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2008年01月30日

Barbara(バルバラ)のこと

バルバラ 最も好きなシャンソニエのひとり、バルバラを初めて知ったのは、実をいうと、ライヴで聞いた友部正人の歌だった。曲の名前は覚えてはいないんだが、「バルバラのシャンソンでも聴きながら」というフレーズが入っていて、大好きな友部が聴いている音楽って、どんなものなんだろうと思ったのがきっかけだった。(それから20年以上が過ぎて彼と話をしたときに、このことを伝えると「実際に、影響があったんだ。嬉しいな」と彼が言ってくれたんだが、「影響』なんて言葉では計り知れないほどに衝撃を受けたのが友部正人。彼のデビュー・アルバム、『大阪へやってきた』からセカンドの『にんじん』は、生涯手放すことはできない傑作だと思っているし、10代の頃、彼の歌には頭をぶん殴られたかのような衝撃を受けていた。チャンスがあったら、聞いてくださいな)

 その友部がきっかけで知ったバルバラのアルバムで一番最初に買ったのは1964年に発表されたという『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』。確か大学生の時ではなかったかと思うのだが、そのアルバムに収録されている「Nantes(ナント)」という曲にいたく感動したのを覚えている。確か『ナントに雨が降る』という邦題が与えられていたように思うんだが、定かではない。か細いながらも、驚くほどの存在感を持つバルバラの声に、異様に少ない音数ながらも、まるで身体を突き刺すような、それでいて、氷のように冷たいタッチを持つピアノで彼女が弾き語るこの曲を聴いたとき、背筋がゾクゾクしたものだ。もちろん、アルバムそのものも素晴らしいんだが、この曲がどこかで自分の琴線に共鳴したんだろう、他の曲のことはほとんど覚えてはいない。それほどまでに圧倒的な響きを持ってた。とはいっても、あの友部の歌じゃないけど、「フランス語なんてわかるわけない」(って、フレーズがあったのを思い出した)。大学ではフランス語が第一専攻で、哲学科にいたからというのでもないんだが、ジョン・ポール・サルトルの著作をフランス語で読まされていたりもしたんだが、この曲でなにが歌われているかなんぞ全然知らなかった。その一方で、この曲に感じたのはどうしようもないもの悲しさや寂寥感。まるでなにもわからないのにかかわらず、この曲に魅せられてしまったわけだ。

バルバラ そのバルバラにとって、おそらく最大のヒットは... というか、日本人が最も慣れ親しんでいるのは「L'aigle Noir(黒いワシ)」ではないかと思う。一時、『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』のCDを探していたんだが、なかなかみつからず、結局、彼女のベスト・アルバム、『黒いワシ~ベスト・オブ・バルバラ』を入手しているんだが、巻頭を飾るのはこの曲。自分の持っているのはアメリカ盤で、単純にベストとなっているんだが、さすがに国内盤には「黒いワシ」という言葉が付けられている。それからも、この曲が日本でも知られていることがよくわかるのだ。

 そのバルバラが亡くなったのは97年11月24日というので、昨年の暮れ、没後10年を記念して13枚組の全集ボックス・セットが発表されたということだ。なんでも、彼女の死後、彼女への再評価が高まっていって、この13枚組がフランスでは10万セットも売れたという話も伝わっている。それを3枚のCDまとめたのが左上の『Les 50 Plus Belles Chansons』。バルバラのベスト50曲をを集めたもので、これは容易に手にはいるようだ。と、そんな話を知ったのは、我が家に毎月届けられる数少ない雑誌の一冊、Latina(ラティーナ)の最新号。誰のペンネームなんだろう、向風三郎と名乗る方の連載「それでもセーヌは流れる」の第一回の原稿で取り上げられているのがバルバラだった。

 詳しくは、この雑誌を手にとって読んでもらいたいと思うんだが、「実体験から生まれたのが私の歌であり、全ては歌に込められている」からと、ほとんどインタヴューなどには応えなかったのがバルバラらしい。が、その実体験が想像を絶した世界だったのがこの原稿から読み取れるのだ。1930年にユダヤ人家庭に生まれているということは、第二次世界大戦の頃、ヒットラーの恐怖と貧困の中で子供時代を育ち、加えて、父親から性的虐待を受けていたことも、後に知られることになる。一時は娼婦となりかけたこともあったという彼女の体験を誰が想像できるだろうか。

 その原稿で初めて「ナント」の歌の意味をおぼろげながら、わかってしまうのだ。これは家族を捨てホームレスとなって死んでいった父親の亡骸を看取りにいった街の名前なんだそうな。その歌詞のこともこの原稿に書かれているんだが、「ナントに雨が降る、ナントの空は私を悲しくさせる...」と、そのときの心情を言葉にしたのが、そして、曲にしたのがこの歌らしい。自分を汚し、捨てた父親の亡骸を見て、彼女がなにを思ったのか... 自分には全く想像もできないんだが、その気持ちがあの歌にのり移っているんだろう、全くフランス語の理解できない自分に刻印を与えるように鳴り響くここには言葉を遙かに超えた「音楽」があったということではないかと思っている。

 音楽とはとてつもない力を持っているものだと、また、確認したような気がする。言葉を遙かに超えた言葉がここにあり、そこに命を与えているのはそれを演奏する、唄う、ミュージシャンたち。その演奏によって言葉が言葉を越え、音楽が音楽を越える。このアルバムを買って約30年が過ぎて、再びバルバラを聴きながら、その素晴らしさを再認識するのだ。


投稿者 hanasan : 2008年01月30日 01:44

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