2009年06月04日

メキシコ... 知らなければいけないことが...

ボーダータウン 報道されない殺人者 つながるなぁとおもう。どこかで誰かに動かされているのかもしれないと思うぐらいに、いろいろなものがつながっていくのが面白い。と、そんなことを思ったのはこの映画、『ボーダータウン 報道されない殺人者』を、たまたま見た昨日のこと。例によって、一月いくらのレンタル代で好きなだけ借りることができるというサービスを利用していて、たまたま借りたのがこの作品。とりわけ、「これが見たい」と思ったわけではなく、「別に借りたいものがあるわけじゃないんだが、これでもいいか」といった感覚で借りたに過ぎない。だからなんだろう、映画を見始めて、この男優って... ひょっとして、あの人かなぁと、うろ覚えの名前を考えて、アントニオ・バンデラスを思いだし、見終わって、「この映画ってホントはなになんだろう?」と調べだして初めて、「そうかぁ、この女優がジェニファー・ロペスかぁ」とわかるほどの頓珍漢。ハリウッドだとか、ゲイノー界とか、全く興味のないというので、なにやら自分の無知さ加減を再認識したような感じかな。

 それはともかく、「実話に基づいている」とはいうものの、かなり荒唐無稽なストーリーでメキシコとアメリカの国境の街で起きている連続女性殺害事件に始まって、その背後に北米自由貿易協定があるということを臭わせるんだが、5000人にも及ぶ女性の連続殺人というのが解せない。これが、政府や権力につるんだ政治的な大量殺戮であれば、まだリアリティがあって、チリあたりの状況につながるんだが、それを「連続レイプ殺人事件」としている想定で「そりゃぁ、無理があるだろう」と思ってしまうのだ。

 とはいっても、ここでチェックできる監督、グレゴリー・ナヴァ氏とのインタヴューを読んでみると、なにかがあることはわかるんだが、どこかで「作り物」的なニュアンスはぬぐえないのだ。

 その作品の価値は、自分にとって大きな意味はないんだが、それよりも、ここで想像できるのは北米自由貿易協定から、メキシコの民族問題や差別、貧困からサパティスタ民族解放軍 (EZLN) に目を向けて欲しいという願いのようなもの。連続殺人事件の犠牲者となっているのは低賃金で働く工場労働者の女性たち。そのひとりが奇跡的に生き残り、自分の過去を語るときに出てくるのはオアハカという地名だった。これも、リラ・ダウンズを聞き始めて知ることになった「インディオ」(先住民族)を象徴するものだし、リラ自身がこの町の出身でもある。といっても、まだまだ勉強しなければいけないことが多々あるんだが、単純に好きな音楽がどんどん自分の扉を開けてくれているのがよくわかる。

El Gran Silencio おそらく、本格的にメキシコのロックを意識し始めたのは、いつだったかグラストンバリーでジョー・ストラマーがいたく気に入っているという、El Gran Silencio(エル・グラン・シレンシオ)のアルバム、『Libres Y Locos』(リブレス・イ・ロコス=自由と狂気?)を聞いてからだろうか。それ以前にも、かつてジ・アンタッチャブルズというバンドのマネージャーをしていた友人からプラスティリーナ・モッシュの『Aquamosh』を紹介してもらったりと、そんな流れはあったと思うんだが、決定的だったのはEl Gran Silencio。あまりに彼らの音楽を気に入って、それが彼らのフジロックへの出演につながっている。

 同じように、イタリアのバンダ・バソッティと仲良くなったのものその頃だった。彼らがメキシコをツアーしたときには、そのエル・グランシ・レンシオと同じステージに立っているし、両者がどこかでつながっているのは、その音楽を知るものなら理解できるだろう。バンダ・バソッティがイタリア本国でツアーする場所、解放区のようなセントロ・ソシアル(社会センター)のポスターには決まって、サパティスタ民族解放軍 (EZLN)支持のメッセージが殴りかかれていたし、彼らにとって、そのリーダー、マルコス副司令官はまるでロックスターのような存在だ。世界中に散らばるミリタント・ロックにとって、チェ・ゲバラからモハメッド・アリ同様に、ジョー・ストラマーもマルコス副司令官も、同じ価値を持つ英雄なんだろうと思う。

 それから数年でロドリゴ・イ・ガブリエラと知り合って、その流れがリラ・ダウンズへと結びついていった。まだまだ、入り口なんだろうが、一歩踏み込む度に目の前に広がるのは無限とも思える未知の世界。いつも思うことなんだが、音楽の向こうにはとてつもなく大きな世界が広がっていて、その断片を垣間見るだけでも、音楽は全く違った響きを持ってくる。それを感じたとき、まるで新しい人生の踏み込んでいくような気分になるのは自分だけじゃないだろうと思うんだが、どんなものでしょうね。



投稿者 hanasan : 09:32 | コメント (0)

2008年12月15日

Crosby, Stills, Nash & Young... 今も強力

Crosby, Stills, Nash & Young このところのドル安円高のせいで、アメリカのamazonで注文することが多くなってきた。特に、DVDの値段が日本とは比較にならないほど安く、数枚まとめて購入すると日本のamazonよりはかなり安いのだ。といっても、一般的にDVDソフトにはリージョン・コード(業者の権利を守るだけの著作権の地域区分けと考えればいい)があって、輸入盤は再生できない前提なんだが、リージョン・フリーのものも多いし、それを助けてくれるのが安物の中国製のDVDプレイヤー。そのほとんどはどんなリージョンにも対応していて、5000円でおつりが来るほどの低価格で販売されている。現在使っているプレイヤーは日本のamazonで購入したDVP-086Aという代物で、これで充分。といっても、一般的にこういった安物のDVDプレイヤーは壊れやすくて、これまでツタヤで購入していたマルチDVDプレイヤーが二度ほど壊れて、これが三台目となるのだが、今のところDVP-086Aに問題はなくて、まともに動いてくれている。

 で、今回注文したDVDの一枚がCrosby, Stills, Nash & Young(クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング)の作品で、『Deja Vu』というもの。日本のamazonで購入しても1500円ほどと、国内盤と比較したら遙かに安いのだが、アメリカのamazonではわずか7ドルほど。まるで日本のシングルCDのような値段で、送料込みでも安いというので購入したんだが、それが昨日うちに届けられた。確認したら、リージョン1で、日本のDVDプレイヤーでは再生できなかったんだが、買って良かったと思う。今ではおじいちゃんといっても良さそうな4人が素晴らしいツアーを実現させたことがドキュメントされているのだ。

Crosby, Stills, Nash & Young おそらく、同世代のロック・ファンだったら、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングに関して、なんら説明をする必要はないと思うんだが、簡単に言えば、60年代終わりのスーパー・グループと言ってもいいだろう。元バッファロー・スプリングフィールドのスティーヴン・スティルス、元バーズのデヴィド・クロスビー、元ホリーズのグレアム・ナッシュが結成したCS&N(クロスビー・スティルス&ナッシュ)に、同じく、元バッファロー・スプリングフィールドのニール・ヤングが合流して生まれたバンドで、このとき発表されたのが名作として歴史に残る、当時は「唯一のスタジオ・アルバム」とされた『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)だった。

 どんな経緯でこのアルバムに突き当たったのか、今は覚えてはいないんだが、高校生の頃、実にロックなスタイルをした友人がエレキ・ギターを手にストーンズの「Jumpin' Jack Flash」のフレーズを目の前で弾いて、「これがロックや!」と口にしていた一方で、髪を胸あたりまで伸ばしていた自分はアコギでニール・ヤングなんかを引きながら、「俺には、これがロックや」と言い返していたのを覚えている。実際、そのとき、自分にとってストーンズよりも遙かにロックな存在だったのがCrosby, Stills, Nash & Young。特に『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)に続くように発表されたライヴ・アルバム、『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)にこそロックを感じていたものだ。だからなんだろう、余談になるかもしれないが、正直言ってしまえば、長い間、ストーンズのアルバムもビートルズのアルバムも1枚も持ってはいなかったし、アルバムとして彼らを聴いたことはなかった。

 どこかで、その気持ちは今も全く変わっていなくて、このアルバムに入っている「Southern Man」から「Ohio」にとてつもなくロックなエネルギーを感じるのだ。前者は南部の人種差別を糾弾した曲で、後者はオハイオ州立ケント大学で70年5月4日に起きた事件、軍隊による4人の学生射殺を歌ったもの。そのあたりの話は幾度かここでも書いていて、そのときの原稿はここここに書いているので、繰り返したくはないんだが、あの演奏や曲からあふれ出てくる鬼気迫るパワーに頭をぶん殴られたと言っていい。それぞれのメンバーが卓越したアーティストであり、ヴォーカリストであり、ギタリストでもある。その4人がまるでぶつかり合うように延々と繰り返すギター・バトルは今聴いてもゾクゾクさせられるのだ。

 おそらく、あの時代を最もヴィヴィッドに表出していたのが彼らの音楽で歌だったんだろう。彼らの歌には時代を変え、世界を変えるといった前向きな言葉が溢れていたと思うし、それこそが同時代の人々の声ではなかったかと思う。できれば、「サウンドを聴いただけで、音楽を聞いたつもり」になるのではなく彼らの歌をきちんと聞いて欲しいんだが、そこに反映されているのは、フラワー・ムーヴメントから生まれたオルタナティヴな考え方から、意識革命、そして、ヴェトナム反戦... そんな動きの最前線に彼らの歌があり、どこかであの時代やそのエネルギーを最も象徴していたのが彼らだった。

Neil Young その核にいたのが、今、振り返れば、ニール・ヤングだったのではないかと思う。それを端的に知らせてくれたのが、すでに60歳を超えた彼らが再び一緒になってやったツアーを記録した今回のDVD、『Deja Vu』だった。これを見ているとわかるのだが、発端はブッシュ体制によるイラク戦争にぶち切れた彼が数日間で作り上げてしまったアルバム、『Liveing With War』だったらしい。プロテスト・ソングどころか、「ジョージ・ブッシュ糾弾目的」以外の何ものでもないと言っていいだろう、このアルバムを、ニール・ヤングは、完成すると同時にインターネットで発表。誰もが自由に聞けるばかりではなく、ダウンロードしてCDも焼けるような形で披露していた。やってくれるよなぁ... と思う。利益だとか、商売だとか、音楽産業だとか... そんな常識をぶっ壊して、「歌を届ける」ことをやってのけたのが「過激」を売り物にしているパンクでもなんでもなく、60歳を超えたミュージシャンだ。もし、まだ聴いていないんだったら、今でもニール・ヤングがこのアルバムの発表とほぼ時を同じくして作ったサイト、アメリカの新聞USA Todayをパロったhttp://neilyoung.com/lwwtoday/で聴くことができる。加えて、もし、歌詞をチェックしたいのであれば、こちらをチェックしていただければ、これがどれほど政治的なアルバムかを理解できるはずだ。

 ともかく、それを知ったジャーナリストで、実際にイラク戦争が始まったときに幾度が現地に飛んで取材活動を続けていたマイク・セレーから連絡を受け、彼が同行取材する形で「Freedom of Speach(表現の自由)」と名付けられたツアーが始まっていた。もちろん、それを記録したのが今回手にした彼らのDVD、『Deja Vu』だ。史上最悪、最低の大統領が行っている犯罪をこのツアーで糾弾する目的を彼らが持っていたのは明らかだが、バックに政治家が潜んでいるわけでもない。これが政治に利用された「宣伝集会」でもないも明らかだ。なにせ、会場によってらしいんだが、チケットの値段は200ドルを超えていたらしいし、場所によっては350ドルなんて声も聞こえた。が、たかだかポップ・スターがブッシュにネガティヴなコメントをしただけで袋だたきにされたのが2003年のアメリカだったことを覚えている人も多いだろう。そのポップ・スターとはディクシー・チックスで、その騒ぎをドキュメントした映画が『Shut up and Sing(シャラップ・アンド・シング)』(国内盤 / US import)。これはまだ見ていないのでなんとも言えないんだが、あのヒステリックなほどに盲目的な「愛国主義」が戦争を助長させているのは間違いない。なにせ、「反戦」と口にすることさえもがはばかられていたアメリカは、終戦後のマッカーシー時代を思わせたものだ。少しでもリベラルな考え方を持っているだけで「共産主義者」という烙印を押され、数々のハリウッド・スターが映画界から追放されたのは有名な話だ。そのあたり、ロバート・デニーロが主演した映画、『真実の瞬間』やジョージ・クルーニーの『グッドナイト&グッドラック』が参考になるんだが、わずか2年前のアメリカでさえ、同じような空気が支配していたこと、同時、どこかで『希望』が生まれたことを伝えてくれるのがこの『Deja Vu』じゃないだろうか。

真実の瞬間(とき) このドキュメンタリーは、なぜ彼らがこのツアーをしたのか... そういった問いかけに応えるそれぞれのミュージシャンの声をきちんと伝えていくと同時に、「政治」と「音楽」がぶつかる現場への疑問も正面から取り上げている。彼らのみならず、会場にやってきた人たちからジャーナリストの反応を織り交ぜながらストレートに「答え」を映してくれるのだ。が、そんな疑問さえもがぶっ飛ばされるような現実を目を前にして、好むと好まざるにかかわらず「政治のなかに生きる」我々の現実を思い知らされるのがこのドキュメンタリーでもある。イラクを解放すると信じて戦場に向かった帰還兵達が幾人も登場し、彼らの葛藤を伝えると思えば、最後の曲のバックドロップに映し出される数多くの戦死兵達の写真を見つめながら、涙を隠せない母親がいる。その一方、コンサート会場で「大統領を告発する」という曲、「Let's Impeach the President」を歌ったときの敵意に満ちたオーディエンス達。特に南部ジョージア州アトランタでの反応は、わずか2年前のアメリカでさえ、いかに狂気に満ちていたかを否応なしに我々に伝えてくれるのだ。おそらく、それは、今でもそれほど変わってはいないだろう。それが「怖さ」でもある。

 その一方で、60歳を超えたミュージシャン達が真正面から闘いを挑むように、突き進んでいく様は爽快であると同時に、なぜ新しい世代のミュージシャンではなかったんだろうという疑問にもつながるのだ。おそらく、70年代のツアーで撮影されたんだろう、彼らが名曲「オハイオ」を歌う映像が挟み込まれていたり... と、そういった映像の数々がファンには単純に嬉しいんだが、あの時代ほっそりとして若く、血気盛んだった人たちが,メタボ体型をゆらせながら、今もこういった形で前線に出てくることに一抹の寂しさを感じなくもない。

 それでも嬉しいのは,新しい曲も含めて、彼らの歌がどこかで我々の思いとストレートにつながることだろう。誰かのコメントでも出てくるのだが、「一字一句がぴったりということはなくても、どこかで個人の想いと歌が重なるんだよ」といった言葉があった。その通りだと思う。今からほぼ40年ほど前の1970年に発表された『Déjà Vu(デジャヴ)』(国内盤 / US import)も『4 Way Street(4ウェイ・ストリート)』(国内盤 / US import)も、歌詞が少しでも理解できるようになると、それをいたく感じるし、イラク戦争を前後した狂気の時代に生きている人間にとって『Liveing With War』は、まさしく、自分の声でもあるように思えるのだ。そんな思いを共有できる場所がライヴであり、だからこそ、知らず知らずのうちに声を上げて歌い出してしまうんだろう。今回のDVDでライヴの様子を見ていると、「これこそ、私の気持ちなんだ!」という表情がオーディエンスからほとばしる瞬間を幾度も見ることができる。おそらく、自分があのツアーを取材できていたら、全く同じ反応を同じ曲で示していたのではないかと思う。

Soul Flower Union なかなか日本でそういったバンドにお目にかかることはないのだが、そんな数少ないバンドのひとつがソウル・フラワー・ユニオン。特に、『極東戦線異状なし!?』という曲で「この戦争を止めさせろ」というフレーズが出てくるのだが、ライヴになるとこれを一緒に歌いたくなってしまう気持ちとどこかで似ているんじゃないかと思う。

 さて、そのソウル・フラワーのアコースティック・パルチザンと呼ばれるユニットが20日のレイバー・フェスタに登場することになっているんだが、これには出かけていこうと思っている。すでに報道でも繰り返されているようにブラジルからの移民労働者や派遣労働者がまるでゴミのように捨てられて、合理化の名の下に首切りが当たり前のようにされている時代に、この会場でなにを体験できるのか、楽しみにしている。


投稿者 hanasan : 13:29 | コメント (0)

2008年11月01日

Wattstaxの夢が現実になるとき(後編)

Rosa Parks 今では信じられないかもしれないが、わずか45年ほど前までアメリカでは有色人種に、人間にとって当然の投票する権利が与えられてはいなかった。要するに、「民主主義の国」「平等の権利のある国」という看板を掲げ、他の国を軍事力で「解放してきた」とされるアメリカには「差別が合法的なもの」とする、まるで南アフリカのアパルトヘイトと同じような野蛮きわまりない体制が当たり前のように存在していたのだ。そのひとつが南部を中心に施行されていた人種隔離法だった。公共交通機関の列車やバス、学校から病院、ホテルに公衆便所にレストラン... どこでも白人が優先され、目を覆いたくなるような「差別」が公然と幅をきかせていたわけだ。

 それが最もひどかったのがかつて黒人を奴隷として扱っていた南部で、ある事件をきっかけに注目されることになったのがアラバマ州だった。実は、アメリカの時代を揺るがし、変革することになった「公民権運動」(有色人種の市民権を獲得する運動)の始まりは、この州のモンゴメリーに住んでいた42歳の女性、ローザ・パークスから始まっている。ご多分に漏れず、あの当時肌の色によってエリアを分けられていたのがバスの座席。しかも、白人乗客が増えると黒人は席を白人に譲らなければいけないとされていたのだが、1955年の12月1日、それを拒否したのがローザ。その結果として、彼女は逮捕され、それをきっかけにその地に住んでいた若者の牧師、マーティン・ルーサー・キングを中心とした黒人解放運動が全米に広がっていくことになる。そのローザのことを歌ったのが来日したばかりのネヴィル・ブラザーズの名作、『Yellow Moon』に収められている「シスター・ローザ」で、彼女の人生を映画化した作品で、現在、入手可能なのが『Rosa Parks Story』という作品だ。

the Neville Brothers 結局、彼女の動きに感銘を受けた地元の人たちによる1年にも及ぶバス・ボイコット運動が実り、全米からのサポートが加えられることによって、最終的に人種隔離法がアメリカの憲法に違反しているという決定につながっていくのだ。それによって、公民権運動、要するに黒人(有色人種)であっても選挙に投票できるようにする、人間にとって当然の権利を獲得する運動が拡大していくという流れなんだが、数行でこんな歴史を書けるものでじゃないのは明らかだ。なにせ最底辺に住んでいる多くの有色人種にとって公共交通機関は生活の足であり、それをボイコットするということは、現代に住む人間からいえば「あり得ない距離」を毎日のように歩かなければいけないことになる。今の我々にそんなことが可能かといえば、正直言って、不可能だろう。が、それをやってのけたのが彼らなのだ。

 そんな彼らを支え、闘う仲間の絆を深めていったのが歌だった。苦しみと絶望のなかから生まれ、自らに言い聞かせるように、そして、互いを励ますように歌われたのはゴスペルやブルース。その歌や音楽が放つエネルギーや影響は絶大だった。すでに音楽が商品としてしか認識されていないような時代や場所に生きている我々にはとうてい想像できないだろう。『ワッツタックス』にも姿を見せているザ・ステイプル・シンガーズや、インプレッションズにサム・クックといったゴスペルからソウル界にフォーク界ではプロテスト・ソングが脚光を浴び、PPMからジョーン・バエズ、そして、ボブ・ディランらが「民の声」を代弁していくようになるのだ。

 その運動の象徴的な出来事こそが、20万人を全米から集めた1963年8月28日のワシントン大行進であり、そこで行われたマーチン・ルーサー・キング牧師の演説、I Have A Dreamだった。もし、少しでも時間があれば、このリンクをクリックして、彼の演説を聞いて欲しいと思う。この演説がどれほどの意味を持ち、インパクトを与えたか... ブラック・ミュージックのみならず、リベラルだとされるアメリカ音楽を好きな人には、感じることができるはずだ。その後のジャズ、ブルース、ソウルの曲やアルバム・タイトルなどに幾度となく姿を見せるのがこの演説で聞こえてくるフレーズ。というよりは、この演説そのものが音楽的であり、歌であり、訴えなのだとさえも思うこともある。それほどに、この演説は素晴らしかった。

Stevie WOnder 面白いことに、これを初めて意識したのはスティーヴィー・ワンダーの名曲、「ハッピー・バースデイ」(ボブ・マーリーの影響を多分に受けて生まれたという『Hotter Than July』に収録)という12インチだった。キング牧師の誕生日をアメリカの祝日にしようというアピールを持って、これが発売された当時、B面に収録されていたのが彼の演説の数々。自らの死を予言したことで知られる「プロミスト・ランド」もここに含まれていたのだが、なによりも胸を打ったのはこのI Have A Dreamだった。今、きちんとワーディングされたものを見てみると、思っていたこと以上のことが語られているんだが、それでも、頭の中にこびりつくことになったのはこの下りだ。

『いつかかつての奴隷の息子達と奴隷所有者の息子達が、兄弟愛というテーブルにつけることを。 私の4人の子ども達がある日、肌の色ではなく人物の内容によって判断される国に住むことを。』

 そんな夢を「私は抱いている」と語っているのだが、今、アメリカの大統領選挙の日に、ひょっとすると、そんなキング牧師の夢の片鱗が形になろうとしているのではないかと期待してしまう自分がいる。もちろん、正直言って、アメリカの大統領にこれまでいかなる期待も希望も持ったことはなかった。民主党であれ、共和党であれ、鬼を選ぶか、悪魔を選ぶか... というのが大統領選挙だと思っているからだ。が、どこかで今回の選挙にはかない期待を持っているのを否定できない。これで、ひょっとすれば、アメリカに変化が訪れるのではないか...と、そんなはかない期待を胸に、あの選挙の結果を見つめていようと思う。



投稿者 hanasan : 14:53 | コメント (0)

2008年08月29日

Wattstaxの夢が現実になるとき(前編)

Wattstax 8月10日にソウル界の巨人、アイザック・ヘイズが亡くなったという一報が届いたときに、即座に思い浮かべたのは、ソウル映画、ドキュメンタリーの傑作、『ワッツタックス』だった。すでにこのDVDについては、3年ほど前にこのサイトでレヴューを残しているんだが、そのDVDのラスト近く、ジェシー・ジャクソン牧師の紹介でステージに登場するアイザック・ヘイズを収めたシーンの素晴らしいこと。イントロに登場するクチャクチャ、ワウワウのギターの音が、そして、あのリズムが一瞬にして会場の空気をがらりと変えてしまうところなど、あの公演から36年を経た今見ても、背筋がゾクゾクするほどのインパクトを与えてくれる。10万人のオーディエンスとの演奏や演説を通じてのコール・アンド・レスポンスや、どこかで静かに沸騰するようなエネルギーが会場に渦巻いているところから、否応なしに感じるのは異彩を放つ時代の息吹。その全てがここに封入されていると言っていいだろう。

 というので、そのDVDを探したんだけど、見あたらない... いつものことなんだが、きちんと整理をしていないのか、あるいは、誰かに貸してしまってなくしてしまったのか... 結局、再び注文してしまうことになったんだが、嬉しかったのは廉価で国内盤が再発されていたこと。以前購入していたのはアメリカ盤で、それなりに理解ができるんだが、ディテールについていうならば、やはり字幕がついている方が嬉しい。すでに記憶が定かではないんだが、そのアメリカ盤にも収録されていたボーナス映像もこれでゆっくりチェックできる。あのときはチェックすることがなかった、パブリック・エナミーのチャックDとソウル史の研究家、ロブ・ボウマンによる音声解説やこのドキュメンタリーの監督、メル・スチュワートに、この映画の顔でもある、そして、つい先日亡くなったばかりのアイザック・ヘイズによる音声解説もまた、さらに新しい世界への扉を開いてくれることになるだろうと思う。

the Staple Singers そのDVDが届いて、早速それを見ながら、これを書き始めていたんだが、どうも集中して原稿を書けない。AVセレクターからアンプにつないだスピーカーを通して音楽を聴き、流し目で画面を見ながらというのが良くないのは当然のこと。ついつい画面に引き込まれてしまうのだ。それほどまでのエネルギーがここに詰め込まれているということなんだろう。同時に、そのエネルギーが向かった先のことを考えると、夢を体験すること亡くなくなってしまったアーティスト達に同情してしまうのだ。

 このDVDにボーナス・トラックとしてほぼ全編の演奏が収録されているアルバート・キングは1992年に他界し、この映画で「Respect Yourselfe - 自らを尊敬しよう....というよりは、胸を張れといった方がいいと思う」(『Bealtitude』に収録)という名曲を演奏しているザ・ステイプル・シンガーズの父、ポップス・ステイプルズは2000年にこの世を去っている。結局、ザ・ステイプル・シンガーズはそれを契機にその歴史にピリオドを打つことになり、その軌跡を継ぐように活動を続けているのが娘のメイヴィス・ステイプルズ。今も精力的に動いているようで、最近はライ・クーダーをプロデューサーに『We'll Never Turn Back』というとんでもない傑作を生み出してくれているんだが、そのアルバムで公民権運動時代を振り返り、「闘いを続け、後戻りはしない」と聴く人たちに、そして、自分にも言い聞かせているあたりに、『ワッツタックス』と同じエネルギーと今につながる彼らの「闘いの歴史」を感じるのだ。

Mavis StapleDo The Funky Chicken』で一世を風靡した、ちょいとコミカルなタッチも感じさせるルーファス・トーマスが亡くなったのは2001年で、『ワッツタックス』の映画での進行役を務めながら、ブラック・ジョークで時代をえぐっていたコメディアン、ブリチャード・プライヤーも2005年に他界している。この映画で歌われている名曲「If Loving You Is Wrong I Don't Want to Be Right」(『The Best of...』に収録)を残したルーサー・イングラムも昨年亡くなった。ご存知の人も多いと思うのだが、ロッド・スチュワートが『Foot Loose & Fancy Free』でカバーしたのがあの名曲だ。そして、今月、心臓発作で亡くなったのが、ブラック・パワーの時代を象徴した映画『Shaft(邦題 : 黒いジャガー)』のテーマ、そして、この『ワッツタックス』の看板と呼べる曲を歌っているアイザック・ヘイズということになる。

 そんな彼らが、おそらく夢にまで見ただろう、時代がすぐそこにまで来ているような気がするのだ。このワッツタックスがLAコロシアム(二度のロサンゼルス・オリンピックの開会式で使われた会場)で開催されたのは1972年8月20日。今から36年前なんだが、この時代に、アメリカ大統領選に有色人種が登場することなど、想像もできなかっただろう。いうまでもなく、有色人種が言葉にできないほどの差別を受けていた時代の、どこかで「抵抗運動のシンボル」としてこれがあったように思うのだが、これがなぜ開かれたかを知るには1955年にまでさかのぼる公民権運動に目を向けないわけにはいかない。そのあたりのことは、後編として、数日後に書いてみようと思う。


投稿者 hanasan : 11:21 | コメント (0)

2008年02月20日

これが軍隊だろ? 沖縄で、岩国で...

グアンタナモ、僕達が見た真実 我々日本人を人間とも思わず、レイプし、愚弄している人間達の素顔だろ? と、そう思う。たった今、『グアンタナモ、僕達が見た真実』という映画のDVDを見て、軍隊なんぞ、そんなもの以外ないじゃないかという思いを強くしてしまった。

 本当は映画館で見たいと思っていたんだが、なかなかチャンスがなくて、DVDを取り寄せて、やっと見ることができたのがこの『グアンタナモ、僕達が見た真実』。当然ながら、これは映画であり、「真実」ではないし、ドキュメンタリーではない。演出もあれば、脚色もあるだろう。が、「真実」に基づいた話であり、多分に「真実」を語りかけてくれているだろうと察する。というよりは、逆に、「真実」はこれよりも残酷で、嫌悪感を催させ、吐き気まで感じるものではなかったかと思う。というか、そう想定する方が、遙かに論理的に正当性を持つと思えるのだ。ニュースを通じて、イラクの監獄で「アルカイダの兵士」とされた人たちがどういった扱いを受けていたかを、嫌というほど知らしめられてきたし、「あれが作り事だった」とはとうてい思えないからだ。

 おっと、こんな話を続けても『グアンタナモ、僕達が見た真実』がなにかを全く知らない人には全く話が通じないと思うんだが、これは、イギリスからパキスタンに渡り、「どんな感じか見てみようぜ」とアフガニスタンに向かったイギリス人の若者達に起こった話を映画にしたもの。彼らが「アルカイダの兵士」と見なされた後、北部同盟に拘束され、アメリカ軍に引き渡されてキューバにある米軍基地、グアンタナモに2年以上にわたって不当に拘束されていたというストーリーをベースにしているんだそうな。

 そこでなにが行われていたか... 押して察するべし.. だろう。どう考えても拷問以外の何物でもない扱いを受けたのがこの若者達。あまりに当然のように「人権」が無視され、脅迫の下での自白を迫られる。中国だとか、ミャンマーに対して「民主化」を要求している「民主主義の国」「自由な国」アメリカの正規の軍隊がここでなにをしているかと言えば、戦前の日本の軍部、特高と一切違いはない。でっち上げでつるし上げ、拷問を繰り返して自白を迫る... ひょっとして、日本の警察もそんなものなんだろうなぁと思うし、そんな事件が幾度も報じられている。いつかうちにやってきた公安が、まるでやくざのように自分を「脅した」こともあったし、正直言って、「こいつらやくざより怖いなぁ」と思ったもんだ。「戦時中」だとか、「特別な状況下」だからという言い訳で、軍隊や警察に自分たちがどんな目に合わされるかと想像すると、人ごとだとは思えない。

 いつも思うことなんだが、軍隊や警察は「国民」を守るために存在するのではない。彼らは「国」を守るのであり、その犠牲にされるのが「国」を成している「民」なのだ。だからこそ、「国防」のためという言い訳で、独立している日本に「外国の軍隊」がふんぞり返り、国民をまるで虫けらのように扱っているのだ。

 百歩譲って、ひとりひとりの「兵隊さん」は悪い人じゃあないってのを認めてもいい。が、思い出せばいい。戦前だってそうだったろ? その「いい兵隊さん」がどれほどの殺戮を犯してきたのか? 軍隊や警察は「国を守る」という信仰の下で、そういった犯罪を「簡単に正当化」できる存在なのだということを肝に銘じなければいけない。だからこそ、我々は「そんな権力から全く力ない自分たちを守るもの」として法律をとらえなければいけないと思う。ところが、「管理」を目的とした法律ばかりが幅をきかせ、「我々を守る」憲法が民主主義からは遙か遠い「国民投票法」で変えられようとしていることを「恐怖」として認識しなければいけないと思う。

 ともかく、あの映画に出てきたのが米軍のマリーンという奴らだ。彼らがこの国にどれほど存在するのか? なんでも米兵が基地の外には外出できないという「お達しを受けた」という報道がされたようだが、その数が3万人なんだとか。そんな連中、この国から出て行けばそれですむことだろうに。民の面倒を顧みない政府が我々の税金で養っている連中が日本から出て行けばそれで十分事足りるのだ。

 日本の国防は? という問いかけがあるのなら、民を食わせられない国には「国防」なんぞ存在しませんよ。やれ、中国からの毒餃子だとか、農薬野菜だと騒ぐ前に、我々がどれほどの毒を食わされているのかを考えればいいだろう。誰のせいだい? 日本の農業を殺したのは政府と役人と政治家どもだろうが。その結果生まれてきた食品偽装なんぞ、珍しくもないんじゃないの? 自然と生きることなく、バランスを欠いた生活を我々に押しつけて、なにが「食の安全」で「国防」なんだ? しかも、エコだなんだとかいながら、無駄なCD2を生む産業で「経済」を求め、異様の量のCD2を生み出す輸入食物に依存しているこの国を司る政治家のどこに「国防」意識があるんだい? 

