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2008年10月31日

Justin Nozuka - アコースティック・ソウル

Justin Nozuka 実を言うと、ジャスティン・ノヅカのライヴはめちゃくちゃ楽しみにしていた。なにせ、ここ1年でも最も頻繁に聴いているアーティストが彼なのだ。そのあたり、last FMの自分のアカウントをチェックしていただければわかるんだが、なんとライ・クーダーやザ・バンドといった、昔から大好きだったアーティストと肩を並べるほどに彼の作品を聴いていることになる。それほどに惚れ込んでいるということなんだろう。

 初めて彼の噂を耳にしたのは、3月に訪れたテキサスはオースティン。サウスバイ・サウスウエストでのことだった。どこの誰だったか、全然覚えてはいないんだが、彼がどこかで演奏しているのを見つけて、「いいよぉ」と言われたというのだけが脳みそにこびりついていた。とはいっても、この時点では、「なんだか日系人かハーフみたいだよ」という、それだけの理由で、深く掘り下げてはいない。

 そして、fujirockers.orgの仕事で開催日に合わせてアーティスト情報の確認やらチェックをしていたときに、彼が今年の出演者リストに載っていることに気がつくのだ。そのあたりの下りは一度書いているんだが、それがきっかけで彼のMy Spaceをチェック。その結果、まるで一目惚れのように彼の音楽にはまってしまったという流れがある。たまたまなのか、彼に才能があるのか... そういったことには全然思いも及ばない状態で、単純に「いい」と感じて... 奇妙な話なんだが、彼のMy Spaceを聴きまくり、国内盤が出るのを待てないでアメリカ盤を買ってしまった。それが、『Holly』(US import / 国内盤 )だった。

Justin Nozuka 自分の記憶と想像が正しければ、フジロックへの出演はプロモーションなんだろう。なんとか、そこに彼をつっこむことができたというのが「木道亭」という、実は、魅力があっても、そこに出演するだけに「交渉する」なんてことは「あり得ない」ステージでの演奏だ。当然ながら、彼のことで大騒ぎをしていたのは、実際に音楽をチェックしていた自分ぐらいのもので、fujirockers.orgのスタッフの誰ひとりとして関心を見せてはいなかったし、彼のステージの撮影を望む人もいなかった。本当だったら、無理をしても自分が撮影したかったんだが、その時点ですでにシフトが確定されていて、オンタイムで情報を発信するというサイトを運営している立場を考えると、あの時点でシフトを変更するのは不可能。というので、結局は、まだまだ修行中の写真家に撮影を依頼。結局、レポートさえも上がっていなかったほどに、「無形の新人」としてそこにいたのが彼ではなかったかと思う。

 それでも、『Holly』(US import / 国内盤 )を聴けば聴くほどに、そして、彼のことを調べれば調べるほどに魅力が増していった。フジロックに彼が来たときにはまだ19歳で、このアルバムが発表されたのは2006年。ということは、わずか17歳でこのアルバムを録音したことになるのだ。なんという才能なんだろう... と、単純にそう思ったのがこの頃だ。

 そして、彼の来日が発表され、一般にチケットが販売されるのは東京での1公演のみということにまた驚かされることになる。普通の発想だったら、東名阪ぐらいでライヴを仕掛けるものなのに... と思いながら、とにもかくにも「ライヴを見たい」という一念で10月27日の公演を取材。それをまとめたのがこの記事だ。

Justin Nozuka かなり早めに会場入りして受け取ったセット・リストを見て最初に驚かされたのが「Ain't No Sunshine」。言うまでもないだろう... とはいいながら、そのときはアーティストの名前が思い出せなくて、ビル・ウィザースだっけ? それとも、ビリー・ポールだっけ? なんて、お間抜けなことを口にしていたんだが、これは前者がデビュー・アルバム、『Just as I Am』に収録して大ヒットした曲。「ほぉ、これをカバーするんだ」と、その時点では、「やっぱりね」と思ったに過ぎなかった。それは、アンコールの1曲目に書かれていたオーティス・レディングの名曲、『ドック・オブ・ベイ』の名前を見たときも同じ。そうなんだ、やっぱ、ソウルやR&Bが好きなんだ。と、その程度のものだった。

