2009年09月11日

Benard Ighnerも到着。

Benard Ighner 結局、入手が難しかったと思ったBenard Ighner(ベナード・アイグナー)のアナログをSound FInerで見つけて、約3500円で購入。1978年に発表されたアナログのサンプル盤で、このサイトと契約でもしているんだろう、神保町の店から送られてきたところをみると、あのあたりの大手出版社の音楽担当が処分したものではないかと想像する。

 いつも通り、このアナログからデジタル化をして、iPodでも聞けるようにしているんだが、まだまだ聞き込んでいるわけではない。最初の印象は... 彼そのものよりもバックのミュージシャンやアレンジが素晴らしいということ。70年代の日本のミュージシャンたちがいい仕事をしていたことに改めて驚かされることになる。ストリングスのアレンジも豪華で、特に光るのは渡辺香津美のギターかなぁ。まだこの時点では若手ジャズ・ギタリストと呼ばれていたんじゃなかったかと思うが、同時に、ぐんぐんと頭角を現していた頃でもあったんだろう。曲によって、おそらく、彼が影響を受けたであろうギタリストの名前が頭に浮かぶのが面白い。

 ベナード・アイグナーについてはいろいろと調べたんだが、この話をtwitterやfacebookに書くと仲間からいろいろな情報が寄せられてくるのが嬉しい。そんななかで面白かったのが池上比沙之のThings what I feelに書かれてあった逸話。自分は存じ上げないんだが、友人の音楽評論家の先輩のような方らしく、「そうかぁ、そんな話があったんだ」と面白く読ませていただいた。

小坂忠 いい時代だったんだなぁと思う。それぞれの時代に素晴らしい音楽は無限にあるんだが、若かったからかなぁ、自分の中で音楽が最もヴィヴィッドに響いたのは70年代だった。そのきっかけになったのは、単純なエンタテインメントだった歌謡曲や芸能とは一線を画した「ロック」や「フォーク」の出現で、それに触れることになったのが60年代の終わりから70年代の始め。それがジャズやソウルあたりに広がっていったのが70年代の半じゃなかったかと思う。振り返ってみれば、70年代半ばにソウルを意識し始めたのが大好きだったはっぴぃえんどの周辺で、小坂忠の『ほうろう』や吉田美奈子の『Minako』はその典型的な作品なのかもしれない。しばらく前に小坂忠のボックス・セット、『Chu’s Garden』というのを買ったんだが、このセットを買う動機となったDVDに収録された75年のライヴでこの二人がティンパンアレーをバックに歌っているのがソウルなんだということを改めて実感することになったものだ。

 そして、そんな彼らのソウル指向を証明する素晴らしい演奏を記録しているのが、『The Best In The First Degree』。フィリー・ソウルを代表するスリー・ディグリーズのベスト・アルバムなんだが、これは日本編終盤。ここに細野晴臣、松本隆、鈴木茂、矢野誠、林立夫をバックに録音した「Midnight Train」という曲が入っていて、これがいいのです。一方で、彼女たちが日本語で歌う「にがい涙」は.. 微妙におかしく、和田アキ子系なのが面白いんですけどね。ちなみに、その曲も含めて、3曲でクレジットされている深町純もいい仕事をしているなぁと思う。

 ソウルからジャズ・フュージョンの時代だなぁ。岡山でプロモーターをしていたときにブルースを期待して、今は亡き塩次伸二率いるグループのライヴを企画したとき、飛び出してきた音が全く違うのに驚かされたことがある。そのときには全く知らなかったリー・リトナーからラリー・カールトンあたりを意識していたんだろう、完全なフュージョンで、すごく新鮮だったのを覚えている。そうだねぇ、そういう時代だったんだなぁ。その頃だなぁ、クルセダーズにスタッフに... と、どんどん聴く音楽が広がっていったのは。

 なんだろうねぇ、たった1曲からいろいろなことが思い出され、いろいろなことを見直すことができる。音楽ってぇのは、ホントに面白い。とは言いながら、ベナード・アイグナーのアナログお越しで、ついでにやっちまえと手を付けたのは日本のフォーク系。おかげで、このところ、いとうたかおから武部行正に斉藤哲夫あたりを聴いているという、珍妙な流れが出てきたのが、また、おかしいんですが。



投稿者 hanasan : 00:58 | コメント (0)

2009年09月07日

Quincy Jonesなど到着

Quincy Jones 前回書いた名曲、"Everything Must Change"のオリジナルをチェックしたくて、クインシー・ジョーンズの『Body Heat』(国内盤 / US import)を買ったんだが、購入したのはUS import。安易に生産されたアメリカ盤を買うとよくあることなんだが、当然、ブックレットはなくて、ミュージシャンのクレジットなど一切記載されてはいない。こうゆうの、とっても頭に来る。例えば、ベースがいいなぁとかヴォーカルが素晴らしいと思っても、誰がやっているのか全然わからないし、結局はネットで調べることになってしまうのだ。特に、こういったプロジェクト的なアルバムの場合、フィーチャーされているミュージシャンやヴォーカリストなどの重要性が高いわけで、それを知りたいがために、データのダウンロードではなく、CDを購入するわけだ。こんなことだったら、国内盤を買えば良かったと後悔している。特にこの作品の場合、国内盤と輸入盤の値段の差はわずかだったから、実に悔しい。っても、ネットで購入すると、そんなディテールまで教えてくれることも少なくて、仕方がないのかもしれないけど。

 このとき、ついでに購入したのがジョージ・ベンソンの『Breezin'』(国内盤 / US import)。まんまとamazonの戦略にのせられて、輸入盤2枚で10%オフというのに釣られているんですが、こちらは安かったから納得できる。なにせ、データを購入するより安い890円弱。それにミュージシャンのクレジットもきちんと記載されているし... 充分に満足だ。

 これはジャズ・ギタリストだったジョージ・ベンソンが自身のヴォーカル・トラックを録音したターニング・ポイント的な作品で、このあたりからジャズ・フュージョンを飛び越えて、ブラック・コンテンポラリーというよりはポップスに変化していったと見ていい思う。とはいっても、名盤だと思う。今聴くと、かなり軽いんだけど、ジャズ的なエッセンスも持ちながら、ポップでもあり... と、いいバランスの作品に仕上がっている。

Al Jarreau このアルバムのプロデューサーが、こういった流れで最も重要な役割を果たしたトミー・リピューマで、70年代後半は彼の手がけた作品にずいぶんとはまったものだ。いわゆるジャズ・フュージョンからAORの名盤のほとんどは彼が手がけているようなもので、有名どころでは、ニック・デカロの『Italian Graffiti(イタリアン・グラフィティ)』(国内盤)やマイケル・フランクスの『The Art of Tea(アート・オブ・ティー)』(国内盤 / US import)にアル・ジャロウの『Glow(グロウ)国内盤 / US import)あたりがあげられるんだが、彼の手による名作は数え切れない。実は、サンドラ・クロスのアルバム、『Just A Dream(ジャスト・ア・ドリーム)』や『Dreams Come True...(ドリームズ・カム・トゥルー)』を作ったときに、選曲の元ネタとなったのがこのあたりのアルバム。『Glow(グロウ)国内盤 / US import)に収められた「おいしい水」(っても、オリジナルはボサノヴァですけど)やジョージ・ベンソンの『Breezin'』(国内盤 / US import)で大ヒットしたレオン・ラッセルの名曲、「マスカレード」はこのあたりから発想を得ている。

Dr. John とはいっても、自分にとってそんななかでもベストの1枚はだみ声のドクター・ジョンが泣かせてくれる『City Lights(シティ・ライツ)』(国内盤 / US import)。いつものアーシーなサウンドはなりを潜めて、実に洗練された音へと彼が変化を見せたのがこのアルバムで、この流れが以降の彼を決めてしまったのではないかと思う。ちなみに、この中の曲、「Rain」も自分がやったプロジェクト、リヴァプールのアーティスト、トーマス・ラングのカバー・アルバムで取り上げている。

 トミー・リピューマの手がけた作品についてはこちらのディスコグラフィーで網羅されているんだが、こうやってみていると、デイヴ・メイソンの一連の作品など、けっこう好きなロック系のアルバムもたくさん手がけているのがわかって面白い。が、自分にとって彼のピークは70年代の中期から後期。エンジニアのアル・シュミットやストリングス・アレンジのクラウス・オガーマンとのコンビネーションから生まれたアルバムには特に名盤が多いように思える。余裕があれば、時にはこうした『時代遅れ』ともいわれるかもしれない名盤を楽しんでいただければと思う。



投稿者 hanasan : 10:56 | コメント (0)

2009年09月03日

Everything Must Change...移りゆくすべてに

Nina Simone 歌にのめり込む瞬間というのがある。これまでに幾度となく聴いていて、知っているはずなのに、なんとも思わなかった歌に、なにかの拍子にのめり込んでしまうとでもいえばいいのか... そんなこともある。このとき聴いていたのは希代のアーティスト、ニーナ・シモンの名盤の一枚、『Baltimore(バルティモア)』。70年代後半のジャズ・フュージョン好きを虜にしたレーベル、CTIで発表されたアルバムで、これまで最も好きだったのはタイトル・トラック。ちょっとレゲエ・タッチを持つこの曲はランディ・ニューマンの作品なんだけど、今日はそれではなく、「Everything Must Change」という曲で、「いやぁ、この曲はいいなぁ...」と息をのむことになったのだ。なぜか? 理由は全くわからない。

 ひょっとすると、このところ仲間が亡くなって、ちょいとセンチメンタルな気分になっているからかも。なにせ、タイトルが意味するのは、「全ては移り変わっていく」。そのフレーズで始まる歌の続きは、「変わらないものなんてない」となる。引っかかるのはそれだけで、歌の意味を理解するにはもっときちんと聴かなければいけないんだろうが、ニーナ・シモンの情感いっぱいの声にハートをわしづかみにされたという感じかなぁ。すこ〜んとはまってしまったのだ。

 すると気になる... 誰の曲だこれは? オリジナルはどんなヴァージョンなんだろう? というので、検索を始めて、深みにはまり込んでいくのだ。これもまた、音楽中毒者の性というものでしょうな。

Quincy Jones で、検索で最初に出てきた名前は、クインシー・ジョーンズ。そうかぁ... というので、頭に浮かんだのは彼のアルバムではなくて、ジョージ・ベンソンだった。彼の大ヒット・アルバムのプロデューサーがクインシーだったことに起因しているんだろうけど、「そうだ、彼も歌っていたはずだ」と思い出したのがこのアルバム、『In Flight(イン・フライト)』。っても、どうやら、クインシー・ジョーンズがジャズからポップス... というか、プロデューサーとしての手腕を大いに発揮し始めた頃のアルバム、『Body Heat(ボディ・ヒート)』に収録されているのがオリジナルではないかと思われる。1974年に発表されたここで彼はアル・ジャロウやミニー・リパートンといったヴォーカルを起用しているんだけど、そのなかのひとりが「Everything Must Change」を作ったBernard Ighner(ベナード・アイグナー)だったんだとか。いわゆるジャズ・フュージョンからAOR的な趣を感じさせるものなんだろうが、残念ながら、このアルバムは持っていない。というので、早速注文。もうすぐ届くことになっている。

 面白いのは、最近みなさん同様にはまっているTwitterにこのことを書き込むと、音楽好きの仲間からいろいろな情報が寄せられたこと。「Everything Must Change」という曲ではなくて、『Baltimore(バルティモア)』というタイトル・トラックのオリジナルが誰かを探していると勘違いした鹿児島の友人はランディ・ニューマンの『Little Criminals』に収録されているよと教えてくれたり.... でもって、Facebookでは、Randy Crawford(ランディ・クロフォード)のヴァージョンもいいよと教えてくれた音楽評論家の仲間もいた。彼女のアルバムで、自分が持っている『Best of Randy Crawford』にライヴ・ヴァージョンが入っているんだけど、76年に発表されたデビュー・アルバム、『Everything Must Change』がそれなのかもしれないと思ってみたり。

 それだけではなく、調べていくと、この「Everything Must Change」はとてつもなく多くのヴォーカリストにカヴァーされているスタンダードで、うちの家でもいろいろみつかるのだ。例えば、オリータ・アダムスのデビュー・アルバム、『Circle of One』に収められているヴァージョンも素晴らしいし、『Higher Ground』というアルバムでカバーしているバーバラ・ストライザンドも、実は、いいのです。

吉田美奈子 ただ、こうやっていろいろと検索していて、みつけてしまった... というよりは、気付かされたのが、なんと吉田美奈子のセカンド・アルバム、『Minako』。大昔から聞いていたアルバムだったのに、このアルバムの巻頭を飾る「移りゆくすべてに」という曲が「Everything Must Change」のカバーだったとは... 今回はこれにぶっ飛ばされてしまったという感じかなぁ。この作品が発表されたのは1975年。当時はソウル系の音楽は全然といっていいほど聴いていなかったし、クレジットもこんなディテールまではチェックしていなかったから、これは吉田美奈子の曲だとしてしか覚えてはいなかったというのが... 知っている人からしたら、笑えるんだろうなぁ。が、これを『発見』して再び吉田美奈子のヴァージョンを聴くと、その素晴らしさに圧倒されるのだ。きわめてユニークでドラマチックな... まるでクラシックなミュージカル映画でも見ているようなイントロから始まるアレンジも完璧なら、オリジナルの歌詞を訳すというよりは、美しい日本語に昇華させている彼女の才能にまた愕然とさせられるのだ。しかも、ソウルを感じさせながらも、まるでシルクのような艶を持つ彼女のヴォーカルがその魅力を圧倒的なものにしている。よくもここまで完成された「本物ののカバー」をやってくれたものだと思う。幾度聴いても、これは素晴らしすぎる傑作だと思うのだ。

 そこで気になったのが時間軸。このオリジナルのことをよく知らないんだが、おそらく、有名になったのはクインシー・ジョーンズの『Body Heat(ボディ・ヒート)』ではないかと思うんだが、これが発表されたのが1974年で、『Minako』はその翌年。おそらく、ここになにかのドラマか出会いがあったんだろうなぁと思う。チャンスがあれば、吉田美奈子さんにこのあたりのお話を聞かせていただく... というのは無理かもしれないんだが、彼女の大ファンだという友人の音楽評論家だったら、このあたりの話も知っているんだろうなぁと察する。なにせ、この曲を作ったBernard Ighner(ベナード・アイグナー)のことを調べてみると、オリジナルのアルバムとして最初に発表されたのは日本録音という1978年か79年の『Little Dreamer』。結局、インターネットでこのアルバムを探し出して、コレクターズ・アイテム化しているアナログを注文してしまうことになったんだが、このアルバムが届けば、もっと詳しいことがわかるかもしれない。

Quincy Jones なんでもディジー・ガレスピーに見いだされて、ジェイムス・ムーディとも仕事をしていたというジャズ畑出身で、マルチ・インストゥルメンタリスト。詳しいプロフィールは彼の公式サイト、http://www.benardighner.com/でわかるんだが、なんでも最近アルバムを発表したらしい。当然、日本での入手は難しそうだが、どんどん気になってきている。

 ちなみに、面白いのは... なんてタイミングなんだろうと思うんだが、中目黒のエチオピア・レストラン、クイーン・シバの店主、ソロモンが最近気に入ってよく見ているのがクインシー・ジョーンズのライヴDVD、『50 Years in Music: Live at Montreux 1996』。当然のように、ここでも「Everything Must Change」が取り上げられていて、なんとシンプリー・レッドのミック・ハックネルとチャカ・カーンがデュエットしているというのが面白い。その曲の説明をしているところで、「Everything Must Change」のオリジナルが69年だとかなんだとか語っているようなんだが、一度しかその下りを見ていないので定かではない。いずれにせよ、最近ではマイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンの絡みで語られることの多いクインシー・ジョンズだが、彼の世界でこの曲が今でも大きな意味を持っているんだろうなぁということは充分に察することができた。

 さてさて、ひょんなことから、数枚のアルバムを買うことになってしまったんだが、これから届くアルバムでどんな発見があるんだろう。それが楽しみだなぁ... と思うのです。



投稿者 hanasan : 02:08 | コメント (0)

2009年08月16日

アナログ盤からiTunes

中山ラビ この前、かおりのことを書きながら、そこに登場した中山ラビのデビュー・アルバム、『私ってこんな』を聴きたくなって、またやることになってしまったんだが、ここ1〜2年、時間ができたらやっているのがアナログ盤をデジタル化する作業だ。

 要するに、便利さのせいでコンピュータで音楽を聴くことが多くなったのがここ数年。同時に、そこに入れた音楽をiPodで持ち歩きたいということから、のめり込んだのがこの作業だ。といって簡単ではなくて、以前はアナログのアルバムを持っていてもCDを買っていたんだが、当然のことながら、金がかかる。ボーナス・トラックが入っているとか、DVDがついてくるとか、そういったことをいいわけに、すでに持っているアルバムを何度買ってしまったか... 10枚や20枚では収まらないだろう。湯水のように金を持っていたら、それもできるんだろうが、毎日の生活に四苦八苦している身としては、それも難しい。加えて、好きでたまらないアルバムのなかにはCD化されていない「隠れた名作」がいっぱいあって、そうせざるを得ないという事情もあった。というので始めていったら、これが面白いのだ。

 方法はというと.... 自分の場合は、ずいぶん前に購入したCDレコーダーを利用している。まずはステレオのアナログ・プレイヤーから音楽用のCD-RWに落すのが第一段階。そのデータをコンピュータで読み取って、微調整するというやり方だ。使っているソフトは、長年愛用している『Roxio Toast』シリーズに同梱されているSpin Doctor。といっても、その前段階として、友人からのアドバイスで、アナログ盤は『レイカ・バランスウォッシャー33』で入念に汚れを落とす。傷のほとんどないアナログはこの作業をすることで、見違える(聞き違える?)ほどの音となり、下手をするとこうやって落とした方が市販のCDよりもよく聞こえることがある。それは気のせいかもしれないので、保障はしませんが。といっても、それは最近のことで、最初は普通にクリーナーで綺麗にしていた程度だが、それでも音は全然悪くないのだ。

Michael Smith 最初に手を付けたのはダブ・ポエットのマイケル・スミスによる名作で唯一のアルバム、『Mi C-Yaan Believe It(ミ・キャーン・ビリーヴ・イット)』。その世界では最も知られるリントン・クゥエシ・ジョンソンのプロデュースとデニス・ボーヴェルのバンドをバックに録音されて、アイランド・レコードから1982年に発表された作品だ。自分が知る限り、一度もCD化されたことはないと思うし、どこかで見たことがあるんだが、DJのジャイルス・ピーターソンが「CD化されていない名作」としてこのアルバムをあげていたのを覚えている。

 このアーティストに関してはこちらでわずかに情報を得ることができるんだが、政治活動家でもあった彼は、その先鋭的な姿勢から、1983年8月17日のデモの最中に殺されてということだ。当時、NMEで知ったんだが、彼が最後に口にしたのは「俺は自由な人間だ。どこをどう歩こうが、俺の自由だろう!」という言葉だったという。(それからちょうど26年目にこれを書いているのが奇遇ですな)

 何度かこのアルバムのCDを探そうとしたんだが、いまだに見つけたことはないし、amazonでチェックしてみると、1990年にアメリカで発売されたアナログがけっこうな値段で取引されているようだ。Wikipediaによると、このアルバムを発表した頃、ジョン・ピールのラジオ番組でセッションをしているということなので、いつかそのあたりも発表されるのかもしれないが、なによりも聴いていただきたいのはこのアルバムなのだ。

Kris Kristofferson & Rita Coolidge 日頃からジャンルというものには全く興味のかけらもなくて、「心に響くかどうか」だけで音楽を聴いているものだから、こんなアルバムが出てきたら、あまりののギャップに「なんでやねん」と思われるかもしれない。が、これもそんな作業を始めて真っ先に手がけた『Full Moon』というアルバム。今では映画俳優として有名になってしまったクリス・クリストファーソンがリタ・クーリッジと結婚したときに録音したベタベタのデュエット・アルバムで1973年に発表されている。一時期、レゲエ・デュエットのアルバムを企画したときに参考としたものなんだが、そのプロジェクトは形にならずじまいというのが残念でならない。ロバータ・フラックとピーボ・ブライソンのデュエット作、『Born to Love』やマーヴィン・ゲイとタミー・テレルの名作、『United』に匹敵する作品で、これは大学生時代からの愛聴盤だ。探してみると、同じ二人による『Breakaway』は容易に手に入るし、値段も安いんだが、出来は『Full Moon』の方が遙かに素晴らしい。実は、今年、オースティンに出かけたときに買ったアナログが、同じシリーズの最終作、『Natural Act』。それが1978年発表で、その翌年に離婚したとのこと。『Full Moon』と同じような二人の写真がジャケットを飾っているんだが、その表情が全てを物語っているといっていいだろう。どこかで二人がよそよそしいのだ。当然、最初の作品となった『Full Moon』が格段に素晴らしい。

林ヒロシ 当然ながら、海外のアーティストばかりではなく、日本人のアーティストのものもやっているんだが、「これはCD化されることはないだろう」と思っていたのに、今調べてみると、1993年にミディから発表されているのに驚かされた。アーティストは林ヒロシといって、ちょっと線の細い友部正人的なシンガー&ソングライター。アルバムは『とりわけ10月の風は』という作品で、自分の持っているのは、もちろん、オリジナルだ。まだ、インディなんて言葉がなかった1975年に、『自主制作盤』として発表されたもので、どこでどうしてこれを買うことになったのか全く覚えてはない。が、高田渡と親しくしていたらしく、ジャケット写真は彼の作品で、バックのミュージシャンに若き日の坂本龍一の名前が見える。と、そんなことよりも、歌がいいのだ。いわゆるフォークの『隠れた名盤』と言っていいだろう、大学生の頃によく聞いた宝物の1枚だ。

 たまたま、このミュージシャンはどうしているんだろうと思って調べてみると、なんと映画監督として著名な小林政広がこの人だったというのに驚かされた。今度チャンスがあったら、彼の作品も見てみよう。このアルバムに刻み込まれた音楽が、その映画の世界でどう展開しているのか... 実に興味深い。

 なお、調べてみると、CD化された『とりわけ10月の風は』に関していえば、ジャケットにオリジナルの素晴らしい写真が使用されていないのが実に残念。高田渡の見つめていた風景とここに封じ込められた歌がどこかでシンクロしているので、このCDを買いたいとは思わないなぁ、正直言って。しかも、「不適切な言葉」が4カ所カットされているらしい。自分にとってそれは歴史の改ざんに等しい醜悪な所業で、そんな作品がほしいと思ったことはない。

岡林信康 これは札幌に行ったときに4000円ぐらいで入手することになった、昔のビクター音楽産業から発表された岡林信康のメジャー・デビュー・アルバム、『岡林信康の世界 第一集』。実を言えば、まだ子供だった頃、頭をぶん殴られたような衝撃を受けた歌が2曲あって、それが彼の「手紙」と「チューリップのアップリケ」だった。音楽や歌を初めて真正面から意識したのがこの2曲で、ある意味、自分の人生を変えることになった曲であるようにも思う。が、「手紙」はURCからの岡林信康のデビュー・アルバム、『わたしを断罪せよ』で聴くことはできるんだが、「チューリップのアップリケ」は聴くことができなかった。いずれも、貧困や被差別部落の問題に絡んだ曲で、こういった状況が続いているのは「存在しない放送禁止」のおかげなんだろうと想像する。それが収録されているのがこの『岡林信康の世界 第一集』なんだが、どんな理由があるのか、これはCD化されてはない。というので、これをデジタル化したんだが、1〜2年前にCD化された1975年発表のベスト・アルバム、『大いなる遺産』に「チューリップのアップリケ」が収録されているとのこと。amazonでの解説によると、この曲のスタジオ・ヴァージョンはこのアルバムでしか聞けないらしい。結局はこれも注文してしまったんだが、ヴァージョンを気にするほど飽食していないので、これをきちんと聴けることだけで充分に満足なんですけどね。

 と、ここにあげたのはほんのわずかで、他にもいろいろあるんだが、基本的にレコードにしろ、CDにしろ、全てが限定盤だと思った方がいい。レコード会社なんぞ、採算が取れるかどうかどころか、利益でしかアルバム発売をしないもの。なにかの間違いで、とんでもなく『売れない』『名盤』が出てくることはあるんだが、そうならないことの方が多いのだ。だから、『聴きたい』のみならず、『なんだろう、これ?』と思える作品があったら、まずは手にしてしまうというのがレコード中毒者の性というもの。このところ、海外に行くと、数百円で買えるアナログをせっせと買い集めて、こうやってデジタル化しているんだが、それで発見した素晴らしい音楽は数知れない。今年はオースティンでカウボーイや、なぜかCDが手に入りにくいザ・マーシャル・タッカー・バンドのアルバムを買って、デジタル化している。おそらく、アナログ人口が少なくなったせいで、格安でアナログを買うことができるはず。もし、時間があったら、こんなことをやってみるのも手かもしれませんよ。



投稿者 hanasan : 01:28 | コメント (0)

2009年07月11日

旅で出会うミュージシャンたち

Dana Leong 面白いことに、旅をすると、必ず、面白いミュージシャンたちに出会う... って、考えてみれば、当たり前。なにせ、旅の目的はいつだって音楽なのだ。だから、いろいろな流れでさまざまなミュージシャンたちにで出会うんだが、どこかで誰かとつながっていたり... というのが、面白いのだ。

 その典型がDana Leong(ダナ・レオン)じゃないかと思う。この4月のアメリカへの旅の目的が、ここ数年、完全に惚れ込んでいるリラ・ダウンズの取材だったんだが、そのバック・ミュージシャンで唯一の東洋系が彼だった。なんでも日本人と中国系アメリカ人とのハーフらしい。彼に「この取材のあと、シカゴに行くんだよね。バスクのバンドで、友人たちがレコーディングしているから」と言うと、彼が「ひょとして、フェルミン・ムグルサって、知ってる?」と返してくるのだ。こちらからしたら、なんでメキシコ系のミュージシャンの取材で、いきなりバスクが出てくるのかと思ったら、彼がフェルミンの新しいアルバムで演奏しているというんだが、おそらく、それが『アスマティック・ライオン・サウンド・システマ』なんだろう。そんなプロセスで受け取ったのがダナ・レオンのアルバム、『Anthems Of Life 』だった。

 基本的には、本人曰く、ヒップホップ・ジャズということなんだが、90年代のジャズ・ラップを進化させたものと考えるのが正しいのかなぁ。一方で、トロンボーンよりもチェロの奏者だという情報もあって、そういったクラシック的なエッセンスに、レゲエ的なものも感じさせるのがなかなか面白い秀作だ。

 振り返れば、リラ・ダウンズを知ったのはバンダ・バソッティのマネージャーがくれたコピーがきっかけで、いうまでもなく、彼らと最もタイトに繋がっているアーティストがバスクのフェルミンだ。そのフェルミンと一緒に演奏している人間とこうやってヨーロッパから遙かに海を隔てたアメリカで繋がってしまうのが面白いのだ。

 もちろん、なんの拍子にバスクが出てきたかというと、ベリ・チャラックがレコーディングしているシカゴに向かうことを彼に伝えたこと。いうまでもなく、「バスクのメタル系で....」というところで、そんな話しに繋がったわけだ。

Majors Junction さて、シカゴに到着してメトロで最寄りの駅からスタジオに行くと、メンバーがいない。なんでも「カントリー・バンド」を見るというので、タクシーに乗って指示された場所に向かったんだが、なにやら廃墟のような場所にぽつんとあるバーがその会場。入場料は無料で「気持ち」だけでいいというのが嬉しい。といっても、その時点で誰もいなかったんだが、ドアを開けると目の前にカウンターがあって、その部屋のコーナーでドラムスのセッティングしている人物がいる。奥を覗くともっと広い劇場のようなスペースがあるんだが、そっちではなく、ちっぽけなバーそのものでライヴが始まるようだ。

 それから30分ほども待っただろうか。ベリ・チャラックの連中も到着して人も増えてきた頃に彼らの演奏が始まった。素人にしてはいいなぁ... なんて思いながら、演奏を楽しみ、その後、ドラマーと話をしたんだが、その時に受け取ったのが彼ら、マイナー・ジャンクションというバンドのアルバム、『Confluence』だった。これを聞いたのは帰国してからなんだが、これには驚かされた。といっても、最初に驚かされたのは音楽ではなく、CDが黒く、まるでアナログのようだったこと。っても、表がそれだというのは珍しくない。おそらく、誰もが一度はお目にかかったことがあると思うんだが、アナログ好きがよくやるのがそれ風のデザインで、これもそのひとつと思っていた。表はまるで45回転のシングル盤で、ご丁寧に溝まである。が、それをひっくり返しても、真っ黒。ん? これ、ホントにCD? と思ったのは、数年前、友人のスカフレイムスが『Realstep』というアルバムを思い出したからだ。この初期プレスでおまけとなっていたのが、なんと5インチの33回転。常識ではあり得ないことをやってのけた彼らには脱帽ですが、まさかこれもアナログじゃないよなぁ... と、おそるおそるCDプレイヤーに入れてみるときちんと再生するのです。mixiの友人たちによると、「黒いCDなら見たことがあるよ」ということなので、今振り返ると、そんなに驚くことじゃなかったのかなぁと思うけど、私には初体験なのです。

Majors Junction ちなみに、これがその中身の写真。どう見てもアナログでしょ? その趣味からも想像できるかと思うけど、彼らの音楽もアナログ... というか、基本的にはカントリー・ベースのオーガニックな音楽で、実をいうと、私、こういったのが好きなんですね。なかにはちょっとスイングするジャズっぽいタッチの曲も入っているし、初っぱなの曲なんぞ、いわゆるカントリー・ロックです。彼らのライヴを見たときには、もっともっとレイドバックしたカントリー系という感じだったけど、ジョニー・キャッシュあたりが大好きなんだろうなぁというのがよくわかる。実をいえば、帰宅してから彼らのことを調べてみると、どこかのフェスティヴァルでは、私の敬愛するデヴィッド・グリスマンの直前にステージに立つなど、かなり知られているような感じ。あのバーでは近所のアマチュアかと思ったんだけど、そうじゃなかったようです。

Maps And Atlases でもって、ベリ・チャラックがレコーディングしていたスタジオで、やはりレコーディングしていたのが地元のバンド、Maps And Atlasesで、彼らから直接受け取ったのがこの『You + Me + Mountain』というアルバムだった。

 この時、スタジオのなかでの彼らの作業を見学させてもらったんだけど、これが珍妙だった。なんとテープのスピードを落として、ドラマーがかなりのスピードで演奏しているのだ。「なんじゃらほい?」と不思議な顔をしている自分を彼らがニコニコしながら見ている。そりゃ、当然だろう。でも、それがなぜかわかったのは、このアルバムを聴いてから。なにやらどこかで、XTCを思わせるような変態ポップス的バンドが彼らで、これががなかなか面白い。彼らのMy Spaceから、「アルバム聞いたよ」とその旨を伝えてメールしたとき、「おそらく、ジョン・ピールが生きていたら、番組で流したともうよ」書くと、「そりゃぁ、嬉しい」といったレスが返ってきた。彼らが新しい作品を発表したら、きちんと聞いてみたいと思う。いやぁ、旅は本当に楽しい。



投稿者 hanasan : 02:32 | コメント (0)

2009年06月19日

Berri Txarrak in Chicago(ベリー・チャラック)

Berri Txarrak ロスからシカゴへひとっ飛び... わずか750円で往復のフライトだった。といっても、マイレージ、25000マイルを使っての予約で、その発券手数料がその金額だったということなので、それを「安い」と言っていいのかどうかはわからない。いずれにせよ、驚かされたのは、アメリカの国内便に関して言えば、マイレージを使ってのフライト予約が簡単で、使いやすいなぁということ。国際便となると、マイレージを持っていても使えないことが多々あり、それにこだわってフライトを選ぶのもなんだか騙されているような気持ちになるのだ。

 シカゴに飛んだのは4月14日で、わずか2泊。ここで大好きなバンドのひとつ、ベリ・チャラックがレコーディングしていたのが理由だ。以前もここに書き残しているんだが、彼らの仲間曰く「まるでフォークがそのままメタルになった感じ?」と形容され、エモ・メタルなんぞと呼ばれることもあるバスクのバンド。2年前の来日公演を取材して以来、めちゃくちゃ気に入っていて、マネージャーやバンドともけっこうコンスタントに連絡を取り合っている。なんでも、その彼らがヨーロッパのマーケットに関してロードランナーと契約して、新しいアルバムを録音していたので遊びに行ったという感じかな。なにせ、750円のフライトで、帰りのフライトのコネクションもいい。しかも、スタジオに泊まってもいいというので金もかからない。と、即決だった。いつものことなんだが、こうやって友人のところを転々としていると、日本にいるよりも金がかからないというのが面白い。

Berri Txarrak おそらく、秋口には発表されるだろう、ベリ・チャラックのアルバムをプロデュースしているのはスティーヴ・アルビーニ。彼のエレクトリカル・スタジオでのレコーディングというのだが、みんなに笑われるのを覚悟で書くと、この時点でも、私、この人がどれほど有名な人物かって、全く知らなかったのですな。なにせ、90年代のロック、しかも、アメリカ系となると全く聞いていないのですよ。彼の名前を知らしめることになったというニルヴァーナもピクシーズも聞いていないし、パールジャムもほとんど知りません。というので、この話をする度に笑われております。(今でも、笑えると思いますが)

 そのスティーヴとはほとんど話をしていないんだが、嬉しいのは、レコード好きな自分が中古レコードの店を探していることを告げると、いろいろな店を教えてくれて、わざわざ住所を書いたメモをくれたことかな。おかげで、いろいろな店を訪ねることができたんだが、結局、レコードを買うことになったのは、以前、この町を三味線ツアーで訪ねたときに、トムズ・キャビンの麻田浩さんに連れていってもらった店、Dave's Records。この時はMIyoshi Umeki(ナンシー梅木)の『シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』がみつかったのには驚かされた。っても、好きでもない人には「なんじゃらほい」なんですが、自分が愛してやまないハリウッド映画の古典、『サヨナラ』で、日本人初のオスカー受賞者となったジャズ・シンガーのアルバムで、初めてこれを聴いたのは今は亡きパパ・ジョン。横浜は野毛にあるジャズと演歌の店だった。それ以来、探していたアルバムがここでみつかったことになる。

Nancy Umeki さらに、Tut Taylor(タット・テイラー)というドブロ奏者の「Dobrolic Plectral Society」とウイリー・ネルソンのレゲエ・アルバム、『Countryman』ということで、最後の1枚のは新品だったけど、他は中古。ナンシー梅木(ミヨシ・ウメキというのがアメリカでの芸名)がCDで再発されるというのを知ったのは帰国してからと... まぁ、タイミングが悪かったんだが、おそらく、そのオリジナルだろう1枚を入手できたのは嬉しい。

 タット・テイラーもあまりなじみがないと思うんだが、昔からカントリーやブルーグラスが好きで、大好きなアルバム、ノーマン・ブレイクの『The Fields of November』やカントリー勢がジャズをやっている名盤、単純に演奏しているミュージシャンの名前を連ねただけの『Norman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』での演奏が忘れられなくて、こんな機会に手を出してしまうのだ。

 ちなみに、前者の『The Fields of November』は翌年のアルバム、『Old and New』と2 in 1の形で出ているようなんだが、注意書きにCD-Rによる製品とあるのが、買うのを躊躇させます。また、後者のNorman Blake / Tut Taylor / Butch Robbins / Vassar Clements / David Holland / Jethro Burns』は隠れた名盤で、チャンスがあったら絶対に買って欲しいと思う。以前は、アナログからデータを起こして、iTunesに入れていたんだが、実は、今回の旅のロスでまれなCDを発見。購入している。ここに収められた「(Take) 'A' Train」は絶品です。

 さらに、ここで出会ったバンドのことも書きたかったんだが、それはまた次回ですな... なんか長くなりすぎたのです。


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2009年06月18日

Ozomatliが沖縄にやってくる!

Ozomatli ロスでリラ・ダウンズを取材して、その後は友人宅でお世話になりながら、ちょっとした休暇を楽しんでいた。といっても、昔からの仲間に会ったり... ということは、以前書き残している。加えて、オゾマトリのマネージャーにも会っていた。なにせ、彼らを初めて取材したのが1997年と、すでに彼らとのつきあいは12年目。四方山話をしようということになったんだが、主な目的は彼らを沖縄へ呼ぶことだった。おそらく、このブログをチェックしている人だったら知っていると思うんだが、2007年にピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007を取材して以来、毎回このイヴェントには顔を出していて、なんとか、オゾマトリをここへ呼べないかというのが本当の気持ち。それが無理でも彼らには沖縄へ来て、その現実を体験してほしかったのだ。

 だから、彼らとは会う度にその話をしていた。彼ら以外でも、仲良くなったミュージシャンには、なぜか、「沖縄へ行ってごらん」と話しているようで... 大昔はホットハウス・フラワーズのリアムにも言ったなぁ。ちょうど、彼のお父さんが亡くなって、彼が落ち込んでいたとき。それから、どれほど過ぎた頃かなぁ... 実際に沖縄に行ったらしく、「お前の言っていたことは正しいよ。沖縄は素晴らしかった」と語ってくれたことがある。

 それはともかく、オゾだ。たまたまそんな話をしていたら、マネージャーのエイミーが9月25日にシンガポールでライヴをやるというのだ。だったら、21日に予定されているピース・ミュージック・フェスタ!に出られるかもしれないと思って、交渉を始めていた。といっても、簡単なわけはない。なにせ、主催者はプロのプロモーターではなく、沖縄から米軍基地をなくそうと動いているミュージシャンや仲間たち。当然、金なんてあるわけはない。でも、嬉しかったのは、「そんなことは重要じゃない」と、この申し出を快く承諾してくれたこと。しかも、あのあと、幾度かメールでやりとりをすることになるんだが、そのなかではっきりと彼らに伝えたものだ。

「沖縄の人はアメリカ人、嫌いだよ。だって米軍基地は押しつけられるわ、米兵の犯罪は日常茶飯事だし...」

Ozomatli Live at the Fillmore そうすると、エイミーからは「メンバーは全員、そのことを知っているし、ヴェトナムでライヴをしたこともあれば、中近東でやったこともある。だから、みんな、すごく楽しみにしている」

 という返事が返ってきた。本当に嬉しいと思う。こういった連中と友達でいることが自分の... どこかで誇りなんだろうと思う。

 ちなみに、ここ数年のオゾマトリの作品でベストはというと.... おそらく、『Ozomatli Live at the Fillmore』だろう。DVDが一緒になっていて、この時のライヴを見ることができるんだが、ライヴ・バンドとしての真骨頂をここで確認することができる。できれば、チェックして欲しいと思う。

 ちなみに、このピース・ミュージック・フェスタ!の公式サイトはこちらで、彼らが運営しているブログがこちら。ときおりでもいいので、チェックしてくれると幸い。それに、東京や大阪ではプレ・イヴェントも開かれるようなので、なんとか足を運んでくださいませ。そうやって、お金を生み出さないと彼らも息切れしてしまうのです。宣伝もしてください。それだけじゃなくて、実際に、沖縄に行って、基地の現実を目の当たりにして欲しいと思う。今なら... というか、つい先日、これに合わせて沖縄行きのフライトを予約したんだが、なんとか3万円強で往復のフライトを押さえることができました。連休の時期なので、どんどん安いフライトが押さえられているのですよ。だから、急がないとめちゃくちゃ金がかかるのです。

Monareta さて、そんな話の他にも、オゾのマネージャーとはいろいろな話をしている。例えば、ここ数年、ラテン系のコンテンポラリーなロックとか、そういった音楽にはまっていること。すると、彼女のボーイフレンドがそういったアーティストを中心としたレーベル、Nacional Records(ナショナル・レコード)を運営しているというのだ。そこでいろいろなアルバムを受け取ることになるんだが、面白いのはヴェニス・ビーチでお世話になった友人、かつてジ・アンタッチャブルズをマネージメントしていた彼が、一時期面倒を見ていたメキシコのユニット、プラスティリーナ・モッシュのアルバム、『All U Need Is Mosh』がここから発表されていること。この偶然には驚かされたもんだ。それだけではなく、ここ数年、再来日が待望されているex-マノ・ネグラ、マヌ・チャオの『La Radiolina』から、この話を聞く一月ほど前にオースティンで取材したコロンビアはボゴタからやってきたエレクトリック・クンビアのユニット、Monareta(モナレータ)の最新作、『Picotero』もここから発表さているんだとか。繋がりというのは、本当に面白い。

 さらに、今年のフジロックのラインアップを見ていたら、そのレーベルのアーティスト、Juana Molina(フアナ・モリーナ)の名前が見える。実は、『Un Dia(ウン・ディア)』と呼ばれている最新作を、このレーベルから受け取っていたのだ。世の中、本当に狭いと思うし、まるで見透かされてるように、みんながつながっているのを再発見したように思うのだ。


投稿者 hanasan : 01:33 | コメント (0)

2009年06月10日

Kenny Rankin - こよなく愛したアーティストが亡くなりました

Kenny Rankin 本来ならば、前回アップしたマリワナ事情に関して書きつつあるものを先にフィニッシュしてアップすべきなんだが、つい先ほど、自分が最も敬愛するアーティストのひとり、ケニー・ランキンの訃報が入ってきた。と言っても、自分が彼をこよなく愛していることを知る友人がMixiを通じて知らせてくれたんだが、なんでもロスの病院で肺ガンのために亡くなったとのこと。享年69歳というんだが、それほどの年齢だったとは... 

 これまで幾度が彼のことは書いていると思うんだが、前回は名作中の名作、『Silver Morning』が初めてCD化されたときだった。その時の原稿はここでみつかるんだが、2006年の10月とある。それからしばらくの後、2008年3月には彼の代表作の多くが紙ジャケット仕様で再び日の目を見ることになっている。と言っても、それは日本でのこと。本国、アメリカではケニー・ランキン自らがhttp://cdbaby.com/を通して3枚のアルバムを再発しているに過ぎない。どうやらアメリカのレコード会社は彼にそれほどの愛情もないんだろう、他のアルバムもほとんどが廃盤のようになっているようだ。

 おそらく、70年代にAORと呼ばれた音楽を好きな人じゃなかったら、彼のことなんぞほとんど知らないと思うし、すでに忘れ去られているのではないかと思うんだが、自分にとってケニー・ランキンとは「これ以上の優しい声を持つ人はいないだろう」と思わせるほどのヴォーカリスト。同時に、ギタリストでピアニストでもある。特筆すべきは、ハッとするほどの美しさを持つ声なんだが、それこそ「癒し」と呼ぶにふさわしいクオリティを持っている。どれほどイライラしているときでさえ、彼の声を聞くと心が落ち着くといってもいいだろう。まるで魔法でもかけられているように気持ちが落ち着いて、優しくなれるのだ。

Kenny Rankin 初めて彼の声を聞いたのは学生時代だった。最も印象に残っているのは、友人が開いていた喫茶店で彼のアルバム、The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)を聴いたとき。この喫茶店は岡山市内にある運動公園を囲むように走る国道53号線沿いにあって、その窓からは日の光がさんさんと入ってくる。おそらく、秋口か冬ではなかったかと思うんだが、朝方、まだ店を開けたばかりの時間に温かいコーヒーを飲みながら、このアルバムを聴いたときの心地よさはどれほど言葉を重ねても描ききれないと思うのだ。まるで心が洗われていくような気持ちとでも言えばいいだろうか、あれ以来、なぜか日曜日の朝、なにもしなくてもいいリラックスした朝にこのアルバムを聴くのが定番になったように思う。

 といっても、このアルバムをわずか3日間でフル・オーケストラをバックに生で録音したということを知ったのは、ケニー自身がこのアルバム、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と前作、『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』、そして、なぜかしら『Inside(インサイド)』という作品が一枚抜けて、そのまた前のアルバム、『Like A Seed(ライク・ア・シード)』を再発した頃。http://cdbaby.com/か、あるいは、彼の公式サイト、http://www.kennyrankin.com/で彼自身がそんな思い出を書き残していたように思う。この一連のアルバムは、全て傑作と呼ぶにふさわしいんだが、少なくとも『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』と『Silver Morning(シルヴァー・モーニング)』は聴いてもらいたいと切に願う。

 彼のスタイルはちょっとジャズっぽいエッジを持ったヴォーカルがメインなんだが、その萌芽はすでに60年代終わりに発表したアルバム、『Mind Dusters(マインド・ダスターズ)』あたりから現れていた。フォーキーなんだが、どこかでジャズを感じるのだ。そのあたりの流れは、同じ時代に頭角を現してきたジョニ・ミッチェルやイギリスのジョン・マーティンにも近かったかと思う。しかも、そのアルバムに続く、『Family(ファミリー)』では、後に発表する名作、『The Kenny Rankin Album(邦題 : 愛の序奏)』でもカバーすることになるハンク・ウイリアムスの名曲「ハウス・オヴゴールド」を取り上げていたり... しかも、そのスタイルが後者を想定していたような趣で、時代を遙かに超えた、とんでもないセンスや才能を持っていたことが伺えるのだ。実をいえば、90年代初期にニューヨークに行ったときに、この2枚のアナログを見付けて購入しているんだが、それを聞いたときには、彼のそんなセンスに多いに驚かされたものだ。

 それから数年後かなぁ、ブルーノートにケニー・ランキンが来日して、ベースとのデュオでライヴをやったときには、あのブラジル風のギター、(特にバーデン・パウエルの「ビリンバウ」が傑作)が本人の演奏だということを間近に目撃して、また驚かされることになる。ヴォーカリストであるばかりではなく、彼はギタリストでもあり、(その時、同じように発見するんだが)ピアニストでもあることを再認識したのがこのとき。なんでも、ボブ・ディランの『Bringing It All Back Home(ブリング・イット・バック・ホーム)』でギタリストを務めたという話を、この訃報を伝えるタワー・レコードのバウンスでチェックしたときに初めて知ったんだが、ディランとの関係なんて全く知らなかった。というか、自分にはそんなこと、些細なことなんですけど。

 それはともかく、アメリカを遠く離れたアジアの端っこの日本でも、ケニー・ランキンという、スターでもなんでもないアーティストをこよなく愛した人間がいたということを書き残しておきたいと思うのですよ。もちろん、だからってなにも変わることはないんだが、本当に彼の音楽には感謝しているのです。ホントに、ホントに、安らぎの時間を与えてくれてありがとう。安らかに眠ってください。



投稿者 hanasan : 21:14 | コメント (0)

2009年05月15日

再び、岡林信康にガツーン!

岡林信康 本当は、もっと他に書かなければいけないことが多々あるんだが... 例えば、2月末には韓国に行って、とんでもなく面白いことを発見し、3月はオースティンでSXSW取材。4月はロス、そして、その下旬には台湾と、たまたま格安のフライト・チケットが手に入ったというので、そんな場所をふらふらしているんだが、それを飛び越えて、先日手に入れたアルバムのことを書いてしまいたいのです。それは岡林信康のCD。なぜか知らないけど、このところとんでもない勢いで、「こんなのが出るの?」と言えるほどに岡林信康のレアな音源がどんどんCD化されているんですな。と言っても、その全てを買えるわけもなく... とはいいながら、まるで清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買うこともあるのです。なにせ、国内盤はめちゃくちゃ高い。1枚買う金で輸入盤だったら、下手をすると3〜4枚は購入可能だというので、ほとんど買う気にはならないのです。が、これは、やってしまった。

 それが『岡林信康URCシングル集 +8』というコンピレーション。すでに購入されている方がamazonでいろいろな情報を書いてくれていて、それをチェックして判断したんだが、これがとんでもなく素晴らしいのだ。特に、ぶっ飛んでいるのは、はっぴいえんどと録音した数々のシングル。60年代の終わりから70年代の初めという、この時期といえば当然のように名作、『わたしを断罪せよ』から『見るまえに跳べ』、そして、『俺らいちぬけた』が、自分の中での『岡林信康三部作』といってもいい傑作の流れで、当然ながら、これは全て持っている。それだけではなく、数え切れないほど聞いてもいるのだ。おそらく、自分にとって、彼のベストの時代で、最も影響を受けた時代でもある。サウンドという、一面的な部分で言えば、見るまえに跳べ』が、おそらくベストなんだろうが、当時のシングルを集めたという、『岡林信康URCシングル集 +8』では、アルバムでは聴くことができなかった(ように思える)素晴らしいヴァージョンが収録されていることに改めて驚かされることになる。といっても、全てを聞き比べてはいないんだが、このアルバムを聴いた瞬間思ったものだ。「すげてぇ、また頭をぶん殴られたようなもんだぁ」と、驚喜したのが、このブログを書くきっかけだ。

 特に素晴らしいと思うのは、やはり「岡林信康 With はっぴいえんど」とクレジットされている一連の曲。その名前で収録されているのは、おそらく、昔の岡林信康好きだったら知っていて当然の曲ばかりで、「愛する人へ」、「ラブ・ゼネレーション」、「だからここに来た」、「コペルニクス的転回のすすめ」、「家は出たけれど」、「君を待っている」、「自由への長い旅」、「今日をこえて」、「それで自由になったのかい」の10曲なんだが、特に強烈だったのは「だからここに来た」と「コペルニクス的転回のすすめ」。おそらく、前者ははっぴいえんどのボックスセットに収録されている「バッキング音源集」と同じヴァージョンだと思うのだが、「コペルニクス的転回のすすめ」はそのボックスセットは違うヴァージョンで、今回最も強烈なインパクトを与えてくれたように思う。おそらく、はっぴぃのファーストにして、名盤といわれる、通称『ゆでめん』の頃のレコーディングじゃないかと想像するんだが、バックの演奏が持つエネルギーが素晴らしい。加えて、ヴォーカルの岡林信康が抱えている「熱」がとんでもないのだ。それをまとめて聴くことができるのがこの『岡林信康URCシングル集 +8』の嬉しいところなんだろう。

岡林信康 とはいっても、歌はどこかで最初にインパクトを受け取ったその録音が最も決定的で、今回、CDではほとんど入手できない岡林信康の初期の曲で、「チューリップのアップリケ」を求めて、同じように再発された『岡林信康』も買ってみたんだが、なにかがどこかで面白くない。なにかが微妙に違うのだ。

 なによりも自分が慣れ親しんできたもの、しかも、まだまだ子供だった頃にラジオで聞いて衝撃を受けたのは、今では入手不能となっている『岡林信康の世界 第一集』に収録されているヴァージョン。いくら待ってもこのCDが発表されないというので、結局、中古盤屋でみつけたこのアルバムのデータをコンピュータに落として、デジタル化。それをiTunesで読み込んでいるんだが、自分にはこれがベストに思えるのだ。探してみると、この曲のスタジオ録音ヴァージョンがCDで聴くことができるのは『大いなる遺産』のみだとamazonでは説明されているんだが、それが録音されたのは1975年。前述の、おそらく、これこそがオリジナルだろう、70年録音とは別もののように思える。

 まぁ、こんなことを書いていると、まるで岡林信康オタクのようにも思えるんだが、今回、『岡林信康URCシングル集 +8』を「買ってしまって」そんなことを思ったというだけのこと。よほどのファンでもない限り、こういった寄せ集めを買う必要はないと思うんだが、ここに収録されているはっぴぃえんどとの録音は、久しぶりにあの時代のエネルギーを感じさせてくれたということなんだろう。

 が、いずれにせよ、自分にとって彼の傑作は『わたしを断罪せよ』と『見るまえに跳べ』に『俺らいちぬけた』の三枚。そして、『岡林信康の世界 第一集』でしか聞くことができない、あの頃の「チューリップのアップリケ」ではないかと思う。

 そういえば、「チューリップのアップリケ」で検索していたら、引っかかったのが笹生実久という女性のアルバム、『チューリップのアップリケ』。どうやら、岡林のこの曲のみならず、同じようにあの時代に売れた新谷のり子の「フランシーヌの場合」までカバーされていることにちょっとビックリです。なにがどうしてこうなったのか、そうして、彼女はこういった曲をどう歌っているのか... 実に気になるのであります。



投稿者 hanasan : 03:06 | コメント (0)

2009年05月01日

なんと4ヶ月ぶり...Black Joe Lewisのこと

Black Joe Lewis & The Honeybears 実をいえば、忙しくて忙しくて、自分の好き勝手に書けるこのブログはずっと休眠状態です。トップページで更新素材として表示しているのもSmashing Magで書いたレヴュー原稿を移行させているだけで、新たにここに書いたものではない。が、本当に忙しいんです。

 でも、これからはほんの数行でも思いついたことなどを書き残しておこうと思うのです。そのひとつが、この3月にテキサス州はオースティンで開かれたフェスティヴァル、サウス・バイ・サウスウエストに出かけたときにみつけたこのアーテイスト。Black Joe Lewis & The Honeybears(ブラック・ジョー・ルイス & ザ・ハニーベアーズ)というんだが、彼らが飛び抜けて面白かったのです。といっても、ザ・ハニーベアーズというバンドを伴って、その名義でアルバムを発表したのは最近のようで、その名義で出ているのが『Tell 'Em What Your Name Is!』というアルバムと、バンド名そのままにタイトルの付けられた10インチのアナログEPの4曲入り、『Black Joe Lewis & the Honeybears』の二枚。今回、オースティンではこのほかに、単純に『Black Joe Lewis』と付けられた2007年のアルバムも買っていて、このバンドとしての活動はここ2年ほどのものではないかと想像する。

 彼らのことを知ったのは、日本で見たときよりも遙かにエキサイティングだったトニー・ジョー・ホワイトを撮影していたときのこと。オーディエンスのひとりが、その日の早く、ソニーズ・ヴィンテージという、50年代から60年代を中心とした中古品を中心として売る店で演奏していたイーライ・『ペイパーボーイ』・リードとザ・トゥルー・ラヴを撮影していた自分を覚えていたらしく、ドイツ語訛りの英語で、こう言うのだ。

『あのバンドが好きだったら、絶対に見た方がいいよ。ブラック・ジョー・ルイス。最高だから』

Black Joe Lewis & The Honeybears と、それが取材を決めた理由だ。たまたま時間もあったし... というので、その会場、ザ・パリッシュのドアの前に並んだんだが、同じ小屋でトニー・ジョーを見たときにはすんなりと入れたのに、こちらはほぼ30分ほども待たされただろうか。地元、オースティン出身ということもあるんだろうが、なにやらやたら人気があるというのはこれだけでも理解できた。会場のドアを開けたときには、すでに演奏は始まっていたし、びっしりとめいっぱいのオーディエンスで埋まってる。これもトニージョーとは大違いで驚かされることになる。おかげで、実に撮影しにくいんだが、なんとか形になる写真だけは撮れたかなぁ... という感じ?(それはもうすぐSmashing Magにアップの予定)

 で、その音楽はというと、基本的にはスタックスあたりを思い出させるソウルやファンクなんだが、ヴォーカルでギターのブラック・ジョー・ルイスがユニークなのだ。ギターやヴォーカルの感触にロック的なエッジを感じさせるし、それがバックのもろ王道ソウル&ファンク路線と重なるといい味を出してくれるのだ。2007年の本人名義のアルバムでは、もっとブルース的なニュアンスの方を強く感じるんだけど、それがいい具合に進化していったんだろうなぁと思う。

 歌を聴いていると、けっこうラップ世代にも通じるワイルドなタッチを持ちながらも、「働いても働いても、クソ貧乏!」的な歌詞が耳についたんだけど、おそらく、このあたりの感覚はブルースやソウルに根ざしつつも、パンクからラップ世代にもつながっていて、それがサウンドを絡まってコンテンポラリーな味を出して要るんだと思う。

 もし、興味があったら、ぜひ、聴いてくださいませ。なにせ、『Tell 'Em What Your Name Is!』と『Black Joe Lewis & the Honeybears』を両方買っても、現時点で2000円ほどと安い。ちなみに、後者のアナログ10インチ、『Black Joe Lewis & the Honeybears』のジャケットにはただでMP3のファイルをダウンロードできると記されているんだが、アメリカでこのアルバムを買って、日本でダウンロードしようとしたら、「アメリカ以外ではできません」という結果になったのがショックでしたけど。まぁ、アメリカ在住の友人に依頼して、結局は入手できたんですけどね、このあたり、なんとかならないのかなぁと思いますな。



投稿者 hanasan : 20:14 | コメント (0)

2008年12月20日

誰を怨めばいいのでございましょうか - 三上寛

三上寛 まるで時代が振り出しに戻ったようなもんだろう。なにやら、このところ、そんな気がしてならない。そんな貧困の時代に直面しているように思えるのだ。

 終戦から10年で生まれた自分は、ガキの頃の貧困をよく覚えている。どこかでそれがトラウマになっているのかもしれないんだが、あの頃、みんな貧しかったのは確かだ。自分の経験から過去を振り返れば、権力はそんな貧乏人を喰らうようにして、豊かになっていったのであり、高度経済成長だとか、日本の経済力だとか繁栄だとか富なんぞ、そんな貧乏人の屍の上にしか成り立っていないではないかという思いを抱えている。

 三上寛という希代の才能がこのアルバム、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』を発表した頃だって、そんな情景が残っていた。都市部に住んでいる人たちなら、どこかで「繁栄」の幻想に踊らされていたのかもしれないが、田舎はそうじゃなかった。まだ、日本ではなかった沖縄から、産業のなかった東北から数多くの貧乏人達が「高度経済成長」の屍として大量に都市部に追い込まれていたのが50年代から60年代だ。そんな彼らを使い捨ての低賃金労働者と言えば、ひょとするとまだ聞こえはいいのかもしれない。が、実際のところは、「人格権さえをも奪われた」弱者の奴隷として、まるでもののように「利用」していたのが権力だった。そんな時代が再び日本を包み込んでいるこの時代、三上寛の歌の数々がとてつもないリアリティを持って迫ってくる。

 オリジナル・パンク、パンク・フォーク... そんな言葉に始まって、怨歌シンガー・ソングライターと、どうやって彼のことを説明したらいいのか容易ではないんだが、ギター一本を武器に、まるで身体のなかから全てをはき出すように、叫び、絞り出すように歌う彼やその音楽を単純な言葉で説明することは出来ない。しかも、多くのミュージシャンが、どこかでディランを代表する洋楽の影響の下にシーンに飛び出してきたのに対して、三上寛の背景は明らかに異色だった。それはうらぶれた田舎の映画館で見た小林旭であったり、高倉健だった。幻想の反映に振り回されていた都市ではなく、当時、当たり前のように貧しく、はかなく、捨て去られたような田舎で流れていた演歌や歌謡曲の世界。そんな音楽にむき出しの言葉が三上寛の歌に重なっているのだ。

三上寛 おそらく、曲に付けられたタイトルを見るだけでも、洋楽かぶれの嘘っぱちロックやただのええかっこしぃのバンドやアーティストもどきとは全く違った世界に彼がいるのがわかるはずだ。例えば、『ひらく夢などあるじゃなし - 三上寛怨歌集』に収録されている曲には、こんなタイトルが並べられている。

1. あなたもスターになれる / 2. ひびけ電気釜!! / 3. 痴漢になった少年 / 4. 股の下を通りすぎるとそこは紅い海だった / 5. パンティストッキングのような空 / 6. 一人の女のフィナーレ / 7. 昭和の大飢餓予告編 / 8. 誰を怨めばいいのでございましょうか / 9. 夢は夜ひらく / 10. 故郷へ帰ったら / 11. 気狂い / 12. 夜中の2時 / 13. 五所川原の日々 / 14. 青森北津軽郡東京村 / 15. 葬式

 1972年に録音されたライヴ、現在では入手が困難な『コンサートライヴ零孤徒』に収められているのがそのあたりの曲の数々。まるで血を流しながら歌うような当時の三上寛がここにドキュメントされているんだが、これを聴いているとまるでナイフで心臓の真ん中をメタメタに刺されているような感覚に陥ることがある。それほどまでに三上寛の歌は聴く者のはらわたをえぐっていた。

三上寛 そんな世界をそのまま、音楽的な広がりを見せたのが『Bang!』と呼ばれる傑作で、山下洋輔トリオあたりをバックにとんでもないところに行ってしまうのだが、それでも「怨念」にも似た叫びがここで渦を巻いていた。

 このところ、三上寛の歌が再び自分の中で「響く」のがわかる。昔から、大好きだった「誰を怨めばいいのでございましょうか」から「青森県北津軽郡東京村」あたりの歌が、なにやら60年代終わりから70年あたりの歌ではなく、まるで今の歌のように聞こえるのだ。そして、「昭和の大飢饉予告編」がまるで平成の今を歌っているようにも思える。貧しさのせいで、自殺が相次ぎ、倒産や首切りで身体を、そして、魂を、人格さえをも売ることでしか生き延びることが出来ない、そんな時代に僕らが生きているんじゃないか? そんなことを思い起こさせるのだ。

「前を向いたら、遅すぎました。後ろを向いたら、早すぎたのです... 生まれてきたとき泣きました。落ちていくとき、泣きました。誰を怨めばいいんでございましょうか?」

 21世紀のこの時代にこの歌が胸を打つ。なんて時代に俺たちは生きているんだろう...


投稿者 hanasan : 12:50 | コメント (0)

2008年12月11日

690円の密かな楽しみ

Little Feat 再び「こんなことを書いている場合ではない」と思う。大麻報道に見られるメディアの極端な偏向や情報操作に「ジャーナリズムの死」を感じているし、押し寄せる不況の波がなにを生み出していくかという点についても危機感を持っている。当然ながら、そこから派生する不当解雇はまず弱者の直撃だ。最初のターゲットになるのは外国人研修制度の名を借りて奴隷のように扱われる、主にアジア系の労働者やブラジルから出稼ぎに来ている人々。次に来るのは「日雇い」にも匹敵する「低コスト」の派遣労働者だというのはいうまでもないだろう。前者は蚊帳の外に置かれているように思えるのだが、このところ、毎日のようにメディアを騒がせているのが後者だ。「経費削減」のために彼らが捨てられて、続くのは社員の首切り。ほんの少し前までは「史上最大の経常利益」なんて言葉が新聞の紙面を飾っていたと思うんだが、あれはどこへ行った? おそらく、今のメディアのあり方や警察の横暴は、来るべき大衆運動に対する圧力の伏線で、同時に、弱者がより弱い弱者を作る動きが出てくるはず。忘れないで欲しいと思うのだ。ファシズムは優しく、心地よく人を飲み込んでいくということを。歴史が語りかけているのはそれじゃないですか?

 と、そんなことを思いながらも、CDを買い漁って、こんなことを書く自分がいるのです。だってねぇ、信じられないほどの値段で名盤を聴くことができて... そんな喜びを少しでも誰かと共有したいと思うのですよ。例えば、このアルバム、リトル・フィートの名作『Time Loves A Hero』も、この原稿を書いている12月11日の段階でたったの690円。たまりません。アナログでしか持っていなかったこのアルバムもこれを機会にCDを購入。久しぶりにじっくりと聞いて、その素晴らしさに再び感動してしまうわけです。というので、このあたりを紹介してみたいと思ったのです。

Doobie Brothers めちゃくちゃ味のあるスライドを聴かせるローエル・ジョージ率いる... というよりは、彼そのものであったリトル・フィートの名盤として世に知られているのは、もちろん、『Dixie Chicken』。同時にコアなファンにとってみれば、『Sailin' Shoes』も絶品で、少なくとも、この2枚に加えて全盛期のライヴを収めた『Waiting for Columbus』を持っていれば彼らの魅力は充分に理解できると基本的には思う。っても、個人的にベストのベストなのはローエル・ジョージにとって唯一のソロ・アルバムとなった『Thanks I'll Eat It Here』。これがすごい。

 とはいいつつ、実はほぼ全てのアルバムを持っているのだが、CDで持っていなかったというので、今回690円に釣られて購入したのが『Time Loves A Hero』だった。プロデューサーはドゥービー・ブラザーズの一連の作品で知られるテッド・テンプルマンで、このアルバムが発表されたのは77年。その前年に発表されているドゥービー・ブラザーズの『Takin' It to the Streets』と聞き比べると、また面白いのだ。これも690円だというのが嬉しいんだが、ほぼ同じ時期に同じプロデューサーが関わっていて、さらには、それぞれのミュージシャンがそれぞれの作品にゲストとして加わっているわけです。というので、まるでドゥービー・フィート(!?)じゃんと思わせる曲があったり... それでいながら、どうしてもリトル・フィートであり、どうしてもドゥービーだというあたりがさすがなんだと思う。

 特に、今回、この『Time Loves A Hero』をひさびさに聴いて、スピード感のあるグルーヴやタイトなサウンドに昇天してしまうのです。ジャズからファンクの要素を飲み込んで... ライヴだったら、これで延々とジャムってしまうんだろうなぁと思うとゾクゾクします。っても、ライヴは見たことがないんですが。今回これを買ってリピートで、しかも、フルヴォリュームで聴いているのがインストの4曲目「Day At The Dog Races」。この曲でのソロの流れやタイミング... とんでもない傑作だと思う。

The Doobie Brothers 一方、ファンのなかで賛否両論に別れるらしいドゥービーの『Takin' It to the Streets』ですが、正直言ってしまうと、自分の中ではこれが最大の傑作です。もちろん、初期の傑作、これも今690円で購入可能の『Toulouse Street』が素晴らしいのはいうまでもないし、名曲、「Listen to the Music」や「Rockin' Down the Highway」が収録されたこれも持っていて当然。ただ、グイグイと、どこかで押しと乗りの良さだけで突っ走っていたドゥービーが、マイケル・マクドナルドの加入で微妙なリズムやジャズやソウルっぽいタッチを手に入れたのではないかと思うのですよ。その両者が絶妙のバランスの上でせめぎ合っているのが『Toulouse Street』で、それをさらに推し進めたのが77年の作品、『Livin' on the Fault Line』。そして、ポップでAOR色を異様に強くした78年の『Minute by Minute』で、実をいうと、これで「ロックなドゥービー」は幕を閉じたと思えたものです。まぁ、昔から好きだったので、後の『One Step Closer』も買ったけど、これを繰り返して聴くことはほとんどなかったというのが正直なところ。

 と、まぁ、わずか690円でこのあたりのアルバムを購入できるというのが実に嬉しい。探せば、まだまだいろいろあるんですが、この値段がいつまで続くかはわかりません。これを機会に、いわゆる「名盤」を聴いていただければ嬉しと思うのですよ。まぁ、amazonの場合、1500円以上買わないと送料が無料にならないから、3枚ぐらい買う羽目になってしまうんですけどね。

 ちなみに、車を運転するときの定番は『Takin' It to the Streets』。これとオールマン・ブラザーズの『Fillmore East』があれば、気分よく運転できます。おそらく、次回はここにリトル・フィートの『Time Loves A Hero』が加わることになると思いますけど。


投稿者 hanasan : 09:53 | コメント (0)

2008年11月13日

いつも通りの安物買い

Dave Brubeck こんなことを書いている場合じゃないだろう... と思う。まるで「戦前そのまま」の特高のような警察の暴力が横行し、誰だっていつでも犯罪者に「仕立て上げられる」状況を目の当たりにして、こんなことを書いていていいのか? と思う。渋谷の「麻生首相の家を見に行こう」という映像をYou Tubeで見た後、同じような「警察の横暴」や「まるでやくざ」か、それ以上に「まんまやくざ」な警察の実態から、職務質問の名を借りた嫌がらせに「暴力」を記録した映像を次から次へと見てしまうと、日本のどこに民主主義があるねん! と思うのだ。それほどに「危険な時代に」自分が生きていることを感じているときに、こんなことを書いていて... という。自己嫌悪を感じならが、それでも、音楽が好きだというアホさ加減にあきれてください。(同時に、You Tubeで探してみてください、こういった映像を。それがけっして、特別なことじゃないのがわかるから。今日、明日にでも「自分だって捕まるかもしれない」ことを現実に認識してしまうと、ゾッとしますから)

 例によって、amazonとのアフィリエイトのおかげで、頻繁にチェックしているんですけど、ときおり、「なんでこんな値段で...」と思えるアルバムを見かけることがあるんですね。実は、これを書く直前にもマイルス・デイヴィスのこんなボックス・セット、『Workin', Relaxin', Steamin'』をみつけてしまいました。ジャズの名門、プレスティッジからコロムビアに移籍するにあたって、契約分を「消化する」必要から2日間でアルバム4枚分のレコーディングを一気にやっているんですが、そのうちの3枚を収めているのがこのボックス・セット。なんで『Cookin'』1枚が抜けているのか、全然理解できないんですが、それにしても、他の3枚が一緒に入っていて、なんと(今日の段階で)869円。まるで冗談のような値段で売られています。

 と、そんな「安物」として買ってしまったもので、傑作や掘り出し物がいっぱいあるんですけど、その1枚がデイヴ・ブルーベックの『Jazz Impressions of Japan』。ジャケットからして「なんでジャズ?」って思えるんですが、1曲目からにんまりしてしまって、今じゃ、愛聴盤です。

細野晴臣 まぁ、これが録音されたのは東京オリンピックの頃らしいんですが、あの直前に初来日したデイヴ・ブルーベックがそのときの印象をまとめたらしいんだけど、これは面白い。ってぇか、細野晴臣が、例のエキゾチカ三部作(『トロピカルダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』)を録音したときのネタ元の一枚じゃないかなぁと思ってしまいました。一般的にマーティン・デニーの『The Exotic Sounds』がベースにあるというのは有名な話なんですけど、このデイヴ・ブルーベックも「来てる」なぁ。曲のタイトルだってTokyo Traffic(トーキョー・トラフィック)からOsaka Bluesオーサカ・ブルース)、Fujiyama(フジヤマ)にKoto Song(コト・ソング)という流れが、「東京ラッシュ」「ジャパニーズ・ルンバ」「香港ブルース」とかに似ていません? オリジナルじゃなくても、そうであっても、なんかがどこかで微妙に似ているのです。もちろん、その日本人であって日本人でない「異人の目」で世界を見つめながら、「空想」のアジアを旅している感じがするのが細野の作品群で、当然、こういった視線が核になっているんでしょうけど。それはともかく、今回のこのアルバム、『Jazz Impressions of Japan』は大当たり。ちょっと高めの886円でしたけど。円高が続いているので、もっともと安くなっていくんでしょうかね。

 でもって、なぜか突然サンタナなんですけど、昔のアルバムをチェックしていたら初期のもので持っていないのがあるなぁ... とは思っていたんですね。もちろん、セカンドの『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』が絶対の名作で、その他、名作と言えば『Caravanserai(キャラバンサライ)』や『Borboletta(不死蝶)』あたりがあるんでしょうけど、当然のようにそういったアルバムは持っているんです。でも、これも800円ぐらいでアメ盤が売られているので、これをきっかけに『Festival(フェスティヴァル)』とWelcome(ウェルカム)』に、名ライヴと言われている『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!(ライヴ!)』や超絶ギタリスト、ジョン・マクラフリンとの『Love Devotion Surrender( 魂の兄弟たち)』まで、全部買ってしまいました。もちろん、不満は全然なし。特に、『Carlos Santana & Buddy Miles! Live!』なんぞ、さすがですもの。まぁ、ちりも積もってなんとやら。結局、けっこうな金を使っているんだけど、子供の頃、お小遣いを貯めて、メシ代も使わないで空腹に耐えて少しずつしか買えなかったそのあたりのアルバムをむさぼるように買い漁って聴き漁っているという感じなのです。

J. Geils Band それに、Jガイルズ・バンドのライヴ、『Showtime』も776円で購入。かなり前になるんですが、ピーター・ウルフが来日したときに圧倒されたのがそのライヴ。なにせ3時間ぐらいもぶっ続けで演奏して、「俺たちの最長記録は3時間20分の休憩なしだから、全然平気だよ」なんて言っていたのを思いだします。その頃、正直言って、ヒット曲ぐらいは聴いたことがあっても、アルバムなんぞ持ってなかったというのが、彼がフロントになっていたJガイルズ・バンドのアルバム。というので、これをきっかけに買ったわけです。なんでもアメリカのストーンズとか呼ばれていたらしいけど、楽しい、楽しいアルバムですな。

 あとは、前日ちらりと書いたアレサ・フランクリンの超名盤『I Never Loved a Man the Way I Love You』に、大昔に聴いてあまり覚えていないというので、超絶テクニックで誰もが目を剥いたというギタリスト、アル・ディメオラの『Elegant Gypsy(エレガント・ジプシー)』や『Casino(カジノ)』も買いました。実は、その伏線として、ジョン・マクラフリンに、また、はまっていたんですけどね。ひさびさに棚から取り出してiTunesに吸い込んだのがMahavishnu Orchestra(マハビシュヌ・オーケストラ)の名作『Birds of Fire(火の鳥)』やShakti(シャクティ)の『Natural Elements』。おそらく、昨日のロドリゴ・イ・ガブリエラのライヴが始まる前に流れていたのは、このあたりの曲ではないかと思うんですが、ジョン・マクラフリン率いる両バンドの名前を決定的にしたのが上述のアルバムで... 他のアルバムも聴いてみたいなぁと思っていたわけです。というので、同じく800円ほどの価格で手に入れたのは、マハビシュヌ・オーケストラの『Visions of the Emerald Beyond(エメラルドの幻影)』で、これもよかったなぁ。その他、マハビシュヌ・オーケストラ名義の『Apocalypse(黙示録)』やジョン・マクラフリンの名で出た『Electric Guitarist(エレクトリック・ギタリスト)』あたりもチェックした。それに、アル・ディメオラとジョン・マクラフリンにパコ・デ・ルシアというとんでもないギタリストが集まって作ったスーパー・ギター・トリオの『Passion, Grace & Fire(パッション,グレイス&ファイア~情炎)』とか... まぁ行き過ぎというか、飛びすぎというか... いずれにせよ、超絶ギタリスト三昧で聴きまくっております。なにやら、昼飯1回分で1枚のアルバムを購入するというのは、学生の頃となにも変わっていないようですけど。

Jim Hall こうやってみていくとジャズ系のアルバムをかなり買っているのはよくわかるんですが、ウェザーリポートの『Mr. Gone(ミスター・ゴーン)』にフレディ・ハバードの『Straight Life(ストレート・ライフ)』も買ったなぁ。なぜかCTIレーベルの傑作がこのあたりの価格帯で再発されているのが多くて、最近ではないですが、いわゆる名盤をそういった安値で買い集めていったこともあります。例えば、チェット・ベイカーの『She Was Too Good to Me(シー・ワズ・トゥー・グッド・トゥ・ミー)』。昔は2曲だけ収録されている彼のヴォーカルが聴きたいだけの理由でこれを買ったんですが、他の曲も全然悪くない。ちょっと軽い、いわゆるスムーズ・ジャズって言うのかなぁ、このあたり。CTIはフュージョンの先駆け的なレーベルで、微妙な名盤が多いのですよ。ジム・ホールの『Concierto(アランフェス協奏曲)』とか、デオダートの『Prelude( ツァラトゥストラはかく語りき)』もそんな値段で今でも入手可能です。

 と、相も変わらず、音楽中毒。こんな人間の書くことをまともに受け取ってくれるのかどうか全然知りませんけど、今回のド頭に書いていることは、これからの日本を考えたときにとてつもなく重要な意味を持っているんですけど、こんな日本でいいですかねぇ?


投稿者 hanasan : 08:55 | コメント (0)

2008年11月05日

Change Is Gonna Come - いいニュースじゃないか!

