« 2006年02月 | メイン | 2006年04月 »

2006年03月28日

書きたいことは山々なれど...

国本武春 いやぁ、あまりに忙しいです。残念ながら、なかなか更新はできません。3月15日に日本を出て、テキサスに飛んで、サウス・バイ・サウスウェストというフェスティヴァルのお手伝いに出かけていったんですが、今回はなんとステージに立ってお話をするというMCがメインの仕事。それも、日頃はあまりなじみのない三味線の音楽について話し、アーティストを紹介していくというんですが、実は、めちゃくちゃ面白かった。

 出演したのは石垣島の大島保克氏(最新作は「島めぐり~Island Journey~」)、沖縄の内里美香さん(最新作は「 風のションカネー 」)、大野敬正氏、(最新作は「ambience」)うめ吉さん、(最新作は「大江戸出世唄」)そして、国本武春氏(最新作は「sushi & gravy」)というラインナップ。沖縄の三線から、津軽三味線、そして、江戸の芸者を思わせる都々逸や小唄、民謡あたりに、浪曲師ということで、いろいろな種類の三味線音楽を楽しんでもらおうというもの。そのそれぞれのスタイルを紹介しながら、テキサスのオースティン、ニューヨーク、シカゴ、オークランド、そして、ロスと10日間ほどツアーをしてきたんだが、これがめちゃくちゃ面白かった。本当はそのあたりの話をじっくりと書きたいんだが、25日に帰国して、今日、28日には再び日本を離れてローマに飛んでしまう.. という状況。イタリアで時間があれば、このあたりのご報告をすることになるんですが、どうなることやら。

 ということで、状況報告のみですが...


投稿者 hanasan : 04:33 | コメント (0)

2006年03月15日

33年ぶりの仲間や歌にボロボロ

斉藤哲夫 13日と14日、新宿ロフトに行った。ここで『春二番』というイヴェントが開かれていて、出演したのは加川良と斉藤哲夫、センチメンタル・シティ・ロマンスあたりが初日で、2日目は中川イサトに大塚まさじといったところ。いわば、自分が高校生だった頃、最も影響を受けた音楽。おそらく、自分の人生を変えてしまったといってもいいミュージシャン達が集まっていたのがその理由だ。本当は、取材する人間として会場に行って撮影をしたかったんだが、残念ながら、撮影許可は下りなかった... まぁ、かなり悔しかったけど、自分が作っているSmashing Magが、まだまだ大きな力を持つ媒体に育っていないことが理由なんだろう。1日平均で8000人の人々がここを見に来ていても、まだ未熟なのだ。

 おかげで、写真を撮るために走り回ることもなく、逆にじっくりと歌を聴くことができた。それはよかったなぁ。二日ともちょっと遅れて会場に入ったんだけど、初日は久しぶり... といっても、去年のハイド・パーク・ミュージック・フェスティヴァルで聴いたセンチメンタル・シティ・ロマンスの「雨はいつか」って曲が染みたなぁ。今じゃセルフカバーで作った『30 years young』や初期のアルバムがわずかに入手可能だけど、自分が大好きだったのは、この「雨はいつか」が収録された『シティ・マジック』という作品。通称、センチには、本当にいい曲が多いなぁとつくづく思う。そのセンチをバックに『グッドタイム・ミュージック』を、斉藤哲夫が歌ったんだが、その前に彼の娘のキーボードとをバックに歌った『悩み多き者よ』(デビュー・アルバム『君は英雄なんかじゃない』に収録)にたたきのめされるのだ。これを初めて聞いたのはまだ中学生じゃなかったかなぁ。あの時以上にこの歌が染みる。おそらく、この曲を書いた時、彼はまだ20代そこそこじゃなかったかと思うし、下手をしたら10代だったのかもしれない。でも、圧倒的な歌の響きは、あれから30数年が過ぎても全く変わることはない。名曲だというのは簡単だけど、その曲を今も新鮮なものとして歌える斉藤哲夫って、すごい人だなぁとしみじみと思った。

加川良 実をいえば、中学生の頃かなぁ、最も好きだったのが加川良で、特に最初の3枚のアルバムはよく聴いた。『教訓』と、『親愛なるQに捧ぐ』、そして、『やぁ』という流れなんだけど、さすがにこの頃のものは1曲しか歌っていなかったんじゃないかな。なんか今の加川良はちょっと重すぎるというか、ナルシズムみたいで、すんなりとは受け入れられなかった。別に嫌じゃないけど... なになんだろうね、この感覚は。ただ、彼のバックでスライドを引いていた名古屋の杉野のぶ(という風に聞こえた)って、すごいなぁ。なんか、全盛期の(今もそうかぁ?)デヴィッド・リンドレーを思い出してしまった。(なんか、この人のアルバムって、今じゃ全然みつかりませんけど)

 そして、二日目は中川イサトが演奏している時に会場に入った。数年前に横浜ジャズ・プロムナードで見ているんだけど、この人のギターはとんでもなく素晴らしい。でも、この日はギターよりも、歌だった。しかも、カバーが多かったように思うけど、オリジナルは僕が入る前にやったのかなぁ。ザ・バンドの「ウエイト」なんて、きちんと日本語で歌っているのがよかったなぁ。ホントはね、イサトさんの歌って、そっと染みるんだよね。自分のなかでは『お茶の時間』や村上律とのデュオで作った『律とイサト』が大傑作。「あ〜、嫁さんが欲しい」と歌っていた、あの曲なんてほろっとしながら、同時に笑いながら、聴いてましたもの。あの時は大学生かなぁ... でも、今あれを聴くと、あまりに自分にピッタリなのが面白い... ようで、実は笑えないかもしれないけど。

