2008年12月15日
Crosby, Stills, Nash & Young... 今も強力
このところのドル安円高のせいで、アメリカのamazonで注文することが多くなってきた。特に、DVDの値段が日本とは比較にならないほど安く、数枚まとめて購入すると日本のamazonよりはかなり安いのだ。といっても、一般的にDVDソフトにはリージョン・コード(業者の権利を守るだけの著作権の地域区分けと考えればいい)があって、輸入盤は再生できない前提なんだが、リージョン・フリーのものも多いし、それを助けてくれるのが安物の中国製のDVDプレイヤー。そのほとんどはどんなリージョンにも対応していて、5000円でおつりが来るほどの低価格で販売されている。現在使っているプレイヤーは日本のamazonで購入したDVP-086Aという代物で、これで充分。といっても、一般的にこういった安物のDVDプレイヤーは壊れやすくて、これまでツタヤで購入していたマルチDVDプレイヤーが二度ほど壊れて、これが三台目となるのだが、今のところDVP-086Aに問題はなくて、まともに動いてくれている。
で、今回注文したDVDの一枚がCrosby, Stills, Nash & Young(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)の作品で、『Deja Vu』というもの。日本のamazonで購入しても1500円ほどと、国内盤と比較したら遙かに安いのだが、アメリカのamazonではわずか7ドルほど。まるで日本のシングルCDのような値段で、送料込みでも安いというので購入したんだが、それが昨日うちに届けられた。確認したら、リージョン1で、日本のDVDプレイヤーでは再生できなかったんだが、買って良かったと思う。今ではおじいちゃんといっても良さそうな4人が素晴らしいツアーを実現させたことがドキュメントされているのだ。
おそらく、同世代のロック・ファンだったら、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングに関して、なんら説明をする必要はないと思うんだが、簡単に言えば、60年代終わりのスーパー・グループと言ってもいいだろう。元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、元バーズのデヴィド・クロスビー、元ホリーズのグレアム・ナッシュが結成したCS&N(クロスビー・スティルス&ナッシュ)に、同じく、元バッファロー・スプリングフィールドのニール・ヤングが合流して生まれたバンドで、このとき発表されたのが名作として歴史に残る、当時は「唯一のスタジオ・アルバム」とされた『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)だった。
どんな経緯でこのアルバムに突き当たったのか、今は覚えてはいないんだが、高校生の頃、実にロックなスタイルをした友人がエレキ・ギターを手にストーンズの「Jumpin' Jack Flash」のフレーズを目の前で弾いて、「これがロックや!」と口にしていた一方で、髪を胸あたりまで伸ばしていた自分はアコギでニール・ヤングなんかを引きながら、「俺には、これがロックや」と言い返していたのを覚えている。実際、そのとき、自分にとってストーンズよりも遙かにロックな存在だったのがCrosby, Stills, Nash & Young。特に『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)に続くように発表されたライヴ・アルバム、『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)にこそロックを感じていたものだ。だからなんだろう、余談になるかもしれないが、正直言ってしまえば、長い間、ストーンズのアルバムもビートルズのアルバムも1枚も持ってはいなかったし、アルバムとして彼らを聴いたことはなかった。
どこかで、その気持ちは今も全く変わっていなくて、このアルバムに入っている「Southern Man」から「Ohio」にとてつもなくロックなエネルギーを感じるのだ。前者は南部の人種差別を糾弾した曲で、後者はオハイオ州立ケント大学で70年5月4日に起きた事件、軍隊による4人の学生射殺を歌ったもの。そのあたりの話は幾度かここでも書いていて、そのときの原稿はここやここに書いているので、繰り返したくはないんだが、あの演奏や曲からあふれ出てくる鬼気迫るパワーに頭をぶん殴られたと言っていい。それぞれのメンバーが卓越したアーティストであり、ヴォーカリストであり、ギタリストでもある。その4人がまるでぶつかり合うように延々と繰り返すギター・バトルは今聴いてもゾクゾクさせられるのだ。
おそらく、あの時代を最もヴィヴィッドに表出していたのが彼らの音楽で歌だったんだろう。彼らの歌には時代を変え、世界を変えるといった前向きな言葉が溢れていたと思うし、それこそが同時代の人々の声ではなかったかと思う。できれば、「サウンドを聴いただけで、音楽を聞いたつもり」になるのではなく彼らの歌をきちんと聞いて欲しいんだが、そこに反映されているのは、フラワー・ムーヴメントから生まれたオルタナティヴな考え方から、意識革命、そして、ヴェトナム反戦... そんな動きの最前線に彼らの歌があり、どこかであの時代やそのエネルギーを最も象徴していたのが彼らだった。
その核にいたのが、今、振り返れば、ニール・ヤングだったのではないかと思う。それを端的に知らせてくれたのが、すでに60歳を超えた彼らが再び一緒になってやったツアーを記録した今回のDVD、『Deja Vu』だった。これを見ているとわかるのだが、発端はブッシュ体制によるイラク戦争にぶち切れた彼が数日間で作り上げてしまったアルバム、『Liveing With War』だったらしい。プロテスト・ソングどころか、「ジョージ・ブッシュ糾弾目的」以外の何ものでもないと言っていいだろう、このアルバムを、ニール・ヤングは、完成すると同時にインターネットで発表。誰もが自由に聞けるばかりではなく、ダウンロードしてCDも焼けるような形で披露していた。やってくれるよなぁ... と思う。利益だとか、商売だとか、音楽産業だとか... そんな常識をぶっ壊して、「歌を届ける」ことをやってのけたのが「過激」を売り物にしているパンクでもなんでもなく、60歳を超えたミュージシャンだ。もし、まだ聴いていないんだったら、今でもニール・ヤングがこのアルバムの発表とほぼ時を同じくして作ったサイト、アメリカの新聞USA Todayをパロったhttp://neilyoung.com/lwwtoday/で聴くことができる。加えて、もし、歌詞をチェックしたいのであれば、こちらをチェックしていただければ、これがどれほど政治的なアルバムかを理解できるはずだ。
ともかく、それを知ったジャーナリストで、実際にイラク戦争が始まったときに幾度が現地に飛んで取材活動を続けていたマイク・セレーから連絡を受け、彼が同行取材する形で「Freedom of Speach(表現の自由)」と名付けられたツアーが始まっていた。もちろん、それを記録したのが今回手にした彼らのDVD、『Deja Vu』だ。史上最悪、最低の大統領が行っている犯罪をこのツアーで糾弾する目的を彼らが持っていたのは明らかだが、バックに政治家が潜んでいるわけでもない。これが政治に利用された「宣伝集会」でもないも明らかだ。なにせ、会場によってらしいんだが、チケットの値段は200ドルを超えていたらしいし、場所によっては350ドルなんて声も聞こえた。が、たかだかポップ・スターがブッシュにネガティヴなコメントをしただけで袋だたきにされたのが2003年のアメリカだったことを覚えている人も多いだろう。そのポップ・スターとはディクシー・チックスで、その騒ぎをドキュメントした映画が『Shut up and Sing(シャラップ・アンド・シング)』(国内盤 / US import)。これはまだ見ていないのでなんとも言えないんだが、あのヒステリックなほどに盲目的な「愛国主義」が戦争を助長させているのは間違いない。なにせ、「反戦」と口にすることさえもがはばかられていたアメリカは、終戦後のマッカーシー時代を思わせたものだ。少しでもリベラルな考え方を持っているだけで「共産主義者」という烙印を押され、数々のハリウッド・スターが映画界から追放されたのは有名な話だ。そのあたり、ロバート・デニーロが主演した映画、『真実の瞬間』やジョージ・クルーニーの『グッドナイト&グッドラック』が参考になるんだが、わずか2年前のアメリカでさえ、同じような空気が支配していたこと、同時、どこかで『希望』が生まれたことを伝えてくれるのがこの『Deja Vu』じゃないだろうか。
このドキュメンタリーは、なぜ彼らがこのツアーをしたのか... そういった問いかけに応えるそれぞれのミュージシャンの声をきちんと伝えていくと同時に、「政治」と「音楽」がぶつかる現場への疑問も正面から取り上げている。彼らのみならず、会場にやってきた人たちからジャーナリストの反応を織り交ぜながらストレートに「答え」を映してくれるのだ。が、そんな疑問さえもがぶっ飛ばされるような現実を目を前にして、好むと好まざるにかかわらず「政治のなかに生きる」我々の現実を思い知らされるのがこのドキュメンタリーでもある。イラクを解放すると信じて戦場に向かった帰還兵達が幾人も登場し、彼らの葛藤を伝えると思えば、最後の曲のバックドロップに映し出される数多くの戦死兵達の写真を見つめながら、涙を隠せない母親がいる。その一方、コンサート会場で「大統領を告発する」という曲、「Let's Impeach the President」を歌ったときの敵意に満ちたオーディエンス達。特に南部ジョージア州アトランタでの反応は、わずか2年前のアメリカでさえ、いかに狂気に満ちていたかを否応なしに我々に伝えてくれるのだ。おそらく、それは、今でもそれほど変わってはいないだろう。それが「怖さ」でもある。
