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ジュリアン・テンプル
部屋に入るとまず、シド・ヴィシャスや彼の第1回監督作品となったピストルズの『ザ・グレイト・ロックンロ−ル・スィンドル』のポスタ−が目に入り、その隣にはミック・ジャガ−やキ−ス・リチャ−ズのサイン入りポスタ−が並ぶ。レコ−ド棚にはキンクスの全アルバムが揃えられ、本棚には彼がこの次に手掛けたいという、40年代に活躍したニュ−ヨ−クの写真家、ウィジ−の作品集が顔を覗かせる。彼とのインタヴュ−はそんな雑然とした彼の世界を覗き込んでゆくことから始まった。
〇まずはピストルズとの出会いあたりから話を聞きたいって思うんだけど・・・ ジュリアン(以下J) 初めて彼らに出会ったのは僕が21の頃さ。ちょうどその頃、キンクスやスモ−ル・フェイセズといった60年代のバンドを使ってロンドンの映画を作りたいって思ってて・・・ そんな時、友人が教えてくれたんだ、彼らの曲をやっている面白いバンドがあるって。それがピストルズだった。 〇で、彼らを追いかけまわすことになったわけだ、映画学校のカメラを持ち出して。 J ああ、まぁ、僕はラッキ−だったんだろうな。かなり早い時期、彼らにとってまだ2回目のギグで彼らに会ったわけし、彼らそのものに巻き込まれたわけだから。あの時、正直言って目の前で起きてることが信じられなかったもんね。あのヴェニュ−で爆発していたあのエネルギィさ。毎日毎日暗くてヘヴィな日が続いていたっていうのに、それと比べたらまるで別世界で・・・。だから決めたんだよ、彼らを撮ろうって。単にピストルズだけじゃなくて、あの子供たちやあの状況を。そう、カメラを隠しながら・・・(笑) 学校のカメラを借りるのはタダだったから。最初は毎日マルコムとケンカさ。でも、彼は僕を利用した方が得だって思ったんだろうな。最終的には許可してくれたよ。その2年間の記録に少し撮影を加えて出来上がったのが『ザ・グレイト・ロックンロ−ル・スィンドル』だ。 〇その時、パンクはあたなにどんな影響を与えたんだろうか J すごかったよ。自分をとてつもなく力強い存在のように感じて、初めて自分でなにかができるって、本気で思えた。そう、新しい人々がなにかを始めるのが可能なんだって。古い時代をぶっ壊したあのエネルギィがそう感じさせたってのかな。とにかく、僕が本当に興奮したのがこの時代だったし、今も僕の関心があのパンク時代に放たれたエネルギィに向かうのはそのせいさ。ま、この86年が抱える状況があの頃とソックリだってこともあるけどね、その理由には。 〇でも、ピストルズはマルコムが作ったものだって気がしないでもないんだけど・・・。 J 確かにその要素はある。でも、もしあの時、ロンドンにいたらわかったはずだ。パンクは明らかに彼以上のものだったよ。あの世代や人々の感覚てぇのか、それははるかに彼を越えていたし、あの興奮は彼が創造できるような代物じゃなかった。それに、多くの人々があれをキッカケになにかのチャンスを得て、実際にやっちまったんだから。むしろ、重要なのは彼よりはジョニ−・ロットンだ。異端で破壊的なまでのエネルギィを持った彼は、あの時代の怒りそのものだったと思うね。 〇そのパンクはもちろん、あなたの映画作りにも反映しているはずだよね。 J ああ、特にあの映画に関しては。8ミリからテレビの映像、可能なものはなんでも使ったしね、パンクが持つ鋭い恐怖感を出すために。編集方法だって以前とは比較にならないハチャメチャな方法で、ここにはパンクの要素が全て煮つまってるよ。 〇以来あなたの映画、あるいはビデオ作りに音楽は必要不可欠なものとなっていった。 J 確かに。でも、その理由のひとつはこの国じゃまともな映画が作れないってからさ。まず、観客もいないし、金もない。特になにか新しく今までとは違ったものを作ろうなんてのは不可能で、実際、今回の『ビギナ−ズ』も制作に4年もかかってるわけだし・・・。