 挙げ句の果てに、最新鋭の軍艦が民を殺しかけているんだろ? (すでになくなられているかもしれないと危惧している)警官は拳銃で自殺するわ、自衛隊員が犯罪を犯すって報道がどれほどなされているか? そんな連中がホントに「民」を守ってくれると、あなたたちは真剣に信じているんでしょうかね? 災害となったら、やたらと強調される自衛隊。やって当たり前のことをして、騒ぐことなんてありませんわ。ところが、使いもしない武器のために血税を吸い取られて、貧しさを押しつけられているのが国民だ。自衛隊の存在そのものが「罪悪」なんですよ。実戦になったら、使い物にもならない最新鋭艦を買う金があれば、どれだけの人間が生き残れるか? そんな計算、ガキにもできるぜ。

 と、わずか一本の映画からここまで思える私って、かなりおめでたい。最近BBSに大量のスパムが送り届けられるのは、おそらく、本音を書いていることへの嫌がらせなんだろうなぁ。でも、あんなもの、いつだってなくしてしまえば、それでむだけの話だから、全然気にしてませんけど。


投稿者 hanasan : 05:08 | コメント (0)

2008年02月15日

Soul Flower Union - 辺野古の闘いは続く

Soul Flower Union これから数時間後にビョークの撮影のためにソウルに飛ぶことになっているので、あまり時間がないんだが、できるだけ早くこのことは伝えておかないといけないと思うので、簡単にですが、書き残しておきます。

 1月13日にここで書き残しているように、ソウル・フラワー・ユニオン / ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのピース・ミュージック・フェスタ!辺野古2007でのライヴがDVDとして3月5日に発表される。発売日が決まって、どんな内容になるか、中川君から連絡をいただいたので、ちょっと説明しておこうと思う。

 なにせ、これはただのライヴ映像ではないのだ。もちろん、ライヴの様子は全てここに収められているのだが、できるだけ「辺野古」を巡る状況を伝えようと、ここには『アメリカの戦争と日本』という、藤本幸久監督による短篇ドキュメンタリーが収録されている。本土にいたら、沖縄が直面している現実をなかなか肌で感じることはできないんだが、少しでもそれを知ってもらおうという試みだと思う。

 さらには、小林アツシ監督映画の作品、『基地はいらない、どこにも』の予告編から、昨年暮れに神戸の長田神社で演奏されたソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンによる『辺野古節』のライヴ映像など、てんこ盛りとなっている。

 それどころか、美しい浜と醜い現実に触発されて生まれた名曲『辺野古節』4ヴァージョンも収録されたCDもおまけで付いてくるといった具合で、これが単純な商品ではないこともわかってもらえると思う。

 すでにamazonで予約が始まっているのだが、嬉しいことに現時点で3000円弱でこれを買うことができる。ぜひ、買ってください。そして、音楽がどれほどの力を持っているのか、沖縄や辺野古がどんな状況に直面しているのかを感じて欲しいと思う。

 その沖縄で、先日、米兵が14歳の少女をレイプした事件が報じられたのを知っている人も多いだろう。表面に出てくるのは氷山の一角にしか過ぎないことは地元の人なら知っているはず。こんなことが許されてたまるかと思う。しかも、イージス艦の艦長がこれを聞いてぬかしやがった言葉にまたぶち切れた。正確に彼が言ったのはI'm sorry to hear thatですよ。訳を見れば、「非常に遺憾に思います」となっていたけど、違うよ。「残念ですね、そんなことを耳にするのは」と、人ごとなんだよ。

 日本から米軍基地を全てなくすべきです。日本は独立した国であり、なんでこの国に外国の軍隊がふんぞり返り、そんな連中のためにとんでもない額の税金が使われなくてはいけないのか? 医療保険も払えない、極貧にあえぐ人たちが飢えで亡くなったり、一家心中しているという現実があるのに、あいつらが俺たちの税金でのうのうと生活しているのを見ると胸くそ悪くなる。

 俺たちはこんな状況をいつまで許しているの? 変えようよ。普通に生きる人たちの視線で政治に責任を持つ人を僕らで選ぼう。選挙に行こう。声を上げようと、いつも思います。


投稿者 hanasan : 08:42 | コメント (0)

2008年01月18日

不都合な真実とMarvin Gaye

Marvin Gaye iPod Touchの容量はわずか16GBと、すでに120GBほどになったコンピュータのiTunesデータを全て持ち歩くのは不可能だ。とはいっても、今のところ、160GBのiPod Classicまで買う余裕はないので、iPod Touchがメインの携帯音楽プレイヤーとなっている。だから、ここには絞りに絞って選び出した、大好きなアルバムや気に入った曲を入れていて、ときおり、友人のバーでこれを使ってDJなんぞをすることもあるんだが、基本的にはこれで充分だと思っている。

 そういった携帯プレイヤーの果たした役割で最も大きかったのは、音楽を家の中から持ち出すのを可能にしたことじゃないかと思っている。初めてウォークマンが登場したのは78年か、79年ではなかったかと思うが、人気のない地下鉄の通路で聞いたマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』にはゾクゾクさせられたのを覚えている。また、初めて日本を離れて向かったイギリスのトーキーという、観光客が集まる町の海辺のホテル街で聞いたイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』もなぜか染みたものだ。

 携帯用の音楽プレイヤーが『音楽』にもたらした功罪は、またの機会に書くことがあると思うんだが、旅の途中、電車やバスの窓の向こうに流れる景色をぼんやりと見ながら、音楽を聴くことができるようになったのは単純に嬉しいし、そんなときになにかがひらめくように自分の中にすう〜っと入り込んでくることがある。今回は米子からバズで大阪に向かっているときに聞いた「マーシー・マーシー・ミー 〜 アイ・ウォン・ユー」がそうだった。といっても、これはロバート・パーマーによるカバーで、iPod Touchに入れているのはそのシングル・ヴァージョン。おそらく、今ではそのヴァージョンは入手が難しいはずで、似たヴァージョンは彼のアルバム、『Don't Explain』で聞くことができる。といっても、かつては後半部分の『アイ・ウォンと・ユー』での彼のヴォーカルの壮絶なまでの迫力にふるえたんだが、今回は前半の『マーシー・マーシー・ミー』の言葉が引っかかった。というので、同じiPod Touchに入れているマーヴィン・ゲイのオリジナル、『What's Going on』をじっくりと聞くことになるのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell おそらく、この『What's Going on』を史上最高のアルバムの1枚にあげる人は自分ひとりではないだろう。特にヴェトナム戦争時代に真正面から『反戦』を歌ったこの曲の意味を知っている人にとって、さらには、このアルバムが生まれたいきさつを少しでも知っている人にとって、ことさらその意味は大きいと思うのだ。簡単に過ぎるかもしれないが、少しだけその流れを説明してみると、このアルバムが生まれる以前、スターとして彼が地位を確立したのはタミー・テレルとのデュエットで、それをまとめたのが『The Complete Duets』というアルバム。が、その一作目となる『United / You're All I Need』(これは、2枚目の『You're All I Need』を一緒にした2 in 1のCD)の時点ですでにタミーは脳腫瘍に冒されていたらしく、名曲「Ain't No Mountain High Enough」の大ヒットを受けてライヴをやっていた最中に彼女がステージで倒れるといった事態があったんだそうな。だから、2枚目の『You're All I Need』ではありものの録音にマーヴィンが彼の声を重ねたり、病床を抜け出して車椅子でレコーディングにやってきたタミーが録音したなんてこともあったという。そのあたりの事情は以前、ここに書いているので、割愛するけど、70年の3月16日に彼女は24歳の若さで他界。そのショックに加えて、ヴェトナム戦争から帰還した弟の経験を知った彼が、それまでのモータウン... どころか、ソウル界にはなかったアルバムの制作に向かっていくのだ。言うまでもなく、その結実が『What's Going on』だった。

 以前のアルバムといえば、ヒット曲の寄せ集めのようなものばかりだったのに、この作品ではマーヴィン自身がプロデュースを担当し、アルバム全体を流れるコンセプトが明確に打ち出されているのだ。その1曲目はヴェトナム戦争に対して明白に「NO」と突きつけたタイトル・トラック。そのタイトルを日本語に置き換えれば、「いったい、どうなっちまったんだい?」といったニュアンスが正しいんだろう。なんでも、フレーズのひとつにマーヴィンから父へのメッセージが込められているという話もあるのだが、そうではあっても、おおきな戦争が起こる度にこの曲がラジオから流れるのは、そんな「歌の意味」に理由がある。おそらく、どこかにDJや放送関係者の良心が込められているんだろう。とはいっても、このアルバムが発表された当時、あの曲に付けられた邦題が『愛のゆくえ』だったというのが、どこかで、悲しくなってしまうのだ。もっと他に選択肢はなかったんだろうか? それではアルバムに込められた『意味』がまるで伝わらない。ひょとして、そのせいなのか、まだ、中学生から高校生となった頃の自分にとって、この曲がそれほど強烈な『思い』の込められた歌だとは思えなくて、単純にラヴ・ソングのように聞こえていたものだ。

 この『What's Going on』の意味を理解できたのは80年頃だったと思う。イギリスでNMEという音楽新聞が歴史を通じたベスト・アルバムというコンセプトの元に特集を組んだとき、No.1として選ばれていたのがこのアルバム。なぜなんだろうと、きちんと聞いたことに加えて、ある程度英語を理解することができていたことが助けてくれたんだと思う。もちろん、そのときには、タイトル・トラックと並んでジ・エコロジーと副題の付けられた「マーシー・マーシー・ミー」の意味も理解していたつもりだった。ところが、それが染みるように伝わったのは今回。前述の米子から大阪へのバスの車中だった

「なにもかもが以前のようではなくなった。青い空はどこへ行ったんだろう。毒が風に乗って北から、南から、そして、東から流れてくる。廃棄物の油が大洋を汚し、それが広がる海で魚たちは救いを求めている。放射能汚染は地上から空へと広がり、土地は人であふれかえる。人類の愚行に地球はどれほど耐えることができるんだろうか...」

Marvin Gaye と、まぁ、簡単に訳してしまえばそうなるんだろうけど、あのアルバムが録音された1970年にマーヴィン・ゲイは実にシリアスな警告を私たちに発していたことに気がつくのだ。おそらく、この歌が染みてしまったのは、ここ数年、誰もが口にし始めた温暖化現象といった「地球の危機」を、少なからず自分自身がおそれているからなのではないかと思うのだ。

 そして、大阪から帰京した翌日だったか、合衆国の前大統領候補だったアル・ゴアがノーベル賞を取ることになった映画『不都合な真実』を見ることになる。直感として迫っていた『人類の終わり』を、あるいは、経験で『実感』していたそれを、実際に撮影された映像やデータで『確信』していくことになるのだ。正直言ってしまえば、そのときが近いだろうことは感じていたんだが、おそらく、それは自分がこの世を去ってからのことではないかと想定していたのが『人類の終わり』だった。が、これを見ると、おそらく、自分がそれを生きて体験することになるように思えてしまうのだ。すでにツバルからモルジブといった島国は国が海の藻屑となっていく事態に直面しているということは、たいていの人なら知っているだろう。そればかりではなく、海流の変化によって生まれる生態系の変化が我々の生活に壊滅的なダメージを与えていくはずだし、その兆候は誰もが『感じている』はずだ。こんな時に愚の骨頂である戦争をやっているバカ野郎たちがいる。また、『経済』や『繁栄』を『正義』だと思っている間抜けたちがいる。救いようのないアホどもが権力を握り、人類を死地に追いやっているのが手にとるようにわかるのだ。

 この映画で繰り返している講演のなかでアル・ゴアが口にする言葉が印象的だったんだが、「今、すぐにでも実行できることをやるだけで、少なくとも1970年の状態にまでは戻すことができる」というのだ。が、その1970年とはマーヴィン・ゲイがこの名作、『What's Going on』を録音した頃。そのときでさえ、彼は「マーシー・マーシー・ミー」と助けを求めていたのではないのか? 公害やスモッグから放射能汚染... 彼がそういった危機感を感じ、認識していた時代にしかさかのぼれないのだ。

 今回、この曲を聴き、そして、あの映画を見て、また思ってしまうのだ。我々はなんという愚行を繰り返しているのだろうか。取り返しの付かないことをしている自分たちの足下をきちんと見つめなければいけない。少しでも生き延びるために行動しなければいけない。そんな思いをいっそう強くすることになるのだ。


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2008年01月06日

Fermin Muguruzaの写真集付きDVD到着

Fermin Muguruza ずいぶん前にフェルミン・ムグルサから連絡があって、「今度写真集を出すんで、写真を使わせてもらえないか」と依頼を受けていた。もちろん、速攻でOKの返事を出しているんだが、どんなものが出てくるんだろうと思っていたら、あれから数ヶ月を経て仕上がった作品が届いた。タイトルはシンプルに「Fermin Muguruza "Afro-Basque Fire Brigade" Tour 2007」となっていて、サイズはほぼ7インチのアナログ盤で、厚さは表紙を含めて1.5cm。約200ページに及ぶワールド・ツアーの記録が写真集として構成されていて、最後にDVDがつけられている。

 このDVDは18/98と名付けられた2006年のツアーのチャプター、2007年のツアーのライヴ映像のセレクションに加えて、ロード・ムーヴィーの名の下に50分によるドキュメンタリーも収録されている。これ一冊でフェルミン・ムグルサと彼のバンドが世界中でどんな活動をしていたのかが手にとるようにわかるのが嬉しい。

 自分の写真が使用されているのは今年4月にスペインの南部、バルセロナとヴァレンシアの中間あたりで開催されたヴィーニャ・ロック・フェスティヴァルで彼らと合流して向かった、フェルミンの地元、バスク・カントリーのパンプローナにあるトーテムという小屋での写真とフジ・ロックのオレンジ・コートに出演したときの作品で、わずかに4点。ひょっとしたら、表紙に使われているものの1点もそうかもしれないが、定かではない。本音を言えば、他にもいい写真はあったんだけど、これは彼のセンスなんだろう。だから、全く文句を言うつもりはない。なによりも、作品を掲載してくれたこと、そして、きちんと自分の名をクレジットしてくれているのが嬉しい。

Fermin Muguruza 単純に個人的なレベルでいえば、自分の友人や仲間たちがちらほら顔を覗かせているのが嬉しいのだが、大きな発見は写真集としての出来の良さと同時に、フェルミン・ムグルサという人物が我々の想像を遙かに超えて世界中で支持されていることを再認識させてくれることだろう。彼らがツアーしているのはヨーロッパはもちろん、その東の端とも言えるロシアからキューバを含む中南米にアジア。本当は、中国もツアーの地として計画されていたのだが、ドタキャンとなったという話も届いている。いずれにせよ、彼らが英米のバンドの「ワールド・ツアー」を遙かに超えるエリアを旅しているのが面白いのだ。

 しかも、ライヴの会場には数万人を集めるフェスティヴァルからデモや集会までもが含まれる。そこに力ある音楽、リアリティある音楽を垣間見ることができる。彼らの音楽がどこから生まれ、どういった広がりを見せているのか... それが要だと思うのだ。

 加えて、写真集には彼らの視線が見える。この写真集に掲載されているのは単純に彼らのライヴの模様だけではなく、旅の記録もあれば、それぞれの地で彼らが目にした、体験したことが含まれている。通りにたたずむホームレスや眠りこけるサラリーマン。カフェの壁に書かれたジョー・ストラマーの絵から、山のように積み上げられた中古テレビ... 何げない日常をどう見るか、なにを見るか、そこになにかを感じさせるのだ。それがなにかを雄弁に語りかけてくる。かっちりとしたライヴの写真であろうと、ちょいとピンぼけでも同じこと。それが写真であろうと、音楽であろうと、文章であろうと、変わらないと思うのだ。その視線を持つなにかに自分は共鳴しているように思える。

 いろいろ検索してみたんだが、日本でこれを入手するのは、難しそうなんだが、ひょっとしたら、どこかで手にはいるかもしれません。気になる人はチェックしてみてくださいな。


投稿者 hanasan : 15:02 | コメント (0)

2007年12月02日

よみがえれ、ハイド・パークの感動!

Hyde Park Music Festival この「ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァル」の中心人物のひとり、トムズ・キャビンの麻田浩さんとは、ジャクソン・ブラウンの来日公演などで何度も出会っていたし、ときおり話をしていたんだが、けっこう仲良くなったのはサウスバイ・サウスウエストに三味線をベースとしたミュージシャンを連れていったときではないかと思う。極私的なことなんだが、彼がアメリカに渡った60年代、最も見たかったひとりがミシシッピー・ジョン・ハートだったという話を聞いたときに、「つながり」を感じて実に嬉しかったものだ。なにせ、自分の人生の中で最も大切なミュージシャンのひとりがこのちっぽけな老人で、彼が他界する前に残した最後のアルバム、文字通りの『Last Sessions』は、今もよく聴く名作だ。その件についてはここに書き残しているし、初めて彼が動く映像を目にしたDVD『Rainbow Quest』で、実際の彼が想像通りの人だったのがわかってめちゃくちゃ嬉しかったものだ。

 その麻田さんが日本の伝統的な音楽を真正面からアメリカにぶつけたいということで、三味線ツアーを企画したんだが、そのときに彼に勧めたのがライナーも書くことになったうめ吉で、そのグループ御一行、全6アーティストの舞台でMCをやってくれないかと頼まれている。アメリカをミュージシャンとツアーするなんてめちゃくちゃ楽しいじゃないかと、速攻でOKを出していて、そのときのことは幾度か、ここで書き残しているから、覚えている人もいるかもしれない。その彼からしばらくして、ハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルを立ち上げるので手を貸して欲しいというようなことをお願いされたと思う。

Hosono House そのハイド・パークというのは戦後、進駐軍がつけた名前で、本当の名前は稲荷山公園。といっても、我々の世代のロック・ファンにとってみれば、細野晴臣の傑作『Hosono House』が録音された場所、そして、当時、多くのミュージシャンやデザイナーが集まっていた場所として記憶に残っている。あの頃は、彼等が「狭山の米軍ハウス」に住んでいるという話が伝わっただけで、ハイド・パークも稲荷山公園も知らなかったというのが正直なところですが。

 今もこのエリアに住む麻田さんや地元の仲間たちが、当時のシーンにゆかりあるミュージシャンを中心としたフェスティヴァルを企画。それに手を貸してくれというので、大喜びで手伝わせてもらうことになった。我々がやったのは会場から速攻でレポートをウェッブで発信していくエキスプレスの作業で、Smashing MagFuji Rock Expressのスタッフがその中心になっている。その結果はHyde Park Expressで今もチェックできることができるんだが、ちょっとした問題があって、現在、05年版については修復中となっている。06年版は問題ないんですけどね。

  その05年版のDVDがでる出ると耳にしたのはずいぶん昔のようにも思うし、昨年のフェスティヴァルでも注文をとっているように思うんだが、先日、やっと完成品がうちに届けられた。その一部、細野晴臣のライヴの模様に関しては、すでに昨年の9月に発表された『東京シャイネス(初回限定盤)』におまけとして付いていたDVDで見ることができる。とはいっても、文字通り、これは初回限定盤なので、すでに入手するのはかなり難しいようで、なかにはとんでもない値段をつけて売っている中古盤屋さんもあるようだ。

Hary Hosono あのときのライヴがあまりに感動的だったこともあって、『東京シャイネス(初回限定盤)』については発売前から注文。当然、うちのDVDコレクションにはこれがある。ここにはあの日のライヴの模様が全て収録されていて、単純に細野ファンであるだけだったら、これを持っていたらそれで充分だろう。が、あのとき、あの場所にいた人だったら、きっとわかると思うんだが、あるアーティストの演奏が「感動的だった」ということを遙かに超えた「なにか」がここにあったように思う。

 もちろん、そこになんらかのノスタルジアもあったのは確か。なにせ遙かに20数年を超えるギャップを経て見ることになったのが小坂忠であったり、鈴木茂だった。茂の場合は、エンケン(遠藤賢司)のバックで演奏している様子などを見てはいるんだが、彼自身の曲を演奏するのを見たのは30数年前が最後ではないかと思う。記憶をたどっていけば、おそらく、はっぴぃえんどの時代。ソロになってからの彼のライヴを見たことはなかったというのに、あの日、彼がいきなり「スノー・エキスプレス」(名作『バンド・ワゴン』収録)でライヴに突入して、「微熱少年」から、はっぴぃえんどで見て以来の「花いちもんめ」までを演奏するのを見ることになるのだ。あの曲が聞こえてきたときの感激をなんと書けばいいんだろう... 一瞬で身体中の血流が激しくなって、背筋がゾッとして... といった感じかなぁ。上手近くて見ていた女の子がキャァ〜って声を上げたのが記憶に残っているんだが、どこかで自分の中にもそんな気持ちがあったように思う。生で見る、聞く、はっぴぃえんどの名曲は、やはり特別なものだったのだ。

Band Wagon あの時の茂の演奏を撮影したのは自分で、そのときのフォト・レポートはここで確認可能だ。あまり点数は使ってはいないんだが、あのときの感動がどこかでここに封じ込められているようにも思う。とはいっても、なにが理由なんだろう、そのときの茂の映像がこのDVDには全く収録されていないのが実に不満なのだ。なんでだろうなぁ... 自分にとって、細野晴臣と並んで、あれがどこかでピークだったから、なんかやるせない。

 とはいっても、小坂忠の演奏は「機関車」と「夕方ラヴ」(共に名作『ほうろう』収録。ちなみに前者が最初に登場したのは、ミッキー・カーティスがプロデュースした『ありがとう』)といった名曲が入っているし、細野晴臣と小坂忠が一緒にステージに立った2日目の最後、『ありがとう』を一緒に歌ったシーンもここには収録されている。その他にも、今も精力的に活動を続けるセンチメンタル・シティ・ロマンスは「うちわもめ」(細野プロデュースによるデビュー・アルバム『センチメンタル・シティ・ロマンス』収録)とはっぴぃのカバー、「はいからはくち」をここで楽しむことができる。彼等のアルバムで最も好きなのは、一度CD化されたきりですでに入手不能となっている『シティ・マジック』で、この中に収録されている名曲、「夏の日の思い出」も演奏してくれたんだが、残念ながらDVDにそれは見あたらない。

 まぁ、いろいろと個人的な思い入れのある当時の歌がいろいろあるんだけど、アーリー・タイムス・ストリングス・バンドが、やはりこの街とは切っても切れない縁のある西岡恭蔵へのトリビュートとして「我が心のヤスガーズ・ファーム」と「プカプカ」を演奏していて、それが収録されているのが嬉しかったり、マーク・ベノやエリック・アンダーソンが登場したり... と、全体をまんべんなく映像として残してくれたということが、まずは嬉しい。それに客席からはなかなか見えなかったステージ裏の表情やミュージシャンたちがここでの演奏をどれほど楽しみにしていたかが、そういった映像を通して伝わってくるのが嬉しい。

 そんなラインナップや演奏そのものよりも、こうした映像で思い出させてくれるのがここで繰り広げられた数々のドラマ。すがすがしく気持ちよかったあの日の朝の光景、そして、森の中でしか味わえない空気や、真夏の日差しがまぶしかった1日目の午後、そして、まるで会場の中に川でもできたのかと思えるほどの通り雨... とは呼べないほどの大雨に見舞われた2日目のことや、細野晴臣がステージに姿を見せる頃になるとそれが嘘だったかのように思える夜空が姿を見せてくれたといった、誰にもコントロールができなかっただろう、自然の演出がこのDVDを見ていると見事に甦ってくる。

 しかも、そんなドラマを支えたのが、実は、天候や自然ばかりではなく、この日、ここに集まってきた無数の人たちが生み出した得体の知れないエネルギーであることも、これを見ていると、やはりわかってしまうのだ。それをうまく書いてくれた天辰保文さんのライナーの素晴らしこと。さらに加えて、このDVDが当たり前のレコード会社ではなく、このフェスティヴァルを実現させた人たちの手によって制作され、販売されていることも嬉しい。逆に、だからこそ、なんとかしてサポートしてあげなければと思うのだ。なにせ、昨年の赤字で今年は開催されなかったのがこのフェスティヴァル。なんとかこれで赤字を埋めたいと言うんだが、これが売れなければ、また来年もこのフェスティヴァルが戻ってこないかもしれない。あれほど幸せな時間を生み出してくれたフェスティヴァルがなくなるのは、実につらい。そんな意味でも、みなさんにこれを見ていただければと思う。


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2007年11月19日

Glastonbury FestivalのDVDが届きました

Glastonbury Festival もうずいぶん昔にこの映画『Glastonbury The Film』(国内盤 / 輸入盤)については触れている。確か、昨年の4月にロンドンで公開された日にこれを見ていて、その時に書き残したものはここでチェックできる。セックス・ピストルズのセミ・ドキュメンタリーといった感じの映画『Great Rock'n'Roll Swindle』(国内盤 / 輸入盤)でデビューすることになったジュリアン・テンプル監督による作品で、イギリスのフェスティヴァル、グラストンバリーを、おそらく、最も完璧に近い形で描いたドキュメンタリーと言っていいだろう、この作品がこれでやっと日本にDVDで姿を見せたことになる。といっても、今買えばちょっと安めなんだが、日本で買うDVDはなんでこんなに高いんだろう。

 今、UKでのamazonで値段をチェックしてみたんだが、約7ポンドと、同じ二枚組で1500円もしない値段で購入することが出来るし、同じ作品のアメリカ盤を日本でも3000円以下で入手することが出来る。このあたりの価格の問題って、なんとかならないんだろうかと思う。ちなみに、イギリスでは本が一緒になったデラックス盤というのもあるようで、こちらが日本での価格に近いのがわかる。ちなみに、amazonでは、これを書き始めた11月19日の段階で26%オフとなっているので、欲しい人は今のうちに買っておく方がいいように思う。

 このサンプルが届いた日のこと、パッケージを開けてビックリするのだが、許諾も与えていない自分の原稿がブックレットに使われているのだ。これには、正直言って、ぶち切れた。こういった原稿を執筆すること、写真を撮影して、その著作物の使用料を生活の糧としている我々フリーの写真家、ジャーナリストにとって、これは窃盗被害にも匹敵する行為に映る。かつても、自分の原稿が無許可で使用料も受け取れずに書籍で使われていたことがあるし、まるで盗作のような形で使われて一銭ももらえなかったことがあるんだが、こんなことが許されていいわけはない。

 以前だったら、まぁ、いいかぁと思う自分がいたんだが、今回は、さすがに黙ってはいなかった。元々あの原稿はあの作品が映画として発表されたときのパンフレット用に執筆したもので、DVDに転用されるなんて話は聞いていない。著作物についてはどんな媒体であれ、「使用する」度にその使用許諾を著作者から得なければいけないし、それに対して著作権を持つ者は使用料を請求できる。というので、あの原稿を書いた先にメールを送付。説明を求めた。

 大失態をやってくれたが、幸運だったのは、今回の担当者が素直に非を認めて、原稿の使用料をきちんと支払ってくれるようになったこと。丁寧に連絡をくれて、直接会って謝罪したいということで、すでに彼等への文句も恨みもない。ただ、こういったことが往々にして起こりうることを、我々著作物に関わる人間は十分に認識すべきだと思うという動機でこれをここに書き残しているに過ぎない。

 いずれにせよ、この『Glastonbury The Film』(国内盤 / 輸入盤)は見て欲しいと思う。日本でもフェスティヴァルという言葉が市民権を得て入るんだが、その多くを見ても、結局は「与えられた」巨大コンサートにしか過ぎない。ただ、ミュージシャンを集めれば、それでフェスティヴァルだという発想はあまりに貧しすぎるのだ。その典型的な例が、世界的に有名なビッグバンドを並べてウドーが開催したものだろう。あのときのレポートを「媒体」ではなく、個人がやっているのを見たときに笑ってしまったんだが、大いなる勘違いが「笑えない」ほど悲惨な状況を作り出したんだろうと思う。

 といって、なにもグラストンバリーが完璧だとは露ほども思ってはいない。巨大な壁に囲まれ、見張り台まで作られた強制収容所のようなものが、フェスティヴァルと呼べるのかどうか、81年からほぼ毎回この会場に足を運んでいる人間としては大いに疑問を感じるのだ。そうでもしなければ、ただで入ってくる人間が無数にいるという現実はあるにせよ、どこかでなにかが間違っているように思う。一方で、数多くの人たちが小規模ながらも各地で開催しているフェスティヴァルに興味を持ち始めたのはそんなところが理由ではないかと思う。


投稿者 hanasan : 23:48 | コメント (0)

浪曲師、国本武春のブルーグラスDVD

国本武春 このところ、自分が関わったものに関する作品のリリースが相次いでいるんだが、これも、どこかでそんな一枚。浪曲師で、同時に、ブルーグラスのミュージシャンでもある国本武春のライヴを収録したものだ。『どかーん!武春劇場 tour 2007』というタイトルのDVDで、これが一昨日、うちに届けられた。このジャケットの表四(裏表紙)に自分が撮影した作品が使われているんだが、それは今年の7月4日の渋谷パルコ公演での写真で、そのときの様子をレポートしたのがこれ。このDVDで使われているのは、あのレポートでは掲載していないものなんだが、ウェッブというメディア、そして、組写真によるライヴのレポートという意味で、『いいなぁ』と思っても使えない写真が多々あり、これもそんな一枚だ。

 そのDVDの顔、国本さんと初めて出会ったのは昨年のサウスバイ・サウスウエストで、一緒にアメリカに渡り、全米(って、そんなに大げさではないと思うけど)6箇所ほどをツアーしている。なんとそのときの自分の役割はステージでのMCだったんだが、同時にライヴの写真も撮影するというもので、時には、通訳的にみんなを助けたりもしなければいけなかったんだが、実に楽しかった。そのときの様子はこちらのオースティン公演を皮切りに、全行程のフォト・レポートをアップしているので、チェックしていただければ幸い。

 ちなみに、彼がイースト・テネシー大学に留学した頃から一緒に演奏しているラスト・フロンティアとのブルーグラス・ライヴはオースティンでの2本のみ。残りは彼がソロで演奏するというものだったんだが、ニューヨークからシカゴ、オークランドからサンタ・モニカと、どこの会場でも最もお客さんを湧かせたのが彼ではなかったかと思う。なにせ、三味線でブルースもやれば、カントリーもやるし、ボトルネック奏法まで飛び出してくる。その楽しさは一度見たらやみつきになるのだ。しかも、締めはいつも浪曲で『忠臣蔵』のさわりをやってくれるんだが、日本語がわからなくても「笑える」ほどのエンターテイナーぶりを見せてくれる。さすがに「生」でずっとステージに立ってきた人だと大いに感心したものだ。日本語が理解できようと出来まいと、そんなことは無関係。英語なんぞほとんど話していないというのに、アンコールを求める声がやまなかったのが面白い。

国本武春 ところで、彼の他に数々の三味線演奏家と一緒のツアーでMCを担当するという話を持ちかけられた時に、当然、全アクトの資料を取り寄せているんだが、その時、(あるいは、それ以前だったかもしれないが、ちょいと記憶がはっきりしない)彼のウェッブサイトの通販で購入したのが1枚目のアルバム、『アパラチアン三味線』だった。すでに、続編的なアルバム『Sushi & Gravy』も発表されているんだが、今のところ、後者は彼の公式サイトか、彼のライヴでしか購入できないようだ。とはいっても、どんな音楽を演奏しているのかをチェックしようと思えば、そこでも出来るし、Takeharu Kunimoto & The Last FrontierのMySpaceでも、4曲ほど聴くことが出来る。が、出来れば、『アパラチアン三味線』は聞いてもらいたいと思う。掛け値なしの傑作です。一般的にいえば「際物」的な見られ方をするんだろうが、そんな発想をするのは実際に聞いていないからだろうと思う。単純に三味線でブルーグラスをやっているという域を遙かに超えて、カントリーやブルーグラスのルーツの上に根ざして、東洋的なメロディのオリジナルを、しかも、名曲を彼が生み出していることに驚かされるのだ。実に素晴らしい。

 今回のDVD、『どかーん!武春劇場 tour 2007』はまだ到着したばかりだし、仕事がたまっているので見てはいないんだが、だいたいは想像できる。おそらく、強者のミュージシャン達だから、毎日演奏曲目に若干の変化はあっただろうと察するが、基本的に横浜でのライヴを収録したこれも、自分が撮影した7月4日とそれほどは変わらないように思えるのだ。が、楽しみはブルーグラスではなく浪曲の方。実は、あのシリーズのライヴ、毎日前半が浪曲の歴史を実演付きで解説するというもので、自分が撮影した初日は「そもそも浪曲はどこから始まった?」といったもの。で、数日後に、自分が大好きな先代の広沢虎造のことを話してくれたんだが、このときは虎造のスタイルに沿って、国本さんがうなってくれていて... それを見たくてカメラなしでパルコ劇場に向かったものだ。

 DVDのパッケージを見ると、第一部として「三味線弾き語りで綴る浪曲の歴史」というのがあるから、おそらく、このシリーズ・コンサートの毎日の浪曲部分をダイジェストのような形でまとめてくれているのではないかと察する。だとしたら、実演付きで浪曲の美味しいところをつまみ食いできるといった感じかねぇ。だから、実に楽しみなのだ。

 とはいっても、一度は生で浪曲を見てみたいなぁと思っている。だから、年末恒例の彼のツアーにでも出かけてみようかと思っている。出し物は彼の十八番、時期も完璧な忠臣蔵で三味線弾き語りのワンマン・ライヴだとか。詳しい日程は公式サイトでチェックしていただきたいのだが、初日が11月28日の八王子ということで、実は、今、悩んでいるのです。なんでも、噂で聞くには、観客を大笑いさせて、大泣きさせるというのが彼の浪曲。だったら、見てみたいと思うじゃないですか。

追記

これを書いて、その翌日、ちょいとこのDVDを見てみたんだが、前半部分、毎日の公演を撮影してのダイジェストではなく、横浜のライヴで「浪曲の歴史」を一人でステージに立ってまとめたものでした。残念。バジェットのせいかしら。もちろん、それでも面白いんですが。


投稿者 hanasan : 13:38 | コメント (0)

2007年11月14日

Otis ReddingやSam & Dave、40年前の音楽にふるえます

Stax-Volt Revue: Live in Norway 1967 たまたまなんだが、ある日、このDVDを見つけた。『Stax-Volt Revue: Live in Norway 1967』というタイトルで、オーティス・レディングやサム&デイヴといった名前が見える。といっても、その時点でタイトルにある「ノルウェーのライヴ」というのも見えなかった。単純に「スタックス」や「オーティス・レディング」に「サム&デイヴ」あたりしか目に入ってはないんだが、それだけで引きつけられた。しかも、1967年のライヴなら、基本的に悪いわけはない。なにせ、オーティスが「生きている」時の映像だ。ところが、このところあたりにたくさんの金をCDにかけてしまっているので、なかなか注文できない。というので、このあたりのクラシックなソウルやブルースに目がない友人に「これ、持ってた? 俺は買えないけど、とりあえずお、知らせておこうと思って」とメールしたのがいつのことだったか... もうすっかり忘れていた。

 ところが、昨晩、例によって例のごとく、その友人のやっているレストラン、中目黒のクイーン・シバに出かけると、そのDVDのパッケージが目の前にある。さすがですな、このあたりの音楽、ソウルからブルースには目がない店主、ソロモンのことだけはある。というので、早速見せてもらったら、これがいい。めちゃくちゃいい。

 とはいっても、映像を見ると、なにかよく似ているのだ。『Remembering Otis』(US import / 国内盤)で見た映像に。これは、あまりにも有名な『Monterey Pop Festival』(US import / 国内盤)での映像を中心に構成されているんだが、他の場所でのライヴ映像も入っていたわけで、おそらく、今回の『Stax-Volt Revue: Live in Norway 1967』の映像を加えて、できあがっているのが、『Remembering Otis』(US import / 国内盤)ではないかと思う。まだ、きちんと見比べてはいないんだが、ブッカーT&MGズの着ている服とか、全く同じに見えるのね、記憶に間違いがなければ。だから、もし、この二組のみを期待しているのであれば、そして、『Remembering Otis』(US import / 国内盤)を持っているのであれば、これを買う必要はないだろうなぁと思う。

Sam & Dave 一方で、もし、本格的なスタックス・ファンだったら、絶対に買うべきなんだろうなと思う。というのも、このDVDの解説にもあるんだが、これまで発表されていなかった20分の映像がここに収められているというんだが、おそらく、それがザ・マーキーズ、アーサー・コーンリー、エディ・フロイドの歌っている部分だと思うのだ。この部分は、当然、見たことがないから、アーサー・コーンリーの「ミッド・ナイト・アワー」を見て、「ん?ウイルソン・ピケットか?」と一瞬思いましたもの。だって、私の場合、かつてここでも紹介した『Soul To Soul』(US import / 国内盤)で彼が歌っているこの曲のインパクトに完全にKOされてますから。この曲を耳にすると、条件反射的に彼の名前が出てくるのです。でも、当然、違うんですけどね。

 まぁ、スタックスといっても、私の場合、『Wattstax』(US import / 国内盤)ぐらいしか知らなくて、ソウル・ファンからすれば、非常に無知ですから。なにも語れませんなぁ。単純に、どれを聞いてもめちゃくちゃいいぐらいしか思い浮かびません。

 そういえば、先日お知らせした、amazonの輸入盤掘り出し市で、左上にジャケットを見せているRhino編纂による『The Best of Sam & Dave』が、やはり680円で売られておりました。これは、持っているだけに、悔しいなぁ。

 それと、もうすぐオーティス・レディングが不慮の事故で他界して40年です。命日は確か、12月の10日ではなかったかと思う。このとき、彼は26歳のはず。どう見ても映像から見えてくる彼はそんな若者じゃないんですが。今更ながら、とんでもない天才だったんだなぁと、彼の映像のみならず、音楽に接して思うのですよ。


投稿者 hanasan : 14:56 | コメント (0)

2007年11月10日

Rico Rodriguez (リコ・ロドリゲス)の初DVD!