 ところが、撮影のために柵中に入ってファインダーを覗きながら、彼の歌を聴いていると、実は、彼がやっているのは、そのまんまソウルじゃないかと思えるのだ。一般的にアコースティック・ギターを抱えて歌っていたら、単純にシンガー&ソングライターだと思えてしまうし、特にアコースティックな楽器を使っていればなおさらで、どこかでそんなイメージでとらえてしまうんだが、なにかがどこかで微妙に違うのだ。と、そんなことを書きながら、初期のジェイムス・テイラーやネッド・ドヒニーのことなんかを思い出してしまうのだが、完全にフォーキーなイメージがあっても、彼らが愛してやまなかったのはソウル。ただ、ソウルっぽく歌ってはいても、そうは聞こえてこなかったのに対して、ジャスティンのヴォーカルにはそんなソウルを感じることができるのだ。

 そういった巨人と同時に、ジャスティンを聴いて思い出したのは、昔からの友人、リヴァプールのトーマス・ラング。彼もたぐいまれなヴォーカリストで、ソウルやジャズをこよなく愛していた。その結果が、一緒に制作した、『Covers』(後に若干の曲を加えた形で『Editions』として発表されている)というアルバムで、彼はテディ・ペンダーグラスの「Love TKO」(『Greatest Hits』)やジャスティンがカバーしたビル・ウィザースの、もうひとつの代表曲「Use Me」(『Lean on Me-Best of Bill Withers』)をここでカバーしている。トーマスの場合、ソウルとジャズが微妙にクロスしたところが大きな魅力となっているんだが、ジャスティンは完全なソウル。それをライヴを通して認識できたように思うのだ。

「Ain't No Sunshine」の時には、ギターを傍らに置いて、両手でマイクを握りしめ、祈るような表情で歌っているのだが、このときファインダー越しに見えたその表情にゾクゾクしていたものだ。そのときに撮影したカットが冒頭の1枚なんだが、あのヴァージョンは素晴らしかった。そして、アンコールの『ドック・オブ・ベイ』もよかったんだが、圧巻はラストのオリジナル、「Oh Momma」。ずっと一緒に演奏していたギター&キーボードのミュージシャンがステージを離れ、ひとりになったステージで、静かに、静かに歌い出す。マイクからずっと離れて、ほとんどPA抜きでほぼ完全な生音で演奏している感じだったんだが、それが『響く』のだ。わずかな音や息づかいさえをも聞き逃すまいとジャスティンを見つめ、あるいは、目を閉じ全神経を集中させて聞き入っていたのがオーディエンス。演奏が終わると同時に、会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれたのは言うまでもないだろう。

 ライヴの後、彼らに『ソウルだね』と言うと、『それこそが自分たちの求めているものなんだ』という言葉が返ってきた。そんな彼らを見て思いついたフレーズがアコースティック・ソウルなんだが、おそらく、ジャスティンの音楽を示すのに最適なのがそんな言葉ではないかと思う。


投稿者 hanasan : 22:58 | コメント (0)

2008年10月20日

Tete Montoliu - カタロニアの燃える炎、テテ・モントリュー

Tete Montoliu そうかぁ、この人はカタロニア人だったんだ... と、ジャズ・ピアニスト、テテ・モントリューのこのアルバム、『Catalonian Fire』のタイトルを見て、初めてわかった。といっても、無理もないことで、70年代半ばから終わりにかけて、テテ・モントリューのアルバムを聴いていたときはカタロニアもバスクも全く未知の世界だった。あの当時、(そして、今も、おそらくは)一般的に言われていたように、盲目のスペイン人ジャズ・ピアニスト程度の認識しかなかったのも無理はないだろう。もちろん、当時の大学生なら当たり前のように、スペイン市民戦争の話を耳にしていたり、ジョージ・オーウェルのカタロニア讃歌』やピカソの名画、『ゲルニカ』の存在は知っていた。が、それほど気にしたことも、掘り下げたこともなかったのだ。