大塚まさじ 大塚ちゃんはディラン・セカンドのころの曲も歌ってくれたなぁ。「ガムを噛んで」(『second』)や「サーカスにはピエロが」(『きのうの思い出に別れをつげるんだもの』)といった名曲。っても、このあたりの曲を聴いていても、どうしても僕には西岡恭蔵が目に浮かんでしまう。だってね、彼が自殺した時には、1日中『ディランにて』を聴いて、泣いてましたから。

 でも、大塚まさじの魅力を最も感じたのは『風が吹いていた』とか、『遠い昔僕は』といった時代。トム・ウェイツに惚れ込んで、その憧憬がそのまま歌になった「まだ会わぬ友(トム・ウエイツに)」って曲も好きだったなぁ。あの頃の曲も歌ったように思うけど、はっきりしない。

 この日、なによりも嬉しかったのは彼のバックで演奏していた長田たこやきと、久しぶりに言葉を交わしたことかもしれない。彼とは高校生時代にディランでよく会っていた、仲間のようなもので、実をいえば、30年ぶりぐらいに顔を合わせて... 「覚えてる?」と聞き始めたら、「ひさしぶりやん!」と帰ってきたのが面白かった。そうかぁ、俺は、あの頃から全然変わってないのか... 嬉しいような、悲しいような、かなり複雑な感覚だけど。

 それに、あの頃手伝っていた春一番の主、福岡風太氏と少し話したことも嬉しかったな。正直、自分の人生を変えた人間のひとりだから。最初彼は自分のことを思い出せなかったようだけど、ちょっと話をしていたら思い出してくれた。嬉しいものだ。しかも、「昔となんも変わらんでぇ」と今も元気に貧乏生活をしているとのこと。自分も同じですわ。

 そういえば、ついに、72年の『春一番の幻の10枚組』がCDとして発表されるという話を聞いた。嬉しい。このことをこれまで何度書いたことか... 値段は高いけど、絶対に買います。なにせ、高校生の頃、このアルバムに収められているはちみつぱいを繰り返し聞いていたのが、あのディラン。これには自分の思い出がいっぱいつまっている。一時は10数万をだす覚悟でオークションにトライしたこともある作品だ。買わずにいられるかぁ!

 といいながら、これから成田。間に合うかなぁ。


投稿者 hanasan : 09:34 | コメント (0)

2006年03月11日

Buena Vista Social ClubはAli Farka Toureから始まった

Ali Farka Toure with Ry Cooder 数日前、新聞の片隅にAli Farka Toureが亡くなったというニュースをみつけた。まるでブルースのルーツがアフリカにあったことを証明するようなギターのスタイルが話題になったミュージシャンで、ロバート・ジョンソンなんかと比較されたりするんだが、短絡的に「これがルーツ」ではないという話は後にいろいろな人から耳にした。その彼が亡くなったという。新聞の記事では死因など詳しいことはわかってはいないようなんだけど、バウンスの記事を読むと癌でなくなったと記されている。この人に直接会ったことはないんだが、彼を西洋に紹介することになったレーベル、World Circuitを主宰しているニック・ゴールド氏とはずいぶん前にインタヴューをしていて、それはここでチェックできる。実は、彼こそが、驚異的な大ヒットを記録することになってしまった『Buena Vista Social Club』を仕掛けた... というよりは、仕掛けてしまうことになった人物で、彼とは80年代半ばから終わりにかけてワールドミュージック系のミュージシャンをさかんに取材していた時期に一同遭遇していたのを覚えている。その後、『Buena Vista Social Club』がヒットし始めた頃に実現したインタヴューがそれだった。

 その話を読み返してもわかるんだが、『Buena Vista Social Club』のヒットで最も重要な役割を果たすことになったミュージシャン、アーティスト、ライ・クーダーが、実は亡くなったアリ・ファルカ・トゥーレに接近し、そこから『Buena Vista Social Club』につながっていくことがわかる。おそらく、そのきっかけとなったのが『Ali Farka Toure』というアルバムだろう。最初の出会いで意気投合した彼らはその後、3日間でアルバムを録音。その結果が『Talking Timbuktu』で、グラミー賞を受賞することになるこれが35万枚のヒットを記録して、友人と二人でやっていたという、ニックのレーベル、World Circuitがインディ大手のレーベルとして発展していく基盤を作ることになるのだ。

Buena Vista そのニックがアリから聴いたのが西アフリカで人気のキューバ・ミュージックの話。それじゃぁ、「西アフリカとキューバの伝説的なミュージシャンを一緒にしてアルバムを作ろう」と動き出したのが『Buena Vista Social Club』の発端で、そのことをライに連絡したら飛びついてきた... という流れになっている。ところが、録音間近になってマリのミュージシャンがパスポートを紛失したとか、なくしたとかって話が入ってきて、「じゃぁ、仕方がない。キューバのミュージシャンだけでやっちまおう」と生まれたのがそのアルバムだったのだ。面白いよな。本当は違ったプロジェクトだったのに、こうなってしまったという展開。しかも、それが大ヒットをしてしまうという、瓢箪から駒を絵に描いたような流れがここに生まれているのだ。

 しかも、2回目の録音にヴィム・ヴェンダース監督が同行することが決定したのも録音の数日前だと言うし、この時、あの録音や風景を撮影したのも彼とカメラマンの二人。カメラもまともなのは1台で、もう一台は市販されている家庭用のものだったとか。その映画やアルバムがまるでマイケル・ジャクソンやマドンナばりの大ヒットを記録して、歴史に名を残してしまうことになる。

 あれからずいぶんと時間が流れているんだが、アリ・ファルカ・トゥーレがなくなったニュースをみつけて思ったのは、マリのこのミュージシャンが、そして、ベッドルームを事務所代わりにしていたインディ・レーベルの人間がいなければこういった大ヒットも生まれていなかったということ。そして、こんなプロジェクトのおかげでキューバを訪ねていく人がどんどん増えていったことも否定できないだろう。そのキューバでカストロが亡くなったら... どうなるんだろう。また、あのイラクのような事態になるんだろうか。そんなことは絶対にさせてはいけないんだけど、このニュースを耳にして、そこまで想像してしまうってのは行き過ぎかなぁ。


投稿者 hanasan : 12:14 | コメント (0)

2006年03月10日

バカウケ!墓場から蘇ったエルヴィス・プレスリーがジミヘンを歌う?

