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2008年12月15日
Crosby, Stills, Nash & Young... 今も強力
このところのドル安円高のせいで、アメリカのamazonで注文することが多くなってきた。特に、DVDの値段が日本とは比較にならないほど安く、数枚まとめて購入すると日本のamazonよりはかなり安いのだ。といっても、一般的にDVDソフトにはリージョン・コード(業者の権利を守るだけの著作権の地域区分けと考えればいい)があって、輸入盤は再生できない前提なんだが、リージョン・フリーのものも多いし、それを助けてくれるのが安物の中国製のDVDプレイヤー。そのほとんどはどんなリージョンにも対応していて、5000円でおつりが来るほどの低価格で販売されている。現在使っているプレイヤーは日本のamazonで購入したDVP-086Aという代物で、これで充分。といっても、一般的にこういった安物のDVDプレイヤーは壊れやすくて、これまでツタヤで購入していたマルチDVDプレイヤーが二度ほど壊れて、これが三台目となるのだが、今のところDVP-086Aに問題はなくて、まともに動いてくれている。
で、今回注文したDVDの一枚がCrosby, Stills, Nash & Young(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)の作品で、『Deja Vu』というもの。日本のamazonで購入しても1500円ほどと、国内盤と比較したら遙かに安いのだが、アメリカのamazonではわずか7ドルほど。まるで日本のシングルCDのような値段で、送料込みでも安いというので購入したんだが、それが昨日うちに届けられた。確認したら、リージョン1で、日本のDVDプレイヤーでは再生できなかったんだが、買って良かったと思う。今ではおじいちゃんといっても良さそうな4人が素晴らしいツアーを実現させたことがドキュメントされているのだ。
おそらく、同世代のロック・ファンだったら、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングに関して、なんら説明をする必要はないと思うんだが、簡単に言えば、60年代終わりのスーパー・グループと言ってもいいだろう。元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、元バーズのデヴィド・クロスビー、元ホリーズのグレアム・ナッシュが結成したCS&N(クロスビー・スティルス&ナッシュ)に、同じく、元バッファロー・スプリングフィールドのニール・ヤングが合流して生まれたバンドで、このとき発表されたのが名作として歴史に残る、当時は「唯一のスタジオ・アルバム」とされた『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)だった。
どんな経緯でこのアルバムに突き当たったのか、今は覚えてはいないんだが、高校生の頃、実にロックなスタイルをした友人がエレキ・ギターを手にストーンズの「Jumpin' Jack Flash」のフレーズを目の前で弾いて、「これがロックや!」と口にしていた一方で、髪を胸あたりまで伸ばしていた自分はアコギでニール・ヤングなんかを引きながら、「俺には、これがロックや」と言い返していたのを覚えている。実際、そのとき、自分にとってストーンズよりも遙かにロックな存在だったのがCrosby, Stills, Nash & Young。特に『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)に続くように発表されたライヴ・アルバム、『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)にこそロックを感じていたものだ。だからなんだろう、余談になるかもしれないが、正直言ってしまえば、長い間、ストーンズのアルバムもビートルズのアルバムも1枚も持ってはいなかったし、アルバムとして彼らを聴いたことはなかった。
