2008年01月24日

愛の唄、聴かせます Vol. 4 - Lorain : Linton Kwesi Johnson

Linton Kwesi Johnson とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?

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 いつだったか、自分がプロデュースしたサンドラ・クロスのアルバム・レヴューかなにかで、「日頃過激な発言をしている花房浩一がなんでこんなにロマンティックなアルバムを作れるんだろう....」といった趣の文章を読んだことがある。実をいえば、同じようなことをテレビで一度インタヴューすることになったネヴィル・ブラザーズに尋ねたことがあった。いつもラディカルな姿勢を保ち、そんな曲を数多く歌っているのに、なぜあれほどに甘く切ないラヴ・ソングを歌えるのか? すると、アーロン・ネヴィルの答えはこうだった。

「本当に愛することを知るからこそ、そうなるんだよ」

 と、そんな意味のことを言われたように覚えている。今回取り上げるリントン・クゥエシ・ジョンソンといえば、UKレゲエの世界にあって最も過激で先鋭的な歌詞で、常に「闘争」のまっただ中にいるかのような人物。レゲエのリズムに乗せて、韻を踏んだ詩をジャマイカ人の訛り、パトワで朗読するというダブ・ポエットというスタイルを確立した人物で、それを象徴しているのがデビュー・アルバム、『Dread Beat An' Blood』だ。すでにオリジナルのジャケットでのCDは入手できないようなんだが、そこに描かれていたのは機動隊に向かって火炎瓶かなにかを投げつけようつぃている女性のイラストで、それだけでもいかに過激な作品かは想像できるだろう。(ちなみに、UK盤だとそのジャケットのものが出ているようです。また、その当時の彼をドキュメントした映像を集めたのが右上のDVD、『ドレッド・ビート・アンド・ブラッド』で、これについては、06年8月にここで書いている。興味のある方はチェックしてくださいませ)

 おそらく、最も好きなアルバムはといわれれば、この『Dread Beat An' Blood』をあげるのだが、最も好きな曲はどれかと問われれば、間違いなく「Lorain」。3枚目となるアルバム、『Bass Culture』に収録されている、彼にとって唯一のラヴ・ソングだというのが面白い。

The Band Whenever it rains I think of you, And I always remember that day in May

 と始まるのがこの曲だ。著作権の問題があるので、詳しくはここで読んでもらいたいんだが、この一行はこんな感じになる。

「雨が降るといつも君のことを考える。そして、5月のあの日のことを思い出す」

 簡単に気がつくと思うんだが、Lorain(ロレイン)という名前に、雨(レイン)を引っかけて韻を踏むことで、言葉のリズムを生み出している。

 歌を要約すれば、

「その雨の日に、君をみつけた。なぜかは知らないけど、いつもはシャイなのに、僕は君の名前を尋ね、君はほほえんでロレインよと応えてくれた。傘に入れてもらえませんかというと、彼女は笑いながら、『なんて厚かましい、おチビさん!』って言い返してくるんだ」

 この部分が、まるで語っているかのように歌われ、このあと、ふんだんに韻を踏んで続けられる部分にメロディが乗っかっている。

「僕は雨の中、むなしく突っ立っている。ねぇ、ロレイン、君に会えるかなぁと思っているんだ。涙が雨のように流れてるんだよ、ロレイン、胸が痛むんだ、頭の中で苦痛を感じるんだ、ロレイン。僕は君に振り回されっぱなしなんだ」

 ここでも、むなしいという「in vain、イン・ヴェイン」が、rain(レイン)とLorain(ロレイン)に引っかけられているのがミソで、Hoping to see you againのアゲイン、痛みのペイン、頭のブレイン、You're drivin' me insaneというのは、「あなたに振り回されている」といった感じなんだが、そこで、正気じゃない様を意味するインセインも使われて、リズムを刻んでいる。

