2008年12月20日
誰を怨めばいいのでございましょうか - 三上寛
まるで時代が振り出しに戻ったようなもんだろう。なにやら、このところ、そんな気がしてならない。そんな貧困の時代に直面しているように思えるのだ。
終戦から10年で生まれた自分は、ガキの頃の貧困をよく覚えている。どこかでそれがトラウマになっているのかもしれないんだが、あの頃、みんな貧しかったのは確かだ。自分の経験から過去を振り返れば、権力はそんな貧乏人を喰らうようにして、豊かになっていったのであり、高度経済成長だとか、日本の経済力だとか繁栄だとか富なんぞ、そんな貧乏人の屍の上にしか成り立っていないではないかという思いを抱えている。
三上寛という希代の才能がこのアルバム、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』を発表した頃だって、そんな情景が残っていた。都市部に住んでいる人たちなら、どこかで「繁栄」の幻想に踊らされていたのかもしれないが、田舎はそうじゃなかった。まだ、日本ではなかった沖縄から、産業のなかった東北から数多くの貧乏人達が「高度経済成長」の屍として大量に都市部に追い込まれていたのが50年代から60年代だ。そんな彼らを使い捨ての低賃金労働者と言えば、ひょとするとまだ聞こえはいいのかもしれない。が、実際のところは、「人格権さえをも奪われた」弱者の奴隷として、まるでもののように「利用」していたのが権力だった。そんな時代が再び日本を包み込んでいるこの時代、三上寛の歌の数々がとてつもないリアリティを持って迫ってくる。
オリジナル・パンク、パンク・フォーク... そんな言葉に始まって、怨歌シンガー・ソングライターと、どうやって彼のことを説明したらいいのか容易ではないんだが、ギター一本を武器に、まるで身体のなかから全てをはき出すように、叫び、絞り出すように歌う彼やその音楽を単純な言葉で説明することは出来ない。しかも、多くのミュージシャンが、どこかでディランを代表する洋楽の影響の下にシーンに飛び出してきたのに対して、三上寛の背景は明らかに異色だった。それはうらぶれた田舎の映画館で見た小林旭であったり、高倉健だった。幻想の反映に振り回されていた都市ではなく、当時、当たり前のように貧しく、はかなく、捨て去られたような田舎で流れていた演歌や歌謡曲の世界。そんな音楽にむき出しの言葉が三上寛の歌に重なっているのだ。
おそらく、曲に付けられたタイトルを見るだけでも、洋楽かぶれの嘘っぱちロックやただのええかっこしぃのバンドやアーティストもどきとは全く違った世界に彼がいるのがわかるはずだ。例えば、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』に収録されている曲には、こんなタイトルが並べられている。
1. あなたもスターになれる / 2. ひびけ電気釜!! / 3. 痴漢になった少年 / 4. 股の下を通りすぎるとそこは紅い海だった / 5. パンティストッキングのような空 / 6. 一人の女のフィナーレ / 7. 昭和の大飢餓予告編 / 8. 誰を怨めばいいのでございましょうか / 9. 夢は夜ひらく / 10. 故郷へ帰ったら / 11. 気狂い / 12. 夜中の2時 / 13. 五所川原の日々 / 14. 青森北津軽郡東京村 / 15. 葬式
1972年に録音されたライヴ、現在では入手が困難な『コンサートライヴ零孤徒』に収められているのがそのあたりの曲の数々。まるで血を流しながら歌うような当時の三上寛がここにドキュメントされているんだが、これを聴いているとまるでナイフで心臓の真ん中をメタメタに刺されているような感覚に陥ることがある。それほどまでに三上寛の歌は聴く者のはらわたをえぐっていた。
そんな世界をそのまま、音楽的な広がりを見せたのが『Bang!』と呼ばれる傑作で、山下洋輔トリオあたりをバックにとんでもないところに行ってしまうのだが、それでも「怨念」にも似た叫びがここで渦を巻いていた。
このところ、三上寛の歌が再び自分の中で「響く」のがわかる。昔から、大好きだった「誰を怨めばいいのでございましょうか」から「青森県北津軽郡東京村」あたりの歌が、なにやら60年代終わりから70年あたりの歌ではなく、まるで今の歌のように聞こえるのだ。そして、「昭和の大飢饉予告編」がまるで平成の今を歌っているようにも思える。貧しさのせいで、自殺が相次ぎ、倒産や首切りで身体を、そして、魂を、人格さえをも売ることでしか生き延びることが出来ない、そんな時代に僕らが生きているんじゃないか? そんなことを思い起こさせるのだ。
「前を向いたら、遅すぎました。後ろを向いたら、早すぎたのです... 生まれてきたとき泣きました。落ちていくとき、泣きました。誰を怨めばいいんでございましょうか?」
21世紀のこの時代にこの歌が胸を打つ。なんて時代に俺たちは生きているんだろう...
投稿者 hanasan : 12:50 | コメント (0)
2008年12月11日
690円の密かな楽しみ
再び「こんなことを書いている場合ではない」と思う。大麻報道に見られるメディアの極端な偏向や情報操作に「ジャーナリズムの死」を感じているし、押し寄せる不況の波がなにを生み出していくかという点についても危機感を持っている。当然ながら、そこから派生する不当解雇はまず弱者の直撃だ。最初のターゲットになるのは外国人研修制度の名を借りて奴隷のように扱われる、主にアジア系の労働者やブラジルから出稼ぎに来ている人々。次に来るのは「日雇い」にも匹敵する「低コスト」の派遣労働者だというのはいうまでもないだろう。前者は蚊帳の外に置かれているように思えるのだが、このところ、毎日のようにメディアを騒がせているのが後者だ。「経費削減」のために彼らが捨てられて、続くのは社員の首切り。ほんの少し前までは「史上最大の経常利益」なんて言葉が新聞の紙面を飾っていたと思うんだが、あれはどこへ行った? おそらく、今のメディアのあり方や警察の横暴は、来るべき大衆運動に対する圧力の伏線で、同時に、弱者がより弱い弱者を作る動きが出てくるはず。忘れないで欲しいと思うのだ。ファシズムは優しく、心地よく人を飲み込んでいくということを。歴史が語りかけているのはそれじゃないですか?
と、そんなことを思いながらも、CDを買い漁って、こんなことを書く自分がいるのです。だってねぇ、信じられないほどの値段で名盤を聴くことができて... そんな喜びを少しでも誰かと共有したいと思うのですよ。例えば、このアルバム、リトル・フィートの名作『Time Loves A Hero』も、この原稿を書いている12月11日の段階でたったの690円。たまりません。アナログでしか持っていなかったこのアルバムもこれを機会にCDを購入。久しぶりにじっくりと聞いて、その素晴らしさに再び感動してしまうわけです。というので、このあたりを紹介してみたいと思ったのです。
めちゃくちゃ味のあるスライドを聴かせるローエル・ジョージ率いる... というよりは、彼そのものであったリトル・フィートの名盤として世に知られているのは、もちろん、『Dixie Chicken』。同時にコアなファンにとってみれば、『Sailin' Shoes』も絶品で、少なくとも、この2枚に加えて全盛期のライヴを収めた『Waiting for Columbus』を持っていれば彼らの魅力は充分に理解できると基本的には思う。っても、個人的にベストのベストなのはローエル・ジョージにとって唯一のソロ・アルバムとなった『Thanks I'll Eat It Here』。これがすごい。
とはいいつつ、実はほぼ全てのアルバムを持っているのだが、CDで持っていなかったというので、今回690円に釣られて購入したのが『Time Loves A Hero』だった。プロデューサーはドゥービー・ブラザーズの一連の作品で知られるテッド・テンプルマンで、このアルバムが発表されたのは77年。その前年に発表されているドゥービー・ブラザーズの『Takin' It to the Streets』と聞き比べると、また面白いのだ。これも690円だというのが嬉しいんだが、ほぼ同じ時期に同じプロデューサーが関わっていて、さらには、それぞれのミュージシャンがそれぞれの作品にゲストとして加わっているわけです。というので、まるでドゥービー・フィート(!?)じゃんと思わせる曲があったり... それでいながら、どうしてもリトル・フィートであり、どうしてもドゥービーだというあたりがさすがなんだと思う。
特に、今回、この『Time Loves A Hero』をひさびさに聴いて、スピード感のあるグルーヴやタイトなサウンドに昇天してしまうのです。ジャズからファンクの要素を飲み込んで... ライヴだったら、これで延々とジャムってしまうんだろうなぁと思うとゾクゾクします。っても、ライヴは見たことがないんですが。今回これを買ってリピートで、しかも、フルヴォリュームで聴いているのがインストの4曲目「Day At The Dog Races」。この曲でのソロの流れやタイミング... とんでもない傑作だと思う。
一方、ファンのなかで賛否両論に別れるらしいドゥービーの『Takin' It to the Streets』ですが、正直言ってしまうと、自分の中ではこれが最大の傑作です。もちろん、初期の傑作、これも今690円で購入可能の『Toulouse Street』が素晴らしいのはいうまでもないし、名曲、「Listen to the Music」や「Rockin' Down the Highway」が収録されたこれも持っていて当然。ただ、グイグイと、どこかで押しと乗りの良さだけで突っ走っていたドゥービーが、マイケル・マクドナルドの加入で微妙なリズムやジャズやソウルっぽいタッチを手に入れたのではないかと思うのですよ。その両者が絶妙のバランスの上でせめぎ合っているのが『Toulouse Street』で、それをさらに推し進めたのが77年の作品、『Livin' on the Fault Line』。そして、ポップでAOR色を異様に強くした78年の『Minute by Minute』で、実をいうと、これで「ロックなドゥービー」は幕を閉じたと思えたものです。まぁ、昔から好きだったので、後の『One Step Closer』も買ったけど、これを繰り返して聴くことはほとんどなかったというのが正直なところ。
