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まるで煙に巻かれたようなもんだぜぇい。と、まぁ、初めてフランク・チキンズを見た 時の印象ってぇと、まずは出てくるのがこれだな。正確には覚えてはいないけど、確か84年の秋、ロンドンはキングス・クロス駅近くのショウ・シアター、女性解放運動団体かなんかの主催したコンサートを見た時のことだったと思う。なんせ、ザ・ピーナッツ不朽の名作、 モスラ は出でくるわ、ピンクレディの"モンスター"に懐かしのヒーロー、"エイトマン"なんてぇ代物が飛びだすわ、はたまた英語ヴァージョンの"人生劇場"や"悲しい酒"まで、とにかくグァ〜ンと感動したのがそのアナーキィなまでのレパートリィの広 さ。そして、そんな曲をチキン色に脚色してあらかじめ録音したテープをバックに歌うってぇのか、遊ぶってぇのか、ともかく、なにが飛び出てくるや想像もできない大道具、小道具の数々を使ってパフォーマンスってぇのをブチかますわけだ。なんて言ゃぁいいのかねぇ・・・ どう考えても学芸会風なのに、実に魔可不思議な感動ってぇのか、感慨を感じて たってぇのかね、こん時は。 しかも、さらに驚かされたのは、そんな彼らに対する異様な人気だな。パフォーマンスの最中に飛び出てくるのは苦笑や爆笑に沈黙から叫び声と千差万別。会場に集まった人達がみ〜んな必死の表情で、彼らのパフォーマンスに見入っているのだ。そして、ちっぽけなふたりの日本人コンビ、法貴和子と田口和美が話し、歌う言葉のヒトコトヒトコトを絶対に聴きのがすまいと構えるように耳を傾けている。なぜなら、歌に登場するのはフェミニズムから、反核、炭鉱労働者のスト問題などなど、シリアスな話題の数々。ただ、惚れたハレタで終る産業ポップスと違ってやたら興味をそそられる内容に溢れているのだ。しかも、そこから飛び出てくるのはユーモアとペーソスとグッと毒のあるブラック・ジョークの波状攻撃風。意図的なのかどうか、それが日本語訛りモロ出しの英語で歌われるわけだ。そのせいか、時に解釈不能な局面にぶつかると、隣の客に、「ねぇねぇ、今なんて言ったの」 と尋ねたりしながら、なんとか、彼らの独自の世界に入り込もうとしているのが会場に集まった観客たちだ。思うに、エキセントリックな音楽やファッションなんてぇモンに慣れっこになっている彼らでさえ、「こりゃぁスゲェ〜」 とばかりのカルチャー・ショックを受け取らざるをえなかったのがこのフランク・チキンズだ。 さらに、面白かったのは初めて彼らが来日(!?)した時のことだ。なにやら、逆カルチャーショックなんて言ってもよさそうな事態に直面したのが日本の観客たち。フランク・チキンズこそ日本が世界の誇るアーティストだと言う人もいれば、あんなもんサイテーな遊びじゃねぇかと言う人もいた。要するに、西洋人の日本に対する短絡したイメージを使ってウケを狙ってるだけじゃねぇかとか・・・ あるいは、どう受け取って言いものやら当惑してばかりの人たちなどなど・・・ ケンケンガクガクのフランク・チキンズ論争なんてぇものまで登場する始末だった。が、そんな議論を尻目に当のフランク・チキンズの御両人は平然と自分たちの信じるパフォーマンスを繰り返していたのが嬉しいのだ。 「まぁ、基本的には学芸会でいいんじゃないの。だって、アタシたちのやってることってぇと、誰でもできることだもん。カラオケのテープ使ったり、好き勝手にカラオケのテープを作って勝手なパフォーマンスでしょ。だから、そうねぇ、日本の主婦のみなさん、あなたにもできます。退屈な主婦仕事だけじゃなく、こんな遊びもしましょうよ。そして、日頃言いたいことを表現するの。」 と、そんなことを話してくれたのが初めて彼女たちとインタヴューした時。そう、言ってしまえば、彼女たちはそんな批判や議論なんて全くお構いなしにただ自分たちの信じる世界を音楽やパフォーマンスの形で具体化していったにすぎない。 でも、実を言うと、そんなアナーキィなまでにストレートな彼女たちの姿勢が、とてつもなくブッ飛んだパフォーマンスと音楽を生みだしたのだ。なにせ、それまで、英国人のみならずヨーロッパ人が持っていた短絡した日本やアジアのイメージを軽くあしらって、ライト・オン・タイム、リアリティ100%の 西洋と東洋の合体 を形にしたんだから素晴らしい。それまでの日本のイメージってぇと、昔から全く変りのないフジヤマ・ゲイシャや、それとは全く逆に超高度な技術とラッシュ・アワー。形だけで全く実態を伴わなかったそんな想像に、ガツ〜ンと実像をぶつけて矛盾と混沌、そして、そこから生れる西洋やイギリスにある欺まんや問題を浮き上がらせたのが彼女たちだ。特に印象的だったのは、彼女たちの公演を日本。新宿は椿ハウスでの公演で、確か 悲しい酒 かなんかを英語でやった時だ。演歌の世界に如実に繁栄される女性差別や珍妙なほどに涙ぐましいマッチョイズムがおかしくてタマラナかったのをよ〜く覚えている。