Jimmy The King またまた、例の飲み屋で遊んでいた昨晩のこと、持っていったこのアルバムが大ウケで、そのあまりのウケ具合のおかげで書いちゃいます。アルバムの主はJimmy The Kingという... 見ればわかると思うけど、エルヴィス・プレスリーのそっくりさん。で、アルバム・タイトルが『Gravelands』っていうんですけど、ちょっとでもエルヴィスのことを知っている人だったら、わかりますよね、この意味。彼のお家がGracelandというもので、その昔、ポール・サイモンが『Graceland』というアルバムを発表していますな。(今、見たらまたボーナス・トラック付きでリマスター盤がでてました。ちなみに、その時の音楽をベースにアフリカでやったライヴが『Graceland : The African Concert』というDVDで入手可能ですが、これ、名作です。友人のマイケル・ローズもサックスを吹いているし、ヒュー・マサケラやミリアム・マケバもすごい。バックの南アフリカのミュージシャン、レディスミス・ブラック・マンバーソも強力です)といっても、なんでこのアルバムのタイトルがこうなっているのかは全然知りませんけど。

 ともかく、Gracelandがプレスリーの家で、Jimmy The Kingのアルバム・タイトルがGravelandsということは、どういうことか... 聡明なあなただったら、おそらく、想像できると思いますけど、要するにgraveとはお墓のことであり、それが複数形になっている... ということは、エルヴィス・プレスリーにそっくりのジミーさんが、その声を使って既に亡くなってしまった素晴らしいアーティストの歌を歌っている... と、まぁ、そういった内容なんですよ。

 これ、どうする?聴かないわけには行かないでしょ?だってさぁ、プレスリーがジョイ・ディヴィジョンのLove WIll Tear Us Apartを歌うんですな。マーヴィン・ゲイのI Heard It Through The Grapevineや、ボブ・マーリーのNo Woman No Cry、ジミ・ヘンドリックスの Voodoo Chile、TレックスのTwentieth Century Boyから、オーティス・レディングのDock Of The Bayをカバーしたらどうなったか?簡単に想像できない?じゃ、これを聴いてくださいませ。こうなるんだよぉ!と、そんな感覚で作られているのがこのアルバムなのね。

 ちなみに、音を聞きたかったら、このタグが使えるかどうかわかりませんけど、
The King - Gravelands
をクリックしてくださいませ。

 これをどう受け取るかは、まぁ、あなた次第なんですけど、これを聴きながら、昨晩は、みんなでゲラゲラ、ニタニタ、ニヤニヤ、ガッハッハと笑いつつも、けっこう真剣な顔で感動していたんですな。だって、ジミーさんの声、まんまエルヴィスなんですもの。どこかでゾクゾクするほどの魅力を感じるし、単純に「もし、あの頃、エルヴィスが本当にこういった曲をカバーしていたら...」と、想像するだけで「そうだぁ、こうなったんだぁ」と感激してしまうんですよ。

Trextasy まぁ、こういったものを音楽関係者は「げてもの」って思うんでしょうけど、これにはきちんと歴史があるのね。イギリスやオーストラリアだけじゃなくて、アメリカでもトリビュート・シーンというのがあって、ファンがあまりに惚れ込んだがためにオリジナルにそっくりの衣装でそっくりに演奏してしまうってんですけど、10年ほど前に日本に紹介したのがこのアルバム。ロンドンをベースに置く、Tレックスタシーの『Trip and Glide』なんだけど、これがいいんだ。しかも、このアルバム、実は、本来マーク・ボランがやりたかったことをジャケットでもやっていて、この裏がそうなのさ。オリジナル・アルバムでは、本人が望んでいなかったことをやられて嬉しくなかったと言うんだね。それもすごいでしょ?さらに、このアルバムで、Tレックスタシーはオリジナルの曲を演奏しているんだけど、彼らのオリジナルが「実は、マーク・ボランの未発表曲だった」といっても、誰も疑わないような代物なのさ。こういったものをどう受け取る?いいでしょ?楽しいじゃないか。

 っても、日本じゃ「コピー・バンド」なんて言われるんだろうし、それは数年前のフジ・ロックでのモリッシーの来日キャンセル事件ではっきりしたからね。その代わりにThis Charming Menとかってトリビュート・バンドが登場したんだけど、あれは、コピーを越えているのね。だから、時にはオリジナル以上にオリジナルだったりするのよ。だって、あれはすでに存在しないスミスを再現しているんだから。その意味ってわかりつらいと思うけど、どんなバンドやアーティストでも、ピークというか、とんでもない張りのある時期があって、それは、自分たちでも再現できなかったりするんだよ。ところが、こういったバンドは、それを再現してしまうのね。それが面白いんですよ。そりゃぁ、オリジナルじゃないから、こういったバンドがアルバムを出したら... オリジナルを聴いた方がいいと思ってしまうかもしれないけど、どころがどっこい、今回のジミーさんのようなアプローチも大ありだと思うし、このTレックスタシーのようなアプローチもいいと思うんだ。しかも、確か、この前のアルバムでTレックスタシーは、オアシスがTレックスをぱくって録音した「シガレット&アルコール」という曲を、今度は、Tレックスのスタイルで録音してケンカ売ってるし... こういったのって、とってもチャーミングだと思うんですけど、いかが?


