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2007年07月23日

選挙に行こう、政権を変えよう

 よくもこれほどまで民主主義を愚弄した政府を生み出したものだと、あきれかえっているのがここ数年。小泉もひどかったけど、安部もそれに輪をかけてひどい。なにせ、強行採決以外で成立した法案はあるのかと疑問に思うほどの「強行」の嵐だ。しかも、まるで戦前の亡霊が甦ってきたかのような言動のひとつひとつに身の毛がよだつといった方がいいだろう。こんな人間が日本の顔として存在することが、苦痛でならない。

 あげればきりがないほどの「戦前ファッショ」的な言動や政策に付いては、書ききれないほどで、こちらが麻痺しそうな感じ? おそらく、それが狙いなんだろうと思うけど、それ以前に「人間」としての資質を疑うのだ。まぁ、ファッショ的なことを平然とやってのけるという意味で、彼がまともな人間だとは思えないけど、詐欺師のたぐいを平然と内閣で飼育して、かばっているあの神経はまともじゃない。一度、医者に診てもらった方がいいと思うのは、俺だけかしら。

 なにせ、信じられないほどのアホ大臣、アホ政治家が雁首をそろえて、日本の政治を勝手放題にめちゃくちゃにして、金持ちどもを肥え太らせると同時に、貧乏人をまるで奴隷のように扱いやがる。年金問題なんて、振り込め詐欺以下だろ? いつも言うけど、これが南米で起きていたら、今頃は革命でも起きてるだろうし、東南アジアだったらクーデターだろうなと思う。いずれにせよ、こんな政府をのさばらせてたら、骨の髄まで吸い取られて、国民総棄民時代がやってくるとしか思えないからな。というか、実際に、そういう時代なのだ。実際、知らない間に住民税が引き上げられて、それをいきなり知ってしまった人の台所が火の車になっている。ふざけんじゃないよ。

 だから、選挙に行くのだ。絶対に、自民党と公明党を政権の座から引きづり降ろすために「投票」するのだ。というか、もう、すませてきた。だから、今、自分の仲間や友達に声をかけている。自民、公明の独裁的な体制に待ったをかけるためにも、良識ある参議院を作るためにも絶対に彼等に勝たせてはいけないと思う。もちろん、参議院で野党が多数派になったところで、衆議院はまだまだ自民公明の「独裁」状態であることに変わりはない。ただ、少なくとも「強行採決」という横暴で全てを勝手にされることだけは少なくなる。そのためにも絶対に野党に勝たせなければいけないと思っている。

 じゃ、誰に投票すればいいのか? いつも悩まされるのはそれだろう。なぜなら、支持できる政党なんていないのだ。それぞれがそれぞれに問題を抱えて、誰に投票しても変わらないように思えるのも確かだ。ただ、十分に認識しておかなければいけないのは、投票しないと言うことは「現状を肯定する」ということ。なんにも変わらないから... ではなく、それは今の政府を支持しているのとなんら変わらないのだ。もちろん、そうならば、それでいいだろう。投票に行かないことで、十分に自民党を支持し、公明党を支持することに匹敵する。

 同じく、無記名投票も同じこと。格好をつけて、あるいは、それらしい理由をつけてそうすると公言するアホが多いけど、それも投票に行かないのと同じこと。結局は、現勢力、現政権を支持することとなにも変わらない。だからこそ、誰かに投票する。しかも、もし、あなたが現政権に対して危惧を抱いているのなら、その政権を潰すという理由で対抗馬となる誰に投票するかを決めてもいいだろう。

 考えても見ればいい。自分の一票がはたして無力なのか? 100人にひとり、わずか1%の人間が投票しただけで動くのは80万票。これがなにも変えないと思えますか? これまで投票に対してネガティヴな考えを持っていた人は、その現実を見つめるべきです。わずか1%の人間が動いただけでもなにかが大きく変わるんですよ。特に、民主主義を否定したかのような小選挙区制はこれだけの人間で「権力を移行させる」力を誰かに与えたのであり、その結果が今の極端に右翼的な政権の礎となっているわけです。

 だから、投票しよう。声を上げよう。動こう。1%でもなにかが変わることを体験してください。面白いぐらいに世界が変わるから。

 こちらは明日からフジ・ロックの会場入り。これから仕事で走り回ることになるんですが、それが終わって東京に戻ってきたときに、参議院で、少なくとも野党が多数派となっていることを期待しています。もちろん、フジモリなんて独裁者だった人験を担ぎ出した政党なんてどうでもいい。元自民党が集まった政党も期待なんてかけらもしていない。かといって、社民がいいとも共産がいいとも思わない。それでも、自民党を落とし、公明党を減らすためだったら、鬼にでも投票するかもしれないなぁと思う。というか、すでにどこかに投票はしているんだが、それをあえてここで言うことはしないでおこうと思う。自分できちんと彼等の主張をしていることをチェックして、「勝たせる」ためではなく、「負けさせる」ための投票もちょっとした武器であるということは認識しておいてほしいと思いますな。


