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2006年12月06日
渋さ知らズ、中川五郎、朝崎郁恵とライヴ3連ちゃん
真っ黄色になった御堂筋の銀杏並木の美しさにうっとりしたことなんてなかったのに、なにやら新鮮に見えた大阪を離れて、帰路についたのは3日の朝。新幹線で帰京して、夕方友人のサックス奏者、通称まさやん(中村雅人)と一緒にひさびさの渋さ知らズを見に行った。会場は世田谷パブリックシアターという場所で、シート付きのホール。ということで、いつものようにスタンディングではない。といったって、そういった場所での彼らのライヴも幾度か見たことはあるんだが、あまり面白くはなかった。彼らにしてみれば、いつもと同じことをしているんだろうし、どう感じようが客の勝手だと思っているんだろう。ただ、面白くなかった。
初めて彼らを見たときのことはここに書いている。そのときも同じように、「おもろない」と書き始めたんだが、結局は彼らの演奏に引き込まれて、「ああ面白かった」と結んでいる。が、今回は、単純に面白くなかった。あのときのライヴにしろ、彼らのライヴで面白かったのは「なにが飛び出してくるのかわからない」ようなスリルにあった。それはゲストのせいかもしれないし、なんでもアナーキーに飲み込んでしまう彼らのエネルギーのなせる技でもあったと思う。それはゲストがいなくても同じこと。それぞれの自由な演奏が微妙な化学変化を起こして、縦横無尽に宇宙に飛び出していきながら、どこかで「渋さ」というエネルギーに変換され、昇華されていく。それが魅力なのだ。が、ここ数回彼らを見ていて、それが身内の輪のなかでしかめぐっていないようで、それなりに面白くても「突き抜けて」面白くはなくなったというのが正直なところ。
その翌日は下北沢のラ・カーニャにて、音楽業界で大好きな友人で、執筆家でミュージシャンでもある中川五郎氏のライヴを取材。新しいアルバム、『そしてぼくはひとりになる』を発表して、それを核にしたライヴなんだが、バックが実に豪華。中川イサト、村上律、松永孝義といったところが、私が知っている人たち。その他、今井忍、竹田裕美子、あんさんがバックを勤め、ゲストで金子マリとのデュエットも披露したんだが、これがめちゃくちゃ面白かったなぁ。アドリブで五郎ちゃんにチャチャを入れていた金子マリの素晴らしいこと。ゾクゾクするほど魅力を感じる彼女のライヴをきちんと見ないといけないなぁ。なんて、感じました。
この日、彼の歌で撮影できなくなったほど聞き入ってしまったのは、高田渡が亡くなった日のことを、まるで「記録する」ように歌った1曲。あの日、彼のサイトを見た記憶があるんだけど、高田渡の死がどれほど大きい悲しみとなって彼を襲ったか... あれを読んだ時に思ったものです。彼のサイトにある「徒然」と呼ばれる日記のようなセクションのこのあたり前後を読んでいただければと思うんだが、本当に、時間がたてばたつほどに高田渡というアーティストの素晴らしさを感じてしまうのだ。そんなこともあり、これには身動き取れなくなってしまったなぁ。
本当は、この日のメインとなった新しい曲のことなんかを書かないといけないんだろうけど、なぜかちょっと難しい。いい言葉がみつからないから、簡単にはかけないのだ。でも、最後の最後に「俺とボギー・マギー」を歌ってくれたんだが、10代の頃にこれを聞いたのと同じような気持ちで、ちょいと口ずさみながら、嬉しい気持ちになった。クリス・クリストファーソンのオリジナルで『The Very best of Kris Kristofferson』あたりが、それを聞くにはお手頃な作品だと思うし、ジャニス・ジョプリンの『Pearl』で聞けるのが大ヒットしたヴァージョン。なによりも、この歌詞で好きなのは「自由っていうのは、失うものが、なにもないことだ」という部分で、いつか、これを日本語で(おそらく、五郎ちゃんと同じヴァージョンだと思う)歌ったレヨナと話した時、彼女も同じことを言っていたように思う。
そして、昨晩のこと。19時をちょっとまわった頃に、昨年一緒にサウスバイサウスウエストというフェスティヴァルに一緒に出かけたA氏から電話が入り、「すごいいいミュージシャンがいるんだけど、見に来ない?」というので、出かけたのが青山にある、月見る君想ふという小屋。ここで朝崎郁恵という、奄美大島の歌い手さんのライヴを見ることになった。奄美物産展でもないが、島の料理なんかも楽しめるという雰囲気で、幕開けは東京に住む若者たちによる島の伝統的な踊りと歌。彼らは素人なんだが、この雰囲気は実によかった。素晴らしい音楽は単純にそれだけで素晴らしいのだ。声と太鼓と踊りと... それだけなんだが、なにやら島に連れて行ってくれたような幕開けに、実に幸せな気分になった。