Rico Rodriguez ひさびさにDVDのライナーを書いたんだが、それがこの作品、『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』。もちろん、そのライナーはしばらくして、自分のウェッブ・サイトのライナー・セクションに加える予定なんだが、これが昨日、やっと入手できた。といっても、一般の発売は12月5日の予定で、今、amazonで注文すると3000円弱と、かなりやすく買えるようになっているようだ。おそらく、このサイトに幾度か訪ねてきている人だったら、自分がどれほどリコ・ロドリゲスに心酔しているかは想像できるだろう。当然、この『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』も買ってもらいたいと思っている。なにせ、リコのライヴを押さえた映像といえば、現時点ではこれしかないのだ。

 このDVDの映像は彼が今年の5月に地元のバンド、クール・ワイズ・メンと一緒にやったツアーの最終日、上野の水上音楽堂での模様を編集したもので、その時の模様はこちらでチェックできる。ブログでのこの原稿をアップした時点で筆者のウェッブ・サイト、The Vioce of Silenceのトップ・ページにアップしているのがこのときのリコの写真。その表情が物語るように、彼とクール・ワイズ・メンが昨年から始めた演奏の集大成のような素晴らしい演奏、いわば、そのピークを抑えているのがこのDVDだと思ってくれればいいだろう。リコのこれほどまでにハッピーな顔なんて、そんなにみられるものじゃないですから。

 で、昨晩(9日)は一般発売に先立ってこのDVDを購入できるという、バックのバンド、クール・ワイズ・メンのライヴが渋谷のクラブ・クアトロであって、それを見に行ってきた。といっても、リコ抜きで彼らを見るのって、初めてではないかと思う。たいてい、リコと一緒にやるときも数曲を彼らだけで演奏して、リコをステージに迎えるという感じだったから、「初めて」とは言えないかもしれないけど、全セットを彼らのみで見るのは間違いなく初めてだった。

Cool Wise Men 基本的には実にいいバンドだと思っているし、それはリコとのツアーで十分認識しているつもりだ。とはいっても、今回はリコ抜き。というので、ライヴが始まってしばらくの間は、あまりにも「まとまりすぎている」あるいは、「上手くまとめようとしている」のがわかって、面白味に欠けたなぁと思う。演奏は決してまずくはないんだけど、まるでルーティーン・ワークのようにソロを回して、曲をまとめ上げているように見えるのだ。そんな意味で言うと、はっきり言って「つまらない」。

 おそらく、そう思ってしまうのは、リコとのステージで「スリリングな瞬間」を幾度も経験してきたからだろう。それぞれのミュージシャンがステージで火花を飛ばすようなソロを展開して、それが互いを触発して発光していったかのように見えたのがあのときのツアー。生の音楽、特にインプロヴィゼーションを要とするこういったバンドで最も期待するのがここになるし、明らかにリコの存在がメンバーにとてつもない緊張感を作り出していたのがわかる。って、そりゃぁ、そうだと思う。なにせ、あちらは「伝説」の人なんだから、それで緊張感を持つなという方が無理だ。といっても、その緊張感が、逆に、メンバーをガチガチにさせていたのがリコとツアーを始めた頃。ツアーも回数を重ねて、その緊張感が薄らぎながら、それでもどこかに張り詰めたものがあったときの彼らが素晴らしかったのだ。

 そのピークをとらえているのが『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』の時の演奏だと思うんだが、今回はそういった「瞬間」を、少なくとも前半では感じなかったように思う。おそらく、彼らのエンジンが掛かり始めたのが遅かったからかなぁ。この日は、ミキシングをやっている内田君がダブでバンドの演奏に加わってきた頃から、徐々に演奏の面白さが出てきたように思う。

 その彼らのアルバムをこの日、受け取ることができた。奇妙な話かもしれないが、リコとのライヴと、一緒に飲んで騒いだこと以外、実を言うと、彼らのことはほとんど知らないんですよ。というので、こちらか、じっくりと彼らのアルバムを聞いて見ようと思っている。

 ちなみに、先日来日していたJah Shakaが『Rico Rodriguez meets Cool Wise Men』のラフ編集盤を見ているんだが、その映像の途中で「I want to have a copy」と言ってました。『俺も、このDVDがほしい』というんですけど、残念ながら、日本でしか発売しないと思うなぁ。とはいっても、彼からはアスワドのブリンズリーが主演している伝説のレゲエ映画『バビロン』のコピーをもらったし... さぁて、どうしようかねぇ。


投稿者 hanasan : 17:33 | コメント (0)

2007年11月09日

私、在日やねん - 映画『パッチギ!』を見て

パッチギ! 『パッチギ!Love & Peace』を見た。すでに廉価版の出ている前作の『パッチギ!』がめちゃくちゃ気に入って、当然のようにこれを見たわけだ。といっても、公開からずっと時間が過ぎて、DVDで見ているんだが、なかなか映画館に足を向ける時間がなかったというのが理由。

 正直言って、最初の作品の方が面白かった。おそらく、その理由は立ち位置の違いだろう。前作の『パッチギ!』が基本的には『日本人』に視点があったように思えるんだが、今回は、その視点がほぼ完全に『在日の人』たちにおかれている分、どこかに違和感があったんだろうと思う。というのは、自分自身が在日ではないという単純な理由で、その視点の重要性を否定するつもりは全然ないし、逆に、そういった視点の重要性を少しでも感じることが出来たのが良かったように思う。(誤解のないように言っておけば、あるいは、また誤解を呼ぶのかもしれないけど、自分にとって、在日と日本人の違いが全然理解できないというのが本音です。もちろん、ペーパー上の違いがあることは充分認識しているし、歴史の違いもわかる。が、同じ土地に住む人間として、その土地が日本と呼ばれる国だという意味において、日本人でいいと思うし、何年も住んでいれば日本人でいいじゃないかと思うのです。もちろん、税金を払わされているのに、選挙権がないということには全く同意していないし、人間として最低限の権利だと思う選挙権を獲得しなければいけないとも思います。いかがなものでしょう。)

 監督の井筒さんは高校生の頃にお世話になった人で、おそらく、彼は自分よりも三つぐらい年上じゃないかなぁ。宗右衛門町のモリスフォームにたむろしていた頃に、彼がそこにいて... 酔っぱらいのサラリーマンなんかを蹴散らしたりしてたのを見たような記憶がある。ええ場所やった。彼は大好きやった。

 この映画で思い出したのは、その昔、仕事仲間の女の子と飲んでいた時に、突然「私、在日やねん」といわれたこと。あのときは、なんでか知らんが、中山ラビのアルバム、『私って、こんな』に収録されている曲「13円50銭」の話になって... そのことを話していたときだったと思う。要するに、朝鮮半島から日本に連れてこられたり、やって来た一世には韓国語の訛りがあって、これを「ちさんえん、こちせん」と発音してしまうんだそうな。そうやって、関東大震災の後、数多くの一世が「朝鮮人狩り」の中で日本人に虐殺されたという、そんな話をしていたんだと思う。

中山ラビ そうだ、思い出した。実は、FMで番組をやっていたときに、プロデューサーと喧嘩したことがあって、それがきっかけなんだと思う。「放送上、問題がありそうな曲は流すな」といわれたんだが、実をいうと、内緒でいっぱい流していた曲のひとつがそれだった。(というか、連中は音楽のことなんぞ、ほとんど知らないから、前もってそんな話をプロデューサーとしていない限り、たいしたことはないんですけどね)おそらく、そんなことを彼女と話していて、その流れでこの曲の話になって.... そうしたら、「あんた、日本人でなんでそんな話を知ってるの」と、言われた直後に、彼女に「私、在日やねん」と、まぁ、そう告白されたわけです。でも、自分にとっては、そんなことは些細なことなんですけどね。彼らにしてみれば、「そうじゃない」というところに、今回のパッチギ!の核があるんだろうなぁと思った次第。

 ただ、自分自身に関していえば、映画であったような世界を全く知らないんですね。大阪の田舎で育ったというのに、自分の周りでも、そう言った韓国朝鮮人差別を実感したこともなかったし、被差別部落の問題も体験しなかった。幸か不幸か、そういった背景のみならず、日本を飛び出して海外に住んでいた経験からか、「日本人もへったくれもあるかい」といったことが普通になっているから、よけいにわからないのかもしれない。微妙な問題だけど... というのは、イギリスで「チンク」って呼ばれて、つばを吐きかけられたり、裕仁が死んだときには生卵を投げつけられたり... と、まぁ、そんなこともあったんです。実際、日本人だから、あるいは、アジア人だからというだけで差別されたことは何度もあるし... とはいっても、自分の仲間はそんなのと全然関係ない世界で生きてきているわけです。国でも人種でもなく、単純にそういった差別をする人たちが「あっち側」の人としか思えない自分がいるわけだ。奇妙なもんです。それが理由なんだろう、周りの人間が人種」や「肌の色」で差別的な言葉を使うと、瞬間沸騰って感じでぶち切れるてしまいますね。

 ちなみに、あの映画で嬉しいのは、東京が舞台だというのに、主に大阪弁と韓国語がメインになっているということ。私、やっぱり、関西人。関西弁が気色ええんですわ。東京に住んでいて、知らない間に、東京の変な共通語を話しているのが、どこかできっとストレスになっているんだろうなぁと思う。やっぱり、大阪弁でっせ。まぁ、京都弁も、神戸の辺の訛りもええけど、自分にはやっぱり河内の言葉ですな。

 あと、にかぁ〜っとしたのはエンディングで出てきた、「あの素晴らしい恋をもう一度」って曲なんですけど、いつも思うんです。加藤和彦と中川五郎の声が同じに聞こえてしまうんですね。それ、私だけですかなぁ。


投稿者 hanasan : 16:48 | コメント (0)

2007年02月02日

前略おふくろ様 : 30年昔の名作にはまる

前略おふくろ様 がぁ〜、やっちまったぁ。幾度か「清水の舞台から飛び降りた気分になって」と、高い買い物をしたことがるんだけど、昔から大好きだったドラマのDVDボックス・セット、「前略おふくろ様」を買ってしまった。以前、amazonでエプソンのプリンター、PX-G5100 を購入した結果、送られてきたポイント還元分が5000円。というので、それを使えば「前略おふくろ様」が27000円ほどで購入できる。もちろん、それでも大金なんだが、学生の頃、これを見るために放送される日には必ず下宿に帰っていた記憶がある。それほどまでに惚れ込んだドラマなのよ。だから、前述のように、清水の舞台から飛び降りたのだ。

 当時は、今のようにビデオなんてなかったし... なにせ30年前で... あったかもしれないけど、そんなもの買えるわけがなかったのだ。しかも、うちのテレビは白黒で、カラーじゃなかったしな... それでも、あまりに面白いというので、一度、カセットのテレコで番組を録音したこともある。さらに加えて、その当時発表された脚本集も買っている。今、調べてみたら、「倉本聡テレビドラマ集〈2〉前略おふくろ様」ではないかと思うが、その一回目のシリーズと、あまりの人気で復活したんだろう、パート2の本も買った。当時の倉本聡には完全にはまっていたみたいで、このほかにも、彼の脚本集で東芝日曜劇場でのものを集めたもの買ったし、「さらばテレビジョン」という書き下ろしの本も買っている。要するに、倉本聡のファンだったんだろうなぁ。

 なぜか大学生の頃、演劇部なんてところにいて、芝居に大きな魅力を感じていたってところが引っかかっているのかもしれない。状況劇場や黒テント、つんぼさじき、つかこうへい劇団などなど、いろいろなものを体験してたし、自分で脚本も書いたこともあれば、舞台で演じたこともある。(っても、素人演劇ですが)そんなときにはまったのが倉本聡であり、そのきっかけになったのが前略おふくろ様だったわけだ。

うちのホンカン この当時の倉本聡は、全然売れっ子じゃなくて、昼メロの脚本も書いていた。一応、それも見てみたんだが、全然面白くはなかったなぁ。その一方で、東芝日曜劇場での彼の作品は面白かった。特に傑作だったのは「幻の町」で、主演は笠智衆と田中絹代。このコンビネーションは素晴らしかった。特に、ラスト近くだっけ... 正確じゃないんだが、田中絹代演じるおばぁさんが「私は今までチュッをされたことがありません」と旦那役の笠智衆に迫るシーンがある。このとき、おじぃさんは右を見て、左を見て、誰もいないのを確認して、恥ずかしそうに、一瞬のチュッをするんだな。いいシーンだったなぁ。なんてことを覚えている。

 確かストーリーは、昔住んでいた樺太(だったかなぁ)の町か、そこから内地に引っ越してきたのかどうか、はっきりしないが、その痕跡を訪ねようとするという物語。ところが、痴呆症が始まっていて、記憶が入り乱れてしまっていたりするわけだ。そんな老夫婦を助けようとする人たちとの話なんだが、そこに出てくるのが桃井かおりや室田日出男、北島三郎.... といった流れ。当然ながら、これもビデオがなかったから、一度しか見ていないはずなのに、なぜか自分の記憶に残っている。おそらく、当時の倉本聡にとって年老いた父や母との関係が大きなテーマだったんだろう。それが「前略おふくろ様」に結実しているように思えるのだ。

 その「幻の町」の脚本が収録されている脚本集、「倉本聡テレビドラマ集〈1〉うちのホンカンがあって、76年にこれを購入している。すでに表紙カバーにはカビが出ていて、長らくこれを読んだことがないんだが、東芝日曜劇場で何度が繰り返された「うちのホンカン」シリーズはビデオ化されていて、うちのホンカン(1)から3までがどこかで入手できると思う。おそらく、ビデオ・レンタルで借りられると思うので、興味のある人はそれで見てくれれば、ここでも倉本聡の魅力が満喫できるはずだ。主役は大滝秀治と八千草薫。このあたりでわかるだろうけど、倉本聡が好きな役者の流れが見て取れる。

 さて、「前略おふくろ様」の主役はショーケンこと、萩原健一で、彼が演じるのは下っ端の板前。板長が梅宮辰夫演じる秀次さんで、地元の渡辺組という鳶の人たちのでこぼこコンビが室田日出夫演じる半妻さんと、川谷拓三演じる利夫さん。この二人に加えて、ほとんど語りで登場していたおふくろ役の田中絹代を含めて、すでに故人となっている。特に、ドラマのなかでおふくろが亡くなるシーンがあって... その頃、本当に田中絹代が亡くなったのがやけに悲しかった。あれは、おそらく、パート2の方ではないかと思うが、定かではない。これから見直しながら、また、そのあたりを思い出すことになるんだろうけど、おそらく、間違ってはいないだろう。

 分田上という料亭が舞台になっていて、そこの女将が北林谷栄で、若女将が丘みつ子で、若旦那が桜井センリ。渋い配役だ。そして、そこで働いているのが、渡辺組のお嬢さん、かすみちゃんでそれを演じているのが坂口良子。ひょっこりとサブちゃんを訪ねてくる田舎のはとこが、恐怖の海ちゃんと呼ばれる桃井かおり。その父親役で大滝秀治が、そして、海ちゃんの兄弟役で日野正平と、よくもこれほど癖のあるいい役者をそろえたものだと思う。しかも、端役で芹明香も出ている。神代辰巳監督の「黒薔薇昇天」とか「四畳半襖の裏張り」といった日活ロマンポルノ系の作品で、異彩を放っていた役者で、このあたりを起用する倉本聡のセンスが素晴らしかった。その後も、パート2じゃなかったかと思うが、高橋洋子や風吹ジュンに志賀勝や先日亡くなった岸田今日子が海ちゃんの父親の恋人役で出ていたものだ。

 ストーリーは... といっても、長いシリーズなのでいろいろなエピソードが込められていて、簡単には説明できない。が、結局は、若い人たちと年老いた世代との関係、人間の優しさとか、哀しさとかが、面白おかしく、それでいて、ほろりと悲しく描かれているといった感じかしら。いろいろなことを考えさせられ、影響を受けたように思う。この頃、板前を目指す人が増えたなんて話もあったように、大きな影響をこのドラマが与えたんだと思う。実際のところ、自分が父や母を見る時、このドラマのシリーズを抜きにしては考えられないものがある。特に、「父や母にも、今の自分のように恋をして、生きることに苦しみ、悩み... そんな人生を送ってきたんだ」といった言葉が最終回に語られたのではないかと記憶しているが、その通りだと思う。ここ1年、自分の父親に対するインタヴューを続けているんだが、それは「前略おふくろ様」を抜きにしては考えられないだろう。

 加えて、ここで使われていた音楽も素晴らしかった。テーマは井上尭之と速水清司が担当してたんだが、それよりもドラマのなか、例えば、喫茶店に入っている時に流れる音楽や飲み屋で流れる音楽にはっとさせられたものだ。確かマイケル・フランクスなんて使われていたし、演歌も流れていた。そんなディテールに注目して、今回のDVDを見ていこうと思う。

 残念ながら、DVDがレンタル屋にあるという話聞いたことはないんだが、ビデオは出ているはず。もし、チャンスがあれば、それでも借りてみていただきたい。これこそが、後に有名人になってしまった倉本聡の魅力を凝縮しているように思えるのだ。



投稿者 hanasan : 18:06 | コメント (0)

2006年12月26日

Bloody Sunday - 血まみれの日曜日とU2

Bloody Sunday とてつもない映画だった。『ブラディ・サンデー』という、このタイトルを見て、我々の世代、あるいは、その後のロック・ファンだったら、当然、U2を思い浮かべるだろう。『War』というアルバムに収録されている曲で「Sunday, Bloody Sunday」というのがあって、この映画こそが歌われているその事件を描いているものなのだ。

 それは72年のこと、北アイルランドのロンドンデリーで、英国軍がデモ隊に発砲して、多数の死傷者を出したというものなのだが、その歌の背景を自分が翻訳した『音楽は世界を変える』で初めて知ることになった。この本、ラッキーだったら、古書でみつかるんだが、なにせ印刷したのは2830冊のみで、出版社がまともなプロモーションもしていなかったことを知ったのは、出版されてからしばらくの後。それがわかってからというもの、自分でいろいろな媒体に書いていったんだが、結局は、徒労に終わった。まるで商業主義の権化のような出版物の山に埋もれて、一部のミュージシャンや私の仲間を除けば、その存在さえもが知られていないというありさまだ。自分のなかではとてつもなく重要な音楽の本なのだが、残念ながら、増刷は有り得ず、消えてしまったというのが正しいだろう。

 一方で、読んだ人たちからは「なんとかして出版できないだろうか」といわれることが多々あるんだが、朝日新聞、集英社あたりをまわってみたけど、いい反応はもらえなかった。自費出版という手もあるんだろうが、翻訳であり、自分の書き下ろしではない。だから、そうは簡単に事が運ばないし、著者への支払いを自分が細々と続けていくという仕事を抱えるのにも無理がある。というので、結局、事実上この本を読むのは不可能になってしまったのだ。

U2 それはさておき、このDVD『ブラディ・サンデー』を入手したのはU2が来日する少し前のこと。といっても、その時点でまさか自分が彼らのライヴを見ることになるとは思ってはいなかった。ここでも書いているように、たまたまあのライヴを見に行くことになったので、単純に偶然なんだが、こうなってしまったのは、いつも通り、どこかで何かがつながっているからなんだろうか。しかも、そこで書いているように、涙を流してしまったのは彼らが「Sunday, Bloody Sunday」を歌ったとき。最も感動した瞬間があのときだったと思う。といっても引き金になったのはヴォーカルのボーノがジョー・ストラマーのことを話し出したときだったということはそこで書いたとおり。が、この曲が始まったとたんに思い出していたのは『音楽は世界を変える』の第六章を翻訳していた時のことだった。笑い話かもしれないが、自分は翻訳しながら泣いていたのだ。それはボーノが北アイルランドのベルファストで初めてこの曲を演奏した時のこと。その曲で彼が訴えていたのは、原則として「互いが『降伏』する」という考え方であり、「同時に「愛し合う』」ということなのだ。それは最近のインタヴューでも語っていることだが、それをあの当時のベルファストで演奏することがどれほどの意味を持つか容易に想像できる。「正義」を信じて闘い続けている人たちに、「止めろ」というのだ。ハンガー・ストライキで数々の政治囚が死んでいった(殺されてた)頃からわずかな時間しか過ぎていない時代。その抵抗運動が武装闘争として大きくなり、その正当性が主張されていた頃なのだ。が、あえてボーノはそれをやった。この曲が受け入れられなかったら、録音を中止する腹を決めての演奏だ。が、プロテスタントもカトリックも入れ混じったオーディエンスはこれを受け入れ、ボーノ自身、涙が止まらなかったという。来日公演でこの曲を聴いたときにそんなことが頭の中で渦巻いていたのだ。

 その核となった事件を知ろうと『ブラディ・サンデー』を後追いする形で見たんだが、まるでドキュメンタリーのように迫ってくる映像と出演者に驚かされてしまうことになる。これは特典として含まれているインタヴュー等による情報なんだが、役者はほとんどいなくて、多くが一般の市民だという。その中には72年の惨劇を体験した人が数多くいて、一方の英国軍兵士として登場している兵士役にも同じように惨劇を与えた側の人たちがいた。照明は一切使わず、カメラは全て手持ち。まるでニュースのような映像に、とてつもないリアリティを感じるのだ。

 もちろん、これは『映画』であり、作り物だ。それをそのまま『歴史』とするのは、間違っているように思う。が、この監督はイギリス人であり、アイルランド人ではない。両者がそれぞれの歴史で一方では「隠され」、一方では「過大に」(という言葉が正確かどうかは疑問だが)描かれていたものを直視して、本当に起きたことを極力正確に再現したらしい。そんな意味で、これを事実と受け取っていいんだろう。あまりにもリアリティ溢れる映像と演技に、あのとき、あの場所にいたアイルランド人の怒りや悲しみが肌に伝わってきたといえばいいだろうか。

 そして、この映画の最後を飾るのはU2の「Sunday, Bloody Sunday」。その歌詞をきちんと字幕で見せながら、エンドロールとなるんだが、ここで再び怒りと悲しみと希望の涙を流してしまうことになる。これは72年の北アイルランドのこと。が、先日の来日でU2が語りかけていたように、これと全く同じことがイラクのみならず世界中で繰り返されている。それを「かわいそう」というのは簡単なことなんだが、それからそれほど遠くないところで、そこに自分たちがつながっているんだということを私たちは理解しなければいけないんじゃないだろうか、とそう思うのだ。



投稿者 hanasan : 15:19 | コメント (0)

2006年12月19日

素晴らしき哉、人生 - 何度見ても泣ける傑作クリスマス映画

素晴らしき哉、人生 クリスマスが近づくと、どうしても見てしまう名作に『素晴らしき哉、人生』がある。1946年の作品で主演はアメリカの良心、ジェイムス・スチュアートで監督はフランク・キャプラ。これを初めて見たのはいつのことだったか、全然覚えてはいないんだが、これまでの半世紀の人生で見た映画で五本の指に入る傑作で、私が狂いまくっている『カサブランカ』と並んでこれまで幾度となく、いろんなフォーマットで購入した作品だ。

 今回、iPodにこれを入れたくて、世界名作映画全集のシリーズとして安い値段で発表された『素晴らしき哉、人生』を購入したんだが、もうちょっと調べてから買えば良かったと後悔している。映画そのものは文句なく素晴らしい傑作中の傑作で、涙なくしては見られないんだが、これは映画がそのまま収録されているだけで、解説もなにも入ってはいない。というので、これがうちに届いて、見た直後に『素晴らしき哉、人生 (特別版)』を探し出してきて注文してしまった。ここにはジェイムス・スチュワートとフランク・カプラのインタヴューやメイキングの様子が収められているんだそうな。こんなことなら、世界名作映画全集シリーズの一枚として発表された、この新しい『素晴らしき哉、人生』ではなくて、500円のシリーズで出ているムック形式の『素晴らしき哉、人生』でも買っていれば良かったかなぁと反省。きちんと「調べて」ものを書くという消費者の基本を学ばせてもらった。

素晴らしき哉、人生 映画の話をするのに、あまりにディテールを語ると、これから見る人にとって「面白くもない」なんてよく言われているけど、これはどれほどストーリーがわかっていても、何度見ても泣けてしまう。だからこそ、これは傑作であり、「一度見てしまえば終わってしまう」娯楽作品でもないのだ。逆に言ってしまえば、それが理解できない人には見る意味もないんじゃないかと思う。それほどの傑作と考えてみればいいかもしれない。

 この映画の核は絶望にうちひしがれた主人公が「神からいただいた最も大切なものを」投げ出そうとするところ。そして、「生まれてこなければよかった」という言葉に呼応して、彼を救おうとする天使が、その世界をかいま見せるというもの。といっても、それまでに至る部分も十二分に面白く、楽しく、ほのぼのとしていて、同時に、弱きものを助け、慎ましいながらも幸せな人間の有り様を、全くの押しつけがましさ無しで描いてくれる。そんな前半の「素晴らしく人間的な」主人公が、絶望の淵に絶たされたとき、「こうも変わってしまうのか」と思えるほどに変貌してしまうのだが、これは、一途にジェイムス・スチュワートの役者根性のなせる技だと思う。今じゃ、少し大げさにも思える演技かもしれないし、カメラのアングルなんかも実に「映画的」過ぎると思われるかもしれないのだが、そんな思いに至る前に「映画」の世界に吸い込まれてしまうのだ。

 まぁ、そのあたり、見てもらうしかないと思うんだが、最後の最後、天使が残したメッセージにこの映画で訴えたかったキャプラの良心が浮き上がっている。

「友がいる人に負け犬はいない」

 とでも訳せばいいんだろうが、どれほど絶望の淵に立たされて、どうしようもなくなっても、どこかで愛する人が自分を救ってくれるということかなぁ。人間を愛することの美しさを、これほどまでに美しく謳った映画って、なかなかないと思うのだ。ふつうに月並みにありのままに人を愛し、そうされることで愛されるという人間の素晴らしさを、否応なしに感じることができる。その美しさに涙を流し、そして、生きていることに感謝できる。だからこそ、アメリカの映画史上で最も素晴らしい傑作のひとつとして今に語り継がれ、クリスマスになると毎年これがテレビで放送されるんだろう。

 っても、これだけではクリスマスの映画かどうかはわからないと思うが、舞台となっているのはクリスマスの日。もちろん、この背後にはキリスト教的な世界観も反映されているのは間違いない。が、今のブッシュが振り回されている原理教とは大違いの、もっとシンプルな世界観がそこにはあるのだ。

 なにはともあれ、一度は見て欲しい。わずか500円弱で買えるし、何度でも見てみたくなるし、語りたくなる。もちろん、気に入ったのなら、もっといろんなことを知ることができる『素晴らしき哉、人生 (特別版)』をおすすめしますけど。

追記

 その『素晴らしき哉、人生 (特別版)』を、当然のように買ったんだが、なんと、英語の字幕が入っていない。なんじゃぁ、これはぁ!と、また、ショック。っても、確かに、メイキングあたりやインタヴューは面白かったけど。なかなか、満足できるヴァージョンは手に入りませなぁ。



投稿者 hanasan : 17:51 | コメント (0)

2006年12月08日

イノセント・ボイスを見る + 腰痛日記

イノセント・ボイス なにやら穏やかな一日... というより、どこかで疲れが蓄積しているのか、一歩も家を出なかったし、出る元気もなかった。左臀部の痛みはそれほどひどくはないんだが、足がつったような感覚をずっと持ち続けていることの違和感が、なにやら気分まで重たくしているという感じだろうか。身体の疲れもとれないし、酒にも弱くなったのか、昨晩の数杯が効いているのか、なにかだるいのだ。

 もちろん、仕事もしなければいけないから、更新作業はするんだが、こんな日はのんびりとしていようと、ベッドに横になって見たのが『イノセント・ボイス』という映画だった。中米のエルサルバドルを舞台に、実際にあった物語をベースにしているというのだが、あまりにむごい現実を見せられた。80年代のエルサルバドルは軍事独裁政権とそれに抵抗する解放軍との戦争の時代だったんだが、そのとき独裁政権の軍隊によって12歳になると有無をいわせず兵士にされていたのが子供たち。平和な日本の常識から見れば、完全な誘拐で、北朝鮮の拉致とも同じようなものなのだが、それに抵抗することもできない市民や学校の先生たち、牧師たちの姿が実に哀れだ。

 かといって、ただただ「哀れ」を誘ったり「反戦を訴える」映画としての押しつけがましさは全く感じさせない。それが作品としての素晴らしさにつながっているようにも思える。特に、素晴らしい演技を見せる子供たちのあどけない表情や遊んでいる風景、ナイーヴな恋心、あるいは、知的傷害を持つ青年の無垢な姿をほのぼのとしたタッチで描くことで、むごたらしい現実との対比をめちゃくちゃうまく浮き上がらせている。

サルバドル-遥かなる日々- 同じ時代の状況を描いた作品にオリヴァー・ストーン監督の『サルバドル-遥かなる日々-』という映画もあって、もちろん、ずいぶん昔だが、これも見ている。ファシスト政権をサポートするアメリカを断罪するかのような作品で、これを見ながら、アメリカに対する「怒り」を感じざるを得なかった。今考えれば、この時のファシストと同じことを中近東で続けているのがアメリカだと思えるんだが、この先、アメリカの映画人たちはこれをどう描いていくんだろうか... なんてことを思ってしまった。

 一方で、この作品に描かれていなかった世界が、今回見た『イノセント・ボイス』に出ているんだが、まるで異質なのが面白いのだ。「怒り」ばかりが印象に残っているあの作品に対して、こちらでは「哀しさ」や人間のたくましさ、弱さ、美しさや醜さ、といったさまざまな断片が渦を巻くようにわき出てくる。やはり主人公が子供で、その視線をうまく描写しているところから来るのかなぁ... あまりにも美しく、あどけなく、それでいて、優しい彼のまなざしが、どこかで「希望」を語りかけているようにも思えるのだ。よくもあんなに素晴らしい演技ができたものだ。

 それに嬉しかったシーンもある。レジスタンスに加わっている叔父が訪ねてきた時、銃撃が飛び交うなか、家で身を低くしていたみんなを恐怖から救い出すように、その叔父が歌を歌い出していた。のんきな我々には想像できないんだろうが、絶望の淵にあっても「歌」は、確かに我々を救い出してくれる。「歌」が商品となることで、日本ではそんな文化が失われつつあるのではないだろうかとも思ってしまうのだ。僕らがそんな状況のなかで歌える歌はあるんだろうか?

