2008年01月18日

不都合な真実とMarvin Gaye

Marvin Gaye iPod Touchの容量はわずか16GBと、すでに120GBほどになったコンピュータのiTunesデータを全て持ち歩くのは不可能だ。とはいっても、今のところ、160GBのiPod Classicまで買う余裕はないので、iPod Touchがメインの携帯音楽プレイヤーとなっている。だから、ここには絞りに絞って選び出した、大好きなアルバムや気に入った曲を入れていて、ときおり、友人のバーでこれを使ってDJなんぞをすることもあるんだが、基本的にはこれで充分だと思っている。

 そういった携帯プレイヤーの果たした役割で最も大きかったのは、音楽を家の中から持ち出すのを可能にしたことじゃないかと思っている。初めてウォークマンが登場したのは78年か、79年ではなかったかと思うが、人気のない地下鉄の通路で聞いたマイルス・デイヴィスの『死刑台のエレベーター』にはゾクゾクさせられたのを覚えている。また、初めて日本を離れて向かったイギリスのトーキーという、観光客が集まる町の海辺のホテル街で聞いたイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』もなぜか染みたものだ。

 携帯用の音楽プレイヤーが『音楽』にもたらした功罪は、またの機会に書くことがあると思うんだが、旅の途中、電車やバスの窓の向こうに流れる景色をぼんやりと見ながら、音楽を聴くことができるようになったのは単純に嬉しいし、そんなときになにかがひらめくように自分の中にすう〜っと入り込んでくることがある。今回は米子からバズで大阪に向かっているときに聞いた「マーシー・マーシー・ミー 〜 アイ・ウォン・ユー」がそうだった。といっても、これはロバート・パーマーによるカバーで、iPod Touchに入れているのはそのシングル・ヴァージョン。おそらく、今ではそのヴァージョンは入手が難しいはずで、似たヴァージョンは彼のアルバム、『Don't Explain』で聞くことができる。といっても、かつては後半部分の『アイ・ウォンと・ユー』での彼のヴォーカルの壮絶なまでの迫力にふるえたんだが、今回は前半の『マーシー・マーシー・ミー』の言葉が引っかかった。というので、同じiPod Touchに入れているマーヴィン・ゲイのオリジナル、『What's Going on』をじっくりと聞くことになるのだ。

Marvin Gaye & Tammi Terrell おそらく、この『What's Going on』を史上最高のアルバムの1枚にあげる人は自分ひとりではないだろう。特にヴェトナム戦争時代に真正面から『反戦』を歌ったこの曲の意味を知っている人にとって、さらには、このアルバムが生まれたいきさつを少しでも知っている人にとって、ことさらその意味は大きいと思うのだ。簡単に過ぎるかもしれないが、少しだけその流れを説明してみると、このアルバムが生まれる以前、スターとして彼が地位を確立したのはタミー・テレルとのデュエットで、それをまとめたのが『The Complete Duets』というアルバム。が、その一作目となる『United / You're All I Need』(これは、2枚目の『You're All I Need』を一緒にした2 in 1のCD)の時点ですでにタミーは脳腫瘍に冒されていたらしく、名曲「Ain't No Mountain High Enough」の大ヒットを受けてライヴをやっていた最中に彼女がステージで倒れるといった事態があったんだそうな。だから、2枚目の『You're All I Need』ではありものの録音にマーヴィンが彼の声を重ねたり、病床を抜け出して車椅子でレコーディングにやってきたタミーが録音したなんてこともあったという。そのあたりの事情は以前、ここに書いているので、割愛するけど、70年の3月16日に彼女は24歳の若さで他界。そのショックに加えて、ヴェトナム戦争から帰還した弟の経験を知った彼が、それまでのモータウン... どころか、ソウル界にはなかったアルバムの制作に向かっていくのだ。言うまでもなく、その結実が『What's Going on』だった。

 以前のアルバムといえば、ヒット曲の寄せ集めのようなものばかりだったのに、この作品ではマーヴィン自身がプロデュースを担当し、アルバム全体を流れるコンセプトが明確に打ち出されているのだ。その1曲目はヴェトナム戦争に対して明白に「NO」と突きつけたタイトル・トラック。そのタイトルを日本語に置き換えれば、「いったい、どうなっちまったんだい?」といったニュアンスが正しいんだろう。なんでも、フレーズのひとつにマーヴィンから父へのメッセージが込められているという話もあるのだが、そうではあっても、おおきな戦争が起こる度にこの曲がラジオから流れるのは、そんな「歌の意味」に理由がある。おそらく、どこかにDJや放送関係者の良心が込められているんだろう。とはいっても、このアルバムが発表された当時、あの曲に付けられた邦題が『愛のゆくえ』だったというのが、どこかで、悲しくなってしまうのだ。もっと他に選択肢はなかったんだろうか? それではアルバムに込められた『意味』がまるで伝わらない。ひょとして、そのせいなのか、まだ、中学生から高校生となった頃の自分にとって、この曲がそれほど強烈な『思い』の込められた歌だとは思えなくて、単純にラヴ・ソングのように聞こえていたものだ。

 この『What's Going on』の意味を理解できたのは80年頃だったと思う。イギリスでNMEという音楽新聞が歴史を通じたベスト・アルバムというコンセプトの元に特集を組んだとき、No.1として選ばれていたのがこのアルバム。なぜなんだろうと、きちんと聞いたことに加えて、ある程度英語を理解することができていたことが助けてくれたんだと思う。もちろん、そのときには、タイトル・トラックと並んでジ・エコロジーと副題の付けられた「マーシー・マーシー・ミー」の意味も理解していたつもりだった。ところが、それが染みるように伝わったのは今回。前述の米子から大阪へのバスの車中だった

「なにもかもが以前のようではなくなった。青い空はどこへ行ったんだろう。毒が風に乗って北から、南から、そして、東から流れてくる。廃棄物の油が大洋を汚し、それが広がる海で魚たちは救いを求めている。放射能汚染は地上から空へと広がり、土地は人であふれかえる。人類の愚行に地球はどれほど耐えることができるんだろうか...」

Marvin Gaye と、まぁ、簡単に訳してしまえばそうなるんだろうけど、あのアルバムが録音された1970年にマーヴィン・ゲイは実にシリアスな警告を私たちに発していたことに気がつくのだ。おそらく、この歌が染みてしまったのは、ここ数年、誰もが口にし始めた温暖化現象といった「地球の危機」を、少なからず自分自身がおそれているからなのではないかと思うのだ。

 そして、大阪から帰京した翌日だったか、合衆国の前大統領候補だったアル・ゴアがノーベル賞を取ることになった映画『不都合な真実』を見ることになる。直感として迫っていた『人類の終わり』を、あるいは、経験で『実感』していたそれを、実際に撮影された映像やデータで『確信』していくことになるのだ。正直言ってしまえば、そのときが近いだろうことは感じていたんだが、おそらく、それは自分がこの世を去ってからのことではないかと想定していたのが『人類の終わり』だった。が、これを見ると、おそらく、自分がそれを生きて体験することになるように思えてしまうのだ。すでにツバルからモルジブといった島国は国が海の藻屑となっていく事態に直面しているということは、たいていの人なら知っているだろう。そればかりではなく、海流の変化によって生まれる生態系の変化が我々の生活に壊滅的なダメージを与えていくはずだし、その兆候は誰もが『感じている』はずだ。こんな時に愚の骨頂である戦争をやっているバカ野郎たちがいる。また、『経済』や『繁栄』を『正義』だと思っている間抜けたちがいる。救いようのないアホどもが権力を握り、人類を死地に追いやっているのが手にとるようにわかるのだ。

 この映画で繰り返している講演のなかでアル・ゴアが口にする言葉が印象的だったんだが、「今、すぐにでも実行できることをやるだけで、少なくとも1970年の状態にまでは戻すことができる」というのだ。が、その1970年とはマーヴィン・ゲイがこの名作、『What's Going on』を録音した頃。そのときでさえ、彼は「マーシー・マーシー・ミー」と助けを求めていたのではないのか? 公害やスモッグから放射能汚染... 彼がそういった危機感を感じ、認識していた時代にしかさかのぼれないのだ。