投稿者 hanasan : 17:36 | コメント (0)

2006年03月07日

マックにぶち切れ!

マックトラブル本 つい先日、今もマックが大好きだぁと書いたばかりなのに、うちのマックがトラブルに見舞われて、なんと6時間も格闘する羽目になってしまった。自宅のマックで、ほとんど音楽専用に使っているのが、懐かしのCube。すでに、保証も切れているので、わずか20GBしかなかったハードディスクを120GBのものに入れ替えて、それを二つにパーティションして、片方は完全にMac OS9.2.2で、そうして、もう一方はMac OSXにして使っている。そのあたりはずいぶん前にで書いているんだけど、あれ以来、ほとんど問題なくいい感じで動いてくれてたのね。そのときにお世話になったのが『Macintosh改造道—最強のチューンアップ解説書』という本で、ずっと調子の悪いDVD-ROMを入れ替えようかとも考えているけど、その値段が確か、4万円近いというので、これには手をつけてはいない。まぁ、実際、今となっては、ほとんど売っていないですからね、Cube用なんて。しかも、外付けがあまりに安いのに、そんなもの必要ないとも思うし。

 安定していたとはいっても、自動的にソフトウェア・アップデートをしていて、時折問題になったのが、なぜかインストール後の再起動でまたまた「再起動しろ」という奇妙なアラートがでること。起動し始めてブルーのバック・グランド画面が少し暗くなって、その上に黒字に白で書かれたこれが出てくるんですが、幾度か再起動を繰り返していくとなんとかなってたんですね、いつもは。実は、今回、同じようなことがあったんだけど、起動してもマウスを認識しなくなって... その原因が全然わからなくなったんですね。しかも、最悪の場合にはOSを再インストールすれば元に戻るのに、その途中でトラブルが発生して、インストールもできなくなったわけです。

 これにはひやりですね。当然ながら、ディスク・メインテナンス用のソフトでいろいろ確認するんだけど、これも途中でエラーが出てきて、にっちもさっちもいかなくなったわけです。当然ながら、MacOS9の方で起動して、そちら側から修復を試みたり... それでもだめ。大昔はこういったトラブルがけっこう頻繁に起きていたから、慣れっこにはなっているものの、OSXに関してはそれほど頼りになるメンテナンス用のユーティリティ・ソフトって持っていないし... おそらく、トライしても無理だったように思いますけどね。

Art Blakey & The Jazz Messengers というので、ディスクを初期化してまっさらな状態でシステムを再インストールするしかないかぁと思ったんだけど、そこで気がついた。じゃ、ここに入っている4400曲分のmp3がぶっ飛んでしまうわけ?そりゃぁ、ないだろう!ということになったわけです。だってさぁ、自分のCDをこつこつと入れて作ったファイルだから、これがなくなったら... と、想像すると、目の前が真っ暗になります。なにせ、ブルーノートのアルバムが約250枚分、1500番台と4000番台の最初の150枚分ぐらいは入っているわけで... というので頭を抱えた。おそらくベストなのは、まだ完全にクラッシュしてしまう前に、データをほかにディスクにバックアップして、それから、新規にシステムを再インストールすること。

 でもって、また頭を抱えることになる。おそらく、15台ぐらいは持っているだろう、外付けハードディスクも、データのバック用で、それを潰すこともできない... でも... というので、結局、DVDのデータを蓄積していた1台を潰すことにしてしまった。これにCubeのOSXをインストールしているパーティション分を完全にバックアップして、それからシステムを新規インストールするわけだ。もちろん、この時点ではこのバックアップが可能かどうかもわからなかったんだけど、めちゃくちゃ時間がかかったものの、なんとかなった。でもって、Cubeのディスクを初期化して、インストールが完了したときにバックアップと同期させるという形で元に戻ったんですが、このために費やした時間がなんと6時間。頭がぶち切れそうになりました。

 つい前日、I still love Macって言ったところなのに... なんてこったい!


投稿者 hanasan : 19:34 | コメント (0)

2006年03月05日

I still love Mac!

Mac Book Pro 新しいパワーブック... いや、今やそう呼べなくて、マック・ブック・プロってことになっているんですが、これは複雑やねぇ。自分はいまだにMac OS9を使っているので、それで起動できる最終マシンであるパワー・ブックG4 1GHに、デスクトップの、やはりMac OS9で起動可能な最終マシン、パワー・マックG4の1.25GHデュアル、それに、絶対に手放せないと思っているパワー・マックG4キューブを今も使っているから、関係ないといってしまえばそれまでなんですけど、やはり新しいマシンがでると、気になってしまうんですな。もちろん、今や、金欠病の極みなので、現実的に購入するつもりはないんだが、マック・ミニも、なんだかんだといってチェックしてしまうというのは、けっこうなMacマニアになってしまったことの証明なんだろうと思う。