仕事って言ったら、チャンネル4ってテレビ局での番組作りか、ビデオしかなかったんだ。でも、僕はず〜っとホンモノの映画を作りたかった、自分を正直に表現できる。だから、ビデオに関しても、退屈なポップスタ−をおだて上げるのには全く興味はなかったよ。そんなのはまるでインスタント・ラ−メン (笑)の宣伝さ。ま、最近のビデオはほとんど動くアルバム・カヴァのようなものばかりだけど。とにかく、僕は自分の感じていることを映像の中にたたきつけたかったし、ビデオをもっと映画として認知されるようなものにしたかった。なぜなら、音楽と映像のコビネ−ションにダイナミックでパワフルなものがあると信じていたからさ。僕はそれを通して映画作りを学んだきたと言えるよ。最近、役者として使えるようなア−ティストとしか仕事をしなくなったのはそれが理由なんだ。 J スト−ンズの『アンダ−・カヴァ』かな。エルサルバドルを舞台にキ−スが、人質になったミックを射殺するってやつ。おかげで、イギリスじゃ放送禁止になったけど、あそこには僕の政治的なコメントが充分に入っているし、実に映画的だった。それにキンクスの一連の作品だな。でも、やっぱり最高なのは『ビギナ−ズ』だよ。 〇その原作『アブソル−ト・ビギナ−ズ』を初めて読んだ時のことなんだけど、その時、どんな感じがしたのかな。
〇原作には面白い予言があるよね。え〜っと・・ J "いつか誰かがこの魅惑的な50年代のミュ−ジカルを作るはずだ。"ってフレ−ズだろ? 〇そう、それが映画を作る直接のキッカケに なったのかな。 J いや、それよりもミュ−ジカルを作る口実を与えたってのかな。というのも、僕が好きでたまらなかったのが40〜50年代のミュ−ジカル。初めて映画にカラ−が登場し、スケ−ルもデッカイってヤツさ。ま、今じゃ完璧に流行遅れで、誰もそんなのを本気で作ろうなんて考えてなかったろうけど・・・。ステ−ジで誰かが歌い踊ってるなんてのを口にするだけで、笑い者にされかねない時代だから。でも、時代は変わったと思うんだ、MTVのおかげで。子供たちは音楽を通してスト−リィを理解できるようになったし・・・。だから、音楽も初めっからア−ティストに脚本を見せて作り、それが映画の台詞の一部であるようにしたんだ。なぜなら "フラッシュ・ダンス"のように音楽が出てくるとスト−リィがぶった切られるようなものは作りたくなかったしね。ま、僕にとっちゃこの原作はミュ−ジック・ビデオからミュ−ジカルへのステップだって気がするよ。それに、なによりも僕を勇気付けてくれてのは、この本には書いてあった言葉なんだ。もし、信じているのなら、実行しろって。 〇まるで50年代ヴァ−ジョンのセックス・ピストルズってな感じだね。 J そう、ある意味じゃその通りさ。この映画の中では58年を焼けるように暑い夏ってことに設定したんだ、実際はそうじゃなかったんだけど。それはもちろん、76年のあの夏をそこに重ね合わせたかったからさ。ロンドンにピストルズが登場した時、ここはまるで熱波にでも襲われたようで・・・。なにか新しい芽が激しい熱と光線でグイグイと育ってゆくような雰囲気だったんだ。そして、このロンドンと音楽、10代をある人間の目を通して、アラビアン・ナイトに登場する都市のように、いわばマジックのように描いてゆく。それがこの映画なんだ。 〇でも、ストレ−トには映画の制作に入れな かったって耳にしたけど・・・。 J 「まずミュ−ジカルだってんで、相手にもされなかったよ。それに、テ−マはガンジ−やチャ−チルじゃなくて無名の10代の若者。 「なんだい、こりゃぁ、話にならないじゃないか。」ってな感じさ。もちろん、必死になって説明したよ、イギリスの音楽や10代の若者たちの文化がどれほど重要な役割を果たしてきたかって。まぁ、なんとかイギリスでのスポンサ−取りはうまくいったけど、それだけじゃ話にならなくて・・・。アメリカまで行ったよ。そこじゃ、「ロンドンってのはいたいどこにあるんだい。」なんて言われ方されたり・・・。 