 今回、この曲を聴き、そして、あの映画を見て、また思ってしまうのだ。我々はなんという愚行を繰り返しているのだろうか。取り返しの付かないことをしている自分たちの足下をきちんと見つめなければいけない。少しでも生き延びるために行動しなければいけない。そんな思いをいっそう強くすることになるのだ。


投稿者 hanasan : 17:59 | コメント (0)

2008年01月16日

There's somthing in the air...って

いちご白書 昔からのマック・ユーザーにとって、そして、どこかでマック・ファンであるユーザーにとって、当然気になるのがマックワールド。毎回ここで新しい製品が発表されることもあって、その時期になるとなにやらそわそわしてしまうのは無理もない。それが昨日から今日にかけて開かれていた。

 前回の9月にはiPod Touchの発表があって、その素晴らしさに圧倒されたと言いますか... これは発表当日にApple Storeで注文。一般のマーケットに出る1週間前には手元に届けられた。わずか16GBという容量はかなり少ないように思えるが、ネットにつなげられたり、コンピュータのスケジュールを同期できたりと、なにかと便利。けっこう、いい感じで使っている。

 さて、今年のマック・ワールドなんだが、キャッチ・コピーとして登場してきたのが"There's somthing in the air"というフレーズ。となると、昔からの音楽好きであれば、速攻で思い浮かべるのがいまだにDVD化されていない(と思う、見たことがないから)アメリカン・ニュー・シネマの傑作、『いちご白書 』(Soundtrack / 文庫)で使われたイギリスのバンド、サンダークラップ・ニューマン (『Hollywood Dream』に収録)の名曲だ。『みんな一緒にならなければいけない。なぜなら、革命が起きているから』と歌われるもので、学舎の一番高い塔のような場所にたたずむ主人公のまわりをカメラが巡りながら流されたこの曲は、同じ映画で使われたニール・ヤングの『ダウン・バイ・ザ・リバー』や『ヘルプレス』に『ザ・ローナー』といった名曲の数々と並んで、最も大きなインパクトを与えてくれた曲のひとつだ。とはいっても、このサントラ、名曲そろいで大好きなんですけどね。

Summer of Love おそらく、ヴェトナム反戦運動からフラワー・ムーヴメントと、旧来の価値観が突き崩されていったときのシンボルとも言っていい曲なんだろうなぁ。当時のロック・カルチャーをうまく描写してくれている映画『あの頃ペニー・レインと』 (Soundtrack / DVD)でこれがフィーチュされていた理由もよく理解できる。いつだったか、Tom Petty & the Heartbreakers (トム・ペティとハートブレイカーズ)の『Greatest Hits』を買ったときにも、おまけのような新曲(カバー)としてこれが入っていたのが嬉しかったし、おそらく、彼もその影響を受けているんだろうなと想像する。もし、チャンスがあったら、ぜひ聞いて欲しい名曲中の名曲。あの頃の気運を示すものとして、Youngbloods(ヤングブラッズ)の「Get Together」(『The Best of the Youngbloods』に収録)と並んで、ぜひ知っておいて欲しい曲だ。

 ちなみに、当時の空気を伝える絶妙なコンピレーションが『Summer of Love, Vol. 1: Tune In (Good Time & Love Vibrations) 』やその続編、あるいは、『San Francisco Nights』といった作品で、気になったら聞いてみてくださいな。そういった曲がわんさ収録されているので。

 いずれにせよ、アメリカのIT関連企業の人たちって、日本とは全く逆で、こういった流れの元ヒッピー的な人たちがメインになっているんだろうなぁと思う。あんなキャッチ・フレーズを持ってきたことやかつてのキャッチ・コピー、「Think Different」でジョン・レノンのベッドインの写真が使われたりと、「だからこそ」そういった発想ができるんだろうと思う。そのマック・ワールドで発表されたのが最大で厚さ1.94cmで、重さ1.36kgのMacBook Air。なかなかねぇ... いいかもねぇ、とは思うんだが、食指は動かなかった。その理由はというと、まずは中途半端なのだ。確かにデザインはいいし、フォルムもかっこいい。でも、「実務派」のジャーナリスト、ネットで仕事をしている写真家としては現場でも使える「頑丈」でタフなマシンが欲しい。だから、ぽきっと折れてしまいそうなこれからは、金に余裕のある都会派のセカンド・マシーンといったニュアンスを受けるのだ。確かに、ワイヤレスでMacBook Air SuperDriveが使えたり、Time Capsuleが使えるというのは、コンセプトとして面白いけど、そんなものをいつも一緒に持って歩くわけにもいかないし、それは想定していないだろうから、結局は、インフラが理想に近い都会でしか使えませんって。

 逆に、いつも通り、マックス好きのネット情報で噂になっていた12インチの1500ドル前後というのが理想だったかなぁと思う。セカンド・マシンならそれで割り切って使えるから。それなら、それでいいんだが、そういった価格帯でないとつらいと思う。まぁ、自分の妄想ではまるで平ぺったいペン・ケースのようなものを妄想していたんですけどね。ぱかっと開けると両面共に液晶で、当然、両方ともタッチ・パネル式。通常の形で使うには手元の液晶がキーボードになって、ワイヤレスで外付けのドライヴどころかキーボードやマウスも使えるというもの。そして、その両面の液晶画面をひとつのモニタとしても使えるというアイデアなんだが、これって非現実的なのかしら。そうすれば、単純に映像や画像を楽しむときにはどこかに立てかけて使うこともできるし、デスクトップ的に使うこともできる。一方、そのまま持ち出して、町で使うときには小型ラップトップとして有効なわけです。まぁ、夢物語ですが。

 まぁ、想像や妄想が渦巻いて終わったマック・ワールド。私は、次を待ちます。Mac Bookか、Proか、もうちょっと軽くて頑丈で消費電力の少ないものが出てくるのを心待ちにしております。そろそろPower Book G4がおだぶつになりそうなので、最悪の場合はMac Bookの2.2GHでも買って、次につなぐか... といったところでしょうな。


投稿者 hanasan : 18:06 | コメント (0)

2006年11月25日

Flags of The Fathers (父親たちの星条旗) + 腰痛日記

父親たちの星条旗 クリント・イーストウッドが記者会見か、インタヴューで語った言葉が真実だと思っていた。

「政治家たちがどれぐらいの人たちを殺してきたか...」

 と、そんな感じだったと思うが、正確には覚えてない。いずれにせよ、意味はわかる。その通りなのだ。政治家を権力者に置き換えてもいいだろう。権力を持つものが、弱者である「一般人」を殺してきたのは歴史が全て物語っている。だからというのではないが、硫黄島をベースにした彼の監督作『Flags of The Fathers (父親たちの星条旗)』は見たいと思っていた。そう語る彼の視点が絶対に前面に出ているに違いない。というので、昨日見てきた。

 といっても、いつもの散歩の流れで結末としてこれを渋谷で見たことになるんだが、今日のコースは自宅から麻布十番、御成門、新橋、銀座と出て、そこから秋葉原に出るかどうするか... 悩み出したんだが、まぁ、1時間も歩けば今日の運動は充分だろうから、丸の内ピカデリーで上映時間をチェックすると19時からだというので、まだ1時間半も時間が余っている。じゃぁ... と、渋谷に移動。食事をして、19時15分からの上映を見た。映画館で映画... なんて、どれぐらいだろうなぁ。前回見たのを覚えていないところを考えると、数年ぶりなんだと思う。(試写会では『グッドナイト&グッドラック』を見ていて、その時のことはここに書いている。)

 驚いた。あまりに観客が少ないのだ。平日... といっても、金曜日。しかも、夜19時15分の上映だから、もう少し人がいるかと思ったんだが、この映画、メディアで騒がれているのとは裏腹に全然人気がないのかなぁ。30人ぐらいしか観客はいないんじゃなかったかと思う。