と、まぁ、わずか690円でこのあたりのアルバムを購入できるというのが実に嬉しい。探せば、まだまだいろいろあるんですが、この値段がいつまで続くかはわかりません。これを機会に、いわゆる「名盤」を聴いていただければ嬉しと思うのですよ。まぁ、amazonの場合、1500円以上買わないと送料が無料にならないから、3枚ぐらい買う羽目になってしまうんですけどね。
ちなみに、車を運転するときの定番は『Takin' It to the Streets』。これとオールマン・ブラザーズの『Fillmore East』があれば、気分よく運転できます。おそらく、次回はここにリトル・フィートの『Time Loves A Hero』が加わることになると思いますけど。
投稿者 hanasan : 09:53 | コメント (0)
2008年11月13日
いつも通りの安物買い
こんなことを書いている場合じゃないだろう... と思う。まるで「戦前そのまま」の特高のような警察の暴力が横行し、誰だっていつでも犯罪者に「仕立て上げられる」状況を目の当たりにして、こんなことを書いていていいのか? と思う。渋谷の「麻生首相の家を見に行こう」という映像をYou Tubeで見た後、同じような「警察の横暴」や「まるでやくざ」か、それ以上に「まんまやくざ」な警察の実態から、職務質問の名を借りた嫌がらせに「暴力」を記録した映像を次から次へと見てしまうと、日本のどこに民主主義があるねん! と思うのだ。それほどに「危険な時代に」自分が生きていることを感じているときに、こんなことを書いていて... という。自己嫌悪を感じならが、それでも、音楽が好きだというアホさ加減にあきれてください。(同時に、You Tubeで探してみてください、こういった映像を。それがけっして、特別なことじゃないのがわかるから。今日、明日にでも「自分だって捕まるかもしれない」ことを現実に認識してしまうと、ゾッとしますから)
例によって、amazonとのアフィリエイトのおかげで、頻繁にチェックしているんですけど、ときおり、「なんでこんな値段で...」と思えるアルバムを見かけることがあるんですね。実は、これを書く直前にもマイルス・デイヴィスのこんなボックス・セット、『Workin', Relaxin', Steamin'』をみつけてしまいました。ジャズの名門、プレスティッジからコロムビアに移籍するにあたって、契約分を「消化する」必要から2日間でアルバム4枚分のレコーディングを一気にやっているんですが、そのうちの3枚を収めているのがこのボックス・セット。なんで『Cookin'』1枚が抜けているのか、全然理解できないんですが、それにしても、他の3枚が一緒に入っていて、なんと(今日の段階で)869円。まるで冗談のような値段で売られています。
と、そんな「安物」として買ってしまったもので、傑作や掘り出し物がいっぱいあるんですけど、その1枚がデイヴ・ブルーベックの『Jazz Impressions of Japan』。ジャケットからして「なんでジャズ?」って思えるんですが、1曲目からにんまりしてしまって、今じゃ、愛聴盤です。
まぁ、これが録音されたのは東京オリンピックの頃らしいんですが、あの直前に初来日したデイヴ・ブルーベックがそのときの印象をまとめたらしいんだけど、これは面白い。ってぇか、細野晴臣が、例のエキゾチカ三部作(『トロピカルダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』)を録音したときのネタ元の一枚じゃないかなぁと思ってしまいました。一般的にマーティン・デニーの『The Exotic Sounds』がベースにあるというのは有名な話なんですけど、このデイヴ・ブルーベックも「来てる」なぁ。曲のタイトルだってTokyo Traffic(トーキョー・トラフィック)からOsaka Bluesオーサカ・ブルース)、Fujiyama(フジヤマ)にKoto Song(コト・ソング)という流れが、「東京ラッシュ」「ジャパニーズ・ルンバ」「香港ブルース」とかに似ていません? オリジナルじゃなくても、そうであっても、なんかがどこかで微妙に似ているのです。もちろん、その日本人であって日本人でない「異人の目」で世界を見つめながら、「空想」のアジアを旅している感じがするのが細野の作品群で、当然、こういった視線が核になっているんでしょうけど。それはともかく、今回のこのアルバム、『Jazz Impressions of Japan』は大当たり。ちょっと高めの886円でしたけど。円高が続いているので、もっともと安くなっていくんでしょうかね。
でもって、なぜか突然サンタナなんですけど、昔のアルバムをチェックしていたら初期のもので持っていないのがあるなぁ... とは思っていたんですね。もちろん、セカンドの『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』が絶対の名作で、その他、名作と言えば『Caravanserai(キャラバンサライ)』や『Borboletta(不死蝶)』あたりがあるんでしょうけど、当然のようにそういったアルバムは持っているんです。でも、これも800円ぐらいでアメ盤が売られているので、これをきっかけに『Festival(フェスティヴァル)』とWelcome(ウェルカム)』に、名ライヴと言われている『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!(ライヴ!)』や超絶ギタリスト、ジョン・マクラフリンとの『Love Devotion Surrender( 魂の兄弟たち)』まで、全部買ってしまいました。もちろん、不満は全然なし。特に、『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!』なんぞ、さすがですもの。まぁ、ちりも積もってなんとやら。結局、けっこうな金を使っているんだけど、子供の頃、お小遣いを貯めて、メシ代も使わないで空腹に耐えて少しずつしか買えなかったそのあたりのアルバムをむさぼるように買い漁って聴き漁っているという感じなのです。
それに、Jガイルズ・バンドのライヴ、『Showtime』も776円で購入。かなり前になるんですが、ピーター・ウルフが来日したときに圧倒されたのがそのライヴ。なにせ3時間ぐらいもぶっ続けで演奏して、「俺たちの最長記録は3時間20分の休憩なしだから、全然平気だよ」なんて言っていたのを思いだします。その頃、正直言って、ヒット曲ぐらいは聴いたことがあっても、アルバムなんぞ持ってなかったというのが、彼がフロントになっていたJガイルズ・バンドのアルバム。というので、これをきっかけに買ったわけです。なんでもアメリカのストーンズとか呼ばれていたらしいけど、楽しい、楽しいアルバムですな。
あとは、前日ちらりと書いたアレサ・フランクリンの超名盤『I Never Loved a Man the Way I Love You』に、大昔に聴いてあまり覚えていないというので、超絶テクニックで誰もが目を剥いたというギタリスト、アル・ディメオラの『Elegant Gypsy(エレガント・ジプシー)』や『Casino(カジノ)』も買いました。実は、その伏線として、ジョン・マクラフリンに、また、はまっていたんですけどね。ひさびさに棚から取り出してiTunesに吸い込んだのがMahavishnu Orchestra(マハビシュヌ・オーケストラ)の名作『Birds of Fire(火の鳥)』やShakti(シャクティ)の『Natural Elements』。おそらく、昨日のロドリゴ・イ・ガブリエラのライヴが始まる前に流れていたのは、このあたりの曲ではないかと思うんですが、ジョン・マクラフリン率いる両バンドの名前を決定的にしたのが上述のアルバムで... 他のアルバムも聴いてみたいなぁと思っていたわけです。というので、同じく800円ほどの価格で手に入れたのは、マハビシュヌ・オーケストラの『Visions of the Emerald Beyond(エメラルドの幻影)』で、これもよかったなぁ。その他、マハビシュヌ・オーケストラ名義の『Apocalypse(黙示録)』やジョン・マクラフリンの名で出た『Electric Guitarist(エレクトリック・ギタリスト)』あたりもチェックした。それに、アル・ディメオラとジョン・マクラフリンにパコ・デ・ルシアというとんでもないギタリストが集まって作ったスーパー・ギター・トリオの『Passion, Grace & Fire(パッション,グレイス&ファイア~情炎)』とか... まぁ行き過ぎというか、飛びすぎというか... いずれにせよ、超絶ギタリスト三昧で聴きまくっております。なにやら、昼飯1回分で1枚のアルバムを購入するというのは、学生の頃となにも変わっていないようですけど。
こうやってみていくとジャズ系のアルバムをかなり買っているのはよくわかるんですが、ウェザーリポートの『Mr. Gone(ミスター・ゴーン)』にフレディ・ハバードの『Straight Life(ストレート・ライフ)』も買ったなぁ。なぜかCTIレーベルの傑作がこのあたりの価格帯で再発されているのが多くて、最近ではないですが、いわゆる名盤をそういった安値で買い集めていったこともあります。例えば、チェット・ベイカーの『She Was Too Good to Me(シー・ワズ・トゥー・グッド・トゥ・ミー)』。昔は2曲だけ収録されている彼のヴォーカルが聴きたいだけの理由でこれを買ったんですが、他の曲も全然悪くない。ちょっと軽い、いわゆるスムーズ・ジャズって言うのかなぁ、このあたり。CTIはフュージョンの先駆け的なレーベルで、微妙な名盤が多いのですよ。ジム・ホールの『Concierto(アランフェス協奏曲)』とか、デオダートの『Prelude( ツァラトゥストラはかく語りき)』もそんな値段で今でも入手可能です。
と、相も変わらず、音楽中毒。こんな人間の書くことをまともに受け取ってくれるのかどうか全然知りませんけど、今回のド頭に書いていることは、これからの日本を考えたときにとてつもなく重要な意味を持っているんですけど、こんな日本でいいですかねぇ?