 エンドロールに近づく頃、字幕で語りかける事実に僕らは注目しなければいけない。

「現在も約40カ国で30万人以上の子供たちが兵士として戦場に送られている」

 もちろん、それだけではなく、世界では奴隷のような労働力として使われている子供たちが無数にいるという現実も、僕らは知っているはずだ。この現実に僕らはなにをすればいいんだろう... と、そんなことを思わざるを得なかった。なぜ富を独占する国や階層があり、それが是正されないのか? こんなことを書けばまた「古くさい共産主義的発想」だといわれるんだろうが、主義もクソも関係ない。富めるものが貧しきものへ、人間として当然の役割として、富を分配すればいいだけの話なのだ。ところが、こういった問題が出てくると最も協力的なのが貧しき普通の人々。富や権力を持つものが最も醜い態度に出る。

 と、そんなことを思っていたら、テレビのニュースで我々の払った税金を高級キャバレーやレストランで散財して喜んでいる政治家の話がでてきた。それだけではなく、領収書を偽造しているという話から、それに対して謝罪もしないという態度にむかっ腹が立つのだ。昔から「政治家は泥棒だ」と思っているんだが、文字通り、彼らは泥棒だ。目黒区では公明党の議員が辞職したという話があったんだが、なんでそれだけでいいんだ? 品川区の自民党区議はなんで「謝罪もしない」んだろ? こんな連中を誰が選んだんだ? それがもっと肥大したのが国会議員じゃないのかい? ああぁ、胸くそ悪くなる。なんとか自民党や公明党の議員を落選させる方法はないんだろうかとつくづく思います。まぁ、他の政党だって五十歩百歩だけど、政権与党をその座から引きずりおろさないと、この状態がずっと続くと思うんですよ。なんとかならないもんだろうか。



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2006年12月01日

渥美清 : 全然おかしくなかった「おかしな男 渥美清」

渥美清 『あゝ声なき友』というDVDを見て、むくむと興味が湧いた渥美清のことを知りたいと思って買った二冊の本のうち、小林信彦氏による『おかしな男 渥美清』を早速購入して読んでみた。でも、どこかで何かがかみ合っていなかった。

 まだまだ渥美清が売れていなかった頃から、知己だったという小林信彦氏の『おかしな男 渥美清』は資料的な価値としては確かに面白かった。加えて、それなりに「知られていなかった」渥美清の素顔の一端を見せてくれるという意味では、読む価値は十分にある。加えて、「喜劇」から「コメディアン」、「喜劇役者」を見る著者の視点の鋭さは、読んでいて、素直に感嘆した。よく映画を見ているし、役者を見ている。それでも、どこかで、なにかがしっくりこない。さぁて、それはなになんだろう。

 これは渥美清と初めて遭遇した「世代」の違いからくるのかなぁとも思う。小林信彦がこの世界に足をつっこんだのは私がもの心つく遙かに昔のこと。しかも、私が渥美清を知ったのは、以前書いたように「泣いてたまるか」というテレビのシリーズであるにもかかわらず、この本ではそれに関してほとんど書かれていない。そういった「個人的な」指向の他に、あくまで「役者」としての渥美清という人間のことしか書かれていないから、自分にとってはつまらないのかなぁと思う。「役者」としての渥美清を見る著者の視点や鋭さは、重ねて書くが、素晴らしい。でも、渥美清の「役者の向こうになにを見ていたのか」を知りたかった。ひょっとして、そんなものは端からなかったのかもしれないし、小林氏がここで書こうとしていたことではないのかもしれないんだが...

渥美清 その一方で、この本のおかげで初期の渥美清の傑作と呼ばれる『拝啓天皇陛下様』を、もう一度見てみようかと思った。所詮、一般的には渥美清は『男はつらいよ』の車寅次郎なんだし、確かに、このシリーズでなにかをきわめたんだろうけど、自分には、それ以前の彼、そこにたどり着こうとしていた彼の方に魅力を感じるのだ。

 といって、この成功で役者としての可能性をどこかで「絶たれる」というところから、『あゝ声なき友』に至ったという、この本の説明も納得できた。渥美清の「役者」としての素晴らしさを十分に引き出せなかったと説明されるが、逆に「渥美清だからこそ」そう語らざるを得なかったという意味で、渥美清の存在感を否定することもできないんだろう。


渥美清 いずれにせよ、この頃から、どうあがいても、結局は寅さんとしてしか見られなくなった渥美清の悲しみが生まれるという話は、実に納得するし、ジーンと来る。そんな意味でこの本は面白いと思う。

 で、これから読むのは大下英司による『知られざる渥美清 』。これで、渥美清のどんな顔を知ることになるんだろう。

 ちなみに、この本で知ったんだが、今年はフランキー堺の没後10年でもあるんだそうな。勝手にしやがれの武藤くんも影響を受けたというアルバム、『この素晴らしい世界』をまた聴いて供養しよう。これは日本ジャズ史上の名作の一枚だと思っている。



投稿者 hanasan : 13:17 | コメント (0)

2006年11月28日

渥美清 : あゝ声なき友 - 戦争は終わってはいない

渥美清 この流れがどこからきているのか... よくはわからないが、おそらく、しばらく前にここに書いた白バラの祈り - ゾフィー・ショル、最期の日々- を見て思うことに端を発しているのではないかと思う。もちろん、その『白バラの祈り』はきっかけであり、逆に、あまりにばかばかしい内容だった『男たちの大和 / YAMATO 』への反動として、今から60年以上も前の戦争をまともに見つめた作品はないんだろうかと、日本の映画を探し出したところから、渥美清主演のこの作品,今井正監督による『あゝ声なき友』にたどり着いたように思える。といっても、これが本当に素晴らしい映画なのかという判断はまだできではいない。ただ、これを見て、日本の映画人の「良心」は見えたように思う。

 映画は、すでに「寅さんシリーズ」が始まって、人気者になり始めていた渥美清が、自分でプロダクションを作って制作したという作品。おそらく、どこかで彼が「戦争」や「平和」といった問題にこだわっていたのではないかと想像できる。ストーリーは戦争で生き残った西山民次(もちろん、演じるのは渥美清)という人物が、戦争で亡くなった戦友たちに託さされた遺言状を配達するというもの。主人公は8年かけて、その遺書を宛名の人々に届けていくんだが、そのそれぞれから「戦争」が彼らの人生をどう変えていったのかをのぞき込もうとしている。おそらく、その全てが「戦争」のもたらしたことだったんだろう。といって、とりわけ全てが不幸な生活をしているわけでもなく、それぞれの人生がそこにあるというだけなのかもしれない。あまりに劇的な出会いや別れの描写は、どこかで作り物的にも見えるのだが、それでもそういった偶然を数多く体験している身としては、実際の人生がそういったものなんだろうとも思える。そんな作り手の作為はどうであれ、どうしても「戦争」から離れて人間が存在はしていなかったということだけはわかるのだ。

 単純に戦争を憎んでいるとか、批判しているといったものでもない。もちろん、根底にその意識が脈々と流れているのはわかるのだが、どこかで優しい視点を持ちながら、お人好しの西山が最後に漏らす台詞こそがこの映画のいいたかったことではないかと思う。それをここに書くことは、作品の紹介としては最低なんだけど、あえて書けば「俺には戦争は終わっていないんだよ」という言葉だった。その通り、その感慨は、戦争が終わって10年後に生を受けた自分にも言える言葉なのだ。こんな若造になにが言えるのか? おそらく、あの世代の人たちは言うんだろう。が、自分には戦争に行った父親がいる。その父親と始めたインタヴューはまだ1時間ほどでしかないが、強烈なものだった。さらに加えて、消えることのない日本と韓国や中国との関係はこれを避けては通れないだろうし、その地に生きる友人たちとのつながりのなかでも、同じような意味を持ってこれがあるのだ。そんなことを考えさせられる。

渥美清 同時に、渥美清という俳優にも興味を持った。私の世代にとって、初めて彼を意識したのはまだモノクロ・テレビの時代のドラマ、『泣いてたまるか』だった。このリンクはその第20巻で、この時のエピソードのタイトルが「男はつらい」というもの。ここからギネス・ブックにも載ることになった「寅さん」のシリーズが生まれているという話を読んだことがある。そんな意味でいえば、さまざまなキャラクターを演じながらも、「寅さん」の原型とも言える「渥美清」が見えるシリーズなんだが、それぞれのエピソードが完結するというもので、毎回違った「人」を彼は演じていたのだ。それでも、どう転んでも渥美清でしかない強烈な個性が光っていた。これはテレビ幕開け時代の大ヒット作で、いつかこれがどこかの出版社(通販を中心としてやっているところ)が発売した時に、両親のために全巻をそろえたのは一昨年ではなかったかと思う。私達の世代にはそれほど大きな「ぬくもり」を与えてくれたシリーズだったのだ。

(余談だが、この「泣いてたまるか」のシリーズには青島幸男も主役として出ている。全てが渥美ではなかったらしいが、自分の記憶のなかで、どうしても渥美清がこの「泣いてたまるか」の人となって残っている)

 あのシリーズは66年だったというから、自分はまだ11歳。それでも、漠然と覚えているし、頭から離れなかったのがこのテーマ音楽。だというので、一昨年かに、『ゴールデン・ベスト』なんて企画もののアルバムを購入している。

「天(そら)が泣いたら、雨になる。山が泣く時ゃ、水が出る。俺が泣いても、なんにも出ない...」

 と、その曲を聴きたいがためにこのアルバムを購入し、実は、ソウルフラワーの中川君に聞かせたら、いつだったか、モノノケのライヴでこの曲を歌ってくれた。さすがに反応はしょぼくて、すすめたことに責任を感じたし、世代の格差を目の当たりにしなければいけなかったけど、自分には名曲なのだ。

 今回、『あゝ声なき友』を見て、なにやらむくむくと渥美清への興味が出てきてしまった。私生活を一切人には見せなかった人だという噂は聞いていたんだが、実際はどんな人だったんだろう。というので、(オヨヨ大統領シリーズで楽しませてもらった作家)小林信彦が書いた『おかしな男 渥美清』や大下英司による『知られざる渥美清 』なんぞを読んでみようかと思ったり... なんでも今年は彼の没後10年らしく、いろいろな企画が出ていたらしいが、今回見た映画に始まって、そんなことまで知ることになってしまった。

 ああ、読みたい本も見たい映画も山ほどあって、聞きたい音楽も数え切れない。しかも、それぞれ体験して書きたいことも伝えたいこともどんどん出てきてしまう。とんでもない性を抱えたものです。ひょっとしたら、それも腰痛の原因か? 笑ってしまいますな。



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2006年11月26日

ウォーク・ザ・ライン (Johnny Cash)に泣く + 腰痛日記

ウォーク・ザ・ライン  本当は、天気も良かったので散歩に出たいと思っていた。10数年ぶりに巣鴨にでも出て、(もうないかもしれないけど)当時食った八目鰻の店でも探してみようか なんて思っていたんだが、それを邪魔したのが七輪だった。って、なんのことかわからないと思うが、数年前、サンマを焼いて食いたいと思って七輪を買っていたのだ。ところが、練炭を買う店が見つからなくて、埃をかぶっていたんだが、先日インターネットで福田屋というのをみつけて注文。念願叶って、ちょいと時季外れだが、サンマを焼いて食った。ベランダで焼いたんだが、煙が部屋の中に入ってきて、けっこうな目にあったのが笑える。それでも、実にうまかったのだ。その流れで、昨日も昼から火を付けて、いつでもコーヒーや紅茶を飲めるようにしていたんだが、その火がなかなか消えないというか、持ちがいい。そんな状態で、当然、家を出ることができないというので、結局はうちにいる羽目になったのだ。

 というので、見たのが巨人、ジョニー・キャッシュの伝記的な映画『ウォーク・ザ・ライン』だった。数日前にも見ようと思って、見始めたんだが、途中で睡魔に襲われて、「こりゃぁ、ダメかなぁ」とも思った作品だ。一度、どこかに飛んだときに機内でも放映されていたんだが、それも途中で寝てしまったといういきさつもある。だから、全然期待していなかった。

 ところが、はまった。めちゃくちゃはまった。ストーリー自体は、以前見たレイ・チャールズの伝記映画『Ray』(つい先日まで1000円以下で購入できたのに... もうダメみたい)と似たり寄ったり。まぁ、白人だから人種差別みたいなものが立ち入る余地はなかったけど、貧困問題というか、そういったものはちょっと顔を出していたので、流れは同じだと思う。ただ、これはラヴ・ストーリーが中心で、そのあたりの力点の置き方が良かったんだろうなぁ。はまりました。

Johnny Cash  といっても、彼のことをよく知っているのでもなく、持っているアルバムといえば、『Uneared』というボックスセット(買った当時はわずか5000円ぐらいだった)や、『American Recordings』に『American III』ぐらい。全てリック・ルービンと組んだ、比較的新しい作品で、正直言って、彼の魅力はよくわからなかった。実際、このボックスで一番嬉しかったのはジョー・ストラマーがスタジオのジョニーを訪ねていった時に撮影された二人の写真で、ジョーの嬉しそうな顔が忘れられない。すでに二人ともこの世にはいないということが、そんな想いに拍車をかけるんだろうが。

 それでもジョニー・キャッシュが偉大なカントリーのアーティストであり、彼に対する評価は知っていた。かなり前にグラストンバリーで生を見ているんだが、あの時の反応も凄かったし... その一方で、実をいえば、自分にとって魅力だったのはジューン・カーター。カントリー系の音楽を知っている人だったら避けては通れないカーター・ファミリーのひとりであり、70年代にニッティ・グリッティ・ダート・バンドが中心となって、カントリー界の大物たちと若手が大集合して録音した『Will The Circle Be Unbroken』で聞こえてきたマザー・メイベル・カーターの声に惚れ込んでいたこともあるんだろう。当時知ったカントリーの曲が登場すると、それだけでも嬉しくなったものだ。

 そんな楽しみもあったんだが、なによりもジョニーのジューンに対する愛情と思いの丈やを映画と通じて知ることができたことが大きいように思える。だからなんだろう、この映画とクロスして、『Will The Circle Be Unbroken』の、出るわけがないと持っていた三作目『Will The Circle Be Unbroken3』での彼を思い出すのだ。このアルバムでジョニーが歌っていたのは70年代終わりに亡くなったマザー・メイベルとサラ・カーターに捧げるTears In The Holston Riverという曲。これがやけに悲しいのだ。特に、このアルバムが録音されたのは2003年。実は、妻のジューンもここで録音しているのだが、彼女が5月になくなり、ジョニーは、その後を追うように9月に亡くなっている。そんな事実が重なって、この曲がやけに悲しく響く。

Johnny Cash  実は、『Will The Circle Be Unbroken3』を制作した時にDVDも発表されている。メインになるパート、これを記念したライヴの様子はそれほど面白いと思ったことはなかったんだが、録音の様子を中心にまとめたドキュメンタリーがボーナスとして収録されていて、これが素晴らしい。なにせ、生きているジョニー・キャッシュがこの曲を録音している情景が、泣かせるのだ。それに、やはり今はもう亡くなってしまったヴァッサー・クレメンツなんかの顔も見えるし、彼らは今回のみならず最初の作品となった『Will The Circle Be Unbroken』のことなども、嬉しそうに語ってくれている。おそらく、カントリー・ファンにしてみれば、これは貴重だろう。

(なお、お買い得はこれまで発表された三枚の作品に上述のDVDがセットとなって売られている『Will The Circle Be Unbroken The Trilogy』。一時はこれが5000円以下で入手できたし、今でもマーケット・プレイスでは4700円以下で買えます)

 この映画のおかげでジョニー・キャッシュの初期のアルバムがかなり復刻されたようで、ドラッグ漬けの生活から復活して大ヒットを飛ばすことになる『At Folsom Prison』(US import / 国内盤)』なんぞ、この映画での話を知ってから聞くと、とんでもない魅力を感じるんだろうなと思う。それにジューンとのデュエット・アルバムも、そのものズバリ『デュエット』の他に、数々の作品が発表されている。というか、彼の場合、あまりに大物で、発表されている作品が多すぎる。なにを聞けばいいのか全然想像もつかないというのが正直なところですな。

夏樹静子 さて、腰痛ですが、全くいい変化は出てきてはいない。左臀部の神経が直接反応を起こしているような鋭い痛みはそのまま。かといって、デスクについて仕事をしている時には問題はないし、歩き始めると痛さはそれほど感じないんだが、立ち上がる時の痛さは格別で、正直ずっと寝転がっていた方がいいのではないかとも思えるほど。かといって、それは朝のことで、目が覚めた時にはそれほどの痛さは感じないのだ。ただ、立ち上がると「来る」。それに、デスクで仕事をしていて、立ち上がって動こうとすると腰をまっすぐにして歩くのはほぼ不可能だ。まるでおいぼれのジジィのような感じで歩く様は、おそらく、実に滑稽だと思う。といっても、こちらは必死だし、この痛さによる苦しみは経験したものにしかわからないだろう。

 そんな状況の下、夏樹静子女史が書かれた『腰痛放浪記 椅子がこわい』を新たに購入。到着してすぐに読み始めたのだが、彼女の気持ちが手に取るように理解できる。突然、腰痛になり、藁にもすがる想いでいろいろなものを試してきたことが詳しく書かれていて、それが数年続いたというのだ。自分の場合はまだ数ヶ月。それでも、すでにふたつの病院に行って、針も試みた。さて、次は整体かなぁなんてことも思っているんだが、友人がそれぞれ知っている『凄い人』を紹介してくれる。こんな流れも同じで、届いた日のうちにすでに半分は読んでしまった。さて、これからどういった展開で治っていくんだろうかと思うが、おそらく、『ヒーリング・バックペイン』や『腰痛は怒りである』といった世界に近づいていくのではないかと思っている。

 すでにその二冊は読んでいてるんだが、この本を買う前に見た読者の感想やお勧め文にある「読み終わったら、腰痛がなくなった」という事態にはなってはいない。というか、変化はないといった方がいいだろう。ストレッチはちょっとさぼり気味だが、毎日の運動としての速歩は続けている。といっても、雨の日にはできない。それに、すでに10日以上をこうした運動に費やしていても、なんの変化も出てはこない。もちろん、それぐらいの期間では筋力もクソもないんだろうが、ひょっとして、これこそが『ヒーリング・バックペイン』を書いたサーノ博士による「プログラム」ではないかとも思える。彼はそういった方法では腰痛がなくなることはないと断言しているのだ。要するに、呪術をかけられているようなもので、それを実行することは、本当の問題から目をそらすようなものだとも続けているのだ。

 だから、彼が何度もこの本で書いているように、「自分を見つめ」「ストレス」と思われるものを列挙し、その原因になるようなことについてじっくりと考えるようにしている。要するに、自分の脳に働きかけないといけないんだとか。「痛さ」なんてなんでもない。そうやって、無意識が自分に仕掛けているんだと、脳と対決をするんだそうな。だからなんだろう、時には、友人とまるで人生相談のような話をして、その問題を探し出そうとしたり... といっても、簡単には気づかないことが、実はとんでもないストレスの元になっていることもあるらしい。それがなになのか、わかれば、あっという間に腰痛が消えてなくなるというのだが、どうなることやら。でも、絶対に直してやろうと思っている。というか、この「痛さ」から飛び出してやると、決意している。今に見てろよ!



投稿者 hanasan : 09:43 | コメント (0)

2006年11月25日

Flags of The Fathers (父親たちの星条旗) + 腰痛日記

父親たちの星条旗 クリント・イーストウッドが記者会見か、インタヴューで語った言葉が真実だと思っていた。

「政治家たちがどれぐらいの人たちを殺してきたか...」

 と、そんな感じだったと思うが、正確には覚えてない。いずれにせよ、意味はわかる。その通りなのだ。政治家を権力者に置き換えてもいいだろう。権力を持つものが、弱者である「一般人」を殺してきたのは歴史が全て物語っている。だからというのではないが、硫黄島をベースにした彼の監督作『Flags of The Fathers (父親たちの星条旗)』は見たいと思っていた。そう語る彼の視点が絶対に前面に出ているに違いない。というので、昨日見てきた。

 といっても、いつもの散歩の流れで結末としてこれを渋谷で見たことになるんだが、今日のコースは自宅から麻布十番、御成門、新橋、銀座と出て、そこから秋葉原に出るかどうするか... 悩み出したんだが、まぁ、1時間も歩けば今日の運動は充分だろうから、丸の内ピカデリーで上映時間をチェックすると19時からだというので、まだ1時間半も時間が余っている。じゃぁ... と、渋谷に移動。食事をして、19時15分からの上映を見た。映画館で映画... なんて、どれぐらいだろうなぁ。前回見たのを覚えていないところを考えると、数年ぶりなんだと思う。(試写会では『グッドナイト&グッドラック』を見ていて、その時のことはここに書いている。)

 驚いた。あまりに観客が少ないのだ。平日... といっても、金曜日。しかも、夜19時15分の上映だから、もう少し人がいるかと思ったんだが、この映画、メディアで騒がれているのとは裏腹に全然人気がないのかなぁ。30人ぐらいしか観客はいないんじゃなかったかと思う。

 この映画になにを期待していたのか? 別になにも期待していたわけではないんだが、クリント・イーストウッドの視点にだけは期待していた。まさか、彼がジョン・ウェインの『硫黄島の砂』みたいな陳腐な作品を作るとは思ってはいなかったから。でも、感動もなにもしなかった。ただただむごたらしく、醜い戦争の姿を見せつけられただけのように思える。それは「戦場」という現場のことだけではなく、「戦場」から遠く離れたアメリカ本土でさえ醜くむごたらしかった。おそらく、イーストウッドが見せたかったのは、これなんだろうが、あまりに悲しかった。

父親たちの星条旗 ストーリーは基本的に、あの硫黄島に星条旗を立てたとされる人の息子が書いた本。日本で言えば、「肉弾三勇士」といった趣に仕立て上げられる兵士の息子の目を通して、あの激戦の模様とそのむごたらしいまでの戦争の事実が描かれているという感じなんだが、まず思い出したのは『プライベート・ライアン』だった。あまりにむごたらしい「戦争の事実」(と思える)シーンの連続に、人間のばからしさをこれでもかと見せつけられ、ファシズムに対する「戦い」をも正当化できないということを再認識させられるのだ。ちなみに、この戦闘シーン、気の弱い人にはお勧めできません。あまりにグロです。気持ちが悪すぎます。おそらく、本当はもっと凄惨を極めているんだろうけど、それにしても... 吐き気がしました。

 さらに、「英雄」が作られる。そこに果たしたメディアの役割を考えざるを得ないのだ。日本とて同じだった。「肉弾三勇士」を検索して調べてみればいい。ほぼ同じことが行われているのだ。当時の大新聞がこぞって「英雄」を賛美し、狂気の戦争にみんなを駆り立てていった。その結果がどうなったかをここでわざわざ記すこともないだろうが、簡単に言ってしまえば、「権力者による市民の虐殺」だ。「救国」や「愛国」のスローガンの下、市民のみならず、どれだけの兵士が無駄死にを強要されていったか、思い出せばいい。この映画では、その英雄たちが結局は落ちぶれて亡くなっていったことなどが語られているんだが、映画を見た後の帰り道でなにもかもがむなしく、悲しく、人間のあほらしさを感じたというか.... 

硫黄島からの手紙 そのエンドロールを見ながら、誰も席を立たなかったのは、その続編の宣伝が流れるからなんだが、立場を逆にして描かれたという「硫黄島からの手紙」がこの続編としてもうすぐ上映されることになっている。さて、それは同じ島での闘いをどう描いているんだろう。それも、見に行こうと思う。なぜか、このごろ、「戦争」が頭を離れないのだ。湾岸戦争からイラク戦争、そして、その結果としての「逆戻りの世界」に生きているのが我々だ。間近に「戦争」があるというのに、そして、それほどまで多くの人たちが「政治家」に虐殺され、その片棒を担がされているというのに、その実感を感じることができないもどかしさ... しかも、日本は今戦前を生きている。あの時代と同じことが繰り返されているというのに、誰も動こうとはしないし、肌でその危険を感じようともしない。なぜか?

 今、小林多喜二の『蟹工船 一九二八・三・一五』を読み返しているんだが、それも、そんな気持ちの流の中にある。初めてあの話を読んだのはまだ中学生の頃だったと思うから、ほぼ35〜6年ぶりにこれを読むことになったんだが、あの舞台になっているのは今から70年ほど前の話。気が遠くなるほど昔にも思えるし、そうでないようにも思える、そんな時代の話だ。それを読みながら、時代を考えるようになった。しかも、ここ数年、年に数回は訪ねることになっている北海道の鉄道の歴史も知った。あの枕木は、そのひとつひとつが人間の死体によってできたんだと、ここに記されているんだが、そんな時代の上に今があることをもう一度再認識しようと思う。私達の今は無数の市民の亡骸の上で成り立っているんだという思いが強くなるのだ。

 あの映画を見た帰り道、第二次世界大戦に対する反戦運動があったこと、その時に主力となったのがウッディ・ガスリーやピート・シーガーだったこと... そんなことを思い出していた。奇妙なもので、iPodのスイッチを入れて、流れてきたのがエリック・アンダーソンの名作『ブルー・リヴァー』。なにやら、ガ〜ンと頭をぶん殴られたような気持ちになって帰宅した。


投稿者 hanasan : 01:33 | コメント (0)

2006年11月24日

Sayonaraでシンクロ

Miyoshi Umeki しばらく前のこと、久しぶりに横浜の桜木町近くにある野毛小路のパパ・ジョンにいった。店に入ると流れていたのがこのアルバムだった。一時、入院していたというマスターのパパ・ジョンが「これはな、売れなかったジャズ・ヴォーカルのアルバムってシリーズでよ、出てたんだな」と、ニコニコしながら説明してくれたのがこの作品だ。アルバムの主はMiyoshi Umeki。で、その時に流していたのはアナログだったんだが、CDでも『シングズ・アメリカン・ソングズ・イン・ジャパニーズ』というタイトルで2001年に発表されていたのを後に知ることになる。で、このMiyoshi Umekiというのは、後にナンシー梅木と改名して数々のポップス・アルバムを発表していくんだが、そっちのナンシー梅木だったら、うちのレトロ系の棚にLPの1枚や2枚はあるはずだと思っていた。(結局、コンピレーションがそれぐらいあっただけでしたが)

 で、なんの流れかは知らないんだが、たまたまこのところはまっているのがiPodで映画を見ること。というので、そんな話も彼にしていたのね。要するに、一般に発表されているDVDなんぞをリップして、小さめに加工。iPodに入れる時には、英語の字幕だけにして、まぁ、電車かなんかで移動する時に、それを見ながら、英語を勉強するというものなんだが、当然、ここには名作中の名作しか入れてはいない。だってさ、映画をiPodで見るとけっこうバッテリーを喰うのね。それに容量だって喰われるじゃないですか。

 それで今入っているのが、『カサブランカ』(このヴァージョンの英語の字幕、最高です。)に『イージー・ライダー』やジャマイカ英語勉強のために『ロッカーズ』(自分が持っているのはイギリスで買ったヴァージョン)あたりなんですが、クラシックな映画の方が英語は素晴らしいというので、マーロン・ブランド主演の『サヨナラ』も入れていたんですな。で、これがシンクロなんですが、実はこの映画に出演しているのがあのアルバムの主、ミヨシ梅木なんですよ。

Sayonara びっくりですね、この偶然。しかも、それを知ってこの映画を見るとまた面白いんですな。

 映画のストーリーはというと、朝鮮戦争時代の兵士が日本に駐屯していて、日本人女性に恋をするというもの。主人公のマーロン・ブランドが恋に落ちるのが、「マツバヤシ」という歌劇団の女性で、当然ながら、これは宝塚を想定しているんですが、そのトップスターを落としてしまうわけです。そして、その前哨戦というものがあって、それが彼の友人、ケリーで、彼が一足先に結婚してしまったのがミヨシ梅木演ずるクラシックな日本女性。ご本人には申し訳ないんだが、けっして美人ではなく、どこかで野暮ったい感じ。それでも、「アメリカが望んだ日本人女性」の典型として描かれているんですな。なんでも彼女は普通に英語も話せるはずの、今で言う帰国子女系なんだが、この映画のなかではそんな表情を一切見せずに演じているところが面白い。まぁ、時代の設定のこともあるし、この映画が当時の日本をいい感じで描いているかどうかは.... よくわからない。なにせ、この舞台設定は私が生まれてからしばらく前のこと。よくわかりませんから。

 それでも、この時の演技が良かったようで、彼女は東洋人女性として初めてオスカーを受賞したというのだ。これはびっくりですね。当然ながら、日本では大騒ぎをしたと思うんだが、記録によると凱旋公演は、それほど好評ではなかったらしい。

 と、まぁ、偶然の一致で、パパ・ジョンをひさびさに訪ねたら、ナンシー梅木で一致した。先日バードにいった時にも「病は気から」なんて話で「ちょうどそのことを話していたのね」なんて言葉が飛び出てきたんだが、世の中ってそういったもの。どこかでなにかがつながっている。いやぁ、面白い。



投稿者 hanasan : 11:11 | コメント (0)

2006年11月13日

三丁目の夕日... なにもなかった時代に胸躍る + 腰痛日記

三丁目の夕日 このところ、夜、眠れない。なにせ、腰が痛い。1週間ほど毎日少なくとも1時間は歩くようにしていて、今日も歩いてきた。自宅の白金から古川橋、麻布十番、飯倉、溜池、皇居から日比谷、霞ヶ関、神谷町、飯倉と巡って同じコースで帰ってきたんだが、2時間弱で8kmぐらいかなぁ。で、いつものように帰宅したらプロテインを補給して仕事。更新作業をして、風呂に入って、さて、寝ようかと思うんだが、痛いのはこれからだ。ベッドに横になると、痛い痛い。というので、DVDでも見て、痛さを忘れるぐらいにのめり込んで、あるいは、あまりに退屈な映画だからと眠たくなるのを待つという感じだ。

 そのせいか、このところ、毎晩のようにDVDを見る。昨日は『Mr.&Mrs.スミス』を見たんだが、別にブラッド・ピットのファンでもなければ、アンジェリーナ・ジョリーに魅力を感じるわけでもないんだが、単純に楽しめるという意味では、こういった映画も悪くはない。所詮は、ハリウッド映画だから、この程度でいいのだ。まぁ、何度も見たいとは思わないし... どうでもいいけど。

 で、今日は『三丁目の夕日』を見た。いつもながら、レンタル屋でたくさん借りてきて、コピーしておいて、暇なときに見るというパターンで... だからこそ、こうやって、このところ連続して毎日のようにDVDを見ているんだが、前回借りた6枚のうちの1枚がこれで、とりわけ期待することもなく、暇つぶしのために借りたもの。でも、なんか、良かったなぁ。

 原作は西岸 良平の漫画で『夕焼けの詩』。大学生の頃から、漫画週刊誌『ビッグコミック・オリジナル』で連載されていたものだ。今、wikipediaで、ちょっと調べてみたら、なんと彼は高校生の頃、かの細野晴臣と同級生だったんだとか。びっくりですな。(そういえば、『クラウン イヤーズ オブ ハリーホソノ 1975-1976』というのが、12/20に出るんだそうな。名作『トロピカルダンディー』と『泰安洋行』のリマスタリング + ボーナス・トラックに加え、1976年横浜中華街や神田共立講堂でのライヴを収録した20分ほどのDVDに、中華街ライヴのCDという4枚組のボックスセットとなるんだそうだ。これでまた、買ってしまうことになる。やばい!)

