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2008年10月31日

Justin Nozuka - アコースティック・ソウル

Justin Nozuka 実を言うと、ジャスティン・ノヅカのライヴはめちゃくちゃ楽しみにしていた。なにせ、ここ1年でも最も頻繁に聴いているアーティストが彼なのだ。そのあたり、last FMの自分のアカウントをチェックしていただければわかるんだが、なんとライ・クーダーやザ・バンドといった、昔から大好きだったアーティストと肩を並べるほどに彼の作品を聴いていることになる。それほどに惚れ込んでいるということなんだろう。

 初めて彼の噂を耳にしたのは、3月に訪れたテキサスはオースティン。サウスバイ・サウスウエストでのことだった。どこの誰だったか、全然覚えてはいないんだが、彼がどこかで演奏しているのを見つけて、「いいよぉ」と言われたというのだけが脳みそにこびりついていた。とはいっても、この時点では、「なんだか日系人かハーフみたいだよ」という、それだけの理由で、深く掘り下げてはいない。

 そして、fujirockers.orgの仕事で開催日に合わせてアーティスト情報の確認やらチェックをしていたときに、彼が今年の出演者リストに載っていることに気がつくのだ。そのあたりの下りは一度書いているんだが、それがきっかけで彼のMy Spaceをチェック。その結果、まるで一目惚れのように彼の音楽にはまってしまったという流れがある。たまたまなのか、彼に才能があるのか... そういったことには全然思いも及ばない状態で、単純に「いい」と感じて... 奇妙な話なんだが、彼のMy Spaceを聴きまくり、国内盤が出るのを待てないでアメリカ盤を買ってしまった。それが、『Holly』(US import / 国内盤 )だった。

Justin Nozuka 自分の記憶と想像が正しければ、フジロックへの出演はプロモーションなんだろう。なんとか、そこに彼をつっこむことができたというのが「木道亭」という、実は、魅力があっても、そこに出演するだけに「交渉する」なんてことは「あり得ない」ステージでの演奏だ。当然ながら、彼のことで大騒ぎをしていたのは、実際に音楽をチェックしていた自分ぐらいのもので、fujirockers.orgのスタッフの誰ひとりとして関心を見せてはいなかったし、彼のステージの撮影を望む人もいなかった。本当だったら、無理をしても自分が撮影したかったんだが、その時点ですでにシフトが確定されていて、オンタイムで情報を発信するというサイトを運営している立場を考えると、あの時点でシフトを変更するのは不可能。というので、結局は、まだまだ修行中の写真家に撮影を依頼。結局、レポートさえも上がっていなかったほどに、「無形の新人」としてそこにいたのが彼ではなかったかと思う。

 それでも、『Holly』(US import / 国内盤 )を聴けば聴くほどに、そして、彼のことを調べれば調べるほどに魅力が増していった。フジロックに彼が来たときにはまだ19歳で、このアルバムが発表されたのは2006年。ということは、わずか17歳でこのアルバムを録音したことになるのだ。なんという才能なんだろう... と、単純にそう思ったのがこの頃だ。

 そして、彼の来日が発表され、一般にチケットが販売されるのは東京での1公演のみということにまた驚かされることになる。普通の発想だったら、東名阪ぐらいでライヴを仕掛けるものなのに... と思いながら、とにもかくにも「ライヴを見たい」という一念で10月27日の公演を取材。それをまとめたのがこの記事だ。

Justin Nozuka かなり早めに会場入りして受け取ったセット・リストを見て最初に驚かされたのが「Ain't No Sunshine」。言うまでもないだろう... とはいいながら、そのときはアーティストの名前が思い出せなくて、ビル・ウィザースだっけ? それとも、ビリー・ポールだっけ? なんて、お間抜けなことを口にしていたんだが、これは前者がデビュー・アルバム、『Just as I Am』に収録して大ヒットした曲。「ほぉ、これをカバーするんだ」と、その時点では、「やっぱりね」と思ったに過ぎなかった。それは、アンコールの1曲目に書かれていたオーティス・レディングの名曲、『ドック・オブ・ベイ』の名前を見たときも同じ。そうなんだ、やっぱ、ソウルやR&Bが好きなんだ。と、その程度のものだった。

 ところが、撮影のために柵中に入ってファインダーを覗きながら、彼の歌を聴いていると、実は、彼がやっているのは、そのまんまソウルじゃないかと思えるのだ。一般的にアコースティック・ギターを抱えて歌っていたら、単純にシンガー&ソングライターだと思えてしまうし、特にアコースティックな楽器を使っていればなおさらで、どこかでそんなイメージでとらえてしまうんだが、なにかがどこかで微妙に違うのだ。と、そんなことを書きながら、初期のジェイムス・テイラーやネッド・ドヒニーのことなんかを思い出してしまうのだが、完全にフォーキーなイメージがあっても、彼らが愛してやまなかったのはソウル。ただ、ソウルっぽく歌ってはいても、そうは聞こえてこなかったのに対して、ジャスティンのヴォーカルにはそんなソウルを感じることができるのだ。

 そういった巨人と同時に、ジャスティンを聴いて思い出したのは、昔からの友人、リヴァプールのトーマス・ラング。彼もたぐいまれなヴォーカリストで、ソウルやジャズをこよなく愛していた。その結果が、一緒に制作した、『Covers』(後に若干の曲を加えた形で『Editions』として発表されている)というアルバムで、彼はテディ・ペンダーグラスの「Love TKO」(『Greatest Hits』)やジャスティンがカバーしたビル・ウィザースの、もうひとつの代表曲「Use Me」(『Lean on Me-Best of Bill Withers』)をここでカバーしている。トーマスの場合、ソウルとジャズが微妙にクロスしたところが大きな魅力となっているんだが、ジャスティンは完全なソウル。それをライヴを通して認識できたように思うのだ。

「Ain't No Sunshine」の時には、ギターを傍らに置いて、両手でマイクを握りしめ、祈るような表情で歌っているのだが、このときファインダー越しに見えたその表情にゾクゾクしていたものだ。そのときに撮影したカットが冒頭の1枚なんだが、あのヴァージョンは素晴らしかった。そして、アンコールの『ドック・オブ・ベイ』もよかったんだが、圧巻はラストのオリジナル、「Oh Momma」。ずっと一緒に演奏していたギター&キーボードのミュージシャンがステージを離れ、ひとりになったステージで、静かに、静かに歌い出す。マイクからずっと離れて、ほとんどPA抜きでほぼ完全な生音で演奏している感じだったんだが、それが『響く』のだ。わずかな音や息づかいさえをも聞き逃すまいとジャスティンを見つめ、あるいは、目を閉じ全神経を集中させて聞き入っていたのがオーディエンス。演奏が終わると同時に、会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれたのは言うまでもないだろう。

 ライヴの後、彼らに『ソウルだね』と言うと、『それこそが自分たちの求めているものなんだ』という言葉が返ってきた。そんな彼らを見て思いついたフレーズがアコースティック・ソウルなんだが、おそらく、ジャスティンの音楽を示すのに最適なのがそんな言葉ではないかと思う。


投稿者 hanasan : 2008年10月31日 22:58

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