 が、実際にバスクの地を訪れたり、カタロニア(カタルーニャ)に足を踏み入れ、その「国」に住む人たちと接することでなにかが微妙に変わってくる。特に、バスクでフェルミン・ムグルサとやったときのインタヴューは強烈で、フランコ独裁時代のバスク人に対する辛辣な抑圧をリアリティを持って知ったのはこのときが初めてだった。と、そのあたりの話もじっくりと書くべきなんだろうが、それはまたの機会にやるとして、今回はそんなことを思ったことがきっかけで買ってしまったこのアルバム、『Catalonian Fire』だ。おそらく、『カタロニアの燃える炎』とでも訳せばいいんだろうが、そんなタイトルが付けられているこのアルバムを買ったのは偶然だった。たまたま、いつものようにamazonをチェックしていたら、これが目に入ってきたというもので、値段も安いから、昔好きだったアーティストの、聴いたことのないアルバムを聞いてみようかと思ったにすぎない。そうして入手したんだが、こんなに素晴らしいアルバムをきちんと聴いていなかったのが実に悔やまれる。傑作なのだ。

Kenny Drew 大学の頃、毎日のように通っていたジャズ喫茶(と言っていいのかなぁ、お客がいなくなるとロッド・スチュワートなんかも聴いてましたけど)、岡山文化センターのそばにあった「イリミテ」で知ることになったのがECMやSteeple Chase(スティープル・チェイス)といったヨーロッパのレーベルに録音された作品の数々。店ではラルフ・タウナー(『Solstice - Sound And Shadows』や『Solstice』をよく聞いたなぁ)やヤン・ガルバレク、ゲイリー・バートンにキース・ジャレット(なにはともあれ、『My Song』と『ケルン・コンサート』ですね)あたりがよく流れていたように記憶しているんだが、ECMにはまったのはこの店の影響だ。うちにはその当時に買ったアナログがかなりあって、今もよく聞いているのがあの頃の作品群。例えば、エグベルト・ジスモンチの『Dança Das Cabeças(邦題 : 輝く水)』やキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』のA面は静かな夜に心を落ち着かせる定番で、容量わずか16GBだというので限られた好物のアルバムしか入れることができないiPod Touchにはパット・メセニー・グループのデビュー作(だと思います)『Pat Metheny Group(邦題 : 想い出のサン・ロレンツォ)』も入っている。

 そのECMと並んでよく聞いたのがデンマークのレーベル、スティープル・チェイスの作品だった。おそらく、当時、誰もがそうだっただろう、ロック好きが最初に衝撃を受けたジャズ・アルバムとして記憶されることが多いのがピアニスト、ケニー・ドリューの『Dirk Beauty』。これについては以前、こちらに書き残しているんだが、この1曲目の「Run Away』なんぞ、いつ聴いてもゾクゾクするぐらいにかっこいい、実は、ロックンロールのような演奏だ。これを聴くと、自然に身体が動き出して、とっぷりとアルバムにはまりこんでしまうのだが、中心となっているケニー・ドリューのピアノよりも、ひょっとしてバックのベース、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンとドラムスのアルバート・ヒースに惹かれているのではないかと思うことがよくある。というか、このコンビネーションがいいんですな。地をはうような趣で響くベースのペデルセンを初めて知ったのは、生涯で最も好きな... というよりは、頭をぶん殴られたかのようなアルバム、アルバート・アイラーの『My Name Is Albert Ayler』。このアルバムでその名前を知って、『Dirk Beauty』で完全に惚れ込んだベーシストで、同時にドラムスのアルバート・ヒースにはこのアルバムではまったという感じかなぁ。誰かから聞いたんだが、ドラムスのチューニングがやたら低いらしく、それが理由でソロをとっているときなど、「パタパタパタ」というニュアンスでドラムの音が聞こえることがよくある。これなんぞ、嫌っている人も多いようなんだが、私、大好きなんですな。(その一方で、大好きな映画、『グレン・ミラー物語』に登場しているシーンで覚えてしまった、真逆のジーン・クルーパも好きなんですけどね。カンカンカンカンといった張り詰めた音のする彼のドラムスはぴんぴんに張ってチューニングしているのではないかと想像するんだが、ドラムスをさわったこともないのド素人の憶測なので信用しないで、くださいね)