ワン・フロム・ザ・ハート で、この映画です。全然期待していなかったのに、とんでもなくいろいろなことを考えさせられた。というか、思い出した。もちろん、作り物の映画だから、『芝居がかっている』のは当然。しかも、作っている人たちが、『映画』好きなんだろなぁとも思う。初っぱなの長まわしなんて、ヒッチコックや溝口やデ・パルマなんかを思い起こさせるし、芝居っぽい、作り物的な映画でいえば、どこかでコッポラ監督の『ワン・フロム・ザ・ハート』だろうなぁ、比較したくなったのは。『Foreign Affairs』でのトム・ウェイツとベット・ミドラーのデュエットを聴いて、この映画を作ったらしいが、あの感覚に近い長まわしで、懐かしい東京が姿を見せるのだ。

 といっても、この時代の東京を自分が知っているわけはない。それでも時代は同じなのだ。自分が生まれたのは1955年の昭和30年。この映画の舞台となった58年のちょっと前となる。だから、(正確な時代考証はよくわからないけど)この映画から飛び出してくるそれぞれの瞬間に全てがつながってしまうのだ。ガキの頃、ラジオにかじりついて『赤胴鈴之助』を聴いていたクチだし、風呂敷をマントに月光仮面ごっこをやっていた。1960年頃、隣の家がテレビを買って、それを見せてもらっていたり... そのときに見た『チロリン村』なんて、いまだに記憶に残っていることを考えると、よほどの衝撃だったんだろう。冷蔵庫なんてなくて、氷を買って冷やす冷蔵庫のようなものが普通に存在した。そんな時代だ。そんな状況を簡単な言葉で言えば、なにやらモノクロの世界から総天然色に変わったって感じかねぇ。舞台はそんな時代の町なのだ。

 そこで繰り広げられるありふれた日常の喜怒哀楽を、いい感じでまとめている『漫画』の映画。それを見ながら、なにもかもが新しく、輝いて見えた時代があったことを思い起こされた。もちろん、本当のあの時代は苦しかったし、誰もが貧しかった。親父は組合運動で首になり、ストライキを続けていた彼の仲間たちは極貧にあえいでいた。一方で、高度経済成長の陰で公害問題が派生し、生まれ故郷の岡山あたりでは森永ヒ素ミルク事件が起きていた。下手をしたら、自分だってその被害者だったかもしれない時代だ。朝鮮戦争にレッド・パージ(共産党を中心とした左翼に対する弾圧事件、労働運動に対する弾圧)もあった。それでもどこかで『未来』を夢見ていたように思えるのだ。おそらく、それを象徴するのが登場人物の「縁もゆかりもない子供」やその仲間が見る未来なんだろう。正直言って、この映画、こういった子役たちにめちゃくちゃ救われていると思う。

あがた森魚 が、今の現実はどうなんだろう。あの頃は、いろいろな問題が目の前にあっても、どこかできっと「今よりはいい時代が来る」という期待を持つことができた。今でも、そういった気持ちを持たなければいけないと思うんだが、素直に、そうはなれない。なにをどう考えても、時代は終末に向かっているとしか思えないのだ。もちろん、70年代にもそう思ったことはある。それを端的に示しているのが松本隆プロデュースによるあがた森魚の名作『噫無情(レ・ミゼラブル) 』のオリジナルに入っていた松本の文章だった。

「昭和の子らよ、死合わせに眠くなれ!」

 という彼の言葉がずっと心に残っている。彼がどれほどの意味を込めて、この文章を書いたのか、想像するしかないが、どこかで単なる「あきらめ」ではなかったようにも思えてしまうのだ。が、21世紀となってかなりの時間が過ぎて、僕らは本当に「期待できる未来」を描けるのか? 正直言って、どこかで否定的な気持ちになってしまう。いつだったか、ロンドンのブリクストン・アカデミーでジョー・ストラマーのライヴを見た後、ぐでんぐでんに酔っぱらったジョーがショーの後、自分の眼前でこういった言葉を思い出してしまうのだ。

「It's fuckin' too late,man. Fuckin' too late!」

 もう、間に合わないんだよ、もうダメなんだ。と彼は言っていたんだが、それはおそらく、環境問題のことだと思う。馬鹿げた戦争や石油で右往左往している暇はない。僕らは確実に終末への速度を上げているのだ。それなのに、なぜ、そのスピードを遅くする努力をしないのか? こんなにのんびりしてはいられないはずなのに... たった1本の映画から、こんなことまで考えてしまう自分は、おかしいんだろうか。当たり前の感性を持っていたら、これぐらいのことに気づいてもいいだろうに。



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2006年11月10日

白バラの祈り - ゾフィー・ショル、最期の日々- を見て思うこと

白バラの祈り 映画が公開されていたときに、見よう、見ようと思っていながら見られなかった作品に『白バラの祈り - ゾフィー・ショル、最期の日々- 』があった。なんでも第二次世界大戦の末期が近づいた頃、ヒットラーのお膝元で反ナチズム運動を展開していた学生達がいたという。白バラ運動と呼ばれたそのうちひとりの女性、ゾフィーの最後を描いた映画で、レンタルで見ればいいものを、つい最近購入してしまった。なんでかなぁ。よくわからないけど、単純に見たかった。

 で、これを見てどう思ったか? そんなに甘かったの?というのが感想。要するに、彼女たちが大学で本当の戦況を伝えるビラをまいて、反政府活動をしていると逮捕されるというストーリー。そして、不当な(以外にあり得ない)裁判の後に死刑になる。それだけのことなんだが、だからどうなんだ... と思った。あれからこれまで世界中でそんなことは日常茶飯事のように起きているし、あの時代にそれだけですんだんだろうかと疑問にも思った。

 だって、そうだろ? 日本プロレタリア文学の巨匠で、名作『蟹工船』を書いた小林多喜二が特高(特別高等警察)に幾度も捕まった末、1933年に拷問によって虐殺されたことを思えば、あんなに簡単に殺されたのが奇妙にさえ写るのだ。なにせ、小林多喜二は身体が倍にふくらむほどの拷問を受けている。それでも信念を貫き通した彼にどれだけあこがれたって、自分にはできない芸当だろう。なにせ、腰痛だけでも悲鳴を上げているのだ。(笑)

 それほどまでに狂気の時代を生きて、ファシズムと闘った人たちをばかにするつもりは毛頭ない。逆に、無数の無名の市民達に対して尊敬の念を持っている。だからこそ、この映画が「実話に基づいている」のがどこかで信じられないのだ。そんなに楽には死ねなかっただろうと想像するのは間違いなんだろうか。

 ちょうど時を同じくして、『ヒトラー ~最期の12日間~ 』も見た。自国の歴史を直視して、ヒットラーを、そして、あの独裁者に心酔した一般庶民をも断罪しようというこのアプローチに、歴史を直視できない日本人の悲しさを感じたといったらいいだろうか。ヒットラーの狂気の沙汰を、まさしく異常をきたした人間として描く度合いに、大げさなものも感じたけど、同時に、彼を熱狂で迎えたあの時代の市民にあの頃の日本人を見たようにも思う。

 ところが、日本でこれほどまでに歴史を直視した映画があっただろうか? その片鱗だってあるのかもしれない... いや、あるはずがないだろうけど、ひょっとしたらと思って、一応見てみたのが『男たちの大和 / YAMATO 』。よくもこんなにあほらしい映画を作ったものだ。おそらく、政府なり、政治家なり、自衛隊なりの援護射撃があったんだろう。『戦国自衛隊1549』が見事な自衛隊プロモーションだったとの同程度の、国威高揚プロモーション映画でしかないのがよくわかった。実にあほらしい。

 一方で、海外の多くの国や地域がそうしているように、ファシズムと闘った人々が真摯に描かれた映画って日本にあるんだろうか... と思って、いろいろ考えたんだが、一本も頭に浮かばない。所詮は、アカと呼ばれた彼らは浮かばれないのが日本じゃないかと思うのだ。

 だからこそ、靖国神社なんて代物が未だに存在するのだ。あれは戦死者をまつっているのではない。広島や長崎で、あるいは日本兵に多くの市民が虐殺された沖縄や東京大空襲や全国の空襲で犠牲になった市民はそこに加えられることなく、兵士として「御国」のために闘ったとされる人だけが祭られているわけだ。しかも、その多くは自分の意志ではなく、赤紙で「行かされた」のであり、あそこに祭られている東条英機らの軍人たちがそんな人々の命をぼろぞうきんのように捨て去ったのだ。小泉が語る特攻隊だって、敵艦のそばにも寄れないような複葉機で死にに行った兵士もいるのだ。それは単純な自殺行為であるばかりか、軍人による日本人の殺人でもある。

 ある時、テレビでお偉い評論家がのたまった。

「それでも、東条英機は死してその責任をとったんですよ」

 ふざけるな。何百万人をも殺していて、たったひとりの人間が自決するのはただの責任逃れだ。そんなことが美化されて、歴史を直視しないこの国は、すでにあの時代に逆戻りしていると思っている。こんな国は、私の愛する日本ではない。一連の映画を見ていて、そんな思いをどんどん強くした。



投稿者 hanasan : 14:25 | コメント (0)

2006年11月07日

腰痛日記

真実の瞬間(とき) なんとアホなことを書き始めるのか... と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、事態はかなりシリアス。でも、それだったら向かい合ってやろうと、こんな記録を残すことにした。っても、自分のやっていることが正しいのかどうか、そんなことはわからないが、こういった努力をやってどんな結果がでるか、見物だと思う。ただ、それだけのことだ。

 とりあえず、前回ここに書いた『腰痛は怒りである』という本は本日到着。でも、まだ全ては読んではいない。その前に、ここまでのいきさつを記すとこんな感じになる。

 よし、向かい合ってやろうと思って、まずやり始めたのが歩くこと。一昨日は自宅の白金から中目黒の友人のやっているレストランまで一気に歩いた。かかった時間は30分。ノンストップで、かなり足早に歩いたという感じ。なかなか気持ちいい。っても、それでビールを飲んで、焼酎を2杯。でもって、その仲間とワインを1杯飲んで、そこからまた恵比寿まで歩いて再び焼酎を1杯。要するに、ただの飲んだくれですな。結局、その頃から強力な痛みを感じ始めて... そりゃぁ、そうだろ。そんな不健康なことをやっていたら、身体にいいわけがない。

 というので、翌日はちょっと控えた。同じように、といっても、今度はダイエット用に買った協栄ジム開発... サウナスーツみたいなのを着込んで、再びうちから中目黒に向かう。といっても、今回は到着してビールを1杯と薄目の水割りで焼酎を2杯。しかも、のんびりと閉店後DVDを見ながらとなったので、自分のなかで飲んだうちには入らない。この時見たのが『真実の瞬間(とき)』という傑作で、ハリウッドに対するレッド・パージ(赤狩り)を描いた作品。今の日本のメディアがそうなりつつあるのをわかってみていると、めちゃくちゃ面白い。今じゃ、『国を愛しています』と言わなければ非国民扱いされるし、メディアでやたらと日の丸君が代を奉っているのがその傾向だと思っていないようじゃ、よほど鈍感だと思う。

 それはさておき、その後、再び中目黒から自宅まで一気に歩いて帰る。この日は途中でどこに立ち寄ることもまっすぐ帰って、服を着替えてまた仕事。コンピュータに向かい合ったんだが、途中で倒れるように寝てしまう。が、それほどひどい痛みは感じなかった。

 今日は自宅から新宿まで歩く。8時45分に家を出て、10時前にヨドバシに着こうと決めて(要するに、小さなリュックを買いたかったのね。そんなもの、どこでも売っているんだけど)で、途中、何度か信号で止まらなければいけなかったけど、甲州街道の南口あたりについたのが9時50分で、なんとか閉店に間に合って購入。その後、メシでも食ってから帰ろうかなぁ.. と思ったんだけど、あんまり食欲がなくて、そのまま再び歩き出して帰路に。その時が10時10分。途中、友達の店で一杯飲んで帰ろうかとも思ったが、1日ぐらいサケを抜かないといけないと思って、そのまま帰ってしまった。といっても、近所で買い物をしたから家に着いたのは11時半。今日は2時間半ぐらい歩いたことになる。これで聞けたのは43曲。(当然、iPodです)なんだか、歩いていると、どこまでも歩いていけそうで面白い。今度、小田原まで歩いていってみようかと考えたり... 80kmぐらいだから、きちんと休んでいけば、2日でたどり着けるかなぁ。と考えたり、友人が「タンパク質をとらないといけない」とアドバイスをしてくれたことから、頭のなかはタンパク質だらけ。なにを喰えばいいんだ?と、大豆しか頭に浮かばない。

 で、今、Google Earthの新しいヴァージョンを下に距離を測ってみたら、直線で5km強。だから、片道6kmぐらいを歩いたんだろう。帰って来てから、しばらく休憩しながら軽く食事。といっても、そんなに食欲はなくてコンビニで買ったサンドイッチに飲むヨーグルト。以上。なんと粗末な食事だ。タンパク質もクソもあったもんじゃない。そして、こうやって腰痛日記を残している。

腰痛は怒りである で、今日届いた『腰痛は怒りである』という本を読み始める。すでに半分ぐらい読んだけど、これまでのくだりは『腰痛の原因は全然わかっていない』ということと医者の処方が『効果なしだ』ということ。それをいろいろなデータを加えて書いてくれているんだが、当然ながら、そのデータに関しての信憑性を判断するすべを読者は持っていない。なにせ、専門家じゃないから。このあたりは著者を信用するしかないのだが、そうやっていくと「どないなっとるんじゃい」ということになる。ただ、多くの医者が言うように「年のせいである」とか「人間にとって腰痛は避けられない」といった発言が、全然意味を持たないことだけは理解できる。

 まだ半分ぐらいの段階で、どうやら最も強調しているのがプラシーボ効果のこと。要するに、信じるものは救われるということが書かれているのだ。すでに、この時点で結論がわかってきてしまったような感じ?といったら、筆者に失礼だが、自分で信じなければいけないのね。直るのよ、直すのよ。でも、安静にしているだけではいけない、というか、日常生活を普通にしているのが一番といった記述は仲間の体験者の言葉にも通じる。といって、運動すればよくなるとも断じてはいない。健康のために運動はいいんだというので、やればいい。が、それが腰痛に効くとは全然認められてないと来た。さぁて、これからどうなるか。明日までには全部読んでみよう。 それでもって、どう転がるかだ。

 ちなみに、あれほど歩いた今日は、はっきり言って、めちゃくちゃ痛い。ただ、角度によるんだけど。椅子から起き上がるとき、寝ようと思ってベッドに入ったときが強烈に痛い。さぁて、どうやって寝ればいいんだろう。


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2006年10月25日

カサブランカ : 究極の映画か?5回目のご購入!?

Casablanca 実は、また、買ってしまいました、この名作『カサブランカ』。知らない人はいないと思えるほどの名作中の名作映画のDVDなんですが、なぜか? 実は、以前、購入していたこちらを女の子にあげてしまったからなんですな。あまりに素晴らしくて、見ていない人に勧めるのは当然として、ちょっとでも恋心を感じたら、「ええい、面倒くせぇ、持っていけぇ!」と、こういった結末になってしまうわけです。そして、再び、買ってしまうんですな。アホです。

 で、私の『カサブランカ』歴はというと... 昔はテレビで放映されたものをVHSに落としたものがあったりしたんですな。なにせ、当時、日本じゃビデオがべらぼうに高かったから、ソフトを買うなんて想像も出来なかったわけです。だからという奇妙な理由で、大金をはたいて世界中のビデオを見ることができるマシンを買って、最初はイギリスでビデオを買うことになります。ビデオで... 少なくとも2回。当然「字幕のないもの」で、その後、しばらくして宝島という雑誌で、今は亡き(笑)LDの宣伝原稿を書いてくれと頼まれた時に、LDを1枚、ただでもらって.... その後、イギリスで生誕50周年記念みたいな感じの特別パッケージ盤を購入。っても、大げさな箱にビデが入って、写真満載の小冊子が入っている程度でしたけど。その後、時代はDVDになっていくんですが、それから買ったのが今回、上げてしまったこのヴァージョン。これは、確か買った時には980円ではなかったかと思うが、今チェックしてみると1500円だとか。で、今回購入したのが1980円ででている『カサブランカ・スペシャル・エディション』という流れとなっています。

 おそらく、見た回数でいえば、これを越える映画はないだろうと思えるほどで、それはもう『カサブランカ・オタク』といってもいいほどの異常さなのですよ。正直言って、画面を見ながら、英語で台詞のほとんど話してしまえるんですが、(っても、かっちり正確ではないですよ)そのおかげで私と一緒にこのDVDを見たいという人はいません。なにせ、うるさいうるさい。

「今の台詞、わかる?これ、こんな意味なんだよね」

 なんていいながら、実は、字幕に文句を言ったり... というので、初めてこの廉価版を買った時には、かなり嬉しかったんですね。なにせ、英語で字幕を見ることができる。というので、これを使って英語の先生じゃないけど、友人に英語を教えてみたり... ところが、そうしているうちに気がついたんですが、この英語の字幕がくせ者で、かなり端折ってるし、時には間違っているんですな。それをみつけた時には「嘘つけぇ、このぉ!」と画面に向かって怒鳴ってみたり... アホです、いつもながら。

 ところが、今回買った『カサブランカ・スペシャル・エディション』は違うんですよ。実に、正確なんですね。本当に口にしている言葉をきちんと字幕で追いかけている。これは、嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。これで、カサブランカ・オタクの度合いがまだまだ増すというものです。なにせ、この映画の言葉がとても美しく、ウイットに富み、豊かで... この映画で英語を勉強させてもらったといっても嘘ではないんですよ。もちろん、これだけで英語が話せるようになったわけではないけど、そんな話をかつての宝島の編集長で、今はもっと偉くなっている関川誠氏にずっと話をしていたら、私の本『ロンドン・ラジカル・ウォーク』の解説にこんなことを書いている。ということもあり、これを見ていない人がいたら、絶対に見てね。本当に勉強になるし、見れば見るほどにいろいろなものが見えてくるから。楽しいよ。

 っても、今度は、途中で出てくるフランス語とか、イタリア語とか、ドイツ語とか... そんな台詞や看板の意味も知りたくなっちゃうんですけど。例えば、頭に近いシーンで誰かが射殺されるんですな。そのときにドゴールの絵と、何かの言葉が書かれた壁が出てくるんですが、この意味でかいと思うんですね。確か、テレビでやったときか、それが書かれていたように思うんだな。そんなことも知ることが出来れば、また、映画の意味が変わってくるんですよ。いやぁ、映画って、本当に面白いですね!



投稿者 hanasan : 17:23 | コメント (0)

2006年10月23日

ブラック・レイン : 追悼 松田優作

Black Rain そそられるなぁ、実にそそられる。なんでも松田優作が亡くなって17回忌だったという昨年、『松田優作映画祭』のオープニングでこれが上映されたという。その流れで生まれたデジタル・リマスタリング盤で、日本でのみの発売。メイキング・オヴの70分強、それと日本独自の40分ほどの映像がついている初回限定とのことで、発売日までに注文すると25%オフ。おそらく、一番そそられるのは最後の25%オフってところなんだろうな。なにせ3000円以下なのだ。

 映画自体、けっこう微妙で、好きなようで好きとは言い切れない部分も抱えている。松田優作の魅力はあるし、高倉健もいい。マイケル・ダグラスは好きじゃないかもしれないけど、脇役として出ているガッツ石松とかもいい味が出てるなぁ... なんて思ってた。それより何より、舞台が東京ではなく大阪だということも大きな魅力なのだ。高校生の頃、よく行き来していた... というか、学校をさぼってふらつき歩いていた宗右衛門町あたりの映像もあるし... グロテスクに姿を変えてしまった戎橋劇場... なんて、今は言わないんだけど、あのエリアの映像とか、尼崎(だと思う)の映像に魅力を感じてしまうのだ。

 松田優作がこれでハリウッド・スターになったとは思っていないし、ハリウッドが面白いとも思っていないから、そんなことはどうでもいいんだけど、松田優作のあの存在感はねぇ、否定しようがない。どこにいてもいいのだ。その最後の姿を残してくれたと言うことででも、なんども見たくなる映画ではある。

 ということで、ちょっと悩んでいます。ふた昔ほど前のように,ちょいとリッチだったら、迷わずに買うんだろうけど、今週はMacBookのHDを160GBに交換して,オリジナルのHDを入れるケースを買って...と、かなり散財したから、やっぱむりかなぁ... と思っています。買った人は、感想を聞かせて欲しいですな。



投稿者 hanasan : 11:42 | コメント (0)

2006年09月02日

Michael Frantiに身体が震える...来日公演を見逃すな

Michael Franti マイケル・フランティは昔から大好きなアーティストだった。彼が中国系アメリカ人とのユニット、ディスポーザル・ヒーローズ・オヴ・ヒップホップリシーでデビューしたとき、ロンドンで彼らのライヴを見てインタヴューをしたことがある。そのとき、大きな話題になっていたのは「テレヴィジョン、ザ・ドラッグ・オヴ・ザ・ネイション(テレビとは、国家のドラッグである)」という曲で、あまりに過激な内容のせいで一般のテレビでは一切放送されなかったというしろものだ。一方で、そんな彼らを気に入ったU2が、全米ツアーに彼らをオープニング・アクトとして起用し、このビデオをどでかいスクリーンで全て見せていったという話を聞いたのは、それかしばらくの後じゃなかったろうか。

 そのマイケル・フランティがシーンに登場したとき、よく比較されたのがギル・スコット・ヘロンだった。声の質がよく似ているだけではなく、ラディカルな政治性も似ていたからだ。おそらく、アメリカに住む子供として、ラップの始祖のようなギル・スコット・ヘロンにどこかで憧憬のようなものを持っていたのではないかと察するが、あのときのインタヴューで、その点に関して尋ねたのかどうか、あるいは、彼がその点に関してなにかを言ったのかは、もう覚えてはいない。いずれにせよ、そういった彼の政治的な姿勢が、おそらく、イギリスで同じように政治的に真摯な姿勢を見せていたビリー・ブラッグのマネージャー、ピート・ジェナーに引き合わせたんだろう、あのバンドの時も、そして、新たにスピアヘッドとして活動を始めた頃も彼がマネージャーとして動いていた。(現在はどうなっているのか、自分にはわかりません)

Michael Franti 数年前にどこかのレコード会社を訪ねたときにたまたまプロモーション来日していた彼とちょっと言葉を交わしたり、フジ・ロックに出演したときにもそんなことがあったとは思うが、このところ、彼のことはあまりチェックはしていなかった。とはいっても、アメリカの平和運動のことをチェックしていると決まって登場するのが彼の名前で、彼の姿勢が全く変わっていないどころか、どんどん鋭くなっているかのようには思えていた。その彼が来日するというので、プロモーターの友人から受け取ったのがこのDVD『I Know I'm Not Alone (僕は知っている。けっしてひとりじゃない)』という作品だった。なんと彼がイラクからパレスティナ、イスラエルという戦争のまっただ中に乗り込んで作ったドキュメンタリー。これを見ながら、涙が止まらなくなってしまったのだ。

 彼がバグダッドを訪ねたのは2004年の6月。ちょっと想像力がある人だったら、思い出してくれるかもしれないが、3人の日本人が人質として拘束されて日本中が揺れ動いていたのが4月で、そのとき、渋谷ハチ公前で人質を救出するためのアピールに加わっている。そのときのレポートはSmashing Magここでjoeがレポート。加えて、その数ヶ月後に知人がバグダッドに飛んで書いたレポートも同じく、ここに掲載した。「自己責任」と「責任逃れ」をする政府の尻馬に乗って、ボランティアとしてイラクに向かった日本人3人がバッシングされていた頃に重なる。同じ4月日本人ジャーナリスト2名が同じように人質として拘束され、10月には日本人の若者が人質となり斬殺されたことを思い出してみてほしい。マイケル・フランティがバグダッドに向かったのはそんな時期なのだ。おそらく、自分の生命が危機にさらされることは十二分に理解していただろう。そして、もし、万が一のことがあったら、また、あのときの日本人の多数が「自己責任」なんぞという陳腐な言葉で彼を非難したんだろうか。これを見ながらそんなことも考えていた。

 このDVDの冒頭で彼の言葉がこんなことを言っている。

「テレビで聞こえてきたのは政治家や将軍の言葉ばかり。彼らは経済や政治の損失ばかりを口にしていたけど、人間の損失については全く語りはしなかった。それに欲求不満を感じていたんだ」

 だから、彼は旅に出たのだ。映画のクルーや仲間たちと一緒にバグダッドに入って彼が出会ったのは普通のイラク人たちだ。そこで恐怖におののきながらも毎日の暮らしを続けている人々に接することで、戦争の奥にあるものを見つめようとしていたように思える。単純に苦しい人たちや悲しい人たちを「犠牲者」として描くのではなく、彼はギターを持って歌い、楽しんでいるようにさえ見える。が、その一方で、取材中に爆発音が聞こえたり、ガイドとしてつきあってくれた人たちからは、彼らにとってイラクにいることがどれほど危険なのかといった説明も受けている。

Michael Franti その一方で、彼はアメリカ兵にインタヴューを試みたり、彼らの前で演奏をしたり... 反戦平和を歌う彼が、兵士の前で演奏することがどれほど難しかったか... 彼自身がこれまでの生涯で最も難しい演奏だったと口にしているのだ。それでも、兵士たちに接することで、「兵士が悪」だとは単純に言い切れないことも浮き上がらせている。それはバグダッドからパレスチナ、イスラエルへと飛んでのドキュメントでもそうだった。おそらく、このドキュメンタリーで最も強力なのは、彼がギターを持って双方の人間たちを等しく見つめて、時には対立しているとされる両側の人間をつきあわせたりもしていることだろう。

 もちろん、彼は地元の様々なミュージシャンたちにも出会っている。弦が手に入らないからと、電話のケーブルを代用するなどして活動をしているというイラクのメタル・バンドやラッパー、イスラエル人とパレスティナ人が一緒になって演奏しているバンド等々。ここでも確認させてくれたのは政治や経済を遙かに超えて音楽が人と人の絆を作り、存在することですでに「平和」的であるということ。おそらく、彼らがメジャーな存在であるとは思えないけど、どこかでそこに希望があるのではないかと思わせるのだ。

 そんな経験を積んでのちに録音されたのが最新作となる『Yell Fire!』。なんでも半分をジャマイカでスライ&ロビーをバックに録音しているらしいんだが、おそらく、彼らにはマイケル・フランティが体験してきたことの重みを十二分に理解しているんだろう、ここからたたき出されるものには生身の人間が奏でる音楽があった。

 そのマイケル・フランティが10月に来日することになっているんだが、チケット・セールスが芳しくないという話を聞いた。メディアで彼のやってきたことに対する評価がないのか、扱わないのか.... その話を聞いただけで日本がとてつもなくやばい状況に直面していることがわかったように思う。まるで終わりに向かって突き進んでいるように思えるのが今の日本。これでいいんだろうか... マイケル・フランティのDVDを見て、CDを聴いてそんなことを考えてしまった。



投稿者 hanasan : 20:22 | コメント (0)

2006年08月27日

Linton Kwesi JohnsonのDVDが出たぞ。

Linton Kwesi Johnson UKレゲエを語るときに避けて通れない人物に、ダブ・ポエット、リントン・クゥエシ・ジョンソン、通称LKJがいる。重厚なルーツ・レゲエをバックに「詩の朗読」をするというスタイルなんだが、語られている言葉は、ジャマイカの訛り、パトワ。そんなスタイルで彼が一躍脚光を浴びたのは78年に発表されたこのアルバム、『Dread Beat An' Blood』が発表された頃だった。ジャケットを見ればわかるだろう、機動隊の群れに向かっているのは黒人の男性と女性。それぞれの手には瓶や缶が握られている。当然ながら、それが示すのは「敵」である「警察」(権力)に立ち向かう、イギリスのマイノリティの姿であり、簡単に想像できるように、そこからは真っ向から政治や社会に向かい合った強力な言葉が放たれていた。

 自分が初めてイギリスに向かったのが80年4月。そんなLKJが立て続けにアルバムを発表していた時期に重なる。『Dread Beat An' Blood』で脚光を浴びた彼がアイランド・レコートと契約して、翌79年に続く『Forces of Victory』を、そして、80年には『Bass Culture』を発表。この3枚の重たさは、当時のイギリスが抱えていた経済不振や人種差別といった社会的な問題を見事に浮かび上がらせていた。

 確かに、自分があの頃のイギリスにいたから、あの独特の重さや鋭さを感じるのかもしれない。なにせ、全てが暗かった。天候のせいもあるだろうし、経済のせいでもあるだろう。実際、マイノリティに対する風当たりはきつく、「俺たちイギリスの人間が貧しさに喘いでいるというのに...」と不満のはけ口はアジア系、カリブを中心とした黒人に向けられていた。だから、街を歩いているだけで「チンク」と、中国人に対する蔑称を突きつけられたり、ツバを吐かれたこともあった。そんな時代の話なのだ。

 が、もし、そんなことを全く知らなかったとしても、この一連のアルバム、特にデビュー作となる『Dread Beat An' Blood』を聴けばその全てを肌で感じることができる。LKJの素晴らしさはそこにあるように思えるのだ。低く淡々と話しているようで、実は、バックの重たいレゲエのビートと重なって、簡単には理解できない言葉の奥にある意味をまっすぐにたたきつける。もし聴いたことがなければ、聴いてみるがいい。ぞっとする冷たさの向こうに、静に、それでも、深く確実にくすぶっている怒りの熱を感じるはずだ。

Linton Kwesi Johnson そのLKJのDVDがうちに届けられた。(なお、これをamazonで探してみたがみつからなかった。HMVでは入手できるようだし、発売元のP-Vineでも買えるはずです)これは、ちょうど『Dread Beat An' Blood』が発表された時に制作された彼のドキュメンタリーで、監督は、ここで幾度かお話ししただろう、自分が何年もDVD化を望んでいるUKレゲエ映画の傑作『バビロン』を撮ったフランコ・ロッソ。その時代の背景もあるんだろう、多くのカリブ系移民が集中していたロンドン南部のブリクストンの風景やレコーディング風景、そして、幾度も続発していた暴動シーンなどを絡めながら、「なぜLKJ」なのか、どこから彼の音楽や詩が生まれてきたのかがヴィヴィッドに伝わる内容となっている。

 自分が彼とインタヴューしたのはこのドキュメンタリーが撮られてから5〜6年後ではなかったかと思う。場所はブリクストンで彼が中心となって活動していた政治団体であり、出版もやっていたレイス・トゥデイの事務所だった。ドアを開けて、通されたのは階段の奥に作られた秘密の部屋で、彼の人生の話を教えてもらったものだ。

「僕らにとって、ここで生きることがそのまま闘いだった」

 あの時、彼が口にしたその言葉は今も脳裏に深く焼き付いている。(当時の話は、あの頃共同通信で連載していたシリーズの2回目に記していて、ここにそれを復刻させているので、ご関心のある方はチェックしてください)その言葉の重さは、それから後、アスワドやスティール・パルスといったバンドとのインタヴューでも痛感したことだったし、取材する上で避けては通れない問題だったように思う。実際のところ、肌でなにかを感じていた80年から1年のイギリス生活を終えて帰国した時、テレビのニュースを通じて耳に入ってきたのが全英数十都市での暴動の話。結局は、それが引き金となって、再びイギリスに向かってもう1年をあの国で過ごすことになるんだが、まだまだ物書きになろうなんて思っていなかった頃から、自分を動かすものがそこにあったように思えてならないのだ。

 そんな時代のことを十二分に振り返らせてくれるのがこのDVDだと思うし、これこそが自分にとってUKレゲエだったんだということを再確認させてくれた。なにやら再びレゲエ・ブームだといわれるこの国で、このDVDやLKJの音楽が「それがホントにレゲエなのかい?」というささやかな疑問を浮き上がらせてくれればと思う。レゲエがこうではなければいけないとは思わないが、日本の多くの音楽やバンドにみられる、あまりに希薄な政治意識や社会性の欠如は、こういった作品の刺激を受けることでしか埋まらないように思えるのだ。なにやら、同じことをもう30年以上にわたって口にしているように思えるけど、そんな状態がファシストのような小泉政権を長らえさせ、日本を「危ない領域」に向かわせているのではないかと思う。



投稿者 hanasan : 20:36 | コメント (0)

2006年08月04日

届きました、Glastonbury the FilmのDVD

Glastonbury Festival 以前、ここでお知らせしたように、ジュリアン・テンプルが監督したグラストンバリー・フェスティヴァルのドキュメンタリー映画がこの4月からイギリスで公開されている。それを公開初日にロンドンのエレクトリック・シネマで見ているんだが、そのことに関してはここに書いている。実に面白い。みなさんにもぜひ見てもらいたいと思うんだが、当然ながら、DVDが発表されたら速攻で入手しようと思っていた。

 で、噂で耳にしたのが、そのDVDが7月17日に発売されるということ。というので、amazonで検索をかけてみたんだが、最初に引っかかったのが、サウンド・トラックとされるこのアルバム、『The Music From Glastonbury The Film』。だが、DVDの方では引っかからない。それならばと、amazon.co.ukでチェックしたら、当然のように発表されていた... というので、フジ・ロックの仕事でやってくる仲間に依頼して、DVDとこのCDをセットで購入。持ってきてもらうことになった。

 面白いのはセットで購入すると両方で20ポンドほど。5000円ほどで、実に安い。今、このサントラをチェックしてくれればわかるんだが、サントラだけで3000円以上。いつになったら、日本に入ってくるのかはわからないが、DVDも2000円ほどでは買えないだろうから、安い買い物だったと思う。もちろん、友達がこれを持って日本に来てくれたということもあるから、そんな値段で済んだのであり、これを日本まで郵送してもらったら、けっこうな値段になったとは思うけど。

Glastonbury Festival で、このサントラなんだが、実をいうと、実に映画っぽい。って、当たり前のことなんだろうけど、通常、サントラって、使用された曲が独立してそのまま収録されているという感じ? ところが、ここにはドキュメンタリーで使われた「誰かの話している言葉」が曲間に使われていて、そのクレジットについて、「誰かなんて知ったこっちゃない」と入っているのが笑える。そんななかにはかつてCND(核廃絶運動)へのチャリティとしてグラストンバリーが開かれていた時代のリーダー的存在だったE・P・トンプソンのスピーチもあって、当時のグラストンバリーを知っている人間には実に懐かしいのだ。

 収録曲数は24曲で当然、グラストで録音されたもの。紙ジャケットでプリントもいいし... これは、グラスト・ファンだったら持っていたいと思うだろうな。ちなみに、このほかにもグラスト関係で数々のCDは発表されているんだが、最近では未契約のバンドを集めた『Glastonbury Unsigned 2005』や『Glastonbury Unsigned 2004』が面白かったかな。大昔にNMEがグラストでのライヴを集めたCDを読者限定で発表したんだが、当然それは1回だけのプレスで、おそらく、今じゃ入手不能だろう。

 で、DVDの方だが、2枚組となっている。1枚は当然、本チャンの映画でこれを見るのは、3回目かなぁ。日本ではポニー・キャニオンが10月ぐらいに(おそらく)映画として劇場公開して、その後にDVDとして販売する予定とか。

 今、Disc2の方を見ているんだけど、未使用だったシーンとして11曲分のライヴが収められていて、その他にもインタヴューも収録されている。インタヴューされているのは主催者のマイケル・イーヴィス、著名人、フェスティヴァルに参加した人等々。著名人のなかには、既に亡くなったジョン・ピールの映像もあり、バンドとしてはコールドプレイ、モービィ、ジェイムス・ブラウン、ノエル・ギャラガーなんて人たちの顔が見える。まだ内容は見てはいないんだが、これからのんびりとチェックしてみよと思っている。(ちなみに、今、ジョン・ピールの部分をチェックしたんだが、これを撮影したのは渋さ知らズが日本のバンドとして初めてピラミッド・ステージに出演した時のもので、彼が渋さを楽しみにしていたと話しているのが嬉しい。っても、バンドの名前を読めなくて困っているなんて言ってるんだけどね)

 いずれにせよ、この映画、めちゃくちゃ面白い。これまでグラスト関係の映画といえば『Glastonbury Anhtems』(輸入盤 / 国内盤)のおまけとして収録されている昔のドキュメンタリーか、『Glastonbury The Movie』というものがあるんだが、今回のジュリアン・テンプルのものはそのどれよりも比較できないほどに素晴らしい出来となっている。なにせ、70年の1回目から2005年までの映像を集めて35年の歴史と4日間のフェスティヴァルを時系列に沿って編集構成するというもので、グラストがどういったものなのか、そして、その背後にどんな歴史や文化があるのかがはっきりとうかがい知れるのだ。これは、フェスティヴァルにとりつかれた人たちには絶対にみて欲しいと思う。



 

投稿者 hanasan : 13:12 | コメント (0)

2006年04月21日

また、Joe Strummerのこと...

