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2008年06月12日

メタルにはまる - Berri TxarrakとSoziedad Alkoholika

Berri Txarrak 昨日、5月頭のヨーロッパ取材旅行の素材をやっと形にできた。その結果が、Smashing Magに掲載したベルリンのバンダ・バソッティから始まるもので、取材してから一月以上かかっているのが情けない。が、どうしても多くの人が巻き込まれているスマッシング・マグやフジ・ロッカーズのスタッフが抱えているレポートの方を優先しなければいけないと思ってしまうのだ。当然ながら、それよりも優先順位が低いのが、自分のブログ。というので、こっちの更新がおろそかになる。ここに来ている人には申し訳ないけど、そりゃ、仕方がないと思う。しかも、このブログでさえ、書き始めると、どんどん話が広がってとんでもない量になるという問題もある。幾度も思ったことだけど、これからはシンプルにしてどんどん思ったことを書き残しておこう。そうじゃないと、全然先に進めないのだ。(それでもいっぱい書いてしまうのが笑えるんですけど)

 というので、今回はメタル。これまでいろいろな音楽を聴いてきたけど、メタルだけは... といったら嘘になるかもしれないけど、それに限りなく近いと言ってもいいだろう、聴く気になれなかったし、聴いては来なかった。さぁて、なぜなんだろう? よくわからない。接点もなかったし、魅力も感じなかった。それだけのことなんだろうと思う。ん? 違うなぁ。あのワン・パターンな暴力的なイメージのジャケットが嫌いだったからかなぁ。それはかなりあると思う。

 ところが、昨年、取材したバンドで、微妙に変化が生じる。それがバスクのバンド、Berri Txarrak(ベリ・チャラック)だ。実にシンプルなギター&ヴォーカル、ベース、ドラムスというスリーピース・バンドで、これがいい。地元の人たちによると、「フォークがメタルの音になっている感じかなぁ」というんだが、メロディがいいし、すごくタイトなリズムも好きで、エッジがあるというか... といっても、元来メタル系の音楽はほとんど知らないから、ほとんどなにも語れないんですけどね。実際、スラッシュ・メタルとか、デス・メタルとか、グラインド・メタルとか... それがなにかも知らないし、聴いても違いがわかるかどうか実に怪しいのだ。

 それはともかく、彼らの作品で一番最初に入手したのは『Libre』というアルバムで、これは元ネグ・ゴリアック(フェルミン・ムグルサが完全にバスク語で歌った最初のバンド)のメンバー、カキから受け取った。

「今、バスクで面白いと言えば、これしかいないよ」

 と言われたんだが、なかなか聴くチャンスがなかったというのが正直なところ。ところが、昨年3月の来日公演で、彼らのライヴを見て、こりゃ、面白いと聴き始めることになるのだ。

Berri Txarrak だから、最初に聴いたのはその来日公演で受け取った最新作... といっても、2005年の作品で『Jaio.Musika.Hil』。それに加えて、その前作『Libre』の2枚が、それからしばらくの間、うちでヘヴィーローテーションされることになる。この2枚がめちゃくちゃいい。なにがいいのか? なんだろうね。ライヴでニューオーダーの「ブルー・マンデー」あたりをカバーしていたところを見たら、おそらく、単純に一般的なメタルのイメージとは違ったところに彼らの音楽があると思うし、それが魅力なんだろうか。一方で、ジャケットを見てもわかるんだけど、メタル独特の「鋼鉄」系のニュアンスが全然ないのも面白い。実際、ビジュアル的にもベリ・チャラックの面々って、ベースを除いたら全然メタル・チックではないのです。といっても、うまく説明できないなぁ。

 彼らにはまってかなりが過ぎた今年、5月3日にひさびさに彼らのライヴを見たんだが、それがスペインの中部、ラ・マンチャあたりで開かれたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルだった。このとき、約5万人を前に彼らが演奏していて、その後だったか、マネージャーと一緒に彼らの事務所のあるカタロニアのジェローナに行ったときに、彼らから「実は、ゴルカ(ヴォーカルで詞を書いている)の言葉がすごいんだ。詩人としてバスクでは高い評価を受けていて、いくつか賞も取っている文学者なんだよ」と言われたんだが、当然ながら、なにも理解できない。それなのに、なにかが引っかかる。いつものことなんだが、そういった直感がどこかで音楽の魅力だと思っていて、それを探っていくことで我々の常識や言葉を遙かに超えた音楽の持つとてつもない力を再発見することが多々ある。だから、今がそんな状態だと言ってもいいだろう。