 この歌はそうした言葉の遊びのように続いていくんだが、

「初めて君を見たときから、僕にはわかっていた。僕の人生に君が必要だってこと。あの時から思ってた、君を妻にしたいって」

 と、語られ、再び、雨の日の情景が描き出される。

「うちに来て、コーヒーでもどう? というと、君は不機嫌な顔になって、バカなこというんじゃないわよって... 僕は恥ずかしかった、しかも、バスが来て、君が言ってしまったことも気がつかなかったほどに」

 どこかで木訥とした「語り口」が魅力なんだろうか、無垢という言葉が正しいのかどうかわからないんだが、そんな青年の気持ちがいたいほどに伝わるのがここなんだろう。いつもは人種差別を糾弾し、警察や権力の暴力に対して徹底的に闘う歌を作っている彼が、こんなに心温まるラヴ・ソングを録音したことが自分にはちょっとした驚きだった。

 実は、(以前書いたと思うが)『Tings An' Times』というアルバムを発表した頃、来日した彼とインタヴューをしているんだが、彼に、こんな質問をしたものだ。

「ねぇ、リントン、あの『ロレイン』って、ホントのことじゃないの? 自分の体験じゃないの?」

 すると、たちまち彼が真っ赤になって応えてくれたものだ。

「バカなことをいうんじゃないよ。あれは、ロレインとレインという言葉を引っかけただけの言葉の遊びさ」

 とかなんとか、言い返されたんだが、あの表情で全てがわかったように思えたものだ。あれは、間違いなく、彼の体験に基づいているはず。そうじゃなかったら、あんなに真っ赤っかにはならないと思うのだ。あの「過激だ」とされる詩人、リントン・クゥエシ・ジョンソンに、なにやらとってもウブな気持ちがあるのがわかって嬉しかったのがあのとき。あの頃からかなぁ、この歌が最も好きなレゲエのラヴ・ソングとなったのは。


投稿者 hanasan : 03:49 | コメント (0)

2006年11月22日

愛の唄、聴かせます Vol. 3 - Simple Man : Paul Williams

Paul Williams とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?

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 実は全然好きでなかったカーペンターズのヒット曲の多くのを作ったのが、今回ご紹介するポール・ウイリアムスというシンガー&ソングライター。「雨の日と月曜日は」から「愛は夢のなかに」、あるいは、「愛のプレリュード」といった、誰もが知っている名曲を生み出したのは、背の低い、そして、全然男前でもなく、ひょっとしたら、かなり不細工な、嫌われ者の役を演じていた俳優でもあるというのが面白い。その俳優として最も有名なのが、『ファントム・オブ・パラダイス』という映画。そして、映画の音楽を全て担当した名作として知られるのが、まだ子役だったジョディ・フォスターが素晴らしい『ダウンタウン物語』だ。

 彼の声といえば、美しくもなく、なにやら簡単におれてしまいそうな弱さを持っているんだが、その声で歌われるラヴ・ソングが切ないほどに心に響くのだ。カーペンターズからダイアナ・ロス、スリー・ドッグ・ナイト... 彼の曲は他の人たちに歌われることで大ヒットを記録しているのだが、なによりも聞いて欲しいのが本人の唄。そして、数多く発表されている作品のなかで、ベストと言えるアルバムが今日取り上げるJusr An Old Fashioned Love Song』。そのものズバリ、『ただの流行遅れの恋の歌』と題されたこの作品だ。

 このなかで最も知られているのは、おそらく、「愛のプレリュード」で、同じくカーペンターズがカバーした「あなたの影になりたい」で、タイトル・トラックもスリー・ドッグ・ナイトで大ヒットしている。といっても、こういったタイトルをみていて思うのは、なんでそうなるの?という疑問。「愛のプレリュード」って、原題は「We've Just Begun」。「私達は始まったばかり」なのにこれだ。それに、「あなたの影になりたい」も「Let Me The One」と、「なにか悲しいことがあった時、苦しい時に頼ってくれる人になりたい」という意味で、どう考えても「影」ではないと思うのだ。まぁ、それはどうでもいいかぁ... と思いつつ、素晴らしい曲がてんこ盛りのこのアルバムで、もっとよく聴いたのが「シンプル・マン」(単純な男)と題されたものだった。といっても、面白いことに、このアルバムで唯一のカバー。実は、グラハム・ナッシュの曲だというのを、今回初めて知った。皮肉なものだなぁと思う。

 で、その歌はこんな風に始まっている。

I'm a simple man, and I sing a simple song.I've never been so much in love and never hurt so bad at the same time.

