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2009年06月20日

ああ、懐かしい

 たまたまなんですが、こんなのみつけて貼り付けちゃいました。今でも、私は西岡恭蔵の大ファンです。そして、この歌は「私の大阪」を象徴しているのですよ。

投稿者 hanasan : 14:34 | コメント (0)

2009年06月19日

Berri Txarrak in Chicago(ベリー・チャラック)

Berri Txarrak ロスからシカゴへひとっ飛び... わずか750円で往復のフライトだった。といっても、マイレージ、25000マイルを使っての予約で、その発券手数料がその金額だったということなので、それを「安い」と言っていいのかどうかはわからない。いずれにせよ、驚かされたのは、アメリカの国内便に関して言えば、マイレージを使ってのフライト予約が簡単で、使いやすいなぁということ。国際便となると、マイレージを持っていても使えないことが多々あり、それにこだわってフライトを選ぶのもなんだか騙されているような気持ちになるのだ。

 シカゴに飛んだのは4月14日で、わずか2泊。ここで大好きなバンドのひとつ、ベリ・チャラックがレコーディングしていたのが理由だ。以前もここに書き残しているんだが、彼らの仲間曰く「まるでフォークがそのままメタルになった感じ?」と形容され、エモ・メタルなんぞと呼ばれることもあるバスクのバンド。2年前の来日公演を取材して以来、めちゃくちゃ気に入っていて、マネージャーやバンドともけっこうコンスタントに連絡を取り合っている。なんでも、その彼らがヨーロッパのマーケットに関してロードランナーと契約して、新しいアルバムを録音していたので遊びに行ったという感じかな。なにせ、750円のフライトで、帰りのフライトのコネクションもいい。しかも、スタジオに泊まってもいいというので金もかからない。と、即決だった。いつものことなんだが、こうやって友人のところを転々としていると、日本にいるよりも金がかからないというのが面白い。

Berri Txarrak おそらく、秋口には発表されるだろう、ベリ・チャラックのアルバムをプロデュースしているのはスティーヴ・アルビーニ。彼のエレクトリカル・スタジオでのレコーディングというのだが、みんなに笑われるのを覚悟で書くと、この時点でも、私、この人がどれほど有名な人物かって、全く知らなかったのですな。なにせ、90年代のロック、しかも、アメリカ系となると全く聞いていないのですよ。彼の名前を知らしめることになったというニルヴァーナもピクシーズも聞いていないし、パールジャムもほとんど知りません。というので、この話をする度に笑われております。(今でも、笑えると思いますが)

 そのスティーヴとはほとんど話をしていないんだが、嬉しいのは、レコード好きな自分が中古レコードの店を探していることを告げると、いろいろな店を教えてくれて、わざわざ住所を書いたメモをくれたことかな。おかげで、いろいろな店を訪ねることができたんだが、結局、レコードを買うことになったのは、以前、この町を三味線ツアーで訪ねたときに、トムズ・キャビンの麻田浩さんに連れていってもらった店、Dave's Records。この時はMIyoshi Umeki(ナンシー梅木)の『シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』がみつかったのには驚かされた。っても、好きでもない人には「なんじゃらほい」なんですが、自分が愛してやまないハリウッド映画の古典、『サヨナラ』で、日本人初のオスカー受賞者となったジャズ・シンガーのアルバムで、初めてこれを聴いたのは今は亡きパパ・ジョン。横浜は野毛にあるジャズと演歌の店だった。それ以来、探していたアルバムがここでみつかったことになる。

Nancy Umeki さらに、Tut Taylor(タット・テイラー)というドブロ奏者の「Dobrolic Plectral Society」とウイリー・ネルソンのレゲエ・アルバム、『Countryman』ということで、最後の1枚のは新品だったけど、他は中古。ナンシー梅木(ミヨシ・ウメキというのがアメリカでの芸名)がCDで再発されるというのを知ったのは帰国してからと... まぁ、タイミングが悪かったんだが、おそらく、そのオリジナルだろう1枚を入手できたのは嬉しい。

 タット・テイラーもあまりなじみがないと思うんだが、昔からカントリーやブルーグラスが好きで、大好きなアルバム、ノーマン・ブレイクの『The Fields of November』やカントリー勢がジャズをやっている名盤、単純に演奏しているミュージシャンの名前を連ねただけの『Norman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』での演奏が忘れられなくて、こんな機会に手を出してしまうのだ。

 ちなみに、前者の『The Fields of November』は翌年のアルバム、『Old and New』と2 in 1の形で出ているようなんだが、注意書きにCD-Rによる製品とあるのが、買うのを躊躇させます。また、後者のNorman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』は隠れた名盤で、チャンスがあったら絶対に買って欲しいと思う。以前は、アナログからデータを起こして、iTunesに入れていたんだが、実は、今回の旅のロスでまれなCDを発見。購入している。ここに収められた「(Take) 'A' Train」は絶品です。

 さらに、ここで出会ったバンドのことも書きたかったんだが、それはまた次回ですな... なんか長くなりすぎたのです。


投稿者 hanasan : 03:30 | コメント (0)

2009年06月18日

Ozomatliが沖縄にやってくる!

