではある。というので、それを買ったんだが、このところ、全然調子が良くない。しかも、これを気に入って、実は、数人の友人が同じマシンを買っているんだが、そのうちひとりのマシンもおかしくなり始めている。しかも、それが2台目だというので、同じマシンは買うつもりないし、なんとか新しいマシンを買おうかと探していたんだな。

(ちなみに、秋葉で買ったマシンのメーカーはCAMOSというもので、これはもう買えないな。そりゃぁ、そうだろ。3台連続でおかしくなったら、信用性はゼロでしょ。しかも、保証書が切れる直後、1年使ってからこうなるんだから話になりません)

 で、ネットを探していたら、けっこういろいろなところで安いものがでています。(それに、通常のものをどうやって改造するかって方法がサイトもあったなぁ)自分がみつけた最安は6500円弱なんですが、それに送料がかかって、7000円弱かなぁ。っても、ネットの通販って、「とんずらされたら...」なんて、どうしても考えてしまうし... なんて思ってたんですね。そんなときに、思い出したことがひとつ。それを元に動くと.... 近所で格安買えてしまうことに気がついてしまったんですね。びっくり!

 というのは、今年の正月、あまりに面白いDVDなので、「Newport Folk Festival( US盤)」を実家に持って帰って、同じ趣味の弟に「見たらどう?」と渡したわけです。以前、彼にも秋葉原で入手したマルチ・リージョンのDVDプレイヤーを紹介して、(っても、モデルは違うんですが)彼もそれを持っているからです。ところが、彼はそのプレイヤーではなく、自分が近所のTsutayaで買ったDVDプレイヤーで見たわけです。ん?そんなアホな!だって、うちの家では日本向けのDVDプレイヤーでは全然再生できなくて、「再生地域が違います」という表示が出ていたのに...なんで?と、思いますよね。

 で、その機械のことを調べ始めました。といっても、そんなたいしたことをしたわけではなく、機種の説明を見ると、まずはPALも再生可能だと出ているのに驚かされるのさ。PALというのはイギリスを中心として使われているテレビの様式で、日本やアメリカはNTSC。(簡単に言えば)テレビって、映像を再現するためにいくつもの線がブラウン管を走っているわけですね。で、PALには625本の走査線が走っているのに対して、NTSCは525本と、本来、そのままだったらPALのビデオやDVDは日本のテレビでは再生されないはずなんですね。ところが、実際、イギリスで買ってきたPALのDVDも再生してしまうわけです。しかも、それをNTSCのテレビで見ることができる。なるほど、この時点でマルチの要素をすでに持っていることになるわけだ。といっても、イギリスも日本もリージョン2なので、それだけでは「リージョン・フリーのマルチ」かどうかはわからなかったんだが、これはなんでもオーストリア製で4980円で購入したんだとか。

 ほぉ〜、ひょっとして同じマシンを買ってくれば、リージョン・フリーの可能性があるなぁ... と想像して、店に行ってみたんですが、すでに同じ機種はなくて他のものが置いてある。そうかぁ...残念。と、いったんは思ったんだが、昨日、ひょっとしてひょっとするかなぁと、TSUTAYAでチェックしたわけです。今、売られているマシンは5290円の中国製で中目黒の会社が販売元となっている。機種名はYTO-007で、説明を見ると「本製品のリージョン・コードは2です。2またはallと書かれているもの以外は再生できません」と、ご丁寧に書かれている。その一方でPALもNTSCも再生可能。なるほど。店員に訊いても、「リージョン2ですよ」とのこと。それでも、なにかが臭うなぁと思って、「試してもいいですかぁ?」と、リージョン1のDVDを実際に持っていって、再生させてもらったわけです。そうしたら、アッと驚くぅ、なぁんとやら。なんの問題もなく再生できるんですな。ということで、早速購入。「No Direcion Home」も見られるし、問題なく使っています。(なんかCDをかけると、音飛びするというのが見つかったが、初期不良で交換してもらえばいいし、1年間は保証期間だから、DVDさえ見ることができれば、大丈夫なのね、私の場合。だって、あまりに安いし)

 まぁ、こんなことをおおっぴらに書いてしまったら... でもって、この噂が広まってしまったら、ひょっとして細工されてリージョン・フリーではなくなるかもしれないけど、全てのマシンがそうなのかどうかは、保証しませんけど、トライしてみる価値は十分ありますよ。US盤と国内盤のDVDの値段差は下手したら1000円以上だから、数枚買うだけで元が取れますから。

 それにしても、まともに金を払っているから、「著作権」を持っている人にはなんの被害もなく、利益を得られるというのに、こんなものをつくったのがそもそも間違いなのよ。要するに、これは著作権ではなく、「販売会社の利益を守る」ためのシステムで、著作権者にはなんの保護にもならない。一昨年に揺れた輸入盤の禁止と全く同じく、「企業を守り」「消費者からぼったくる」システムが平然と守られているということ。こんなものぶっ壊さないでどうする?


投稿者 hanasan : 04:03 | コメント (0)

2006年01月13日

またつながった - パッチギのこと

パッチギ 去年から、実をいうと、井筒和幸さんが監督した、この映画「パッチギ」を3回見た。どこからともなく、「ええでぇ、これは」という声が聞こえてきたのが最初に見た理由で、その内容があまりに面白くて... 面白いという言葉が正確かどうかはよくわからないけど、いろいろ考えることもあって、もう一度見た。それから一月ぐらい過ぎて、今晩、もう一度見た。そのたびに、いろんなことが思い出されたり、いろんなことがつながってきたり... 奇妙なものだ。