Sam Cooke 他の国の大統領選挙だというのに、テレビに釘付けになっった11月5日。ドキドキしながら、選挙結果を見つめ、マーチン・ルーサー・キング牧師の語った「夢の一端」がやっと形になった歴史的な瞬間を祝福していた。実を言えば、その選挙の始まったときに書いていたのが前回のブログ。そこに記した「期待」が現実となったわけだ。

 そのニュースを聞いて、(あるいは、見て)当然のように思い浮かんだのは、そして、「聞いた」のは名曲、「Change Is Gonna Come(チェインジ・イズ・ゴナ・カム)」。なにせ、彼らが求めてやむことのなかった「変化が来た」のだ。言うまでもなく、オリジナルはサム・クック。『Ain't That Good News(いい知らせじゃないか)』と、実にタイムリーなタイトルのアルバムに収録されていて、このヴァージョンが素晴らしいのは言うまでもない。なにせ、ボブ・ディランの名曲で、名盤、『The Freewheelin' Bob Dylan』に収録されている「風に吹かれて」を聞いて、「これこそ私たち、黒人が作らなければいけない曲だった」と生まれた曲だ。日本では一般的に「政治的」な部分が見落とされがちなサム・クックなんだが、彼がどれほど政治的な存在だったかは以前見たDVD、『Legend』でも語られていたように思う。これについてはこちらにレヴューを残しているので、興味のある方はチェックいただければと思う。なにせ、この曲があまりに危険だと思われたのかどうか、彼が暗殺されたという説があるほど。それほどにこの曲が大きな政治的インパクトを持っていたわけだ。

 実を言うと、勝利宣言をしたオバマのスピーチを聞いた時のこと、どうも彼がこの曲のことを意識していたのではないかと思えたんだが、考えすぎだろうか。「Change」というフレーズを選挙運動でずっと使っていたわけだから、当然といえば当然なんだが、彼が「A Chnage Has Come」とかなんとかというフレーズを口にしたとき、サム・クックのことが頭をよぎったのではないかと思うし、あの場にいた、そして、世界でそれを見つめていた多くの音楽ファンの脳裏でこの曲が鳴っていたのではないかと思う。

 といっても、おそらく、この歌を知らないと話は始まらないわけで、まずは彼のMy Spaceを訪ねてくれたら、この不朽の名曲を聴くことができる。簡単に歌の意味を書けば、こんな感じになるんだろう。

「俺は川のそば、テントの中で生まれた。ちょうどその川が流れるように、漂い続けてきた。そうずっと... でも、いつか変化は訪れる。そうに違いない。つらい人生だった。でも、死ぬ勇気さえないんだ。空の向こうになにがあるのかなんて、わからないじゃないか。(中略)もうダメだと思ったことが幾度もあった。もう生き残れないと。でも、また、歩き続けられるようになった。長い、長い時間がかかるかもしれない。が、わかるんだ。必ず、変化が生まれるということが」

Otis Redding 文字にして起こせば、どれほどのリアリティも感じられないかもしれないが、これをあの素晴らしい声で聞くと、どうしようもなく胸を締め付けられるのだ。それが歌の持つ力なんだろう。当然ながら、この歌が示しているのは彼個人の人生のことではなく、ここに照らし出されているのはアフリカから奴隷としてアメリカ大陸に拉致されてきたアフリカ人、アフリカ系アメリカ人の歴史だろう。その痛みや苦しみをサム・クックの歌から感じることができる。同時に、それでもけっして前を向いて歩くことを止めなかった彼らの(だけではなく、全ての虐げられた人々の)気持ちが、どこかで自分とつながるのを感じるのだ。

 あまりにも素晴らしい曲だからなんだろう。この曲は数え切れないほどの人たちにカバーされていて、オバマ大統領誕生をきっかけに、iTunesで自分のコンピュータを検索して次々と聞いていったんだが、サム・クック同様に頭をぶん殴られるほどのインパクをともっているのがオーティス・レディング。名作中の名作『Otis Blue』というアルバムに収録されているもので、しばらく前に、デラックス・エディションというのが発表されたのをきっかけに購入している。とはいっても、この曲は、その昔入手した、黒人音楽の「レベル(プロテスト)・ソング」を集めたコンピレーション、『Movin' On Up』で幾度も聴いていたもの。やはり、さすがにオーティス。素晴らしいのだ。

Aretha Franklin そして、先日、やたらに安い値段で売っているからと入手したアレサ・フランクリンのアルバム、『I Never Loved A Man The Way I Loved You』にもこの曲が入っていた。正直言うと、これまでベスト・アルバムしか持っていなかったんだが、名盤だと言われているこのアルバムが900円弱で買えるというので、つい(大喜びして)買ってしまった。なにせ、子供の頃、ロックやフォークを中心に聞いてきた自分にはソウルまで手を伸ばせなかったこともあって、大人になってから必死になってこのあたりを聞き漁りながら、勉強しているわけだ。それにしても、よくもこんな名作アルバムを聞き逃していたんだろうとあきれかえっているんですけど。

 そんな自分がずっと愛聴していたのがザ・バンドの『Moondog Matinee』に収録されたヴァージョン。以前、このリマスター・ヴァージョンのCD再発がボーナス・トラック付きの廉価版で出た頃に何度目かのCD購入となっているんだが、このヴァージョンも泣ける。ずっと長い間、リチャード・マニュエルがヴォーカルだったと思いこんでいたんだが、どうやらリック・ダンコらしく... これが、また素晴らしい。正直言って、ザ・バンドがカバー・アルバムとして作ったこのアルバム自体は、それほどいいと思ったことはないんだが、この曲だけは飛び抜けて素晴らしく、後に、『Island』に登場するカバー、「Georgia on My Mind」と並んでザ・バンドによるカバーの傑作だと思っている。(もちろん、ディランのカバー、「I Shall Be Released」もすごいのは言うまでもないんですが)

the Neville Brothers そして、前回のブログにも登場したザ・ネヴィル・ブラザーズの傑作、『Yellow Moon』に収録されているヴァージョン。ヴォーカルは、当然のようにアーロン・ネヴィルで、彼は後にソロで発表した『Bring It on Home... The Soul Classics』でもこの曲を取り上げている。これでもかという名曲のオンパレードとなっているこのアルバムは、どこかでソウル入門編的な要素もあるけど、とてつもないエネルギーを感じさせる『Yellow Moon』のヴァージョンの方が、正直、遙かに好きですな。

 その他、自分のiTunesのリストには、珍しいビリー・ブラッグのヴァージョンがあって、これは以前買ったボックス・セット、『Volume I』に入っていたものなんだが、単体では『The Internationale/Live and Dubious』に収録されている。それに昔から持っているアルバムで、British Electric Foundationという、ヘヴン17が中心となって制作したカバー企画アルバム、『Music Of Quality And Distinction Volume Two』にはティナ・ターナーのヴァージョンが入っていた。

 とはいっても、カバーは数限りない。試しにと思って、You Tubeでチェックしてみたら、あるわ、あるわ... ソウル界の、いわゆる大物で言えば、まずは、Al Green(アル・グリーン)Patti Labelle(パティ・ラベル)Luther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)Tina Turner(ティナ・ターナー)あたりがみつかるし、初めて聞いたのでぶっ飛ばされたのは、なんとPrince Buster(プリンス・バスター)Ken Parker(ケン・パーカー)のスカ・ヴァージョン。脱帽です。全然知りませんでした。ごめんなさい。っても、映像はなくて写真しか写ってませんけど。音楽だけで充分完璧です。ちょいと若い世代ではSolo(ソロ)というのがみつかった。誰なんだろう。これも素晴らしい。それに、自分にとってはやたらと懐かしいTerence Trent d Arby(テレンス・トレント・ダービー)。デビューした頃にインタヴューした彼がこの曲を歌っていたのって... 知らなかったなぁ。それにしても、この映像を見ていれば、歌の意味が実によくわかる。あと、おそらく、大統領選のタイミングを見て発表されたんだろう、Seal(シール)のヴァージョンもなかなかいい。まだ彼が無名の頃、プッシュというグループの臨時ヴォーカリストとして来日していて、成田からの車のなかで彼にいろいろと音楽を聞かせてあげたことを思い出す。また、Gavin DeGraw(ギャヴィン・デグロウ)の映像を見ていると、「黒人解放運動」のシンボルであったこの曲がもっと大きな意味を持ってどんどん成長しているのがよくわかる。

 同時に、こうやって検索していると気付くのだが、おそらく、無数の人々がこの曲と今回の大統領選挙を結びつけて、独自にビデオを編集制作してアップしていったんだろう。オリジナルをバックにしたこのヴァージョンやザ・シュープリームスを使ったこのヴァージョンなんぞその典型で、それ以外にも、無数のミュージシャンがこの曲を歌い、演奏して「変化」を生み出そうとしていたことに驚かされるのだ。たまたまこの検索で見つけたBeth Hartなんてゾクゾクさせるし、探せばいろいろなものが出てくるんだろう。

 いずれにせよ、今回の大統領選挙で再び音楽の持つ計り知れない力を再認識したように思える。もちろん、これで全てが「好転する」なんぞという妄想は持ってはいない。が、少なくとも、彼ら無数の人々が「歴史」を作ったのは確かであり、逆に、歴史からなにも学ぶことなく戦前を美化する危険な人物が軍隊のトップに、そして、政府のトップに立ている日本の救いようのない危うさに驚愕するのだ。こういった動きに対して、それぞれの個人が動かないといけないと思う。アメリカの人々が口にしていたように、「我々にはできる」のです。選挙に行き、政権を変える。まずは、自公政権を倒さないといけないと思う。もちろん、日本の民主党に一片の期待もしていないし、彼らは自民党と同じ穴のむじなだとしか思えませんが。それよりも第三極を大きくしないといけないと思う。

 というので、このブログの締めはBob Dylan(ボブ・ディラン)だろうな。ここでも司会の男性に語られているように、彼の「風に吹かれて」がサム・クックを触発して生まれたのがこの名曲、「Change Is Gonna Come(チェンジ・イズ・ゴナ・カム)」。それをここでディランが歌っていることに感無量となってしまうのだ。そして、おそらく、そのサム・クックに応えるようにディランが歌ったのが「The Times They Are A Changin'(ザ・タイムズ、ゼイ・アー・ア・チェインジン)」ではありますまいか。全てが繋がり、転がり、変化していく。つくづくとそう思います。


投稿者 hanasan : 20:00 | コメント (0)

2008年11月01日

Wattstaxの夢が現実になるとき(後編)

Rosa Parks 今では信じられないかもしれないが、わずか45年ほど前までアメリカでは有色人種に、人間にとって当然の投票する権利が与えられてはいなかった。要するに、「民主主義の国」「平等の権利のある国」という看板を掲げ、他の国を軍事力で「解放してきた」とされるアメリカには「差別が合法的なもの」とする、まるで南アフリカのアパルトヘイトと同じような野蛮きわまりない体制が当たり前のように存在していたのだ。そのひとつが南部を中心に施行されていた人種隔離法だった。公共交通機関の列車やバス、学校から病院、ホテルに公衆便所にレストラン... どこでも白人が優先され、目を覆いたくなるような「差別」が公然と幅をきかせていたわけだ。

 それが最もひどかったのがかつて黒人を奴隷として扱っていた南部で、ある事件をきっかけに注目されることになったのがアラバマ州だった。実は、アメリカの時代を揺るがし、変革することになった「公民権運動」(有色人種の市民権を獲得する運動)の始まりは、この州のモンゴメリーに住んでいた42歳の女性、ローザ・パークスから始まっている。ご多分に漏れず、あの当時肌の色によってエリアを分けられていたのがバスの座席。しかも、白人乗客が増えると黒人は席を白人に譲らなければいけないとされていたのだが、1955年の12月1日、それを拒否したのがローザ。その結果として、彼女は逮捕され、それをきっかけにその地に住んでいた若者の牧師、マーティン・ルーサー・キングを中心とした黒人解放運動が全米に広がっていくことになる。そのローザのことを歌ったのが来日したばかりのネヴィル・ブラザーズの名作、『Yellow Moon』に収められている「シスター・ローザ」で、彼女の人生を映画化した作品で、現在、入手可能なのが『Rosa Parks Story』という作品だ。

the Neville Brothers 結局、彼女の動きに感銘を受けた地元の人たちによる1年にも及ぶバス・ボイコット運動が実り、全米からのサポートが加えられることによって、最終的に人種隔離法がアメリカの憲法に違反しているという決定につながっていくのだ。それによって、公民権運動、要するに黒人(有色人種)であっても選挙に投票できるようにする、人間にとって当然の権利を獲得する運動が拡大していくという流れなんだが、数行でこんな歴史を書けるものでじゃないのは明らかだ。なにせ最底辺に住んでいる多くの有色人種にとって公共交通機関は生活の足であり、それをボイコットするということは、現代に住む人間からいえば「あり得ない距離」を毎日のように歩かなければいけないことになる。今の我々にそんなことが可能かといえば、正直言って、不可能だろう。が、それをやってのけたのが彼らなのだ。

 そんな彼らを支え、闘う仲間の絆を深めていったのが歌だった。苦しみと絶望のなかから生まれ、自らに言い聞かせるように、そして、互いを励ますように歌われたのはゴスペルやブルース。その歌や音楽が放つエネルギーや影響は絶大だった。すでに音楽が商品としてしか認識されていないような時代や場所に生きている我々にはとうてい想像できないだろう。『ワッツタックス』にも姿を見せているザ・ステイプル・シンガーズや、インプレッションズにサム・クックといったゴスペルからソウル界にフォーク界ではプロテスト・ソングが脚光を浴び、PPMからジョーン・バエズ、そして、ボブ・ディランらが「民の声」を代弁していくようになるのだ。

 その運動の象徴的な出来事こそが、20万人を全米から集めた1963年8月28日のワシントン大行進であり、そこで行われたマーチン・ルーサー・キング牧師の演説、I Have A Dreamだった。もし、少しでも時間があれば、このリンクをクリックして、彼の演説を聞いて欲しいと思う。この演説がどれほどの意味を持ち、インパクトを与えたか... ブラック・ミュージックのみならず、リベラルだとされるアメリカ音楽を好きな人には、感じることができるはずだ。その後のジャズ、ブルース、ソウルの曲やアルバム・タイトルなどに幾度となく姿を見せるのがこの演説で聞こえてくるフレーズ。というよりは、この演説そのものが音楽的であり、歌であり、訴えなのだとさえも思うこともある。それほどに、この演説は素晴らしかった。

Stevie WOnder 面白いことに、これを初めて意識したのはスティーヴィー・ワンダーの名曲、「ハッピー・バースデイ」(ボブ・マーリーの影響を多分に受けて生まれたという『Hotter Than July』に収録)という12インチだった。キング牧師の誕生日をアメリカの祝日にしようというアピールを持って、これが発売された当時、B面に収録されていたのが彼の演説の数々。自らの死を予言したことで知られる「プロミスト・ランド」もここに含まれていたのだが、なによりも胸を打ったのはこのI Have A Dreamだった。今、きちんとワーディングされたものを見てみると、思っていたこと以上のことが語られているんだが、それでも、頭の中にこびりつくことになったのはこの下りだ。

『いつかかつての奴隷の息子達と奴隷所有者の息子達が、兄弟愛というテーブルにつけることを。 私の4人の子ども達がある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。』

 そんな夢を「私は抱いている」と語っているのだが、今、アメリカの大統領選挙の日に、ひょっとすると、そんなキング牧師の夢の片鱗が形になろうとしているのではないかと期待してしまう自分がいる。もちろん、正直言って、アメリカの大統領にこれまでいかなる期待も希望も持ったことはなかった。民主党であれ、共和党であれ、鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか... というのが大統領選挙だと思っているからだ。が、どこかで今回の選挙にはかない期待を持っているのを否定できない。これで、ひょっとすれば、アメリカに変化が訪れるのではないか...と、そんなはかない期待を胸に、あの選挙の結果を見つめていようと思う。



投稿者 hanasan : 14:53 | コメント (0)

2008年10月20日

Tete Montoliu - カタロニアの燃える炎、テテ・モントリュー

Tete Montoliu そうかぁ、この人はカタロニア人だったんだ... と、ジャズ・ピアニスト、テテ・モントリューのこのアルバム、『Catalonian Fire』のタイトルを見て、初めてわかった。といっても、無理もないことで、70年代半ばから終わりにかけて、テテ・モントリューのアルバムを聴いていたときはカタロニアもバスクも全く未知の世界だった。あの当時、(そして、今も、おそらくは)一般的に言われていたように、盲目のスペイン人ジャズ・ピアニスト程度の認識しかなかったのも無理はないだろう。もちろん、当時の大学生なら当たり前のように、スペイン市民戦争の話を耳にしていたり、ジョージ・オーウェルのカタロニア讃歌』やピカソの名画、『ゲルニカ』の存在は知っていた。が、それほど気にしたことも、掘り下げたこともなかったのだ。

 が、実際にバスクの地を訪れたり、カタロニア(カタルーニャ)に足を踏み入れ、その「国」に住む人たちと接することでなにかが微妙に変わってくる。特に、バスクでフェルミン・ムグルサとやったときのインタヴューは強烈で、フランコ独裁時代のバスク人に対する辛辣な抑圧をリアリティを持って知ったのはこのときが初めてだった。と、そのあたりの話もじっくりと書くべきなんだろうが、それはまたの機会にやるとして、今回はそんなことを思ったことがきっかけで買ってしまったこのアルバム、『Catalonian Fire』だ。おそらく、『カタロニアの燃える炎』とでも訳せばいいんだろうが、そんなタイトルが付けられているこのアルバムを買ったのは偶然だった。たまたま、いつものようにamazonをチェックしていたら、これが目に入ってきたというもので、値段も安いから、昔好きだったアーティストの、聴いたことのないアルバムを聞いてみようかと思ったにすぎない。そうして入手したんだが、こんなに素晴らしいアルバムをきちんと聴いていなかったのが実に悔やまれる。傑作なのだ。

Kenny Drew 大学の頃、毎日のように通っていたジャズ喫茶(と言っていいのかなぁ、お客がいなくなるとロッド・スチュワートなんかも聴いてましたけど)、岡山文化センターのそばにあった「イリミテ」で知ることになったのがECMやSteeple Chase(スティープル・チェイス)といったヨーロッパのレーベルに録音された作品の数々。店ではラルフ・タウナー(『Solstice - Sound And Shadows』や『Solstice』をよく聞いたなぁ)やヤン・ガルバレク、ゲイリー・バートンにキース・ジャレット(なにはともあれ、『My Song』と『ケルン・コンサート』ですね)あたりがよく流れていたように記憶しているんだが、ECMにはまったのはこの店の影響だ。うちにはその当時に買ったアナログがかなりあって、今もよく聞いているのがあの頃の作品群。例えば、エグベルト・ジスモンチの『Dança Das Cabeças(邦題 : 輝く水)』やキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』のA面は静かな夜に心を落ち着かせる定番で、容量わずか16GBだというので限られた好物のアルバムしか入れることができないiPod Touchにはパット・メセニー・グループのデビュー作(だと思います)『Pat Metheny Group(邦題 : 想い出のサン・ロレンツォ)』も入っている。

 そのECMと並んでよく聞いたのがデンマークのレーベル、スティープル・チェイスの作品だった。おそらく、当時、誰もがそうだっただろう、ロック好きが最初に衝撃を受けたジャズ・アルバムとして記憶されることが多いのがピアニスト、ケニー・ドリューの『Dirk Beauty』。これについては以前、こちらに書き残しているんだが、この1曲目の「Run Away』なんぞ、いつ聴いてもゾクゾクするぐらいにかっこいい、実は、ロックンロールのような演奏だ。これを聴くと、自然に身体が動き出して、とっぷりとアルバムにはまりこんでしまうのだが、中心となっているケニー・ドリューのピアノよりも、ひょっとしてバックのベース、ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンとドラムスのアルバート・ヒースに惹かれているのではないかと思うことがよくある。というか、このコンビネーションがいいんですな。地をはうような趣で響くベースのペデルセンを初めて知ったのは、生涯で最も好きな... というよりは、頭をぶん殴られたかのようなアルバム、アルバート・アイラーの『My Name Is Albert Ayler』。このアルバムでその名前を知って、『Dirk Beauty』で完全に惚れ込んだベーシストで、同時にドラムスのアルバート・ヒースにはこのアルバムではまったという感じかなぁ。誰かから聞いたんだが、ドラムスのチューニングがやたら低いらしく、それが理由でソロをとっているときなど、「パタパタパタ」というニュアンスでドラムの音が聞こえることがよくある。これなんぞ、嫌っている人も多いようなんだが、私、大好きなんですな。(その一方で、大好きな映画、『グレン・ミラー物語』に登場しているシーンで覚えてしまった、真逆のジーン・クルーパも好きなんですけどね。カンカンカンカンといった張り詰めた音のする彼のドラムスはぴんぴんに張ってチューニングしているのではないかと想像するんだが、ドラムスをさわったこともないのド素人の憶測なので信用しないで、くださいね)

Tete Montoliu 実を言うと、このレーベルでのテテ・モントリューの代表作とも言えるもう一枚、『Tete』でもバックのコンビは同じこの二人。今回買った『Catalonian Fire』も同じトリオ編成で、このコンビネーションは、ホントに文句なしですな。実は、『Tete』については、アナログで持っていたはずなんだが、それを探しても見あたらないというので、これをきっかけに、これともう一枚、『Tete A Tete』も買ってしまったという次第。どれをとっても甲乙付けがたい、いいアルバムだなぁと思うんだが、やっぱ、テテにとっての一番の名作というと『Tete』なんだろう。巻頭に収められている名曲、「ジャイアント・ステップ」が飛び出してくると、いきなり超速リリカル・ピアノの世界に引きずり込まれてしまいますもの。とはいっても、実をいうと、それをしても、今回の一気買いの発端となった『Catalonian Fire』を聴いていなかったことが悔やまれるぐらいに素晴らしい。このブログを読んでいる人がどれほどジャズを聴いているのかどうか知りませんが、一度聴いてみては如何ですかな。

 おっと、とはいっても、自分はそれほどジャズを聴き倒しているジャズ・ファンじゃないので、責任は持ちませんけどね。なにせ、スティープル・チェイスで名盤中の名盤といわれるデューク・ジョーダンの『Flight To Denmark』も持っていない人ですから。まぁ、今回のテテ聴きまくりで、再びスティープル・チェイスにはまっているので、おそらく、買ってしまうんでしょうけど。それに、ケニー・ドリューとペデルセンの『Duo』も欲しいなぁ。いくら金があっても足りませんけど、聴きたくてたまらなくなっているのであります。やっぱ、病気ですな。


投稿者 hanasan : 08:49 | コメント (0)

2008年10月19日

Lucinda Williams再び。新譜もいいねぇ。

Lucinda Williams ずいぶんと出遅れてしまった感じで、とりつかれたルシンダ・ウイリアムスなんですが、14日に発売となった新譜、『Little Honey』が到着。ご多分に漏れず、はまりまくっています。

 確か、彼女のMy Spaceがどこかで読んだのではないかと思うんですが、「今度はロックよ」みたいなことを彼女が口にしていたんじゃなかったっけ? 確か、そうだと思うんだが、初っぱなの曲「Real Love」で「その通り!」と思いましたなぁ。ぐぁん〜っといったギターで始まるレイドバックしたロックンロールなんですけど、ルシンダはシャウトするでもなく、いつものちょいと風邪でも引いたときのようなこもった感じの声で押さえて(それでもソウルを込めて... というのがミソですけど)歌っているんですな。そのバランスがいい。そんなロック的という部分で言えば、もう1曲あって、それが5曲目の「Honey Bee」。ここで思い出したのはクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングの名作中の名作、『4 Way Street』(国内盤 / US import)なんですが、ギターのカッティングとか、リード・ギターの一部が、まるでこの作品のロック・サイドを「感じさせる」ように演奏されていたのが気になりました。というか、好きなんでしょうな。

 とはいっても、この2曲の「ロック的な」のを除けば、基本的にはいつも通りのちょいと「暗い」感じのルシンダ。「暗い」という言葉が本当に的を射ているとはいいにくいんだが、どこかで鼻声のようにも聞こえるドスのきいた声と曲調に、やっぱりやられてしまうのです。あの「Real Love」の後、いきなりアカペラで始まって... ウエットなタッチのカントリー・ナンバーと続いて、それでもってブルージーな「Tears of Joy(随喜の涙)」といった流れがいい... ここまで来たら、もう離れられません。

 おそらく、一般的に話題になるのは8曲目の「Jailhouse Tears(刑務所の涙)」って曲だろうと思う。なんとここでデュエットしているのはエルヴィス・コステロ。このコンビネーションがいい。個人的にはこの人は好きではないんですけどね。それまでも高慢ちきな態度が嫌いだったんだが、それを決定的にしたのが、前回か、その前かのアラン・トゥーサンのライヴに彼が飛び入りしたとき。アランのライヴを楽しみにしていたのに、4曲から6曲か覚えてはいないんだが、延々と歌って「出しゃばりすぎだよ、このおたんこなす!」と思ったんですな。とはいっても、ルシンダとのデュエットでの圧倒的な存在感は否定できないです。その一方で、コステロがずいぶんと気張って歌っているのが感じられるのは、「ルシンダには負けられない」という気負いの表れか...あるいは、ルシンダには勝負できないことを知った上での「努力」ではないかと思うんですけど、いかがなものでしょう。

 素晴らしい曲がそろえられた入魂のアルバムなんだろうなぁ、この『Little Honey』。最後の曲「It's A Long Way To The Top」なんて、泣いちゃいますよ。奇妙な話かもしれないけど、これを聞いていて、ピンクフロイドの「Comfortably Numb」を思い出してしたった、私って、やっぱ、変かもしれません。

Lucinda Williams 当然のように、このアルバムも届いて以来聞きまくり状態なんですが、以前彼女のことを書いてしばらくして、結局、2枚組のライヴ・アルバム『Live @ the Fillmore』も注文。国内で買うと値段が高いので、amazon経由の海外の業者から買っているんでが、買って良かったなぁとつくづく思うほどの素晴らしいできばえです。当然、これもはまりまくりです。大きく彼女がブレイクした『World Without Tears』という名作を発表後のライヴを収録したこの作品が悪いわけがないわけです。それまでに録音したベストの曲が集められていて、大好きな曲がぎっしりと詰め込まれているしね。それに、観客の叫ぶ声や
雰囲気をうまくつかんでいるという点で、確かにライヴならではの臨場感はあるんだけど、録音自体はどこかでスタジオ・アルバムと変わらない感じがしないでもない。それを退屈と見るかどうかなんだけど、私、好きですね、こうゆうの。というか、今回の『Little Honey』にしても、ほとんどライヴ的な録音が行われているのではないかと思うんですよ。アルバムを聴いていると、彼女の笑い声が入っていたり、イントロの部分で演奏をし直しているところまで残しているし... 最近のレコーディングといえば、いいところだけをつぎはぎしてやるってパターンが多いんだけど、それと全く逆行するかのようなこの味やタッチにたまらなく人間の魅力を感じるのです。私って、古い人間ですかねぇ。


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2008年10月08日

Kitty, Daisy & Lewis - SPの魅力は音楽の魅力か?

Kitty, Daisy & Lewis このところ、昔からのスカ仲間の来日が相次いでいる。その流れの最初は8月15日。確か、84年にアスワドのバックで初来日したときに仲良くなったトランペッターのタンタンがやってきて、クール・ワイズ・メンとライヴ。20数年にもわたる知己である、そのタンタンが今度はスカ・クバーノのメンバーとして来日したのが数週間後だ。そのときのレポートをSmashing Magにやとっとアップしたんだが、その数日後には、入れ違いのように、クラブ・スカ20周年記念イヴェントにDJのギャズ・メイオールがひさびさにトロージャンズを率いてやってきて、ザ・スキャタライツもやってきた。ギャズと最初の出会いは85年の10月だったと思うから、彼も20数年来の友人だ。さらには、ギャズが居残りして朝霧にDJとして出演して、彼らのクラブで幾度も演奏しているキティ・デイジー&ルイスも登場しているわけです。まぁ、彼らとは知り合いではないんだけど、今年のサウスバイ・サウスウエストで撮影をしているし、どこかでつながっているんだろうなぁと思う。そのおかげでこのところ撮影しまくりで、自分のレポート作成に遅れが出ているし、このブログの更新もできない状態が続いているんだが、それはさておき、ここに登場したみんながギャズのクラブ、ギャズズ・ロッキン・ブルースの仲間だというのが面白い。

 そんなひとり、スカ・クバーノのヴォーカル、ナッティと東京でのライヴの後、一緒に飲みに出かけていろいろなことを話した。彼も、当然のように、ギャズの仲間でDJでもある。彼と知り合ってからも、もう10数年だと思うんだが、そんな流れで「飲みに行こうぜ」ということになったのだ。このときに教えてもらったのがキティ・デイジー&ルイスが脚光を浴びるようになった背景の話。これがめちゃくちゃ面白いし、実に納得できる。今年春、オースティンで見て以来、彼らの魅力にはまりまくっていたんだが、こんなに面白くてエキサイティングなバンドが飛び出してきた背景にはこんな動きがあったわけだ。

Kitty, Daisy & Lewis といっても、そのままでは話がわからないと思うんだが、これがそのときに撮影した写真で、そのときのレポートがこちら。それを読んでいただければ、だいたいのことはわかるんだが、要するに彼らが演奏している音楽は、「古い」のだ。そう、全く新しくない。そのあたり、自分が初めてイギリスのクラブ・シーンを取材した23年前にギャズのクラブで、あるいは、ジャズでみんなを踊らせていたポール・マーフィーというDJがやっていたクラブで体験したのと同じで、今の音楽産業の流れのなかでいえば、全く商売にならない古典的な... 20年代から50年代の音楽を演奏しているわけだ。

 それだけだったら、まぁ、アメリカのJanet Kleinあたりにも近いのかもしれないんだが、ジャネットがあくまでレトロなタッチを大切にしながら、ほんわかしたムードを作り出しているのに対して、キティ・デイジー&ルイスに感じるのはざらついた感覚。なにやら、どこかで「ロック」しているというか、ぎとぎとにワイルドな衝撃を与えてくれるのが嬉しいし、興奮させられるのだ。それが面白い。しかも、すでに78回転のSP盤でシングルなどを発表していた彼らがやっと発表したデビュー・アルバム『キティ・デイジー・ルイス』(国内盤 / UK import / UK import + '10 analog)をチェックしてみたら、amazonには載っていないのかもしれないんだが、78回転のSP盤によるボックス・セットがでているというのだ。今時、誰がこんなものを買うんだぁ? と、そう思っても不思議ではないと思うのだ。(ひょっとして、最後のUK import + '10 analogがそれに当たるのかもしれないけど)

 その理由を説明してくれたのがナッティなんだが、なんでも、今、ロンドンのクラブではSP盤がちょっとしたブームになっているんだそうな。実際、ナッティだけではなく、キティ・デイジー&ルイスの男の子、ルイスもSP盤を使ってDJをしているというし、SP盤しか使わないクラブも出てきているとのこと。なんでまた? と思うのだが、音がまるっきり違うというのだ。おそらく、ギャズ・メイオール周辺の音楽が好きだったら、(それだけじゃなくて、ルーツ系のレゲエやスカ・ファンも同じだと思うが)彼らがこだわっているのは、当然のようにCDではなく、アナログ。しかも、12インチではなく、7インチの45回転なのだ。それも、ジャマイカ産で、これを使うと音が全く違うというのだ。要するに、分厚くてびしびし感じて、生々しいというか... ナッティの話によると、SP盤、78回転のものになると、その魅力が倍増するんだそうな。

Ska Cubano 実際のところ、SP盤で音楽を聴いたことはないし、再生する装置もない。だから、それがどれほどの違いを聞かせてくれるのか、自分には全然わからないんだが、ジョー・ストラマーが亡くなった2002年、グラストンバリー・フェスティヴァルにそういった場所があって、彼がそこで一日中SP盤を聞いていたという話も聞いている。おそらく、あのときは、蓄音機と呼ばれるものでの再生ではなかったかと思うんだが、それほどの魅力があるんだろう。それがPAを通して再生されたら、どんな音になるのか、実に興味深い。実際、20数年前にギャズのクラブを初めて訪ねて、クラシックなブルースやR&Bをバシバシのノイズ入り45回転ででっかい音で聴いたときの衝撃はでかかった。ちんまりと小さいプレイヤーで聞くのと、身体全体で大音量で聞くのとは大違いで、この体験によって音楽そのものの見方や聴き方が完全に変わってしまったという体験をしている身としては、SP盤の魅力も充分に想像できるのだ。さらに加えれば、「だからこそ」キティ・デイジー&ルイスといったバンドが登場してくるんだろう。

 さて、そのバンドと再会したのが先の朝霧ジャム。いやぁ、素晴らしかった。会場でアルバムを売っている人たちの話によると、ライヴ終了後にいきなり彼らのアルバムが売れ出したということだし、彼らの演奏を見たGラヴが、「来年のアメリカ・ツアーを一緒にやってくれないか」なんてアプローチもしたほどだ。一番下のキティが15歳で、お兄ちゃんのルイスが18歳で、おねぇちゃんのデイジーが20歳。おかぁちゃんのベースは、その昔レインコーツという、女の子ばかりのパンク・バンドのメンバーで、うちの家にも彼らのアルバムがあるはずだ。リズム・ギターを担当するお父さんは70年代終わりから80年代のある時期までアイランド・レコードのマスタリング・エンジニアとして仕事をしていたとのこと。なんてぇ家族なんだと思うけど、こういった要素が全部詰め込まれているのが彼らの音楽だというのがよくわかる。

 面白いことに、そのお父さんと朝霧で話し込んで、とても仲良くなったんだけど、アイランド・レコード時代の話なんて、めちゃくちゃ面白かった。リハーサル・ルームでボブ・マーリーとウェイラーズを見たときには文字通り、鳥肌が立ったとか... それに、最近の音楽やCDやデジタル系に対する考え方や見方、感じ方が、自分とうり二つなのだ。といっても、彼の場合には、まるでコレクターのように昔の楽器からオーディオ機器、録音機器を集めるようなところがあって、今回発表した彼らのアルバムも、そんな自宅に作ったスタジオで録音したんだとか。しかも、カッティングも自分でやっているようで、そのこだわりには驚きを隠せないのだ。

 これから、あのときのライヴのレポートを作成するんだが、彼らの楽器を見ていても同じことが言えるのが面白い。親父さんの演奏しているギターはボロボロの年代物。日本でのたった1日だけの演奏だというので、楽器の一部をレンタルで手配したらしいんだが、「新しすぎて、いい音が出ない」と文句を言っていたんだそうな。そんなこだわりのある音楽で真っ向勝負をしているバンドがキティ・デイジー&ルイス。早くアルバムを聴かなければ... と思うんだが、SP盤を入手しても、さすがに、聞くための装置がない... と、ちょいと頭を抱えているところです。


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2008年10月03日

Lucinda Williams - 再び瓢箪から...

Lucinda Williams 便利になったもので、コンピュータをチェックすれば、どのアルバムを幾度聴いたのか即座にわかる。といっても、当然ながら、データが消えることもあれば、コンピュータ以外でも音楽を聴くこともある... と書いて、時代が変わったんだなぁと思う。毎日コンピュータに向き合って仕事をしている関係からか、コンピュータを通して音楽を聴くのが当たり前になってきているのだ。もちろん、コンピュータをアンプに接続してはいるものの、数年前までそんなことはなかった。いつもステレオでCDを聴いていたのに、iTunesが登場したことで、そのスタイルが大きく変わってしまったことに自分でも驚かされる。とはいっても、CDの値段が高かったり、廃盤になっていたり、あるいは、CD化されていない作品についてはアナログからデータを起こして、iTunesで読み取るといった作業もしているので、聴く音楽の幅がどんどん広がっているようにも思う。要するに、物事にはいつも両面性があって、簡単にコピーできるCDのせいで売り上げが減ったとぼやくレコード会社は、そのおかげで誰もがどこでも音楽を聴く可能性の増えたことを喜ぶべきなんですけどね。そんな新しい方法論を率先して取り入れるのではなく、問題に向き合わないで潰すことしか考えていなかったから、売り上げが落ちるんだろうと思う。

 それはさておき、さて、前回ここに書き残したリラ・ダウンズのアルバム、『Shake Away』なんだが、これを購入したのが9月3日で、記録を見るとすでに30回以上このアルバムを聴いているのがわかる。ところが、それからしばらくして彼女に続くほどに聴きまくることになるのがルシンダ・ウイリアムス。特に『World Without Tears』というアルバムで、彼女にはまりまくっているのだ。その発端はというと、『Shake Away』に収録されている1曲、「I Envy The Wind」。いい曲だなぁと思って、それが誰の曲かを調べてルシンダに行き着いたわけだ。まぁ、それも音楽中毒者の性なんだろう。加えて、物書きの条件のひとつでもあるんだが、気になるととことん調べていく。そして、少しでも面白いとのめり込んでしまうのだ。これもまたインターネットやコンピュータ文化の恩恵でかなりの情報が集まってくる。それに音楽を聴けるという意味で実に便利なのがMy Spaceというので、早速、その曲のオリジナルを歌っているルシンダのMy Spaceをチェック。「こりゃぁ、素晴らしい!」とアルバム購入に走ってしまったというのがその流れだ。その結果、このアルバム、『World Without Tears』にとっぷりとはまっている。

Lucinda Williams 最初に注文したのは10月14日発売となる最新作の『Little Honey』で、たまたまそのときにソロモン・バークのフォト・レポートをまとめたこともあって、彼のベスト・アルバム、『The Platinum Collection 』も注文。けっこう頻繁にamazonを使っている人ならばご存知だと思うんだが、2枚以上買うと10%オフというので、こうゆうのに弱いのです。とはいっても、その新しいアルバムが発表されるのは先のこと。しかも、リラ・ダウンズがカバーしていた曲、「I Envy The Wind」のオリジナルが収録されているのは『Essence』というので、それを注文して、上述の理由でおまけのようにもう一枚注文したのが、『World Without Tears』だった。世の中皮肉というか、よくできているというか... 結局、最初に届けられたのが後者で、これが素晴らしかった。どこかでニール・ヤングとトム・ウェイツが合体したような... というウルトラ安易な説明で申し訳ないんだが、一般的に言われているオルタナ・カントリーというよりは、実に良質なシンガー&ソングライターに出会えたというニュアンスの方が強かった。ちょいと個性のある声で、ハートにずしんと響くタイプ。けっして美しいとは言えないまでも、どこかで聴く者の心にす〜っと入ってくるような感じで、リッキー・リー・ジョーンズのコケティッシュな部分をなくして(そうしたら、彼女じゃなくなるようにも思えるが)ディープなタッチを与えてみたら... って、これも安易かなぁ。まぁ、まどろっこしい説明だが、なにせ、彼女の持つ染みる声にやられてしまうことになるのだ。

 そのおかげで、結局は、最新作となる『West』も注文して、ついでに初期の作品『Sweet Old World』も買った。その二枚も『Essence』も届いたんだが、結局、最も素晴らしいのが『World Without Tears』だというのが面白い。

 こうやって何枚も手にすると、アーティストの変化がよくわかるんだが、1992年に発表されたという『Sweet Old World』は明らかにカントリー歌手といった趣で、それがちょっとした変化を見せ始めるのが1998年の『Car Wheels On A Gravel Road』。でも、深みを増したシンガー&ソングライターとしての輝きを見せ始めるのが『Essence』で、それが完成したのが『World Without Tears』ではないかと思う。

Lucinda Williams いわゆる音楽雑誌なんぞ読まなくなって、かなりの時間が過ぎているから、彼女が日本でどれほどの評価を得ているのか全く知らないんだが、国内盤も確実に発表されているし、幾度もグラミー賞を獲得しているところから、おそらく、けっこうな大スターなんだと思う。だから、こういったアーティストを見つけたことを大喜びしていても、「なんで今更」と思う人がいるかもしれないんだが、結局、素晴らしいアーティストとはどこかでつながっていくという喜びを再確認できたことを素直に認めたいのだ。

 記録によると、コマーシャルな意味で最も大きな成功作となったのが『World Without Tears』で、その2年後に発表されたのが2枚組のライヴ、『Live @ the Fillmore』。これはまだ聴いていないんだが、そんな成功の後に生まれたのが『West』だという。もちろん、これも素晴らしい作品で、『Essence』からの3枚のスタジオ録音は非の付け所がないほどの完成度を持っている。そのあたり、できれば、みなさんも聴いていただきたいと思う。それでも、自分に最も染みるのは『World Without Tears』。これが最高傑作で、このところ、これを聴き狂っているのです。

 噂によると、かなりロック色を強めたというのが新作の『Little Honey』。来週ぐらいにはうちにこのアルバムが届くはずなんだが、さて、どうなっているんだろう。実に楽しみなのだ。それに、このはまり具合を考えると、おそらく、『Live @ the Fillmore』も買うことになるだろうし、昔のアルバムも買ってしまうんだろう。メキシコ人アーティストからこんな流れになってしまうとは... 想像もしていませんでしたけどね。

 ちなみに、彼女、大統領選挙に合わせて、デジタル・オンリーで『Lu in 08』というEPを発表するんだとか。そこにはディランの名曲、『戦争の親玉』も入っているらしく、これも買ってしまうんだろうなぁ。政治的な発言はしていないらしいんだが、その意図はこのリリースだけで十分理解できません?


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2008年09月03日

Lila Downsの新譜で再び彼女の懐の広さに驚かされる

Lila Downs 昨年6月にここで初めてこのメキシコ人女性、リラ・ダウンズに触れている。そのときの原稿はここで確認できるのだが、あれ以来、すでに発表されてる彼女のアルバム5枚を全て購入。幾度となく聴いてきた。これも、先日書いたジャスティン・ノヅカ同様、自分のLast FMのアカウントで確認できるのだが、ここ1年で最もよく聞いているのが彼女であり、なかでも最もはまることになったのが2年前に発表された『La Cantina』。特にちょっとレゲエの影響をうけた「Agua De Rosas(Water from Roses)」や「La Cumbia del Mole」が大好きで、もし、チャンスがあったら、聴いてみてくださいな。以前は彼女のMySpaceで試聴ができたんだが、現在は2年ぶりに新しいアルバム、『Shake Away』が発表されたこともあり、その収録曲を中心に構成されていて無理のよう。でも、iTunesに飛べばさわりぐらいは聴くことができる。

 2年ぶりに新しいアルバムが発表されると聞いて即座に注文していた『Shake Away』が今日届けられたんだが、それが待てなくて買ったのがiTunesで発表されていた『Live Session』の4曲入りEP。ここでまたまた彼女に驚かされることになるのだ。その1曲が「I Would Never」。どこかで聴いたことがあるなぁ... と、いろいろと思いを巡らしたり... っても、簡単には思い出せない。というので、すでに3万曲以上をため込んでいる自分のiTunesのリストを検索して出てきたのがグラズゴーのバンド、ブルー・ナイル。20年でアルバムを4枚しか発表していないという彼らが8年ぶりの新作として2006年に発表した最新作『High』に収録されている曲だというのがわかった。彼女のMySpaceには影響を受けたアーティストとして、ジャズからロック、レゲエからブラジルなどといった、ありとあらゆるジャンルの(そもそもそんなの全然関係ないんですけどね)巨人達の名前が出ているんだが、その彼女がスコットランドのカルト的なバンドとつながるとは... 思いもよらなかった。ところが、アコーディオンもバックに、どこかでラテン的なニュアンスを感じさせながら、素晴らしいヴァージョンに仕上げている。そんなライヴを楽しむことができるのがこの『Live Session』。チェックしてみる価値は充分あると思いますよ。

Woody Guthrie その『Live Session』に収録されている曲で、もうひとつ気になったのがウッディ・ガスリーの名曲メドレー、「Pastures of Plenty / This Land Is Your Land」。よくチェックしてみると、2001年に発表された2枚目のアルバム、『Border』にも収録されているんだが、これも素晴らしい。アカペラで始まり、緩やかなレゲエタッチのリズムで歌われるのが彼女のヴァージョン。その力強い彼女の歌声が、そして、この曲を取り上げているあたり彼女の姿勢に共鳴するものを感じるのだ。

 バイオによると、スコットランド人の左翼活動家の父親とメキシコ人女性の間に生まれたというのがリラ。(オッと、これがブルー・ナイルとの接点かなぁ?)ミネソタの山奥で育ったというのだが、その後、ヒッピーの仲間達と歌い出したとある。といっても、MySpaceでちょろっと書かれているだけなので、想像するしかないんだが、そういった背景からこういった曲のセレクションが生まれてきたのだろう。そのせいもあって、ひさびさに埃にまみれたウッディ・ガスリーのアルバムを引っ張り出して聞いてみたり... ちなみに、今回ここに見せているのは70年代初期に発表されたもので、『The Greatest Songs of Woody Guthrie』というアルバムなんだが、ウッディのアルバムを検索していて気になったのが99年に発表されたボックス・セットの『The Asch Recordings, Vol. 1-4』。そこには名曲「This Land Is My Land」の歌詞違いのヴァージョンが入っているらしい。かつて発表されなかったものらしく、これについては、以前どこかで読んだことがあって、今度じっくりと調べてみようと思う。

 それはさておき、リラ・ダウンズの新しいアルバム、『Shake Away』が素晴らしい。アルバムを出す度に、前作を上回る傑作を作るのはけっして簡単なことではないんだが、この人はどんどん進化しているように思えるのだ。おそらく、話題になるのは前述のカバー、ブルー・ナイルの「I Would Never」が収録されていることや、サンタナで大ヒットした「Black magic Woman」が入っていることだろうと思う。いうまでもなく、『Abraxas(邦題 : 天の守護神)』からカットされて大ヒットを記録した曲で、オリジナルはフリートウッド・マックの『English Rose邦題 : 英吉利の薔薇)』。まるでマリアッチに登場するようなトランペットなんかも入れられたリラ・ダウンズのヴァージョンは、あの名曲に全く違ったアングルから新しい命を吹き込んでいるようで、これには驚かされた。それに、シンガー&ソングライター、ルシンダ・ウイリアムスのカバーも入っていて... とはいいながら、彼女のことはずっと気になってはいたんだが、まだ聴いたことはない。というので、ルシンダのMySpaceで、音楽を聴いてまた散財しそうになっている自分がいます。(笑)

 そういった「話題」になるカバーがいいのはもちろんなんだが、同時にオリジナルも素晴らしい。ソウル系のアーティスト、ラウル・ミドンからフォルクローレの巨人、メルセデス・ソーサに、メキシコのカフェ・タクーバといったそうそうたるメンツをゲストにメキシコのルーツに立ちながらもアフリカ音楽からロックンロールやソウルにファンクやジャズにアイリッシュ音楽など、その全てを飲み込んで身体の中に吸収している彼女の音楽性は驚異的としかいいようがないのです。完全に脱帽。まだ、うちに届いて数時間で、繰り返して2度聴いただけなんだけど、彼女の音楽の背後にはとてつもない世界が広がっているのがよくわかる。とんでもないアルバムを作りましたな。


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2008年08月29日

Wattstaxの夢が現実になるとき(前編)

Wattstax 8月10日にソウル界の巨人、アイザック・ヘイズが亡くなったという一報が届いたときに、即座に思い浮かべたのは、ソウル映画、ドキュメンタリーの傑作、『ワッツタックス』だった。すでにこのDVDについては、3年ほど前にこのサイトでレヴューを残しているんだが、そのDVDのラスト近く、ジェシー・ジャクソン牧師の紹介でステージに登場するアイザック・ヘイズを収めたシーンの素晴らしいこと。イントロに登場するクチャクチャ、ワウワウのギターの音が、そして、あのリズムが一瞬にして会場の空気をがらりと変えてしまうところなど、あの公演から36年を経た今見ても、背筋がゾクゾクするほどのインパクトを与えてくれる。10万人のオーディエンスとの演奏や演説を通じてのコール・アンド・レスポンスや、どこかで静かに沸騰するようなエネルギーが会場に渦巻いているところから、否応なしに感じるのは異彩を放つ時代の息吹。その全てがここに封入されていると言っていいだろう。

 というので、そのDVDを探したんだけど、見あたらない... いつものことなんだが、きちんと整理をしていないのか、あるいは、誰かに貸してしまってなくしてしまったのか... 結局、再び注文してしまうことになったんだが、嬉しかったのは廉価で国内盤が再発されていたこと。以前購入していたのはアメリカ盤で、それなりに理解ができるんだが、ディテールについていうならば、やはり字幕がついている方が嬉しい。すでに記憶が定かではないんだが、そのアメリカ盤にも収録されていたボーナス映像もこれでゆっくりチェックできる。あのときはチェックすることがなかった、パブリック・エナミーのチャックDとソウル史の研究家、ロブ・ボウマンによる音声解説やこのドキュメンタリーの監督、メル・スチュワートに、この映画の顔でもある、そして、つい先日亡くなったばかりのアイザック・ヘイズによる音声解説もまた、さらに新しい世界への扉を開いてくれることになるだろうと思う。

the Staple Singers そのDVDが届いて、早速それを見ながら、これを書き始めていたんだが、どうも集中して原稿を書けない。AVセレクターからアンプにつないだスピーカーを通して音楽を聴き、流し目で画面を見ながらというのが良くないのは当然のこと。ついつい画面に引き込まれてしまうのだ。それほどまでのエネルギーがここに詰め込まれているということなんだろう。同時に、そのエネルギーが向かった先のことを考えると、夢を体験すること亡くなくなってしまったアーティスト達に同情してしまうのだ。

 このDVDにボーナス・トラックとしてほぼ全編の演奏が収録されているアルバート・キングは1992年に他界し、この映画で「Respect Yourselfe - 自らを尊敬しよう....というよりは、胸を張れといった方がいいと思う」(『Bealtitude』に収録)という名曲を演奏しているザ・ステイプル・シンガーズの父、ポップス・ステイプルズは2000年にこの世を去っている。結局、ザ・ステイプル・シンガーズはそれを契機にその歴史にピリオドを打つことになり、その軌跡を継ぐように活動を続けているのが娘のメイヴィス・ステイプルズ。今も精力的に動いているようで、最近はライ・クーダーをプロデューサーに『We'll Never Turn Back』というとんでもない傑作を生み出してくれているんだが、そのアルバムで公民権運動時代を振り返り、「闘いを続け、後戻りはしない」と聴く人たちに、そして、自分にも言い聞かせているあたりに、『ワッツタックス』と同じエネルギーと今につながる彼らの「闘いの歴史」を感じるのだ。

Mavis StapleDo The Funky Chicken』で一世を風靡した、ちょいとコミカルなタッチも感じさせるルーファス・トーマスが亡くなったのは2001年で、『ワッツタックス』の映画での進行役を務めながら、ブラック・ジョークで時代をえぐっていたコメディアン、ブリチャード・プライヤーも2005年に他界している。この映画で歌われている名曲「If Loving You Is Wrong I Don't Want to Be Right」(『The Best of...』に収録)を残したルーサー・イングラムも昨年亡くなった。ご存知の人も多いと思うのだが、ロッド・スチュワートが『Foot Loose & Fancy Free』でカバーしたのがあの名曲だ。そして、今月、心臓発作で亡くなったのが、ブラック・パワーの時代を象徴した映画『Shaft(邦題 : 黒いジャガー)』のテーマ、そして、この『ワッツタックス』の看板と呼べる曲を歌っているアイザック・ヘイズということになる。

 そんな彼らが、おそらく夢にまで見ただろう、時代がすぐそこにまで来ているような気がするのだ。このワッツタックスがLAコロシアム(二度のロサンゼルス・オリンピックの開会式で使われた会場)で開催されたのは1972年8月20日。今から36年前なんだが、この時代に、アメリカ大統領選に有色人種が登場することなど、想像もできなかっただろう。いうまでもなく、有色人種が言葉にできないほどの差別を受けていた時代の、どこかで「抵抗運動のシンボル」としてこれがあったように思うのだが、これがなぜ開かれたかを知るには1955年にまでさかのぼる公民権運動に目を向けないわけにはいかない。そのあたりのことは、後編として、数日後に書いてみようと思う。


投稿者 hanasan : 11:21 | コメント (0)

2008年08月25日

Justin Nozuka - これが一聴惚れの典型です

Justin Nozuka ちょうどフジロックが開催される直前のこと、Fuji Rock Expressの準備をしていたときのことだった。出演するアーティストのデータ作りをしていたときに目に入ったのがこのアルバム、『Holly』(US import / 国内盤 )の主、ジャスティン・ノヅカだった。どこかで耳にした名前だなぁと思って、思い出したのが今年の春先にオースティンで開催されていたサウスバイ・サウスウエストでのこと。確か、誰かが彼の名前を出して、すごくいいという噂が流れていたように思う。それに、名前からもわかるように日系人か、あるいは、ハーフかのいずれかだというので、記憶に残っていたのかもしれない。

 データをチェックするときに参考にするのは当然ながら、公式サイトで、ディスコグラフィーやバイオを見ながらamazonとのリンクを作っていく。これは、このサイト同様、fujirockers.orgFuji Rock Expressもamazonとアフィリエイトをしているというのが理由だ。加えて、最近よく使っているのが、自分自身もアカウントを作ったMy Space。それぞれのアーティストのMy Spaceで実際に音楽を聴きながら、アーティスト情報もチェックすることになる。実をいえば、そのとき、ジャスティン・ノヅカのMy Spaceで彼の歌と声に一聴惚れしたというのがこのアルバムのことを紹介しようと思ったきっかけだった、

 もちろん、その時点で彼に関して詳しい情報は皆無に等しい。が、そんなことにそれほどの重要性があるとは思ってはいない。なによりも、歌を聴き、声に耳を傾け、どこかでなにかが触発されればそれで充分。このときは、My Spaceにアクセスしたとたん、そこから流れ出てくる歌に吸い込まれるように、幾度も幾度も聞き続けてしまった。

 彼のMy Spaceで聴いてもらえれば、なんの説明も必要ないんだろうが、まるで壊れてしまいそうに繊細な響きを持っているのに、どこかでなににも負けないようなたくましさも感じる声に、まずは持っていかれたという感じかなぁ。どこかでヴォーカルにソウルを感じるというか... しかも、メロディ・ラインが美しい。いいメロディに美しい声... と、それだけで自分にとっては十二分に「はまる」条件を持っている。バックは基本的にアコースティックで... (だと思う)ひょっとすると、背後で軽くなにかが使われているのかもしれないが、アコースティック・ギターとピアノとストリングスと... といった生の楽器の響きを感じさせて、静かに、が、力強く歌が浮き上がるといった風情だ。

 本当は、フジ・ロックで彼のステージを見に行きたかったんだが、すでにその時点で取材スケジュールが決められていて、彼のライヴを見に行くことはできなかった。彼が演奏したのは木道亭という小さなステージ。なんでこれほどの才能を持つ人がこんな場所で... と思ったんだが、どうやら、プロモーション来日していたらしく、その隙間を縫うように「つっこんでもらった」ということなんだろう。そのときの演奏はFuji Rock Expressで、スタッフが撮影していて、友人のイラストレーター、三留まゆみがこんなイラストを描いてくれている。それ以外にはなにもレポートされていないというのが悔しくてたまらないし、そのときのステージがどんな感じだったか、見た人がいたらぜひ教えてもらいたいと思う。

 そんな流れのなかで早速注文したのがDVD付きの国内盤。ところが、あとになってこれがなんと9月17日の発売だということに気付くことになる。しばらくは、毎日のように彼のMy Spaceで聴いていたんだが、アルバムをきちんと聴きたいという欲求が膨れあがって、結局はUS importも注文。それが届いた時点で自分のコンピュータのiTunesに読み込んで、毎日のように聴きまくっているのだ。今、iTunesの記録をチェックしてみるとインプットしたのが8月3日。それからすでに40回以上もこのアルバムを聴いていることがわかるし、自分のLast FMをチェックしてみると、ジャスティンがこの1年で聴いたアーティストのトップ8に顔を出しているもがわかる。

 なんでもフジロックに彼が出演したとき、彼はまだ19歳だったとか。そして、このアルバム『Holly』(US import / 国内盤 )のオリジナルが発表されたのが2006年... ということは、ここに収録されている曲は彼がまだ17歳になる以前に作られていたことになる。おそらくは彼の父親にも匹敵するだろう年齢の自分がこれまで惚れ込んでしまうとは... とてつもない才能が飛び出してきたものだ。 


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2008年07月11日

相も変わらずCD三昧

Eli Reed いつものことなんですが、自分にとって最も幸せなときというのは素晴らしい音楽を聴いているときだったり、未知の「素晴らしい音楽」に出会ったとき。というので、なにかといいわけをしてCDにお金をつぎ込んでしまうのです。で、時には、全くなにも知らないのに、ジャケットなんかで買ってしまうということがあるんですが、最近、それではまってしまっているのがこのバンド、Eli "Paperboy" Reed & The True Loves。エリ・ペイパーボーイ・リードとザ・トゥルー・ラヴズで、アルバムは『Roll With You』。最初はジャケットに惹かれて... 最近、よく使っているMy Space(http://www.myspace.com/elipaperboyreed)で彼らをチェックして、一目(一聴)惚れでしたな。というので、速効で購入。っても、なぜかうちに届くのに時間がかかって、忘れた頃に届いたから、パッケージを開けるときには「なんだっけ、これ?」って感覚でしたけど。もちろん、ジャケットを見て思い出して、聞き始めたら、そのままヘビー・ローテーション気味になったのがこのアルバムです。

 基本的には、もう、なりきりのようにサム・クックやオーティス・レディングの時代のホットでスティーミーな本格的リズム&ブルースを演奏しているという感じ? そういった古典的なソウルやファンクが大好きだったら、絶対にはまりますな、この人。今時、白人だとか、黒人だとかって話はしたくないんだけど、どこかでやっぱり驚かされるのは白人の若者だということ。しかも、どこかで懐かしい人間の温かみのあるソウルだというのが魅力なんでしょうな。ちょっとレトロなのかもしれませんけどね。そういった音楽が少なくなって、はまってしまっているのかも... と思うこともあります。

 いずれにせよ、彼のことをロンドンの仲間に知らせたら、みんな、はまってしまったようで、彼のことを追いかけ始めているときいています。とはいっても、エリ・リードは7月14日からヨーロッパ・ツアー入りして、ロンドンの仲間はみんなフジ・ロックのために、その頃にはイギリスを離れているので、実際にライヴを体験することはできないと思いますが.... というので、ロンドンにいる他の仲間にお願いしてみましたけど、どうなることやら。

Bobby Charles それにボビー・チャールズのこんなアルバムも買ってしまいました。昔から彼のことを知っている人が名盤として名前を挙げるのが、最近、1500円の廉価盤でボーナス・トラック付きの紙ジャケで再発された『Bobby Charles』。ザ・バンドの4人にジョン・サイモンからデヴィッド・サンボーン(ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのメンバーだった頃かなぁ)、エイモス・ギャレット、ジェフ・マルダー、ドクター・ジョンと、今、チェックしてみたら、とんでもない連中がレコーディングに参加していて、それだけでも「聞くべき」作品だと思うんだろうな。でも、そんな連中がバックで彼らを支えたというのは、ボビーの才能のなせる技ではないのかなぁと思う。加えて、これは想像でしかないんだけど、きっといい人なんだろうな。だってね、そんな歌を歌っているし、だからこそいろいろな人に支えられているんだろうと思うのさ。

 で、今回買ったのは「Homemade Songs」って作品なんだけど、新しい録音はわずかで昔の録音があったり... と、4年ぶりのアルバムだとはいうんだけど、なかなかそうは呼べないような感じ? それでも、やっぱいいんですよ。歌心満点で、文句ないほどにレイドバックしているし... ホントはね、こういったのが、おそらく、一番好きなんじゃないかと思うのよ。歌と生身の人間による手触り、肌触りのある演奏がねぇ、染みるんです。

Amos Garrett でもって、最近のもう一枚のお気に入りはエイモス・ギャレットの新作、「ゲット・ウェイ・バック:トリビュート・トゥ・パーシー・メイフィールド」なんですけど、これは嬉しいことにサンプルが届けられた。前回の来日公演をレポートした流れなんだろうけど、これはめちゃくちゃ嬉しい。あのときのライヴが素晴らしかったこと、そして、このアルバムかどうかは覚えてはいないけど、パーシー・メイフィールドのことを話していたのは覚えているんですね。そして、出てきたのがこのアルバム。いつ聞いてエイモスのギターの素晴らしいこと。ほれぼれしてしまいます。

 ちなみに、このアルバム、面白いんですけど... って、それほどでもないかもしれないけど、国内盤アメリカ盤のジャケットの写真が微妙に違っていて、なかなか興味深いですな。(どうやら、収録されている曲は同じではないかと想像しますけど)

 とはいっても、こういった地味で渋めの音楽の他にも、前回のブログで書いたようにメタルに開眼して... いろいろと聞き始めているのですよ。かなりは友人に借りて聞いているんだけど、トライバル・ラテン・メタルについてはかなり買いましたな。限定で廉価盤が出ていたのでセパルトゥラ の『アライズ』に『ケイオスA.D.』と『ルーツ』の3枚、そして、ソウルフライは7/23発売予定の『コンカー』を予約して、『プリミティヴ』も.. という感じで、立て続けに買っています。まぁ、はまってしまったら、突っ走ってしまう性格のなせる技なんでしょうな。このラインのメタルに関しては、しばらく続いていくようです。

 ということで、最近購入しているCDの話なんだけど、あまりにも節操がないのに、自分でも驚いております。


投稿者 hanasan : 14:26 | コメント (0)

2008年06月12日

メタルにはまる - Berri TxarrakとSoziedad Alkoholika

Berri Txarrak 昨日、5月頭のヨーロッパ取材旅行の素材をやっと形にできた。その結果が、Smashing Magに掲載したベルリンのバンダ・バソッティから始まるもので、取材してから一月以上かかっているのが情けない。が、どうしても多くの人が巻き込まれているスマッシング・マグやフジ・ロッカーズのスタッフが抱えているレポートの方を優先しなければいけないと思ってしまうのだ。当然ながら、それよりも優先順位が低いのが、自分のブログ。というので、こっちの更新がおろそかになる。ここに来ている人には申し訳ないけど、そりゃ、仕方がないと思う。しかも、このブログでさえ、書き始めると、どんどん話が広がってとんでもない量になるという問題もある。幾度も思ったことだけど、これからはシンプルにしてどんどん思ったことを書き残しておこう。そうじゃないと、全然先に進めないのだ。(それでもいっぱい書いてしまうのが笑えるんですけど)

 というので、今回はメタル。これまでいろいろな音楽を聴いてきたけど、メタルだけは... といったら嘘になるかもしれないけど、それに限りなく近いと言ってもいいだろう、聴く気になれなかったし、聴いては来なかった。さぁて、なぜなんだろう? よくわからない。接点もなかったし、魅力も感じなかった。それだけのことなんだろうと思う。ん? 違うなぁ。あのワン・パターンな暴力的なイメージのジャケットが嫌いだったからかなぁ。それはかなりあると思う。

 ところが、昨年、取材したバンドで、微妙に変化が生じる。それがバスクのバンド、Berri Txarrak(ベリ・チャラック)だ。実にシンプルなギター&ヴォーカル、ベース、ドラムスというスリーピース・バンドで、これがいい。地元の人たちによると、「フォークがメタルの音になっている感じかなぁ」というんだが、メロディがいいし、すごくタイトなリズムも好きで、エッジがあるというか... といっても、元来メタル系の音楽はほとんど知らないから、ほとんどなにも語れないんですけどね。実際、スラッシュ・メタルとか、デス・メタルとか、グラインド・メタルとか... それがなにかも知らないし、聴いても違いがわかるかどうか実に怪しいのだ。

 それはともかく、彼らの作品で一番最初に入手したのは『Libre』というアルバムで、これは元ネグ・ゴリアック(フェルミン・ムグルサが完全にバスク語で歌った最初のバンド)のメンバー、カキから受け取った。

「今、バスクで面白いと言えば、これしかいないよ」

 と言われたんだが、なかなか聴くチャンスがなかったというのが正直なところ。ところが、昨年3月の来日公演で、彼らのライヴを見て、こりゃ、面白いと聴き始めることになるのだ。

Berri Txarrak だから、最初に聴いたのはその来日公演で受け取った最新作... といっても、2005年の作品で『Jaio.Musika.Hil』。それに加えて、その前作『Libre』の2枚が、それからしばらくの間、うちでヘヴィーローテーションされることになる。この2枚がめちゃくちゃいい。なにがいいのか? なんだろうね。ライヴでニューオーダーの「ブルー・マンデー」あたりをカバーしていたところを見たら、おそらく、単純に一般的なメタルのイメージとは違ったところに彼らの音楽があると思うし、それが魅力なんだろうか。一方で、ジャケットを見てもわかるんだけど、メタル独特の「鋼鉄」系のニュアンスが全然ないのも面白い。実際、ビジュアル的にもベリ・チャラックの面々って、ベースを除いたら全然メタル・チックではないのです。といっても、うまく説明できないなぁ。

 彼らにはまってかなりが過ぎた今年、5月3日にひさびさに彼らのライヴを見たんだが、それがスペインの中部、ラ・マンチャあたりで開かれたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルだった。このとき、約5万人を前に彼らが演奏していて、その後だったか、マネージャーと一緒に彼らの事務所のあるカタロニアのジェローナに行ったときに、彼らから「実は、ゴルカ(ヴォーカルで詞を書いている)の言葉がすごいんだ。詩人としてバスクでは高い評価を受けていて、いくつか賞も取っている文学者なんだよ」と言われたんだが、当然ながら、なにも理解できない。それなのに、なにかが引っかかる。いつものことなんだが、そういった直感がどこかで音楽の魅力だと思っていて、それを探っていくことで我々の常識や言葉を遙かに超えた音楽の持つとてつもない力を再発見することが多々ある。だから、今がそんな状態だと言ってもいいだろう。

 ちなみに、この2枚のアルバムをあまりに気に入ってしまったからなんだろう、それ以前に録音されたアルバムも買ってしまった。といっても、このあたりの輸入盤の値段があまりに高いし、日本ではなかなか手に入らないので、渋々だけど、iTunesで購入。ジャケットの手触りが好きなので、よほどこのことがない限り、CDを購入したいんですな、ホントは。で、まずは1999年の『Ikasten』、2001年の『Eskuak, Ukabilak』を買ったんだけど、やはり、上述の2枚にはかなわない。その2枚も日本で買うと高いので、iTunesでのリンクも作っておきますが、『Libre』と『Jaio.Musika.Hil』のタイトルをクリックしてくれたら、すぐにみつかります。彼らのMySpaceでも音楽を聴くことができるので、そこをチェックしてみるのもお勧めです。さて、みなさんが彼らの音楽をどう感じるか? 興味津々です。

Soziedad Alkoholika で、そのベリ・チャラックがヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで演奏したのが夕方のメタル系を中心としたステージで、メイン・ステージのヘッドライナーとして登場したのが、同じバスクのメタル・バンドでSoziedad Alkoholika(ソシエダード・アルクホリカ)。直訳したら、アルコール中毒協会って感じかしら。このバンドにも圧倒されました。ベリ・チャラックと同じマネージメントだというので、ステージ脇で彼らを見ていたんだけど、ゴリゴリなんですな。マイクを両手に持ってつぶれた声でシャウトする感じ? このときはなにを聴いても同じに聞こえたというのが正直なところ。それでも、数曲が「面白いなぁ」と思っただけだったんだけど、ステージから放たれているエネルギーのすさまじいこと。マネージャーが「こっちに来てみな」と言うので、ついていったのが隣のステージ。そこからオーディエンスが全て見晴らせるんだけど、ぶっ飛ばされました。奥の奥の方までびっしり。しかも、パンパンに膨れあがった感じのオーディエンスがものすごい勢いで揺れ動いて、バンドと一緒に歌っているんですよ、このメタル・バンドと一緒に。このゾクゾクする感じ、想像していただければと思うんだけど、並のライヴじゃなかなか味わうことはできません。

 しかも、その中には、やはりバスクの旗が、カタロニアの旗がたなびいている。そんなこともあって、マネージャーに尋ねるんですね。連中はどんなことを歌っているのかなぁって。そうすると、『反人種差別、反ファシズム... 簡単に言えばレベル・ミュージックだよ』とのこと。そんなバンドがこれほどの反響で受け入れられているというのが、やはり日本ではあり得ないと思うのです。後日、このマネージメント会社のひとりと話をすることがあって、『おそらく、こういった現象は、ほとんどの国で希薄になっていると思う。これほどまでに攻撃的なレベル・ミュージックが最も受け入れられるのがスペインなんだ。おそらく、まだファシズムの記憶が生々しいからじゃないかな。』と言われたものです。実際、フランコの独裁が終わったのが70年代の終わり。80年頃に仲良くなったスペイン人の友人が口にしていた言葉を思い出します。『夜中に三人で歩いていたら捕まったのよ』と、そんな時代を生き抜いていた人々の国がスペイン。こういった傾向は理解できるし、バンダ・バソッティが本国よりもスペインでの方が支持されているというのも、それが理由なんだろう。

 ちなみに、日本ではまだ入手不能なんだけど、発売されたばかりなのが、彼らの新しいアルバム、『Mala Sangre』。スペインでは発売第1週でこのアルバムが全国チャートの13位に顔を見せたとか。おそらく、ヴィーニャ・ロックでそんな彼らのピークを体験したということなんだろう。当然のように、このアルバムだけではなく、ベスト・アルバム、DVDといろんな素材を彼らから受け取ったんだけど、これ、完璧にはまっています。例によって、自分のLast fmをチェックしていただいたらわかるんだけど、自分のコンピュータで聴いている音楽のチャートでtop6に彼らの名前が出ている。簡単なことで、最初は「チェックする」ために聴いていたら、どんどん彼らの魅力にはまりこんだということ。彼らのメタルもこれまで自分が持っていたイメージとは全然違った、どこかでバンダ・バソッティあたりに通じるメロディを感じるというか... 実際、このバンドを聴いていろいろなメタル・バンドを聴き始めたんだけど、メタリカを聴いて全くぴんと来ない。それどころか、彼らと比較すると、メタリカがポップに聞こえるというか... それほどこのバンドのこのアルバム、『Mala Sangre』に魅力を感じるんですね。不思議なものです。

Sepultura そのマネージメントが教えてくれたんだけど、このヴィーニャ・ロックで最も高いギャラを受け取ったのがソシエダード・アルクホリカだったとか。同じフェスティヴァルに、日本でも有名なソウルフライやセパルトゥラあたりが出演しているんだけど、そういったバンドよりも遙かに人気があるんだそうな。その一方で、自分の持っているメタルへの偏見を越えなきゃという意味もあって、「メタルの歴史を変えたのはセパルトゥラなんだ」というマネージャーの言葉に刺激されて彼らの『JChaos A.D.』と『Roots』を購入。まだ、少ししか聴いてはいないんだけど、これまで持っていたメタルへのイメージを変えないといけないなぁと、正直に思った。といっても、これが典型的なメタルなのかどうかさえ知らないんだけど、これまで想像していたものとは全く違う世界なのだ。どちらかというと、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンやエイジアン・ダブ・ファンデーションに近いと言ったら笑われるんだろうか。自分にはそういった感じに聞こえて仕方がない。いずれにせよ、レベル・ミュージックであることだけは理解できるのが不思議だ。

 ところで、今回の取材旅行でも面白いことにいっぱい出会っている。マドリッドから車でヴィーニャ・ロックに向かったとき、空港で同行する人たちと落ち合ったんだが、そのうちのひとりが「会ったことあるよ」と言うのだ。そうしたら、なんと、ケムリというバンドと一緒にフランスをツアーしたときに同行したか、あるいは、パリであったのか... あまり記憶が定かではないんだが、そのときのレコード会社、ロード・ランナーの担当者だというのだ。今回はこのソシエダード・アルクホリカの担当者としてこのフェスティヴァルに向かっていた。地球が小さいと思うのはこんな時。いやぁ、びっくりです。


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2008年06月04日

嬉しいぜ、青江三奈再発

青江三奈 昔から大好きなアルバムで、ときおりDJのまねごとをするときに必ず使う作品に青江三奈の傑作、『The Shadow of Love』がある。これは1993年に彼女がニューヨークに行ったときに録音したもので、ムード歌謡から演歌といった、一般的な彼女のイメージからはかなりかけ離れている本格的なジャズ・アルバム。オリジナルが発売されたときに購入して、一度友人に貸して返ってこなかったというもので、廃盤になる寸前で再購入したという記憶がある。それ以降、久しく入手不能となり、中古市場では破格の値段が付けられるコレクターズ・アイテム化していたらしいんだが、昨年だったかに、インディ系のレーベルから再発されたようだ。本来これを発表したのはビクター音楽産業(現在の、ビクター・ミュージック・エンタテインメント)だったんだが、メジャーにとっては「ヒット曲満載」でなければ商品にならないということなんだろう。

 この作品が発売された95年、速効でこれを買ったきっかけを作ったのが、これもDJのまねごとで必ず使う名アルバム、『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』。これは残念ながら、今も、入手は難しいコレクターズ・アイテムで、横浜でテレビ番組をやっていた頃、番組収録や編集作業を終えてスタッフと飲みに行った、ジャズと演歌の店『パパ・ジョン』で教えてもらった作品。群を抜いて素晴らしいのが巻頭の曲、「「組曲」レディ・ブルース」で、独特のブルース・タッチを感じさせるヴァイオリンがメドレーで歌われる名曲に見事な花を咲かせている。「伊勢佐木町ブルース」から「雨のブルース」、「港が見える丘」に「白樺の小径」と「別れのブルース」なんだが、青江三奈のハスキーな声に淋しげなヴァイオリンが絡んで見事な傑作となっている。

青江三奈 といっても、おそらく、このイントロを聴いて誰がヴァイオリン(フィドル)を演奏しているのか当てることができる人はほとんどいないだろう。なにせ、どう考えても青江三奈とは結びつかないからだ。実際、初めてこれを聞かされたときに、敬愛するバーの親父、パパ・ジョンがそう尋ねたものだ。そんなこともあって、この曲を聴かせると決まって「このヴァイオリン、誰かわかるか?」と質問をぶつけるようになってしまった。

 実をいえば、このヴァイオリンは、親父さんの店の名前にもなっているPapa John Creach(パパ・ジョン・クリーチ)。ブルース好きなら一度はこの名前を耳にしたことはあるだろうし、昔からのロック・ファンだたらJefferson Airplane(ジェファーソン・エアプレイン)からHot Tuna(ホット・ツナ)あたりで活躍していた黒人のヴァイオリン弾きのことを知っているはずだ。そのパパ・ジョンと青江三奈が絡んだのが『レディ・ブルース ー女・無言歌ー』の巻頭に収録されている曲だ。これには、やられました。完膚無きままに惚れ込んで、あの当時、なんとか探し出して買ったこのアルバムをこれまで何度聞いたことか。傑作です。

Papa John Creach もちろん、どういったいきさつでこの二人が共演することになったのか? なんの情報もありません。日本で発売される、いわゆる歌謡曲のアルバムにはライナーノーツもなにもなくて、しょせんは「消耗品」として音楽が発売され、消化されているのを目の当たりに感じるのがこんな時なんですが、これほどまでに歴史的なセッションの背景を知ろうにも、すでに青江三奈は他界し、なにもわからないのです。チャンスがあれば、当時の関係者に話を伺うことは可能なんだろうけど... そのあたり、今回の再発に当たってこういったこともライナーで書かれていれば、実に嬉しいんだが、さてどうなんだろう。

レディ・ブルース ー女・無言歌ー』については、中古盤ででも探すしかないんですが、再発された『The Shadow of Love』については、だまされたと思って買ってください。ジャズ・ヴォーカルが好きで、名盤と呼ばれるヘレン・メリルの『ウィズ・クリフォード・ブラウン』が好きだった、間違いなく惚れ込みますから。そう、青江三奈はヘレン・メリルに比較されても全然おかしくない... どころか、歌のレンジの広さからいえば、遙かに凌駕するヴォーカリストだというのが自分の見方です。

 さて、そのヴォーカリストとしての才能を見事に証明したのが『『The Shadow of Love』で、特にぶっ飛んだのは「Bourbon Street Bluse」という名で収録されている「伊勢佐木町ブルース」と「本牧ブルース」。ちょっとファンキーなタッチのリズムで、英語で歌われているんだけど、これが素晴らしい。プロデューサーでアレンジャーとして名を連ねているのはMal Waldron(マル・ウォルドロン)。ビリー・ホリデーに捧げた傑作『Left Alone』を残したジャズ・ピアノの巨人で、すでに他界しているのは知っているだろう。その他、やはり故人となっているサックス奏者、Grover Washington, Jr.(グローヴァー・ワシントン・ジュニア)、トランペットのEddie Henderson(エディ・ヘンダーソン)、ベースにGeorge Mraz(ジョージ・ムラーツ)などの顔ぶれが見える。しかも、ナット・キング・コールの弟、フレディ・コールとのデュエットも収録されるなど、実に素晴らしい。元々ジャズ・ヴォーカリストだった青江三奈が、その本領を発揮した見事な作品だと思う。

青江三奈 今回はそのアルバムに加えて、同じようなコンセプトでニューヨーク録音した『Passion Mina in N.Y.』という作品もCD化されていて、今回はこれを買った。イントロはアート・ブレイキーで有名な『モーニング』のフレーズで、そのまま「伊勢佐木町ブルース」に入っている。なんでも、本当はスタジオ録音なのに、レインボー・ルームでのライヴも加えて、「疑似ライヴ」的な仕上がりにしているのがこの作品の面白さだ。(本作品のライナーを岩波洋三氏が執筆されているんだが、そのあたりの事情はそこに詳しく記されている)このアルバムで最も好きなのはビリー・ジョエルの名曲、「ニューヨーク・ステイト・オヴ・マインド」。青江三奈が並のヴォーカリストではなかったことをつくづくと思い知らされる名唄だと思っている。

 その他に、このシリーズで復活したというか、できあがったのが、彼女が映画などで歌った曲を集めたアルバム、『女の警察 ~青江三奈ムーヴィートラックス』。これはまだ買っていなくて、頭を悩ませているところ。彼女だったら、いい作品には違いないんだろうが、ちょっと二の足を踏んでいるのだが、おそらく、買ってしまうんだろうなぁ。

 ちなみに、今回の復刻化を手がけているプロデューサーは、いつものように高譲さん。彼とはどこかでつながっているんではないだろうかと思うほどに趣味が似ていて、これまで彼が手がけた復刻化作品を数多く購入している。そんな意味でも間違いないんだろう、きっと、この原稿を仕上げたら、きっとまたクリックしてしまうんだろうと思う。

 さて、上述のジャズ・アルバムを仕上げた数年後に青江三奈はこの世を去ることになる。すい臓癌だったらしいんだが、まだまだ死ぬには早すぎたことが悔やまれる。特に、一連のジャズ作品は彼女の才能の本質を見事に言い当てていたと思うし、もっともっとやって欲しかったと思うし、ジャズをベースとしたライヴも見てみたかったと思う。調べてみると、彼女が他界したのが6年前の7月2日。59歳で亡くなったのは、はやり若すぎると思うのだ。



投稿者 hanasan : 10:24 | コメント (0)

2008年05月30日

Prenupというバンド、知ってる?