Ozomatli ロスでリラ・ダウンズを取材して、その後は友人宅でお世話になりながら、ちょっとした休暇を楽しんでいた。といっても、昔からの仲間に会ったり... ということは、以前書き残している。加えて、オゾマトリのマネージャーにも会っていた。なにせ、彼らを初めて取材したのが1997年と、すでに彼らとのつきあいは12年目。四方山話をしようということになったんだが、主な目的は彼らを沖縄へ呼ぶことだった。おそらく、このブログをチェックしている人だったら知っていると思うんだが、2007年にピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007を取材して以来、毎回このイヴェントには顔を出していて、なんとか、オゾマトリをここへ呼べないかというのが本当の気持ち。それが無理でも彼らには沖縄へ来て、その現実を体験してほしかったのだ。

 だから、彼らとは会う度にその話をしていた。彼ら以外でも、仲良くなったミュージシャンには、なぜか、「沖縄へ行ってごらん」と話しているようで... 大昔はホットハウス・フラワーズのリアムにも言ったなぁ。ちょうど、彼のお父さんが亡くなって、彼が落ち込んでいたとき。それから、どれほど過ぎた頃かなぁ... 実際に沖縄に行ったらしく、「お前の言っていたことは正しいよ。沖縄は素晴らしかった」と語ってくれたことがある。

 それはともかく、オゾだ。たまたまそんな話をしていたら、マネージャーのエイミーが9月25日にシンガポールでライヴをやるというのだ。だったら、21日に予定されているピース・ミュージック・フェスタ!に出られるかもしれないと思って、交渉を始めていた。といっても、簡単なわけはない。なにせ、主催者はプロのプロモーターではなく、沖縄から米軍基地をなくそうと動いているミュージシャンや仲間たち。当然、金なんてあるわけはない。でも、嬉しかったのは、「そんなことは重要じゃない」と、この申し出を快く承諾してくれたこと。しかも、あのあと、幾度かメールでやりとりをすることになるんだが、そのなかではっきりと彼らに伝えたものだ。

「沖縄の人はアメリカ人、嫌いだよ。だって米軍基地は押しつけられるわ、米兵の犯罪は日常茶飯事だし...」

Ozomatli Live at the Fillmore そうすると、エイミーからは「メンバーは全員、そのことを知っているし、ヴェトナムでライヴをしたこともあれば、中近東でやったこともある。だから、みんな、すごく楽しみにしている」

 という返事が返ってきた。本当に嬉しいと思う。こういった連中と友達でいることが自分の... どこかで誇りなんだろうと思う。

 ちなみに、ここ数年のオゾマトリの作品でベストはというと.... おそらく、『Ozomatli Live at the Fillmore』だろう。DVDが一緒になっていて、この時のライヴを見ることができるんだが、ライヴ・バンドとしての真骨頂をここで確認することができる。できれば、チェックして欲しいと思う。

 ちなみに、このピース・ミュージック・フェスタ!の公式サイトはこちらで、彼らが運営しているブログがこちら。ときおりでもいいので、チェックしてくれると幸い。それに、東京や大阪ではプレ・イヴェントも開かれるようなので、なんとか足を運んでくださいませ。そうやって、お金を生み出さないと彼らも息切れしてしまうのです。宣伝もしてください。それだけじゃなくて、実際に、沖縄に行って、基地の現実を目の当たりにして欲しいと思う。今なら... というか、つい先日、これに合わせて沖縄行きのフライトを予約したんだが、なんとか3万円強で往復のフライトを押さえることができました。連休の時期なので、どんどん安いフライトが押さえられているのですよ。だから、急がないとめちゃくちゃ金がかかるのです。

Monareta さて、そんな話の他にも、オゾのマネージャーとはいろいろな話をしている。例えば、ここ数年、ラテン系のコンテンポラリーなロックとか、そういった音楽にはまっていること。すると、彼女のボーイフレンドがそういったアーティストを中心としたレーベル、Nacional Records(ナショナル・レコード)を運営しているというのだ。そこでいろいろなアルバムを受け取ることになるんだが、面白いのはヴェニス・ビーチでお世話になった友人、かつてジ・アンタッチャブルズをマネージメントしていた彼が、一時期面倒を見ていたメキシコのユニット、プラスティリーナ・モッシュのアルバム、『All U Need Is Mosh』がここから発表されていること。この偶然には驚かされたもんだ。それだけではなく、ここ数年、再来日が待望されているex-マノ・ネグラ、マヌ・チャオの『La Radiolina』から、この話を聞く一月ほど前にオースティンで取材したコロンビアはボゴタからやってきたエレクトリック・クンビアのユニット、Monareta(モナレータ)の最新作、『Picotero』もここから発表さているんだとか。繋がりというのは、本当に面白い。

 さらに、今年のフジロックのラインアップを見ていたら、そのレーベルのアーティスト、Juana Molina(フアナ・モリーナ)の名前が見える。実は、『Un Dia(ウン・ディア)』と呼ばれている最新作を、このレーベルから受け取っていたのだ。世の中、本当に狭いと思うし、まるで見透かされてるように、みんながつながっているのを再発見したように思うのだ。