 まぁ、今使っているマシン、特にラップトップについては、仕事で世界中を飛び回るなかでどうしても安定させておかなければいけないので、今のがおかしくなったら、どうしても新しいものを買う必要性がでてくるんだろうけどね。なにせ、これがなければ仕事になりませんから。同時に、いろいろなところに移動して仕事をするのでマシンにダメージがでやすいということもあり、保証期間を実質的に2年間延長するサービス、Apple AppleCare Protection Planの契約をしている。ラップトップの場合、値段が高めで4万円を超えるんだが、このおかげでこれまでずいぶんと助けられた。いつだっけか液晶画面と本体をつなぐヒンジの部分がおれてしまって、これを渋谷のクイック・ガレージに持っていって、直してもらったんだが、話を聞くと、ヒンジだけではなく、液晶パネルそのものから全てを取っ替えなくてはいけないようで、まるで新品になったような錯覚を感じるほどぴっかぴかになって返ってきた。当然ただです。もちろん、すでにお金を払っているので、得をしたってことはないんだろうけど、そんな気分になってしまうのだ。

 そして、半年前、全くスリープにならない... という奇妙な現象が起きて、いろいろとチェックしてみたんだが、ソフト上の問題ではないような気がして、やはりクイック・ガレージに持っていったら、預かります... ということで、この時、「いやぁ、ほかにもね、DVDを焼くとエラーが頻発するんですよ..」なんてことを話して、ありとあらゆることを報告していたんですね。そうしたら、ロジックボードからハードディスク、DVD/CDライターの全てが交換されて戻ってきた。そうやって考えると、ほとんど新品のようなもので、びっくりでしたね。まぁ、この時には、「複合的な原因があって特定できないんですけど、このメモリがおかしいようです」なんていわれて、結局、新たに512mbのメモリを購入。確かにお金をかけなければいけない羽目にはなってしまったんですが、なんか嬉しかったなぁ。

 ところが、それから半年ぐらいが過ぎて、膝の上でこのパワーブックを使っていると、ハードディスクが異音を発するのに気がついたわけです。おそらく、コンピュータを長く使っている人には経験があると思いますが、これって、けっこう前兆なんですね、ハードディスクが昇天してしまう。そうしたら、当然データはぶっ飛ぶし、とんでもない目にはまることになります。というので、Apple AppleCare Protection Planが切れる前に(3/17に切れるのさ)確認しようとして、再びクイック・ガレージを訪ねると、そこで起動しなくなってしまったんですな。わけがわかりません。なにせ、その直前、家では普通に動いていたんですから。そうしたら、係りの人が「どうやら、これはロジック・ボードがおかしいんじゃないかなぁ。でも、そうなると、今、このタイプのものは在庫がアップルにも少ないことがあって、うちで預かると下手をすると数週間はかかることになりますよ」といわれて、直接アップルにコンタクトする方が得策ですよ... ということになった。

 面白いのは、帰宅してすぐにアップルに電話したら... 最近、ここの対応がめちゃくちゃよくなっていろいろなことを教えてくれるんですね。「キーボードのふたを開けて、パワー・スイッチの左にリセット・ボタンがあるんですね。それをしばらく押してください。5秒ぐらいですね。それで起動すれば、だいたいの場合は大丈夫ですよ」というので、そうしたら、見事に復活。クイック・ガレージの人がいったロジックボードの問題は全くの空振りだったことがわかるのだ。でも、ハードディスクのこともあり、実は、キーボードに奇妙な引っかかりがあることもあって、一応見てもらえますか?なんてことをいって、翌日回収に来てくれて修理に出したわけです。いやぁ、やってみるものです。向こうでは症状が発生しなかったんだけど、念のためにハードディスクを交換して、キーボードも新しいものが付けられて戻ってきた。大感謝です。4万円以上を払ったApple AppleCare Protection Planのもとは充分に取れましたから。

Mac Book Pro そんなこともあるし、アップルのビジネスに対するチャレンジ精神というか... そういうのも好きで、iPodも第三世代のものを愛用しいまず。ここにブルーノートのアルバム250枚分を入れて、その他今、全部で4000曲ぐらい入っているけど、これでも不満で、もっと容量の大きいものが欲しいなぁ... なんて考えています。もちろん、金欠ですから、よほどのことがない限り買うとはないと思うけど、買うんだったら、このiPod Photo 60GBになると思いますね。まぁ、選曲するのがもうちょっと簡単にできないかなぁとは思うけど。

 また、ジョンギグ... なんてするわけないけど、ロングウォークはたまにしますが、その時に便利だからというので、以前、iPod Shuffle 1GBも買っていたんだが、これ、あまりに小さいこともあってなくしてしまいました。っても、値下げしたし、値段も手頃だというので、また買ってしまいました。ちなみに、これもamazonで買うと10%分のクーポンをもらえるので、通常の量販店で買うよりも得というか... どっちにしろCDやDVDを買うんだから、当然のようにamazonで買いましたけど。実際、アップル製品はどこで買っても値段的には同じなので、どうしてもこうなっちゃいますね。さすがに20数万円するコンピュータ本体はクレジットカードの一括払いでは苦しいから、なかなかそうはできませんけど。

 そういえば、先日、新宿のヨドバシに行って来た時に、iPod Hi-Fiをちょっとさわってきたんだけど、思っていたよりも小さかったなぁ。音もそれほど悪いとは思わなかったし、使いようによってはいいのかなぁ... なんて思ってしまいました。っても、これはセカンド的なものでしかあり得ないから、あぶく銭が入らなければ買うことはないと思いますけど。それよりは、今、昔のプレイヤーとか、アナログをいい音で聴くための機材が買えなくなる可能性がでてきたので、こちらの方が心配ですね。電気用品安全法(PSE法)のおかげで、管球アンプなんてものが買えなくなる可能性があり、頭を痛めています。昔からのオーディオが好きな人、アナログが好きな人にとっては中古のオーディオ機器はとっても重要なんですね。それも買えなくなる可能性がある。なんてこったい。ですから、ここで署名してください。だいたいプレスリーが好きだとか、クラシックを聴いているとか、オペラがどうのとかっていっている小泉がどんな音楽の聴き方をしているか... こんな法律に疑問を感じないということからも明らかでしょ。ひどい法律を作りやがらる。そう、思いません?


