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2006年03月15日
33年ぶりの仲間や歌にボロボロ
13日と14日、新宿ロフトに行った。ここで『春二番』というイヴェントが開かれていて、出演したのは加川良と斉藤哲夫、センチメンタル・シティ・ロマンスあたりが初日で、2日目は中川イサトに大塚まさじといったところ。いわば、自分が高校生だった頃、最も影響を受けた音楽。おそらく、自分の人生を変えてしまったといってもいいミュージシャン達が集まっていたのがその理由だ。本当は、取材する人間として会場に行って撮影をしたかったんだが、残念ながら、撮影許可は下りなかった... まぁ、かなり悔しかったけど、自分が作っているSmashing Magが、まだまだ大きな力を持つ媒体に育っていないことが理由なんだろう。1日平均で8000人の人々がここを見に来ていても、まだ未熟なのだ。
おかげで、写真を撮るために走り回ることもなく、逆にじっくりと歌を聴くことができた。それはよかったなぁ。二日ともちょっと遅れて会場に入ったんだけど、初日は久しぶり... といっても、去年のハイド・パーク・ミュージック・フェスティヴァルで聴いたセンチメンタル・シティ・ロマンスの「雨はいつか」って曲が染みたなぁ。今じゃセルフカバーで作った『30 years young』や初期のアルバムがわずかに入手可能だけど、自分が大好きだったのは、この「雨はいつか」が収録された『シティ・マジック』という作品。通称、センチには、本当にいい曲が多いなぁとつくづく思う。そのセンチをバックに『グッドタイム・ミュージック』を、斉藤哲夫が歌ったんだが、その前に彼の娘のキーボードとをバックに歌った『悩み多き者よ』(デビュー・アルバム『君は英雄なんかじゃない』に収録)にたたきのめされるのだ。これを初めて聞いたのはまだ中学生じゃなかったかなぁ。あの時以上にこの歌が染みる。おそらく、この曲を書いた時、彼はまだ20代そこそこじゃなかったかと思うし、下手をしたら10代だったのかもしれない。でも、圧倒的な歌の響きは、あれから30数年が過ぎても全く変わることはない。名曲だというのは簡単だけど、その曲を今も新鮮なものとして歌える斉藤哲夫って、すごい人だなぁとしみじみと思った。
実をいえば、中学生の頃かなぁ、最も好きだったのが加川良で、特に最初の3枚のアルバムはよく聴いた。『教訓』と、『親愛なるQに捧ぐ』、そして、『やぁ』という流れなんだけど、さすがにこの頃のものは1曲しか歌っていなかったんじゃないかな。なんか今の加川良はちょっと重すぎるというか、ナルシズムみたいで、すんなりとは受け入れられなかった。別に嫌じゃないけど... なになんだろうね、この感覚は。ただ、彼のバックでスライドを引いていた名古屋の杉野のぶ(という風に聞こえた)って、すごいなぁ。なんか、全盛期の(今もそうかぁ?)デヴィッド・リンドレーを思い出してしまった。(なんか、この人のアルバムって、今じゃ全然みつかりませんけど)
そして、二日目は中川イサトが演奏している時に会場に入った。数年前に横浜ジャズ・プロムナードで見ているんだけど、この人のギターはとんでもなく素晴らしい。でも、この日はギターよりも、歌だった。しかも、カバーが多かったように思うけど、オリジナルは僕が入る前にやったのかなぁ。ザ・バンドの「ウエイト」なんて、きちんと日本語で歌っているのがよかったなぁ。ホントはね、イサトさんの歌って、そっと染みるんだよね。自分のなかでは『お茶の時間』や村上律とのデュオで作った『律とイサト』が大傑作。「あ〜、嫁さんが欲しい」と歌っていた、あの曲なんてほろっとしながら、同時に笑いながら、聴いてましたもの。あの時は大学生かなぁ... でも、今あれを聴くと、あまりに自分にピッタリなのが面白い... ようで、実は笑えないかもしれないけど。
大塚ちゃんはディラン・セカンドのころの曲も歌ってくれたなぁ。「ガムを噛んで」(『second』)や「サーカスにはピエロが」(『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』)といった名曲。っても、このあたりの曲を聴いていても、どうしても僕には西岡恭蔵が目に浮かんでしまう。だってね、彼が自殺した時には、1日中『ディランにて』を聴いて、泣いてましたから。
でも、大塚まさじの魅力を最も感じたのは『風が吹いていた』とか、『遠い昔僕は』といった時代。トム・ウェイツに惚れ込んで、その憧憬がそのまま歌になった「まだ会わぬ友(トム・ウエイツに)」って曲も好きだったなぁ。あの頃の曲も歌ったように思うけど、はっきりしない。
この日、なによりも嬉しかったのは彼のバックで演奏していた長田たこやきと、久しぶりに言葉を交わしたことかもしれない。彼とは高校生時代にディランでよく会っていた、仲間のようなもので、実をいえば、30年ぶりぐらいに顔を合わせて... 「覚えてる?」と聞き始めたら、「ひさしぶりやん!」と帰ってきたのが面白かった。そうかぁ、俺は、あの頃から全然変わってないのか... 嬉しいような、悲しいような、かなり複雑な感覚だけど。
それに、あの頃手伝っていた春一番の主、福岡風太氏と少し話したことも嬉しかったな。正直、自分の人生を変えた人間のひとりだから。最初彼は自分のことを思い出せなかったようだけど、ちょっと話をしていたら思い出してくれた。嬉しいものだ。しかも、「昔となんも変わらんでぇ」と今も元気に貧乏生活をしているとのこと。自分も同じですわ。
そういえば、ついに、72年の『春一番の幻の10枚組』がCDとして発表されるという話を聞いた。嬉しい。このことをこれまで何度書いたことか... 値段は高いけど、絶対に買います。なにせ、高校生の頃、このアルバムに収められているはちみつぱいを繰り返し聞いていたのが、あのディラン。これには自分の思い出がいっぱいつまっている。一時は10数万をだす覚悟でオークションにトライしたこともある作品だ。買わずにいられるかぁ!
といいながら、これから成田。間に合うかなぁ。
投稿者 hanasan : 2006年03月15日 09:34