投稿者 hanasan : 01:33 | コメント (0)

2009年06月16日

The Uk Jazz Danceって本が出たよ

UKジャズ・ダンス・ヒストリー 去年の暮れ、大昔からのロンドンの友人で、かつてStraight No Chaser(ストレート・ノー・チェイサー)という雑誌を作っていたジャーナリストで編集者のポール・ブラッドショーからひさびさに連絡がた。

「今度、イギリスでのジャズ・ダンスの歴史に関して本を出すんだが、翻訳をやってくれないか」

 というのだ。80年代の半ばからこのシーンを取材していて、いろいろな形で一緒にプロジェクトを手がけたりということもあって、当然ながら、やりたいと思ったんだが、その段階で設定されていた出版時期があまりに早すぎて、お断りすることになる。当時のシーンを取材してきた人間として、やるべきだしやりたかったんだが、時間がない。なにせ、Smashing Magの更新作業で、毎日何時間もとられるのに加えて、ディテールにこだわるせいか、翻訳にはかなり時間がかかるのだ。

 しばらくこの話のことを忘れていたんだが、先日、彼から再び連絡があって、東京のブリティッシュ・カウンシルで、その本の著者でDJ、そして、ミュージシャンでもあるSnowboyをゲストに呼んでイヴェントをやるので遊びに行ってほしいとあった。というので、スリープウォーカーのサックス、まさやんを誘ってここに出かけたんだが、まるで同窓会だ。キョート・ジャズ・マッシヴの沖野君やUFOのラファエル... と、当時からの「顔」が見える。しかも、スノウボーイがこの本に記しているダンス・ジャズの歴史をいろいろな映像を取り混ぜて話してくれるんだが、これも懐かしい。なかでも、80年代当時のクラブ、Wag(ワグ)でよく演奏していたTommy Chase(トミー・チェイス)カルテットの演奏を見たときには、あの時の熱気が甦ってきたように感じたものだ。これは「Jazzin' Soho」というビデオに収録されている映像で、まるで全盛期のアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズよろしく演奏する彼らの前で踊っていたのがIDJ(I Dace Jazz)というダンス・グループ。このコンビネーションは強力だ。彼らのアルバム、「Groove Merchant」(グルーヴ・マーチャント)がスティッフ・レーベルから発表されたのが1987年で、イギリスのチャンネル4が制作することになったこのビデオはその前年に発表されている。

Jazz Dekektors このビデオのサントラがあったらぜひ欲しいと思うんだが、ここでジョージィ・フェイムが歌っているソーホーの歌がめちゃくちゃいいのだ。(っても、タイトルもわからないし、不親切なビデオのパッケージにはなにも記されてはいない。)

 これまで幾度も書いているんだが、その前年にロンドンのショー・シアターで開かれたのが生涯で最も大きな印象を残したライヴ。なにせ、演奏しているのは今は亡きアート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズで、そこにザ・ラスト・ポエッツのジャラールが詩の朗読からラップで絡み、その前で踊っていたのが前述のIDJにマンチェスターからやってきていたジャズ・デフェクターズ。特にアート・ブレイキーが満面の笑みを浮かべながら、ドラム・ソロでダンスのソロとバトルをしているときの光景なんぞ、忘れようとしても忘れられない。この頃からジャズ・ディフェクターズと仕事をするようになるんだが、ダンスに関してはIDJの方が勝っていたかなぁと思う。といってもIDJがタップ・ダンスを基調としたサザン・スタイルだったことに対して、JDズはバレー的な要素を入れたノーザン・スタイル。簡単に比較はできないんだが、きわめてオリジナルなジャズをベースとしたダンス・グループとして彼らが「評価」される時代がやってきたことは充分に認識できた。しかも、彼らが同じステージに立っていたのはジャズの歴史と言っていいだろう、アートブレイキーなのだ。

 さて、スノウボーイとのひさびさの再会があったときに、「日本でツアーするから、見に来てよ」というので、ぜひ撮影したいと応えていたんだが、連絡はなし。というか、こっちもずっと先のことだと思っていたら、すでにツアー中というのがわかってしまった。最も撮影しやすい渋谷デュオでのライヴが11日だったらしく、あとはビルボードあたりでの演奏となるので撮影は難しい。しかも、あそこはあまりに高くて貧乏人の私には見に行けません。ということで、今回の取材はないだろうと思う。

Kenny Rankin なお、この日程を知って、大急ぎでSmashing Magに書いたのがダンス・ジャズからブルーノートの格安再発盤を漁るという原稿。知らないうちに発表されていたこの本『UKジャズ・ダンス・ヒストリー』の翻訳版を軽く紹介して、スノウボーイのことも書いた。さらには、タイミングよく、ジャズ・レーベル、ブルーノートの設立70周年を記念して1100円で100枚の名盤再発が始まるというので、80年代のジャズ再発見時になくてはならなかったクラシックなアルバムの数々も簡単に紹介している。もし、チャンスがあったら、そのなかのアルバムをチェックしていただければ幸い。50年だから60年代初期に録音された音楽が、今もとてつもなくホットで魅力的か... それが痛いほどわかりますぜ。