 

投稿者 hanasan : 17:53 | コメント (0)

2007年07月06日

国本武春とザ・ラスト・フロンティア

Takeharu Kunimoto 一昨日の7月4日、渋谷のパルコ劇場で国本武春とザ・ラスト・フロンティアのショーを撮影した。彼等を初めて知ったのは、毎年オースティンで開催されるサウスバイ・サウスウエストというフェスティヴァルを皮切りに、全米数カ所を回る「三味線ナイト」ツアーが企画されたとき。このツアーにMCとして同行を求められ、彼のことを知ったのではないかと思う。といっても、その時点では音を聞いたことはなかったんだが、たまたまイギリスから友人が来たときに彼の公式サイトをチェックして、ここでそのサウンドに衝撃を受けてしまうのだ。今では覚えてはいないが、おそらく、「アパラチアン三味線」」という曲ではなかったかと思う。隣にいた友人は、速攻で「これ、買いだ!」と、二人でウェッブサイトからアルバムを購入。それが、現在ではamazonでも入手可能な『アパラチアン三味線』という作品だ。

 そして、初めてそのライヴを見たのが、前述のサウスバイ・サウスウエストでの演奏だった。そのときの様子はここで確認できるのだが、ゲストで登場したヴァイオリン奏者の女性がかわいかったことが一番の驚き.. というのは、冗談で、三味線がなんの違和感もなく、ブルーグラスの中に溶け込んでいるのが、嬉しくもあり、感動でもあった。一般的には色物的な扱いを受けそうだが、演奏を見てみれば、彼らがやっていることはブルーグラスを新しい世界に踏み込ませたようなもの。ここで東洋と西洋が見事に融合されて、それぞれの独自の音色を保ちながらこれまでになかったブルーグラスを、そして、三味線の音楽を聴かせてくれるのだ。

国本武春 特に、圧巻なのは国本武春が作り出すオリジナルで、ウケを狙ったのか「ゲイシャの夢」とか、「ニンジャ・ラグ」「ロンサム・ヨコチョー」なんてタイトルの付けられた曲が面白い。メロディにある東洋的なものとブルーグラスの楽器がなんの遜色もなくブレンドされて、素晴らしいアンサンブルが生まれているのだ。このあたりの国本武春の才能は高く評価されるべきだと思うんだが、日本で彼にそういった評価がきちんと与えられているのかどうかは疑問だ。

 というのも、昨日のライヴを見て思ったのだが、どうも客層の中心は「音楽」というよりは、「浪曲」や「芸人」としての国本を見に来た客ではなかったかなぁと思う。もちろん、それが悪いことではないんだが、もう少し彼の音楽を評価してあげて欲しいし、彼らの音楽を「おまけ」のようには受け取って欲しくないなぁと思うのだ。

 さて、このツアーは7月4日が初日で、渋谷パルコ劇場での公演は8日に終わる。その後、各地をまわって、また7月14日に横浜は関内ホールで最終日を迎えることになっているので、もし、時間があればぜひチェックしていただければと思う。

 そういえば、スマッシング・マグで、この模様を速攻でレポートしているんだが、この時にまたいろいろなアルバムを思い出して、再び聞き始めている。あの原稿でも書いているように、自分にとってけっこう初期のブルーグラス体験となったのがジェリー・ガルシアとデヴィッド・グリスマンあたりが組んだ『オールド・アンド・イン・ザ・ウェイ』やクラレンス・ホワイトが加わっていることで有名な『ミュールスキナー』あたりなんだが、後者はニュー・グラスって言うんだろうなぁと思う。

Old & In The Way そういえば、また、いろいろなことを思い出してきた。ひょっとしてこのあたりの入り口としてあったのがニッティ・グリティ・ダート・バンドじゃなかったかなぁ。一番有名なのは「ミスター・ボージャングルズ」の大ヒットが生まれた『Uncle Charlie & His Dog Teddy』で、彼らがブルーグラスやカントリー界の大スターを巻き込んで制作した『Will the Circle Be Unbroken』(オリジナルは3枚組の大作で、邦題は『永遠の絆』)で本格的な体験をしたように思う。ちなみに、このシリーズ、すでにシリーズ3作目まで発表されていて、お買い得は『Will the Circle Be Unbroken: The Trilogy』というボックス・セット。当初は5000円弱で購入できたんだが、現在はちょいと高い7000円弱。それでも、このシリーズで録音された全作品に、最新作での録音をドキュメンタリーとしてまとめた映像やライヴの模様を収録したDVDが入っている。このドキュメンタリーでのジョニー・キャッシュが、涙なくしては見られませんから。なにせ、彼が他界する少し前の映像。しかも、ここで、その少し前に亡くなった奥さんのことを歌っているのだ。こりゃぁ、泣けるでしょ。

