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2006年11月28日

渥美清 : あゝ声なき友 - 戦争は終わってはいない

渥美清 この流れがどこからきているのか... よくはわからないが、おそらく、しばらく前にここに書いた白バラの祈り - ゾフィー・ショル、最期の日々- を見て思うことに端を発しているのではないかと思う。もちろん、その『白バラの祈り』はきっかけであり、逆に、あまりにばかばかしい内容だった『男たちの大和 / YAMATO 』への反動として、今から60年以上も前の戦争をまともに見つめた作品はないんだろうかと、日本の映画を探し出したところから、渥美清主演のこの作品,今井正監督による『あゝ声なき友』にたどり着いたように思える。といっても、これが本当に素晴らしい映画なのかという判断はまだできではいない。ただ、これを見て、日本の映画人の「良心」は見えたように思う。

 映画は、すでに「寅さんシリーズ」が始まって、人気者になり始めていた渥美清が、自分でプロダクションを作って制作したという作品。おそらく、どこかで彼が「戦争」や「平和」といった問題にこだわっていたのではないかと想像できる。ストーリーは戦争で生き残った西山民次(もちろん、演じるのは渥美清)という人物が、戦争で亡くなった戦友たちに託さされた遺言状を配達するというもの。主人公は8年かけて、その遺書を宛名の人々に届けていくんだが、そのそれぞれから「戦争」が彼らの人生をどう変えていったのかをのぞき込もうとしている。おそらく、その全てが「戦争」のもたらしたことだったんだろう。といって、とりわけ全てが不幸な生活をしているわけでもなく、それぞれの人生がそこにあるというだけなのかもしれない。あまりに劇的な出会いや別れの描写は、どこかで作り物的にも見えるのだが、それでもそういった偶然を数多く体験している身としては、実際の人生がそういったものなんだろうとも思える。そんな作り手の作為はどうであれ、どうしても「戦争」から離れて人間が存在はしていなかったということだけはわかるのだ。

 単純に戦争を憎んでいるとか、批判しているといったものでもない。もちろん、根底にその意識が脈々と流れているのはわかるのだが、どこかで優しい視点を持ちながら、お人好しの西山が最後に漏らす台詞こそがこの映画のいいたかったことではないかと思う。それをここに書くことは、作品の紹介としては最低なんだけど、あえて書けば「俺には戦争は終わっていないんだよ」という言葉だった。その通り、その感慨は、戦争が終わって10年後に生を受けた自分にも言える言葉なのだ。こんな若造になにが言えるのか? おそらく、あの世代の人たちは言うんだろう。が、自分には戦争に行った父親がいる。その父親と始めたインタヴューはまだ1時間ほどでしかないが、強烈なものだった。さらに加えて、消えることのない日本と韓国や中国との関係はこれを避けては通れないだろうし、その地に生きる友人たちとのつながりのなかでも、同じような意味を持ってこれがあるのだ。そんなことを考えさせられる。

渥美清 同時に、渥美清という俳優にも興味を持った。私の世代にとって、初めて彼を意識したのはまだモノクロ・テレビの時代のドラマ、『泣いてたまるか』だった。このリンクはその第20巻で、この時のエピソードのタイトルが「男はつらい」というもの。ここからギネス・ブックにも載ることになった「寅さん」のシリーズが生まれているという話を読んだことがある。そんな意味でいえば、さまざまなキャラクターを演じながらも、「寅さん」の原型とも言える「渥美清」が見えるシリーズなんだが、それぞれのエピソードが完結するというもので、毎回違った「人」を彼は演じていたのだ。それでも、どう転んでも渥美清でしかない強烈な個性が光っていた。これはテレビ幕開け時代の大ヒット作で、いつかこれがどこかの出版社(通販を中心としてやっているところ)が発売した時に、両親のために全巻をそろえたのは一昨年ではなかったかと思う。私達の世代にはそれほど大きな「ぬくもり」を与えてくれたシリーズだったのだ。

(余談だが、この「泣いてたまるか」のシリーズには青島幸男も主役として出ている。全てが渥美ではなかったらしいが、自分の記憶のなかで、どうしても渥美清がこの「泣いてたまるか」の人となって残っている)

 あのシリーズは66年だったというから、自分はまだ11歳。それでも、漠然と覚えているし、頭から離れなかったのがこのテーマ音楽。だというので、一昨年かに、『ゴールデン・ベスト』なんて企画もののアルバムを購入している。

「天(そら)が泣いたら、雨になる。山が泣く時ゃ、水が出る。俺が泣いても、なんにも出ない...」

 と、その曲を聴きたいがためにこのアルバムを購入し、実は、ソウルフラワーの中川君に聞かせたら、いつだったか、モノノケのライヴでこの曲を歌ってくれた。さすがに反応はしょぼくて、すすめたことに責任を感じたし、世代の格差を目の当たりにしなければいけなかったけど、自分には名曲なのだ。

 今回、『あゝ声なき友』を見て、なにやらむくむくと渥美清への興味が出てきてしまった。私生活を一切人には見せなかった人だという噂は聞いていたんだが、実際はどんな人だったんだろう。というので、(オヨヨ大統領シリーズで楽しませてもらった作家)小林信彦が書いた『おかしな男 渥美清』や大下英司による『知られざる渥美清 』なんぞを読んでみようかと思ったり... なんでも今年は彼の没後10年らしく、いろいろな企画が出ていたらしいが、今回見た映画に始まって、そんなことまで知ることになってしまった。

 ああ、読みたい本も見たい映画も山ほどあって、聞きたい音楽も数え切れない。しかも、それぞれ体験して書きたいことも伝えたいこともどんどん出てきてしまう。とんでもない性を抱えたものです。ひょっとしたら、それも腰痛の原因か? 笑ってしまいますな。



投稿者 hanasan : 2006年11月28日 03:35

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