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2006年12月25日
Joe Strummerの命日に
なぜか12月は好きな人がこの世からいなくなってしまうようだ。ちょっと前に青島幸男のことを書いた。同じ頃に、岸田今日子が亡くなって... 彼女のことは書かなかったけど、それでも、あのユニークな役者は好きだった。と思っていたら、今日(25日)はジェイムス・ブラウンが亡くなったというニュースに驚かされた。彼をよく知っているわけじゃないけど、81年頃に彼のライヴをブライトンのディスコで見たときには、ぶっ飛ばされましたもの。そうか、これがソウル、これがファンクなんだと、その迫力に圧倒されました。残念ですな。
で、振り返ってみるとジョン・レノンが亡くなったのも12月。で、ジョー・ストラマーが亡くなったのも12月なのだ。とはいっても、忙しい年末のこと、そんなことを忘れてしまいそうだったのに、スマッシング・マグの若手ライターの有望株から22日に電話があって、「ソロモンのところ」(中目黒のエチオピア・レストラン、クイーンシバ)に行こうというのだ。「ん?」と思ってたら、「今日は特別な日じゃないですか」と迫ってくる。というので、思い出した。そう、2002年の12月22日にジョーは亡くなったのだ。しかも、その二ヶ月前には日本にいて、その年の朝霧ジャムに出ている。その後、(だったかな)新宿のリキッドルームでライヴをやって、そのときには撮影しているんだが、この日は台風で確か靖国通りの街灯が風で倒れたようにように覚えている。
そのライヴの後、彼が行ったのが中目黒のエチオピア・レストラン、クイーンシバで、そこで朝まで飲んで、ほぼそのままホテルから成田に向かったと聞かされている。彼が座っていたのは店に入って、右奥の席なんだが、それから二ヶ月後、彼の訃報が届いたときに、自分が行ったのもこの店だった。そのときのことは、彼が亡くなってから発表されることになった彼とメスカレロスのアルバム、『ストリートコア』のライナーにちらりと書かれている。それを書いたのがスマッシュの日高氏で、その中で名前は出ていないが、ジョーの死のことを彼に伝えたとされているのが自分だった。このライナー、めちゃくちゃ名作で、それがためにこれは日本盤を買うことをおすすめしますが、あの日のことは今も鮮明に覚えている。
そのあたりの話を繰り返すのも面倒だが、一度はきちんと書いておかなければと思う。あの日、日高氏とクイーンシバの主、ソロモン他数名とキャンプに出かけていた。アウトドアに全く興味のない自分が出かけたというのが異例なんだけど、めちゃくちゃ楽しんだ。そして、それから帰ってきて首都高の天現寺出口を出て、車から降りたとたんにロンドンの友人から電話が入ってきたのだ。
「ジョーが亡くなった。スカイテレビでそう報じられているんだけど、知らなかったいけないと思って...」
ジョーとのつきあいがあることを知っている彼女は真っ先に自分に電話をしてくれたことになる。おそらく、知っている人も多いと思うが、ジョーとフジ・ロックのつながりは実にタイトで、当然ながら、第一報を私が担当しているfujirockers.orgで発表するべきだと考えた。かといって、十分に裏をとって情報を集めなければいけないし、それよりなにより、日本で彼と最も近い存在である日高氏に連絡しなければいけない。当然、そうして、ロンドンからの情報を集めて発表した第一報がこれだ。その後、葬儀の話を書き、しばらく後に追悼文を書いている。
あの夜、クイーンシバに日高氏が来て、それからしばらくして、スカ・フレイムスの宮崎くんが来た。さらに、最後の日本ツアーでジョーの面倒を見ていたスタッフが来て、朝まで飲み明かしたものだ。それぞれの体験を話しながら、僕らだけでお通夜をした。結局、同じことを何度も繰り返して口にしながら、ジョーがどれほど重要だったかを再確認していたのだ。そんなことも、スマッシング・マグの若手ライターは知りたかったようだ。
というので、この22日も飲んだ。毎日のように、飲んでいるんだが、この日は... どうなんだろう。いろんなことを思い出すんだが、ジョーの魅力を伝えるために話すことが、どこかで「ジョーをこれだけ知っているんだ」という自慢話に思われてしまうのが、嫌だなぁと思い始めている。確かに、彼はとてつもなく重要な存在だったし、伝説になってしまったバンド、ザ・クラッシュの要でもある。ロックが好きな人だったら、どこかでこのバンドを経由しているだろうし、ジョーは「スター」でもあり、歴史の人なのだ。その人物と幾度も時間を共有できたことは幸運だったんだろうが、それを語るときは限られたプライヴェートな場で、本当に仲の良い人とだけにしておきたい。といいながら、その翌日、また、その話をしてしまった。今もジョーを敬愛する人々が後を絶たないということの証明なんだろう。それはそれとして、受け入れるべきだし、彼の重要性を語り継がなければいけないんだろうとも思う。
ちなみに、あの若手ライターくんは12月20日に発売された
the CLASH SINGLES '77-'85というアナログの方をすでに注文しているとか。けっこうな買い物だが、手が出る気持ちは十分理解できる。といっても、こちらはプリンターが壊れてしまって、A3の印刷が可能なEPSON カラリオ PX-G5100を購入。これまで買う余裕はない。悔しいけど、先立つものは金ですから、あきらめましたわ。
投稿者 hanasan : 2006年12月25日 02:54