Eddie Reader My Spaceを始めてから、昔からよく取材していたミュージシャンと連絡が取れたり、先方からコンタクトがあったりと、なかなか楽しい思いをしている。大物というか、売れっ子のミュージシャンのサイトに関しては、本人がやっているとはなかなか思えないんだが、それほどじゃないと、実際に本人が管理していることも多々あるようで、いつだったか、これをきっかけにエディ・リーダーとメールの交換をしたことがある。昔から、彼女のソロ・デビュー・アルバム『Mirmama』(UK import / US import)に収録されている「What You Do with What You've Got」という曲が大好きで、まずはフレンド・リクエスト。そうしたら、OKのレスが返ってきて、彼女がブログにエディット・ピアフのことを書いたときに、「ピアフはパンクだと思うよ」といった旨のメールを出したことがある。それがきっかけで、レスが返ってきて、この曲に初めて彼女が出会ったときの衝撃なんかを教えてくれたんだが、そういった交流ができるのが面白いのだ。

 このほかにも、たまたま読んだのがリリー・アレンのブログで、向こうのメディアにぼろくそに書かれていることに対して、彼女が延々と「メディアの嘘つき」と糾弾している文章があった。それからしばらくの後、グラストンバリーのストラマーヴィルで彼女と会ったときに「あれ、ホントに自分で書いてるの?」と尋ねたら、「そうよ、もちろん!」という返事が返ってきたものだ。といっても、それ以前から彼女とは奇妙な縁でつながっていて、そのきっかけがジョー・ストラマーとフジ・ロックに来ていた親父さんのキース・アレン。イギリスでは著名な役者であるキースとは何度か会っていたし、彼女がデビューするずっと前、まだまだ子供の時に親父さんと一緒にフジ・ロックに来ていたこともあって、初来日公演の時に「あぁ、覚えてるわよ、フジ・ロックであったじゃない」と言われたこともあった。そこからグラストでのこんな会話が生まれたわけだ。

 それに前回書いたボビー・ウィットロックとココ・カーメルに関しても、彼らのMy Spaceを通じて繋がりが生まれて、自分がやった彼らのライヴのレポートや写真のお礼としてわざわざアルバムを送ってくれたり... と、ミュージシャンたちとの繋がりがどんどん広がっていくのがわかる。

Prenup そのボビーのMy Spaceへ、幾度かメッセージを残したことがある。彼らのライヴを取材して楽しかったこと、それに、レポートがSmashing Magにアップされた時にもその旨を書き込んでいて、どうやらそれを見たのがホットハウス・フラワーズのフィアクナ。おそらく、彼もボビー・ウィットロックが好きなんだろうと思うし、音楽のタイプや流れを考えると共通の友人もいるんだろう。いずれにせよ、それがきっかけでが彼からこんなメールが届くことになる。

「新しいバンドをやっていて、アルバムを作ったから聞いてくれるかい?」

 というので、当然ながら、「もちろん!」と応えて、届けてくれたのがこのアルバム、Prenup (プレナップと読むんだろうか)の『Hell To Pay』だった。メンバーとなってるのはフィアクナに、ホットハウス・フラワーズのメンバー(になったのかな?以前はサポートのような形で活動していたと思うんだけど)のデイヴ・クラーク、そして、ザ・ポーグスのケイト・オライアダンという三人のバンドで、このアルバムがけっこう気に入っているのだ。

 曲によってはディランからストーンズといった昔の「ロック」、いわゆるオールド・スクール的なサウンドを強力に感じさせてくれて、ちょっとトム・ペティなんかを思い起こさせたりもするのが彼らの音楽。amazonのレヴューにはザ・ポーグスのケイト・オライアダンのラインからこのアルバムに手を出して「ガッカリした」というのがあったけど、彼女のファンだったら、それもあるだろうなぁ。バックコーラスでしか彼女が入っていないし、メイン・ヴォーカルとしてフロントに立つのはフィアクナだと思う。ホットハウス・フラワーズのファンとしてこのアルバムを見ている自分とは全く受け取り方が違うんだろうなと思う。

 というので、最近お気に入りのこのアルバム『Hell To Pay』よく聞いているんだが、どうやら彼らがSXSWに出ていたようで、彼らのMy Spaceには昨年の3月17日のオースティンでの演奏模様がビデオで見られるようになっている。ということは、同じ日に、自分も同じ場所にいたのに、すれ違いだったわけだ。ちょっとショックですな。


投稿者 hanasan : 16:47 | コメント (0)

2008年05月26日

瓢箪から駒

Bobby Whitlock&Kim Carmel ずいぶんと長い間ブログを書けなかったのは、単純に忙しかったから。ホントは、少しでもなにかを残した方がいいと思うんだが、仕事を優先しなければいけないので、こういった結果となってしまう。アクセス・ログを見ると、毎日ここを覗きに来る人は1000人ぐらい。どれほど正確なのかはわからないが、なにかを期待してここに来てくれる人に申し訳ないなぁ... なんて思ってみたりもするんだが、仕方がありません。

 前回、スペインのコンバット・ロック、ボイコットのことを書いているのが2月だから、ほぼ三ヶ月ぶりの更新となる。あれから、3月の中旬にはテキサス州はオースティンのサウス・バイ・サウスウエスト・フェスティヴァルの取材に出かけているんだが、すでに雑誌なんかに書く意欲はなくて、自分が運営するウェッブ・サイトが発表媒体。というので、一銭の金にもならない。それから、4月にはバリ島で数年ぶりのお休みを取って、5月の頭にはヨーロッパに出かけて前述のボイコットの連中と再会している。そのあたりについて、現在、レポートをまとめているところ。

 すでに、サウス・バイ・サウスウエストのレポートは、このブログのホンちゃんのサイト、the voice of silenceのフォト・ギャラリーにアップしているのでチェックしてくれているかもしれないが、今回も素晴らしい音楽にいっぱい出会っていて、なかでも最もよく聞いているのがボビー・ウットロックとココ・カーメルの新しいアルバム、『Lovers』。自分のLast Fmのページを見てもらえばわかるんだが、この音源を手に入れたのが帰国してからなので、わずか一ヶ月半で30回近くもこのアルバムを聴いていることになる。

Derek and the Dominos そのアルバムの主、ボビーの愛妻、ココ・カーメルとは彼らのMyspaceを通じて連絡を取り合うようになって、先日、彼らからサイン入りのCDが届けられてきた。実に嬉しい。というのも、日本ではなかなか入手が難しくて、聴いていたのはiTunesで購入したモノ。実際にジャケットを手にとって、どんなミュージシャンが録音に参加していて... なんてことをチェックするのは音楽ファンの楽しみで、それがやっとかなうことになった。しかも、このアルバムのジャケットがこっていて、デジパックの観音開き+もうひとつという感じで、彼らが「アナログな感覚」を大切にしているのに感激です。それによると、このアルバムが録音されたのはウイリー・ネルソンのスタジオで、彼も録音に参加しているんだとか。クレジットによると3曲目の「トゥルー・ラヴ」と9曲目の「ディア・ヴェロニカ」(クラプトンとの共作)でリード・(アコースティック)ギターを弾いているのがウイリー・ネルソンだとか。なるほどねぇ。

 ちなみに、ボビー・ウィットロックといえば、最も有名なのがエリック・クラプトンばかりが語られる歴史的な名盤、『デレク&ドミノス』での役割やデラニー&ボニーの名盤、『オン・トゥアー・ウイズ・エリック・クラプトン』の参加で、前者に収録されている名曲『レイラ』は、おそらく、ロック・ファンでなくても知っていると思う。その「レイラ」を(本人によると)一緒に作ったのがボビーで、今回のアルバム、『Lovers』でも、最も気になるのが彼のヴァージョンによる「レイラ」だろう。自分自身は素晴らしい仕上がりだと思うんだが、どうやらロック好きのなかでは賛否両論別れているとのこと。気になる方はiTunesで購入でもしてくださいませ。1曲で150円だから、試しに聴くのも悪くないでしょ?

Stephen Bruton さて、そのアルバムでギターを弾いているひとりがシンガー&ソングライターでもあるスティーヴン・ブルトン。ライヴではそれほどリードは弾いていなかったんですが、このときのライヴがあまりも素晴らしくていろいろとチェックしていた流れで購入してしまったのが、彼のアルバム、『From the Five』。これがよかったなぁ。ライヴの写真と彼自身のMyspaceでの写真を見てあまりに表情が違うので、ココに尋ねると、癌の手術をしてすっかり変わってしまったとのこと。このアルバムに込められているのはアーシーで南部的なレイドバックした感じのロックで、基本的にこのあたりが好きな自分にはたまりません。なんでも地元の小屋で、来日したこともあるザ・レゼントメンツとして定期的にライヴをしているらしく、次回チャンスがあったらぜひ見てみたいと思いましたな。

 そういえば、今回のサウス・バイ・サウス・ウエスト・フェスティヴァルで、驚かされたのは本や雑誌でしか名前を聞いたことがない著名なミュージシャンたちがいろいろなところで顔を見せていたこと。ボブー・ブラムレットのバックで演奏していたおじさんたちが「めちゃくちゃうまいなぁ...」なんて思って調べてみたら、どうやらマッスル・ショーズのスティーヴ・ボイヤーがそのなかのひとりで、他にもそのあたりの顔ぶれがそろっていたらしいし... このあたりがこのフェスティヴァルの大きな魅力なんだと思いますね。しかも、音楽の都と呼ばれているのがテキサスのオースティン。アメリカ音楽好きにはたまりません。

Billy Bragg その他にもこのフェスティヴァルをきっかけにヘヴィー・ローテーションし始めたアルバムが結構あるんですが、その一枚がひさびさに見ることになったビリー・ブラッグの新譜、『Mr. Love and Justice』。(購入したのは2枚組の方で、同じ曲をひとりで演奏しているヴァージョンのCDが追加されたもの)これも素晴らしい。久しく彼のアルバムを聴いていなかったと思うんだけど、頭をぶん殴られるほどに「聴かせる」歌を作り、「聴かせる」表現力を持つようになったビリーに頭が下がったという感じですかね。以前は、その歌詞が「政治的」で「社会的」で、それが理解できなければ「彼の魅力はわからない」という人が多かったとも思うんだけど、さて、本当にそうなの? と、疑問に思えるようになったと言っていいと思う。確かに、自分もどこかでそんなひとりだったんだが、今回のこのアルバムでそんな危惧が全くなくなった。これは傑作です。これも聴き狂っている作品。ぜひ多くの人たちに聴いてもらいたい名盤で、彼にとっての最高傑作ではないかと思う。

 ちなみに、今回のサウス・バイ・サウス・ウエストで、嬉しかったことのひとつが、まるで反戦集会のような雰囲気で開催されたライヴ、ボディ・オヴ・ウォー。詳しくはそのときのレポートに記しているんだが、このときも、数曲歌っているのがビリー。しかも、最後に全員が出てきたときも、けっして出しゃばることなく、自分の役割をきちんと果たしていたのが、なんかビリーらしいなぁと思ったものだ。その一方で、自分のステージでは歌っていながら、最後に全員でウッディ・ガスリーの名曲、「我が祖国」を大合唱したときに姿を見せなかったベン・ハーパーにはどこかで失望したなぁ。そんなに自分のイメージが大切なのかなぁ。理由はよくわからないけど、あのとき、トム・モレロは彼に向かって声をかけていたし、「無理だというんだったら、いいよ」と口にしていたことから、ステージ袖に彼はいたはずなんだが... と、そんなことも思ったものです。

Kitty, Daisy & Lewis その他、今回の取材がきっかけで買ったのはロンドンをベースに活動するとんでもない家族バンド、キティ、デイジー&ルイス。セクシー・ダイナマイト系の姉妹が看板で、当然ながら、そっちばかりが話題になるのは仕方がないと思う。なにせ、スタイルがいいだけではなくて、めちゃくちゃ美人なのよ、この姉妹。でも、「結局、そうやってメディアで受けているだけじゃないの?」と、いう見方をあざ笑うように、彼ら全員が本物のミュージシャンだというのが面白い。バックをつとめている親父さんのリズムギターやお母さんのウッド・ベースにそれほど驚かされることはなかったんだけど、(けっして下手だという意味じゃないです、念のため)この兄弟姉妹の3人が、カントリーからリズム&ブルース(流行の方じゃなくて、ルーツの方ね)、ジャンプ、ロカビリーといった音楽に登場するほとんどの楽器を全て演奏してしまうというところがすごいのね。ドラムス、キーボード、ギターは、もちろん、ブルース・ハープにトロンボーンまで、この3人が手を変え品を買えて演奏しながら歌うんですが、これにはびっくりです。

 で、早速このアルバム、『A-Z: Kitty, Daisy & Lewis - The Roots Of Rock 'n' Roll』を買ったんですが、彼らのアルバムだと思っていたのに、実は、これ、コンピレーションで、ここに収録されている彼らの演奏は1曲のみ。まぁ、内容は全然悪くなくて、彼らがよく演奏するクラブ、Gaz's Rockin' Bluesの主、ギャズ・メイオールが一番最初に作ったコンピレーション、『Gaz's Rockin' Blues』によく似ているなぁと思う。だからこそ彼らがつながっているんだろうし、そんな流れで彼らが日本に紹介される日もそんなに遠くはないと思う。

 ということで、なぜ、瓢箪から駒なのか? 実は、ボビー・ウィットロックのライヴのおかげで買った『From the Five』が良かったよぉと、書きたかっただけなんだけど、文章を書いていったらこうなってしまいました。まぁ、瓢箪がフェスティヴァルで、釣られて買ったアルバムの数々が駒なのかなぁと思ってみたり。本来は、そんな意味じゃないんですけどね。


投稿者 hanasan : 16:15 | コメント (0)

2008年01月30日

Barbara(バルバラ)のこと

バルバラ 最も好きなシャンソニエのひとり、バルバラを初めて知ったのは、実をいうと、ライヴで聞いた友部正人の歌だった。曲の名前は覚えてはいないんだが、「バルバラのシャンソンでも聴きながら」というフレーズが入っていて、大好きな友部が聴いている音楽って、どんなものなんだろうと思ったのがきっかけだった。(それから20年以上が過ぎて彼と話をしたときに、このことを伝えると「実際に、影響があったんだ。嬉しいな」と彼が言ってくれたんだが、「影響』なんて言葉では計り知れないほどに衝撃を受けたのが友部正人。彼のデビュー・アルバム、『大阪へやってきた』からセカンドの『にんじん』は、生涯手放すことはできない傑作だと思っているし、10代の頃、彼の歌には頭をぶん殴られたかのような衝撃を受けていた。チャンスがあったら、聞いてくださいな)

 その友部がきっかけで知ったバルバラのアルバムで一番最初に買ったのは1964年に発表されたという『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』。確か大学生の時ではなかったかと思うのだが、そのアルバムに収録されている「Nantes(ナント)」という曲にいたく感動したのを覚えている。確か『ナントに雨が降る』という邦題が与えられていたように思うんだが、定かではない。か細いながらも、驚くほどの存在感を持つバルバラの声に、異様に少ない音数ながらも、まるで身体を突き刺すような、それでいて、氷のように冷たいタッチを持つピアノで彼女が弾き語るこの曲を聴いたとき、背筋がゾクゾクしたものだ。もちろん、アルバムそのものも素晴らしいんだが、この曲がどこかで自分の琴線に共鳴したんだろう、他の曲のことはほとんど覚えてはいない。それほどまでに圧倒的な響きを持ってた。とはいっても、あの友部の歌じゃないけど、「フランス語なんてわかるわけない」(って、フレーズがあったのを思い出した)。大学ではフランス語が第一専攻で、哲学科にいたからというのでもないんだが、ジョン・ポール・サルトルの著作をフランス語で読まされていたりもしたんだが、この曲でなにが歌われているかなんぞ全然知らなかった。その一方で、この曲に感じたのはどうしようもないもの悲しさや寂寥感。まるでなにもわからないのにかかわらず、この曲に魅せられてしまったわけだ。

バルバラ そのバルバラにとって、おそらく最大のヒットは... というか、日本人が最も慣れ親しんでいるのは「L'aigle Noir(黒いワシ)」ではないかと思う。一時、『Barbara Chante Barbara(邦題 : 私自身のためのシャンソン)』のCDを探していたんだが、なかなかみつからず、結局、彼女のベスト・アルバム、『黒いワシ~ベスト・オブ・バルバラ』を入手しているんだが、巻頭を飾るのはこの曲。自分の持っているのはアメリカ盤で、単純にベストとなっているんだが、さすがに国内盤には「黒いワシ」という言葉が付けられている。それからも、この曲が日本でも知られていることがよくわかるのだ。

 そのバルバラが亡くなったのは97年11月24日というので、昨年の暮れ、没後10年を記念して13枚組の全集ボックス・セットが発表されたということだ。なんでも、彼女の死後、彼女への再評価が高まっていって、この13枚組がフランスでは10万セットも売れたという話も伝わっている。それを3枚のCDまとめたのが左上の『Les 50 Plus Belles Chansons』。バルバラのベスト50曲をを集めたもので、これは容易に手にはいるようだ。と、そんな話を知ったのは、我が家に毎月届けられる数少ない雑誌の一冊、Latina(ラティーナ)の最新号。誰のペンネームなんだろう、向風三郎と名乗る方の連載「それでもセーヌは流れる」の第一回の原稿で取り上げられているのがバルバラだった。

 詳しくは、この雑誌を手にとって読んでもらいたいと思うんだが、「実体験から生まれたのが私の歌であり、全ては歌に込められている」からと、ほとんどインタヴューなどには応えなかったのがバルバラらしい。が、その実体験が想像を絶した世界だったのがこの原稿から読み取れるのだ。1930年にユダヤ人家庭に生まれているということは、第二次世界大戦の頃、ヒットラーの恐怖と貧困の中で子供時代を育ち、加えて、父親から性的虐待を受けていたことも、後に知られることになる。一時は娼婦となりかけたこともあったという彼女の体験を誰が想像できるだろうか。

 その原稿で初めて「ナント」の歌の意味をおぼろげながら、わかってしまうのだ。これは家族を捨てホームレスとなって死んでいった父親の亡骸を看取りにいった街の名前なんだそうな。その歌詞のこともこの原稿に書かれているんだが、「ナントに雨が降る、ナントの空は私を悲しくさせる...」と、そのときの心情を言葉にしたのが、そして、曲にしたのがこの歌らしい。自分を汚し、捨てた父親の亡骸を見て、彼女がなにを思ったのか... 自分には全く想像もできないんだが、その気持ちがあの歌にのり移っているんだろう、全くフランス語の理解できない自分に刻印を与えるように鳴り響くここには言葉を遙かに超えた「音楽」があったということではないかと思っている。

 音楽とはとてつもない力を持っているものだと、また、確認したような気がする。言葉を遙かに超えた言葉がここにあり、そこに命を与えているのはそれを演奏する、唄う、ミュージシャンたち。その演奏によって言葉が言葉を越え、音楽が音楽を越える。このアルバムを買って約30年が過ぎて、再びバルバラを聴きながら、その素晴らしさを再認識するのだ。


投稿者 hanasan : 01:44 | コメント (0)

2008年01月24日

愛の唄、聴かせます Vol. 4 - Lorain : Linton Kwesi Johnson

Linton Kwesi Johnson とどのつまりがラヴ・ソング、愛の唄につきる。そう思うことが少なくない。誰かに恋をしているとき、愛している人がいるとき、そればかりか失ったときにだって、いつも「愛の唄」が、どこかで自分を救い出してくれたり、癒してくれたり... だから、自分にとって宝物のような愛の唄を紹介していこう... と、そう思って始めたのが完全不定期なこのシリーズ。どんなものが飛び出すか、それはこれからのお楽しみ。さて、今回は?

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 いつだったか、自分がプロデュースしたサンドラ・クロスのアルバム・レヴューかなにかで、「日頃過激な発言をしている花房浩一がなんでこんなにロマンティックなアルバムを作れるんだろう....」といった趣の文章を読んだことがある。実をいえば、同じようなことをテレビで一度インタヴューすることになったネヴィル・ブラザーズに尋ねたことがあった。いつもラディカルな姿勢を保ち、そんな曲を数多く歌っているのに、なぜあれほどに甘く切ないラヴ・ソングを歌えるのか? すると、アーロン・ネヴィルの答えはこうだった。

「本当に愛することを知るからこそ、そうなるんだよ」

 と、そんな意味のことを言われたように覚えている。今回取り上げるリントン・クゥエシ・ジョンソンといえば、UKレゲエの世界にあって最も過激で先鋭的な歌詞で、常に「闘争」のまっただ中にいるかのような人物。レゲエのリズムに乗せて、韻を踏んだ詩をジャマイカ人の訛り、パトワで朗読するというダブ・ポエットというスタイルを確立した人物で、それを象徴しているのがデビュー・アルバム、『Dread Beat An' Blood』だ。すでにオリジナルのジャケットでのCDは入手できないようなんだが、そこに描かれていたのは機動隊に向かって火炎瓶かなにかを投げつけようつぃている女性のイラストで、それだけでもいかに過激な作品かは想像できるだろう。(ちなみに、UK盤だとそのジャケットのものが出ているようです。また、その当時の彼をドキュメントした映像を集めたのが右上のDVD、『ドレッド・ビート・アンド・ブラッド』で、これについては、06年8月にここで書いている。興味のある方はチェックしてくださいませ)

 おそらく、最も好きなアルバムはといわれれば、この『Dread Beat An' Blood』をあげるのだが、最も好きな曲はどれかと問われれば、間違いなく「Lorain」。3枚目となるアルバム、『Bass Culture』に収録されている、彼にとって唯一のラヴ・ソングだというのが面白い。

The Band Whenever it rains I think of you, And I always remember that day in May

 と始まるのがこの曲だ。著作権の問題があるので、詳しくはここで読んでもらいたいんだが、この一行はこんな感じになる。

「雨が降るといつも君のことを考える。そして、5月のあの日のことを思い出す」

 簡単に気がつくと思うんだが、Lorain(ロレイン)という名前に、雨(レイン)を引っかけて韻を踏むことで、言葉のリズムを生み出している。

 歌を要約すれば、

「その雨の日に、君をみつけた。なぜかは知らないけど、いつもはシャイなのに、僕は君の名前を尋ね、君はほほえんでロレインよと応えてくれた。傘に入れてもらえませんかというと、彼女は笑いながら、『なんて厚かましい、おチビさん!』って言い返してくるんだ」

 この部分が、まるで語っているかのように歌われ、このあと、ふんだんに韻を踏んで続けられる部分にメロディが乗っかっている。

「僕は雨の中、むなしく突っ立っている。ねぇ、ロレイン、君に会えるかなぁと思っているんだ。涙が雨のように流れてるんだよ、ロレイン、胸が痛むんだ、頭の中で苦痛を感じるんだ、ロレイン。僕は君に振り回されっぱなしなんだ」

 ここでも、むなしいという「in vain、イン・ヴェイン」が、rain(レイン)とLorain(ロレイン)に引っかけられているのがミソで、Hoping to see you againのアゲイン、痛みのペイン、頭のブレイン、You're drivin' me insaneというのは、「あなたに振り回されている」といった感じなんだが、そこで、正気じゃない様を意味するインセインも使われて、リズムを刻んでいる。

 この歌はそうした言葉の遊びのように続いていくんだが、

「初めて君を見たときから、僕にはわかっていた。僕の人生に君が必要だってこと。あの時から思ってた、君を妻にしたいって」

 と、語られ、再び、雨の日の情景が描き出される。

「うちに来て、コーヒーでもどう? というと、君は不機嫌な顔になって、バカなこというんじゃないわよって... 僕は恥ずかしかった、しかも、バスが来て、君が言ってしまったことも気がつかなかったほどに」

 どこかで木訥とした「語り口」が魅力なんだろうか、無垢という言葉が正しいのかどうかわからないんだが、そんな青年の気持ちがいたいほどに伝わるのがここなんだろう。いつもは人種差別を糾弾し、警察や権力の暴力に対して徹底的に闘う歌を作っている彼が、こんなに心温まるラヴ・ソングを録音したことが自分にはちょっとした驚きだった。

 実は、(以前書いたと思うが)『Tings An' Times』というアルバムを発表した頃、来日した彼とインタヴューをしているんだが、彼に、こんな質問をしたものだ。

「ねぇ、リントン、あの『ロレイン』って、ホントのことじゃないの? 自分の体験じゃないの?」

 すると、たちまち彼が真っ赤になって応えてくれたものだ。

「バカなことをいうんじゃないよ。あれは、ロレインとレインという言葉を引っかけただけの言葉の遊びさ」

 とかなんとか、言い返されたんだが、あの表情で全てがわかったように思えたものだ。あれは、間違いなく、彼の体験に基づいているはず。そうじゃなかったら、あんなに真っ赤っかにはならないと思うのだ。あの「過激だ」とされる詩人、リントン・クゥエシ・ジョンソンに、なにやらとってもウブな気持ちがあるのがわかって嬉しかったのがあのとき。あの頃からかなぁ、この歌が最も好きなレゲエのラヴ・ソングとなったのは。


投稿者 hanasan : 03:49 | コメント (0)

2008年01月23日

カンバラクニエの新しい本

カンバラクニエ 昨年の正月過ぎに実家から上京する途中に立ち寄っていたのが京都。いつもここで友人のミュージシャン、スリープ・ウォーカーのサックス奏者、中村雅人(通称、マサやん)のところに世話になって飲むというのがここ数年の流れで、そのときによく出かけるというか、連れていかれるのが高瀬川沿いの料理屋、くずし割烹 枝魯枝魯だ。「ぎろぎろ」と読むのだと「覚えた」のは最近で、ネットで検索したら、けっこう有名な店らしく、いろんなところに顔を出している。まぁ、そんなことは全然知らなくて、いつも京都ではマサやんにいろいろなところに引き回されながら、楽しく飲むのだが、彼の周辺にいる興味深い人に出会うのは、たいていここか、eFishという、五条大橋のそばにあるカフェだ。そんな場所でユニークなことをやっている友達作りが広がっていくという感じかなぁ。

 そのくずし割烹 枝魯枝魯で、昨年の正月に出会ったのがカンバラクニエさんというイラストレーターとつじあやのさんというシンガー・ソングライター。とはいっても、その時点で二人ともほとんど知らなかったんだが、あのあと、『カンバラクニエ作品集』という本を買って、「なるほど、なるほど、そういう絵を描くのか...」 と、納得したり、つじあやのさんの『BALANCO(バランソ)』というアルバムを買って、「うん、いい歌を書く人だなぁ」とちょっとはまってしまったり... 去年の夏はそのつじあやのさんがフジ・ロックに出るというので、オンタイムで情報を発信するFuji Rock Expressで、彼女のライヴ写真も撮影していて、それはここでチェックできる。

 残念ながら、今年の正月は東京で用事があったり、6日に友人がベースを担当しているバンドのライヴがあるというので、京都には立ち寄ってはいない。というよりは、実をいえば、友人のマサやんは正月そうそうロンドンに飛んで演奏していたらしいし、カンバラクニエさんはつい先日発表した新しい作品集『ECHO』の準備で大忙しで、一緒に飲む仲間がいなかったことも理由のひとつ。ホントは、京都には面白い店がいっぱいあるし、のんびりしたい町なんだが、今年はちょいとパスしたという感じかもしれない。

カンバラクニエ さて、カンバラクニエさんの『ECHO』が発売され、今、東京で個展を開いている。詳しくは彼女の公式サイト、クニエ会をチェックしていただければいいんだが、東神田のフォイル・ギャラリーで、1月18日から2月11日まで開催されていて、先日、マサやんと一緒に初日のレセプションに出かけてきた。とはいっても、結局、マサやんと一緒にけっこうな量のワインなんぞを飲みながら、うだうだしていただけのような気がしますが。

 なんでも25日にはカンバラクニエさん、つじあやのさん、そして、彼女たちの友達である大宮エリーさんと、なにやらかしましい女性がそろってトーク・イヴェントがあるようなんだけど、定員が50名ですでにパンパンになるんだそうな。それは無理にしても、もし時間があれば、彼女の個展を覗いていただければと思う。本で見るよりもでっかい実物を見ると、また違った趣があると思うし、なにやら発見があるかもしれません。

 それはそうと、先日、某レコード会社に面白いバンドのプレゼンに行ったとき、たまたまそこがつじあやのさんのアルバムを発表している会社で、彼女の新しいアルバム、『Sweet,Sweet Happy Birthday』を聞かせてもらえることになった。正直言って、「愛」の連発は... 私には似合いません。でも、ステキなシンガー・ソングライターだというのには変わりなく、楽しませていただいています。

 それにしても、友人のことを書くと、どうしても「さん」抜きにはできないというの... なにやら奇妙な感じがしますが、仲間の情報もなんとかお伝えしたいと思うのです。


投稿者 hanasan : 20:07 | コメント (0)

2008年01月22日

見逃すなよ、Rodrigo Y Gabriela

Rodrigo Y Gabriela ここでメキシコ人のギター・デュオ、Rodrigo Y Gabriela(ロドリゴ・イ・ガブリエラ)を最初に紹介したのは2006年5月ではなかったかと思う。その前年に友人がグラストンバリーで彼らのライヴを体験して、ぶっ飛ばされたというので、彼らのアルバム、まず最初に『Live: Manchester and Dublin』を入手。「なんじゃぁ、これはぁ!」と衝撃を受けることになったというのはすでにここでお知らせした通りだ。それからしばらく後に、今回日本で発売されることになった『激情ギターラ!』(すんごい、邦題を付けたものですな)のオリジナルで、DVD付きの限定盤『Rodrigo Y Gabriela』を買っている。そりゃぁ、もう、このDVDにはお世話になったというか... 映像で彼らのライヴを見て、再び驚かされることになるのだ。

 そのアルバムを日本で紹介したくて、その頃、数々のレコード会社を訪ねていた。某メジャーのある担当者は「素晴らしい作品だと思うし、なにかができればいいと思うんですが、これを担当できるセクションがないというか、うちでは手に負えないと思うんです」と、丁寧なレスが返ってきた。一方で、全く、なんの反応も示さないどころか、うんともすんともいってこないレコード会社もあったし、「いやぁ、いつもユニークなアーティストをプレゼンしてくれるのですが、ちょっとうちでは今手を出せないですね」なんて応えもあった。

 それからしばらくは動きを止めていたんだが、友人がインディ系のあるレーベルで仕事を始めて、彼にプレゼンすると「なんとかやりたい」という話になった。同時に、素晴らしい仕事を続けているもうひとつのレーベルも関心を示して、マネージャーと連絡を取りながら、話を進めていったんだが、ある日「実は、インターナショナルなメジャーとの契約が実現しそうなので、この話はなかったことにしてくれ」という連絡が入る。それまでの努力が水泡に帰したのだが、最も重要なのはアーティストにとってベストの状況が生まれることであり、そう判断したのならそれでいいと思っていた。

Rodrigo Y Gabriela そのロドリゴ・イ・ガブリエラのライヴを初めて体験することになったのが昨年のグラストンバリー。82年頃からほぼ毎回と言っていいほど出かけているイギリスのフェスティヴァルだった。彼らが登場したのはジャズ&ワールド・ステージ。そういったタイプのバンドが数多く出演するステージなんだが、この日、彼らの前に登場したのは、60年代から70年代と一世を風靡した... というよりは、永遠に素晴らしく鳴り響くCCR(クリーデンス・クリアー・ウォーター・リヴァイヴァル)のフロントマン、ジョン・フォガティで、数年前にはほぼオリジナル・メンバーがそろった(らしい)YESも登場しているし、単純にジャズやワールド・ミュージックに限ることなく、どこかユニークでそそられるアクトがたくさん出演するステージだ。そういえば、2002年だったか、ここに出演して「これまでで最もグラストンバリーらしいバンドだ」と褒めちぎられたのが渋さ知らズ。あの時もすごかった。

 それはさておき、去年のロドリゴ・イ・ガブリエラなんだが、ぶっ飛ばされたと思っていたDVDでの映像がしぼんでしまうほどに強力だった。PAも素晴らしかったんだろうが、もちろん、それを引き出すには演奏がある。アルバムで聞くよりも、遙かにロックなのだ。単純にアコースティック・ギターを演奏しているだけといえば、それだけなんだが、まるでギターが全く違った命を授けられたかのようにロックする。ガブリエラのギター・ボディを使ったパーカッションは、メタル系のドラマーの誰よりも強力で分厚くヘヴィーなリズムをたたき出してくれるのだ。かつて彼らがメタル系のバンドで演奏していたこと、そして、「私たちはロックしている」という言葉を痛いほどに感じさせられたのがこのときのライヴ。生を聞いたら、あれほど素晴らしいアルバムでもかすんでしまうといえば、言い過ぎかもしれないが、それほどのインパクトを与えた「生ギター・デュオ」がロドリゴ・イ・ガブリエラだ。だから、彼らを見逃しては欲しくないと、切に思う。

 結局、レコード会社の数々にプレゼンしていた時点から、DVD映像のおかげらしいのだが、大型輸入盤取扱店でかなりのヒットを記録したのが『Rodrigo Y Gabriela』。業界の人の話によると、輸入盤だけで16000枚を売ってしまったんだそうな。納得できますなぁ。なにせ、amazonとのアフィリエイトをやっているSmashing Magでのデータを見ると1年半で、彼らのアルバムが合計で45枚も売れているのだ。もちろん、かなりのビジターを記録しているサイトではあるけど、これほどまでに売れた作品はいまだかつて記録されてはいない。

 さて、そのロドリゴ・イ・ガブリエラが、この3月に来日をして、たった1回のライヴをすることになっている。この国内盤を出すことになったのは「いつもいいものをプレゼンしてくれるんだが」と言われたレコード会社なんだが、さすがにでっかい会社だから、他のセクションがこれを気に入ったんだろうと察する。おそらくいい仕事をしてくれるとは思うんだが、その発売が3月頭だと言うことを考えれば、今回のライヴはプロモーション的なもので、かなりの業界人が招待されるんだろう。となると、一般に売られるチケットはそれほど多くはないだろうし、会場が渋谷デュオということを考えるとかなりの早さで売り切れると思う。だから、もし、このブログをチェックしている人で、彼らを生で、しかも、これほど小さな会場で「体感」したいと思うのであれば、なんとか早めにチケットを押さえて欲しいと思う。これは、自分の妄想かもしれないが、おそらく、こんな小さな会場で彼らを見られるのは、少なくとも東京に限って言えば、今後望めないと思うのですよ。


投稿者 hanasan : 02:09 | コメント (0)

2008年01月18日

不都合な真実とMarvin Gaye

Marvin Gaye iPod Touchの容量はわずか16GBと、すでに120GBほどになったコンピュータのiTunesデータを全て持ち歩くのは不可能だ。とはいっても、今のところ、160GBのiPod Classicまで買う余裕はないので、iPod Touchがメインの携帯音楽プレイヤーとなっている。だから、ここには絞りに絞って選び出した、大好きなアルバムや気に入った曲を入れていて、ときおり、友人のバーでこれを使ってDJなんぞをすることもあるんだが、基本的にはこれで充分だと思っている。

 そういった携帯プレイヤーの果たした役割で最も大きかったのは、音楽を家の中から持ち出すのを可能にしたことじゃないかと思っている。初めてウォークマンが登場したのは78年か、79年ではなかったかと思うが、人気のない地下鉄の通路で聞いたマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』にはゾクゾクさせられたのを覚えている。また、初めて日本を離れて向かったイギリスのトーキーという、観光客が集まる町の海辺のホテル街で聞いたイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』もなぜか染みたものだ。

 携帯用の音楽プレイヤーが『音楽』にもたらした功罪は、またの機会に書くことがあると思うんだが、旅の途中、電車やバスの窓の向こうに流れる景色をぼんやりと見ながら、音楽を聴くことができるようになったのは単純に嬉しいし、そんなときになにかがひらめくように自分の中にすう〜っと入り込んでくることがある。今回は米子からバズで大阪に向かっているときに聞いた「マーシー・マーシー・ミー 〜 アイ・ウォン・ユー」がそうだった。といっても、これはロバート・パーマーによるカバーで、iPod Touchに入れているのはそのシングル・ヴァージョン。おそらく、今ではそのヴァージョンは入手が難しいはずで、似たヴァージョンは彼のアルバム、『Don't Explain』で聞くことができる。といっても、かつては後半部分の『アイ・ウォンと・ユー』での彼のヴォーカルの壮絶なまでの迫力にふるえたんだが、今回は前半の『マーシー・マーシー・ミー』の言葉が引っかかった。というので、同じiPod Touchに入れているマーヴィン・ゲイのオリジナル、『What's Going on』をじっくりと聞くことになるのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell おそらく、この『What's Going on』を史上最高のアルバムの1枚にあげる人は自分ひとりではないだろう。特にヴェトナム戦争時代に真正面から『反戦』を歌ったこの曲の意味を知っている人にとって、さらには、このアルバムが生まれたいきさつを少しでも知っている人にとって、ことさらその意味は大きいと思うのだ。簡単に過ぎるかもしれないが、少しだけその流れを説明してみると、このアルバムが生まれる以前、スターとして彼が地位を確立したのはタミー・テレルとのデュエットで、それをまとめたのが『The Complete Duets』というアルバム。が、その一作目となる『United / You're All I Need』(これは、2枚目の『You're All I Need』を一緒にした2 in 1のCD)の時点ですでにタミーは脳腫瘍に冒されていたらしく、名曲「Ain't No Mountain High Enough」の大ヒットを受けてライヴをやっていた最中に彼女がステージで倒れるといった事態があったんだそうな。だから、2枚目の『You're All I Need』ではありものの録音にマーヴィンが彼の声を重ねたり、病床を抜け出して車椅子でレコーディングにやってきたタミーが録音したなんてこともあったという。そのあたりの事情は以前、ここに書いているので、割愛するけど、70年の3月16日に彼女は24歳の若さで他界。そのショックに加えて、ヴェトナム戦争から帰還した弟の経験を知った彼が、それまでのモータウン... どころか、ソウル界にはなかったアルバムの制作に向かっていくのだ。言うまでもなく、その結実が『What's Going on』だった。

 以前のアルバムといえば、ヒット曲の寄せ集めのようなものばかりだったのに、この作品ではマーヴィン自身がプロデュースを担当し、アルバム全体を流れるコンセプトが明確に打ち出されているのだ。その1曲目はヴェトナム戦争に対して明白に「NO」と突きつけたタイトル・トラック。そのタイトルを日本語に置き換えれば、「いったい、どうなっちまったんだい?」といったニュアンスが正しいんだろう。なんでも、フレーズのひとつにマーヴィンから父へのメッセージが込められているという話もあるのだが、そうではあっても、おおきな戦争が起こる度にこの曲がラジオから流れるのは、そんな「歌の意味」に理由がある。おそらく、どこかにDJや放送関係者の良心が込められているんだろう。とはいっても、このアルバムが発表された当時、あの曲に付けられた邦題が『愛のゆくえ』だったというのが、どこかで、悲しくなってしまうのだ。もっと他に選択肢はなかったんだろうか? それではアルバムに込められた『意味』がまるで伝わらない。ひょとして、そのせいなのか、まだ、中学生から高校生となった頃の自分にとって、この曲がそれほど強烈な『思い』の込められた歌だとは思えなくて、単純にラヴ・ソングのように聞こえていたものだ。

 この『What's Going on』の意味を理解できたのは80年頃だったと思う。イギリスでNMEという音楽新聞が歴史を通じたベスト・アルバムというコンセプトの元に特集を組んだとき、No.1として選ばれていたのがこのアルバム。なぜなんだろうと、きちんと聞いたことに加えて、ある程度英語を理解することができていたことが助けてくれたんだと思う。もちろん、そのときには、タイトル・トラックと並んでジ・エコロジーと副題の付けられた「マーシー・マーシー・ミー」の意味も理解していたつもりだった。ところが、それが染みるように伝わったのは今回。前述の米子から大阪へのバスの車中だった

「なにもかもが以前のようではなくなった。青い空はどこへ行ったんだろう。毒が風に乗って北から、南から、そして、東から流れてくる。廃棄物の油が大洋を汚し、それが広がる海で魚たちは救いを求めている。放射能汚染は地上から空へと広がり、土地は人であふれかえる。人類の愚行に地球はどれほど耐えることができるんだろうか...」

Marvin Gaye と、まぁ、簡単に訳してしまえばそうなるんだろうけど、あのアルバムが録音された1970年にマーヴィン・ゲイは実にシリアスな警告を私たちに発していたことに気がつくのだ。おそらく、この歌が染みてしまったのは、ここ数年、誰もが口にし始めた温暖化現象といった「地球の危機」を、少なからず自分自身がおそれているからなのではないかと思うのだ。

 そして、大阪から帰京した翌日だったか、合衆国の前大統領候補だったアル・ゴアがノーベル賞を取ることになった映画『不都合な真実』を見ることになる。直感として迫っていた『人類の終わり』を、あるいは、経験で『実感』していたそれを、実際に撮影された映像やデータで『確信』していくことになるのだ。正直言ってしまえば、そのときが近いだろうことは感じていたんだが、おそらく、それは自分がこの世を去ってからのことではないかと想定していたのが『人類の終わり』だった。が、これを見ると、おそらく、自分がそれを生きて体験することになるように思えてしまうのだ。すでにツバルからモルジブといった島国は国が海の藻屑となっていく事態に直面しているということは、たいていの人なら知っているだろう。そればかりではなく、海流の変化によって生まれる生態系の変化が我々の生活に壊滅的なダメージを与えていくはずだし、その兆候は誰もが『感じている』はずだ。こんな時に愚の骨頂である戦争をやっているバカ野郎たちがいる。また、『経済』や『繁栄』を『正義』だと思っている間抜けたちがいる。救いようのないアホどもが権力を握り、人類を死地に追いやっているのが手にとるようにわかるのだ。

 この映画で繰り返している講演のなかでアル・ゴアが口にする言葉が印象的だったんだが、「今、すぐにでも実行できることをやるだけで、少なくとも1970年の状態にまでは戻すことができる」というのだ。が、その1970年とはマーヴィン・ゲイがこの名作、『What's Going on』を録音した頃。そのときでさえ、彼は「マーシー・マーシー・ミー」と助けを求めていたのではないのか? 公害やスモッグから放射能汚染... 彼がそういった危機感を感じ、認識していた時代にしかさかのぼれないのだ。

 今回、この曲を聴き、そして、あの映画を見て、また思ってしまうのだ。我々はなんという愚行を繰り返しているのだろうか。取り返しの付かないことをしている自分たちの足下をきちんと見つめなければいけない。少しでも生き延びるために行動しなければいけない。そんな思いをいっそう強くすることになるのだ。


投稿者 hanasan : 17:59 | コメント (0)

2008年01月16日

There's somthing in the air...って

いちご白書 昔からのマック・ユーザーにとって、そして、どこかでマック・ファンであるユーザーにとって、当然気になるのがマックワールド。毎回ここで新しい製品が発表されることもあって、その時期になるとなにやらそわそわしてしまうのは無理もない。それが昨日から今日にかけて開かれていた。

 前回の9月にはiPod Touchの発表があって、その素晴らしさに圧倒されたと言いますか... これは発表当日にApple Storeで注文。一般のマーケットに出る1週間前には手元に届けられた。わずか16GBという容量はかなり少ないように思えるが、ネットにつなげられたり、コンピュータのスケジュールを同期できたりと、なにかと便利。けっこう、いい感じで使っている。

 さて、今年のマック・ワールドなんだが、キャッチ・コピーとして登場してきたのが"There's somthing in the air"というフレーズ。となると、昔からの音楽好きであれば、速攻で思い浮かべるのがいまだにDVD化されていない(と思う、見たことがないから)アメリカン・ニュー・シネマの傑作、『いちご白書 』(Soundtrack / 文庫)で使われたイギリスのバンド、サンダークラップ・ニューマン (『Hollywood Dream』に収録)の名曲だ。『みんな一緒にならなければいけない。なぜなら、革命が起きているから』と歌われるもので、学舎の一番高い塔のような場所にたたずむ主人公のまわりをカメラが巡りながら流されたこの曲は、同じ映画で使われたニール・ヤングの『ダウン・バイ・ザ・リバー』や『ヘルプレス』に『ザ・ローナー』といった名曲の数々と並んで、最も大きなインパクトを与えてくれた曲のひとつだ。とはいっても、このサントラ、名曲そろいで大好きなんですけどね。

Summer of Love おそらく、ヴェトナム反戦運動からフラワー・ムーヴメントと、旧来の価値観が突き崩されていったときのシンボルとも言っていい曲なんだろうなぁ。当時のロック・カルチャーをうまく描写してくれている映画『あの頃ペニー・レインと』 (Soundtrack / DVD)でこれがフィーチュされていた理由もよく理解できる。いつだったか、Tom Petty & the Heartbreakers (トム・ペティとハートブレイカーズ)の『Greatest Hits』を買ったときにも、おまけのような新曲(カバー)としてこれが入っていたのが嬉しかったし、おそらく、彼もその影響を受けているんだろうなと想像する。もし、チャンスがあったら、ぜひ聞いて欲しい名曲中の名曲。あの頃の気運を示すものとして、Youngbloods(ヤングブラッズ)の「Get Together」(『The Best of the Youngbloods』に収録)と並んで、ぜひ知っておいて欲しい曲だ。

 ちなみに、当時の空気を伝える絶妙なコンピレーションが『Summer of Love, Vol. 1: Tune In (Good Time & Love Vibrations) 』やその続編、あるいは、『San Francisco Nights』といった作品で、気になったら聞いてみてくださいな。そういった曲がわんさ収録されているので。

 いずれにせよ、アメリカのIT関連企業の人たちって、日本とは全く逆で、こういった流れの元ヒッピー的な人たちがメインになっているんだろうなぁと思う。あんなキャッチ・フレーズを持ってきたことやかつてのキャッチ・コピー、「Think Different」でジョン・レノンのベッドインの写真が使われたりと、「だからこそ」そういった発想ができるんだろうと思う。そのマック・ワールドで発表されたのが最大で厚さ1.94cmで、重さ1.36kgのMacBook Air。なかなかねぇ... いいかもねぇ、とは思うんだが、食指は動かなかった。その理由はというと、まずは中途半端なのだ。確かにデザインはいいし、フォルムもかっこいい。でも、「実務派」のジャーナリスト、ネットで仕事をしている写真家としては現場でも使える「頑丈」でタフなマシンが欲しい。だから、ぽきっと折れてしまいそうなこれからは、金に余裕のある都会派のセカンド・マシーンといったニュアンスを受けるのだ。確かに、ワイヤレスでMacBook Air SuperDriveが使えたり、Time Capsuleが使えるというのは、コンセプトとして面白いけど、そんなものをいつも一緒に持って歩くわけにもいかないし、それは想定していないだろうから、結局は、インフラが理想に近い都会でしか使えませんって。

 逆に、いつも通り、マックス好きのネット情報で噂になっていた12インチの1500ドル前後というのが理想だったかなぁと思う。セカンド・マシンならそれで割り切って使えるから。それなら、それでいいんだが、そういった価格帯でないとつらいと思う。まぁ、自分の妄想ではまるで平ぺったいペン・ケースのようなものを妄想していたんですけどね。ぱかっと開けると両面共に液晶で、当然、両方ともタッチ・パネル式。通常の形で使うには手元の液晶がキーボードになって、ワイヤレスで外付けのドライヴどころかキーボードやマウスも使えるというもの。そして、その両面の液晶画面をひとつのモニタとしても使えるというアイデアなんだが、これって非現実的なのかしら。そうすれば、単純に映像や画像を楽しむときにはどこかに立てかけて使うこともできるし、デスクトップ的に使うこともできる。一方、そのまま持ち出して、町で使うときには小型ラップトップとして有効なわけです。まぁ、夢物語ですが。

 まぁ、想像や妄想が渦巻いて終わったマック・ワールド。私は、次を待ちます。Mac Bookか、Proか、もうちょっと軽くて頑丈で消費電力の少ないものが出てくるのを心待ちにしております。そろそろPower Book G4がおだぶつになりそうなので、最悪の場合はMac Bookの2.2GHでも買って、次につなぐか... といったところでしょうな。


投稿者 hanasan : 18:06 | コメント (0)

2008年01月13日

辺野古は怒っている

Duty Free Shop. 昨年2月に沖縄に飛んでピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007を取材して以来、辺野古のこと、沖縄の基地問題がいつもどこかで脳裏にある。昨年10月に沖縄に行って体験することになった辺野古から復帰後最大の県民大会も、それがきっかけとなっている。あのとき、なかなか連絡の取れなかったソウル・フラワー・ユニオンのひでぼーやピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007の中心人物であるまさくんに、同じく、核になっていたミュージシャン、圧倒的な演奏を見せてくれたデューティ・フリーショップの知花君とも会うことができたのがどれほど嬉しかったか。本土ではそれほど知られてはいないかもしれないが、彼らの公式サイトからダウンロードできる「民のドミノ」という曲は傑作だと思う。沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した事件に抗議する曲なんだが、デューティ・フリーショップとラッパー、カクマクシャカのコンビネーションが生み出したこれは、U2の名曲「サンデー、ブラディー・サンデー」に匹敵するほど重要な曲だと、自分は信じて疑ってはいない。(ちなみに、この曲を収録しているのが『音アシャギ』というアルバム。これは、是非買って欲しいし、自分も購入した。日本にはこういったバンドがなくてはならないと思うし、そういったことで彼らをサポートしたいと思う)

 そのピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007での演奏をDVD化するので、ライナーを執筆して欲しいと、ソウル・フラワー・ユニオンの中川君から連絡があったのは10月ぐらいだっただろうか。Smashing Magでのレポートをベースにして、書いてくれればいいから言われたのだが、実を言うと、それがなかなか難しい。読み返してみるとわかるんだが、イントロとして書いた原稿から、まとめとして書いた総論まで、かなりの量になるし、振り返って読んでもけっこうの力作だったと思うのだ。残念ながら、多少のミスや自分の無知をさらけ出している部分もあるんだが、あのとき、自分がわかったこと、感じたことをストレートに書いたこれを越える原稿を書かないといけないなぁというのがプレッシャーとなってかなり時間がかかってしまった。とはいっても、結局、あのときのイントロ原稿にソウル・フラワー・ユニオンへの思いを込めた文章を加える形で完成させて、それを彼に渡しているんですが。

辺野古 そのライヴDVDの発売がいつになるのか? 聞いてはいないんだが、そう遠くはいないと思う。年末のリキッドルームのライヴあとの打ち上げで、単純にライヴだけではなく、『辺野古』を伝えるための情報もなんらかの形で入れ込むというような話を耳にしたように思うんだが、それがなにだったか覚えてはいない。いずれにせよ、「辺野古をとぎれることなく、伝え続けなければいけない」といった趣のことを語っている彼らも日本では数少ない、伝えるべき言葉を持つバンドだ。そのあたりの彼らに対する自分の気持ちは、あのライナーに書いている。

 と、そんなことがあってしばらくの後、ひでぼーから届いたのがピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007のドキュメンタリー。あくまでインハウス用であって、公の場では公開しないで欲しいという旨の但し書きが加えられていたんだが、なにが理由なんだろう。ミュージシャンのライヴだけではなく、このフェスティヴァルがどういったプロセスで生まれてきたのか... それが、よくわかるように、彼らのインタヴューも交えながら、いい感じで構成されているし、自分としてはできるだけ多くの人たちに見て欲しいと思うんだが、なにか複雑な事情があるのかもしれない。

Mozaik さて、沖縄に住むアイリッシュ・トラッド界の重鎮がドーナル・ラニー。彼も昨年のピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007に出演するだけではなく、イヴェントそのものの手伝いから、後片付けまでをもソウル・フラワー・ユニオンのメンバーと一緒にやってくれたというのはあのときレポートしたとおりだ。プランクシティからムーヴィング・ハーツといったアイリッシュ・トラッドを語るときに避けては通れない最重要バンドの中心人物として、今も現役で活動を続けていて、プランクシティ時代からの盟友、アンディー・アーバインたちと結成したモザイクというバンドを結成。2005年の4月には来日して、そのときのレポートをここに残している。その彼らがつい最近、新しいアルバム、『Changing Trains』を発表しているんだが、沖縄に住んでいるドーナルは、自宅のそばにある嘉手納基地の人権を無視したやり方にぶち切れたようで、先日、抗議の手紙を司令官に送っている。とはいっても、そんなニュースを報じたのは地元の新聞(ここに)だけで、本土のメディアは完全に無視。辺野古から復帰後最大の県民大会の時もそうだったのは、以前にここで報告したとおり。アイルランドでは、ある種、国宝級のミュージシャンであるドーナルも日本では「ただの外人」としてしか受けとられていないのかもしれないが、それにしても悲しい。

 その抗議の手紙の内容についてはここで、日本語訳を読むことができるんだが、このあたりのニュースは非戦音楽人会議のネットワークを通じて登録している人たちに伝えられた。もし、音楽を愛していて、反戦の意志を持っているのであれば、是非仲間に加わっていただきたい。

 まるで人権を無視した、しかも、本国の米国では禁止されている米軍の軍事訓練は、嘉手納だけではなく、厚木基地などでも行われているという話を聞いたことがある。彼らにとってアジア人は「人間」ではなく、属国か植民地の「低級な人間」だとでも言うんだろうか? だからこそ、米兵が犯罪を犯しても、まともに日本の警察が相手にできないような状況ができあがっているんだろう。それに対して、ドーナルのように抗議の声を上げたミュージシャンたちがこの国にどれほどいたんだろうか... このニュースを受けて、そんなことを思ってしまった。


投稿者 hanasan : 14:29 | コメント (0)

2008年01月07日

Banda Bassotti、ニュー・アルバムとカメラの歴史

Banda Bassotti 初めて手にした一眼レフは80年代初めに買ったNikon FEで、その頃から少しずつ写真を撮り始めていった。といっても、なんの知識もなかったのだが、少しずつ勉強を初めて、フリーのジャーナリストとして取材を始めた80年代半ば頃から、原稿を補足するものとして写真を撮っている。当時、自分が写真家だといった意識はなかったんだが、カメラを手にしているだけで「写真家」と呼ばれるようになり... 一時は気恥ずかしかったりもしたんだが、結局、フリーランスのジャーナリストで写真家だと名乗るようになっていた。当然ながら、写真家として、特にライヴを撮影するのに必要なレンズも買いそろえつつ、活動を続けて、今では作らなくなった名刺の肩書きとしてfreelance journalist and photographerと記していたのだ。

 銀塩のカメラについては、結局、FEとFE2の2台で撮影することが多く、後に、FE2の方がダメになって、ほとんど同じようなマニュアル・タイプのFMを買ったり、一応、オート・フォーカスのカメラも必要だと思ってF401からF80へと買い換えたのだが、結局、フィルム代に現像代でとんでもなく金がかかるということから、デジタルへ移行していくことになる。一方で、インターネットのメディアとしての重要性を感じ始めたのが97年頃。当時はまだ20万画素という、今でいえば、おもちゃのようなデジカメを持って撮影するようになっていた。とはいっても、そんなカメラでまともな写真が撮れるわけもなく.... 数十枚に一枚が使えるかなぁという程度でしかなかった時代だ。作品として、世に出せるものは皆無に等しいのだが、少なくともネットで誰の拘束も受けることなく自由に情報を発信できることの方が重要で、このあたりからデジタルにのめり込んでいくことになる。

 そんな流れの中でやっと、ごまかしながらも「写真」として使えるかもしれないと思える撮影ができるようになったのがオリンパスのE10というカメラが発売された頃だった。これが2000年10月で、価格は20万円前後ではなかったかと思う。このカメラで撮影したのが右上の写真。ISO(フィルムの感度に匹敵するもので、これが高ければ高いほど暗いところで撮影ができるというもの)の最大は320でF値は... すでに覚えてはいないんだが、今調べたらF2.0-2.4となっている。これはレンズの明るさのことで、この数字が小さければ小さいほどたくさん光が本体に入ってくる。だから、高いレンズはF値が小さくて、現在でもズームで最も明るいレンズがF2.8となっているからこの数字はけっして悪くはない。とはいっても、はっきり言って、ライヴの撮影となると最低でもISO800ほどでないとまともな撮影はできない。だというのに、まだまだ原始的な一眼レフ・デジカメとも言えるE10で撮影したこの写真をA全という巨大なポスターとして使ってくれたのがローマのバンド、おそらく、ここ10年で自分が最も惚れ込んでいるバンダ・バソッティだった。

Banda Bassotti それがどれほど自分を奮い立たせてくれたか... ライターとしての自分を認めてくれた人は、いろんなところで出会ってはいたし、どこかで「他の誰にもできない仕事をしてきた」という自負や自信を持っていた。が、写真は全く別もので、バンダ・バソッティがこれを使ってくれたことで、写真に対するアプローチが大きく変わっていくことになる。なにせ、彼らはライターとしてばかりではなく、写真家としても自分を評価してくれたのだ。しかも、このポスターがイタリア中に貼られたのだから、その喜びは格別だった。さらに、その翌年から「経費は出すから、イタリアに来てくれ」と依頼されるようになる。オフィシャル写真家としての仕事の始まりだ。おそらく、写真に本気で取り組みようになったのはこの頃からではなかったかと思う。

 E10の後に手にしたのは、すでに生産中止になっているニコンのD100。あれが出たときには「やっとまともにデジタルで銀塩に近い写真」をとれるようになったと思っていた。当然のように、それが大間違いであることは、その後継機として発表されたD200を手にした時点で明らかになるのだが、いずれも発売当時は25万円前後もするこれを購入し、よりよい写真を撮るためにレンズもそろえていった。特に気に入っているのはNikon AF-S VR ズームニッコール ED 70-200mm F2.8Gで、これはかなり高価なのだが、髪の毛一本一本まで実にシャープに撮らせてくれる。気に入っている写真の多くはほとんどこれで撮影されているといってもいいだろう。

 実をいえば、この左上の写真はそのコンビネーションで撮影したもので、今回、新しいアルバムの録音を終えたバンダ・バソッティがジャケットに使用したいと連絡してきたもの。実際にそうなるのかどうか、現時点ではわからないし、気が変わることだってあって当然だから、結果は待つしかないんだが、これも嬉しかった。ちなみに、新曲は彼らのMy Spaceでチェックできるので、気になる方は飛んでみてください。

 いずれにせよ、D200と、その後に手に入れたNikon D80が撮影の主役となり、Nikon AF-S VR ズームニッコール ED 70-200mm F2.8Gの他に、広角系のNikon Ai AF-S ズームニッコール ED 17-35mm F2.8Dに標準ズームのNikon Ai AF-S ズームニッコール ED 28-70mm F2.8Dとそろえていった。さらに、簡易取材のためにNikon AF-S DX VR ズームニッコール ED18-200mm F3.5-5.6Gや、クオリティにそれほど大きな違いがないというので、トキナーの超広角ズームも手に入れている。デジタル・カメラの場合、レンズを交換するとゴミが入って写真が使い物にならなくなる。特にダストだらけのライヴ会場ではなおさらで、どうしてもズーム・レンズが主役になってしまうのだ。

 よくぞここまで金をかけたと思うのだが、いい写真を撮影するために金は惜しんではいられないし、どんどん撮影しなければいけないと常々思っている。特にデジタルの場合はシャッターを押した直後に「絵を確認」できることから、撮影している現場で設定の確認からカメラ本体の露出計などの不具合なり癖が簡単にわかるのだ。特に、さまざまな方向から光が飛び出してくるステージ写真についていえば、カメラの露出計なんぞ当てにしていられない。なによりも経験と勘と「音楽を聴く」ことが要求される。だから、最初の数枚でそのあたりの修正をすることが多々ある。

 加えて、リズムとミュージシャンの癖や動きのタイミングなどを全て見ていないと「音楽が聞こえる」写真が撮れないのはいうまでもない。なによりも、自分が撮影するときに心がけるのは「写真から音楽が聞こえる」こと。そうでなければ、ただなにかが映っているだけのデータの集まりになる。記事を書くためのデータであれば、それでいい。が、作品としての写真はそんなものであってはならないと思うのだ。

Nikon D3 もっといい写真を撮りたい。と、思う。もっともっとヴィヴィッドに音楽を伝え、歌が聞こえてくる、そんな写真を撮りたい。だからなんだろう、新しいカメラが出るとない袖を振ってまた清水寺から飛び降りてしまうのだ。今回もそれだった。大嫌いなローンで手に入れたのは、おそらく、デジタル一眼レフの革命とも呼べるNikon D3。やっと銀塩写真に近づけた名機を購入してしまうことになる。amazonで購入してポイント還元を考えれば52万円という値段になるし、三ヶ月のクレジット・カードの保障も付くということで一瞬考えたんだが、さすがにこの金額を一気に口座から引き落とせる余裕なんぞない。それに、1月中旬にはマックのラップトップの新モデルが登場してくるはず。すでに年代物となっているパワーマックG4はがたが来ていて、旅での仕事を考えるとどうしても購入しなければいけないというので、こうせざるを得なかった。

 が、友人の写真家たちに「絶対に後悔しない」といわれた通り。とんでもない代物だと思う。デジタル一眼レフの革命といってもいいだろうと思えるほどで、クオリティとして考えれば銀塩に限りなく近いと思う。というか、すでに銀塩とデジタルを比較することが間違っていると思うのだが、これはものすごいカメラだ。やっと「写真家」の一眼レフ・デジカメができあがったと断言してもいい。もちろん、デジタルの進化はすさまじく、おそらく、数年もたてば新しい機種が出てくるのだろう。そして、そのときにまた驚かされることになるはずだ。が、D2Xといった旧機種との違いは歴然で、はっきり言って比較する意味もないほどの進化を遂げている。ISO6400でもノイズはなく、絵のシャープさは格別。実は、これを買うか、30万円以上安いD300を購入するか、かなり悩んだのだが、これで正解だったんだろうと思う。実際に、D300に触れて撮影したわけではないので軽はずみなことは言えないし、これもD200とは比較できないほどに進化したと聞いている。ひょとして、すでに18万円ちょっとで購入可能なD300でも十分な仕事はしてくれるかもしれないんだが、Nikon D3を手にしての満足感は格別だ。逆に、おそらく、今度は自分が試されるんだと思う。こんないいカメラでまともな写真を撮れなかったら、写真家だなんて言えませんから。

 ちなみに、CFカード2枚が入るこのNikon D3に合わせて大容量のカードを買ったんだが、これは最近けっこう使っているValue landという店で手に入れた。なんと16GBのCFカードでトランセンドの133倍速というものが17000円ほど。この店の値段はいつもかなり安くて、タイム・バーゲンでときおりとんでもなく安い値段で限定販売してくれるのをつかむのが正解だと思うけど、今回はそれを待てなくて購入だ。

 本当は、実際に使えるかどうか不安だったんだが、今のところ問題はなし。これと、以前買った8GBのものを使えばデータ・カードを交換しなくてもライヴの撮影ができる。転送スピードに若干の心配もあるんだが、これよりは低速のはずの8GBのものもで撮影するときに一切ストレスを感じたことはない。加えて、それほど容量が大きいと、カードが痛んだ時に失う写真の量が多すぎるからと敬遠する人もいるんだが、これまでのところ、CFカードでそんな経験はない。実を言えば、SDカードを使うNikon D80で一度経験しているんだが、あのカメラはサブとして使っているので、それほど大きな損失感はなかった。(もちろん、悔しい思いはしてますけど。去年の暮れにソウル・フラワー・ユニオンを撮影したときにデータが壊れて、写真が使い物にならなかったのですよ。)ちなみに、そのとき、Nikon D80をサービス・センターで修理しているんだが、原因は不明。使用したデータ・カードも持参して全てチェックしてくれたのだが、症状が出なくて、関係する部品を全て無料で交換してくれた。だから、今も若干不安が残るのだが、修理完了以来、同じ症状は出ていない。

 と、写真家というのは実に金がかかる。それなのに、まともなギャラを出さない連中の多いこと。去年も某大手出版社の雑誌が写真を使わせて欲しいと打診してきたんだが、あまりに人をバカにした値段なので、お断りした。欧米のメディアでは写真に対して十分に報酬を出してくれるのに、日本では写真に対する評価があまりに低すぎる。デジタルだから「フィルム代も現像代もかからない」というのが理由らしいが、そりゃぁ、あ〜た、世間を知らなすぎる。そんな連中にまともな編集意識が宿っているのかどうか、実に疑問なのですよ。


投稿者 hanasan : 16:06 | コメント (0)

2008年01月06日

Fermin Muguruzaの写真集付きDVD到着

Fermin Muguruza ずいぶん前にフェルミン・ムグルサから連絡があって、「今度写真集を出すんで、写真を使わせてもらえないか」と依頼を受けていた。もちろん、速攻でOKの返事を出しているんだが、どんなものが出てくるんだろうと思っていたら、あれから数ヶ月を経て仕上がった作品が届いた。タイトルはシンプルに「Fermin Muguruza "Afro-Basque Fire Brigade" Tour 2007」となっていて、サイズはほぼ7インチのアナログ盤で、厚さは表紙を含めて1.5cm。約200ページに及ぶワールド・ツアーの記録が写真集として構成されていて、最後にDVDがつけられている。

 このDVDは18/98と名付けられた2006年のツアーのチャプター、2007年のツアーのライヴ映像のセレクションに加えて、ロード・ムーヴィーの名の下に50分によるドキュメンタリーも収録されている。これ一冊でフェルミン・ムグルサと彼のバンドが世界中でどんな活動をしていたのかが手にとるようにわかるのが嬉しい。

 自分の写真が使用されているのは今年4月にスペインの南部、バルセロナとヴァレンシアの中間あたりで開催されたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで彼らと合流して向かった、フェルミンの地元、バスク・カントリーのパンプローナにあるトーテムという小屋での写真とフジ・ロックのオレンジ・コートに出演したときの作品で、わずかに4点。ひょっとしたら、表紙に使われているものの1点もそうかもしれないが、定かではない。本音を言えば、他にもいい写真はあったんだけど、これは彼のセンスなんだろう。だから、全く文句を言うつもりはない。なによりも、作品を掲載してくれたこと、そして、きちんと自分の名をクレジットしてくれているのが嬉しい。

Fermin Muguruza 単純に個人的なレベルでいえば、自分の友人や仲間たちがちらほら顔を覗かせているのが嬉しいのだが、大きな発見は写真集としての出来の良さと同時に、フェルミン・ムグルサという人物が我々の想像を遙かに超えて世界中で支持されていることを再認識させてくれることだろう。彼らがツアーしているのはヨーロッパはもちろん、その東の端とも言えるロシアからキューバを含む中南米にアジア。本当は、中国もツアーの地として計画されていたのだが、ドタキャンとなったという話も届いている。いずれにせよ、彼らが英米のバンドの「ワールド・ツアー」を遙かに超えるエリアを旅しているのが面白いのだ。

 しかも、ライヴの会場には数万人を集めるフェスティヴァルからデモや集会までもが含まれる。そこに力ある音楽、リアリティある音楽を垣間見ることができる。彼らの音楽がどこから生まれ、どういった広がりを見せているのか... それが要だと思うのだ。

 加えて、写真集には彼らの視線が見える。この写真集に掲載されているのは単純に彼らのライヴの模様だけではなく、旅の記録もあれば、それぞれの地で彼らが目にした、体験したことが含まれている。通りにたたずむホームレスや眠りこけるサラリーマン。カフェの壁に書かれたジョー・ストラマーの絵から、山のように積み上げられた中古テレビ... 何げない日常をどう見るか、なにを見るか、そこになにかを感じさせるのだ。それがなにかを雄弁に語りかけてくる。かっちりとしたライヴの写真であろうと、ちょいとピンぼけでも同じこと。それが写真であろうと、音楽であろうと、文章であろうと、変わらないと思うのだ。その視線を持つなにかに自分は共鳴しているように思える。

 いろいろ検索してみたんだが、日本でこれを入手するのは、難しそうなんだが、ひょっとしたら、どこかで手にはいるかもしれません。気になる人はチェックしてみてくださいな。


投稿者 hanasan : 15:02 | コメント (0)

2007年11月16日

結局、買ってしまったHarder They Come

Jimmy Cliff 先日書いた『バーゲンでレゲエ三昧』という日記で、ちらりと取り上げた、レゲエ映画の大傑作『Harder They Come』のサウンドトラック、『Harder They Come』なんだが、結局、クリックしてしまった。これも音楽中毒のなせる技なんだろう。やっぱり、いつでも聞くことが出来るiTunesに入れておきたいし、CDの方がiTunesより安かったから... というので、買ってしまったのだ。

 ところが、面白いのはこのCDをiTunesで吸い取った時のことだ。ジャケットが自動的に落ちてこないというので、amazonからジャケットの絵を取ってこようと検索して、最初にヒットしたのが2003年に発表されたという『Harder They Come - Deluxe Edition』。ん? 当然、頭の中で?マークが点滅し始めるのだ。けっこうな値段だから、簡単には買えないのはわかっているんだけど、これ、なに? ずいぶんと長い間、この映画の『Harder They Come』は見ていないから、ディテールを覚えてはいないんだが、そんなにたくさん音楽が使われていたかなぁ.... と、考えてしまうのだ。なにせ、この『Deluxe Edition』にはオリジナルの12曲のDisc1に対して、18曲も入っているDisc2というのがついてくるのだ。さぁて、どうだったっけ? また、レコード会社がコレクターズ意識をくすぐって、売り上げを上げようとしているだけじゃないの? なんて思ってしまうのだが、なにやら気にかかる。

Harder They Come と、結局、『DVD』も買わなければいけないのか? と、悩み込んでしまうのだ。といっても、もう勘弁してほしいと思うのですよ。いくらなんでも、こんなことをしていたら、経済が続かない。というので、DVDを持っていそうな友人にコンタクト。アメリカ版ならあるというのだ。当然字幕はないし、リージョン1。っても、まぁ、癖のあるジャマイカ英語だろうが、だいたいのことはわかるだろうと、彼が持っていることを確認して借りることにした。

 とはいうものの、全てをきちんと見る時間はない。奇妙な話が、時間はないのに気になる。とうので、とりあえずはボーナスで収録されているインタヴューなんぞを再生しながら、横目でちらちら見て他の仕事をしているという有様だ。そのあたり、自分がアホじゃないかと思うんだが、仕事がつまっていて、まともにDVDも見られない状況なのですよ。だから、そんな詳しいことを発見できるわけがないのだ。

 ところが、ボーナス映像の話を聞いているだけで、この映画どれほど重要な意味を持っていたかということを再び感じてしまうのだ。撮影は16mmのフィルムだったこととか、かなりの低バジェットだったこと、タイトルはジミー・クリフが撮影の後に録音したサウンドトラック用の曲から生まれたこと... などは理解できたんだが、横目でちらちら見ているだけなので、心許ない。が、いずれにせよ、この映画をもう一度じっくりと見る必要を感じてしまった。となったら、アメリカ版より国内版を買ってみた方がいいじゃないだろうかなぁ... なんぞを思ってしまう自分がいるのがおかしいわ。

 それにしても、『Harder They Come - Deluxe Edition』が気になりますけどね。だれか、そのあたりの内容を知っている人っていないかねぇ。


投稿者 hanasan : 06:11 | コメント (0)

2007年11月12日

バーゲンでレゲエ三昧

Culture 実をいえば、ほとんど同じことを自分が編集長をやっているSmashing Magで書いているんだけど、まぁ、あれがイントロで、こちらがその続編のようなものだと思っていただければ幸い。

 そのSmashing Magなんだが、すでに1日に1万人近くがやってくるウェッブ・サイトとなっている。しかも、音楽に特化したサイトを運営しているというのに、スポンサーはなし。(その努力をしていないという説もあるけど)というので、わずかな金にしかならなくても、アフィリエイトでサーバーの経費なんかを得ようとしているのは言うまでもない。それはここでも同じことで、いろいろなウェッブ・サイト用に年間10万円を超えるサーバー代を支払っていて、そういったネット関連の経費を浮かせるために、どうしてもアフィリエイトが必要となってくる。基本的にamazonが中心なんだが、それぞれのアーティストのレポートにバック・カタログのリストも加えるというので、関連するアーティストの作品を事細かく調べることになるのだ。

 本当は、そこからビジターにクリックしてもらって、なにかを購入してもらうとちょっとしたコミッションが支払われるという仕組みなんだが、本来が音楽好きでたまらない人間がそんな作業をやるわけだ。だから、苦にはならないし、毎回面白い発見があって楽しいことこの上ないんだが、いつものことながら、ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。要するに、そうやって調べていくと、面白いアルバムに出くわして、つい買ってしまうのですよ。特に、音楽中毒とも言えるほどの筆者など、その典型で、よく考えてみれば、コミッションを遙かに超える金額を費やしてアルバムを買っているのに驚かされる。今回もその作業半ばに、なんでも輸入盤の掘り出し市なんてのをやっているというのが目に入って、チェックしていったらいい作品がめちゃくちゃ安い値段でごろごろしているのを発見。というので、全リストを点検(!?)して、またまたごっそりと買ってしまいました。

 トップのアルバムはそんな中の一枚で、カルチャーというレゲエ・グループの『International Herb』という作品で、昔からジャケットだけは知っていたけど、聞いたことがなかったもの。でも、いいんだなぁ、これが。わずか680円でこんな名作を入手してしまったわけです。 

Peter Tosh そうやって、買ってしまったのがSmashing Magで、紹介しているほとんどの作品なんですな。はっきり言って、今回安い値段ででているレゲエもののほとんどは、レゲエが最もレゲエらしかった70年代のアルバムの数々。だから、いいものが多いんですよ。ベースがびんびんで、ダブも面白いし、歌っていることも、ボブ・マーリーを核として「レゲエが世界を変えた」って背景もあったからだろう、ストレートに強力なメッセージを放っている。このあたりの魅力ははまると抜けられません。

 カルチャーについて言えば、最も有名なのが『Two Sevens Clash』というアルバムで、これはアナログでもっているんだが、CDで持っていたのは『Too Long in Slavery』と『in Culture』の2枚。ここに名作の誉れ高い『International Herb』が加わったわけだ。実に満足だし、美味しいなぁ、このあたりのレゲエはと、つくづく思う。

 で、今回は680円で名作がいっぱい出てきたので、次いでピーター・トッシュの『Mystic Man』を注文。ローリング・ストーンズのレーベルと契約して発表した『Bush Doctor』に続く作品なんだが、この頃のピーター・トッシュのパワーはとんでもない。『Bush Doctor』ではミック・ジャガーとのデュエットでやっている「(You’ve Gotta Walk) Don't Look Back」が文句なし。なんでもテンプテーションズのカバーらしいけど、私、オリジナルを知りません。と、その次の作品だからというので、悪いわけはありません。

 そのアルバムを買ったことをきっかけに一連の名作『Legalize It』、『Equal Rights』から『Bush Doctor』に『Mystic Man』と、連続して聞いてみたけど、どれも傑作です。『Equal Rights』に収録されている「Stepping Razor」という曲が大好きで、映画『Rockers』なんて思い出しました。これは、間違いなくレゲエ映画の名作ですなぁ。

Jimmy Cliff と、そんなことを考えていたら、『The Harder They Come』のサントラも買ってしまいたいなぁという欲求が出てくるのが怖い。このところ、気に入ったアルバムは全てiTunesでコンピュータに入れているんだが、要するに、聞きたいときに簡単に音楽を聴くことができるという利便性が理由なんですね。だから、データを中心としたiPodなんかのおかげでCDが売れなくなったとかってのが、実はよくわかっていないんですな。データでダウンロードしてもHDがクラッシュしたら一巻の終わりだけど、なくしたり傷をつけない限りはCDだったら、何度でも使えるし... それに、『The Harder They Come』のアメ盤にしても、iTunesで買うより安いのではないかなぁ。おそらく、CDが売れなくなったのは、パッケージ商品としての魅力が薄れているからじゃないですかね。どれを買っても同じようなプラスティック・ケースで、「もの」としての魅力なんて皆無ですから。一方で、昔のアナログは、まるでアート作品を買うような感触がありましたもの。それに、アメ盤に比較したら、CDの値段が高すぎるのが問題なんですよ。こういったバーゲン価格が普通だったら、もっと気安く買えるのに... と思いますね。

 と、話がそれたけど、ピーター・トッシュ、カルチャーの他に手を出したのは鬼才、デニス・ボヴェールの2枚。この人は、確かに『Matumbi』というバンドの核としてUKレゲエを代表する人物とされたんだが、自分にとって見れば、LKJ(リントン・クゥエシ・ジョンソン)とワン・パッケージなのですな。70年代にアイランド・レコードと同じく、メジャー的な展開で素晴らしいレゲエのアルバムを続々とリリースしていったものに、ヴァージン系のフロント・ラインというのがあるんだけど、この中心アドバイザーとして動いていたのがリントンで、当然そこにデニスもいたのではないかと察するのだ。その二人が『Dread Beat An' Blood』で、衝撃を与えることになるんだが、このこぎれいになったジャケットは悲しいねぇ。オリジナルは子連れの黒人の女性が片手に瓶を持って機動隊に対峙していたもので、その緊迫した当時の英国の表情が音楽に全て注ぎ込まれていたものだ。

Dennis Bovell で、リントンのバックで音を作っていたのがデニスで、すでに名作と呼ばれる『Audio Active』と『I Wah Dub 』は持っているので、『Brain Damage』と2 in 1の『Ah Who Seh Go Deh?/Leggo! Ah-Fi-We-Dis』を購入。両方とも680円。安い! で、実際に聞いてみて、前者はまぁまぁかなぁ。レゲエじゃない曲も入っていて、このあたり、彼が中心となって音楽の側面を仕切ったUKレゲエ映画の傑作『バビロン』のサウンド・トラックの世界に近いようにも感じる。その一方、『Ah Who Seh Go Deh?/Leggo! Ah-Fi-We-Dis』は強力だった。基本的にThe 4th Street Orchestraというバンドのクレジットとなっていて、デニスが「Presents』と記されているので、これが彼のアルバムなんかどうかはよく知りませんが、どうも、タンタンの名作『Musical Nostalgia For Today』のバックにも絡んでいる連中がここにいるのでははないんだろうかと思ってしまいます。Steve Gregory(『Bush Fire』)やJohn Kpiaye(『Red Gold & Blues』)あたりが絡んでいるじゃないかなぁ... といっても、まだアルバムを買って2度ほど聞いただけで、ジャケットのディテールまでチェックしていないので、これからやってみます。

 でもって、あとはザ・マイティ・ダイアモンズの名作『Deeper Roots』を購入。素晴らしいコーラスが売り物の、彼らの78年の作品らしいんだが、どこかのサイトでは76年と記してあった。この中に収録されている「4000 years」とか、名曲の名演奏ですな。結局、この前年に録音したとされる『Ice on Fire』も注文しちゃったけど、前者の方が遙かに出来はいい。ダブっぽくないダブのヴァージョンもなかなか魅力だし。ちなみに、後者はアラン・トゥーサンが絡んでいるということを書いている人がいて、そのあたりもきちんと調べてみようと思ってます。そういった知識は全然ないし、そうだとしたら、これは驚きです。

U-Roy で、ルーツ・レゲエ系の最後の一枚として今回注文したのが『Natty Rebel』。大傑作です。やはり680円で『Version of Wisdom』も見つけましたが、こちらはすでに持っているというので、前者を買ってます。これも名作なんだというのがよくわかりますな。タイトル・トラックの『Natty Rebel』は名曲「Soul Rebel」のヴァージョンなですが、これがいいのです。一発で撃沈するぐらいにはまります。このヴァージョン、どこかで何度も聞いていたんだけど、ベストものかなにかに入っていたのかなぁなんて思いながら、いやぁ、いい買い物をしたなぁと、とっても満足なここ数日間。実際、安いじゃないですか。1枚680円ですからね。iTunesで買うより全然安くて、こういったリイシューものって、けっこうなライナーも入っていたりするし...