投稿者 hanasan : 08:55 | コメント (0)
2008年11月05日
Change Is Gonna Come - いいニュースじゃないか!
他の国の大統領選挙だというのに、テレビに釘付けになっった11月5日。ドキドキしながら、選挙結果を見つめ、マーチン・ルーサー・キング牧師の語った「夢の一端」がやっと形になった歴史的な瞬間を祝福していた。実を言えば、その選挙の始まったときに書いていたのが前回のブログ。そこに記した「期待」が現実となったわけだ。
そのニュースを聞いて、(あるいは、見て)当然のように思い浮かんだのは、そして、「聞いた」のは名曲、「Change Is Gonna Come(チェインジ・イズ・ゴナ・カム)」。なにせ、彼らが求めてやむことのなかった「変化が来た」のだ。言うまでもなく、オリジナルはサム・クック。『Ain't That Good News(いい知らせじゃないか)』と、実にタイムリーなタイトルのアルバムに収録されていて、このヴァージョンが素晴らしいのは言うまでもない。なにせ、ボブ・ディランの名曲で、名盤、『The Freewheelin' Bob Dylan』に収録されている「風に吹かれて」を聞いて、「これこそ私たち、黒人が作らなければいけない曲だった」と生まれた曲だ。日本では一般的に「政治的」な部分が見落とされがちなサム・クックなんだが、彼がどれほど政治的な存在だったかは以前見たDVD、『Legend』でも語られていたように思う。これについてはこちらにレヴューを残しているので、興味のある方はチェックいただければと思う。なにせ、この曲があまりに危険だと思われたのかどうか、彼が暗殺されたという説があるほど。それほどにこの曲が大きな政治的インパクトを持っていたわけだ。
実を言うと、勝利宣言をしたオバマのスピーチを聞いた時のこと、どうも彼がこの曲のことを意識していたのではないかと思えたんだが、考えすぎだろうか。「Change」というフレーズを選挙運動でずっと使っていたわけだから、当然といえば当然なんだが、彼が「A Chnage Has Come」とかなんとかというフレーズを口にしたとき、サム・クックのことが頭をよぎったのではないかと思うし、あの場にいた、そして、世界でそれを見つめていた多くの音楽ファンの脳裏でこの曲が鳴っていたのではないかと思う。
といっても、おそらく、この歌を知らないと話は始まらないわけで、まずは彼のMy Spaceを訪ねてくれたら、この不朽の名曲を聴くことができる。簡単に歌の意味を書けば、こんな感じになるんだろう。
「俺は川のそば、テントの中で生まれた。ちょうどその川が流れるように、漂い続けてきた。そうずっと... でも、いつか変化は訪れる。そうに違いない。つらい人生だった。でも、死ぬ勇気さえないんだ。空の向こうになにがあるのかなんて、わからないじゃないか。(中略)もうダメだと思ったことが幾度もあった。もう生き残れないと。でも、また、歩き続けられるようになった。長い、長い時間がかかるかもしれない。が、わかるんだ。必ず、変化が生まれるということが」
文字にして起こせば、どれほどのリアリティも感じられないかもしれないが、これをあの素晴らしい声で聞くと、どうしようもなく胸を締め付けられるのだ。それが歌の持つ力なんだろう。当然ながら、この歌が示しているのは彼個人の人生のことではなく、ここに照らし出されているのはアフリカから奴隷としてアメリカ大陸に拉致されてきたアフリカ人、アフリカ系アメリカ人の歴史だろう。その痛みや苦しみをサム・クックの歌から感じることができる。同時に、それでもけっして前を向いて歩くことを止めなかった彼らの(だけではなく、全ての虐げられた人々の)気持ちが、どこかで自分とつながるのを感じるのだ。
あまりにも素晴らしい曲だからなんだろう。この曲は数え切れないほどの人たちにカバーされていて、オバマ大統領誕生をきっかけに、iTunesで自分のコンピュータを検索して次々と聞いていったんだが、サム・クック同様に頭をぶん殴られるほどのインパクをともっているのがオーティス・レディング。名作中の名作『Otis Blue』というアルバムに収録されているもので、しばらく前に、デラックス・エディションというのが発表されたのをきっかけに購入している。とはいっても、この曲は、その昔入手した、黒人音楽の「レベル(プロテスト)・ソング」を集めたコンピレーション、『Movin' On Up』で幾度も聴いていたもの。やはり、さすがにオーティス。素晴らしいのだ。
そして、先日、やたらに安い値段で売っているからと入手したアレサ・フランクリンのアルバム、『I Never Loved A Man The Way I Loved You』にもこの曲が入っていた。正直言うと、これまでベスト・アルバムしか持っていなかったんだが、名盤だと言われているこのアルバムが900円弱で買えるというので、つい(大喜びして)買ってしまった。なにせ、子供の頃、ロックやフォークを中心に聞いてきた自分にはソウルまで手を伸ばせなかったこともあって、大人になってから必死になってこのあたりを聞き漁りながら、勉強しているわけだ。それにしても、よくもこんな名作アルバムを聞き逃していたんだろうとあきれかえっているんですけど。
そんな自分がずっと愛聴していたのがザ・バンドの『Moondog Matinee』に収録されたヴァージョン。以前、このリマスター・ヴァージョンのCD再発がボーナス・トラック付きの廉価版で出た頃に何度目かのCD購入となっているんだが、このヴァージョンも泣ける。ずっと長い間、リチャード・マニュエルがヴォーカルだったと思いこんでいたんだが、どうやらリック・ダンコらしく... これが、また素晴らしい。正直言って、ザ・バンドがカバー・アルバムとして作ったこのアルバム自体は、それほどいいと思ったことはないんだが、この曲だけは飛び抜けて素晴らしく、後に、『Island』に登場するカバー、「Georgia on My Mind」と並んでザ・バンドによるカバーの傑作だと思っている。(もちろん、ディランのカバー、「I Shall Be Released」もすごいのは言うまでもないんですが)
そして、前回のブログにも登場したザ・ネヴィル・ブラザーズの傑作、『Yellow Moon』に収録されているヴァージョン。ヴォーカルは、当然のようにアーロン・ネヴィルで、彼は後にソロで発表した『Bring It on Home... The Soul Classics』でもこの曲を取り上げている。これでもかという名曲のオンパレードとなっているこのアルバムは、どこかでソウル入門編的な要素もあるけど、とてつもないエネルギーを感じさせる『Yellow Moon』のヴァージョンの方が、正直、遙かに好きですな。
その他、自分のiTunesのリストには、珍しいビリー・ブラッグのヴァージョンがあって、これは以前買ったボックス・セット、『Volume I』に入っていたものなんだが、単体では『The Internationale/Live and Dubious』に収録されている。それに昔から持っているアルバムで、British Electric Foundationという、ヘヴン17が中心となって制作したカバー企画アルバム、『Music Of Quality And Distinction Volume Two』にはティナ・ターナーのヴァージョンが入っていた。
とはいっても、カバーは数限りない。試しにと思って、You Tubeでチェックしてみたら、あるわ、あるわ... ソウル界の、いわゆる大物で言えば、まずは、Al Green(アル・グリーン)にPatti Labelle(パティ・ラベル)、Luther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)、Tina Turner(ティナ・ターナー)あたりがみつかるし、初めて聞いたのでぶっ飛ばされたのは、なんとPrince Buster(プリンス・バスター)とKen Parker(ケン・パーカー)のスカ・ヴァージョン。脱帽です。全然知りませんでした。ごめんなさい。っても、映像はなくて写真しか写ってませんけど。音楽だけで充分完璧です。ちょいと若い世代ではSolo(ソロ)というのがみつかった。誰なんだろう。これも素晴らしい。それに、自分にとってはやたらと懐かしいTerence Trent d Arby(テレンス・トレント・ダービー)。デビューした頃にインタヴューした彼がこの曲を歌っていたのって... 知らなかったなぁ。それにしても、この映像を見ていれば、歌の意味が実によくわかる。あと、おそらく、大統領選のタイミングを見て発表されたんだろう、Seal(シール)のヴァージョンもなかなかいい。まだ彼が無名の頃、プッシュというグループの臨時ヴォーカリストとして来日していて、成田からの車のなかで彼にいろいろと音楽を聞かせてあげたことを思い出す。また、Gavin DeGraw(ギャヴィン・デグロウ)の映像を見ていると、「黒人解放運動」のシンボルであったこの曲がもっと大きな意味を持ってどんどん成長しているのがよくわかる。
同時に、こうやって検索していると気付くのだが、おそらく、無数の人々がこの曲と今回の大統領選挙を結びつけて、独自にビデオを編集制作してアップしていったんだろう。オリジナルをバックにしたこのヴァージョンやザ・シュープリームスを使ったこのヴァージョンなんぞその典型で、それ以外にも、無数のミュージシャンがこの曲を歌い、演奏して「変化」を生み出そうとしていたことに驚かされるのだ。たまたまこの検索で見つけたBeth Hartなんてゾクゾクさせるし、探せばいろいろなものが出てくるんだろう。
