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2009年06月10日

Kenny Rankin - こよなく愛したアーティストが亡くなりました

Kenny Rankin 本来ならば、前回アップしたマリワナ事情に関して書きつつあるものを先にフィニッシュしてアップすべきなんだが、つい先ほど、自分が最も敬愛するアーティストのひとり、ケニー・ランキンの訃報が入ってきた。と言っても、自分が彼をこよなく愛していることを知る友人がMixiを通じて知らせてくれたんだが、なんでもロスの病院で肺ガンのために亡くなったとのこと。享年69歳というんだが、それほどの年齢だったとは... 

 これまで幾度が彼のことは書いていると思うんだが、前回は名作中の名作、『Silver Morning』が初めてCD化されたときだった。その時の原稿はここでみつかるんだが、2006年の10月とある。それからしばらくの後、2008年3月には彼の代表作の多くが紙ジャケット仕様で再び日の目を見ることになっている。と言っても、それは日本でのこと。本国、アメリカではケニー・ランキン自らがhttp://cdbaby.com/を通して3枚のアルバムを再発しているに過ぎない。どうやらアメリカのレコード会社は彼にそれほどの愛情もないんだろう、他のアルバムもほとんどが廃盤のようになっているようだ。

 おそらく、70年代にAORと呼ばれた音楽を好きな人じゃなかったら、彼のことなんぞほとんど知らないと思うし、すでに忘れ去られているのではないかと思うんだが、自分にとってケニー・ランキンとは「これ以上の優しい声を持つ人はいないだろう」と思わせるほどのヴォーカリスト。同時に、ギタリストでピアニストでもある。特筆すべきは、ハッとするほどの美しさを持つ声なんだが、それこそ「癒し」と呼ぶにふさわしいクオリティを持っている。どれほどイライラしているときでさえ、彼の声を聞くと心が落ち着くといってもいいだろう。まるで魔法でもかけられているように気持ちが落ち着いて、優しくなれるのだ。

Kenny Rankin 初めて彼の声を聞いたのは学生時代だった。最も印象に残っているのは、友人が開いていた喫茶店で彼のアルバム、The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)を聴いたとき。この喫茶店は岡山市内にある運動公園を囲むように走る国道53号線沿いにあって、その窓からは日の光がさんさんと入ってくる。おそらく、秋口か冬ではなかったかと思うんだが、朝方、まだ店を開けたばかりの時間に温かいコーヒーを飲みながら、このアルバムを聴いたときの心地よさはどれほど言葉を重ねても描ききれないと思うのだ。まるで心が洗われていくような気持ちとでも言えばいいだろうか、あれ以来、なぜか日曜日の朝、なにもしなくてもいいリラックスした朝にこのアルバムを聴くのが定番になったように思う。

 といっても、このアルバムをわずか3日間でフル・オーケストラをバックに生で録音したということを知ったのは、ケニー自身がこのアルバム、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と前作、『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』、そして、なぜかしら『Inside(インサイド)』という作品が一枚抜けて、そのまた前のアルバム、『Like A Seed(ライク・ア・シード)』を再発した頃。http://cdbaby.com/か、あるいは、彼の公式サイト、http://www.kennyrankin.com/で彼自身がそんな思い出を書き残していたように思う。この一連のアルバムは、全て傑作と呼ぶにふさわしいんだが、少なくとも『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』は聴いてもらいたいと切に願う。

 彼のスタイルはちょっとジャズっぽいエッジを持ったヴォーカルがメインなんだが、その萌芽はすでに60年代終わりに発表したアルバム、『Mind Dusters(マインド・ダスターズ)』あたりから現れていた。フォーキーなんだが、どこかでジャズを感じるのだ。そのあたりの流れは、同じ時代に頭角を現してきたジョニ・ミッチェルやイギリスのジョン・マーティンにも近かったかと思う。しかも、そのアルバムに続く、『Family(ファミリー)』では、後に発表する名作、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』でもカバーすることになるハンク・ウイリアムスの名曲「ハウス・オヴゴールド」を取り上げていたり... しかも、そのスタイルが後者を想定していたような趣で、時代を遙かに超えた、とんでもないセンスや才能を持っていたことが伺えるのだ。実をいえば、90年代初期にニューヨークに行ったときに、この2枚のアナログを見付けて購入しているんだが、それを聞いたときには、彼のそんなセンスに多いに驚かされたものだ。

 それから数年後かなぁ、ブルーノートにケニー・ランキンが来日して、ベースとのデュオでライヴをやったときには、あのブラジル風のギター、(特にバーデン・パウエルの「ビリンバウ」が傑作)が本人の演奏だということを間近に目撃して、また驚かされることになる。ヴォーカリストであるばかりではなく、彼はギタリストでもあり、(その時、同じように発見するんだが)ピアニストでもあることを再認識したのがこのとき。なんでも、ボブ・ディランの『Bringing It All Back Home(ブリング・イット・バック・ホーム)』でギタリストを務めたという話を、この訃報を伝えるタワー・レコードのバウンスでチェックしたときに初めて知ったんだが、ディランとの関係なんて全く知らなかった。というか、自分にはそんなこと、些細なことなんですけど。

 それはともかく、アメリカを遠く離れたアジアの端っこの日本でも、ケニー・ランキンという、スターでもなんでもないアーティストをこよなく愛した人間がいたということを書き残しておきたいと思うのですよ。もちろん、だからってなにも変わることはないんだが、本当に彼の音楽には感謝しているのです。ホントに、ホントに、安らぎの時間を与えてくれてありがとう。安らかに眠ってください。



投稿者 hanasan : 2009年06月10日 21:14

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