Joe Strummer あぁ、忘れていた。ジョー・ストラマーのドキュメンタリー映画のDVDが発表されるんだぁ。今日、amazonのアフィリエイトのデータをみていたら、このDVDが注文されていた。というので、私も速攻で注文です。初回限定版(Tシャツなんぞがついているコレクターズもの)と通常版があって、今のところ両方とも20%ほど安くなっている。(予約時点でこういったことが多いですな、amazonの場合)

 内容については、Smashing Magでimakazが書いているので、それを参考にしてもらえればわかると思うんだけど、ディック・ルード監督によるこれは、あの台風の日の新宿リキッドルームでのライヴの様子も入っているらしく、あれを見ている人間にとってみれば、絶対に忘れることができないはずだ。なにせ、あれが、日本でジョーを見ることができた最後の姿なのだ。

 ライヴからの帰り、新宿駅に向かうとき、確か靖国通りの街灯が折れ曲がっていて、それがニュースで流されたはずで、あの後、ジョーたちは中目黒の友人の店、クイーンシバで、飲み明かして帰路についたということだ。それから数ヶ月後、誰が彼の訃報を想像できただろうか。実は、そのニュースを聞いてすぐに出かけていったのがクイーンシバ。そこで朝まで飲み明かすことになった。あのときはスマッシュの日高氏、スカ・フレイムスの宮崎君たちが合流してお通夜となってしまったものだ。

 そして、数ヶ月後、イギリスに渡ることになって、彼の自宅を訪ねている。そのしばらく後に発表されることになった遺作ストリートコアに収録されているボブ・マーリーのカバー、「リデンプション・ソング」を、彼の仲間たちとたき火を囲みながら聞くことになったんだが、そのときの気分といったら... 空から降ってきそうなほどの星を見ていたら、やっぱ、めちゃくちゃ悲しくなったもんだ。

 実をいえば、先日、ロンドンでグラストンバリーの映画を見たときにも、強烈な印象を残してくれたのがジョー・ストラマーで、本気でカメラマンに対してマイク・スタンドをぶっつけていた姿が目に焼き付いている。この映画を見た後、フジ・ロックのパレス・オブ・ワンダーを仕切っているジェイソン・メイオールとインタヴューをしているんだが、「ぐたぐたといつまでもジョーを引き合いに出してフジ・ロックのことをしゃべるのも、あのキャンプ・ファイヤーを追悼の場所にするのも嫌だし、ジョーが、そんなことは一番望んでいないと思うんだよね」と、そんな話をしたものだ。もちろん、ジョーはいつまでも自分たちと一緒だけど、振り返るために彼がいるわけでなければ、彼との思い出があるわけでもない。ぐたぐた言わないで、ロックしようぜ!というこの映画のタイトル「Let's Rock Again」ってのって、そんな意味を語りかけているように思える。

 このDVDが発売されるのは6月7日とのこと。残念ながら、映画は見ていないので、今はこれが届くのを楽しいにしていようと思う。


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2006年01月29日

1000円以下で買えるロックなDVD

Shaun of the Dead これ、今日、smashing Magにアップしたのと同一内容ですが、役に立つのでこちらにも加えます。

いつだっけかマグでtaekoがこのDVDをこんな感じで紹介していた。かなりチープなゾンビーもののコメディでイギリス映画らしいんだが、それ以来、これが気になって... と思っていたら、これが980円の限定版で出るというので、早速予約して買った。初っぱなの音楽がスペシャルズの「ゴースト・タウン」だというのも、まんまじゃん!と、思いつつ、見ていったんだけど、あの記事の通り、音楽好きならめちゃくちゃ笑えるシーンがぽろぽろ登場するイギリス映画で、ゾンビーと対決したときにアナログのレコードを投げる下りとか、確かに納得。なんか監督と趣味が似てるかなぁと思ってみたり。

 と、せっかくだから、これをもう一度ここで紹介して、安く買ってもらおうかぁ、と思ってamazonをチェックしてみたら、すでにこの安いものは売り切れたようで、値段が元に戻っている。シビアですなぁ。限定版ということなんだろうけど、あっという間に売り切れたってことかしら。まぁ、一般の店だったら、まだ手にはいると思うから、探してみればいいかもしれない。

 で、いろいろ見ていくと、なかなかどうして、期間限定であってもなかっても、かなりロックな映画が1000円以下で入手できることがわかった。いい世の中になったものだ。CDなんて1000円で発表されるなんてこと、ほとんどないんだけど、DVDは980円どころか、最近では690円なんてのも出ている。というので、そういったDVDをまとめてみた。まぁ、気になったら、「ちょっと買ってみれば?」と言うこともできる値段だし、映画というのは何度か見ていると、違ったものが見えてきて面白くなることも多々ある。というので、この情報を下にそのあたりをチェックしてみればどうだろう。(ちなみに、amazonの場合、1500円以上を買うと送料がただになるので、1枚だけの購入だったら、あまり得した気分にはなれませんが)

 まず一発目は882円と10%オフになっている『Ray』。説明する必要もないだろうけど、R&Bのキングというか、誰でも知っているだろう、レイ・チャールズの自伝的な映画で、彼を演じたジェイミー・フォックスのあまりなソックリぶりが驚異的だった。そして、次々と出てくるレイ・チャールズの名曲オン・パレード。本物のR&B入門編としてもいいかもしれない。そういった流れで行くと、R&Rの入門編?じゃないかもしれないけど、R&Rが最もヴィヴィッドだった時代の風俗や文化を知るには最適なのが、『アメリカン・グラフィティ』。これはジョージ・ルーカスの古典で980円で手にはいる。こんなクラシックも楽しい。

レッド・ツェッペリン もろのロックものとしては、まず『レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ』が、980円で出ている。熱狂的なファンの間では賛否両論あるんだろうけど、全盛期の彼らをこの値段、980円で見られるんだったら、別にいいんじゃないかなぁと思いますな。同じ値段でローリング・ストーンズの『ブリッジ・トゥ・バビロン・ツアー』も手にはいる。「サティスファクション」に始まって、「ギミー・シェルター」から、「イッツ・オンリー・ロックンロール」「ホンキー・トンク・ウーマン」「スタート・ミー・アップ」「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」に「ブラウン・シュガー」等々名曲が22曲。ニューヨーク・ポストが「間違いなく当年最高のロック・ショーだった」と言っているらしいけど、来日を前に、このあたりで予習するのもいいんじゃないかなぁ。そういえば、そういった伝説のバンドやアーティストがてんこ盛りの『ウッドストック』は、かなり前からこの値段で売られている。これは以前もこの価格ででていたもので、再登場だな。これなんてロックが好きだったら、一度は見ておくべき傑作ドキュメンタリー。単純にミュージシャンの演奏だけにしか興味のない人にとっては、当然不満が残るだろうけど、あの時代の息吹を最もいい感じで伝えてくれる傑作映画だと思う。だいたいこの映画を見て、そんな不満を持っているのはアホです。それが映画の意味じゃないんだから。主役はあそこに集まって来た人々なのよ。

さらば青春の光 で、ザ・フーのアルバム『四重人格』をベースにして作られたイギリス映画の傑作『さらば青春の光』もここまで値段が下がって980円。キザを絵に描いたようなスティングの若いこと!それに、ロンドンの下町の兄ちゃんを見事に演じているフィル・ダニエルズのコックニー訛りの英語も最高。UKロックなんて言うんだったら、このあたりの「下世話なイギリス」の世界を見て欲しいよな。これをアメリカ映画の『ロック・スター』と比較すると、イギリスとアメリカの「ロック」な違いがでていて面白かったりするのさ。後者はつまらないですけど。しかも、それを作っているのがジョージ・クルーニーだってのが、びっくりですな。この人、そんなに才能なかったか?今年公開のGodd Night, and Good Luckも面白そうなのになぁ。

 直接ロックじゃないかもしれないけど、例えば、アイリッシュ・ミュージックとか、トラッドとかが好きだったら、690円の『マイケル・コリンズ』も買いですな。アイルランド独立の英雄なんだが、これを見ると、アイルランドが「民主主義の国」イギリスの植民地として数世紀にわたって存在してきてこと、そして、言葉を奪われ、音楽も奪われていたこと、それでもなお、アイルランドのアイデンティティが保たれてきたことが、映画の向こうに見えるのよ。まぁ、そんな意味で言えば、オリバー・ストーンの『プラトーン』や『7月4日に生まれて』も、70年代初期のワイルドなロックの意味を垣間見るには面白い素材かもしれません。

セロニアス・モンク かなりクラシックですが、スイング・ジャズに興味があれば、『ベニイ・グッドマン物語』なんて見ると楽しいですよ。古き良き時代のアメリカで育まれたビッグ・バンド、スイング・ジャズを楽しむなんてねぇ... ライオネル・ハンプトンなんて伝説のミュージシャンがでてくるし.... ちなみに、筆者は『グレン・ミラー物語』の方が好きなんですが、これは、今、1000円以下の廉価版がみつからなくて、1800円。チャンスを待ちましょう。

 それに、ジャズ好きだったら、これを買わない手はないでしょう。なにせ『セロニアス・モンク ストレート・ノー・チェイサー』が690円ででちゃってるんですから。制作は真性ジャズ・ファンで、名優、クリント・イーストウッド。シュワちゃんのアホぶりとは逆の知性をいっぱい持ったこの俳優がジャズを見る目は実に真摯なんですが、だからこそ、ドキュメンタリーとして素晴らしい作品に仕上がっている。特にこの映画に出てくる全盛期のモンクの演奏の記録は脱帽です。

 ということで、最近でた1000円以下で買えるロックなDVD一覧。ときおりこんなことも書いてみますね。


投稿者 hanasan : 16:17 | コメント (0)

2006年01月27日

お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる?パカタレ! - パッチギのこと -

朝山実 正月、実家に帰った時、弟と映画「パッチギ」の話でで盛り上がった。彼も、やはりこの映画を見ていて、「泣けたなぁ」と話し始めたんだが、「あそこやろ?」と、「ウン、あそこや、葬式のな」と、ほとんどこれで会話が通じてしまうのがおかしかった。

 いつか友人から「映画の話を書く時にはな、書いたらアカンことがあるやろ」と怒られたことがあって、詳しいストーリーを書いたら、映画を見る楽しみがなくなる。ということもあって、ここであまり詳しくは書きたくないんだが、いつもは優しい在日一世のおじさんが葬式の最中に、主人公に向かって放った言葉で泣いた。

「お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる? 知らんかったら、この先もずーっと知らんやろ、このパカタレ!」

 1968年の時代背景があり、戦争が終わってまだ20年そこそこですでに僕らはなにも知らなかった。

「国会議事堂の大理石、どこから持ってきて、だれが積み上げたか知ってるか?」

 これを具体的に調べるすべを僕は持っていないが、朝鮮半島からさらわれて、日本に連れてこられた韓国朝鮮人が奴隷のように扱われていたことはいろいろな文献で見ている。このシーンで語られたことはその事実を僕らに告げているんだろう。映画は映画、作り事だというのは簡単だ。が、この話が「作り事」には思えないし、このほかに語られていることだってそうだ。が、当然のように、自分はなにも知らなかった。あの68年にまだ13歳だった自分は当然のように、そして、すでに50歳になった自分ですらも、このことをなにも知らなかった。あのおじさんの言った「パカタレ」のひとりが自分なのだ。おそらく、この映画で「この先、ずーっと知らんやろ!」と声をかけられたのは自分であり、ひょっとしてこの言葉こそがこの映画が僕らに突きつけているものなんじゃないだろうか。と、そう思ったら、涙が止まらなかった。

 もっとこの映画のことを知りたいと、原作と言われる書籍「パッチギ」を買ってきて、これも読んだ。といっても、ほとんど映画のまんまで台詞部分もほとんど同じだから、これは、この映画のなかで語られている「言葉」を再確認するようなものだったけど、松山猛氏の「少年Mのイムジン河」は、また未知の世界を伝えてくれた。

松山猛 この本を買ったのは、以前、映画「パッチギ」について書いた時に、このサイトで、松山氏の話を読んで「そうかぁ、彼の体験が映画の原案なんだ」と思ったのが理由だ。わずか1000円の、まるで子供向けに書かれたような、絵本のような内容で、30分もすれば全てを読み終えてしまいそうな簡単な本。でも、中身は濃い。それに、「長いあとがき」がとてつもなく興味深かった。そこに書かれてあったのは、彼と、あの映画の根っこになっている名曲「イムジン河」との出会いのことであったり、あの曲をフォーク・クルセダーズが歌うことになったいきさつや、当時の反応のこと、そして、松山氏が実際に韓国の国境線にあるイムジン河を見たときの話などが盛り込まれている。

 といっても、「イムジン河」という曲がどういったものかを知っている人も少ないんだろうなぁと思う。実際、自分自身、聞き覚えはあっても、詳しい話はとっくの昔に忘れ去っていた。今回、映画「パッチギ」を見て、歌を思い出し、上記の本を買って、さらに、オリジナルのままで再発売されたCD「ハレンチ」まで購入して、初めてその一端を理解できたように思えるのだ。

(ちなみに、このCD、ジャケットがLPサイズの限定版で、それとは知らずに購入してびっくりした。映画のなかでこのオリジナル、あるいは、それを模したLPが登場するんだが、なにやらそれを手にしたような錯覚に陥って、なんだが、嬉しかったなぁ。というか、それも戦略なのかなぁ...)

フォーク・クルセダーズ この歌のオリジナルの作曲はコ ジョンハン、作詞のパク セヨンとされていて... といっても、この歌を60年代に初めて耳にした松山氏は「朝鮮民謡」だと思ったとか。そのオリジナルを日本語に訳して、さらに独自の詞を加えて生まれたのがフォーク・クルセダーズのヴァージョンだった。これは、たまたま解散を記念して自主制作で300枚ほどプレスしたアルバムに収録されていたのだが、この曲よりも脚光を浴びたのが、同じくこのアルバムに収録されていた「帰ってきたヨッパライ」という冗談ソング。これがラジオでヒットして、それが彼らの東芝レコードとの契約に結びついていく。その結果、おそらく、シングルだと思うが、200万枚という爆発的なヒットを記録することになるのだ。実は、それに続くシングルとしてこの「イムジン河」の発売が決定し、実際にプレスされたようだが、いろいろな事情で発売中止、存在したものも全て回収されたという話が伝わっている。当然ながら、発売中止を受けて、以降、これが放送されることはなくなった。そんな状態が数年前まで続いていたのだ。

 なぜこの曲が発売中止になったのか... 諸説あって、真相はまだ明確にはなっていないように思う。松山猛氏の本にもそのことに関しては詳しくは触れていないし、ネットで調べても明確な答えは出てこない。小林たかし氏による報告教えて!gooコミュニティ3asian.comあたりも参考になるし、この曲が再び日の目を見たことについて書かれている、ハンギョレ21も興味深かった。いずれにせよ、「政治」の波に飲み込まれてしまったということなんだろうが、自分が知る限り、このオリジナルが朝鮮民主人民共和国のプロパガンダ的な色彩を帯びたものに対して、フォーク・クルセダーズのヴァージョンは国境や壁のない世界を希求した、どこかで優しいプロテスト・ソングだったんだろうと思う。

 それに対して、これが「盗作だ」とか騒いでいる人々もいたし、今もいるみたいだが、歌は生き物であって、なにもかもを忠実に「再現」する必要はないと思っている。ウッディ・カスリーがそうやったように、民謡のメロディにのせて、どんどん自分の言葉をのせていった人もいるし、高田渡がやったことだってそうだった。それでなにが悪い? と、思ってしまうんだが、少なくとも素晴らしいメロディを作った人への敬意が表されていれば十分だろうし、著作権の使用料を支払っていればなにも問題はないだろう。今回、この「イムジン河」のことを調べていて思ったのは、そういったビジネスや政治が、本来自由だった「歌」さえをも「檻」に入れてきた現実。僕ら、まだ、「越えられない河」を抱えているというのが悔しくもあり、悲しくもある。そして、再び、この発売中止によって生まれた名曲「悲しくてやりきれない」を思い出すのだ。なんでも、「イムジン河」を逆回転させて作ったのがこの曲だとか。そんなささやかな抵抗が、また、名曲を生み出していく。音楽とは、なんと不思議なものなんだろう。


投稿者 hanasan : 07:57 | コメント (0)

2006年01月25日

さて、どんな「映画」になっているのか? - ビリー・ザ・キッド -

サム・ペキンパー まぁ、これもいい感じに釣られているんだろうなぁと思うけど、先日、マーティン・スコセッシ監督によるディランのドキュメンタリー映画の「No Direction Home」をアマゾンで買って... ちょうどその頃に例のテレビ番組、GIGSでディランの特集をやるというので、再びディランのことが気になって... まぁ、それで初めて、実は、この「No Direction Home」が、今映画として公開されている話を知ったというお粗末。雑誌を読まなくなって、こういった情報が全然わからなくなっているのがおめでたいけど、(それに、こわいんだな、本当は)ともかく、ディランのことをチェックしていたら、アマゾンからの宣伝メールで、今度はディランが出演しているあの映画「ビリー・ザ・キッド」がDVDで出るという話が伝わってきた。アマゾンの場合、発売前に予約すると20%ほどのディスカウントがあるというので、速攻で予約。(実は、それで小林旭の映画シリーズをほとんど買ってしまったのさ、アホです。)しかも、最近はよく本も買っているので、サービス・ポイントがたまって、CDと同じような価格で予約することができた。

(これも、よーやると思うんだが、確か、一月にCDと書籍を合わせて1万円以上買うと500円分のギフト券がもらえるというもの。CDやDVD、本が好きな人には嬉しいものです。っても、消費税が戻ってくるようなものですが)

 といっても、安いから... というだけで買ったのではないんだが、解説を見ると、特別版の2枚組ということで、まぁ、映画のDVD化にはありがちな「再編集」をしたヴァージョンらしい。オリジナルはオリジナルで楽しめるようになっていて、それに加えて、インタヴューなどのエクストラ部分が198分。それが一緒になって発表されるというので予約したわけです。あの映画を見たのはずいぶん昔のことで、あまり覚えてはいないし、「再編集」がどれほどの意味を持っているのかは知らないけど、興味津々ですな。

The Band それを機会にディランのアルバムでサントラとして発表された「ビリー・ザ・キッド」も、もう一度ゆっくりと聞いてみようと思っている。歌ものは4曲しか収録されてはいないんだが、ここに収録されている「天国への扉」が感動ものだったことだけは覚えている。なにせ、名曲中の名曲ですもの。カバーされているのも多いし。「偉大なる復活」や「武道館」にも収録されているけど、スタジオ録音って、これだけじゃないのかなぁ... っても、ディランについては、それほど知らないから、はっきりとしたことは言えないけど。

 ちなみに、「偉大なる復活」(国内盤 / US import)って、確か、今発表されているのはアナログに曲を加えているもので、これも2回買ったなぁ。なにせ、今のものにはディランの「Like A Rolling Stone」なんて名曲が入っているのに、以前のものには入っていなかったから。なんでこんなにいい曲のいいヴァージョンがオクラになっていたんだろうと、これを聴いたときには驚いたものだ。

 といっても、このアルバムが好きなのは、ディランがメインではなくて、ザ・バンド。ここに収められているディランのカバー、「I Shall Be Released」がたまらないんですよ。リチャード・マニュエルの悲しげで、「救い」を求めているような声の響きが泣かせるのね。それを映像で見たのは「フェスティヴァル・エキスプレス」(国内盤 / US import)が最初だったかなぁ。まぁ、「ザ・ラスト・ワルツ」(国内盤 / US import)にも写っているけど、あれはディラン本人を中心に全員で歌っているってやつだから、面白さはあっても、歌の響きがたりないのさ。もちろん、「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」(国内盤 / US import)は、文句なしなんだけど、このライヴ・ヴァージョンには格別の響きがあるってぇのかなぁ。まぁ、ラスト・ワルツから8年の後、リチャード・マニュエルは首をつって自殺してしまうんだけど、どこかで読んだんですが、バンドの解散をもっともつらく受け止めていたのがリチャードで、結局はそれが彼を死に追いやったのではないかって書かれているものもあったように覚えている。

 ビリー・ザ・キッドの「天国への扉」からリチャード・マニュエルのことまで書いてしまった。なんでだろうね。


投稿者 hanasan : 16:40 | コメント (0)

2006年01月14日

ちょっと得する話... 灯台もと暗しです - 格安リージョン・フリー DVDプレヤー

Bob Dylan 先日、Newport Folk FestivalのDVD(US import / 国内盤)のことについて、ちらりと書いているんだが、自分が入手したのはUS importのリージョン1。というので、国内向けのDVDプレイヤーでは当然再生できなかった。でも、まぁ、全然安いのね。国内盤と比べて。だからというので、秋葉原でリージョン・フリーのDVDプレイヤーを買ってきて、こういったDVDを楽しんでいるんだけど、たいていの場合、英語の字幕もついていたり、時には、日本語の字幕が付けられてものもあって、問題なく楽しんでいる。(もちろん、若干でも英語が理解できるからこういった楽しみ方ができるんだろうけど)というので、当然のように、マーティン・スコセッシ監督が作ったディランのドキュメンタリー、「No Direcion Home」も買って、見ました。いやぁ、これ、めちゃくちゃ面白かった。まぁ、それについては、また、じっくりと書くことになりますが。

 今日の話題は、そうじゃなくて、ハードウェア。秋葉原で買った自分の、マルチ・リージョンのDVDプレイヤーは、けっこうおしゃれなデザインのもので、2万円ちょっとのフロント・ローディング方式のもの。韓国製で、実は、日本のメーカーが名前を隠して生産しているという説明を受けた。要するに、日本のメーカーの場合、ソニーでもパナソニックでも、CDやDVDといったソフト関係の会社と絡んでいたり、その一部を持っていたりするというので、「著作権保護」の観点からそういったものは作れないらしく... というよりは作らないのね。一方で、そういったソフトの会社が絡んでいないと、(そういった会社からの圧力から逃れるために)名前を隠してマルチー・リージョンのDVDプレイヤーを作ってしまったりするんだそうな。その信憑性はともかく、確かに理解できる話ではある。というので、それを買ったんだが、このところ、全然調子が良くない。しかも、これを気に入って、実は、数人の友人が同じマシンを買っているんだが、そのうちひとりのマシンもおかしくなり始めている。しかも、それが2台目だというので、同じマシンは買うつもりないし、なんとか新しいマシンを買おうかと探していたんだな。

(ちなみに、秋葉で買ったマシンのメーカーはCAMOSというもので、これはもう買えないな。そりゃぁ、そうだろ。3台連続でおかしくなったら、信用性はゼロでしょ。しかも、保証書が切れる直後、1年使ってからこうなるんだから話になりません)

 で、ネットを探していたら、けっこういろいろなところで安いものがでています。(それに、通常のものをどうやって改造するかって方法がサイトもあったなぁ)自分がみつけた最安は6500円弱なんですが、それに送料がかかって、7000円弱かなぁ。っても、ネットの通販って、「とんずらされたら...」なんて、どうしても考えてしまうし... なんて思ってたんですね。そんなときに、思い出したことがひとつ。それを元に動くと.... 近所で格安買えてしまうことに気がついてしまったんですね。びっくり!

 というのは、今年の正月、あまりに面白いDVDなので、「Newport Folk Festival( US盤)」を実家に持って帰って、同じ趣味の弟に「見たらどう?」と渡したわけです。以前、彼にも秋葉原で入手したマルチ・リージョンのDVDプレイヤーを紹介して、(っても、モデルは違うんですが)彼もそれを持っているからです。ところが、彼はそのプレイヤーではなく、自分が近所のTsutayaで買ったDVDプレイヤーで見たわけです。ん?そんなアホな!だって、うちの家では日本向けのDVDプレイヤーでは全然再生できなくて、「再生地域が違います」という表示が出ていたのに...なんで?と、思いますよね。

 で、その機械のことを調べ始めました。といっても、そんなたいしたことをしたわけではなく、機種の説明を見ると、まずはPALも再生可能だと出ているのに驚かされるのさ。PALというのはイギリスを中心として使われているテレビの様式で、日本やアメリカはNTSC。(簡単に言えば)テレビって、映像を再現するためにいくつもの線がブラウン管を走っているわけですね。で、PALには625本の走査線が走っているのに対して、NTSCは525本と、本来、そのままだったらPALのビデオやDVDは日本のテレビでは再生されないはずなんですね。ところが、実際、イギリスで買ってきたPALのDVDも再生してしまうわけです。しかも、それをNTSCのテレビで見ることができる。なるほど、この時点でマルチの要素をすでに持っていることになるわけだ。といっても、イギリスも日本もリージョン2なので、それだけでは「リージョン・フリーのマルチ」かどうかはわからなかったんだが、これはなんでもオーストリア製で4980円で購入したんだとか。

 ほぉ〜、ひょっとして同じマシンを買ってくれば、リージョン・フリーの可能性があるなぁ... と想像して、店に行ってみたんですが、すでに同じ機種はなくて他のものが置いてある。そうかぁ...残念。と、いったんは思ったんだが、昨日、ひょっとしてひょっとするかなぁと、TSUTAYAでチェックしたわけです。今、売られているマシンは5290円の中国製で中目黒の会社が販売元となっている。機種名はYTO-007で、説明を見ると「本製品のリージョン・コードは2です。2またはallと書かれているもの以外は再生できません」と、ご丁寧に書かれている。その一方でPALもNTSCも再生可能。なるほど。店員に訊いても、「リージョン2ですよ」とのこと。それでも、なにかが臭うなぁと思って、「試してもいいですかぁ?」と、リージョン1のDVDを実際に持っていって、再生させてもらったわけです。そうしたら、アッと驚くぅ、なぁんとやら。なんの問題もなく再生できるんですな。ということで、早速購入。「No Direcion Home」も見られるし、問題なく使っています。(なんかCDをかけると、音飛びするというのが見つかったが、初期不良で交換してもらえばいいし、1年間は保証期間だから、DVDさえ見ることができれば、大丈夫なのね、私の場合。だって、あまりに安いし)

 まぁ、こんなことをおおっぴらに書いてしまったら... でもって、この噂が広まってしまったら、ひょっとして細工されてリージョン・フリーではなくなるかもしれないけど、全てのマシンがそうなのかどうかは、保証しませんけど、トライしてみる価値は十分ありますよ。US盤と国内盤のDVDの値段差は下手したら1000円以上だから、数枚買うだけで元が取れますから。

 それにしても、まともに金を払っているから、「著作権」を持っている人にはなんの被害もなく、利益を得られるというのに、こんなものをつくったのがそもそも間違いなのよ。要するに、これは著作権ではなく、「販売会社の利益を守る」ためのシステムで、著作権者にはなんの保護にもならない。一昨年に揺れた輸入盤の禁止と全く同じく、「企業を守り」「消費者からぼったくる」システムが平然と守られているということ。こんなものぶっ壊さないでどうする?


投稿者 hanasan : 04:03 | コメント (0)

2006年01月13日

またつながった - パッチギのこと

パッチギ 去年から、実をいうと、井筒和幸さんが監督した、この映画「パッチギ」を3回見た。どこからともなく、「ええでぇ、これは」という声が聞こえてきたのが最初に見た理由で、その内容があまりに面白くて... 面白いという言葉が正確かどうかはよくわからないけど、いろいろ考えることもあって、もう一度見た。それから一月ぐらい過ぎて、今晩、もう一度見た。そのたびに、いろんなことが思い出されたり、いろんなことがつながってきたり... 奇妙なものだ。

 映画の基本的なストーリーなんぞ、どこにでも出ているともうけど、簡単に言えば、60年代終わりの京都を舞台に、動き始めていた団塊の世代の青春映画ってことになるのかしら。日本人の高校生と在日の朝鮮高校の女の子とのナイーヴな恋愛と、当時の若者達の世相のこと、日本人、韓国朝鮮人、在日といった人種や差別の問題、フォークを中心とした新しい文化.. そういったものを、面白可笑しく描きながら、その底でとてつもなく重要ななにかを語りかけてくれるという作品と書けばいいのかなぁ。

 が、そんなことよりも、この時代、この映画を作った人たちに自分がつながっていることが、とっても興味深い。実を言えば、この映画の監督、井筒和幸さんとは面識がある。といっても、おそらく、彼は覚えていないと思うんだが、彼が19歳の頃、高校生だった自分がよくたむろしていた場所でけっこう頻繁に顔を合わせていた。あのころ、今宮で高校生だった自分が学校を抜け出したり、あるいは、授業が終わってよく遊びに行ったり、時間を潰していた場所が三つあった。そのひとつが国道26号線の難波の手前にあった喫茶店、ディラン。これは、数年前になくなったシンガー&ソングライター、西岡恭蔵さんのソロ・デビュー・アルバム「ディランにて」のタイトルにもなった場所で、このアルバムでも歌われているヨーコさんが入れてくれるコーヒーを飲みながら、はちみつぱいとか... そんな音楽を聴いていたものだ。(そうやって考えると、今と全然変わりませんがな)

西岡恭蔵 で、もうひとつが、心斎橋筋北詰にあった阪根楽器というレコード屋さんで、そのことは数日前に書いた。で、井筒さんと会っていたのは、道頓堀から宗右衛門町筋にちょいと入った、右側のビルの奥にあったモリスフォームと呼ばれる、一種のフリー・スペースだった。ここは、関西のアート・シーンの中で最も重要な人物のひとりだった(おそらく、今でもそうだと思います。そういった世界については、詳しくはありませんが)森喜久雄さんが運営していたギャラリーでもあり、ここに行くと、ほとんどただのようにコーヒーが飲めて、いろんな仲間と話ができたりしたのを覚えている。おそらく、彼らからみれば、俺なんぞはませたガキだったんだろうけど、そういった扱いを絶対にしないで、ひとりの人間としてつきあってくれたのが嬉しかった。

 高校生の頃、映画研究会というサークルで8mmの映画を作ってみたり、そして、それをここで上映させてもらったり... という感じで、まぁ、最初はそういった動きをしていた先輩に連れて行かれたんだが、居心地の良さに入り浸りになっていったわけだ。ここで、ジャム&バターといったミニコミを出していたり... 確か、その編集かデザインをやっていた人たちが春一番とつながっていたと思うし、まだ漫才家だった北京一さんともここで何度か顔を合わせたことがあった。そんななかで最も親しくしてくれたのが井筒さんだった。夜中に酔っぱらいが、間違ってモリスフォームに入ってきて、暴れ出しそうなことがあると、決まって真っ先にそんな連中の相手をしていたのが彼で、「この人、やくざより怖いで」なんてことも話していたように思う。正直言って、今と顔は全然変わってません。あのときから、あの顔で... だから、19歳だと教えてもらったときにはびっくりしたものです。

フォーク・クルセダーズ その彼が監督したこの映画でテーマ的に使われている名曲がフォーク・クルセダーズで有名な「イムジン河」という曲なんだが、これが、実は、当時、放送禁止だったのは有名な話。といっても、その背景にどういったことがあったのか...  そのあたりを知りたいと思って、少年Mのイムジン河という本を注文した。これは、この放送禁止となった「イムジン河」の日本語の訳を書いた、松山猛さんが書かれている本なのだが、実は、彼ともつながりがある。一番最初は...確か、当時、シンガー&ソングライター、ビリー・ブラッグのマネージャーだったピート・ジェナー氏が来日した時に一緒に食事をしたのが最初だった。

「タケシは、ちょうど今のおまえがやっているようなことをずっと昔にやっていたんだよ」

 と、ピートに紹介されたんだが、おそらく、それはピートがまだピンク・フロイドのマネージャーをやっていたり、ブラインド・フェイスあたりのライヴをハイド・パークでやっていた頃ではないかと思う。ともかく、ここでまた、自分とつながりのある人間がこの映画に絡んでいることになるのだ。

 おそらく、これから届けられるあの本に詳しいことが書かれているんだろうと思うが、この映画のストリーは、実は、かなりの部分をこの松山さんの子供の頃がモチーフになっているんだろうと思う。たまたまなんだが、ネットで検索していて見つけたのが、このサイト。この話を読んでいたら、見事に映画が重なってしまったのだ。まぁ、これから、また詳しくこのあたりの話を学んでいこうと思うけど... きりがないですな。ちょっとなにかを知ろうとすると、どんどん掘り下げて、どんどん広がってしまう。勉強する時間もほしいし、ものを伝える時間もほしいし... これだけを書いても、映画のなかでなにに動かされたかについてはひと言も語られていないわけです。たまりませんなぁ。ということで、そのあたりは、また、書きましょうか。まぁ、この映画を見てくれるのが一番手っ取り早いとは思いますが。


投稿者 hanasan : 01:32 | コメント (0)