 映画の基本的なストーリーなんぞ、どこにでも出ているともうけど、簡単に言えば、60年代終わりの京都を舞台に、動き始めていた団塊の世代の青春映画ってことになるのかしら。日本人の高校生と在日の朝鮮高校の女の子とのナイーヴな恋愛と、当時の若者達の世相のこと、日本人、韓国朝鮮人、在日といった人種や差別の問題、フォークを中心とした新しい文化.. そういったものを、面白可笑しく描きながら、その底でとてつもなく重要ななにかを語りかけてくれるという作品と書けばいいのかなぁ。

 が、そんなことよりも、この時代、この映画を作った人たちに自分がつながっていることが、とっても興味深い。実を言えば、この映画の監督、井筒和幸さんとは面識がある。といっても、おそらく、彼は覚えていないと思うんだが、彼が19歳の頃、高校生だった自分がよくたむろしていた場所でけっこう頻繁に顔を合わせていた。あのころ、今宮で高校生だった自分が学校を抜け出したり、あるいは、授業が終わってよく遊びに行ったり、時間を潰していた場所が三つあった。そのひとつが国道26号線の難波の手前にあった喫茶店、ディラン。これは、数年前になくなったシンガー&ソングライター、西岡恭蔵さんのソロ・デビュー・アルバム「ディランにて」のタイトルにもなった場所で、このアルバムでも歌われているヨーコさんが入れてくれるコーヒーを飲みながら、はちみつぱいとか... そんな音楽を聴いていたものだ。(そうやって考えると、今と全然変わりませんがな)

西岡恭蔵 で、もうひとつが、心斎橋筋北詰にあった阪根楽器というレコード屋さんで、そのことは数日前に書いた。で、井筒さんと会っていたのは、道頓堀から宗右衛門町筋にちょいと入った、右側のビルの奥にあったモリスフォームと呼ばれる、一種のフリー・スペースだった。ここは、関西のアート・シーンの中で最も重要な人物のひとりだった(おそらく、今でもそうだと思います。そういった世界については、詳しくはありませんが)森喜久雄さんが運営していたギャラリーでもあり、ここに行くと、ほとんどただのようにコーヒーが飲めて、いろんな仲間と話ができたりしたのを覚えている。おそらく、彼らからみれば、俺なんぞはませたガキだったんだろうけど、そういった扱いを絶対にしないで、ひとりの人間としてつきあってくれたのが嬉しかった。

 高校生の頃、映画研究会というサークルで8mmの映画を作ってみたり、そして、それをここで上映させてもらったり... という感じで、まぁ、最初はそういった動きをしていた先輩に連れて行かれたんだが、居心地の良さに入り浸りになっていったわけだ。ここで、ジャム&バターといったミニコミを出していたり... 確か、その編集かデザインをやっていた人たちが春一番とつながっていたと思うし、まだ漫才家だった北京一さんともここで何度か顔を合わせたことがあった。そんななかで最も親しくしてくれたのが井筒さんだった。夜中に酔っぱらいが、間違ってモリスフォームに入ってきて、暴れ出しそうなことがあると、決まって真っ先にそんな連中の相手をしていたのが彼で、「この人、やくざより怖いで」なんてことも話していたように思う。正直言って、今と顔は全然変わってません。あのときから、あの顔で... だから、19歳だと教えてもらったときにはびっくりしたものです。

フォーク・クルセダーズ その彼が監督したこの映画でテーマ的に使われている名曲がフォーク・クルセダーズで有名な「イムジン河」という曲なんだが、これが、実は、当時、放送禁止だったのは有名な話。といっても、その背景にどういったことがあったのか...  そのあたりを知りたいと思って、少年Mのイムジン河という本を注文した。これは、この放送禁止となった「イムジン河」の日本語の訳を書いた、松山猛さんが書かれている本なのだが、実は、彼ともつながりがある。一番最初は...確か、当時、シンガー&ソングライター、ビリー・ブラッグのマネージャーだったピート・ジェナー氏が来日した時に一緒に食事をしたのが最初だった。

「タケシは、ちょうど今のおまえがやっているようなことをずっと昔にやっていたんだよ」

 と、ピートに紹介されたんだが、おそらく、それはピートがまだピンク・フロイドのマネージャーをやっていたり、ブラインド・フェイスあたりのライヴをハイド・パークでやっていた頃ではないかと思う。ともかく、ここでまた、自分とつながりのある人間がこの映画に絡んでいることになるのだ。

 おそらく、これから届けられるあの本に詳しいことが書かれているんだろうと思うが、この映画のストリーは、実は、かなりの部分をこの松山さんの子供の頃がモチーフになっているんだろうと思う。たまたまなんだが、ネットで検索していて見つけたのが、このサイト。この話を読んでいたら、見事に映画が重なってしまったのだ。まぁ、これから、また詳しくこのあたりの話を学んでいこうと思うけど... きりがないですな。ちょっとなにかを知ろうとすると、どんどん掘り下げて、どんどん広がってしまう。勉強する時間もほしいし、ものを伝える時間もほしいし... これだけを書いても、映画のなかでなにに動かされたかについてはひと言も語られていないわけです。たまりませんなぁ。ということで、そのあたりは、また、書きましょうか。まぁ、この映画を見てくれるのが一番手っ取り早いとは思いますが。


投稿者 hanasan : 01:32 | コメント (0)