どこかで、その気持ちは今も全く変わっていなくて、このアルバムに入っている「Southern Man」から「Ohio」にとてつもなくロックなエネルギーを感じるのだ。前者は南部の人種差別を糾弾した曲で、後者はオハイオ州立ケント大学で70年5月4日に起きた事件、軍隊による4人の学生射殺を歌ったもの。そのあたりの話は幾度かここでも書いていて、そのときの原稿はここやここに書いているので、繰り返したくはないんだが、あの演奏や曲からあふれ出てくる鬼気迫るパワーに頭をぶん殴られたと言っていい。それぞれのメンバーが卓越したアーティストであり、ヴォーカリストであり、ギタリストでもある。その4人がまるでぶつかり合うように延々と繰り返すギター・バトルは今聴いてもゾクゾクさせられるのだ。
おそらく、あの時代を最もヴィヴィッドに表出していたのが彼らの音楽で歌だったんだろう。彼らの歌には時代を変え、世界を変えるといった前向きな言葉が溢れていたと思うし、それこそが同時代の人々の声ではなかったかと思う。できれば、「サウンドを聴いただけで、音楽を聞いたつもり」になるのではなく彼らの歌をきちんと聞いて欲しいんだが、そこに反映されているのは、フラワー・ムーヴメントから生まれたオルタナティヴな考え方から、意識革命、そして、ヴェトナム反戦... そんな動きの最前線に彼らの歌があり、どこかであの時代やそのエネルギーを最も象徴していたのが彼らだった。
その核にいたのが、今、振り返れば、ニール・ヤングだったのではないかと思う。それを端的に知らせてくれたのが、すでに60歳を超えた彼らが再び一緒になってやったツアーを記録した今回のDVD、『Deja Vu』だった。これを見ているとわかるのだが、発端はブッシュ体制によるイラク戦争にぶち切れた彼が数日間で作り上げてしまったアルバム、『Liveing With War』だったらしい。プロテスト・ソングどころか、「ジョージ・ブッシュ糾弾目的」以外の何ものでもないと言っていいだろう、このアルバムを、ニール・ヤングは、完成すると同時にインターネットで発表。誰もが自由に聞けるばかりではなく、ダウンロードしてCDも焼けるような形で披露していた。やってくれるよなぁ... と思う。利益だとか、商売だとか、音楽産業だとか... そんな常識をぶっ壊して、「歌を届ける」ことをやってのけたのが「過激」を売り物にしているパンクでもなんでもなく、60歳を超えたミュージシャンだ。もし、まだ聴いていないんだったら、今でもニール・ヤングがこのアルバムの発表とほぼ時を同じくして作ったサイト、アメリカの新聞USA Todayをパロったhttp://neilyoung.com/lwwtoday/で聴くことができる。加えて、もし、歌詞をチェックしたいのであれば、こちらをチェックしていただければ、これがどれほど政治的なアルバムかを理解できるはずだ。
ともかく、それを知ったジャーナリストで、実際にイラク戦争が始まったときに幾度が現地に飛んで取材活動を続けていたマイク・セレーから連絡を受け、彼が同行取材する形で「Freedom of Speach(表現の自由)」と名付けられたツアーが始まっていた。もちろん、それを記録したのが今回手にした彼らのDVD、『Deja Vu』だ。史上最悪、最低の大統領が行っている犯罪をこのツアーで糾弾する目的を彼らが持っていたのは明らかだが、バックに政治家が潜んでいるわけでもない。これが政治に利用された「宣伝集会」でもないも明らかだ。なにせ、会場によってらしいんだが、チケットの値段は200ドルを超えていたらしいし、場所によっては350ドルなんて声も聞こえた。が、たかだかポップ・スターがブッシュにネガティヴなコメントをしただけで袋だたきにされたのが2003年のアメリカだったことを覚えている人も多いだろう。そのポップ・スターとはディクシー・チックスで、その騒ぎをドキュメントした映画が『Shut up and Sing(シャラップ・アンド・シング)』(国内盤 / US import)。これはまだ見ていないのでなんとも言えないんだが、あのヒステリックなほどに盲目的な「愛国主義」が戦争を助長させているのは間違いない。なにせ、「反戦」と口にすることさえもがはばかられていたアメリカは、終戦後のマッカーシー時代を思わせたものだ。少しでもリベラルな考え方を持っているだけで「共産主義者」という烙印を押され、数々のハリウッド・スターが映画界から追放されたのは有名な話だ。そのあたり、ロバート・デニーロが主演した映画、『真実の瞬間』やジョージ・クルーニーの『グッドナイト&グッドラック』が参考になるんだが、わずか2年前のアメリカでさえ、同じような空気が支配していたこと、同時、どこかで『希望』が生まれたことを伝えてくれるのがこの『Deja Vu』じゃないだろうか。
