Masato Tomobe @ Shimokitazawa La Cana (9th Oct '04)
33年目のトモさん - part1 -
「さわると熱い君の肩を...」
なんでだろうね。33年目のトモさんのライヴのことを書こうとすると、73年に発表されたアルバム『にんじん』の巻頭に収められている歌のフレーズが頭に浮かんだ。これは「ふうさん」という女性を歌ったもので、あの頃、どこかで彼女に会ったことがあるように記憶している。ぼんやりと彼女の顔が浮かぶんだが、どこでどんな風に出会ったのかはもう覚えてはいない。ひょっとして、写真を見ただけかなぁ...
生まれて初めて買ったのがはっぴいえんどのデビュー・アルバム、通称『ゆでめん』で、2枚目に買ったのがトモさんの『大阪へやってきた』。発売されて間もない頃だったから、71年のことで、あれから33年ほどが過ぎたことになる。33回転のLPこそがレコードだったとき、あのアルバムを文字通りすり切れるほど聞いたもので、一番好きだった歌、「まるで正直者のように」という歌の歌詞をノートに書き写したり... そんな時代から30年以上が過ぎて、今もあの歌のような生活をしている自分に笑ってしまうことがある。
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天王寺野外音楽堂でのライヴや高島屋で毎月開かれていた、チケット100円の六番町コンサート、それからもいろいろな場所でトモさんのライヴを見た。大阪を離れ、大学生となったとき、当時住んでいた岡山から京大西部講堂までタイヤのすり切れたホンダのNコロを転がして、あがた森魚の映画『僕は天使ぢゃないよ』の上映会に行ったときのこと。この日はライヴも開かれるということで、その出演者のひとりだったトモさんと近所の喫茶店で遭遇したこともある。カウンターの端っこに彼はいて、コーヒーを飲んでいたんだが、ここでも彼には「触れると凍てついてしまいそうな...」表情を感じていた。なにやら、やっぱり、どこかで遠い人だったように思える。
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当時、幾度もトモさんのライヴを見ていた。といっても、トモさんなんて呼べるようになったのは10数年前のことで、あの頃は遠くで彼を見ていることしかできなかった... というよりは、「触れると凍てついてしまいそうな...」、彼には周辺の人間を寄せ付けないような、そんな表情があった。
国道26号線沿いの、難波の南にあった、今じゃ伝説のようになってしまった『ディラン』という喫茶店で、たった100円でライヴをやったときもそうだった。おそらく、20人も入れば満杯になるようなここで、彼が歌ったときも、彼が歌うのを見るだけ。声をかけるなんてできなかった。演奏が終わって店の外で、両手をお椀のようにしてこの日のギャラの百円玉を主催者(?)の福岡風太から受け取っているトモさんを見たときも、遠目でそんな光景を見ながら、駅に向かうだけだった。
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そのトモさんから小林旭の『さすらい』を教えてもらったのはコラム、『いかすぜ、マイトガイ、小林旭』で書いたとおり。他にも、シャンソニエ、バルバラの『Chante Barbara』というアルバムも、彼の歌がなかったら聞いてはいなかっただろう。特にこのアルバムに収められている「Nantes」という歌が好きなんだけど、いずれの歌にも感じるのは寂寥感であったり、どこかで、あてもなく旅をする人間の世界だった。後者の歌は、おそらく、そんな意味じゃないんだろうけど、トモさんが「バルバラのシャンソンでも聴きながら...」と歌うと、なぜか、そう思えたものだ。
そんな時代からずいぶんと時間が過ぎているというのに、実をいうと、今でも時折、CD棚の奥の方から引っ張り出して聞いてしまうのが『にんじん』や『大阪へやってきた』。不思議なことに、このアルバムを聴くと、まるでこれまでの時間がなにもなかったかのように、トモさんの歌が10代だった頃と同じ響きを持って迫ってくるのだ。
そんな意味でいうと、彼のライヴに行くのはちょっと怖い。要するに、10代の多感だった頃のインパクトがあまりに強烈で、今のトモさんが当時と同じように聞こえないように思えるからだ。
photo and comment by hanasan |
photo report : 1 / 2 / 33年目のトモさん : part1 / 2
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