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2008年11月05日
Change Is Gonna Come - いいニュースじゃないか!
他の国の大統領選挙だというのに、テレビに釘付けになっった11月5日。ドキドキしながら、選挙結果を見つめ、マーチン・ルーサー・キング牧師の語った「夢の一端」がやっと形になった歴史的な瞬間を祝福していた。実を言えば、その選挙の始まったときに書いていたのが前回のブログ。そこに記した「期待」が現実となったわけだ。
そのニュースを聞いて、(あるいは、見て)当然のように思い浮かんだのは、そして、「聞いた」のは名曲、「Change Is Gonna Come(チェインジ・イズ・ゴナ・カム)」。なにせ、彼らが求めてやむことのなかった「変化が来た」のだ。言うまでもなく、オリジナルはサム・クック。『Ain't That Good News(いい知らせじゃないか)』と、実にタイムリーなタイトルのアルバムに収録されていて、このヴァージョンが素晴らしいのは言うまでもない。なにせ、ボブ・ディランの名曲で、名盤、『The Freewheelin' Bob Dylan』に収録されている「風に吹かれて」を聞いて、「これこそ私たち、黒人が作らなければいけない曲だった」と生まれた曲だ。日本では一般的に「政治的」な部分が見落とされがちなサム・クックなんだが、彼がどれほど政治的な存在だったかは以前見たDVD、『Legend』でも語られていたように思う。これについてはこちらにレヴューを残しているので、興味のある方はチェックいただければと思う。なにせ、この曲があまりに危険だと思われたのかどうか、彼が暗殺されたという説があるほど。それほどにこの曲が大きな政治的インパクトを持っていたわけだ。
実を言うと、勝利宣言をしたオバマのスピーチを聞いた時のこと、どうも彼がこの曲のことを意識していたのではないかと思えたんだが、考えすぎだろうか。「Change」というフレーズを選挙運動でずっと使っていたわけだから、当然といえば当然なんだが、彼が「A Chnage Has Come」とかなんとかというフレーズを口にしたとき、サム・クックのことが頭をよぎったのではないかと思うし、あの場にいた、そして、世界でそれを見つめていた多くの音楽ファンの脳裏でこの曲が鳴っていたのではないかと思う。
といっても、おそらく、この歌を知らないと話は始まらないわけで、まずは彼のMy Spaceを訪ねてくれたら、この不朽の名曲を聴くことができる。簡単に歌の意味を書けば、こんな感じになるんだろう。
「俺は川のそば、テントの中で生まれた。ちょうどその川が流れるように、漂い続けてきた。そうずっと... でも、いつか変化は訪れる。そうに違いない。つらい人生だった。でも、死ぬ勇気さえないんだ。空の向こうになにがあるのかなんて、わからないじゃないか。(中略)もうダメだと思ったことが幾度もあった。もう生き残れないと。でも、また、歩き続けられるようになった。長い、長い時間がかかるかもしれない。が、わかるんだ。必ず、変化が生まれるということが」
文字にして起こせば、どれほどのリアリティも感じられないかもしれないが、これをあの素晴らしい声で聞くと、どうしようもなく胸を締め付けられるのだ。それが歌の持つ力なんだろう。当然ながら、この歌が示しているのは彼個人の人生のことではなく、ここに照らし出されているのはアフリカから奴隷としてアメリカ大陸に拉致されてきたアフリカ人、アフリカ系アメリカ人の歴史だろう。その痛みや苦しみをサム・クックの歌から感じることができる。同時に、それでもけっして前を向いて歩くことを止めなかった彼らの(だけではなく、全ての虐げられた人々の)気持ちが、どこかで自分とつながるのを感じるのだ。
あまりにも素晴らしい曲だからなんだろう。この曲は数え切れないほどの人たちにカバーされていて、オバマ大統領誕生をきっかけに、iTunesで自分のコンピュータを検索して次々と聞いていったんだが、サム・クック同様に頭をぶん殴られるほどのインパクをともっているのがオーティス・レディング。名作中の名作『Otis Blue』というアルバムに収録されているもので、しばらく前に、デラックス・エディションというのが発表されたのをきっかけに購入している。とはいっても、この曲は、その昔入手した、黒人音楽の「レベル(プロテスト)・ソング」を集めたコンピレーション、『Movin' On Up』で幾度も聴いていたもの。やはり、さすがにオーティス。素晴らしいのだ。
そして、先日、やたらに安い値段で売っているからと入手したアレサ・フランクリンのアルバム、『I Never Loved A Man The Way I Loved You』にもこの曲が入っていた。正直言うと、これまでベスト・アルバムしか持っていなかったんだが、名盤だと言われているこのアルバムが900円弱で買えるというので、つい(大喜びして)買ってしまった。なにせ、子供の頃、ロックやフォークを中心に聞いてきた自分にはソウルまで手を伸ばせなかったこともあって、大人になってから必死になってこのあたりを聞き漁りながら、勉強しているわけだ。それにしても、よくもこんな名作アルバムを聞き逃していたんだろうとあきれかえっているんですけど。