 ちなみに、ブルーボート・レーベルに残されたそういった曲からセレクションしたコンピレーション、『Make It Deep & Phunky』と『Mo' Deep Mo' Phunky / Volume 2』を、ポール・ブラッドショーや、今じゃ、有名人のジャイルス・ピーターソンと一緒に作っているんだが、当然、現在は入手不能。まぁ、コンピレーションだから、それも仕方がないか.... それにしても、このアルバムが1万枚ほども売れたんじゃなかったかなぁ、あの当時。それが若い人たちへのジャズへの入り口になっていったように思うんだが、自分もそのひとり。このあたりを聴き漁ったものです。



投稿者 hanasan : 11:22 | コメント (0)

2009年06月14日

ちょいとマリワナ屋さんで一服

The Untouchables リラ・ダウンズの取材でロサンゼルスを訪ねたとき、ひさびさにヴェニス・ビーチにある友人の家に泊まった。かつて、ジ・アンタッチャブルズという、ザ・スペシャルズへのアメリカからの解答として日本でも知られるようになったバンドがデビューした頃のマネージャーがその友人で、今調べてみると『Wild Child』というアルバムが、オリジナルに数々のボーナス・トラックを加えて、手に入るようだ。

 ちなみに、ロスに行くと必ずお世話になるのが、かつてジャンプ・ウィーズ・ジョーイ(アルバム、『Ska-Ba』で80年代の終わりにデビューしているのではないかと思う)というバンドで日本でもかなり売れたスカ・バンドのドラマー、ウイリー・マクニールなんだが、彼がジ・アンタッチャブルズに加わったこともあり、そのアルバムが、日本では当時ソニーから出た『Agent Double O Soul』。ちなみに、実は、ジ・アンタッチャブルズは今も活動を続けているらしく、その動向は彼らのMy Spaceで確認可能だ。今回、ロスを訪ねたときにその時のメンバーのひとりと出会っているんだが、酒屋さんで働きながら、今も音楽をやっているというのが嬉しかった。

 それはさておき、かつての彼らのマネージャーから、「ちょっとマリワナ屋さんに行くんだけど、つきあう?」と言われて、覗いたのがヴェニス・ビーチにあるお店。日本では「汚染」という言葉に伴って、まるで「害毒」のように吹聴されているあのマリワナをきちんとショーケースに並べて、陳列している、そんなお店だった。

医療マリファナの奇跡 おそらく、日本では知らない人の方が多いのではないかと思われるのが、アメリカで前回の大統領選挙に伴って行われた医療用マリワナの合法化に関する投票。実は、その結果、合法化されたのがカリフォルニアなんですが、そんなニュースが日本で流れたことはないように思える。ひょっとして、見たことがないだけないのかもしれないので断定はしませんが、日頃の報道を見ていると、どう考えても「あり得ない」ように思うんですな。なにせ、どのマスメディアでも「大麻」と並んで出てくる言葉が「汚染」。その言葉を辞書で調べてみたら、「汚れること。特に、細菌•ガス•放射能などの有毒成分やちりなどで汚れること」ということからもわかるように、明らかに「大麻が毒物でもあるかのような」意味を込められていることに気がつく。それだけではなく、薬物という書き方も大嘘だ。一般的には薬理作用を有する化学物質を意味するのであり、大麻は草に過ぎない。

 さらに加えて、「マリワナ中毒」の患者が紹介され、「マリワナから抜け出す」ために収容されている施設までが登場する。そんなアホな話があるかい? と、調べてみると、NHKの報道に登場したその場所で「マリワナ中毒患者」が強調されていたにもかかわらず、取材対象になった人物が「マリワナだけ」でそこにいるとはとうてい考えられないのだ。それよりも「そういったイメージ」を植え付けるためのプロパガンダとして「マリワナが強調されている」のであり、少なくとも報道と呼べる代物ではなかった。もしも、報道であるのならば、当然、カリフォルニアで自分が体験した「医者の処方箋を持ってマリワナを買いに行く」という日常的な行為が存在する国外での事情と比較して、少なくとも「検証」すべきだろう。しかも、この処方箋というのが単純な手紙のようなもので、医者に行けば誰でももらえる代物。もし、仮に、「大麻汚染」とか「薬害」と呼ばれるものがあるのであれば、そんな「許可証」を渡す医者は悪魔か鬼畜かってなことになるはずだ。

 しかも、「医療用マリワナ」とはいっても、その友人のみならず、同じく、「許可書」を持っている彼の奥さんも全く病人ではないのですよ。実際に本人に尋ねてみると、「誰でも行けばもらえるよ」とのこと。しかも、このとき、彼が買っていたのは「マリワナいりのクッキー」を少々。NHKやメジャーの放送局が「報道」するような「マリワナ中毒者」の世界とは全く違うんですな。なんだか、ワインをたしなむところに似ている。実際のところ、どう見たって彼らが「中毒患者」には見えないし、社会的にも地位のある人なんですな。この現実の違いを「大麻は怖い」とか「大麻汚染」(それにしてもひどい言葉だと思う)と「宣伝」しているニュース番組を制作している人たちはどう説明してくれるんだろうと思う。