2006年01月11日

嬉しいような、悲しいような... レオン・ラッセルのこと

Leon Russell いつかお話しした佐野史郎さんとの番組で(といっても、私、ここ2ヶ月は監修だけで出演はお休みですが)よく名前が出てくるアーティストにレオン・ラッセルがいる。行きつけの店、バード・ソング・カフェでも、しょっちゅう名前が出てくるアーティストで、あのアルバムがいい、この曲がいいと、彼の音楽を肴にいい酒を飲むことがあるんだけど、自分にとっての一等賞はこのアルバム、「カーニー (Carney) 」(アメリカ盤 / 国内盤)かなぁ。このアルバム、レオン・ラッセル本人が中心となって設立したレーベル、シェルターが制作したもので、さまざまなレコード会社とのライセンス契約(簡単にいえば、販売契約)によって国内外で発表されてきている。今自分が持っているのはポリスターからでていたヴァージョンのCDで、アナログはフォノグラムじゃなかったかなぁと思うけど、確認してません。で、今、日本では東芝EMIが契約しているようで、昨年10月に紙ジャケットシリーズが発表されたようだ。なんでも24bitのデジタル・リマスタリングのお皿に、オリジナルの紙ジャケットを再現したもので、最初のアルバム、「レオン・ラッセル」(名曲、「ソング・フォー・ユー」収録)から「レオン・ラッセルとシェルター・ピープル」(ディランのカバーが多いなぁ)、そして、3枚目となる、この「カーニー」が出ているようだ。2600円の値段はきついけど、そそられますなぁ。っても、最近はアナログ回帰しているので、クオリティのいいアナログがみつかったら手を出すかもしれないけど、こういったCDはなかなか買えません。

 でも、もし、買うとしたら、結局、3枚目の「カーニー」になるんだろうなぁと思うし、日本で彼の名前が一気に有名になったのも、これじゃなかったかと思う。ここに収録された「タイト・ロープ」が大ヒットして、まるでカエルが歌っているような(失礼)、それでいて、哀愁のあるだみ声が一躍知れ渡ることになるのだ。それに、スタンダードになってしまった名曲中の名曲「This Masquerade」のオリジナルも収録されているし... おそらく、最も有名なヴァージョンはカーペンターズなんだろうけど、自分にとってはジョージ・ベンソンの「ブリージン」だろうなぁと思う。もちろん、自分がプロデュースしたサンドラ・クロスのアルバム、「ドリームズ・カム・トゥルー」に収録されているヴァージョンも自信作。ぜひ聴いてもらいたいですな。まだ、入手可能のようだし。

 それはさておき、個人的にこのアルバムで最も好きなのは「マンハッタン・アイランド・セレナーデ」というもので、これが泣ける。雨の音、車が通りすぎる音に雷の音と重なるようにピアノが聞こえてくる。そして、哀愁漂うレオン・ラッセルの声で、こう歌われるのだ

「ハイウエイのすみっこで、壊れちまったヴァンに腰掛けながら、君のことを考えている...」

 と、まぁ、そんな感じで、要するにふられた男の泣き言のような、女々しい歌なんだが、これがしみる。(なんか、そんな歌ばかりがいいと思うってのは、よくないような気もするんだが)ということもあり、このアルバムのA面はよく聴きました。

The Sutherland Brothers と、そんなレオン・ラッセルが来日したのが昨年の11月。テレビのCFで彼が歌う「セイリング」という曲が使われていて、このあたりが複線となっているんだろうなぁと思う。確かに、あの声で、あの曲を歌われたら... はまるでしょう。ロッド・スチュワートのヴァージョンが大ヒットして、世界的に有名だが、確か、あのオリジナルはThe Sutherland Brothers で、「The Very Best Of.. 」で確認できる。まぁ、この曲がヒットした頃、そして、レオン・ラッセルが人気のあった70年代半ばに、いわゆる青春時代を過ごした人が、おそらく、広告制作に絡んでいて... ってところなんだろうと思う。これまでもそうやって、こういった流れの曲やアーティストが起用されて復活したっり、噂になったりってのがいつものパターンだから。

 それと時を合わせるようにして、過去のアルバムを再発売して、来日させて話題を作る。というよりは、そういったセッティングをして、こういった流れを作るのがいつものことなんだけど、そこには、アメリカでDVD化された映画、「Mad Dogs & Englishmen」(アメリカ盤 - リージョン・フリー / 国内盤)も絡んでいるんだろうと思う。

Mad Dogs & Englishmen これはジョー・コッカーのツアーを映画化したもので、このメンバーが強力だったわけです。ヴォーカルは全盛期の... といったら失礼かなぁ、やっぱり。でも、ウッドストックでみなさん仰天したはずのしわがれ声の白人ソウル・シンガー、ジョー・コッカー。(若いよ!)バックの中心となっていたのがレオン・ラッセルだ。バッキング・ヴォーカルにリタ・クーリッジなんてのがいて、ジム・ケルトナーなんて名前をみつけることができる。このバンド、なんでもレオン・ラッセルとザ・マスターオヴ・スペース&タイムと呼ばれていたようで、彼らが子供から奥さんに、恋人から犬まで連れて42人の大集団で移動していく様子を、音楽シーンをふんだんに盛り込んでドキュメンタリー化しているんですね。カットの仕方とか、ほとんどウッドストックの手法を取り入れているんだけど、これがすごい迫力で... これを手に入れたのがレオン・ラッセルのひさびさの来日公演のしばらく前。ということで、当然、これを見てしまうわけです。若くてぴちぴちしていた(?)頃のレオン・ラッセルがここにいて、ヒッピー的な言動が随所に出てきて、若いながらもどこかで「グールー」のようなニュアンスを持っている彼には、やっぱり参ってしまうわけです。

 で、ライヴだ.... 会場は東急のオーチャード・ホール.... なんか、会場からして、波長が合わないというか。まるで80年代のロック・コンサートという感じで、こういった小屋であまりアーティストを見たことがないから、なんか冷たいというか。ひやっとした空気に、ひやっとした小屋の感触。その時点で、もう、「違うよなぁ、これ」という感じで、予感がしていたんだな。きっと、楽しめないぞって。実際、彼が杖をついて、ステージに現れ、ピアノ(アコースティックじゃないんだな、これが)について、演奏を始めて... 確かに、あの声は全然変わっていないし、それだけで充分でしょう... といいたいけど、どこかで張りがないというかなんというか... この時点で、かなり悲しかったかなぁ。確かに、名曲はいいんだけど、「仕事に来ました」って感じで、こちらも感じるものがないというか。

 確か、案内では初日はアコースティック・セットで、2日目がエレクトリックだって聴いていたけど、本当だったんだろうかなぁ。数曲をソロでやって、少しミュ−ジシャンがステージに増えてきて、結局バンドでやるんだけど、どこかでなにかが引っかかっているという状態?見られただけで満足するってのもありなんだろうけど、「見ないまま」記録に残されたレオン・ラッセルだけでいた方が良かったのかもしれないなぁと複雑な気持ちになった。唯一、すごいなぁ、と感じたのは、ショーが終わって、全然観客が帰らなくてね。客席の明かりが付けられて、「ライヴは終わりだ(本当は、早く帰れよ!)」というアナウンスが流れても、お客さんはそのままでアンコールを待ち続け、彼が再びステージに出てきてくれたことかなぁ。そこで、「ロール・オーヴァー・ベートーベン」となるんですが、その盛り上がりはいいんだけど、そうじゃないと思うのね... と、勝手に心のなかで思ってみたり。

 会場の外では、(入る時にもいっぱい会ったけど)昔からの仲間や友人、知人がわんさかいて、40代後半から50代の人たちの同窓会のような雰囲気。っても、そんなに話をすることなく、すごすごと帰りましたが。まぁ、不思議なライヴでしたね。


投稿者 hanasan : 20:22 | コメント (0)

2006年01月06日

結局、戻ってきてしまうアルバム - マーヴィン・ゲイ -

Marvin Gaye はたしてこの作品だったのかどうだったのか... 全然わからないんだが、(ジャケットが違うんですね。解説をネットで探すと、どうやら同一らしいけど)昨年12月にロンドンに出たときに、BBCが制作したというマーヴィン・ゲイのドキュメンタリーDVDを買った。旅に出ると、面白そうなものを、ソウル・ミュージック好きの友人のために、おみやげとして買って来ることが多く、これもそんな1枚だった。

 東京に戻ってきて、彼の店で、あまりお客さんがいない時を見計らって、のんびりとこういったDVDやビデオを見るんだが、これまでそういった作品から多くのことを学んできた。たとえば、「ワールド・オヴ・ナット・キング・コール」で、あの甘い声の裏で、彼がいかに人種差別に直面してきたかということを知り、我々が普通に聴いてきた昔のジャズ・シンガー達がテレビの番組で「彼といっさいの接触、肌と肌を合わせたり、握手をすることもなかった」という事実を知ることになる。また、サム・クックの「リジェンド(リージョン・フリーで日本語字幕付!」では、やはりあの甘い声の裏に、黒人として人種差別に戦い続けた「人間」サムの姿を見ることができた。黒人で初めて音楽出版社を作り、レーベルを作る... そんなことも含めて、彼がモハメッド・アリとレコーディングをしていた話やマルコムXとの接点、そして、ディランの「風に吹かれて」に触発されて名曲、「Change is Gonna Come」が生まれたことなどなど。加えて、下手をすると、アレサ・フランクリンとの間にロマンスが芽生えていたかもしれないというゴシップも、アレサ本人の口から聞くことができる。(そうなっていたら、どうなったんでしょね?)

 加えて、その影響でアルバムを聞き直したり、あるいは、関連したアルバムを買ってしまったり... と際限なく、そのミュージシャンの世界にのめり込んでいくことが多々ある。このマーヴィン・ゲイもそうだった。そして、再び、あの名作、「What's Going On」に戻っていくのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell ただ、このDVDを買って即座に購入したのはマーヴィンとのデュエットもので、タミー・テレルとのレコーディングをまとめた「The Complete Duets」だった。なぜか国内盤の方が、US盤よりも安くて、曲数も多いというのが(といっても、1曲だけですが)解せなかった。というか、最近、CDのUS盤がやたら高くなっている。一昨年だったかに騒がれた「輸入盤禁止」という、例の法律の効果がじわじわと効き始めているのかも知れない。いずれにせよ、このあたりのメジャーものは、日本のメジャーが輸入元のはずで、価格をコントロールしているような気がしてならないんだが、あくまでこれは推測であり、実際のところはわからない。一方で、一時期、同じアルバムのUK盤がamazonでみつかったんだが、これは、これまでの輸入盤のようにかなり安い値段が付けられていた。(といっても、今はみつからなくなっている)イギリスのポンドがドルに対してかなりの高値で推移していること、一方で、円がドルに対して弱含みであることを考えると、どうも理屈に合わないんだが、みなさんはどう思われるだろうか。

 それはともかく、この「The Complete Duets」を買ったのは、前述のDVDでの彼らのデュエットが、あまりに素晴らしかったことに端を発する。もちろん、音楽だけ聴いてもいいんだけど、映像で見ると、マーヴィンがモータウンの主、ゴーディの妹と結婚していたというのに、本当にこの二人ができているんではないかと思わせるほどに「愛情」を感じさせるのだ。どの曲を見たかって? 当然、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」ですよ。真顔ではなかなか言えないだろう、愛のせりふを二人で語り合うというもので、簡単に大意を書けば「どんなに高い山だって、どんなに広い川だって、私たちの愛を切り裂くことはできない」と、まぁ、そんな歌詞なんだけど、この二人の歌いっぷりが、ふたりの愛情を見せつけてくれるのだ。もっと聞きたい... と、このアルバムを購入し、加えて、アルバム1枚を残していたタミー・テリルの「The Essential Collection」というUK盤も購入した。これは1枚のリーダー・アルバム「Irresistible」にシングルやB面の曲などを加えたものなんだけど、これもいい。というか、彼女のアルバム・タイトル「Irresistible」ってすごいね。そのものです。あの彼女の声を聞いたら、「抵抗できません」。一発ではまりますよ。しかも、その姿を見たら、もう魔法でもかけられたような気分になりますから。

 といっても、確か24歳ではなかったかと思うんだが、彼女は脳腫瘍で他界。それでも、あまりに売れていたということもあって、彼女とのデュエット・アルバムを発表し続けなければいけなかったマーヴィンの胸中を思うと、自分の胸まで痛くなる。3枚発売されたというデュエット・アルバムにレアな曲などを集めてこの「The Complete Duets」が構成されているんだが、最後の1枚は別人が歌っているものだということで、この話は国内盤のライナーに実に詳しく書かれている。といっても、このあたりの話はマーヴィン・ゲイのファンにはよく知られていることらしいけど。ちなみに、この別人は彼らに楽曲を提供していたアシュフォード・アンド・シンプソンの奥さんの方、ヴァレリーで、彼女の方もタミーそっくりに歌わなければいけなかったということで、みんな、苦労したんだろうなぁと思う。ただ、彼らはソングライティングのチームとしてマーヴィン達を支えていたりと、どこかに仲間意識があったんだろうなぁとも思う。

 ちなみに、オリジナルの2枚目では、タミーが病院を抜け出して録音した曲が収録されているということで、そのことを知って、このあたりの曲を聴くと...また、胸が締め付けられます。

Marvin Gaye そのタミーの死のショックで(だけじゃないらしいんだけど)マーヴィンは4年間の活動休止に入るんだが、そのころ、ヴェトナム戦争から帰還した彼の兄弟から、あそこでなにが起きているのか、What's going onを聞くことになる。タミーの死とこの話... だけではないだろう、様々な問題で失意のどん底にあったマーヴィンが、そういった問題に直面したことでモータウンの根幹を変えてしまうような、そして、その後のソウル界、おそらく、それだけじゃなかっただろう、音楽界の流れを変えてしまうような傑作が生まれることになるのだ。といって、その背景にはマーヴィン自身の個人的な人生や性格、精神状態などが複雑に絡んでいるんだが、それはここでは記さない。調べればいろいろな裏話や背景が浮き上がるのだが、結果として生まれたこの傑作、「What's Goin On」に圧倒されるのだ。自分にとって、それこそが重要だった。

 なによりも巻頭のタイトル・トラックが圧倒的だ。「マザー、あまりの多くの母が泣き崩れ、ブラザー、あまりに多くの兄弟達が死に絶えている。ファーザー、エスカレートすることはない。戦争は答えではなく、愛こそが問題を解決するんだ...」と始まるこれが、当然のようにヴェトナム戦争時代の「反戦の歌」として幾度となく放送され、語られてきているんだが、そういった事態に直面した時、必ずと言っていいほど、ラジオからこれが流れてくるようになった。もちろん、時には、「放送禁止」となったことも多々あるようで、それが話題になったこともある。といっても、それは「法律」ではなく、「圧力」であり、その圧力に負けたのが「放送業界で保身にまわることしかない業界人」。湾岸戦争の時だって、イラク戦争(ではなく、英米を中心としたイラク侵略こそが正しい言葉だと思うが)の時だって、この曲が幾度か放送されているのに気がついた人もいることだろう。特に日本では「英語」が一般的には理解されていないことによって、比較的簡単にこの曲を流せるんだそうな。(それでも、直接「戦争の話題に触れるな」といった圧力が現場であるという話は、そこで働いている人たちから直接耳にしているんだが)

 20年ほど前にNMEというイギリスの音楽新聞が、歴史上のベスト100というアルバムを選んだ時、これがNo.1になっている。思うに、戦争という愚行が繰り返される限り、このアルバムがそういったポジションにおかれ続けるんだろうなと思う。もちろん、戦争が絶え間なく起きていることは百も承知だ。我々の周辺が直接そういった情報なりを得た時でもなければ、これが話題にもならないのかもしれないということが、逆に怖いなぁという感慨もある。が、ジョン・レノンの「イマジン」と並んで、これがポップス界の共通項としての「反戦」への意思表示に近い存在となっていることは理解できるだろう。

 ただ、戦争のことだけではなく、このアルバムには環境問題から、子供と親や家庭問題など、様々なテーマが込められた曲であふれ、それがひとつの流れのなかで途切れることなく展開することで構成されたコンセプト・アルバムとして歴史に残る傑作となっている。しかも、言葉が理解できればできるほど、その意味が広がっていくというのがうれしい。いいアルバムというのは、いくどもいくども繰り返して聞いてしまうものだし、聞かされてしまうものでもある。そして、その度に新しい意味までもが加えられていく。当初、ベリー・ゴーディはこのアルバムの発売に反対したという話も耳にしているし、経営者として「あまりに政治的なものには」触れたくないという気持ちもあったんだろう。それまでのモータウンに、「黒人解放運動」を大きくにおわせたものがかなりはあったとしても、これほどまでに直接的に全体が政治的でなものはなかったという意味で、当時としては当然の反応だろう。(もちろん、政治も商売になるということが、かつてのフォーク・ムーヴメントとではあったし、それはいつの世界でもあるけど)だとしても、今回買ったDVDでは、そのベリー・ゴーディさえもが、モータウン史上最高の傑作としてこれを語っているのが面白い。


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2005年12月30日

僕らの歌が生まれた時 - ニューポート・フォーク・フェスティヴァル -

Newport Folk Festival まだ、モノクロの時代だったけど、なにもかもが色づき始めていた... そんな時代のドキュメント、Newport Folk FestivalのDVD(US import / 国内盤)を買った。オリジナルのタイトルは単純に「Festival!」となっていて、ジョーン・バエズ、ボブ・ディラン、ピーター・ポール・アンド・マリー、ドノヴァンの名前が大書きされている。こういった名前が出てくるだけで、おそらく、自分たちのような世代には十分にこれが何のことなのか伝わってしまうというのが奇妙だ。どこでどう知ったのか、即座にニューポート・フォーク・フェスティヴァルが頭に浮かび、「ディランがフォークからロックへと転身した」なんてことで大騒ぎになったという逸話を思い出す。こういった名前が一緒に出てくるとすれば、もう、それは「プロテスト・ソング」が生まれ、大きく花を開かせた、あの時代の記録でしかあり得ない。

 しかも、タイトルも言い得て妙なのだ。おそらく、フェスティヴァルといってみんなが思い浮かべるのは、このブログに何度も登場してきている"ウッドストック"が筆頭だろう。それに"ワイト島のフェスティヴァル"や"モンタレー・ポップ・フェスティヴァル"がそこに続く。思うに、高校生の頃に戎橋筋と道頓堀の交差するあたりにある映画館で前者を見ているんだが、(確か当時は戎橋劇場とかなんとか言わなかったかなぁと思うが、定かではない。映画"ブラック・レイン"で、異様な姿を見せている黒っぽいあのビルの前身です)それが70年前後。フラワー・ムーヴメントの波と共に、「フェスティヴァル」と言えば、どうしてもこのあたりが頭に浮かぶし、具体的なイメージも出てくるんだが、それ以前のニューポート・フォーク・フェスティヴァルについて言えば、名前は知っていても全くイメージが思い浮かばなかった。だからなんだろう、そのDVDが発表されたという話をみつけた時に速攻で注文して、手に入れていた。そして、これを見て、「フェスティヴァル」というタイトルが付けられている、その意味を理解することになるのだ。思うに、これこそが"モンタレー・ポップ・フェスティヴァル"の複線であり、さらにそこから"ウッドストック"につながっていくということが手に取るようにわかる。いやぁ、いいものを見た。

Bob Dylan なんでもニューポート・フォーク・フェスティヴァルが始まったのは1959年らしいんだが、これは63年から64年、そして、65年を撮影した映像を編集してのドキュメンタリー。ということで、単純に演奏を楽しむというだけだったら、不満は残ることになると思う。なにせ1曲がフルで収録されているものはあまりない。が、そうではあっても、伝説としか言いようのない人物や光景が確実にここに記録されていることは驚異に値する。おそらく、動いている姿が映っているだけで宝もになってしまうだろうアーティストが何人も登場しているのだ。自分にとってヒーローだったミシシッピー・ジョン・ハートが「なんでこの曲をみんなが好きなのか知らないけど...」と「キャンディー・マン」を歌い出す、そのさわりも見ることができる。これで彼が動いている映像を見たのは3本目となるんだけど、貴重だと思うよ。それに、ハウリン・ウルフのライヴ。"Howlin' Wolf Story"や"American Folk Blues Festival 1962-1966 Vol.2"でも動いている彼を見ているんだが、ここでの彼も強力です。「フォーク・フェスティヴァル」での彼は、演奏だけを見れば、正直言って、ディランとポール・バターフィールド・ブルース・バンドとの「マギーズ・ファーム」より遙かにインパクトが強い。あの事件だけが大きく取り上げられるのは、ディランが、時代のヒーロー」となっていたことや、その後のロック・シーンを大きく変えることになった「歴史的事件」だったというのがその理由だ。
(なお、なんでも歴史的瞬間はここでは、それほど登場しない... というか、「マギーズ・ファーム」は全て収録されているんだが、観客はここにはほとんど映ってはいない。が、マーティン・スコセッシ監督による「No Direction Home」にはこの時の映像がもっと使われているんだそうな。困ったぁ、また買わないといけないなぁ...)

 いずれにせよ、そういった映像の貴重さよりなにより、なぜフォークだったのか?と、そんな意味を含めて、アメリカのマスな意味でのオルタナティヴ文化生誕期を、いろんな角度から記録しているのが素晴らしいのだ。残念ながら、自分が購入したのはアメリカ盤のリージョン1で、通常のプレイヤーでは再生できないし、当然字幕はない。これは国内盤を買った方がいいだろうなぁ... と思う。というのは、ここで語られているいろんな人々の言葉を理解しなければ、おそらく、このDVDの意味を理解できないからだ。

 まだ、2回しか見ていないんだが、今では「フォーク界の女王」的なニュアンスで、政治運動家然とした横柄な態度に嘘くささしか感じないジョーン・バエズも新鮮だ。「髪が長いとか... 私は好きよ」なんぞという彼女の言葉にも説得力を感じるのだ。なにせ、この映像でわかるんだが、ヒッピーが生まれる前の時代。まだまだ観客のなかに長髪の男性もほとんど見かけることはできない、そんな時代なのだ。それに、ドノヴァンが「これはBBCが放送しないといった曲だ」といってヴェトナム戦争絡みの曲を歌うシーンなど、こういった音楽が旧来の価値観とは違ったところをバックグランドにして生まれてきたことがわかる。ジュディコリンズ、バフィー・セント・メリー、ピート・シーガー、PPMといったスターの他にも、おそらく、アメリカでもそれほど知られていなかっただろう、あるいは、それほどの価値を認められていなかっただろう「民謡」をベースにしたグループも多々出演しているのも注目だ。おそらく、アイリッシュをルーツに持つカントリーのダンスからパーカッションとティン・ホイッスルだけのEd Young Fife & Drum Corpとか、ゴスペルのフリーダム・シンガーズ、ステイプル・シンガース、男性クアワイアも演奏している。どうやら南アフリカのクエラと呼ばれる音楽を作った人物....ではないかと思うんだが、Spokes Mashiyaneの演奏までもが飛び出してくる。ここでは有名無名を問わず、(おそらく、当時は、このほとんどがそれほど著名な存在ではなかったかと思うが)さまざまな音楽が、ステージだけではなく、広場のような場所でも演奏され、多くの人を集めているのだ。

 誰だったかは覚えてはいないが、「フォークがもたらしてくれたのは、誰でも歌えるってことなんだよね..」と言っていたように思う。まぁ、きちんと口にしていることを記せば、もっと意味が伝わるんだろうけど、これを耳にした時に、結局、パンクと同じじゃないかと思った。それまで「商品」としての音楽しかなかったのに、誰もがギターを持って、あるいは、それがなくても、歌うことで「なにかを表現できる」ということ、それが音楽に対する意識を変え、テレビでしか放映されなかったポップスとは違った音楽の流れを生み出していったというのだ。そうだろうなぁと思う。

Newport Folk Festival その他、ポール・バターフィールド・ブルース・バンドのマイク・ブルームフィールドがなんでブルースか... ということを延々と語っているシーンがあるんだが、これとクロスするようにサン・ハウスの「ブルースってのはねぇ...」と、同じようにブルースを説明するところが紹介されていたり... この当時、数多くのブルース・シンガー達が再発見されて、こういった場所を経て復帰していくんだが、このブルースがアメリカの若い世代に大きな影響を与えることになったのも、このあたりのDVDを見ていると十分理解できる。実際には、前述のハウリン・ウルフ、ミシシッピ・ジョン・ハートの他にも、フレッド・マクドゥエルやブラウニー・マギーとソニー・テリー、当然、サン・ハウスの演奏も少しだが収録。その他、若い頃の(それでも、同じ声だった!)ジョニー・キャッシュやブルーグラス系のオズボーン・ブラザーズや、ジム・クェスキンのジャグ・バンド... てんこ盛りに珍しいバンドを見ることができるのだ。

 さらに加えて、「フェスティヴァル文化」の始まりを記録したものとしても貴重だ。ゲートが開いたところだと思うんだが、そんなシーンを見ていると、走るようにして、ステージに向かっているんだろうという人たちの光景が目にはいる。これなんぞ、97年のフジ・ロックと変わらない。(まあ、のんびりした人の方が遙かに多いんだけど)しかも、メインステージの前には木製の椅子が並べられていて、このあたりは"モンタレー・ポップ・フェスティヴァル"と同じような光景だ。さらには、ハウリン・ウルフのシーンでも立って踊っている人もちらほらいるけど、ほとんどの人が今で言う体育会座りで演奏を見ているのだ。さらに、テントを張って宿泊している人よりも、寝袋だけで寝ている人、毛布を巻き付けて寝ている人の方が多く画面に登場するなどなど、天候がいい時期の暖かいエリアだからこそできたのんびりした光景も目に入ってくる。が、一時的に雨にやられたり... この会場でさまざまなドラマが生まれただろうということは容易に想像できるのだ。

 今のフェスティヴァルより面白そうだと思ったのは、ロックやポップスの範疇から遙かに飛び抜けたさまざまな音楽を楽しめることかなぁと思ってみたり。といっても、結局は、西洋のものでしかないんだが、日本のフェスティヴァルももっともっと幅広い音楽や文化を紹介できるようなものになってくれればなぁなんて思っちゃいましたね。



投稿者 hanasan : 15:49 | コメント (0)

2005年12月27日

30年なぁ、そんなに変わらんぞ - ロギンス&メッシーナ -

Loggins and Messina まぁ、偶然見つけちゃったのね、というか、ここ数年、値段のことも、便利さのこともあって、amazonでCDやDVDを買うことが多いんだけど、ここは、ほんとに頭いいプログラムを作っていると思う。何かをチェックすると、必ず出てくるのが関連商品というやつ。同一アーティストの過去の作品だったり、そういったアーティストが関わっている作品だったり... あるいは、ジャンルで出てくることもあるし... これが、買ったときだけではなくて、チェックしたときにも、その商品に反応していろいろとネタを提供してくれるのだ。もちろん、時には大はずれをすることもあるけど、けっこうな頻度で「ん?こんなのが出ていたんだぁ」とクリックしてしまうことがある。で、買ってしまうという、まぁ、レコ中(レコード中毒)には、嬉しいような、悲しいような仕掛けが準備されているわけですな。

 で、そんな流れの中で、こんなものを発見してしまったわけです。おそらく、最近買ったブルース・スプリングスティーンの「Born To Run」とか、あるいは、しばらく前に買った、格安のCD(DVD付き)で、ポコの「Keeping the Legend Alive」あたりが伏線となっていると思うんですが... やっぱり買ってしまいました。これはロギンス・アンド・メッシーナの再結成ライヴを収録したDVDで、確か最初にヒットしたのがCDの方だったと思うんですな。でも、それだったらDVDが出ているに違いないとちょっと探ったら、ありました。しかも、面白いことにCDヴァージョンの値段が約2600円で、DVDヴァージョンが約2500円。なんか、このあたりの事情はよくわかりませんが、なんでこうなるんだろうね。しかも、CDの収録曲が13曲で、DVDは20曲に加えて、なんと73年のライヴの演奏も6曲収録されている。私、ほんとに、理解に苦しみます。

 もちろん、これ、アメリカ盤で、最近のDVDはリージョン・フリーものもが多いんだけど、残念ながら、これはリージョン1で、通常の日本でのDVDプレイヤーでは再生できません。それが理由でリージョン・フリーのDVDプレイヤーを買ってきて使っているんですが、なんだか最近調子が悪くて、買い換えかなぁ... と思うこともあるけど、なんとか見ることができた。

Loggins and Messina で、このロギンス・アンド・メッシーナ、昔、大好きだったユニットで、名作中の名作は、やっぱり一番最初のアルバム「Sittin In」だろうな。だからこそ、今回のDVD(CDも)タイトルは「Sittin in Again」となっているんだと思う。といっても、このアルバムでのクレジットではKenny Loggins with Jim Messinaということで、この時点では、Loggins and Messinaというユニットの名前としては発表されてはいない。今回のDVDでケニー・ロギンスが語っているんだが、自分のソロ・アルバムを録音するに当たって、バッファロー・スプリングフィールドのラスト・アルバムやポコをプロデュースしたジム・メッシーナにプロデュースをしてほしかったというのがきっかけらしい。(ジミーはバファロー・スプリングフィールドのリッチー・フューレイとポコを結成しているはずなのね)

 おっと、今思ったんだけど、ロギンス・アンド・メッシーナの一人がケニー・ロギンスで、今の人でもそっちしか知らないんだろうな。それでもずいぶんと昔の話だから、それさえも怪しいけど、映画「フットルース」のテーマ曲が大ヒットして、その後も、映画「トップガン」の挿入歌もヒットさせたのがケニー・ロギンス。今じゃ、スター歌手って感じなんだろうけど、どうなんだろ。今の人にとって見れば、おそらく、過去の人じゃないかなぁ。で、そのまた昔に彼がやっていたのがこのユニットだったわけです。(一応、知らない人のために)

 ともかく、彼らにとって初のアルバム、「Sittin In」が好評で、二人が意気投合したんだろうなぁと察することができる。このアルバムには先日、ここで紹介したニッティ・グリッティ・ダート・バンドの「Uncle Charlie & His Dog Teddy」にも収められている名曲「プー横町の家」が収録されていて、実は、この曲を書いていたのがケニー・ロギンス。それに、もうひとつ、ここに収録されている名曲が「ダニーズ・ソング」で、これも彼の作品となっている。ちょっとフォーキィな作品で、このあたりからケニー・ロギンスの背景を伺うことができる。いずれにせよ、この「Sittin In」は、もし、聞いたことがなかったら、是非聞いてもらいたい名盤だと思っています。

 で、今回のこのDVDですが、彼らの最後のスタジオ作「Native Sons」が発表されたのが1976年だから、ほぼ30年ぶりの再結成ということなんだろうけど、そんなせいもあってオーディエンスが明らかに「昔若かった人たち」であふれかえっている。といってもライヴが始まった頃には空席もぽろぽろ目に入って、(解説ではこのツアーはどこもソールドアウトだったように記されてはいるけど)ちょっと悲しいかなぁという感じがしなくもない。それでも、途中の休憩を挟んで、日が暮れていく頃になると空席も埋まっていい感じになっているんだけどね。

 彼らのアルバムは「Sittin In」と、2枚目で、ユニット名義としては最初の作品となる「Loggins and Messina」(「ママはダンスを踊らない」という曲が大ヒットしてますな)をよく聞いた記憶があるし、その後、「On Stage」という2枚組のライヴ・アルバムを発表して、「Full Sail」とつながっていくんだけど、彼らの音楽をよく聴いていたのはこのころまでかなぁ。

Jimie Messina それでも、このライヴを聴いていて、(見ていて)けっこう、いろんな曲を覚えているなぁなんて思っちゃいましたね。もちろん、オリジナルの楽曲の素晴らしさがあってのことなんだろうけど、バックのメンバーもいいミュージシャンをそろえているし... ホーンが2本で、ドラムス、パーカション、ベース、キーボードにフィドルとドブロを演奏するというメンツ。ちなみに、このフィドル弾きがかなりパンクな出で立ちなのがアンバランスで面白い。っても、テクニックはすごいけど。それに加えて、ケニーとジミーが(後のクレジットで、ジム・メッセーなではなく、ジミー・メッシーナとなっているんですよ)ギターを演奏するんだけど、元々ジミーがいいギターを弾くのは知っていたけど、ケニーもうまいのね。ということもあるんだろう、間奏部分でのインプロの応酬が楽しい。実は、この、通称、ロギメシが解散して、それぞれがソロ・プロジェクトを始めていったときもジャズやファンク的な要素を強調していたし、昔のライヴ・アルバムを聴いてもそういった、けっこうワイルドなソロ合戦が魅力でもあったから、けっこう、昔やっていたことを同じようにやってくれているのかしらんと思ってみたり....