Tete Montoliu 実を言うと、このレーベルでのテテ・モントリューの代表作とも言えるもう一枚、『Tete』でもバックのコンビは同じこの二人。今回買った『Catalonian Fire』も同じトリオ編成で、このコンビネーションは、ホントに文句なしですな。実は、『Tete』については、アナログで持っていたはずなんだが、それを探しても見あたらないというので、これをきっかけに、これともう一枚、『Tete A Tete』も買ってしまったという次第。どれをとっても甲乙付けがたい、いいアルバムだなぁと思うんだが、やっぱ、テテにとっての一番の名作というと『Tete』なんだろう。巻頭に収められている名曲、「ジャイアント・ステップ」が飛び出してくると、いきなり超速リリカル・ピアノの世界に引きずり込まれてしまいますもの。とはいっても、実をいうと、それをしても、今回の一気買いの発端となった『Catalonian Fire』を聴いていなかったことが悔やまれるぐらいに素晴らしい。このブログを読んでいる人がどれほどジャズを聴いているのかどうか知りませんが、一度聴いてみては如何ですかな。

 おっと、とはいっても、自分はそれほどジャズを聴き倒しているジャズ・ファンじゃないので、責任は持ちませんけどね。なにせ、スティープル・チェイスで名盤中の名盤といわれるデューク・ジョーダンの『Flight To Denmark』も持っていない人ですから。まぁ、今回のテテ聴きまくりで、再びスティープル・チェイスにはまっているので、おそらく、買ってしまうんでしょうけど。それに、ケニー・ドリューとペデルセンの『Duo』も欲しいなぁ。いくら金があっても足りませんけど、聴きたくてたまらなくなっているのであります。やっぱ、病気ですな。


投稿者 hanasan : 08:49 | コメント (0)

2008年10月19日

Lucinda Williams再び。新譜もいいねぇ。

Lucinda Williams ずいぶんと出遅れてしまった感じで、とりつかれたルシンダ・ウイリアムスなんですが、14日に発売となった新譜、『Little Honey』が到着。ご多分に漏れず、はまりまくっています。

 確か、彼女のMy Spaceがどこかで読んだのではないかと思うんですが、「今度はロックよ」みたいなことを彼女が口にしていたんじゃなかったっけ? 確か、そうだと思うんだが、初っぱなの曲「Real Love」で「その通り!」と思いましたなぁ。ぐぁん〜っといったギターで始まるレイドバックしたロックンロールなんですけど、ルシンダはシャウトするでもなく、いつものちょいと風邪でも引いたときのようなこもった感じの声で押さえて(それでもソウルを込めて... というのがミソですけど)歌っているんですな。そのバランスがいい。そんなロック的という部分で言えば、もう1曲あって、それが5曲目の「Honey Bee」。ここで思い出したのはクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの名作中の名作、『4 Way Street』(国内盤 / US import)なんですが、ギターのカッティングとか、リード・ギターの一部が、まるでこの作品のロック・サイドを「感じさせる」ように演奏されていたのが気になりました。というか、好きなんでしょうな。

 とはいっても、この2曲の「ロック的な」のを除けば、基本的にはいつも通りのちょいと「暗い」感じのルシンダ。「暗い」という言葉が本当に的を射ているとはいいにくいんだが、どこかで鼻声のようにも聞こえるドスのきいた声と曲調に、やっぱりやられてしまうのです。あの「Real Love」の後、いきなりアカペラで始まって... ウエットなタッチのカントリー・ナンバーと続いて、それでもってブルージーな「Tears of Joy(随喜の涙)」といった流れがいい... ここまで来たら、もう離れられません。

 おそらく、一般的に話題になるのは8曲目の「Jailhouse Tears(刑務所の涙)」って曲だろうと思う。なんとここでデュエットしているのはエルヴィス・コステロ。このコンビネーションがいい。個人的にはこの人は好きではないんですけどね。それまでも高慢ちきな態度が嫌いだったんだが、それを決定的にしたのが、前回か、その前かのアラン・トゥーサンのライヴに彼が飛び入りしたとき。アランのライヴを楽しみにしていたのに、4曲から6曲か覚えてはいないんだが、延々と歌って「出しゃばりすぎだよ、このおたんこなす!」と思ったんですな。とはいっても、ルシンダとのデュエットでの圧倒的な存在感は否定できないです。その一方で、コステロがずいぶんと気張って歌っているのが感じられるのは、「ルシンダには負けられない」という気負いの表れか...あるいは、ルシンダには勝負できないことを知った上での「努力」ではないかと思うんですけど、いかがなものでしょう。

