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こんな違いがあっていいんだろうか... マッド・プロフェッサーのARIWAを離れ、Jazz-Reggaeという新しいサウンドに挑戦しているサンドラ・クロスの2年ぶりの来日公演が迫っている。大阪は6月12日、そして、東京は14日。そのチケット・セールスが大阪と東京で全く違うのだ。大阪はわずか28分でソールドアウト。ところが、東京ではチケット・セールスが伸び悩んでいる。おそらく、情報が行き渡っていないからなんだろうが、それにしてもそのギャップが信じられないのだ。 しかも、96年に発表された彼女のターニング・ポイントとなるアルバム「Just A Dream」、そして、98年に発表された続編「Dreams Come True...」はともにロングセラーを記録し、今も好調に売れ続けている。さらに、99年3月にはKyoto Jazz MassiveからDJ Watarai、Silent Poets、井出靖、内海イズル、Rockakongといった日本のDJたちによるリミックス・アルバム「Dreamix Vol.1」も発表され、大きな話題にもなっているのだ。
今回の来日メンバーは、いわゆるジャズ・ジャマイカクインテットとでも言えそうな面々だ。ジャズ・ジャマイカのメンバーで70年代後半からUKレゲエを支えてきたアラン・ウィークス(g)、ケンリック・ロウ(ds)、マイケル・ローズ(sax & fl)を中心にリコ・ロドリゲスも「いいピアニストだよ」と絶賛したトレヴァー・ワトキス、それにベースとしてスティーヴ・マーティンが加わるという布陣。97年の来日でも絶賛されたライヴが、さらに強力になって日本にやってくるといったところだろう。 さらに、ライヴでは日本のDJたちに応えるように、なんと生でリミックス・ヴァージョンを演奏するという話も持ち上がっている。おそらく、そうなれば、リミックスに参加したミュージシャンとの共演もあり得るだろう。(東京のみだが...) レゲエ・ファン、あるいは、スカ・ファン、そして、クラブ・ミュージックが好きな人たちには絶対に見逃せないライヴとして推薦できるのが、今回6月の来日公演。アルバムとは違って大胆なインプロヴァイゼイションとグルーヴで迫るのが彼らのライヴ。レゲエでもなく、ジャズでもない、全く新しいサウンドをぜひ体験してもらいたいものだ。
「私、歌うのやめようと思うの...」 サンドラ・クロスの口から唐突にそんな言葉が飛び出してきたのは今年4月初旬のこと。1年半ぶりとなるアルバムのレコーディングを終え、そのジャケット写真の撮影が行われたスタジオからの帰路、ロンドン特有のブラック・キャブのなかでの出来事だった。 「だって、そうでしょ? 今回のアルバムは、今までとは全く違うのよ。全身全霊で... 最高の声で歌えたと思うの。アーティストとして初めて満足できた... そんな作品なのよ。写真だって最高のものが撮れたし... これほどのアルバムなんて今までなかったわ。だから... これが受け入れられなかったら... 私が歌っている意味なんてない思うのよ」 おそらく、それまで内に秘めていた想いが溢れ出るような気持ちだったのだろう。彼女は一気にそう話しだしていた。
相棒となるサウンド・プロデューサー&アレンジャーは、レゲエのルーツ、スカが抱えるジャズ性にスポットを当て、コンテンポラリーなジャマイカ音楽を創造しているロンドンのバンド、ジャズ・ジャマイカのギタリスト、アラン・ウィークス。まずは96年12月に第一弾『Jsut A Dream』を発表し、翌97年7月の来日公演を挟んで、1年半ぶりに届けられたのが『Dreams Come True...』という入魂のニュー・アルバムだ。
