Rico Rodriguez-Wonderful World

 いつまでも忘れられないものに、リコ・ロドリゲスが顔中をくしゃくしゃにして笑った時の表情かある。いつだったか正確には覚えていないのだが、川崎のクラブ・チックでのこと。確か、彼がバッド・マナーズのゲスト・メンバーとして来日した時じゃなかったかと思うのだが、ステージで演奏するスカ・フレイムスの演奏を見なから、そのわきで彼がトロンボーンを片手にニンマリと、なんとも言えず幸せな表情で微笑んでいたことがある。「どうだい、日本のスカ・バンドってえの?」この時、初めてスカ・フレイムスに接した彼に、そんな質問をすると、「ウィキット、マン!(最高だあ!)」ってな具合に、顔中をしわくちゃにして応えてくれたものだ。

「目を閉じたら、連中がまるでスキャタライツみたいに聞こえるかんね」

 と、そう続ける彼の顔があまりに幸せそうなので、お節介焼きの私は、なんにも打ち合わせなんてしていながったのに、「だったら、一緒に演奏したら?」と彼にすすめてしまったのだ。そしたら、例によって、例のごとし。「イヤー、マン!」と、彼はあの笑顔を見せながら準備を始めだしていた。

 その一方であせりだしたのが私だった。ステージで演奏中のスカ・フレイムスになんとか、この件を伝えなきゃと、思うのだが、どうもうまくいかない。ところかそんなこんなで悪戦苦闘しているうちに、なんとステージに向かって歩き出したのかリコ。おそらく、スカ・フレイムスの連中もビックリしたに違いない。なにせ、彼らが敬愛してやまない伝説のミュージシャンが突然、彼らの演奏中に飛び込んでいったのだ。が、結局、彼らはリコを暖かく迎えて、両者の初共演が実現することになる。冷や汗ものだったが、私のたくらみが見事に成功に終わったのがこの時だ。

 それ以来、いろんなところでリコと遭遇するようになっていったのだが、親しく口をきくようになったのは、私がジャズ・ジャマイカと仕事をするようになってからだろう。すでに名作の誉れ高い『スキャラヴァン』を日本で発表させ、続く『ザ・ジャマイカン・ビート』をプロデュース。(といっても私はアイデアを上げただけなんだけど)そして、昨年10月のスカ・エクスプロージョンの企画に参加し、この9月に発表された『ザ・ジャマイカン・ビートVOL2』の制作にも加わっている。そんなこともあり、リコといろんなはなしをするようになっていったのだ。実を言えば、このアルバムのことを知らされたのも、昨年11月にロンドンヘ取材に出かけた時だった。

「13年ぶりのソロ・アルバムさぁ。今度はもう、レコード会社とか、そんなこと関係ないから。もう、あんな連中なんて、相手にしないんだ。勝手にレコーディングを始めて、思い通りにアルバムを作るんだよ」

 もちろんそれが嬉しくないわけがない。なんだかんだといいながら、とどのつまりは私も彼のファンであり… 言ってみりゃぁ、ミーバーだ。彼にやってほしいこともあれば、アイデアもある。というので彼と一緒にポートベロのパブで大好きなギネスを飲みながら、彼にこんなお願いを始めることになる。

「ねえ、リコ、そのアルバムで歌ってくれないかな。だってさぁ、ジェイソン(御存知、ドロージャンズのリーダーでDJのギャス・メイオールの弟)が言うんだよね。日本のカラオケ屋でリコがルイ・アームストロングの『ワンダフル・ワールド』を歌っていたのがすんごい良かったって。だったら、それを今度のアルバムに入れてよ」

 恐れを知らないミーハー心理ってのがこれなんだろう。後から考えれば、ちょっと強引だったかもしれないのだが、彼はあのしわくちゃの笑顔を見せながら、「そりゃあ、面白いや」と、話が進んでいったのだ。実は昔から彼が大のスタンダード・ファンだったのを知ったのもこの時。そうなると、もうほとんどリクエスト大会のようになってしまったってえのか… そうやって彼にお願いした曲が、タイトル・トラックの『ワンダフル・ワールド』や『オーヴァー・ザ・レインボウ』そして『スターダスト』や『ワーク・ソング』だった。といっても、もちろん、この時点でそれが全て実現するとは思ってもみなかった。そのうち1曲でもやってくれれば嬉しいなと思っていたに過ぎない。