 そのあたりをきっかけにして... 同時に、当時はギターもやっていたからというので、ドック・ワトソンの作品(『
The Essential Doc Watson
』)やアール・スクラッグスあたりのアルバム(『Live at Kansas State』)を聴いたり... と発展していったように思う。その流れで見に行ったのが『Gavid Grisman Quintet』の来日公演。後で知ることになるんだが、これは、ここ数年仲良くさせてもらっている麻田浩さんが運営しているトムズ・キャビンが最初に企画したライヴだったとか。本当は、このライヴでブルーグラスを期待していて、ライヴの前半ではビリ・キースも登場して素晴らしい演奏を堪能することができたのだが、後半で演奏された新しい音楽、ドーグ・ミュージックに圧倒されるのだ。その後、速攻でこのアルバムを購入し、以来、最も好きなアルバムの一枚としてこれを持っているという感じかなぁ。ブルーグラスで使用される楽器で、スイング感を持たせたカントリーっぽいジャズ、あるいは、ジャズっぽいカントリーをやっているという感じで、この流れで購入したのが『HillBilly Jazz』や『Norman Blake and Sam Bush and David Holland』とミュージシャンの名前を列挙しただけのプロジェクト・アルバム。ここではブルーグラス(カントリー)界の卓越したミュージシャンがジャズ・ベーシストのデイヴ・ホランドと共演。ここでの「Take The A Train」なんぞ、未だに大好きなヴァージョンだ。

 と、話は尽きないんだが、一昨日のライヴ以来、うちのステレオでは、古き良きアメリカの音楽がなりっぱなし。今時、こんな音楽を聴いている人なんて、超マイノリティなんだろうなぁとは思うが、いいものはいいのさ。素晴らしいよ。

 おっと、そうだ、ロンドンで出会ったポーグズのなんとかさんに国本武春のこのブルーグラス・アルバムを聴かせたら、惚れ込んでしまって、彼と直接コンタクトを取って、『アパラチアン三味線』を取り寄せたとか。両者が共演するなんてことが実現すればいいんだけどなぁ。



投稿者 hanasan : 12:22 | コメント (0)

2007年07月01日

西岡恭蔵 : 街行き村行き

西岡恭蔵 ずっと忘れられないことに、西岡恭蔵との握手がある。まだ大学生だった頃、プロモーターというのを始めて、数本目のライヴでやったのが西岡恭蔵だった。場所は岡山市内の表町商店街にあったパブだったんだが、あの握手は長谷川楽器の前ではなかっただろうか。ぐっと自分の手を力強く握りしめたゾウさんの手の感触がどこかで残っているような... そんな感じかなぁ。それでも、なぜ、あれが長谷川楽器の前だったのか... 会場ではなかったのか、全然覚えてはいないんですけど。

 今回、すでにアナログで持っているこのアルバム、『街行き村行き』を買ってしまった理由は、ひとつには紙ジャケットによる再発でまだCDは持っていなかったからというのと、もうひとつは高校生の頃に自分も関わった春一番の主催者、福岡風太のライナーが入っているというから。(っても、なんか会話を落としただけの感じだったけど)なにせ、このアルバムで一番好きな曲はそのものずばり「春一番」という曲で、昨年か一昨年かのハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、誰かが歌ってくれた記憶がある。ちょうどジョニ・ミッチェルが「ウドストック」を書いたように、西岡恭蔵が「春一番」を歌にしてくれた。明らかにウッドストックよりは貧弱で、規模は小さかったけど、同じような「気持ち」で「春一番」が生まれていたように思えたし、わずかながらもそこに関わりを持った自分にとってこの曲は特別なものなのだ。

 注文したのが発売日前で一昨日、このアルバムがうちに届けられた。早速、これを聴いたのは当然で、実に懐かしい。いろいろな思い出が浮き上がってくるんだが、結局、行き着くところは「なんで自殺してしまったんだ」という、複雑な気持ち。奥さんのクロちゃんの三回忌の日に首をつって亡くなったということなんだけど、あの日は... 苦しくて悲しくて仕方がなかった。彼にとってのデビュー・アルバム『ディランにて』を繰り返して聞きながら、涙が止まらなかったのを覚えている。あのアルバムに入っているんですよ。「死にたいなんて言わないで... 」なんてフレーズが。「君の窓から」って曲だっけかなぁ。それなのに、なんであんなことをしちゃたんだよ! と、思いながら、自分の人生で最も大きな影響を与えてくれたディランという店や、当時知り合った仲間たちのことを思い出していたわけだ。