2006年01月11日

嬉しいような、悲しいような... レオン・ラッセルのこと

Leon Russell いつかお話しした佐野史郎さんとの番組で(といっても、私、ここ2ヶ月は監修だけで出演はお休みですが)よく名前が出てくるアーティストにレオン・ラッセルがいる。行きつけの店、バード・ソング・カフェでも、しょっちゅう名前が出てくるアーティストで、あのアルバムがいい、この曲がいいと、彼の音楽を肴にいい酒を飲むことがあるんだけど、自分にとっての一等賞はこのアルバム、「カーニー (Carney) 」(アメリカ盤 / 国内盤)かなぁ。このアルバム、レオン・ラッセル本人が中心となって設立したレーベル、シェルターが制作したもので、さまざまなレコード会社とのライセンス契約(簡単にいえば、販売契約)によって国内外で発表されてきている。今自分が持っているのはポリスターからでていたヴァージョンのCDで、アナログはフォノグラムじゃなかったかなぁと思うけど、確認してません。で、今、日本では東芝EMIが契約しているようで、昨年10月に紙ジャケットシリーズが発表されたようだ。なんでも24bitのデジタル・リマスタリングのお皿に、オリジナルの紙ジャケットを再現したもので、最初のアルバム、「レオン・ラッセル」(名曲、「ソング・フォー・ユー」収録)から「レオン・ラッセルとシェルター・ピープル」(ディランのカバーが多いなぁ)、そして、3枚目となる、この「カーニー」が出ているようだ。2600円の値段はきついけど、そそられますなぁ。っても、最近はアナログ回帰しているので、クオリティのいいアナログがみつかったら手を出すかもしれないけど、こういったCDはなかなか買えません。

 でも、もし、買うとしたら、結局、3枚目の「カーニー」になるんだろうなぁと思うし、日本で彼の名前が一気に有名になったのも、これじゃなかったかと思う。ここに収録された「タイト・ロープ」が大ヒットして、まるでカエルが歌っているような(失礼)、それでいて、哀愁のあるだみ声が一躍知れ渡ることになるのだ。それに、スタンダードになってしまった名曲中の名曲「This Masquerade」のオリジナルも収録されているし... おそらく、最も有名なヴァージョンはカーペンターズなんだろうけど、自分にとってはジョージ・ベンソンの「ブリージン」だろうなぁと思う。もちろん、自分がプロデュースしたサンドラ・クロスのアルバム、「ドリームズ・カム・トゥルー」に収録されているヴァージョンも自信作。ぜひ聴いてもらいたいですな。まだ、入手可能のようだし。

 それはさておき、個人的にこのアルバムで最も好きなのは「マンハッタン・アイランド・セレナーデ」というもので、これが泣ける。雨の音、車が通りすぎる音に雷の音と重なるようにピアノが聞こえてくる。そして、哀愁漂うレオン・ラッセルの声で、こう歌われるのだ

「ハイウエイのすみっこで、壊れちまったヴァンに腰掛けながら、君のことを考えている...」

 と、まぁ、そんな感じで、要するにふられた男の泣き言のような、女々しい歌なんだが、これがしみる。(なんか、そんな歌ばかりがいいと思うってのは、よくないような気もするんだが)ということもあり、このアルバムのA面はよく聴きました。

The Sutherland Brothers と、そんなレオン・ラッセルが来日したのが昨年の11月。テレビのCFで彼が歌う「セイリング」という曲が使われていて、このあたりが複線となっているんだろうなぁと思う。確かに、あの声で、あの曲を歌われたら... はまるでしょう。ロッド・スチュワートのヴァージョンが大ヒットして、世界的に有名だが、確か、あのオリジナルはThe Sutherland Brothers で、「The Very Best Of.. 」で確認できる。まぁ、この曲がヒットした頃、そして、レオン・ラッセルが人気のあった70年代半ばに、いわゆる青春時代を過ごした人が、おそらく、広告制作に絡んでいて... ってところなんだろうと思う。これまでもそうやって、こういった流れの曲やアーティストが起用されて復活したっり、噂になったりってのがいつものパターンだから。

 それと時を合わせるようにして、過去のアルバムを再発売して、来日させて話題を作る。というよりは、そういったセッティングをして、こういった流れを作るのがいつものことなんだけど、そこには、アメリカでDVD化された映画、「Mad Dogs & Englishmen」(アメリカ盤 - リージョン・フリー / 国内盤)も絡んでいるんだろうと思う。

Mad Dogs & Englishmen これはジョー・コッカーのツアーを映画化したもので、このメンバーが強力だったわけです。ヴォーカルは全盛期の... といったら失礼かなぁ、やっぱり。でも、ウッドストックでみなさん仰天したはずのしわがれ声の白人ソウル・シンガー、ジョー・コッカー。(若いよ!)バックの中心となっていたのがレオン・ラッセルだ。バッキング・ヴォーカルにリタ・クーリッジなんてのがいて、ジム・ケルトナーなんて名前をみつけることができる。このバンド、なんでもレオン・ラッセルとザ・マスターオヴ・スペース&タイムと呼ばれていたようで、彼らが子供から奥さんに、恋人から犬まで連れて42人の大集団で移動していく様子を、音楽シーンをふんだんに盛り込んでドキュメンタリー化しているんですね。カットの仕方とか、ほとんどウッドストックの手法を取り入れているんだけど、これがすごい迫力で... これを手に入れたのがレオン・ラッセルのひさびさの来日公演のしばらく前。ということで、当然、これを見てしまうわけです。若くてぴちぴちしていた(?)頃のレオン・ラッセルがここにいて、ヒッピー的な言動が随所に出てきて、若いながらもどこかで「グールー」のようなニュアンスを持っている彼には、やっぱり参ってしまうわけです。

 で、ライヴだ.... 会場は東急のオーチャード・ホール.... なんか、会場からして、波長が合わないというか。まるで80年代のロック・コンサートという感じで、こういった小屋であまりアーティストを見たことがないから、なんか冷たいというか。ひやっとした空気に、ひやっとした小屋の感触。その時点で、もう、「違うよなぁ、これ」という感じで、予感がしていたんだな。きっと、楽しめないぞって。実際、彼が杖をついて、ステージに現れ、ピアノ(アコースティックじゃないんだな、これが)について、演奏を始めて... 確かに、あの声は全然変わっていないし、それだけで充分でしょう... といいたいけど、どこかで張りがないというかなんというか... この時点で、かなり悲しかったかなぁ。確かに、名曲はいいんだけど、「仕事に来ました」って感じで、こちらも感じるものがないというか。