 この映画になにを期待していたのか? 別になにも期待していたわけではないんだが、クリント・イーストウッドの視点にだけは期待していた。まさか、彼がジョン・ウェインの『硫黄島の砂』みたいな陳腐な作品を作るとは思ってはいなかったから。でも、感動もなにもしなかった。ただただむごたらしく、醜い戦争の姿を見せつけられただけのように思える。それは「戦場」という現場のことだけではなく、「戦場」から遠く離れたアメリカ本土でさえ醜くむごたらしかった。おそらく、イーストウッドが見せたかったのは、これなんだろうが、あまりに悲しかった。

父親たちの星条旗 ストーリーは基本的に、あの硫黄島に星条旗を立てたとされる人の息子が書いた本。日本で言えば、「肉弾三勇士」といった趣に仕立て上げられる兵士の息子の目を通して、あの激戦の模様とそのむごたらしいまでの戦争の事実が描かれているという感じなんだが、まず思い出したのは『プライベート・ライアン』だった。あまりにむごたらしい「戦争の事実」(と思える)シーンの連続に、人間のばからしさをこれでもかと見せつけられ、ファシズムに対する「戦い」をも正当化できないということを再認識させられるのだ。ちなみに、この戦闘シーン、気の弱い人にはお勧めできません。あまりにグロです。気持ちが悪すぎます。おそらく、本当はもっと凄惨を極めているんだろうけど、それにしても... 吐き気がしました。

 さらに、「英雄」が作られる。そこに果たしたメディアの役割を考えざるを得ないのだ。日本とて同じだった。「肉弾三勇士」を検索して調べてみればいい。ほぼ同じことが行われているのだ。当時の大新聞がこぞって「英雄」を賛美し、狂気の戦争にみんなを駆り立てていった。その結果がどうなったかをここでわざわざ記すこともないだろうが、簡単に言ってしまえば、「権力者による市民の虐殺」だ。「救国」や「愛国」のスローガンの下、市民のみならず、どれだけの兵士が無駄死にを強要されていったか、思い出せばいい。この映画では、その英雄たちが結局は落ちぶれて亡くなっていったことなどが語られているんだが、映画を見た後の帰り道でなにもかもがむなしく、悲しく、人間のあほらしさを感じたというか.... 

硫黄島からの手紙 そのエンドロールを見ながら、誰も席を立たなかったのは、その続編の宣伝が流れるからなんだが、立場を逆にして描かれたという「硫黄島からの手紙」がこの続編としてもうすぐ上映されることになっている。さて、それは同じ島での闘いをどう描いているんだろう。それも、見に行こうと思う。なぜか、このごろ、「戦争」が頭を離れないのだ。湾岸戦争からイラク戦争、そして、その結果としての「逆戻りの世界」に生きているのが我々だ。間近に「戦争」があるというのに、そして、それほどまで多くの人たちが「政治家」に虐殺され、その片棒を担がされているというのに、その実感を感じることができないもどかしさ... しかも、日本は今戦前を生きている。あの時代と同じことが繰り返されているというのに、誰も動こうとはしないし、肌でその危険を感じようともしない。なぜか?

 今、小林多喜二の『蟹工船 一九二八・三・一五』を読み返しているんだが、それも、そんな気持ちの流の中にある。初めてあの話を読んだのはまだ中学生の頃だったと思うから、ほぼ35〜6年ぶりにこれを読むことになったんだが、あの舞台になっているのは今から70年ほど前の話。気が遠くなるほど昔にも思えるし、そうでないようにも思える、そんな時代の話だ。それを読みながら、時代を考えるようになった。しかも、ここ数年、年に数回は訪ねることになっている北海道の鉄道の歴史も知った。あの枕木は、そのひとつひとつが人間の死体によってできたんだと、ここに記されているんだが、そんな時代の上に今があることをもう一度再認識しようと思う。私達の今は無数の市民の亡骸の上で成り立っているんだという思いが強くなるのだ。

 あの映画を見た帰り道、第二次世界大戦に対する反戦運動があったこと、その時に主力となったのがウッディ・ガスリーやピート・シーガーだったこと... そんなことを思い出していた。奇妙なもので、iPodのスイッチを入れて、流れてきたのがエリック・アンダーソンの名作『ブルー・リヴァー』。なにやら、ガ〜ンと頭をぶん殴られたような気持ちになって帰宅した。


投稿者 hanasan : 01:33 | コメント (0)

2006年04月23日

Good Night & Good Luckって、それでいいのか?

Good Night & Good Luck しばらく前から気になっていた映画があって、昨日それを見てきた。監督は役者のジョージ・クルーニーで、50年代のマッカーシーの「赤狩り」(共産党員やシンパへの弾圧や追放政策)時代に、闘いを挑んだ放送ジャーナリスト、エド・マローをテーマにした作品。実は、どことなく、以前から好きだった役者がジョージ・クルーニーで、それがきっかけだろう。おそらく、最初に気に入ったのはフロム・ダスト・ティル・ドーンという、タランティーノの映画。これは強烈だったなぁ。ただの犯罪者の逃亡劇、そんなロード・ムーヴィだと思っていたら、結末は大違いだからなぁ。あれにはぶっ飛ばされましたなあ。っても、それ以外はあまり印象に残っていなくて、きちんと覚えているのはピース・メーカーぐらいかなぁ。おそらく、彼の場合オーシャンズ11あたりが有名なんだろうけど、もう全然覚えてないし、その続編のオーシャンズ12なんて何度見ても途中で寝てしまうのだ。

 それはともかく、Good Night & Good Luck(DVDは未発)のシンポジウム付き試写会というのがあって見に行った。シンポジウムの出席者は筑紫哲也、嶌信彦、星浩で、司会進行役が服部孝章となっているんだが、筑紫哲也氏は知っていたけど、嶌信彦氏は顔と声を聞いてわかったという程度で、他の人は全然知らなかった。

 映画は全編モノクロで、実際のマッカーシーの映像や当時の映像をそのまま使うことでものすごいリアリティを感じさせることに成功していたように思う。それに加えて、最後のエンドロールでわかったんだけど、ダイアン・リーヴスを中心としたコンボによる、劇中に使われているジャズが実に渋い。しかも、曲の意味がわかるとなおさら「音楽が世界を語りかけていて」、そういった流れが、あの時代を見事に演出していたという感じだろうか。

The Great Dictator といっても、なにか釈然としない。確かに美しい物語だと思う。以前、ここにも書いたと思うが、名作『ローマの休日』の脚本を書きながら、変名でクレジットされざるを得なかったダルトン・トランボ(彼が監督脚本などを手がけた名作『ジョニーは戦場に行った』が公開された当時は、ドルトン・トランボと表記されていたんだが)はその「赤狩り」の被害者で、そのあたりの話は「ハリウッドテン」という項目で検索してくれればいろいろ出てくるはず。要するに、リベラルな人間が「共産党員、あるいは、そのシンパ」として弾圧され、追放されたアメリカの暗黒時代がこれで、『独裁者』といった不朽の名作の数々を生み出した映画界の最重要人物、チャーリー・チャップリンもその被害を受けた人物だった。

 その「赤狩り」(マッカーシー旋風ともいうが)に対して、メディアの連中が恐怖におののいている時代に、真正面から闘いを挑んだテレビ・キャスターとクルーニー演ずるプロデューサーが一種のヒーローとして描かれていることに「映画的」なあるいは、結局はハリウッド的な「軽さ」を感じてしまうのだ。もちろん、実際に残されている当時の記録フィルムに刻まれた「狂気」を見たときの、ドキュメンタリーにも似た迫力は強烈で、スターリン時代のソヴィエトとなんら変わらなかったアメリカの本来の姿を感じることはできたけどね。

真実の瞬間(とき) 実際のところ、これは本当に名作なのかどうかと問われれば、同じ「赤狩り」を扱ったロバート・デ・ニーロ主演の『真実の瞬間(とき)』の方に軍配を上げる。こちらの方が圧倒的に「熱」を感じたし、今は1000円以下の廉価で発表されているから、まだ、見ていない人がいたら是非見てもらいたいと思う傑作だ。