 とはいっても、結局、ここには書かなかった他のも加えてみれば、10枚も注文していました。救いようのない音楽中毒だという状況は全然変わりません。ちりも積もってなんとやら。気をつけないといけません、ホントに。ただ、今回のセール、在庫がなくなれば終了するというので、この値段がいつまでも続くとは思わないようにしておいてくださいませ。これがまた、『罠』なんですけどね。困ったものです。


投稿者 hanasan : 14:42 | コメント (0)

2007年10月18日

そりゃぁ、ないだろう、ひばりさん!

美空ひばり って、よりもコロンビアさん! ってのが、正しいんだろうなぁ。

 前回、たまたまナンシー梅木のことを書いて、amazonでいろいろな作品をチェックしていたら、こんなものがでてきやがった。『LOVE! MISORA HIBARI JAZZ & STANDARD COMPLETE COLLECTION 1955-66』というんだが、またかよぉ! と、嬉しいような悲しいような気分になっているんですな。というのも、この元になっているのは間違いなく、昔から大好きで、すでに購入して何年も過ぎた『ジャズ&スタンダード』と『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』の2枚。と思って、調べてみた。

 まずは『ジャズ&スタンダード』に収録されている曲は「歩いて帰ろう」という曲を除いて全て、また、『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』についても、4曲を除いて全て、2年前に発売されたという、この『LOVE! MISORA HIBARI JAZZ & STANDARD COMPLETE COLLECTION 1955-66』に収録されているのだ。まぁ、こちらの収録曲は2枚組で全41曲なんだけど、なんか悔しいなぁ...

 もちろん、現時点では録音日時が同じかどうか、ひょっとして違ったプロジェクトでの録音なのかもしれないし... とは思うけど、おそらく、同じなんだろう。調べてみないと正確なことはわからないけど、どう転んでもこういったプロジェクトを幾度も繰り返してきたとは想像できないのだ。

美空ひばり というので、『ジャズ&スタンダード』と『ナット・キング・コールをしのんで ひばりジャズを歌う』を引っ張り出してきて、解説かなにかをチェックしようと思ったんだが、こういった「歌謡曲の世界」のCDって、ほとんどの場合、解説も入っていなければ、録音データが入っていないものもある。なにやらレコードが消耗品のように扱われていて、いつも悲しい思いをしているのだが、それがてきめん形になっているといった感じ? 全然わからないのだ。

 一方で、amazonの方を見ると、好き者が書き込みをされていて、「上海」と「アゲイン」は53年録音で16歳の時だったらしいし、55年(生まれた年だ!)に録音されたのが「A列車で行こう」なんだとか。さすがに天才なんだろうと思う。確か、この頃、彼女が大きな励みになったというか、笠置シヅ子にいじめられていた彼女を助けたのが淡谷のり子だったなんて話も聞いている。逆に、こんな話を聞いて、こういったレコーディングをチェックしたり、ナンシー梅木を聴いて、きちんと淡谷のり子を聴かなければいけないなぁと、思うのです。その理由は、また、書くとして、いずれにせよ、結果として、これでまた出費が増えるのだ。たまりません。


投稿者 hanasan : 17:37 | コメント (0)

2007年10月16日

Sayonara...ナンシー梅木様

ナンシー梅木 すでに他界されてからずいぶん過ぎてしまったんだが、それがきっかけでこのアルバム、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』を購入した。以前から彼女のことは気になっていたんだが、自分のなかでのナンシー梅木とは、マーロン・ブランド主演の名作映画、『Sayonara』に登場する人物。なんとかという女優がアカデミー賞にノミネートされたとき、日本人で最初にオスカーを取った女優として彼女の名前が出てきたこともあったんだが、実は、この映画を初めて見たとき、そんなことは全く知らなかった。幾度も繰り返して見てしまう大好きな映画なんだが、そういったことは自分にとって全く眼中になかったんだろう。それよりも、自分の友人の両親が、おそらく、この映画で描かれている「異端の恋」の現場にいたんだろうと想像できたことの方が興味深かったというのが正しい。(この当時、映画の舞台になっている朝鮮戦争時代、米兵は日本人女性と結婚してはいけないという法律があったんだとか)

 そんな映画のなかで重要な役割をしている彼女が、実は素晴らしいジャズ・ヴォーカリストだと知ったのは、ずいぶんと後のことになるんだが、そのことは以前ここで書いたように思う。横浜桜木町駅近く、大好きなジャズ・バー、パパ・ジョンを久しぶりに訪ねたときに流されていたのが彼女のアルバム、今ではすでに入手不可能な『ナンシー梅木・シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』で... その時は主に映画のことを書いていたと思う。

 まぁ、あの映画にはまったきっかけはというと、元々は細野晴臣の『泰安洋行』だと思う。そのアルバムが2作目となる彼のエキゾチカ・シリーズを経由して、知ったのがマーティン・デニーで、最初に買ったのが『ベリー・ベスト・オブ・マーティン・デニー』。このなかに細野晴臣がカバーしていた名曲「Japanese Farewell Song (Sayonara)」のオリジナルが入っていて、そこから映画をみつけていくのだ。(ちなみに、今、マーティン・デニーのことを調べていたら、同一ジャケットで、本当はオリジナルのデビュー作『エキゾティカ』が紙ジャケットで再発売されているのを発見してしまった。こっちには「Japanese Farewell Song (Sayonara)」は入っていないのだが、24曲入りと数が多いなぁと思っていたら、モノとステレオ・ヴァージョンが収録されているので、実質12曲入りですが、やばい! 買ってしまいそうだぁ!)

ナンシー梅木 さて、そんなプロセスを経て話を振り出しに戻すんだが、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954』が実にいいのだ。昔懐かしいほんわかとしたジャズ。大昔のハリウッド映画を思い出すような感覚で、しかも、ジャズといえば、未だに英語で歌う人ばかりなんだが、日本語で歌っている曲も多い。その言葉の素晴らしさや奥深さにはまりまくったという感じかなぁ。それに、映画で見る野暮ったいイメージとは全く違って、かなりセクシーで大人の女を感じさせる声に入ってしまうのだ。声だけ聴いていると、主人公の絵に描いたように美しい女性のそれを感じさせるなぁ。加えて、これほどオリジナルなタッチを持った人って、それほど多くはいないと思うのだ。というか、キャッチ・コピーによると日本で初めてのジャズ・シンガーだったといった言葉も並べられていて、他の作品をもっと聞きたくなっているというところかしら。と思っていたら、このアルバムの『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954[Delux Edition]』というのが出てくるんだそうな。悔しいなぁ、こうゆうの。

 まぁ、こうやって深みにはまっていくんだろうなぁ。調べたら、ビクターからはかなり広範囲の時代をまとめた『シング・シング・シング~昭和のジャズ・ソング名唱選』といったものがでているし、コロンビアからは『日本のジャズ・ソング~戦前篇・栄光のコロムビアジャズミュージシャン』というシリーズが、けっこう低価格で昨年暮れに発表されたようだ。うずうずと「聴きたい!」という気持ちになっているのがおかしい。このあたりといえば、最近ちょいと騒がれている服部良一の作品でもチェックできるはずななんですけどね。集大成的なものとして自分が持っているのは、やはりコロンビアの『僕の音楽人生』という3枚組やビクターからでている『東京の屋根の下~僕の音楽人生1948~1954』という2枚組。おそらく、この2作品でほとんどのジャズ・ソングはカバーできるのではないかと思うけど、今年は彼の生誕100周年ということで、トリビュートは作られるわ、再発が続くわ... どれを買えばいいのか、頭を抱えてしまいますけどね。『服部良一生誕100周年記念企画 ハットリ・ジャズ&ジャイブ』なんてジャケットもかっこいいし、『服部良一生誕100周年記念企画 僕の音楽人生』は、自分が持っているものを値段を下げて再発売しているのかなぁ... これもちょっと悔しいなぁ... と思ってみたり。(いや、いいんだ、少ない金でいろな人が彼の音楽を楽しめるのであれば)

 このあたりの日本語のジャズといえば、ディック・ミネの『ジャズ・ヴォーカル』というのがあったんだが、すでに廃盤のようで見つけられなかった。名作なのになぁ。まぁ、なにか大きなきっかけでもない限り、こんなアルバムだしてくれないんだろうなぁと思う。今回のナンシー梅木みたいに死んでしまったら、アルバムも出るんだろうし、『ナンシー梅木 アーリー・デイズ1950~1954[Delux Edition]』が発表されたものそれが理由だろう。死をきっかけにこういった素晴らしいアーティストを見つけてしまうって、なんか悲しいなぁと思うのであります。

 Sayonara、さよなら、ナンシーさん。ずっと前に知っていたら、会いに行ってお話を伺いたかったと思います。ご冥福をお祈りします。


投稿者 hanasan : 19:27 | コメント (0)

2007年09月15日

予約しまくり... クリックしまくり....

細野晴臣 いつも通り「病気」ですな。思い立ったら、クリック。CDを買ってしまいます。というので、最近注文した作品はというと、まずは細野晴臣(ハリー・ホソノ&ザ・ワールド・シャイネス名義ですが)の新譜『FLYING SAUCER 1947』。これには期待しています。

 もともと、はっぴいえんど以来、細野晴臣は日本で最も好きなミュージシャンでアーティストなんだけど、YMO時代から彼に対する関心を失ったのが本音。おそらく、若い世代(といっても30代中心でしょうな)は、このあたりから細野に入っているようですが、自分にとって最も魅力を感じたのはその直前のエキゾチカ時代。それに関してはここで何度も書いているから繰り返しませんが、一昨年のハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、そんな時代の彼を初めて生で体験しています。彼自身にとってもそういったアプローチでの演奏は20数年ぶりではなかったかと思うんだが、本人にとっても心地よかったんだろう、そこから東京シャイネスという流れが生まれたようだ。まぁ、自分にとっては、自分の大好きな「細野が帰ってきた」という感覚で、当然ながら、ハイドパークのライヴ完全版をボーナスDVDとして2枚組で発表されたDVD『東京シャイネス(初回限定盤)』を買っている。単純に演奏のクオリティだけで言えば、『東京シャイネス(通常盤)』だけで十分なんだろうが、正直言ってなにかドラマがあったのがハイドパークのライヴ。こちらの方に大きな魅力を感じている。ちょいと値がはるけど、まだ入手できるようなので、もし、これからチェックするのであれば『東京シャイネス(初回限定盤)』をお薦めしますね。それに、30年近く前のエキゾチカ・ライヴのDVDを収録した『クラウン・イヤーズ1974-1977 』も絶対の作品。めちゃくちゃレアなライヴのDVDにライヴCDをセットにして発表してくれれば文句ないんだけど、そうはイカの何とやらですな。

 それはともかく、そんな流れのなかで録音されたのが今回の『FLYING SAUCER 1947』で、期待に胸を大きくふくらませて、クリックしてしまったわけです。

Joni Mitchell でもって、もう一枚は、引退した... と思っていたジョニ・ミッチェルが5年ぶりに発表することになった『Shine』という作品。森朋之という人が作品の紹介をしているんだけど、これを読んだのが買うきっかけかなぁ。なにも視聴していないけど、あの文章と曲のタイトルで、きっといいだろう... と思いこんでクリックしてしまった。

 そういえば、これまで彼女の作品はなぜか『Blue』しかiTuneに起こしていなかったんだけど、これをきっかけに好きなアルバムを全て入れた。一番好きなのは『Don Juan's Reckless Daughter』で、その前の『Hejira』や『The Hissing of Summer Lawns』、あとの『Mingus』や『Dog Eat Dog』もiPodで聴くことが出来るようになる... けど、この流れで行くと、結局、『iPod Classic 160GB』も買わなければ... すでにコンピュータに入っているのは15000曲以上で、約80GB。注文してしまった『iPod Touch 16GB』はPDA的な使い方と映像が中心になる気配ですなぁ...

 そのほか、新譜で言えば、ケヴィン・エアーズの15年ぶりとなる作品『Unfairground』。ロバート・ワイアットやフィル・マンザネラといった昔からの仲間や、若手ミュージシャンともコラボしているらしく、いぶし銀の『ホンモノ』がどんな『歌』を聴かせてくれるか... 実に興味津々。そういえば、ロバート・ワイアットも新譜『Comicopera』(US import / UK import)を発表するんだけど、UK盤とUS盤の違いがはっきりしないから、まだ注文はしていません。単純に値段が違うのか、なにかがあるのか.... それがわかってから注文しようかなぁと思っています。

Diana Krall で、大好きなダイアナ・クラールの『The Very Best of Diana Krall』(US import / 国内盤)も注文。ほぼ全てのアルバムを持っているのに、ベストなんて.... とは思うんだが、このアルバムにトム・ウェイツの『The Heart of Saturday Night』のカバーが入っているというのがクリックを決定的にした理由。これを聞かずおられますか! って感じですね。それにDVDも魅力ではある。アメリカ盤を注文したんだが、国内盤もそれほど高くはないし.... それでも、ほとんどは単純にプロモ・ヴィデオを並べているだけなんだろうけど、リスボンでのライヴが3曲収録されているのが楽しみですな。

 と、そのあたりはまだ発売日前なので、内容の説明は出来ないけど、このほかにも、たまたまDVD付きで再発されたというので、The Jesus and Mary Chain の『Psychocandy』を注文。届いたら、Dual Disc(1枚のお皿の片面がCDで、もう一方がDVDだという代物)で、しかもDVDにはプロ・ヴィデオが3曲だけ...一応、リージョン・フリーだけど... これだったら、普通のにすればよかったと思う。しかも、iTunesでは1000円から1500円だし。これは失敗かなぁ。

 そのほかにも買っているのはあるんだけど、その話はまた後ほど書きますかな。なにせ量が多すぎるのさ。ホント、病気ですわ。


投稿者 hanasan : 13:56 | コメント (0)

2007年08月29日

Rico Rodriguez - 「Wonderful World」-12年ぶりの再発売

Rico Rodriguez 今から12年前の95年、ロンドンでスタジオを借りて、初めてやったフォト・セッションの相手がリコ・ロドリゲスだった。本当は午後1時にスタジオで落ち合う約束をして、待っていたんだが、なかなか姿を現さない。どうしたんだろうと思っていたら、本人から連絡が入り、「夫婦げんかをして、家を飛び出してしまった」とか。ありゃま、どうしよう。この日は彼に「フォーマルなスーツを持ってきてくれ」とお願いしていたのに、「悪いけど、持って出られる状態じゃなかった」んだとか。

 さて... と、悩むんだが、「トロンボーンは持っているか?」と尋ねると、「もちろん、楽器は手離さない」ときた。それならばと、ロンドン市内の貸衣装屋を探し出して、スーツを予約。4時ぐらいなら借りられるというので、リコがスタジオにやってくるのを待って、そこに出かけ、スタジオに戻ったときはすでに5時を過ぎていた。それからわずか1時間弱で撮影したのがこのときの写真の数々。このとき一番欲しかったのは、「リコ・ロドリゲスの肖像」というコンセプトで、正装した彼の晴れ姿って感じかねぇ。それを思い通りに撮影することができたのだ。

Rico Rodriguez 同時に、彼の笑顔も欲しかった。なにせ、今回のアルバムのタイトル・トラックは「ワンダフル・ワールド」。ルイ・アームストロングで知られる名曲で、「命の素晴らしさ」を歌ったもの。それは「リコの素晴らしき世界」といったものでもある。だから、彼が満面に笑みを浮かべている「幸せ」な写真を撮りたくてたまらなかったのだ。

 なんでも「ポーズなんてとるものか」というのがリコ。自然体でないといけないという、信念を持っている人物なんだが、この日はシャッターを押しながら、彼と話しまくったのを覚えている。そのときの自分が滑稽でもあるんだが、夫婦げんかで気分最悪だったリコが徐々に表情を崩して、笑みを浮かべだしたときの嬉しかったこと。そんななかで生まれたのがあのとき撮影した写真の数々だ。

「俺は今まで笑っている写真はないんだよ。撮らせたこともなかった。けど、お前のせいだよ」

 とは、セッションが終わってからリコにいわれた言葉。おそらく、あの頃まで誰も目にしたことはなかっただろう、満面の笑みを浮かべたリコの写真を撮影することに成功したわけだ。それをジャケットに使って発表したのが今回再発されることになったアルバムのオリジナル。95年に世界で初めて発表されたのが日本だということもあって、実は、このジャケットこそがオリジナルなのだ。同一内容の作品が海外で発表されているのは知っているけど、はっきり言って、あのジャケットは最低だと思う。アルバムの内容や意味も気にすることもなく、行き当たりばったりの写真とデザインで作られている代物で、あれを見たときには愕然としたものだ。

 ところが、残念なことに、あくまで3年間のライセンス契約ということで発表されていたのがあのオリジナル。すでに入手不可能となって9年が過ぎ、あの、つまらないジャケットの輸入盤しか手に入らなくなっていたのだ。でも、やっとのことでこの作品を再発売させることができた。

 しかも、今回ベースにおいているのは、、あの当時、ジャマイカでのみプレスが許されたアナログのジャケットにベースをおいたもの。それを再現しつつ、加えて、紙ジャケットで二つ折りという素晴らしい形で再発することができたのだ。さらに加えて、あのアナログでしか聞くことができなかったタイトル・トラックのフリューゲルホーン・ヴァージョンも加えている。実をいえば、これこそがリコの望んでいたヴァージョンで、表面上はボーナス・トラックとして加えているにもかかわらず、これをアルバムの曲順に当てはめて、CDで発表されていたキーボード・ヴァージョンはおまけにするという形での発表となった。

 当然ながら、このアルバムはリコの作品。でも、同時に、生涯最高のポートレート写真を撮影した自分の作品でもある。だから、オリジナルを持っていても、買って欲しいと思うし、聞いて欲しいとも思う。加えて、手に取ってみて欲しいとも思う。ジャケットを開いて出てくるリコの写真の素晴らしいこと。自分の写真も素晴らしいし、プリントもいい。加えて、ライナーも加筆し、そのライナーを開くとポスターのようにリコの写真が飛び出してくる。リコのファンには絶対に手にして欲しい作品なのですよ。


投稿者 hanasan : 19:41 | コメント (0)

2007年07月01日

西岡恭蔵 : 街行き村行き

西岡恭蔵 ずっと忘れられないことに、西岡恭蔵との握手がある。まだ大学生だった頃、プロモーターというのを始めて、数本目のライヴでやったのが西岡恭蔵だった。場所は岡山市内の表町商店街にあったパブだったんだが、あの握手は長谷川楽器の前ではなかっただろうか。ぐっと自分の手を力強く握りしめたゾウさんの手の感触がどこかで残っているような... そんな感じかなぁ。それでも、なぜ、あれが長谷川楽器の前だったのか... 会場ではなかったのか、全然覚えてはいないんですけど。

 今回、すでにアナログで持っているこのアルバム、『街行き村行き』を買ってしまった理由は、ひとつには紙ジャケットによる再発でまだCDは持っていなかったからというのと、もうひとつは高校生の頃に自分も関わった春一番の主催者、福岡風太のライナーが入っているというから。(っても、なんか会話を落としただけの感じだったけど)なにせ、このアルバムで一番好きな曲はそのものずばり「春一番」という曲で、昨年か一昨年かのハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、誰かが歌ってくれた記憶がある。ちょうどジョニ・ミッチェルが「ウドストック」を書いたように、西岡恭蔵が「春一番」を歌にしてくれた。明らかにウッドストックよりは貧弱で、規模は小さかったけど、同じような「気持ち」で「春一番」が生まれていたように思えたし、わずかながらもそこに関わりを持った自分にとってこの曲は特別なものなのだ。

 注文したのが発売日前で一昨日、このアルバムがうちに届けられた。早速、これを聴いたのは当然で、実に懐かしい。いろいろな思い出が浮き上がってくるんだが、結局、行き着くところは「なんで自殺してしまったんだ」という、複雑な気持ち。奥さんのクロちゃんの三回忌の日に首をつって亡くなったということなんだけど、あの日は... 苦しくて悲しくて仕方がなかった。彼にとってのデビュー・アルバム『ディランにて』を繰り返して聞きながら、涙が止まらなかったのを覚えている。あのアルバムに入っているんですよ。「死にたいなんて言わないで... 」なんてフレーズが。「君の窓から」って曲だっけかなぁ。それなのに、なんであんなことをしちゃたんだよ! と、思いながら、自分の人生で最も大きな影響を与えてくれたディランという店や、当時知り合った仲間たちのことを思い出していたわけだ。

西岡恭蔵 人生というのは... なんて語る柄でもないようにも思えるけど、半世紀も生きていると自分にとっての節目というのか、人生の流れを変える出来事があったことに気がつくんだが、おそらく、ディラン周辺が確実にそこにあったように思う。そんな意味でも、このアルバムには大きな意味があった。

 あのデビュー・アルバムに続いた『街行き村行き』は、どこかでディラン・セカンドと西岡恭蔵と細野晴臣と... そんな関係をつなぐようなアルバムにも聞こえるんだけど、当時の彼の魅力を確定したのは『ろっかばいまいべいびい』じゃないかなぁ。細野晴臣がプロデュースしているらしいんだけど、世界中を旅するような歌のテーマやサウンドとか、彼のエキゾチカ三部作にも接点を持っているように思う。それに加えて、このアルバムでの鈴木茂のギターの素晴らしいこと。ほれぼれしますよ。それに、突き抜けたぐらいに明るい表情のゾウさんがここにいるんですな。だからなんだろうな、これはよく聴く作品で、一昨年のハイドパークで細野晴臣がこのアルバムのタイトル・トラックを歌ってくれたときには、歌いながら撮影をしています。その結果がこの写真なんですけど、ここでもあの歌のフレーズを書いていますね。

 その他にも、このアルバムでニューオリンズに思いをはせたり、「メリケン・ジョージ」って曲が入っているんだけど、おそらく、このあたりから発想したんじゃないかなぁと思って読んだのが「めりけんじゃっぷ」って本だったり... これ、谷譲次という作家が書いた本なんだけど、この人の存在はゾウさんから知ったんじゃなかったかなぁ。谷譲次の名前でアメリカに渡った日本人の物語を書いて、林不忘の名前で丹下左膳のシリーズ、そして、牧逸馬の名前では「世界怪奇シリーズ」なんてのを書いていたように思う。なんでも本名は長谷川海太郎だというのを知ったのは、これを書いているその瞬間だというのが面白いや。

 西岡恭蔵の、おそらく、このあたりの世界が矢沢永吉に気に入られたんじゃないかと思うんだけど、調べてみるとこんな曲を彼が書いているんだとか。

DON'T WANNA STOP / 気ままなロックン・ローラー / バーボン人生 / 棕櫚の影に / 黒く塗りつぶせ / トラベリン・バス / 東京ナイト / DIAMOND MOON / 逃亡者 / A DAY

 っても、数万枚のアルバムを持っていても、なぜか矢沢永吉の作品は一枚も持っていなくて、このあたりから聞いてみようかなぁなんて思ってます。

西岡恭蔵 さて、そのゾウさんのライヴをやったのは、『ろっかばいまいべいびい』から続く『南米旅行』の頃ではなかったかと思うんだが、小編成のバンドで来るというのでポスターに「西岡恭蔵とカリブの旋風(かぜ)」と書いたのを覚えている。勝手に作ってしまったんだが、面白いことに77年に京都の磔磔で録音したライヴ・アルバムではバンド名が「カリブの嵐」となっていた。ひょっとすると、自分にインスパイアされたんじゃないかと思うんだが、今は、それを尋ねることは出来ない。

 ホントにねぇ、なんで自殺したんだよぉ! 未だにそう思う。そして、クロちゃんが病床にいるときに書いた曲を集めたという『Farewell Song』をきいて、また涙してしまうのだ。「傷つくために生まれてきたんじゃない、悲しむ為に生きているんじゃない」と歌われる「I Wish」だけじゃなくて、どの曲からも、悲しみに暮れながら、それでも、前を向いて生きようとしたゾウさんの優しいまなざしが溢れているように思う。どの曲を聴いても、何度聞いても、そんなゾウさんのあの手のぬくもりが甦ってきてしまうんですね。

 さて、ゾウさんは今頃天国でクロちゃんと仲良くやってるのかなぁ... なんて、そんなことを思い出しながら、ときおり、ゾウさんのアルバムを聴いてしまいます。今回の『街行き村行き』の再発で、また、いろんなことを思いだしちゃいました。嬉しいものです。ありがとうね、ゾウさん。

PS : ちなみに、自分のmixi仲間がちょうどディラン・セカンドのことを書いていて、そのコメントのなかに『'77.9.9 京都磔磔』をほめていた... というので、これも注文してしまいました。レコ中は止められないなぁ...



投稿者 hanasan : 12:32 | コメント (0)

2007年06月30日

Tony Joe WhiteとAmos Garrett : ライヴが良けりゃ、買っちまうよ。

Tony Joe White 4月の16日に渋谷のクラブクアトロで開催されたトニー・ジョー・ホワイトのライヴは良かった。月並みな言い方になるけど、めちゃくちゃ良かったのだ。特に、好きでたまらない名曲、「Rainy Night In Georgia」では、あのレポートでも書いているようにシャッターを切る手が止まって、歌の世界に吸い込まれてしまったほど。写真なんて撮っている場合じゃありません。それほどまでに強力な磁場を彼が作っていたということなんだろうと思う。泣けそうになってしまったもんね。

 だからというんでしょうな、止まらなくなるんですよ。あのアルバムも聴きたい、これも聴きたい... と、レコードというかCDに費やされる金額がどんどんとふくらんでいくんですね。想像できると思うけど、このライヴの直後に買ったのがスタジオ作としては最新となる『Uncovered』(US import / 国内盤)。ぎゃぁ〜、こんなにいいアルバムなの? なんで、発表された直後に買わなかったんだろうと、深く反省したものだ。このアルバムの場合、とんでもない大物のゲストのことばかりが話題になっているようだけど、正直言って、全然関係ありません。トニー・ジョー・ホワイトの存在感と、あの渋〜い声だけで昇天してしまうんですよ。

Tony Joe White と、この作品が良かったから、もっと知りたい! という気持ちが押さえきれずに手を出してしまったのが『Swamp Music : The Complete Monument Recordings』(US import )というボックスセット。初期のアルバムを集めたものなんだけど、これはやばいですよ。いい作品をきちんと紹介し続けるライノのハンドメイドによる限定セットで、オリジナル3枚にボーナス・トラックをてんこ盛りにして、さらに1枚では弾き語りによるヴァージョンが17曲。まだまだじっくりとは聞いていないんだけど、このあたりを聞くとトニー・ジョー・ホワイトが、あの昔からどれほど偉大だったか、簡単にわかってしまうのだ。しかも、写真を見ると、まるでエルヴィスね。彼って、実は裏プレスリーだったのではないかと思うのだ。

Amos Garrett さて、大好きなプロモーターのトムズ・キャビンが「これを聞かずに死ねるか!」というコンセプトの元に、トニー・ジョー・ホワイトに続いて呼んでくれたのがエイモス・ギャレット。これも良かったぁ! 実際、涙が出るほどのギターに声...  結局、大阪で一回、そして、東京で最終公演と2回もライヴを撮影することになったんだが、染みるんだなぁ、これも。というので、うちに埋もれている彼のアルバムを全部ひっくりがえして聞きました。その流れのなかで手を出してしまったのが、傑作の誉れ高い"Geoff Muldaur &Amos Garrett"(紙ジャケット仕様 / 通常盤)。買ったのは、紙ジャケット仕様なんですが、これがねぇ... いいのよ。もちろん、さすが名盤という内容は文句なしなんだけど、それ以上に、素晴らしい紙ジャケットなのね。昔のLPの肌触りや、音楽の暖かみを本気で好きな人が作ってくれたというのが手に取るようにわかるんですな。これも、あれ以来、聞きまくり。

 ということで、ライヴに弱い自分の体質がどんどん出てきている今日この頃。いくら金があっても足りませんなぁ。それでも、こうやって素晴らしい音楽をじっくりと楽しめるんだから、これは嬉しいねぇ。こんないいライヴをきちんと見せてくれるアーティストを、これからも呼んで欲しいと思う。しかも、どこかの金儲けしか頭にないような高級クラブの高額チケットでのライヴじゃなくて、気軽に出かけていけるような値段でいられるようにして欲しいと思うのだ。はっきり言って、新聞広告で見たビルボードとか、ずっとやってるブルーノートとか... そんな場所じゃ、貧乏人にはライヴなんて見られませんよ。音楽を「金持ちの趣味」にするような連中はとっとと消えて欲しいと思うほど。ひょっとすると、こういった人たちこそが音楽のマーケットを潰しているんだと思いますよ。



投稿者 hanasan : 05:43 | コメント (0)

2007年06月28日

Lila Downsに首っ丈

Lila Downs ローマを離れる直前のこと、バンダ・バソッティのマネージャー、ダヴィデが「これ、聞かない?」と手渡してくれたのは、真っ白のCD-Rだった。くれるのかと思えば、そうではなくて聞いてみろという。といっても、こっちは時間がないというので、これが一体何なのかわからず、とりあえずはマックのiTunesに音を吸い込んで、日本に帰ってから初めて聞くことになる。

 さて、一体、この女性は誰なんだろう。スペイン語で歌われているのはわかるし、ボレロやクンビアにレゲエあたりの音も聞こえるし、曲によってはオゾマトリにも近いものもあればちょいとサイケデリックなインド風味の曲もある。最初は「なかなかいいなぁ」と思っていただけなんだが、聞けば聞くほどにその素晴らしさに浸り込んでいった。さすがにスペイン語までは理解できないんだが、わずかばかりは聞き取れる。そのなかで出てきた言葉に「マリワナ・ケ・フメール」(英語で言うと、marihuana to smoke)というのがあって、ほぉ〜、これは毛色が変わっているというか、どこかでオルタナティヴな流れのなかに彼女がいることがわかるのだ。しかも、チェ・ゲバラの名前が出てきたり... といっても、その意味はわからないんだけど。

 ということで、速攻で注文したのが『La Cantina』と、その前作、『Una Sangre (One Blood)』。まずは、後者の『Una Sangre (One Blood)』が到着して、聞き始めたんだが、どんどんはまっていくことになる。どれぐらいはまっているか... それは、やはり最近はまってしまっているhttp://www.lastfm.jp/user/koichihanafusa/
でチェックしてもらえれば一目で理解できるはずだ。『La Cantina』に収められているLa Cumbia Del MoleやAgua De Rosasなんて何度聞いたかわからないほど。とんでもない名曲だと思うし、リピートで聞きたいなんて思ってしまうほどに惚れ込んでしまった。

Lila Downs 何が魅力なのか? さぁて、よくわからない。基本的にラテン的なメロディ、特にちょいと悲しげで物憂げなそれが日本人にアピールするということもあるんだろう。といって、そんな曲ばかりじゃないし、スペイン語と英語ヴァージョンが用意されたLa Cumbia Del Moleでは、クンビアからレゲエに繋がるようなリズムがあり、後半ではかなりヘヴィーなエレキギターのソロも聞こえてくる。カバー曲では、日本でもよく知られている「ラ・バンバ」(ラテンというよりは、ちょっとアフリカ的なルンバにも聞こえてしまうんですけど)や「ラ・クラカーチャ」なんてのが入っているのも嬉しい。

 最近はまりまくっているMySpaceはこちらで、公式サイトもチェックした。ここに影響を受けたアーティストとして上げている人たちがリストアップされているんだが、彼女の音楽を聴いているとその全てがここに詰め込まれているのが嬉しい。ビリー・ホリデーにエラ・フィッツジェラルドからサラ・ヴォーンにニーナ・シモンといったジャズ・ヴォーカルに、ジョン・コルトレーンからミンガスもいるし、ディランからジョニ・ミッチェルにグレイトフル・デッドも見える。ブラジル系ではジョアン・ジルベルトにエリス・レジーナ、セリア・クルーズもいるし、マヌ・チャオからフェラ・クティ... と、自分との接点もいっぱい感じるのだ。おそらく、メキシコの音楽の核にそういった要素が全て詰め込まれた、彼女の音楽は「ワールド・ミュージック」といった閉鎖的で差別的な呼ばれ方ではなく、21世紀のポピュラー音楽なんだろうと思う。

 そういった音楽のスタイルだけではなく、ヴォーカルの持つ説得力が強力なのだ。日本ではまだまだ未知。が、MySpace公式サイトでチェックすると、南米からアメリカ、そして、ヨーロッパと彼女がかなり広範囲な世界で大きな支持を獲得しているのが見て取れる。おそらく、これだって、自分たちが知らないだけのこと。なにせ、日本の音楽メディアなんぞ、アメリカやイギリスの受け売りさえしていればそれでいいのだ。こんなところに興味を持つこともないだろうし、探ろうとも思ってはいないんだろう。実際のところ、メジャー的な見られ方をしている音楽雑誌でさえ、売れている実数なんてわずかなもの。ちっぽけなマーケットを奪い合うビジネスの道具以外の何ものでもない。そんなところから、こんなアーティストの情報が届くわけはないと思っている。なにせ、連中には文化も音楽も全く関係ないんだろう。

 そんな素晴らしいアーティストを伝えてくれたのは今回も友人や仲間たち。結局、『La Cantina』と『Una Sangre (One Blood)』の二枚に始まって、2003年の『La Sandunga』から日本で入手可能な『Tree of Life』と『Border (La Linea) 』まで5枚の作品をわずか一ヶ月でそろえることになってしまった。もし、興味があったら、チェックしてくださいませ。特に、『La Cantina』と『Una Sangre (One Blood)』は両方とも傑作。おそらく、フラコ・ヒメネスがゲストで姿を見せてくれている『La Cantina』は、だまされたと思って聞いて欲しいほどの傑作だと思う。

PS : 今、私のMySpaceにはいると、リラ・ダウンズの曲が聴けるように設定しています。興味があったら、チェックしてくださいな。



投稿者 hanasan : 22:03 | コメント (0)

2007年06月13日

SXSW効果でCD/DVDセット買いまくり...

Rickie Lee Jones ライヴを見たら、そして、もちろん、それに感激したら、否応なしにもっと聴いてみたいと思う。というので、CDを買ってしまうんだが、マグでいろいろなライヴを取材していると、どんどんCDに費やす金が増えてしまうのだ。なによりも、マグのスタッフは「音楽が大好き」で関わってきた人ばかり。おそらく、スタッフや定期的に寄稿してくれている人たちも同じような状態に陥っていると思うんだが、編集長も同じこと。半端じゃない数のライヴを見て、レポートを書く、あるいは、写真をレポートとして発表する時に、当然ながら、マグの唯一の収入源となっているアフィリエイトのこともあって、amazonでいろいろなアルバムをチェックすることになる。その流れで「ミイラ取りがミイラになる」わけだ。だってねぇ、やっぱ音楽が好きでたまらないんですよ。

 で、その量なんだけど、これが面白いように取材に比例する。例えば、今年取材してきたなかで一気に大量のアーティストを取材することになったのがサウスバイ・サウスウエスト。この時に見たアーティストのアルバムは、かなり買ってしまいましたな。なかでも最も感動したのがリッキー・リー・ジョーンズで、取材を終えてホテルに戻ってから速攻で注文したのがこのライヴの元になったアルバム、『サーモン・オン・エクスポジション・ブルバード 』(US import / UK import with DVD / 国内盤)だった。あの時はまだDVD付きのUS盤が入手可能で、それを注文。自分が手に入れたのは限定盤の番号付きで35000枚のうちの28029番となっている。DVDはマルチ・リージョンで国内用のプレイヤーでも再生可能。アルバム制作の裏側をドキュメントしたこのDVDを見て、このアルバムはいつものリッキー・リー・ジョーンズとは全く違った作品であることが理解できるわけだ。

 もちろん、DVDのおまけが付いていなくても、このアルバムでのリッキー・リー・ジョーンズの迫力がとんでもないことはすぐにわかる。まるで心の奥底をえぐられるような声がサウンドと絡まって聴く者をとらえて離さないのだ。それを「これまでのリッキー・リー・ジョーンズと違うから」と拒絶するようなことを書いている人を見かけたけど、なんか違うなぁと思う。ちょっとジャズっぽいおしゃれな音楽ってイメージが彼女にはあったことは認めるし、それだって好きだけど、ここの彼女はなにかから脱皮してとんでもない世界に足を踏み入れた感じかなぁ。これは傑作だと思うし、あの時のライヴがそれを証明していたように思う。

Kenny Wayne Shepherd リッキー・リー・ジョーンズと同じようにDVD付きだというので入手したのが、ケニー・ウェイン・シェファードの『10 Days Out (Blues from the Backroads) 』。昔からこの人は気に入っていて、"Live On"(国内盤 / US impport / UK import)や"Trouble Is..."(国内盤 / US impport / UK import)でのブルースをベースにしたワイルドなロックが大好きだった。といっても、その後、けっこうつまらないヘヴィー・ロックになったような気がして、ここ数年はチェックはしていなかったんだが、トーキングヘッズのジェリー・ハリソン(プロデューサー)とコンビを組んで、現存するブルース界の巨人たちとのセッションを録音したというのが今回のアルバム。要するに、ケニー・ウェイン・シェファードが自分のルーツに立ち戻って録音したのがこの作品だ。しかも、そのドキュメンタリーをDVDとして加えているというので、当然見たいと思って、これを入手。ぶっ飛ばされるわけですな。なにせ、最高齢のブルーズマンは90何歳? で、「娘を紹介するよ」といわれて出てきたのが72歳の女性だったという笑い話も紹介されている。おそらくは、限られたブルースの世界でしか認識されていない人もここには出てきているんだろうけど、「ブルースって何なんだろう」という疑問にちょっと応えてくれそうな感じかなぁ。このDVDもリージョン・フリーで問題なく見られるから関心のある人はチェックして欲しいと思う。今は、ちょっと値段が上がってしまっているけど...

 ちなみに、サウスバイ・サウスウエストでのライヴはこのアルバムにベースを置いたもので、ブルース・ファンにはたまらない内容だった。残念ながら、DVDで姿を見せているBBキングが登場してくれたら... もっとすごかったと思うけど。その彼が「この若者、なかなかやるじゃないか」なんてことをDVDのドキュメンタリーで語っているのが面白かったなぁ。ずれにせよ、ブルース・ファンでこれを持っていないとなると... ちょっと信じられないなぁ。若造のケニー・ウェイン・シェファードと同じように、自分もブルースが大好きなんだという気持ちを充分シェアーできると思いますよ。

Grace Potter and the Nocturnals でもって、もう一枚DVD付きで手に入れたのが、今年フジ・ロックへの出演が決まっているグレイス・ポッター。最新作の"Nothing But the Water " (US import with DVD / US import / iTunes)のUS import with DVDを入手。この人についてはなにも知らなかったんだけど、今年のフジ・ロックに出演するということに加えて、「絶対に気に入るから」と言われて見に行ったら、なかなかツボをついているというか... アーシーでレイドバックした、土臭いロック。この辺には弱いですなぁ。しかも、このグレイスというお姉さん、ハモンドを弾きながら、ワイルドにロックするんですよ。たまりません。しかも、サウンド・チェックの時も、だいたいできているのにぐだぐだしているスタッフを後目に「どうでもいいわよ、やっちまえ」と演奏を始めてたんですな。かっこいい! というか、男前よ! これは、惚れますって。

 で、このDVDもリージョン・フリーでここには彼女のライヴが収録されています。ライヴ・バンドなんだろうなぁと思う、その魅力がぎっしり。いろんなレヴューでボニー・レイットとの比較が出てくるけど、おそらく、そんな「姉御」になってしまうんだろうなぁと思う。まだまだ若いはずなんだけど、どっかと地に足をつけて演奏しているという感じで、こんな女の子に、間違いなく親父ロック・ファンはころっといかれてしまうんです。まぁ、私なんぞ、その典型かもしれません。もし、少しでも自分のその気があると持ったら、これを試してくださいませ。はまること請け合いですから。特に、今年、フジ・ロックに出かける「親父ロッカー」は、この人を見逃しちゃいけませんよ。絶対に後悔するから。

 ということで、DVD付きの比較的新しいアルバムの話を書きましたが、これ全部買ってしまいました。加えて、サウスバイ・サウスウエスト効果なんでしょう、日本じゃほとんど入手できないと思っていたので現地でミュージシャンから直で買ったのがカサ・デ・チワワアンドリュー・ウィントンの作品。このあたりのアーティストだったら、あまり経費もかからないだろうし、できれば、こういった人をフジ・ロックや朝霧に呼んで欲しいと思いますね。っても、誰にも知られていないアーティストだから、これでチケットが売れるとは思わないけど、一度見たら気に入るのは目に見えてます。じゃなかったら、ライヴやっているそばからアルバムを買ったりはしませんから。

*なお、この原稿はSmashing Magのブログでのコラム音楽中毒のアルバム購入日記と同一内容です。



投稿者 hanasan : 17:07 | コメント (0)

2007年04月14日

大嫌いなアメリカの大好きなアメリカってか?

America ある日のこと、例によってamazon.co.jpをプラプラしていた。なにかを買おうとか、そういったことではなく、なんか面白いものはないかと、最近のリリースなんぞをチェックするって感じでのぞき込んでいたわけだ。おそらく、一度でもamazonを使ったことがある人だったらわかると思うんだが、このサイト、実によくできている。なにかを買うと、同じようなタイプのものが、いかにもクリックされるのを待っているように顔を見せるのだ。そんななかの一枚がアメリカというバンドのこのアルバム、『Here and Now』(US import / 国内盤)だった。

 なにを買ったから、これが出てきたのか、よくわからないんだが、おそらく、バーズとかポコ、バッファロー・スプリングフィールドといった流れの音楽がだろう。そのあたりは昔から好きだし、これまでにそういったところをぽろぽろ買っていたことがきっかけだと思う。

 アメリカといえば、70年代の、いわゆるウエストコーストを象徴するバンドのひとつと思うんだが、日本で最初のヒットとなったのは『名前のない馬』と放題のつけられたデビュー・アルバムからの曲だった。といっても、オリジナル・タイトルは単純にバンド名そのままの『America』。しかも、彼等がデビューしたのはイギリスだったというのが面白い。アメリカ人二人とイギリス人とのトリオで、当時、圧倒的な人気を持っていたCSN&Yに対するイギリスからの回答じゃなかったかなぁ。っても、そんなことはメディアが勝手に宣伝していただけで、このアルバムのあと、しばらくして彼等はアメリカに活動拠点を移している。

America といっても、CSNYと比較すると、あまりに軽くて、デビューした当時はそれほど聴いてはいなかったと思うし、ポップなバンドとしてしか見てはいなかった。が、大学生の頃になると、ウェストコーストという流れのなかで徐々に彼等に魅力を感じてきて、当時、最も気に入っていたのが『Harbor 』というアルバムだった。このジャケットの感覚が、どこかでセンチメンタル・シティ・ロマンスの最も好きなアルバム『シティ・マジック』によく似ているなぁと思うんだが、そのアルバムは一度CD化されただけで、すでに廃盤。ラッキーにも、手には入れましたけど。(ちなみに、このアメリカに近い流れの音楽をやっているのがセンチだと思いますが、現在、『ゴールデン☆ベスト』という企画ものの廉価盤で昔の音が聞けます。興味のある人は是非聞いてみてください)

 おっと、話がまたそれてしまったが、あの『Harbor 』と同時期に録音された『Live』が、当時の愛聴盤で、この二枚は本当によく聴きました。その後も、彼等は二人になって順調にアルバムを発表していったと思うんだけど、自分の音楽の趣味が変わったのか、20年ぐらいご無沙汰していた。といっても、時にこの二枚を引っ張り出して聴くことはあったんですけどね。

 しばらく活動を休止していたと思っていたし、噂も聞かなかったのに... というか、興味をなくして気にもしていなかったというのが本音。彼等なりになにかをしていたようで、調べるとライヴのDVDなんかも発表されているようだ。でも、そんな自分に唐突という感じで目に入ってきたのが『Here and Now』(US import / 国内盤)。なかなか面白いジャケットだし、最初にみつけたのはアメリカ盤で2枚組だというのに1900円台(今は、ちょっと高いようだけど)。というので、手を出してしまった。1枚はスタジオ録音による新作で、もう一枚はこれまでのベストの曲を集めてのライヴを収めたというもので、実にお買い得なのよ。こういったものには弱くて、つい手を出してしまうんですな。しかも、説明によると、ライアン・アダムスやベン・クウェラーに、スマッシング・パンプキンズやファウンテインズ・オブ・ウェインといったバンドのメンバーが絡んでいるという。これを最初に読んだときには頭の中が?マークりましたけど。特にポスト・パンクの人たちにはこういったものが毛嫌いされていたと思うんだな。だから、そういった若手の人たちとアメリカというバンドが全然結びつかないんですね。

America それでも、これは大正解。今の人たちがどう思うかは全然わからないけど、いわゆるウエストコースト的な、ポップで軽快なサウンドに乗せて、最高のコーラスと甘い歌声で迫るというもので、気持ちいいことこの上ない。しかも、ポップスの王道だと思うんだが、素晴らしいメロディに歌詞があり、美しいギターの音色があり... 人間の温かさがある。いやぁ、このアルバムにははまりました。なんで今頃... なんだろうけど、いいものはいいのです。なにやら心が温かくなるんですな。

「Chasing The Rainbow」という曲では、どこかでカラパナを思い出したり... 70年代のサーファーに受けたハワイのバンドで、当時はこのあたりをサーフ・ロックなんて呼んでいたように思います。懐かしい! このカラパナは曲によってフュージョン的なアプローチもしていたけど、どこかでウエストコースト的だったんですな。『Kalapana2』というアルバムには「I'D Chase The Rainbow』というサブタイトルのつけられた曲が入っていて、曲のタイトルだけじゃなくて、アメリカのこの曲には、なにかニュアンスの接点を感じてしまうんですな。それに「インディアン・サマー」という曲で思い出したのは、当然、ポコの名作。『インディアン・サマー』。近いサウンドを持ったグループだけに、どうしてもこれが出てきます。ちなみに、アメリカのこの新譜の日本盤はこの『インディアン・サマー』を放題にしている。なんといい加減な!

 さぁて、ここ数年脚光を浴びているサーフ系の人たちも、この頃の音楽に注目しているのではないかと、思うんですが、そんなことよりなにより、いいメロディと詩と素晴らしいコーラスと... それだけあったら、それで十分。その魅力を満載したのが今回、アメリカが発表した『Here and Now』(US import / 国内盤)。まぁ、単純にそんな音楽を聴きたかったら、これをぜひチェックして欲しいと思いますね。

PS: ほぼ同内容のものをSmashing Magのブログ、「音楽中毒のアルバム購入日記」でも書いております。あちらを知らない人のために、多少修正して、こちらにもアップしております。ご了承くださいませ。



投稿者 hanasan : 01:53 | コメント (0)

2007年02月16日

Rodrigo Y Gabrielaが動き出す

Rodrigo Y Gabriela 昨年の5月13日にここで紹介したのがロドリゴ・イ・ガブリエラというメキシコ出身で、現在はアイルランドのダブリンにベースを置いているユニット。ロドリゴという男性のギタリストと(リード中心)と女性のガブリエラ(リズム中心)で、イというのがスペイン語で、英語のandを示す言葉と、単純に名前を並べているだけの二人なんだが、彼らがとんでもない。ジプシー的でアコースティックな音楽にハードなロックの感覚を持ち込みながら演奏しているという感じで、そのあたりについてはSmashing Magでやったレヴューに書いている。

 それが昨年の5月だったんだが、面白いことに昨年の9月ぐらいからこのアルバム、最新作となる『Rodrigo Y Gabriela』が売れ始めた。ご存じのように、ここでもSmashing Magでもamazonとのアフィリエイトをやっていて、毎日、どんなアルバムがチェックされて、どれぐらい売れているかを確認できるんだが、なにがきっかけなんだろう、動きが出てきた。加えて、両方のサイトのアクセスログも毎日のようにチェックしていて、どんな言葉を検索してサイトにやってきているのかもわかる。同じように、昨年の9月ぐらいからロドリゴ・イ・ガブリエラを検索ワードとしてビジターが増えているのだ。

Rodrigo Y Gabriela 嬉しいなぁと思いつつ、悔しい思いもあった。実はあの頃から日本でどこかのレコード会社が発売してくれないかなぁ... と、いろいろと動いていたのに、なかなか見つからなかったからだ。といっても、日本のメジャーは、もともとアメリカやイギリスの音源がいっぱいあって、それを発表しなければいけないというので、よほどのことがなければ相手をしてくれない。昔、まだまだCDが売れていた頃はそれぞれのレコード会社が独自の色を作るためにさまざまなアーティストをリリースしてくれたんだけど、どこも寂しい風が吹いているようで、ここ数年、こういった動きが少なくなっている。自分自身、そういった活動を積極的にしていたのは90年代半ばまでで、その頃にリリースをアレンジしたり、独自に企画したアルバムのリストはこちらで作っている。すでに国内盤はライセンス契約の時期が過ぎて入手できなくなっているものもあるし、他の会社がリリースしているものもある。それがどうであれ、世の中にはメジャーの裏で、あるいは、そういったところでは相手にされなくても素晴らしい音楽がいっぱいあって、きちんとプロモーションさえすれば売れる.... という言い方はあまり好きじゃないけど、多くの人に愛されるものがあるわけです。だから、彼らをなんとかしたかった。

 そして、紆余曲折の後、なんとかめどが見えてきたのが嬉しい。まだ、どこからどういった動きとなるのかはわからないが、うまく言えば、これをきっかけに彼らとインタヴューをしたり、取材できるかなぁ.... なんて思っていたら、なんと彼らが今年のサウス・バイ・サウス・ウエストというフェスティヴァルに出演するという情報をつかんだ。たまたま、昨年は日本から三味線のアーティストを数組出演させるというので、急遽、MCをやってくれないかという依頼があって、それでこのフェスティヴァルを初体験。といっても、この三味線ツアーのためにフェスティヴァルそのものは2日間しか体験することができなかった。加えて、MCの仕事の絡みで、自分の好きなアーティストが演奏しているのに見られなかったり... と、けっこう悔しい思いをしたことから、今年は取材で出かけようということになったのだ。

 で、昨日、たまたま出演者のリストを受け取ってチェックしていたら、そこにロドリゴ・イ・ガブリエラをみつけたのだ。その他、気になったアーティストはぽろぽろあったんだが、今の自分にとって彼ら以上の魅力を感じるアーティストはいない。となれば、突然、ワクワクしてきた。なにせ、アメリカでもブレイクの兆しを見せ始めていて、ライヴでの人気はかなりのものとなっているというのだ。そんな現場で彼らを体験できるのだ。すでに、『Rodrigo Y Gabriela』におまけで収録されているDVDで、ライヴの様子を見ているし、彼らのライヴ・アルバム『Live: Manchester and Dublin』も愛聴している。あの迫力を生で体験できるとなると... と、想像しただけでワクワクしてしまうのだ。

 ちなみに、しばらく前まで『Rodrigo Y Gabriela』が2000円弱で売られていたらしい。amazonでは少し高いようだが、もし、どこかでこれをみつけたら、速攻で買ってください。絶対に損はさせませんから。私の仲間でメタリカ好きが、そのカバー・ヴァージョンをやっているというだけで惚れ込んでしまいました。他に、ツェッペリンもやっているし... ロックなラテンというか、ラテンなロックというか... このあたりがここ数年、めちゃくちゃ面白いですな。



投稿者 hanasan : 12:37 | コメント (0)

2007年02月13日

ニール・ヤングの4連発かぁ?

Neil Young なんとはなしに... amazonをチェックしていたら、また、こんなものをみつけてしまった。ニール・ヤングの『Living With War - In The Beginning』(US import)なんだが、要するに、昨年、唐突に発表されたアルバム『Living With War(リヴィング・ウィズ・ウォー)』(国内盤 / US import)の新しいヴァージョン。今回はあのアルバムにDVDがおまけでついていて、録音の様子などがドキュメントとして収録されているらしい。結局、それだけの理由でまた購入してしまった。なんか、完全にはめられている感じなんですが、これに関しては躊躇はしなかった。

 考えれば、オリジナルが出た時も、同じようなものだった。なにせ、ニール・ヤングがアメリカの対イラク政策に真っ向から異を唱え、ブッシュ体制を強烈に攻撃した... そんなことを単純に訴えたかったからなんだろう、CDの発売前からニール・ヤングのオフィシャル・サイトで全曲を聴くことができたし、今もこのLiving With War Todayで新しい情報がチェックできるようになっている。加えて、こちらでは「日本語の訳」もチェックできる。そんな意味でいえば、そもそもCDを『買う』必要性はないし、聞くだけならこれで充分ことたりる。

 が、やっぱり買った。なぜか? 単純にアルバムのディテールをチェックするとか、いい音質で聞くだけではなく、なによりもこのアルバムに込められた『意志』を共有することが自分の目的だったんじゃないかと思う。一般的に考えれば、よくもまぁ、こんなことをしたものだと思う。単純にアルバムを売りたいのだったら、こんなことはあり得ない。が、ニール・ヤングは平気でそんな「無謀な」ことをやってしまったわけだ。それでも「売れる」という自信があったのか... というよりは、単純に「伝えたかった」んじゃないだろうかと想像する。

Neil Young で、今回も、同じようにこの『Living With War - In The Beginning』(US import)を買ってしまった。アホと言えばアホです。おめでたいといえば、実におめでたい。なにせ、同じアルバムなんだから。で、届けられたこのアルバムを... 見た。音は、前回と同じなんだろうから、別に聞くこともないし、すでに何度も何度も聞いているから、まずはDVDを見るというのが当然だと思う。これが、なかなか面白いのだ。

 最初の印象は公式サイトのLiving With War Todayと同じ。テレビ番組のCNNと新聞、Todayのパロディみたいな見てくれで映像が始まるわけです。で、いろいろな映像をかませていくんだが、ドキュメンタリー的にレコーディング風景を見せている部分それ自体は、まぁ、「そうなんだ」という程度。とりわけ面白いかどうかというと... そうでもないかなぁ。なにせ、ニール・ヤング他、出てくるみなさんは親父ばかり。そう、ロックはすでに親父たちの音楽なのだというのを否応なしに思い知らされる。っても、熱狂的なファンだったら絶対面白いだろう。ひとつの曲やアルバムができあがっていく課程が見られるわけだから。そして、それぞれの曲が生まれる瞬間を見せてくれた後に、曲を流しながら世界が抱えている問題を示す映像を映し出すという構成だ。

 1曲目の「After The Garden」は環境問題で、いきなりゴアが出てくる。今、人気の「環境問題俳優」になってしまった民主党の前大統領候補だ。映像には「天気予報によると世界中で洪水が起きる」なんて記されていて、南極や北極でどんどん溶け始めている氷の映像が映し出される。そして、予測される水位の高まりでどんどん都市が消えていくと予報。そして、最後の言葉は「君になにができるんだ?」と問いかける。

 どんな内容なのかをここに全て記すのがいいとは思わない。でも、どの曲だったかは覚えてはいないが、「アメリカの戦争」の歴史を列挙していたものがあって、これを見ると笑えるのだ。「正義」を標榜している国が歴史上最も多くの戦争を、ひっきりなしに仕掛けきたことがよくわかる。そして、そんな国に「同盟」だと、忠犬よろしくついて行く日本の政府首脳のあほらしさを嫌というほどに見せつけられるのだ。この国の首相が口にする「美しい国」って? 笑えます。最も醜い人間に語られるそれが「誰にとって美しい国か」って、当然ながら、それは民にとって美しいものではなく、連中にとって美しい国。そのためにまたどれほど民が苦しめられ、犠牲を強いられるのか... ごめん被りますな。と、そんなことを思ってしまった。

 ともかく、いろんな意味でこの『Living With War - In The Beginning』(US import)は大きい。単純な宣伝はしたくないし、してもなんのメリットもないけど、こういったものを見て、僕らが抱えている問題に直視する必要性は、少なくと感じるのだ。

Neil Young で、そのアルバムを見ていたら、今度は『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』(国内盤 / US import / US import with DVD)が目に入ってしまった。たまたま数日前に友人と中目黒のバード・ソング・カフェで飲んでいて、久しぶりに聞いたのが『After The Gold Rush(アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ)』(国内盤 / US import)。やっぱり名作だなぁ... と話したばかりで、そのときに彼が「フィルモアのライヴはいいよぉ!」と話していたわけだ。そんなことが重なって、当然ながら、これを買ってしまった。

 買ったのはUS import with DVDというヴァージョン。あまり詳しくチェックしていなかったから、これでライヴの映像が見られるのかと期待していたんだが、実際のところは、そのときに撮影された写真をスライド的に見せて構成しているというもので... どうなんだろう? よほどのファンじゃなければ、欲しいとは思わないようにも思うけど、アルバム自体は素晴らしかった。すでにバッタ屋なんかで公式に(?)売られていたものらしいし、海賊版では広く知られていた作品らしいんだが、そこまでニールを追いかけているわけではないから、このライヴのことは知らなかった。が、わずか6曲しか収録されてはいないけど、確かに強力な迫力で、特に「Down By The River」と「Cowgirl in the Snad」はとんでもない。

 といって、これまでのニール・ヤングのライヴで自分にとって最も迫力を感じたのは歴史的な名盤とされる『4 Way Street(フォー・ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)で、アコースティックを中心とした1枚目もよかったけど、圧巻だったのは2枚目のハードなロックで迫る「Southern Man」から「Ohio」といった流れ。このあたり、何かのマジックにでもかかったような緊迫した「音」を感じさせていた。今回、この『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』で感じたのがこの感覚なのだ。

 それも不思議ではないと思う。なにせ、この『 Live at the Fillmore East(ライヴ・アット・ザ・フィルモアイースト)』が録音されたのは70年の3月で、あの『4 Way Street(フォー・ウェイ・ストリート)』が録音されたのはその数ヶ月後となっている。あの頃のニール・ヤングこそが、おそらく、自分の最も好きなニール・ヤングなんだろうし、だから、今回も結局打ちのめされてしまったんだろうと思う。

 ちなみに、ジャケットを見ると、この日同じステージに立っていたのがマイルス・デイヴィスとある。とんでもないメンツだなぁ... と思いつつ、その下にはMayallとあるけど、これってひょっとして、すでに仲良しの友達になってしまったギャズとジェイソンの親父であるジョン・メイオールなんだろうなぁと、想像をふくらませたり。その他にも、ムーディ・ブルースに、ジョー・コッカーにブライアン・オーガーと並んでいる。なんとまぁ、贅沢なこと。こんなのが毎日のように演奏していたフィルモアはやっぱ、とんでもない小屋だったんだろうなと思う。

Neil Young でもって、フィルモアのライヴと並ぶように宣伝されている『 Live at Massey Hall(ライヴ・アット・マッシー・ホール)』(US import / US import DVD)も、当然のようにDVD付きの方を注文してしまった。といっても、これは3月13日に発売とされているので、もちろん手元にはないんだが、これからアーカイブ・シリーズとしてこういったものが続々と発売されていくんだそうな。困ったものだ。どこまで金が続くかわからないけど、やっぱ買ってしまうんだろうなぁ。これも、71年の1月のライヴらしく、この頃のニール・ヤングが悪いわけないから、期待に胸をふくらませて待っていようと思う。

 そうそう、ちなみに、フィルモアの方の「写真の」DVDですが、リージョンに関しては1から6までOKということで、簡単に言えばリージョン・フリーのようです。なぜか、うちにある安物の国内用DVDプレイヤーが壊れてしまって、やはり安物のマルチの方しか動いていないので確認はできないんですが、ジャケットにはそう記されていました。こっちの方もそれを期待します。

 ただ、『 Heart of Gold』の方は、どうやらリージョン1で、国内用のプレイヤーでは再生できないようです。っても、これはまだ見てないんですけど。なんでも、『プレイリーウィンド発売後にナッシュビルでやったライヴを記録した映画らしいんですが、さぁて、どうしよう。そんなに散財はできないし... でも、見たいし.. 困ったものです。貧乏人泣かせのニール・ヤング? ってところですかねぇ。



投稿者 hanasan : 01:56 | コメント (0)

2007年02月08日

Harry Hosono(細野晴臣)、やっと到着。

細野晴臣 ずいぶんと待たされたような気がするけど... というのも、注文したのはこのボックス・セットが発売されるという情報を入手した直後。はっきりとは覚えてはいないけど2ヶ月ほど前ではなかったかと思う。それに、本当は1月に発売されるという話だったんだけど、結局、それが延びてしまってうちに届けられたのは2月8日となった。で、その作品とは私が愛して止まないアーティスト、細野晴臣のボックス・セットでタイトルは『Harry Hosono - Crown Years 1974 1977 -』。

 中身はというと、彼がエキゾチカなんてテーマでアルバムを発表していた、ソロとしては2枚目となる『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』の紙ジャケット盤(それぞれボーナス・トラック付き)に、この当時にやったライヴのCD、そして、その映像を収めたDVDの4枚でそこに(これは買う前までほとんど知らなかった)まるで本のような解説付きという豪華版。(その解説によると本人が初めてリマスターに挑んだ永久保存版だとか)

 といっても、こっちは当然ながら、『トロピカル・ダンディ』と『泰安洋行』は持っている。しかも、アナログにCDと、全てそろえてきた。だから、正直言って、今回、この『Harry Hosono - Crown Years 1974 1977 -』が出るにあたって、また、同じアルバムを買わされるのかい! と、頭に来たことは確か。単品で出してもらったら、もっと多くの人が買うことになるんだろうし... とはいっても、さすがにそれだけだったら、作品として弱いと感じたんだろうなぁ... ということは察することができるけど。

 ジャケット最高のライヴCDの方は43分前後収められて入るんだが、DVDの映像はというと1976年の5月8日に横浜は中華街の同發というレストランの新館で開かれたライヴから3曲(「北京ダック」、「香港ブルース」、「蝶々さん」)と鈴木茂(ティンパンとしてですが)のリハーサル風景で2曲(「砂の女」「ソバカスのある少女」)、それに、パラダイス・ツアーと称された76年6月24日の神田共立講堂での鈴木茂「ソバカスのある少女」、細野晴臣の「サヨナラ」に、こんなものがあったんだと驚かされた『泰安洋行』の宣伝用プロモーション・フィルムに加えて、75年3月の蒲田日本電子工学院講堂で収録された「ハリケーン・ドロシー」。ちなみに、最後は小坂忠+ティンパン・アレーによるファースト&ラスト・ツアーのゲネプロの模様とか。

矢野顕子 こうやって書いていくと「盛りだくさん」といった感じなんだが、本来作品として公表されることを想定して撮影されていなかったようなものも含まれているから、「記録」として見る方が正しいと思う。そんなに素晴らしい映像が隠されているはずはないから、それはそれでいいと思っている。そうであるとしても、ファンにとっては嬉しいことこの上ない。なにせ、まだまだ「若かった」ミュージシャンの姿がここに残されているのだ。当たり前のことだけど、みんな、ホントに若い。映像のほとんどが76年だから、この時バックにいる矢野顕子なんて21歳ですぞ。ぎゃぁ〜!って感じだけど、彼女の、不朽の名作『ジャパニーズ・ガール』が発表されたのがこの年で... あの録音がその前だから、まだ二十歳だったかもしれないなぁなんて思っちゃうわけであります。その頃の彼女がここで見られるんだけど、かわいい! まだまだあどけない感じで、この頃にリトル・フィートと録音して、彼らが「あんたは素晴らしすぎる、ギャラはいらねぇ!」と言ったのも十分理解できる。欧米では、日本人、特に女の子は実際の年齢よりもずっと若く見られるわけで、おそらく、ローエル・ジョージあたりが「この子供は化け物ではないか?」と思ったように想像する。

 それに細野晴臣も... YMOのずっと前のお髭がない彼の顔、しかも、髪が短かった時の顔は、ほとんど見たことがないので、これも驚きです。全然かっこよくない。(すいません)でも、あの顔でこの音楽? という、まぁ、驚きというか... って、もちろん、顔で音楽をやるをやるわけではないけど、なんか凄いものを見たような気になりました。

 ライヴのCDは... え、こんなのあったの? と思ったのが、「つめたく冷やして」と「アヤのテーマ」に「Talk T'me」なんですが、どこかで聞いたことがあるとは思うんだが、思い出せない。なんだろう、これ? と思いつつ、超豪華な解説本(?)を読んでみるんだけど、よくわからない。(なにせ分厚くて、老眼だから、読むのも大変で、全てを読んだわけじゃないから、どこかに書かれているのかもしれませんが)それに、『トロピカル・ダンディ』に加えられているボーナス・トラックについては、『キャラメルママ』や『ティンパン・アレー2』から4曲と目新しさはない。でも、サウンド・トラックとして録音された「宵待草のテーマ」は... なんじゃろうなぁと思いつつ聞いていくと、知っている... これって、『トロピカル・ダンディ』に収められている「漂流記」のアレンジ違いじゃん... なんて思いましたけど。なんでも神代辰巳監督の下、当時、私のあこがれだった高橋洋子が主演している映画で74年の作品に使われたらしいんだが、まぁ、ボーナス・トラックには期待しないことが原則だから... いいけど。

 あと、『泰安洋行』のボーナスは「北京ダック」のシングル・ヴァージョンで、これは嬉しいね。こっちの方がアルバム・ヴァージョンよりもっとラテンで、ホーンとか、めちゃかっこいい。今回のボーナス・トラックで「きゃぁ〜、嬉しい」と思ったのはこれだけですね。それに、ライヴでもこっちがベースになっているように思えた。もうひとつ、76年8月8日に細野晴臣がTBSのラジオ番組に出た時の模様がそのまま収められていて... ファンには嬉しいかね。

 と、そんな感じですが、当時の話がいっぱいつまっている解説本が2番目に嬉しいかも。ジャケット・デザインの変遷とか、他にもあったいろいろなアイデアとか... そんなのがいっぱい詰め込まれていて、これを読んだり、見たりしているだけで楽しい。それに、今回のライヴのジャケットの絵とかのセンスがたまりません。まだamazonでは『Harry Hosono - Crown Years 1974 1977 -』の値段が5801円だから、まぁ、それほど高い買い物だとは思わないな。定価の7000円弱はちょっときついと思うけど。

 ってなことで、これから時間ができたら、じっくりとこの解説本を読んで、見て、音を聞いて楽しませていただきましょう。



投稿者 hanasan : 19:57 | コメント (0)

2007年01月12日

再び飲んだくれ三昧の恒例正月行脚

Salif Keita 例年のことなんだが、正月には実家に帰って数日を過ごした後、友人を訪ねながら東に向かって帰京するということになっている。ここで再び飲んだくれるんだが、なによりも嬉しいのはひさびさに友人と顔を合わせること。今回も懐かしい友に会い、彼らを通して新しい友ができた。嬉しいことだ。

 まずは伯備線で倉敷に向かい、地元でレコード店、グリーン・ハウスを経営しながら、FM倉敷というコミュニティ・ラジオを運営している友人のところで一泊。この日、彼の弟の奥さんと子供たちに出会っているんだが、さすが音楽好きですなぁ。ミュージシャンでもある彼の子供たちの名前がミュージシャンにあやかっているというのだ。長男はマリのミュージシャン、サリフ・ケイタからいただいて、ケイタと名付け、次男はジャンゴ・ラインハルトにあやかってハルトなんだとか。前者が日本で初めて紹介されたアルバム、『Soro』の国内盤でライナーを書いているし、フランスのミュゼットを取材したときの延長でジャンゴ・ラインハルトからピックをもらったというギタリスト、ディディ・デュプラとインタヴューしたこともあり、なにやら嬉しいような... しかも、この子供たちはウクレレを演奏するらしく、チック・コリアの名曲、スペインを演奏してしまうんだそうな。(オリジナルは『ライト・アズ・ア・フェザー 』収録なんだけど、自分が好きなのはアル・ジャロウのヴァージョンですな)末恐ろしい子供たちです。

 翌日には岡山でフレスコ画を書いている友人や学生時代の演劇部の仲間で、今は某大学で教授をやっている友人、そして、当時よく足を運んでいたジャズ喫茶(?)イリミテのマスターのところなどを訪ねて歩いた。そこで耳にしたのが開原整体。なんでもかなりユニークな整体らしく、そのマスターの奥さんが自分と全く同じような腰痛を抱えていたんだが、ここで処置してもらって治ったというのだ。これまでにも書いてきたように、自分の腰痛は心因性の疼痛ではないかと思っているんだが、ものは試しと、結局、それから数日後、福山市にあるここを訪ねている。

 周りは田んぼという、けっこうな田舎で、開原整体という看板は探し当てられるんだが、外見はただのクリーニング屋で中に入ると雑貨屋さんといった趣。その店舗のコーナーにカーテンで仕切られた一角があり、そこで処置してもらうんだが、友人のマスター夫婦から聞いていたとおり、めちゃくちゃ痛かった。とんでもなく痛かった。あまりの痛さに目を閉じていたので、実際に何を使ってどうやっているのか皆目わからないんだが、ちらっと目に入ったのがハンマー。おそらく、あれを使ってぐいぐいと骨を押すというか、ある方向に動かすんだろうなぁ... なんでもこの開原さんに言わせると、腰の骨、脊髄の5番目あたりがゆがんでいるというのだ。だから、それを矯正して、本来の角度に戻すというんだが、そんなの痛いに決まっている。

心療内科を訪ねて これも、あのマスター夫婦から聞いていたんだが、処置をしてもらった後もしばらくは「痛さ」が続くということで、あれからすでに4日目なんだが確かに今も痛い。ただ、なんとなくなんだが、「痛さ」がちょっと変化したような感じがしなくもない。そんな状態がしばらく続いて、「痛さ」が消えるとのことなんだが、どうなるんだろう。しばらくはこれにかすかな期待を抱きつつ、様子を見てみようとは思っているが、それでもだめだったら、おそらく、心療内科を目指すことになるんだろうなぁと思う。実は、今回の旅で移動中に読んでいたのが夏樹静子の『心療内科を訪ねて—心が痛み、心が治す』というものなんだが、これを読んでいて思うのは『心』と『身体』の微妙な関係性。今回の腰痛で学んでいるのは、『痛さ』と向き合うことは『自分』に向き合うことでもあるという真理だったように思う。簡単ではないんだが、『素』の自分を見つめたり、さらけ出したり... 周りの人たちには迷惑かもしれないけど、そうすることで本当の自分を探し出そうとしているのかもしれない。その一方で、「何でも試してやろう」と思ってやったのがこの整体。これがどうなるかは、いずれここで書き残すことになると思う。

Sleep Walker 話が前後してしまったが、この福山に向かう前、岡山から京都に移動していた。例年のことなんだが、友人のサックス奏者、スリープ・ウォーカーの中村雅人のところで数日居候するのが恒例になってしいて、今年も6日と7日は彼のところにやっかいになった。面白いのは、彼といるとユニークな人たちにどんどん出会ってしまうこと。今回は、一度彼がやっていた渋谷FMの番組でご一緒したデザイナーの西堀晋氏とかなりの時間を過ごすことが出来た。いつも京都に行ったら必ず立ち寄るのが、彼の作ったカフェ、eFishなんだが、そこで時間をつぶしていたら帰国している彼と再会することになった。現在、彼はアップルのデザイナーとして仕事をしていて、そこの12人(らしい)のスタッフの一人。今回お話を聞くところによるとMacBookのハードディスクの部分(いとも簡単にHDを交換できるという部分)は彼が関わっているとのことなんだが、当然のようにこれから数日後に発表されたiPhoneのことなんかは一切話してはくれない。そんなことをしたら、一発で首になる... というのはアップルの社員じゃなくても、マック好きなら誰でも知っていることだ。

 この日は彼とつもる話をして、ほとんど1日をeFish(えふぃっしゅ)で過ごしていた。ここには、以前記した男前豆腐の人たちもよく立ち寄るらしく、今回もその社長と再会。このとき、以前いただいたTシャツをのお礼をしているんだが、このTシャツは面白いし、安いので気に入った人は公式サイトで購入してみればいいと思いますよ。で、そのとてつもなくファンキーな公式サイトのデザインをやっているデザイナー、尾関幹人(オゼキミキト)さんとも出会った。なんでも彼は切り絵によるアートを出がけていて、このときはA1ぐらいのサイズの作品を見せてくれた。面白いよ。出来れば、彼のサイトで、詳細をチェックしていただければと思うんだが、実際に作品を見ると、そのユニークさにぶっ飛ばされること、間違いなしだと思う。