 僕は単純な男で、単純な歌を歌っているにすぎない。と始まり、これまでこんなに恋をしたこともなければ、同時に、これほど傷つけられたこともないと続くのだ。

I'm a simple man, and I play a simple tune. I wish that I could see you once again across the room like the first time. I just hold you, I don't want to hold you down.

 なんか悲しい予感がするでしょ? このあたり「僕はシンプルな男で、シンプルな曲を演奏する。もう一度君に会いたい。この部屋を通り抜けて、初めての時のように... 抱きしめたい。無理強いするのではなく。

I hear what you are saying and you're spinning my head around. I can't make it alone.The ending of the tale is the singing of the song. Make me proud to be your man. Only you can make me strong like the last time.

 と、実をいうとこのあたりの意味はよくわかっていない。おそらく、君の口にしていることが聞こえて、僕が振り回されている... ということだと思う。そして、自分じゃなにもできなくて、結局、ことの終わりはこの歌を歌うこと。君の男だったということに誇りを感じるし、最初がそうだったように、僕を逞しくしてくれるのは君...

 と、そう続いていく。でもねぇ、要するに、男は女に振り回され続けるってことのようにも思えるんですけどね。そういった優しさなんて、どこの女が理解してくれるんだろうと思う。かといって、こんな言葉のひとつやふたつかければうっとりしてしまう女の人ってぇのも、なにやら怪しいし... 実に、男と女、愛と恋の話は珍妙でまどろっこしく、理解不能なのだ。


投稿者 hanasan : 22:44 | コメント (0)

2006年10月26日

愛の唄、聴かせます Vol. 2 - Sunny : Ann Burton

Ann Burton とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?

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 なぜかこの曲、「サニー」には縁がある。この曲を意識したのは80年代の終わりで、あることがきっかけでオンワード樫山の紙媒体キャンペーンに巻き込まれた頃だった。最初はジョン・ルーリーをモデルに起用して、その次がニック・プリタスという友人のミュージシャン。このときに関わりが始まったのだが、その次に起用されたトーマス・ラングとはこれをきっかけとして友人となっている。このとき、宣伝キャンペーンとしてジャズ・ヴォーカルのコンピレーションを作らないかというアイデアが浮上した... というよりは、自分でやりたかったから、そのアイデアを出して納得させたという方が正しいんだけどね。本当は自分で選曲したのに、表面上はトーマスの選んだ愛の唄」というのがそのコンセプトだった。

 そのときのアルバムの最後に使ったのがアン・バートンの名作、『ブルー・バートン』に収録されていたこの「サニー」だった。スタンダードばかりで構成していたことを考えると、この曲はちょっと異色だったのだが、どうしても入れたかった。なぜか? 単純に、この曲が好きだったからだ。

Mackenzie 歌は至極単純なんだが、愛の唄なんてそんなもの。逆にそれがいいのだ。出だしはこんな感じだ。

「Sunny, Yesterday my life was filled with rain. Sunny, You smiled at me and then it eased my pain.」

 少しだって英語の知識があれば、簡単にわかるような言葉だ。サニーとは、人の名前ででもあり、同時に、太陽の光から来るサニー、形容詞の陽気で晴れた... といった意味もある。だから、それをみんな込めて、「サニー、昨日まで私の人生は雨まみれだったのに、あなたが私に微笑んでくれて、それが私の苦しみを消し去ってくれた」とこの曲が始まるのだ。当然のように、rainとpainに韻を踏んである。

「Now the dark days are gone, and bright days are here. My Sunny one, so sincere, Sunny one so true, I love you.」

 暗かった日々は過ぎ去って、輝かしい日々がやってきた。私の輝く人、あなたは限りなく誠実で、嘘がない、あなたを愛してる.. と続くのだ。

Sunny, Thank you for the sunshine bouquet. Sunny, Thank you for the love you sent my way.