その一方で、60歳を超えたミュージシャン達が真正面から闘いを挑むように、突き進んでいく様は爽快であると同時に、なぜ新しい世代のミュージシャンではなかったんだろうという疑問にもつながるのだ。おそらく、70年代のツアーで撮影されたんだろう、彼らが名曲「オハイオ」を歌う映像が挟み込まれていたり... と、そういった映像の数々がファンには単純に嬉しいんだが、あの時代ほっそりとして若く、血気盛んだった人たちが,メタボ体型をゆらせながら、今もこういった形で前線に出てくることに一抹の寂しさを感じなくもない。
それでも嬉しいのは,新しい曲も含めて、彼らの歌がどこかで我々の思いとストレートにつながることだろう。誰かのコメントでも出てくるのだが、「一字一句がぴったりということはなくても、どこかで個人の想いと歌が重なるんだよ」といった言葉があった。その通りだと思う。今からほぼ40年ほど前の1970年に発表された『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)も『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)も、歌詞が少しでも理解できるようになると、それをいたく感じるし、イラク戦争を前後した狂気の時代に生きている人間にとって『Liveing With War』は、まさしく、自分の声でもあるように思えるのだ。そんな思いを共有できる場所がライヴであり、だからこそ、知らず知らずのうちに声を上げて歌い出してしまうんだろう。今回のDVDでライヴの様子を見ていると、「これこそ、私の気持ちなんだ!」という表情がオーディエンスからほとばしる瞬間を幾度も見ることができる。おそらく、自分があのツアーを取材できていたら、全く同じ反応を同じ曲で示していたのではないかと思う。
なかなか日本でそういったバンドにお目にかかることはないのだが、そんな数少ないバンドのひとつがソウル・フラワー・ユニオン。特に、『極東戦線異状なし!?』という曲で「この戦争を止めさせろ」というフレーズが出てくるのだが、ライヴになるとこれを一緒に歌いたくなってしまう気持ちとどこかで似ているんじゃないかと思う。
さて、そのソウル・フラワーのアコースティック・パルチザンと呼ばれるユニットが20日のレイバー・フェスタに登場することになっているんだが、これには出かけていこうと思っている。すでに報道でも繰り返されているようにブラジルからの移民労働者や派遣労働者がまるでゴミのように捨てられて、合理化の名の下に首切りが当たり前のようにされている時代に、この会場でなにを体験できるのか、楽しみにしている。
投稿者 hanasan : 13:29 | コメント (0)
2008年11月01日
Wattstaxの夢が現実になるとき(後編)
今では信じられないかもしれないが、わずか45年ほど前までアメリカでは有色人種に、人間にとって当然の投票する権利が与えられてはいなかった。要するに、「民主主義の国」「平等の権利のある国」という看板を掲げ、他の国を軍事力で「解放してきた」とされるアメリカには「差別が合法的なもの」とする、まるで南アフリカのアパルトヘイトと同じような野蛮きわまりない体制が当たり前のように存在していたのだ。そのひとつが南部を中心に施行されていた人種隔離法だった。公共交通機関の列車やバス、学校から病院、ホテルに公衆便所にレストラン... どこでも白人が優先され、目を覆いたくなるような「差別」が公然と幅をきかせていたわけだ。
それが最もひどかったのがかつて黒人を奴隷として扱っていた南部で、ある事件をきっかけに注目されることになったのがアラバマ州だった。実は、アメリカの時代を揺るがし、変革することになった「公民権運動」(有色人種の市民権を獲得する運動)の始まりは、この州のモンゴメリーに住んでいた42歳の女性、ローザ・パークスから始まっている。ご多分に漏れず、あの当時肌の色によってエリアを分けられていたのがバスの座席。しかも、白人乗客が増えると黒人は席を白人に譲らなければいけないとされていたのだが、1955年の12月1日、それを拒否したのがローザ。その結果として、彼女は逮捕され、それをきっかけにその地に住んでいた若者の牧師、マーティン・ルーサー・キングを中心とした黒人解放運動が全米に広がっていくことになる。そのローザのことを歌ったのが来日したばかりのネヴィル・ブラザーズの名作、『Yellow Moon』に収められている「シスター・ローザ」で、彼女の人生を映画化した作品で、現在、入手可能なのが『Rosa Parks Story』という作品だ。
結局、彼女の動きに感銘を受けた地元の人たちによる1年にも及ぶバス・ボイコット運動が実り、全米からのサポートが加えられることによって、最終的に人種隔離法がアメリカの憲法に違反しているという決定につながっていくのだ。それによって、公民権運動、要するに黒人(有色人種)であっても選挙に投票できるようにする、人間にとって当然の権利を獲得する運動が拡大していくという流れなんだが、数行でこんな歴史を書けるものでじゃないのは明らかだ。なにせ最底辺に住んでいる多くの有色人種にとって公共交通機関は生活の足であり、それをボイコットするということは、現代に住む人間からいえば「あり得ない距離」を毎日のように歩かなければいけないことになる。今の我々にそんなことが可能かといえば、正直言って、不可能だろう。が、それをやってのけたのが彼らなのだ。
そんな彼らを支え、闘う仲間の絆を深めていったのが歌だった。苦しみと絶望のなかから生まれ、自らに言い聞かせるように、そして、互いを励ますように歌われたのはゴスペルやブルース。その歌や音楽が放つエネルギーや影響は絶大だった。すでに音楽が商品としてしか認識されていないような時代や場所に生きている我々にはとうてい想像できないだろう。『ワッツタックス』にも姿を見せているザ・ステイプル・シンガーズや、インプレッションズにサム・クックといったゴスペルからソウル界にフォーク界ではプロテスト・ソングが脚光を浴び、PPMからジョーン・バエズ、そして、ボブ・ディランらが「民の声」を代弁していくようになるのだ。
その運動の象徴的な出来事こそが、20万人を全米から集めた1963年8月28日のワシントン大行進であり、そこで行われたマーチン・ルーサー・キング牧師の演説、I Have A Dreamだった。もし、少しでも時間があれば、このリンクをクリックして、彼の演説を聞いて欲しいと思う。この演説がどれほどの意味を持ち、インパクトを与えたか... ブラック・ミュージックのみならず、リベラルだとされるアメリカ音楽を好きな人には、感じることができるはずだ。その後のジャズ、ブルース、ソウルの曲やアルバム・タイトルなどに幾度となく姿を見せるのがこの演説で聞こえてくるフレーズ。というよりは、この演説そのものが音楽的であり、歌であり、訴えなのだとさえも思うこともある。それほどに、この演説は素晴らしかった。
面白いことに、これを初めて意識したのはスティーヴィー・ワンダーの名曲、「ハッピー・バースデイ」(ボブ・マーリーの影響を多分に受けて生まれたという『Hotter Than July』に収録)という12インチだった。キング牧師の誕生日をアメリカの祝日にしようというアピールを持って、これが発売された当時、B面に収録されていたのが彼の演説の数々。自らの死を予言したことで知られる「プロミスト・ランド」もここに含まれていたのだが、なによりも胸を打ったのはこのI Have A Dreamだった。今、きちんとワーディングされたものを見てみると、思っていたこと以上のことが語られているんだが、それでも、頭の中にこびりつくことになったのはこの下りだ。
『いつかかつての奴隷の息子達と奴隷所有者の息子達が、兄弟愛というテーブルにつけることを。 私の4人の子ども達がある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。』
そんな夢を「私は抱いている」と語っているのだが、今、アメリカの大統領選挙の日に、ひょっとすると、そんなキング牧師の夢の片鱗が形になろうとしているのではないかと期待してしまう自分がいる。もちろん、正直言って、アメリカの大統領にこれまでいかなる期待も希望も持ったことはなかった。民主党であれ、共和党であれ、鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか... というのが大統領選挙だと思っているからだ。が、どこかで今回の選挙にはかない期待を持っているのを否定できない。これで、ひょっとすれば、アメリカに変化が訪れるのではないか...と、そんなはかない期待を胸に、あの選挙の結果を見つめていようと思う。
投稿者 hanasan : 14:53 | コメント (0)
2008年08月29日
Wattstaxの夢が現実になるとき(前編)