 ちなみに、この2枚のアルバムをあまりに気に入ってしまったからなんだろう、それ以前に録音されたアルバムも買ってしまった。といっても、このあたりの輸入盤の値段があまりに高いし、日本ではなかなか手に入らないので、渋々だけど、iTunesで購入。ジャケットの手触りが好きなので、よほどこのことがない限り、CDを購入したいんですな、ホントは。で、まずは1999年の『Ikasten』、2001年の『Eskuak, Ukabilak』を買ったんだけど、やはり、上述の2枚にはかなわない。その2枚も日本で買うと高いので、iTunesでのリンクも作っておきますが、『Libre』と『Jaio.Musika.Hil』のタイトルをクリックしてくれたら、すぐにみつかります。彼らのMySpaceでも音楽を聴くことができるので、そこをチェックしてみるのもお勧めです。さて、みなさんが彼らの音楽をどう感じるか? 興味津々です。

Soziedad Alkoholika で、そのベリ・チャラックがヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで演奏したのが夕方のメタル系を中心としたステージで、メイン・ステージのヘッドライナーとして登場したのが、同じバスクのメタル・バンドでSoziedad Alkoholika(ソシエダード・アルクホリカ)。直訳したら、アルコール中毒協会って感じかしら。このバンドにも圧倒されました。ベリ・チャラックと同じマネージメントだというので、ステージ脇で彼らを見ていたんだけど、ゴリゴリなんですな。マイクを両手に持ってつぶれた声でシャウトする感じ? このときはなにを聴いても同じに聞こえたというのが正直なところ。それでも、数曲が「面白いなぁ」と思っただけだったんだけど、ステージから放たれているエネルギーのすさまじいこと。マネージャーが「こっちに来てみな」と言うので、ついていったのが隣のステージ。そこからオーディエンスが全て見晴らせるんだけど、ぶっ飛ばされました。奥の奥の方までびっしり。しかも、パンパンに膨れあがった感じのオーディエンスがものすごい勢いで揺れ動いて、バンドと一緒に歌っているんですよ、このメタル・バンドと一緒に。このゾクゾクする感じ、想像していただければと思うんだけど、並のライヴじゃなかなか味わうことはできません。

 しかも、その中には、やはりバスクの旗が、カタロニアの旗がたなびいている。そんなこともあって、マネージャーに尋ねるんですね。連中はどんなことを歌っているのかなぁって。そうすると、『反人種差別、反ファシズム... 簡単に言えばレベル・ミュージックだよ』とのこと。そんなバンドがこれほどの反響で受け入れられているというのが、やはり日本ではあり得ないと思うのです。後日、このマネージメント会社のひとりと話をすることがあって、『おそらく、こういった現象は、ほとんどの国で希薄になっていると思う。これほどまでに攻撃的なレベル・ミュージックが最も受け入れられるのがスペインなんだ。おそらく、まだファシズムの記憶が生々しいからじゃないかな。』と言われたものです。実際、フランコの独裁が終わったのが70年代の終わり。80年頃に仲良くなったスペイン人の友人が口にしていた言葉を思い出します。『夜中に三人で歩いていたら捕まったのよ』と、そんな時代を生き抜いていた人々の国がスペイン。こういった傾向は理解できるし、バンダ・バソッティが本国よりもスペインでの方が支持されているというのも、それが理由なんだろう。

 ちなみに、日本ではまだ入手不能なんだけど、発売されたばかりなのが、彼らの新しいアルバム、『Mala Sangre』。スペインでは発売第1週でこのアルバムが全国チャートの13位に顔を見せたとか。おそらく、ヴィーニャ・ロックでそんな彼らのピークを体験したということなんだろう。当然のように、このアルバムだけではなく、ベスト・アルバム、DVDといろんな素材を彼らから受け取ったんだけど、これ、完璧にはまっています。例によって、自分のLast fmをチェックしていただいたらわかるんだけど、自分のコンピュータで聴いている音楽のチャートでtop6に彼らの名前が出ている。簡単なことで、最初は「チェックする」ために聴いていたら、どんどん彼らの魅力にはまりこんだということ。彼らのメタルもこれまで自分が持っていたイメージとは全然違った、どこかでバンダ・バソッティあたりに通じるメロディを感じるというか... 実際、このバンドを聴いていろいろなメタル・バンドを聴き始めたんだけど、メタリカを聴いて全くぴんと来ない。それどころか、彼らと比較すると、メタリカがポップに聞こえるというか... それほどこのバンドのこのアルバム、『Mala Sangre』に魅力を感じるんですね。不思議なものです。