 陽の光の花束をありがとう、私に届けてくれた愛をありがとう。

You gave to me your all and all. And now I feel like I'm ten feet tall. Sunny one so true, I love you.

 あなたは、私に全てを捧げてくれた。とっても、私が大きくなったように感じる。私の輝く人、あなたは本物なの。愛しているわ。

Ann Burton と、まぁ、女性が歌っているヴァージョンを聴いたから、こうやって女の言葉で書いてしまっているんだけど、オリジナルはそうじゃなくて、Bobby Hebbという男性で、なぜかそのオリジナルは聴いたことがない。というので、このアン・バートンのヴァージョンをベースにして作ったのがサンドラ・クロスのアルバム『Just A Dream』だった。ちなみに、このアルバム、amazonでは高値がついていますが、うちに連絡してくれたら送料込みで2000円ぐらいでお譲りします。もちろん、新品です。なにせ、私が、ロンドンでレーベルを作ってリリースしていますから。

 この名曲『サニー』は、とんでもなくカバーされていて、自分が知っている限りでは、面白いところで、勝新太郎の『夜を歌う+8』というのがある。でも、ちょうど、サンドラとこの曲を録音して、その直後に出くわしたのが、ロンドンの友人のレーベルで制作中だった、サックス奏者、レイ・カーレスのプロジェクトによるもので、それが結果として、当時、インコグニートのトロンボーン奏者として活動していたファイアズと彼のユニット、Frayzのアルバム『Phase One』となるんだが、これなんぞ、あっという間に廃盤となっている。彼らのヴァージョンも良かったのになぁ。

Ann Burton また、なんの因果かライナーを書くことになったイギリス映画の『ラッキー・ブレイク』というのがあって、その最後に、どうしようもなくうらぶれた登場人物のひとりがこの歌を歌ってる光景が出てくるんだが、それも良かったなぁ。うん、実に良かった。残念ながら、サントラでは、オリジナルのBobby Hebbのヴァージョンが使われていて、それを聴こうかと思ってCDの棚を探したけど、出てこない。なんてこったい。人生なんぞ、すべからく、そんなものなんだなぁと思う、今日この頃。

 そのオリジナルの歌詞をネットで探し出して、見ていたら、『ブルー・バートン』でのアン・バートンのヴァージョンは完結していなくて、最後のハートを歌っていなかったことが判明した。当然、それをベースにした、サンドラのヴァージョンも完結していないことになる。

 そのオリジナルをみてみると、

Sunny, thank you for the truth you've let me see. Sunny, thank you for the facts from A to Z. My life was torn like wind blown sand, Then a rock was formed when we held hands.

 ありがとう、私に真実を見せてくれて。私のこれまでは風さらしの砂まみれだったのに(ホントは、木っ端みじんだったと言っているようですが)、私達が手を取り合って固い絆を作ることができた。それから、あなたの顔に浮かぶほほえみに、ありがとう。あなたからわき出てくる明かりに、ありがとう、と続いていくんだが、それを知ったら、Bobby Hebbのオリジナルを聴いてみたくて、結局、そのアルバムを注文してしまった。HMVやTowerでは、そういった品物が手に入るというのに、amazonではそれがない。結局、amazonの弱みはそういったところになるのかなぁ... と結んでしまうこの原稿はなになんだろう... 本当は、このシリーズ、ラヴレター代わりに始めたんだけど、結局、こうなってしまうところが、自分のダメさ加減なのかしら。



投稿者 hanasan : 23:30 | コメント (0)

2006年10月23日

愛の唄、聴かせます Vol. 1 - Over The Top : Ray Charles

Ray Charles とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?