続いて紹介されたのは、なんとか(名字は聞き取れなかった)ヤマト君という高校生のミュージシャン。なんでも、失われつつある島の言葉をほぼ完璧に話すことができる彼が、三線を引きながら歌ってくれたんだが、これにはぶっ飛ばされるぐらいの衝撃を感じた。東京でライヴをするのは初めてで、本人曰く「冷や汗かいてます」とのことだったんだが、ひとたび彼の歌が出てくると、その歌声に圧倒されてしまうのだ。こんなに素晴らしいミュージシャンが眠っているんだと、大いに感激する。そして、彼と祖父母が奄美出身だという女性をバックに朝崎郁恵さんが登場して歌い出すんだが、これも素晴らしい。また驚異的なアーティストを知ることができたと大喜びしたのがこの前半だった。
ちょっとした休憩の後に、後半が始まったのだが、その感激が吹っ飛んでしまうほどにひどかった。なんでも「ダンス・ミュージック」ということらしいんだが、バックについたのはキーボードとパーカッション。「奄美の歌は3曲聴いたら、全部同じに聞こえる」と言われたことで、朝崎郁恵さんがバックにピアノを入れて歌い出したと説明するんだが、シンプルな歌と三線だけでも十二分に素晴らしい輝きを持っていたのに、この日は、そのピアノとパーカッションがそれを消し飛ばしてしまったというのが正直な感想だ。演奏を聴けば聴くほどに、「出しゃばる」バックにイライラを感じる。隣のA氏や、彼の友人のKT氏も同じように、拍手もしなくなった。当然ながら、自分も「勘弁してよ」と思いながら、本来の音楽の魅力を粉々にするバックの演奏に、正直言ってしまえば、腹が立ってきたのだ。しかも、まるで雰囲気をぶちこわすソロなんて、あり得ないぐらいに「邪魔」でしかなかった。その昔、フラコ・ヒメネスのライヴを見たときに、ライ・クーダーがバックで入ったのを見たことがあるんだが、当然ながら、彼はプロもミュージシャンであり、バックに徹してけっして出しゃばることもなかったし、耳障りなソロもしなかった。それこそがバックの役割だと思う。その役割を果たしていないのだ。
これまで多くの伝統的な音楽を演奏するミュージシャンを見てきて思うのは、本来の音楽が持つ力強さや美しさをまずは認識すべきだということ。それこそがまるで宝石のような輝きを持っているのだ。単純に西洋に迎合するような形で、ごてごてと装飾をしたところで、それは邪魔でしかない。この日の後半はそれが悪い形で出た典型だったようにも思える。しかも、それを楽しんでいるオーディエンスにも失望した。楽しかったらいいのかなぁ。あなたたちは「音楽」を聴いているの? そんな様子を見ていたら、なにやら歯がゆく、悲しく、悔しい気分になってしまったんだが、それは私ひとりではなく、A氏もKT氏も同じこと。なぜそれが理解できないんだろうか。
ただ、この日買った『おぼくり』というアルバムは素晴らしかった。「最もバックがシンプルな作品を聴きたいんですが」と会場で売られていた作品から選んだのがこの作品。ライヴのひどさと比べたら、このアルバムでは実にしっとりと「バックがバックの役割」を果たしている。ああ、よかった。
さて、あまり変化がないので、それほど書かなくなったんだが、腰痛は相変わらず。左の臀部に痛みが集中し、足の筋に、どうやら痙攣する寸前のような緊張というか、なにやら「張った」ようなものを感じる。時には、びっこを引いて歩かなければいけないほどになっていて... といっても、それは椅子に座っていて歩き出したときで、しばらく歩くとその状態からは解放されるのが不思議なんだけど、周りの人にはかなりの重症に見えるようで、椅子を譲ってくれたりするのは、正直嬉しい。
「歩く」ことはずっと続けていて、渋さの日には三軒茶屋から自宅までを1時間弱で歩いたし、五郎ちゃんの日には渋谷から歩いて帰宅した。たまたま昨晩は仲間が恵比寿で飲んでいたということもあり、そこまでタクシーで向かったんだが、当然、そこからは歩いて帰っている。まあ、朝日が昇りかけている道を帰るときの、なにやらもの悲しい気分は格別であまり体験したくはないなぁ。とはいっても、この日はKT氏と、そして、シャーベッツというバンドの方々といろいろな話をして、実りある日だったと思う。しかも、KT氏は自分の書いた「ロンドン・ラジカル・ウォーク」という本を片手に、「これを書いた花房さんですよね」なんて話しかけてられたし、シャーベッツのベースの方もその話をしてくれた。すでに20年も昔に書いた本が、どこかで何かのつながりを作ってくれたことは、素直に嬉しいと思うのだ。
投稿者 hanasan : 2006年12月06日 16:16