 とこらがどっこい、リコがそのアイデアを大いに気に入って、あの4曲を全て録音してしまったと知らされたのがこの3月。再び渡英して、彼と再会した時だった。「コーイチ、あのアイデアは良かったよ。実は、全部録音して… すごくいいヴァージョンに仕上がりそうなんだ。まだ完成していないけど、いいアルバムができそうだよ」例によって、例の如く、前回と同じパブでギネスを飲みながら、嬉しそうな表情で話し始めたリコのこんな話に耳を傾けていた。

「今まで、いろんなアルバムを作ったけど、自分でも最高傑作だと思うんだ。しかも、すごくハッピーに感じるアルバムさぁ。嬉しいよ」

 ちょうど同じ頃、同じような話を伝えてくれたのが、彼のバンドでギターを弾いているクリスピン・ギル。ギャスのドロージャンズで活動していた頃からの友人で、熱狂的なリコ・ファンである彼も興奮を隠そうともしないでこんな話をしてくれるのだ。

「今度のアルバムはすごいよ。なんだかリコのピークをとらえているみたいで… 実際『スターダスト』なんて最高の出来だし、リコのヴォーカルが素晴しい!」

 実を言えば、彼がリコと一緒に活動していることもあって、彼からは数々の裏情報を仕入れたものだ。例えば、リコの名曲『アフリカ』が、実はジョン・コルトレーンの曲にべースをおいていることや、コートニー・パインが必死になってリコのアレンジやソロを盗もうとしていた話… また、年老いてしまったために長時間の演奏に無理があるとはいうものの、ジャズ・ジャマイカでリコが果たしている役割がいかに大きかったか… などなど、彼からは汲めどもつきないリコの裏話が伝わってきている。

 さて、そのリコのバンドを構成しているメンバーを見て、「おやっ?」っと思った人も多いに違いない。フロントに顔を見せているのはジャズ・ジャマイカと全く同じメンバーなのだ。トロンボーンのリコに、トランペットのエディ・『タンタン』・ソーントン、そして、サックスとフルートはマイケル・『バミー』・ローズでパーカッションはトニー・ユター。実を言えば、ギャリー・クロスビーを中心とした若手ジャズ・ミュージシャンのリズム・セクションがリコのバンドに合体したのがジャズ・ジャマイカだったのだ。

 このあたりの話は実に複雑なのだが、今年あたりから両者のバンドが徐々にその違いを見せるようになるはずだ。すでにリコはジャズ・ジャマイカでの活動を休止して、自己のバンドに焦点を当てるようになっている。それに対し、ジャズ・ジャマイカはリコの代わりに、スティーヴ・ウィリアムソンのザット・ファス・ワズ・アスのメンバーと来日してUKジャズの醍醐味を味あわせしてくれたデニス・ロリンズか加わり、アズワドとの活動でライブに参加できないことの多いタンタンに代わって、若手トランペッターのケヴィン・ロビンソンが演奏することも増えていると聞く。そうすることによってジャズ・ジャマイカはよりジャズ指向を強めているのだろう。その一方で、ジャマイカのルーツを指向するサウンドに向かっているのがリコだ。

「イヤー、マン。ジャズやファンクなんてどうでもいいんだぁ。俺の音楽は本物のジャマイカン・スタイルじゃあないとダメなんだよぉ。それがスカやレゲエってえもんだぁ今の若い連中みたいに(実は、ジャズ・ジャマイカの若手を示す)本物のジャマイカ音楽を聞いていない連中には、スカは演奏できないよぉ」

 今回のアルバムのジャケット用の写真撮影をした時、衣装を借りた店のそばにあるパブで、やはりギネスを飲みながら、リコがそんなことを口にしていたものだ。か、いずれにせよ、ジャズ・ジャマイカでの活動を通じて、リコに対する評価が高まったのは確実だろう。それを証明するのが最近のリコがらみのアルバムの多さだ。まず、昨年発表されたのが『リターン・フロム・ワレイカ・ヒル』と『集団左遷〜小玉和文の映画音楽〜RETURN OF THE DREAD BEAT』。ちなみに前者はリコ名義で発表されているが、本人によると、これは彼の友人でべ一ス奏者、クーボの作品。リコはゲストで演奏しているのに過ぎないとのことだ。いずれにせよ、両アルバムでリコの果たしている役割の重要さには実に大きいものを感じる。特に小玉氏のアルバムに収録されている曲が、リコが今回の作品で取り上げたのと同じ『ワンダフル・ワールド』。そのあたりの違いを聞き比べてみるのも面白いだろう。加えて、ドイツで録音されたリコのライブ・アルバムが輸入盤で入ってきている。タイトルは『YOU MUST BE CRAZY」。彼のヴォーカルが楽しめるこのアルバムもなかなかの傑作だ。