西岡恭蔵 人生というのは... なんて語る柄でもないようにも思えるけど、半世紀も生きていると自分にとっての節目というのか、人生の流れを変える出来事があったことに気がつくんだが、おそらく、ディラン周辺が確実にそこにあったように思う。そんな意味でも、このアルバムには大きな意味があった。

 あのデビュー・アルバムに続いた『街行き村行き』は、どこかでディラン・セカンドと西岡恭蔵と細野晴臣と... そんな関係をつなぐようなアルバムにも聞こえるんだけど、当時の彼の魅力を確定したのは『ろっかばいまいべいびい』じゃないかなぁ。細野晴臣がプロデュースしているらしいんだけど、世界中を旅するような歌のテーマやサウンドとか、彼のエキゾチカ三部作にも接点を持っているように思う。それに加えて、このアルバムでの鈴木茂のギターの素晴らしいこと。ほれぼれしますよ。それに、突き抜けたぐらいに明るい表情のゾウさんがここにいるんですな。だからなんだろうな、これはよく聴く作品で、一昨年のハイドパークで細野晴臣がこのアルバムのタイトル・トラックを歌ってくれたときには、歌いながら撮影をしています。その結果がこの写真なんですけど、ここでもあの歌のフレーズを書いていますね。

 その他にも、このアルバムでニューオリンズに思いをはせたり、「メリケン・ジョージ」って曲が入っているんだけど、おそらく、このあたりから発想したんじゃないかなぁと思って読んだのが「めりけんじゃっぷ」って本だったり... これ、谷譲次という作家が書いた本なんだけど、この人の存在はゾウさんから知ったんじゃなかったかなぁ。谷譲次の名前でアメリカに渡った日本人の物語を書いて、林不忘の名前で丹下左膳のシリーズ、そして、牧逸馬の名前では「世界怪奇シリーズ」なんてのを書いていたように思う。なんでも本名は長谷川海太郎だというのを知ったのは、これを書いているその瞬間だというのが面白いや。

 西岡恭蔵の、おそらく、このあたりの世界が矢沢永吉に気に入られたんじゃないかと思うんだけど、調べてみるとこんな曲を彼が書いているんだとか。

DON'T WANNA STOP / 気ままなロックン・ローラー / バーボン人生 / 棕櫚の影に / 黒く塗りつぶせ / トラベリン・バス / 東京ナイト / DIAMOND MOON / 逃亡者 / A DAY

 っても、数万枚のアルバムを持っていても、なぜか矢沢永吉の作品は一枚も持っていなくて、このあたりから聞いてみようかなぁなんて思ってます。

西岡恭蔵 さて、そのゾウさんのライヴをやったのは、『ろっかばいまいべいびい』から続く『南米旅行』の頃ではなかったかと思うんだが、小編成のバンドで来るというのでポスターに「西岡恭蔵とカリブの旋風(かぜ)」と書いたのを覚えている。勝手に作ってしまったんだが、面白いことに77年に京都の磔磔で録音したライヴ・アルバムではバンド名が「カリブの嵐」となっていた。ひょっとすると、自分にインスパイアされたんじゃないかと思うんだが、今は、それを尋ねることは出来ない。

 ホントにねぇ、なんで自殺したんだよぉ! 未だにそう思う。そして、クロちゃんが病床にいるときに書いた曲を集めたという『Farewell Song』をきいて、また涙してしまうのだ。「傷つくために生まれてきたんじゃない、悲しむ為に生きているんじゃない」と歌われる「I Wish」だけじゃなくて、どの曲からも、悲しみに暮れながら、それでも、前を向いて生きようとしたゾウさんの優しいまなざしが溢れているように思う。どの曲を聴いても、何度聞いても、そんなゾウさんのあの手のぬくもりが甦ってきてしまうんですね。

 さて、ゾウさんは今頃天国でクロちゃんと仲良くやってるのかなぁ... なんて、そんなことを思い出しながら、ときおり、ゾウさんのアルバムを聴いてしまいます。今回の『街行き村行き』の再発で、また、いろんなことを思いだしちゃいました。嬉しいものです。ありがとうね、ゾウさん。

PS : ちなみに、自分のmixi仲間がちょうどディラン・セカンドのことを書いていて、そのコメントのなかに『'77.9.9 京都磔磔』をほめていた... というので、これも注文してしまいました。レコ中は止められないなぁ...



投稿者 hanasan : 12:32 | コメント (0)