そんな自分がずっと愛聴していたのがザ・バンドの『Moondog Matinee』に収録されたヴァージョン。以前、このリマスター・ヴァージョンのCD再発がボーナス・トラック付きの廉価版で出た頃に何度目かのCD購入となっているんだが、このヴァージョンも泣ける。ずっと長い間、リチャード・マニュエルがヴォーカルだったと思いこんでいたんだが、どうやらリック・ダンコらしく... これが、また素晴らしい。正直言って、ザ・バンドがカバー・アルバムとして作ったこのアルバム自体は、それほどいいと思ったことはないんだが、この曲だけは飛び抜けて素晴らしく、後に、『Island』に登場するカバー、「Georgia on My Mind」と並んでザ・バンドによるカバーの傑作だと思っている。(もちろん、ディランのカバー、「I Shall Be Released」もすごいのは言うまでもないんですが)
そして、前回のブログにも登場したザ・ネヴィル・ブラザーズの傑作、『Yellow Moon』に収録されているヴァージョン。ヴォーカルは、当然のようにアーロン・ネヴィルで、彼は後にソロで発表した『Bring It on Home... The Soul Classics』でもこの曲を取り上げている。これでもかという名曲のオンパレードとなっているこのアルバムは、どこかでソウル入門編的な要素もあるけど、とてつもないエネルギーを感じさせる『Yellow Moon』のヴァージョンの方が、正直、遙かに好きですな。
その他、自分のiTunesのリストには、珍しいビリー・ブラッグのヴァージョンがあって、これは以前買ったボックス・セット、『Volume I』に入っていたものなんだが、単体では『The Internationale/Live and Dubious』に収録されている。それに昔から持っているアルバムで、British Electric Foundationという、ヘヴン17が中心となって制作したカバー企画アルバム、『Music Of Quality And Distinction Volume Two』にはティナ・ターナーのヴァージョンが入っていた。
とはいっても、カバーは数限りない。試しにと思って、You Tubeでチェックしてみたら、あるわ、あるわ... ソウル界の、いわゆる大物で言えば、まずは、Al Green(アル・グリーン)にPatti Labelle(パティ・ラベル)、Luther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)、Tina Turner(ティナ・ターナー)あたりがみつかるし、初めて聞いたのでぶっ飛ばされたのは、なんとPrince Buster(プリンス・バスター)とKen Parker(ケン・パーカー)のスカ・ヴァージョン。脱帽です。全然知りませんでした。ごめんなさい。っても、映像はなくて写真しか写ってませんけど。音楽だけで充分完璧です。ちょいと若い世代ではSolo(ソロ)というのがみつかった。誰なんだろう。これも素晴らしい。それに、自分にとってはやたらと懐かしいTerence Trent d Arby(テレンス・トレント・ダービー)。デビューした頃にインタヴューした彼がこの曲を歌っていたのって... 知らなかったなぁ。それにしても、この映像を見ていれば、歌の意味が実によくわかる。あと、おそらく、大統領選のタイミングを見て発表されたんだろう、Seal(シール)のヴァージョンもなかなかいい。まだ彼が無名の頃、プッシュというグループの臨時ヴォーカリストとして来日していて、成田からの車のなかで彼にいろいろと音楽を聞かせてあげたことを思い出す。また、Gavin DeGraw(ギャヴィン・デグロウ)の映像を見ていると、「黒人解放運動」のシンボルであったこの曲がもっと大きな意味を持ってどんどん成長しているのがよくわかる。
同時に、こうやって検索していると気付くのだが、おそらく、無数の人々がこの曲と今回の大統領選挙を結びつけて、独自にビデオを編集制作してアップしていったんだろう。オリジナルをバックにしたこのヴァージョンやザ・シュープリームスを使ったこのヴァージョンなんぞその典型で、それ以外にも、無数のミュージシャンがこの曲を歌い、演奏して「変化」を生み出そうとしていたことに驚かされるのだ。たまたまこの検索で見つけたBeth Hartなんてゾクゾクさせるし、探せばいろいろなものが出てくるんだろう。
いずれにせよ、今回の大統領選挙で再び音楽の持つ計り知れない力を再認識したように思える。もちろん、これで全てが「好転する」なんぞという妄想は持ってはいない。が、少なくとも、彼ら無数の人々が「歴史」を作ったのは確かであり、逆に、歴史からなにも学ぶことなく戦前を美化する危険な人物が軍隊のトップに、そして、政府のトップに立ている日本の救いようのない危うさに驚愕するのだ。こういった動きに対して、それぞれの個人が動かないといけないと思う。アメリカの人々が口にしていたように、「我々にはできる」のです。選挙に行き、政権を変える。まずは、自公政権を倒さないといけないと思う。もちろん、日本の民主党に一片の期待もしていないし、彼らは自民党と同じ穴のむじなだとしか思えませんが。それよりも第三極を大きくしないといけないと思う。
というので、このブログの締めはBob Dylan(ボブ・ディラン)だろうな。ここでも司会の男性に語られているように、彼の「風に吹かれて」がサム・クックを触発して生まれたのがこの名曲、「Change Is Gonna Come(チェンジ・イズ・ゴナ・カム)」。それをここでディランが歌っていることに感無量となってしまうのだ。そして、おそらく、そのサム・クックに応えるようにディランが歌ったのが「The Times They Are A Changin'(ザ・タイムズ、ゼイ・アー・ア・チェインジン)」ではありますまいか。全てが繋がり、転がり、変化していく。つくづくとそう思います。
投稿者 hanasan : 2008年11月05日 20:00