Kenny Loggins ちなみに、ジミー・メッシーナの隠れた名作が、この「オアシス」(右)で、ケニー・ロギンスのソロ・デビュー・アルバムが「ナイト・ウォッチ」(左)。両方ともよく聴いたアルバムなんだけど、ジミーの方はそれからほとんど噂を耳にすることはなくなったし、ケニーの方はといえば、アルバムを出すごとにつまらなくなった。おそらく、最初のソロ作でのジャズ指向のタッチとか、やっぱ、コマーシャルな意味では全然成功しなかったということなんだろうな。というので、前述の「フットルース」をやった時点で、彼への興味は全くなくなった。

 さて、このDVDに収められているボーナスが、73年のライヴなんだけど、どこかで「今とどこが違うの?」ってぐらいにいい。もちろん、この二人に30年の年月が降りかかっているし、ジミー・メッシーナは完全におっさん風。ケニーもかなりの年期を感じさせるし... 一方で、昔の映像を見ると、どこかでポップ・バンド然としている衣装とかステージ・セッティングがダサイというか... っても、これはどうやらテレビ用のセットだったようで、仕方がないようにも思えるけど。それにしても、両方とも演奏はいいなぁ。30年分の年期がケニーのヴォーカルやジミーの(ヴォーカルもいいけど)ギターの円熟味に確実に寄与しているのもわかる。いやぁ、面白い。

 ちなみに、この2005年の再結成ライヴではジミーがポコの名曲で、リッチー・フューレイが書いた「カインド・ウーマン」を歌っているんだけど、さすがにケニー・ロギンスの大ヒット曲を「演奏していない」のが嬉しいですな。こんなところで、あのあたりをやられたら興ざめだから。といっても、ケニーのソロ作品についてはほとんど知らないから、よくわかりませんけど。

 ってなことで、昔懐かしい、この作品、十分に楽しませていただきました。彼らが70年代からレゲエやラテン風味の曲をやっていたことや、ジャズの影響を受けていたことを再認識できたし...買ってよかったなぁと思ってます。



投稿者 hanasan : 09:13 | コメント (0)

2005年12月19日

垣間見えたのはバラ色の未来じゃなかったか? ザ・ウォール・ライヴ -

Roger Waters 28日にベルリンからロンドンに飛んで、その日にKid Carpetのライヴを撮影。そのあと、ちょっと時間があって、ヴァージン・メガストアに行ったら、このDVDが目に入った。といっても、イギリス盤はこれとはジャケットが違ってもっとセンスがいい。おそらく、内容的には同じだと思うんだが、久々にこれを見て、また、いたく感動してしまうことになる。

 これはピンク・フロイドを脱退した(けど、なんでも最近また戻ってツアーするなんて情報が入っているという話も伝わっている)ロジャー・ウォータースを中心に90年の7月21日にベルリンで開催したライヴを収録したものなんだが、これが素晴らしい。すでにこのビデが発売された頃に見ていたんだが、今回、ちょうどベルリンを訪ねたこともあり、今度はDVDヴァージョンで見てみよう... と、これを購入。でも、そのインパクトは今回の方が遙かに大きかった。おそらく、ベルリンで初めて、「壁」の片鱗を見たことや、イーストサイドからブランデンブルグ門まで歩いていった時の風景、すでに観光名所でしかなくなったチェック・ポイントに対する感慨がそうさせているのかも知れないが、あらためてこのライヴを見て、歌の言葉をかみしめていると涙が溢れてしまったのだ。時に、ラストの「The Tide is Turning」(流れが変わりつつあるという意味ですな)は涙なくしてみられないだろう。なにせ、このライヴが行われる半年ほど前に、悪名高き「ベルリンの壁」が崩壊し、誰もがどこかでバラ色の未来を夢見ることができたのだ。

Roger Waters 言うまでもなく、このライヴのベースとなっているのはロジャー・ウォータースが中心となって作ったとされているピンク・フロイドの名作アルバム『ザ・ウォール』。そして、そこからアラン・パーカー監督による映画『ザ・ウォール』が生まれているというのは周知の事実。今回DVD化されたものに収録されているドキュメンタリー(といっても、インタヴューの寄せ集めがメインで、ドキュメンタリーと呼べる代物にはなっていない)によると、ライヴのアイデアは、すでにロジャーがピンク・フロイドを抜けたときからあったようだ。実際に、具体化を考え始めたのは80年代の終わりで、サハラ砂漠やアメリカのモニュメント・ヴァレーなども案として出たらしいんだが、89年11月にベルリンの壁が崩壊すると「理想的な場所」としてベルリンが浮上してきたのだという。そして数ヶ月で交渉、キャスティングなどを進めて、実現するのだが、このインタヴューによるとニール・ヤングやジョー・コッカーあたりにも話が届いていたことが語られている。彼らはスケジュールの都合がつかなかったということなのでしかたがないんだが、面白いのはエリック・クラプトンのくだりかなぁ。臆病風を吹かせて断ったんだとか。笑える。さすがにロック界の大馬鹿者だ。その一方で、ジョニ・ミッチェルは「いいわよ、どこにサインすればいいの」と即決。さすがにザッパと一緒に検閲に闘いを挑んだ骨のあるアーティストで、そんな話を聞くと嬉しくなってしまうのだ。

 まぁ、詳しい話はそのインタヴューを見てもらえればわかるんだが、ともかく驚かされるのはそのスケールだ。ステージの幅は300メートルで、その上をバイクから、リムジン・カー、救急車、バイクが走り抜けるという代物。しかも、そこでバンドが演奏したり、旧ソヴィエト軍の軍楽隊が登場したり、どこにいるのか確認しなければいけないけど、クラシックのフル・オーケストラも参加している。誰を使ったのだろうか、映画さながらに、ナチを思わせる「ハンマーの旗」を持って行進する軍人のような一隊もでてくる。約30万人を集めることになってしまったこれは、そういったバンドやアーティストが、役者やオーケストラ、軍楽隊から映像アーティスト、インフレイタブル(大がかりな空気を入れたオブジェのこと)・アーティストから、オーディエンスをも含めた全てが一緒になって、とてつもない劇場空間を作るようなもの。これは、ロック・ショーというよりは、ミュージカルであり、ロック・オペラであり、映像ショーであり... その全てを「ライヴ」でやってのけた一大文化行事だった。そんな意味で言えば、これまでにすでに伝説となっているウッドストックワイト島のフェスティヴァル、ちょっとニュアンスは違うかもしれないけど、フェスティヴァル・エキスプレスとは比較にならない、文字通り、20世紀最大規模、最高のショーではなかったかと思う。というのは、そういったフェスティヴァルが、基本的には数多くのバンドを集めただけのものだったのに対して、この『ザ・ウォール・ライヴ』は制作から政治的な背景、その全てが前者とは比較にならないのだ。

Roger Waters しかも、たった1回のショーのために、数ヶ月に及ぶ準備があり、越えなければいけない傷害もあった。会場となったポツダム広場は終戦の年、45年から手つかずの緩衝地帯で、所有者はいない。そういった場所をただで使えるという幸運もあったんだろうが、地雷が埋められているかもしれないという事情もあり、その調査をしたらとんでもない数の不発弾や手榴弾等々がでてきたんだそうな。しかも、面白いのは、残っている「壁」を観客の整理のために使おうとしたら、チケットを買った人に加えて、買っていない人までが押し掛けて、25万人を越えたあたりから保安上の理由から、結局、その「壁」をぶっ壊したという話も語られている。嬉しいじゃないか、どこかで「祝福」を求めてきた人たちの「力」が再び壁を壊したわけだ。

 そんな事情もあるんだろう、それぞれのアーティストの気迫もとんでもない。「先生、俺たち、子供を放っておいてくれ」と歌われる「Another Brick in the Wall Part.2」を歌うシンディ・ローパーなんて、飛びすぎだし、初っぱなのスコーピオンズのあとにロジャー・ウオータースのバックでソプラノ・サックスを吹くガース・ハドソンもいい。演奏されている間に背後にどんどん壁が作られ、その壁がスクリーンになって映像が流されたり、芝居が登場したり... その壁の背後で歌っているのが天下のヴァンモリソンやポール・キャラック。シネード・オコナーやジョニ・ミッチェル、ブライアン・アダムス、ザ・バンドのリック・ダンコ、リヴォン・ヘルムとガース・ハドソンにトーマス・ドルビー、ドイツの良心を代表するヴォーカリスト、ウテ・レンパーなど、ラインアップも素晴らしい。

 それでも、圧巻なのは彼らが作った「壁」が壊され、それを見ていたオーディエンスが興奮のピークを迎えるときだろう。あの歓声は、当然ながら、「ベルリンの壁」の終焉を祝福したものであっただろうし、だからこそ、全員が登場して歌うフィナーレ「The Tide is Turning」が涙を誘うのだ。「流れが変わり始めた」という意味に捕らえていいだろう、この曲が、この日ここに集まった全ての人たちにどれほどの意味を持っていたか... そして、全世界の50カ国に放送されたという、そのショーを見ていた人たちにどう伝わったかといえば、明かだろう。あの時、どこかで東西冷戦の終わりを祝福し、バラ色の将来を期待していた人は少なくはなかったはずだ。

 実をいえば、このプロデューサーのひとり、トニー・ホリングスワースにちょうどこの直後に会っているんだが、「本当は、西側が、要するに資本主義が社会主義に勝ったという空気だったから、大きな金が動かせたんだよ」といわれたものだ。バンド・エイドからネルソン・マンデーラのライヴなど、大規模なイヴェントをプロデュースしてきた彼の言葉だけに、その言葉のリアリティは充分に感じることができた。それでも、結局、「ベルリンの壁」という狂気が、実は、けっして「資本主義対社会主義」で生まれたのではなく、そんな看板を被った権力者達の支配欲によって成立しているのだということは、その後の歴史が証明している。キリスト教原理主義、イスラム原理主義... 看板など掃いて捨てるThe Wall
ほどもある。本当は、どす黒い「欲望」や「幻想」のために「民主主義」やら「自由」あるいは、「改革」なんて、それらしいお題目を振りかざすのは、一般市民を搾取する権力者達。彼らにとって、それこそが「正義」であり、「民主主義」なのだ。本当にバラ色の世界がやってくるときというのは、そういった権力者が駆逐されて、それを支えている個々の人が、犠牲になっているひとりひとりの人間がその事実を直視して、実は世界を動かしているのは「自分たち」なのだということを認識し、前向きに関わっていく時代でしかあり得ない。そして、権力者が信じて止まない紙切れや金属片でできている「金」という幻想から完全に抜け出して、ひとりひとりの人間が、本当の豊かさや人間性を基盤においた、地球上の生物としての自然なサイクルによる社会を作っていくほか、あり得ないと思っている。はたして、そんな時代が、自分の生きているうちにやってくるのか... ちうか、それ以前に、申し訳ないが世界が終焉を迎えるようにしか思えないんだけどね。どれほどの人たちが環境の問題をシリアスに捕らえているかはわからないが、すでに研究者達の間では末期的な時代を迎えているというのが定説らしい。そんな時代に人殺しに躍起になっているアホな政治家をのさばらしておいて、愛も平和もあったものじゃない。もう少しでもいいから『政治家』に知性のかけらを持ってほしいと願っているのは、自分だけじゃないだろうな。

 ちなみに、このところ、このザ・ウオール近辺が動いているようで、そのトリビュート・アルバムなんぞがでているような。まだ、聞いたことはないんだけど、なんでなんだろう... ま、ネタがないだけなのかもしれないけど。



投稿者 hanasan : 17:31 | コメント (0)

2005年05月06日

999円の楽しみ

The Last Waltz 基本的に値段に弱いのは関西人の性か... というか、以前もこんなことを書いたなぁ。敷居値段が2000円だという感じだったと思うんだが、今回はそれをさらに下回る999円。ご承知のように、ネット関連の経費を浮かせるためにアフィリエイトというのをやっていて、このサイトから契約しているサイトに飛んでショッピングをしてくれるとわずかながらのコミッションが入るというシステム。今このサイトではそれをamazonとやっているんだが、そんなこともあって、よくamazonをチェックするわけだ。そうすると、否応なしにバーゲンものに目がいってしまって、値段につられてついクリックしてしまうようになってしまった。なにせ、1500円以上の買い物だったら送料もタダ。渋谷やら新宿に出かけて買うよりも遙かに安くつくのだ。しかも、発売前に予約するとDVDはたいていの場合、20%以上安くなるというので、ついついここで買うようになってしまった。

 で、みつけたのがこの999円シリーズのDVD。なんか、電車やタクシーでビデオ・レンタルに行くよりも買ってしまう方が安くつく。まぁ、プラプラと街を歩いていて、たまたまみつけて買ってしまったというのもあるんだが、その最初の1枚が『ファントム・オブ・パラダイス』だった。これは、大好きなシンガー&ソングライターのポール・ウイリアムスが主演して音楽も担当している作品で、まぁ、懐かしいという感じかなぁ。で、先日買ったのがオリバー・ストーン監督の『サルバドル - 遙かなる日々 - 』と、これだけだと送料がかかるので、なんとなく『霧の中で散歩』を買った。キアヌ・リーブス主演の、まぁ、ちょっとしたロマンスものなんだが、ほのぼのとしていて、30年代から40年だといったアメリカのヒスパニックの人たちの背景なんかが読みとれて面白かった。これで、999円だったら充分だろうと思ってチェックしてみたら、あるのね、面白いのがいっぱい。

Rocky Horror Picture Show 今回チェックしてみて、びっくりしたのはザ・バンドの『ラスト・ワルツ』や『ロッキー・ホラー・ショー』までがこの値段ででていること。これはたまらんぞ。おそらく、期間限定といった感じだとは思うけど、この値段にはなぁ... 実際、驚かされる。特に、こうやってネット・ショッピングが一般的になってきて、以前だったら都市部の輸入盤屋さんでしか購入できなかったものが地方でも簡単に買えるのも嬉しい。

 さらに、面白いのは、探してみると、『カサブランカ』や『アラバマ物語』あるいは、『素晴らしき哉、人生』といった、古典の名作が、なんと500円なんて値段ででているのがみつかった。まぁ、こうなると冗談みたいな感じで、これは両親のために購入しておくってあげた。でも、どれぐらいのクオリティなのかは全然わからない。これを実際に購入した消費者の言葉を見ると、かなり安く作っているようではあるけど、映画を見るという楽しみだけで考えれば充分だろう。

 で、こういった値段をみていて思うのは、「なんでこれがDVDだけなんだ?」ということ。基本的にはすでに映画として公開されて、充分な収益を上げている、あるいは、償却が済んでいるから、これが可能なんだが、音楽の世界でここまで思い切ったものがなかなかでてこない。廉価版の値段も1000円となると、かなりレアで、安くて1500円。DVDもCDも、生産コストは変わらないと思うし、ひょっとするとJASRACに対する著作権使用料がネックとなってこういう結果を生んでいるんじゃないだろうかとも考える。確証はないんだが、映画に音楽が使用される場合にはその使用料の支払い方が違うというような話も聞いた。あるいは、それよりも再販に絡むレコード会社の体質なのか、あるいは、単純に姿勢の問題なのか... そのあたり、知りたいなぁと思う。

 だってねぇ、値段が安ければ、気軽に音楽を聴けるようになる。それが音楽のマーケットをどんどん拡大する方法のひとつだと思うし、今のように3000円もするようなアルバム、何枚も買えませんから。同じ価格で下手をすると素晴らしい映画のDVDを3枚も買えるんでしょ?そりゃぁ、ないだろうって思うじゃないですか。おそらく、近い将来、ビデオ・レンタルもなくなって全てがネット経由で見るようなるはずなんだが、そうすればそうしたで、家にかさばるDVDもおいておく必要性もなくなる。もちろん、ヴィジュアルのおもしろさもあるから、パッケージ商品が消えてなくなるとは思わないけど、この値段がネックとなって、商品どころか、音楽そのものが消えてなくなる日の方がこわいなぁと思う今日この頃。

 さて、また、安くて面白いDVDで物色するか...



投稿者 hanasan : 12:59 | コメント (0)

2005年02月19日

無理して毎日書くことたぁねぇが...

Maceo Parker たまたまなんだけど、ときおり、本当に見てみたい、聴いてみたいと思うようなサンプルがうちに届くことがあって、これはそんな1枚。JBズの要、メイシオ・パーカーのDVDなんだけど、例によって国内盤はべらぼうに高くて、(せっかくサンプルもらったのに、悪いけど)おすすめできません。だって、これを2枚買えば、昨日書いたあのボックス・セットが買えてしまいそうだから。でも、US importは、CDより安いので、こっちがおすすめ。(なんでも、リージョン・フリーらしい、これ)そんな心配をしたくないのだったら、マルチ・リージョン用のDVDプレイヤーを探してくださいませ。ちなみに、秋葉原で5000円も出せば、マルチのDVDプレイヤーを購入できるので、日本で再生できないといわれる輸入盤のDVDを数枚買えば、元は取れます。

 で、このメイシオの作品なんですが、「ファンクってのはこういうもんなんだ」ってのを、正確に伝えてくれているという意味で、これ以外にないだろうと思えるほどに素晴らしい。amazonでのファンの書き込みは「演奏の途中でインタヴューが入る...」とかって文句いってるけど、そんなのほんの少しだし、ただライヴの映像だけを楽しみたいんだったら、買わないでよろしい。でも、ファンクってのがなになのか、そのベストのものを知りたかったら、そして、身体の中に吸収したかったら、これでしょ。というのが私の考え方。充分に素晴らしい作品です。


 さらに加えて、実をいうと、この時、ベースを弾いていたのがジェリー。中目黒のソロモンのレストランに来ていた人だったら知っていると思うけど、昨年のいつぐらいまでだったかは覚えていいないんだけど、毎週火曜日にジャム・セッションが開かれていて、その中心となっていたのがこの人。はっきり言って、こんなにベースがうまい人は見たことがありません。タッチも強力で、時にはベースの弦が2本も切れることがあって... それなのに、そのまま演奏を続けてウルトラ・ファンキーな音を出してたという... まぁ、信じられない人です。しかも、ベースだけでの弾き語りでソウルの名曲を歌うかと思えば、とんでもないソロを見せてくれたり... ジャコ・パストリアスと共演させたら面白いだろうななんて本気で思いましたもの。

 ちなみに彼とのセッションには友人のミュージシャンがけっこう加わっていて、ケムリのホーン・セクションの亮介や、コバケンも一緒にやったし、ワッツラヴ?のホーンをやっている高木君、ブラック・ボトム・ブラス・バンドのモンキーやヤッシーも、元ミュートビートの増井君やスリープウォーカーのマサやん、それに、スリーピースのかおりちゃんや原君、一度、忌野清志郎もここにいたように思う。ともかく、毎週のようにそんなセッションが繰り広げられていたわけだ。

Young Disciples そのジェリーと話をすると、なんでも彼がまだ若かった頃、地元のアマチュア・バンドの流れで知り合ったのが、後にイギリスに渡ってヤング・ディサイプルズのヴォーカルとなるCarleen Anderson。(名作中の名作はRoad To Freedomで、このblogに来る人ならもっていなきゃダメでしょうな)彼女の父親はソウル界の大御所、Bobby Byrdで、ある日、ジェリーが彼女の家にこないかと誘われたんだと。「うわぉ、こんなかわいい娘に!」なんて思ったらしいけど、それを見越した彼女は「はっきり言っとくけど、私は見かけより歳いってるから...」と言われたんだそうな。実際、彼女に会った80年代、すでに彼女には17歳の息子がいたからなぁ... それはいいとして、その家に行って驚いたんだそうな。「おまえ、なかなかいい筋をしてるじゃないか」と言われたのが、そのBobby。ジェリーにとっては神様のようなソウルの伝説的人物で真っ青になったんだとか。その彼に誘われて、彼のバックで演奏を始めていったとか。ところが、彼はあまりライヴをしていなかったんだが、彼を経由して紹介してもらったのがメイシオ・パーカー。ほんでもって、彼に気に入られてバンドのメンバーになり、10年近く一緒に演奏していたのだ。そのときのライヴがこのDVDで、仲間がこういった作品に登場して、しかも、演奏がいいだけではなく、歌も歌っているのがいいのよ。実を言うと、彼の歌があまりに良くて、ショーを乗っ取られるのが嫌で、それほどは歌わせなかったらしいが、ここで彼はマーヴィン・ゲイの曲を歌っております。実を言うと、この歌の世界が中目黒のあのエチオピア・レストランで毎週聞けたのね。いろんな友人に彼のことを紹介したけど、誰も本気にしなかったのさ。一度でも彼の演奏を見れば、一緒に演奏したいと思うはずなのに... もったいないよなぁ。

 ってなことで、そんな素晴らしいミュージシャンがこのDVDで演奏しています。もちろん、メイシオも、Pee WeeもFredもとんでもないです。ファンクってぇのは、小屋が揺れる音楽なのよ。実際、彼らを渋谷のOn Air Eastで見た時なんて、壁が揺れていたもの。それを見事に伝えてくれているのがこの作品。チェックしてくださいませ。



投稿者 hanaoyaji : 02:38 | コメント (0)

2005年02月18日

こわい... けど、嬉し

Godfathers and Son ネット・ショッピングはこわい。だってね、基本的にクレジット・カードで支払うことが多いから、どこかで実際にいくら使っているのか... ってのがわからなくなることがあるのよ。でも、いいものはいい。欲しいものは欲しい。と、清水の舞台から飛び降りる気分で、かなりの覚悟を決めて購入確認ボタンをクリックしまうことになる。そのひとつが、なんと7枚組のDVDボックス・セット、「Martin Scorsese Presents the Blues」。まぁ、1枚平均で言ったらそれほど高いものではないし、逆に安いように思えるんだが、さすがに7枚組となるとすごい。

 レートによって若干違うけど、僕がクリックしたときは15200円弱だった。でも、注文の時の確認ページで見ると配送されてくるのはかなり先のことで、それだったら引き落としも先だから、なんとかなるだろうと思っていたら、やってきてしまった。しかも、同じように、「どこでも在庫がなくなっている」というiPod shuffleも「数週間はこないだろう」と注文していたら、2日続けてamazonから配送があった。「ぎゃぁ〜、どないせいっちゅうねん!」と思ったけど、後の祭り。金はなんとかするけど、しばらく「なにも買わない」「贅沢は敵だ」(というか、できない)状態を続けないといけない羽目になった。

 それでも、実は、嬉しいのだ。当然ながら、なかなか時間がなくて、全てを見ているわけではないんだけど、一番最初に見てしまったこの作品、マーク・レヴィン監督の『Godfathers and Son』だけでも、昇天しそうなほど気に入ってしまったわけです。この監督はストリート詩人というか、ラッパーというか、そんな黒人を主人公にした映画『スラム』を作った人で、あの映画でも感じたアフロ・アメリカンの文化に対する敬愛の念に溢れた視線が、この『ブルースの旅』をコンセプトにした映画でもにじみ出ているのだ

Godfathers and Son この映画に関する説明はいろいろなサイトでされているから、そのあたりをチェックしてくれればいいんだけど、ここにある『ラップとブルース』がまったく同じものであるという発想や流れが、実感として伝わってくるのが素晴らしいのだ。68年に発表されたというマディ・ウォータースのアルバム『Electric Mud』との出会いで、ブルースにはまったというパブリック・エネミーのチャックDがルーツを探していくというストーリーといえばそうなんだけど、そのシーンのひとつひとつに感動したり、興奮して自分の心臓の鼓動が聞こえたり... と、この1本を見て、それだけで「安い買い物だ」と思ってしまったのだ。

 映画は見てしまわないといけないものだから、あまり内容のことは書きたくないんだけど、最後の方に登場するオリジナルのブルース・マンたちとチャックDやThe Rootsのメンツとのセッションなんて鳥肌ものです。それだけじゃなくて、ちらりと登場したハウリング・ウルフの映像なんて、これまで見たことがなかったからなぁ。と思っていたら、このDVDには、ボーナス・トラックがあって、映画のなかでは全て見せられなかった演奏シーンがきちんと収録されているのだ。おそらく、本邦初公開だろう、ハウリング・ウルフの晩年の演奏である「Evil (Is Going On)」が全て見られるし、そのほかにもOtis RushやKoko Taylerなど、それだけでも30分ぐらいの映像として楽しむことができる。また、まだ見ていないんだけど、監督とのインタヴューとか... このあたりも見なければと思っている。正直、このハウリング・ウルフの映像だけでも、元は取れたと思ってしまった私って、アホかもしれませんが、やっぱ、いいよ、彼は。

 ちなみに、amazonの説明ではリージョン1で日本のDVDプレイヤーでは再生できないと記されているけど、全然問題ないです。さらに加えて、マーケット・プレイスではこのボックス・セットが(新品なのに)さらに3000円ほど安く買えるようです。(気が付かなかった!失敗)もちろん、字幕は付いていないけど、少し英語がわかれば意味はわかると思いますね。(まだ、1本しか見ていないけど)もし、字幕付きの国内盤が欲しければ、「ザ・ブルース ムーヴィー・プロジェクト コンプリートDVD-BOX」として、国内発売されるようです。3/4発売で、予約すると20%オフで、23000円弱。輸入盤と比べると、とんでもなく高いですが..

 ってなことで、次はクリント・イーストウッド監督のを見ようかしら。その結果はまた、書くことになると思いますね。いや、きっと書くはずよ。


投稿者 hanaoyaji : 04:46 | コメント (0)

2005年02月16日

Rockers25周年!

Leyona 昨日の夜、行きつけの(ほとんど自分にとっては飲み屋になっている友人のレストラン)中目黒のエチオピア・レストラン、クイーン・シバでLeyonaと会った。といっても、彼女が仲間と一緒に食事に来ていて、そこに少し加わらせてもらったということなんだけど、彼女とはBen Harperがきたとき(そのときのフォト・レポートはこちら)にシアター・ブルックのタイジに紹介されて、結局、昨年の11月に彼女のライヴを撮影している。隣の写真はそのときのもので、そのときのレポートはこちらで確認できる。

 そのとき、一緒だったのが、大好きな映画「Rockers」に関係された方で、今年はあの映画が公開されて25周年になるという話を伺った。それを契機に、世界中でいろいろな動きが出てくるというか、作ろうとしているらしく、あの映画の大ファンとしては実に嬉しいニュースだ。なにせ、この映画に登場しているのはレゲエが最もヴィヴィッドだった時代のスターたち。今は亡きオーガスタス・パブロ、ジェイコブ・ミラー、トミー・マクックから、健在のグレゴリー・アイザックス、デリンジャー、ロビー・シェイクスピアーになんと、ジョー・ヒグス(まだ生きてるよね?)といったプロデューサーまでが登場している。他にも、名前と顔が一致しない人もいると思うんだけど、ジミー・クリフが主演したクラシック、『ハーダー・ゼイ・カム』と並んで名作中の名作映画だと思っている。

Rockers 詳しい話はそれほど聞いてはいないけど、この映画がリマスターされてDVDとして発売されるとか。今でもこの作品のDVDはこちらで入手可能だけど、ワイドスクリーンになって、ボーナス映像もいろいろと考えているんだとか。嬉しいねぇ。めちゃくちゃ嬉しいねぇ。なにせ、あの映画の中にはオーガスタス・パブロのレコーディング・シーンとかも入っているし、どんな未発表映像が飛び出してくるのか興味津々だ。

 それに、以前、ロンドンの友人から「バーニングスピアのシーン、あるじゃない。海岸で彼がホースマウスの隣で歌うシーン。あの時、周りにはいっぱい人がいたのに、みんながシーンとしてあの光景を見ていたんだよ」なんて話を聞いていたものだから、その話をすると、「なんで、そんなこと知ってるの?実際、そうだったの。ものすごい人がいたんだけど、誰ひとりとして物音もたてなかったのよ」と伺った。いやあ、あの映画は奥深い。すでに何度も見ているんだけど、そこまでのディテールに注意してみているわけではないから、あまり多くは語れないかもしれないけど、今度またゆっくりとそんなところを確認しながら見てやろうか... なんて思ってしまった。

 加えて、イギリスのレゲエ映画『Babylon』もなんとかDVDにして欲しいものだと思う。アスワドのリード・ヴォーカル、ブリンズリー・フォードが主演しているもので、確か80年ぐらいに当時住んでいたBrightonでこの映画を見ている。ここにはJah Shakaなんかも登場していて、これも傑作。でも、日本では公開されたこともなく、確か、これはまだDVD化されてはいないと思うし、ビデオにもなってはいないように思う。ほしぃなぁ。というか、今度、ロンドンに行ったら、このあたりをチェックして、日本で出したやろうと思う。と、また、昔の仕事に戻っていくような気配を感じるな。だってねぇ、世の中にはいい作品がいっぱいあるのに、日の目を見ていないものがいっぱいあるのよ。



投稿者 hanaoyaji : 11:40 | コメント (0)

2005年02月12日

Festival Expressに仰天

Festival Express Festival Express... とんでもないことを考えた人がいたものだ。これ、1970年のカナダでの話なんだけど、ロック・フェスティヴァルを企画したのは、まぁ、あの時代だったらありがちだから、驚くほどのことではないんだけど、それを数カ所でやって、その移動に列車を使おうと考えたわけだ。そして、その列車にでっかくプリントされたのがFestival Express 1970。すげぇ。それだけでもすげぇ。

 でも、もっとすげぇのはその列車に乗って移動した人たち。The BandにGrateful Dead、Janis JoplinにThe Flying Burito BrothersからEric AndersonやTom Rushがいた。さらにさらにすごいのは、彼らがフェスティヴァルを終えて次の街に移動する時の話し。なんと車両では終わることのないパーティが続けられていたというのだ。もちろん、ただ飲んで騒いでいたわけではなく、そこには音楽があった。フェスティヴァルでの演奏は、もちろん、収録されていて、それはそれで素晴らしいんだが、この「音楽」の映像が見られるのが、とんでもなく面白いのだ。

 よくもまぁ、こんな映像が残っていたものだ。なんでも20年以上、誰の手に触れられることもなく眠っていたというのだが、それがみつかって音をシンクロさせ、きちんと編集して生まれたのが12日から東京で公開中の映画となるこの作品だ。おそらく、ロックが好きだったら誰でも知っているだろうけど、『Woodstock』や『ワイト島のロック・フェスティヴァル』や『モンタレー・ポップ・フェスティヴァル』と、よく似た時代を映し出す、名作映画と同じ流れにある作品で、今の人々の声がインタヴューで挿入されてはいるものの、これを見ているとあの時代となにも変わらない息づかいを、今も生きるあの人たちから感じることができるのが面白い。

 すでに今は存在しない、この世を去ってしまった人たちのライヴのすばらしさはいうまでもなく、同じ車両で完全にラリったリック・ダンコとジャニスと一緒に、どこかでちょっと冷静なジェリー・ガルシアがセッションをしている様子などが展開。正直、この絵にはぶっ飛んだ。加えて、自殺してしまったリチャード・マニュエルが歌う「I Shall Be Released」の絵には、胸が締め付けられたなぁ。
 まあ、映画のすばらしさは否定しようがないんだけど、DVDがすごいのは、映画のなかでは使われていなかった演奏シーンを、それだけでもゆうに1時間分は別に収録してくれていること。エリック・アンダーソンとか、やっぱ、きゅんとするし、トム・ラッシュもいい歌を歌っているなぁとしみじみ。さらに、なんで?と思ったけど、映画で使われていないジャニスの演奏とか、『霧の中の二人』ってタイトルで、なぜか日本で大ヒットしてグランド・ファンク・レイルロードと一緒に大阪球場で演奏したマッシュ・マッカーンのその曲を演奏するシーンが収録されていたり... いやぁ、魅力はつきない。というので、最近は、これにはまっておりますよ。



投稿者 hanaoyaji : 08:25 | コメント (0)

2005年02月11日

ダイアナ・クラールはマジックです

DIANA KRALLnLive at The Montreal Jazz Festival

 初めてダイアナ・クラールを見たのは98年の4月か5月ぐらいで、ロンドンのロニー・スコッツというジャズ・クラブだった。たまたまチャンスがあって、見に行ったんだけど、それではまりました。まだ全然無名というか、知る人ぞ知るといった感じで、観客もまばら。でも、面白いのは、彼女が話をすると、会場にいた全ての男性が「絶対に彼女は俺に話をしているんだ」といった目をしながら応えていたこと。いやぁ、マジックです。まるで吸い込まれるように彼女にはまってしまうんです。

 今考えれば、あの時、一言でも彼女と話をしていればなぁと、本当にそう思います。だってねぇ、彼女がジャズの歴史を塗り替えてしまうほどの人気を獲得するとは、さすがに誰も思っていなかったはず。でも、そうなってしまったんですよ。それを見事に証明しているのがこの作品です。

 初っぱなから会場の全景というか、あまりに多くの人が集まっている風景が飛び出してくるんですけど、「なに、これ?ひょっとしてピンクフロイドのライヴ?」と思えるほどの客の数。ぶっ飛びます。あれは明らかに1万を超える数です。その観客が見つめるなかにあるステージには典型的なジャズのユニットが控えているわけです。ダイアナのピアノ、ヴォーカル。ピーター・アースキンのドラムス、アンソニー・ウイルソンのギター、ロバート・ハーストのベースとわずか4人。この光景だけでとんでもないと思いましたね。

DIANA KRALLn しかも、単純に美貌なだけではないんです、このダイアナは。ヴォーカルはうまいだけではなく、味がある。エルヴィス・コステロが惚れ込んで妻にしたのも頷けます。しかも、ピアノも、そのフレーズにとんでもない自由さを感じます。それだけではなく、彼女にこそ使うべきだろう言葉に、カリスマというのがあります。98年に見たとき、カメラをもってたらなぁ... と、どれほど思ったことか。なにをしても、それがそのまま「絵」になるんですよ。ちょうど、トム・ウィエツがそうであったように。あるいは、もっととんでもない大物と比較してもいいと思うんですが、ジェームス・ディーンやチェット・ベイカーの若い頃のことを思い出してもらってもかまいません。まずは聞いて欲しいと思いますね。それも、このDVDで。だって、これ、アメリカからの輸入盤なんですが、リージョン・フリーで1600円強。CDを買うよりも遙かに安いし、ジャケットをクリックしてくれたらamazonに飛ぶんですが、この値段だったら送料もかかりません。それでとんでもない「ジャズ」を体験できるんですから。まぁ、最近の作品では、明らかにジャズを離れようとした曲作りをしているように見えますけど、それでもいいんです。ジャズだから好きなんじゃないから。

 正確な作品のタイトルは『Live at The Montreal Jazz Festival』。スイスのモントルーではなく、カナダのモントリオール・ジャズ・フェスティヴァル。いいですよ。
 ちなみに、このずいぶんと前に発表されているパリのライヴも素晴らしいですね。このころはリージョン・フリーのDVDプレイヤーをもっていなかったので、国内盤を買っているんですが、高かった。でも、今はこのアメリカ盤も1600円前後。リージョンは1らしいけど。
 ということで、これからも気ままにチェックした作品の話でも書いていきましょう。



投稿者 hanaoyaji : 22:38 | コメント (0)