カンバラクニエ作品集 その日の夜はeFishのスタッフの一人が寿退社するというので、そのお別れ会に同席して、再び「飲み」に走ることになる。その後も何軒かをはしごしていくんだが、高瀬川沿いのある店(2度目なんだが、名前を思い出せない)で偶然出会ったのが、つじあやのさんとカンバラクニエさん。はじめで出会ったというのに、まるでずっと知っているかのように振る舞ってしまった私って... 失礼な人と思われたのではないかと思う。彼女たちは中学生からの仲良しということで、この日は二人で食事をしていたんだとか。そのカンバラさんが自分と同じ大学出身だということ。ひょっとして同じ大学を出た人と出会ったのは卒業以来初めてのことじゃないかなぁ。なんだだか、嬉しくなってしまった。彼女は農学部で、自分は法文学部。すでに、今ではこういった学部はなくて、法学部と文学部に分かれているはずなんだけど、あの大学に彼女も行っていたんだと思うと、なんだか「つながっている」ように思えてしまうのだ。とはいっても、時代が違いすぎる。彼女があそこにいたのは数年前のこと、その一方で、自分がいたのは四半世紀も前のこと。あまりに遠い。

 ちなみに、左は『カンバラクニエ作品集』というもので、こういった絵を描く人なんだとわかったのは、彼女と出会った数日後。ネットで調べたら、いろいろと出てきた。かなり著名な方のようでびっくりです。ここが彼女の公式サイトらしいけど、こういったものをみつけるにつけ、酔っぱらって大騒ぎしていた自分が恥ずかしくなるんだが、まぁ、それが「素」の自分だから、ご勘弁を.... してくれないかもしれませんが。(笑)いやぁ、かわいい女性だったなぁ。

 一旦、京都から岡山を経由して福山に出たのは、前述の通り。といっても、その途中、牛窓という町に行っている。瀬戸内海の島々への入り口で、ここに行った目的は今の段階では話せない。面白いことをしようとしている人がいて、それに絡むかもしれないということしか書き残せないんだが、このとき、知ったのが瀬戸内海の島々の魅力。大学時代にはそんなことをかけらも考えたことはなかったんだが、「不便さ」のせいか、昔の風情が小さな島々には残っていて、そこを求めてやってくる旅行者が増えているんだそうな。特に海外からの旅行者が好んでいるようで、そのあたりにひょっとしたら自分の仕事があるのかもしれないなぁ... と思ってみたり。ずっと昔から思っていることなんだが、いつか岡山か倉敷あたりに住みたいという気持ちがある。東京は、それなりに面白いところではあるけど、ここで本当に人間的な空間の中に住もうとすれば、それだけでとてつもない時間を金儲けに費やさなければいけない。本当に「生きる」ということの意味を考えたとき、今の自分がそうしているのかどうか、どこかで引っかかるのだ。ひょっとすると、それも腰痛の原因のひとつかもしれない。

Grandpa Jones 福山からは大阪へ移動。mixi仲間... といっても、バード・ソング・カフェで出会った方とミナミで、音楽好きな人が集まる店をはしごです。まずはJazz Boという店でアナログを数枚購入。心斎橋筋の元ソニー・ビルのあたりからすぐだったと思うけど、いつも通りcheapoと呼ばれる捨て値のアルバムを中心に買った。なんでも中心に品揃えをしているのはオリジナルのアメリカ盤で、そのせいか、国内盤の中古などは500円とか300円で売っているのだ。というので、そんな中から買ったのがバンジョーのグランパ・ジョーンズの作品『Pickin' Time』とダニー・コーチマーの『危険な遊び』。また、久しく聞いていなかったカントリー系が中心にちょっとジャズのエッジを持ったものが欲しいんだけど... と店主の横山さんにいろいろ探してもらってBuddy Spicherの『An American Sampler』やAlan Mundeの『The Banjo Kid』にKenny Kosek & Matt Glaserの『Hasty Lonsome』あたりを購入。後は、彼のお薦めで「絶対にええから!」というので、Steve Goodmanの『Affordable Art』というアルバムを買ったんだが、まだBuddy Spicherしか聞いていない。なかなか好きな音楽ですな。久しぶりにこういったものを聞くと落ち着きます。

 その後は飲み屋さんを三軒。最初の店でmixi仲間のテング!ジジイ!さんのお友達と仲良くなって、ひょっとしたら、自分の初恋の人とこの人が知り合いかもしれないという珍妙な話が持ち上がったり... それに毎日新聞の方と話をしたり... いやぁ、わけがわかりません。それでも知らない人に出会って話を聞けるというのは、ホントに面白い。その次の店では「誰がカバやねんロックンロール・ショー」というバンドが今もやっているということを聞いてびっくりしたり、その次の店では自分のiPodに入れている国本武春さんの三味線ブルーグラスを聞かせたら、みんな一目惚れしたり... テング!ジジイ!さんは、その場で携帯からmixiにアクセスして、国本さんのコミュニティをみつけてメールを出していました。久しぶりに大好きな大塚まさじのソロ・デビュー作『遠い昔僕は』をここで聞いて、「やっぱ、あの頃のまさじが最高やね! 今の歌い方はおもろないよ」とそんなことを話し合ったものです。

 その翌日、ベイスメント・ジャックスを撮影して、例によって例のごとく、なじみの店、『Big Cake』で軽く飲んで、翌日恒例の『正月飲み旅』を終えた。こうやって考えると、飲まなかった日は1日もなかったことになる。そのせいなんだろうなぁ、東京を離れたときには71kgまで落ちていた体重がちょっと増えて74kgにまでなってしまった。おそらく、肝臓もダメージを受けているんだろうと思う。ちょっと考えないとなぁ... と、年明けからこんな具合でこの先が思いやられるのだ。



投稿者 hanasan : 17:09 | コメント (0)

2006年12月28日

ライヴ三昧、酒三昧で千鳥足の年の暮れ

What's Love? 23日は久しぶりにワッツ・ラヴ?のライヴだった。スカ帝国という名前で、彼らがいろいろなゲストを呼んで続けているシリーズのライヴで、この時が40回目とかなんとかいっていたように思う。ずいぶん前のことだが、このスカ帝国でクレイジーケン・バンドを見たのが新宿ロフトで開かれたときだったし、勝手にしやがれというバンドを初めて見たのも渋谷デセオでのスカ帝国だった。そのゲストたちは、両方とも大きくなってしまったけど、当のワッツ・ラヴ?は相変わらず。

 でも、いいのだ。昔から好きなバンドで、「本流の歌謡曲」に匹敵するメロディや詩をベースに、スカからレゲエのエッセンスをしっかりと吸収しているところがその魅力。特に彼らが録音した「みちのく一人旅」のレゲエ・ヴァージョンは、日本のレゲエ史(んなものがあるのかどうか、よく知らないが)に残る大傑作だと思う。それが『温故知新』というアルバムに収められているんですが、これは、迷わずに買ってください。「みちのく」の他に「襟裳岬」から「知床旅情」、「赤いスイートピー」などなど、彼らのテイストでレゲエやスカに料理した名曲が楽しめる。絶対に損はさせないから。

 なんでもこの23日のライヴでベースがバンドを離れるということになったとのことだけど、まぁ、最初に見たときのワッツ・ラヴ?のメンバーこそが自分にとってのこのバンドだと思うなぁ。そりゃぁ、仕方がないんだけどね。ちなみに、今彼らはベース奏者を募集しているらしく、誰かいい人がいたら、彼らにコンタクトしてみてくださいな。

 2年ぶり(ぐらい)に彼らを見て、楽しかったんだけど、撮影をしていたから、のんびり楽しむって感じではなかったな。それと、いつもの不満だけど、彼らが「みちのく」をやることは滅多になくて、この日も、当然のようになし。おそらく、彼らがライヴでこの曲をやったのに遭遇したのは一度だけではなかったかなぁと思う。演歌をやるのは恥ずかしいのか、冗談だとしか思われないと思ってるのかな。誰がなにを言おうと、私は、彼らの「みちのく」がオリジナルを遙かに超えていると思っているんですけどね。

 そのライヴの後、恵比寿に流れて、マグのカメラマンが親しい事務所の忘年会、その二次会に流れ込んだんだけど、まぁ、面白いもので、ここにいた某女史のボーイ・フレンドがワッツ・ラヴ?のバックで演奏しているということがわかったり... 世の中狭いというよりは、いつものことだが、みんなつながっているんだなぁと思う。そんな流れの中で、また、朝まで痛飲ですな。へろへろです。

 その翌日は横浜のキューバ・レストラン、エル・パライソへ。これをやっているのが友人なのだが、前日に連絡が入り、「ライヴをやるんだけど、予約が少なくて困っているから、友達を連れてきてよ」と頼まれたのだ。けど、クリスマス・イヴに暇な人間なんぞ、俺ぐらいしかいない。いろいろと仲間に連絡をしてみたんだけど、結局はひとりで横浜まで行った。

 ライヴはシンプルな、おそらく、日本に住んでいるキューバ人+日本人という感じのバンドなんだけど、これがなぁ、なかなかいいんですよ。ギター&ヴォーカルに、ギターみたいなスタイルのベースと、8弦のギターみたいな楽器... マンドリンがギターみたいになったやつで、それがリードをとって、パーカッションが入る。プロの流しのラテン系って趣ですな。でも、これがよかったのよ。もう少しお客さんが入っていればもっと楽しい雰囲気になったんだろうなと思いますね。

寿魂 で、25日には新宿のネイキッド・ロフトで寿というバンドの本、『
寿魂』の出版記念パーティに出かけた。時間を間違ってちょっと早めについてしまったから、近所でメシを食ってしまったんだが、この日はバンドや関係者からふるまい「泡盛」に「手料理」ってのがあって... 腹一杯なのに、ここでも食ったというのが笑えます。(実際、断れないですよ、これは)

 この日はビデオで昔の彼らの姿を見せてもらったりしたんだけど、びっくりしました。彼らって「イカ天」に出たバンドだったんだとか。彼らを見たのは昨年3月が最初で、彼らがどんな世界でどう生きてきたのか、全然知らなかったから、この日は実に興味深く彼らの歴史をかいま見ることができた。ヴォーカルのナビィが「封印してしまいたい」なんてことを言っていたんですが、このイカ天の時の映像を見たら、その気持ち、理解できました。正直言って、同じバンドだとは思えなかったからね。ちょっとニューウェーヴで... 目の前で「自分たちの過去だ」と説明されているんだけど、あまりに違いすぎる。実際、寿の二人の顔までが違って見える。これ、きっと別人です。(笑)

 そして、彼らにとっての転機となったというエストニアでのフェスティヴァルや寿町フリー・コンサートでのライヴの映像を交えながら、いろいろな話を聞くことができたんだが、今の彼らがあるのはそんな経験や体験のおかげだとか。きっとそうだろう、別人になったほどのインパクトがそういった人たちの出会いにあったんだろうと思う。その結果が彼らの歌であり、だからこそ、その「歌」が伝わるのではないかと思う。パレスチナ人とイスラエル人の友人の話やそこから生まれた「シャローム、サラーム」や「夢を広げよう」と歌う「ひろげよう」、ライヴでおなじみのこういった曲は、確実に彼らの旅してきた世界中のいろいろな国や地域での出会いや体験を反映したものだろう。国や言葉が違ってもそこには、血の通ったふつうの人間がいる。そして、まるでその体を流れる血のようにしみる歌がある。彼らの歌に感じるのはそんなぬくもりのある血じゃないんだろうかと思う。(血ってネガティヴなイメージがあるけど、自分にはそうでもないんだな)

バリー・マクガイア この日は最後にシンプルなライヴが開かれているんだけど、いつものようにナビィの笑顔にやられるんです。なんであんな顔で歌えるんだろう? お世辞にもステージのしゃべりが上手いとは言えないんだが、それでも気持ちが「伝わる」し、その笑顔から歌い出される前向きな歌がまっすぐに心を打つ。しかも、歌の言葉にはかなり直球的なものもあるんだが、忌野清志郎が歌う「イマジン」や「明日なき世界」のように自分の体にしみこんでくるのがわかる。

 その彼らが1月20日に東京でちょっと大きめのライヴをやるんだけど、これも撮影させてもらおうかと思っている。それに、ソウル・フラワーの伊丹英子が企画に加わっているという沖縄 Peace Music Festa! 辺野古'07に彼らも出演するようなんだが、これに行ってこようかなぁと思いだした。辺野古の海を、人を守り、新たな米軍基地の建設を阻止するため、それを訴えるためのもので、こういったイヴェントをサポートしなければいけないと思うし、出来るだけ多くの人たちに伝えなければいけない。出来るだけ多くの人にサポートしてもらいたいとも思う。すでに1日に7000人以上のビジターを記録しているSmashing Magでも何かの役に立つともうのだ。

 なお、このプレ・イヴェントとして(残念ながら、寿のライヴと同じ日なんだけど)1月20日に吉祥寺スターパインズカフェで、翌21日には大阪バナナホールでつづら折りの宴 わったー地球(しま)はわったーが守るというのが開催されます。ぜひ、皆さんに出かけていってほしいと思います。

 と、書かなければいけないことが山盛りだ。知人のフリーライター、烏賀陽弘道氏がオリコンから訴えられたという情報が入ったのはこの頃かなぁ。彼には一度取材してもらったことがあって、それからしばらくはコンタクトがあったのだが、もう、おそらく、10年ほどはコンタクトがなくなっている。その彼が月刊誌「サイゾー」4月号の記事でだした、わずか20行のコメントに関して5000万円の損害賠償を求めているんだが、こんなのありか? まず、なぜ著作者ではなく、コメントを寄せた人物を訴えるのか? 文章の責任は執筆者にあるし、コメントを出そうが、その真偽がどうであれ、それを掲載する責任は執筆者、編集者、出版社にある。それなのに、彼らではなく、烏賀陽弘道氏個人を訴えた理由は、彼をメディアから抹殺しようとしているとしか思えないのだ。なにせ、企業対個人だ。訴訟に対抗するにも経済力の違いは明らかであり、周辺からのサポートがなければ「闘うすべ」もないのだ。

Jポップの心象風景 しかも、問題となっている記事を読めばわかるのだが、このコメントは問題とされているチャート操作を「断定」はしていない。国語が理解できるのであれば、「可能性が高い」という言葉の意味ぐらいわかるだろうに。ここで細部を語る必要性はないし、それぞれが「コメント」を読めばオリコンの訴状の方に多くの問題を見つけられることになる。わずか20行のコメントで「連結売上高約57億円」の会社、オリコンが受ける「直接的、間接的損害を過小評価することは出来ない」と言える根拠ってどこにあるんだろうね。あまりにばかばかしいんだが、弱者を袋だたきにするような訴状が認められ、もし、仮に、これで烏賀陽弘道氏が負けるようなことにでもなれば、我々は何も語れなくなるだろう。要するに、この事件は金や権力を持っている連中が、真正面から表現の自由、報道の自由に対して挑戦しているということなのだと理解するしかないんですよ。だから、私個人はこのケースに関していえば、烏賀陽弘道氏を全面的に支持する。

 さて、26日は友人のプロモーターでレーベルも始めたジャポニクスの忘年会に出かけたんだが、ここでまたワッツ・ラヴ?絡みなんだが、やめたばかりのベーシストが加わっているバンドを見てしまった。なんとまぁ、繋がっていること。それに来年3月に来日することになっているThe Slackersの元メンバーで、今は日本に住んでいる人と再会。(すまん、名前を覚えてはいない)と、その後、中目黒のクイーン・シバに立ち寄って、恵比寿のキッチン・ソルナで、一杯というおきまりのコース。それで帰路についてところで、偶然、シャーベッツのN氏に遭遇して.... 「一杯行きますかぁ」と、深みにはまってしまうのだ。しかも、このとき、ワッツでサックスを演奏している?君を紹介される。(すまん、また名前を忘れた)で、焼き肉屋からN氏の自宅に回って自宅に向かったのは、前夜の土砂降りの雨が信じられないほどにまぶしい青空の下。なんてぇことだぁ。ぐるぐるといろいろなところで友達の輪を感じながら、飲み続ける年の暮れ。なんとまぁ、忙しいこと。



投稿者 hanasan : 13:15 | コメント (0)

2006年12月25日

Joe Strummerの命日に

Joe Strummer なぜか12月は好きな人がこの世からいなくなってしまうようだ。ちょっと前に青島幸男のことを書いた。同じ頃に、岸田今日子が亡くなって... 彼女のことは書かなかったけど、それでも、あのユニークな役者は好きだった。と思っていたら、今日(25日)はジェイムス・ブラウンが亡くなったというニュースに驚かされた。彼をよく知っているわけじゃないけど、81年頃に彼のライヴをブライトンのディスコで見たときには、ぶっ飛ばされましたもの。そうか、これがソウル、これがファンクなんだと、その迫力に圧倒されました。残念ですな。

 で、振り返ってみるとジョン・レノンが亡くなったのも12月。で、ジョー・ストラマーが亡くなったのも12月なのだ。とはいっても、忙しい年末のこと、そんなことを忘れてしまいそうだったのに、スマッシング・マグの若手ライターの有望株から22日に電話があって、「ソロモンのところ」(中目黒のエチオピア・レストラン、クイーンシバ)に行こうというのだ。「ん?」と思ってたら、「今日は特別な日じゃないですか」と迫ってくる。というので、思い出した。そう、2002年の12月22日にジョーは亡くなったのだ。しかも、その二ヶ月前には日本にいて、その年の朝霧ジャムに出ている。その後、(だったかな)新宿のリキッドルームでライヴをやって、そのときには撮影しているんだが、この日は台風で確か靖国通りの街灯が風で倒れたようにように覚えている。

Joe Strummer そのライヴの後、彼が行ったのが中目黒のエチオピア・レストラン、クイーンシバで、そこで朝まで飲んで、ほぼそのままホテルから成田に向かったと聞かされている。彼が座っていたのは店に入って、右奥の席なんだが、それから二ヶ月後、彼の訃報が届いたときに、自分が行ったのもこの店だった。そのときのことは、彼が亡くなってから発表されることになった彼とメスカレロスのアルバム、『ストリートコア』のライナーにちらりと書かれている。それを書いたのがスマッシュの日高氏で、その中で名前は出ていないが、ジョーの死のことを彼に伝えたとされているのが自分だった。このライナー、めちゃくちゃ名作で、それがためにこれは日本盤を買うことをおすすめしますが、あの日のことは今も鮮明に覚えている。

 そのあたりの話を繰り返すのも面倒だが、一度はきちんと書いておかなければと思う。あの日、日高氏とクイーンシバの主、ソロモン他数名とキャンプに出かけていた。アウトドアに全く興味のない自分が出かけたというのが異例なんだけど、めちゃくちゃ楽しんだ。そして、それから帰ってきて首都高の天現寺出口を出て、車から降りたとたんにロンドンの友人から電話が入ってきたのだ。

「ジョーが亡くなった。スカイテレビでそう報じられているんだけど、知らなかったいけないと思って...」

 ジョーとのつきあいがあることを知っている彼女は真っ先に自分に電話をしてくれたことになる。おそらく、知っている人も多いと思うが、ジョーとフジ・ロックのつながりは実にタイトで、当然ながら、第一報を私が担当しているfujirockers.orgで発表するべきだと考えた。かといって、十分に裏をとって情報を集めなければいけないし、それよりなにより、日本で彼と最も近い存在である日高氏に連絡しなければいけない。当然、そうして、ロンドンからの情報を集めて発表した第一報がこれだ。その後、葬儀の話を書き、しばらく後に追悼文を書いている。

 あの夜、クイーンシバに日高氏が来て、それからしばらくして、スカ・フレイムスの宮崎くんが来た。さらに、最後の日本ツアーでジョーの面倒を見ていたスタッフが来て、朝まで飲み明かしたものだ。それぞれの体験を話しながら、僕らだけでお通夜をした。結局、同じことを何度も繰り返して口にしながら、ジョーがどれほど重要だったかを再確認していたのだ。そんなことも、スマッシング・マグの若手ライターは知りたかったようだ。

The Clash というので、この22日も飲んだ。毎日のように、飲んでいるんだが、この日は... どうなんだろう。いろんなことを思い出すんだが、ジョーの魅力を伝えるために話すことが、どこかで「ジョーをこれだけ知っているんだ」という自慢話に思われてしまうのが、嫌だなぁと思い始めている。確かに、彼はとてつもなく重要な存在だったし、伝説になってしまったバンド、ザ・クラッシュの要でもある。ロックが好きな人だったら、どこかでこのバンドを経由しているだろうし、ジョーは「スター」でもあり、歴史の人なのだ。その人物と幾度も時間を共有できたことは幸運だったんだろうが、それを語るときは限られたプライヴェートな場で、本当に仲の良い人とだけにしておきたい。といいながら、その翌日、また、その話をしてしまった。今もジョーを敬愛する人々が後を絶たないということの証明なんだろう。それはそれとして、受け入れるべきだし、彼の重要性を語り継がなければいけないんだろうとも思う。

 ちなみに、あの若手ライターくんは12月20日に発売された
the CLASH SINGLES '77-'85というアナログの方をすでに注文しているとか。けっこうな買い物だが、手が出る気持ちは十分理解できる。といっても、こちらはプリンターが壊れてしまって、A3の印刷が可能なEPSON カラリオ PX-G5100を購入。これまで買う余裕はない。悔しいけど、先立つものは金ですから、あきらめましたわ。



投稿者 hanasan : 02:54 | コメント (0)

2006年12月10日

腰痛日記 - 検査結果編 + ジョン・レノンとポール・ブレイディのこと。

John Lennon なにげに朝のワイドショーで「今日は、ジョン・レノンがなくなった日か、太平洋戦争の始まった日か... どう思うかで世代がわかる」なんて声が聞こえてきた。自分の世代は明らかに前者で、あの日のことは記憶にはっきりと残っている。それは80年代にやっていた共同通信との連載コラムに書いていたこの記事を読んでもらえばわかると思うが、今振り返っても、音楽という文化が、どこかで正当に評価されている国と、所詮は「娯楽」でしかない日本とのギャップを感じざるを得ない。

 ジョンが亡くなったとき、射殺というショッキングな事件であったことから... というだけではなく、彼がどれほど大きな役割を果たしたかという意味で、イギリスでは全てのメディアが彼のことを大きく取り上げていたのを覚えている。新聞からテレビ、ラジオから雑誌... どこもジョン・レノンばかりだった。しかも、その年、クリスマスの前にヒット・チャートのトップを飾ったのは、ジョンとヨーコによる『Happy Xmas (War Is over)/Give Peace a Change』(Shaved Fish - ジョン・レノンの軌跡 に収録)で、あの曲を聴くとどうしてもあの日のことを思い出してしまうのだ。まだまだ20代だった自分が居候していたブライトンとその仲間たち... そして、それから数年後の反核運動の高まりや、ハイドパークで40万人を集めた集会の終わりに帰路につく人たちの間で自然発生的に歌われ、うねりのようになって広がっていった『平和を我らに』というジョンの名曲も思い出す。その日が、狂気の沙汰としか思えない判断をした日本政府が戦争... というよりは、アジアを中心とした人々のみならず、日本人をも含む大量虐殺の時代へ突入した日だというのがなにやら皮肉に思えてしまうのだ。

 なんでこんな朝早くからワイドショーを見たのがというと、くたくたになった前日、あまりに早く寝てしまったために夜中に目が覚めて、ずっと仕事をしていたから。しかも、この日は朝から元住吉にある関東労災病院に行く必要があったのもその理由だ。11月中旬に大枚をはたいて「造影撮影」なる検査を受けたことはすでに記している。これは脊髄に特殊な液体を注入しでX線撮影するというもので、神経の細部をチェックするというもの。自分の腰痛の原因を探るためにこれをやったのだ。最初に訪ねた北里病院でMRIをやってチェックしたんだが、「この程度ではそんなに痛くなるようなことはないと思うんだがなぁ...」なんて言われて、どうしようかと思っているときに入ってきたのが身内からの情報。なんでも関東労災病院には内視鏡手術で椎間板ヘルニアの原因とされる髄核をとってくれる名医がいるらしく、身内の知人がその手術を受けてあっという間に「痛み」から解放されたというのだ。では、その名医に会って手術してもらえばいいじゃないか... と思うのは当然だろう。

 一方で、「さっさと切ってくれ」と言ったって「はい、わかりました」なんてことになるはずがない。それぞれの医師がきちんと自分で患者を確認して判断するのは当然のこと。北里で撮影したMRIの写真を持って行って、その名医と相談したんだが、それを見た段階でいうと、この医師は手術には実に否定的だった。加えて、このときに独自にレントゲンで腰を見てもらっているんだが、それでも、この名医が知っている常識の範囲内では「異常」が認められなかったようだ。

夏樹静子 が、痛いのだ。めちゃくちゃ痛い。というので、「可能な限り慎重に調べてくれ」と頼んで、この検査となったんだが、その頃から読み出した本で知ったのが「心因性ストレスによる疼痛」のこと。(特に示唆に富んでいたのが『腰痛放浪記 - 椅子がこわい』)しかも、造影撮影のために検査入院したとき、「じゃ、今度は12月8日に来てください」といわれた時点で「こいつら、患者の気持ちも症状も全く理解できていない」と思うようになったのは理解できるだろう。だからこそ、その検査の10日後に、このブログのここで、だいたいどうなるかという、自分の予想を書き残していたのだ。

 検査報告を受けた当日、名医といわれ、テレビにもけっこう登場している夏山先生はその通りの反応を見せてくれた。「これでは手術をしてもいい結果が出るとは思えない」とのこと。では、どうすればいいんだろうかと思うのは患者の当然の発想なんだが、それに対して自らどうすればいいのかといったアドバイスは全然出てこない。こちらが尋ねた結果として、初めて「ブロック注射をやっていって治る人もいますし、ストレッチとかのリハビリで治る人もいますし...」と、その程度の答えしか出てこないのだ。それではと、腰痛に関して勉強した成果として心療内科はどうなんだと尋ねると、「必ずしも治るとは言えませんが、そういった選択肢もあるでしょうね」と、そんなことは言われなくてもわかっている。その程度のことしか言えないというのが、どこかでばかばかしく思えてきた。全て想定内のことで、判で押したような反応に「患者の気持ち」をまるで理解できない日本の医療の貧しさを実感してしまうのだ。こちらは絶望的な気分で病院を訪ね、なけなしの金をはたいて検査をしている。それに対して、彼が言っていることは、言葉を換えれば、「わかりません」ということでしかない。それは受け入れることはできるんだが、その一方で、苦しんでいる人間を前に、「じゃぁ、次はこういうことを調べれば?」といったアドバイスもないのだ。

 さぁて、どうする? これまで読んできた本で得た知識からすれば、心療内科を目指すべきなのか? といっても、これも海千山千で、高い金でちょっと話をしただけで、たらい回しのようにされることもあるらしい。もちろん、『腰痛放浪記 - 椅子がこわい』に出てきた先生を訪ねるのも手だろう。一方で、この痛みの原因が「整形外科の常識」以外の肉体的な問題による可能性はないんだろうか? と、思ってみたり... わからない。

 痛みは相変わらずで、その状態で仕事を続けている。8日は夜10時から新木場でKyoto Jazz Massiveの沖野くんが中心になってやっているイヴェントで朝まで撮影。ほとんどずっとびっこを引きながら、痛さに泣きながら仕事をした。帰宅したのは朝8時前。データをHDに落としてから寝たんだが、午後3時過ぎに起床して、今度は17時に始まるケルティック・クリスマスというイヴェントの撮影だ。これもびっこを引きながら撮影して徹夜で作業中。その休憩の合間にこれを書いているんだが、「本当に腰痛が治ることはあるんだろうか...」という不安が頭の中にちらほら顔を出している。もちろん、絶対に直してやるという意志を持たなければいけないこと、そのための努力は続けているつもりだけど、弱気な自分がいないといえば嘘になる。

Paul Brady ところで、そのケルティック・クリスマスで最も期待していたのがポール・ブレイディというシンガーソングライター。わずかの時間しか歌ってくれなかったけど、やっぱ、この人は素晴らしい。数年前にグラストンバリーで彼を見たときに、まるでヴァン・モリソンのような迫力を感じたんだが、ギター一本でステージに登場して歌っていても、同じような迫力を感じた。なぜ彼の声や歌にはそんな説得力があるんだろう。ひしひしと伝わってくるのだ。

 彼のアルバムは数枚持っているんだが、この日歌ってくれた曲名はわからない。知っている曲も出てきたけど... 曲名を覚えているのは、いまだに発音ができないんだが、「Lakes of Ponchartrain」というトラッドが筆頭かな。最初にこれを聞いたのは「Bring It All Back Home」というアルバムで、確かBBCが制作したアイリッシュ音楽のドキュメンタリーのサウンド・トラックとして発表されたアルバム。ここではホットハウス・フラワーズが歌っていて、これも素晴らしいんだが、この日のポール・ブレイディは、途中、アカペラのようなスタイルで歌っていて、それがジ〜ンときた。実に感動的なヴァージョンだった。それに、山口洋がカバーした「Homes of Donegal」。(『The Paul Brady Songbook』というベスト・アルバムで聞けます)「ヒロシがここにいないのが残念だけど... 」といいながら歌ってくれたこれも良かったなぁ。

 このポール・ブレイディだけではなく、各ミュージシャンの演奏時間は腹五分といったところで、いろいろなミュージシャンの演奏を楽しめるという意味ではいいんだけど、たっぷりと魅力を味わうのは、これから始まるそれぞれのライヴに足を運ぶしかない。なかでも、このポール・ブレイディについては絶対に見逃して欲しくないと思うし、12日の渋谷デュオでのライヴには絶対に足を運ぶつもりだ。絶対に損はさせないから、みなさんにも、見てもらいたいと思う。いいよぉ、めちゃくちゃいいよぉ。



投稿者 hanasan : 02:03 | コメント (0)

2006年12月06日

渋さ知らズ、中川五郎、朝崎郁恵とライヴ3連ちゃん

渋さ知らズ 真っ黄色になった御堂筋の銀杏並木の美しさにうっとりしたことなんてなかったのに、なにやら新鮮に見えた大阪を離れて、帰路についたのは3日の朝。新幹線で帰京して、夕方友人のサックス奏者、通称まさやん(中村雅人)と一緒にひさびさの渋さ知らズを見に行った。会場は世田谷パブリックシアターという場所で、シート付きのホール。ということで、いつものようにスタンディングではない。といったって、そういった場所での彼らのライヴも幾度か見たことはあるんだが、あまり面白くはなかった。彼らにしてみれば、いつもと同じことをしているんだろうし、どう感じようが客の勝手だと思っているんだろう。ただ、面白くなかった。

 初めて彼らを見たときのことはここに書いている。そのときも同じように、「おもろない」と書き始めたんだが、結局は彼らの演奏に引き込まれて、「ああ面白かった」と結んでいる。が、今回は、単純に面白くなかった。あのときのライヴにしろ、彼らのライヴで面白かったのは「なにが飛び出してくるのかわからない」ようなスリルにあった。それはゲストのせいかもしれないし、なんでもアナーキーに飲み込んでしまう彼らのエネルギーのなせる技でもあったと思う。それはゲストがいなくても同じこと。それぞれの自由な演奏が微妙な化学変化を起こして、縦横無尽に宇宙に飛び出していきながら、どこかで「渋さ」というエネルギーに変換され、昇華されていく。それが魅力なのだ。が、ここ数回彼らを見ていて、それが身内の輪のなかでしかめぐっていないようで、それなりに面白くても「突き抜けて」面白くはなくなったというのが正直なところ。

中川五郎 その翌日は下北沢のラ・カーニャにて、音楽業界で大好きな友人で、執筆家でミュージシャンでもある中川五郎氏のライヴを取材。新しいアルバム、『そしてぼくはひとりになる』を発表して、それを核にしたライヴなんだが、バックが実に豪華。中川イサト、村上律、松永孝義といったところが、私が知っている人たち。その他、今井忍、竹田裕美子、あんさんがバックを勤め、ゲストで金子マリとのデュエットも披露したんだが、これがめちゃくちゃ面白かったなぁ。アドリブで五郎ちゃんにチャチャを入れていた金子マリの素晴らしいこと。ゾクゾクするほど魅力を感じる彼女のライヴをきちんと見ないといけないなぁ。なんて、感じました。

 この日、彼の歌で撮影できなくなったほど聞き入ってしまったのは、高田渡が亡くなった日のことを、まるで「記録する」ように歌った1曲。あの日、彼のサイトを見た記憶があるんだけど、高田渡の死がどれほど大きい悲しみとなって彼を襲ったか... あれを読んだ時に思ったものです。彼のサイトにある「徒然」と呼ばれる日記のようなセクションのこのあたり前後を読んでいただければと思うんだが、本当に、時間がたてばたつほどに高田渡というアーティストの素晴らしさを感じてしまうのだ。そんなこともあり、これには身動き取れなくなってしまったなぁ。

 本当は、この日のメインとなった新しい曲のことなんかを書かないといけないんだろうけど、なぜかちょっと難しい。いい言葉がみつからないから、簡単にはかけないのだ。でも、最後の最後に「俺とボギー・マギー」を歌ってくれたんだが、10代の頃にこれを聞いたのと同じような気持ちで、ちょいと口ずさみながら、嬉しい気持ちになった。クリス・クリストファーソンのオリジナルで『The Very best of Kris Kristofferson』あたりが、それを聞くにはお手頃な作品だと思うし、ジャニス・ジョプリンの『Pearl』で聞けるのが大ヒットしたヴァージョン。なによりも、この歌詞で好きなのは「自由っていうのは、失うものが、なにもないことだ」という部分で、いつか、これを日本語で(おそらく、五郎ちゃんと同じヴァージョンだと思う)歌ったレヨナと話した時、彼女も同じことを言っていたように思う。

朝崎郁恵 そして、昨晩のこと。19時をちょっとまわった頃に、昨年一緒にサウスバイサウスウエストというフェスティヴァルに一緒に出かけたA氏から電話が入り、「すごいいいミュージシャンがいるんだけど、見に来ない?」というので、出かけたのが青山にある、月見る君想ふという小屋。ここで朝崎郁恵という、奄美大島の歌い手さんのライヴを見ることになった。奄美物産展でもないが、島の料理なんかも楽しめるという雰囲気で、幕開けは東京に住む若者たちによる島の伝統的な踊りと歌。彼らは素人なんだが、この雰囲気は実によかった。素晴らしい音楽は単純にそれだけで素晴らしいのだ。声と太鼓と踊りと... それだけなんだが、なにやら島に連れて行ってくれたような幕開けに、実に幸せな気分になった。

 続いて紹介されたのは、なんとか(名字は聞き取れなかった)ヤマト君という高校生のミュージシャン。なんでも、失われつつある島の言葉をほぼ完璧に話すことができる彼が、三線を引きながら歌ってくれたんだが、これにはぶっ飛ばされるぐらいの衝撃を感じた。東京でライヴをするのは初めてで、本人曰く「冷や汗かいてます」とのことだったんだが、ひとたび彼の歌が出てくると、その歌声に圧倒されてしまうのだ。こんなに素晴らしいミュージシャンが眠っているんだと、大いに感激する。そして、彼と祖父母が奄美出身だという女性をバックに朝崎郁恵さんが登場して歌い出すんだが、これも素晴らしい。また驚異的なアーティストを知ることができたと大喜びしたのがこの前半だった。


 ちょっとした休憩の後に、後半が始まったのだが、その感激が吹っ飛んでしまうほどにひどかった。なんでも「ダンス・ミュージック」ということらしいんだが、バックについたのはキーボードとパーカッション。「奄美の歌は3曲聴いたら、全部同じに聞こえる」と言われたことで、朝崎郁恵さんがバックにピアノを入れて歌い出したと説明するんだが、シンプルな歌と三線だけでも十二分に素晴らしい輝きを持っていたのに、この日は、そのピアノとパーカッションがそれを消し飛ばしてしまったというのが正直な感想だ。演奏を聴けば聴くほどに、「出しゃばる」バックにイライラを感じる。隣のA氏や、彼の友人のKT氏も同じように、拍手もしなくなった。当然ながら、自分も「勘弁してよ」と思いながら、本来の音楽の魅力を粉々にするバックの演奏に、正直言ってしまえば、腹が立ってきたのだ。しかも、まるで雰囲気をぶちこわすソロなんて、あり得ないぐらいに「邪魔」でしかなかった。その昔、フラコ・ヒメネスのライヴを見たときに、ライ・クーダーがバックで入ったのを見たことがあるんだが、当然ながら、彼はプロもミュージシャンであり、バックに徹してけっして出しゃばることもなかったし、耳障りなソロもしなかった。それこそがバックの役割だと思う。その役割を果たしていないのだ。

 これまで多くの伝統的な音楽を演奏するミュージシャンを見てきて思うのは、本来の音楽が持つ力強さや美しさをまずは認識すべきだということ。それこそがまるで宝石のような輝きを持っているのだ。単純に西洋に迎合するような形で、ごてごてと装飾をしたところで、それは邪魔でしかない。この日の後半はそれが悪い形で出た典型だったようにも思える。しかも、それを楽しんでいるオーディエンスにも失望した。楽しかったらいいのかなぁ。あなたたちは「音楽」を聴いているの? そんな様子を見ていたら、なにやら歯がゆく、悲しく、悔しい気分になってしまったんだが、それは私ひとりではなく、A氏もKT氏も同じこと。なぜそれが理解できないんだろうか。

 ただ、この日買った『おぼくり』というアルバムは素晴らしかった。「最もバックがシンプルな作品を聴きたいんですが」と会場で売られていた作品から選んだのがこの作品。ライヴのひどさと比べたら、このアルバムでは実にしっとりと「バックがバックの役割」を果たしている。ああ、よかった。

 さて、あまり変化がないので、それほど書かなくなったんだが、腰痛は相変わらず。左の臀部に痛みが集中し、足の筋に、どうやら痙攣する寸前のような緊張というか、なにやら「張った」ようなものを感じる。時には、びっこを引いて歩かなければいけないほどになっていて... といっても、それは椅子に座っていて歩き出したときで、しばらく歩くとその状態からは解放されるのが不思議なんだけど、周りの人にはかなりの重症に見えるようで、椅子を譲ってくれたりするのは、正直嬉しい。

 「歩く」ことはずっと続けていて、渋さの日には三軒茶屋から自宅までを1時間弱で歩いたし、五郎ちゃんの日には渋谷から歩いて帰宅した。たまたま昨晩は仲間が恵比寿で飲んでいたということもあり、そこまでタクシーで向かったんだが、当然、そこからは歩いて帰っている。まあ、朝日が昇りかけている道を帰るときの、なにやらもの悲しい気分は格別であまり体験したくはないなぁ。とはいっても、この日はKT氏と、そして、シャーベッツというバンドの方々といろいろな話をして、実りある日だったと思う。しかも、KT氏は自分の書いた「ロンドン・ラジカル・ウォーク」という本を片手に、「これを書いた花房さんですよね」なんて話しかけてられたし、シャーベッツのベースの方もその話をしてくれた。すでに20年も昔に書いた本が、どこかで何かのつながりを作ってくれたことは、素直に嬉しいと思うのだ。



投稿者 hanasan : 16:16 | コメント (0)

2006年11月30日

U2を見て、なぜがジョー・ストラマーに泣く

U2 ときおり、あり得ないようなことが起こる。今日は、そんな日だったのかもしれない。昔からの友人から誘われて、埼玉まで出かけてU2を見てしまった。たまたまチケットが余っていた(ということにしていきます)らしく、「U2見ない?」ときたので、「いいよぉ」と二つ返事で見に行った。

 本当はでっかい会場でのライヴは全然好きじゃなくて、そういった、いわゆる大物のショーは見たくないと思っているたちなのよ、私って。天の邪鬼だけじゃなくて、特に東京ドームは大嫌い。二度と行きたくないと思っている。なにせ、音が悪すぎる。いつかサイモンとガーファンクルのライヴを見た時なんて、ステージの音と手拍子のずれで吐き気をもよおしたこともあるし、アース・ウィンド・アンド・ファイアーを見た時には、警備員のあまりの態度の悪さにぶち切れて、途中で帰ったなんてこともあった。なにせ、あの野郎、俺の耳元ででかい声で怒鳴り散らしながら、椅子の上に立っている人間に注意をしていたんだが、あまりに耳障りなので、「うるせぇよ、この野郎!」といったら、「てめぇ、出てこい」と抜かしやがった。そうしたらそうしたで、隣の客がうるせぇ、と怒鳴ってくる。と、まぁ、めちゃくちゃ嫌な気持ちになったのが理由で、この会場でのライヴは絶対に行かないと決めたのだ。

 それに、大物は、基本的に、それだけで好きではない。奇妙なもので、売れていない時は取材をしたり、書いたりするし、興味もわくんだけど、スターになってしまうと、どこかで「俺がやる必要性はないだろう」と思うのだ。だって、やりたい人間はいっぱいいるし、自分なら面白いインタヴューができると思っても、面白いことをしているのに報われない人たちを助けることに時間を割いた方が有益だと考えてしまうのだ。だから、あまり興味はなくなってくる。でっかい会場で見ると肌で音楽を感じられないというジレンマも感じるからね。

U2 でも、U2はけっして嫌いなバンドではないし、どちらかというと好きなバンドだから、それに、さいたまスーパー・アリーナって行ったこともないし... と、行くことにしたのだ。

 ただ、今のU2は全然知らない。自分が知っているのは『War』とか、『Boy』に『October』から、『Unforgetable Fire』、『The Joshua Tree』あたりまでで、それ以降はほとんど聞くことはなくなったから、最近の曲なんて全然知らない。友達は『How to Dismantle an Atomic Bomb』に収録されている「Vertigo」ぐらいは知っているはずだという。なんでもiTuneの宣伝で使われたらしいんだが、さぁて、全然思いつかない。

 そんな状態で出かけたのだ。でも、感動して泣いてしまったのね、実を言うと。実際、知っている曲はあまりなくて... 隣の客がうるさいぐらいにほぼ全曲を歌っていたので、なんか申し訳ないなぁと思ったほど。でも、最初に出てきた知っている曲が「I Still Haven't Found What I'm Looking For」。けっこうジ〜ンときました、正直。実は、The Chimesという、ソウル・トゥ・ソウルがヒットした頃の同じような流の中で出てきたバンドが、この曲をカバーしていてそのヴァージョンが大好きだったんですね。といっても、彼らのアルバムはすでに廃盤でほとんど入手できないようで、2〜3ヶ月前にアナログからCDを作って、iPodにも入れてよく聞いていたので。

 その次が「ブラディ・サンデー」です。この時、途中でザ・クラッシュの「ロック・ザ・カスバ」(『Combat Rock』)のフレーズが出てきて.... ボーノがジョー・ストラマーのことを話し出したんですよ。具体的になにを話したのか、全然覚えていないんだが、そうしたら、ジョーの顔が浮かんできて.... 当然、「ブラディ・サンデー」が語っていることがなにかは知っているわけで... その流の中でジョーのことを思い出してしまったのだ。最後までビジネスに自分を売ることなく、闘い続けた彼の人生のこと、個人的な彼との思い出や彼がやってきたことなんかがめいっぱい頭のなかにわき起こってきて... 「いつまでこの歌を歌わなければいけないだ」というフレーズで涙が頬を伝ったわけです。

 それからは知っている曲もあったけど、知らない曲でも、そんなことは関係なくて、なんか感動してしまっていたわけです。ボーノが世界人権宣言のことを歌い、語り、イラクの問題のことを語り、「共存すること」を訴え、アフリカの貧困のことを歌う。それが「慈善」で言っているのではないことも十分知っているものだから、なんかジ〜ンと来るんですよ。なんかそれが嬉しかったし、同時に、会場に集まっていたお客さんたちも一緒に歌っているんですね、そういった歌を。この人たちって、本物なんだなぁとひしひしと思いました。

 イカン、新しいアルバムもきちんと聴かなくっちゃ... と、反省もし、感動もした一晩。そして、一緒にライヴを見た友人と、そんなライヴのことからジョーのこと、そして、今抱えている腰痛と、おそらくは、自分が転機にさしかかっているんだろうといったこと、そんなことを語り明かした一晩。なんと充実した1日を過ごせたことか!



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2006年11月28日

Simon & Garfunkel : Bridge Over Troubled WaterでもStill Water

Simon & Garfunkel 昨日、「さて、一段落したし、散歩にでも出ようか」と思ったのが10時前。その時、見てもしないテレビが付いていたのがいけなかった。ここから聞こえてきたのがサイモンとガーファンクルの『明日に架ける橋 (Bridge Over Troubled Water)』(UK import / 国内盤 / US import)で、そのまま歌に引きつけられて、この番組を見る羽目になってしまった。

 番組のタイトルは『プライム10』というもので、この日のタイトルは「世紀を刻んだ歌 - 明日に架ける橋・賛美歌になった愛の歌」となっていた。一番最初からじっくりと見ていたわけではないんだが、気がついたのはこの曲が9/11の後にアメリカで放送自粛されたというくだりではなかったかと思う。なんでも、3番目の歌詞が「飛行にを思わせる」とか、そんなところがひっかったかのような話ではなかっただろうか。といって、それほど正確には覚えてはいない。それよりも、この曲が発表されたのが70年で、ヴェトナム戦争時代の「低迷していたアメリカ」(だけではなかったと思うけど)を象徴する1曲として大ヒットしたこと、そして、この番組で取材された誰かが「9/11以降だからこそ、この曲が聴かれなければいけないんだ」なんてことを語っていたように覚えている。

 いずれにせよ、そういった「放送自粛」なんて受け入れる土壌が、自ら「表現の自由を放棄する」事態を生み、「政府による放送命令」を受け入れるメディアを作り出している。なんでNHKに対する支払いを拒否しているかと言えば、NHKが「中立、公正な報道をしていない」政府機関でしかないからで、政府や自分の曲の宣伝番組が主流を占めている、要するにプロパガンダの放送局だというのが大きな理由だ。それに、有無を言わさないで勝手に電波を押しつけて「金払え!」というのは押し売り以外の何ものでもない。だったら、うちだけ、電波を送らないでほしいと真剣に思っている。

 おっと、また話がそれてしまったが、この番組で実は、この曲がゴスペルからヒントを得て生まれたことや、あの3番目の歌詞が録音を始めた時にはできていなかった裏話が伝えられた。う〜ん、そうなんだぁ... と頷くことしきり。60年代末期からに数々のヒット曲を飛ばしていたのがサイモンとガーファンクルで、当時はラジオこそが音楽の入り口だったから、いろんな曲を聞いてはいたし、知ってもいた。でも、そんな裏話は全然知らなかった。おそらく、ファンだったら、それぐらいのことは知っているんだろうが、いろいろな意味で新鮮だったのがこの番組。それに、たった1曲の歌を取り上げるというのも嬉しかった。自分を振り返っても、わずか1曲で人生を変えられるほどの(実際にそうなった曲もある)歌を取り上げて、それがどんな風に広がっていったのかを、実際に旅をしながら追いかけていくというドキュメンタリーの作り方が嬉しかったのだ。

Aretha Franklin この曲を追いかけて南アフリカに向かったのがこの番組。プレゼンターというのが緒川たまきという女優なんだが、すいません、私、この人全然知りません。いずれにせよ、彼女が南アフリカに渡り、まだアパルトヘイトという狂気がこの国を支配していた時代から「明日に架ける橋」が聞かれていたことを見つけだしていくという構成だ。といっても、彼らが知っていたのはサイモンとガーファンクルのヴァージョンではなく、アレサ・フランクリン。これが面白い。そのヴァージョンを聞くと、ポール・サイモンがゴスペルからヒントを得て作ったこの曲が、ゴスペルとして蘇っているのがわかる。そして、そのヴァージョンが、当時、人種差別によって耐え難い圧力の下で生活せざるを得なかった人たちの「支え」となっていたことが伝えられるのだ。

 そして、この曲がアパルトヘイトへの闘いへの力となっていったらしい。といっても、もちろん、自分自身がこの国で闘い続けたミュージシャンに何度も出会っているし、あの闘いに力を貸した曲は無数にある。ショットガンを持った警官隊に踏み込まれながら歌い続けたジョニー・クレッグもそんなひとりだし、そのあたりの話は自分のライナーに書いているはずだ。(Heat, Dust & DreamsShadow Manを読んでくだされ)他にも、ピーター・ゲイブリエルのBikoにシンプル・マインズもStreet Fighting Yearsというアルバムで「マンデラ・デイ」という曲を発表しているし、なによりも、スペシャルズのジェリー・ダマーズがSpecial AKAの名の下に発表したIn The Studioで録音した名曲「Free Nelson Mandela」も忘れてはならないだろう。これは、彼自身から聞いた話なんだが、自分の作ったこの曲が南アフリカの反アパルトヘイトのデモで歌われていたのを聞いた時、涙が止まらなかったそうだ。

 番組では、アレサ・フランクリンのヴァージョンが、地元のゴスペル、しかも、独特の南アフリカ、おそらく、ズールーではないかと思うが、そのスタイルで歌い継がれている様子を描いて終わっていった。それを見終わってから、夜の11時だというのに、夜中の散歩に出かけていったのだが、当然ながら、この日の音楽はアレサ・フランクリンの『30 Greatest Hits』。自宅から明治通を渋谷に向かい、そこから246を左に折れて、新山手通へ。駒沢通りとの交差点を恵比寿に向かって歩いたんだが、ランダムに設定したiPodからはなかなかこの曲が聞こえてこなかった。ところが、友人の店でビールを一杯飲んで、休憩した後、店を出て聞き始めたら初っぱなに流れてきたのがこのヴァージョン。いいねぇ、Still Water Runs... とかなんとかって、コーラスが聞こえてきて、ひょっとしたら、アレサが「ゴスペルからヒントを得た」というこの曲を、意図的にそのヒントを得た曲に近づけようとしたんじゃないだろうか... なんて想像してしまった。さて、本当はどうなんだろうね。



投稿者 hanasan : 13:20 | コメント (0)

2006年11月24日

Sayonaraでシンクロ

Miyoshi Umeki しばらく前のこと、久しぶりに横浜の桜木町近くにある野毛小路のパパ・ジョンにいった。店に入ると流れていたのがこのアルバムだった。一時、入院していたというマスターのパパ・ジョンが「これはな、売れなかったジャズ・ヴォーカルのアルバムってシリーズでよ、出てたんだな」と、ニコニコしながら説明してくれたのがこの作品だ。アルバムの主はMiyoshi Umeki。で、その時に流していたのはアナログだったんだが、CDでも『シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』というタイトルで2001年に発表されていたのを後に知ることになる。で、このMiyoshi Umekiというのは、後にナンシー梅木と改名して数々のポップス・アルバムを発表していくんだが、そっちのナンシー梅木だったら、うちのレトロ系の棚にLPの1枚や2枚はあるはずだと思っていた。(結局、コンピレーションがそれぐらいあっただけでしたが)

 で、なんの流れかは知らないんだが、たまたまこのところはまっているのがiPodで映画を見ること。というので、そんな話も彼にしていたのね。要するに、一般に発表されているDVDなんぞをリップして、小さめに加工。iPodに入れる時には、英語の字幕だけにして、まぁ、電車かなんかで移動する時に、それを見ながら、英語を勉強するというものなんだが、当然、ここには名作中の名作しか入れてはいない。だってさ、映画をiPodで見るとけっこうバッテリーを喰うのね。それに容量だって喰われるじゃないですか。

 それで今入っているのが、『カサブランカ』(このヴァージョンの英語の字幕、最高です。)に『イージー・ライダー』やジャマイカ英語勉強のために『ロッカーズ』(自分が持っているのはイギリスで買ったヴァージョン)あたりなんですが、クラシックな映画の方が英語は素晴らしいというので、マーロン・ブランド主演の『サヨナラ』も入れていたんですな。で、これがシンクロなんですが、実はこの映画に出演しているのがあのアルバムの主、ミヨシ梅木なんですよ。

Sayonara びっくりですね、この偶然。しかも、それを知ってこの映画を見るとまた面白いんですな。

 映画のストーリーはというと、朝鮮戦争時代の兵士が日本に駐屯していて、日本人女性に恋をするというもの。主人公のマーロン・ブランドが恋に落ちるのが、「マツバヤシ」という歌劇団の女性で、当然ながら、これは宝塚を想定しているんですが、そのトップスターを落としてしまうわけです。そして、その前哨戦というものがあって、それが彼の友人、ケリーで、彼が一足先に結婚してしまったのがミヨシ梅木演ずるクラシックな日本女性。ご本人には申し訳ないんだが、けっして美人ではなく、どこかで野暮ったい感じ。それでも、「アメリカが望んだ日本人女性」の典型として描かれているんですな。なんでも彼女は普通に英語も話せるはずの、今で言う帰国子女系なんだが、この映画のなかではそんな表情を一切見せずに演じているところが面白い。まぁ、時代の設定のこともあるし、この映画が当時の日本をいい感じで描いているかどうかは.... よくわからない。なにせ、この舞台設定は私が生まれてからしばらく前のこと。よくわかりませんから。

 それでも、この時の演技が良かったようで、彼女は東洋人女性として初めてオスカーを受賞したというのだ。これはびっくりですね。当然ながら、日本では大騒ぎをしたと思うんだが、記録によると凱旋公演は、それほど好評ではなかったらしい。

 と、まぁ、偶然の一致で、パパ・ジョンをひさびさに訪ねたら、ナンシー梅木で一致した。先日バードにいった時にも「病は気から」なんて話で「ちょうどそのことを話していたのね」なんて言葉が飛び出てきたんだが、世の中ってそういったもの。どこかでなにかがつながっている。いやぁ、面白い。



投稿者 hanasan : 11:11 | コメント (0)

2006年11月23日

Tom Waits到着 * 腰痛日記

Tom Waits さきほどTom Waitsの新しいアルバム、3枚組の『orphans』が届いた。現在、そのうちの1枚目を聴いているところ。さぁて、僕はこのアルバムにどんな感想を持つんだろうか。1枚目の『Closing Time』や2枚目の『The Heart Of Saturay Night』にぞっこんの身としては、どう転んでもそれ以上の評価を持つことはないようにも思えるんだが... 

 腰痛は相変わらず。といっても、異様に痛いときとそうでないときがあって、その違いがどこから出てくるのか全く想像ができない。昨日は、なにを思ったか、箱根に出かけてしまった。なんとなく、温泉に入りたいというのと、紅葉でも見ようかと思い立って家を出たのだが、ちょっと遅すぎましたな。2時にうちをで歩いて恵比寿まで約10分。それから新宿に出て、久々の小田急ロマンスカーで箱根湯本に出たんだが、その時点ですでに16時を回っていた。もう、薄暗いのだ。アホです。

 温泉の名前もうろ覚えではあったんだが、以前小田原に住んでいた頃に何度も行っていたから道は覚えているというので、そこから歩き出したのはいいんだけど、感でしか距離がわからないというのはかなり不安。しかも、さすがに山だというので、けっこう真夜中のように暗い。以前、青森にひとりでぷらっと行ったときの経験を思い出したしね。あれも同じような時期で、4時ぐらいだったのに真っ暗闇で下北半島のしがない温泉町に宿泊したことがある。宿ぐらい探せばいくらでもあるんだろうけど、不安になってしまうのだ。まぁ、同じような不安を感じてしまったのがこのときかな。

 といっても、天山という、銭湯のような温泉までに要した時間は30分。結局、そんなに遠くはなかったということだ。

 しばらく行ってはいなかったんだが、ちょっと変わっていましたな。昔は受付みたいなところでお金を払っていたんだけど、今は自動販売機。でもって、なか... というか、露天風呂も一番下の岩風呂が水風呂になっていて、以前は内風呂だったと思う場所がそのまま外に開かれていた。まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど、身体を伸ばしてのんびりと風呂です。といっても、身体を伸ばすと、腰というか、左臀部の上の方なんだけど、ここが痛い。奇妙なもので、全く痛さを感じない座り方というか姿勢があって、そうやっていれば、まるで健康な人に見えるというのが腰痛の嫌なところですな。外見上は全くの健康体に見えるんだから。

ヒーリング・バックペイン 帰りは、さすがに歩きではなくバスで箱根湯本の駅に出て、そこから小田原を経由して東海道本線で品川に向かい、自宅に戻った。っても、ひさびさに飲もうかと思って中目黒のバードへ。ここは、いいんだな。音楽が好きな人がいっぱいいて、話題に事欠かない。お客さんもほとんど常連で、なんの気兼ねをすることもなく飲めるし、話もできる。自分にとって新しいお客さんだって、誰かの友人だったり... というので、この日は『腰痛談義』。話をしてみると、腰痛仲間がこんなにいるとというのが面白い。ホントに驚かされます。そして、それぞれが「ああすればいいよ」「こうすればいい」といろんなアドバイスをくれるのだ。それはそれでありがたいんだけど、このあたりが、ちょうど読み終えた『ヒーリング・バックペイン』では否定的に書かれている部分。さぁて、どうすればいいんでしょ。わかりませんなぁ。

 結局、バードでも、二軒目の寿司屋『いろは』でもほとんど痛さは感じなかったのに、三軒目でいきなりやってきたという感じかなぁ。強烈な痛さがおそってきて、ほとんどびっこを引くようにして家路についた。といっても、さすがに歩いて帰ることはできなくて、この日はタクシー。なにせ、歩くのもままならないほどの痛さだったのだ。

 さて、その痛さの変化はどこに起因するのか? 店か? 店にる客による精神的なストレスの変化か?『ヒーリング・バックペイン』を鵜呑みにするつもりもないんだが、これによると心因性のストレスが潜在意識化で自律神経に働きかけて『痛み』を発生させるというのだが、確かに、実際の運動や肉体的な問題に起因するとしたら、店の違いでここまでの変化が出るというのは実に奇妙だ。

ヒーリング・バックペイン とはいいながら、『では、どうやってそれを克服するのか』が問題で、このあたりをもう一度読み直してみようと思っている。なにせ、この本の宣伝文句ではないが、なによりも直すことがこの本を読んでいる理由なのだ。

 そういえば、数日前から毎月定額によるDVDレンタルのサービスに契約して、今、一ヶ月の無料サービス中。すでに『オリバー・ツイスト』と『シリアナ』が届いた。前者は昔のイギリス英語が楽しめて良かったけど、後者は... よくわからなかった。実際のところ、なにの映画なんだろうな。で、それを返却して代わりに届いたのが『ミュンヘン』と『ウォーク・ザ・ライン』で、その次に借りようと思っているのが『イノセント・ボイス~12歳の戦場~』と『ブラディ・サンデー 』。我ながら、音楽と政治的なものが多いなぁと思ってしまいますな。特に、『イノセント・ボイス~12歳の戦場~』はすごい期待をしているんですが、どうなりますことやら。

 とはいいながら、このサービス、無料期間だけで止めてしまうかもしれません。見たいものを検索しても出てこないし、結局は「あるものあら選ぶ」だけ。確かに安いし、便利だから、続けて本契約に入るのも手かもしれないけど、どうなんだろうなぁ... 判断しかねております。



投稿者 hanasan : 15:16 | コメント (0)

2006年11月10日

南正人と30年ぶりに遭遇 + 腰痛日記

南正人 昨日は歩かなかった。まぁ、時間がなかったのだ。というのも、6時半に大塚に出て中山うりとのインタヴューに立ち会うことになっていて、家で作業をしていたら、その時間がなくなってしまったのだ。だから、とりあえず、うちから恵比寿まで歩いて、山手線で大塚に移動。そこでインタヴューと相成った。といっても、自分はアシスト役で担当は別の若者。かなりいい文章を書くし、いいセンスもある青年で、どんな原稿になってくるのか興味津々だ。

 その後、写真の担当者と彼と一緒に新宿でちょっと食事。韓国食堂というところで、久しぶりに旨い韓国料理を食った。それで、ちょっと飲もうかと向かったのがネイキッド・ロフト。っても、その前にここにあった店を期待していたんだが、それはとっくの昔になくなっていた。そのネイキッド・ロフトではなにやらイヴェントがあったらしく、なんか入りづらいなぁ... と思っていたら、目の前にいるおじさんが「入れば」って声をかけてくれたんだが、どこかで見たことがあるなぁ... と思って、名前を尋ねると南正人だった。びっくり。なにせ、今から30年ほど前、岡山でプロモーターをしていた頃、彼のライヴをやったことがある。そのあと、確か一緒に広島に行ってライヴをやって、地元のプロモーターの自宅に泊まることになったんだが、それがちょうど瀬戸内海の沿岸にあって、真夜中に全員で海辺に降りていったのを覚えている。まぁ、つまらない話をしながら、のんびりとしていたんだが、そうしたら、知らないうちに海に入っていたのが南正人。そばを通る山陽本線を列車が走ると「夜汽車よぉ」なんて、海のなかから彼が叫んでいたのがめちゃくちゃ面白かった。

 と、そんな思い出話をしていたら、少しは当時のことを思い出したようで、「いやぁ、今日は僕の本の出版記念でライヴをやってたんだ」という話を聞くことになる。で、その本を見せてもらったんだが、それが『キープオン!南正人』というものだった。なんでも、以前に出版したものも含めて、新たに書いたものも一緒にして、さらにデビュー20周年のライヴDVD(1989年のものらしい)も加えて出版したんだとか。

 ん? となると、以前宝島で出版したものも入っているのか?と、気になった。なにせ、あれが出版された時、自分が雑誌の方に発表していた原稿を、自分には全く連絡することなく使用されていたといういきさつがある。当時の編集長は、(今じゃ、お偉いさんらしい)自分が書いた『ロンドン・ラジカル・ウォーク』のあとがきを書いてくれていたし、まぁ、いいかぁと問題にはしなかったんだが、あまり気持ちのいいものではなかった。

 というので見てみたら... 出ている。使われている。今回も、私はいっさい連絡も受けていないし、一銭の原稿使用料ももらってはいない。いいのかぁ?こんなことで。著作権というのがあるだろうに。少なくとも、連絡をしてきて、許諾を得るべきだろう。と、思いながらも、この原稿は素晴らしい。自分でも惚れ惚れするほどだ。っても、どこかで気負っていて、「期待」と「希望」が入り交じった文章であることは否めないし、そう信じていくんだという宣言のようなもの。それができるだけ多くの人に読まれるべきだという気持ちは今もある。だから、使われているのは嬉しいんだが... どこかで、「これでいいのかなぁ」と疑問に思っている。

 それから、新宿を離れて中目黒のバードソング・カフェから恵比寿のソルナへとハシゴ酒。結局、朝方まで飲んで帰宅した。全く不健康の極みである。結果として、依然として腰は痛い。まぁ、左臀部ですけど。

 それがあけて、今日は1日コンピュータに向かって更新作業。その後、10時ぐらいから歩き出した。今日のコースは自宅から恵比寿、中目黒を経由して、池尻大橋あたりまで。それから、目黒川沿いに歩いて、恵比寿で一杯飲んで帰ろうかと思っていたら、友人がコンピュータ関連で助けてくれというので、再び中目黒に出て... わずか5分でその作業をして、そこから一気に自宅まで帰ってきた。実際に歩いたのは1時間半ぐらいかな。帰ってきてから、これを書いているんだが、痛みは変わらず。慣れてきたのか、今の段階ではそれほど苦痛ではない。おそらく、これから寝る時にまたあの痛みを感じるんだろうけど....



投稿者 hanasan : 00:55 | コメント (0)

2006年11月08日

Happy & Artie Traum with 律とイサト +腰痛日記

Happy & Artie Traum 腰痛の状況は全く変わってはいない。左臀部の痛みは相変わらず。というか、若干ひどくなっているようにも思う。といっても、いつも痛いわけではなく、ある種の方向に体が動いたとき、あるいは、ある角度で腰に負担がかかったときに痛みが走るといった感じ。その痛さは並大抵のものではないんだが、歩いたりしているときにそれを感じることはない。というので、今日も歩く。今日は、先日ツアー初日の取材をした昔懐かしいハッピー&アーティ・トラウム(おそらく、正確にはトロムと発音するのではないかと思うが、昔はトラムと呼んでいた)の最終日ということで、彼らの奥さんがほしがっていた、初日の写真をDVD-Rに焼いて持って行った。

 コースは自宅の白金から外苑西通りを北上して西麻布から青山三丁目、信濃町、四谷三丁目、曙橋というコース。5時15分にうちを出て6時20分には会場となるバック・イン・タウンに着いていた。こうやって毎日歩くと、歩くことが全然苦ではなくなる。面白い。町の表情が変化していることもよくわかって、歩くこと自体が楽しくなってきた。

 ライヴは素晴らしかった。音に関していえば、初日の横浜サムズアップの方が遙かによかったけれど、楽しさという点ではこっちだろうな。会場は小さかったけど、一昨日に続いてソールドアウトで、当初、チケットが売れないという主催者のぼやきが嘘のようにいい雰囲気だ。といっても、お客さん達の年齢層は、おそらく50代が中心。いつものライヴでは自分が最も年寄りだと感じてしまうんだが、ここでは全然それがない。

ヒーリング・バックペイン 会場に入ってライヴが始まる前に楽屋に入れてもらって、彼らに写真を渡してあげたんだが、その楽屋にいたのが昔から大好きなミュージシャン、中川イサトや友人の翻訳家で今年、アメリカのテレビ・キャスター、ラリー・ケインが執筆したビートルズ 1964 - 65
マジカル・ヒストリー・ツアー
を出版した室矢憲治。そこに連れて行ってくれたのが昔からの仲間でハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルを手伝っている川村恭子。ここで昔話に話が咲いていた。70年代に彼らが来日したときにイサトの家を訪ねていたことや、当時のアルバムのこと。みんな、音楽が好きなのがよくわかる。詳しくは知らないんだが、おそらく、マッド・エイカーズとして来日した頃のことではないかと思うけど、話の流れでそう思っただけなので、確証はない。

 そのとき、いろいろと話をしたんだが、面白いことに、話題が腰痛に及ぶとアーティも読んでいたのが『サーノ博士のヒーリング・バックペイン—腰痛・肩こりの原因と治療』(当然、彼が読んでいるのはオリジナルの『Healing Back Pain: The Mind-Body Connection』で、前者は翻訳版です)という本。どうやら、彼も腰痛や肩こりで悩んでいるようで、指圧やマッサージの話なども出ていた。

律とイサト さて、ライヴの方なんだけど、途中休憩を挟んで始まったセカンド・セットが強力だった。まずは律とイサト(村上律と中川イサト)がゲストとして2曲披露。それから、ハッピー&アーティのステージとなるんだが、あまりに気持ちよくて途中でうとうとしてしまったんだが、うれしさのあまり興奮してしまったのが、彼らと一緒に律とイサトがステージに立ったとき。特に、ミシシッピー・ジョン・ハートへのオマージュとして作られたハッピー&アーティの名曲『ミシシッピー・ジョン』を演奏したときには、なんかジーンとしましたなぁ。なんでも、律とイサトが99年に発表したセカンド・アルバム(なんでも27年ぶりだったらしい)にこの曲が収録されていて、ハッピーとイサトが交互にヴォーカルをとりながら歌ったこれにはまいりました。実は、彼らにとっての最初のアルバムは持っているんだけど、こっちは知らなかった。いやぁ、素晴らしい。なにせ、自分にとっても、ミシシッピー・ジョン・ハートはギターだけではなく、音楽の神様のような人。『Last Sessions』なんて、涙なくしては聞けないし、彼が生きていて動いている映像が見ることができるDVD『Rainbow Quest』も宝物だ。そのジョン・ハートへの愛情と尊敬と感謝の気持ちを込めたこの曲を録音している二組のデュオが日本語と英語で一緒に歌っている光景は、それだけで感動ものです。

 加えて、ザ・バンドのベッシー・スミスとか...最後の名曲、「I Shall Be Released」なんてねぇ、どうしようもありません。ちょいと涙も感じつつ、懐かしさも感じながら、この会場を後にした。ああ、楽しかった。こんなライヴは久しぶりだなぁ。

 で、この日はカナダから日本に来ていた友人の友人で地元のラジオ局で日本のインディ系の音楽をずっと流し続けている人物と会うため、歩くことはなかった。まぁ、恵比寿で一杯飲んだ後は、もちろん、歩いて自宅に向かいましたけど。

 こんな忙しさもあり、『腰痛は『怒り』である』はまだ読み終わってはいない。ほぼ読み終えて、だいたいの流れは理解してきているんだけど。



投稿者 hanasan : 02:14 | コメント (0)

2006年10月31日

なんと出てしまいます、Karenn Dalton

Karen Dalton つい一ヶ月ほど前にオークションで8500円を費やして入手したKaren Daltonの幻の名盤『In My Own Time』が、なんとCDとして世に出ることがわかった。どこかで悔しい〜という思いがないでもないけど、やっぱ嬉しいなぁ。これで数多くの人がこの名作に接することができるわけだ。

 おそらく、このアルバムについてはここで何度も書いているから、重ねることはないと思いますが、買ってください。そして、聴いてください。一度じゃなく何度も何度も。絶対にはまること間違いありません。本当に『いい音楽』が好きだったら。

 ちなみに、以前書いたことは(間違っている情報もあったし、それは後に修正していますけど)ここにあります。

http://lovepeace.org/vos/blog/archives/2006/08/karen_dalton_1.html
http://lovepeace.org/vos/blog/archives/2006/05/karen_dalton.html



投稿者 hanasan : 14:03 | コメント (0)

2006年10月21日

Tom Waits : 怒濤の3枚組で新譜だと?

Tom Waits さぁて、困った。トム・ウェイツの新譜が出るらしいんだが、一番安いのが国内盤(限定盤となっている)で、次がアメリカ盤で、UK盤となっている。なんでも、3枚組の54曲入りで、それぞれのディスクでコンセプトがあって、アメリカ盤には94ページの本が付属しているんだとか。なんとなく、希望的観測としては、国内盤も同じように作ってくれるとは思うんだけど、違いがでたらショックだしなぁ... と、今、思いをめぐらしているところ。

 mixiでは仲間がすでに手に入れているようで、おそらく、レコード会社経由なんだろうけど、悔しい。正直言って、このところ、Smashing Mag以外のメディアではほとんど仕事をしていないというところからなんだろうな、メジャーの会社からのサンプル送付がほとんどなくなっているからかねぇ。寂しくもあり、つまらないポップスを送りつけられないだけ、嬉しい部分もあるんだけど、本当に聴きたいものについてはこんな状況になってしまう。やっぱ、悔しいな。っても、マグだって、すでに1日9000ぐらいのビジターが来ているんだから、少しは評価してもいいと思うんだけど。

 いずれにせよ、このトム・ウェイツは久々に聴いてみたいと思った。というので、買ってしまおうか、この国内盤... と思っている。発売日はまだ先の11月22日。楽しみだ。



投稿者 hanasan : 13:47 | コメント (0)

2006年10月15日

Kenny Rankin : 永遠の名作、Silver Morning初CD化!