8月10日にソウル界の巨人、アイザック・ヘイズが亡くなったという一報が届いたときに、即座に思い浮かべたのは、ソウル映画、ドキュメンタリーの傑作、『ワッツタックス』だった。すでにこのDVDについては、3年ほど前にこのサイトでレヴューを残しているんだが、そのDVDのラスト近く、ジェシー・ジャクソン牧師の紹介でステージに登場するアイザック・ヘイズを収めたシーンの素晴らしいこと。イントロに登場するクチャクチャ、ワウワウのギターの音が、そして、あのリズムが一瞬にして会場の空気をがらりと変えてしまうところなど、あの公演から36年を経た今見ても、背筋がゾクゾクするほどのインパクトを与えてくれる。10万人のオーディエンスとの演奏や演説を通じてのコール・アンド・レスポンスや、どこかで静かに沸騰するようなエネルギーが会場に渦巻いているところから、否応なしに感じるのは異彩を放つ時代の息吹。その全てがここに封入されていると言っていいだろう。
というので、そのDVDを探したんだけど、見あたらない... いつものことなんだが、きちんと整理をしていないのか、あるいは、誰かに貸してしまってなくしてしまったのか... 結局、再び注文してしまうことになったんだが、嬉しかったのは廉価で国内盤が再発されていたこと。以前購入していたのはアメリカ盤で、それなりに理解ができるんだが、ディテールについていうならば、やはり字幕がついている方が嬉しい。すでに記憶が定かではないんだが、そのアメリカ盤にも収録されていたボーナス映像もこれでゆっくりチェックできる。あのときはチェックすることがなかった、パブリック・エナミーのチャックDとソウル史の研究家、ロブ・ボウマンによる音声解説やこのドキュメンタリーの監督、メル・スチュワートに、この映画の顔でもある、そして、つい先日亡くなったばかりのアイザック・ヘイズによる音声解説もまた、さらに新しい世界への扉を開いてくれることになるだろうと思う。
そのDVDが届いて、早速それを見ながら、これを書き始めていたんだが、どうも集中して原稿を書けない。AVセレクターからアンプにつないだスピーカーを通して音楽を聴き、流し目で画面を見ながらというのが良くないのは当然のこと。ついつい画面に引き込まれてしまうのだ。それほどまでのエネルギーがここに詰め込まれているということなんだろう。同時に、そのエネルギーが向かった先のことを考えると、夢を体験すること亡くなくなってしまったアーティスト達に同情してしまうのだ。
このDVDにボーナス・トラックとしてほぼ全編の演奏が収録されているアルバート・キングは1992年に他界し、この映画で「Respect Yourselfe - 自らを尊敬しよう....というよりは、胸を張れといった方がいいと思う」(『Bealtitude』に収録)という名曲を演奏しているザ・ステイプル・シンガーズの父、ポップス・ステイプルズは2000年にこの世を去っている。結局、ザ・ステイプル・シンガーズはそれを契機にその歴史にピリオドを打つことになり、その軌跡を継ぐように活動を続けているのが娘のメイヴィス・ステイプルズ。今も精力的に動いているようで、最近はライ・クーダーをプロデューサーに『We'll Never Turn Back』というとんでもない傑作を生み出してくれているんだが、そのアルバムで公民権運動時代を振り返り、「闘いを続け、後戻りはしない」と聴く人たちに、そして、自分にも言い聞かせているあたりに、『ワッツタックス』と同じエネルギーと今につながる彼らの「闘いの歴史」を感じるのだ。
『Do The Funky Chicken』で一世を風靡した、ちょいとコミカルなタッチも感じさせるルーファス・トーマスが亡くなったのは2001年で、『ワッツタックス』の映画での進行役を務めながら、ブラック・ジョークで時代をえぐっていたコメディアン、ブリチャード・プライヤーも2005年に他界している。この映画で歌われている名曲「If Loving You Is Wrong I Don't Want to Be Right」(『The Best of...』に収録)を残したルーサー・イングラムも昨年亡くなった。ご存知の人も多いと思うのだが、ロッド・スチュワートが『Foot Loose & Fancy Free』でカバーしたのがあの名曲だ。そして、今月、心臓発作で亡くなったのが、ブラック・パワーの時代を象徴した映画『Shaft(邦題 : 黒いジャガー)』のテーマ、そして、この『ワッツタックス』の看板と呼べる曲を歌っているアイザック・ヘイズということになる。
そんな彼らが、おそらく夢にまで見ただろう、時代がすぐそこにまで来ているような気がするのだ。このワッツタックスがLAコロシアム(二度のロサンゼルス・オリンピックの開会式で使われた会場)で開催されたのは1972年8月20日。今から36年前なんだが、この時代に、アメリカ大統領選に有色人種が登場することなど、想像もできなかっただろう。いうまでもなく、有色人種が言葉にできないほどの差別を受けていた時代の、どこかで「抵抗運動のシンボル」としてこれがあったように思うのだが、これがなぜ開かれたかを知るには1955年にまでさかのぼる公民権運動に目を向けないわけにはいかない。そのあたりのことは、後編として、数日後に書いてみようと思う。
投稿者 hanasan : 11:21 | コメント (0)
2008年02月20日
これが軍隊だろ? 沖縄で、岩国で...
我々日本人を人間とも思わず、レイプし、愚弄している人間達の素顔だろ? と、そう思う。たった今、『グアンタナモ、僕達が見た真実』という映画のDVDを見て、軍隊なんぞ、そんなもの以外ないじゃないかという思いを強くしてしまった。
本当は映画館で見たいと思っていたんだが、なかなかチャンスがなくて、DVDを取り寄せて、やっと見ることができたのがこの『グアンタナモ、僕達が見た真実』。当然ながら、これは映画であり、「真実」ではないし、ドキュメンタリーではない。演出もあれば、脚色もあるだろう。が、「真実」に基づいた話であり、多分に「真実」を語りかけてくれているだろうと察する。というよりは、逆に、「真実」はこれよりも残酷で、嫌悪感を催させ、吐き気まで感じるものではなかったかと思う。というか、そう想定する方が、遙かに論理的に正当性を持つと思えるのだ。ニュースを通じて、イラクの監獄で「アルカイダの兵士」とされた人たちがどういった扱いを受けていたかを、嫌というほど知らしめられてきたし、「あれが作り事だった」とはとうてい思えないからだ。
おっと、こんな話を続けても『グアンタナモ、僕達が見た真実』がなにかを全く知らない人には全く話が通じないと思うんだが、これは、イギリスからパキスタンに渡り、「どんな感じか見てみようぜ」とアフガニスタンに向かったイギリス人の若者達に起こった話を映画にしたもの。彼らが「アルカイダの兵士」と見なされた後、北部同盟に拘束され、アメリカ軍に引き渡されてキューバにある米軍基地、グアンタナモに2年以上にわたって不当に拘束されていたというストーリーをベースにしているんだそうな。
そこでなにが行われていたか... 押して察するべし.. だろう。どう考えても拷問以外の何物でもない扱いを受けたのがこの若者達。あまりに当然のように「人権」が無視され、脅迫の下での自白を迫られる。中国だとか、ミャンマーに対して「民主化」を要求している「民主主義の国」「自由な国」アメリカの正規の軍隊がここでなにをしているかと言えば、戦前の日本の軍部、特高と一切違いはない。でっち上げでつるし上げ、拷問を繰り返して自白を迫る... ひょっとして、日本の警察もそんなものなんだろうなぁと思うし、そんな事件が幾度も報じられている。いつかうちにやってきた公安が、まるでやくざのように自分を「脅した」こともあったし、正直言って、「こいつらやくざより怖いなぁ」と思ったもんだ。「戦時中」だとか、「特別な状況下」だからという言い訳で、軍隊や警察に自分たちがどんな目に合わされるかと想像すると、人ごとだとは思えない。
いつも思うことなんだが、軍隊や警察は「国民」を守るために存在するのではない。彼らは「国」を守るのであり、その犠牲にされるのが「国」を成している「民」なのだ。だからこそ、「国防」のためという言い訳で、独立している日本に「外国の軍隊」がふんぞり返り、国民をまるで虫けらのように扱っているのだ。
百歩譲って、ひとりひとりの「兵隊さん」は悪い人じゃあないってのを認めてもいい。が、思い出せばいい。戦前だってそうだったろ? その「いい兵隊さん」がどれほどの殺戮を犯してきたのか? 軍隊や警察は「国を守る」という信仰の下で、そういった犯罪を「簡単に正当化」できる存在なのだということを肝に銘じなければいけない。だからこそ、我々は「そんな権力から全く力ない自分たちを守るもの」として法律をとらえなければいけないと思う。ところが、「管理」を目的とした法律ばかりが幅をきかせ、「我々を守る」憲法が民主主義からは遙か遠い「国民投票法」で変えられようとしていることを「恐怖」として認識しなければいけないと思う。
ともかく、あの映画に出てきたのが米軍のマリーンという奴らだ。彼らがこの国にどれほど存在するのか? なんでも米兵が基地の外には外出できないという「お達しを受けた」という報道がされたようだが、その数が3万人なんだとか。そんな連中、この国から出て行けばそれですむことだろうに。民の面倒を顧みない政府が我々の税金で養っている連中が日本から出て行けばそれで十分事足りるのだ。
日本の国防は? という問いかけがあるのなら、民を食わせられない国には「国防」なんぞ存在しませんよ。やれ、中国からの毒餃子だとか、農薬野菜だと騒ぐ前に、我々がどれほどの毒を食わされているのかを考えればいいだろう。誰のせいだい? 日本の農業を殺したのは政府と役人と政治家どもだろうが。その結果生まれてきた食品偽装なんぞ、珍しくもないんじゃないの? 自然と生きることなく、バランスを欠いた生活を我々に押しつけて、なにが「食の安全」で「国防」なんだ? しかも、エコだなんだとかいながら、無駄なCD2を生む産業で「経済」を求め、異様の量のCD2を生み出す輸入食物に依存しているこの国を司る政治家のどこに「国防」意識があるんだい?