 確か、案内では初日はアコースティック・セットで、2日目がエレクトリックだって聴いていたけど、本当だったんだろうかなぁ。数曲をソロでやって、少しミュ−ジシャンがステージに増えてきて、結局バンドでやるんだけど、どこかでなにかが引っかかっているという状態?見られただけで満足するってのもありなんだろうけど、「見ないまま」記録に残されたレオン・ラッセルだけでいた方が良かったのかもしれないなぁと複雑な気持ちになった。唯一、すごいなぁ、と感じたのは、ショーが終わって、全然観客が帰らなくてね。客席の明かりが付けられて、「ライヴは終わりだ(本当は、早く帰れよ!)」というアナウンスが流れても、お客さんはそのままでアンコールを待ち続け、彼が再びステージに出てきてくれたことかなぁ。そこで、「ロール・オーヴァー・ベートーベン」となるんですが、その盛り上がりはいいんだけど、そうじゃないと思うのね... と、勝手に心のなかで思ってみたり。

 会場の外では、(入る時にもいっぱい会ったけど)昔からの仲間や友人、知人がわんさかいて、40代後半から50代の人たちの同窓会のような雰囲気。っても、そんなに話をすることなく、すごすごと帰りましたが。まぁ、不思議なライヴでしたね。


投稿者 hanasan : 20:22 | コメント (0)

2006年01月10日

カントリーとジャズ、これにはまるなぁ - デヴィッド・グリスマン -

David Grisman Quintet 以前にもちらっと書いたんだが、10代の頃から20代の初めまでけっこう一生懸命にギターを練習していた時期があって、この頃、はまっていたのが大好きなミシシッピー・ジョン・ハート(代表作は「Last Sessions」)に代表されるスリー・フィンガーのカントリー・ブルースのスタイル。それに加えて、カントリーからブルー・グラスに傾倒していくんだが、コピーしようといろんなアルバムを聴いていた。当然ながら、ギターの早弾きといえば、ドック・ワトソンで「The Essential Doc Watson」なんかを聴いていたようにも思うし、あの頃、洋書でギター教則本を買ってきて、それを見ながら、他のアルバムもチェックしていたように覚えている。

 そんなプロセスではまっていくのがジャズの影響を受けたスイングするようなカントリー。おそらく、最大のきっかけとなったのは初来日でライヴを見ることになった、デヴィッド・グリスマン・クインテットだった。なんと、これが、後に仲良くなってしまうシンガー・ソングライターでプロモーターでもある麻田浩さんが最初に海外からのミュージシャンを招聘してのコンサートだったらしいんだが、実は、この時、期待していたのはブルー・グラスの世界では有名なバンジョー奏者、ビル・キース。実際、ライヴの前半は、そういったブルー・グラス・ファンを納得させるに足るライヴで、「すげぇ、うめぇ!」なんて、そのテクニックにもんどり返りながら、見ていたんだが、途中からセットが変えられ、とんでもない音楽を体験することになる。カントリーのようであり、ジャズのようでもあり、スイングのようでもあり... という代物で、これをリーダーのデヴィッド・グリスマンは「ドーグ・ミュージック」(それを前面に出したのが「Hot Dawg」)と呼んでいるんだが、これが素晴らしかった。

 楽器構成はというと、グリスマンのフラット・マンドリン、トニー・ライスのギター(めちゃくちゃうまいですこの人、しかも音色が素晴らしい)、ダロル・アンガーのフィドル(この人、20年後ぐらいにヒーリング系のライヴをやっているというショーでみたように思う)の他、(実は、あとの人はあまり知らないんだけど)ウッドベースに、マンドリンのちょっと大きなタイプでマンドーラの5人。それが奏でる音楽の美しいこと。しかも、ジャズさながらのインプロヴァイゼイションで聞き手をぐいぐいと引き込んでいくのだ。目から鱗、青天の霹靂でもなんでもいいんですが、もうびっくり!世の中にこんな音楽があったのかぁ... と、早速、心斎橋筋の阪根楽器(当時、ここが俺たちのレコード屋さんでした。特に、吉村さんにはお世話になりました。深謝!)で買ったのがこのアルバム。彼らのデビュー作となる「The David Grisman Quintet」だった。

 これは、もう聴き狂いましたなぁ。そして、同じような流れにあるアルバムをどんどん聴くようになるわけです。そんななかの傑作の1枚が、大好きなギタリスト、デヴィッド・ブロムバーグが加わっていた「Hillbilly Jazz」で、実は、グリスマンがドーグ・ミュージックと名付けた源流がカントリー・ミュージックとジャズがくっついたようなこのヒルビリー・ジャズ、あるいは、ウェスタン・スイングという世界にあったということを知ることになります。まぁ、このあたりも掘り下げていけばいろいろあるんだろうし、タワー・レコードなんかに行くと、めちゃくちゃ安いバーゲン・コーナーに数百円でこういった作品が積み重ねられていたりします。ただ、当時は、掘り下げるというよりは、逆に新しいものを追いかけるという傾向が強かったようで、そんなプロセスでみつけたのがこれです。

Norman Blake 実は、これ、アルバム・タイトルがありません。だからなんだろうか、全然みつけられなかったんですが、これを今日、例によってアナログからCDに起こそうとやっていたら... また、みつけちゃいました。(笑)こんなんばっかりですな。

 まぁ、それはいいとして、タイトルなしのアルバムに書かれているのはミュージシャン達の名前。ギタリスト、ノーマン・ブレイク(中川イサトさんが惚れきっていたように思えています)ドブロのタット・テイラー、マンドリンのサム・ブッシュ、バンジョーのブッチ・ロビンズ、フィドルのヴァッサー・クレメンツ、ベースのデイヴ・ホランド、マンドリンのジェスロ・バーンズという名前のみ。楽器については、けっこうとっかえひっかえやっているので、とりあえず、そういった名手だということを理解していただければそれでいいんですけど、ここで異色なのは、なんといってもジャズ・ベースのデイヴ・ホランド。しかも、確か、ストレート・アヘッドなジャズよりもECMという北欧系のレーベルでの、けっこう異色なジャズを演奏している人という印象があったので、なんでこの人がカントリーからブルー・グラス界の人たちと... と思いましたなぁ。同時に、単純なんですけど、カントリー・ジャズ・ヴァージョンの「Take The A Train」が収録されているというので購入したのがこの作品。これがいい。めちゃくちゃいい。