いずれにせよ、今回の大統領選挙で再び音楽の持つ計り知れない力を再認識したように思える。もちろん、これで全てが「好転する」なんぞという妄想は持ってはいない。が、少なくとも、彼ら無数の人々が「歴史」を作ったのは確かであり、逆に、歴史からなにも学ぶことなく戦前を美化する危険な人物が軍隊のトップに、そして、政府のトップに立ている日本の救いようのない危うさに驚愕するのだ。こういった動きに対して、それぞれの個人が動かないといけないと思う。アメリカの人々が口にしていたように、「我々にはできる」のです。選挙に行き、政権を変える。まずは、自公政権を倒さないといけないと思う。もちろん、日本の民主党に一片の期待もしていないし、彼らは自民党と同じ穴のむじなだとしか思えませんが。それよりも第三極を大きくしないといけないと思う。
というので、このブログの締めはBob Dylan(ボブ・ディラン)だろうな。ここでも司会の男性に語られているように、彼の「風に吹かれて」がサム・クックを触発して生まれたのがこの名曲、「Change Is Gonna Come(チェンジ・イズ・ゴナ・カム)」。それをここでディランが歌っていることに感無量となってしまうのだ。そして、おそらく、そのサム・クックに応えるようにディランが歌ったのが「The Times They Are A Changin'(ザ・タイムズ、ゼイ・アー・ア・チェインジン)」ではありますまいか。全てが繋がり、転がり、変化していく。つくづくとそう思います。
投稿者 hanasan : 20:00 | コメント (0)
2008年11月01日
Wattstaxの夢が現実になるとき(後編)
今では信じられないかもしれないが、わずか45年ほど前までアメリカでは有色人種に、人間にとって当然の投票する権利が与えられてはいなかった。要するに、「民主主義の国」「平等の権利のある国」という看板を掲げ、他の国を軍事力で「解放してきた」とされるアメリカには「差別が合法的なもの」とする、まるで南アフリカのアパルトヘイトと同じような野蛮きわまりない体制が当たり前のように存在していたのだ。そのひとつが南部を中心に施行されていた人種隔離法だった。公共交通機関の列車やバス、学校から病院、ホテルに公衆便所にレストラン... どこでも白人が優先され、目を覆いたくなるような「差別」が公然と幅をきかせていたわけだ。
それが最もひどかったのがかつて黒人を奴隷として扱っていた南部で、ある事件をきっかけに注目されることになったのがアラバマ州だった。実は、アメリカの時代を揺るがし、変革することになった「公民権運動」(有色人種の市民権を獲得する運動)の始まりは、この州のモンゴメリーに住んでいた42歳の女性、ローザ・パークスから始まっている。ご多分に漏れず、あの当時肌の色によってエリアを分けられていたのがバスの座席。しかも、白人乗客が増えると黒人は席を白人に譲らなければいけないとされていたのだが、1955年の12月1日、それを拒否したのがローザ。その結果として、彼女は逮捕され、それをきっかけにその地に住んでいた若者の牧師、マーティン・ルーサー・キングを中心とした黒人解放運動が全米に広がっていくことになる。そのローザのことを歌ったのが来日したばかりのネヴィル・ブラザーズの名作、『Yellow Moon』に収められている「シスター・ローザ」で、彼女の人生を映画化した作品で、現在、入手可能なのが『Rosa Parks Story』という作品だ。
結局、彼女の動きに感銘を受けた地元の人たちによる1年にも及ぶバス・ボイコット運動が実り、全米からのサポートが加えられることによって、最終的に人種隔離法がアメリカの憲法に違反しているという決定につながっていくのだ。それによって、公民権運動、要するに黒人(有色人種)であっても選挙に投票できるようにする、人間にとって当然の権利を獲得する運動が拡大していくという流れなんだが、数行でこんな歴史を書けるものでじゃないのは明らかだ。なにせ最底辺に住んでいる多くの有色人種にとって公共交通機関は生活の足であり、それをボイコットするということは、現代に住む人間からいえば「あり得ない距離」を毎日のように歩かなければいけないことになる。今の我々にそんなことが可能かといえば、正直言って、不可能だろう。が、それをやってのけたのが彼らなのだ。
そんな彼らを支え、闘う仲間の絆を深めていったのが歌だった。苦しみと絶望のなかから生まれ、自らに言い聞かせるように、そして、互いを励ますように歌われたのはゴスペルやブルース。その歌や音楽が放つエネルギーや影響は絶大だった。すでに音楽が商品としてしか認識されていないような時代や場所に生きている我々にはとうてい想像できないだろう。『ワッツタックス』にも姿を見せているザ・ステイプル・シンガーズや、インプレッションズにサム・クックといったゴスペルからソウル界にフォーク界ではプロテスト・ソングが脚光を浴び、PPMからジョーン・バエズ、そして、ボブ・ディランらが「民の声」を代弁していくようになるのだ。
その運動の象徴的な出来事こそが、20万人を全米から集めた1963年8月28日のワシントン大行進であり、そこで行われたマーチン・ルーサー・キング牧師の演説、I Have A Dreamだった。もし、少しでも時間があれば、このリンクをクリックして、彼の演説を聞いて欲しいと思う。この演説がどれほどの意味を持ち、インパクトを与えたか... ブラック・ミュージックのみならず、リベラルだとされるアメリカ音楽を好きな人には、感じることができるはずだ。その後のジャズ、ブルース、ソウルの曲やアルバム・タイトルなどに幾度となく姿を見せるのがこの演説で聞こえてくるフレーズ。というよりは、この演説そのものが音楽的であり、歌であり、訴えなのだとさえも思うこともある。それほどに、この演説は素晴らしかった。
面白いことに、これを初めて意識したのはスティーヴィー・ワンダーの名曲、「ハッピー・バースデイ」(ボブ・マーリーの影響を多分に受けて生まれたという『Hotter Than July』に収録)という12インチだった。キング牧師の誕生日をアメリカの祝日にしようというアピールを持って、これが発売された当時、B面に収録されていたのが彼の演説の数々。自らの死を予言したことで知られる「プロミスト・ランド」もここに含まれていたのだが、なによりも胸を打ったのはこのI Have A Dreamだった。今、きちんとワーディングされたものを見てみると、思っていたこと以上のことが語られているんだが、それでも、頭の中にこびりつくことになったのはこの下りだ。
『いつかかつての奴隷の息子達と奴隷所有者の息子達が、兄弟愛というテーブルにつけることを。 私の4人の子ども達がある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。』
そんな夢を「私は抱いている」と語っているのだが、今、アメリカの大統領選挙の日に、ひょっとすると、そんなキング牧師の夢の片鱗が形になろうとしているのではないかと期待してしまう自分がいる。もちろん、正直言って、アメリカの大統領にこれまでいかなる期待も希望も持ったことはなかった。民主党であれ、共和党であれ、鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか... というのが大統領選挙だと思っているからだ。が、どこかで今回の選挙にはかない期待を持っているのを否定できない。これで、ひょっとすれば、アメリカに変化が訪れるのではないか...と、そんなはかない期待を胸に、あの選挙の結果を見つめていようと思う。
投稿者 hanasan : 14:53 | コメント (0)
2008年10月20日
Tete Montoliu - カタロニアの燃える炎、テテ・モントリュー
そうかぁ、この人はカタロニア人だったんだ... と、ジャズ・ピアニスト、テテ・モントリューのこのアルバム、『Catalonian Fire』のタイトルを見て、初めてわかった。といっても、無理もないことで、70年代半ばから終わりにかけて、テテ・モントリューのアルバムを聴いていたときはカタロニアもバスクも全く未知の世界だった。あの当時、(そして、今も、おそらくは)一般的に言われていたように、盲目のスペイン人ジャズ・ピアニスト程度の認識しかなかったのも無理はないだろう。もちろん、当時の大学生なら当たり前のように、スペイン市民戦争の話を耳にしていたり、ジョージ・オーウェルのカタロニア讃歌』やピカソの名画、『ゲルニカ』の存在は知っていた。が、それほど気にしたことも、掘り下げたこともなかったのだ。
が、実際にバスクの地を訪れたり、カタロニア(カタルーニャ)に足を踏み入れ、その「国」に住む人たちと接することでなにかが微妙に変わってくる。特に、バスクでフェルミン・ムグルサとやったときのインタヴューは強烈で、フランコ独裁時代のバスク人に対する辛辣な抑圧をリアリティを持って知ったのはこのときが初めてだった。と、そのあたりの話もじっくりと書くべきなんだろうが、それはまたの機会にやるとして、今回はそんなことを思ったことがきっかけで買ってしまったこのアルバム、『Catalonian Fire』だ。おそらく、『カタロニアの燃える炎』とでも訳せばいいんだろうが、そんなタイトルが付けられているこのアルバムを買ったのは偶然だった。たまたま、いつものようにamazonをチェックしていたら、これが目に入ってきたというもので、値段も安いから、昔好きだったアーティストの、聴いたことのないアルバムを聞いてみようかと思ったにすぎない。そうして入手したんだが、こんなに素晴らしいアルバムをきちんと聴いていなかったのが実に悔やまれる。傑作なのだ。