挙げ句の果てに、最新鋭の軍艦が民を殺しかけているんだろ? (すでになくなられているかもしれないと危惧している)警官は拳銃で自殺するわ、自衛隊員が犯罪を犯すって報道がどれほどなされているか? そんな連中がホントに「民」を守ってくれると、あなたたちは真剣に信じているんでしょうかね? 災害となったら、やたらと強調される自衛隊。やって当たり前のことをして、騒ぐことなんてありませんわ。ところが、使いもしない武器のために血税を吸い取られて、貧しさを押しつけられているのが国民だ。自衛隊の存在そのものが「罪悪」なんですよ。実戦になったら、使い物にもならない最新鋭艦を買う金があれば、どれだけの人間が生き残れるか? そんな計算、ガキにもできるぜ。
と、わずか一本の映画からここまで思える私って、かなりおめでたい。最近BBSに大量のスパムが送り届けられるのは、おそらく、本音を書いていることへの嫌がらせなんだろうなぁ。でも、あんなもの、いつだってなくしてしまえば、それでむだけの話だから、全然気にしてませんけど。
投稿者 hanasan : 05:08 | コメント (0)
2008年02月15日
Soul Flower Union - 辺野古の闘いは続く
これから数時間後にビョークの撮影のためにソウルに飛ぶことになっているので、あまり時間がないんだが、できるだけ早くこのことは伝えておかないといけないと思うので、簡単にですが、書き残しておきます。
1月13日にここで書き残しているように、ソウル・フラワー・ユニオン / ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007でのライヴがDVDとして3月5日に発表される。発売日が決まって、どんな内容になるか、中川君から連絡をいただいたので、ちょっと説明しておこうと思う。
なにせ、これはただのライヴ映像ではないのだ。もちろん、ライヴの様子は全てここに収められているのだが、できるだけ「辺野古」を巡る状況を伝えようと、ここには『アメリカの戦争と日本』という、藤本幸久監督による短篇ドキュメンタリーが収録されている。本土にいたら、沖縄が直面している現実をなかなか肌で感じることはできないんだが、少しでもそれを知ってもらおうという試みだと思う。
さらには、小林アツシ監督映画の作品、『基地はいらない、どこにも』の予告編から、昨年暮れに神戸の長田神社で演奏されたソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンによる『辺野古節』のライヴ映像など、てんこ盛りとなっている。
それどころか、美しい浜と醜い現実に触発されて生まれた名曲『辺野古節』4ヴァージョンも収録されたCDもおまけで付いてくるといった具合で、これが単純な商品ではないこともわかってもらえると思う。
すでにamazonで予約が始まっているのだが、嬉しいことに現時点で3000円弱でこれを買うことができる。ぜひ、買ってください。そして、音楽がどれほどの力を持っているのか、沖縄や辺野古がどんな状況に直面しているのかを感じて欲しいと思う。
その沖縄で、先日、米兵が14歳の少女をレイプした事件が報じられたのを知っている人も多いだろう。表面に出てくるのは氷山の一角にしか過ぎないことは地元の人なら知っているはず。こんなことが許されてたまるかと思う。しかも、イージス艦の艦長がこれを聞いてぬかしやがった言葉にまたぶち切れた。正確に彼が言ったのはI'm sorry to hear thatですよ。訳を見れば、「非常に遺憾に思います」となっていたけど、違うよ。「残念ですね、そんなことを耳にするのは」と、人ごとなんだよ。
日本から米軍基地を全てなくすべきです。日本は独立した国であり、なんでこの国に外国の軍隊がふんぞり返り、そんな連中のためにとんでもない額の税金が使われなくてはいけないのか? 医療保険も払えない、極貧にあえぐ人たちが飢えで亡くなったり、一家心中しているという現実があるのに、あいつらが俺たちの税金でのうのうと生活しているのを見ると胸くそ悪くなる。
俺たちはこんな状況をいつまで許しているの? 変えようよ。普通に生きる人たちの視線で政治に責任を持つ人を僕らで選ぼう。選挙に行こう。声を上げようと、いつも思います。
投稿者 hanasan : 08:42 | コメント (0)
2008年01月18日
不都合な真実とMarvin Gaye
iPod Touchの容量はわずか16GBと、すでに120GBほどになったコンピュータのiTunesデータを全て持ち歩くのは不可能だ。とはいっても、今のところ、160GBのiPod Classicまで買う余裕はないので、iPod Touchがメインの携帯音楽プレイヤーとなっている。だから、ここには絞りに絞って選び出した、大好きなアルバムや気に入った曲を入れていて、ときおり、友人のバーでこれを使ってDJなんぞをすることもあるんだが、基本的にはこれで充分だと思っている。
そういった携帯プレイヤーの果たした役割で最も大きかったのは、音楽を家の中から持ち出すのを可能にしたことじゃないかと思っている。初めてウォークマンが登場したのは78年か、79年ではなかったかと思うが、人気のない地下鉄の通路で聞いたマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』にはゾクゾクさせられたのを覚えている。また、初めて日本を離れて向かったイギリスのトーキーという、観光客が集まる町の海辺のホテル街で聞いたイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』もなぜか染みたものだ。
携帯用の音楽プレイヤーが『音楽』にもたらした功罪は、またの機会に書くことがあると思うんだが、旅の途中、電車やバスの窓の向こうに流れる景色をぼんやりと見ながら、音楽を聴くことができるようになったのは単純に嬉しいし、そんなときになにかがひらめくように自分の中にすう〜っと入り込んでくることがある。今回は米子からバズで大阪に向かっているときに聞いた「マーシー・マーシー・ミー 〜 アイ・ウォン・ユー」がそうだった。といっても、これはロバート・パーマーによるカバーで、iPod Touchに入れているのはそのシングル・ヴァージョン。おそらく、今ではそのヴァージョンは入手が難しいはずで、似たヴァージョンは彼のアルバム、『Don't Explain』で聞くことができる。といっても、かつては後半部分の『アイ・ウォンと・ユー』での彼のヴォーカルの壮絶なまでの迫力にふるえたんだが、今回は前半の『マーシー・マーシー・ミー』の言葉が引っかかった。というので、同じiPod Touchに入れているマーヴィン・ゲイのオリジナル、『What's Going on』をじっくりと聞くことになるのだ。
おそらく、この『What's Going on』を史上最高のアルバムの1枚にあげる人は自分ひとりではないだろう。特にヴェトナム戦争時代に真正面から『反戦』を歌ったこの曲の意味を知っている人にとって、さらには、このアルバムが生まれたいきさつを少しでも知っている人にとって、ことさらその意味は大きいと思うのだ。簡単に過ぎるかもしれないが、少しだけその流れを説明してみると、このアルバムが生まれる以前、スターとして彼が地位を確立したのはタミー・テレルとのデュエットで、それをまとめたのが『The Complete Duets』というアルバム。が、その一作目となる『United / You're All I Need』(これは、2枚目の『You're All I Need』を一緒にした2 in 1のCD)の時点ですでにタミーは脳腫瘍に冒されていたらしく、名曲「Ain't No Mountain High Enough」の大ヒットを受けてライヴをやっていた最中に彼女がステージで倒れるといった事態があったんだそうな。だから、2枚目の『You're All I Need』ではありものの録音にマーヴィンが彼の声を重ねたり、病床を抜け出して車椅子でレコーディングにやってきたタミーが録音したなんてこともあったという。そのあたりの事情は以前、ここに書いているので、割愛するけど、70年の3月16日に彼女は24歳の若さで他界。そのショックに加えて、ヴェトナム戦争から帰還した弟の経験を知った彼が、それまでのモータウン... どころか、ソウル界にはなかったアルバムの制作に向かっていくのだ。言うまでもなく、その結実が『What's Going on』だった。
以前のアルバムといえば、ヒット曲の寄せ集めのようなものばかりだったのに、この作品ではマーヴィン自身がプロデュースを担当し、アルバム全体を流れるコンセプトが明確に打ち出されているのだ。その1曲目はヴェトナム戦争に対して明白に「NO」と突きつけたタイトル・トラック。そのタイトルを日本語に置き換えれば、「いったい、どうなっちまったんだい?」といったニュアンスが正しいんだろう。なんでも、フレーズのひとつにマーヴィンから父へのメッセージが込められているという話もあるのだが、そうではあっても、おおきな戦争が起こる度にこの曲がラジオから流れるのは、そんな「歌の意味」に理由がある。おそらく、どこかにDJや放送関係者の良心が込められているんだろう。とはいっても、このアルバムが発表された当時、あの曲に付けられた邦題が『愛のゆくえ』だったというのが、どこかで、悲しくなってしまうのだ。もっと他に選択肢はなかったんだろうか? それではアルバムに込められた『意味』がまるで伝わらない。ひょとして、そのせいなのか、まだ、中学生から高校生となった頃の自分にとって、この曲がそれほど強烈な『思い』の込められた歌だとは思えなくて、単純にラヴ・ソングのように聞こえていたものだ。
この『What's Going on』の意味を理解できたのは80年頃だったと思う。イギリスでNMEという音楽新聞が歴史を通じたベスト・アルバムというコンセプトの元に特集を組んだとき、No.1として選ばれていたのがこのアルバム。なぜなんだろうと、きちんと聞いたことに加えて、ある程度英語を理解することができていたことが助けてくれたんだと思う。もちろん、そのときには、タイトル・トラックと並んでジ・エコロジーと副題の付けられた「マーシー・マーシー・ミー」の意味も理解していたつもりだった。ところが、それが染みるように伝わったのは今回。前述の米子から大阪へのバスの車中だった