 おそらく、ジョージ・クルーニー監督は「今のアメリカ」に対して「言葉を濁して」批判的なことをにおわせているという感じもするのだが、彼の父親がジャーナリストであったことから、どこかで、当時の狂気に対する「追求」よりは、ヒーローを「賛美」する部分の方を感じざるを得ないのだ。そういった意味でかなり物足りないなぁというのが本音。それに、当時のテレビ局のトップに対する優しすぎる描き方とかなぁ... 本当かよぉ... とも思えるな。

 あと、映画にはよくある話なんだけど、結局は「最初が最後につながっている」というのの典型で、言いたいことを登場人物のスピーチで「語りきっている」というのが、凡庸でもある。これって、それを最後に持ってきた、オリバー・ストーン監督の『JFK』と同じだよなぁ。まあ、あちらは「あっという間に3時間」がすぎてしまったという意味で、すごい魅力があったけど。

 ちなみに、ジョージ・クルーニーについては『シリアナ』も、けっこう政治色が強くて、見てみたいと思っている。どこかで彼のなかに「社会的な問題意識」があるからこういった動きをしているんだろうかね。

 あと、シンポジウムですが、あまりに決まりきったことが綿々と語られるだけで、非常に退屈だった。というか、眠ってしまいました。嶌信彦氏の父親が、あの当時、日本でも吹き荒れた「赤狩り」(レッド・パージ)の被害者であったことを知ったのは興味深かったが、問題は映画の巻頭で語られるエド・マローの言葉だということを言ってほしかったなぁ。内容はほとんど『JFK』のケヴィン・コスナー扮する弁護士なんですけどね。それは、映画を見て感じてくださいませ。

 さらに、蛇足として加えるなら、映画にばかばかたばこを吸うシーンがあったのが、時代的だけど、俺も吸いたかったなぁ。それと、気になったのは。あのエド・マローが「私だって共産主義は脅威だと疑っていない」という台詞を吐いている点。リベラルでも、アメリカではそういった「反共産主義信仰」で洗脳されているということでしょ。アメリカは決して「民主主義」の国ではなかったし、今でもそうではないこと。それを知るべきだと思う。同時に、ソビエトだって中国だって決して「共産主義」の国ではなかった。短絡的な「資本主義」vs「共産主義」といった二元論で語ることができる時代は大間違いだし、democracyという言葉が「民主主義」だと訳すのも間違っているようにも思える。有色人種に選挙権が認められてから半世紀も過ぎていない国が、どうして成熟した民主主義の国だといえるのか?たかだか時間が尺度になるとは思わないが、それにしても彼らの口にするdemocracyとは、あまりに、反民主主義的なんですよ。どう思います?


投稿者 hanasan : 15:40 | コメント (0)

2006年04月16日

映画「グラストンバリー」見てみました。

Glastonbury 右側のこれは、ずいぶん前から注文しては「品物が入荷しませんでした」というメールが来ていたという代物で、まだ見てはない。っても、ひょっとしてずいぶん昔にイギリスの友人から送ってもらったVHSのテープと同じではないかと思うんだが... 無責任なことはいえないけど。
 
 それはともかく、以前からここで書いていた、ジュリアン・テンプル監督によるグラストンバリー・フェスティヴァルのドキュメンタリーが完成して、つい先日プレミア・ショーがあったようだ。っても、イギリス入りしたのがその直前で、情報もなかったから、そのチケットは全然入手できなくて行けなかったんだが、昨晩、ポートベロにあるエレクトリック・シネマで見てきた。チケットを買ったのは夕方で、その時点で残っていたのが2枚だけ。ということは、結構な人気なのかなぁと思ったけど、実際のところ、会場のキャパが150ぐらいのちっぽけな小屋。その分、シートがめちゃくちゃ広くてゆったりしているので、楽に見られたのが嬉しいが、大きな話題になっているのかどうかはわからない。

 なんでも、全国でも23の小屋でしか公開されないらしく、ロンドンでも5館ほど。加えて、夜の最終上映のみという扱いだから、DVDとして販売するためのプロモーションでしかないんだろうなと思う。実際、ヒットするような代物ではないと思うし、それはそれで仕方がないんだろう。

Glastonbury で、上映が始まったのは9時半で、予告編などが終わって、エンドロールが出てきたのが午前0時10分だったから、実質は2時間半ぐらいの映画ではないかと思う。さすがにイギリスだなぁと思うのは、レイ・デイヴィスや「30年ぶりにここで演奏するんだ」といったことを口にしていたデビッド・ボウイがきちんとフィーチャーされていること。しかも、めちゃくちゃかっこいい。(実をいえば、ボウイがここで演奏した70年か71年と、この映像での髪型が同じような感じだったのがほほえましい)それにプライマル・スクリームからケミカル・ブラザーズ、ビョーク、プロディジーにフェイスレス... 彼らの演奏もすさまじいし、それに輪をかけてとんでもない表情を見せているオーディエンスが圧巻だ。そのほか、古いところでは70年頃のメラニーとか、もうひとつバンドの演奏があるんだけど、これが誰かはわからなかった。

 さらには、「どうしてこんな映像が残っていたんだろう」と思わせたのが、おそらく、初めて自分がグラストを体験した81年か82年に出演したブラック・ウフルー。すでに亡くなってしまったピューマ・ジョーンズにマイケル・ローズ、ダッキー・シンプソンクをフロントに鉄壁のリズム・セクション、スライ&ロビーがバックに控えたもので、このときのライヴ映像が残っていたら、なんとかそのまま発表してほしいなぁと思ったり。あと、どこかでウッドストックとの接点を想定してるのか、リッチー・ヘヴンスの「フリーダム」が登場したのも面白かった。実は、ウッドストックで彼の祭りの意味を十二分に歌い上げていたのがこの曲だったように思えるのだ。

 そのほかには本気でテレビのカメラをぶちこわしにかかっているジョー・ストラマーの映像や、僕らの仲間であるギャズ・メイオールとトロージャンズ。それに、グラストにも、フジ・ロックにも欠かせない存在となってしまったミュートイド・ウェイスト・カンパニーのジョー・ラッシュあたりが、大きくフィーチャーされていて、実に嬉しかった。

Glastonbury といっても、こういった音楽のシーンは、おそらく、全部で1時間にも満たないと思う。ひょっとしたら、30分ほどかなぁ。何よりも重きが置かれているのは「フェスティヴァル」という文化であり、その歴史であったり、社会の動きだったり...そういったものとの絡みのなかで育っていった、おそらくは、世界で最もユニークでオルタナティヴなフェスティヴァルとなったグラストの抱えている世界なのだ。初めてフェスティヴァルが開かれたときのこと、そして、まだまだ若々しかった主催者で農場主のマイケル・イーヴィス。すでにかなりの年齢になっている彼と、それぞれの時代の彼が交差して「変わっていった」歴史と「変わらないもの」を巧みに映し出してくれる。よくもまぁ、これほどまでの映像素材を集めたものだと思えるほどに、すべてがグッとここに凝縮されているのだ。

(ちなみに、Glasutoを詳しく知るにはGlastonbury Tailsという本がお勧め。そのほかに、英国最良最高のDJ、ジョン・ピールが書いているGlastonbury The Festivalというのもみつけましたけど)

 そのほかにも、ヒッピーとはまた違ったトラヴェラーズ文化の片鱗が姿を見せ、80年代に繰り広げられていたストーンヘンジ・フェスティヴァルのこと、そして、定住を拒絶してジプシーのような生活を選んだ彼らが行き場を失ったときにグラストがその避難キャンプのようになったことなども登場する。そして、そんな動きを象徴するような90年代初めのトラヴェラーズのライヴが持つ異様な迫力も素晴らしい。それと前後して、トラヴェラーズに与えられた警察の暴力を映し出す映像のショッキングなこと。実に、フェスティヴァルという文化は、どこかで既成概念に対する闘いでもあったことが語られているようにも思えるのだ。