投稿者 hanasan : 15:29 | コメント (0)

2006年03月04日

Four Dead in Ohio ニール・ヤング

CSN & Y CDN&Yの名作『4 Way Street』のこと、特に「オハイオ」という曲のことをちらっと書いて、あの直前に、そのカバーが収録されているThe Isley Brothersのアルバム『Givin' it Back』を注文。それが届いた。で、全曲カバーで作られている作品だということを発見。それを今、聞き終えたとこなんだけど、こんなにいいアルバムを知らないでいたことが悔やまれる。素晴らしい選曲だ。それだけでも、このアルバムを彼らが発表しようとした気持ちを理解できる。音楽はただの娯楽ではなく、意思表示であり、無数の個人をつなぐ手段であり、「生きていることの証明」でもあったんじゃないかなぁ思いますね。

 で、もっと詳しく資料として、ライナーを読み出した。そうしたら、やはり「4人がオハイオで死んだ」ということに多くが割かれていた。この曲が持っているインパクト、そして、おそらく、はその発端となった事件がとてつもなく大きな意味を持っているということなんだろう。だからというので、この事件のことをなんとはなく調べてみようとネットをサーチしたら、こんなサイトをみつけることになる。

 これによると事件が起きたのは70年の5月4日。後にこれがケント・ステイト虐殺と呼ばれるようになるらしいんだが、この時まだ20そこそこの学生4名が軍の一部であるナショナル・ガード(州兵という訳でいいのかどうかは確認していませんが、当時はそういわれていたように記憶しています)によって約100メートルぐらいの距離からライフルで射殺され、彼の他13名が重軽傷を負ったという記録がある。ヴェトナム戦争に反対し、当時のニクソン大統領による政策に抗議するための集会だったらしく、そこに州兵が導入されてこの事件となったとのことだ。

 1997年の5月4日には州立ケント大学にCSNがやってきて、この曲を演奏したとか、2004年の同じに日にはパティ・スミスがニューヨークのブルックリンでこの曲をカバーしたとかといった情報がこのサイトには記されている。なお、このサイトではMP3でこの曲を(もし、知らないようだったら)DLできようになっていると思うので、聞いてみればどうでしょ?もちろん、『4 Way Street』は手にしていてもらいたいほどの名作で、みんなに聴いてもらいたいけど。

 ちなみに、歌詞についてはこちらのサイトに全て書かれてあります。簡単な詞だから、おそらく、英語がわからない人でも、辞書片手にひもとけば意味はすぐにわかると思います。


投稿者 hanasan : 14:30 | コメント (0)

2006年03月02日

また、クリックしてしまった... 高田渡ボックス

タカダワタル うちのサイトでもそうだし、Smashing Magでもamazon.co.jpとアフィリエイト(提携)していることがあり、毎日にのようにいろいろとチェックすることになる。こうやってなにかを書いていると、ここに紹介したどんなアルバムやミュージシャンにどれぐらいの反応があったかが、けっこう手に取るようにわかるのだ。そんななか、うちでも向こうでもなぜか人気があるというか、多くの人がチェックするのは、けっして最新流行ものではなくて、クラシックなものだというのが面白い。こういったサイトを訪ねてくる人が流行ものを全然相手にしていなくて、それとは全く逆にやたら渋いものをチェックしているような傾向にあるのだ。そんななかでコンスタントにチェックされるアーティストのひとりが高田渡だ。実際、昨年のデータをチェックした結果はここに書き残しているんだが、彼のデビュー・アルバム、『高田渡 / 五つの赤い風船』はトップ10に食い込むほどの人気で、年に2〜3枚は確実に売れている。それを知ってかどうか、このところ、紙ジャケット仕様とか、でがジャケット仕様なんて代物も売られていて、ノスタルジーを誘おうとしているように思えるな。それだったら、アナログの中古を買えばいいと思うんだけど。ま、それも希少価値から値段が高いのかもしれないけど。

 そんなデータを調べていて発見したのが、また注文してしまったこのボックス・セットだった。『高田渡アンソロジー』と名付けられたもので、彼が当時、URCに残した録音を集めたもので、『高田渡 / 五つの赤い風船』に、当時シングルとして発表された3枚(6曲)を加えたDIsc1、『汽車が田舎を通るその時』をDisc2と、あのシングルは除いて、そのあたりは持っているんだが、Disc3がフォークジャンボリーの高田渡を集めたもので、ここには70年に「ゼニがなけりゃ」を歌っているシーンの映像がCD-Extraで収録されているんだそうな。さらに、Disc4は未発表のレア音源ということで、4枚組で5250円という値段。まぁ、枚数を見たら安いのかなぁとは思うけど、すでに持っているアルバムが2枚あるし... と悩んだんだけど、結局、クリックしてしまいました。

 で、その理由は... というと、今、amazonで500円引きのキャンペーンをやっているのさ。CDやDVDと本に関して、5000円以上の買い物をすると、その場で割引してくれるというのがあって、「どんなものでもいいのかなぁ...」と思いつつ、試しにやってみたら、500円引いてくれました。ありがたいものです。ということで、4750円で買えてしまったわけです。まぁ、ちょっとしたきっかけなんですが、こういうのって、引っかかりますなぁ。私も月並みな消費者ですから、500円でも動くんですよ。しかも、初回生産限定なんて言葉にも弱いし。