「なにもかもが以前のようではなくなった。青い空はどこへ行ったんだろう。毒が風に乗って北から、南から、そして、東から流れてくる。廃棄物の油が大洋を汚し、それが広がる海で魚たちは救いを求めている。放射能汚染は地上から空へと広がり、土地は人であふれかえる。人類の愚行に地球はどれほど耐えることができるんだろうか...」
と、まぁ、簡単に訳してしまえばそうなるんだろうけど、あのアルバムが録音された1970年にマーヴィン・ゲイは実にシリアスな警告を私たちに発していたことに気がつくのだ。おそらく、この歌が染みてしまったのは、ここ数年、誰もが口にし始めた温暖化現象といった「地球の危機」を、少なからず自分自身がおそれているからなのではないかと思うのだ。
そして、大阪から帰京した翌日だったか、合衆国の前大統領候補だったアル・ゴアがノーベル賞を取ることになった映画『不都合な真実』を見ることになる。直感として迫っていた『人類の終わり』を、あるいは、経験で『実感』していたそれを、実際に撮影された映像やデータで『確信』していくことになるのだ。正直言ってしまえば、そのときが近いだろうことは感じていたんだが、おそらく、それは自分がこの世を去ってからのことではないかと想定していたのが『人類の終わり』だった。が、これを見ると、おそらく、自分がそれを生きて体験することになるように思えてしまうのだ。すでにツバルからモルジブといった島国は国が海の藻屑となっていく事態に直面しているということは、たいていの人なら知っているだろう。そればかりではなく、海流の変化によって生まれる生態系の変化が我々の生活に壊滅的なダメージを与えていくはずだし、その兆候は誰もが『感じている』はずだ。こんな時に愚の骨頂である戦争をやっているバカ野郎たちがいる。また、『経済』や『繁栄』を『正義』だと思っている間抜けたちがいる。救いようのないアホどもが権力を握り、人類を死地に追いやっているのが手にとるようにわかるのだ。
この映画で繰り返している講演のなかでアル・ゴアが口にする言葉が印象的だったんだが、「今、すぐにでも実行できることをやるだけで、少なくとも1970年の状態にまでは戻すことができる」というのだ。が、その1970年とはマーヴィン・ゲイがこの名作、『What's Going on』を録音した頃。そのときでさえ、彼は「マーシー・マーシー・ミー」と助けを求めていたのではないのか? 公害やスモッグから放射能汚染... 彼がそういった危機感を感じ、認識していた時代にしかさかのぼれないのだ。
今回、この曲を聴き、そして、あの映画を見て、また思ってしまうのだ。我々はなんという愚行を繰り返しているのだろうか。取り返しの付かないことをしている自分たちの足下をきちんと見つめなければいけない。少しでも生き延びるために行動しなければいけない。そんな思いをいっそう強くすることになるのだ。
投稿者 hanasan : 17:59 | コメント (0)
2008年01月06日
Fermin Muguruzaの写真集付きDVD到着
ずいぶん前にフェルミン・ムグルサから連絡があって、「今度写真集を出すんで、写真を使わせてもらえないか」と依頼を受けていた。もちろん、速攻でOKの返事を出しているんだが、どんなものが出てくるんだろうと思っていたら、あれから数ヶ月を経て仕上がった作品が届いた。タイトルはシンプルに「Fermin Muguruza "Afro-Basque Fire Brigade" Tour 2007」となっていて、サイズはほぼ7インチのアナログ盤で、厚さは表紙を含めて1.5cm。約200ページに及ぶワールド・ツアーの記録が写真集として構成されていて、最後にDVDがつけられている。
このDVDは18/98と名付けられた2006年のツアーのチャプター、2007年のツアーのライヴ映像のセレクションに加えて、ロード・ムーヴィーの名の下に50分によるドキュメンタリーも収録されている。これ一冊でフェルミン・ムグルサと彼のバンドが世界中でどんな活動をしていたのかが手にとるようにわかるのが嬉しい。
自分の写真が使用されているのは今年4月にスペインの南部、バルセロナとヴァレンシアの中間あたりで開催されたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで彼らと合流して向かった、フェルミンの地元、バスク・カントリーのパンプローナにあるトーテムという小屋での写真とフジ・ロックのオレンジ・コートに出演したときの作品で、わずかに4点。ひょっとしたら、表紙に使われているものの1点もそうかもしれないが、定かではない。本音を言えば、他にもいい写真はあったんだけど、これは彼のセンスなんだろう。だから、全く文句を言うつもりはない。なによりも、作品を掲載してくれたこと、そして、きちんと自分の名をクレジットしてくれているのが嬉しい。
単純に個人的なレベルでいえば、自分の友人や仲間たちがちらほら顔を覗かせているのが嬉しいのだが、大きな発見は写真集としての出来の良さと同時に、フェルミン・ムグルサという人物が我々の想像を遙かに超えて世界中で支持されていることを再認識させてくれることだろう。彼らがツアーしているのはヨーロッパはもちろん、その東の端とも言えるロシアからキューバを含む中南米にアジア。本当は、中国もツアーの地として計画されていたのだが、ドタキャンとなったという話も届いている。いずれにせよ、彼らが英米のバンドの「ワールド・ツアー」を遙かに超えるエリアを旅しているのが面白いのだ。
しかも、ライヴの会場には数万人を集めるフェスティヴァルからデモや集会までもが含まれる。そこに力ある音楽、リアリティある音楽を垣間見ることができる。彼らの音楽がどこから生まれ、どういった広がりを見せているのか... それが要だと思うのだ。
加えて、写真集には彼らの視線が見える。この写真集に掲載されているのは単純に彼らのライヴの模様だけではなく、旅の記録もあれば、それぞれの地で彼らが目にした、体験したことが含まれている。通りにたたずむホームレスや眠りこけるサラリーマン。カフェの壁に書かれたジョー・ストラマーの絵から、山のように積み上げられた中古テレビ... 何げない日常をどう見るか、なにを見るか、そこになにかを感じさせるのだ。それがなにかを雄弁に語りかけてくる。かっちりとしたライヴの写真であろうと、ちょいとピンぼけでも同じこと。それが写真であろうと、音楽であろうと、文章であろうと、変わらないと思うのだ。その視線を持つなにかに自分は共鳴しているように思える。
いろいろ検索してみたんだが、日本でこれを入手するのは、難しそうなんだが、ひょっとしたら、どこかで手にはいるかもしれません。気になる人はチェックしてみてくださいな。
投稿者 hanasan : 15:02 | コメント (0)
2007年12月02日
よみがえれ、ハイド・パークの感動!
この「ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァル」の中心人物のひとり、トムズ・キャビンの麻田浩さんとは、ジャクソン・ブラウンの来日公演などで何度も出会っていたし、ときおり話をしていたんだが、けっこう仲良くなったのはサウスバイ・サウスウエストに三味線をベースとしたミュージシャンを連れていったときではないかと思う。極私的なことなんだが、彼がアメリカに渡った60年代、最も見たかったひとりがミシシッピー・ジョン・ハートだったという話を聞いたときに、「つながり」を感じて実に嬉しかったものだ。なにせ、自分の人生の中で最も大切なミュージシャンのひとりがこのちっぽけな老人で、彼が他界する前に残した最後のアルバム、文字通りの『Last Sessions』は、今もよく聴く名作だ。その件についてはここに書き残しているし、初めて彼が動く映像を目にしたDVD『Rainbow Quest』で、実際の彼が想像通りの人だったのがわかってめちゃくちゃ嬉しかったものだ。
その麻田さんが日本の伝統的な音楽を真正面からアメリカにぶつけたいということで、三味線ツアーを企画したんだが、そのときに彼に勧めたのがライナーも書くことになったうめ吉で、そのグループ御一行、全6アーティストの舞台でMCをやってくれないかと頼まれている。アメリカをミュージシャンとツアーするなんてめちゃくちゃ楽しいじゃないかと、速攻でOKを出していて、そのときのことは幾度か、ここで書き残しているから、覚えている人もいるかもしれない。その彼からしばらくして、ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルを立ち上げるので手を貸して欲しいというようなことをお願いされたと思う。
そのハイド・パークというのは戦後、進駐軍がつけた名前で、本当の名前は稲荷山公園。といっても、我々の世代のロック・ファンにとってみれば、細野晴臣の傑作『Hosono House』が録音された場所、そして、当時、多くのミュージシャンやデザイナーが集まっていた場所として記憶に残っている。あの頃は、彼等が「狭山の米軍ハウス」に住んでいるという話が伝わっただけで、ハイド・パークも稲荷山公園も知らなかったというのが正直なところですが。
今もこのエリアに住む麻田さんや地元の仲間たちが、当時のシーンにゆかりあるミュージシャンを中心としたフェスティヴァルを企画。それに手を貸してくれというので、大喜びで手伝わせてもらうことになった。我々がやったのは会場から速攻でレポートをウェッブで発信していくエキスプレスの作業で、Smashing MagやFuji Rock Expressのスタッフがその中心になっている。その結果はHyde Park Expressで今もチェックできることができるんだが、ちょっとした問題があって、現在、05年版については修復中となっている。06年版は問題ないんですけどね。