 ちなみに、このとき、お店の人に尋ねたんだけど、ちょっと強めのスティックが1本で20ドル。弱いのは10ドルということなんですけど、私の実感は「高い」。まぁ、オーガニックで「安全な」マリワナということで、そういった値段がついているんだろうなぁと思う。

 いずれにせよ、日本の報道機関の大麻に関する報道はあほらしすぎる。なにせ、被害者がいないのに、まるで重罪であるかのような印象を受け付けることに躍起になっているあたり、北朝鮮のてニュース番組とどこが違うのよ。問題はそれを意図的に行っているという時点で、すでに「ジャーナリズム」ではないし、そんな嘘を公のメディアで流しているという意味で、彼らは「犯罪者に等しい」と思うのですよ。それだけではなく、そんなことよりも、もっと報道しなければいけないことがいっぱいあるでしょうに... 「誰と誰が交際している」といったゴシップにも辟易。ニュース番組でゲーノー人が結婚したとか... もう勘弁してくださいよ。そういえば、先日の「花屋さん」が栽培していて捕まったときのニュースも強烈だったなぁ。「専門知識を使って薬物を...」といった内容だったと思うんですが、マリワナは、放っておいても元気に育ちます。なにせ、もともと雑草なんだから。



投稿者 hanasan : 23:56 | コメント (0)

2009年06月11日

有罪なのは警察と検察だろ!

志布志事件 おそらく、誰でも知っていると思うけど、このところ、新聞やテレビを騒がせている足利事件で、17年間も不法に拘束され、「犯罪者」にされた菅家利和さんの気持ちが痛いほどわかる。たまたまこのニュースを見て、これを書き始めているんだが、こんなの氷山の一角だろ? たまたま表に出てきただけの話で、自分たちがいつもこんな危険にさらされているということを僕らは理解しなければいけないんだろうと思う。警察や検察は「犯罪者を捕まえたり」する組織ではなく、おそらくは、犯罪者を作る組織ではないのか... と、ずっと思っているんだが、それを見事に証明して見せているのがこの事件じゃないか? しかも、それが「例外的に起きている」とはけっして思えないんですよ。

 いつか、自分の家に「公安」と呼ばれる人が来たときもそうだった。最初は柔らかく話していながら、こちらが否定すると「嘘つくんじゃねぇ!」とテーブルを拳で叩いて恫喝だからね。あれはまだ1回で済んだけど、あれを毎日のようにやらされたら、たまりませんって。それが警察の取り調べの常套手段だとしたら、警察は「脅迫や恫喝」で「犯罪を作っている」としか思えないじゃないか? しかも、そんな事件のあとに「ごめんなさい」って、それで済むのか? 当然ながら、菅家利和さんの人生を奪った警察と検察はその罪を問われてしかるべきであり、彼に対する充分な損害補償と同時に、その「罪」を問われなくてはいけないと思うんだが、どんなものだろう。

志布志事件 もし、これに関して、警察や検察が「無事に済む」ことになったら、それこそ犯罪製造組織としての警察や検察を認めるようなもの。そんなことを認めてはいけないと思うのだ。

 と、そんなことを書きながら思い出したのが志布志事件。これだって、「警察が犯罪を犯した」記録だと思うんだが、このケースでも「事件を作り上げた」警察になんのおとがめもないとしたら、連中のやり放題じゃないんですかな? これなんぞ、警察が集団で「犯罪をでっち上げた」結果、数多くの市民が被害を受けているわけです。これが、戦前の特高警察の時代だったら、「そんな時代もあったなぁ」と語ることができるんだが、これが今の日本で、当たり前のように起きていることが怖いのだ。

 ひょとすると、「普通に生きている普通の人」は「そんなの特殊な人だけに起こる異様なケース」だと思うんだろうけど、You Tubeで探したら、そんなのいっぱい出てくるんですね。「警察が犯罪を作る現場」の映像が。その好例が渋谷で起きた事件。ネットで知り合ったみなさんが「62億円もの価値がある」といいわれる麻生首相の家を見に行こうと集まった人々に対する事件。あの映像を見れば簡単にわかるんだが、充分に渋谷警察の職員と確認をして行ったにもかかわらず、「まるで水戸のご老公の紋所」よろしく、「コーボー」と大声を張り上げて、罪のない「歩いているだけの市民」を逮捕した連中のやり方なんぞ、「警察が犯罪ねつ造組織だ」ということを証明しているようなもの。まぁ、こんなことを書いていたら、そのうち、自分のもしょっ引かれるんだろうという恐怖を感じるほどにめちゃくちゃなのだ。

 と、そんなことをわずか数行の記事で考えてしまった。警察は怖い。と、つくづく思う。



投稿者 hanasan : 00:13 | コメント (0)

2009年06月10日

Kenny Rankin - こよなく愛したアーティストが亡くなりました

Kenny Rankin 本来ならば、前回アップしたマリワナ事情に関して書きつつあるものを先にフィニッシュしてアップすべきなんだが、つい先ほど、自分が最も敬愛するアーティストのひとり、ケニー・ランキンの訃報が入ってきた。と言っても、自分が彼をこよなく愛していることを知る友人がMixiを通じて知らせてくれたんだが、なんでもロスの病院で肺ガンのために亡くなったとのこと。享年69歳というんだが、それほどの年齢だったとは... 