Kenny Rankin 出たぁ、やったぁ! と、これをみつけたときには小躍りしましたなぁ。私が世界で最も好きな男性ヴォーカリスト、Kenny Rankin(ケニー・ランキン)の名作中の名作(少なくとも自分にとっては)「Silver Morning(邦題 : 銀色の朝)」がついにCD化です。しかも、ケニー本人がそれをやったとのことで、再びびっくり。っても、amazonあたりでは手に入らないようで、日本ではマイナーな業者が取り扱っているようですけどね。

 で、それをみつけたきっかけなんですが、実はiTune。すでに、このアルバムはアナログからHDに落として、それをCDにしたり、iTuneにいれてiPodで聞けるようにしているわけです。ところが、iTuneがヴァージョン7になってアルバム・ジャケットをいい感じで見られるようになって... もちろん、アナログをカメラで撮影してそれを下に画像を取り込んでもいいけど、うまくやらないとなかなか綺麗にならないし... それなら、ネットで探してみようとしていたらたどり着いたのがケニー・ランキンのサイト。そのトップにいきなりこの「Silver Morning」が出ていて、「限定盤 w/ ボーナス・トラック」と書かれているのを発見したわけです。

 もちろん、このジャケットの写真はいただいて、iTuneで使っているんだが、それをクリックすると飛んでいくのがhttp://cdbaby.com/というオンライン・ショップのこのアルバムのコーナー。そこにはケニー本人からのメッセージとアルバムの説明が加えられていて、嬉しくなってしまったわけです。なんでも彼自身、このアルバムとThe Kenny Rankin Album(なんと、これはプレミアもので13800円の値段が付けられている)が最も好きな作品で、これももうすぐCD化する予定となっているとのこと。また、ボーナス・トラックは「Silver Morning」と同じ時期にシングルとして発表したものらしく、このCDにすんなりとフィットしている... とは本人の弁。当然のように注文してしまいました。たった1枚だから送料は高くなって全部で約31ドルと、日本円に換算したら4000円ぐらいですかね。でも、そんなこと気にできません。なにせ、これは最も好きなヴォーカリストの最高傑作。手にはいるだけで十分幸せです。

Kenny Rankin ちなみに、いろいろチェックしてみると、彼のアルバムがどこでも高値で取引されているようです。当時、リトル・デヴィッドというレーベルからLike A Seed, Silver Morning, Inside, The Kenny Rankin Album、それに、アトランティックからAfter the Rosesといった流れでアルバムが出ていたんですが、自分にとって彼の全盛期がこの頃。その時期のアルバムが、おそらく、全て宙に浮いているという感じじゃないかと察します。だからこそ、ケニー・ランキン自身がこのアルバムをCD化したんだろうと思います。

 なんでもhttp://cdbaby.com/というオンライン・ショップというか、レーベルは、その説明によると、アーティストが直接プレスしているものを全て自分たちの耳で聞いて内容を判断して発売しているんだとか。しかも、注文をすると、めちゃくちゃ丁寧なメールが返ってきます。

「あなたの注文したCDは、完全に殺菌した手袋をはめたスタッフが丁寧に棚から取り出して、製品に磨きをかけて...」といった具合で、おそらく、冗談だとは思いますが、作品に対する彼らの姿勢をかいま見ることが出来て面白いですよ。もし、あなたもケニー・ランキンが大好きだったら、ここで注文してみるのもいいかもしれませんよ。注文時に残したメッセージは直接アーティストに渡してくれるようだし... 日本の業者から買っても31ドル以上の金額がかかりそうと、同じことですから。それに、この楽しいメールを受け取るだけでも嬉しいじゃありませんか。



投稿者 hanasan : 12:51 | コメント (0)

2006年09月26日

Sly & Robbieに再びはまる

Sly & Robbie なぜかは知らないんだが、このところ、昔のレゲエを聴きたくなって、しきりとアナログを引っ張り出している。というのも、そんなにCDなんて買う金もないし、CDよりも遙かにアナログの方が音がいい。かといって、いつもアナログで聴くのもの面倒でiPodでも聞けるようにしたいと、そういったアナログからハード・ディスクに音を落としてせっせとDC作りをしているのだ。(といっても、これは自分で聴くためであって、これを他の人に譲ったり売ったりしたら違法ですが、個人で音源をどんな形で楽しもうと違法ではありません)

 そんななかで真っ先に手を付けたのが、スライ&ロビーが中心となって一世を風靡した80年代初めのタクシー・プロダクションもの。特に好きだったのはこのCrucial Reggae Driven By Sly & Robbieという作品で、日本でこれが発表されたのは82年のこと。どの曲もいいんだけど、このB面に収められたマーヴィン・ゲインの名曲カバーでジミー・ライリーが歌った「セクシャル・ヒーリング」が群を抜いて素晴らしい。というか、まずはこれが聴きたかったというのかなぁ。というので、これをCDに焼いたんだが、このamazon.co.jpのリンクを見ればわかるように、すでにこのCDは廃盤のようで、マーケット・プレイスの価格を見ると9000円を超えている。法外な値段が付けられたコレクターズ・アイテムのようなのだ。どこかで彼のアルバムなりにこれが収録されていないか、amazonをチェックしてみたんだが、なかなかみつからない。

Jimmy Riley 同じようにみつからないのが、スラロビをバックに録音した彼の名作アルバム「Rydim Driven」。これも名曲そろいの名アルバムなのにネットでいろいろと検索してもあまり姿を見ないのだ。巻頭の「Love & Devotion」から「My Woman's Love」と、牧歌的とも言ってもいいほどにレイドバックしたこの頃のレゲエって、理屈抜きに好きで、これもアナログからの音を取ってCDに焼いてみた。

 面白いのは、どんな理由からかはわからないんだが、そうやってアナログから自分でCDを作ったというのに、これをiTuneで抜き取ると自動的に曲名やアーティスト名が拾えること。以前、韓国で手に入れた70年頃のサイケデリックのアナログからCDを作った時にもハングルで曲名が出てきたんだが、これはびっくりする。どういった構造になっているんだろう。といっても、ジミー・ライリーの方は全然出てこなくてタイトルを全部自分で入れる羽目になりましたが。

Sly & Robbie 一方で、嬉しかったのはあのCrucial Reggae Driven By Sly & Robbieの前に録音された、Sly & Robbie present Taxiはまだ入手できるというのがわかったことかな。といっても、これも、amazonのマーケット・プレイスでの出品なので、それほど一般的じゃないんだろう。といっても、これについてはジャケット違いのCDがアメリカで出ていたように思うんだが定かではない。

 といっても、これもアナログ起こしてCDに焼いたんですが、悲劇の兆候はその頃からあった。なぜか、右チャンネルからちょっとしたノイズが聞こえてくるのだ。なんだろうと思っていたら、ある日、右の音が完全にここえなくなってしまったのだ。要するに、ターンテーブルに問題が起きたようで、結局、修理に出さなければいけなくなってしまった。自分が使っているのはケンウッドのKP1100という85年に発表されモデルですでに20歳。もちろん、部品は残っていないし、実際に修理できるのかどうか、かなり微妙。実際、自宅にケンウッドの人に来てもらって若干の調整をしてもらったんだが、まともに鳴ると思ったのはわずか数十分で、結局は、引き取ってもらってきちんと見てもらうことになった。さて、この修理代がいくらになるのか、そして、直るのか... 未だにわからないのだ。

 ただ、できることなら、これを修理して使いたいと思っている。なにせ、ケンウッドの名機です。中古相場でも5万円ぐらいの値段で取り引きされているようで、数万円の修理代なら出してもいい。さて、どうなることやら。



投稿者 hanasan : 17:17 | コメント (0)

2006年09月15日

シバとハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァル

シバ 今年もハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルでエキスプレスを担当した。ほぼオンタイムでライヴや会場の状況を伝えていくというもので、基本的にはライヴを撮影して出来るだけ早く写真やレポートをアップするというものなのだが、フジ・ロック・エキスプレスから昨年まで3年間続けてライジング・サン・エキスプレスと、スマッシング・マグのスタッフを中心としたこれは、僕らの仕事の中核に位置するようなものとなっている。

 まぁ、スタッフによってはなかなか早くできない人もいて、けっこういらいらすることもあるんだが、簡単にはできる仕事ではないので、のんびりと人を育てていくしかないなぁと思っている。それでも、スタッフは必死になってモニターに向かい合い、写真をセレクトして加工。大急ぎで最高の作品を目指して動いている。加えて、ライターも同じように原稿を書いてくれるのだ。だから単純に「作業が遅い」なんぞといわれるとかちんと来ることもある。誰一人として機械じゃないし、それぞれの思い入れをどうやって形にするかということにベストを尽くしている。その結果がああいった形になったということ。それを気に入ってもらえなかったら、それでいいかぁと思う。まぁ、文句を言っているのは少数派で、数々のお褒めの言葉をいただいて、みんな、とても喜んでいるというのが本音だろう。

中山真理 今年僕が撮影したのは中山真理、あがた森魚、向井秀徳が初日で、2日目は東京ローカルホンク、ダブル・フェイマスにジョン・コーワン・バンドと各日3アーティスト。すごい印象に残っているのは中山真理で、昔からライヴを見たかったアーティストだ。いきなりディランの「Don't Think Twice, It's Alright」で始めた彼女の演奏はなにやら日本人じゃないよう。というのも、彼女、日本語で歌わないんですね。カバーした曲のセンスとか、すごく近いとことにいるし... 僕の場合、大好きなドック・ワトソンのヴァージョンがあるんだけど、カントリー・クラシックとも呼べる「I Am A Pilgrim」なんて、生で聴いたのは初めてだったし、それはそれで嬉しかったけど、僕には英語で歌うことの意味が理解できない。4年ぐらいをアメリカで過ごしていたらしいが、それだったら、アメリカで歌えばいいんじゃないですか? このままだと、結局は「かぶれ」だけで終わってしまうんじゃないかなぁ... なんて思うんですよ。これほどの才能があったら、「自分の言葉」で歌うべきだと思うし、他のどんな言語を流ちょうに話したところで、それは本当の「自分の言葉」からの逃げでしかないと思うんですね。といっても、誤解して欲しくないけど、彼女は好きなのよ。もっともっと「歌」が歌えるはずだから、そうなったときの彼女に期待しているんだろうなぁと思う。

シバ それにあがたも良かった。といっても、面白いのはセットリストで比較的新しい『佐藤敬子先生はザンコクな人ですけど』と『日本少年‐ヂパング・ボーイ‐』からの1曲を除けば、今年、大枚をはたいて購入した『1972春一番』という10枚組の時と同じで、なんか懐かしかったなぁ。「冬のサナトリウム」から「サルビアの花」に「赤色エレジー」が出てきて、最後は名曲「大寒町」という流れで、このバックだったらそうなるんだろうなぁと思いつつ、納得していたように思えます。渡辺勝、矢野誠、武川雅寛なんて人たちがバックですから。ここにもう少しメンバーを加えて、はちみつぱいがバックになったあがたの再演がファンの夢なんですけど、いつかはそんなこともあるんだろうかなぁと期待しています。

 このライヴのおかげであがたの名作『噫無情(レ・ミゼラブル)』を何度も何度も聞き返しているというのが今日この頃。あのオリジナルのように、CDもピクチャー・レーベルで作られていたら、CDも買ってもいいんだけど... どうなんだろう。再発する人たちにそれだけのアーティストへの愛情があれば、そうなっているはずだけど、どうなんだろう。

シバ さて、そういった演奏のみならず、嬉しかったのが懐かしい人たちとの再会だった。そのひとりがシバ(三橋誠)で、ずっと以前から一度ライヴを見たいと思っていた。今回は高田渡トリビュートのステージで最後の方に3曲ほど歌っている。目が悪くなったせいか、顔はよく見えなかったけど、上手の芝生の上に座って聴かせてもらった。(実は、今回のフェスティヴァルで撮影時を除けば、じっくりと音楽を聴けたのはこのときだけだった)嬉しかったね。おそらく30年ぶりぐらいに聞く生のシバだ。その30年の月日をどう考えたらいいのかはわからないけど、僕が惚れ込んだシバはあのときのままのシバで、やっぱ、この人じゃないとダメなんだということを思い知らされたね。あの声にあのギター、それは、かつて「つげ忠夫の漫画の世界がそのまま音楽になった」ような物だと記していたんだが、その通り。っても、漫画を好きじゃなかったら、こんなことを書いてもわからないだろうけど。

 その名作、『夜のこちら』を発表した頃、大学生だった自分がプロモーターをやっていて、岡山で3度ほど彼のライヴを主催している。初日は憂歌団と一緒のステージで、会場は岡山文化センター。キャパ300ほどの会場だったんだけど、ここも良かったし、その翌日にはジャズ喫茶、イリミテ(素晴らしい店でした)で生音だけのライヴをやっている。それから、しばらくの後、長谷川楽器の小さいホールでまたやっているんだけど、このときは全てを録音していて、そのテープがうちにも残っている。嬉しいことにこのときのテープの箱にシバがイラストを描いてくれていて、本当は、あまりの演奏の素晴らしさにこれをなんとか形にしたいと思い続けて30年ぐらいかなぁ。実は、この前日に運動公園の近くにある「木の実」というお店でお銚子を20本以上並べてしまうほど彼と飲んでいて、かなりの二日酔いライヴだったと思うんだが、その雰囲気がそのまま収められているのだ。それに、「いぇい!」と叫んでいる30年ほど前の自分の声も。実に懐かしい。

 そのシバと話をすることが出来たのが嬉しかった。ちょうど帰り道の途中に話をしたので、そんなに多くは語ってはいないんだけど、「覚えてるよ、あのジャズ喫茶」なんて話があって、今度チャンスがあったら、彼の写真を撮影させて欲しいとお願いしている。彼のスケジュールをチェックして、一度、彼の写真をじっくりと撮ってみたいと思っている。なんでも彼も写真をやっているということらしいし、コンピュータについても、かなりのマック・フリークらしく自宅に5台ほど抱えているということだ。

 ちなみに、今回は会場で彼のライヴ『新宿発、謎の電車』を買ったし、以前もタワー・レコードでたまたま目に入った『ガードレールに足かけて』も持っているんだが、自分にとって越えられない傑作は『夜のこちら』。特に、ここに収録されている「星の明日」には泣ける。チャンスがあったら、是非聞いてもらいたい傑作です。

CSNY この日、全てが終わってステージ裏を歩いているときにはドラマーのトン(林敏明)とも再会。いつか新宿ロフトで「春二番」があったとき長田タコヤキと再会したように、彼も70年代初めのディランという喫茶店にたむろしていた仲間で、「そうゆうたら、昨日、源さんと会うたよ」なんて話も出てきた。このトンはハックルバックのメンバーで、源さんは当時、オレンジ・レコードというのを作って数々の名作を発表している人物。いずれも全てディランを通じての仲間です。

 ということで、なにやら懐かしいばかりの2日だったような... 特に今回はスピーカーから自分には避けては通れない傑作中の傑作CSNYの『デジャヴ』が流れていた。そうなんだよなぁ、みんな、俺たちの年代はあの頃の何かに触発されて、それがエネルギーになってずっと生き続けているという感じ? 絶対にそれは間違っていないんだけど、思っているようにそれが形になっているかといえば... どうなんだろうなぁ。まだまだ道は長いように思えるなぁ。



投稿者 hanasan : 15:09 | コメント (0)

2006年08月24日

Loggins & Messina、紙ジャケ再発CDご購入

Loggins & Messina かなり長い間この二人、ロギンス&メッシーナのアルバムがきちんとCD化されたことはなかったように思う。ずいぶんと前にソニーが日本企画のベスト的な作品をCD化したStar Boxというシリーズがあって、それがうちにあるんだが、その後、まだ2800円という価格でアルバム数枚がCD化されたことがあった。当時は、おそらく、ほとんどの再発ものでも受け取れていた頃なのに、うちには『Full Sail』と、ベスト・アルバム『『Best Friends』のアメリカ盤があるに過ぎなかった。あのとき、全部CD化されたんだろうか?というよりは、未CD化の隠れた名盤みたいな流れで発表されたんじゃないかなぁ。勝手な憶測ですが。

 彼らにとってのデビューとなるこの『Sittin' In』はアナログで持っていて、ほとんどオリジナルが発表された頃に入手していたのではないかと思う。そのCDが紙ジャケット・ヴァージョンで発表されたということもあり、これを買ってしまった。要するに、簡単に聞けるからという理由とiTuneに入れやすいというのも言い訳かな。それだったら、iTuneで買えばいいんだろうが、「紙ジャケ」に惹かれたというのもあるんだろうな。

 おそらく、多くの人が知っていると思うんだけど、この段階ではまだロギンス&メッシーナというバンドではなかったらしい。クレジットを見ればわかるんだけど、ケニー・ロギンス with ジム・メッシーナということで、バッファロー・スプリングフィールド (国内盤 / US import)からポコ(US import)と渡り歩いてきたメッシーナがプロデューサー的な存在としてこのアルバムに関わったらしい。それが結果としてロギンス&メッシーナというユニットを生み出すことになったんだそうな。

 で、このアルバムでなにがお気に入りかというと『ダニーズ・ソング』と『プー横町』。両方とも名曲で、彼らのベスト的なアルバムには必ず収録されているのがこの2曲で、これはよく聴いた。この後のアルバムもけっこうフォローしていたとは思うけど、ライヴの『On Stage』が一番記憶に残っている。さわやかなウェスト・コースト音楽... というイメージの向こうに、実はジャズからラテンといった様々な音楽の要素をほどよく吸収して、どんどんインプロを展開していくという意味で、実は、かなりフュージョン的な要素も多分に持っていた。

Loggins & Messina それを再発見したのが昨年購入したこの再結成ライヴのDVD(国内盤 / US import)。面白いのはこのCD(US import)とDVDの値段が変わらないことだというのはあれを買ったときに書いているんだが、これはDVDの方が断然おすすめ。なにせ、収録されている曲数はDVDの方が遙かに多いし、73年のライヴ映像も見ることができる。再結成との時間の差は約30年だけど、なにやら演奏そのものはあまり変わっていない感じがして、今も昔も実にいいのだ。個人的には指でピッキングするジミーのギター・ソロにぞっこんですが。

 で、このロギンス&メッシーナが解散した後に、ケニー・ロンギンスは『Nightwatch』という素晴らしいアルバムを発表。当時全盛だったフュージョン的なアプローチが独特なニュアンスを感じさせる音楽を生み出したんだけど、この後はただのポップ・スターになっていって一切聴かなくなった。特に、誰でも知っている「トップ・ガン」とか「フットルース」とか... 最低だったなぁ。一方の、ジム・メッシーナも傑作『Oasis』を発表。これも隠れた名盤だと思う。先日、渋谷のレコード屋で『Messina』のアナログを買ってみたんだけど、『Oasis』の方が遙かに好きだなぁ。なにやら、『Oasis』には歌心いっぱいの曲を感じることができるんだけど、後者はなんかサウンドの派手さや出来にばかり執着しているような印象を持ったからかな。

 とまぁ、例によってバカは死ななきゃ直らないレコード漁りの毎日。先日も、札幌に行ったとき、再結成したはっぴいえんどのライヴや赤い鳥のデビュー・アルバム(名曲「竹田の子守唄」を英語にして歌ってたもの)や今度ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルに姿を見せるオレンジ・カウンティ・ブラザーズのファーストも買った。これなんぞ、どこかでCDを買った記憶があるんだが、見つからない... いつものことですが、これが一番困るなぁ。なんとか、棚を作れるスペースを確保しなければいけないんだけど、もう... 全ての壁がCDに覆われて、全然ないからなぁ。どうしましょ。



投稿者 hanasan : 03:33 | コメント (0)

2006年08月15日

Karen Dalton再び...はまる、はまる

Karen Dalton いつだったか、ここでKaren Dalton(カレン・ダルトン)という女性フォーク・シンガーの話を書いたんだが、この間、何げなくヤフー・オークションというのを見ていたらら、名盤と呼ばれている彼女のセカンド・アルバム『In My Own Time』をみつけてしまった。なんと2枚もアップされていたんだが、1枚は全くの新品で価格は14500円。こりゃぁ、高い。さすがに手が出ない。でも、もう1枚は8500円。これもかなり高い。が、開封して一度しか聞いていない...と、本当か嘘かは知らないけど、書かれてあって、出品している人の評価もチェックして... ええい、買っちまえ! と、初めてヤフオクなるものを体験した。

 金を払ってその翌日には手元に届いたという意味で、とてもいい感じの人だったなぁと思うが、同時に、これはカットアウト盤。しかも、オリジナルのプレスではなくて、レーベル違いの再発盤じゃないかと思う。さらに加えて、A面1曲目に傷ではないんだが、プレス上のミスなんだろう、ちょっと盛り上がっている場所があって、針圧が低いと見事に針が飛ぶし、どうしてもノイズは避けられない... という意味で、どうなんだろうと思った。でも、まぁ、そのほかは新品のようで音もめちゃくちゃいい。というので、実に嬉しいのだ。

 なにせ、彼女の存在を知ったのは、例の音楽仲間、日高氏の家。何年か前にさかのぼるんだが、聞いたとたんに「これ、誰?」だからね。めちゃくちゃええやん。と、それ以来、このアルバムを探していたのだ。しかも、このところ、仲間からやたらこのアルバムのことが聞こえてくるのだ。中目黒のバード・ソング・カフェじゃ、これが定盤だし、苗場のポールの店に行ったときにも、このアナログを見せられた。彼の場合、ファーストの『It's So Hard To Tell Who's Going To Love You』までアナログで持ってやがる。悔しいぃ!と、思っていたわけです。

 とはいっても、面白いことに、この『It's So Hard To Tell Who's Going To Love You』は、CD化されていて、これは買っていた。そのアルバムがどれほど素晴らしいか... いやぁ、語り尽くせないぐらいにめろめろになっているんですが、そんなこともあって、なんとしてもセカンドの『In My Own Time』を入手したかったわけです。というので、やっちゃいました。散財でございます。7〜8年前に細野晴臣の『泰安洋行』のアナログ(もちろん、オリジナル)を6500円の値段で引き落としたことがあったんだが、それ以来のオークション。でも、後悔はなしですな。やっぱ、いい。めちゃくちゃいい。

Karen Dalton で、その『In My Own Time』を最初に聞いたときにHDに落として... マスタリングして... 自分用にCDに焼き落としました。しかも、速攻でiTuneで抜いてiPod用に準備。嬉しいことに、今回も曲目からタイトルまでなにもしなくても認識してくれました。もちろん、その間に何度も聴いているんですけど、いいアルバムですね。特に、「男が女を愛するとき」のカバー。これは泣けるぞ。いや、泣きました。おそらく、これが最もみんなに語られる曲じゃないかと思うけど、基本的には全部カバーなんですね。ザ・バンドの『In A Station』とかマーヴィン・ゲイで有名な『How Sweet It Is』とかも入っているし、トラッドの2曲以外のクレジットに彼女の名前が見えないから。想像するに、彼女の声の素晴らしさにはまったウッドストック周辺の人たちが彼女のために一肌脱いだ... って感じじゃないかと思います。バックにジョン・サイモンとかジョン・ホールやエイモス・ギャレットの名前も出ているしね。

 だから、このアルバムは「きちんとプロデュースされている」という印象が強いですね。いい作品なんだけど、自分にとってはファーストの『It's So Hard To Tell Who's Going To Love You』の方がいいなぁと思った。これは負け惜しみじゃなくて、こちらの方が彼女の自然な魅力がきちんと詰め込まれているって感じですかね。と思って、当然、こちらのアナログも探し出したんですな。そうしたら、アメリカでは10ドルぐらいで入手可能のようです。ってもクオリティはそれほど良くはないのかもしれないけど。

 それに彼女に対する再評価が高まっているようで、『It's So Hard To Tell Who's Going To Love You』のUK盤もでるようです。しかも、こちらのUK盤なんですが、なにやら値段が高いなぁ... と思って、いろいろと調べていたら、なんでもDVD付きでレアなライヴ映像が入っているようです。っても、これもイギリスじゃけっこう安い値段で売られているようなんだけど、日本で買えば3000円を超える。悔しいなぁ... と、思いながら、こうなってしまうともう止められません。また、注文してしまいました。だって、見たいじゃないですか。あの、今にも朽ち果ててしまいそうな、か細く、絞りでるような声が、どうやって出てくるのか? 誰かが、ビリー・ホリデーのようだといっていたのを覚えているけど、ホント、ビリーがフォークやブルースをやっているという感覚なんですね。これは見たい、どうしても見たい。と、それだけのことで、再び散財です。いやぁ、音楽バカは死ななきゃ直りません。


*補足です。

 どうやら、カレンのセカンドがベアズヴィルから出ていたというのは、完璧な誤解で、全然そうじゃなかったみたいです。ということで、バックのミュージシャン情報からそういった誤解をしてしまったみたい。ごめんなさい。アホです。




投稿者 hanasan : 14:42 | コメント (0)

2006年08月13日

Nocolette Larsonのライヴ買っちまった!

Nicolette Larson 70年代の終わり、なぜか一気に女性アーティスト、特にウエストコースト系が脚光を浴びた時期がある。っても、昔から基本的には女性の声が好きで、いろんなアーティストを聴いていたんだけど、そんななかで「愛くるしい!」という言葉がピッタリな女性にニコレット・ラーソンがいた。これが78年に発表されたデビュー・アルバム『愛しのニコレット』(国内盤 / US import)なんだけど、プロデューサーはテッド・テンプルマンで、ドゥービーやリトル・フィートなんかを手がけていた大物。当時は、(今も、そうだね)そんなクレジットで全く知らないアーティストの作品もあさるように買っていたんだが、まずはそのあたりをチェックして、バックのメンバーを見る。すると、ほとんどリトル・フィート系だというので、「こりゃぁ、文句ないよ」と購入。そして、アルバムの1曲目、ニール・ヤングの『カムズ・ア・タイム』(国内盤 / US import)に収められている『Lotta Love』(邦題『溢れる愛』)でKOを喰らうことになります。(ちなみに、このアルバムでニールとデュエットをして、脚光を浴びていたなんて話も思い出しましたけど)この1曲だけのためにこのアルバムを持っていてもいいと思えるほどに、はち切れんばかりの『愛くるしいヴォーカル』が飛び出してくるんですな。これも、自分にとっての永遠の名盤です。

 で、そのあと、同じようなメンバーと一緒にセカンド・アルバムの『In the Nick of Time』(US import)を発表して、当然のようにこのアルバムも購入。といっても、それ以降の彼女は... わからない。他の女性アーティストに気移りしたのかもしれないけど、これ以降は買ってはいなかった。貧乏人の学生にそんなにたくさんのアルバムを買えるわけがないから、この2枚に比較して驚くほどの作品じゃなかったんだろうなぁ... 徐々に彼女への関心が薄れていったということなんだろう。

Nicolette Larson そんな彼女が脳腫瘍で他界したのが1997年12月だったらしい。そんな話は全然知らなくて、なにかの機会に『A Tribute to Nicolette Larson』(US import)をみつけて、けっこうショックを受けたものだ。なにせ、享年45歳。まだまだ若い『愛しのヴォーカリスト』がなくなってしまったわけだ。

 ちなみに、このアルバムに参加している人たちの顔ぶれを見れば、彼女がどれほど仲間に愛されていたかが手に取るようにわかる。リトル・フィートは当然として、ジャクソン・ブラウンからボニー・レイット、リンダ・ロンシュウタット、エミルー・ハリスに、ダン・フォーゲルバーグやジミー・バフェット、クロスビィ・スティルス&ナッシュ、キャロル・キング...さすがです。

 と、なぜか彼女が気になっていたここ数ヶ月、たまたまみつけたのがこの『Live at Roxy』(US import)というアルバム。例によって例のごとく、限定とかって言葉にとっても弱いものだから、「5000枚しかプレスされていない」というので、ちょっと値段が高いんだけど、買ってしまった。ところが、その内容があまりに素晴らしくて... びっくりしています。なにせ、録音されたのは78年の12月20日。ファースト・アルバム『愛しのニコレット』(国内盤 / US import)が発表された頃。ジャケットの記録を見ると、彼女のプロモーション用に制作されたものらしいんだけど、実際にプロモーション用のアナログがでていたのではないかと察する。(当時、そういったものがけっこうあったから)

 よほど彼女に入れ込んでいたんだろう、このライヴ録音にもテッド・テンプルマンがプロデューサーとして名を連ね、バックのメンバーもデビュー・アルバムの主力が集められている。っても、クレジットなんてなくて、ライヴのなかで彼女がメンバーを紹介しているからわかるんだけど。それに、今気がついたんだけど、このCDをiTuneに落としてみたら、曲名と一緒にバックのパーソネルがみんなでてきた。当然のようにビル・ペインもいるし、ポール・バレルやアルバート・リーなんかの名前も見える。おそらく、客席にはローエル・ジョージもいたんだろうなぁ... と思う。と、完璧なバックにサウンドのクオリティも文句なし。デビュー・アルバムがそのままライヴで楽しめる感じで、これはいい買い物をしたと思う。最もヴィヴィッドな時代のライヴを最も素晴らしいクオリティで残していてくれたことになる。

 このことを書くに当たってニコレット・ラーソンへのトリビュート・サイトをみつけて、『The Very Best of Nicolette Larson』(国内盤 / US import)というアルバムに、ここに収められている2曲が収録されていることを知ったんだけど、その他はブートでしかでていなかったんだそうな。おそらく、ここに収録されているもので、あの日に録音されたものの全てではないかと思うけど、あまりの完璧さに「買って良かったなぁ」と思ってます。

 ちなみに、私のアルバムに書かれている番号は4714。ということは、あと数百枚でなくなるってことなんでしょうか。もし、当時の彼女が好きなんだったら、これは持っていた方がいいと思うなぁ。



投稿者 hanasan : 16:41 | コメント (0)

2006年08月07日

Eddie Tan Tan Thorntonの名作復刻!名作は死なないのよ。

Eddie Tan Tan Thornton 今から10年ほど前にレゲエが脚光を浴びて日の目を見たアルバムにEddie Tan Tan Thornton(エディ・タンタン・ソーントン)の名作、『Mucial Nostalgia for Today(ミュージカル・ノスタルジア・フォー・トゥデイ)』という作品があった。記憶ではラフ・トレードから発表されたのではないかと思うが、それが日本でも発表されて、いたく気に入っていた。といっても、あのときのレゲエ・ブームはあっという間に尻すぼみになって、好事家のが愛する貴重盤として長らくシーンから消えることになったのがこの作品。
 
 で、この人物が誰かというと... おそらく、アスワドの来日公演やジャズ・ジャマイカ、あるいは、リコ・ロドリゲスのバンド、最近ではスカ・クバーノあたりをごらんになったことのある方なら、知っているだろう、めちゃくちゃ元気のいい、やたら目立つトランペット奏者の愛すべき親父。なんだか愛嬌満点で、ちょっとでもお話をすると「お友達」になってしまうというというか、友達にされてしまうという人物で、日本でも彼の友達はいっぱいいるはずだ。

 初めて会ったのは、おそらく、アスワドを取材した80年代の半ばではないかと思うが、その後も、アマズルという女性中心のレゲエ・バンドのバックで吹いていたことがあり、たまたまブリストルの大学祭かなんかで彼らが演奏していた時に友人の日高氏と一緒に訪ねていったことが、よほど嬉しかったんだろう、未だにその話を持ち出されるのだ。

 といって、彼はもっと昔から演奏をしていて、いろいろな名アルバム、歴史的なバンドとのレコーディングも経験している。ビートルズとかストーンズとか... そんな話は幾度も聞いているんだが、なによりも彼の道を開くことになったのはジョージィ・フェイムとブルー・フレイムスの時代だと思う。その頃の活動を通じてビートルズなんかと知り合っていったんだろう。また、その後、いつだったか知らないが、一時はロンドンでジミ・ヘンドリックスと一緒にフラットをシェアーしていたなんて話も聞かされた。これなんぞ、驚き桃の木山椒の木っという感じですな。

Eddie Tan Tan Thornton で、90年半ばのこと。ジャズ・ジャマイカのアルバムを日本で発表させようと当時のパルコ・クアトロ・レーベルを話を進めてたんだが、そのときに、どうせだったら、リコやタンタンのアルバムも出せませんか... となって、このあたりを一気に発表することができたわけだ。しかも、すでにその時点でオリジナル・アルバムのジャケット・データなどがないというので、じゃぁ、「俺が写真を撮りますわ」といって、彼がアスワドとリハーサルをしている場所に出かけていって彼の勇士を撮影。それを使ったジャケットを日本で制作して生まれたのが初CD化となるクアトロ・レーベルからのヴァージョンだった。そのジャケット写真がこれなんだけど、これはもう入手不能だ。実に残念。(ちなみに、そのときに書いたライナーはこちらで読むことが来でるので、お暇な人はどうぞ。)

 それから10年ほど過ぎた数ヶ月前のこと、ブルースインターアクションズの方から連絡が入り、なんとか彼のこのアルバムを再発したいんだが... という話になった。なんでもスカ・クバーノで来日したときに、タンタン本人からアプローチがあったようで、ひょっとしたら、僕がマスター・テープを持っているかもしれないというんだが、当然、そんなの持ってはいない。というので、これを発表したクアトロ・レーベルに問い合わせをして、あのときのDCなりをマスターとして使うかあ、あるいは、マスターを貸してもらえばいいんじゃないかとアドバイスをしたんだが、どうやらそういった流れを経て今回のDC化が実現したようだ。(っても、具体的な話は知りません)

 そうやって届いたのが今回の再発盤。なんでも当時CD化した時にアスワドとのトラックがボーナスとして加えられていたんだが、今回はそれに輪をかけて「Peace & Love」という曲とそのDubヴァージョンがおまけとして入っている。それはそれで嬉しいですな。

 それに、今回ちょっとしたアドバイスをしただけなのに、ご丁寧に私のクレジットも入れてくれている。ありがたいです。加えて、ご協力ありがとうございますという丁寧なお手紙に添えてサンプルを届けてくれた。感謝です。

 なお、このアルバム、amazonで探したんですが、みつかりませんでした。どこかのCD屋さんで手にはいると思うので、買ってください。名作です。のんびりと夏の日を過ごすのには最適なリゾート型レゲエ・アルバムといってもいいぐらい。こんなのをビーチで聴いていたら、たまりませんぜ。


投稿者 hanasan : 19:55 | コメント (0)

2006年07月08日

Jazz Defektors、20年ぶりに復刻ですか。

Jazz Dekektors 噂は聞いていたんだが、調べてみたら発売されていた。これはジャズ・ディフェクターズというバンドの最初で最後のアルバムで、自分が日本で海外のバンドの作品を発売させたりするアレンジをした最初の作品だ。その頃の詳しい話はここに書いているんだが、98年の段階で「コレクターズ・アイテム」と書いていたこれが手にはいるようになったわけだ。

 日本でアルバムを発表させる時、たいていの場合、存在するアルバムをライセンスするという形を取るのが一般的なんだが、彼らの場合、話が生まれた時点でアルバムは存在しなかった。当時、スタイル・カウンシルをやっていたポール・ウエラーが彼らに力を貸して、録音したのが「Ooh This Feling」という曲で、もう1曲ぐらいは、どこかのコンピレーション・アルバム用に自分たちでレコーディングしたトラックがあったかもしれないという程度。おそらく、あの時点で録音されていたのはその2曲ぐらいではなかったかと思う。

 いずれにせよ、彼らが最初に脚光を浴びたのは、その独特なスタイルのダンスで、そこからバンド結成に向かったというユニークな存在だった。実際、彼らが初めて来日したのはそのダンスを見せるためで、彼らがアート・ブレイキーやリー・モーガン、あるいは、ホレス・シルヴァーといったジャズ・ミュージシャンの名曲で見せてくれたダンスには圧倒されたものだ。

Jazz Dekektors この写真は85年に彼らがロンドンのショー・シアターでアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズと競演したときのものなんだが、この日はマンチェスターのジャズ・デフェクターズ(JDs)と共にロンドンのIDJ(I Dance Jazz)というグループも踊っている。マンチェスターのJDsがブレイク・ダンスとバレーやラテン系のダンスを融合したスタイルだったのに対して、IDJはタップダンスにブレイク・ダンスを融合したスタイルで、このアート・ブレイキーとのショーでは、IDJの方が、実を言えば、かっこよかった。特に、アート・ブレイキーがドラムスのソロでIDJのひとりとバトルを繰り返した瞬間は鳥肌が立ったほどだ。

 JDsは、ジュリアン・テンプルの映画『ビギナーズ』にフィーチャーされていて、そのジュリアンから紹介されたのが最初。その後、彼らがダンサーとして来日し、その流れでバンドもやっているという彼らの音が、自分の手からレコード会社に伝わり、デビューにつながっていくんだが、日本での発売が決まってレコーディングに入っていったわけだ。マンチェスターのイエローというスタジオで録音していて、このスタジオにも行っている。実際、あの後日本で最初に発表されることになったアルバムのクレジットを見ると、「クリエイティヴ・コーディネーター」として自分の名前が記されているし、自分とポール・ウェラーがいなかったら、このアルバムが生まれていなかったと書かれている。嬉しいものです。今回の再発でそれがきちんと残っているかどうか、実に気になりますが...

Stevie Wonder ちなみに、今回このアルバムが再発されたきっかけとなっているのはKyoto Jazz Massiveの沖野修也氏。80年代半ば、こういった動きを宝島を中心に発表していた原稿に触発されてDJを目指すようになったと、本人が言って入るんだが、おそらく、お世辞も入っていると思う。その沖野君がこのアルバムに収録されている「Another Star」をいたく気に入って、コンスタントにクラブで流し続けていたという話はよく聞かされていた。そのおかげなんだろう、発表から20年近くなってこの曲が日本ばかりかヨーロッパのダンス・フロアでヒットするようになり、いろいろな人たちがこのアルバムの所在を求めて動いていたらしい。その結果、キーボードのダンカンと連絡が取れて、日の目を見るに至ったというのだ。

 ところで、この「Another Star」だが、オリジナルはスティーヴィ・ワンダー。名作中の名作『Songs in the Key of Life』に収められていて、これと比較して聴いてもらえれば嬉しい。といっても、もちろん、この『Songs in the Key of Life』は完璧な作品で、これ以上のものができるとは誰も思ってはいなかったと思う。JDsのヴァージョンがオリジナルより良いなんてことは、口が裂けても言えないけど、彼らのヴァージョンはこの曲に新しい局面を与えたようにも思える。いろんな人たちがカバーしているに違いないが、飛びに抜けて素晴らしいヴァージョンであるには違いない。


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2006年05月24日

ホンマかい、アラン・トゥーサン来日?

Allen Toussaint ニューオリンズの超大物、アラン・トゥーサンが、エルヴィス・コステロと『River in Reverse』(US import / 国内盤)というアルバムを発表したという話を書いた。そして、彼の名作中の名作『Southern Nights』(US import / 国内盤)を最近買ったこと、それに、スマッシング・マグが今年のサウスバイ・サウスウエストでアラン・トゥーサン を取材していることにもふれた。それを見て、俺を「おこりんぼ」と呼んだ人がいたが、なかなか面白いなあ、それ。これから、okorinboってハンドル・ネームでなにかやってみようかなぁ... なんて思ったり。

 と、まぁ、そんな話はおいておいて、アラン・トゥーサンのことをマグのスタッフとしていたら、なんとその彼が来日するという情報が彼から入ってきた。

6/1(thu)
1st:Open 18:30/Start 19:00
2nd:Open 20:30/Start 21:00

 となっていて、会場は原宿ブルー・ジェイ・ウェイ

 で、いろいろ調べてみると、『River in Reverse』(US import / 国内盤)のプロモーションでの来日らしく、この二人が5月31日には渋谷のタワー・レコードでサイン会をやるんだそうな。びっくりだな。大丈夫なのかなぁ。大騒ぎになってしまわないのかなぁ。警察沙汰にならないのかなぁ... なんて、思うのっておお間違い?

 一方で、ニューオリンズの超大物がこんなちっぽけな場所でライヴというのにびっくり。だって、私、彼にはフジ・ロックのグリーン・ステージに出て欲しいと思っていたほどですもの。まぁ、無理でしょうけど。おそらく、可能性があっても、ヘヴンかオレンジになるなろうけど。急遽の来日で会場がなかったんだろうけど、それにしても小さい会場だ。明日にでもチケットを押さえたいけど、まだあるかなぁ。かなり不安。

 しかも、アランのライヴの翌日、コステロのショーがあるということは、当然、そこにアランが出てくるんだろう。こりゃぁ、まいった。残念ながら、あまりコステロには関心はないんだけど、まさか、アランの方にコステロが姿を現すこともあるのかしら。そんなことになったら(そっちの方が遙かに面白い組み合わせだと思うのって、私ぐらい?)、びっくり仰天だけじゃすまされないような気がするなぁ。



投稿者 hanasan : 22:44 | コメント (0)

2006年05月19日

Bruce Springsteen、また、くるかぁ!

Bruce Springsteen あぁあ、だめだ。音楽とメシには弱い。たまたま、ちょっと一休みと思ってサーフィンしてたら、こんなのみつけちゃった。ブルース・スプリングスティーンのピート・シーガーへのオマージュで作ったという『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』(US import / 国内盤)。

 これも、ひかれるなぁ。だってね、いつだっけかブルースのソロのライヴを見たときに、アコースティックなブルースにはまっているんですね。ギター1本なのに、いろんな音のニュアンスを奏でることができて、しかも、歌がうまいのなんのって... まぁ、ファンにすれば、そんなの当たり前じゃないかってことになるんだろうけど、あのときは、それ以上に「語りかけることのうまさ」に感動しましたね。なにやら、大昔に見たトム・ウェイツのライヴのようで... 「そんなバカなぁ!」って思うだろうけど、実は、あのときのブルースにはトムが重なりました。まるで風景が見えるように、歌の世界を語り始めて... いつもは、ライヴでぐたぐた話を聞くのは大嫌いなんだけど、このときはそれがきれいに歌の世界への導入部として「音楽」になっていたというか... その素晴らしさに、やっぱブルースって、すごいわぁと彼の魅力を再認識させられたわけです。

 で、このアメ盤を見ると、なんだ、このDual Discって?と、思ったわけです。これまで、買ったことがないから。そうしたら、片面がCDで、片面がDVDというものらしく、ん?と、疑問を持つことになる。だってね、データが入っている面が直にプレイヤーにふれるわけですよね。そうしたら、ダメージとかってないのかなぁ。って、常識的に見たら思いません? それに、ディスクにプリントできるのかなぁ?きっとできないような、無機的なものに思えるんですね。だって、お皿だって作品の一部だから、写真とか、イラストとか、なにかがほしいじゃなりませんか。でも、これだったら無理じゃねぇかと思ったんですよ。

 っても、実際に、こうゆうのを手にしたことがないから、全然わからない。誰か知っている人いる?いたら教えてくださいませ。だって、不安で、買えませんから。まぁ、売っているんだから、大丈夫だと思うけど。

 一方で、国内盤は単純にDVD付きとなっている。値段もDVDがついているからだろう、3000円弱。だったら、これだろうなぁと思いました。

 っても、ここまで書いて、ディスクの種類の話しかしていないのって、変ですけど、英文の解説を見ると、ウッディ・ガスリーと並んでアメリカのフォークを語るときに欠かすことのできないピート・シーガーに関わる歌を13曲選んで、ブルースが彼の解釈で録音したとのこと。といっても、これは彼一人で歌って演奏しているのではなく、バンドと一緒のようだ。ただ、アコースティックの楽器ばかりで、チューバやB3なんてのが見えるとことから、ほぉ〜、なにをしているんだろう...  と思わせるんだが、彼のことだから、いい味を出しているんだろうなぁ。と思う。

 DVDは例によって、そのセッションの時の舞台裏が30分ほどのドキュメントとして収められているとのことで、こういったプロジェクトものの、最近の流行ですな。これにつられて、通常よりは値段の張るものを買ってしまうのね。なんだか、私、はめられまくっているんだな。

 以前は、ソニーからこのあたりのアルバムは毎回送られてきたんだけど、ここ1年ぐらいはなくなったから、買わないといけないかなぁ... まぁ、一般の方から見れば、「そんなサンプルもらって、なんて贅沢なぁ!」ってことになるんだろうけど、おそらく、ここを毎日のようにチェックしていたら、どれほどのお金を音楽にかけているか想像できようというもの。そろそろ経済もやばいしなぁ... 24日に日本盤の発売だから、それまでじゃないとこの値段で買えないような気がするし... あぁ、困った。頭を抱えるなぁ。

 補足ですが、今、amazonのマーケット・プライス(外部業者のも)によると、『We Shall Overcome: The Seeger Sessions』のUS import が1500円になっている。すごく安いなぁ。っても、それに送料がかかると思うんだが、どれぐらいなんだろう...



投稿者 hanasan : 18:30 | コメント (0)

2006年05月18日

Allen Toussaintでまた中毒ぶり返し

Allen Toussaint たまたまなんだけど、エルヴィス・コステロとアラン・トゥーサンが一緒に作ったという、このアルバム、『River in Reverse』(US import / 国内盤)をみつけて、初回限定のDVD付き、しかも、国内盤の方を注文した。っても、本当はアラン・トゥーサンを探していたんだけどね。今年のサウス・バイ・サウス・ウェストに彼が登場して、Smashing Magのスタッフが、ニューオリンズ系のミュージシャンを集めた日のライヴをチェックしていて... というか、絶対に見に行くべきだとアドバイスしてのことで、それがなかったら、彼らがいったかどうかわかりませんけど。

 確かこの日は、バックウイート・ザディコ(100% Fortified Zydeco)や、アーロン・ネヴィルの息子、アイヴァン・ネヴィル(Scrape)も出演していて、本当は、この二人を、ものすごく見たかった。それに、その日のヘッドライナーがアラン・トゥーサンで、生で見たことがないから、なんとかならないかなぁと思っていたんだけど、本体で発表したフォト・レポートでもわかるように、三味線ツアーでこの日にはすでにオースティンにはいなかったのだ。

 悔しいことに、マグのスタッフはアランを見ていた。話を聞くと、アイヴァンも見ていたらしいんだが、フォト・レポートも掲載されていなかった。残念だ。以前から、アイヴァンは大好きで、あの独特のちょっとしわがれていて、ソウルフルな声にはまりまくっているのだ。(ネヴィル・ブラザーズのDVD「Tell It Like It Is」の彼が最高。ボニー・レイットとのデュエットなんて卒倒しそう!)あれほど頼んだのに、撮影していないし、レポートもない。悲しい限りだ。そして、日本にいたら撮影のチャンスなんて全然ないだろう、アラン・トゥーサンの写真はきちんと撮っていたようだが、レポートはなし。悲しいねぇ、なんでこういった音楽のことを書いてくれないんだろう。しかも、話を聞けば、この日バックウイートから始まって、めちゃくちゃ楽しかったんだと。だったら、書けよ!

Allen Toussaint と、人の仕事にそんなに頭に来てどうする? 仕事でライヴなんて見るより、楽しんだ方がいいに決まっているんだから、文句なんて言えないからなぁ。とまあ、そんな流れのなかで、もう一度、アラン・トゥーサンをきっちり聴こうと思って検索していたら、『River in Reverse』(US import / 国内盤)をみつけて、クリックしてしまったという次第。なんと罪作りなamazonよ。

 で、アラン・トゥーサンに関しては、オリジナルのアルバムは持っていなくて、手元には『The Allen Tousain Collection』しかなかったというので、今回買ったのが、名作の誉れ高い『Southern Nights』。まぁ、結局、ベストにも収録されている、このアルバムのタイトル・トラックが素晴らしいんですけど、どこかで名曲が生まれた時のそのアーティストの「空気」を知りたいという、奇妙な欲求がどこかにあるんだろうなぁ、こうやってオリジナルのアルバムを聴きたがるのは。

 まぁ、そんなこんなで再びニューオリンズ系に目がいってしまってるんですけど、たまたま読みたい本があって、それを注文しようとしたら、1500円以下。amazonの場合、1500円以上にならないと送料がかかるから、なにかを足さなければ... と、思う時があるんですね。そんなときに目に入ってきたのが、ドクター・ジョンのミニ・アルバム『Sippiana Hericane』。ハリケーン・カトリーナでやられたニューオリンズの被害者を救済するために作られた作品で、少しでもお金がそういったことに使われるんだったら、こんな時にこそ使ってしまえばいいんだと思って、これを買った。

Dr. John もともとドクター・ジョンは大好きで、(ジョン・ピールは、その昔、あいつは金にうるさいから、嫌いだっていってたけど)自分にとって特に気に入っているのは『City Lights』というアルバム。一般的にはもっと昔の泥臭いニューオリンズ系が名作として取り上げられるんだけど、自分が初めて彼にはまったのは名プロデューサー、トミー・リプーマが手がけたこのアルバムだった。バックではデイヴィッド・サンボーンなんてのが吹いていて、いわゆるAORの傑作なんだけど、これがあまりに好きで、その後に、リヴァプールの友人、トーマス・ラングのカバー・アルバム『カバーズ』を作った時に、ここに収録されている「Rain」を歌ってもらったものだ。ちなみに、ここには大好きなトム・ウェイツの「サンディエゴ・セレナーデ」も収められています。(オリジナルは名作『土曜日の夜』に収録)

 と、どんどん広がっていく音楽の輪、そして、大きくなっていく出費。誰かが言ってましたけど、ホントに、中毒です、私。音楽で生活がダメになる? かもしれない。けど、そんな生活のために生きているようなもんだから、これもいいでしょ。そう思うしかないからね。



投稿者 hanasan : 10:05 | コメント (0)

2006年05月17日

Neil Young : 戦争と生きる!

Neil Young  ニール・ヤングが、また、とんでもないアルバムを発表しやがった。タイトルは『Living with War(戦争と生きる)』で、しかも、このアルバムはわずか2週間で録音されたんだそうな。なにやら、以前ここで紹介したCSN&Yの名作アルバム『4 Wat Street』に収録されている名曲、『Ohio』の時のような強力なインパクトを感じる。しかも、あのときはシングルで、オリジナルを発表しているんだが、今回はアルバム1枚だ。それをそのままぶつけて来やがった。

 完全にぶち切れているし、その気持ちが痛いほどわかる。まだ、アルバムも買っていないのに、なぜかって? 実は、今、彼の公式サイト、http://www.neilyoung.com/で、このアルバムの全曲を聴くことができるから。(一番下のLiving With War Blogから入っていくと、Listen to the Full Album Now!というのが出てきます。)それを聞きながら、これを書いているんだけど、とんでもない迫力だ。もちろん、これからこのアルバム『Living with War(戦争と生きる)』を注文して、でっかい音で聴こうと思っているけど、とりあえずは、こんなアルバムが出たということのご報告。

 収録曲は

1.After the Garden
2.Living With War
3.The Restless Consumer
4.Shock and Awe
5.Families
6.Flags of Freedom
7.Let's Impeach the President
8.Lookin' for a Leader
9.Roger and Out
10.America the Beautiful

 大統領、やめちまえ!だけじゃなくて、とんでもない言葉で真正面からアメリカ、ブッシュ体制に対して『闘い』を挑んでいるのがわかる。ニール・ヤングはカナダ人なのに... なんてアホーが評論家面して彼のことを攻撃しているけど、『自由』と『民主主義』のために他の国で簡単に人殺しを続けているのがアメリカだ。どこの国のどこの人間にもアメリカの大統領を非難し、弾劾する権利を持つ。そして、そのブッシュを支持し、忠犬のようにへばりついている日本の首相も、同じように弾劾されるべきだろう。

 日本でこういったことを歌ってきたのはソウル・フラワーやシアター・ブルックぐらい。僕は彼らをニール・ヤングと同じく尊敬するなぁ。



投稿者 hanasan : 17:25 | コメント (0)

2006年05月13日

Rodrigo Y Gabrielaに首っ丈

Rodrigo Y Gabriela きっかけは、例によって友人なんだけど、昨年のグラストンバリー・フェスティヴァルでこの二人のステージを見て、虜になったようだ。そんなこともあって、しきりに彼が「チェックしろ」というので、昨年、amazonで『Live : Manchester Dublin』というアルバムを注文したんだが、ずいぶんと長い時間待たされたあげく、「入手できませんでした」というメールが届けられ、結局、聞くことはできなかった。

 それから、しばらくしてみつけたのがシンプルにバンドの名前を付けただけの新しいアルバム『Rodrigo Y Gabriela』。これはDVD付きの限定版なんだが、同じようにDVD付きということで、『Rodrigo Y Gabriela』というのもみつかった。こちらの方が値段が安いんだが、どこに違いがあるのかは、全然わからない。ひょっとしてジャケットの違いかなぁ。

 とりあえず、紙ジャケットとなっている前者の方を注文して(その時点では後者の存在は知らなかったので)、今回は数日で届けられたんだが、これを買って大正解だった。なによりも,マルチー・リージョンとなっているDVDで見る彼らのライヴに驚かされるのだ。(PALだということだけど、問題なく見られました)ロドリゴという男性とガブエリエラという女性の二人が、ステージに座ってギターを演奏しているだけ。それなのに、この二人から放たれるエネルギーといったら... まるでロック・バンドのような迫力なのだ。

 

Rodrigo Y Gabriela 基本的な音は、おそらく、かつて一世を風靡したジプシー・キングスの流れにあるものなんだろう。というか、そう説明するのが最も簡単だ。が、決定的に違うのが、その底辺に流れるロックなタッチ。ジプシー・キングスは、当時のワールド・ミュージックの流行にのってどんどんと「おしゃれな音楽」へと変質を余儀なくされたんだが、そのプロセスで本来持っていた、ざらつきのある感覚が失われていったように思える。彼らと初めてインタヴューした80年代の半ばって、けっこうそんな感じだったんだけ、しばらくするとプロモーション・ヴィデオがどんどん「ファッション」「パリ」ってな感覚になって、彼らもとんでもないスターになっていったからね。(というので、彼らに関していえば、メジャー・デビュー前のこのあたりのアルバム『ジョビ・ジョバ The Best』がおすすめです)

 っても、ロドリゴとガブリエラには「荒々しい」息づかいと、野太いタッチを強力に感じるのだ。その謎を解く鍵として、このDVDがとっても役にたった。ここにはライヴの映像のみならず、おそらく、テレビ番組かなにかで制作したドキュメンタリーのようなものが収録されていて、そこで彼らのインタヴューから、以前の活動の映像なども含まれているのだ。それによると、このユニットを始める以前、この二人はそれぞれメキシコで別々のヘヴィー・メタル系のバンドをやっていたんだとか。そう、彼らは元々ロックな人たち。おそらく、そういった感覚が演奏に詰め込まれているんだろう。

 元々路上で演奏するバスキングで徐々に知られ初めて、グラストンバリーあたりを契機にメジャー・ブレイクしていったという感じで、すでにアイルランドではチャート上位(ひょっとしてNo.1になったのかもしれない)に登場するぐらいのメジャー的な存在となっているとのこと。そうやって、生まれたのがこのアルバムで、プロデューサーとしてクレジットされているのがレディオヘッドやミューズあたりを手がけているJohn Leckie。といっても、ミュージシャンの持つ味を殺すことなく... というよりは、彼らが持ち味を最もいい形で『記録する』という作業に徹しているような仕上がりになっている。っても、これはでっかい音で聞いてほしいなぁ。その迫力にぶっ飛ばされるから。「本当に、ギター2本なの?」って感じで、ギターをパーカッションとしてとんでもない使い方をしているんですな。面白いのは、そういった演奏の仕方をこのDVDで説明してくれていること。ミュージシャン指向の人だったら、このあたりは参考になると思いますよ。



 

投稿者 hanasan : 13:02 | コメント (0)

2006年05月08日

The West Coast Pop Art Experimental Band、再びサイケデリックにはまる

The Dukes Of Stratosphear ひさびさにサイケデリックな音楽が気になりだしたのは昨年10月、ソウルに行ったおかげだろう。そのときたまたまもらったのがキム・ホン・タックという、伝説のギタリストが中心となったHE6というバンドのアルバムだったという話は以前書いた。おかげでアイアン・バラフライの名作、『In-A-Gadda-Da-Vida』(やったね、紙ジャケで再発売されるぞ)を買ったり... 遅れてきたサイケデリック中年のような気持ちで、いろいろ探し始めたという感じかな。といっても、サイケデリックに関して、そんなに知識があるわけでもなく、80年代に取材したサイケデリックなクラブ、「アリス・イン・ワンダーランド」に触発されて集めたのが、エレクトリック・プルーンズの『I Had Too Much to Dream (Last Night)』にゾンビーズの『Odessey and Oracle』、あるいは、サーティーンス・フロア・エレヴェイターズの『Psychedelic Sounds Of The 13th Floor Elevators』といった著名な作品の数々。

 でも、結局、一番気に入ったのはXTCが80年代半ばにデュークス・オヴ・ストラトスフィア(成層圏侯爵って意味か?)変名で発表した『Chips from the Chocolate Fireball』だった。といっても、本来は『25 o'clock』と『Psonic Psunspot』という2枚のアルバムとして発表されたもので、それを合体させた2 in 1のCDがこれ。実は、あのころ、ヴァージン・レコードの事務所であまりに素晴らしいジャケットのアナログを見付けて「なに、これ?」と手に取ったのがきっかけで、スウィンドンに住むアンディ・パートリッジとインタヴューするという顛末になっている。

 前者はヴァージンのラベルを復刻させていたり、後者はサイケデリックなカラーのヴァイナルで、サイケデリック再評価の時代に「昔、こんな、隠れたバンドがいて、それを発掘した」という冗談をアンディ・パートリッジが仕掛けたという感覚かもしれない。先に述べたバンドの数々は、実は、このアルバムのモデルになったバンドの数々で、さすがに、おいしいところだけを集めて新しく録音したこれはいい感じでぶっ飛んでいた。(ちなみに、『Psonic Psunspot』のジャケットを表にしたこれが今1000円以下で買えるというのも、おいしすぎます。)

The West Coast Pop Art Experimental Band で、今回購入したのがジャケットで決めてしまったThe West Coast Pop Art Experimental Bandのアルバム『Part One』。まぁ、ジャケットを見ているだけでそのサイケデリック具合がわかろうというもので、これが大正解。なんでもロスをベースにしたバンドで、これが録音されたのは67年らしい。引きずるようなベースにタンバリン、そして、ゆったり宙を漂うようなギターが登場するという初っぱなの曲で幕を開けて、スコ〜ンとサイケデリックな世界に誘い込まれる。語りの入った『1906』でのひねくれたギターや唐突に曲が終わってしまう感覚もグッド。でもって、バンド名通り、いろいろな実験的な試みをしながらも、けっこうポップなメロディのおかげで、全然飽きさせないのだ。アシッド・フォークっぽい曲もあれば、ちょっとザ・バーズを思わせるコーラスや曲調が最高の『Transparent Day』なんて、さすがにシングルとしてカットされただけのことはあると思う。というか、これ、どこかで聞いたことがあるような気がするけど... おそらくサイケデリックのファンにはおなじみの曲で、このバンドも有名なんだろうなぁ。『Leiyla』でのぶっ飛びギターやアナーキーの極地のようなサウンド・コラージュも面白い。実にトリッピーです。

 カバーしている曲としてクレジットされているのはフランク・ザッパの『Help I Am A Rock』(これ、かなり飛んでます)やピー・エフ・スローンの『Here's Where You Blong』にヴァン・ダイク・パークスの『High Coin』。けっこうなポップさと実験性をバランスよく詰め込んだこれは、きっとサイケデリックの名作アルバムだったんだろうと想像しますな。

 ちなみに、サイケデリックの名作ということでThe Electric Flag名義の『The Trip』も買ったけど、もうひとつぴんとこなかった。それでも、飽きずに、彼らの『A Long Time Comin'』も購入。今日届いたばかりでまだきいてませんけど、どんなものでしょうね。いずれにせよ、The West Coast Pop Art Experimental Bandをかなり気に入ってしまったので、これ以上のインパクトを得られるかどうかはかなり疑問ですが。



投稿者 hanasan : 15:59 | コメント (0)

2006年05月04日

今頃、Lynyrd Skynyrdの魅力を再発見

Lynyrd Skynyrd  サザン・ロックというと、自分にとって筆頭はオールマン・ブラザーズで、ドライヴするときの定番が名作中の名作『The Allman Brothers at Fillmore East』 (国内盤 / US import)。特に「Hot Lanta」という曲を聞くとどうしてもアクセルを踏み込んでしまうという悪い癖がある。いつだったか、朝霧ジャムの帰り道、強烈な眠気に襲われてフル・ヴォリュームでこれを聴いて目を覚ましたことがあるんだが、なにかねぇ、これを聞くと血が騒ぐのね。骨太でブルージーで、どこかで最もロックっぽいのが、このサザン・ロックで、その魅力を詰め込んだこのアルバムなんぞ、当然のように、ボーナス・トラック満載のデラックス・エディション(国内盤 / US import)も買ってしまった。

 ありがちな言葉だけど、このアルバムを聞いて何とも思わないやつは信用しない... なんて言ってしまいたくなるような傑作で、このあと、いろいろ聞くようになるんだが、オリジナルが発表されたのは、(今もそうかもしれないが)メシ代を減らしてレコードを買っていた頃。数年後に、これも名作と呼ばれる『Brothers and Sisters』 (国内盤 / US import)を買ったぐらいで、それほど深追いはできなかった。

Sea Level  といっても、大学生になった頃にはまったのがそのメンバー、チャック・リーヴェルが中心となって結成されたSea Level。こっちの方は、オールマンをちょっとおしゃれにした感じで、よりファンキーでジャズっぽいエッジが加えられ、インストも多くなっている。今では簡単にこのbest of Sea Levelが入手できるんだが、ファーストのSea Levelもセカンドの
Cats on the Coastも大好きで、今もアナログを大切にしている。なにやら、このセカンドは高値が付いているようで、amazonでは15800円なんて法外な値段を付けている業者の出展ものがある。これには驚かされたなぁ。

 と、話がほかのバンドに流れたが、結局、若い頃にはオールマンを除いてほかのバンドをほとんど聞いたことがなくて、サザン・ロックといって出てくるのはこればかり。もちろん、ほかにもチャーリー・ダニエルズ・バンドやマーシャル・タッカー・バンドなんて名前も知っていたし、飛行機事故でメンバーが亡くなったというLynyrd Skynyrd(日本語表記はレーナード・スキナード となっている)も気にはなっても、真剣に聞いたことはなかったわけです。まぁ、タイミングなんだと思う。ちょっとしたきっかけで、聞けなかったんだろうなぁ。

 で、たまたま買った雑誌『MOJO』にでていたのが『Gimme Back My Bullets』のDeluxe Editionの宣伝。通常、このデラックス・エディションのパターンといえば、ボーナス・トラックを追加収録しただけのものが多いのだが、ここにはDVDがおまけで付いていて、しかも、それが、当然、このアルバムを発表した時期のものとなっている。おそらく、誰でも知っていると思うけど、飛行機事故で主要メンバーが亡くなってしまう前のライヴ映像なのだ。となると、好奇心がわいてくる。これをきっかけにベストの時期の映像を見てみないなぁ... と、そんなところからこれを買うことになるのだ。

 とりあえず、DVDはリージョン・フリーで国内のDVDプレイヤーでもふつうに再生が可能。これは嬉しい。っても、当然ながら、輸入盤のDVDも見たいからマルチ・リージョンのプレイヤーも購入しているんだけどね。秋葉原などに出て行って、安売りをしている中国製のものだったら、たいていはこれだから。実を言うと、一時、レンタルのツタヤで売っていたものがマルチだったんだけど、(店ではそう謳ってはいません)値段は5000円ほど。これだったら、輸入盤のDVDを数枚買うだけで元が取れる。なにせ、日本のDVD価格は以上に高い。だから、好き者にはそういったものをおすすめしますね。っても、故障も多いのは覚悟していた方がいけど。すでに友人のものも含めてこれを3台購入して2台を故障で修理に出している。当然のように、修理はされず、全く違ったモデルが送られてくるのだ。いい加減な商品でしたな、あれは。

Lynyrd Skynyrd  で、このDVDなんだが、これはレーナード・スキナードがイギリスに行ったときの映像で、75年11月11日のものとされている。当時からイギリスのBBCに、注目のバンドをライヴで収録するという番組、Old Grey Whistle Testがあって、これが始まったのが71年。通常はスタジオにバンドを入れて、オーディエンスなしでやるんだが、このときはオーディエンスも入っている。加えて、25日間で19本のショーをするという、彼らに初めてのヨーロッパ・ツアーの終わりに収録されていて、彼らがヨーロッパでも一気に人気を獲得するようになる頃のもの。だからなんだろうなぁ、初期レーナード・スキナードの一番おいしいところが映像に記録されているという感じかなぁ。といっても、今見れば、奇妙なんだが、オーディエンスは椅子に座らされていて、踊りたくてうずうずしているし、メンバーのルックスが髭もじゃのカウボーイ系という一般的なサザン・ロックのものとはかなり違って、ちょいとこぎれいなヒッピーだったというのが面白い。スタジオだというので、実際にライヴで彼らが放ったヘヴィーさが出ているのかどうかはよくわからないが、収録されている曲は代表曲ばかり。アメリカではテレビがこういったバンドの放送をすることも少なかったらしく、映像としても貴重なんだと思う。

 いずれにせよ、この映像とアルバムですっかりレーナード・スキナードにはまりました。っても、余裕がないから当時のアルバムを集めるのは大変だけど、少なくとも『One More from the Road』 (国内盤 / US import)あたりまでのアルバムはなんとしても聴きたいなぁと思ってしまった。

 ちなみに、このアルバムにSea Levelで聞き慣れた曲が入っているのに気がついた。ちょっと調べないとどっちのアルバムのどの曲で、どっちがオリジナルかわからないけど。みんな、つながっていたんだろうなぁ。



投稿者 hanasan : 11:26 | コメント (0)

2006年05月02日

春一番の風が吹く 名作復活

春一番 もう、ずっとずっとこのアルバムを待っていたような気がする。

 まだ、17歳の頃、今宮高校の生徒だった自分は、美術の時間になると学校を抜け出して、校門の前にある26号線を北上して難波に向かっていた。といっても、目指すのはその手前で、右に行けば大阪府立体育館という交差点のちょいと南にあったディランという喫茶店だった。作品提出までに2週間とか3週間だったから、30分で油絵なんかの作品を仕上げて、あとは自由時間。なにもしなくてもいいからと、ここに行っていたように思うが、そんなのは言い訳のひとつで、後になるとここを自分の場所に決め込んで、出会った仲間とたむろするようになっていたように思う。

 当時の大阪フォーク・シーンのメッカといえば、聞こえはいいのかもしれないが、そんなことよりなによりも、ここの居心地がめちゃくちゃよかったに過ぎない。なんせ制服でやってくることもあり、高校生だともろにわかるのに、いつもカウンターでコーヒーを作ってくれていた洋子さんは、けっして僕らを子供扱いしなかった。ひょっとして、本当は、おかぁさん... といえば、失礼だが、ねぇさんのような感覚だったのかもしれないが、どこかで「仲間」のような感覚で受け入れてくれていたように思う。

 その頃、天王寺野外音楽堂で毎年5月の連休に開催され続けることになった「春一番」という野外コンサートが始まっていて、ひょっとして最初に体験したのが72年の春一番ではなかったかと思うが、記憶は定かではない。その前の年も行っていたような気もするし、そうじゃなかったような気もする。いずれにせよ、72年の記憶が鮮明なものとなるんだが、その理由のひとつが今回、やっとまともな形で手にすることができた、このアルバム、シンプルに『1972春一番』と名付けられた幻の名盤だった。

はちみつぱい あの時、僕はそこにいた。そこで聴いてすっかり惚れ込んでしまったのが、今も好きでたまらない「はちみつぱい」というバンドだった。発表したアルバムは1枚だけ。『センチメンタル通り』で、現在、CDとして発表されてるもこれは、ここにシングルとして発表されていた「君と旅行鞄(トランク)」と「酔いどれダンス・ミュージック」を加えたものなのだが、すでに知っている人もいるように、同名の曲が、後に『火の玉ボーイ』というアルバムに収録されることになる。その名義は鈴木慶一(あるいは、とムーンライダースとなった頃もある)となっているんだが、このアルバムの制作中に「はちみつぱい」が分解してしまったという噂を聞いたことがある。そのあたりの文献を調べてはいないので正確ではないが、いずれにせよ、そういった流れのせいで、自分のなかでは、『火の玉ボーイ』は、通称、「ぱい」のセカンド・アルバムと受け取っていて、この2枚が日本ロック史の名作として自分のレコード棚、そしてCD棚に君臨しているのだ。

 が、それにもまして魅力を感じていたのが『1972春一番』に収録されている「はちみつぱい」。すでに『春一番72』に1曲だけ収録されているし、それは以前のオリジナルのアナログ2枚組でもそうだったのだが、当時、100セットだっけか発表された自主制作盤には4曲が収録されていて、それをディランに行くたびにリクエストして聴いていた。特に好きだったのは、簡単に入手できる『春一番72』にも収録されている「塀の上で」という名曲だったんだが、もうひとつの名曲「土手の向こうに」やオリジナルのアルバムには収録されていなかった「コウモリが飛ぶ頃」も好きだったし、なによりも「あの頃」を語ってくれていたのが、この10枚組にしか収録されていなかった「煙草路地」だった。

ムーンライダース「さぁ、煙草に火をつけて、どこに行こうか」

 というフレーズが、あの時代を象徴していたように思う。かつてメットにケバ棒でデモなんかにいっていた先輩が、「この唄のままやねん。すごい気持ちがわかるんや」と口にしていたんだけど、「変革を試みた」時代が終わり、「政治」では世界を変えられないことを突きつけられた時、どこかで誰もが「さて、どうしようか」と思っていた。自分はそれよりも少し若い世代で、端っから「政治」には期待なんかしてはいなかった... と言えば嘘になるかもしれないが、あまりに青臭い「政治少年」は「文化」を変えるしかないと思うようになっていた時期じゃなかっただろうか。

 結局、この曲のフレーズが『火の玉ボーイ』で最も好きな曲「すかんぴん」の最後に流れてくることから、「ぱい」と「ムーンライダース」の1枚目が同じバンドの、あるいは、そのつながりとなることを理解することになるのだ。

 おっと、また話が横道にそれてしまったんだが、18900円というめちゃくちゃな買い物となったこの『1972春一番』が今日届いて、当然のように、最初に聴いたのが「ぱい」と、彼らがバックを勤めていたあがた森魚が収録されているdisc8だったことは言うまでもない。そして、100ページにも及ぶ、もう本と言ってもいい小冊子に目を通すことになる。まだ、全てを読んだわけではないのだが、春一番の主催者だった、今も、そうである福岡風太氏の話がめちゃくちゃ面白い。それに、なぜかThanksのところに自分の名前を発見することになる。これは嬉しかった。

 ということで、これから全てのCDをiTuneで読みとってiPodでいつでも聞けるように準備をしようと思う。

 このアルバムの値段を考えれば、けっして安い買い物ではないから、簡単にはおすすめできないが、情報によると予約だけで1000セットが売れているそうだ。といっても、これだけのものを簡単には再プレスはできないだろうから、もし、あの時代の「風」を受け取りたい方は、急いで買った方がいいだろうことは想像に難くない。

 ちなみに、この『1972春一番』をディランで聴いていた高校生の自分が翌年のスタッフとして春一番で働くことになる。そして、それから20数年、同じようなことをフジ・ロックでやっているわけだ。あれがなければ、今の自分はいないだろう。そんな意味で、福岡風太は自分の人生を変えた人間のひとりとなってしまったんだと思う。



投稿者 hanasan : 10:44 | コメント (0)

2006年05月01日

やっと名前を覚えたKaren Dalton

Karen Dalton  最近買って何度も何度も繰り返してい聞いているのがカレン・ダルトン(Karen Dalton)というシンガー・アンド・ソングライターのアルバム、『It's So Hard To Tell Who's Going To Love』。買った発端は数年前、フジ・ロック・フェスティヴァルの大将の家に行った時に、すり切れたアナログでこのシンガーの名作と呼ばれる『In My Own Time』という作品を聞かされたこと。といっても、今でこそそのタイトルをここにこうして書けるんだが、そのときは「なんていいアルバムなんだ」と思っただけ。しかも、今となってはそれがどんな音楽だったのか、彼女の声がどんなんだったかも覚えてはいない。なによりも、「誰、これ? めちゃくちゃいいじゃん」と口にして、こんなアーティストがいたことだけは記憶に残ることになる。

 そして、音楽好きにありがちなんだが、そういったアーティスト自身の名前だとか、音や声じゃなくて、これがウッドストックのビッグ・ピンク、要するに、愛してやまないザ・バンドに関わってくるレーベル、ベアーズヴィルから出ているという、情報ばかりが頭の奥深くにインプットされるのだ。

 それから、数年、気にはなっていても、名前も忘れていたんだが、今年の初めだったか、中目黒にあるに行きつけのロック・バーで同じアルバムが流れて、また、気になり始めたわけだ。でもって、この3月にアメリカに行ったときにも探しまくり、イギリスでも探しまくり... っても、全然見つからない。そりゃぁそうだろう。そのときは名前もうろ覚えで... 「ベアーズヴィルのね、初期のシンガー・ソングライターで....」なんて説明しても、よほどの好き者じゃない限り答えが出ることはない。

 で、ある日、しっかと名前を覚えてamazonで検索してみたら出てきたのがこの作品。自分が知っている名作、そして、ネットで探してみても、誰もが語っているのが『In My Own Time』というアルバムだから、この『It's So Hard To Tell Who's Going To Love』が本当にいいのか悪いのか、全然わからないし、想像もできないんだけど、「ええ〜い、聞かなきゃわからないじゃねぇか」と買ったところが大正解。素晴らしいアルバムなのだ。

 声は、けっこう線が細いながらも、どこかでクラシックなブルースに通じるタッチを持っている。面白いのはフォーク・シンガーだなんて呼ばれていながらも、なにを歌っても個性的なブルースに聞こえてしまうというところがミソ。まぁ、実際のところ、このアルバムではクラシックなブルースやジャズをカバーしているんだが、どこかでビリー・ホリデーに通じると多くの人は語っているように、確かに、フォーク・ブルース界のビリー・ホリデーというのが一番彼女の音楽の世界を説明しやすいと思う。

 この後に発表したのが『In My Own Time』という名作らしいが、これは現在入手不能。また、いつかCDになって出てくるとは思うけど、それまで待たないといけないだろうなぁ。

 ということで、つれずれなるままに、買ってレコードやCDのことを書き連ねていこうと思う。

*補足です。

 どうやら、カレンのセカンドがベアズヴィルから出ていたというのは、完璧な誤解で、全然そうじゃなかったみたいです。ということで、バックのミュージシャン情報からそういった誤解をしてしまったみたい。ごめんなさい。アホです。


投稿者 hanasan : 16:30 | コメント (0)

2006年04月29日

始まりはBilly Braggだった

Billy Bragg 3月にテキサスはオースティンで開催されていたサウスバイ・ウェストと呼ばれるフェスティヴァルに向かったとき、プログラムをチェックしていて、昔からの友人でシンガー・ソングライターのビリー・ブラッグがライヴをやっていることを発見した。といっても、こちらは日本から現地に向かった三味線のミュージシャンたちのライヴでMCをやったり、あるいは、写真を撮影したりという仕事なので、好き勝手にライヴを見に行くことはできないというので、ちょっと悔しい思いをしていた。

 しかも、フェスティヴァルは3日間ぐらいあるんだが、この後の三味線ツアーのこともあり、2日目には次の目的地、ニューヨークに移動しなければいけない。というので、彼と会うのはあきらめていたんだが、どこかでなにかが呼び合うんだろう。なんと早朝4時15分にホテルの前で車を待っていたときのこと。なかなか車が来ないと、ほかのスタッフがいらいらしている隣で、ポケッ〜っと待っていたら、あの人なつっこい顔のビリーがホテルに向かって歩いて来るじゃないか。

「Hey, Billy!」

 と、思わず、彼と同じく、ロンドンのコックニーっぽい訛りで、彼に声をかけると、「Koichi! What a hell are you doing here?」ということに相成った。要するに、「おまえ、ここでいったい何をしてるんだぁ」ということなんだが、久々の再会を祝福し、四方山話に花が咲いた。といっても、時間も時間だから、そんなに話していたわけではないが、昨年暮れになくなった昔からのマネージャーの奥さんのことなどを話して、ことの時は彼と別れることになる。

 その三味線ツアーの後、帰国して3日でローマに飛んで、イタリアでバンダ・バソッティの撮影をして、一時、ロンドンに行くのだが、このとき、彼の昔のアルバムがボックス・セットで発表されていることを知った。CDが7枚にDVDが二枚入っていて、現地の価格がいくらだったかわからないが、それが今回購入したBilly Bragg Volume1という作品。デビュー・アルバム「Life's a Riot With Spy vs Spy」から、かつて自分がライナーを執筆した「Brewing Up With Billy Bragg」(20年ほど前に執筆したライナーはこちらで読めます)や「Talking With The Taxman About Poetry」に「The Internationale」といったアルバム初期の作品全てに、EPやシングルとして発表された様々な作品が一緒になってつめ込まれているのだ。しかも、ボックスを開けると、それぞれが丁寧な紙ジャケット見開き2枚組4セットで整理されていて、そのうち7枚がCDとなっている。偶数にならないことから想像できると思うが、最後の1枚はDVDで、さらに加えて、シンプルな紙ジャケットでDVDが1枚はいっているという代物。そのUKインポートが今日現在6800円となっているんだが、このヴォリュームを考えれば決して高くはないだろう。と、早速購入した。

 このヴォリュームを考えればわかると思うけど、まだ全てを聞いたわけではない。それに、この頃のものは、けっこう今では入手しににくくなったとはいうものの、オリジナルのアナログを持っているから、買う必要もないんだろうが、これを買わせたきっかけは、やはりDVDだった。しかも、80年代半ば、彼を取材し始めてもっとも濃密な時間を彼と過ごした時期のライヴや彼のドキュメンタリーがここに収録されている。たった一人でアンプをバックパックにしょってエレキギターをかき鳴らしながら歌っていた時代のビリーがそこにいる。クラッシュのライヴを見て「本当に世界を変えることができると思った」という彼のまなざしの真剣なこと。当時、彼にインタヴューしたとき、同じようなことを彼が語っていたのを、当然、僕も耳にしていた。まだベルリンの壁が崩壊する前、彼がやった東ベルリンでのライヴも面白い。彼の演奏の前で驚喜する「社会主義国東ドイツ」のオーディエンスの表情など、「プロテスト・フォーク」ではなく、あくまでロックしていた「ワンマン・クラッシュ」、ビリー・ブラッグのすばらしさをひしひしと感じることができるのだ。実は、まだわずか1枚のDVDしか見ていないのに、嬉しくてたまらない。

U2 今、このブログを読んでいる人がどれぐらいいるのか、さらには、そんななかにビリー・ブラッグを知っている人がどれぐらいいるのか想像はできないが、おそらく、それは限りなく少数の人たちだろうことは想像できる。が、この頃、彼が自分に前向きに生きる力を与え、そして、どれほどのエネルギーをくれたかは計り知れない。自分にとって最も重要なミュージシャンであり、ジャーナリストとして「書く」動機を与えてくれた、あるいは、「今、自分がこうなっている」大きなきっかけになったのがビリーだったのだ。

 ちょうど日本でも反核運動がちょっとした高まりを見せた頃、彼がアトミック・カフェ・フェスティヴァルを助けてくれたのを覚えている人もいるかもしれない。彼をジープの上にのせて、歌を歌いながらデモをしたこと。彼は僕らと一緒になって大声を張り上げて反核を訴え、歌ってくれたものだ。そして、日航機が墜落した年だったと思うけど、日本をツアーしたときには彼と広島で落ち合っている。原爆資料館で生き残った人たちの描いた絵が展示されていたとき、一緒に中に入ったのに... 徐々に、それぞれが一人になって... あまりの衝撃に涙がぼろぼろできてて、そんな顔を見られたくなかった。なんてこともあった。結局このときの絵をU2のボーノも見たようで、それが後に「The Unforgettable Fire」というアルバムに結実することになる。ちなみに、このときのツアー、今でこそフジ・ロック・フェスティヴァルのプロデューサーで、プロモーター、スマッシュの社長として、英国政府から勲章までもらうことになってしまった日高氏がツアー・マネージャーとしてギターを抱えながら九州にも向かっているのだ。そのときには流しの、はやり原爆資料館を訪ねて、ビリーは長々とメッセージ帳になにかを書いていた... なんて話も日高氏から聞かされたものだ。

 これはそんな時代のビリー・ブラッグの全てが詰め込まれているボックス・セット。もちろん、ビリーは今でも登場と変わらない素晴らしいアーティストであり、その姿勢だって全く変わってはいない。今も、自分にとってもっとも前向きで信頼できる、アーティストである以前に「人間」で「仲間」だという認識は変わっていないんだが、たった1枚のDVDを見ただけでそれを再認識したし、また、当時の自分を振り返ることができた。

 そんなアーティストがこれを読んでいるあなたにとってどれほどの価値があるのかどうかはわからないが、もし、あのころ、同じように、彼に大きな影響を受け、得体の知れない「なにか」に突き動かされた人がいたら、絶対にこれを見てほしいと思う。歌を歌うことが何なのか? そして、歌がどういった意味を持ち、なぜ自分たちはそこから離れられないのか?それを認識するにはベストのボックス・セットだと思う。


投稿者 hanasan : 11:54 | コメント (0)

2006年03月11日

Buena Vista Social ClubはAli Farka Toureから始まった

Ali Farka Toure with Ry Cooder 数日前、新聞の片隅にAli Farka Toureが亡くなったというニュースをみつけた。まるでブルースのルーツがアフリカにあったことを証明するようなギターのスタイルが話題になったミュージシャンで、ロバート・ジョンソンなんかと比較されたりするんだが、短絡的に「これがルーツ」ではないという話は後にいろいろな人から耳にした。その彼が亡くなったという。新聞の記事では死因など詳しいことはわかってはいないようなんだけど、バウンスの記事を読むと癌でなくなったと記されている。この人に直接会ったことはないんだが、彼を西洋に紹介することになったレーベル、World Circuitを主宰しているニック・ゴールド氏とはずいぶん前にインタヴューをしていて、それはここでチェックできる。実は、彼こそが、驚異的な大ヒットを記録することになってしまった『Buena Vista Social Club』を仕掛けた... というよりは、仕掛けてしまうことになった人物で、彼とは80年代半ばから終わりにかけてワールドミュージック系のミュージシャンをさかんに取材していた時期に一同遭遇していたのを覚えている。その後、『Buena Vista Social Club』がヒットし始めた頃に実現したインタヴューがそれだった。

 その話を読み返してもわかるんだが、『Buena Vista Social Club』のヒットで最も重要な役割を果たすことになったミュージシャン、アーティスト、ライ・クーダーが、実は亡くなったアリ・ファルカ・トゥーレに接近し、そこから『Buena Vista Social Club』につながっていくことがわかる。おそらく、そのきっかけとなったのが『Ali Farka Toure』というアルバムだろう。最初の出会いで意気投合した彼らはその後、3日間でアルバムを録音。その結果が『Talking Timbuktu』で、グラミー賞を受賞することになるこれが35万枚のヒットを記録して、友人と二人でやっていたという、ニックのレーベル、World Circuitがインディ大手のレーベルとして発展していく基盤を作ることになるのだ。

Buena Vista そのニックがアリから聴いたのが西アフリカで人気のキューバ・ミュージックの話。それじゃぁ、「西アフリカとキューバの伝説的なミュージシャンを一緒にしてアルバムを作ろう」と動き出したのが『Buena Vista Social Club』の発端で、そのことをライに連絡したら飛びついてきた... という流れになっている。ところが、録音間近になってマリのミュージシャンがパスポートを紛失したとか、なくしたとかって話が入ってきて、「じゃぁ、仕方がない。キューバのミュージシャンだけでやっちまおう」と生まれたのがそのアルバムだったのだ。面白いよな。本当は違ったプロジェクトだったのに、こうなってしまったという展開。しかも、それが大ヒットをしてしまうという、瓢箪から駒を絵に描いたような流れがここに生まれているのだ。

 しかも、2回目の録音にヴィム・ヴェンダース監督が同行することが決定したのも録音の数日前だと言うし、この時、あの録音や風景を撮影したのも彼とカメラマンの二人。カメラもまともなのは1台で、もう一台は市販されている家庭用のものだったとか。その映画やアルバムがまるでマイケル・ジャクソンやマドンナばりの大ヒットを記録して、歴史に名を残してしまうことになる。

 あれからずいぶんと時間が流れているんだが、アリ・ファルカ・トゥーレがなくなったニュースをみつけて思ったのは、マリのこのミュージシャンが、そして、ベッドルームを事務所代わりにしていたインディ・レーベルの人間がいなければこういった大ヒットも生まれていなかったということ。そして、こんなプロジェクトのおかげでキューバを訪ねていく人がどんどん増えていったことも否定できないだろう。そのキューバでカストロが亡くなったら... どうなるんだろう。また、あのイラクのような事態になるんだろうか。そんなことは絶対にさせてはいけないんだけど、このニュースを耳にして、そこまで想像してしまうってのは行き過ぎかなぁ。


投稿者 hanasan : 12:14 | コメント (0)

2006年03月10日

バカウケ!墓場から蘇ったエルヴィス・プレスリーがジミヘンを歌う?