Sepultura そのマネージメントが教えてくれたんだけど、このヴィーニャ・ロックで最も高いギャラを受け取ったのがソシエダード・アルクホリカだったとか。同じフェスティヴァルに、日本でも有名なソウルフライやセパルトゥラあたりが出演しているんだけど、そういったバンドよりも遙かに人気があるんだそうな。その一方で、自分の持っているメタルへの偏見を越えなきゃという意味もあって、「メタルの歴史を変えたのはセパルトゥラなんだ」というマネージャーの言葉に刺激されて彼らの『JChaos A.D.』と『Roots』を購入。まだ、少ししか聴いてはいないんだけど、これまで持っていたメタルへのイメージを変えないといけないなぁと、正直に思った。といっても、これが典型的なメタルなのかどうかさえ知らないんだけど、これまで想像していたものとは全く違う世界なのだ。どちらかというと、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンやエイジアン・ダブ・ファンデーションに近いと言ったら笑われるんだろうか。自分にはそういった感じに聞こえて仕方がない。いずれにせよ、レベル・ミュージックであることだけは理解できるのが不思議だ。

 ところで、今回の取材旅行でも面白いことにいっぱい出会っている。マドリッドから車でヴィーニャ・ロックに向かったとき、空港で同行する人たちと落ち合ったんだが、そのうちのひとりが「会ったことあるよ」と言うのだ。そうしたら、なんと、ケムリというバンドと一緒にフランスをツアーしたときに同行したか、あるいは、パリであったのか... あまり記憶が定かではないんだが、そのときのレコード会社、ロード・ランナーの担当者だというのだ。今回はこのソシエダード・アルクホリカの担当者としてこのフェスティヴァルに向かっていた。地球が小さいと思うのはこんな時。いやぁ、びっくりです。


投稿者 hanasan : 08:50 | コメント (0)

2008年06月10日

6月22日、上野の辺野古に行こう!

Boikot 去年の2月に初めて沖縄を訪ねたのは、キャンプ・シュワブと呼ばれる米軍基地の隣... というよりは、その基地によって大部分を奪われた美しい浜。そこで新しい軍事基地の建設反対を訴えるために開かれたピース・ミュージック・フェスタ辺野古2007に「いたかった」のがその理由だった。そのレポートを発表しているという意味では取材なんだろうが、それよりなによりこういった動きを作ってくれた人たちとつながりたかったし、少しでも集まる人の数を増やしたかった。自分の気持ちを訴えると同時に、できるだけメディアに取り上げられるような状況作りに手を貸したかったというのもある。

 言うまでもなく、普天間基地返還の代替え地として辺野古の自然を破壊することに、どう転んでも賛成はできないし、いかなる形であれ、それを食い止める力になれればと思っている。それだけではなく、沖縄のみならず、日本という独立している国に海外の軍隊がふんぞり返り、我々の税金に支えられた彼らが行っている殺人や破壊行為を許すことはできない。米軍基地なんぞ、この国から放り出してしまうべきだし、この世の中から消えてなくなればいいと思う。これまで幾度となく書いてきたが、軍事力によって国を守れるなんぞ空論でしかないし、そんなものを持つこと自体が自殺行為で犯罪だと考えている。

 先日の新聞報道でもあったんだが、日本の軍事予算は世界で第5位なんだそうな。それほど莫大な金をどぶに捨ていている政府が、今なにをやっているか? わざわざここで繰り返すこともないだろう。本来、誰もが健康に生きる権利を持ち、平等に教育を受ける権利を持っているというのに、憲法で保障されたこれが国民に与えられてきたことがあっただろうか? それどころか、今の政府は弱者を切り捨て、さらなる負担を国民に押しつけようとしているのだ。貧乏人にはどんどん負担が大きくなる消費税を上げて、その金で「社会保障」だと? 金持ちには痛くもかゆくもなくても、俺たちには死活問題なのよ。消費税が平等な税金だと素面で口にできる政治家って、極端に頭が悪いか、意図的に論理をすり替えているかのどちらか。おそらく、後者なんだろうけど、それをわかっていて、「正論ぶって」いるんだろう。その一方で、莫大な金を懐に入れているのが役人どもや政治家たち。連中のこんな話を聞くに付け、はらわたが煮えくりかえるような思いをしているのは自分ひとりではないはずだ。