 これまで幾度が彼のことは書いていると思うんだが、前回は名作中の名作、『Silver Morning』が初めてCD化されたときだった。その時の原稿はここでみつかるんだが、2006年の10月とある。それからしばらくの後、2008年3月には彼の代表作の多くが紙ジャケット仕様で再び日の目を見ることになっている。と言っても、それは日本でのこと。本国、アメリカではケニー・ランキン自らがhttp://cdbaby.com/を通して3枚のアルバムを再発しているに過ぎない。どうやらアメリカのレコード会社は彼にそれほどの愛情もないんだろう、他のアルバムもほとんどが廃盤のようになっているようだ。

 おそらく、70年代にAORと呼ばれた音楽を好きな人じゃなかったら、彼のことなんぞほとんど知らないと思うし、すでに忘れ去られているのではないかと思うんだが、自分にとってケニー・ランキンとは「これ以上の優しい声を持つ人はいないだろう」と思わせるほどのヴォーカリスト。同時に、ギタリストでピアニストでもある。特筆すべきは、ハッとするほどの美しさを持つ声なんだが、それこそ「癒し」と呼ぶにふさわしいクオリティを持っている。どれほどイライラしているときでさえ、彼の声を聞くと心が落ち着くといってもいいだろう。まるで魔法でもかけられているように気持ちが落ち着いて、優しくなれるのだ。

Kenny Rankin 初めて彼の声を聞いたのは学生時代だった。最も印象に残っているのは、友人が開いていた喫茶店で彼のアルバム、The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)を聴いたとき。この喫茶店は岡山市内にある運動公園を囲むように走る国道53号線沿いにあって、その窓からは日の光がさんさんと入ってくる。おそらく、秋口か冬ではなかったかと思うんだが、朝方、まだ店を開けたばかりの時間に温かいコーヒーを飲みながら、このアルバムを聴いたときの心地よさはどれほど言葉を重ねても描ききれないと思うのだ。まるで心が洗われていくような気持ちとでも言えばいいだろうか、あれ以来、なぜか日曜日の朝、なにもしなくてもいいリラックスした朝にこのアルバムを聴くのが定番になったように思う。

 といっても、このアルバムをわずか3日間でフル・オーケストラをバックに生で録音したということを知ったのは、ケニー自身がこのアルバム、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と前作、『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』、そして、なぜかしら『Inside(インサイド)』という作品が一枚抜けて、そのまた前のアルバム、『Like A Seed(ライク・ア・シード)』を再発した頃。http://cdbaby.com/か、あるいは、彼の公式サイト、http://www.kennyrankin.com/で彼自身がそんな思い出を書き残していたように思う。この一連のアルバムは、全て傑作と呼ぶにふさわしいんだが、少なくとも『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』は聴いてもらいたいと切に願う。

 彼のスタイルはちょっとジャズっぽいエッジを持ったヴォーカルがメインなんだが、その萌芽はすでに60年代終わりに発表したアルバム、『Mind Dusters(マインド・ダスターズ)』あたりから現れていた。フォーキーなんだが、どこかでジャズを感じるのだ。そのあたりの流れは、同じ時代に頭角を現してきたジョニ・ミッチェルやイギリスのジョン・マーティンにも近かったかと思う。しかも、そのアルバムに続く、『Family(ファミリー)』では、後に発表する名作、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』でもカバーすることになるハンク・ウイリアムスの名曲「ハウス・オヴゴールド」を取り上げていたり... しかも、そのスタイルが後者を想定していたような趣で、時代を遙かに超えた、とんでもないセンスや才能を持っていたことが伺えるのだ。実をいえば、90年代初期にニューヨークに行ったときに、この2枚のアナログを見付けて購入しているんだが、それを聞いたときには、彼のそんなセンスに多いに驚かされたものだ。

 それから数年後かなぁ、ブルーノートにケニー・ランキンが来日して、ベースとのデュオでライヴをやったときには、あのブラジル風のギター、(特にバーデン・パウエルの「ビリンバウ」が傑作)が本人の演奏だということを間近に目撃して、また驚かされることになる。ヴォーカリストであるばかりではなく、彼はギタリストでもあり、(その時、同じように発見するんだが)ピアニストでもあることを再認識したのがこのとき。なんでも、ボブ・ディランの『Bringing It All Back Home(ブリング・イット・バック・ホーム)』でギタリストを務めたという話を、この訃報を伝えるタワー・レコードのバウンスでチェックしたときに初めて知ったんだが、ディランとの関係なんて全く知らなかった。というか、自分にはそんなこと、些細なことなんですけど。