タカダワタル で、この原稿を書いている時にみつけたのが、息子と二人でやったライヴのアルバムで、『27/03/03』というもの。なんかMCが面白かったり、事件があったり... なんてことが説明されているけど、さぁて、これはなぁ.. どうしようかぁ。息子の高田蓮は昨年のハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、細野晴臣のバックで演奏しているのを見たのが最初じゃなかったかと思うが、(ちなみに写真を撮影したのは私ね)、それ以前といえば、渡のアルバム『Fishin' On Sunday』で歌われていた「漣」という曲での姿。だから、本物を初めて見て... なんかおかしかったなぁ。まぁ、その理由を知りたければ、このアルバムを聴いてくださいませ。笑えますから。

(今、気がついたんですけど、息子のアルバムジャケットってパロディね。『Wonderful World』はブルーノートの名作、ジョー・ヘンダーソンの『Page One』だし、『RT』はトーキングヘッズの『More Songs About Buildings and Food』。遊んでますなぁ)

 それに、DVDは持っているけど、『タカダワタル的』ってアルバムは聴いていないし、『日本に来た外国詩・・』も『ベストライヴ』も聴いていない。でも、全部聞けないからね。それに、昨年はトリビュート・アルバムが2枚でているようで、『ごあいさつ』に『系図』といったところが、けっこうマイナーながらも味のあるアーティスト達の録音で発表されている。なんでも、このシリーズ、次は『石』らしいんだけど、なんかキリがありませんなぁ。それに未発表音源もまだまだあるんだろうし.... あぁ、音楽って、金がかかるなぁ。


投稿者 hanasan : 22:34 | コメント (0)

2006年03月01日

ソウルのバーにやられた。こっちもサイケよ。

The Isley Brothers ソウルに行って、いつも驚かされるのがバーだ。っても、たまたま入るわけではなく、いつも音楽仲間に連れて行かれるんだが、今回もとんでもなく素晴らしいバーをみつけることになってしまった。まぁ、その前哨戦として、昨年の6月があるんだけどね。場所は.... あー、全然覚えてません。おそらく、新村近辺だと思うんだが、(というか、そのあたりしかうろついていないんですな)そこは、なんだか舟のような形をしたビルだったように思うんだが、看板はなくて、確か、地下に降りていったと思う。

 ドアを開けると、そこはがらんとした空洞のような店で、天井がめちゃくちゃ高い。そこで靴を脱いでフローリングの床に上がるのだが、真四角のようながら〜んとしたここの右奥の隅っこにカウンターがあって、他には.... なにもないような感覚だ。店に入って左側、壁に沿って、巨大な二段ベッドのようなスペースがあり、その2階にのって酒を飲んでいる人もいる。なんなんだろうね。まるで、ちょっと小さめの体育館かい? テーブルは右側にひとつぐらいだったかなぁ。まるでちゃぶ台のような、それでいてちょっと大きめなテーブルを囲んで仲間が集うのだ。一方、カウンターの反対側には小さなDJブースらしきものがあるんだが、あの時は、ウッドベースにドラムス、それとDJが絡み合ってジャズっぽい音楽の生演奏があった。といっても、それに対してチャージされるわけでもなく、本人達は単純に楽しむために演奏しているような感じかなぁ。それとも、みんなに連れて行かれたから、誰かが払ってくれたのか?

CSN & Y 今回も、とんでもない店に行っているんだが、ミュージシャンや音楽関係者が集まる小さな店で聴いたことのない音楽を発見することもある。たまたま自分が関わったことのなかったタイプの音楽なんだけど、この夜耳に入ってきたのが、ニール・ヤングの名曲「オハイオ」。っても、自分が聞いたことのないヴァージョンだ。おそらく、最も有名なのは、この世紀のライヴ・アルバム、(少なくとも自分にとっては大傑作)『4ウェイ・ストリート』に収録されているもの。学生運動華やかかりし頃、州兵が導入されたケント州の大学で4人の学生が殺されたというニュースを耳にして、ニール・ヤングがわずか20分ほどで曲を書いて、速攻で録音。その1週間後にはシングルで発表されたのがこの曲のオリジナルだ。ちょうど「ティーチ・ユア・チュルドレン」が大ヒットしていた時なのに、それをこの「オハイオ」が引きずりおろしてしまうことになったという話は有名だ。

 が、今回聞いたのはアイズレー・ブラザーズの『Givin' it Back』というアルバム(最初に登場したジャケットね)に収められたヴァージョンで、これを聴いたのは初めて。「なに、これ?誰のヴァージョン?」と店の人に尋ねて教えてもらったんだが、後々に調べて、これが71年に発表されたものだとわかるのだ。「ティーチ・ユア・チュルドレン」を収録した名作中の名作、『Deja Vu』が発表されたのが70年だから、ほぼその直後にアイズレー・ブラザーズのこの作品が発表されたことになる。ちなみに、『4ウェイ・ストリート』に収められているのはライヴ・ヴァージョンで、このスタジオ・ヴァージョンを聞けるのは、おそらく、ニール・ヤングの初期のベスト・アルバムで、『Decade』ぐらいじゃないかなぁと思う。

 ちなみに、アメ盤の『4ウェイ・ストリート』にはニール・ヤングのメドレーで、オリジナルには収録されていなかったものが入っている。彼のファンだったら、これだけでもこのアルバムをもう一度買ってしまおうと思うはずだから。実際、私も、そうしてしまいました。なにせ、The LonerからCinnamon GirlにDown by the Riverと、ソロでやっているんですもの。これを聴かないで、どうする?