大学の頃、毎日のように通っていたジャズ喫茶(と言っていいのかなぁ、お客がいなくなるとロッド・スチュワートなんかも聴いてましたけど)、岡山文化センターのそばにあった「イリミテ」で知ることになったのがECMやSteeple Chase(スティープル・チェイス)といったヨーロッパのレーベルに録音された作品の数々。店ではラルフ・タウナー(『Solstice - Sound And Shadows』や『Solstice』をよく聞いたなぁ)やヤン・ガルバレク、ゲイリー・バートンにキース・ジャレット(なにはともあれ、『My Song』と『ケルン・コンサート』ですね)あたりがよく流れていたように記憶しているんだが、ECMにはまったのはこの店の影響だ。うちにはその当時に買ったアナログがかなりあって、今もよく聞いているのがあの頃の作品群。例えば、エグベルト・ジスモンチの『Dança Das Cabeças(邦題 : 輝く水)』やキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』のA面は静かな夜に心を落ち着かせる定番で、容量わずか16GBだというので限られた好物のアルバムしか入れることができないiPod Touchにはパット・メセニー・グループのデビュー作(だと思います)『Pat Metheny Group(邦題 : 想い出のサン・ロレンツォ)』も入っている。
そのECMと並んでよく聞いたのがデンマークのレーベル、スティープル・チェイスの作品だった。おそらく、当時、誰もがそうだっただろう、ロック好きが最初に衝撃を受けたジャズ・アルバムとして記憶されることが多いのがピアニスト、ケニー・ドリューの『Dirk Beauty』。これについては以前、こちらに書き残しているんだが、この1曲目の「Run Away』なんぞ、いつ聴いてもゾクゾクするぐらいにかっこいい、実は、ロックンロールのような演奏だ。これを聴くと、自然に身体が動き出して、とっぷりとアルバムにはまりこんでしまうのだが、中心となっているケニー・ドリューのピアノよりも、ひょっとしてバックのベース、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンとドラムスのアルバート・ヒースに惹かれているのではないかと思うことがよくある。というか、このコンビネーションがいいんですな。地をはうような趣で響くベースのペデルセンを初めて知ったのは、生涯で最も好きな... というよりは、頭をぶん殴られたかのようなアルバム、アルバート・アイラーの『My Name Is Albert Ayler』。このアルバムでその名前を知って、『Dirk Beauty』で完全に惚れ込んだベーシストで、同時にドラムスのアルバート・ヒースにはこのアルバムではまったという感じかなぁ。誰かから聞いたんだが、ドラムスのチューニングがやたら低いらしく、それが理由でソロをとっているときなど、「パタパタパタ」というニュアンスでドラムの音が聞こえることがよくある。これなんぞ、嫌っている人も多いようなんだが、私、大好きなんですな。(その一方で、大好きな映画、『グレン・ミラー物語』に登場しているシーンで覚えてしまった、真逆のジーン・クルーパも好きなんですけどね。カンカンカンカンといった張り詰めた音のする彼のドラムスはぴんぴんに張ってチューニングしているのではないかと想像するんだが、ドラムスをさわったこともないのド素人の憶測なので信用しないで、くださいね)
実を言うと、このレーベルでのテテ・モントリューの代表作とも言えるもう一枚、『Tete』でもバックのコンビは同じこの二人。今回買った『Catalonian Fire』も同じトリオ編成で、このコンビネーションは、ホントに文句なしですな。実は、『Tete』については、アナログで持っていたはずなんだが、それを探しても見あたらないというので、これをきっかけに、これともう一枚、『Tete A Tete』も買ってしまったという次第。どれをとっても甲乙付けがたい、いいアルバムだなぁと思うんだが、やっぱ、テテにとっての一番の名作というと『Tete』なんだろう。巻頭に収められている名曲、「ジャイアント・ステップ」が飛び出してくると、いきなり超速リリカル・ピアノの世界に引きずり込まれてしまいますもの。とはいっても、実をいうと、それをしても、今回の一気買いの発端となった『Catalonian Fire』を聴いていなかったことが悔やまれるぐらいに素晴らしい。このブログを読んでいる人がどれほどジャズを聴いているのかどうか知りませんが、一度聴いてみては如何ですかな。
おっと、とはいっても、自分はそれほどジャズを聴き倒しているジャズ・ファンじゃないので、責任は持ちませんけどね。なにせ、スティープル・チェイスで名盤中の名盤といわれるデューク・ジョーダンの『Flight To Denmark』も持っていない人ですから。まぁ、今回のテテ聴きまくりで、再びスティープル・チェイスにはまっているので、おそらく、買ってしまうんでしょうけど。それに、ケニー・ドリューとペデルセンの『Duo』も欲しいなぁ。いくら金があっても足りませんけど、聴きたくてたまらなくなっているのであります。やっぱ、病気ですな。
投稿者 hanasan : 08:49 | コメント (0)
2008年10月19日
Lucinda Williams再び。新譜もいいねぇ。
ずいぶんと出遅れてしまった感じで、とりつかれたルシンダ・ウイリアムスなんですが、14日に発売となった新譜、『Little Honey』が到着。ご多分に漏れず、はまりまくっています。
確か、彼女のMy Spaceがどこかで読んだのではないかと思うんですが、「今度はロックよ」みたいなことを彼女が口にしていたんじゃなかったっけ? 確か、そうだと思うんだが、初っぱなの曲「Real Love」で「その通り!」と思いましたなぁ。ぐぁん〜っといったギターで始まるレイドバックしたロックンロールなんですけど、ルシンダはシャウトするでもなく、いつものちょいと風邪でも引いたときのようなこもった感じの声で押さえて(それでもソウルを込めて... というのがミソですけど)歌っているんですな。そのバランスがいい。そんなロック的という部分で言えば、もう1曲あって、それが5曲目の「Honey Bee」。ここで思い出したのはクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの名作中の名作、『4 Way Street』(国内盤 / US import)なんですが、ギターのカッティングとか、リード・ギターの一部が、まるでこの作品のロック・サイドを「感じさせる」ように演奏されていたのが気になりました。というか、好きなんでしょうな。
とはいっても、この2曲の「ロック的な」のを除けば、基本的にはいつも通りのちょいと「暗い」感じのルシンダ。「暗い」という言葉が本当に的を射ているとはいいにくいんだが、どこかで鼻声のようにも聞こえるドスのきいた声と曲調に、やっぱりやられてしまうのです。あの「Real Love」の後、いきなりアカペラで始まって... ウエットなタッチのカントリー・ナンバーと続いて、それでもってブルージーな「Tears of Joy(随喜の涙)」といった流れがいい... ここまで来たら、もう離れられません。
おそらく、一般的に話題になるのは8曲目の「Jailhouse Tears(刑務所の涙)」って曲だろうと思う。なんとここでデュエットしているのはエルヴィス・コステロ。このコンビネーションがいい。個人的にはこの人は好きではないんですけどね。それまでも高慢ちきな態度が嫌いだったんだが、それを決定的にしたのが、前回か、その前かのアラン・トゥーサンのライヴに彼が飛び入りしたとき。アランのライヴを楽しみにしていたのに、4曲から6曲か覚えてはいないんだが、延々と歌って「出しゃばりすぎだよ、このおたんこなす!」と思ったんですな。とはいっても、ルシンダとのデュエットでの圧倒的な存在感は否定できないです。その一方で、コステロがずいぶんと気張って歌っているのが感じられるのは、「ルシンダには負けられない」という気負いの表れか...あるいは、ルシンダには勝負できないことを知った上での「努力」ではないかと思うんですけど、いかがなものでしょう。
素晴らしい曲がそろえられた入魂のアルバムなんだろうなぁ、この『Little Honey』。最後の曲「It's A Long Way To The Top」なんて、泣いちゃいますよ。奇妙な話かもしれないけど、これを聞いていて、ピンクフロイドの「Comfortably Numb」を思い出してしたった、私って、やっぱ、変かもしれません。
当然のように、このアルバムも届いて以来聞きまくり状態なんですが、以前彼女のことを書いてしばらくして、結局、2枚組のライヴ・アルバム『Live @ the Fillmore』も注文。国内で買うと値段が高いので、amazon経由の海外の業者から買っているんでが、買って良かったなぁとつくづく思うほどの素晴らしいできばえです。当然、これもはまりまくりです。大きく彼女がブレイクした『World Without Tears』という名作を発表後のライヴを収録したこの作品が悪いわけがないわけです。それまでに録音したベストの曲が集められていて、大好きな曲がぎっしりと詰め込まれているしね。それに、観客の叫ぶ声や
雰囲気をうまくつかんでいるという点で、確かにライヴならではの臨場感はあるんだけど、録音自体はどこかでスタジオ・アルバムと変わらない感じがしないでもない。それを退屈と見るかどうかなんだけど、私、好きですね、こうゆうの。というか、今回の『Little Honey』にしても、ほとんどライヴ的な録音が行われているのではないかと思うんですよ。アルバムを聴いていると、彼女の笑い声が入っていたり、イントロの部分で演奏をし直しているところまで残しているし... 最近のレコーディングといえば、いいところだけをつぎはぎしてやるってパターンが多いんだけど、それと全く逆行するかのようなこの味やタッチにたまらなく人間の魅力を感じるのです。私って、古い人間ですかねぇ。
投稿者 hanasan : 09:02 | コメント (0)
2008年10月08日
Kitty, Daisy & Lewis - SPの魅力は音楽の魅力か?