 それはともかく、アメリカを遠く離れたアジアの端っこの日本でも、ケニー・ランキンという、スターでもなんでもないアーティストをこよなく愛した人間がいたということを書き残しておきたいと思うのですよ。もちろん、だからってなにも変わることはないんだが、本当に彼の音楽には感謝しているのです。ホントに、ホントに、安らぎの時間を与えてくれてありがとう。安らかに眠ってください。



投稿者 hanasan : 21:14 | コメント (0)

2009年06月05日

たかだかハッパに金を使うな

マリファナ・ナウ (この原稿は半年ほど前に書きかけて、手を付けていなかったんだが、ちょいと書き足して、公にすることにしました。なぜ、そうしたのか? それは、次回に書きます)

 まるで殺人事件にでも匹敵するような大騒ぎをしている大麻関連のニュースやメディアの反応を見ていて、「これじゃ、まるで魔女狩りじゃないか」と思っていたら、それと同じ台詞がこの本、マリファナ・ナウの宣伝文句に書かれてあった。っても、ここ数ヶ月の大騒ぎは、本物のマリファナ(マリワナの方が本来の発音に近い)の種を付録にしてこの本が発表された80年代頭とは比較にならないほどにヒステリックで、なにやらきな臭いものを感じるのだ。

 まずはメディアの姿勢だ。まるで「お上の都合」に合わせるように「情報」を垂れ流し、NHKに至っては「政府公報」のように機能しながら、「洗脳」を肩代わりしている。異論を挟む余地もなく、「どこにも被害者がいない」のにとてつもなく「重罪だ」というイメージを「宣伝」し、「大麻汚染」という言葉を一人歩きさせているのだ。が、大麻はそんなに汚い害毒をまき散らしているのか? 日本に古来から自然に生育する草、しかも、市民生活にきわめて有効な役割を果たしてきた素材に過ぎないのに、これがまるで「放射能」のように語られているのはどう考えてもおかしいのだ。その一方で、「放射能」を宣伝している電力会社が非難されるどころか、批判されることもなく、テレビの画面に登場する「異様なメディア」のあり方に「裏」を感じるのが自然じゃないだろうか。

 所詮、メディアというものが今までもこれからもそうした「政府」や「権力」のプロパガンダ的な役割を担っているのは自明の理なんだが、そんななかで「良心」を持って「報道」してきた人たちもいたはずだ。が、なにやら彼らの影がどんどんと薄くなっている。かつて、大新聞のひとつ、毎日新聞では「たかだか大麻で..」といったニュアンスの原稿が発表されたことがあるのだが、この数ヶ月でそういった疑問を提示したマス・メディアを目にしたことは全くない。そんな「きな臭い裏」の最たるものは大麻(麻)を一切検証することなく、「毒」があり、「害」があるという断定を押しつけ、それが「日本だけの常識」になりつつあるところが怖いのだ。

 もし仮に、それが正しいとすれば、ヨーロッパからアメリカの人たちはほとんどがジャンキーで、病人のような有様にも響くのだが、少なくとも海外に頻繁に出かけて取材をしている人間である自分の体験から言えば、大麻なんぞ吸ったことがない人の方が珍しい。ありとあらゆるドラッグを経験している人間に接触したことがあるが、こと大麻に関して言えば、これほどまでにヒステリックに「汚染だ」と騒ぐほどのものではないということは確信を持って断言できるのだ。それどころか、合法化の流れこそが主流であって、なにを今更これほどまでに騒ぐのかといった現象と、それに追従するようなメディアの姿勢にこそ問題の核心があると思っている。

 当然ながら、自分は「大麻」(あるいは、マリワナ)の吸引を勧めているわけではない。基本的に大麻取締法は憲法に違反しているという主張を支持するし、こういった法律がなにを意味するかを理解はしていても、あんなものを吸ったところでそういった現状を変革する力にはなんにもならないと考える。というよりは、そんなもので捕まって時間を無駄にはしたくないという気持ちの方が強い。その一方で、別にワインを飲もうが、コーヒーを飲もうが、煙草を吸おうが、そんなものは個人の勝手であって、他人にとやかく言うことではないとも思う。比較論で言うならば、アルコールの方が遙かに危険だし、煙草の方が中毒性が高い。それは比較にならないほどの差があり、そんな意味で言えば、マリワナを解放して、大昔の専売公社のようなところが販売すればいいと思っている。そうすれば、税収も増えるし、暴力団なんぞの資金源になることもないだろう。

 さらに、エコを謳うのであれば大麻は実に有効な資源であり、逆に、遙か彼方の昔から自生する大麻を減らしていくことは日本の生態系にダメージを与えるものだと思っている。

 いずれにせよ、この大麻問題の騒ぎは異様だ。これは(かなり信憑性の高い)噂に過ぎないんだが、群馬で開かれたレイヴ・パーティかなにかに私服が200人もやってきて、数人がマリワナあたりの所持、私用に絡んで逮捕されたんだそうな。その時のオーディエンスの数は400人ほどだったらしいから、お上がチケットを買ってくれたというので、オーガナイザーはけっこうな利益になったのではないかと察する。が、この200人の私服が「公費」を使って全国の警察署から集まってきて、逮捕したのが数人だったとか。その旅費、宿泊費など、全てが私たちの税金から支払われていることを考えると、あほらしくてたまらん。なにせ、「被害者」がどこにもいないものに、なんでそんなに金をかけるのか? なにかがどこかでおかしいのですよ。



投稿者 hanasan : 12:10 | コメント (0)

2009年06月04日

メキシコ... 知らなければいけないことが...