〇それにこれはあまりにイギリス的な映画だから、よけいに難しかったんじゃないのかな。 J ああ、でも、僕にとってイギリス的であることが重要だったし、戦後ここで魅力があったのは音楽とそれを動かしてきた若者たちしかなかった。そんな意味で自分に正直に、しかも妥協なくしてロンドンを描くにはこれしかなかったって気がするだ。だって、他の映画はいつもアメリカのマ−ケットのことを考えて内容を変えられるわけさ。でも、音楽をメインにすることで世界にアピ−ルできる内容に仕上られるって思ったんだ。 〇ただ、50年代ってぇと、僕らが連想するのはロックンロ−ルのアメリカなんだけどね。 J でも、50年代はそんなに画一的じゃなかったし、アメリカのあのポニ−テ−ル以上のものがあったってことさ。それにハッキリさせておきたいのは、確かに舞台は58年だけど、それを過去のものとして描いてはいないってことなんだ。なぜなら、主題はその間に流れるものだし、興味深いのはあの小説があの時代に抱えていたテ−マさ。イギリスに初めて人種暴動が起きたのがあの年。テッズが引き起こしたなんて言われてるけど、それが実は右翼によって操作されたものだったってこと。85年には全く同じような事件が続発していたじゃないか。そう、ある意味で同じテ−マが30年近くを経てもまだ新鮮だってことさ。それだけじゃない。若者たちの欲求不満が蓄積していた50年代後半と80年代の今の接点さ。あれ以来、僕らは常にあの時代をコピ−してるにしか過ぎないんじゃないのかって思えるんだ。また、文化的にも重要なポイントがここでは描かれているしね。 〇例えば・・・。 J 暴動が起きたノッティングヒルあたりさ。映画ではナポリって呼んでるけど、ここにはジャマイカからやって来た黒人たちのスカがあり、ソ−ホ−にはアメリカの黒人たちが生んだジャズがあった。イギリスのヴィクトリア時代の文化を破壊して、新しい時代を生んだのは、そんな海外からの、特に黒人たちの文化だったんだ。それが、今の50年代イメ−ジからは完全に欠落しているし、ずっと長い間無視されてきたんじゃないかって思うんだ。 〇ジャズをフィ−チュアしたのはそんなところに理由があったのかな。
〇同時に若者たち自身も今よりももっと自由だったって気がしない? J そうだね。この映画を作っていて面白いと思ったのはそこだったんだ。10代が重要だった時代の映画を10代であることが不要になった時代に作っているって感覚かな・・・。なぜなら、昔の10代があまりに多くのことを成し遂げて、今の時代の10代にはそれをコピ−するしかないんじゃないかって思えるんだよ。そう、ある意味で、彼らの親父たちの世代の方が実はもっとワイルドで冒険してたんじゃないかって・・・。だから、ある意味で僕はこの映画を通して今の10代に語りかけたいって気もするんだ。あの時代をコピ−するんじゃなくて、なにか新しいものに挑戦してなきゃいけないって。それが音楽になるのか、なにになるのか、正直なところ僕には想像もつかないけど。 〇そう言えば、"怒れる若者たち" ってのは、この50年代に起きた運動じゃなかったっけ。 J いや、あれはもう2〜3年前のことだったけどね。それに中産階級の若者たちの運動で、もっと知的な・・・。でも、いわば労働者階級の普通の子供たちが10代の文化を生み始めたのはその直後。そんな意味で言えば、同じル−ツを持っているって思うね。 〇じゃ、あなたはこの映画を見る10代の人々 に新しい "怒れる若者たち" を期待してるの かな。 J ああ、そうさ。時代の状況はそれを暗示しているし、今までの歴史を振り返っても同じものを永遠に繰り返すのは不可能だろ。もう、なにか新しいものが登場しなくちゃいけない時期に来ていると思うんだ。でも、それがかつてのパンクのように音楽や10代に依存したものかどうかはわからない。僕はそうじゃないって思うし、正直なところ、ひょっとして、かなり悲惨な形で現われるのかもしれないって予感もするんだよ。 written in 86. |