その05年版のDVDがでる出ると耳にしたのはずいぶん昔のようにも思うし、昨年のフェスティヴァルでも注文をとっているように思うんだが、先日、やっと完成品がうちに届けられた。その一部、細野晴臣のライヴの模様に関しては、すでに昨年の9月に発表された『東京シャイネス(初回限定盤)』におまけとして付いていたDVDで見ることができる。とはいっても、文字通り、これは初回限定盤なので、すでに入手するのはかなり難しいようで、なかにはとんでもない値段をつけて売っている中古盤屋さんもあるようだ。
あのときのライヴがあまりに感動的だったこともあって、『東京シャイネス(初回限定盤)』については発売前から注文。当然、うちのDVDコレクションにはこれがある。ここにはあの日のライヴの模様が全て収録されていて、単純に細野ファンであるだけだったら、これを持っていたらそれで充分だろう。が、あのとき、あの場所にいた人だったら、きっとわかると思うんだが、あるアーティストの演奏が「感動的だった」ということを遙かに超えた「なにか」がここにあったように思う。
もちろん、そこになんらかのノスタルジアもあったのは確か。なにせ遙かに20数年を超えるギャップを経て見ることになったのが小坂忠であったり、鈴木茂だった。茂の場合は、エンケン(遠藤賢司)のバックで演奏している様子などを見てはいるんだが、彼自身の曲を演奏するのを見たのは30数年前が最後ではないかと思う。記憶をたどっていけば、おそらく、はっぴぃえんどの時代。ソロになってからの彼のライヴを見たことはなかったというのに、あの日、彼がいきなり「スノー・エキスプレス」(名作『バンド・ワゴン』収録)でライヴに突入して、「微熱少年」から、はっぴぃえんどで見て以来の「花いちもんめ」までを演奏するのを見ることになるのだ。あの曲が聞こえてきたときの感激をなんと書けばいいんだろう... 一瞬で身体中の血流が激しくなって、背筋がゾッとして... といった感じかなぁ。上手近くて見ていた女の子がキャァ〜って声を上げたのが記憶に残っているんだが、どこかで自分の中にもそんな気持ちがあったように思う。生で見る、聞く、はっぴぃえんどの名曲は、やはり特別なものだったのだ。
あの時の茂の演奏を撮影したのは自分で、そのときのフォト・レポートはここで確認可能だ。あまり点数は使ってはいないんだが、あのときの感動がどこかでここに封じ込められているようにも思う。とはいっても、なにが理由なんだろう、そのときの茂の映像がこのDVDには全く収録されていないのが実に不満なのだ。なんでだろうなぁ... 自分にとって、細野晴臣と並んで、あれがどこかでピークだったから、なんかやるせない。
とはいっても、小坂忠の演奏は「機関車」と「夕方ラヴ」(共に名作『ほうろう』収録。ちなみに前者が最初に登場したのは、ミッキー・カーティスがプロデュースした『ありがとう』)といった名曲が入っているし、細野晴臣と小坂忠が一緒にステージに立った2日目の最後、『ありがとう』を一緒に歌ったシーンもここには収録されている。その他にも、今も精力的に活動を続けるセンチメンタル・シティ・ロマンスは「うちわもめ」(細野プロデュースによるデビュー・アルバム『センチメンタル・シティ・ロマンス』収録)とはっぴぃのカバー、「はいからはくち」をここで楽しむことができる。彼等のアルバムで最も好きなのは、一度CD化されたきりですでに入手不能となっている『シティ・マジック』で、この中に収録されている名曲、「夏の日の思い出」も演奏してくれたんだが、残念ながらDVDにそれは見あたらない。
まぁ、いろいろと個人的な思い入れのある当時の歌がいろいろあるんだけど、アーリー・タイムス・ストリングス・バンドが、やはりこの街とは切っても切れない縁のある西岡恭蔵へのトリビュートとして「我が心のヤスガーズ・ファーム」と「プカプカ」を演奏していて、それが収録されているのが嬉しかったり、マーク・ベノやエリック・アンダーソンが登場したり... と、全体をまんべんなく映像として残してくれたということが、まずは嬉しい。それに客席からはなかなか見えなかったステージ裏の表情やミュージシャンたちがここでの演奏をどれほど楽しみにしていたかが、そういった映像を通して伝わってくるのが嬉しい。
そんなラインナップや演奏そのものよりも、こうした映像で思い出させてくれるのがここで繰り広げられた数々のドラマ。すがすがしく気持ちよかったあの日の朝の光景、そして、森の中でしか味わえない空気や、真夏の日差しがまぶしかった1日目の午後、そして、まるで会場の中に川でもできたのかと思えるほどの通り雨... とは呼べないほどの大雨に見舞われた2日目のことや、細野晴臣がステージに姿を見せる頃になるとそれが嘘だったかのように思える夜空が姿を見せてくれたといった、誰にもコントロールができなかっただろう、自然の演出がこのDVDを見ていると見事に甦ってくる。
しかも、そんなドラマを支えたのが、実は、天候や自然ばかりではなく、この日、ここに集まってきた無数の人たちが生み出した得体の知れないエネルギーであることも、これを見ていると、やはりわかってしまうのだ。それをうまく書いてくれた天辰保文さんのライナーの素晴らしこと。さらに加えて、このDVDが当たり前のレコード会社ではなく、このフェスティヴァルを実現させた人たちの手によって制作され、販売されていることも嬉しい。逆に、だからこそ、なんとかしてサポートしてあげなければと思うのだ。なにせ、昨年の赤字で今年は開催されなかったのがこのフェスティヴァル。なんとかこれで赤字を埋めたいと言うんだが、これが売れなければ、また来年もこのフェスティヴァルが戻ってこないかもしれない。あれほど幸せな時間を生み出してくれたフェスティヴァルがなくなるのは、実につらい。そんな意味でも、みなさんにこれを見ていただければと思う。
投稿者 hanasan : 13:32 | コメント (0)
2007年11月19日
Glastonbury FestivalのDVDが届きました
もうずいぶん昔にこの映画『Glastonbury The Film』(国内盤 / 輸入盤)については触れている。確か、昨年の4月にロンドンで公開された日にこれを見ていて、その時に書き残したものはここでチェックできる。セックス・ピストルズのセミ・ドキュメンタリーといった感じの映画『Great Rock'n'Roll Swindle』(国内盤 / 輸入盤)でデビューすることになったジュリアン・テンプル監督による作品で、イギリスのフェスティヴァル、グラストンバリーを、おそらく、最も完璧に近い形で描いたドキュメンタリーと言っていいだろう、この作品がこれでやっと日本にDVDで姿を見せたことになる。といっても、今買えばちょっと安めなんだが、日本で買うDVDはなんでこんなに高いんだろう。
今、UKでのamazonで値段をチェックしてみたんだが、約7ポンドと、同じ二枚組で1500円もしない値段で購入することが出来るし、同じ作品のアメリカ盤を日本でも3000円以下で入手することが出来る。このあたりの価格の問題って、なんとかならないんだろうかと思う。ちなみに、イギリスでは本が一緒になったデラックス盤というのもあるようで、こちらが日本での価格に近いのがわかる。ちなみに、amazonでは、これを書き始めた11月19日の段階で26%オフとなっているので、欲しい人は今のうちに買っておく方がいいように思う。
このサンプルが届いた日のこと、パッケージを開けてビックリするのだが、許諾も与えていない自分の原稿がブックレットに使われているのだ。これには、正直言って、ぶち切れた。こういった原稿を執筆すること、写真を撮影して、その著作物の使用料を生活の糧としている我々フリーの写真家、ジャーナリストにとって、これは窃盗被害にも匹敵する行為に映る。かつても、自分の原稿が無許可で使用料も受け取れずに書籍で使われていたことがあるし、まるで盗作のような形で使われて一銭ももらえなかったことがあるんだが、こんなことが許されていいわけはない。
以前だったら、まぁ、いいかぁと思う自分がいたんだが、今回は、さすがに黙ってはいなかった。元々あの原稿はあの作品が映画として発表されたときのパンフレット用に執筆したもので、DVDに転用されるなんて話は聞いていない。著作物についてはどんな媒体であれ、「使用する」度にその使用許諾を著作者から得なければいけないし、それに対して著作権を持つ者は使用料を請求できる。というので、あの原稿を書いた先にメールを送付。説明を求めた。
大失態をやってくれたが、幸運だったのは、今回の担当者が素直に非を認めて、原稿の使用料をきちんと支払ってくれるようになったこと。丁寧に連絡をくれて、直接会って謝罪したいということで、すでに彼等への文句も恨みもない。ただ、こういったことが往々にして起こりうることを、我々著作物に関わる人間は十分に認識すべきだと思うという動機でこれをここに書き残しているに過ぎない。
いずれにせよ、この『Glastonbury The Film』(国内盤 / 輸入盤)は見て欲しいと思う。日本でもフェスティヴァルという言葉が市民権を得て入るんだが、その多くを見ても、結局は「与えられた」巨大コンサートにしか過ぎない。ただ、ミュージシャンを集めれば、それでフェスティヴァルだという発想はあまりに貧しすぎるのだ。その典型的な例が、世界的に有名なビッグバンドを並べてウドーが開催したものだろう。あのときのレポートを「媒体」ではなく、個人がやっているのを見たときに笑ってしまったんだが、大いなる勘違いが「笑えない」ほど悲惨な状況を作り出したんだろうと思う。
といって、なにもグラストンバリーが完璧だとは露ほども思ってはいない。巨大な壁に囲まれ、見張り台まで作られた強制収容所のようなものが、フェスティヴァルと呼べるのかどうか、81年からほぼ毎回この会場に足を運んでいる人間としては大いに疑問を感じるのだ。そうでもしなければ、ただで入ってくる人間が無数にいるという現実はあるにせよ、どこかでなにかが間違っているように思う。一方で、数多くの人たちが小規模ながらも各地で開催しているフェスティヴァルに興味を持ち始めたのはそんなところが理由ではないかと思う。
