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2009年05月25日
Lila DownsにはまってLAに
この4月、ロスに飛んでいる。惚れ込んでしまったアーティスト、リラ・ダウンズの取材が目的で、こんなことをやるのは久しぶり。たまたま知り合ったロドリゴ・イ・ガブリエラのモニター・エンジニアの友人が、リラのサウンド関連でツアーしているというので、マネージャーの連絡先を教えてもらって、コンタクトすることができたのだ。溺愛したら即行動... というパターンなんだが、こんなこと、そんなにできることではないのです。パターンとしては84年のビリー・ブラッグとか、85年のジャズ・ディフェクターズ以来かもしれません。
日本を離れたのは4月7日で、このときのフライト代が6万円ほど。安い。燃料チャージが激減したことで、この価格となったらしい。もちろん、探せばもっと安い物があるんだろうけど、スケジュールの都合が優先するので、これで決めた。ところが、面白いのがホテル代。リラ・ダウンズのパーティと同じホテルの方が都合いいだろうと思って、そこに止まったんだが、わずか二日分の宿泊費がフライトの半分だった。ありえんなぁ... と思ったのが、本音。それはともかく、その日に彼女や旦那さんのポール・コーエン、それに、ツアー・マネージャーに挨拶だ。そして、翌日はギブソンのショールームでプロモーション用のライヴ。そこで撮影をした。
その時にも驚かされるのだが、リラの音楽的バックグランド同様にバックのミュージシャンも幅広いヴァリエーションを感じさせるのだ。パラグアイ人、ニューヨーク在住のブラジル人、中国系アメリカ人と日本人のハーフ... これこそアメリカの縮図であり、リラ・ダウンズの音楽だ。なにせ、メキシコ南部のインディオのシンガーを母に持ち、そこで生まれて.... スコットランド人左翼の大学教授がお父さん。なんとディランがお父さんの授業を聴講に来ていたというのには驚かされた。クラシックもやっていて、ジャズの素養もあり、デッドヘッズでもあった.... それで限りなくルーツにたって、フォークからロック、ジャズのエッセンスを持ちながら音楽を創造し続ける.... 少なくとも、そんなミュージシャンは自分の周りにはいないのだ。
さて、その中国系アメリカ人と日本人のハーフ、ダナ・レオンなんだが、ちょっと話をしていると、バスクに関連があるという。なんと、フェルミン・ムグルサの新しいアルバムで彼がトロンボーンを吹いているトラックが含まれているんだとか。彼自身のアルバムは『Anthems of Life』といって、ジャズ・ノット・ジャズ、アシッド・ジャズ系なんだが、これも面白い。しかも、バルカン・ビートボックスのメンバーでもあるというのが興味深い。ザ・スラッカーズのドラマーが彼らをたまに助けると言っていたように思うし、このところアメリカのテイスト・メイカーの間でバルカン系が注目されているところにもつながるのかもしれない。
その他にもハープのミュージシャンでCelso Duarte(セルソ・ドゥランテ?)も気になった。そもそもハープの存在が面白いんだが、これがリラ・ダウンズの音楽にとても重要な役割を果たしていると思えるし、ブラジル人のアコーディオン奏者、ロブ・クルトのタッチも面白い。
いずれにせよ、人間の繋がりを感じて、21世紀の音楽の潮流を間近に体験することができたのがこのとき。実を言えば、わずか30分ほどのインタヴューをすることができたんだが、帰ってから原稿を書きながら、調べ物をすることが楽しくて仕方がないのだ。メキシコの民族問題から、先住民族のインディオのこと。それに、サパティスタ民族解放からマルコス副司令官の話し... 彼はジョー・ストラマーであり、ボブー・マーリーだというニュアンスも感じさせる。
なんとまぁ、巨大な世界への扉を開いてくれたことか... リラ・ダウンズに感謝したのがそれのように思えるのだ。
投稿者 hanasan : 2009年05月25日 09:08