このところ、昔からのスカ仲間の来日が相次いでいる。その流れの最初は8月15日。確か、84年にアスワドのバックで初来日したときに仲良くなったトランペッターのタンタンがやってきて、クール・ワイズ・メンとライヴ。20数年にもわたる知己である、そのタンタンが今度はスカ・クバーノのメンバーとして来日したのが数週間後だ。そのときのレポートをSmashing Magにやとっとアップしたんだが、その数日後には、入れ違いのように、クラブ・スカ20周年記念イヴェントにDJのギャズ・メイオールがひさびさにトロージャンズを率いてやってきて、ザ・スキャタライツもやってきた。ギャズと最初の出会いは85年の10月だったと思うから、彼も20数年来の友人だ。さらには、ギャズが居残りして朝霧にDJとして出演して、彼らのクラブで幾度も演奏しているキティ・デイジー&ルイスも登場しているわけです。まぁ、彼らとは知り合いではないんだけど、今年のサウスバイ・サウスウエストで撮影をしているし、どこかでつながっているんだろうなぁと思う。そのおかげでこのところ撮影しまくりで、自分のレポート作成に遅れが出ているし、このブログの更新もできない状態が続いているんだが、それはさておき、ここに登場したみんながギャズのクラブ、ギャズズ・ロッキン・ブルースの仲間だというのが面白い。
そんなひとり、スカ・クバーノのヴォーカル、ナッティと東京でのライヴの後、一緒に飲みに出かけていろいろなことを話した。彼も、当然のように、ギャズの仲間でDJでもある。彼と知り合ってからも、もう10数年だと思うんだが、そんな流れで「飲みに行こうぜ」ということになったのだ。このときに教えてもらったのがキティ・デイジー&ルイスが脚光を浴びるようになった背景の話。これがめちゃくちゃ面白いし、実に納得できる。今年春、オースティンで見て以来、彼らの魅力にはまりまくっていたんだが、こんなに面白くてエキサイティングなバンドが飛び出してきた背景にはこんな動きがあったわけだ。
といっても、そのままでは話がわからないと思うんだが、これがそのときに撮影した写真で、そのときのレポートがこちら。それを読んでいただければ、だいたいのことはわかるんだが、要するに彼らが演奏している音楽は、「古い」のだ。そう、全く新しくない。そのあたり、自分が初めてイギリスのクラブ・シーンを取材した23年前にギャズのクラブで、あるいは、ジャズでみんなを踊らせていたポール・マーフィーというDJがやっていたクラブで体験したのと同じで、今の音楽産業の流れのなかでいえば、全く商売にならない古典的な... 20年代から50年代の音楽を演奏しているわけだ。
それだけだったら、まぁ、アメリカのJanet Kleinあたりにも近いのかもしれないんだが、ジャネットがあくまでレトロなタッチを大切にしながら、ほんわかしたムードを作り出しているのに対して、キティ・デイジー&ルイスに感じるのはざらついた感覚。なにやら、どこかで「ロック」しているというか、ぎとぎとにワイルドな衝撃を与えてくれるのが嬉しいし、興奮させられるのだ。それが面白い。しかも、すでに78回転のSP盤でシングルなどを発表していた彼らがやっと発表したデビュー・アルバム『キティ・デイジー・ルイス』(国内盤 / UK import / UK import + '10 analog)をチェックしてみたら、amazonには載っていないのかもしれないんだが、78回転のSP盤によるボックス・セットがでているというのだ。今時、誰がこんなものを買うんだぁ? と、そう思っても不思議ではないと思うのだ。(ひょっとして、最後のUK import + '10 analogがそれに当たるのかもしれないけど)
その理由を説明してくれたのがナッティなんだが、なんでも、今、ロンドンのクラブではSP盤がちょっとしたブームになっているんだそうな。実際、ナッティだけではなく、キティ・デイジー&ルイスの男の子、ルイスもSP盤を使ってDJをしているというし、SP盤しか使わないクラブも出てきているとのこと。なんでまた? と思うのだが、音がまるっきり違うというのだ。おそらく、ギャズ・メイオール周辺の音楽が好きだったら、(それだけじゃなくて、ルーツ系のレゲエやスカ・ファンも同じだと思うが)彼らがこだわっているのは、当然のようにCDではなく、アナログ。しかも、12インチではなく、7インチの45回転なのだ。それも、ジャマイカ産で、これを使うと音が全く違うというのだ。要するに、分厚くてびしびし感じて、生々しいというか... ナッティの話によると、SP盤、78回転のものになると、その魅力が倍増するんだそうな。
実際のところ、SP盤で音楽を聴いたことはないし、再生する装置もない。だから、それがどれほどの違いを聞かせてくれるのか、自分には全然わからないんだが、ジョー・ストラマーが亡くなった2002年、グラストンバリー・フェスティヴァルにそういった場所があって、彼がそこで一日中SP盤を聞いていたという話も聞いている。おそらく、あのときは、蓄音機と呼ばれるものでの再生ではなかったかと思うんだが、それほどの魅力があるんだろう。それがPAを通して再生されたら、どんな音になるのか、実に興味深い。実際、20数年前にギャズのクラブを初めて訪ねて、クラシックなブルースやR&Bをバシバシのノイズ入り45回転ででっかい音で聴いたときの衝撃はでかかった。ちんまりと小さいプレイヤーで聞くのと、身体全体で大音量で聞くのとは大違いで、この体験によって音楽そのものの見方や聴き方が完全に変わってしまったという体験をしている身としては、SP盤の魅力も充分に想像できるのだ。さらに加えれば、「だからこそ」キティ・デイジー&ルイスといったバンドが登場してくるんだろう。
さて、そのバンドと再会したのが先の朝霧ジャム。いやぁ、素晴らしかった。会場でアルバムを売っている人たちの話によると、ライヴ終了後にいきなり彼らのアルバムが売れ出したということだし、彼らの演奏を見たGラヴが、「来年のアメリカ・ツアーを一緒にやってくれないか」なんてアプローチもしたほどだ。一番下のキティが15歳で、お兄ちゃんのルイスが18歳で、おねぇちゃんのデイジーが20歳。おかぁちゃんのベースは、その昔レインコーツという、女の子ばかりのパンク・バンドのメンバーで、うちの家にも彼らのアルバムがあるはずだ。リズム・ギターを担当するお父さんは70年代終わりから80年代のある時期までアイランド・レコードのマスタリング・エンジニアとして仕事をしていたとのこと。なんてぇ家族なんだと思うけど、こういった要素が全部詰め込まれているのが彼らの音楽だというのがよくわかる。
面白いことに、そのお父さんと朝霧で話し込んで、とても仲良くなったんだけど、アイランド・レコード時代の話なんて、めちゃくちゃ面白かった。リハーサル・ルームでボブ・マーリーとウェイラーズを見たときには文字通り、鳥肌が立ったとか... それに、最近の音楽やCDやデジタル系に対する考え方や見方、感じ方が、自分とうり二つなのだ。といっても、彼の場合には、まるでコレクターのように昔の楽器からオーディオ機器、録音機器を集めるようなところがあって、今回発表した彼らのアルバムも、そんな自宅に作ったスタジオで録音したんだとか。しかも、カッティングも自分でやっているようで、そのこだわりには驚きを隠せないのだ。
これから、あのときのライヴのレポートを作成するんだが、彼らの楽器を見ていても同じことが言えるのが面白い。親父さんの演奏しているギターはボロボロの年代物。日本でのたった1日だけの演奏だというので、楽器の一部をレンタルで手配したらしいんだが、「新しすぎて、いい音が出ない」と文句を言っていたんだそうな。そんなこだわりのある音楽で真っ向勝負をしているバンドがキティ・デイジー&ルイス。早くアルバムを聴かなければ... と思うんだが、SP盤を入手しても、さすがに、聞くための装置がない... と、ちょいと頭を抱えているところです。
投稿者 hanasan : 08:56 | コメント (0)
2008年10月03日
Lucinda Williams - 再び瓢箪から...