投稿者 hanasan : 23:48 | コメント (0)
浪曲師、国本武春のブルーグラスDVD
このところ、自分が関わったものに関する作品のリリースが相次いでいるんだが、これも、どこかでそんな一枚。浪曲師で、同時に、ブルーグラスのミュージシャンでもある国本武春のライヴを収録したものだ。『どかーん!武春劇場 tour 2007』というタイトルのDVDで、これが一昨日、うちに届けられた。このジャケットの表四(裏表紙)に自分が撮影した作品が使われているんだが、それは今年の7月4日の渋谷パルコ公演での写真で、そのときの様子をレポートしたのがこれ。このDVDで使われているのは、あのレポートでは掲載していないものなんだが、ウェッブというメディア、そして、組写真によるライヴのレポートという意味で、『いいなぁ』と思っても使えない写真が多々あり、これもそんな一枚だ。
そのDVDの顔、国本さんと初めて出会ったのは昨年のサウスバイ・サウスウエストで、一緒にアメリカに渡り、全米(って、そんなに大げさではないと思うけど)6箇所ほどをツアーしている。なんとそのときの自分の役割はステージでのMCだったんだが、同時にライヴの写真も撮影するというもので、時には、通訳的にみんなを助けたりもしなければいけなかったんだが、実に楽しかった。そのときの様子はこちらのオースティン公演を皮切りに、全行程のフォト・レポートをアップしているので、チェックしていただければ幸い。
ちなみに、彼がイースト・テネシー大学に留学した頃から一緒に演奏しているラスト・フロンティアとのブルーグラス・ライヴはオースティンでの2本のみ。残りは彼がソロで演奏するというものだったんだが、ニューヨークからシカゴ、オークランドからサンタ・モニカと、どこの会場でも最もお客さんを湧かせたのが彼ではなかったかと思う。なにせ、三味線でブルースもやれば、カントリーもやるし、ボトルネック奏法まで飛び出してくる。その楽しさは一度見たらやみつきになるのだ。しかも、締めはいつも浪曲で『忠臣蔵』のさわりをやってくれるんだが、日本語がわからなくても「笑える」ほどのエンターテイナーぶりを見せてくれる。さすがに「生」でずっとステージに立ってきた人だと大いに感心したものだ。日本語が理解できようと出来まいと、そんなことは無関係。英語なんぞほとんど話していないというのに、アンコールを求める声がやまなかったのが面白い。
ところで、彼の他に数々の三味線演奏家と一緒のツアーでMCを担当するという話を持ちかけられた時に、当然、全アクトの資料を取り寄せているんだが、その時、(あるいは、それ以前だったかもしれないが、ちょいと記憶がはっきりしない)彼のウェッブサイトの通販で購入したのが1枚目のアルバム、『アパラチアン三味線』だった。すでに、続編的なアルバム『Sushi & Gravy』も発表されているんだが、今のところ、後者は彼の公式サイトか、彼のライヴでしか購入できないようだ。とはいっても、どんな音楽を演奏しているのかをチェックしようと思えば、そこでも出来るし、Takeharu Kunimoto & The Last FrontierのMySpaceでも、4曲ほど聴くことが出来る。が、出来れば、『アパラチアン三味線』は聞いてもらいたいと思う。掛け値なしの傑作です。一般的にいえば「際物」的な見られ方をするんだろうが、そんな発想をするのは実際に聞いていないからだろうと思う。単純に三味線でブルーグラスをやっているという域を遙かに超えて、カントリーやブルーグラスのルーツの上に根ざして、東洋的なメロディのオリジナルを、しかも、名曲を彼が生み出していることに驚かされるのだ。実に素晴らしい。
今回のDVD、『どかーん!武春劇場 tour 2007』はまだ到着したばかりだし、仕事がたまっているので見てはいないんだが、だいたいは想像できる。おそらく、強者のミュージシャン達だから、毎日演奏曲目に若干の変化はあっただろうと察するが、基本的に横浜でのライヴを収録したこれも、自分が撮影した7月4日とそれほどは変わらないように思えるのだ。が、楽しみはブルーグラスではなく浪曲の方。実は、あのシリーズのライヴ、毎日前半が浪曲の歴史を実演付きで解説するというもので、自分が撮影した初日は「そもそも浪曲はどこから始まった?」といったもの。で、数日後に、自分が大好きな先代の広沢虎造のことを話してくれたんだが、このときは虎造のスタイルに沿って、国本さんがうなってくれていて... それを見たくてカメラなしでパルコ劇場に向かったものだ。
DVDのパッケージを見ると、第一部として「三味線弾き語りで綴る浪曲の歴史」というのがあるから、おそらく、このシリーズ・コンサートの毎日の浪曲部分をダイジェストのような形でまとめてくれているのではないかと察する。だとしたら、実演付きで浪曲の美味しいところをつまみ食いできるといった感じかねぇ。だから、実に楽しみなのだ。
とはいっても、一度は生で浪曲を見てみたいなぁと思っている。だから、年末恒例の彼のツアーにでも出かけてみようかと思っている。出し物は彼の十八番、時期も完璧な忠臣蔵で三味線弾き語りのワンマン・ライヴだとか。詳しい日程は公式サイトでチェックしていただきたいのだが、初日が11月28日の八王子ということで、実は、今、悩んでいるのです。なんでも、噂で聞くには、観客を大笑いさせて、大泣きさせるというのが彼の浪曲。だったら、見てみたいと思うじゃないですか。
追記
これを書いて、その翌日、ちょいとこのDVDを見てみたんだが、前半部分、毎日の公演を撮影してのダイジェストではなく、横浜のライヴで「浪曲の歴史」を一人でステージに立ってまとめたものでした。残念。バジェットのせいかしら。もちろん、それでも面白いんですが。
投稿者 hanasan : 13:38 | コメント (0)
2007年11月14日
Otis ReddingやSam & Dave、40年前の音楽にふるえます
たまたまなんだが、ある日、このDVDを見つけた。『Stax-Volt Revue: Live in Norway 1967』というタイトルで、オーティス・レディングやサム&デイヴといった名前が見える。といっても、その時点でタイトルにある「ノルウェーのライヴ」というのも見えなかった。単純に「スタックス」や「オーティス・レディング」に「サム&デイヴ」あたりしか目に入ってはないんだが、それだけで引きつけられた。しかも、1967年のライヴなら、基本的に悪いわけはない。なにせ、オーティスが「生きている」時の映像だ。ところが、このところあたりにたくさんの金をCDにかけてしまっているので、なかなか注文できない。というので、このあたりのクラシックなソウルやブルースに目がない友人に「これ、持ってた? 俺は買えないけど、とりあえずお、知らせておこうと思って」とメールしたのがいつのことだったか... もうすっかり忘れていた。
ところが、昨晩、例によって例のごとく、その友人のやっているレストラン、中目黒のクイーン・シバに出かけると、そのDVDのパッケージが目の前にある。さすがですな、このあたりの音楽、ソウルからブルースには目がない店主、ソロモンのことだけはある。というので、早速見せてもらったら、これがいい。めちゃくちゃいい。
とはいっても、映像を見ると、なにかよく似ているのだ。『Remembering Otis』(US import / 国内盤)で見た映像に。これは、あまりにも有名な『Monterey Pop Festival』(US import / 国内盤)での映像を中心に構成されているんだが、他の場所でのライヴ映像も入っていたわけで、おそらく、今回の『Stax-Volt Revue: Live in Norway 1967』の映像を加えて、できあがっているのが、『Remembering Otis』(US import / 国内盤)ではないかと思う。まだ、きちんと見比べてはいないんだが、ブッカーT&MGズの着ている服とか、全く同じに見えるのね、記憶に間違いがなければ。だから、もし、この二組のみを期待しているのであれば、そして、『Remembering Otis』(US import / 国内盤)を持っているのであれば、これを買う必要はないだろうなぁと思う。
一方で、もし、本格的なスタックス・ファンだったら、絶対に買うべきなんだろうなと思う。というのも、このDVDの解説にもあるんだが、これまで発表されていなかった20分の映像がここに収められているというんだが、おそらく、それがザ・マーキーズ、アーサー・コーンリー、エディ・フロイドの歌っている部分だと思うのだ。この部分は、当然、見たことがないから、アーサー・コーンリーの「ミッド・ナイト・アワー」を見て、「ん?ウイルソン・ピケットか?」と一瞬思いましたもの。だって、私の場合、かつてここでも紹介した『Soul To Soul』(US import / 国内盤)で彼が歌っているこの曲のインパクトに完全にKOされてますから。この曲を耳にすると、条件反射的に彼の名前が出てくるのです。でも、当然、違うんですけどね。
まぁ、スタックスといっても、私の場合、『Wattstax』(US import / 国内盤)ぐらいしか知らなくて、ソウル・ファンからすれば、非常に無知ですから。なにも語れませんなぁ。単純に、どれを聞いてもめちゃくちゃいいぐらいしか思い浮かびません。
そういえば、先日お知らせした、amazonの輸入盤掘り出し市で、左上にジャケットを見せているRhino編纂による『The Best of Sam & Dave』が、やはり680円で売られておりました。これは、持っているだけに、悔しいなぁ。
それと、もうすぐオーティス・レディングが不慮の事故で他界して40年です。命日は確か、12月の10日ではなかったかと思う。このとき、彼は26歳のはず。どう見ても映像から見えてくる彼はそんな若者じゃないんですが。今更ながら、とんでもない天才だったんだなぁと、彼の映像のみならず、音楽に接して思うのですよ。
投稿者 hanasan : 14:56 | コメント (0)
2007年11月10日
Rico Rodriguez (リコ・ロドリゲス)の初DVD!
