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再び「後の祭り」で涙に暮れる
ある日、なにかの拍子にすこ〜んと『歌』が聞こえる時がある。それはなんの前触れもなく、突然やってくるんだが、そんなとき、自分はこれまでなにを聴いてきたんだろうかと自問することになる。結局、聴いたふりをしていただけなんだろう。アーテイストの名前を知ってはいても、名盤と呼ばれるアルバムが手元にはあっても、実は、アルバムや歌に込められた想いはなんにも聴いていなかったことに気付くのだ。そのきっかけになったのが今回取り上げるボビー・チャールズ。この1月に亡くなったアーティストだ。
なんの飾りもなく彼の名前が付けられたデビュー・アルバム、『ボビー・チャールズ』が録音されたのはほぼ40年ほど前のこと。といっても、これがアメリカで発表された時に自分が彼を知るよしもない。当時としては当然のように国内盤が出ることはなかった。それから10年以上を経て「幻の名盤」と銘打ったシリーズで発売されることになったのだが、このとき、なによりも話題になったのはザ・バンドがバックに控えていること。加えて、ジョン・サイモンからエイモス・ギャレットにジェフ・マルダーからドクター・ジョンといった連中が録音に加わっていたことではなかったかと思う。
といっても、初めてこのアルバムを聴いたのはずいぶんと後、CDで再発された頃だから、完全な後追い。しかも、きちんとは聴いていなかったんだろう。「いいアルバムだね」程度で終わっていたのだ。が、奇妙な話なんだが、これもジョー・ストラマーの影響で、再び聴き始めてその魅力にとっぷりとはまってしまうことになる。ジョーが最後のアルバム、『ストリートコア』でカバーしていたのが、あの『ボビー・チャールズ』に収録されていた曲、「Grow Too Old(グロウ・トゥー・オールド)」。それを「Silver And Gold(シルヴァー・アンド・ゴールド)」として録音していたのだが、それをきっかけに40年ほど前に録音されたこのアルバムをじっくりと聴き直すことになる。
すると、以前はニューオリンズ風のサウンドだとか、ザ・バンドのニュアンスばかりが気になっていたのに、歌が耳に入ってくるのだ。例えば、「I Must Be In A Good Place Now(アイ・マスト・ビー・イン・ア・グッド・プレイス・ナウ - 「こりゃぁ、いい場所に違いない」ってニュアンス?)」という曲の始まりは「野生のリンゴがあたり一面で花をほころばせ、日の光が差し込むと、虹が空を染めてきれいな絵が自分の頭に描かれる」という風景。そして、「こんな日には釣りにでも行って、丘の上で夕日でも見ようか」と続けながら、「昨日や明日のことを想ってみる。そのとき、君がずっと一緒にいてくれたらね」と、なにげない日常生活のなかで、ふとつぶやく極上のライヴ・ソングに胸を締め付けられることになる。
その昔買っていた『クリーン・ウォーター』や『Wish You Were Here Right Now(今、君がここにいてくれたらね)』を引っ張り出して聴いてもも同じこと。彼自身が選んだ過去のベストと新しいアルバムとのカップリングで発表された『Last Train to Memphis(メンフィスへの最終列車)』では「I Believe In Angels(アイ・ビリーヴ・イン・エンジェルズ)」という歌にはまってしまうのだ。
「天使を信じてる。君のことも、奇跡も天国も。だって、僕は君をみつけたじゃないか」
と、そんな歌なんだが、これが『Secrets Of The Heart(心の秘密)』というアルバムに収録されたものだったということを知ったのはしばらく後のこと。シンプルな言葉でもめいっぱいの愛情を感じさせるのがボビー・チャールズの魅力なんだということに、遅ればせながら気付いたという次第。そして、未聴だったそのアルバムの中古盤を探し出し、ボーナス・トラックとして収録されているインタヴューで、彼の魅力を新たに発見することになる。
それによると、ピアノやギターのコードを習ったけど、ほとんど楽器は演奏できないことが語られている。それでも歌や曲が頭に浮かんでくるんだとか。なんでも、よくやるのは自宅の留守電に思い浮かんだ歌を録音すること。それをそのまま真に受けていいのかどうか、判断しづらいんだが、まるで「つぶやく」ような言葉やメロディがボビー・チャールズの音楽。そんな風に生まれたとしても不思議ではないだろう。なにせ、シンプルでありながら、覚えやすく、わかりやすいのだ。
そのインタヴューによると、彼はスターになりたいとも思わず、ステージに立って歌いたいとも思っていなかったとか。そして、自分は「歌が下手だ」とまで口にしているんだが、ちょいと鼻の奥になにかが詰まったかのような「優しいおじさん風」の声が、一度はまると抜けられない魅力となっていることを否定する人はいないだろう。歌声の魅力なんぞ、うまい下手では語ることのできないのがよくわかる。