Levellers 一方で、巨大産業化していく現状も映し出されている。何が間違っていて、何が正しいのか?この映画はそういったことを断定しているのではなく、ただ、無限とも思える記録映像を下に、「フェスティヴァルとは何なんだろう?」と語りかけているように思える。しかも、それはグラストそのものだけに関わっているのではなく、我々一人一人の生き方にも問いかけているようにさえ思えるのだ。

 そうやってこの映画を見たとき、日本という国で「フェスティヴァル」文化を根付かせようとしている、あるいは、創造しようとしているフジ・ロック・フェスティヴァルや朝霧ジャムの意味が抱える大きさを考えざるを得ないのだ。もちろん、それはグラストをまねたものではないし、日本とイギリスの文化や歴史の違いもある。だから、短絡的な比較ができではないのは重々承知している。一方で、国や歴史は違ってはいても、人間としての営みに違いはない。そして、その底辺に流れるものこそが「フェスティヴァル」の文化であり、それを真正面からとらえたとき、フジ・ロックも朝霧もまだまだ、一般的なメディアや業界人たちがいうような「完成」からはほど遠いところにいることは歴然としている。

 いろいろな人たちにこの映画を見てもらいたいと思う。そして、日本で語られる「フェスティヴァル」が、いかに勘違いされているかを知っていただければと思う。バンドが出てくるだけのものは、フェスティヴァルでもなんでもなく、ただのコンサート。音楽の向こうに何かを突き動かす世界があるとすれば、おそらく、そここそが「核」となるのがフェスティヴァルであり、その文化だ。多くの問題を抱えながらも、それを内包し続けるグラストは、やはり、どこかでとてつもない魅力をもつものとして、これからも自分のなかに生き続けるのだと思う。


投稿者 hanasan : 06:23 | コメント (0)

2006年01月27日

お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる?パカタレ! - パッチギのこと -

朝山実 正月、実家に帰った時、弟と映画「パッチギ」の話でで盛り上がった。彼も、やはりこの映画を見ていて、「泣けたなぁ」と話し始めたんだが、「あそこやろ?」と、「ウン、あそこや、葬式のな」と、ほとんどこれで会話が通じてしまうのがおかしかった。

 いつか友人から「映画の話を書く時にはな、書いたらアカンことがあるやろ」と怒られたことがあって、詳しいストーリーを書いたら、映画を見る楽しみがなくなる。ということもあって、ここであまり詳しくは書きたくないんだが、いつもは優しい在日一世のおじさんが葬式の最中に、主人公に向かって放った言葉で泣いた。

「お前ら、ニッポンのガキ、なに知ってる? 知らんかったら、この先もずーっと知らんやろ、このパカタレ!」

 1968年の時代背景があり、戦争が終わってまだ20年そこそこですでに僕らはなにも知らなかった。

「国会議事堂の大理石、どこから持ってきて、だれが積み上げたか知ってるか?」

 これを具体的に調べるすべを僕は持っていないが、朝鮮半島からさらわれて、日本に連れてこられた韓国朝鮮人が奴隷のように扱われていたことはいろいろな文献で見ている。このシーンで語られたことはその事実を僕らに告げているんだろう。映画は映画、作り事だというのは簡単だ。が、この話が「作り事」には思えないし、このほかに語られていることだってそうだ。が、当然のように、自分はなにも知らなかった。あの68年にまだ13歳だった自分は当然のように、そして、すでに50歳になった自分ですらも、このことをなにも知らなかった。あのおじさんの言った「パカタレ」のひとりが自分なのだ。おそらく、この映画で「この先、ずーっと知らんやろ!」と声をかけられたのは自分であり、ひょっとしてこの言葉こそがこの映画が僕らに突きつけているものなんじゃないだろうか。と、そう思ったら、涙が止まらなかった。

 もっとこの映画のことを知りたいと、原作と言われる書籍「パッチギ」を買ってきて、これも読んだ。といっても、ほとんど映画のまんまで台詞部分もほとんど同じだから、これは、この映画のなかで語られている「言葉」を再確認するようなものだったけど、松山猛氏の「少年Mのイムジン河」は、また未知の世界を伝えてくれた。

松山猛 この本を買ったのは、以前、映画「パッチギ」について書いた時に、このサイトで、松山氏の話を読んで「そうかぁ、彼の体験が映画の原案なんだ」と思ったのが理由だ。わずか1000円の、まるで子供向けに書かれたような、絵本のような内容で、30分もすれば全てを読み終えてしまいそうな簡単な本。でも、中身は濃い。それに、「長いあとがき」がとてつもなく興味深かった。そこに書かれてあったのは、彼と、あの映画の根っこになっている名曲「イムジン河」との出会いのことであったり、あの曲をフォーク・クルセダーズが歌うことになったいきさつや、当時の反応のこと、そして、松山氏が実際に韓国の国境線にあるイムジン河を見たときの話などが盛り込まれている。

 といっても、「イムジン河」という曲がどういったものかを知っている人も少ないんだろうなぁと思う。実際、自分自身、聞き覚えはあっても、詳しい話はとっくの昔に忘れ去っていた。今回、映画「パッチギ」を見て、歌を思い出し、上記の本を買って、さらに、オリジナルのままで再発売されたCD「ハレンチ」まで購入して、初めてその一端を理解できたように思えるのだ。

(ちなみに、このCD、ジャケットがLPサイズの限定版で、それとは知らずに購入してびっくりした。映画のなかでこのオリジナル、あるいは、それを模したLPが登場するんだが、なにやらそれを手にしたような錯覚に陥って、なんだが、嬉しかったなぁ。というか、それも戦略なのかなぁ...)

フォーク・クルセダーズ この歌のオリジナルの作曲はコ ジョンハン、作詞のパク セヨンとされていて... といっても、この歌を60年代に初めて耳にした松山氏は「朝鮮民謡」だと思ったとか。そのオリジナルを日本語に訳して、さらに独自の詞を加えて生まれたのがフォーク・クルセダーズのヴァージョンだった。これは、たまたま解散を記念して自主制作で300枚ほどプレスしたアルバムに収録されていたのだが、この曲よりも脚光を浴びたのが、同じくこのアルバムに収録されていた「帰ってきたヨッパライ」という冗談ソング。これがラジオでヒットして、それが彼らの東芝レコードとの契約に結びついていく。その結果、おそらく、シングルだと思うが、200万枚という爆発的なヒットを記録することになるのだ。実は、それに続くシングルとしてこの「イムジン河」の発売が決定し、実際にプレスされたようだが、いろいろな事情で発売中止、存在したものも全て回収されたという話が伝わっている。当然ながら、発売中止を受けて、以降、これが放送されることはなくなった。そんな状態が数年前まで続いていたのだ。

 なぜこの曲が発売中止になったのか... 諸説あって、真相はまだ明確にはなっていないように思う。松山猛氏の本にもそのことに関しては詳しくは触れていないし、ネットで調べても明確な答えは出てこない。小林たかし氏による報告教えて!gooコミュニティ3asian.comあたりも参考になるし、この曲が再び日の目を見たことについて書かれている、ハンギョレ21も興味深かった。いずれにせよ、「政治」の波に飲み込まれてしまったということなんだろうが、自分が知る限り、このオリジナルが朝鮮民主人民共和国のプロパガンダ的な色彩を帯びたものに対して、フォーク・クルセダーズのヴァージョンは国境や壁のない世界を希求した、どこかで優しいプロテスト・ソングだったんだろうと思う。

 それに対して、これが「盗作だ」とか騒いでいる人々もいたし、今もいるみたいだが、歌は生き物であって、なにもかもを忠実に「再現」する必要はないと思っている。ウッディ・カスリーがそうやったように、民謡のメロディにのせて、どんどん自分の言葉をのせていった人もいるし、高田渡がやったことだってそうだった。それでなにが悪い? と、思ってしまうんだが、少なくとも素晴らしいメロディを作った人への敬意が表されていれば十分だろうし、著作権の使用料を支払っていればなにも問題はないだろう。今回、この「イムジン河」のことを調べていて思ったのは、そういったビジネスや政治が、本来自由だった「歌」さえをも「檻」に入れてきた現実。僕ら、まだ、「越えられない河」を抱えているというのが悔しくもあり、悲しくもある。そして、再び、この発売中止によって生まれた名曲「悲しくてやりきれない」を思い出すのだ。なんでも、「イムジン河」を逆回転させて作ったのがこの曲だとか。そんなささやかな抵抗が、また、名曲を生み出していく。音楽とは、なんと不思議なものなんだろう。