Jimmy The King またまた、例の飲み屋で遊んでいた昨晩のこと、持っていったこのアルバムが大ウケで、そのあまりのウケ具合のおかげで書いちゃいます。アルバムの主はJimmy The Kingという... 見ればわかると思うけど、エルヴィス・プレスリーのそっくりさん。で、アルバム・タイトルが『Gravelands』っていうんですけど、ちょっとでもエルヴィスのことを知っている人だったら、わかりますよね、この意味。彼のお家がGracelandというもので、その昔、ポール・サイモンが『Graceland』というアルバムを発表していますな。(今、見たらまたボーナス・トラック付きでリマスター盤がでてました。ちなみに、その時の音楽をベースにアフリカでやったライヴが『Graceland : The African Concert』というDVDで入手可能ですが、これ、名作です。友人のマイケル・ローズもサックスを吹いているし、ヒュー・マサケラやミリアム・マケバもすごい。バックの南アフリカのミュージシャン、レディスミス・ブラック・マンバーソも強力です)といっても、なんでこのアルバムのタイトルがこうなっているのかは全然知りませんけど。

 ともかく、Gracelandがプレスリーの家で、Jimmy The Kingのアルバム・タイトルがGravelandsということは、どういうことか... 聡明なあなただったら、おそらく、想像できると思いますけど、要するにgraveとはお墓のことであり、それが複数形になっている... ということは、エルヴィス・プレスリーにそっくりのジミーさんが、その声を使って既に亡くなってしまった素晴らしいアーティストの歌を歌っている... と、まぁ、そういった内容なんですよ。

 これ、どうする?聴かないわけには行かないでしょ?だってさぁ、プレスリーがジョイ・ディヴィジョンのLove WIll Tear Us Apartを歌うんですな。マーヴィン・ゲイのI Heard It Through The Grapevineや、ボブ・マーリーのNo Woman No Cry、ジミ・ヘンドリックスの Voodoo Chile、TレックスのTwentieth Century Boyから、オーティス・レディングのDock Of The Bayをカバーしたらどうなったか?簡単に想像できない?じゃ、これを聴いてくださいませ。こうなるんだよぉ!と、そんな感覚で作られているのがこのアルバムなのね。

 ちなみに、音を聞きたかったら、このタグが使えるかどうかわかりませんけど、
The King - Gravelands
をクリックしてくださいませ。

 これをどう受け取るかは、まぁ、あなた次第なんですけど、これを聴きながら、昨晩は、みんなでゲラゲラ、ニタニタ、ニヤニヤ、ガッハッハと笑いつつも、けっこう真剣な顔で感動していたんですな。だって、ジミーさんの声、まんまエルヴィスなんですもの。どこかでゾクゾクするほどの魅力を感じるし、単純に「もし、あの頃、エルヴィスが本当にこういった曲をカバーしていたら...」と、想像するだけで「そうだぁ、こうなったんだぁ」と感激してしまうんですよ。

Trextasy まぁ、こういったものを音楽関係者は「げてもの」って思うんでしょうけど、これにはきちんと歴史があるのね。イギリスやオーストラリアだけじゃなくて、アメリカでもトリビュート・シーンというのがあって、ファンがあまりに惚れ込んだがためにオリジナルにそっくりの衣装でそっくりに演奏してしまうってんですけど、10年ほど前に日本に紹介したのがこのアルバム。ロンドンをベースに置く、Tレックスタシーの『Trip and Glide』なんだけど、これがいいんだ。しかも、このアルバム、実は、本来マーク・ボランがやりたかったことをジャケットでもやっていて、この裏がそうなのさ。オリジナル・アルバムでは、本人が望んでいなかったことをやられて嬉しくなかったと言うんだね。それもすごいでしょ?さらに、このアルバムで、Tレックスタシーはオリジナルの曲を演奏しているんだけど、彼らのオリジナルが「実は、マーク・ボランの未発表曲だった」といっても、誰も疑わないような代物なのさ。こういったものをどう受け取る?いいでしょ?楽しいじゃないか。

 っても、日本じゃ「コピー・バンド」なんて言われるんだろうし、それは数年前のフジ・ロックでのモリッシーの来日キャンセル事件ではっきりしたからね。その代わりにThis Charming Menとかってトリビュート・バンドが登場したんだけど、あれは、コピーを越えているのね。だから、時にはオリジナル以上にオリジナルだったりするのよ。だって、あれはすでに存在しないスミスを再現しているんだから。その意味ってわかりつらいと思うけど、どんなバンドやアーティストでも、ピークというか、とんでもない張りのある時期があって、それは、自分たちでも再現できなかったりするんだよ。ところが、こういったバンドは、それを再現してしまうのね。それが面白いんですよ。そりゃぁ、オリジナルじゃないから、こういったバンドがアルバムを出したら... オリジナルを聴いた方がいいと思ってしまうかもしれないけど、どころがどっこい、今回のジミーさんのようなアプローチも大ありだと思うし、このTレックスタシーのようなアプローチもいいと思うんだ。しかも、確か、この前のアルバムでTレックスタシーは、オアシスがTレックスをぱくって録音した「シガレット&アルコール」という曲を、今度は、Tレックスのスタイルで録音してケンカ売ってるし... こういったのって、とってもチャーミングだと思うんですけど、いかが?


投稿者 hanasan : 17:36 | コメント (0)

2006年03月04日

Four Dead in Ohio ニール・ヤング

CSN & Y CDN&Yの名作『4 Way Street』のこと、特に「オハイオ」という曲のことをちらっと書いて、あの直前に、そのカバーが収録されているThe Isley Brothersのアルバム『Givin' it Back』を注文。それが届いた。で、全曲カバーで作られている作品だということを発見。それを今、聞き終えたとこなんだけど、こんなにいいアルバムを知らないでいたことが悔やまれる。素晴らしい選曲だ。それだけでも、このアルバムを彼らが発表しようとした気持ちを理解できる。音楽はただの娯楽ではなく、意思表示であり、無数の個人をつなぐ手段であり、「生きていることの証明」でもあったんじゃないかなぁ思いますね。

 で、もっと詳しく資料として、ライナーを読み出した。そうしたら、やはり「4人がオハイオで死んだ」ということに多くが割かれていた。この曲が持っているインパクト、そして、おそらく、はその発端となった事件がとてつもなく大きな意味を持っているということなんだろう。だからというので、この事件のことをなんとはなく調べてみようとネットをサーチしたら、こんなサイトをみつけることになる。

 これによると事件が起きたのは70年の5月4日。後にこれがケント・ステイト虐殺と呼ばれるようになるらしいんだが、この時まだ20そこそこの学生4名が軍の一部であるナショナル・ガード(州兵という訳でいいのかどうかは確認していませんが、当時はそういわれていたように記憶しています)によって約100メートルぐらいの距離からライフルで射殺され、彼の他13名が重軽傷を負ったという記録がある。ヴェトナム戦争に反対し、当時のニクソン大統領による政策に抗議するための集会だったらしく、そこに州兵が導入されてこの事件となったとのことだ。

 1997年の5月4日には州立ケント大学にCSNがやってきて、この曲を演奏したとか、2004年の同じに日にはパティ・スミスがニューヨークのブルックリンでこの曲をカバーしたとかといった情報がこのサイトには記されている。なお、このサイトではMP3でこの曲を(もし、知らないようだったら)DLできようになっていると思うので、聞いてみればどうでしょ?もちろん、『4 Way Street』は手にしていてもらいたいほどの名作で、みんなに聴いてもらいたいけど。

 ちなみに、歌詞についてはこちらのサイトに全て書かれてあります。簡単な詞だから、おそらく、英語がわからない人でも、辞書片手にひもとけば意味はすぐにわかると思います。


投稿者 hanasan : 14:30 | コメント (0)

2006年03月02日

また、クリックしてしまった... 高田渡ボックス

タカダワタル うちのサイトでもそうだし、Smashing Magでもamazon.co.jpとアフィリエイト(提携)していることがあり、毎日にのようにいろいろとチェックすることになる。こうやってなにかを書いていると、ここに紹介したどんなアルバムやミュージシャンにどれぐらいの反応があったかが、けっこう手に取るようにわかるのだ。そんななか、うちでも向こうでもなぜか人気があるというか、多くの人がチェックするのは、けっして最新流行ものではなくて、クラシックなものだというのが面白い。こういったサイトを訪ねてくる人が流行ものを全然相手にしていなくて、それとは全く逆にやたら渋いものをチェックしているような傾向にあるのだ。そんななかでコンスタントにチェックされるアーティストのひとりが高田渡だ。実際、昨年のデータをチェックした結果はここに書き残しているんだが、彼のデビュー・アルバム、『高田渡 / 五つの赤い風船』はトップ10に食い込むほどの人気で、年に2〜3枚は確実に売れている。それを知ってかどうか、このところ、紙ジャケット仕様とか、でがジャケット仕様なんて代物も売られていて、ノスタルジーを誘おうとしているように思えるな。それだったら、アナログの中古を買えばいいと思うんだけど。ま、それも希少価値から値段が高いのかもしれないけど。

 そんなデータを調べていて発見したのが、また注文してしまったこのボックス・セットだった。『高田渡アンソロジー』と名付けられたもので、彼が当時、URCに残した録音を集めたもので、『高田渡 / 五つの赤い風船』に、当時シングルとして発表された3枚(6曲)を加えたDIsc1、『汽車が田舎を通るその時』をDisc2と、あのシングルは除いて、そのあたりは持っているんだが、Disc3がフォークジャンボリーの高田渡を集めたもので、ここには70年に「ゼニがなけりゃ」を歌っているシーンの映像がCD-Extraで収録されているんだそうな。さらに、Disc4は未発表のレア音源ということで、4枚組で5250円という値段。まぁ、枚数を見たら安いのかなぁとは思うけど、すでに持っているアルバムが2枚あるし... と悩んだんだけど、結局、クリックしてしまいました。

 で、その理由は... というと、今、amazonで500円引きのキャンペーンをやっているのさ。CDやDVDと本に関して、5000円以上の買い物をすると、その場で割引してくれるというのがあって、「どんなものでもいいのかなぁ...」と思いつつ、試しにやってみたら、500円引いてくれました。ありがたいものです。ということで、4750円で買えてしまったわけです。まぁ、ちょっとしたきっかけなんですが、こういうのって、引っかかりますなぁ。私も月並みな消費者ですから、500円でも動くんですよ。しかも、初回生産限定なんて言葉にも弱いし。

タカダワタル で、この原稿を書いている時にみつけたのが、息子と二人でやったライヴのアルバムで、『27/03/03』というもの。なんかMCが面白かったり、事件があったり... なんてことが説明されているけど、さぁて、これはなぁ.. どうしようかぁ。息子の高田蓮は昨年のハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルで、細野晴臣のバックで演奏しているのを見たのが最初じゃなかったかと思うが、(ちなみに写真を撮影したのは私ね)、それ以前といえば、渡のアルバム『Fishin' On Sunday』で歌われていた「漣」という曲での姿。だから、本物を初めて見て... なんかおかしかったなぁ。まぁ、その理由を知りたければ、このアルバムを聴いてくださいませ。笑えますから。

(今、気がついたんですけど、息子のアルバムジャケットってパロディね。『Wonderful World』はブルーノートの名作、ジョー・ヘンダーソンの『Page One』だし、『RT』はトーキングヘッズの『More Songs About Buildings and Food』。遊んでますなぁ)

 それに、DVDは持っているけど、『タカダワタル的』ってアルバムは聴いていないし、『日本に来た外国詩・・』も『ベストライヴ』も聴いていない。でも、全部聞けないからね。それに、昨年はトリビュート・アルバムが2枚でているようで、『ごあいさつ』に『系図』といったところが、けっこうマイナーながらも味のあるアーティスト達の録音で発表されている。なんでも、このシリーズ、次は『石』らしいんだけど、なんかキリがありませんなぁ。それに未発表音源もまだまだあるんだろうし.... あぁ、音楽って、金がかかるなぁ。


投稿者 hanasan : 22:34 | コメント (0)

2006年03月01日

ソウルのバーにやられた。こっちもサイケよ。

The Isley Brothers ソウルに行って、いつも驚かされるのがバーだ。っても、たまたま入るわけではなく、いつも音楽仲間に連れて行かれるんだが、今回もとんでもなく素晴らしいバーをみつけることになってしまった。まぁ、その前哨戦として、昨年の6月があるんだけどね。場所は.... あー、全然覚えてません。おそらく、新村近辺だと思うんだが、(というか、そのあたりしかうろついていないんですな)そこは、なんだか舟のような形をしたビルだったように思うんだが、看板はなくて、確か、地下に降りていったと思う。

 ドアを開けると、そこはがらんとした空洞のような店で、天井がめちゃくちゃ高い。そこで靴を脱いでフローリングの床に上がるのだが、真四角のようながら〜んとしたここの右奥の隅っこにカウンターがあって、他には.... なにもないような感覚だ。店に入って左側、壁に沿って、巨大な二段ベッドのようなスペースがあり、その2階にのって酒を飲んでいる人もいる。なんなんだろうね。まるで、ちょっと小さめの体育館かい? テーブルは右側にひとつぐらいだったかなぁ。まるでちゃぶ台のような、それでいてちょっと大きめなテーブルを囲んで仲間が集うのだ。一方、カウンターの反対側には小さなDJブースらしきものがあるんだが、あの時は、ウッドベースにドラムス、それとDJが絡み合ってジャズっぽい音楽の生演奏があった。といっても、それに対してチャージされるわけでもなく、本人達は単純に楽しむために演奏しているような感じかなぁ。それとも、みんなに連れて行かれたから、誰かが払ってくれたのか?

CSN & Y 今回も、とんでもない店に行っているんだが、ミュージシャンや音楽関係者が集まる小さな店で聴いたことのない音楽を発見することもある。たまたま自分が関わったことのなかったタイプの音楽なんだけど、この夜耳に入ってきたのが、ニール・ヤングの名曲「オハイオ」。っても、自分が聞いたことのないヴァージョンだ。おそらく、最も有名なのは、この世紀のライヴ・アルバム、(少なくとも自分にとっては大傑作)『4ウェイ・ストリート』に収録されているもの。学生運動華やかかりし頃、州兵が導入されたケント州の大学で4人の学生が殺されたというニュースを耳にして、ニール・ヤングがわずか20分ほどで曲を書いて、速攻で録音。その1週間後にはシングルで発表されたのがこの曲のオリジナルだ。ちょうど「ティーチ・ユア・チュルドレン」が大ヒットしていた時なのに、それをこの「オハイオ」が引きずりおろしてしまうことになったという話は有名だ。

 が、今回聞いたのはアイズレー・ブラザーズの『Givin' it Back』というアルバム(最初に登場したジャケットね)に収められたヴァージョンで、これを聴いたのは初めて。「なに、これ?誰のヴァージョン?」と店の人に尋ねて教えてもらったんだが、後々に調べて、これが71年に発表されたものだとわかるのだ。「ティーチ・ユア・チュルドレン」を収録した名作中の名作、『Deja Vu』が発表されたのが70年だから、ほぼその直後にアイズレー・ブラザーズのこの作品が発表されたことになる。ちなみに、『4ウェイ・ストリート』に収められているのはライヴ・ヴァージョンで、このスタジオ・ヴァージョンを聞けるのは、おそらく、ニール・ヤングの初期のベスト・アルバムで、『Decade』ぐらいじゃないかなぁと思う。

 ちなみに、アメ盤の『4ウェイ・ストリート』にはニール・ヤングのメドレーで、オリジナルには収録されていなかったものが入っている。彼のファンだったら、これだけでもこのアルバムをもう一度買ってしまおうと思うはずだから。実際、私も、そうしてしまいました。なにせ、The LonerからCinnamon GirlにDown by the Riverと、ソロでやっているんですもの。これを聴かないで、どうする?

Seoul と、また「飲み屋」で新しい音楽を発見してしまうのだが、ソウルも東京も同じよねぇ。と、最近つくづく思う。そんな飲み屋が大好きよ。(あるいは、飲み屋が先で、音楽が後かもしれないという疑問もあるが)

 で、今回、おそらく、これまでの人生で最高の飲み屋(というよりは、バーって言った方がいいかなぁ。まぁ、なによりも気持ちよく飲める、そして時間を過ごすことのできる場所)をソウルでみつけることになってしまうんですね。当然、みつけたのではなく、連れて行かれたんですが、ここも、おそらく、新村から弘大界隈で、やはり看板はなかったように思う。同じく、ここもドアを開けると、地下への階段を降りていって... といっても、右も左もわからない街で、これがどこにあるのか全然説明できないし、これを読んだところで、読んだ人が遊びに行けるわけもない。(まぁ、がんばれば、方法がみつけられないこともないし、一応、手がかりは自分で握っているので、次回ソウルに行ったら、必ずここに行きますけど)が、どうしてもこの店のことを話したかったのね。なにせ、こんなバー、私、これまでの長い人生で体験したことがないし、東京でもお目にかかったことがないから。ひょっとすると、自分が東京を知らないだけで、どこかに似たような場所があるのかもしれないんですけどね。親父の習性というか、結局、同じような店を、同じような時間に訪ねて、同じようなものを飲んでいるという、まるでイギリスのパブ的感覚でしか飲んでいないから。

summer of love ともかく、階段を下りていく時にも、なにやらシルクかなんかの薄いカーテンを幾度かくぐり抜け、階下にたどり着くんですが、ここでも、やはり靴を脱ぐ。裸足で中に入るんだが、そのインテリアというか、デザインというか.... それがどこかでインドっぽいニュアンスを持っている。が、なによりも驚かされたのは店の真ん中にプールというか、水たまりというか.... そういったものがあることかねぇ。よくもまぁ、こんなに無駄なものを作ってくれたと思うが、このおかげでなにやら落ち着くのだ。奥行き1mぐらいで、幅が3mぐらいか? さすがに、手を突っ込んで深さを測るなんて余裕は全然なかったし、かなり疲れていたのに加えて、気持ちがいいもので、うたた寝を始めてしまったんだが、なんか空気が違うのね。明かりは人工のものが少なくて、あっても当然のようにその光度は落としてある。キャンドルの光がメインで、みんな床に腰を下ろして、クッションに寄りかかっているのだ。場所によっては小さなちゃぶ台があるんだけど、椅子が置かれているのはコーナーの一部だけ。さらには、トルコから中近東がルーツなんだろうなぁ、水パイプでハーブタバコかなにかを吸っているのだ。これが、また、奇妙。ドレッドロックの兄ちゃんがプカァ〜っとケムリをくゆらせている様子を見ると、これは禁制品に違いないと思ってしまうんだが、そうじゃないってのがミソなんだろうなぁ。

 まぁ、このあたりの雰囲気は69年の「サマー・オヴ・ラヴ」(Summer of Love, Vol. 1: Tune In (Good Time & Love Vibrations))ですな。その昔、ライノが作ったコンピレーションを買いましたけど、あの当時のサンフランシスコだったら、こういった店がわんさかあったと思うし、ひょっとして今もあるかもしれません。まぁ、そんな雰囲気なんですよ。しかも、ここのDJが素晴らしい。こんな選曲をしてくれるDJなんて、これまでの人生で出会ったことがない。たいてい、DJというのは、ある種のジャンルに縛られている人が多いんですよ。ジャズだとか、ブルースだとか、R&Bだとか、スカだとかレゲエだとか.... それはそれで楽しいし、面白いんだけど、この時のDJが流していた音楽のジャンルには全く脈絡がなかったんですよ。それでも、まるで極楽のような空気を流れるように演出してくれるんですよ。「気」の流れといってもいいかもしれないけど、いわゆる凡庸なクラブ的な発想とは全く違ったアプローチで、新しい曲が流れるたびに「なんじゃぁ、これはぁ」と思いつつも、やたらと気持ちよくなってしまうんですな。

Klaus Schultze 大好きなクラウス・シュルツのアルバム『ミラージュ』なんかも似合うだろうなぁ... と思ったりはするんだが、このDJ、見かけはどこにでもいるような女の子なのに、全く違ったジャンルの音楽を全く自由にアナーキーに流しながらも、けっして出しゃばらず、「空気を演出している」という感じで、新しい曲がでてくるたびに、にたにたしてしまった自分がアホじゃないかと思うぐらいにツボを押さえているのね。脱帽です。降参です。文句なしです。恋をしてしまったぐらいにはまりました。このところ、日本じゃいろんな店が「おしゃれな音楽」を流しているんだけど、演出のねらいがミエミエで、音楽に感動することもなければ、「これ、なんだろう」と思う以前に、「あぁ、これか」と思うのが関の山なんだが、この人は違った。なにせ、知っている曲が皆無で、なにがでてくるか想像もできないのだ。ホントは、紹介してもらいたかったんだけどね、彼女を。(下心はなしですからね、言っておきますけど)その時にはすでにどこかに行っちゃってる感じに陥っていたので、そこまではしなかったけど、今度ソウルに行ったら、絶対にこの店にはもう一度行こうと思う。そして、このDJと話をしよう。

 あぁ、ソウルって、本当に面白い。知れば知るほど、面白い。表面的には伝統的な屋台や焼き肉屋なんてのばかりが目に入ったり、日本の下町的な雰囲気もいっぱいだし、一方で、超近代的な表情もあるのに、一歩踏み込めば、とんでもない異次元のような場所がいっぱい存在するのだ。やっぱ、韓国語を勉強しないとなぁ... つくづくそう思う。この世界は、はまったら抜けられませんわ。


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2006年02月26日

勘違い発見、すまん。あれはロバータ・フラックだ。

Sting スティングのこのアルバム、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン - アット・ザ・ムーヴィー - 』のことを書いた時、どこかでなにかが引っかかっていたんだが、あの時点でまだアルバムはうちに届いてはいなかったのね。で、あのアルバムを注文した時にあれを書いたんだけど、それが届いて聞いていると、「ん? おかしい。このヴァージョン、『Someone To Watch Over Me』は... 何度も聞いているなぁ。」と思ったわけです。しかも、タッチといいディテールといい、自分の頭のなかに全部残っているのね。おっかっしいなぁ... ひょっとしてあれは勘違いかぁ?と、思いをめぐらしてたら、その通り。大間違いのこんこんちきでございます。陳謝でございます。すんません。

 となると、絶対にどこかにシングルがあるはずだと思って、CDシングルの棚をチェックしたら、でてきました。これ、実は、1988年頃に、A&Mが発表したCompact Hitsとかいうシリーズの限定盤CDシングルに収められていたもので、品番はAMCD911。タイトル・トラックは「Englishman In New York」で、このほかに「If You Love Somebody Set Them Free」と、この「Someone To Watch Over Me」に、「Spread A Little Happiness」という4曲が収録されているもの。結局、「いろいろなシングルにこういったヴァージョンが収められているよ」と、あの時も、そんなことを書いているんだが、これはそんな1枚だったわけです。

 思い返すと、まだまだCDがアナログに完全には取って代わってはいなかった時代で、けっこう珍しい形のシリーズではなかったかなぁ。自分の記憶が正しければ、世界で初めてのCDシングルが発表されたのは86年。John Martynの「Angeline」なんだが、その話は当時、アイランド・レコードのお偉いさんにロンドンの本社で教えられている。そのあたりの事情を考えると、おそらく、買いやすい値段でCDを普及させるための企画としてこれが出たのではないかと思う。

Sting で、これがその時に入手したシングル。まぁ、まるで真剣にデザインしていないようなジャケットは見ての通り。なんだろうね、こうゆうの。で、このシリーズの他のタイトルを見ると、懐かしいThe AlarmやHerb AlpertにCarpentersといったA&Mのスター達の名前が顔を出している。

 ということで、ごめんなさい。このシングルはありました。でも、あの時、最初にあの映画『誰かに見られてる (Someone to Watch Over Me)』のサントラを探して、それが出ていないことを告げられて... スティングのこの曲が収録されているアルバムやエンド・ロールの時のロバータ・フラックのヴァージョンが収められているアルバムも探したんだと思う。が、結局、アルバムとしては今回入手した『マイ・ファニー・ヴァレンタイン - アット・ザ・ムーヴィー - 』にしか収録されていないということなんだろう。それに、今もロバータ・フラックのヴァージョンは映画でしか聞いたことがない。もし、誰かみつけた人がいたらぜひぜひ教えてくださいませ。あのヴァージョンも欲しい。時には聞きたいのよ。


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2006年02月19日

スタンダードに弱い。探していたスティングを購入

Sting 久々にどメジャーのアーティストのアルバムを買ってしまった。いつもはけっこうマイナーなアーティストのものが多いのに、なぜか... というと、たまたま、昔からほしいと思っていたスタンダードの曲がこのアルバムに入っているのが目に入ったから。といっても、なんでも解説を見ると、このアルバムのオリジナルが97年には発表されていたらしく、結局はそれを見落としていたというか、それに気がついていなかったことがこうなった理由。

 で、その曲とはリドリー・スコット監督のサスペンス... だったらしいんだが、すでに内容は覚えてはいなくて、音楽だけが記憶に残っているという有様で、実に申し訳ない。タイトルは『誰かに見られてる (Someone to Watch Over Me)』と、ジャズ・スタンダードの名曲そのまま。確か、映画のはじめにマンハッタンの摩天楼を俯瞰している映像が出てきて、そこでこの曲が流れていたように思う。実は、この映画が公開された頃、(といっても、実はビデオで見ているんだけど)ラジオ番組の選曲をしていて、当時はまっていたのがジャズ・ヴォーカリストじゃない人たちがやっているジャズ・スタンダード。今思い出すのは大変なんだけど、たとえば、ファイン・ヤング・カニバルズが「Love For Sale」を歌っていた(と思う。今、チェックしたんだが、音源がみつからない。ひょっとして間違いかなぁ。でも、そう思う)し、エコー・アンド・ザ・バニーメンのイアン・マッカロックが、確か親父に捧げるために「セプテンバー・ソング」を歌っていたはずだ。それに、アリソン・モイエは『Singles』に「That Ole Devil Called Love」ってのを残しているし、(これは、当初プロモーション用だけに作られたんじゃなかったかと思うが)実は、シンプリー・レッドも「Love For Sale」を歌っている。あと、大好きなアーロン・ネヴィルが、『レイン・マン』で「スター・ダスト」を歌っていたし、これはサントラでしか、当時は聞けなかったように覚えている。(今はわかりません)

 と、そんな感じでいろいろ集めていったように思う。よく買ったのがイギリス盤のCDシングルで、こういったところで、アルバムには収録されることのない、けっこうレアなジャズ・スタンダードがみつかったし、そういった流れが発展して、「え、こんな人のジャズ・アルバム」という、マーヴィン・ゲイだとか、アレサ・フランクリンのアルバムなんかも買ったものだ。その当時、どうしても入手できなかったのがスティングの「Someone to Watch Over Me」で、これが映画でしか聴けなかったというので、悔しい思いをしたものだ。確か、サントラも探したんだけど、レコード屋さんでは「いやぁ、それは出てないですねぇ」なんて言われていた。まぁ、それが間違いだったら、怒っちゃうけど、実際、全然目にしたことがなかったから、そうなんだろ。で、やっとこさこれを聞くことができるわけだ。

 なんでも、今回は宮沢りえ主演の映画『阿修羅城の瞳』のために録音されたという「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を、以前のものに加えてコンパイルしたんだとか。まぁ、サントラなんてよほどヒットしない限り、簡単に廃盤になるから、こうやってまた聞くチャンスができたのは実に嬉しい。いやぁ、スティングのジャズに対する愛情って、やっぱ、わかるのね。元々サックス奏者だったという話も伝わっているし。

Willie Nelson おっと、そういえば、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」だったら、絶対に避けて通れないのが、ジャズ・トランペット奏者、チェット・ベイカーの名作中の名作、『Sings』ってことになるんだろうけど、思うに、こうやってジャズ・スタンダードにはまりだしきっかけとなったのは、おそらく、カントリー界の大物、ウイリー・ネルソンが録音して、結果として大ヒットすることになった『スターダスト』だったと思う。このアルバムは何度も何度も繰り返して聴いたし、スタンダードといわれて思いつく曲のほとんどがここに収められている。といっても、今収録曲をチェックしてみれと、CD化に伴って2曲ほど増えているのに驚いたけど、なんでここに「I Can See Clearly Now」が入っているんだろうなぁ。よくわかりません。

 いずれにせよ、そういた流れがジャズ・ジャマイカのアルバム、今では入手できなくなったJamaican Beatのvol.1と2につながっていくし、キャロル・トンプソンのアルバム、『フリー』での「Lover Man」や、リコ・ロゴリゲスのアルバム『Wonderful World』での選曲に結びついていくのだ。そのすべてが、自分にとって結晶となったのがサンドラ・クロスとアラン・ウィークスと一緒に作った作品、『Just A Dream』に『Dreams Come True...』ということなんですな。まぁ、本当はその次のプロジェクトがあったんだけど、レコード会社の方が傾きかけて(実質的に)お金を引き出せなかったということで、それは未だに実現できていないんだけど。ただ、実をいえば、まだあきらめてはいなくて、なにかであぶく銭ができれば、あるいは、この貧乏生活から脱却できれば、なんとか形にしたいと思っているんだけどねぇ。いつになることやら。

 余談ですが、この映画『誰かに見られてる (Someone to Watch Over Me)』、見たことある人いません?まぁ、もう一度探してきてみればいいんだろうけど、ひょっとしてエンディングで同じ曲が流れていて、それを歌っているのがロバータ・フラックではなかったかと思うんだけど。勘違いかなぁ...


投稿者 hanasan : 20:11 | コメント (0)

2006年02月12日

求めるものは向こうからやってくる - カップスとアイアン・バタフライ

Iron Butterfly 12月26日に「サイケデリック・ソウルに揺れる」と、このブログで書いているんだけど、未だにあのアルバムはよく聴いていて、自分の周りでなにかと話題になる。以前お話ししたように、2枚組のあのアナログ、「Go Go Sound '71」からCDに起こして、さらにiPodに入れて聞いているんだが、70年前後のソウルがサイケデリックに揺れていたというのが実に興味深いし、グループ・サウンズとして彼らがカテゴライズされているあたり、どうも日本のゴールデン・カップスのようなポジションにいたような気がしてならない。戦後から朝鮮戦争... あの時代、否応なしにアメリカ文化の影響を受けていたのが僕らだったし、特に米軍基地が集中したエリアではそのインパクトもすごかっただろう。ゴールデン・カップスはそんな文化のなかでもまれて育ったバンドだったというようなことは「ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム」というドキュメンタリー映画を見たときにも感じていた。そのほかにどんなバンドがあったのかは、調べてみないとわからないけど、おそらく、沖縄のコンディション・グリーンや紫あたりも、そういった流れにあるんじゃないのかなぁと想像する。もちろん、それをさかのぼればクレイジー・キャッツからフランキー堺といったジャズ系のミュージシャンに突き当たっていくんだろうけど、70年前後となるとやっぱ、このあたりのロックだと思うし、同じようなことが日本でも韓国でもあったんだろう。

 その時代を象徴するようなゴールデン・カップスの名作が「スーパー・ライヴ・セッション(横浜ゼンに於ける実況盤)」で、これを初めて聴いたのは横浜のパパ・ジョンだった。以前にも紹介しているんだが、横浜、野毛町にあるジャズと演歌の飲み屋で、過去20年で最も魅力ある音楽を知らせてくれたのがこの店だったし、マスターの音楽の趣味から知識は、ちょっとやそっとのことでは悪太刀打ちできないほど圧倒的だった。まぁ、なにより嬉しかったのは、初めてこの店を訪ねたときに「こんなの聞いたことがねぇだろう!」といわれて見せられたのが、自分の作ったコンピレーションだったというのが、そもそも素晴らしいのだぁ!(ちなみに、このときに出てきたのが86年にロンドンのジャズDJ、ポール・マーフィーと一緒に作った「Jazz Club for Beginners」。これはもう入手できないだろうなぁ。もし、店に行って尋ねてみれば、きっと見せてくれると思いますよ)

 そのパパ・ジョンが聞かせてくれたのがゴールデン・カップスのこのライヴ・アルバムで、当然のようになんの説明もなく「これ、誰かわかる?」なんて言いながら、流すものだから、「全然、わからないよぉ」ってことになって... その後、「いやぁ、実はね」と知らされることになるんだけど、イギリスかどこかのバンドかと思ったら、ゴールデン・カップスだもんね。それまで歌謡曲のグループ・サウンズといったイメージしかなかったのに、これを聞かされて、やたら驚かされたものだ。野太いサウンドやグルーヴは、今聞いても全然色あせないほどのロック。こんなバンドがあの時代の日本にいたんだと思うと、今のバンドがかすんで聞こえるほどに素晴らしいのだ。それから20年近くたってあのドキュメンタリーということになるんだけど、グループ・サウンズをやっていたいろいろなバンドのみんなが、実はステージでかなりロックなことをしていたなんて話も知らされた。といっても、グループ・サウンズの全盛期といったら、まだ小学生だったし、そんな事情、わかりません。今になってそれを発見するというのも、それはそれで仕方のないことだと思う。

Iron Butterfly おそらく、韓国のあのバンド、キム・ホン・タックとHe6も同じような状況にいたんだろうと思う。あのアルバム「Go Go Sound '71」の解説でもそういったことが記されていたし... 彼らが米軍あたりのGIなんかから、いろいろな情報を入手して、ハードでワイルドなサイケデリック・ロックに突き進んでいったんだと察する。ただし、韓国の一般のオーディエンスの前では、あくまでグループ・サウンズという顔を持っていたんだろうし、そうじゃなきゃぁ、飯の食い上げだったろう。

 そのアルバムを手にして、正月、関西の仲間を訪ねて回ったとき、ソウル・フラワーの中川君のところで一宿一飯の恩義を受けるのだが、このとき、彼にもこのアルバムを聴かせている。そうしたら、「この曲、アイアン・バタフライの曲やん」と教えられることになるのだ。あのアルバムを聴いたときに、「どこかで聞いたことがあるなぁ...」と思っていたんだけど、「そうなんだぁ」とここでまたひとつ勉強することになる。といっても、しばらく、そのことを忘れていて、単純にこのアルバムを楽しんでいるにすぎなかった。

 ところが、すでに最終回の撮影を終えてしまったんだが、私が言い出しっぺで始めた「飲み屋でロック」番組(正確にはGIGSという名前で、このときの分が放送されるのは2/17の予定)の最後の収録で、佐野史郎さんと同郷で幼なじみだというゲストが登場。バウワウというハード・ロック系のバンドのギタリストで山本恭司さんなんだが、このときも、いろいろとロック談義に花を咲かせていて大騒ぎをすることになるのだ。その流れのなかでたまたまマスターが流したのが、アイアン・バタフライのこの曲、「In-A-Gadda-Da-Vida」。実は、ここのマスターにもHE6のアルバムは聴かせているんだけど、全部をきちんと聞いていなかったんだろうなぁ。そのことをすっかり忘れて、これを、たまたまかけたにすぎない。ところが、自分が大声を出すことになる。

「あれ、これよ、これ、あの韓国のサイケデリック・バンドが録音していたの」

 なんて話が飛び出して、また大騒ぎすることになるのだ。

 この流れって、なになのさ?前もって韓国のサイケデリックのことなんて「話をしよう」なんて決めていなかったし... その一方で、山本恭司さんは韓国でのライヴも何度もやっているようで、友達のロック仲間も韓国にいっぱいいるという。なにか気味が悪いぐらいに、得体の知れない力によって自分がどこかに引き寄せられているような感覚に陥ってしまうのだ。っていうか、きっと、人間の生活なんてそんなものなんだろうなぁと、どこかで信じているんですけどね。会うべきものには必ず出会い、つながる人や物には必ずつながっていく... 昔からどこかでそれを信じているんだが、これも、その通りになってしまった。が、それにしても、面白い。流れに身を任せて生きるのって、実は、最もあるべき姿なのかなぁ... と、このごろ、悟ってきたようにも思うのよ。


投稿者 hanasan : 10:19 | コメント (0)

2006年02月11日

やっと入手、The Stairsをみけましたぞ。

The Stairs つい先日、エドガー・ジョーンズのことを書いて、まだ2月だというのに、ひょっとしたら今年のベスト・アルバムになるんじゃないかなんて、調子のいいことを口にしているんですが、聞けば聞くほどにそう思ってしまえるんですね。不思議です。先日も、行きつけのバー、Bird Song Cafeで、マスターにこれを聞かせたんですが、めちゃくちゃ気に入ってましたな。それに、面白い言葉も聞きましたな。自分としてはトム・ウェイツからドクター・ジョンあたりを想起したというのは以前書いたとおりなんだけど、マスター曰く、「これは絶対にキャプテン・ビーフハートですよ」とのこと。実をいえば、ずっと気になっていながら、あまり聞いていなかったのがキャプテン・ビーフハート。そっかー、そのあたりかぁ、と思いながら、先日も彼のことを検索していたんだけど、アナログがうちにあるはずだから、きちんと聞いてみようと思いましたね。なぜうちにあるかって?いや、昔、これ、買っていたりしたのね。聞いてもいたはずなんだけど、当時はそれほどひっかっからなかったってことなんだろうな。

 それはさておき、あまりにエドガー・ジョーンズを気に入ってしまったというので、彼の以前のバンド、ザ・ステアーズのアナログを探したんだけど、見つからないわけです。一応、アルファベット順にアナログは整理しているはずなんだけど、昔、住んでいた小田原の家からアナログを移動させたとき以来、再整理がきちんとできていないことが理由なんだろう。でも、気になり出すと、もう止まらないわけですよ。というので、CDを買ってしまおうと思って、最初amazonの日本でチェックしても出てこなくて... アメリカのamazonからeBayとか... いろいろ探したのね。そうしたら、アメリカではセコハンが10ドル強で新品はコレクターズものとして30ドル近い値段。困ったなぁ。高いなぁ.. なんて思いつつ、amazonのUKをチェックすると7ポンド弱で売りに出ている。実はこれを買おうかと思って、イギリスの友人に連絡したんだけど、ネット通販って利用したことがないらしく、「嫁にやんわりと頼んでくれないか?」と来た。それもそうだけど... と思ってた時に、たまたまもう一度amazonの日本をチェックしたら出てました。といっても、業者や個人が出店しているタイプで、通常よりもちょっと高いし、送料もかかるから割高になるんだけど、ここしかチャンスがないですからね。当然、買ってしまいました。だから、上のジャケットをクリックしても「現在入手できません」と出てきます。それを買ったの、私ですから。

 で、聞きました。思い出しました。これよぉ!まるでローリング・ストーンズの若かった頃のような感じで、張りのあるロックがぎんぎんに響いてくる。確か90年代の初めの録音じゃないかと思うんだが、このざらざらした肌触りのあるレトロ風味なロックがいいんですよ。80年代のニュー・ウェーヴを経て、テクノロジーが進歩して... CDの時代に入って、なにかしら音楽の音質が薄っぺらになってしまっていると思うんですね。無菌状態で培養されたような音というか... 自分自身、最近またアナログに回帰していってるのって、「そんなのつまんねぇぞ!」ってあたりが理由じゃないかなぁなんて思うんですよ。そういったアナログなロックの感覚がここにはぎっしりと詰まっているんですね。久々にこのアルバムを聴いて、「それなんだよ、それ」と膝を叩いたって感じですね。

 そういった活きのいいロックを、当時好きだった人って、そんなにいなかったように思うし、このバンド、全然売れなかったように思えるんだけど、ネットを調べていくと、こんなサイトもみつかりました。くせ者好きな音楽のファンって絶対にいて、思い入れいっぱいにいろいろな話を聞かせてくれます。嬉しいね。といっても、当時のテレビ番組で彼らを紹介した時も、そんなにいい反応はなかったように思えます。まあ、売れ線からはかなり離れてるもんね。

Zombies でも、いろいろと思い出すんですね。確か、80年代のロンドンって、一方で、ニュー・ウェーヴがメジャー化していったんだけど、同時に、過去の音楽を再発見していくという動きがとっても大きくなった時期でもあるんと思うんですよ。ちまたでは「なんじゃぁ、このバンド!」なんて思われていたドクター・アンド・ザ・メディックスも、果たした役割は大きかったと思いますね。当時、ギャズもクラブを開いていたソーホーのゴシップスで、メディックスのヴォーカルだったドクターが「不思議の国のアリス (Alice in Wonderland)」というサイケデリックなクラブを運営していて、それがめちゃくちゃ面白くてね。このあたりがきっかけとなって、あの当時サイケデリック・ロックを、自分でも再発見していったわけです。The 13th Floor Elevatorsなんてこの時初めて聞いたと思うし、Zombiesもこのころ知ったのかなぁ。あの大ヒット曲の「二人のシーズン」って聞いたことがあったけど、このあたりとかサイケデリックなものってほとんど聞いたことがなかったもんね。だから、いまではこんなBox Setになっている、そのもとのNuggetsのコンピレーションものも買ってたなぁ。おそらく、あれはNuggets: A Classic Collection from the Psychedelic Sixtiesじぁ、なかったかと思うけど。このあたり、前述のキャプテン・ビーフハートと一緒に聞き直してみよう。

Charles Mingus あと、エドガー・ジョーンズのアルバムで使われていたミンガスの詩、「Freedom」のおかげで、彼の名作『直立猿人』も『The Clown』も買ってしまいました。CDでは『Ah Um』ぐらいしか持っていなかったからね。これをきっかけにじっくりと聞いてみようということです。ま、今回買った2枚は1500円の廉価盤だから、高いものじゃないし... とはいうものの、底なしのCD地獄。でも、音楽にはねぇ、お金以上のものがあるのよ。なにかが引っかかると、聞きたいのを止められなくて、買ってしまうのべ。だって、音楽の向こうにはとんでもない世界が広がっているし、どんどん自分を成長させてくれるんですよ。

 でも少しは自重しないと... と、そう思う今日この頃。これじゃぁ、飯代を削ってレコードを買っていた高校生の頃と同じだからなぁ。早く大人にならないと!


投稿者 hanasan : 12:01 | コメント (0)

2006年02月09日

やったねぇ、Fuji Rockって曲がイタリアででるぞ! - バンダ・バソッティ -

Banda Bassotti つい前日、イタリアのバンダ・バソッティのマネージャー、ダヴィデからメールがあって、「日本の写真展で使われたバンダ・バソッティの写真がほしいんだけど...」と連絡を受け取った。なんでも新しいアルバムがでるとのことで、そのアルバムか、あるいは、ポスターかにそれを使うんだろう。

 昨年の9月に恵比寿にあるタワー・カフェ(リキッドルーム恵比寿の2階ロビー奥)で、Smashing Magが撮影、発表してきた作品を集めて写真展をやっているんだが、その時に展示したのが、自分が撮影したバンダ・バソッティのこの写真。昨年末にマネージャーのダヴィデと相棒のルカが来日した時、フレームに入れたA2のプリント、実際の展示品を彼らにあげていて、それをいたく気に入ったようだ。バンダ・バソッティの場合、ほぼオフィシャル写真家として2001年ぐらいから毎年彼らのツアーを撮影しているし、加えて、来日した時も押さえている。だから、ライヴについてはかなりの写真を持っているし、自分でも傑作だと思える写真も多い。これはそんななかの一枚だった。

 思うに、一番最初に彼らが自分の写真を見たのは2001年に彼らがスペインをツアーした時に撮影したもので、それが翌年の彼らのツアー・ポスターとなってしまったんだが、そのことはこちらに書いている。当時使っていたのは、当時20万円ぐらいで購入したオリンパスのE10という初期の一眼レフ・デジカメだったのだが、あのカメラで撮影した写真をよくもここまで大きくできたものだと驚かされたものだ。なにせ、A1どころのサイズじゃなかったし、しかも、オリジナルの写真をトリミングして使っているのだ。おそらく、そうすることで出たざらざらとした質感が良かったのかもしれないが、これを実際にローマで最初に見た時にはめちゃくちゃ嬉しかったなぁ。それがイタリア中に貼られていたわけで、自分の写真を評価してくれたのが日本のミュージシャンではなくて、イタリアだったというのがなんとも複雑だった。

 それ以来、彼らは毎年自分を招いてツアーに同行させるようになって、写真を撮っているんだが、もちろん、その経費は全て彼らが面倒を見てくれている。それに加えて、当然、ギャラも払ってくれるわけで、このあたり、日本のバンドにそんな面倒を見てもらったことは一度もない。もちろん、日本のバンドが売れていないからなんだろうけど、彼らにしてもそんなにビッグなバンドではない。チケットだって6ユーロ(1000円ほど)程度のライヴで全イタリアで4本ぐらい。それでもきちんと写真家として自分に対して充分な敬意を見せてくれるのだ。昨年暮れのベルリンなんて、わずか1本のライヴのために全経費を出してくれた。嬉しいじゃないか。

Banda Bassotti さて、そのバンダ・バソッティが新しいアルバムを発表するんだが、タイトルは『Vecchi Cani Bastardi』。英語で彼らはlike Old Bastards Dogsと書いているんだが、ちょっと理解できないなぁ... 今の時点では想像するしかないし、今度彼らと会った時にインタヴューでもしてみようと思うけど、この曲目を見て面白いものを発見してしまうのだ。なんと「Fuji Rock」という曲が収録されているのだ、これは、嬉しかったなぁ。もちろん、曲はまだ聴いていないし、おそらく、来週ぐらいにミックス・ダウンしたものがCDで届けられると思うので、実際に聴いてみないとどんな響きを持っているのかも想像できないが、これまでさまざまなバンドやアーティストがフジ・ロックに出演していても、これほどまでに単刀直入に「フジ・ロック」をタイトルにして歌ってくれたことはなかったように思う。それが日本人のアーティストではなく、イタリアのバンドだったというのが面白い。彼らはフジ・ロックをどんな風に歌ってくれているんだろうか。

 それ加えて、ブルーハーツの曲、「情熱の薔薇」がカバーされていた。といっても、自分はブルーハーツというバンドを全然知らないから、想像もできないけど、この曲のなにを気に入ったんだろう。かつてブルーハーツにいたドラマーの梶君が、スリー・ピースのメンバーで、彼らがバンダ・バソッティのお世話で何度かイタリアをツアーしたことがあるという事情があるから、そのあたりに接点があるのかなぁ... っても、実際に聴いてみないと、なにも書けないね。

Banda Bassotti さて、このアルバム、日本で発表されるのかなぁ。奇妙な話だが、前作『Amore E Odio』は国内盤が発表されているのに、amazonでもみつからないし、自分がライナーを書いているのに、全然宣伝された痕跡もない。それが残念でたまらない。一方で、コンスタントに入手できるのはビクターから発表されている『アザー・フェイス・オブ・ジ・エンパイア』と『アシ・エス・ミ・ヴィダ(これ、俺の人生)』の2枚。これは、数年の活動停止から彼らが再始動して発表した2枚で、後者は世界中の『抵抗の歌』を集めたもの。口先ばかりではなく、「行動するバンド」であるバンダ・バソッティだからこそのパワーを感じる名作で、いずれの作品もできるだけ多くの人々に聴いてもらいたい傑作だ。

 噂では今年は2月に20日間近くのノン・ストップでのツアーをドイツでやると聴いているし、例年通り、3月末から数カ国のバンドを招いてイタリア数都市でのストリート・ビート・フェスティヴァルを開催するはずだ。もちろん、それには出かけていくつもりでスケジュールを組んでいる。楽しみだねぇ。


投稿者 hanasan : 19:20 | コメント (0)

2006年02月07日

泣いてたまるか... ザ・バンドのリチャード・マニュエルを聴く

Richard Manuel なにやら、ずいぶん前... といっても3年ほど前に、このアルバム、『Whispering Pines』の日本盤が出ていたらしいんだが、最近までこの作品のことは全然知らなくて、みつけたとたんに買ってしまいました。なにで知ったんだっけ?よくは覚えていないのだが、おそらく、前回、『偉大なる復活』について、ちらっと触れた時に、リチャード・マニュエルが歌う、ディランのカバー「I Shall Be Released」が大好きだということを書いて... それがザ・バンドのデビュー・アルバム、『Music From Big Pink』に収録されていること、DVDの『Festival Express』には映像もある... なんてことを書いたようにも思う。

 あの時、Richard Manuelで検索をかけて、いろんなことを調べ始めてしまったんだんだろう。正確に亡くなった時のことを知りたかったのものある。その結果、それが86年の3月4日だったということがわかって、このアルバム、『Whispering Pines』に気がついた。これが録音されたのは彼がフロリダで自殺した半年前のもの。ウッドストックのクラブ、ゲイトウエイでのライヴで、けっこうリラックスした仲間内の雰囲気が漂うものなんだけど、ゲストで、やはり、今はもういないリック・ダンコが加わっていたりというもの。といっても、もちろん、これはリチャード・マニュエルのライヴで、ザ・バンドと比較することはできない。キーボードの弾き語り的な要素に地味にギターが入ったり、ハモニカが加えられたりといったスタイルだ。だから、地味でシンプルで... 売れるアルバムでもなければ、ザ・バンドのファン以外にこれを手にする人はいないんだろうなぁと思う。

 でも、逆にザ・バンドが好きだった人にとって見れば、解散を最もつらい思いで受け入れざるを得なかったリチャード・マニュエルの気持ちが、どこかで手に取るようにわかって、ここで歌われる彼の悲しげな声に涙を流してしまうんだろうと思う。どの曲でもそれを感じるんだが、特に、泣けるのは、やっぱり、「I Shall Be Released」なんだろうと思う。バック・ヴォーカルのような形でリックの声が聞こえて... これはなぁ、たまりません。

 それに、このアルバムを通して聴くと、リチャード・マニュエルのヴォーカルの魅力を再発見してしまうのですよ。有名なレイ・チャールズのカバー、「ジョージア・オン・マイ・マインド」にしろ、(『Islands』に収録。今、検索していて気がついたんだけど、これって、正確にはアイランズなのね。日本盤は『アイランド』って書かれていたように思うんだけど... 検索すると、やたらとこういったことに気がつくようになりますね)『Music From Big Pink』の巻頭にでてくる「怒りの涙」(Tears of Rage)や『The Band』の「Across The Great Divide」に『Northern Lights - Southern Corss』の「Acadian Driftwood」などなど、ひょっとして大好きだったザ・バンドの、大好きだった曲のほとんどが彼のリード・ヴォーカルだったことに気がついてしまうんですね。

Richard Manuel 今日も、そんなことを考えながら、検索していたら、『The Moon Struck One』というUK編集のアルバムをみつけてしまった。収録曲を見れば、リチャードがリード・ヴォーカルを取った曲ばかりを集めたザ・バンドのベスト・アルバム。このアルバムを作った人の気持ち、めちゃくちゃわかりますね。もちろん、ザ・バンドのアルバムを全部持っていれば、自分でこういったものを作ればいいんだろうし、これをわざわざ買う必要はないんだろうけど、おそらく、このアルバムのライナーには「好き者にしかわからない」リチャードへの言葉が書かれているのではないかと気になったりもします。

 さて、この『Whispering Pines』なんですが、日本盤とちょっとだけ曲の構成が違って、少し多めに収録されています。といっても、おそらく、日本盤には、この音がみつかった時の詳しい話なんかも出ているんだろうし、そういった「ファンの気持ちをシェアーする」意味で言えば、日本盤の方が魅力かもしれませんけど。というか、アルバムを手にする時って、そういったことも自分にはすごく重要な要素なんですね。同じアーティストやバンドを、同じように好きな人がいて、その愛情がアルバムの作りにでてくるんですよ。そんな気持ちを分かち合いたいって、思ったことはないですか?

 いずれにせよ、リチャード・マニュエルにとって最後となった... であろう、この作品を聴いた多くの人たちが「涙なくして語れない」という風に語っているの、とってもわかります。歌声の悲しい響きだけではなく、おそらく、実は、彼の内側に「悲しい気持ち」がいっぱいだったんだろうということ。考え過ぎかなぁ... と思うけど、今日も、「泣いてたまるかぁ」なんて思いながら、このアルバムを聴いてしまいます。たまらんなぁ....


投稿者 hanasan : 21:00 | コメント (0)

2006年02月06日

ザ・ステアーズから10年以上か?リヴァプールの奇才へと成長したなぁ。

Edger  ネットをやっていて面白いのは、ひょんなことからひょんな情報を受け取れることじゃないかと思う。もちろん、無限とも思えるジャンク・メールには辟易してますけど。なにせ、ウェッブの仕事をしていて、責任があるというので、どうしても自分のメルアドを掲載しなければいけない場合がある。すると、そういったメルアドをプログラムで読み込んで自動的にジャンク・メールを送りつけられるわけです。そのサイトの数がいっぱいあって、その全てにそういった仕掛けをされるというので、たまったものじゃありません。実際、毎日、少なくとも200ぐらいのジャンクメールが届きますから。もちろん、それに対していろんな方法ではらいのけようとしているんだけど、なかなかどうしてうまくいきません。

 が、特に、ネットにコンタクト先があるから面白い情報が寄せられることがあるんですな。実をいえば、このアルバム『Soothing Music For Stray Cats (野良猫をなだめるための音楽)』を知ったのも、それが理由。送ってきてくれた方は、なんでも私が昔書いていた原稿を読んでくれていたり、その昔TVKという地方局でやっていた音楽番組、「ファンキー・トマト」を見てくれていたようで、ある日、彼から「昔、ステアーズというバンドをやっていた人で... エドガー・ジョーンズ・ジョーンズという人のアルバムを聴いてほしいんですけど」というメールを受け取ったんですね。ん?ステアーズ?ずっと前にリヴァプールで彼らとインタヴューしたなぁ... どこだっけ?リハーサル・ルームみたいなところだっけ?面白いバンドだったなぁ... なんぞと紐を解いていったら、いろいろ思い出した。確か、モノラルかなんかでしか録音したとか、しなかったとか、クラシックなロックの勢いをそのまま現代に蘇らせたかのような、実にユニークなバンドで、彼らにはかなり惹かれていたなぁ... と、徐々に思い出したわけです。

 で、コンタクトをくれた方に、「もし、送ってくれるんだったら...」ということで、受け取ったわけです。といっても、けっこうこういったことがあっても、あまり面白アルバムにぶつかることもそれほどなくて、そんなに期待していたわけではないんですね、正直言えば。これまでもそういったことが多々あったし... まぁ、聴いて面白くなければ、それはそれでいいじゃないかと思うんですよ。

TOm Waits ところが、今回は違いました! びっくり仰天!『Soothing Music For Stray Cats (野良猫をなだめるための音楽)』っていうアルバムなんだけど、これ、めちゃくちゃ好きな音楽ですよ。初っぱなから、ジャズなんですよ。しかも、なんか80年代半ばにロンドンでジャズが再発見された時に、みんなが憧れていたブルーでレトロなタッチのそれ。ところが、2曲目になると、まるでトム・ウェイツになってしまうというか... ちょうど『Small Change』の頃かなぁ、この感覚。それが、はまるんですよ。と、そんなタッチの曲が2曲続いて、なにやら、環境音楽のような映画音楽のような奇妙なインストがでてきて... そのあとは、どこかで聴いたことがあるメロディが聞こえてくる。このギターは絶対にグレン・ミラーの「ムーン・ライト・セレナーデ」のパクリですな。(名作映画のサントラ、グレン・ミラー物語あたりがチェックするにはいいかも)といっても、まんまそれを演奏しているわけではなくて、そういったギターのリフをバックに、ヴォーカルのラップ的な展開といった感覚で、まるでドクター・ジョンのような声で歌っているわけですよ。なんじゃらほい、この奇妙なタッチは。しかも、そのトラック、『Freedom』というタイトルで、チャールス・ミンガスの詩を使っているわけです。「若干の変更をしたけど...」 という言い訳も添えられているけど、このあたりにジャズに対する並々ならない思い入れを感じることができる。と思ったら、今度はルイ・アームストロングか?ドゥビダバ系のスキャットが始まり、やたらとスイングする歌が飛び出してくるだ。

 と、まぁ、曲の説明を全部していたらいくらスペースがあっても足りないし、そんなことはしません。ただ、言いたいのは、そういったジャズ・テイストが随所にあるんだけど、まんまジャズのアルバムではないということなんですな、これが。ゴスペルやリズム・アンド・ブルース的な展開もあるし、いきなりへなへなのクンビアのようなものが登場したりと、このアナーキーな感覚はやはりパンク以降の世代だからこそできるように思えたり... っても、こういった感覚こそが『最もジャズ的』な気もしないでもないんだけど。

勝手にしやがれ このあたりのセンスって、3〜4年前から気に入って、いろんな形で書いたり、写真を撮影したりしているバンド、勝手にしやがれに似ているなぁなんて思ってみたり。といっても、ぶち切れ具合が、勝手よりも遙かにワイルドというか... アナーキーというか.... このところ、勝手を見ていても、どこかで初期のワイルドさが「パターン化」されているようで、突き抜けたアナーキーさをあまり感じなくなっているんですね。もちろん、彼らは今でも大好きだし、昨年のライジング・サンでの大熱演なんて、めちゃくちゃ嬉しかった。「俺たち、やっぱ、パンクだから」という、あの気持ちがライヴに出ていたと思うし、彼らはあれでいいんだろうと思う。が、どこかで「ひとつの枠」、自分たちで作った「枠のなか」から飛び出せないような、微妙な時期にいるように思うんですよ。もちろん、彼らには、これを越えて、面白いところに飛び出していけるような期待はしているから、そんなことを言ってしまうんですが。

TOm Waits あっと、ちょっと話がそれるんですけど、勝手にしやがれの、このアルバム、『スワイニッシュ・タウン』なんですが、ジャケットが最高でしょ?比べてみてくれれば、すぐにわかりますけど、トム・ウェイツの名作『Swordfishtrombones』のパロディというか... 勝手の場合、トム・ウェイツが大好きで、そういった敬意の念を持ってこのアプローチをしているんで、これをパクリだなんて言ったら不遜です。まぁ、パロディというのでもないとも思うんだけど。これだけで、勝手を聴きたいと思うようになりません?もちろん、トム・ウェイツが好きだったらなんですけど。

 さてさて、話を元に戻しますけど、Edger "jones" Jonesのこのアルバム、 『Soothing Music For Stray Cats (野良猫をなだめるための音楽)』を聴いて思ったのは、この人って、大好きな勝手を遙かに越えて、あのセンスを進化させてしまったんじゃないかなぁ... なんて思ったんですよ。といっても、もちろん、彼が勝手を知っているわけはなく、彼の音楽を説明するための方便なんで、そのあたりは理解してもらいたいんですが、このアナーキーなジャズのセンス、いいねぇ。これこそ自分の大好きなジャズだと言い切ってしまいたいよな。

 ということで、大推薦盤です。下手をすると、今年のベスト・アルバムにこれを選ぶかもしれないほどに、私は、これを溺愛しています。しかも、嬉しいことに、これを発表したインディのレーベル、これを紙ジャケットで出してくれているんですね。音楽が好きだったら、こうしてくれるよね、最初から。しかも、値段も比較的安く押さえてくれている。嬉しいじゃありませんか。


投稿者 hanasan : 21:03 | コメント (0)

2006年02月04日

Gaz's Rockin' Bluesのコンピレーションのこと、再び。

Gaz's Rockin Blues つい先日、このアルバムのことを書いたんだが、アマゾンをチェックしていたら、こんなのにぶつかった。まず、自分が購入したのは昨年10月に発売されたUS盤で、収録曲は28曲。ところが、今年1月に発表された2枚組のUK盤は2枚組で、どうなっているのさぁ... と、頭が痛くなってしまった。

 まずは、オリジナルはというと、A面が
1. John Lee Hooker - Gonna Boogie
2. John Lee Hooker - Shake, Hooler & Run
3. Jimmy Witherspoon - Who's Been Jivin' With You
4. B.B.King - She's Dynamite
5. Preacher Stevens - Whoopin' & Hoolerin'
6. Elomore james - Strage Kinda Feelin'
7. Pee Wee Crayton - Texas Hop
で、B面は
1. Etta James - Good Rockin' Daddy
2. Young Jessie - Mary Lou
3. Joe Tex - Open your Door
4. Richard Berry - Ho! Oh! Get out of the Car
5. Richard Berry - Yama Yama Pretty Mama
6. Etta James - Tough Lover
7. Long Tall Marvin - Have Mercy Miss Percy

となっているんですな。

で、今回、私が入手したUS盤はというと...

1.Good Rockin' Daddy - Etta James
2.Mary Lou - Young Jessie & The Cadets
3.Open The Door - Little Booker (Aka Joe Tex)
4.Oh! Oh! Get Out Of The Car - Richard Berry
5.Yama Yama Pretty Mama - Richard Berry
6.Tough Lover - Etta James
7.Have Mercy Miss Percy - Long Tall Marvin
8.Gotta Boogie - John Lee Hooker
9.Shake Holler And Run - John Lee Hooker
10.Who's Been Jivin' You - Jimmy Witherspoon
11.She's Dynamite - B.B. King
12.Whoopin' And Hollerin' - Preacher Stevens
13.Strange Kinda Feeling - Elmore James
14.Texas Hop - Pee Wee Crayton
15.I May Be Wrong (Boogie Woogie) - Little Johnny Jones & The Chicago Hound Dogs
16.Sweet Little Woman - Little Johnny Jones & The Chicago Hound Dogs
17.Come On Let's Dance - Van Robinson
18.Love My Baby - Robbin Ray
19.I'm Twisted - Cookie & The Cupcakes
20.The Blacksmith Blues - Chuck Higgins Orchestra
21.Bad Feeling - Goree Carter
22.Rock And Roll - Wild Bill Moore With Scatman
23.Wrong Doing Woman - Joe Papoose Fritz
24.Whole Lotta' Love - B.B. King
25.Hollywood Bound - Freddie Simmons Quintette
26.Don't Talk Me To Death - Joe Turner & Pete Johnson
27.Nappy Head Woman - Joe Hill Louis
28.Calypso Daddy? - Jeanne Demetz (Feat. Johnny Alston Orchestra)

 ということで、こちらの方がオリジナルのコンピレーションを14曲目までにAB面を逆転して収録して、そこにあと14曲を加えたというもの。

 で、2枚組のUK盤の方は、同じタイトルでも、内容が全然違いますなぁ。こちらの方には彼自身のバンド、トロージャンズからスペシャルズ、ザ・キンクスから、親父のジョンメイオールのトラックまで入っている。コンセプトが違うような気がするんだな。こちらの方は入手していないからジャケットもわからないし、なんともコメントをしようがないんですが、明らかにオリジナルを元にしたUS盤には表紙、裏表紙を含めて16ページのブックレットが付けられていて、ライナーも楽しい。それによると、今回のCD化にあたって加えられた14曲は78回転のSPでしか入手できなかったものらしく、CDとなったのは初めてのこと。なんでもACEの資料室に入ってとんでもない量のDATなんぞを聞き狂ってこのセレクションが生まれたんだとか。

 さぁて、こっちの2枚組のUK盤は、どうするかなぁ。買うべきかなぁ。それとも、サンプルを送ってもらおうかなぁ... なんて調子のいいことを考えてしまうのよ。


投稿者 hanasan : 06:09 | コメント (0)

2006年02月01日

懐かしいコレクターズ、アイテムがCD化です! - ギャズ・メイオール -

Gaz's Rockin Blues 本当に懐かしい。まだ日本に「クラブ」といった言葉さえもが存在しなかった頃、いや、存在してはいたけど、「銀座のクラブ」といった高級飲み屋にしかこの言葉が使われていなかった頃、初めて取材したのがロンドンのクラブだった。その頃のことは、87年に発表した「ロンドン・ラジカル・ウォーク」という本の第八章に詳しく書いているし、多くの雑誌に当時のクラブ文化発見による衝撃について発表しているんだが、この時に知り合うことになったのが、今もまだ続くクラブ、ギャズズ・ロッキンブルースの中心人物、ギャズ・メイオールだった。

 当時、クラブがあったのはディーン・ストリートのゴシップスで、今と同じ木曜日に開催されていたのだが、その店がおしゃれなワイン・バーに改造されてしまったために、現在ではウォードー・ストリートのサン・モリッツという店に場所を移している。が、雨後の竹の子のようにクラブが生まれて、消えているロンドンで25年にわたって続いているのは、ギャズのこのクラブだけで、それだけでもこのクラブの面白さが想像できようというものだ。

 あの本にも書いているんだが、アメリカからイギリスにやってきてどうしようもなかったストレイ・キャッツがここで初めてライヴをする場を与えられたり、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイが遊びに来たことがあるとか... 俳優のブルース・ウイリスが噂を聞きつけてやってきて、演奏してしまった話とか... まぁ、そういったポップ・スターがけっこう遊びに来ているような。それに加えて、かなりクラシックなスカからブルース、ジャンプ、リズム・アンド・ブルースという、流されている音楽のせいもあるんだろうけど、伝説的なスカ系のミュージシャンがここで頻繁に演奏していたものだ。

 そのギャズが一番最初に作ったコンピレーションが今回、再発売というか、CD化されたもの。長い間コレクターズ・アイテムとなっていたもので、これがCDになったのは嬉しい。というか、これこそがギャズズ・ロッキン・ブルースの原点のようなアルバム。彼のクラブを体験したことがある人やスカ、からブルース、R&Bといったところの、アーシーでルーツィ、どろどろとしたダンス・ミュージックを楽しみたい人には絶対のお勧めで、買っても間違いはないはずだ。それに、オリジナルに加えて、かなりの曲が加えられた2枚組となっているらしく、そんな情報を受けて、自分も速攻で注文。おそらく、明日には届くだろう。

Gaz's Rockin Blues 実をいえば、彼が今では入手不可能になった数々の7インチをコンセプト別にコンパイルして、自家製のカセット・テープを作っていたのだが、それが素晴らしくて、この当時、それをほぼ全て集めていた。このクラブで流される音楽がここに収録されているわけで、これを使えば、あのクラブの雰囲気を作り出すことができる... といったら語弊があるが、一応気分だけは味わうことができるのだ。もちろん、本当にあの迫力を再生するには溝の深い昔の7インチが必要だし、ビシビシとノイズやスクラッチの入ったアナログらからこそ、あの味がでるんだろうけど、まぁ、仮想でその気分だけは味わえる。じゃ、それを日本でコンピレーションとして発表すればいいじゃないか... と思って企画したのがこの作品「Whiskey, Wine & Women」だった。たまたまその前に東芝EMIと数枚のコンピレーション(ストレート・ノー・チェイサーによるブルーノート系のもの)を制作して、それがヒットしていたこともあり、けっこうすんなりとその企画が受け入れられて、これを作っている。

 といっても、ちょうどその頃、ロスでA型肝炎に感染してしまって、入院するという事件があり、充分なプロモーション活動ができなかったこともあるんだろう。あまりセールスはよくなかったんだが、このアルバムは素晴らしかった。なにせ、ここに集められているのは、ジャマイカにスカが生まれる直前、海を渡ってラジオから流れ出していたR&Bの数々。これを聞けば、R&Bこそがスカのルーツであることがよく理解できるし、日本では学者のようなコレクター達の「趣味の音楽」でしかなかったアーシーでワイルドなR&Bが、まるで命を吹き返したかのように響いてくるのだ。このアルバムでそういった音楽にはまりこんでいった人たちも多かったし、自分自身、音楽の流れという歴史をも教えてもらうことになったものだ。

 これが発表された時のレヴューも面白かった。学術でしかこういった音楽のことを語ることができないインテリどもの「音楽を楽しむ」意識の欠落が、こういった音楽をほこりまみれの博物館に押し込めていったんだということがよくわかった。「学術的には評価できないチープな...」なんてことを書いていたバカがいたからなぁ....なお、その時のライナーはここに収録しています。

 それがともかく、今回、ギャズのデビュー・コンピレーションの再発に伴って、このCD「Whiskey, Wine & Women」も再発売してくれないかなぁと思う。90年代半ばのあの頃以上に、実は、ギャズの人気や浸透度が高まっているのが日本。そういった音楽好きの若い人たちにこのアルバムを聴いてほしいと切に思うのだ。

補足 : 2日にアルバムが届きました。2枚組ではなく1枚でした。内容は最高です。文句なし。

最補足 : なんと、これに2枚組のものもあるようなんだな。こちら昨年発表された1枚もので、こちらは今年発表された2枚組。どないなってはりまんねん?


投稿者 hanasan : 18:01 | コメント (0)

2006年01月27日

お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる?パカタレ! - パッチギのこと -

朝山実 正月、実家に帰った時、弟と映画「パッチギ」の話でで盛り上がった。彼も、やはりこの映画を見ていて、「泣けたなぁ」と話し始めたんだが、「あそこやろ?」と、「ウン、あそこや、葬式のな」と、ほとんどこれで会話が通じてしまうのがおかしかった。

 いつか友人から「映画の話を書く時にはな、書いたらアカンことがあるやろ」と怒られたことがあって、詳しいストーリーを書いたら、映画を見る楽しみがなくなる。ということもあって、ここであまり詳しくは書きたくないんだが、いつもは優しい在日一世のおじさんが葬式の最中に、主人公に向かって放った言葉で泣いた。

「お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる? 知らんかったら、この先もずーっと知らんやろ、このパカタレ!」

 1968年の時代背景があり、戦争が終わってまだ20年そこそこですでに僕らはなにも知らなかった。

「国会議事堂の大理石、どこから持ってきて、だれが積み上げたか知ってるか?」

 これを具体的に調べるすべを僕は持っていないが、朝鮮半島からさらわれて、日本に連れてこられた韓国朝鮮人が奴隷のように扱われていたことはいろいろな文献で見ている。このシーンで語られたことはその事実を僕らに告げているんだろう。映画は映画、作り事だというのは簡単だ。が、この話が「作り事」には思えないし、このほかに語られていることだってそうだ。が、当然のように、自分はなにも知らなかった。あの68年にまだ13歳だった自分は当然のように、そして、すでに50歳になった自分ですらも、このことをなにも知らなかった。あのおじさんの言った「パカタレ」のひとりが自分なのだ。おそらく、この映画で「この先、ずーっと知らんやろ!」と声をかけられたのは自分であり、ひょっとしてこの言葉こそがこの映画が僕らに突きつけているものなんじゃないだろうか。と、そう思ったら、涙が止まらなかった。

 もっとこの映画のことを知りたいと、原作と言われる書籍「パッチギ」を買ってきて、これも読んだ。といっても、ほとんど映画のまんまで台詞部分もほとんど同じだから、これは、この映画のなかで語られている「言葉」を再確認するようなものだったけど、松山猛氏の「少年Mのイムジン河」は、また未知の世界を伝えてくれた。

松山猛 この本を買ったのは、以前、映画「パッチギ」について書いた時に、このサイトで、松山氏の話を読んで「そうかぁ、彼の体験が映画の原案なんだ」と思ったのが理由だ。わずか1000円の、まるで子供向けに書かれたような、絵本のような内容で、30分もすれば全てを読み終えてしまいそうな簡単な本。でも、中身は濃い。それに、「長いあとがき」がとてつもなく興味深かった。そこに書かれてあったのは、彼と、あの映画の根っこになっている名曲「イムジン河」との出会いのことであったり、あの曲をフォーク・クルセダーズが歌うことになったいきさつや、当時の反応のこと、そして、松山氏が実際に韓国の国境線にあるイムジン河を見たときの話などが盛り込まれている。

 といっても、「イムジン河」という曲がどういったものかを知っている人も少ないんだろうなぁと思う。実際、自分自身、聞き覚えはあっても、詳しい話はとっくの昔に忘れ去っていた。今回、映画「パッチギ」を見て、歌を思い出し、上記の本を買って、さらに、オリジナルのままで再発売されたCD「ハレンチ」まで購入して、初めてその一端を理解できたように思えるのだ。

(ちなみに、このCD、ジャケットがLPサイズの限定版で、それとは知らずに購入してびっくりした。映画のなかでこのオリジナル、あるいは、それを模したLPが登場するんだが、なにやらそれを手にしたような錯覚に陥って、なんだが、嬉しかったなぁ。というか、それも戦略なのかなぁ...)