 もちろん、その曲だけじゃなくて、自分にとって圧倒的だったのは最後の曲。単純に「ヴァッサー・アンド・デイヴ」と名付けられた、おそらく、ジャム・セッション的な録音なんだろうけど、全く異質な音楽の世界にある二人が奏でるセッションは新鮮でしたなぁ。当時、どこかでジャズは高尚な音楽... という印象が強く、なんだか、インテリが聴くものという感じだったんだけど、それに対する「憧憬」と「反発」もあって、自分にとってはこういったものの方が遙かに魅力を感じていたものです。だいたい音楽に優劣を付けたりするのが大嫌いだということもあるんだろうけど、こういった音楽を発見するとめちゃくちゃ嬉しくなるし、「異質」だと思われているものが、実は全然そうではなくて、そういったものがぶつかることによってどんどんと人間の本質に迫っているようにも思えてしまうんですな。

 そんなアルバムがまた入手できるようになった... これは嬉しいじゃありませんか。


投稿者 hanasan : 19:20 | コメント (0)

2006年01月06日

結局、戻ってきてしまうアルバム - マーヴィン・ゲイ -

Marvin Gaye はたしてこの作品だったのかどうだったのか... 全然わからないんだが、(ジャケットが違うんですね。解説をネットで探すと、どうやら同一らしいけど)昨年12月にロンドンに出たときに、BBCが制作したというマーヴィン・ゲイのドキュメンタリーDVDを買った。旅に出ると、面白そうなものを、ソウル・ミュージック好きの友人のために、おみやげとして買って来ることが多く、これもそんな1枚だった。

 東京に戻ってきて、彼の店で、あまりお客さんがいない時を見計らって、のんびりとこういったDVDやビデオを見るんだが、これまでそういった作品から多くのことを学んできた。たとえば、「ワールド・オヴ・ナット・キング・コール」で、あの甘い声の裏で、彼がいかに人種差別に直面してきたかということを知り、我々が普通に聴いてきた昔のジャズ・シンガー達がテレビの番組で「彼といっさいの接触、肌と肌を合わせたり、握手をすることもなかった」という事実を知ることになる。また、サム・クックの「リジェンド(リージョン・フリーで日本語字幕付!」では、やはりあの甘い声の裏に、黒人として人種差別に戦い続けた「人間」サムの姿を見ることができた。黒人で初めて音楽出版社を作り、レーベルを作る... そんなことも含めて、彼がモハメッド・アリとレコーディングをしていた話やマルコムXとの接点、そして、ディランの「風に吹かれて」に触発されて名曲、「Change is Gonna Come」が生まれたことなどなど。加えて、下手をすると、アレサ・フランクリンとの間にロマンスが芽生えていたかもしれないというゴシップも、アレサ本人の口から聞くことができる。(そうなっていたら、どうなったんでしょね?)

 加えて、その影響でアルバムを聞き直したり、あるいは、関連したアルバムを買ってしまったり... と際限なく、そのミュージシャンの世界にのめり込んでいくことが多々ある。このマーヴィン・ゲイもそうだった。そして、再び、あの名作、「What's Going On」に戻っていくのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell ただ、このDVDを買って即座に購入したのはマーヴィンとのデュエットもので、タミー・テレルとのレコーディングをまとめた「The Complete Duets」だった。なぜか国内盤の方が、US盤よりも安くて、曲数も多いというのが(といっても、1曲だけですが)解せなかった。というか、最近、CDのUS盤がやたら高くなっている。一昨年だったかに騒がれた「輸入盤禁止」という、例の法律の効果がじわじわと効き始めているのかも知れない。いずれにせよ、このあたりのメジャーものは、日本のメジャーが輸入元のはずで、価格をコントロールしているような気がしてならないんだが、あくまでこれは推測であり、実際のところはわからない。一方で、一時期、同じアルバムのUK盤がamazonでみつかったんだが、これは、これまでの輸入盤のようにかなり安い値段が付けられていた。(といっても、今はみつからなくなっている)イギリスのポンドがドルに対してかなりの高値で推移していること、一方で、円がドルに対して弱含みであることを考えると、どうも理屈に合わないんだが、みなさんはどう思われるだろうか。

 それはともかく、この「The Complete Duets」を買ったのは、前述のDVDでの彼らのデュエットが、あまりに素晴らしかったことに端を発する。もちろん、音楽だけ聴いてもいいんだけど、映像で見ると、マーヴィンがモータウンの主、ゴーディの妹と結婚していたというのに、本当にこの二人ができているんではないかと思わせるほどに「愛情」を感じさせるのだ。どの曲を見たかって? 当然、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」ですよ。真顔ではなかなか言えないだろう、愛のせりふを二人で語り合うというもので、簡単に大意を書けば「どんなに高い山だって、どんなに広い川だって、私たちの愛を切り裂くことはできない」と、まぁ、そんな歌詞なんだけど、この二人の歌いっぷりが、ふたりの愛情を見せつけてくれるのだ。もっと聞きたい... と、このアルバムを購入し、加えて、アルバム1枚を残していたタミー・テリルの「The Essential Collection」というUK盤も購入した。これは1枚のリーダー・アルバム「Irresistible」にシングルやB面の曲などを加えたものなんだけど、これもいい。というか、彼女のアルバム・タイトル「Irresistible」ってすごいね。そのものです。あの彼女の声を聞いたら、「抵抗できません」。一発ではまりますよ。しかも、その姿を見たら、もう魔法でもかけられたような気分になりますから。