便利になったもので、コンピュータをチェックすれば、どのアルバムを幾度聴いたのか即座にわかる。といっても、当然ながら、データが消えることもあれば、コンピュータ以外でも音楽を聴くこともある... と書いて、時代が変わったんだなぁと思う。毎日コンピュータに向き合って仕事をしている関係からか、コンピュータを通して音楽を聴くのが当たり前になってきているのだ。もちろん、コンピュータをアンプに接続してはいるものの、数年前までそんなことはなかった。いつもステレオでCDを聴いていたのに、iTunesが登場したことで、そのスタイルが大きく変わってしまったことに自分でも驚かされる。とはいっても、CDの値段が高かったり、廃盤になっていたり、あるいは、CD化されていない作品についてはアナログからデータを起こして、iTunesで読み取るといった作業もしているので、聴く音楽の幅がどんどん広がっているようにも思う。要するに、物事にはいつも両面性があって、簡単にコピーできるCDのせいで売り上げが減ったとぼやくレコード会社は、そのおかげで誰もがどこでも音楽を聴く可能性の増えたことを喜ぶべきなんですけどね。そんな新しい方法論を率先して取り入れるのではなく、問題に向き合わないで潰すことしか考えていなかったから、売り上げが落ちるんだろうと思う。
それはさておき、さて、前回ここに書き残したリラ・ダウンズのアルバム、『Shake Away』なんだが、これを購入したのが9月3日で、記録を見るとすでに30回以上このアルバムを聴いているのがわかる。ところが、それからしばらくして彼女に続くほどに聴きまくることになるのがルシンダ・ウイリアムス。特に『World Without Tears』というアルバムで、彼女にはまりまくっているのだ。その発端はというと、『Shake Away』に収録されている1曲、「I Envy The Wind」。いい曲だなぁと思って、それが誰の曲かを調べてルシンダに行き着いたわけだ。まぁ、それも音楽中毒者の性なんだろう。加えて、物書きの条件のひとつでもあるんだが、気になるととことん調べていく。そして、少しでも面白いとのめり込んでしまうのだ。これもまたインターネットやコンピュータ文化の恩恵でかなりの情報が集まってくる。それに音楽を聴けるという意味で実に便利なのがMy Spaceというので、早速、その曲のオリジナルを歌っているルシンダのMy Spaceをチェック。「こりゃぁ、素晴らしい!」とアルバム購入に走ってしまったというのがその流れだ。その結果、このアルバム、『World Without Tears』にとっぷりとはまっている。
最初に注文したのは10月14日発売となる最新作の『Little Honey』で、たまたまそのときにソロモン・バークのフォト・レポートをまとめたこともあって、彼のベスト・アルバム、『The Platinum Collection 』も注文。けっこう頻繁にamazonを使っている人ならばご存知だと思うんだが、2枚以上買うと10%オフというので、こうゆうのに弱いのです。とはいっても、その新しいアルバムが発表されるのは先のこと。しかも、リラ・ダウンズがカバーしていた曲、「I Envy The Wind」のオリジナルが収録されているのは『Essence』というので、それを注文して、上述の理由でおまけのようにもう一枚注文したのが、『World Without Tears』だった。世の中皮肉というか、よくできているというか... 結局、最初に届けられたのが後者で、これが素晴らしかった。どこかでニール・ヤングとトム・ウェイツが合体したような... というウルトラ安易な説明で申し訳ないんだが、一般的に言われているオルタナ・カントリーというよりは、実に良質なシンガー&ソングライターに出会えたというニュアンスの方が強かった。ちょいと個性のある声で、ハートにずしんと響くタイプ。けっして美しいとは言えないまでも、どこかで聴く者の心にす〜っと入ってくるような感じで、リッキー・リー・ジョーンズのコケティッシュな部分をなくして(そうしたら、彼女じゃなくなるようにも思えるが)ディープなタッチを与えてみたら... って、これも安易かなぁ。まぁ、まどろっこしい説明だが、なにせ、彼女の持つ染みる声にやられてしまうことになるのだ。
そのおかげで、結局は、最新作となる『West』も注文して、ついでに初期の作品『Sweet Old World』も買った。その二枚も『Essence』も届いたんだが、結局、最も素晴らしいのが『World Without Tears』だというのが面白い。
こうやって何枚も手にすると、アーティストの変化がよくわかるんだが、1992年に発表されたという『Sweet Old World』は明らかにカントリー歌手といった趣で、それがちょっとした変化を見せ始めるのが1998年の『Car Wheels On A Gravel Road』。でも、深みを増したシンガー&ソングライターとしての輝きを見せ始めるのが『Essence』で、それが完成したのが『World Without Tears』ではないかと思う。
いわゆる音楽雑誌なんぞ読まなくなって、かなりの時間が過ぎているから、彼女が日本でどれほどの評価を得ているのか全く知らないんだが、国内盤も確実に発表されているし、幾度もグラミー賞を獲得しているところから、おそらく、けっこうな大スターなんだと思う。だから、こういったアーティストを見つけたことを大喜びしていても、「なんで今更」と思う人がいるかもしれないんだが、結局、素晴らしいアーティストとはどこかでつながっていくという喜びを再確認できたことを素直に認めたいのだ。
記録によると、コマーシャルな意味で最も大きな成功作となったのが『World Without Tears』で、その2年後に発表されたのが2枚組のライヴ、『Live @ the Fillmore』。これはまだ聴いていないんだが、そんな成功の後に生まれたのが『West』だという。もちろん、これも素晴らしい作品で、『Essence』からの3枚のスタジオ録音は非の付け所がないほどの完成度を持っている。そのあたり、できれば、みなさんも聴いていただきたいと思う。それでも、自分に最も染みるのは『World Without Tears』。これが最高傑作で、このところ、これを聴き狂っているのです。
噂によると、かなりロック色を強めたというのが新作の『Little Honey』。来週ぐらいにはうちにこのアルバムが届くはずなんだが、さて、どうなっているんだろう。実に楽しみなのだ。それに、このはまり具合を考えると、おそらく、『Live @ the Fillmore』も買うことになるだろうし、昔のアルバムも買ってしまうんだろう。メキシコ人アーティストからこんな流れになってしまうとは... 想像もしていませんでしたけどね。
ちなみに、彼女、大統領選挙に合わせて、デジタル・オンリーで『Lu in 08』というEPを発表するんだとか。そこにはディランの名曲、『戦争の親玉』も入っているらしく、これも買ってしまうんだろうなぁ。政治的な発言はしていないらしいんだが、その意図はこのリリースだけで十分理解できません?
投稿者 hanasan : 08:54 | コメント (0)
2008年09月03日
Lila Downsの新譜で再び彼女の懐の広さに驚かされる
昨年6月にここで初めてこのメキシコ人女性、リラ・ダウンズに触れている。そのときの原稿はここで確認できるのだが、あれ以来、すでに発表されてる彼女のアルバム5枚を全て購入。幾度となく聴いてきた。これも、先日書いたジャスティン・ノヅカ同様、自分のLast FMのアカウントで確認できるのだが、ここ1年で最もよく聞いているのが彼女であり、なかでも最もはまることになったのが2年前に発表された『La Cantina』。特にちょっとレゲエの影響をうけた「Agua De Rosas(Water from Roses)」や「La Cumbia del Mole」が大好きで、もし、チャンスがあったら、聴いてみてくださいな。以前は彼女のMySpaceで試聴ができたんだが、現在は2年ぶりに新しいアルバム、『Shake Away』が発表されたこともあり、その収録曲を中心に構成されていて無理のよう。でも、iTunesに飛べばさわりぐらいは聴くことができる。
2年ぶりに新しいアルバムが発表されると聞いて即座に注文していた『Shake Away』が今日届けられたんだが、それが待てなくて買ったのがiTunesで発表されていた『Live Session』の4曲入りEP。ここでまたまた彼女に驚かされることになるのだ。その1曲が「I Would Never」。どこかで聴いたことがあるなぁ... と、いろいろと思いを巡らしたり... っても、簡単には思い出せない。というので、すでに3万曲以上をため込んでいる自分のiTunesのリストを検索して出てきたのがグラズゴーのバンド、ブルー・ナイル。20年でアルバムを4枚しか発表していないという彼らが8年ぶりの新作として2006年に発表した最新作『High』に収録されている曲だというのがわかった。彼女のMySpaceには影響を受けたアーティストとして、ジャズからロック、レゲエからブラジルなどといった、ありとあらゆるジャンルの(そもそもそんなの全然関係ないんですけどね)巨人達の名前が出ているんだが、その彼女がスコットランドのカルト的なバンドとつながるとは... 思いもよらなかった。ところが、アコーディオンもバックに、どこかでラテン的なニュアンスを感じさせながら、素晴らしいヴァージョンに仕上げている。そんなライヴを楽しむことができるのがこの『Live Session』。チェックしてみる価値は充分あると思いますよ。
その『Live Session』に収録されている曲で、もうひとつ気になったのがウッディ・ガスリーの名曲メドレー、「Pastures of Plenty / This Land Is Your Land」。よくチェックしてみると、2001年に発表された2枚目のアルバム、『Border』にも収録されているんだが、これも素晴らしい。アカペラで始まり、緩やかなレゲエタッチのリズムで歌われるのが彼女のヴァージョン。その力強い彼女の歌声が、そして、この曲を取り上げているあたり彼女の姿勢に共鳴するものを感じるのだ。
バイオによると、スコットランド人の左翼活動家の父親とメキシコ人女性の間に生まれたというのがリラ。(オッと、これがブルー・ナイルとの接点かなぁ?)ミネソタの山奥で育ったというのだが、その後、ヒッピーの仲間達と歌い出したとある。といっても、MySpaceでちょろっと書かれているだけなので、想像するしかないんだが、そういった背景からこういった曲のセレクションが生まれてきたのだろう。そのせいもあって、ひさびさに埃にまみれたウッディ・ガスリーのアルバムを引っ張り出して聞いてみたり... ちなみに、今回ここに見せているのは70年代初期に発表されたもので、『The Greatest Songs of Woody Guthrie』というアルバムなんだが、ウッディのアルバムを検索していて気になったのが99年に発表されたボックス・セットの『The Asch Recordings, Vol. 1-4』。そこには名曲「This Land Is My Land」の歌詞違いのヴァージョンが入っているらしい。かつて発表されなかったものらしく、これについては、以前どこかで読んだことがあって、今度じっくりと調べてみようと思う。