フォーク・クルセダーズ この歌のオリジナルの作曲はコ ジョンハン、作詞のパク セヨンとされていて... といっても、この歌を60年代に初めて耳にした松山氏は「朝鮮民謡」だと思ったとか。そのオリジナルを日本語に訳して、さらに独自の詞を加えて生まれたのがフォーク・クルセダーズのヴァージョンだった。これは、たまたま解散を記念して自主制作で300枚ほどプレスしたアルバムに収録されていたのだが、この曲よりも脚光を浴びたのが、同じくこのアルバムに収録されていた「帰ってきたヨッパライ」という冗談ソング。これがラジオでヒットして、それが彼らの東芝レコードとの契約に結びついていく。その結果、おそらく、シングルだと思うが、200万枚という爆発的なヒットを記録することになるのだ。実は、それに続くシングルとしてこの「イムジン河」の発売が決定し、実際にプレスされたようだが、いろいろな事情で発売中止、存在したものも全て回収されたという話が伝わっている。当然ながら、発売中止を受けて、以降、これが放送されることはなくなった。そんな状態が数年前まで続いていたのだ。

 なぜこの曲が発売中止になったのか... 諸説あって、真相はまだ明確にはなっていないように思う。松山猛氏の本にもそのことに関しては詳しくは触れていないし、ネットで調べても明確な答えは出てこない。小林たかし氏による報告教えて!gooコミュニティ3asian.comあたりも参考になるし、この曲が再び日の目を見たことについて書かれている、ハンギョレ21も興味深かった。いずれにせよ、「政治」の波に飲み込まれてしまったということなんだろうが、自分が知る限り、このオリジナルが朝鮮民主人民共和国のプロパガンダ的な色彩を帯びたものに対して、フォーク・クルセダーズのヴァージョンは国境や壁のない世界を希求した、どこかで優しいプロテスト・ソングだったんだろうと思う。

 それに対して、これが「盗作だ」とか騒いでいる人々もいたし、今もいるみたいだが、歌は生き物であって、なにもかもを忠実に「再現」する必要はないと思っている。ウッディ・カスリーがそうやったように、民謡のメロディにのせて、どんどん自分の言葉をのせていった人もいるし、高田渡がやったことだってそうだった。それでなにが悪い? と、思ってしまうんだが、少なくとも素晴らしいメロディを作った人への敬意が表されていれば十分だろうし、著作権の使用料を支払っていればなにも問題はないだろう。今回、この「イムジン河」のことを調べていて思ったのは、そういったビジネスや政治が、本来自由だった「歌」さえをも「檻」に入れてきた現実。僕ら、まだ、「越えられない河」を抱えているというのが悔しくもあり、悲しくもある。そして、再び、この発売中止によって生まれた名曲「悲しくてやりきれない」を思い出すのだ。なんでも、「イムジン河」を逆回転させて作ったのがこの曲だとか。そんなささやかな抵抗が、また、名曲を生み出していく。音楽とは、なんと不思議なものなんだろう。


投稿者 hanasan : 07:57 | コメント (0)

2006年01月19日

ジョージ・ローウェル... なんだったんだと、オリジナルは。

Little Feat ロンドンの友人で、ジェイソン・メイオールという、自分にとって兄弟のような人間がいる。スカのDJで、ミュージシャン、そして、クラブ・オーガナイザー、ギャズの弟で、実は、ジェイソンもDJをするし、そのセレクションが、またいいのだ。ここ数年はコロムビアのクンビアが中心で、以前はギャズ同様、スカのいいアルバムがシングルをかなり回していた。もちろん、それからさかのぼってR&Bやブルース、ジャンプなどなど、クラシックな音楽が中心となっている。

 でも、実は、ロック好きで、親父、ジョン・メイオールの下で育った、ガキの頃の話を聞くと、けっこうスリリングなのだ。たとえば、ストーンズを、今じゃ考えられないようなちっぽけな小屋で見たときの話。ステージの袖で見ていたらしいんだが、ライヴの内容よりも「初めてコーラを飲んだんだよ、そのとき。大人の飲み物を初めて飲んだというので、すごい興奮したなぁ...」なんて、言われると、もっとほかの話はないのかよと、思っちゃうけど、そんなもんだろう。

 まぁ、プライヴェートな話だから、あまりそんなことは書きたくはないけど、初めて彼がリトル・フィートを見たときの話はうらやましかった。なんでもドゥービー・ブラザーズとのダブルヘッダーだったらしく、先に出てきたのがリトル・フィート。ところが、彼らの演奏があまりによすぎて、演奏が長くなり、アンコールに次ぐアンコールで、彼らが終わった後のドゥービーは全然面白くなかったんだと。実際、客がかなり帰ったなんて話も聞かされた。

 おそらく、その体験からなんだとは思うけど、彼もリトル・フィートの大ファンでほとんどアルバムは持っている。実際、いつかロンドンでそんな話で盛り上がって、どこそこの店でブートレグの名作が出ていた... なんて耳にして、買いに行ったことがある。そこで買った、私が持っている唯一のブートが「chinese bejeezus」という作品で、これはけっこう有名のようです。といっても、それほどクオリティがいいとも思わないし... 結局、好き者のコレクターズものといったレベルを超えているとは思わないんですけど。やっぱ、ライヴだったら、「Waiting for Columbus」に限ります。まぁ、これも複雑で、アナログが完全なものという発想が一番正しいと思うんだが、最初、これがCD化された時、1枚にまとめるというので、数曲がカットされていた。この「Waiting for Columbus」(UKヴァージョン)が、それなんですが、これはこれで不満だったんですね。で、今度は未発表曲を入れて、2枚もののCDとして発表されたのが「Waiting for Columbus」(USヴァージョン) となってます。難しいけど、結局、両方買ってしまいました。だって、この時のライヴの迫力といったら、とんでもないものがありますから。

Chico Hamilton そのジェイソンと前回会ったときに、見せてもらったのがジャズ・ドラマー、チコ・ハミルトン名義のアルバム、The Masterで、彼が持っているのは、どうやらそのオリジナルらしく、「クレジットが面白いだろう。ローウェル・ジョージじゃなくて、ジョージ・ローウェルになってるんだよね。」というので、当然ながら、それはリトル・フィートの、今は亡き伝説的なギタリスト&ヴォーカリストのこと。というので、「ひゃぁ〜、そんなのがあったの?」とびっくり仰天。なんでも、このアナログはプレミアがついていて、めちゃくちゃ高くて、ほとんど入手不能とのこと。それがCDで出たら手に入れようと思っていた矢先、いつもたむろしているバード・ソング・カフェで、マスターが、ごく普通にこのアルバムを聴かせてくれたわけです。「うっそ〜、これ、出てるんだぁ」と、早速購入しました。

 いやぁ〜、初っぱなからローウェル・ジョージのギター炸裂ですな。あの、癖のあるスライドなんですが、この気持ちのいいこと。録音は73年らしく、ちょうど名作として知られる「Dixie Chiken」と重なるわけですよ。クレジットを見ると、ドラムスのチコ・ハミルトンの他、リトル・フィートのドラマー、リチャード・ヘイワードを除いて全員顔を見せている。そのラインナップのなかで、Stu Gardner(スチュ・ガードナー)というオルガン弾きが、火花が飛び散るようないい演奏を聴かせてくれているんだけど、この人、何者なんだろうなぁ... ネットでいろいろ調べたら、数枚のアルバムで歌っていたりもするといったことがわかったり、DJシャドウがサンプリングで曲をいただいていたり、Pヴァインで発売された痕跡もあった。彼が絡んだ1枚ではグローバー・ワシントンJrと一緒にやっているようだし.... ジャズ系、ソウル系の人のようではあるけど、この人いいよ。きっと、その筋では知られた人物なんだろうと思う。

 オリジナルが発表された時には名前を隠していたらしいけど、どう考えてもこれはリトル・フィートのアルバムですわよ。まぁ、奇妙なのはスタックスという、がちがちのソウルのレーベルから発表されていること。それでも「ジャズ」に分けられているってのは、結局はチコ・ハミルトンの名前のせいなんだろうなぁ。ただ、ジャズという感じでこれを受け取ったら、くじけるだろうなぁ...(笑)いろいろな資料を調べると基本的にリトル・フィートとチコがジャム・セッションした結果という風に記されていて、どちらかというとロック・ファンにとっての方が、間違いなく嬉しい作品のように思う。特に、昨今のジャム・バンド・ブームなんてぇのを考えると、これってすごい作品だね。ちょっとラテンっぽいタッチを持った6曲目なんて、どこかでサンタナを思わせたりもするし... あの頃の(もうちょっと前かねぇ)サンタナって、ジャズかロックかラテンか...(ホントはそんなことどうでもいいんだけど)って、なかを縦横無尽にぶっ飛びながら、とんでもない演奏を聴かせてくれていたし、それが違うベクトルで渦巻いているのがこのアルバムなのかしらん。いずれにせよ、インプロヴァイゼイションの火花が飛び散るライヴ的な音は、「Waiting for Columbus」あたりでとっぷりとリトル・フィートにはまっているファンには、たまらない魅力だと思うよ。

 もちろん、フィートの魅力のひとつがローウェル・ジョージのヴォーカルにもあるわけで、全部インストというのは、そういった観点からいうと、ちょっと物足りないかもしれいないけど、私、好きですね、これ。というか、完全にはまってしまいました。大切なコレクションになりますな。かくいう私も、リトル・フィート関係のアルバムで、なによりも好きなのはローウェル・ジョージのソロ・アルバム、「Thanks I'll Eat It Here」だったりするのよ。しかも、年齢を重ねれば重ねるほどにこのアルバムの魅力が大きくなっていったというか... 聞いて欲しいですなあ、これは。

矢野顕子 そういえば、ついでに書いておきますけど、そのリトル・フィートが一緒に録音したアルバムで、絶対に忘れてはいけないのが、矢野顕子のデビュー・アルバム「Japanese Girl」ですね。結局、彼女のアルバムをそれから数年間聴き続けていくことになるんだけど、自分にとっては、これを越えるものはなかった。いまだに、このアルバムが、自分にとっての矢野顕子のベストなんですが、その片面をリトル・フィートと録音しているんですな。あまりにも矢野顕子がぶっ飛びすぎていて、演奏についていけなかったというか、期待に応えられなかったフィートの面々は「ギャラはいらない」といったという伝説があります。あがた森魚の「日本少年 - ヂパング・ボーイ - (紙ジャケ限定盤)」へのアンサー・アルバムだったということですが、このアルバムといい、あの頃の日本のミュージシャンって、すごいなぁ。しかも、矢野顕子って二十歳そこそこでしょ、あの頃?信じられません。脱帽でございます。


投稿者 hanasan : 03:03 | コメント (0)

2006年01月15日

本田竹曠様、ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

本田竹曠 大学生だった頃に本格的にジャズを聴き始めたんだが、その頃に買ったアルバムに「本田竹曠の魅力」という作品があった。すでに記憶も定かではない大昔のことで、きっかけがなにだったか、全然覚えてはいない。確か、その頃、大学の先輩にいろいろ聴かされたりしたこともあったように覚えているし、すでに、今も好きでたまらないアルバート・アイラーの作品は持っていたように思える。今じゃ全然手に入らない「My Name Is Albert Ayler」という作品で、自分が持っているのはトリオ・レコードがやっていたFreedomというレーベルのもの。フリー・ジャズが好きで... ってもなにも知らないんですけど、インプロヴァイゼイションにとっぷり浸り込んでぼけーっとするのが好きだったんだろう、このほかにもセシル・テイラーやらポール・ブレイ、ファラオ・サンダースなんてのを好んで聴いていたように思う。コルトレーンの話をしても、みんなは名作の「マイ・フェイヴァリット・シングス」とか、「ジャイアント・ステップス」あたりのことを話すんだけど、好きだったのは「トランジション」や「アセンション」といった、よりフリーなスタイルで演奏しているもので、どこかで背伸びをしていたようにも思いますなぁ。久しく聴いていないから、また、こういったものを今聴くとまた違った響きを持っているんだろうと思う。今度、やってみよう。

 それはともかく、そんな時代に日本のジャズ・ミュージシャンのアルバムを聴いてみようと思って買ったのが、なぜか、「本田竹曠の魅力」だった。前述の流れで行けば、山下洋輔トリオあたりがいいはずなんだけど、ライヴは好きだったけど、なぜかアルバムは買わなかった。ちなみに、自分が生まれて初めて体験した生のジャズは彼らで、中村誠一、森山威男の時代だったと思う。その後、坂田明が加入してからも見ています。その印象は... なんじゃぁ、これは!ってな感じで、世の中にはすごい音楽があるなぁと思いましたなぁ。ひょっとして、この時のライヴって、大阪難波の高島屋の上のホールで開催されていた「六番町コンサート」で、100円で見ることができたものじゃなかったかな。ダブルヘッダーで、おそらく、この時ステージを分けたのは三上寛ではなかったかと思うが、あやふやな記憶です。ひょっとして友部正人だったかしら... いや、きっと三上寛だ。

 いかん、また話が脱線してしまった。フリー・ジャズが好きだったのに、「本田竹曠の魅力」を買ったのは、ピアノが好きだったからかな。この頃、オーティス・スパンの「The Blues Is Where It's At」がめちゃくちゃ好きで、このピアノを聴きながら、ジャズ好きの先輩に、「このピアノ、ジャズとどない違うねん?」といっていたんじゃなかったかな。もちろん、オーティスはマディ・ウォータースのバックでピアノを弾いていたブルーズ・マンなんだが、後に、イギリスに渡るとブルーズがジャズのセクションに入っていることが多くて、そういった発想もあながち間違ってはいなかったようにも思える。実際、ジャズのレーベルとして知られるプレスティッジで、オーティスが「The Blues Never Die!」というアルバムを発表しているし... ともかく、こういったブルージィで黒っぽいピアノのジャズ・アルバムを聴きたかったんだろう。それで「本田竹曠の魅力」にたどり着いたんだと思う。

本田竹曠 その後、「ザ・トリオ」や「This is Honda」と買い進めていくことになる。それから数年後に日本はジャズ・フュージョン時代に突入するのだが、それは渡辺貞夫の「カリフォルニア・シャワー」や「オレンジ・エキスプレス」がきっかけだろうな。確かブラバスという資生堂の化粧品の宣伝でこのあたりが使われていたように思うし、このアルバムの後に「モーニング・アイランド」が出て... 全部CM戦略によるアルバムなんですが、これが成功して彼が大スターになるんですな。(ちなみに、このタイトル・トラックは、私の敬愛するリコ・ロゴリゲスにもカバーされてます。「ジャマ・リコ」という2トーンから発表されているものに収録されているんですが、現在は入手不可の様子。一時は「That Man Forward」と一緒に2in1でCD化されたんだけど、残念ですね)

 と、また、話が脱線しそうですが、この頃に、再び本田竹曠にはまります。それが彼に、峰厚介、大出元信、川端民生、村上寛のラインナップで生まれたフュージョン・ユニット、ネイティブサン。グループ名をそのままでデビュー・アルバム、「ネイティブサン」を発表して、2枚目が「サバンナ・ホットライン」。これがすごかった。というか、これもCM戦略で使われていて、大ヒットするんですな。でも、グルーヴがあってスピード感があって... 今聴いてもけっこうな傑作だと思っています。2枚目となる「サバンナ・ホットライン」の方が好きですが、この後は... シーン全体がぺらぺらなスーパー・マーケット音楽に変化していったわけです。って言い方したら毒がありますが、その通りで、要するにフュージョンがどんどんBGM化していって、「聴く」ものじゃなくなったから、自分が離れていったということなんだけど。これは、ネイティヴサンだけじゃなくて、全部そうだったんですね。おそらく、そうじゃないバンドもいたんだろうけど、自分も変わったんだろう、要するに、面白くなくなったわけです。

 それからこういったタイプの音楽を聴くことはほとんどなくなって、本田竹曠の名前も忘れていた頃に、テレビの番組で彼が半身不随になったという話を聞くことになります。確か、その番組では、そんな状況のなかで彼は片手で演奏を始めて... といった話だったと思うんですが、自分にはなにもできなくても、どこかでエールを送っていたように思います。当然ながら、そういった苦しみやつらさは他人には想像できないものだろうし、それでも彼に「音楽」があること、「音楽人」としての彼の生き方に学ばなければいけないと思っていました。

本田竹広&His Friends といっても、今の日常のなかで彼の音楽を生で聴くことはなかったんですが、一昨日、新聞で彼が亡くなったことを知った。ファンでもない人間がそのことについて書く立場にはないんだろうけど、少なくとも一時期、彼の音楽を聴いた人間として、ニュースという形でSmashign Magにそのことを書き残した。というか、彼のことを知っておいてもらいたいと思ったし、なにがきっかけであれ、彼の作品に触れてほしいと思ったからだ。

 そこで、ここ数年の彼の音楽をチェックしてみた時、みつけたのが「ふるさと-On My Mind-」という作品だった。童謡をテーマにして作られているアルバムらしく、そのアルバム評を見ると、どうやら素晴らしい内容のアルバムを録音しているようで、聞いてみなければいけないなぁと思った。ストレートアヘッドなジャズからフュージョン、その後、彼がどうしていたのか... また、調べようと思うけど、身体の問題を乗り越えるようにして彼がたどり着いたところを、やはり聴かなければいけないと思っている。

 なんでも、このあと、実に、昨年7月に録音され、12月に発表された「本田竹広 紀尾井ホール ピアノリサイタル」というアルバムが発表されているんだが、これが、おそらく、最後の作品なんだろうと思う。まだまだできたこともあるだろうし、やりたかっただろう。ただ、今は彼の冥福を祈るのみです。

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本田竹広 - >This is Honda 私設応援サイト


投稿者 hanasan : 04:12 | コメント (0)

2006年01月10日

カントリーとジャズ、これにはまるなぁ - デヴィッド・グリスマン -

David Grisman Quintet 以前にもちらっと書いたんだが、10代の頃から20代の初めまでけっこう一生懸命にギターを練習していた時期があって、この頃、はまっていたのが大好きなミシシッピー・ジョン・ハート(代表作は「Last Sessions」)に代表されるスリー・フィンガーのカントリー・ブルースのスタイル。それに加えて、カントリーからブルー・グラスに傾倒していくんだが、コピーしようといろんなアルバムを聴いていた。当然ながら、ギターの早弾きといえば、ドック・ワトソンで「The Essential Doc Watson」なんかを聴いていたようにも思うし、あの頃、洋書でギター教則本を買ってきて、それを見ながら、他のアルバムもチェックしていたように覚えている。

 そんなプロセスではまっていくのがジャズの影響を受けたスイングするようなカントリー。おそらく、最大のきっかけとなったのは初来日でライヴを見ることになった、デヴィッド・グリスマン・クインテットだった。なんと、これが、後に仲良くなってしまうシンガー・ソングライターでプロモーターでもある麻田浩さんが最初に海外からのミュージシャンを招聘してのコンサートだったらしいんだが、実は、この時、期待していたのはブルー・グラスの世界では有名なバンジョー奏者、ビル・キース。実際、ライヴの前半は、そういったブルー・グラス・ファンを納得させるに足るライヴで、「すげぇ、うめぇ!」なんて、そのテクニックにもんどり返りながら、見ていたんだが、途中からセットが変えられ、とんでもない音楽を体験することになる。カントリーのようであり、ジャズのようでもあり、スイングのようでもあり... という代物で、これをリーダーのデヴィッド・グリスマンは「ドーグ・ミュージック」(それを前面に出したのが「Hot Dawg」)と呼んでいるんだが、これが素晴らしかった。

 楽器構成はというと、グリスマンのフラット・マンドリン、トニー・ライスのギター(めちゃくちゃうまいですこの人、しかも音色が素晴らしい)、ダロル・アンガーのフィドル(この人、20年後ぐらいにヒーリング系のライヴをやっているというショーでみたように思う)の他、(実は、あとの人はあまり知らないんだけど)ウッドベースに、マンドリンのちょっと大きなタイプでマンドーラの5人。それが奏でる音楽の美しいこと。しかも、ジャズさながらのインプロヴァイゼイションで聞き手をぐいぐいと引き込んでいくのだ。目から鱗、青天の霹靂でもなんでもいいんですが、もうびっくり!世の中にこんな音楽があったのかぁ... と、早速、心斎橋筋の阪根楽器(当時、ここが俺たちのレコード屋さんでした。特に、吉村さんにはお世話になりました。深謝!)で買ったのがこのアルバム。彼らのデビュー作となる「The David Grisman Quintet」だった。

 これは、もう聴き狂いましたなぁ。そして、同じような流れにあるアルバムをどんどん聴くようになるわけです。そんななかの傑作の1枚が、大好きなギタリスト、デヴィッド・ブロムバーグが加わっていた「Hillbilly Jazz」で、実は、グリスマンがドーグ・ミュージックと名付けた源流がカントリー・ミュージックとジャズがくっついたようなこのヒルビリー・ジャズ、あるいは、ウェスタン・スイングという世界にあったということを知ることになります。まぁ、このあたりも掘り下げていけばいろいろあるんだろうし、タワー・レコードなんかに行くと、めちゃくちゃ安いバーゲン・コーナーに数百円でこういった作品が積み重ねられていたりします。ただ、当時は、掘り下げるというよりは、逆に新しいものを追いかけるという傾向が強かったようで、そんなプロセスでみつけたのがこれです。

Norman Blake 実は、これ、アルバム・タイトルがありません。だからなんだろうか、全然みつけられなかったんですが、これを今日、例によってアナログからCDに起こそうとやっていたら... また、みつけちゃいました。(笑)こんなんばっかりですな。

 まぁ、それはいいとして、タイトルなしのアルバムに書かれているのはミュージシャン達の名前。ギタリスト、ノーマン・ブレイク(中川イサトさんが惚れきっていたように思えています)ドブロのタット・テイラー、マンドリンのサム・ブッシュ、バンジョーのブッチ・ロビンズ、フィドルのヴァッサー・クレメンツ、ベースのデイヴ・ホランド、マンドリンのジェスロ・バーンズという名前のみ。楽器については、けっこうとっかえひっかえやっているので、とりあえず、そういった名手だということを理解していただければそれでいいんですけど、ここで異色なのは、なんといってもジャズ・ベースのデイヴ・ホランド。しかも、確か、ストレート・アヘッドなジャズよりもECMという北欧系のレーベルでの、けっこう異色なジャズを演奏している人という印象があったので、なんでこの人がカントリーからブルー・グラス界の人たちと... と思いましたなぁ。同時に、単純なんですけど、カントリー・ジャズ・ヴァージョンの「Take The A Train」が収録されているというので購入したのがこの作品。これがいい。めちゃくちゃいい。

 もちろん、その曲だけじゃなくて、自分にとって圧倒的だったのは最後の曲。単純に「ヴァッサー・アンド・デイヴ」と名付けられた、おそらく、ジャム・セッション的な録音なんだろうけど、全く異質な音楽の世界にある二人が奏でるセッションは新鮮でしたなぁ。当時、どこかでジャズは高尚な音楽... という印象が強く、なんだか、インテリが聴くものという感じだったんだけど、それに対する「憧憬」と「反発」もあって、自分にとってはこういったものの方が遙かに魅力を感じていたものです。だいたい音楽に優劣を付けたりするのが大嫌いだということもあるんだろうけど、こういった音楽を発見するとめちゃくちゃ嬉しくなるし、「異質」だと思われているものが、実は全然そうではなくて、そういったものがぶつかることによってどんどんと人間の本質に迫っているようにも思えてしまうんですな。

 そんなアルバムがまた入手できるようになった... これは嬉しいじゃありませんか。


投稿者 hanasan : 19:20 | コメント (0)

2006年01月06日

結局、戻ってきてしまうアルバム - マーヴィン・ゲイ -

Marvin Gaye はたしてこの作品だったのかどうだったのか... 全然わからないんだが、(ジャケットが違うんですね。解説をネットで探すと、どうやら同一らしいけど)昨年12月にロンドンに出たときに、BBCが制作したというマーヴィン・ゲイのドキュメンタリーDVDを買った。旅に出ると、面白そうなものを、ソウル・ミュージック好きの友人のために、おみやげとして買って来ることが多く、これもそんな1枚だった。

 東京に戻ってきて、彼の店で、あまりお客さんがいない時を見計らって、のんびりとこういったDVDやビデオを見るんだが、これまでそういった作品から多くのことを学んできた。たとえば、「ワールド・オヴ・ナット・キング・コール」で、あの甘い声の裏で、彼がいかに人種差別に直面してきたかということを知り、我々が普通に聴いてきた昔のジャズ・シンガー達がテレビの番組で「彼といっさいの接触、肌と肌を合わせたり、握手をすることもなかった」という事実を知ることになる。また、サム・クックの「リジェンド(リージョン・フリーで日本語字幕付!」では、やはりあの甘い声の裏に、黒人として人種差別に戦い続けた「人間」サムの姿を見ることができた。黒人で初めて音楽出版社を作り、レーベルを作る... そんなことも含めて、彼がモハメッド・アリとレコーディングをしていた話やマルコムXとの接点、そして、ディランの「風に吹かれて」に触発されて名曲、「Change is Gonna Come」が生まれたことなどなど。加えて、下手をすると、アレサ・フランクリンとの間にロマンスが芽生えていたかもしれないというゴシップも、アレサ本人の口から聞くことができる。(そうなっていたら、どうなったんでしょね?)

 加えて、その影響でアルバムを聞き直したり、あるいは、関連したアルバムを買ってしまったり... と際限なく、そのミュージシャンの世界にのめり込んでいくことが多々ある。このマーヴィン・ゲイもそうだった。そして、再び、あの名作、「What's Going On」に戻っていくのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell ただ、このDVDを買って即座に購入したのはマーヴィンとのデュエットもので、タミー・テレルとのレコーディングをまとめた「The Complete Duets」だった。なぜか国内盤の方が、US盤よりも安くて、曲数も多いというのが(といっても、1曲だけですが)解せなかった。というか、最近、CDのUS盤がやたら高くなっている。一昨年だったかに騒がれた「輸入盤禁止」という、例の法律の効果がじわじわと効き始めているのかも知れない。いずれにせよ、このあたりのメジャーものは、日本のメジャーが輸入元のはずで、価格をコントロールしているような気がしてならないんだが、あくまでこれは推測であり、実際のところはわからない。一方で、一時期、同じアルバムのUK盤がamazonでみつかったんだが、これは、これまでの輸入盤のようにかなり安い値段が付けられていた。(といっても、今はみつからなくなっている)イギリスのポンドがドルに対してかなりの高値で推移していること、一方で、円がドルに対して弱含みであることを考えると、どうも理屈に合わないんだが、みなさんはどう思われるだろうか。

 それはともかく、この「The Complete Duets」を買ったのは、前述のDVDでの彼らのデュエットが、あまりに素晴らしかったことに端を発する。もちろん、音楽だけ聴いてもいいんだけど、映像で見ると、マーヴィンがモータウンの主、ゴーディの妹と結婚していたというのに、本当にこの二人ができているんではないかと思わせるほどに「愛情」を感じさせるのだ。どの曲を見たかって? 当然、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」ですよ。真顔ではなかなか言えないだろう、愛のせりふを二人で語り合うというもので、簡単に大意を書けば「どんなに高い山だって、どんなに広い川だって、私たちの愛を切り裂くことはできない」と、まぁ、そんな歌詞なんだけど、この二人の歌いっぷりが、ふたりの愛情を見せつけてくれるのだ。もっと聞きたい... と、このアルバムを購入し、加えて、アルバム1枚を残していたタミー・テリルの「The Essential Collection」というUK盤も購入した。これは1枚のリーダー・アルバム「Irresistible」にシングルやB面の曲などを加えたものなんだけど、これもいい。というか、彼女のアルバム・タイトル「Irresistible」ってすごいね。そのものです。あの彼女の声を聞いたら、「抵抗できません」。一発ではまりますよ。しかも、その姿を見たら、もう魔法でもかけられたような気分になりますから。

 といっても、確か24歳ではなかったかと思うんだが、彼女は脳腫瘍で他界。それでも、あまりに売れていたということもあって、彼女とのデュエット・アルバムを発表し続けなければいけなかったマーヴィンの胸中を思うと、自分の胸まで痛くなる。3枚発売されたというデュエット・アルバムにレアな曲などを集めてこの「The Complete Duets」が構成されているんだが、最後の1枚は別人が歌っているものだということで、この話は国内盤のライナーに実に詳しく書かれている。といっても、このあたりの話はマーヴィン・ゲイのファンにはよく知られていることらしいけど。ちなみに、この別人は彼らに楽曲を提供していたアシュフォード・アンド・シンプソンの奥さんの方、ヴァレリーで、彼女の方もタミーそっくりに歌わなければいけなかったということで、みんな、苦労したんだろうなぁと思う。ただ、彼らはソングライティングのチームとしてマーヴィン達を支えていたりと、どこかに仲間意識があったんだろうなぁとも思う。

 ちなみに、オリジナルの2枚目では、タミーが病院を抜け出して録音した曲が収録されているということで、そのことを知って、このあたりの曲を聴くと...また、胸が締め付けられます。

Marvin Gaye そのタミーの死のショックで(だけじゃないらしいんだけど)マーヴィンは4年間の活動休止に入るんだが、そのころ、ヴェトナム戦争から帰還した彼の兄弟から、あそこでなにが起きているのか、What's going onを聞くことになる。タミーの死とこの話... だけではないだろう、様々な問題で失意のどん底にあったマーヴィンが、そういった問題に直面したことでモータウンの根幹を変えてしまうような、そして、その後のソウル界、おそらく、それだけじゃなかっただろう、音楽界の流れを変えてしまうような傑作が生まれることになるのだ。といって、その背景にはマーヴィン自身の個人的な人生や性格、精神状態などが複雑に絡んでいるんだが、それはここでは記さない。調べればいろいろな裏話や背景が浮き上がるのだが、結果として生まれたこの傑作、「What's Goin On」に圧倒されるのだ。自分にとって、それこそが重要だった。

 なによりも巻頭のタイトル・トラックが圧倒的だ。「マザー、あまりの多くの母が泣き崩れ、ブラザー、あまりに多くの兄弟達が死に絶えている。ファーザー、エスカレートすることはない。戦争は答えではなく、愛こそが問題を解決するんだ...」と始まるこれが、当然のようにヴェトナム戦争時代の「反戦の歌」として幾度となく放送され、語られてきているんだが、そういった事態に直面した時、必ずと言っていいほど、ラジオからこれが流れてくるようになった。もちろん、時には、「放送禁止」となったことも多々あるようで、それが話題になったこともある。といっても、それは「法律」ではなく、「圧力」であり、その圧力に負けたのが「放送業界で保身にまわることしかない業界人」。湾岸戦争の時だって、イラク戦争(ではなく、英米を中心としたイラク侵略こそが正しい言葉だと思うが)の時だって、この曲が幾度か放送されているのに気がついた人もいることだろう。特に日本では「英語」が一般的には理解されていないことによって、比較的簡単にこの曲を流せるんだそうな。(それでも、直接「戦争の話題に触れるな」といった圧力が現場であるという話は、そこで働いている人たちから直接耳にしているんだが)

 20年ほど前にNMEというイギリスの音楽新聞が、歴史上のベスト100というアルバムを選んだ時、これがNo.1になっている。思うに、戦争という愚行が繰り返される限り、このアルバムがそういったポジションにおかれ続けるんだろうなと思う。もちろん、戦争が絶え間なく起きていることは百も承知だ。我々の周辺が直接そういった情報なりを得た時でもなければ、これが話題にもならないのかもしれないということが、逆に怖いなぁという感慨もある。が、ジョン・レノンの「イマジン」と並んで、これがポップス界の共通項としての「反戦」への意思表示に近い存在となっていることは理解できるだろう。

 ただ、戦争のことだけではなく、このアルバムには環境問題から、子供と親や家庭問題など、様々なテーマが込められた曲であふれ、それがひとつの流れのなかで途切れることなく展開することで構成されたコンセプト・アルバムとして歴史に残る傑作となっている。しかも、言葉が理解できればできるほど、その意味が広がっていくというのがうれしい。いいアルバムというのは、いくどもいくども繰り返して聞いてしまうものだし、聞かされてしまうものでもある。そして、その度に新しい意味までもが加えられていく。当初、ベリー・ゴーディはこのアルバムの発売に反対したという話も耳にしているし、経営者として「あまりに政治的なものには」触れたくないという気持ちもあったんだろう。それまでのモータウンに、「黒人解放運動」を大きくにおわせたものがかなりはあったとしても、これほどまでに直接的に全体が政治的でなものはなかったという意味で、当時としては当然の反応だろう。(もちろん、政治も商売になるということが、かつてのフォーク・ムーヴメントとではあったし、それはいつの世界でもあるけど)だとしても、今回買ったDVDでは、そのベリー・ゴーディさえもが、モータウン史上最高の傑作としてこれを語っているのが面白い。


投稿者 hanasan : 18:00 | コメント (0)

2006年01月03日

歌は救いじゃなかったか - シネイド・オコナー -

Throw Down Your Arms 初っぱなの曲は、間違いなく映画「Rcokers」(これは25周年記念版)のワン・シーンから来ているはずだ。バイクを盗まれた主人公、ホースマウスがしょんぼりとして仲間のバーニング・スピアに会いに行くシーンがある。二人は連れだって海岸に行き、岩場の上に腰掛けてプカァ〜っと一服して、バーニング・スピアがいきなり歌い出すのだ。まるで暗闇を突き抜けて声を届かせるように。ほとんど漫画のようなストーリーを持つ映画なんだが、ジェイコブ・ミラーがいた時代のインナー・サークルや全盛期のグレイゴリー・アイザックス、あるいはオーガスタス・パブロもとんでもなく素晴らしいんだが、そんな彼らよりなにより、圧倒的な迫力を持っていたのがこのシーンのバーニング・スピアであり、彼の歌だった。

 おそらく、シネイド・オコナーも、同じような感覚を持ってこの映画を見たんではないかと思う。だからこそ、この曲のカバーを頭にもってきたんだろう。これは、幾度も「引退する」と表明した後、去年発表した全編レゲエのアルバム、"Throw Down Your Arms"に収められているものだ。この1曲で、彼女のレゲエへの愛情もすごく理解できたし、これが「何となくレゲエを歌ってみました」という代物ではないことを充分に語りかけてくれるのだ。

 そのアルバムのブックレットに、本人のコメントがあって、「なによりもここに収められている歌を書き、演奏してくれた人たちに感謝したい。その歌は、自分を失いかけたときに私に生きる力を与えたものです...」と書き始めているんだが、これで思い出したのがボブ・ディランのデビュー30周年を記念して開かれたライヴ、"Bob Dylan 30th Anniversary Concert"での出来事だった。(ちなみに、今、これはビデオでしか入手できないんだろう、コレクターズ・アイテム化してとんでもない値段が付けられている。売ってしまおうかしら)

Bob Dylan 30th Anniversary Concert ブッカーTとMGsをバックにいろいろなバンドやアーティストがディランのカバー曲を演奏とするライヴだったんだが、とんでもないブーイングに直面して、演奏させようとするバックの連中を2度にわたって引き留めて、彼女が突然歌い出したのがボブ・マーリーの「War」だった。いろいろな解説をみると、ローマ法王に対して反旗を翻したとか、(そりゃぁ、当然だろう。レイプされた幼い少女が中絶手術も受けられないという状況に完全と闘いを挑んだのがシネイドだ。カトリックに対して嫌悪感を感じていても当然だろう)、ポープの写真を破り捨てたことがその理由だと記されているんだが、自分の記憶ではアメリカ国歌を歌うのを拒否したことがその理由ではなかったかと思うんだが、確証はない。いずれにせよ、このシーンはシネイドが自分の信条にあくまで真摯に生きていることの証だったように思えるし、ここで再び彼女に惚れ込むことになった。

 それをエキセントリックなねぇちゃんだとか、そういった薄っぺらな言葉で彼女を語るアホがいるが、彼女がどれほどディランの本来の姿に共鳴していたかは、その行動で充分に理解できた。その一方で、現場をうまく取りなすことしかできなかったスター達のふがいないこと。かつて友人が言っていた言葉を思い出すのだ。かつての革命家は現在の反動家である。けだし名言。その通りだ。そして、彼女の見事なまでの意思表示はビデオでは再現されていたんだが、ライヴ・アルバム、"Bob Dylan 30th Anniversary Concert"では、見事に削除されていた。所詮アメリカのビジネスなんてそんなものなんだろうと驚きもしなかったが、これを見たディラン本人がどう思ったのか、尋ねてみたいものだ。

 で、元に戻ってこのアルバムなんだが、スライ&ロビーをバックに、オリジナルに忠実に歌っているのがシネイド。それだけを聴けば、下手をするとカラオケ・アルバムにも成り下がる危険はあったはずだ。が、彼女は言うのだ。「どれほどあがいても、自分がオリジナルを越えることはあり得ない」それほどまでに深い影響を受けたオリジナルに、あらん限りの敬意を持って接している彼女が、逆にたくましく、突き抜けたほどの迫力で迫ってくる。ここに記されている彼女のコメントをできればじっくりと読んでほしいんだが、彼女にとってレゲエがどれほどの意味を持っていたか... それは、かくいう自分自身にも跳ね返るコメントだ。息絶え絶えになって、人生をあきらめようと思ったとき、救ってくれたのはボブ・マーリーの声であり、歌であった。また、マーリーに続いた数多くのレゲエ・ミュージシャンであり、レゲエがなかったら、自分の人生もまた違ったものになっていただろうと思う。

Streetcore 年末にSmashing Magにジョー・ストラマーのことを書いているんだが、彼が遺作となったアルバム、"Streetcore"に収録しているマーリーの名曲、「レデンプション・ソング」をレコーディングしたときの逸話がある。ジョニー・キャッシュがレコーディングをしていると聞きつけて、そのスタジオに10日ほども通い続けた彼が、やっと一緒にレコーディングできるようになったんだが、これを録音するとき、プロデューサーのリック・ルービンが、ジョニーに言ったんだそうな。「この英語は正しくないから、きちんと直して歌いませんか」とかなんとか。すると、ジョニーは言ったんだそうな。「いや、これこそボブが歌いたかったそのままなんだから、そう歌うべきだ」と。まぁ、正確な話は彼らのデュエットが収められている"Unearthed"のブックレットを読み直さなければいけないんだが、大意は間違ってはいないはずだ。シネイドのこのアルバムの作り方を思った時、ジョニー・キャッシュもシネイドも同じ気持ちを持っていたのがわかったような気がしたものだ。まぁ、あいにく、ジョニーのバックにレゲエのミュージシャンはいなくて、結局、彼のカントリー風味がどうしても出てしまうんだが、シネイドの場合だって、結局、どこかでアイリッシュの彼女の風味が出てしまう。コピーじゃないんだから、それで充分だと思うし、それがこのアルバムを聴く意味になっているんだと思う。

 これがいいアルバムなのか、悪いのか、そんなことは知ったことじゃない。ただ、このアルバムを聴いて、自分と彼女の接点を再確認し、同じ思いを共有できただけで、自分は充分に幸せだった。


投稿者 hanasan : 00:15 | コメント (0)

2005年12月27日

30年なぁ、そんなに変わらんぞ - ロギンス&メッシーナ -

Loggins and Messina まぁ、偶然見つけちゃったのね、というか、ここ数年、値段のことも、便利さのこともあって、amazonでCDやDVDを買うことが多いんだけど、ここは、ほんとに頭いいプログラムを作っていると思う。何かをチェックすると、必ず出てくるのが関連商品というやつ。同一アーティストの過去の作品だったり、そういったアーティストが関わっている作品だったり... あるいは、ジャンルで出てくることもあるし... これが、買ったときだけではなくて、チェックしたときにも、その商品に反応していろいろとネタを提供してくれるのだ。もちろん、時には大はずれをすることもあるけど、けっこうな頻度で「ん?こんなのが出ていたんだぁ」とクリックしてしまうことがある。で、買ってしまうという、まぁ、レコ中(レコード中毒)には、嬉しいような、悲しいような仕掛けが準備されているわけですな。

 で、そんな流れの中で、こんなものを発見してしまったわけです。おそらく、最近買ったブルース・スプリングスティーンの「Born To Run」とか、あるいは、しばらく前に買った、格安のCD(DVD付き)で、ポコの「Keeping the Legend Alive」あたりが伏線となっていると思うんですが... やっぱり買ってしまいました。これはロギンス・アンド・メッシーナの再結成ライヴを収録したDVDで、確か最初にヒットしたのがCDの方だったと思うんですな。でも、それだったらDVDが出ているに違いないとちょっと探ったら、ありました。しかも、面白いことにCDヴァージョンの値段が約2600円で、DVDヴァージョンが約2500円。なんか、このあたりの事情はよくわかりませんが、なんでこうなるんだろうね。しかも、CDの収録曲が13曲で、DVDは20曲に加えて、なんと73年のライヴの演奏も6曲収録されている。私、ほんとに、理解に苦しみます。

 もちろん、これ、アメリカ盤で、最近のDVDはリージョン・フリーものもが多いんだけど、残念ながら、これはリージョン1で、通常の日本でのDVDプレイヤーでは再生できません。それが理由でリージョン・フリーのDVDプレイヤーを買ってきて使っているんですが、なんだか最近調子が悪くて、買い換えかなぁ... と思うこともあるけど、なんとか見ることができた。

Loggins and Messina で、このロギンス・アンド・メッシーナ、昔、大好きだったユニットで、名作中の名作は、やっぱり一番最初のアルバム「Sittin In」だろうな。だからこそ、今回のDVD(CDも)タイトルは「Sittin in Again」となっているんだと思う。といっても、このアルバムでのクレジットではKenny Loggins with Jim Messinaということで、この時点では、Loggins and Messinaというユニットの名前としては発表されてはいない。今回のDVDでケニー・ロギンスが語っているんだが、自分のソロ・アルバムを録音するに当たって、バッファロー・スプリングフィールドのラスト・アルバムやポコをプロデュースしたジム・メッシーナにプロデュースをしてほしかったというのがきっかけらしい。(ジミーはバファロー・スプリングフィールドのリッチー・フューレイとポコを結成しているはずなのね)

 おっと、今思ったんだけど、ロギンス・アンド・メッシーナの一人がケニー・ロギンスで、今の人でもそっちしか知らないんだろうな。それでもずいぶんと昔の話だから、それさえも怪しいけど、映画「フットルース」のテーマ曲が大ヒットして、その後も、映画「トップガン」の挿入歌もヒットさせたのがケニー・ロギンス。今じゃ、スター歌手って感じなんだろうけど、どうなんだろ。今の人にとって見れば、おそらく、過去の人じゃないかなぁ。で、そのまた昔に彼がやっていたのがこのユニットだったわけです。(一応、知らない人のために)

 ともかく、彼らにとって初のアルバム、「Sittin In」が好評で、二人が意気投合したんだろうなぁと察することができる。このアルバムには先日、ここで紹介したニッティ・グリッティ・ダート・バンドの「Uncle Charlie & His Dog Teddy」にも収められている名曲「プー横町の家」が収録されていて、実は、この曲を書いていたのがケニー・ロギンス。それに、もうひとつ、ここに収録されている名曲が「ダニーズ・ソング」で、これも彼の作品となっている。ちょっとフォーキィな作品で、このあたりからケニー・ロギンスの背景を伺うことができる。いずれにせよ、この「Sittin In」は、もし、聞いたことがなかったら、是非聞いてもらいたい名盤だと思っています。

 で、今回のこのDVDですが、彼らの最後のスタジオ作「Native Sons」が発表されたのが1976年だから、ほぼ30年ぶりの再結成ということなんだろうけど、そんなせいもあってオーディエンスが明らかに「昔若かった人たち」であふれかえっている。といってもライヴが始まった頃には空席もぽろぽろ目に入って、(解説ではこのツアーはどこもソールドアウトだったように記されてはいるけど)ちょっと悲しいかなぁという感じがしなくもない。それでも、途中の休憩を挟んで、日が暮れていく頃になると空席も埋まっていい感じになっているんだけどね。

 彼らのアルバムは「Sittin In」と、2枚目で、ユニット名義としては最初の作品となる「Loggins and Messina」(「ママはダンスを踊らない」という曲が大ヒットしてますな)をよく聞いた記憶があるし、その後、「On Stage」という2枚組のライヴ・アルバムを発表して、「Full Sail」とつながっていくんだけど、彼らの音楽をよく聴いていたのはこのころまでかなぁ。

Jimie Messina それでも、このライヴを聴いていて、(見ていて)けっこう、いろんな曲を覚えているなぁなんて思っちゃいましたね。もちろん、オリジナルの楽曲の素晴らしさがあってのことなんだろうけど、バックのメンバーもいいミュージシャンをそろえているし... ホーンが2本で、ドラムス、パーカション、ベース、キーボードにフィドルとドブロを演奏するというメンツ。ちなみに、このフィドル弾きがかなりパンクな出で立ちなのがアンバランスで面白い。っても、テクニックはすごいけど。それに加えて、ケニーとジミーが(後のクレジットで、ジム・メッセーなではなく、ジミー・メッシーナとなっているんですよ)ギターを演奏するんだけど、元々ジミーがいいギターを弾くのは知っていたけど、ケニーもうまいのね。ということもあるんだろう、間奏部分でのインプロの応酬が楽しい。実は、この、通称、ロギメシが解散して、それぞれがソロ・プロジェクトを始めていったときもジャズやファンク的な要素を強調していたし、昔のライヴ・アルバムを聴いてもそういった、けっこうワイルドなソロ合戦が魅力でもあったから、けっこう、昔やっていたことを同じようにやってくれているのかしらんと思ってみたり....

Kenny Loggins ちなみに、ジミー・メッシーナの隠れた名作が、この「オアシス」(右)で、ケニー・ロギンスのソロ・デビュー・アルバムが「ナイト・ウォッチ」(左)。両方ともよく聴いたアルバムなんだけど、ジミーの方はそれからほとんど噂を耳にすることはなくなったし、ケニーの方はといえば、アルバムを出すごとにつまらなくなった。おそらく、最初のソロ作でのジャズ指向のタッチとか、やっぱ、コマーシャルな意味では全然成功しなかったということなんだろうな。というので、前述の「フットルース」をやった時点で、彼への興味は全くなくなった。

 さて、このDVDに収められているボーナスが、73年のライヴなんだけど、どこかで「今とどこが違うの?」ってぐらいにいい。もちろん、この二人に30年の年月が降りかかっているし、ジミー・メッシーナは完全におっさん風。ケニーもかなりの年期を感じさせるし... 一方で、昔の映像を見ると、どこかでポップ・バンド然としている衣装とかステージ・セッティングがダサイというか... っても、これはどうやらテレビ用のセットだったようで、仕方がないようにも思えるけど。それにしても、両方とも演奏はいいなぁ。30年分の年期がケニーのヴォーカルやジミーの(ヴォーカルもいいけど)ギターの円熟味に確実に寄与しているのもわかる。いやぁ、面白い。

 ちなみに、この2005年の再結成ライヴではジミーがポコの名曲で、リッチー・フューレイが書いた「カインド・ウーマン」を歌っているんだけど、さすがにケニー・ロギンスの大ヒット曲を「演奏していない」のが嬉しいですな。こんなところで、あのあたりをやられたら興ざめだから。といっても、ケニーのソロ作品についてはほとんど知らないから、よくわかりませんけど。

 ってなことで、昔懐かしい、この作品、十分に楽しませていただきました。彼らが70年代からレゲエやラテン風味の曲をやっていたことや、ジャズの影響を受けていたことを再認識できたし...買ってよかったなぁと思ってます。



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2005年12月26日

サイケデリック・ソウルに揺れる - Kim Hong Tak -

Kim Hong Tak 前回の続きなんだが、ソウルで出会ったのがBeatball RecordsというレーベルをやっているLee Bong Sooさんと、Han Yoo Sungさんのお二人。ミュージック・ヴァレー・フェスティヴァルに出演したマングースというバンドの作品を発表しているレーベルなんだが、過去のレアな作品の再発売もしているということで、「これ、きっと気に入ると思うから...」と、プレゼントしてくれたのがこのボックス・セットだった。

 当然ながら、その時点でこの音は聞いてないんだが、アナログのボックス・セットで、ふたを開けると、Go Go Sound 71というタイトルの付けられた2枚のシリーズもののが入っている。加えて、おそらく、当時のものを再現したんだろう、でっかいポスターに、英語の紹介文も付けられたブックレットも封入。なんでも、この頃、韓国でもグループ・サウンドという言葉が使われていたようで、このブックレットにはそんなレトロな雰囲気の写真も満載されている。こりゃぁ、面白そうだ、と、それだけで嬉しくなってしまった。

 といっても、帰国した時点でアンプが故障していて、まともに聞くことできず、悶々としていたんだが、結局、全く同じタイプの中古アンプを購入してやっと聞くことができるようになったのが11月に入ってから。ぶっ飛ばされたのはその時だった。なんだ、これは?とんでもないバンドが韓国にいたことに大いに驚かされることになるのだ。

 バンドの中心となっているのはKim Hong Takというギタリストで、バンドの名前はHe6。ネットで検索してみると、ここにかなり詳しい情報が掲載されているんだが、なんでもかつては「韓国のビートルズ」と呼ばれていたKey Boysというバンドを率いていたらしいんだが、67年に当時のいろんなバンドのトップ・ミュージシャン達が集まってHe5(おそらく、それが発展してHe6になったんだろう)を結成。そこにKim Hong Takが加わって最強のバンドになったと記されている。

 自分が受け取ったのは、おそらく、かなり後期の録音だと思うんだが71年の作品で、ほとんどがインストで占められている。ギター2本、ベース、ドラムス、フルート、オルガンという構成で、サイケデリックでジャズの要素もふんだんに感じられる作品。時にドアーズやオールマン・ブラザーズ的なニュアンスを感じることもあれば、プロコルハルムからジェスロ・タル(フルートが入っていたら当然、そう発想してしまうんですけど)を感じさせたり、現在のジャム・ロック的な流れもあるし、曲によってはファンキーなタッチもあってグルーヴもある。いずれにせよ、なんの情報もなく、これを聞かせたら、「誰、これ?かっこいいじゃないか」といった反応がでてくること請け合いで、このところの愛聴盤となっている。といっても、例によって、このアナログ盤からデータを取ってCDにして聴いていたり、iPodに入れて楽しんでいるんだが、面白いことに、こうやって焼いたCDをコンピュータに入れると、トラック名は取得できるというのが... よくわからない。どうなっているんだろう。

Shin Jung Hyun この時、もう1枚、アナログを受け取っているんだが、それがこのアルバム。Shin Joong Hyun & The Men feat. Yoon Yong Gyunと記されているのはわかるんだが、その他全てがハングルでアルバム・タイトルも読めない。(ちなみに、Shin Jung Hyunという表記の方が正しいのではないかと思う。これだと、ネットでもかなりヒットするのだ)ここでみつかるのが同じようなジャケットに見えるんだが、曲数が合わないので別物だろう。詳しい情報はここでチェックできるんだが、73年の録音とされるこのアルバムのぶっ飛び具合も強力だ。なにせ、B面は22分を超える1トラック。延々とインプロを続けるという代物で、これこそサイケデリックでアシッドなロックの典型といったところ。昨日紹介した本、日韓音楽ノート—「越境」する旅人の歌を追ってによると、このアルバムの中心人物、Shin Jung Hyunは75年に、当時の大統領、朴正煕(パク・チョンヒ)の逆鱗に触れ、音楽業界を永久追放されたという記述がある。直接的な理由は大麻だったらしいが、(といっても、本人がそれを使ったのではないらしいが)本当は、国民的人気アーティストになっていた彼が、大統領の意向に逆らって「美しき山河」という曲をサイケデリックで演奏したことが引き金になったんだとか。なんでも、この頃は、長髪禁止が決められ、コンサートでははさみを持った警察官が観客を狙っていたというから驚かされる。それが大衆文化浄化運動と呼ばれるもので、ここから検閲も徹底されるようになって、オルタナティヴな韓国ロックが潰されていくんだろう。

Shin Jung Hyun Shin Jung Hyun(シン・ジュン・ヒュン)のアルバムを聴くと、インスト的な展開が強調されてはいても、そこには必ず歌があり、そのあたりがKim Hong Takの前述のアルバムとはかなり毛色が違うように思える。このアナログの他に、昨年韓国に行った時に入手していたアルバムが2枚ほど手元にあるんだが、こちらは、どちらかというと、ジャックスからはっぴぃえんどの1枚目に近いニュアンスがあって、より日本に近いように思えた。といっても、曲中のインプロ展開は、日本のバンドでははちみつぱいが「コウモリが飛ぶ頃」という曲でやっていた部分に近いのかもしれないけど、こういったバンドが当時の日本にそれほど多くいたのかどうかは定かではない。少なくとも、自分は知らないし、きわめてユニークに聞こえるんだけど、どうなんだろう。

 一方で、Kim Hong Takの方は、韓国というよりは、アメリカやイギリスのサイケデリックなニュアンスを感じて、今の日本だったら、こちらの方が高い評価を受けるのではないかと思う。いずれにせよ、この両者が韓国ロック界を代表する2大ギタリストで、彼らのアルバムはもっともっと聴きたいと思うし、探し出したいと思う。ネットで探すとかなりでてくるので、これからしばらくは70年代、独裁政権につぶされることになった、でも、おそらくは、どこかで生き残っていった韓国ロックの源流を探っていきたいと思う。



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2005年12月25日

ロックするソウル - 光明市ミュージック・ヴァレー・フェスティヴァル -

Hahn Dae Soo 10月の頭に韓国に飛んだ。それはインディーを中心とした、初の大規模なフェスティヴァルと言われている、ミュージック・ヴァレー・フェスティヴァル'05を取材するのが理由で、その結果はこちらに記している。と言っても、このときは、写真の撮影を中心に作業をして、本来の「ものを書く」ことはしなかった。Smashing Magの若手のスタッフを同伴して、彼にその作業を任せたからだ。

 彼のレポートは、「イントロダクション」としては、かなりの内容だと思った。実際の取材を受けて、限られた時間でかなりの資料を読み、情報を得て、「感想文」に肉付けがされていたことは十分に評価したいし、これからさらに深く掘り下げた取材ができるはずだ。大いに期待したいと思っている。自分が始めたSmashing Magは、当初、単純に「発信する人」「情報を受け取る人」と言った旧来のメディアのあり方を覆そうという目的を持っていた。インターネット時代のメディアとして、誰もが情報を発信することができて、多くの人たちに伝わることが必要だと思う。そのプロセスで、才能を秘めている若い人たちにチャンスを与えて、育てていきながら... と言えば、傲慢かもしれないが、写真家として、ライターとして成長してもらって、Magを「新しいオルタナティヴなメディア」に位置づけられるようにしたいし、旧来のメディアにはなかった視点を前面に出せるものにしたいと思っている。ある部分についてはうまくいっていると思うんだが、なかなかどうして簡単にことは動かない。加えて、運営について資金的な問題とか、解決していかなければいけない問題が山積しているなぁというのが現状だ。

 と、まぁ、そういった話は、また別の機会にするとして、今回の韓国取材は、自分に全く新しい世界への扉を開いてくれたように思える。それを象徴するのがこの写真のシンガー&ソングライター、ハン・デー・スー(公式サイト)との出会いだろう。といっても、彼とはまだ話をするチャンスを得るには至ってはいないんだが、おそらく、彼もディランズ・チュルドレンなんだろう、60年代終わりに歌い始めた多くのミュージシャン、シンガー&ソングライターがそうだったように、彼の歌の世界からそれを感じることができた。さらに、ディランを逆ぼってたどり着く、ウッディ・ガスリーにもつながるように思える。このフェスティヴァルでも「ホーチミン」という声が聞こえているんだが、彼が歌い出したあの時代、世界は同時進行で揺れ動いていた。そのあたりをも含めて、75年以前の韓国の音楽状況を彼にいろいろと尋ねてみたいと思った。

Youngbloods といっても、この時点で彼に対する知識はほとんどなかった。帰国してから、彼のことをネットで調べて、ある程度の知識を得ることになるんだが、それによると韓国の軍政に迫害された彼は、韓国を離れて20年ほどアメリカに住んでいたという話が出ている。そんなこともあって、数枚手に入れた彼のアルバムには英語で歌ったものも数多く収録されていて、その中に、自分の大好きなヤングブラッズの「Get Together」(The Essential Youngbloodsに収録)のカバーをみつけることになる。いわゆるヒッピー賛歌というか、フラワームーヴメントがそのピークを迎えていた頃、彼らのアンセムのようにして歌われていたのがこの曲。おそらく、彼はそういった世界に大きな影響を受けているんだろう。自分よりはわずかに年上だと思うんだが、そこに同年代のつながりを感じるのだ。

 といっても、第二次世界大戦後、韓国は日本で言うところの朝鮮戦争(韓国では625事変と呼ぶらしい)を経ている。日本はこの戦争によって景気回復して、70年代の高度経済成長時代を迎えることになるんだが、実に皮肉だと思う。これだって、朝鮮半島の日本による植民地化に端を発しているのであり、日本はこの事態に責任を負うべきだし、同時に、ソヴィエト連邦、中華人民共和国を中心とした社会主義国陣営と、アメリカ合衆国、イギリスに代表される資本主義国陣営も責任を持つべきだろう。いずれにせよ、3年間の戦闘で約400万人が犠牲になったという情報もある。また、この戦争と東西冷戦で日本をアメリカの傘下におくために、連合国側(特にアメリカ)の戦犯追及が和らぎ、これが契機となって日本はサンフランシスコ講和条約を締結して、独立することができるのだ。が、同時に日米安全保障条約を結び、日本は実質的にアメリカの半植民地的な立場を持つようになる。ほぼ時を同じくして、自衛隊の前身が生まれ、日本の再軍備が始まっている。本当は、朝鮮戦争で極秘裏に海上保安隊が軍事行動に関与していたとされているが、表立って日本が軍事行動に加わることができなかったのは、どう考えても日本国憲法のなせる技だろう。同じような憲法を持つこともなかった韓国は、結局、この後、ヴェトナム戦争にも参戦し、数多くの兵士が殺されているんだが、こういった過去を振り返ると日本の平和憲法が日本を守るためにどれほど重要な役割を果たしているかが理解できる。それを変えようとしてる自民党、民主党が今後の日本にとってどれほど危険かは容易に想像できるだろう。

日韓音楽ノート おっと、話がそれてしまったが、朝鮮戦争が一応の終止符を打ったのは53年。48年から李承晩(イ・スンマン)が初代大統領となって反共を核にした強権政治が、60年の四月革命で幕を閉じ、しばらくの後、クーデターが起こり、朴正煕(パク・チョンヒ)の軍事独裁国家へと変遷していく。といっても、このあたりになると資料で読んで得ている知識程度で詳しくは知らない。が、いずれにせよ、李承晩(イ・スンマン)、朴正煕(パク・チョンヒ)から、全斗煥(チョン・ドゥファン)という流れの中で、経済的には大きな成長を得たんだろうが、様々な言論弾圧が繰り返され、韓国文化の暗黒時代があった。特に75年からは大幅な検閲が始まり、ロックやフォークといった音楽が抹殺されることになる。と、このあたりの話は地元韓国の人たちにも話を聞いていたし、一応、検閲が幕を閉じるのは95年。韓国のインディ・シーンが生まれたのはこのころであり、オルタナティヴな韓国のシーンが表立って語られるようになったのはこのころからだという。

 そういった情報を得るのに、有益だったのが日韓音楽ノート—「越境」する旅人の歌を追ってという本だった。著者は在日三世だという姜信子で、日本人でもなく、韓国人でもないという立場から、韓国の音楽にスポットを当てて書かれているんだが、これでかなりの情報を得ることができた。政治的な背景などはいたく参考になるし、大まかな韓国の大衆音楽の系譜がこれでだいたい理解できる。一方で、「日本」と「韓国」に対するこだわりを超えて、同時代音楽としての文化をもっと掘り下げてほしかったという想いもあるが、それは彼女の目指していたことではないんだろう。それはまた違った人間がアプローチすべきなんだろうと思う。

 いずれにせよ、この本でもハン・デー・スーのことは記されているし、(といっても、この表記はHahn Dae Sooという英語からのもので、彼女はハン・デ・スと書いていたように思う)彼女にとってこのミュージシャンがいかに大きい存在だったかということも伺い知ることができた。面白いのは、この本で見つけたShin Jung Hyunのこと。韓国ロックの父だという彼のアナログ盤を復刻している人と、今回の旅で出会い、それをたまた受け取っていたんだが、その彼のこともこの本には記されている。彼がMenというバンドを率いて、60年代から活躍していたということなんだが、この音にジャックスやはっぴぃえんどとの接点を感じざるを得なかった。

 いずれにせよ、ここから韓国ロックのルーツに大きな関心を持つようになるんだが、これは、まだ後日記してみようと思う。



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2005年12月23日

ミスター・ボージャングルと言えば... デヴィッド・ブロムバーグよ

Nitty Gritty Dirt Band このところ、アナログをデータ取りして、CDに焼くという作業をしている。ととっても、そんなに頻繁にやっているわけではないんだが、CDだと気軽に持ち運べるし、すでにアナログは貴重品。なかなか外には持ち出せない... 車を運転する時にはCDがあると楽だし... とまぁ、そんな事情が重なって、ときおりそんな作業をすることになる。それに、CDで音楽を聴くのは普通になって... それじゃぁ、いかんなぁと、最近は再びアナログも聞くようにはなったんだが、CD化されていない傑作については、自分でCDを作って友人のところで聞いたり... ってことになってしまった。

 古くは、17歳の時に買ったブルース・ピアニスト、オーティス・スパンの名作、"The Blues Is Where It's At"とか、ジャニス・ジョプリンがあこがれていたというビッグ・ママ・ソーントンの"With the Muddy Waters Blues Band 1966"とかを焼いて、楽しんでいたんだけど、これも、CD化されて... というか、おそらく、気がつかなかっただけなんじゃないだろうかと思うんだけどね。今じゃ、簡単に手に入れることができるようになっている。

 最近はTバードという金沢のバンドのアルバムをCDに焼いていた。だって、全然CD化される気配がなかったから... ところが、今、これを書きながら、ネットを検索したら、なんとCD化されているとのこと。詳しくはこちらで確認できるんだが、なんと、北朝鮮に拉致されていた蓮池さんが学生時代によく聞いていたということで、マスコミからの問い合わせが増えて再結成したんだと... うわぁ、びっくり。(その話はこちらに書かれてあった)実は、その昔、北陸地方で彼らの曲「オレンジ色の風」というのがスマッシュ・ヒットしたらしく、何度か聞いたこれを20年ほど前に探していたというのが私。で、最初に、なんとその7インチを入手して、それから徐々にアルバムを探し当てたんだけど、嬉しいのはオーリアンズの名曲"Dance With Me" ("Still the One"というベスト・アルバムに収録)を彼らがカバーしていて、日本語で歌っているがいいのだ。どっちがファーストで、どっちがセカンドか記憶が定かではないんだけど、確かファーストでこれをカバーしていて、セカンドに「オレンジ色の風」が収録されていたように思う。彼らは3枚のアルバムを発表して解散するんだけど、結局、3枚目はポップになりすぎて、あまり好きじゃなかった。でも、最初の2枚は大好きでよく聞いてました。今も、好きだし... まぁ、それにしても再結成は驚いたけど... 見に行けばよかったなぁ。

Jerry Jeff Walker で、なんでミスター・ボージャングルか... というと、同じようなことをやっていたわけです。世間一般では、この曲といえばニッティ・グリッティ・ダート・バンドの大ヒットで知られているんですな。その曲が収録されているアルバムのタイトルは、『アンクル・チャーリーと愛犬テディ』というもので、チャーリーおじさんがなにかを話して、テディがそれに合わせるように吠えるというか、歌うというか... そしてこの曲が始まるという代物。これがいいんだ。でも、オリジナルはジェリー・ジェフ・ウォーカーというシンガー&ソングライターの作品。自分が持っていたのは"Mr. Bojangles"というアルバムで、(よく見れば、ミスター・ボージャングルズとなっているんですけど)これもずいぶん昔に買ったように思う。でも、最近、これがオリジナルではなくて、"Five Years Gone"なんだという話を聞いた。まぁ、どっちでもいいんだけど、あの頃は、このオリジナルよりも中川五郎によるヴァージョンをよく聞いていたように思う。

David Bromberg でも、自分にとって傑作中の傑作ヴァージョンは、カントリーとブルーグラス、そしてスイングとジャズが一緒になったような傑作アルバム、"Hillbilly Jazz"の主力ミュージシャン、ギタリストであったデヴィッド・ブロムバーグのアルバム、Demon in Disguiseに収録されているもので、ライヴ収録されているヴァージョン。彼はジェリー・ジェフ・ウォーカーと一緒にずっとこの曲を演奏していたと、この歌の演奏の最中に話しているんだが、その語りがいいのだ。どうやってこの曲が生まれたか... それがここで語られているんだが、ちょっとだみ声で歌われるこれがねぇ、泣けるのよ。しかも、ここに収録されているテネシー・ワルツもいい。というので、これを仲間に聴かせたくて、アナログからCDに起こしたんだけど... またまたみつけてしまったのね、これ、長い間CDでは手に入らなかったのに、今年の夏前にCD化されていたんですわ。なんか、悲しいような、嬉しいような... まぁ、これでこの人のこの名作が再び入手可能になったわけで、聞いてくれる人が増えるんだろうから、、そりゃぁ、嬉しいんだけど、こんなことだったら、これを買ってしまえばよかったなぁ。なんて思ってしまう今日この頃。無駄な努力をしたようで、なんかなさけないのさ。



投稿者 hanasan : 18:19 | コメント (0)

2005年12月22日

タイミングやねぇ... - ブルース・スプリングスティーン -

Bruce Springsteen  タイミングがいいというかなんというか、どうやらこのアルバムの国内盤の発売日が21日だったらしい。別にそれをねらって書いている訳じゃないんだが、2〜3週間前にこのアメリカ盤を買った。なんでか? 理由は簡単で、2枚のDVDが加えられているから。そのうちの1枚が75年のロンドンはハマースミス・オデオンでのライヴだというので、興味を持ってしまったわけだ。おそらく、このころだったら、一番好きだった頃のブルース・スプリングスティーンに近いのではないか... と、そう思ったわけだ。といっても、初めて彼が気に入ったのは"The River"の頃。残念ながら、そのころはライヴを見てはいないんだが、このアルバムが発表された80年ぐらいだったか、ブライトンに住んでいた頃に、友人がブライトン・センターでライヴをみて興奮しきっていたのを覚えている。

 でも、その後、全然彼を見るチャンスがなくて、ずっと後になって日本で(確か、代々木体育館だったように思う)ライヴを見た記憶がある。そのときのブルース・スプリングスティーンは"Born In The USA"の後で、なんか、このマッチョなイメージが好きにはなれなかった。歌そのものは、アメリカへの疑問を歌っているんだろうけど、この顕著なアメリカの「筋肉質の男」のイメージにはついてはいけなかったのだ。基本的に、アメリカ音楽は好きだけど、アメリカそのものは好きではないという、まぁ、そんなところが自分の中にあるし、それがまんま打ち出された感じで、しばらくは彼の音楽もあまり聴くことはなかった。

 といっても、いつだっけか、国際フォーラムにやってきて、ソロでライヴをやったとき、いたく感動してしまうことになる。ステージにはギター1本持った彼が立っているだけ。でも、そのギターから出てくる音の表情が曲によってどんどん変わり、まるでトム・ウェイツのような語り口や、聞くものを簡単に自分の世界に引き込んでしまう、その演奏にすっかり魅入られてしまったわけだ。加えて、あくまでオーディエンスとのコミュニケーションを大切にしようとしているんだろう、教えてもらった日本語を一生懸命に話しながら、歌を伝えようとしている姿勢も嬉しかった。彼はただのスターじゃないんだというのはよくわかったし、それは反ブッシュのキャンペーンのために真剣に動いていた様からもうかがい知れるのだ。

 で、このボックス・セット。ディテールにはそれほど興味がないんだけど、アナログ盤を意識したCDのデザインもいいし、箱の中には紙ジャケットに入れられたオリジナル・アルバム、ライヴDVD、そして、このアルバムについてのドキュメンタリーが収録されたDVDに加えて、丁寧なブックレットがついている。なによりも、強力なのはライヴDVDで、2時間以上に及ぶ、このライヴの迫力ってなによ?ってぐらいに、とんでもない傑作。なんでこれがこれまで発表されてなかったの? 私には理解できませんよ。素晴らしすぎるのね。まだまだ若く、やせっぽちで、ウールの帽子を目深にかぶっているブルース・スプリングスティーン。これこそ、自分が好きだった彼で、また、彼が好きになってしまった。

 正直言って、イギリス人って、アメリカ人が嫌いで、アメリカそのものも嫌いな人が多いんだけど、会場の雰囲気なんて沸騰しているような大騒ぎ。ほとんどオーディエンスの姿は出てこないんだけど、なんか伝わってくるのさ。75年と言えば、ちょうどパンクが爆発しかけていた頃じゃないかあなぁと思うけど、このストレートなロックは、おそらく、イギリスの人たちにもすんなりと受け入れられたんじゃないだろうか。

 ドキュメンタリーの方はまだ、きちんと見ていないんだけど、国内盤 の解説を読んでいると、おもしろそうなので、これからじっくりと見てみようと思っている。まぁ、字幕がないのはちょっとつらいけど。値段が違いすぎるからなぁ... 国内盤 は買えません。私ゃ、これでまた英語の勉強をしますよ。と、貧乏人はこんなところでも鍛えられるのだ。



投稿者 hanasan : 14:09 | コメント (0)

2005年12月20日

またレコ中に火がついた... ペッカーと日本のレゲエ

ペッカー 手を出さないでいれば、しばらくは、すっかり忘れたようにして、全然買おうとはしないんだが、どこかでなにかが引っかかると、いきなり、毎日のようにレコードなり、CDなりを買い始めてしまうという、まぁ、昔からのレコード中毒患者が自分だと思っている。実際のところ、かつてラジオやテレビで仕事をしていたときには、毎月10万円以上をCDやLPにつぎ込んでいた。といっても、これは、まだ仕事だから許せる。なにせ、これによって仕事ができて、収入を得られることができるわけで、ちょっと無理をしてもけっこう簡単に元が取れたように思えたものだ。

 もちろん、あの時も、今も、音楽の仕事をしているわけだから、同じようなものなんだけど、ウェッブの仕事では金にならないというので、あんなに贅沢に聞きたいものを買うわけにはいかくなってかなりが過ぎた。ところが、収入こそわずかだが、BSフジで、瓢箪から駒の企画が成立してしまって、月に一度だが、テレビの仕事を始めたことがきっかけなんだろうなぁと思う。番組の内容はといえば、飲み屋で音楽談義、ロック談義をするというもので、なんでも番組名はGIGSというらしい。舞台は中目黒の店、バード・ソング・カフェで、役者の佐野史郎氏がメインの展開となっている。ここはたまたま入ったら、めちゃくちゃはまってしまったロック好きの親父たちが集まる飲み屋で、ここで音楽にまつわる昔話に花を咲かせたり、新しい音楽やアルバムを発見をしたり、情報を入手するという、そういった感じになってしまったわけだ。雑誌を読まなくなって、こういったところで得る情報で「○○が再発された」とか「このアルバムがいいねぇ」なんて話で盛り上がり、また火がつくわけよ。

 で、そこで情報を受け取って買ったのがペッカーのレゲエ・アルバム。アナログは持っているんだが、CDがほしいなぁと思って、買ってしまいました。これ、バックはウェイラーズ一派と、スラロビのロッカーズ一派で、アルト・クラリネットで坂田明とか、バック・コーラスで吉田美奈子とかってのが加わっていて、名作"マン・フロム・ワレイカ"を発表して数年後のリコなんてのも名前をつられている... というだけで食指が動くと思うんだが、実に名作なんですな。特に、10インチで発表された「インスタント・ラスタ」というアルバムが強力で、その前の「ペッカー・パワー」というアルバムが2 in 1という形になったのがこのCD。みなさんも買ってくださいな。

ペッカー でもって、そんな気分でロスに行ったもんだから、どうしてもレコード屋さんに行きたい。というので、友人のウイリーに教えてもらったのがサンセットブルーヴァードにあるAmoeba Music Storeという店。これにははまった。めちゃくちゃはまった。なにせ、サイズがでかい。こりゃぁ、まるで体育館です。そこに中古や新品のアナログからCD、ビデオ、DVD、レーザー・ディスクから、ありとあらゆるものがそろっている。というので、どこから手をつけていいか全然わからなくなるのだ。というか、結局、端から順番に、とりあえずはロックのセクションの適当なところから目星をつけてチェックし始めたんだが、時間がいくらあっても全然はかどりません。物量が異様なのよ。

 で、とりあえず、ここで貧乏性が出てしまうのさ。たとえば、この時買ったアルバムの値段の中心がだいたい2ドル(約250円)だからね。まずは、ロックのセクションから始めたというので、目に入ったジェシ・コリン・ヤングの昔のアルバムを3枚ほど買った。「The Soul of a City Boy」や「Together」に「Perfect Stranger」ってのをアナログで買って、テイラー兄弟のアレックスのアルバム、「Dinnertime」も買った。これも2ドル程度だったんだけど、今、アマゾンでチェックすると、このCDが7000円以上の値段になっている。ひょぇ〜。 初めて知ったんだけど、これって、キャプリコーン・レーベルなのね。だから、バックにSea Levelの(今は、ストーンズでやっているみたいだけど)チャック・リーベル(元オールマンね)が入っていたりと... それで興味を持ったのが買った理由ですな。

 あと、ロック系では、レオン・ラッセルのライヴを編集したプロモ盤とか.. .別にコレクターじゃないなんだけど、ん? こんなのあったっけ? ま、いいかぁ、安いし。と、手を伸ばしてしまうんだよね。それに、ここに連れてきてくれたウイリーがやってたバンドで、かつてLAの三大アンダーグランド・バンドとして、レッド・ホット・チリ・ペパーズやフィッシュボーンと肩を並べていたチュペーロ・チェイン・セックスのアルバムとか... アマゾンで「4」というタイトルのアルバムを見つけてしまったけど、これじゃなくて、この前の3枚目が6ドルで見つかった。なかなかどうして、そのアルバムを作っていた本人と一緒に買うのって、面白い!(笑)

Vasser Clements それでも探しているものはなかなか見つけられなくて、本当は「Hillbilly Jazz Rides Again」という、私が愛して止まない傑作、「Hillbilly Jazz」の続編がほしかったんだけど、やっぱりありませんでした。まぁ、そんなものです。実際、どこのレコード屋に行っても、ほしかったアルバムを手に入れたことがないですから。というので、結局、彼がニッティ・グリッティのメンバーを交えて一緒に録音しているアルバム、単純に「Vassar Clements」(75年) ってタイトルのものと、「Superbow」(75)ってのを買ってしまいました。それと、まぁ、結局CDもチェックして、たまたま目に入ったのがケンタッキー・カーネルズの傑作「Appalachian Swing!」。っても、ここにリンクを張ったものじゃなくて、ボーナス・トラック抜きの最初にCD化された方で、わずか6ドル弱。なんか、このあたりのアルバムばかりを並べていたら、私、ブルーグラス・ファンみたいですけど、まぁ、こうゆうのも好きなのよ。たまりませんなぁ。

 でもって、"マン・フロム・ワレイカ"のアナログ再発盤、しかも、盤が厚いものを発見して、新品を買ってしまったり... 実を言うと、このアルバムは、一時、アメリカのブルーノート・レーベルから発売されたことがあって、そのブルーノート盤をもっているというのに、分厚い盤だったら音がいいはずだ...  と、また買ってしまう私。アホです。あと、レゲエ関係では、DVDとCDがパッケージされていたバーニング・スピアの最近の作品とか... 本当は「Marcus Garvey / Garvey's Ghost」とか、初期の作品がいいんだけど、数年前にグラストンバリーでジョー・ストラマーと一緒に見た時もすごかったもなあ、この人。そういえば、今、これをアマゾンでチェックしたら、この解説を書いているのが友人のポール・ブラッドショウだった!びっくり。イギリスでStraight No Chaserって雑誌をやっているんだけど、こんなところでも仕事をしているんだぁ。驚いたなぁ。

Vasser Clements そうそう、せっかくアメリカに来ているんだから、日本じゃなかなか手に入らないようなDVDでも買おうかぁと思って、ブルース系をチェックしていたら、みつけちゃったよ。敬愛するミシシッピー・ジョン・ハートが動いている代物。びっくり!なんでも、ピート・シーガーがやっていたテレビ番組のシリーズをDVD化しているんだけど、この巻ではブラウニー・マギーとソニー・テリーとの部分と、ジョン・ハートの部分で2倍おいしい!っても、あとで、これを調べたら、日本でも購入が可能だったんだけどね。特に、このシリーズは、ルーツ・ミュージックをチェックするには最適で、余裕ができたら、またなにかを見てみたいなぁと思いましたね。ちなみに、ピート・シーガーの息子がジョン・ハートの大ファンで、ギターのスタイルを見せてほしいなんてリクエストがあって、それに応えてみせてくれたり... こうやって彼のギター・スタイルを見ると、「そうんや、そうやって演奏していたんだぁ」なんて、今頃になって驚いたり... それに、ピートがジョン・ハートに「なにがきっかけでギターを弾き始めたの?」って質問して、彼が答えていたり... こうやって映像で見ると、彼がめちゃくちゃちっさなおじいさんだったというのがわかって、また愛情が増したなぁ。それにしても、あのライヴ・アルバム、「The Best of Mississippi John Hurt」のまんまで、めちゃくちゃ嬉しかった。

 と、結局、この店で過ごしたのは2時間。で、アナログを10枚近く。DVD数枚にCDもちょっと買って、170ドルぐらい使いました。やめられません。アホです。でも、安いでしょ?ちなみに、この店、嬉しいのは、本当に音楽が好きな担当者がけっこういて、かなり詳しい情報をもっていること。キューバ・ミュージックに惚れ込んでいるウイリーが、「いやぁ、あの担当者は、なんでも知っているから、ここに来ちゃうんだよね」なんて言ってました。みなさんも、チャンスがあったら、覗いてみればどうでしょう。シスコとバークレーにも支店があるみたいだし、きっとはまってしまうと思うから。



投稿者 hanasan : 20:22 | コメント (0)

2005年12月19日

垣間見えたのはバラ色の未来じゃなかったか? ザ・ウォール・ライヴ -

Roger Waters 28日にベルリンからロンドンに飛んで、その日にKid Carpetのライヴを撮影。そのあと、ちょっと時間があって、ヴァージン・メガストアに行ったら、このDVDが目に入った。といっても、イギリス盤はこれとはジャケットが違ってもっとセンスがいい。おそらく、内容的には同じだと思うんだが、久々にこれを見て、また、いたく感動して