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2006年03月11日

Buena Vista Social ClubはAli Farka Toureから始まった

Ali Farka Toure with Ry Cooder 数日前、新聞の片隅にAli Farka Toureが亡くなったというニュースをみつけた。まるでブルースのルーツがアフリカにあったことを証明するようなギターのスタイルが話題になったミュージシャンで、ロバート・ジョンソンなんかと比較されたりするんだが、短絡的に「これがルーツ」ではないという話は後にいろいろな人から耳にした。その彼が亡くなったという。新聞の記事では死因など詳しいことはわかってはいないようなんだけど、バウンスの記事を読むと癌でなくなったと記されている。この人に直接会ったことはないんだが、彼を西洋に紹介することになったレーベル、World Circuitを主宰しているニック・ゴールド氏とはずいぶん前にインタヴューをしていて、それはここでチェックできる。実は、彼こそが、驚異的な大ヒットを記録することになってしまった『Buena Vista Social Club』を仕掛けた... というよりは、仕掛けてしまうことになった人物で、彼とは80年代半ばから終わりにかけてワールドミュージック系のミュージシャンをさかんに取材していた時期に一同遭遇していたのを覚えている。その後、『Buena Vista Social Club』がヒットし始めた頃に実現したインタヴューがそれだった。

 その話を読み返してもわかるんだが、『Buena Vista Social Club』のヒットで最も重要な役割を果たすことになったミュージシャン、アーティスト、ライ・クーダーが、実は亡くなったアリ・ファルカ・トゥーレに接近し、そこから『Buena Vista Social Club』につながっていくことがわかる。おそらく、そのきっかけとなったのが『Ali Farka Toure』というアルバムだろう。最初の出会いで意気投合した彼らはその後、3日間でアルバムを録音。その結果が『Talking Timbuktu』で、グラミー賞を受賞することになるこれが35万枚のヒットを記録して、友人と二人でやっていたという、ニックのレーベル、World Circuitがインディ大手のレーベルとして発展していく基盤を作ることになるのだ。

Buena Vista そのニックがアリから聴いたのが西アフリカで人気のキューバ・ミュージックの話。それじゃぁ、「西アフリカとキューバの伝説的なミュージシャンを一緒にしてアルバムを作ろう」と動き出したのが『Buena Vista Social Club』の発端で、そのことをライに連絡したら飛びついてきた... という流れになっている。ところが、録音間近になってマリのミュージシャンがパスポートを紛失したとか、なくしたとかって話が入ってきて、「じゃぁ、仕方がない。キューバのミュージシャンだけでやっちまおう」と生まれたのがそのアルバムだったのだ。面白いよな。本当は違ったプロジェクトだったのに、こうなってしまったという展開。しかも、それが大ヒットをしてしまうという、瓢箪から駒を絵に描いたような流れがここに生まれているのだ。

 しかも、2回目の録音にヴィム・ヴェンダース監督が同行することが決定したのも録音の数日前だと言うし、この時、あの録音や風景を撮影したのも彼とカメラマンの二人。カメラもまともなのは1台で、もう一台は市販されている家庭用のものだったとか。その映画やアルバムがまるでマイケル・ジャクソンやマドンナばりの大ヒットを記録して、歴史に名を残してしまうことになる。

 あれからずいぶんと時間が流れているんだが、アリ・ファルカ・トゥーレがなくなったニュースをみつけて思ったのは、マリのこのミュージシャンが、そして、ベッドルームを事務所代わりにしていたインディ・レーベルの人間がいなければこういった大ヒットも生まれていなかったということ。そして、こんなプロジェクトのおかげでキューバを訪ねていく人がどんどん増えていったことも否定できないだろう。そのキューバでカストロが亡くなったら... どうなるんだろう。また、あのイラクのような事態になるんだろうか。そんなことは絶対にさせてはいけないんだけど、このニュースを耳にして、そこまで想像してしまうってのは行き過ぎかなぁ。


投稿者 hanasan : 2006年03月11日 12:14

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