「いろんな意味で、変化したと思うの。声だって以前とは比べものにならないぐらい成長しているし、成熟しているし... それに... 音楽そのものをもっと深く理解できるようになったっていうのかしら。実のところ、このプロジェクトをやるようになってから、音楽に対する見方が全く変わってしまったように思えるのよ。まるで目が覚めたような感覚ね? そう、これまでに全くなかった経験。それがいろんな意味で私に恩恵をもたらしてくれているように思えるのよ」 このプロジェクトが始まったのは96年春。すでにロンドンを離れ、カリブ海の島国、バルバドスに住む彼女を訪ねたときだった。 「ええ、やりたいわ」 ジャズ・ボッサに対するレゲエ界からの解答とでも呼べそうなジャズ・レゲエのコンセプトを話し出すと、彼女は躊躇することなくそう応えたものだ。が、その時、彼女がこのプロジェクトをこれほどに真剣にとらえていたとは思えない。半ば歌うことをあきらめていた時期に、チャンスが巡ってきた、そんな感じじゃなかったろうか。
「母親にいわれたのよ、『あなたがジャズを歌うなんて、私ゃ知らなかったわ』って。しかも、めちゃくちゃ気に入ってくれているのよ」 聞けば、このプロジェクトに取りかかるまで、ジャズなんぞ聞いたことがなかったというサンドラ。だからこそ、それまでとは違った歌のアプローチにとまどいながらも、自らの可能性を発見して喜々としていたというのが本当のところだろう。 実際、レコーディングの始まりからわずかの間にどんどん変化を見せていたのがそのヴォーカル。録音現場にいたサックス奏者、アルチューロ・タッピンもそれをこんな風に語っている。 「彼女にはとんでもない才能があるんだよ。どんな曲でも簡単に、しかもとんでもない表現力で歌ってしまうし... おそらく、エラ・フィッツジェラルドとか、そのあたりのアルバムを聴かせれば、あの独特な歌唱法だって簡単にマスターしてしまうよ」 そして、昨年7月の来日公演でも初日の大阪と翌日の東京ではその歌に微妙な変化を見せていた。自由なフレーズが口をついて飛び出し、まるで水を得た魚のように歌っているのが伝わってくる。それはかつての決まりきったラヴァーズ・ロックとは明らかに趣を異にするものだ。おそらく、そんな魅力にとりつかれたのだろう。前作の続編といった色彩で考えられた『Dreams Come True...』に関して言えば、その選曲段階からサンドラのリアクションが違っていたのだ。
あれ、絶対にやりたいわ」 前回と同じく、ジャズ・スタンダードを核にしながらも、ポップス界の名曲をこの独特のサウンドにまとめようと選曲したリストとそのカセットを送ったときも、彼女は即座にそんなメールを送ってよこしたものだ。加えて、アラン側からは「難しくて、無理かもしれない」と弱音を吐かれたのが、サンドラの旧作の再レコーディング。それに関しても、彼女は自信を持ってこう語っていたものだ。 「絶対に大丈夫。私には自信があるのよ。この『Foundation Of Love』と『You're Lying』は素晴らしいヴァージョンに仕上がるはずよ」 と、決して妥協しようとはしなかったのだ。逆に、彼女はこう言い切っている。 「傑作が生まれるわよ。私には自信があるの」 そこにはラヴァーズ・ロック時代のサンドラとは別人のような表情が見え隠れしているのだ。そのあたりを彼女はこう説明している。 「要するに、私がマッド・プロフェッサーのアリワ・レーベルと仕事をしていた頃って、まるでOLのようなものだったのよ。朝9時にスタジオに入って、夕方5時には家に帰るって感じで... 録音が終われば、忘れてしまうような(笑)外から見れば、ハッピーに見えたかもしれないけど、本当はそうじゃなかった。だって、音楽って、ただ歌って、演奏して... そんなものじゃないでしょ? それ以上のものがあると思うのよ」 ラヴァーズ・ロックの歌姫としてサンドラ・クロスが世界に名前を売った当時の作品が、実は、彼女曰く「私は歌という商品をプロデューサーに納品して、それを言われるままに仕上げていた」ものだというのだ。 それに対して、このプロジェクトはそれとは全く違う作業だと主張している。 「この話しを初めて聞いたとき、これこそ私がやるべきこと... そう思えたのよ。以前は、いつだって目の前に壁があって、自分ではそれに対してなにもできなかった。私自身が怠け者だったから.. それが悪かったんだけど。でも、このプロジェクトは、知らなかった自分をどんどん発見させてくれるような... そんなものなのよ。そうねぇ、まるで学校に行って勉強するようなもの。そして、学んだことをそのまま表現することができる。ずっとずっとこんなことをしたかったの。でも、そんなプロデューサーやミュージシャンには出会えなかったのよ」