 素晴らしい曲がそろえられた入魂のアルバムなんだろうなぁ、この『Little Honey』。最後の曲「It's A Long Way To The Top」なんて、泣いちゃいますよ。奇妙な話かもしれないけど、これを聞いていて、ピンクフロイドの「Comfortably Numb」を思い出してしたった、私って、やっぱ、変かもしれません。

Lucinda Williams 当然のように、このアルバムも届いて以来聞きまくり状態なんですが、以前彼女のことを書いてしばらくして、結局、2枚組のライヴ・アルバム『Live @ the Fillmore』も注文。国内で買うと値段が高いので、amazon経由の海外の業者から買っているんでが、買って良かったなぁとつくづく思うほどの素晴らしいできばえです。当然、これもはまりまくりです。大きく彼女がブレイクした『World Without Tears』という名作を発表後のライヴを収録したこの作品が悪いわけがないわけです。それまでに録音したベストの曲が集められていて、大好きな曲がぎっしりと詰め込まれているしね。それに、観客の叫ぶ声や
雰囲気をうまくつかんでいるという点で、確かにライヴならではの臨場感はあるんだけど、録音自体はどこかでスタジオ・アルバムと変わらない感じがしないでもない。それを退屈と見るかどうかなんだけど、私、好きですね、こうゆうの。というか、今回の『Little Honey』にしても、ほとんどライヴ的な録音が行われているのではないかと思うんですよ。アルバムを聴いていると、彼女の笑い声が入っていたり、イントロの部分で演奏をし直しているところまで残しているし... 最近のレコーディングといえば、いいところだけをつぎはぎしてやるってパターンが多いんだけど、それと全く逆行するかのようなこの味やタッチにたまらなく人間の魅力を感じるのです。私って、古い人間ですかねぇ。


投稿者 hanasan : 09:02 | コメント (0)

2008年10月08日

Kitty, Daisy & Lewis - SPの魅力は音楽の魅力か?

Kitty, Daisy & Lewis このところ、昔からのスカ仲間の来日が相次いでいる。その流れの最初は8月15日。確か、84年にアスワドのバックで初来日したときに仲良くなったトランペッターのタンタンがやってきて、クール・ワイズ・メンとライヴ。20数年にもわたる知己である、そのタンタンが今度はスカ・クバーノのメンバーとして来日したのが数週間後だ。そのときのレポートをSmashing Magにやとっとアップしたんだが、その数日後には、入れ違いのように、クラブ・スカ20周年記念イヴェントにDJのギャズ・メイオールがひさびさにトロージャンズを率いてやってきて、ザ・スキャタライツもやってきた。ギャズと最初の出会いは85年の10月だったと思うから、彼も20数年来の友人だ。さらには、ギャズが居残りして朝霧にDJとして出演して、彼らのクラブで幾度も演奏しているキティ・デイジー&ルイスも登場しているわけです。まぁ、彼らとは知り合いではないんだけど、今年のサウスバイ・サウスウエストで撮影をしているし、どこかでつながっているんだろうなぁと思う。そのおかげでこのところ撮影しまくりで、自分のレポート作成に遅れが出ているし、このブログの更新もできない状態が続いているんだが、それはさておき、ここに登場したみんながギャズのクラブ、ギャズズ・ロッキン・ブルースの仲間だというのが面白い。

 そんなひとり、スカ・クバーノのヴォーカル、ナッティと東京でのライヴの後、一緒に飲みに出かけていろいろなことを話した。彼も、当然のように、ギャズの仲間でDJでもある。彼と知り合ってからも、もう10数年だと思うんだが、そんな流れで「飲みに行こうぜ」ということになったのだ。このときに教えてもらったのがキティ・デイジー&ルイスが脚光を浴びるようになった背景の話。これがめちゃくちゃ面白いし、実に納得できる。今年春、オースティンで見て以来、彼らの魅力にはまりまくっていたんだが、こんなに面白くてエキサイティングなバンドが飛び出してきた背景にはこんな動きがあったわけだ。