さらには、西洋に迎合しているだなんて的ハズレな批判があったにもかかわらず、この時感じたのは日本に昔から あった大衆演劇の世界。大阪は新世界あたりの安っぽい劇場や温泉街にでもあるようなストリップ劇場ででも見られるようなドサ回りの芸人たちの世界を垣間見たような気にもな ったもんだ。 それだけではない。日本じゃその頃噂にもならなかった音楽の再評価を真っ正面からしてくれたのが彼女たちだ。笠置シヅ子や雪村いずみなんて人たちに代表される日本のポップスから怪獣映画やテレビ番組の主題歌、はたまた無国籍とも呼べる奇妙な日本性を強調する歌謡曲の世界などを敏感に感じ取っていた。実際、斬新で奇妙な音にはウルサイ英国のトップDJ、ジョン・ピールなんて彼女たちがコレクションしている怪獣映画のサウントラ盤をこよなく愛し、彼女たちをゲストにオックスフォード・サーカス北にあるBBCから何度も番組を放送しているのだ。しかも、彼が来日した時だって、そんなレコードを探しに渋谷あたりをウロウロしていたのだから、彼女たちの影響力たるやなみたいていのもんじゃないと思うのだ。 そのフランク・チキンズが結成されたのは正確には81年のこと。それ以前、フライング・リザーズと言うクセ者バンドで活躍していたデイヴィッド・トゥープやスティーヴ・ベレソフォードと『トイ・シアター』なんてぇのをやっていた法貴和子さんが田口和美さんとカラオケ・テープで遊びだしたのがコトに始まりだ。その当時、3人のメンバーで活動していたのだけど、残る一人がヴィザの問題もあって脱退。83年にはこのふたりで活動を開始し、アッと言う間にメディアの脚光を浴びるようになっている。最初は日本から入手したカラオケのテープをバックにしてのパフォーマンスが主流だったのだけど、この頃から先に登場したデイヴィッド、スティーヴに彼女たちの共同制作でバッキング・テープを作り、オリジナリティ溢れるチキンズ・サウンドを強調していった。 そして、メジャー・レコード会社からの誘いをスンナリ蹴って、カズ・レコードからデビューしたのが84年の4月だった。先ず一発目は日本でも話題になった ウィ・アー・ニジャ 。それまで日本女性に与えられていたゲイシャ・ガールのイメージをこっぱ微塵に打破り、「アタシたちゃ、ゲイシャじゃないワ。そ、ニンジャ!」と、威勢よくゲキを飛ばしたわけだ。それをインディ・チャートのトップ10にほうり込み、デビュー・アルバム、 ウィ・アー・フランク・チキンズ を発表。YMOやサンセッツだって太刀打ちできないほどの人気を獲得していったのだ。さらには、ビル・ネルソンやスミス、ビリィ・ブラッグ、 はたまたハノイ・ロックスといったアーティストたちとツアーを繰り返誌、若者たちの政 治意識を高め、政党への圧力団体として活発な活動を続けるレッド・ウェッジへ主要メン バーとしての参加もしている。あるいは、炭鉱労働者スト支援のチャリティから反核団体 のCNDやフェミニスト運動などなど、様々なイヴェントに参加しながら着実に支持者を 増やしていったわけだ。 そんな活動のほかにも、法貴和子さんはソロ・プロジェクトとしてユニークなアルバムも発表。10インチのディスクにブリジッド・バルドーの曲をビッシリ詰め込んで、フランス語の曲にも挑戦しているのだ。 「わけのわからんフランス語歌うのはタイヘンだったワ。」 とは彼女の言葉。が、ここで展開されているのも、またフランク・チキンズの延長線。西洋と東洋が完全にゴッチャになった奇妙な日本の20世紀だ。開けてビックリたまて箱の世界を聴かせてくれている。 また、昨年はロンドンの情報誌、 シティ・リミッツ を主催に、そして、彼女たちが主役になってイギリス初のカラオケ・コンテストまで開催。そのレヴューがガーディアンなんていう英国版朝日新聞にまで掲載されているのだ。もう、縦横無尽、向かうところ敵ナシの大活躍。まさに、国を越え、国境を越えて、あるいは性を越え、民族を越えて世界中の人たちをチキン化する作戦を展開しているのだ。 そして、発表されたのが、そのものズバリのタイトル、 ゲット・チキナイズド(チキンになれ) と名付けられた最新作。原宿あたりで踊るストリート・キッズからじゃぱゆきさん、それに、結婚問題・・・ その辺りをチラリと、かつ毒いっぱいに覗かせながら、強力なゲキを飛ばし、問題定義する。相変わらずフランク・チキンズは健在だ。そうだねぇ、もしこのアルバムを聴いて、少しでも気になることが出てきたら気を付けたほうがいいな。というのも、それは明らかにチキン化症候群の第一歩。ごくごく単純なウソが巧妙にこの世界を支配しているのがボンヤリを見えてくるからだ。そして、それに気付くやいなや、このチキンズのごとく突然闘いたくなってしまうはず。実を言うと、このアルバムやたら危険な音楽と世界の塊なのですよ。 1988年3月10日執筆 |