と、そう説明していたのがアラン。前回のようにオルガンをフィーチュアしたり、ポップなコーラスを入れようとする意志は全くなかったという。もちろん、それはサンドラにしても同じだった。 「もちろん、前のアルバムでもベストの声を出していたと思うの。でも、やるべきことがはっきりと見えていなかった前回よりも、今回の方が全然ベターだという自信はあったわ」 その結果はレコーディングに入った初日から現れていた。この日『ムーン・リヴァー』や『I Want You』など、4曲を録音しているのだが、ヴォーカル・ブースに入ったサンドラの声はワン・テイクで充分すぎる完成度を感じさせていたものだ。 「信じられないよね、あの雰囲気。だって、歌い出したら、止まらないんだよ。特にあの曲『I Want You』がすごかったよね。演奏のほとんどが終わっているのに、彼女は延々と気持ちよさそうに歌っているわけさ。放っておけば、テープがなくなっても歌い続けているんじゃないかって思ったほどさ(笑)」 と、その時のことを語ったのがアラン。かつてのようにただ歌を歌うのではなく、その瞬間にしか出てこない演奏と曲の空気を感じ取って、それを巧みなインプロヴァイゼイションで形にしてしまっているのだ。あの時、そんなサンドラのヴォーカルをスタジオにいた全員が「マジックだ」と語り合ったものだ。「基本的に録音のメンバーが前回と同じだったでしょ? だから、気心がしれているってのかしら。それも助けてくれたと思うのよ」 と、サンドラ。この曲を歌った直後、ブースから出てきた彼女が「いっちゃったみたい」なんて言葉まで口にしたほど、ある種リラックスしながら、同時に、緊張感をも同居させながら録音が進められていった。 リズム・セクションは前回と同じメンバーで、彼らは来日公演でも共に演奏。しかも、それぞれのミュージシャンが目指すべきサウンドを明確に理解していたということもあるだろう。加えて、ソロを録音するためにやってきたミュージシャンたちが、この新しいサウンドを聴いてエキサイトしているのもわかる。そんな空気がサンドラをかつてないほどに刺激していたのは否定できない。 また、この録音がサンドラにどんどん新しいものを要求していたことも大きな刺激になったはずだ。例えば、シングルでもないのになぜかラジオで頻繁にオンエアーされている名曲『おいしい水』を録音していたときのこと。コーラスを入れるときに、幾度も幾度も違ったフレーズを歌いながら、頭を抱えていたこともあった。 「確かに、そうね。あれは、おそらく、今回のアルバムで最も難しかった曲ね。コーラスを入れながら... 逃げ出したいと思ったこともあったわ。でも、なにを怖がっているのよって自分に言い聞かせたの。そうしたら、すう〜っと気が楽になって...」 面白いのは、その直後だ。まるでブラジルのバイーアを思わせるようなフレーズがサンドラの口から出てきたのだ。