Billy Bragg そんな状況をわずかでも変えなければいけないと思うし、なにかをしなければいけないと思う。そりゃぁ確かに、辺野古に行ったからといって、米軍基地がなくなるわけでもなければ、政府が変わるわけでもない。戦争がなくなるなんてあり得ない... 似非インテリの連中がいつも言うのがそれだ。アホ政治家と同じ土壌に立って「正論」をぶつ人たちには、それこそが現実なんだそうな。そして、俺たちはアホな理想家なんだそうな。でも、いつも言うことだけど、理想を現実にやろうともしない人間がやっている判断にひとかけらの正当性もありませんわ。だから、自分はやる... と、それだけのこと。

 今年、オースティンで久しぶりに見たビリー・ブラッグが、新しいアルバム『Mr. Love & Justice』に録音した「I Keep Faith」という曲を歌うときに、それと全く同じことを言っていたのが印象に残っている。

「音楽を演奏して、それだけで世界が変わるわけないさ。でもね、世界を変えるのはひとりひとりの人間なんだよ。そのひとりひとりが前を向いて動くことでしか変わらないんだ。そやぁ、時にはシニカルになったり、斜に構えたりってこともあるだろうさ。でもね、僕は信じているんだよ。信じ続けるんだ」

 と、そんなことを口にしていたけど、その通りだと思う。だから、できることをやるわけだ。もちろん、できることにとどまらないで、もっと「できること」をやる方がいいに決まっている。それが集まれば具体的な「力」になると思うし、それを信じているんですよ。

 だから、今、このブログをチェックしている人たちに呼びかけたいと思う。この6月22日、上野公園の水上音楽堂で開かれるピース・ミュージック・フェスタ (from) 辺野古2008に行こうよ。なくせ米軍基地! そんなものいらんよ。普天間基地の代替案として現実化しつつある辺野古沖の基地建設を止めさせようと訴えるこのライヴに、できるだけ多くの人を集めてニュースにしようよ。と、そう思う。同時に、同じようにこの現実を見ている人たちが、けっしてひとりではないことも感じてもらいたいし、新しい仲間も作って欲しいと思う。

Duty Free Shop. 自分だって大きなことを言えたものではないんだが、わずか一回、沖縄に行ったことで、多くのことを学んだと思う。現時点で言えば、1500日以上も身体を張って、あの浜で新しい軍事基地の建設を阻止している人たちがいること、しかも、彼らは「プロの市民運動家」ではなく、中心となっているのはこの地に住むおじぃやおばぁであること。さらに加えて、沖縄にはこういった現実に真正面から対峙して歌う素晴らしいミュージシャンがいるのを発見できたこともそのひとつ。例えば、実行委員のひとり、知花竜海君率いるデューティ・フリーショップにカクマクシャカのことは以前このブログで書いている。沖縄国際大学に米軍の軍事ヘリコプターが墜落したときに作った「民のドミノ」は傑作だと思うし、彼らの他にもさまざまなバンドやアーティストの演奏に頭をぶん殴られたように思えたものだ。

 日頃ほとんど聴くことのないダンスホール系のレゲエ・アーティストたちが発する「言葉の鋭さ」に脳みそを刺激され、震えたことも幾度もあった。彼らの音楽についても新しい発見がいっぱいあったものだ。沖縄のリズムや楽器をたくみに取り入れたサルサやDJたち。その全てが五感になにかを伝えてくれたと思う。それに、大所帯の渋さ知らズも嬉しかった。会場に着くなり、中心人物の不破さんとガシッと握手をしたときの感触は今でも覚えている。ちょうど、彼らが自腹でこんな場所まで飛んできてくれたことが嬉しかったのと同じように、おそらく、彼も自分をみつけたのが嬉しかったんだろう。そうやって集まってきた人たちの多くが、また、今度は東京の上野公園に集まってくる。できれば、みなさんにもそんな体験をしてもらいたいと思うのだ。