投稿者 hanasan : 07:57 | コメント (0)

2005年12月19日

垣間見えたのはバラ色の未来じゃなかったか? ザ・ウォール・ライヴ -

Roger Waters 28日にベルリンからロンドンに飛んで、その日にKid Carpetのライヴを撮影。そのあと、ちょっと時間があって、ヴァージン・メガストアに行ったら、このDVDが目に入った。といっても、イギリス盤はこれとはジャケットが違ってもっとセンスがいい。おそらく、内容的には同じだと思うんだが、久々にこれを見て、また、いたく感動してしまうことになる。

 これはピンク・フロイドを脱退した(けど、なんでも最近また戻ってツアーするなんて情報が入っているという話も伝わっている)ロジャー・ウォータースを中心に90年の7月21日にベルリンで開催したライヴを収録したものなんだが、これが素晴らしい。すでにこのビデが発売された頃に見ていたんだが、今回、ちょうどベルリンを訪ねたこともあり、今度はDVDヴァージョンで見てみよう... と、これを購入。でも、そのインパクトは今回の方が遙かに大きかった。おそらく、ベルリンで初めて、「壁」の片鱗を見たことや、イーストサイドからブランデンブルグ門まで歩いていった時の風景、すでに観光名所でしかなくなったチェック・ポイントに対する感慨がそうさせているのかも知れないが、あらためてこのライヴを見て、歌の言葉をかみしめていると涙が溢れてしまったのだ。時に、ラストの「The Tide is Turning」(流れが変わりつつあるという意味ですな)は涙なくしてみられないだろう。なにせ、このライヴが行われる半年ほど前に、悪名高き「ベルリンの壁」が崩壊し、誰もがどこかでバラ色の未来を夢見ることができたのだ。

Roger Waters 言うまでもなく、このライヴのベースとなっているのはロジャー・ウォータースが中心となって作ったとされているピンク・フロイドの名作アルバム『ザ・ウォール』。そして、そこからアラン・パーカー監督による映画『ザ・ウォール』が生まれているというのは周知の事実。今回DVD化されたものに収録されているドキュメンタリー(といっても、インタヴューの寄せ集めがメインで、ドキュメンタリーと呼べる代物にはなっていない)によると、ライヴのアイデアは、すでにロジャーがピンク・フロイドを抜けたときからあったようだ。実際に、具体化を考え始めたのは80年代の終わりで、サハラ砂漠やアメリカのモニュメント・ヴァレーなども案として出たらしいんだが、89年11月にベルリンの壁が崩壊すると「理想的な場所」としてベルリンが浮上してきたのだという。そして数ヶ月で交渉、キャスティングなどを進めて、実現するのだが、このインタヴューによるとニール・ヤングやジョー・コッカーあたりにも話が届いていたことが語られている。彼らはスケジュールの都合がつかなかったということなのでしかたがないんだが、面白いのはエリック・クラプトンのくだりかなぁ。臆病風を吹かせて断ったんだとか。笑える。さすがにロック界の大馬鹿者だ。その一方で、ジョニ・ミッチェルは「いいわよ、どこにサインすればいいの」と即決。さすがにザッパと一緒に検閲に闘いを挑んだ骨のあるアーティストで、そんな話を聞くと嬉しくなってしまうのだ。

 まぁ、詳しい話はそのインタヴューを見てもらえればわかるんだが、ともかく驚かされるのはそのスケールだ。ステージの幅は300メートルで、その上をバイクから、リムジン・カー、救急車、バイクが走り抜けるという代物。しかも、そこでバンドが演奏したり、旧ソヴィエト軍の軍楽隊が登場したり、どこにいるのか確認しなければいけないけど、クラシックのフル・オーケストラも参加している。誰を使ったのだろうか、映画さながらに、ナチを思わせる「ハンマーの旗」を持って行進する軍人のような一隊もでてくる。約30万人を集めることになってしまったこれは、そういったバンドやアーティストが、役者やオーケストラ、軍楽隊から映像アーティスト、インフレイタブル(大がかりな空気を入れたオブジェのこと)・アーティストから、オーディエンスをも含めた全てが一緒になって、とてつもない劇場空間を作るようなもの。これは、ロック・ショーというよりは、ミュージカルであり、ロック・オペラであり、映像ショーであり... その全てを「ライヴ」でやってのけた一大文化行事だった。そんな意味で言えば、これまでにすでに伝説となっているウッドストックワイト島のフェスティヴァル、ちょっとニュアンスは違うかもしれないけど、フェスティヴァル・エキスプレスとは比較にならない、文字通り、20世紀最大規模、最高のショーではなかったかと思う。というのは、そういったフェスティヴァルが、基本的には数多くのバンドを集めただけのものだったのに対して、この『ザ・ウォール・ライヴ』は制作から政治的な背景、その全てが前者とは比較にならないのだ。

Roger Waters しかも、たった1回のショーのために、数ヶ月に及ぶ準備があり、越えなければいけない傷害もあった。会場となったポツダム広場は終戦の年、45年から手つかずの緩衝地帯で、所有者はいない。そういった場所をただで使えるという幸運もあったんだろうが、地雷が埋められているかもしれないという事情もあり、その調査をしたらとんでもない数の不発弾や手榴弾等々がでてきたんだそうな。しかも、面白いのは、残っている「壁」を観客の整理のために使おうとしたら、チケットを買った人に加えて、買っていない人までが押し掛けて、25万人を越えたあたりから保安上の理由から、結局、その「壁」をぶっ壊したという話も語られている。嬉しいじゃないか、どこかで「祝福」を求めてきた人たちの「力」が再び壁を壊したわけだ。

 そんな事情もあるんだろう、それぞれのアーティストの気迫もとんでもない。「先生、俺たち、子供を放っておいてくれ」と歌われる「Another Brick in the Wall Part.2」を歌うシンディ・ローパーなんて、飛びすぎだし、初っぱなのスコーピオンズのあとにロジャー・ウオータースのバックでソプラノ・サックスを吹くガース・ハドソンもいい。演奏されている間に背後にどんどん壁が作られ、その壁がスクリーンになって映像が流されたり、芝居が登場したり... その壁の背後で歌っているのが天下のヴァンモリソンやポール・キャラック。シネード・オコナーやジョニ・ミッチェル、ブライアン・アダムス、ザ・バンドのリック・ダンコ、リヴォン・ヘルムとガース・ハドソンにトーマス・ドルビー、ドイツの良心を代表するヴォーカリスト、ウテ・レンパーなど、ラインアップも素晴らしい。

 それでも、圧巻なのは彼らが作った「壁」が壊され、それを見ていたオーディエンスが興奮のピークを迎えるときだろう。あの歓声は、当然ながら、「ベルリンの壁」の終焉を祝福したものであっただろうし、だからこそ、全員が登場して歌うフィナーレ「The Tide is Turning」が涙を誘うのだ。「流れが変わり始めた」という意味に捕らえていいだろう、この曲が、この日ここに集まった全ての人たちにどれほどの意味を持っていたか... そして、全世界の50カ国に放送されたという、そのショーを見ていた人たちにどう伝わったかといえば、明かだろう。あの時、どこかで東西冷戦の終わりを祝福し、バラ色の将来を期待していた人は少なくはなかったはずだ。