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 レイ・チャールスがどれほど素晴らしいアーティストかって? どれほど説明されても、「そうなんでしょうね、確かに素晴らしい」としか応えようがなかった。実際、素晴らしいのだ。あの声、そして、ルーツに根ざしながらも、カントリーだって、ジャズだって、「当たり前」のように演奏してしまう、その卓越したキャパシティ。そんなのに異論をはさむ余地もなければ、その気持ちもない。が、ドッカ〜ンと頭をぶん殴られるぐらいにレイに傾倒してしまうのは、ある女性に惚れ込んでいた時に聞いたこのアルバム、一般的にはそれほども評価されず、今も入手できるかどうかわからないほどに「売れなかった」作品だった。

 歌はこんな出だしで始まるのだ。

Listen to me closely, hang on to my every word...

 おそらく、訳してみれば、こんな感じだろう。

「そばによって、俺が話すこと、ひとこと漏らさず聞いてくれる?」

 そして、その歌はこう続くのだ。

「I'm addicted to your love and only your arms can save me, oh baby.」

 addictionとは中毒のこと。なくては生きていけなくなるぐらいに、胸をかきむしってしまう、正気を失ってしまう、その中毒だ。もちろん、彼が一時期、ヘロイン中毒になったことなど、あの映画、『Ray』で、みなさん、ご承知だろう。それをわかった上で、これを理解して欲しいのだ。「俺が中毒になっちまったのは、お前。俺を救い出してくれるのは、お前のその両腕なんだよ」とでてくる。そして、こう続くのだ。

「You can stop me shakin', you can take a fever down. 」

「身体のふるえを止めてくれるのはお前、そして、この熱を冷ましてくれるのもお前なんだよ」

You know my daily fix of the honey from your lips, I go crazy. I run on dry till I see you. You fill me up with your love, Sweet love. I take one drink too much of your sweet oasis And I know I can't stop, no.

 ちょいと想像力を働かせなければ、なかなかわかりづらいし、正確かどうかもわからないが、おそらく、こんな意味なんだろう。

「君の唇から漏れる蜜が俺のクスリで、それだけで狂っちまう。君に会うまでに乾ききってしまうんだ。その乾きを満たしてくれるのは君の愛、その甘い愛。君の甘いオアシスを、ちょいと取りすぎて.. やめられなくなっちまう」

 要するに、「一日だってお前と会っていないと、干上がってしまう。その乾きを満たすのに
お前というオアシスがないと、俺は生きていけないんだよ」

 まぁ、とどのつまりが、「お前がいないと俺がダメなんだ」というおきまりのパターンなんだが、これをレイ・チャールズのあの声で歌われたら... どうなる?それだけのことなのだ。しかも、このアルバムが発表されたのは88年。30年生まれだというから、おそらくこの曲を書いたのは50代後半だったんだろう。(といっても、この日本盤では作曲者や作詞家のクレジットは皆無。おそらくは、、彼が書いたんだろうと想像するしかないんだが)そんなレイのハートにまた感動するのだ。恋すること、愛することといったら、そんなもの。その気持ちが端的に歌から響いてきて、それが聴くものの心を癒すのだ。

 そんな曲がてんこ盛りで収録されているのがこのアルバム。残念ながら、現在では入手が難しいようだが、かつてイギリスのリヴァプールで友人のトーマス・ラングのフォト・セッションをしていた時に流していたのがこのアルバム。そのアルバムを聴いた彼は、即座に「これって、レイ・チャールズ?」と尋ねて、それからしばらくして「愛の歌」をカバーするアルバム、『カバーズ』制作に向かって突き進むことになる。その曲を選曲した時、当然ながら、この曲もそのリストには含まれていた。

 が、結局、これを録音することはなかった。その理由は... どうなんだろう?結局、レイのその声の迫力だけで十二分に素晴らしすぎるからではなかったかと思う。



投稿者 hanasan : 09:06 | コメント (0)