 といっても、確か24歳ではなかったかと思うんだが、彼女は脳腫瘍で他界。それでも、あまりに売れていたということもあって、彼女とのデュエット・アルバムを発表し続けなければいけなかったマーヴィンの胸中を思うと、自分の胸まで痛くなる。3枚発売されたというデュエット・アルバムにレアな曲などを集めてこの「The Complete Duets」が構成されているんだが、最後の1枚は別人が歌っているものだということで、この話は国内盤のライナーに実に詳しく書かれている。といっても、このあたりの話はマーヴィン・ゲイのファンにはよく知られていることらしいけど。ちなみに、この別人は彼らに楽曲を提供していたアシュフォード・アンド・シンプソンの奥さんの方、ヴァレリーで、彼女の方もタミーそっくりに歌わなければいけなかったということで、みんな、苦労したんだろうなぁと思う。ただ、彼らはソングライティングのチームとしてマーヴィン達を支えていたりと、どこかに仲間意識があったんだろうなぁとも思う。

 ちなみに、オリジナルの2枚目では、タミーが病院を抜け出して録音した曲が収録されているということで、そのことを知って、このあたりの曲を聴くと...また、胸が締め付けられます。

Marvin Gaye そのタミーの死のショックで(だけじゃないらしいんだけど)マーヴィンは4年間の活動休止に入るんだが、そのころ、ヴェトナム戦争から帰還した彼の兄弟から、あそこでなにが起きているのか、What's going onを聞くことになる。タミーの死とこの話... だけではないだろう、様々な問題で失意のどん底にあったマーヴィンが、そういった問題に直面したことでモータウンの根幹を変えてしまうような、そして、その後のソウル界、おそらく、それだけじゃなかっただろう、音楽界の流れを変えてしまうような傑作が生まれることになるのだ。といって、その背景にはマーヴィン自身の個人的な人生や性格、精神状態などが複雑に絡んでいるんだが、それはここでは記さない。調べればいろいろな裏話や背景が浮き上がるのだが、結果として生まれたこの傑作、「What's Goin On」に圧倒されるのだ。自分にとって、それこそが重要だった。

 なによりも巻頭のタイトル・トラックが圧倒的だ。「マザー、あまりの多くの母が泣き崩れ、ブラザー、あまりに多くの兄弟達が死に絶えている。ファーザー、エスカレートすることはない。戦争は答えではなく、愛こそが問題を解決するんだ...」と始まるこれが、当然のようにヴェトナム戦争時代の「反戦の歌」として幾度となく放送され、語られてきているんだが、そういった事態に直面した時、必ずと言っていいほど、ラジオからこれが流れてくるようになった。もちろん、時には、「放送禁止」となったことも多々あるようで、それが話題になったこともある。といっても、それは「法律」ではなく、「圧力」であり、その圧力に負けたのが「放送業界で保身にまわることしかない業界人」。湾岸戦争の時だって、イラク戦争(ではなく、英米を中心としたイラク侵略こそが正しい言葉だと思うが)の時だって、この曲が幾度か放送されているのに気がついた人もいることだろう。特に日本では「英語」が一般的には理解されていないことによって、比較的簡単にこの曲を流せるんだそうな。(それでも、直接「戦争の話題に触れるな」といった圧力が現場であるという話は、そこで働いている人たちから直接耳にしているんだが)

 20年ほど前にNMEというイギリスの音楽新聞が、歴史上のベスト100というアルバムを選んだ時、これがNo.1になっている。思うに、戦争という愚行が繰り返される限り、このアルバムがそういったポジションにおかれ続けるんだろうなと思う。もちろん、戦争が絶え間なく起きていることは百も承知だ。我々の周辺が直接そういった情報なりを得た時でもなければ、これが話題にもならないのかもしれないということが、逆に怖いなぁという感慨もある。が、ジョン・レノンの「イマジン」と並んで、これがポップス界の共通項としての「反戦」への意思表示に近い存在となっていることは理解できるだろう。

 ただ、戦争のことだけではなく、このアルバムには環境問題から、子供と親や家庭問題など、様々なテーマが込められた曲であふれ、それがひとつの流れのなかで途切れることなく展開することで構成されたコンセプト・アルバムとして歴史に残る傑作となっている。しかも、言葉が理解できればできるほど、その意味が広がっていくというのがうれしい。いいアルバムというのは、いくどもいくども繰り返して聞いてしまうものだし、聞かされてしまうものでもある。そして、その度に新しい意味までもが加えられていく。当初、ベリー・ゴーディはこのアルバムの発売に反対したという話も耳にしているし、経営者として「あまりに政治的なものには」触れたくないという気持ちもあったんだろう。それまでのモータウンに、「黒人解放運動」を大きくにおわせたものがかなりはあったとしても、これほどまでに直接的に全体が政治的でなものはなかったという意味で、当時としては当然の反応だろう。(もちろん、政治も商売になるということが、かつてのフォーク・ムーヴメントとではあったし、それはいつの世界でもあるけど)だとしても、今回買ったDVDでは、そのベリー・ゴーディさえもが、モータウン史上最高の傑作としてこれを語っているのが面白い。


投稿者 hanasan : 18:00 | コメント (0)

2006年01月03日

歌は救いじゃなかったか - シネイド・オコナー -

Throw Down Your Arms 初っぱなの曲は、間違いなく映画「Rcokers」(これは25周年記念版)のワン・シーンから来ているはずだ。バイクを盗まれた主人公、ホースマウスがしょんぼりとして仲間のバーニング・スピアに会いに行くシーンがある。二人は連れだって海岸に行き、岩場の上に腰掛けてプカァ〜っと一服して、バーニング・スピアがいきなり歌い出すのだ。まるで暗闇を突き抜けて声を届かせるように。ほとんど漫画のようなストーリーを持つ映画なんだが、ジェイコブ・ミラーがいた時代のインナー・サークルや全盛期のグレイゴリー・アイザックス、あるいはオーガスタス・パブロもとんでもなく素晴らしいんだが、そんな彼らよりなにより、圧倒的な迫力を持っていたのがこのシーンのバーニング・スピアであり、彼の歌だった。