 実をいえば、このプロデューサーのひとり、トニー・ホリングスワースにちょうどこの直後に会っているんだが、「本当は、西側が、要するに資本主義が社会主義に勝ったという空気だったから、大きな金が動かせたんだよ」といわれたものだ。バンド・エイドからネルソン・マンデーラのライヴなど、大規模なイヴェントをプロデュースしてきた彼の言葉だけに、その言葉のリアリティは充分に感じることができた。それでも、結局、「ベルリンの壁」という狂気が、実は、けっして「資本主義対社会主義」で生まれたのではなく、そんな看板を被った権力者達の支配欲によって成立しているのだということは、その後の歴史が証明している。キリスト教原理主義、イスラム原理主義... 看板など掃いて捨てるThe Wall
ほどもある。本当は、どす黒い「欲望」や「幻想」のために「民主主義」やら「自由」あるいは、「改革」なんて、それらしいお題目を振りかざすのは、一般市民を搾取する権力者達。彼らにとって、それこそが「正義」であり、「民主主義」なのだ。本当にバラ色の世界がやってくるときというのは、そういった権力者が駆逐されて、それを支えている個々の人が、犠牲になっているひとりひとりの人間がその事実を直視して、実は世界を動かしているのは「自分たち」なのだということを認識し、前向きに関わっていく時代でしかあり得ない。そして、権力者が信じて止まない紙切れや金属片でできている「金」という幻想から完全に抜け出して、ひとりひとりの人間が、本当の豊かさや人間性を基盤においた、地球上の生物としての自然なサイクルによる社会を作っていくほか、あり得ないと思っている。はたして、そんな時代が、自分の生きているうちにやってくるのか... ちうか、それ以前に、申し訳ないが世界が終焉を迎えるようにしか思えないんだけどね。どれほどの人たちが環境の問題をシリアスに捕らえているかはわからないが、すでに研究者達の間では末期的な時代を迎えているというのが定説らしい。そんな時代に人殺しに躍起になっているアホな政治家をのさばらしておいて、愛も平和もあったものじゃない。もう少しでもいいから『政治家』に知性のかけらを持ってほしいと願っているのは、自分だけじゃないだろうな。

 ちなみに、このところ、このザ・ウオール近辺が動いているようで、そのトリビュート・アルバムなんぞがでているような。まだ、聞いたことはないんだけど、なんでなんだろう... ま、ネタがないだけなのかもしれないけど。



投稿者 hanasan : 17:31 | コメント (0)

2005年05月01日

小説より事実の方がよほどとんでもない

Jason and Gary その昔、自分が高校生だった頃に買っていたアルバムにJohn Mayallの『Moving On』というのがあった。すでに30年以上も昔のことなので、はっきりとは覚えてはいないんだが、けっこうジャズっぽいインプロ満載のアルバムではなかったかと思う。当然ながら、この当時に、自分が音楽関係の仕事をするようになるとは思っても見なかったし、(ミュージシャンにはなりたいという気持ちがなかったわけではないけど)このアルバムの主と結婚式で会うなんて想像もできなかった。

 ところが、それから10数年で彼の息子に出会い、それからまた数年後に彼の結婚式で親父である、John Mayallに会うことになるのだ。しかも、その日のディナー・パーティでとなりに座っていたのがフランク・ザッパの奥さんで、その時交わした会話が「何年か前にロスにある自宅に行きました...」という内容。86年だったかに友人の日高氏と一緒に来日公演の交渉に向かったことがあって、その時、フランク・ザッパ氏に会っている。(その時の話はここに詳細を書いています)なんでも奥さんとの話では、すでにこの時にザッパが自分の死を認識していたらしく、それを頭に入れてあの時のインタヴューを思い起こすと、とてつもなく深い話を彼がしてくれたことを再認識したものだ。

 そんな昔の話はさておき、息子のジェイソンとはまるで兄弟のようにつきあっていて、ロンドンに行くこと必ず彼の家に泊まる。嫁さんとも子供たちとも、けっこう家族のような感じで、前回ロンドンにいたときも、引っ越ししたばかりの家のペンキ塗りとかをやりながら、過ごしていたんだが、彼といると、とんでもない人間に出会うこと出会うこと。というので、今回もそんなことが起きた。

 例えば、頭の写真なんだが、これは彼と彼の友人、Gary Chapmanと映画を見に行ったときのもの。ちなみに、自分は覚えてはいなかったんだが、彼は僕のことを覚えていたらしく、なんと99年のフジ・ロックにスタッフとしてきていたんだとか。で、実をいうと、この映画、彼が監督した作品で、『valiant』というアニメーションなんだが、なかなか楽しかった。第二次世界大戦中に伝書鳩に志願した鳩の子供の物語。家族に見に行くタイプのもので、ハリウッド映画とは比較にならない低予算で仕上がっているんだが、もうひとつ人気が出ていない模様。だって、この時、公開して間もないというのに、映画館には数えるほどの人しかいなかった。なんかかわいそうだったけど、彼は気にしている様子でもなく、淡々としていたなぁ。

 で、その前日か前々日か、ジェイソンの兄貴のギャズに会いに行ったんだが、なんでもパーティにいるというので、そこに出かけていった。そうしたら、黒髪のだみ声の親父がしきりに自分に話しかけていて、「どっかで見たことあるなぁ...」と思っていたら、Alabama3というバンドのメンバーだというのをあとで聞かされた。まぁ、音楽関係の仕事をしているわけだから、こういった人と会うのは、当然といえば当然なんだろう。でも、そのあと、教えてくれたんだが、あの場所にいたひとりが、イギリス最大の(列車?)強盗の息子で... あやふやな記憶をたぐれば、おそらく、この親父の話が映画になっていなかったかなぁなんて思い出した。まぁ、とんでもない人間に会うものだ。

 それに、ジェイソンの新しい事務所の場所が、ほとんど映画の舞台のようなポンコツ車が集められた場所で、「あそこのコンテナで海賊放送やってるから...」なんて、ドアを開けて覗くと、若い黒人の子供たちがラップをやっている。どうやら、完全なおじゃま虫のようだったので、そのままそこをあとにしたんだが、車のラジオを付けると、その連中の声が聞こえてくるという... まぁ、わけわかりません。というか、こういった体験をそのまま凝縮して、ある種のストーリーを整理したら、完全に小説になっちまうなぁなんて思うのだ。

勝新太郎 その昔から、「事実は小説よりも奇なり」なんてことを言うんだが、先日、勝新太郎のこのアルバムを買ったとき、amazonのキャンペーンで「本と一緒に買うと500円のギフト券プレゼント」というのにつられて、『俺 勝新太郎—人生は回るフィルムのように』という本を買った。イタリアに飛んだときに読んだのだが、この人の人生も(多少の脚色があるだろうが)人生そのままが小説よりも遙かに面白い。なんだかんだといっても、生きているそのことの方が... といえば、語弊があるかもしれないが、少なくとも『本』を読んで世界を知ったかのような面をしている人間よりも、世の中に出て精一杯に生きている人間そのものにもっともっと大きなドラマも感じるし、地上に生きているひとりひとりの人間にそんなおもしろさを感じる。実際、fujirockers.orgの仕事で『普通の人たち』とのインタヴューをすることがあったのだが、彼らの人生の面白いこと。多くのことを教えられ、考えさせられる。本当は、『無名の人々』という本を書きたいと昔から思っているのだが、こんなもの売れるわけないから無理だろうなぁ... でもね、自分の隣にいる人、電車でたまたま会う人、交差点で立ち止まったときに隣にいる人、どこにでもいるどんな人にもその人にしか体験できないストーリーを持っているんだろうなと思うんですよ。これって、ヘンかなぁ...



投稿者 hanasan : 10:40 | コメント (0)

2005年03月10日

さて、映画デビューかな?