Kitty, Daisy & Lewis といっても、そのままでは話がわからないと思うんだが、これがそのときに撮影した写真で、そのときのレポートがこちら。それを読んでいただければ、だいたいのことはわかるんだが、要するに彼らが演奏している音楽は、「古い」のだ。そう、全く新しくない。そのあたり、自分が初めてイギリスのクラブ・シーンを取材した23年前にギャズのクラブで、あるいは、ジャズでみんなを踊らせていたポール・マーフィーというDJがやっていたクラブで体験したのと同じで、今の音楽産業の流れのなかでいえば、全く商売にならない古典的な... 20年代から50年代の音楽を演奏しているわけだ。

 それだけだったら、まぁ、アメリカのJanet Kleinあたりにも近いのかもしれないんだが、ジャネットがあくまでレトロなタッチを大切にしながら、ほんわかしたムードを作り出しているのに対して、キティ・デイジー&ルイスに感じるのはざらついた感覚。なにやら、どこかで「ロック」しているというか、ぎとぎとにワイルドな衝撃を与えてくれるのが嬉しいし、興奮させられるのだ。それが面白い。しかも、すでに78回転のSP盤でシングルなどを発表していた彼らがやっと発表したデビュー・アルバム『キティ・デイジー・ルイス』(国内盤 / UK import / UK import + '10 analog)をチェックしてみたら、amazonには載っていないのかもしれないんだが、78回転のSP盤によるボックス・セットがでているというのだ。今時、誰がこんなものを買うんだぁ? と、そう思っても不思議ではないと思うのだ。(ひょっとして、最後のUK import + '10 analogがそれに当たるのかもしれないけど)

 その理由を説明してくれたのがナッティなんだが、なんでも、今、ロンドンのクラブではSP盤がちょっとしたブームになっているんだそうな。実際、ナッティだけではなく、キティ・デイジー&ルイスの男の子、ルイスもSP盤を使ってDJをしているというし、SP盤しか使わないクラブも出てきているとのこと。なんでまた? と思うのだが、音がまるっきり違うというのだ。おそらく、ギャズ・メイオール周辺の音楽が好きだったら、(それだけじゃなくて、ルーツ系のレゲエやスカ・ファンも同じだと思うが)彼らがこだわっているのは、当然のようにCDではなく、アナログ。しかも、12インチではなく、7インチの45回転なのだ。それも、ジャマイカ産で、これを使うと音が全く違うというのだ。要するに、分厚くてびしびし感じて、生々しいというか... ナッティの話によると、SP盤、78回転のものになると、その魅力が倍増するんだそうな。

Ska Cubano 実際のところ、SP盤で音楽を聴いたことはないし、再生する装置もない。だから、それがどれほどの違いを聞かせてくれるのか、自分には全然わからないんだが、ジョー・ストラマーが亡くなった2002年、グラストンバリー・フェスティヴァルにそういった場所があって、彼がそこで一日中SP盤を聞いていたという話も聞いている。おそらく、あのときは、蓄音機と呼ばれるものでの再生ではなかったかと思うんだが、それほどの魅力があるんだろう。それがPAを通して再生されたら、どんな音になるのか、実に興味深い。実際、20数年前にギャズのクラブを初めて訪ねて、クラシックなブルースやR&Bをバシバシのノイズ入り45回転ででっかい音で聴いたときの衝撃はでかかった。ちんまりと小さいプレイヤーで聞くのと、身体全体で大音量で聞くのとは大違いで、この体験によって音楽そのものの見方や聴き方が完全に変わってしまったという体験をしている身としては、SP盤の魅力も充分に想像できるのだ。さらに加えれば、「だからこそ」キティ・デイジー&ルイスといったバンドが登場してくるんだろう。

 さて、そのバンドと再会したのが先の朝霧ジャム。いやぁ、素晴らしかった。会場でアルバムを売っている人たちの話によると、ライヴ終了後にいきなり彼らのアルバムが売れ出したということだし、彼らの演奏を見たGラヴが、「来年のアメリカ・ツアーを一緒にやってくれないか」なんてアプローチもしたほどだ。一番下のキティが15歳で、お兄ちゃんのルイスが18歳で、おねぇちゃんのデイジーが20歳。おかぁちゃんのベースは、その昔レインコーツという、女の子ばかりのパンク・バンドのメンバーで、うちの家にも彼らのアルバムがあるはずだ。リズム・ギターを担当するお父さんは70年代終わりから80年代のある時期までアイランド・レコードのマスタリング・エンジニアとして仕事をしていたとのこと。なんてぇ家族なんだと思うけど、こういった要素が全部詰め込まれているのが彼らの音楽だというのがよくわかる。