 おそらく、シネイド・オコナーも、同じような感覚を持ってこの映画を見たんではないかと思う。だからこそ、この曲のカバーを頭にもってきたんだろう。これは、幾度も「引退する」と表明した後、去年発表した全編レゲエのアルバム、"Throw Down Your Arms"に収められているものだ。この1曲で、彼女のレゲエへの愛情もすごく理解できたし、これが「何となくレゲエを歌ってみました」という代物ではないことを充分に語りかけてくれるのだ。

 そのアルバムのブックレットに、本人のコメントがあって、「なによりもここに収められている歌を書き、演奏してくれた人たちに感謝したい。その歌は、自分を失いかけたときに私に生きる力を与えたものです...」と書き始めているんだが、これで思い出したのがボブ・ディランのデビュー30周年を記念して開かれたライヴ、"Bob Dylan 30th Anniversary Concert"での出来事だった。(ちなみに、今、これはビデオでしか入手できないんだろう、コレクターズ・アイテム化してとんでもない値段が付けられている。売ってしまおうかしら)

Bob Dylan 30th Anniversary Concert ブッカーTとMGsをバックにいろいろなバンドやアーティストがディランのカバー曲を演奏とするライヴだったんだが、とんでもないブーイングに直面して、演奏させようとするバックの連中を2度にわたって引き留めて、彼女が突然歌い出したのがボブ・マーリーの「War」だった。いろいろな解説をみると、ローマ法王に対して反旗を翻したとか、(そりゃぁ、当然だろう。レイプされた幼い少女が中絶手術も受けられないという状況に完全と闘いを挑んだのがシネイドだ。カトリックに対して嫌悪感を感じていても当然だろう)、ポープの写真を破り捨てたことがその理由だと記されているんだが、自分の記憶ではアメリカ国歌を歌うのを拒否したことがその理由ではなかったかと思うんだが、確証はない。いずれにせよ、このシーンはシネイドが自分の信条にあくまで真摯に生きていることの証だったように思えるし、ここで再び彼女に惚れ込むことになった。

 それをエキセントリックなねぇちゃんだとか、そういった薄っぺらな言葉で彼女を語るアホがいるが、彼女がどれほどディランの本来の姿に共鳴していたかは、その行動で充分に理解できた。その一方で、現場をうまく取りなすことしかできなかったスター達のふがいないこと。かつて友人が言っていた言葉を思い出すのだ。かつての革命家は現在の反動家である。けだし名言。その通りだ。そして、彼女の見事なまでの意思表示はビデオでは再現されていたんだが、ライヴ・アルバム、"Bob Dylan 30th Anniversary Concert"では、見事に削除されていた。所詮アメリカのビジネスなんてそんなものなんだろうと驚きもしなかったが、これを見たディラン本人がどう思ったのか、尋ねてみたいものだ。

 で、元に戻ってこのアルバムなんだが、スライ&ロビーをバックに、オリジナルに忠実に歌っているのがシネイド。それだけを聴けば、下手をするとカラオケ・アルバムにも成り下がる危険はあったはずだ。が、彼女は言うのだ。「どれほどあがいても、自分がオリジナルを越えることはあり得ない」それほどまでに深い影響を受けたオリジナルに、あらん限りの敬意を持って接している彼女が、逆にたくましく、突き抜けたほどの迫力で迫ってくる。ここに記されている彼女のコメントをできればじっくりと読んでほしいんだが、彼女にとってレゲエがどれほどの意味を持っていたか... それは、かくいう自分自身にも跳ね返るコメントだ。息絶え絶えになって、人生をあきらめようと思ったとき、救ってくれたのはボブ・マーリーの声であり、歌であった。また、マーリーに続いた数多くのレゲエ・ミュージシャンであり、レゲエがなかったら、自分の人生もまた違ったものになっていただろうと思う。

Streetcore 年末にSmashing Magにジョー・ストラマーのことを書いているんだが、彼が遺作となったアルバム、"Streetcore"に収録しているマーリーの名曲、「レデンプション・ソング」をレコーディングしたときの逸話がある。ジョニー・キャッシュがレコーディングをしていると聞きつけて、そのスタジオに10日ほども通い続けた彼が、やっと一緒にレコーディングできるようになったんだが、これを録音するとき、プロデューサーのリック・ルービンが、ジョニーに言ったんだそうな。「この英語は正しくないから、きちんと直して歌いませんか」とかなんとか。すると、ジョニーは言ったんだそうな。「いや、これこそボブが歌いたかったそのままなんだから、そう歌うべきだ」と。まぁ、正確な話は彼らのデュエットが収められている"Unearthed"のブックレットを読み直さなければいけないんだが、大意は間違ってはいないはずだ。シネイドのこのアルバムの作り方を思った時、ジョニー・キャッシュもシネイドも同じ気持ちを持っていたのがわかったような気がしたものだ。まぁ、あいにく、ジョニーのバックにレゲエのミュージシャンはいなくて、結局、彼のカントリー風味がどうしても出てしまうんだが、シネイドの場合だって、結局、どこかでアイリッシュの彼女の風味が出てしまう。コピーじゃないんだから、それで充分だと思うし、それがこのアルバムを聴く意味になっているんだと思う。

 これがいいアルバムなのか、悪いのか、そんなことは知ったことじゃない。ただ、このアルバムを聴いて、自分と彼女の接点を再確認し、同じ思いを共有できただけで、自分は充分に幸せだった。


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2006年01月01日

新年、おめでとう。生きててよかった...か?