「正直言って、あの曲って、私の今までのキャリアで一番ハードな体験だったと思うのよ。だって、以前のプロデューサーだったら、ちょっとぐらい間違ったって適当にアルバムはできあがっていたし... 録音にそれほど大きな意味がなかったのよ。でも、このプロジェクトはそうじゃない。『さぁて、どうしよう』って感じに気合いを入れ直さなければいけないって感じだったわね、あの時は。 そんな意味で言えば、いいレッスンだったと思うし、あの作業を通じて、また自分自身を再発見できたと思うのよ」 あのオリジナル曲『ロンリー』を録音していたときの光景は、それこそ修羅場のようなものだった。サンドラが幾度もブースに入って、歌うのだが、なかなか納得しないのがアラン。途中でサンドラが頭を抱えてしまったこともあったほどだ。 「以前の私だったら投げ出していたわね。本当は、結構あきらめのいい方だから。でも、そうはさせてくれなかったのがアランね。まるで学校の先生みたいな(笑)感じで... 終わらないと帰さないみたいな雰囲気もあったし。ただ、つらかったけど、苦しくはなかった。実際、すごいものができたと思うのよ。ホント、アランって、すごい才能を持ったプロデューサーだと思うわ」 一方で、共同プロデューサーとなったドラムスのケンリックが「もっとスイングできないかなぁ」という注文を出すと、サンドラがそれに対してくってかかったこともある。 「スイングってなに? 私にはわからないわ。それに、私は、サンドラ・クロス。ジャズ・シンガーでもレゲエ・シンガーでもないの」 もちろん、互いを信頼できるからこそストレートな言葉が出てくるのだが、サンドラ、アラン、そして、ミュージシャンたちが互いに火花を散らせながら、その粋をこのアルバムに封じ込めようとしていたらかこそこんなぶつかり合いが出てくるのだろう。 とはいっても、「私はジャズ・シンガーじゃない」といいながら、絶妙なスイング感を見せつけたのがニーナ・シモンの名曲「マイ・ベイビー・ジャズト・ケアーズ・フォー・ミー」を歌った時。下手をすれば、クラシックでノスタルジックなスカになるかもしれないと周囲の連中が気に病んでいるときに、しっとりとスイングするヴォーカルを聞かせてしまったのだ。しかも、完全なワン・テイクで録音にケリを付けている。 「おいおい、これでスイングがなにか知らないってのか? 冗談じゃないよ。完全にスイングしているじゃないか」 と、ブースに入って歌うサンドラを見て、笑いながら話したのがアラン。考えてみれば、そんなマジックの連続がこのアルバムの制作過程だった。 「思うに、全てのコンビネーションが完全だったってことね。素晴らしいアイデアがあって、それを形にできる素晴らしいプロデューサーがいて、ミュージシャンがいる。このアルバムはみんなが一緒になってこそ完成できた作品だと思うのよ」 この録音を振り返ってそう語るのはサンドラだ。そして、その結果がこのアルバムのタイトルに結びついていく。 「そうだよなぁ、このプロジェクトを始めたとき、ジャズとレゲエを融合するのはただの夢(『Just A Dream』)だったんだ。でも、これはもう夢じゃない。現実なんだ」 録音を終えて、ミュージシャンと話しをしていたとき、ベースのネヴィル・マルコムが口にしたのがそんな言葉だった。そんな意味で、夢が現実になったのがこのプロジェクト。それがこのアルバムのタイトル『Dreams Come True...』を与えたといってもいいだろう。 加えて、もうひとつ、サンドラが完成したかったオリジナル『Foundation Of Love』の再レコーディングも忘れてはいけない。 「本当は、この曲、バラードとして書いたものなのよ。でも、マッド・プロフェッサーのアリワ時代、バラードなんて録音させてくれなかったのよね。なんでもチッチッってレゲエのリズムを入れさせられて... だから、今まで書いたなかで最も好きだったこの曲を、本来の形に仕上げることができたのがこのアルバムなのよ」 と、サンドラの夢がこのアルバムで叶っているという背景もあるのだ。 「そう、信じれば、夢は必ず叶うもの。それは絶対に間違ってはいないわ」 スペースの関係上アルバムのブックレットには印刷されなかった彼女の言葉にそんなフレーズが含まれていたものだ。が、ジャズ・レゲエという新しい音楽、あるいは、サンドラ・クロスというアーティストの新局面を形にできたことなど、このアルバム・タイトルがその背後にある全てを語り尽くしていると思うのだが、どんなものだろうか。 written in Tokyo in July 98. |