 面白いことに、そのお父さんと朝霧で話し込んで、とても仲良くなったんだけど、アイランド・レコード時代の話なんて、めちゃくちゃ面白かった。リハーサル・ルームでボブ・マーリーとウェイラーズを見たときには文字通り、鳥肌が立ったとか... それに、最近の音楽やCDやデジタル系に対する考え方や見方、感じ方が、自分とうり二つなのだ。といっても、彼の場合には、まるでコレクターのように昔の楽器からオーディオ機器、録音機器を集めるようなところがあって、今回発表した彼らのアルバムも、そんな自宅に作ったスタジオで録音したんだとか。しかも、カッティングも自分でやっているようで、そのこだわりには驚きを隠せないのだ。

 これから、あのときのライヴのレポートを作成するんだが、彼らの楽器を見ていても同じことが言えるのが面白い。親父さんの演奏しているギターはボロボロの年代物。日本でのたった1日だけの演奏だというので、楽器の一部をレンタルで手配したらしいんだが、「新しすぎて、いい音が出ない」と文句を言っていたんだそうな。そんなこだわりのある音楽で真っ向勝負をしているバンドがキティ・デイジー&ルイス。早くアルバムを聴かなければ... と思うんだが、SP盤を入手しても、さすがに、聞くための装置がない... と、ちょいと頭を抱えているところです。


投稿者 hanasan : 08:56 | コメント (0)

2008年10月03日

Lucinda Williams - 再び瓢箪から...

Lucinda Williams 便利になったもので、コンピュータをチェックすれば、どのアルバムを幾度聴いたのか即座にわかる。といっても、当然ながら、データが消えることもあれば、コンピュータ以外でも音楽を聴くこともある... と書いて、時代が変わったんだなぁと思う。毎日コンピュータに向き合って仕事をしている関係からか、コンピュータを通して音楽を聴くのが当たり前になってきているのだ。もちろん、コンピュータをアンプに接続してはいるものの、数年前までそんなことはなかった。いつもステレオでCDを聴いていたのに、iTunesが登場したことで、そのスタイルが大きく変わってしまったことに自分でも驚かされる。とはいっても、CDの値段が高かったり、廃盤になっていたり、あるいは、CD化されていない作品についてはアナログからデータを起こして、iTunesで読み取るといった作業もしているので、聴く音楽の幅がどんどん広がっているようにも思う。要するに、物事にはいつも両面性があって、簡単にコピーできるCDのせいで売り上げが減ったとぼやくレコード会社は、そのおかげで誰もがどこでも音楽を聴く可能性の増えたことを喜ぶべきなんですけどね。そんな新しい方法論を率先して取り入れるのではなく、問題に向き合わないで潰すことしか考えていなかったから、売り上げが落ちるんだろうと思う。

 それはさておき、さて、前回ここに書き残したリラ・ダウンズのアルバム、『Shake Away』なんだが、これを購入したのが9月3日で、記録を見るとすでに30回以上このアルバムを聴いているのがわかる。ところが、それからしばらくして彼女に続くほどに聴きまくることになるのがルシンダ・ウイリアムス。特に『World Without Tears』というアルバムで、彼女にはまりまくっているのだ。その発端はというと、『Shake Away』に収録されている1曲、「I Envy The Wind」。いい曲だなぁと思って、それが誰の曲かを調べてルシンダに行き着いたわけだ。まぁ、それも音楽中毒者の性なんだろう。加えて、物書きの条件のひとつでもあるんだが、気になるととことん調べていく。そして、少しでも面白いとのめり込んでしまうのだ。これもまたインターネットやコンピュータ文化の恩恵でかなりの情報が集まってくる。それに音楽を聴けるという意味で実に便利なのがMy Spaceというので、早速、その曲のオリジナルを歌っているルシンダのMy Spaceをチェック。「こりゃぁ、素晴らしい!」とアルバム購入に走ってしまったというのがその流れだ。その結果、このアルバム、『World Without Tears』にとっぷりとはまっている。