ボーダータウン 報道されない殺人者 つながるなぁとおもう。どこかで誰かに動かされているのかもしれないと思うぐらいに、いろいろなものがつながっていくのが面白い。と、そんなことを思ったのはこの映画、『ボーダータウン 報道されない殺人者』を、たまたま見た昨日のこと。例によって、一月いくらのレンタル代で好きなだけ借りることができるというサービスを利用していて、たまたま借りたのがこの作品。とりわけ、「これが見たい」と思ったわけではなく、「別に借りたいものがあるわけじゃないんだが、これでもいいか」といった感覚で借りたに過ぎない。だからなんだろう、映画を見始めて、この男優って... ひょっとして、あの人かなぁと、うろ覚えの名前を考えて、アントニオ・バンデラスを思いだし、見終わって、「この映画ってホントはなになんだろう?」と調べだして初めて、「そうかぁ、この女優がジェニファー・ロペスかぁ」とわかるほどの頓珍漢。ハリウッドだとか、ゲイノー界とか、全く興味のないというので、なにやら自分の無知さ加減を再認識したような感じかな。

 それはともかく、「実話に基づいている」とはいうものの、かなり荒唐無稽なストーリーでメキシコとアメリカの国境の街で起きている連続女性殺害事件に始まって、その背後に北米自由貿易協定があるということを臭わせるんだが、5000人にも及ぶ女性の連続殺人というのが解せない。これが、政府や権力につるんだ政治的な大量殺戮であれば、まだリアリティがあって、チリあたりの状況につながるんだが、それを「連続レイプ殺人事件」としている想定で「そりゃぁ、無理があるだろう」と思ってしまうのだ。

 とはいっても、ここでチェックできる監督、グレゴリー・ナヴァ氏とのインタヴューを読んでみると、なにかがあることはわかるんだが、どこかで「作り物」的なニュアンスはぬぐえないのだ。

 その作品の価値は、自分にとって大きな意味はないんだが、それよりも、ここで想像できるのは北米自由貿易協定から、メキシコの民族問題や差別、貧困からサパティスタ民族解放軍 (EZLN) に目を向けて欲しいという願いのようなもの。連続殺人事件の犠牲者となっているのは低賃金で働く工場労働者の女性たち。そのひとりが奇跡的に生き残り、自分の過去を語るときに出てくるのはオアハカという地名だった。これも、リラ・ダウンズを聞き始めて知ることになった「インディオ」(先住民族)を象徴するものだし、リラ自身がこの町の出身でもある。といっても、まだまだ勉強しなければいけないことが多々あるんだが、単純に好きな音楽がどんどん自分の扉を開けてくれているのがよくわかる。

El Gran Silencio おそらく、本格的にメキシコのロックを意識し始めたのは、いつだったかグラストンバリーでジョー・ストラマーがいたく気に入っているという、El Gran Silencio(エル・グラン・シレンシオ)のアルバム、『Libres Y Locos』(リブレス・イ・ロコス=自由と狂気?)を聞いてからだろうか。それ以前にも、かつてジ・アンタッチャブルズというバンドのマネージャーをしていた友人からプラスティリーナ・モッシュの『Aquamosh』を紹介してもらったりと、そんな流れはあったと思うんだが、決定的だったのはEl Gran Silencio。あまりに彼らの音楽を気に入って、それが彼らのフジロックへの出演につながっている。

 同じように、イタリアのバンダ・バソッティと仲良くなったのものその頃だった。彼らがメキシコをツアーしたときには、そのエル・グランシ・レンシオと同じステージに立っているし、両者がどこかでつながっているのは、その音楽を知るものなら理解できるだろう。バンダ・バソッティがイタリア本国でツアーする場所、解放区のようなセントロ・ソシアル(社会センター)のポスターには決まって、サパティスタ民族解放軍 (EZLN)支持のメッセージが殴りかかれていたし、彼らにとって、そのリーダー、マルコス副司令官はまるでロックスターのような存在だ。世界中に散らばるミリタント・ロックにとって、チェ・ゲバラからモハメッド・アリ同様に、ジョー・ストラマーもマルコス副司令官も、同じ価値を持つ英雄なんだろうと思う。

 それから数年でロドリゴ・イ・ガブリエラと知り合って、その流れがリラ・ダウンズへと結びついていった。まだまだ、入り口なんだろうが、一歩踏み込む度に目の前に広がるのは無限とも思える未知の世界。いつも思うことなんだが、音楽の向こうにはとてつもなく大きな世界が広がっていて、その断片を垣間見るだけでも、音楽は全く違った響きを持ってくる。それを感じたとき、まるで新しい人生の踏み込んでいくような気分になるのは自分だけじゃないだろうと思うんだが、どんなものでしょうね。



投稿者 hanasan : 09:32 | コメント (0)