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2007年01月02日
新しい1年の始まり... ですか?
年末は27日に友人のバンド、シアター・ブルックのライヴを撮影。結局、これが撮影納めになった。いつも思うけど、彼らのライヴに感じる前向きなエネルギーやそれに応えるオーディエンスのパワーが好きで、それをどうやって伝えるかに神経を使う。といっても、それが理由でステージの上からオーディエンスと一緒にメンバーを撮影しようとするんだけど、なかなかいい瞬間をとらえられなくて苦労するのだ。いい迷惑なんだろうけど、メンバーだけではなく、スタッフもそれを快く受け入れてくれて、オーディエンスも撮影されることを喜んでくれているように感じることが多い。いいミュージシャンにはいいスタッフやいいオーディエンスがいつも一緒だなぁと思ってしまうんだが、その典型がシアター・ブルック。おそらく、いろんな意味で長いつきあいをしていくバンドだと思う。
ヴォーカルのタイジが「反逆のロックや!」といったことをステージで口にしていたんだが、ステージで話をするタイジはどこかでいつももどかしい。ホントはもっといろいろなことを整理して話をしたいんだろうが、堰を切ったようにいろいろな想いがそのまま出てくるといった感じかな。ただ、それが歌になったときに、「伝わる」のがミュージシャンであるゆえんだと思う。
29日にはスマッシング・マグとフジ・ロッカーズのスタッフと忘年会で飲んだくれ、大晦日はひさびさに国に帰るエチオピア・レストラン、クイーンシバの店主夫婦と食事。その後、一緒にバード・ソング・カフェで年越しとなった。年越しそばを食べて、カウントダウン、そして、雑煮を食して家路に向かった。今、エチオピアはソマリアの反政府勢力に対して軍事介入をしているんだが、彼は国に帰って大丈夫なんだろうか... と、どこかで心配しているんだが、本人はなんとも思っていない様子。まぁ、そんなものなんだろう。
これで1年が終わって、新しい年になった... はずなんだが、いつの頃からか、そんな感慨も抱かなくなった。なぜなんだろう。すでに年賀状も書かなくなって久しい。02年に自分にとって大きな変化があり、その年に自分の祖母が105歳で大往生して、友人のジョー・ストラマーが亡くなったことをいいわけにしていたんだが、それが今も続いている。一時は300枚ほどの年賀状を送り、毎年、年の初めに(いや、年の終わりか?)いろいろなことに思いをはせながら、小さなはがきにぎっしりと文字を敷き詰めたメッセージを発信していたんだが、今はそれもなくなった。面白いことに、それまでは何百枚もの年賀状がうちにも届けられていたんだが、今ではそれもほんのわずかになってしまった。それでも送ってくれる人たちには、やはり感謝しているし、レスを返さなくてはと思う。
そんなことを考えながら、羽田に向かっているとき、今年になって最初の電話がニューヨークの友人から入ってきた。SMSの彼のメッセージに応えて、長いレスを返すのが面倒なので、「全然調子がよくない」といった旨のメールを送ったら「どうしたんだよ」と心配顔で尋ねてくれるのだ。持つべきものは友だと思う。大好きな映画『素晴らしき哉、人生』のラスト・シーンで、守護神、クラレンスが残したメッセージそのままで、自分にとってなによりも重要なのは友人であり、仲間なんだという気持ちはずっと以前から変わってはいない。彼は一度、ゆっくりとニューヨークに来てのんびりすればいいじゃないかと言ってくれるんだが、ネットの仕事をしていると休む時間も暇もなくなってしまうのだ。まるでコンピュータの奴隷のような日々に、どこかで決着を付けないとぼろぼろになってしまいそうな気もする。一方で、1日、わずか7~8000人とはいえ、Smashing Magにやってきてくれる人がいて、このサイトだって1日に1000人ぐらいは遊びに来てくれて、自分の言葉に耳を傾けてくれる。伝えなければいけないことがあり、伝えられなければいけない人や物がある。それがある限り、自分が止めることはできないと思うのだ。
ただ、今年こそはなんとか金をかけてでも更新の方法を変えようと考えている。できるだけ、ストレスをなくして、もっと効率よく情報を発信できる方法を生み出していかなければいけない。そうすることで、さらにいろいろなものをいい形で発信できるはずだ。
さて、新しい年になにを思う? もちろん、ここにやってくる人たち、友人、仲間、そして、どこかでつながっている人たちに実りあるすばらしい1年が訪れることを祈っているのは当然のこと。でも、目の前にあるのは、残念ながら、バラ色の未来ではなく、イバラの道なんだと思う。政治的な状況を見れば、どんどん悪くなっている。もう「想い」や「気持ち」ではなく、具体的に「行動」することで「意志」を明確に表現し、伝えていきながら、それを形にしなければ歯止めをすることはできないだろう。それはすでに目の前に見えていることなのだ。
それでも、あの名作『素晴らしき哉、人生』を想い浮かべる自分がいる。この地球上の60数億人の一人でしかない自分ではあっても、自分はかけがいのない自分であるということをもう一度確認しようと思う。もし、自分がいなければ、世界はこうはなっていなかっただろうし、あなたがいなかったら、私はこうはなっていなかっただろう。あなたがいるから、自分がいる。そんなことを思う年の始まり。これからも「無垢に」人を愛し、音楽を愛し、地球を愛し、どこかで自分が愛されていることを感謝しながら、生きていこうと思う。あぁあ、なんとたわいのない年の始まりよ。
投稿者 hanasan : 2007年01月02日 12:01