それはさておき、リラ・ダウンズの新しいアルバム、『Shake Away』が素晴らしい。アルバムを出す度に、前作を上回る傑作を作るのはけっして簡単なことではないんだが、この人はどんどん進化しているように思えるのだ。おそらく、話題になるのは前述のカバー、ブルー・ナイルの「I Would Never」が収録されていることや、サンタナで大ヒットした「Black magic Woman」が入っていることだろうと思う。いうまでもなく、『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』からカットされて大ヒットを記録した曲で、オリジナルはフリートウッド・マックの『English Rose邦題 : 英吉利の薔薇)』。まるでマリアッチに登場するようなトランペットなんかも入れられたリラ・ダウンズのヴァージョンは、あの名曲に全く違ったアングルから新しい命を吹き込んでいるようで、これには驚かされた。それに、シンガー&ソングライター、ルシンダ・ウイリアムスのカバーも入っていて... とはいいながら、彼女のことはずっと気になってはいたんだが、まだ聴いたことはない。というので、ルシンダのMySpaceで、音楽を聴いてまた散財しそうになっている自分がいます。(笑)
そういった「話題」になるカバーがいいのはもちろんなんだが、同時にオリジナルも素晴らしい。ソウル系のアーティスト、ラウル・ミドンからフォルクローレの巨人、メルセデス・ソーサに、メキシコのカフェ・タクーバといったそうそうたるメンツをゲストにメキシコのルーツに立ちながらもアフリカ音楽からロックンロールやソウルにファンクやジャズにアイリッシュ音楽など、その全てを飲み込んで身体の中に吸収している彼女の音楽性は驚異的としかいいようがないのです。完全に脱帽。まだ、うちに届いて数時間で、繰り返して2度聴いただけなんだけど、彼女の音楽の背後にはとてつもない世界が広がっているのがよくわかる。とんでもないアルバムを作りましたな。
投稿者 hanasan : 15:51 | コメント (0)
2008年08月29日
Wattstaxの夢が現実になるとき(前編)
8月10日にソウル界の巨人、アイザック・ヘイズが亡くなったという一報が届いたときに、即座に思い浮かべたのは、ソウル映画、ドキュメンタリーの傑作、『ワッツタックス』だった。すでにこのDVDについては、3年ほど前にこのサイトでレヴューを残しているんだが、そのDVDのラスト近く、ジェシー・ジャクソン牧師の紹介でステージに登場するアイザック・ヘイズを収めたシーンの素晴らしいこと。イントロに登場するクチャクチャ、ワウワウのギターの音が、そして、あのリズムが一瞬にして会場の空気をがらりと変えてしまうところなど、あの公演から36年を経た今見ても、背筋がゾクゾクするほどのインパクトを与えてくれる。10万人のオーディエンスとの演奏や演説を通じてのコール・アンド・レスポンスや、どこかで静かに沸騰するようなエネルギーが会場に渦巻いているところから、否応なしに感じるのは異彩を放つ時代の息吹。その全てがここに封入されていると言っていいだろう。
というので、そのDVDを探したんだけど、見あたらない... いつものことなんだが、きちんと整理をしていないのか、あるいは、誰かに貸してしまってなくしてしまったのか... 結局、再び注文してしまうことになったんだが、嬉しかったのは廉価で国内盤が再発されていたこと。以前購入していたのはアメリカ盤で、それなりに理解ができるんだが、ディテールについていうならば、やはり字幕がついている方が嬉しい。すでに記憶が定かではないんだが、そのアメリカ盤にも収録されていたボーナス映像もこれでゆっくりチェックできる。あのときはチェックすることがなかった、パブリック・エナミーのチャックDとソウル史の研究家、ロブ・ボウマンによる音声解説やこのドキュメンタリーの監督、メル・スチュワートに、この映画の顔でもある、そして、つい先日亡くなったばかりのアイザック・ヘイズによる音声解説もまた、さらに新しい世界への扉を開いてくれることになるだろうと思う。
そのDVDが届いて、早速それを見ながら、これを書き始めていたんだが、どうも集中して原稿を書けない。AVセレクターからアンプにつないだスピーカーを通して音楽を聴き、流し目で画面を見ながらというのが良くないのは当然のこと。ついつい画面に引き込まれてしまうのだ。それほどまでのエネルギーがここに詰め込まれているということなんだろう。同時に、そのエネルギーが向かった先のことを考えると、夢を体験すること亡くなくなってしまったアーティスト達に同情してしまうのだ。
このDVDにボーナス・トラックとしてほぼ全編の演奏が収録されているアルバート・キングは1992年に他界し、この映画で「Respect Yourselfe - 自らを尊敬しよう....というよりは、胸を張れといった方がいいと思う」(『Bealtitude』に収録)という名曲を演奏しているザ・ステイプル・シンガーズの父、ポップス・ステイプルズは2000年にこの世を去っている。結局、ザ・ステイプル・シンガーズはそれを契機にその歴史にピリオドを打つことになり、その軌跡を継ぐように活動を続けているのが娘のメイヴィス・ステイプルズ。今も精力的に動いているようで、最近はライ・クーダーをプロデューサーに『We'll Never Turn Back』というとんでもない傑作を生み出してくれているんだが、そのアルバムで公民権運動時代を振り返り、「闘いを続け、後戻りはしない」と聴く人たちに、そして、自分にも言い聞かせているあたりに、『ワッツタックス』と同じエネルギーと今につながる彼らの「闘いの歴史」を感じるのだ。
『Do The Funky Chicken』で一世を風靡した、ちょいとコミカルなタッチも感じさせるルーファス・トーマスが亡くなったのは2001年で、『ワッツタックス』の映画での進行役を務めながら、ブラック・ジョークで時代をえぐっていたコメディアン、ブリチャード・プライヤーも2005年に他界している。この映画で歌われている名曲「If Loving You Is Wrong I Don't Want to Be Right」(『The Best of...』に収録)を残したルーサー・イングラムも昨年亡くなった。ご存知の人も多いと思うのだが、ロッド・スチュワートが『Foot Loose & Fancy Free』でカバーしたのがあの名曲だ。そして、今月、心臓発作で亡くなったのが、ブラック・パワーの時代を象徴した映画『Shaft(邦題 : 黒いジャガー)』のテーマ、そして、この『ワッツタックス』の看板と呼べる曲を歌っているアイザック・ヘイズということになる。
そんな彼らが、おそらく夢にまで見ただろう、時代がすぐそこにまで来ているような気がするのだ。このワッツタックスがLAコロシアム(二度のロサンゼルス・オリンピックの開会式で使われた会場)で開催されたのは1972年8月20日。今から36年前なんだが、この時代に、アメリカ大統領選に有色人種が登場することなど、想像もできなかっただろう。いうまでもなく、有色人種が言葉にできないほどの差別を受けていた時代の、どこかで「抵抗運動のシンボル」としてこれがあったように思うのだが、これがなぜ開かれたかを知るには1955年にまでさかのぼる公民権運動に目を向けないわけにはいかない。そのあたりのことは、後編として、数日後に書いてみようと思う。
投稿者 hanasan : 11:21 | コメント (0)
2008年08月25日
Justin Nozuka - これが一聴惚れの典型です
ちょうどフジロックが開催される直前のこと、Fuji Rock Expressの準備をしていたときのことだった。出演するアーティストのデータ作りをしていたときに目に入ったのがこのアルバム、『Holly』(US import / 国内盤 )の主、ジャスティン・ノヅカだった。どこかで耳にした名前だなぁと思って、思い出したのが今年の春先にオースティンで開催されていたサウスバイ・サウスウエストでのこと。確か、誰かが彼の名前を出して、すごくいいという噂が流れていたように思う。それに、名前からもわかるように日系人か、あるいは、ハーフかのいずれかだというので、記憶に残っていたのかもしれない。
データをチェックするときに参考にするのは当然ながら、公式サイトで、ディスコグラフィーやバイオを見ながらamazonとのリンクを作っていく。これは、このサイト同様、fujirockers.orgもFuji Rock Expressもamazonとアフィリエイトをしているというのが理由だ。加えて、最近よく使っているのが、自分自身もアカウントを作ったMy Space。それぞれのアーティストのMy Spaceで実際に音楽を聴きながら、アーティスト情報もチェックすることになる。実をいえば、そのとき、ジャスティン・ノヅカのMy Spaceで彼の歌と声に一聴惚れしたというのがこのアルバムのことを紹介しようと思ったきっかけだった、
もちろん、その時点で彼に関して詳しい情報は皆無に等しい。が、そんなことにそれほどの重要性があるとは思ってはいない。なによりも、歌を聴き、声に耳を傾け、どこかでなにかが触発されればそれで充分。このときは、My Spaceにアクセスしたとたん、そこから流れ出てくる歌に吸い込まれるように、幾度も幾度も聞き続けてしまった。
彼のMy Spaceで聴いてもらえれば、なんの説明も必要ないんだろうが、まるで壊れてしまいそうに繊細な響きを持っているのに、どこかでなににも負けないようなたくましさも感じる声に、まずは持っていかれたという感じかなぁ。どこかでヴォーカルにソウルを感じるというか... しかも、メロディ・ラインが美しい。いいメロディに美しい声... と、それだけで自分にとっては十二分に「はまる」条件を持っている。バックは基本的にアコースティックで... (だと思う)ひょっとすると、背後で軽くなにかが使われているのかもしれないが、アコースティック・ギターとピアノとストリングスと... といった生の楽器の響きを感じさせて、静かに、が、力強く歌が浮き上がるといった風情だ。
本当は、フジ・ロックで彼のステージを見に行きたかったんだが、すでにその時点で取材スケジュールが決められていて、彼のライヴを見に行くことはできなかった。彼が演奏したのは木道亭という小さなステージ。なんでこれほどの才能を持つ人がこんな場所で... と思ったんだが、どうやら、プロモーション来日していたらしく、その隙間を縫う