 そして、今年発表されたのが、おそらく、95年度のベスト・レゲエ・アルバムに匹敵する傑作『ルーツ・トゥ・ザ・ボーン』。アイランド時代に発表した名作の誉れ高い『マン・フロム・ワレイカ』に、レコード番号が決まっていながら発表されなかった幻のアルバム『ミッドナイト・イン・エチオピア』からの数曲や12’シングルとして発表されていた「テイク5」などを集めた作品だ。ファンとしてはあのアルバムをそのままの形で発表して欲しかったと思うし、今では入手不可能となっている「スター・ウォーズ」のカヴァー「スカ・ウォーズ」(スカ・フレイムスの渡辺さんちで聞いたのだが、これが素晴しい!)なども収録して欲しかったとは思うのだが、若きリコの全盛期をストレートにとらえているのかこのCD。曲目の解説からリコのバイオグラフィにいたるまで完壁な小玉和文氏によるライナーといい、これは全レゲエ&スカ・ファン必携のアルバムだろう。(しかも値段が安いのが嬉しい!)

 さらに、60年代に英国で発表された2枚のアルバム『ブロウ・ユア・ホーン』と『ブリグストン・キャット』が1枚のCDとして再発売されているし、日本のバンド、リトル・テムポがリコ、タンタン、バミーの3人をゲストでフィーチュアしたミニ・アルバムも発表している。そして、ジャズ・ジャマイカの一連の作品やこの最新アルバムと数えれば、この1年ほどで彼の参加したアルバムが、なんと10枚も発表されていることになるのだ。

 が、なによりも注目すべきなのはこのアルバムだろう。正直言って、自分で制作にかかわったジャズ・ジャマイカの『ザ・ジャマイカン・ビートVOL.2』よりはるかに密度が高いのだ。おそらく、ジャズの名曲をジャマイカ音楽に料理するというプロジェクトであるが故に、充分に曲を吸収することなく録音せざるを得なかったのがジャズ・ジャマイカ。しかも、ある程度の大きさの会場でないとなかなかライブをしない彼らと違って、リコはちっぽけなパブだろうが、公民館だろうが、幾度となくライブを繰り返している。さらに、練習の虫ともいえるのがリコ。片時もトロンボーンを離すことなく、60歳を越えたいまでも毎日8時間以上は吹いているというのだ。その結果が形になったのだろう。

 またリコがいつも口癖のように語る彼の姿勢も鍵になると思うのだ。

「技術にばかり頼って早いフレースを吹くとか… そう言うのに興味はないんだぁ。それより、本当になにかを語りかける音を出したい。それを勉強したのがワレイカ・ヒル… ラスタから学んだことなんだ」

 リコのトロンボーンからにじみ出る枯れた味わいは、そんな姿勢から生まれているのだろう。私からみれば、それこそが表現者であり、そこから生まれてくるのが音楽だ。

 さて、そんなことを書いているうちに、もうスペースがなくなってきてしまった。曲の解説もメンバーの説明もなにもできなくなった。でもそんなことはどうでもいいように思える。実際、そんなことを知るよりも、このアルバムを買ったみなさんに望むのは、近年まれにみるこの名作にとっぷりと浸かって、リコが語りかける言葉に耳を傾けてもらいたいことぐらい。注釈や解説かなければ理解できない音楽なんて、本当の音楽じゃないような気かするから。

1995年8月31日執筆

PS1この7月に英国を取材した時にインタビューしたスぺシャルズが、新しいアルバムで取り上げていたのが「テイク5」。彼らによると、リコのヴァージョンをべ一スに録音した強烈なダブ&ジャズ・ヴァージョンで彼らのリコヘの思い入れが伝わる内容に仕上がっている。また、ジャマイカでもこのアルバムが発表されるのだが、そのジャケットも使用されるのが私の撮ったリコの写真。友人の池田君の稀にみるプリント技術で素晴しい作品に仕上がっています。お楽しみに。

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