 ピース・ミュージック・フェスタ (from) 辺野古2008について、詳しいことは公式サイトでチェックしていただきたいんだが、同時に、実行委員会のみんなが続けているブログや辺野古での状況を刻一刻と伝えてくれるちゅら海をまもれ!沖縄・辺野古で座り込み中!も見てくれると幸いだ。

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 おっと、そこまで書いて最も重要なバンドのことを一行も書いていないことが気になった。昨年のフェスティヴァルで前日から会場設営の準備を手伝い、終わって翌日には撤収作業もやっていたのがソウル・フラワー・ユニオンの面々。彼らがそのときのライヴを収録したライブ辺野古というDVDを発表している。このDVDはぜひ見ていただきたい。辺野古の問題を考える素材も、ライヴ同様に収録して、辺野古節のCDも入っている。この辺野古を考えるときに最重要な作品であることは言うまでもない。


投稿者 hanasan : 18:25 | コメント (0)

2008年06月04日

嬉しいぜ、青江三奈再発

青江三奈 昔から大好きなアルバムで、ときおりDJのまねごとをするときに必ず使う作品に青江三奈の傑作、『The Shadow of Love』がある。これは1993年に彼女がニューヨークに行ったときに録音したもので、ムード歌謡から演歌といった、一般的な彼女のイメージからはかなりかけ離れている本格的なジャズ・アルバム。オリジナルが発売されたときに購入して、一度友人に貸して返ってこなかったというもので、廃盤になる寸前で再購入したという記憶がある。それ以降、久しく入手不能となり、中古市場では破格の値段が付けられるコレクターズ・アイテム化していたらしいんだが、昨年だったかに、インディ系のレーベルから再発されたようだ。本来これを発表したのはビクター音楽産業(現在の、ビクター・ミュージック・エンタテインメント)だったんだが、メジャーにとっては「ヒット曲満載」でなければ商品にならないということなんだろう。

 この作品が発売された95年、速効でこれを買ったきっかけを作ったのが、これもDJのまねごとで必ず使う名アルバム、『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』。これは残念ながら、今も、入手は難しいコレクターズ・アイテムで、横浜でテレビ番組をやっていた頃、番組収録や編集作業を終えてスタッフと飲みに行った、ジャズと演歌の店『パパ・ジョン』で教えてもらった作品。群を抜いて素晴らしいのが巻頭の曲、「「組曲」レディ・ブルース」で、独特のブルース・タッチを感じさせるヴァイオリンがメドレーで歌われる名曲に見事な花を咲かせている。「伊勢佐木町ブルース」から「雨のブルース」、「港が見える丘」に「白樺の小径」と「別れのブルース」なんだが、青江三奈のハスキーな声に淋しげなヴァイオリンが絡んで見事な傑作となっている。

青江三奈 といっても、おそらく、このイントロを聴いて誰がヴァイオリン(フィドル)を演奏しているのか当てることができる人はほとんどいないだろう。なにせ、どう考えても青江三奈とは結びつかないからだ。実際、初めてこれを聞かされたときに、敬愛するバーの親父、パパ・ジョンがそう尋ねたものだ。そんなこともあって、この曲を聴かせると決まって「このヴァイオリン、誰かわかるか?」と質問をぶつけるようになってしまった。

 実をいえば、このヴァイオリンは、親父さんの店の名前にもなっているPapa John Creach(パパ・ジョン・クリーチ)。ブルース好きなら一度はこの名前を耳にしたことはあるだろうし、昔からのロック・ファンだたらJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)からHot Tuna(ホット・ツナ)あたりで活躍していた黒人のヴァイオリン弾きのことを知っているはずだ。そのパパ・ジョンと青江三奈が絡んだのが『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』の巻頭に収録されている曲だ。これには、やられました。完膚無きままに惚れ込んで、あの当時、なんとか探し出して買ったこのアルバムをこれまで何度聞いたことか。傑作です。