が、いつものことで、本格的にボビー・チャールズにはまった時には、すでに手の届かないところに彼がいた。どれほど悔しがっても、また、後の祭りなのだ。そして、彼の死後に届けられることになったのが遺作となった『タイムレス』。なんでもアルバムとして発表するために録音されていた音源があって、それを発表したというんだが、巻頭に収められているのはファッツ・ドミノの70歳の誕生日を祝って作られた曲。最初は「なんでこの曲を...」と思ったものだ。ボビーが亡くなったというのに、これはないだろう。しかも、『Secrets Of The Heart(心の秘密)』に収められているのと同一ヴァージョン。が、あのインタヴューで彼がどれほどファッツ・ドミノを愛していたかがわかると、それこそ「あり」なんだろうと思えるようになる。
アルバムのタイトルは『タイムレス』。どれほど時間が過ぎても変わらない魅力を持つものがあるとでも言いたかったんだろう。ボビーが初めてドミノと出会った14〜5歳の頃、彼のために作ったのが名曲、「See You Later Alligator(シー・ユー・レイター、アリゲイター)」。ところが、ドミノではなく、ビル・ヘイリーと彼のコメッツ(同名のアルバム、『See You Later Alligator(シー・ユー・レイター、アリゲイター)』に収録)に先取りされてヒットしたことをドミノがずっと話し続けていたらしい。それ以来、二人は最も親しい友人だったことがあのインタヴューで語られているんだが、そんな二人の気持ちを表したかったんだろう。「誕生日おめでとう。君の音楽が僕の心と魂に触れたんだ... 絶対に忘れられないよ」と繰り返す、この歌はボビーの音楽がどこから生まれているのかを如実に言い当てているように思えるのだ。ボビーの歌は「心と魂」に触れるもの。そして、あの頃から彼が作っていた歌が今も同じように輝きを失っていないことを言おうとしたんじゃないだろうか。
その他、2曲がそのときの録音と記載されているんだが、当時は発表されなかったんだろう。また、他界する前に新たに録音されたようなんだが、発表されなかったセカンド・アルバムに収録されていたとされる「オールド・メキシコ」や「ユール・オールウェズ・リヴ・インサイド・ミー」を聞くことができる。特に、胸を締め付けられるのは後者。「僕が息をしている限り、君はずっと僕のなかで生き続けているんだよ」と語りかけるこれは、離ればなれになった妻と子供の歌のように書かれているんだが、残り少なくなった人生を前に、ボビーが自分のことを伝えたかったかのようにも感じるのだ。
昔の作品に関して言えば、誰もが愛して止まないデビュー・アルバムの名曲、ジョー・ストラマーもカバーした前述の「Before I Grow Too Old」が再録音されているのが興味深い。今回はタイトルに「ビフォー・アイ」という言葉が加えられているんだが、同じ歌。「老けてしまう前に、毎日のように飲みに出て、ネオン街にも行きたい。世界に飛び出して可愛い女の子に... 」という、たわいもない歌なんだが、自分が年老いて、おそらくは死を目前にしていた彼がこれ再び歌った意味はなにだったんだろうといろいろなことが頭をよぎる。
その一方で、おそらく大統領選挙のことが頭にあったんだろう、「Take Back My Country(テイク・バック・マイ・カントリー)」では「この国を取り戻そう、選挙に行くぞ」と歌ったり、「Clash of Cultures(クラッシュ・オヴ・カルチャー)」では「異文化が交わるからこそ、新しいものが生まれるんだ」と、以前は気付かなかった社会的なコメントが歌われていたり... でも、けっして押しつけがましいものではなく、彼一流のつぶやきに「そうだよねぇ」と応えたくなるのだ。
バックを支えているのは昔からの仲間、ドクター・ジョンやいぶし銀のギタリスト、ソニー・ランドレス。彼らの写真がジャケットに掲載されているんだが、なんの変哲もない日常の記念写真といった風情。実にシンプルなのが彼らしい。また、同じような表情を見せるジャケット写真でもわかるように、ボビー・チャールズがずいぶんと老け込んでいるのがわかる。が、歌を聴くとデビュー・アルバムと全く変わらない彼が目の前にいるようにも聞こえるのだ。まさに「タイムレス」。彼の歌声が日本に届いて数十年が過ぎているというのに、今も昔も変わらない魅力を持つ彼の優しい声が聴くものを癒してくれる。おそらく、これからも時代を超えて生き続ける素晴らしいアルバムで人生の幕を下ろしてくれたということなんだろう。
ありがとう、ボビー。安らかに眠ってください。
reviewed by hanasan
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