バンダ・バソッティ 新年、あけましておめでとうございます。

 といっても、正直なところ、過去3年間というもの、どこかでそういった晴れた気持ちにはなれなくて、かつては毎年300枚ぐらいの年賀状を送ってのがゼロになってしまった。理由はいろいろあって、いつかそれを説明した年賀状を出せる時が来るんだろうと思っているが、まだ、そこにまでは達してはいない。

 それでも、コンスタントに連絡をくれるみなさんには、実に申し訳ないと思うし、彼らには連絡を取らなければ... と思っている。

 晴れない気分の核には、きわめて個人的な事情があるんだろうが、それが人間や世界に対する見方に、かなりネガティヴな影響を及ぼしている。よくないことは重々承知の上、逆のパワーを持たなければいけないと思うし、そういったエネルギーを求めてまたいろいろなところを旅するようになっているのかなぁとも思う。おそらく、そのなかで最も重要なバンドのひとつがイタリアのバンダ・バソッティと彼らを取り巻く仲間だろう。だからこそ、彼らから呼ばれれば、どこにでも出ていくし、呼ばれなくても声をかけることもある。なんでも2月にはほぼノンストップで20日間にわたって、彼らがドイツをツアーするらしく、できれば、それに同行してツアーのドキュメントを撮影し、レポートできないかなぁと考えているところだ。まぁ、その前に、少しでもイタリア語を話せるようになった方がいいのかもしれないけど。あるいは、スペイン語かなぁ。英語だけでは、深い話ができないし、通訳が入ると、どうも核心にたどり着けないように思うことも多い。

 彼らを経由して仲良くなったバスクのフェルミン・ムグルザやカタロニアのバンドなど、そういった人たちにもエネルギーをもらい、去年の韓国で知った、全体主義の元でも戦い続けた、あるいは、したたかに生きてきたミュージシャンたちにエネルギーをもらえるように思える。日本でも淡谷のり子やフランキー堺の逸話にそれを感じてきたし、ずいぶんと昔になるけど、自分が翻訳した本、「音楽は世界を変える」をまた読み返してみる頃に来ているのかも知れない。

映画日本国憲法 気分が晴れないという事情には、日本人のアホさ加減にもあるように思える。まともな知性もない人間が、あたかも「知性があるように振る舞って」世の中が動かされているようにしか思えない。自民党もアホなら、民主党もアホで、宗教団体の公明党は確信犯で、それを支持しているのが国民だという、このアホさ加減。しかも、対抗勢力となるべき社民党や共産党だって硬直した「政治意識」に振り回されている。かっこよさで政治家を選ぶ人気投票が日本の選挙で、「改革」と吠えれば全てが許されると思っているおめでたい国民が住むこの国に、未来なんてあるのかい?アメリカの大統領にしっぽを振って、舌を出しておべっかを使っている「低能」首相を選んでいる国民が、「評論家」気取りで政治を語り、経済を語る。お偉いものだよ、あんたたちは。じゃあ、あんたたちの生活が少しでもよくなったのかい?貧乏人はどんどん貧乏人になり、弱者はどんどん弱者になり、「それはおまえのせいだ」と尻をたたかれ... そういった犠牲の下で「彼らと比較したら豊かだ」と思えることが幸せだとしたら、今の日本は士農工商の江戸時代以前に逆戻りだろう。よく考えてみればいい。日本で自殺した人の数が、イラク戦争で犠牲になった民間人の数と変わらない... っての、なになんだろうね?(アメリカ政府が出している数字は極端に少ない実体を反映していないし、これは民間人団体が調査した数。実際は、もっと多いだろうと推測される)「生きる希望を持てない」国にしたのは誰なんだい?

 しかも、まともに物言える状況まで潰しているのは?政府や権力者どもプロパガンダに振り回されて、「日本が嘆かわしい状況になったのは...」と、他人を攻めることに躍起になっている、お偉い政治家さんよ、それを作ってきたのはあんた達であり、最も責任を取らなければいけないのはあんた達だ?早く政治家を辞めろよ。その方がよほど世のためになる。そして、そういった政治家を選んでいる国民も、あまりにおめでたい。まともに食えなくなっている状況を作っているのは、あんた達が人気投票した「政治家」なんだよ。そんな政治家が「憲法が悪い。変えなければいけない」と、偉そうに言っているけど、その憲法を潰すための政治が戦後ほぼ60年間にわたって繰り広げられてきたんじゃないか?まともに憲法が守られてきたか?政治の歴史を振り返ってみれば、それが一目瞭然となるんじゃないのかい?そんな政治家達を選んでいる国民に愛想が尽きそうなのよ。

 どこかで瀕死となっている憲法がもうすぐ抹殺されるだろう。その日は、想像するより遙かに早くやってくると思っている。そして、そうなったとき、誰もが「それほどの変化」を感じないで過ごすことになるだろう。が、今の憲法下であっても、(それが憲法に違反しているにもかかわらず)表現の自由が奪われ、生存権が脅かされ、これほど経済がだめになっているというのに、軍備にだけは莫大な金が使われているのだ。これが変えられれば、我々は自分の権利を守るために「闘うすべ」までもが奪われていくはずだ。そうなったときには、すでに遅い。もちろん、そうならないために、ありとあらゆる方法論でなにかをしていくんだろうが、もしそうなったら... こんな国は、捨てた方がいいだろうなぁと思う。こんな悲観的な状況が「おめでたい」と心から言えない理由なんだろうと、思う。

 もちろん、自分が今も生きていること、少なくとも数百人がこのサイトを見に来てくれていること、そういったことに感謝をしなければいけないし、「生きていることだけで充分におめでたい」のかも知れない。でも、どうも晴れた気持ちでそういえない自分がいる。これでいいわけはないように思うんだが...


投稿者 hanasan : 18:20 | コメント (0)