Lucinda Williams 最初に注文したのは10月14日発売となる最新作の『Little Honey』で、たまたまそのときにソロモン・バークのフォト・レポートをまとめたこともあって、彼のベスト・アルバム、『The Platinum Collection 』も注文。けっこう頻繁にamazonを使っている人ならばご存知だと思うんだが、2枚以上買うと10%オフというので、こうゆうのに弱いのです。とはいっても、その新しいアルバムが発表されるのは先のこと。しかも、リラ・ダウンズがカバーしていた曲、「I Envy The Wind」のオリジナルが収録されているのは『Essence』というので、それを注文して、上述の理由でおまけのようにもう一枚注文したのが、『World Without Tears』だった。世の中皮肉というか、よくできているというか... 結局、最初に届けられたのが後者で、これが素晴らしかった。どこかでニール・ヤングとトム・ウェイツが合体したような... というウルトラ安易な説明で申し訳ないんだが、一般的に言われているオルタナ・カントリーというよりは、実に良質なシンガー&ソングライターに出会えたというニュアンスの方が強かった。ちょいと個性のある声で、ハートにずしんと響くタイプ。けっして美しいとは言えないまでも、どこかで聴く者の心にす〜っと入ってくるような感じで、リッキー・リー・ジョーンズのコケティッシュな部分をなくして(そうしたら、彼女じゃなくなるようにも思えるが)ディープなタッチを与えてみたら... って、これも安易かなぁ。まぁ、まどろっこしい説明だが、なにせ、彼女の持つ染みる声にやられてしまうことになるのだ。

 そのおかげで、結局は、最新作となる『West』も注文して、ついでに初期の作品『Sweet Old World』も買った。その二枚も『Essence』も届いたんだが、結局、最も素晴らしいのが『World Without Tears』だというのが面白い。

 こうやって何枚も手にすると、アーティストの変化がよくわかるんだが、1992年に発表されたという『Sweet Old World』は明らかにカントリー歌手といった趣で、それがちょっとした変化を見せ始めるのが1998年の『Car Wheels On A Gravel Road』。でも、深みを増したシンガー&ソングライターとしての輝きを見せ始めるのが『Essence』で、それが完成したのが『World Without Tears』ではないかと思う。

Lucinda Williams いわゆる音楽雑誌なんぞ読まなくなって、かなりの時間が過ぎているから、彼女が日本でどれほどの評価を得ているのか全く知らないんだが、国内盤も確実に発表されているし、幾度もグラミー賞を獲得しているところから、おそらく、けっこうな大スターなんだと思う。だから、こういったアーティストを見つけたことを大喜びしていても、「なんで今更」と思う人がいるかもしれないんだが、結局、素晴らしいアーティストとはどこかでつながっていくという喜びを再確認できたことを素直に認めたいのだ。

 記録によると、コマーシャルな意味で最も大きな成功作となったのが『World Without Tears』で、その2年後に発表されたのが2枚組のライヴ、『Live @ the Fillmore』。これはまだ聴いていないんだが、そんな成功の後に生まれたのが『West』だという。もちろん、これも素晴らしい作品で、『Essence』からの3枚のスタジオ録音は非の付け所がないほどの完成度を持っている。そのあたり、できれば、みなさんも聴いていただきたいと思う。それでも、自分に最も染みるのは『World Without Tears』。これが最高傑作で、このところ、これを聴き狂っているのです。

 噂によると、かなりロック色を強めたというのが新作の『Little Honey』。来週ぐらいにはうちにこのアルバムが届くはずなんだが、さて、どうなっているんだろう。実に楽しみなのだ。それに、このはまり具合を考えると、おそらく、『Live @ the Fillmore』も買うことになるだろうし、昔のアルバムも買ってしまうんだろう。メキシコ人アーティストからこんな流れになってしまうとは... 想像もしていませんでしたけどね。

 ちなみに、彼女、大統領選挙に合わせて、デジタル・オンリーで『Lu in 08』というEPを発表するんだとか。そこにはディランの名曲、『戦争の親玉』も入っているらしく、これも買ってしまうんだろうなぁ。政治的な発言はしていないらしいんだが、その意図はこのリリースだけで十分理解できません?


投稿者 hanasan : 08:54 | コメント (0)