Seoul と、また「飲み屋」で新しい音楽を発見してしまうのだが、ソウルも東京も同じよねぇ。と、最近つくづく思う。そんな飲み屋が大好きよ。(あるいは、飲み屋が先で、音楽が後かもしれないという疑問もあるが)

 で、今回、おそらく、これまでの人生で最高の飲み屋(というよりは、バーって言った方がいいかなぁ。まぁ、なによりも気持ちよく飲める、そして時間を過ごすことのできる場所)をソウルでみつけることになってしまうんですね。当然、みつけたのではなく、連れて行かれたんですが、ここも、おそらく、新村から弘大界隈で、やはり看板はなかったように思う。同じく、ここもドアを開けると、地下への階段を降りていって... といっても、右も左もわからない街で、これがどこにあるのか全然説明できないし、これを読んだところで、読んだ人が遊びに行けるわけもない。(まぁ、がんばれば、方法がみつけられないこともないし、一応、手がかりは自分で握っているので、次回ソウルに行ったら、必ずここに行きますけど)が、どうしてもこの店のことを話したかったのね。なにせ、こんなバー、私、これまでの長い人生で体験したことがないし、東京でもお目にかかったことがないから。ひょっとすると、自分が東京を知らないだけで、どこかに似たような場所があるのかもしれないんですけどね。親父の習性というか、結局、同じような店を、同じような時間に訪ねて、同じようなものを飲んでいるという、まるでイギリスのパブ的感覚でしか飲んでいないから。

summer of love ともかく、階段を下りていく時にも、なにやらシルクかなんかの薄いカーテンを幾度かくぐり抜け、階下にたどり着くんですが、ここでも、やはり靴を脱ぐ。裸足で中に入るんだが、そのインテリアというか、デザインというか.... それがどこかでインドっぽいニュアンスを持っている。が、なによりも驚かされたのは店の真ん中にプールというか、水たまりというか.... そういったものがあることかねぇ。よくもまぁ、こんなに無駄なものを作ってくれたと思うが、このおかげでなにやら落ち着くのだ。奥行き1mぐらいで、幅が3mぐらいか? さすがに、手を突っ込んで深さを測るなんて余裕は全然なかったし、かなり疲れていたのに加えて、気持ちがいいもので、うたた寝を始めてしまったんだが、なんか空気が違うのね。明かりは人工のものが少なくて、あっても当然のようにその光度は落としてある。キャンドルの光がメインで、みんな床に腰を下ろして、クッションに寄りかかっているのだ。場所によっては小さなちゃぶ台があるんだけど、椅子が置かれているのはコーナーの一部だけ。さらには、トルコから中近東がルーツなんだろうなぁ、水パイプでハーブタバコかなにかを吸っているのだ。これが、また、奇妙。ドレッドロックの兄ちゃんがプカァ〜っとケムリをくゆらせている様子を見ると、これは禁制品に違いないと思ってしまうんだが、そうじゃないってのがミソなんだろうなぁ。

 まぁ、このあたりの雰囲気は69年の「サマー・オヴ・ラヴ」(Summer of Love, Vol. 1: Tune In (Good Time & Love Vibrations))ですな。その昔、ライノが作ったコンピレーションを買いましたけど、あの当時のサンフランシスコだったら、こういった店がわんさかあったと思うし、ひょっとして今もあるかもしれません。まぁ、そんな雰囲気なんですよ。しかも、ここのDJが素晴らしい。こんな選曲をしてくれるDJなんて、これまでの人生で出会ったことがない。たいてい、DJというのは、ある種のジャンルに縛られている人が多いんですよ。ジャズだとか、ブルースだとか、R&Bだとか、スカだとかレゲエだとか.... それはそれで楽しいし、面白いんだけど、この時のDJが流していた音楽のジャンルには全く脈絡がなかったんですよ。それでも、まるで極楽のような空気を流れるように演出してくれるんですよ。「気」の流れといってもいいかもしれないけど、いわゆる凡庸なクラブ的な発想とは全く違ったアプローチで、新しい曲が流れるたびに「なんじゃぁ、これはぁ」と思いつつも、やたらと気持ちよくなってしまうんですな。

Klaus Schultze 大好きなクラウス・シュルツのアルバム『ミラージュ』なんかも似合うだろうなぁ... と思ったりはするんだが、このDJ、見かけはどこにでもいるような女の子なのに、全く違ったジャンルの音楽を全く自由にアナーキーに流しながらも、けっして出しゃばらず、「空気を演出している」という感じで、新しい曲がでてくるたびに、にたにたしてしまった自分がアホじゃないかと思うぐらいにツボを押さえているのね。脱帽です。降参です。文句なしです。恋をしてしまったぐらいにはまりました。このところ、日本じゃいろんな店が「おしゃれな音楽」を流しているんだけど、演出のねらいがミエミエで、音楽に感動することもなければ、「これ、なんだろう」と思う以前に、「あぁ、これか」と思うのが関の山なんだが、この人は違った。なにせ、知っている曲が皆無で、なにがでてくるか想像もできないのだ。ホントは、紹介してもらいたかったんだけどね、彼女を。(下心はなしですからね、言っておきますけど)その時にはすでにどこかに行っちゃってる感じに陥っていたので、そこまではしなかったけど、今度ソウルに行ったら、絶対にこの店にはもう一度行こうと思う。そして、このDJと話をしよう。

 あぁ、ソウルって、本当に面白い。知れば知るほど、面白い。表面的には伝統的な屋台や焼き肉屋なんてのばかりが目に入ったり、日本の下町的な雰囲気もいっぱいだし、一方で、超近代的な表情もあるのに、一歩踏み込めば、とんでもない異次元のような場所がいっぱい存在するのだ。やっぱ、韓国語を勉強しないとなぁ... つくづくそう思う。この世界は、はまったら抜けられませんわ。


投稿者 hanasan : 19:35 | コメント (0)