ひさびさにDVDのライナーを書いたんだが、それがこの作品、『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』。もちろん、そのライナーはしばらくして、自分のウェッブ・サイトのライナー・セクションに加える予定なんだが、これが昨日、やっと入手できた。といっても、一般の発売は12月5日の予定で、今、amazonで注文すると3000円弱と、かなりやすく買えるようになっているようだ。おそらく、このサイトに幾度か訪ねてきている人だったら、自分がどれほどリコ・ロドリゲスに心酔しているかは想像できるだろう。当然、この『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』も買ってもらいたいと思っている。なにせ、リコのライヴを押さえた映像といえば、現時点ではこれしかないのだ。
このDVDの映像は彼が今年の5月に地元のバンド、クール・ワイズ・メンと一緒にやったツアーの最終日、上野の水上音楽堂での模様を編集したもので、その時の模様はこちらでチェックできる。ブログでのこの原稿をアップした時点で筆者のウェッブ・サイト、The Vioce of Silenceのトップ・ページにアップしているのがこのときのリコの写真。その表情が物語るように、彼とクール・ワイズ・メンが昨年から始めた演奏の集大成のような素晴らしい演奏、いわば、そのピークを抑えているのがこのDVDだと思ってくれればいいだろう。リコのこれほどまでにハッピーな顔なんて、そんなにみられるものじゃないですから。
で、昨晩(9日)は一般発売に先立ってこのDVDを購入できるという、バックのバンド、クール・ワイズ・メンのライヴが渋谷のクラブ・クアトロであって、それを見に行ってきた。といっても、リコ抜きで彼らを見るのって、初めてではないかと思う。たいてい、リコと一緒にやるときも数曲を彼らだけで演奏して、リコをステージに迎えるという感じだったから、「初めて」とは言えないかもしれないけど、全セットを彼らのみで見るのは間違いなく初めてだった。
基本的には実にいいバンドだと思っているし、それはリコとのツアーで十分認識しているつもりだ。とはいっても、今回はリコ抜き。というので、ライヴが始まってしばらくの間は、あまりにも「まとまりすぎている」あるいは、「上手くまとめようとしている」のがわかって、面白味に欠けたなぁと思う。演奏は決してまずくはないんだけど、まるでルーティーン・ワークのようにソロを回して、曲をまとめ上げているように見えるのだ。そんな意味で言うと、はっきり言って「つまらない」。
おそらく、そう思ってしまうのは、リコとのステージで「スリリングな瞬間」を幾度も経験してきたからだろう。それぞれのミュージシャンがステージで火花を飛ばすようなソロを展開して、それが互いを触発して発光していったかのように見えたのがあのときのツアー。生の音楽、特にインプロヴィゼーションを要とするこういったバンドで最も期待するのがここになるし、明らかにリコの存在がメンバーにとてつもない緊張感を作り出していたのがわかる。って、そりゃぁ、そうだと思う。なにせ、あちらは「伝説」の人なんだから、それで緊張感を持つなという方が無理だ。といっても、その緊張感が、逆に、メンバーをガチガチにさせていたのがリコとツアーを始めた頃。ツアーも回数を重ねて、その緊張感が薄らぎながら、それでもどこかに張り詰めたものがあったときの彼らが素晴らしかったのだ。
そのピークをとらえているのが『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』の時の演奏だと思うんだが、今回はそういった「瞬間」を、少なくとも前半では感じなかったように思う。おそらく、彼らのエンジンが掛かり始めたのが遅かったからかなぁ。この日は、ミキシングをやっている内田君がダブでバンドの演奏に加わってきた頃から、徐々に演奏の面白さが出てきたように思う。
その彼らのアルバムをこの日、受け取ることができた。奇妙な話かもしれないが、リコとのライヴと、一緒に飲んで騒いだこと以外、実を言うと、彼らのことはほとんど知らないんですよ。というので、こちらか、じっくりと彼らのアルバムを聞いて見ようと思っている。
ちなみに、先日来日していたJah Shakaが『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』のラフ編集盤を見ているんだが、その映像の途中で「I want to have a copy」と言ってました。『俺も、このDVDがほしい』というんですけど、残念ながら、日本でしか発売しないと思うなぁ。とはいっても、彼からはアスワドのブリンズリーが主演している伝説のレゲエ映画『バビロン』のコピーをもらったし... さぁて、どうしようかねぇ。
投稿者 hanasan : 17:33 | コメント (0)
2007年11月09日
私、在日やねん - 映画『パッチギ!』を見て
『パッチギ!Love & Peace』を見た。すでに廉価版の出ている前作の『パッチギ!』がめちゃくちゃ気に入って、当然のようにこれを見たわけだ。といっても、公開からずっと時間が過ぎて、DVDで見ているんだが、なかなか映画館に足を向ける時間がなかったというのが理由。
正直言って、最初の作品の方が面白かった。おそらく、その理由は立ち位置の違いだろう。前作の『パッチギ!』が基本的には『日本人』に視点があったように思えるんだが、今回は、その視点がほぼ完全に『在日の人』たちにおかれている分、どこかに違和感があったんだろうと思う。というのは、自分自身が在日ではないという単純な理由で、その視点の重要性を否定するつもりは全然ないし、逆に、そういった視点の重要性を少しでも感じることが出来たのが良かったように思う。(誤解のないように言っておけば、あるいは、また誤解を呼ぶのかもしれないけど、自分にとって、在日と日本人の違いが全然理解できないというのが本音です。もちろん、ペーパー上の違いがあることは充分認識しているし、歴史の違いもわかる。が、同じ土地に住む人間として、その土地が日本と呼ばれる国だという意味において、日本人でいいと思うし、何年も住んでいれば日本人でいいじゃないかと思うのです。もちろん、税金を払わされているのに、選挙権がないということには全く同意していないし、人間として最低限の権利だと思う選挙権を獲得しなければいけないとも思います。いかがなものでしょう。)
監督の井筒さんは高校生の頃にお世話になった人で、おそらく、彼は自分よりも三つぐらい年上じゃないかなぁ。宗右衛門町のモリスホームにたむろしていた頃に、彼がそこにいて... 酔っぱらいのサラリーマンなんかを蹴散らしたりしてたのを見たような記憶がある。ええ場所やった。彼は大好きやった。
この映画で思い出したのは、その昔、仕事仲間の女の子と飲んでいた時に、突然「私、在日やねん」といわれたこと。あのときは、なんでか知らんが、中山ラビのアルバム、『私って、こんな』に収録されている曲「13円50銭」の話になって... そのことを話していたときだったと思う。要するに、朝鮮半島から日本に連れてこられたり、やって来た一世には韓国語の訛りがあって、これを「ちさんえん、こちせん」と発音してしまうんだそうな。そうやって、関東大震災の後、数多くの一世が「朝鮮人狩り」の中で日本人に虐殺されたという、そんな話をしていたんだと思う。
そうだ、思い出した。実は、FMで番組をやっていたときに、プロデューサーと喧嘩したことがあって、それがきっかけなんだと思う。「放送上、問題がありそうな曲は流すな」といわれたんだが、実をいうと、内緒でいっぱい流していた曲のひとつがそれだった。(というか、連中は音楽のことなんぞ、ほとんど知らないから、前もってそんな話をプロデューサーとしていない限り、たいしたことはないんですけどね)おそらく、そんなことを彼女と話していて、その流れでこの曲の話になって.... そうしたら、「あんた、日本人でなんでそんな話を知ってるの」と、言われた直後に、彼女に「私、在日やねん」と、まぁ、そう告白されたわけです。でも、自分にとっては、そんなことは些細なことなんですけどね。彼らにしてみれば、「そうじゃない」というところに、今回のパッチギ!の核があるんだろうなぁと思った次第。
ただ、自分自身に関していえば、映画であったような世界を全く知らないんですね。大阪の田舎で育ったというのに、自分の周りでも、そう言った韓国朝鮮人差別を実感したこともなかったし、被差別部落の問題も体験しなかった。幸か不幸か、そういった背景のみならず、日本を飛び出して海外に住んでいた経験からか、「日本人もへったくれもあるかい」といったことが普通になっているから、よけいにわからないのかもしれない。微妙な問題だけど... というのは、イギリスで「チンク」って呼ばれて、つばを吐きかけられたり、裕仁が死んだときには生卵を投げつけられたり... と、まぁ、そんなこともあったんです。実際、日本人だから、あるいは、アジア人だからというだけで差別されたことは何度もあるし... とはいっても、自分の仲間はそんなのと全然関係ない世界で生きてきているわけです。国でも人種でもなく、単純にそういった差別をする人たちが「あっち側」の人としか思えない自分がいるわけだ。奇妙なもんです。それが理由なんだろう、周りの人間が人種」や「肌の色」で差別的な言葉を使うと、瞬間沸騰って感じでぶち切れるてしまいますね。
ちなみに、あの映画で嬉しいのは、東京が舞台だというのに、主に大阪弁と韓国語がメインになっているということ。私、やっぱり、関西人。関西弁が気色ええんですわ。東京に住んでいて、知らない間に、東京の変な共通語を話しているのが、どこかできっとストレスになっているんだろうなぁと思う。やっぱり、大阪弁でっせ。まぁ、京都弁も、神戸の辺の訛りもええけど、自分にはやっぱり河内の言葉ですな。
あと、にかぁ〜っとしたのはエンディングで出てきた、「あの素晴らしい恋をもう一度」って曲なんですけど、いつも思うんです。加藤和彦と中川五郎の声が同じに聞こえてしまうんですね。それ、私だけですかなぁ。
投稿者 hanasan : 16:48 | コメント (0)
2007年02月02日
前略おふくろ様 : 30年昔の名作にはまる
がぁ〜、やっちまったぁ。幾度か「清水の舞台から飛び降りた気分になって」と、高い買い物をしたことがるんだけど、昔から大好きだったドラマのDVDボックス・セット、「前略おふくろ様」を買ってしまった。以前、amazonでエプソンのプリンター、PX-G5100 を購入した結果、送られてきたポイント還元分が5000円。というので、それを使えば「前略おふくろ様」が27000円ほどで購入できる。もちろん、それでも大金なんだが、学生の頃、これを見るために放送される日には必ず下宿に帰っていた記憶がある。それほどまでに惚れ込んだドラマなのよ。だから、前述のように、清水の舞台から飛び降りたのだ。
当時は、今のようにビデオなんてなかったし... なにせ30年前で... あったかもしれないけど、そんなもの買えるわけがなかったのだ。しかも、うちのテレビは白黒で、カラーじゃなかったしな... それでも、あまりに面白いというので、一度、カセットのテレコで番組を録音したこともある。さらに加えて、その当時発表された脚本集も買っている。今、調べてみたら、「倉本聡テレビドラマ集〈2〉前略おふくろ様」ではないかと思うが、その一回目のシリーズと、あまりの人気で復活したんだろう、パート2の本も買った。当時の倉本聡には完全にはまっていたみたいで、このほかにも、彼の脚本集で東芝日曜劇場でのものを集めたもの買ったし、「さらばテレビジョン」という書き下ろしの本も買っている。要するに、倉本聡のファンだったんだろうなぁ。
なぜか大学生の頃、演劇部なんてところにいて、芝居に大きな魅力を感じていたってところが引っかかっているのかもしれない。状況劇場や黒テント、つんぼさじき、つかこうへい劇団などなど、いろいろなものを体験してたし、自分で脚本も書いたこともあれば、舞台で演じたこともある。(っても、素人演劇ですが)そんなときにはまったのが倉本聡であり、そのきっかけになったのが前略おふくろ様だったわけだ。