The Absolute Beginners もうずいぶん昔のことになるが、(今考えたら、20年前だ)映画監督のジュリアン・テンプルとインタヴューしたことがある。ちょうど、彼がロンドンを舞台にミュージカル、『ビギナーズ(原題 : The Absolute Biginner)』を撮影し終わった頃で、当然ながら、話の中心はこの映画のこと。といっても、パンクが好きな人なら当然知っているだろう、『The Great Rock'n'Roll Swindle』を作ったのもこの人。まだ、映画を勉強していた頃にセックス・ピストルズの2回目めのライヴを目撃して、それ以来、彼らを撮りまくって、それをまとめて作ったこの作品で映画界にデビューしたという人物なのだが、もちろん、彼とのインタヴューでこのあたりはさけて通れない。

 というので、この時のインタヴューは宝島に発表し、ここにアップしているので、お暇でしたら、チェックしてくださいませ。結構面白いから。
Julien Temple ちなみに、この写真は彼の事務所で撮影したもの。ちょうど、ソーホーのど真ん中、Old Compton St.とDean St.が交差しているところの角にあるビルの3階ではなかったかと思うが、窓に勝手なネオンを作って通りに面して飾り、その奥で彼が仕事をしていたと覚えている。

 彼が抱えているのは、著名人が住んでいた家の壁に掲げられているもので、正式な名前は忘れた。なんとカール・マルクスは、あの当時、1階でストリップ・ショーをやっていた家の2階に住んで、大英博物館に通いながら、『資本論』を執筆したんだそうだ。もちろん、彼が住んでいた頃に、ストリップ・ショーはなかったと思うが。まぁ、イギリスに行ったら、こういったものをチェックしながら、街を歩くのも面白いですよ。ロック・ミュージシャンでは初めてジミ・ヘンドリックスのものが登場したし(場所は忘れたけど、友人のトランペット奏者、アスワドのバックで有名なタンタンが彼とフラットをシェアーしていたらしい)モーツアルト(だっけ?)に森鴎外もあったように記憶している。

The Great Rock'n'Roll Swindle まぁ、そんな話はともかく、彼とはあのインタヴューの後、ハリウッドで会っている。スマッシュの日高氏と一緒にフランク・ザッパに会いに行ったときに、サンセット・ブルーバードの「なんじゃこれ?」ってスシ・バーでメシを食いながら、いろんな話をしているんだが、この時は「いやぁ、俺の親父は共産党員で...」ってので、そうかぁ... なんて思ったり。友人のピート・ジェナーズ(ピンクフロイドやクラッシュのマネージャーをしていた人物)によるとイギリスではけっこう有名な政治家だったんだとか。それと、なにかの映画かプロモーション・ビデオの撮影かプロモーションかで日本にきたときに帝国ホテルのロビーでも会ったな。なにせ、ストーンズの『Rewind』からABCの作品など、当時の作品は驚異的な出来で、評価も高く、ひょっとして日本人アーティストの作品からみできていたのかもしれない。

 で、その彼と久々に再会したのが3年前のグラストンバリー。ジョー・ストラマーが亡くなることになってしまったあの年の6月、いつも一緒にキャンプしている場所にジョーとジュリアンが一緒に姿を見せた時だった。そのとき、ジョーが「俺の友達でジュリアンっていうんだ」なんて紹介されて... 以前、ジュリアンと何度も会っていたというのに、完全に忘れ去られてしまっていたようで、昔話をしたら、やっと思い出したって感じだったけど。

 で、ジュリアンによると、グラストンバリー・フェスティヴァルのドキュメンタリー映画を撮影しているらしく、自分が彼にインタヴューされてしまったなんてことがあった。その話が面白かったのか、「よっしゃ、おまえはこの映画に出演するからな」なんて言われたものだ。それからまた1年、グラストンバリーの街を訪ねて、フェスティヴァルのプレス関係のチケットの手配をしていたとき、その担当者から「昔のグラストの映像を探しているんだが...」というので、「持ってまっせ」と、応えたのが今回の話のきっかけだ。かつてTV神奈川の番組、ファンキー・トマトをやっていたときにフェスティヴァルを紹介するためにフェスティヴァルを自分で撮影していて、この時の映像、数時間分を彼らに送ることになったのだ。どうやら、それが気に入ったらしく、この映画で使いたいと打診してきた。いやぁ、仕事って積み重ねだよね。まだ、ビデオ・ジャーナリズムなんて存在していなかったときに、そんなことをしていたんだが、そのとき撮影した映像が「歴史的な価値」を持つことになったわけだ。いやぁ、面白い。

 というので、今度、イギリスに行くときにそのオリジナルを彼らに渡して、契約なんぞをすることになるんだろう。ということは、この映画が完成されれば、きちんとクレジットされて、(おそらく、出演もして)その作品を、将来はDVDかなにかで持っていられるんだろうな。嬉しいねえ。っても、どんな作品になるのか、ジュリアン次第だけど。それは気長に待つってことになるんだろう。楽しみだ。



投稿者 hanasan : 00:16 | コメント (0)

2005年02月16日

Rockers25周年!

Leyona 昨日の夜、行きつけの(ほとんど自分にとっては飲み屋になっている友人のレストラン)中目黒のエチオピア・レストラン、クイーン・シバでLeyonaと会った。といっても、彼女が仲間と一緒に食事に来ていて、そこに少し加わらせてもらったということなんだけど、彼女とはBen Harperがきたとき(そのときのフォト・レポートはこちら)にシアター・ブルックのタイジに紹介されて、結局、昨年の11月に彼女のライヴを撮影している。隣の写真はそのときのもので、そのときのレポートはこちらで確認できる。

 そのとき、一緒だったのが、大好きな映画「Rockers」に関係された方で、今年はあの映画が公開されて25周年になるという話を伺った。それを契機に、世界中でいろいろな動きが出てくるというか、作ろうとしているらしく、あの映画の大ファンとしては実に嬉しいニュースだ。なにせ、この映画に登場しているのはレゲエが最もヴィヴィッドだった時代のスターたち。今は亡きオーガスタス・パブロ、ジェイコブ・ミラー、トミー・マクックから、健在のグレゴリー・アイザックス、デリンジャー、ロビー・シェイクスピアーになんと、ジョー・ヒグス(まだ生きてるよね?)といったプロデューサーまでが登場している。他にも、名前と顔が一致しない人もいると思うんだけど、ジミー・クリフが主演したクラシック、『ハーダー・ゼイ・カム』と並んで名作中の名作映画だと思っている。

Rockers 詳しい話はそれほど聞いてはいないけど、この映画がリマスターされてDVDとして発売されるとか。今でもこの作品のDVDはこちらで入手可能だけど、ワイドスクリーンになって、ボーナス映像もいろいろと考えているんだとか。嬉しいねぇ。めちゃくちゃ嬉しいねぇ。なにせ、あの映画の中にはオーガスタス・パブロのレコーディング・シーンとかも入っているし、どんな未発表映像が飛び出してくるのか興味津々だ。

 それに、以前、ロンドンの友人から「バーニングスピアのシーン、あるじゃない。海岸で彼がホースマウスの隣で歌うシーン。あの時、周りにはいっぱい人がいたのに、みんながシーンとしてあの光景を見ていたんだよ」なんて話を聞いていたものだから、その話をすると、「なんで、そんなこと知ってるの?実際、そうだったの。ものすごい人がいたんだけど、誰ひとりとして物音もたてなかったのよ」と伺った。いやあ、あの映画は奥深い。すでに何度も見ているんだけど、そこまでのディテールに注意してみているわけではないから、あまり多くは語れないかもしれないけど、今度またゆっくりとそんなところを確認しながら見てやろうか... なんて思ってしまった。

 加えて、イギリスのレゲエ映画『Babylon』もなんとかDVDにして欲しいものだと思う。アスワドのリード・ヴォーカル、ブリンズリー・フォードが主演しているもので、確か80年ぐらいに当時住んでいたBrightonでこの映画を見ている。ここにはJah Shakaなんかも登場していて、これも傑作。でも、日本では公開されたこともなく、確か、これはまだDVD化されてはいないと思うし、ビデオにもなってはいないように思う。ほしぃなぁ。というか、今度、ロンドンに行ったら、このあたりをチェックして、日本で出したやろうと思う。と、また、昔の仕事に戻っていくような気配を感じるな。だってねぇ、世の中にはいい作品がいっぱいあるのに、日の目を見ていないものがいっぱいあるのよ。



投稿者 hanaoyaji : 11:40 | コメント (0)