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2006年09月02日
Michael Frantiに身体が震える...来日公演を見逃すな
マイケル・フランティは昔から大好きなアーティストだった。彼が中国系アメリカ人とのユニット、ディスポーザル・ヒーローズ・オヴ・ヒップホップリシーでデビューしたとき、ロンドンで彼らのライヴを見てインタヴューをしたことがある。そのとき、大きな話題になっていたのは「テレヴィジョン、ザ・ドラッグ・オヴ・ザ・ネイション(テレビとは、国家のドラッグである)」という曲で、あまりに過激な内容のせいで一般のテレビでは一切放送されなかったというしろものだ。一方で、そんな彼らを気に入ったU2が、全米ツアーに彼らをオープニング・アクトとして起用し、このビデオをどでかいスクリーンで全て見せていったという話を聞いたのは、それかしばらくの後じゃなかったろうか。
そのマイケル・フランティがシーンに登場したとき、よく比較されたのがギル・スコット・ヘロンだった。声の質がよく似ているだけではなく、ラディカルな政治性も似ていたからだ。おそらく、アメリカに住む子供として、ラップの始祖のようなギル・スコット・ヘロンにどこかで憧憬のようなものを持っていたのではないかと察するが、あのときのインタヴューで、その点に関して尋ねたのかどうか、あるいは、彼がその点に関してなにかを言ったのかは、もう覚えてはいない。いずれにせよ、そういった彼の政治的な姿勢が、おそらく、イギリスで同じように政治的に真摯な姿勢を見せていたビリー・ブラッグのマネージャー、ピート・ジェナーに引き合わせたんだろう、あのバンドの時も、そして、新たにスピアヘッドとして活動を始めた頃も彼がマネージャーとして動いていた。(現在はどうなっているのか、自分にはわかりません)
数年前にどこかのレコード会社を訪ねたときにたまたまプロモーション来日していた彼とちょっと言葉を交わしたり、フジ・ロックに出演したときにもそんなことがあったとは思うが、このところ、彼のことはあまりチェックはしていなかった。とはいっても、アメリカの平和運動のことをチェックしていると決まって登場するのが彼の名前で、彼の姿勢が全く変わっていないどころか、どんどん鋭くなっているかのようには思えていた。その彼が来日するというので、プロモーターの友人から受け取ったのがこのDVD『I Know I'm Not Alone (僕は知っている。けっしてひとりじゃない)』という作品だった。なんと彼がイラクからパレスティナ、イスラエルという戦争のまっただ中に乗り込んで作ったドキュメンタリー。これを見ながら、涙が止まらなくなってしまったのだ。
彼がバグダッドを訪ねたのは2004年の6月。ちょっと想像力がある人だったら、思い出してくれるかもしれないが、3人の日本人が人質として拘束されて日本中が揺れ動いていたのが4月で、そのとき、渋谷ハチ公前で人質を救出するためのアピールに加わっている。そのときのレポートはSmashing Magのここでjoeがレポート。加えて、その数ヶ月後に知人がバグダッドに飛んで書いたレポートも同じく、ここに掲載した。「自己責任」と「責任逃れ」をする政府の尻馬に乗って、ボランティアとしてイラクに向かった日本人3人がバッシングされていた頃に重なる。同じ4月日本人ジャーナリスト2名が同じように人質として拘束され、10月には日本人の若者が人質となり斬殺されたことを思い出してみてほしい。マイケル・フランティがバグダッドに向かったのはそんな時期なのだ。おそらく、自分の生命が危機にさらされることは十二分に理解していただろう。そして、もし、万が一のことがあったら、また、あのときの日本人の多数が「自己責任」なんぞという陳腐な言葉で彼を非難したんだろうか。これを見ながらそんなことも考えていた。
このDVDの冒頭で彼の言葉がこんなことを言っている。
「テレビで聞こえてきたのは政治家や将軍の言葉ばかり。彼らは経済や政治の損失ばかりを口にしていたけど、人間の損失については全く語りはしなかった。それに欲求不満を感じていたんだ」
だから、彼は旅に出たのだ。映画のクルーや仲間たちと一緒にバグダッドに入って彼が出会ったのは普通のイラク人たちだ。そこで恐怖におののきながらも毎日の暮らしを続けている人々に接することで、戦争の奥にあるものを見つめようとしていたように思える。単純に苦しい人たちや悲しい人たちを「犠牲者」として描くのではなく、彼はギターを持って歌い、楽しんでいるようにさえ見える。が、その一方で、取材中に爆発音が聞こえたり、ガイドとしてつきあってくれた人たちからは、彼らにとってイラクにいることがどれほど危険なのかといった説明も受けている。
その一方で、彼はアメリカ兵にインタヴューを試みたり、彼らの前で演奏をしたり... 反戦平和を歌う彼が、兵士の前で演奏することがどれほど難しかったか... 彼自身がこれまでの生涯で最も難しい演奏だったと口にしているのだ。それでも、兵士たちに接することで、「兵士が悪」だとは単純に言い切れないことも浮き上がらせている。それはバグダッドからパレスチナ、イスラエルへと飛んでのドキュメントでもそうだった。おそらく、このドキュメンタリーで最も強力なのは、彼がギターを持って双方の人間たちを等しく見つめて、時には対立しているとされる両側の人間をつきあわせたりもしていることだろう。
もちろん、彼は地元の様々なミュージシャンたちにも出会っている。弦が手に入らないからと、電話のケーブルを代用するなどして活動をしているというイラクのメタル・バンドやラッパー、イスラエル人とパレスティナ人が一緒になって演奏しているバンド等々。ここでも確認させてくれたのは政治や経済を遙かに超えて音楽が人と人の絆を作り、存在することですでに「平和」的であるということ。おそらく、彼らがメジャーな存在であるとは思えないけど、どこかでそこに希望があるのではないかと思わせるのだ。
そんな経験を積んでのちに録音されたのが最新作となる『Yell Fire!』。なんでも半分をジャマイカでスライ&ロビーをバックに録音しているらしいんだが、おそらく、彼らにはマイケル・フランティが体験してきたことの重みを十二分に理解しているんだろう、ここからたたき出されるものには生身の人間が奏でる音楽があった。
そのマイケル・フランティが10月に来日することになっているんだが、チケット・セールスが芳しくないという話を聞いた。メディアで彼のやってきたことに対する評価がないのか、扱わないのか.... その話を聞いただけで日本がとてつもなくやばい状況に直面していることがわかったように思う。まるで終わりに向かって突き進んでいるように思えるのが今の日本。これでいいんだろうか... マイケル・フランティのDVDを見て、CDを聴いてそんなことを考えてしまった。
投稿者 hanasan : 2006年09月02日 20:22