このドキュメンタリーは、なぜ彼らがこのツアーをしたのか... そういった問いかけに応えるそれぞれのミュージシャンの声をきちんと伝えていくと同時に、「政治」と「音楽」がぶつかる現場への疑問も正面から取り上げている。彼らのみならず、会場にやってきた人たちからジャーナリストの反応を織り交ぜながらストレートに「答え」を映してくれるのだ。が、そんな疑問さえもがぶっ飛ばされるような現実を目を前にして、好むと好まざるにかかわらず「政治のなかに生きる」我々の現実を思い知らされるのがこのドキュメンタリーでもある。イラクを解放すると信じて戦場に向かった帰還兵達が幾人も登場し、彼らの葛藤を伝えると思えば、最後の曲のバックドロップに映し出される数多くの戦死兵達の写真を見つめながら、涙を隠せない母親がいる。その一方、コンサート会場で「大統領を告発する」という曲、「Let's Impeach the President」を歌ったときの敵意に満ちたオーディエンス達。特に南部ジョージア州アトランタでの反応は、わずか2年前のアメリカでさえ、いかに狂気に満ちていたかを否応なしに我々に伝えてくれるのだ。おそらく、それは、今でもそれほど変わってはいないだろう。それが「怖さ」でもある。
その一方で、60歳を超えたミュージシャン達が真正面から闘いを挑むように、突き進んでいく様は爽快であると同時に、なぜ新しい世代のミュージシャンではなかったんだろうという疑問にもつながるのだ。おそらく、70年代のツアーで撮影されたんだろう、彼らが名曲「オハイオ」を歌う映像が挟み込まれていたり... と、そういった映像の数々がファンには単純に嬉しいんだが、あの時代ほっそりとして若く、血気盛んだった人たちが,メタボ体型をゆらせながら、今もこういった形で前線に出てくることに一抹の寂しさを感じなくもない。
それでも嬉しいのは,新しい曲も含めて、彼らの歌がどこかで我々の思いとストレートにつながることだろう。誰かのコメントでも出てくるのだが、「一字一句がぴったりということはなくても、どこかで個人の想いと歌が重なるんだよ」といった言葉があった。その通りだと思う。今からほぼ40年ほど前の1970年に発表された『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)も『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)も、歌詞が少しでも理解できるようになると、それをいたく感じるし、イラク戦争を前後した狂気の時代に生きている人間にとって『Liveing With War』は、まさしく、自分の声でもあるように思えるのだ。そんな思いを共有できる場所がライヴであり、だからこそ、知らず知らずのうちに声を上げて歌い出してしまうんだろう。今回のDVDでライヴの様子を見ていると、「これこそ、私の気持ちなんだ!」という表情がオーディエンスからほとばしる瞬間を幾度も見ることができる。おそらく、自分があのツアーを取材できていたら、全く同じ反応を同じ曲で示していたのではないかと思う。
なかなか日本でそういったバンドにお目にかかることはないのだが、そんな数少ないバンドのひとつがソウル・フラワー・ユニオン。特に、『極東戦線異状なし!?』という曲で「この戦争を止めさせろ」というフレーズが出てくるのだが、ライヴになるとこれを一緒に歌いたくなってしまう気持ちとどこかで似ているんじゃないかと思う。
さて、そのソウル・フラワーのアコースティック・パルチザンと呼ばれるユニットが20日のレイバー・フェスタに登場することになっているんだが、これには出かけていこうと思っている。すでに報道でも繰り返されているようにブラジルからの移民労働者や派遣労働者がまるでゴミのように捨てられて、合理化の名の下に首切りが当たり前のようにされている時代に、この会場でなにを体験できるのか、楽しみにしている。
投稿者 hanasan : 2008年12月15日 13:29