Papa John Creach もちろん、どういったいきさつでこの二人が共演することになったのか? なんの情報もありません。日本で発売される、いわゆる歌謡曲のアルバムにはライナーノーツもなにもなくて、しょせんは「消耗品」として音楽が発売され、消化されているのを目の当たりに感じるのがこんな時なんですが、これほどまでに歴史的なセッションの背景を知ろうにも、すでに青江三奈は他界し、なにもわからないのです。チャンスがあれば、当時の関係者に話を伺うことは可能なんだろうけど... そのあたり、今回の再発に当たってこういったこともライナーで書かれていれば、実に嬉しいんだが、さてどうなんだろう。

レディ・ブルース ー女・無言歌ー』については、中古盤ででも探すしかないんですが、再発された『The Shadow of Love』については、だまされたと思って買ってください。ジャズ・ヴォーカルが好きで、名盤と呼ばれるヘレン・メリルの『ウィズ・クリフォード・ブラウン』が好きだった、間違いなく惚れ込みますから。そう、青江三奈はヘレン・メリルに比較されても全然おかしくない... どころか、歌のレンジの広さからいえば、遙かに凌駕するヴォーカリストだというのが自分の見方です。

 さて、そのヴォーカリストとしての才能を見事に証明したのが『『The Shadow of Love』で、特にぶっ飛んだのは「Bourbon Street Bluse」という名で収録されている「伊勢佐木町ブルース」と「本牧ブルース」。ちょっとファンキーなタッチのリズムで、英語で歌われているんだけど、これが素晴らしい。プロデューサーでアレンジャーとして名を連ねているのはMal Waldron(マル・ウォルドロン)。ビリー・ホリデーに捧げた傑作『Left Alone』を残したジャズ・ピアノの巨人で、すでに他界しているのは知っているだろう。その他、やはり故人となっているサックス奏者、Grover Washington, Jr.(グローヴァー・ワシントン・ジュニア)、トランペットのEddie Henderson(エディ・ヘンダーソン)、ベースにGeorge Mraz(ジョージ・ムラーツ)などの顔ぶれが見える。しかも、ナット・キング・コールの弟、フレディ・コールとのデュエットも収録されるなど、実に素晴らしい。元々ジャズ・ヴォーカリストだった青江三奈が、その本領を発揮した見事な作品だと思う。

青江三奈 今回はそのアルバムに加えて、同じようなコンセプトでニューヨーク録音した『Passion Mina in N.Y.』という作品もCD化されていて、今回はこれを買った。イントロはアート・ブレイキーで有名な『モーニング』のフレーズで、そのまま「伊勢佐木町ブルース」に入っている。なんでも、本当はスタジオ録音なのに、レインボー・ルームでのライヴも加えて、「疑似ライヴ」的な仕上がりにしているのがこの作品の面白さだ。(本作品のライナーを岩波洋三氏が執筆されているんだが、そのあたりの事情はそこに詳しく記されている)このアルバムで最も好きなのはビリー・ジョエルの名曲、「ニューヨーク・ステイト・オヴ・マインド」。青江三奈が並のヴォーカリストではなかったことをつくづくと思い知らされる名唄だと思っている。

 その他に、このシリーズで復活したというか、できあがったのが、彼女が映画などで歌った曲を集めたアルバム、『女の警察 ~青江三奈ムーヴィートラックス』。これはまだ買っていなくて、頭を悩ませているところ。彼女だったら、いい作品には違いないんだろうが、ちょっと二の足を踏んでいるのだが、おそらく、買ってしまうんだろうなぁ。

 ちなみに、今回の復刻化を手がけているプロデューサーは、いつものように高譲さん。彼とはどこかでつながっているんではないだろうかと思うほどに趣味が似ていて、これまで彼が手がけた復刻化作品を数多く購入している。そんな意味でも間違いないんだろう、きっと、この原稿を仕上げたら、きっとまたクリックしてしまうんだろうと思う。

 さて、上述のジャズ・アルバムを仕上げた数年後に青江三奈はこの世を去ることになる。すい臓癌だったらしいんだが、まだまだ死ぬには早すぎたことが悔やまれる。特に、一連のジャズ作品は彼女の才能の本質を見事に言い当てていたと思うし、もっともっとやって欲しかったと思うし、ジャズをベースとしたライヴも見てみたかったと思う。調べてみると、彼女が他界したのが6年前の7月2日。59歳で亡くなったのは、はやり若すぎると思うのだ。



投稿者 hanasan : 10:24 | コメント (0)